JP6948064B2 - ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫 - Google Patents

ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫 Download PDF

Info

Publication number
JP6948064B2
JP6948064B2 JP2018002569A JP2018002569A JP6948064B2 JP 6948064 B2 JP6948064 B2 JP 6948064B2 JP 2018002569 A JP2018002569 A JP 2018002569A JP 2018002569 A JP2018002569 A JP 2018002569A JP 6948064 B2 JP6948064 B2 JP 6948064B2
Authority
JP
Japan
Prior art keywords
gene expression
gene
silk
mitochondrial
subunit
Prior art date
Legal status (The legal status is an assumption and is not a legal conclusion. Google has not performed a legal analysis and makes no representation as to the accuracy of the status listed.)
Active
Application number
JP2018002569A
Other languages
English (en)
Other versions
JP2019118334A (ja
Inventor
めぐみ 笠嶋
めぐみ 笠嶋
飯塚 哲也
哲也 飯塚
秀樹 瀬筒
秀樹 瀬筒
Current Assignee (The listed assignees may be inaccurate. Google has not performed a legal analysis and makes no representation or warranty as to the accuracy of the list.)
National Agriculture and Food Research Organization
Original Assignee
National Agriculture and Food Research Organization
Priority date (The priority date is an assumption and is not a legal conclusion. Google has not performed a legal analysis and makes no representation as to the accuracy of the date listed.)
Filing date
Publication date
Application filed by National Agriculture and Food Research Organization filed Critical National Agriculture and Food Research Organization
Priority to JP2018002569A priority Critical patent/JP6948064B2/ja
Publication of JP2019118334A publication Critical patent/JP2019118334A/ja
Application granted granted Critical
Publication of JP6948064B2 publication Critical patent/JP6948064B2/ja
Active legal-status Critical Current
Anticipated expiration legal-status Critical

Links

Images

Description

本発明は、ミトコンドリアの機能異常モデルとなる遺伝子組換え絹糸虫とその作出方法、並びにその遺伝子組換え絹糸虫を用いたミトコンドリア病の治療のための薬剤スクリーニング方法及びミトコンドリア病治療薬の薬効評価方法に関する。
ミトコンドリアは、真核生物の細胞内でエネルギー産生の中心的役割を担う細胞小器官である。クエン酸回路(TCA回路)、電子伝達系、及び両者に共役する酸化的リン酸化によって細胞の生存に必須なATPを産生する場であると共に、細胞内のカルシウムイオン濃度のホメオスタシス、活性酸素の産生やアポトーシスを制御している。また、ミトコンドリアは、自己増殖能を有し、酸化的リン酸化に必要な遺伝子を含む、核DNAとは独立した独自のDNA(ミトコンドリアDNA:mtDNA)を保持している。
したがって、mtDNAの質的又は量的変異や、ミトコンドリアの機能に関連する核DNA上の遺伝子等にわずかな異常が生じた場合には、エネルギー生産バランスが崩れる。その結果、ミトコンドリアの機能低下によるエネルギー代謝異常に起因する様々な細胞障害が引き起こされる。例えば、ミトコンドリア病は、ミトコンドリアの機能障害を原因とする最も一般的な代謝障害の一つであり、ヒトの疾患の中でも様々な症状を呈することが知られている(非特許文献1)。特にエネルギー需要の多い筋肉や神経系等の組織では、重篤な障害が生じ得る(非特許文献2及び3)。
例えば、ミトコンドリア脳筋症と呼ばれる疾患は、mtDNAの欠失変異の他、ミトコンドリアDNA枯渇症候群-15(MTDPS15: mitochondrial DNA depletion syndrome-15)のように核DNA上の遺伝子の変異によっても発症し、呼吸活性の著しい低下を生じる(非特許文献4)。また、神経変成疾患(非特許文献5)、躁鬱病(非特許文献6)、糖尿病(非特許文献7)、ガンの悪性化(非特許文献8)、及び男性不妊(非特許文献9)等の様々な疾患も発症し得る。したがって、これらのミトコンドリアの機能異常を原因とする疾患の病態解析や治療薬開発は、急務とされている。
一般に、病態解析や治療薬のスクリーニングには、培養細胞だけでなく、インビボ(in vivo)系での実験用モデル動物の存在が不可欠である。ところが、ミトコンドリア機能異常に関連する疾患モデル動物は極めて限られる。なぜなら、mtDNAは細胞エネルギー産生に必須であるため、mtDNAの欠損個体は通常胚致死となるためである。核DNA上に存在するmtDNAを調節するタンパク質遺伝子の変異でもミトコンドリアの機能異常を誘発できるが、ヘテロでは野生型と変わらない表現型を示し、ホモになると胚致死となるため、やはり解析は困難となる。このように突然変異を用いたスクリーニング系を構築することは一般的に極めて難しく、それ故にミトコンドリア機能異常に関係する有効な突然変異モデル動物はほとんど知られていない。
現在、ミトコンドリア機能異常に関連する疾患に対する様々なモデルマウスの作製が試みられ、変異ミトコンドリアDNAを有するマウス細胞質を正常なマウス前核期胚に移植するサイブリッド(cybrid)法により、異常ミトコンドリアDNAを含有する「ミトマウス」が作製されている(非特許文献9)。ミトマウスは、ミトコンドリア機能不全を再現できるミトコンドリア病の疾患モデルとして非常に優れたモデル動物である。ところが、マウスの場合、作製と飼育に多大な費用を要し、また個体によって変異mtDNAの含有率に違いがあるため、同一症状を持つ個体を大量に調整することは困難という問題がある。さらに、有効成分のスクリーニングのように大規模検証でマウスを使用することに対して、倫理的問題を生じやすい。加えて、日本では、「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」の一部改正(平成17年法律第68号)が公布され、これまで規定されていたRefinement(苦痛の軽減)に関する規定に加えて、Replacement(代替法の利用)及びReduction(動物利用数の削減)に関する規定が盛り込まれた。これにより、日本でも国際的に普及・定着している「3Rの原則」を順守しなければならなくなっている。
以上のように、昨今では、社会的動向から実験用モデル動物の使用自体が難しくなってきている。それ故、哺乳動物モデルに代わる新たなモデル生物でのミトコンドリア機能異常モデルの開発が求められている。
Scheibye-Knudsen et al., 2015. Trends Cell Biol 25: 158-170. Schaefer et al., 2008. Ann Neurol, 63: 35-39. Ylikallio and Suomalainen, 2012. Ann Med 44: 41-59. Stiles et al., 2016. Mol. Genet. Metab. 119: 91-99. Correia et al., 2012. Adv Exp Med Biol 724:205-221. Kasahara et al., 2006. Mol Psychiatry 11:577-593. Gorman et al., 2015. Ann Neurol 77: 753-759. Ohsawa et al., 2012. Nature 490: 547-551. Nakada et al., 2006. Proc Natl Acad Sci U S A. 103:15148-151453.
本発明は、系統維持やミトコンドリアにおける機能異常の再現及びその回復の検出が容易な新規ミトコンドリア機能異常モデル生物を開発し、提供することを目的とする。
また、そのモデル生物を用いて、ミトコンドリア病の治療薬のスクリーニング方法や既知治療薬の薬効評価方法を提供することを目的とする。
上記課題を解決するため、本発明者らは、マウス等の哺乳動物に替えて昆虫を新たなモデル動物として利用することに着目した。カイコ等の昆虫は、マウスと比較して飼育スペースや維持管理コストを大幅に抑制できる上に、任意の世代で同一症状の個体を大量に作出することもできる。さらに、モデル動物が昆虫であるため、人畜共通感染症等の対策、予防、及び処理等を考慮する必要がない。また前記「動物愛護管理法」の適用対象外であることから、同法に従う必要もない。さらに、絹糸虫をモデル動物とした場合、絹糸虫が有する絹糸腺は、エネルギー需要が大きいという点で脳や筋肉組織の代替組織と言える。また、幼若期から絹糸腺の細胞数は変わらない点でも、解析はしやすい。加えて、細胞体積の大きさにより細胞機能の評価が可能という特長もある。
ところで、ミトコンドリアの機能異常を誘発させる方法として、ミトコンドリア転写因子A(Transcription Factor A, Mitochondrial:本明細書では、しばしば「TFAM」と表記する)を過剰発現する方法が知られている。例えば、キイロショウジョウバエでTFAMを全身性で過剰発現させた場合、幼虫致死となり、また運動ニューロン特異的に過剰発現させた場合、よじ登る行動に異常が生じることが報告されている(Cagin et al., 2016. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.112: E6000-9.)。一方、TFAMを全身で過剰発現させても致死とならず、酸化ストレス条件下では、逆に寿命が延びる報告もある(Matsuda et al., 2013. BBRC 430: 717-721)。TFAMの過剰発現に関しては、マウスでも報告がある。例えば、TFAMを過剰発現できる遺伝子組換えマウスを心筋梗塞マウスと交配して得られたF1個体では、心筋梗塞に由来するmtDNA減少をTFAMが相補することで症状が改善することが報告されている(Ikeuchi et al., 2005, Circulation 112 : 683-690)。また、TFAMの補充により細胞機能を向上させる治療方法について特願2008-549398が出願されている。このように、TFAMの過剰発現はミトコンドリア機能の低下も引き起こす場合があるが、一方で、mtDNAの保護作用によりプラスの効果を得られることもある。これは、TFAMの機能が非常に多面的であることによるものである。
本発明者らは、カイコをはじめとする絹糸虫において、絹糸腺特異的にTFAMを過剰発現させることにより、絹糸腺で局所的にmtDNAの欠損による細胞機能低下と類似の症状を引き起こすことができることを見出した。この症状は絹糸腺に限定され、また絹糸腺は生存に必須の器官でないため、例え症状が重篤化しても個体は致死に至らない。そのためミトコンドリア病の病態解析や治療薬のスクリーニングの新たなモデル動物となり得る。本発明は、当該開発結果に基づくものであって、以下を提供する。
(1)ミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子を有効成分として含むミトコンドリア機能異常型絹糸虫誘導剤。
(2)ミトコンドリア機能異常型絹糸虫作出用遺伝子発現ユニットであって、中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質をコードする遺伝子のプロモーター、及び該プロモーターの下流に機能的に結合したミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子を含む前記遺伝子発現ユニット。
(3)前記ミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子の3’末端側に連結された付加遺伝子又はその断片をさらに含む、(2)に記載の遺伝子発現ユニット。
(4)前記後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質がフィブロインH鎖、フィブロインL鎖及びp25/FHXである、(2)又は(3)に記載の遺伝子発現ユニット。
(5)前記中部絹糸腺特異的に発現するタンパク質がセリシンである、(2)又は(3)に記載の遺伝子発現ユニット。
(6)前記ミトコンドリア転写因子Aが以下の(a)〜(d)のいずれかである、(2)〜(5)のいずれかに記載の遺伝子発現ユニット。
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列からなるカイコ由来のミトコンドリア転写因子A、
(b)(a)に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるミトコンドリア転写因子A、
(c)(a)に記載のアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるミトコンドリア転写因子A、又は
(d)(a)に記載のミトコンドリア転写因子Aの他種オルソログタンパク質
(7)前記付加遺伝子が標識タンパク質をコードする遺伝子である、(3)〜(6)のいずれかに記載の遺伝子発現ユニット。
(8)前記遺伝子発現ユニットが第1及び第2サブユニットからなり、第1サブユニットは中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質をコードする遺伝子のプロモーター及びその3’末端側に機能的に結合した転写調節因子をコードする遺伝子を含み、第2サブユニットは前記転写調節因子の標的プロモーター及びその3’末端側に機能的に結合したミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子を含む、(2)〜(7)のいずれかに記載の遺伝子発現ユニット。
(9)(2)〜(7)のいずれかに記載の遺伝子発現ユニットを含む遺伝子発現ベクター。
(10)(8)に記載の遺伝子発現ユニットを構成する第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクター。
(11)(2)〜(8)のいずれかに記載のミトコンドリア機能異常型絹糸虫作出用遺伝子発現ユニットを含むミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫。
(12)前記第1サブユニットと前記第2サブユニットが異なる染色体上に存在する、(8)に従属する(11)に記載の遺伝子組換え絹糸虫。
(13)前記絹糸虫がカイコである、(11)又は(12)に記載の遺伝子組換え絹糸虫。
(14)ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫の作出方法であって、(9)に記載の遺伝子発現ベクターを絹糸虫に導入する導入工程、及び導入工程後に前記遺伝子発現ベクターを含む個体を選抜する選抜工程を含む前記方法。
(15)ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫の作出方法であって、(8)に記載の第1サブユニットを含む第1サブユニット絹糸虫系統と(8)に記載の第2サブユニットを含む第2サブユニット絹糸虫系統とを交配する交配工程、前記交配工程後の絹糸虫から採卵する採卵工程、及び採卵工程で得た卵から前記第1及び第2サブユニットを含む個体を選抜する選抜工程を含む前記方法。
(16)ミトコンドリア病を治療する薬剤のスクリーニング方法であって、(11)〜(13)のいずれかに記載のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫に候補薬剤を投与する投与工程、投与工程後の遺伝子組換え絹糸虫における絹糸腺の形状を確認する確認工程、及び委縮した前記遺伝子組換え絹糸虫の絹糸腺形状が回復していた場合、前記候補薬剤をミトコンドリア病治療として選択する選択工程を含む前記方法。
(17)ミトコンドリア病治療薬の評価方法であって、(11)〜(13)のいずれかに記載のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫に既知のミトコンドリア病治療薬を投与する投与工程、投与工程後の遺伝子組換え絹糸虫における絹糸腺の形状を確認する確認工程、及び委縮した前記遺伝子組換え絹糸虫の絹糸腺形状が回復していた場合、前記ミトコンドリア病治療薬がミトコンドリア病の治療に効果的であると評価する評価工程を含む前記方法。
本発明のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫は、系統維持やミトコンドリアにおける機能異常の再現及びその回復の検出が容易であり、また「動物愛護管理法」の適用対象とはならないため、新たなミトコンドリア機能異常モデル生物として有用である。
実施例1で作製した本発明の第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクターpBac [UAS-BmTFAM-GFP-SV40,3×P3-GFP]の構成概念図である。 本発明のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコ等から摘出した絹糸腺の顕微鏡画像である。A及びCは、対照用の第1サブユニットのみを含む絹糸虫系統における絹糸腺を、またB及びDは、第1及び第2サブユニットを含む本発明のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコにおける絹糸腺を、それぞれ示す図である。また、A及びBは実体顕微鏡図を、C及びDは後部絹糸腺を拡大した図である。A及びBで破線白枠内は後部絹糸腺を、C及びDにおける右下の小画像は、後部絹糸腺組織の核をDAPIにより染色した蛍光顕微鏡像を示す。 本発明のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコ等から摘出した絹糸腺の透過型電子顕微鏡画像である。上段A及びBは、対照用の第1サブユニットのみを含む絹糸虫系統における絹糸腺を、また下段C及びDは、第1及び第2サブユニットを含む本発明のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコにおける絹糸腺を、それぞれ示す図である。図中、ERは粗面小胞体を、mtはミトコンドリアを、Gはゴルジ体を示す。 ミトコンドリア病治療候補薬の投与によるミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコにおける後部絹糸腺萎縮症状の回復効果を示す絹糸腺の顕微鏡画像である。Aはミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコに溶媒のみを投与した対照の絹糸腺を、またBはミトコンドリア病治療候補薬である5-ALAを投与した絹糸腺を示す。破線枠内が後部絹糸腺に該当する。
1.ミトコンドリア機能異常型絹糸虫作出用遺伝子発現ユニット
1−1.概要
本発明の第1の態様は、ミトコンドリア機能異常型絹糸虫を作出するための遺伝子発現ユニット(本明細書では、しばしば単に「遺伝子発現ユニット」と表記する)に関する。本発明の遺伝子発現ユニットは、中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質をコードする遺伝子のプロモーターとミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子とを含み、それを絹糸虫に導入することによって、ミトコンドリア機能異常の症状を呈する遺伝子組換え絹糸虫を作出することができる。
1−2.定義
本明細書で頻用する下記用語について定義する。
本明細書において「絹糸」とは、絹糸虫が吐糸する繊維状のタンパク質複合体をいう。野生型の絹糸は、繊維成分であるフィブロインとそのフィブロインを被覆するセリシンで構成される。
本明細書において「絹糸虫」とは、絹糸腺を有し、絹糸を吐糸することのできる昆虫の総称である。通常は、幼虫期に営巣、営繭又は移動のために吐糸することのできる種を指す。具体的には、チョウ目、ハチ目、アミメカゲロウ目、トビケラ目に属する種である。好ましくは、多量の絹糸を吐糸できるチョウ目に属する種である。カイコガ科(Bombycidae)、ヤママユガ科(Saturniidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)等に属する種は本明細書の絹糸虫として好ましい。本明細書の絹糸虫として、さらに好ましい種は、カイコガ科又はヤママユガ科に属する種であり、例えばBombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種が挙げられる。より具体的には、カイコ、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサンSamia cynthia ricini及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等である。さらに、産業上の利用可能性に加えて、移動性が限定される昆虫及び/又は閉鎖空間内で飼育可能な昆虫は、本明細書の絹糸虫として特に好適である。例えば、カイコはその典型である。
「絹糸腺」とは、唾液腺が変化した管状器官で、液状の絹を産生し、蓄積し、また分泌する機能を有する。絹糸腺は、前記絹糸虫の、主として幼虫の消化管に沿って左右一対で存在し、各絹糸腺は、前部、中部及び後部絹糸腺の3領域で構成されている。一般に後部絹糸腺はフィブロインを産生及び分泌する機能を有し、また中部絹糸腺はセリシンを産生及び分泌し、後部絹糸腺より移行してきたフィブロインと共にその内腔に蓄積する機能を有する。
本明細書において「ミトコンドリア機能異常」(本明細書では、しばしば「mt機能異常」と表記する)とは、ミトコンドリア本来の機能が様々な原因によって障害されることをいう。mt機能異常の原因は、限定はしないが、例えば、核DNAに含まれる遺伝子の変異やmtDNAの異常が挙げられる。mtDNAの異常にはmtDNAの変異(塩基の置換や欠失を含む)や枯渇等が該当する。mt機能異常は、ミトコンドリア病等の臨床症状を引き起こす。
本明細書において「ミトコンドリア機能異常型絹糸虫」(本明細書では、しばしば「mt機能異常型絹糸虫」と表記する)とは、本態様の遺伝子発現ユニットを細胞内に含む宿主絹糸虫の形質転換体、又はその後代をいう。mt機能異常型絹糸虫については、第3態様において詳述する。
本明細書において「遺伝子発現ユニット」とは、プロモーター及びその3'末端側に発現可能な状態で配置された遺伝子等の核酸分子を必須の構成要素とし、プロモーターの活性化により下流の核酸分子を過剰に発現できるように構成された人工の遺伝子発現単位をいう。
1−3.構成
本発明の遺伝子発現ユニットは、中部又は後部絹糸腺特異的に発現する遺伝子プロモーター、及びミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子を必須の構成要素とし、また付加遺伝子又はその断片、ターミネーター及び5’UTR及び3’UTRを選択的構成要素として含む。さらに、遺伝子発現ユニットが後述する第1サブユニットと第2サブユニットの2つのサブユニットから構成される場合には、転写調節因子をコードする遺伝子及びその転写調節因子の標的プロモーターを必須の構成要素として含む。以下、各構成要素について具体的に説明をする。
1−3−1.構成要素
(1)中部又は後部絹糸腺特異的プロモーター
「プロモーター」は、その制御下に配置された遺伝子等の核酸分子の発現を制御することのできる遺伝子発現調節領域である。本発明の遺伝子発現ユニットが含む中部又は後部絹糸腺特異的に発現する遺伝子プロモーター(本明細書では、しばしば「中部又は後部絹糸腺特異的プロモーター」と表記する)」は、中部又は後部絹糸腺で特異的に発現するタンパク質をコードする遺伝子の発現を制御する。
本明細書において「中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質」とは、絹糸虫において、それぞれの絹糸腺内で部位特異的に発現するタンパク質をいう。その種類は限定しない。例えば、中部絹糸腺で特異的に発現するタンパク質であれば、セリシンが、また、後部絹糸腺で特異的に発現するタンパク質であれば、フィブロインH鎖、フィブロインL鎖及びp25/FHXが挙げられる。
セリシン(Ser)は、中部絹糸腺で生産される水溶性の糊状タンパク質で、前述のように絹糸の繊維成分であるフィブロインを被覆する。カイコ等では、セリシン1(Ser1)、セリシン2(Ser2)、及びセリシン3(Ser3)の3種類のバリアントが知られているが、いずれも中部絹糸腺で生産されることから本明細書におけるセリシンは特に限定しない。
フィブロインH鎖(Fib H)、フィブロインL鎖(Fib L)及びp25/FHX(p25)は、いずれも後部絹糸腺で生産されるタンパク質で、絹糸の繊維成分を構成する。通常、絹糸内では、Fib H:Fib L:p25=6:6:1の比率で複合体(silk fibroin elementary unit; SFEU複合体)として絹糸繊維を構成している。
前記「プロモーターの制御下」とは、遺伝子発現ユニットにおいてプロモーターの3’末端側で、かつそのプロモーターの制御を受ける領域をいう。したがって、「プロモーターの制御下に配置する」とは、遺伝子等をプロモーターの3’末端側に直接的に、又はスペーサー等の介在配列を間に挟んで間接的に、連結することをいう。
本明細書において中部又は後部絹糸腺特異的プロモーターの由来となるドナー生物種は、本発明の遺伝子発現ユニットが導入されるレシピエント側の宿主細胞内で、又は本発明の遺伝子発現ユニットを有する宿主細胞内で、作動可能な限り特に限定はしない。ここでいう「作動可能」とは、プロモーターとしての機能を発揮し、下流に配置された遺伝子等を発現できることをいう。したがって、本発明の遺伝子発現ユニットにおけるプロモーターは、本発明の遺伝子発現ユニットを導入する宿主と分類学上で同目に属する種由来のプロモーターが好ましい。同科に属する種由来のプロモーターはより好ましく、同属に属する種由来のプロモーターはさらに好ましい。最も好ましいのは宿主と同じ種由来のプロモーターである。例えば、本発明の遺伝子発現ユニットを導入する宿主がチョウ目昆虫のカイコ(Bombyx mori)の場合、遺伝子発現ユニットで使用する上記プロモーターはチョウ目昆虫由来のプロモーターが好ましく、カイコガ科(Bombycidae)に属する種由来であればより好ましく、クワコ(Bombyx mandarina)のような同じBombyx属に属する種由来であればさらに好ましい。この場合、最も好ましいプロモーターは同種のカイコ由来のプロモーターである。ただし、一般に、中部又は後部絹糸腺特異的プロモーターの塩基配列は、絹糸虫間で進化的に高度に保存されているため、本発明の遺伝子発現ユニットに含まれるプロモーターが宿主絹糸虫と異なる絹糸虫由来であっても宿主絹糸虫の細胞内で機能し得ることが知られている(Sezutsu H., et al., 2009, Journal of Insect Biotechnology and Sericology, 78 :1-10)。したがって、絹糸虫由来であれば、必ずしも宿主絹糸虫と同じ目、同じ科、若しくは同じ属に属する種、又は同じ種に由来するプロモーターでなくともよい。
本発明の遺伝子発現ユニットに含まれる中部又は後部絹糸腺特異的プロモーターの具体例として、中部絹糸腺特異的プロモーターであれば、配列番号3で示す塩基配列からなるカイコセリシン1遺伝子のプロモーター(BmSer1プロモーター)、及び配列番号4で示す塩基配列からなるカイコセリシン2遺伝子のプロモーター(BmSer2プロモーター)及び配列番号5で示す塩基配列からなるカイコセリシン3遺伝子のプロモーター(BmSer3プロモーター)が挙げられる。また後部絹糸腺特異的プロモーターであれば、配列番号6で示す塩基配列からなるカイコフィブロインH遺伝子のプロモーター(BmFib Hプロモーター)、配列番号7で示す塩基配列からなるカイコフィブロインL遺伝子のプロモーター(BmFib Lプロモーター)、又は配列番号8で示す塩基配列からなるカイコp25遺伝子のプロモーター(Bmp25プロモーター)、配列番号9で示す塩基配列からなるサクサンFib H遺伝子のプロモーター(ApFib Hプロモーター)、及び配列番号10で示す塩基配列からなるサクサンFib L遺伝子のプロモーター(ApFib Lプロモーター)が挙げられる。
(2)ミトコンドリア転写因子A遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子
「ミトコンドリア転写因子A」(TFAM)とは、HMG(high mobility group)ファミリーに属するタンパク質で、mtDNA上の転写プロモーター領域に結合して遺伝子発現を促進する転写因子としての機能とmtDNAに非特異的に結合してmtDNAの構造と安定性を維持する構造タンパク質としての機能とを有する。
「ミトコンドリア転写因子A遺伝子(TFAM遺伝子)」は、TFAMをコードする遺伝子をいう。本発明は、外因性のTFAM遺伝子を絹糸虫の中部又は後部絹糸腺内で過剰発現させて中部又は後部絹糸腺にmt機能異常に類似した症状を引き起こすことを基本技術とする。したがって、TFAM遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子は、本発明のmt機能異常型絹糸虫を誘導するための誘導剤の有効成分となり得る。
遺伝子発現ユニットに含まれるTFAM遺伝子の由来生物種は、特に限定はしない。TFAMは、アミノ酸配列中に2つのHMG-boxモチーフ(例えば、カイコの場合であれば、配列番号18で示すHMG1と配列番号19で示すHMG2)を含む特有の構造を有する。しかし、各生物種においてTFAMオルソログがコードするタンパク質(本明細書では、しばしば「TFAMオルソログタンパク質」と表記する)のアミノ酸同一性は、全長のみならず、各HMG-boxモチーフ間でもさほど高くない。ところが、その機能は進化的に高度に保存されており、生物種間で各TFAMオルソログタンパク質は互換性を有することが知られている。例えば、無脊椎動物であるカイコTFAMは、脊椎動物であるヒトTFAMオルソログタンパク質に対してアミノ酸配列で全長わずか26.5%の同一性しかないが、ヒトTFAMオルソログタンパク質との機能的互換性を有する(Sumitani M., et al.,2016, Gene, 608: 103-113)。したがって、遺伝子発現ユニットを導入する宿主生物と分類学上遠い種由来のTFAMオルソログタンパク質であっても宿主細胞内でTFAMとして機能し得ることから、いずれの生物種のTFAM遺伝子であっても使用することができる。
ただし、TFAM遺伝子の発現効率や発現したTFAMの機能効率を考慮した場合、遺伝子発現ユニットを導入する宿主と分類学上で同目に属する種由来のTFAM遺伝子が好ましい。同科に属する種由来のTFAM遺伝子はより好ましく、同属に属する種由来のTFAM遺伝子はさらに好ましい。最も好ましいのは宿主と同じ種由来のTFAM遺伝子である。例えば、遺伝子発現ユニットを導入する宿主がカイコであれば、上記TFAM遺伝子は、チョウ目昆虫由来が好ましく、カイコガ科に属する種由来であればより好ましく、Bombyx属に属する種由来であればさらに好ましく、最も好ましいのはカイコ由来のTFAM遺伝子(Bmtfam遺伝子)である。具体的には、配列番号1で示すアミノ酸配列からなる野生型カイコTFAM(WT-BmTFAM)をコードするWT-Bmtfam遺伝子、前記野生型BmTFAMにおいて1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列及び前記野生型BmTFAMのアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなる変異型BmTFAM(MT-BmTFAM)をコードするMT-Bmtfam遺伝子が挙げられる。配列番号1で示すアミノ酸配列からなるWT-BmTFAMのコードするWT-Bmtfam遺伝子の具体例として、配列番号2で示す塩基配列からなるWT-Bmtfam遺伝子やその縮重変異体が挙げられる。また、WT-BmTFAM遺伝子の他種TFAMオルソログであってもよい。
本明細書において「その機能性断片」とは、TFAMの一部からなり、TFAMと同等以上の機能を保持するペプチド断片をいう。また、「その機能性断片をコードする核酸分子」とは、前記ペプチド断片をコードするTFAM遺伝子断片をいう。
TFAM遺伝子又はその機能断片をコードする核酸分子は、本発明の遺伝子発現ユニットが単一ユニットで構成されている場合も、後述する2つのサブユニットで構成される場合も、必須の構成要素である。遺伝子発現ユニットが単一ユニットで構成される場合、TFAM遺伝子又はその機能断片をコードする核酸分子は、前記中部又は後部絹糸腺特異的プロモーターの制御領域下に配置される。一方、遺伝子発現ユニットが第1及び第2の2つのサブユニットで構成される場合、TFAM遺伝子又はその機能断片をコードする核酸分子は、第2サブユニットに含まれ、後述する転写調節因子の標的プロモーター制御領域下に配置される。
(3)付加遺伝子又はその断片
本明細書において「付加遺伝子」とは、遺伝子発現ユニットにおいて、TFAM遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子の3’末端側に直接的に、又はスペーサー配列等を介して間接的に、連結される遺伝子であって、付加タンパク質をコードする。本明細書において、付加タンパク質の種類、アミノ酸数、及び活性の有無は特に限定はしない。様々なタンパク質を付加タンパク質とすることができる。
遺伝子発現ユニットが付加遺伝子を含む場合、標識タンパク質をコードする標識遺伝子等が便利である。「標識遺伝子」とは、標識タンパク質をコードする遺伝子であり、また「標識タンパク質」とは、一般にその活性に基づいて標識遺伝子又はその融合遺伝子の発現の有無や発現量を確認することのできるポリペプチドをいう。ここで「活性に基づいて」とは、活性の検出結果に基づいて、という意味である。
付加タンパク質が標識タンパク質の場合、その種類は特に限定はしない。ただし、遺伝子発現ユニットを含む宿主、すなわち形質転換体に対して侵襲性の低い標識タンパク質が好ましい。例えば、蛍光タンパク質、発光タンパク質、色素合成タンパク質、外部分泌タンパク質等が挙げられる。
本明細書において「蛍光タンパク質」とは、励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、GFP(EGFP、3xP3-EGFP等の派生物を含む)、CFP、RFP、DsRed(3xP3-DsRedのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC等が該当する。
本明細書において「発光タンパク質」とは、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又はその基質タンパク質の発光を触媒する酵素をいう。例えば、基質タンパク質としてのルシフェリン又はイクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが該当する。
本明細書において「色素合成タンパク質」とは、色素の生合成に関与するタンパク質をいう。通常は酵素が該当する。ここでいう「色素」とは、形質転換体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドで、その種類は問わない。好ましくは個体の外部色彩として表れる色素である。例えば、メラニン系色素(ドーパミンメラニンを含む)、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が該当する。
本明細書において「外部分泌タンパク質」とは、細胞外又は体外に分泌されるタンパク質であり、外分泌性酵素の他、フィブロインのような繊維タンパク質やセリシンが該当する。外分泌性酵素には、ブラストサイジンのような薬剤の分解又は不活化に寄与し、宿主に薬剤耐性を付与する酵素の他、消化酵素が該当する。
遺伝子発現ユニットが付加遺伝子を含む場合、原則として、TFAM遺伝子と付加遺伝子は融合遺伝子(「TFAM-付加遺伝子」と表記する)となり、1つの遺伝子として挙動を共にし、また同じ発現制御等を受ける。例えば、付加遺伝子がGFP遺伝子であれば、TFAM-GFP融合遺伝子となる。さらにTFAM-付加遺伝子の発現によって生じるタンパク質もTFAMと付加タンパク質の融合タンパク質(TFAM-付加タンパク質)となり、発現や局在等の挙動は、原則として同一となる。TFAM-GFP融合遺伝子の場合であれば、その発現によって生じるTFAM-GFP融合タンパク質となる。したがって、付加遺伝子が標識遺伝子であれば、標識遺伝子の発現を介してTFAM遺伝子の発現の有無やその発現量を検出することも可能となる。
(4)ターミネーター
ターミネーターは、mRNA発現ベクターを導入する宿主の後部絹糸腺細胞内で、mRNAの転写を終結できる塩基配列で構成される。
(5)5’UTR及び3’UTR
5’UTR及び3’UTRは、それ自身がタンパク質やその断片、又は機能性核酸をコードしない非翻訳領域からなるポリヌクレオチドである。本発明の遺伝子発現ユニットでは、TFAM遺伝子又はTFAM-付加遺伝子(本明細書では、これらをまとめてしばしば「TFAM遺伝子等」と表記する)のmRNAコード領域の開始コドンの上流(5’末端側)及び終止コドンの下流(3’末端側)に配置される塩基配列で構成され、3’UTRは、ポリAシグナルを含むことができる。
(6)転写調節因子をコードする遺伝子
「転写調節因子をコードする遺伝子」とは、転写調節因子の遺伝子をいう。この遺伝子は、遺伝子発現ユニットが、第1及び第2の2つのサブユニットで構成される場合に、第1サブユニットにおける必須の構成要素となる。本明細書でいう「転写調節因子」とは、後述する標的プロモーターに結合して、その標的プロモーターを活性化することのできるタンパク質因子をいう。例えば、酵母のガラクトース代謝活性化タンパク質であるGAL4タンパク質、及びテトラサイクリン制御性トランス活性化因子であるtTA及びその変異体等が挙げられる。
(7)転写調節因子標的プロモーター
「転写調節因子(の)標的プロモーター」とは、第1サブユニットにコードされた前記転写調節因子が結合するプロモーターをいう。このプロモーターは、遺伝子発現ユニットが、第1及び第2の2つのサブユニットで構成される場合に、第2サブユニットにおける必須の構成要素となる。前記転写調節因子の結合によって、そのプロモーター制御領域下にある遺伝子発現を活性化することができる。前述のように、本発明の遺伝子発現ユニット第2サブユニットでは、その制御領域下にTFAM遺伝子又はその機能断片をコードする核酸分子が配置されるため、これらの遺伝子等の発現を活性化できる。
前記転写調節因子とその標的プロモーターは、前記転写調節因子とは対応関係にあり、通常、転写調節因子が定まれば、その標的プロモーターも必然的に定まる。例えば、転写調節因子がGAL4タンパク質の場合には、UAS(Upstream Activating Sequence)が使用される。
1−3−2.ユニット構造
本発明の遺伝子発現ユニットは、単一ユニットで構成される場合と、2つのサブユニットで構成される場合がある。以下、それぞれの場合について説明をする。
(1)単一ユニットで構成される場合
遺伝子発現ユニットが単一ユニットで構成される場合、遺伝子発現ユニットは、必須構成要素である前記中部又は後部絹糸腺特異的プロモーター、及びTFAM遺伝子又はその機能断片をコードする核酸分子、並びに選択的構成要素である付加遺伝子又はその断片、及びターミネーター等、構成要素の全てを含み得る。したがって、この場合、単一ユニットのみでTFAM遺伝子等を過剰発現できる遺伝子発現ユニットとして機能し得る。
(2)2つのサブユニットで構成される場合
遺伝子発現ユニットが第1サブユニット及び第2サブユニットの2つのサブユニットで構成される場合、TFAM遺伝子等を過剰発現する上で必須の構成要素はそれぞれのサブユニットに存在する。それ故に、その2つのサブユニットが絹糸虫細胞内に同時に存在して初めて、TFAM遺伝子等を過剰発現できる1つの遺伝子発現ユニットとして機能することができる。各サブユニットの構成を以下で説明する。
(第1サブユニット)
第1サブユニットは、中部又は後部絹糸腺特異的プロモーター及びの3’末端側に機能的に結合した前述の転写調節因子をコードする遺伝子を含んでなる。このとき、1つのプロモーター制御下に同一の又は異なる2以上の転写調節因子を含んでいてもよい。
本明細書において「機能的に結合」とは、上流のプロモーターの制御により遺伝子等の発現が可能なように結合することをいう。
(第2サブユニット)
第2サブユニットは、第1サブユニットにコードされた転写調節因子の標的プロモーター及びその標的プロモーターの3’末端側に機能的に結合したTFAM遺伝子等を含んでなる。
本構成の遺伝子発現ユニットは、中部又は後部絹糸腺発現プロモーターの活性化により第1サブユニットから発現した転写調節因子が第2サブユニットの標的プロモーターを活性化することによってTFAM遺伝子等の発現を制御し得る。
2.遺伝子発現ベクター
2−1.概要
本発明の第2の態様は、遺伝子発現ベクターである。本発明の遺伝子発現ベクターは、前記第1態様に記載の遺伝子発現ユニットを含み、目的の宿主絹糸虫の細胞に導入することで、宿主絹糸虫の中部又は後部絹糸腺にmt機能異常に類似した症状を誘導することができる。
2−2.構成
本明細書において「遺伝子発現ベクター」とは、母核に第1態様に記載の遺伝子発現ユニットを包含する遺伝子発現システムをいう。本発明の遺伝子発現ベクターは、必須の構成要素である母核及び遺伝子発現ユニットに加え、選択的構成要素として、標識遺伝子、トランスポゾンの逆位末端反復配列、及びインスレーター等を含む。以下、それぞれについて説明をする。
(1)母核
母核には、様々なベクターを利用することができる。例えば、プラスミド若しくはバクミド(Bacmid)のような自律複製可能な発現ベクター、ウイルスベクター、又は染色体中に相同又は非相同組換え可能な発現ベクター若しくはそれを宿主の染色体中に挿入した染色体の一部が挙げられる。また大腸菌等の他の細菌内でも複製可能なシャトルベクターとすることもできる。
(2)遺伝子発現ユニット
遺伝子発現ベクターに含まれる遺伝子発現ユニットは、第1態様に記載の遺伝子発現ユニットである。この遺伝子発現ユニットの構成については第1態様で詳述していることから、ここでは遺伝子発現ベクターにおいて特徴的な構成についてのみ説明をする。
遺伝子発現ベクターに含まれる遺伝子発現ユニットは、単一ユニット、又は第1及び第2の2つのサブユニットからなる1組のサブユニットいずれであってもよい。
遺伝子発現ユニットが単一ユニットの場合、遺伝子発現ベクター内には1以上の遺伝子発現ユニットが含まれ得る。複数の遺伝子発現ユニットが含まれる場合、各遺伝子発現ユニットは、同一の構成であっても、また異なる構成であってもよい。例えば、遺伝子発現ユニットが2種類の遺伝子発現ユニットを含む場合、一方の遺伝子発現ユニットが中部絹糸腺特異的プロモーターを含み、他方の遺伝子発現ユニットが後部絹糸腺特異的プロモーターを含む場合が挙げられる。
遺伝子発現ユニットが1組のサブユニットの場合、1組を形成する各サブユニットは、原則として、それぞれ異なる遺伝子発現ベクターに含まれる。第1サブユニットを含む遺伝子発現ベクター(第1遺伝子発現ベクター)と第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクター(第2遺伝子発現ベクター)は、1対1対応である必要はない。例えば、第1発現ベクターが異なる2以上の第2遺伝子発現ベクターと組みをなす1対2対応であってもよい。具体例を挙げれば、GAL4遺伝子を含む第1遺伝子発現ベクターは、UASプロモーター及びその3’末端側に連結されたTFAM遺伝子を含む第2遺伝子発現ベクターA、及びUASプロモーター及びその3’末端側に連結されたTFAM-GFP融合遺伝子を含む第2遺伝子発現ベクターBのいずれとも組を成すことができる。逆に2以上の第1発現ベクターが1つの第2遺伝子発現ベクターと組みをなす2対1対応であってもよい。例えば、中部絹糸腺プロモーターとGAL4遺伝子を含む第1遺伝子発現ベクターA、及び後部絹糸腺プロモーターとGAL4遺伝子を含む第1遺伝子発現ベクターBは、いずれもUASプロモーター及びその3’末端側に連結されたTFAM-GFP融合遺伝子を含む第2遺伝子発現ベクターと組を成すことができる。
なお、遺伝子発現ベクターが複数の遺伝子発現ユニットを含む場合、各遺伝子発現ユニットは、単一ユニット、1組のサブユニット、またそれらの組み合わせのいずれであってもよい。遺伝子発現ベクターが1組のサブユニットを複数含む場合、異なる1組のサブユニットのそれぞれに由来する第1サブユニットと第2サブユニットを同一遺伝子発現ベクターに含むこともできる。
(3)標識遺伝子
標識遺伝子は、選抜マーカーとも呼ばれる標識タンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドであって、遺伝子発現ベクターの選択的構成要素である。この標識遺伝子及び標識タンパク質の構成については、第1態様において、付加遺伝子及び付加タンパク質の一例として詳述しているため、ここではその具体的な説明を省略する。
(4)トランスポゾンの逆位末端反復配列
「トランスポゾンの逆位末端反復配列(Inverted terminal repeat sequence)」は、本発明の遺伝子発現ベクターを相同組換えにより宿主ゲノムに挿入する場合に含まれるトランスポゾン由来の配列である。通常は2個1組で使用され、ゲノムの挿入する塩基配列は、それらの間に配置される。トランスポゾンは、遺伝子発現ベクターを導入する宿主の種によって異なる。例えば、宿主がカイコであれば、piggyBac、mariner、minos等を用いることができる(Shimizu,K. et al., 2000, Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,2000, Insect Mol Biol 9(2):145-55)。
(5)インスレーター
インスレーターは、周囲の染色体のクロマチンによる影響を受けることなく、その配列に挟まれた遺伝子の転写を、安定的に制御できる塩基配列である。例えば、ニワトリのcHS4配列やショウジョウバエのgypsy配列などが挙げられる。
2−3.効果
本態様の遺伝子発現ベクターは、第1態様の遺伝子発現ユニット等を宿主絹糸虫の細胞内に導入し、遺伝子発現ユニットに包含されるTFAM遺伝子等を発現させることによって、宿主絹糸虫の中部又は後部絹糸腺にmt機能異常に類似した症状を誘導することができる。
3.ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫
3−1.概要
本発明の第3の態様は、mt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫(本明細書では、しばしば単に「遺伝子組換え絹糸虫」と表記する)である。本発明の遺伝子組換え絹糸虫は、細胞内に前記第1態様に記載の遺伝子発現ユニットを含むことを特徴とする。本発明の遺伝子組換え絹糸虫は、TFAM遺伝子を中部又は後部絹糸腺で過剰発現させることが可能であり、中部又は後部絹糸腺特異的にmt機能異常に類似した症状を呈し得る。それにより本発明のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫をミトコンドリア機能異常モデル動物として利用することができる。
3−2.構成
本明細書において「mt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫」とは、第1態様に記載の遺伝子発現ユニットを細胞内に含む宿主絹糸虫の形質転換体、又はその後代をいう。本明細書において「後代」とは、形質転換体第1世代の子孫であって、第1態様の遺伝子発現ユニットを細胞内に保持する個体をいう。細胞内に含まれる遺伝子発現ユニットは、第2態様に記載の遺伝子発現ベクターの状態であってもよい。後代は、第1態様の遺伝子発現ユニットを保持する限りその世代数を問わない。
本明細書の遺伝子組換え絹糸虫は、mt機能異常に類似した症状を呈する。「mt機能異常に類似した症状」とは、例えば、ATP合成能等が原因となり細胞の体積が増加せず、細胞が正常に分化できない状態等が挙げられる。本明細書における遺伝子組換え絹糸虫では、前記mt機能異常に類似した症状が中部絹糸腺又は後部絹糸腺に限定され、原則として他の器官や細胞では異常を示さない。
本発明の遺伝子組換え絹糸虫の宿主は、前記第1態様の「1−2.定義」に記載した絹糸虫である。本発明の遺伝子組換え絹糸虫をミトコンドリア機能異常モデル動物として利用する場合、mt機能異常が誘導される器官は中部及び/又は後部絹糸腺である。したがって、mt機能異常によってもたらされる形態異常等の検出やその症状の回復の観察がし易い大型の絹糸腺を有する絹糸虫が好ましい。例えば、前述のカイコガ科、又はヤママユガ科に属する種は好適である。中でもカイコは、前述の定義に記載した理由から本発明の遺伝子組換え絹糸虫として特に好ましい。
遺伝子組換え絹糸虫が、第1態様に記載の遺伝子発現ユニットを第2態様に記載の遺伝子発現ベクターに包含された状態で含む場合、第1態様に記載の遺伝子発現ユニットは、絹糸虫細胞内に一過的に存在してもよいし、又はゲノム中に挿入された状態等で安定的かつ継続的に存在してもよい。通常はゲノム中に挿入されていることが好ましい。第2態様に記載の遺伝子発現ベクターをゲノム中に挿入する場合には、第2態様に記載の遺伝子発現ベクターがトランスポゾンの逆位末端反復配列を含むことが好ましい。
遺伝子組換え絹糸虫が包含する第2態様に記載の遺伝子発現ユニットは、単一ユニットで構成される場合と2つのサブユニット構成される場合がある。以下、それぞれの場合について説明をする。
(1)遺伝子発現ユニットが単一ユニットで構成される場合
遺伝子組換え絹糸虫が包含する遺伝子発現ユニットが前記単一ユニットで構成される場合、細胞内に少なくとも1種の遺伝子発現ユニットが包含されていればよい。単一ユニットであれば、前述のように単独でTFAM遺伝子等を過剰発現できるからである。
本発明の遺伝子組換え絹糸虫は、細胞内に2種以上の単一ユニットを含むことができる。例えば、中部絹糸腺特異的プロモーターを含む単一ユニットと、後部絹糸腺特異的プロモーターを含む単一ユニットの2種を含む場合が該当する。この2種の遺伝子発現ユニットを含む遺伝子組換え絹糸虫であれば、中部及び後部絹糸腺の両方でmt機能異常に類似した症状を誘導することができる。
(2)遺伝子発現ユニットが2つのサブユニットで構成される場合
遺伝子組換え絹糸虫が包含する遺伝子発現ユニットが前記第1サブユニット及び第2サブユニットからなる1組のサブユニットで構成される場合、中部及び/又は後部絹糸腺内でTFAM遺伝子等を過剰発現させるためには、細胞内に少なくとも1組のサブユニットが存在しなければならない。前述の通り、1組のサブユニットが絹糸虫細胞内に存在して初めて、TFAM遺伝子等を過剰発現できる1つの遺伝子発現ユニットとして機能するからである。
したがって、第1サブユニットのみを含む絹糸虫の系統(本明細書では、しばしば「第1サブユニット絹糸虫系統」と表記する)及び第2サブユニットのみを含む絹糸虫の系統(本明細書では、しばしば「第2サブユニット絹糸虫系統」と表記する)のように、一方のサブユニットのみを含む絹糸虫系統は、本発明のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫には該当しない。ただし、一方のサブユニットのみではmt機能異常を生じないため、これら両系統は遺伝的に安定しており、系統維持の上で非常に便利である。
絹糸虫が一方のサブユニットしか含まない場合であっても、それぞれの系統が同種で、かつ一方が雄、他方が雌の場合には、必要に応じて両系統を交配することによって雑種第1世代(F1)以降で両サブユニットを有する本発明の遺伝子組換え絹糸虫を得ることができる。
第1サブユニットは、中部又は後部絹糸腺特異的プロモーターとその3’末端側に連結されたGAL4等の転写因子の遺伝子を含み、前記プロモーターの活性化により転写因子を発現する。したがって、第1サブユニット絹糸虫系統は、前記転写因子の標的プロモーター制御下にあるあらゆる標的遺伝子の発現を誘導できることから、汎用性の高い遺伝子発現ドライバー系統とみなすことができる。
また、第2サブユニットは、第1サブユニットから発現する転写因子の標的プロモーターとその3’末端側に連結されたTFAM遺伝子等を含み、前記プロモーターの活性化によりその遺伝子を過剰に発現する。したがって、第2サブユニット絹糸虫系統は、中部及び/又は後部絹糸腺のmt機能異常の誘導潜在性を有する継代可能な遺伝子組換え体又はその後代である。したがって、本発明の遺伝子組換え絹糸虫の作出に特化したmt機能異常型遺伝子組換え作出用系統とみなすことができる。
第1及び第2サブユニットが宿主絹糸虫のゲノム上に存在する場合、各サブユニットは同一ゲノム上に存在していてもよいし、異なるゲノム上に存在していてもよい。ただし、前述の第1サブユニット絹糸虫系統と第2サブユニット絹糸虫系統を交配して、本発明の遺伝子組換え絹糸虫を得る場合、各サブユニットは、原則として異なるゲノム上に存在することが望ましい。
3−4.効果
本発明の遺伝子組換え絹糸虫によれば、特定の器官、すなわち中部及び/又は後部絹糸腺のみでTFAM遺伝子等を過剰発現し、それにより前記絹糸腺限定的にミトコンドリアDNAの欠損による細胞機能低下に類似した症状を呈することができる。本発明の遺伝子組換え絹糸虫であれば、従来のミトコンドリア機能異常モデル動物の課題であった症状の重篤化による個体致死を生じないという利点がある。
4.ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫作出方法
4−1.概要
本発明の第4の態様は、mt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫の作出方法である。本発明の作出方法は、絹糸虫から第3態様に記載のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫の系統を作出することができる。
4−2.方法
本発明のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫(本明細書では、しばしば「遺伝子組換え絹糸虫」と表記する)の作出方法は、(1)第2態様の遺伝子発現ベクターを宿主である絹糸虫に導入する方法、又は(2)第1サブユニット絹糸虫系統及び第2サブユニット絹糸虫系統を交配する方法がある。以下、それぞれの方法について説明をする。
(1)第2態様の遺伝子発現ベクターを宿主絹糸虫に導入して作出する方法
本方法は、遺伝子発現ユニットが単一ユニットで構成される場合に、それを包含する遺伝子発現ベクターを宿主絹糸虫に導入することで達成し得る。本方法は、必須の工程として導入工程を、また選択工程として選抜工程を含む。以下、各工程について説明をする。
(導入工程)
「導入工程」は、単一ユニットで構成される遺伝子発現ユニットを含む第2態様の遺伝子発現ベクターを宿主細胞内に導入する工程である。遺伝子発現ベクターを導入する宿主は、前記第1態様の「1−2.定義」に記載した絹糸虫である。特にカイコは、本発明の絹糸虫として好ましい。第2態様の遺伝子発現ベクターを絹糸虫に導入する場合、個体の発生ステージや雌雄の限定は特になく、胚、幼虫、蛹、又は成虫のいずれのステージであってもよい。好ましくは、より高い効果が期待できる胚時期である。
導入方法は、導入すべき遺伝子発現ベクターの種類に応じて当該分野で公知の方法によって行えばよい。例えば、導入する宿主がカイコで、外因性遺伝子発現ベクターがトランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al., 1998, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95:7520-5)を有するプラスミドの場合であれば、Tamuraらの方法(Tamura T. et al., 2000, Nature Biotechnology, 18, 81-84)を利用することができる。例えば、第2態様の遺伝子発現ベクターを、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するヘルパーベクターと共にカイコの初期胚にマイクロインジェクションすればよい。ヘルパーベクターには、例えば、pHA3PIGが挙げられる。
(選抜工程)
「選抜工程」は、前記導入工程後の絹糸虫から、第2態様の遺伝子発現ベクターを含む形質転換体を選抜する工程である。導入工程後の絹糸虫には、遺伝子発現ベクターを保有する形質転換体と、それを保有しない非形質転換体とが存在する。本工程では、それらを正確に判別して、目的の形質転換体のみを選抜することを目的とする。遺伝子発現ベクターが蛍光タンパク質等の標識遺伝子を含む場合、選抜は、その遺伝子等の発現の有無に基づいて行えばよい。得られた遺伝子組換え絹糸虫を必要に応じて兄妹交配又は同系交配を行い、染色体に挿入された発現ベクターのホモ接合体を得てもよい。
なお、第1サブユニット絹糸虫系統及び第2サブユニット絹糸虫系統の作出方法も、導入する遺伝子発現ベクターが、第1サブユニット又は第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクターであることを除けば、基本的方法は、本方法と同じである。
(2)第1サブユニット絹糸虫系統及び第2サブユニット絹糸虫系統を交配する方法
本方法は、遺伝子発現ユニットが1組の第1及び第2サブユニットで構成される場合に、それぞれのサブユニットを含む絹糸虫系統、すなわち第1サブユニット絹糸虫系統と第2サブユニット絹糸虫系統とを交配させて、両サブユニットを含む遺伝子組換え絹糸虫を得る方法である。本方法は、必須の工程として交配工程、及び採卵工程を、また選択工程として選抜工程を含む。以下、各工程について説明をする。
(交配工程)
「交配工程」とは、第1サブユニット絹糸虫系統と第2サブユニット絹糸虫系統とを交配させる工程である。交配は、二つの絹糸虫系統を常法に基づいて交配させればよい。各サブユニットを有する絹糸虫系統は、予め兄妹交配又は同系交配を行い、ホモ接合体にしておくことが好ましい。
(採卵工程)
「採卵工程」とは、交配工程後の雌個体から卵を得る工程である。採卵方法は、当該分野で公知の方法で行えばよい。例えば、絹糸虫がカイコの場合、交尾後の雌個体は、雄個体と分離(割愛)した後、産卵台紙上に移し、室温暗所で一晩産卵させればよい。
(選抜工程)
本方法の「選択工程」は、標識遺伝子の発現に基づいて、その遺伝子がコードするタンパク質の活性により、目的の形質転換体を選抜する点において、基本的に前記選抜工程と同じである。ただし、本方法の選抜工程では、採卵工程後に得られるF1個体から、前記第1サブユニット及び第2サブユニットのそれぞれに連関する標識遺伝子の発現に基づいて、両サブユニットを有する個体を選抜する点で異なる。
5.ミトコンドリア病治療薬スクリーニング方法
5−1.概要
本発明の第5の態様は、ミトコンドリア病治療薬のスクリーニング方法である。本発明の方法は、ミトコンドリア病の治療又は予防に対して有効な薬剤を候補薬剤から選択することができる。
5−2.定義
本態様及び後述する第6態様で使用する以下の用語について定義する。
「ミトコンドリア病」とは、ミトコンドリアの機能障害によって臨床症状を発症する病態の総称をいう。一般に、mtDNA又はゲノムDNAの変異(欠失、置換、付加等)等の質的変化やmtDNA量の減少等の量的変化によるミトコンドリアの機能異常が原因とされる。エネルギー生産の低下によるエネルギー代謝障害が多く、例えば、筋力の低下、ミオパチー、又は高クレアチンキナーゼ(CK)血症のような骨格筋症状、痙攣、偏頭痛、失調、知的退行、又は精神症状のような中枢神経症状、心伝導障害、又は心筋症のような心症状、糸球体病変、尿細管機能障害、又はミオグロビン尿のような腎症状、又は貧血のような血液症状が認められる。なお、本発明のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫では、中部、及び/又は後部絹糸腺の細胞が、アポトーシスを起こさないものの生育停止状態となり、体積が増加せず、その結果、絹糸腺が著しく委縮した症状を呈する。このような絹糸虫における症状を、本明細書では「ミトコンドリア病様症状」と称する。
「治療」とは、疾患の治癒、又は改善をいう。ここでいう「改善」とは、疾患に伴う症状の緩和又は除去、及び/又は進行の阻止又は抑制をいう。
「治療薬」とは、疾患の治療を目的とした薬剤で、その治療における有効成分である。
「ミトコンドリア病治療薬」とは、ミトコンドリア病の治療において有効成分となる薬剤である。低分子化合物、抗体等のペプチド、及びmiRNA等の核酸分子が該当する。
「ミトコンドリア病治療組成物」とは、有効成分であるミトコンドリア病治療薬に加えて、賦形剤等の他の成分を含む組成物をいう。
「候補薬剤」とは、ミトコンドリア病治療薬となり得る薬剤をいう。
5−3.方法
本発明の方法は、投与工程、確認工程、及び選択工程を必須の工程として含む。以下、各工程について説明をする。
(投与工程)
「投与工程」とは、第3態様に記載のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫に候補薬剤を投与する工程である。
候補薬剤の投与方法は、限定はしない。経口又は非経口のいずれであってもよい。
投与方法が経口投与の場合、投与対象が絹糸虫であるため餌に混入させて投与する必要がある。混入方法は限定しないが、例えば、絹糸虫がカイコの場合、桑葉表面に候補薬剤を塗布、噴霧、又は散布するか、候補薬剤を含む薬液に桑葉を浸漬すればよい。あるいは、人工飼料に候補薬剤を添加することもできる。したがって、候補薬剤の剤形は、固形剤、顆粒剤、粉剤、散剤、又は液剤のいずれであってもよい。
投与方法が非経口投与の場合、絹糸虫への全身投与、又は局所投与が挙げられる。全身投与の場合、絹糸虫の皮下、又は循環系に注射等で候補薬剤を含む液剤を注入すればよい。皮下注射する場合、部位は問わない。例えば、腹部にマイクロキャピラリー等を用いて投与すればよい。また、局所投与の場合、ミトコンドリア病様症状がみられる絹糸腺に直接、注射等で候補薬剤を含む液剤を注入すればよい。
なお、候補剤と共に、賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、混和した組成物形態で投与することができる。
1回の投与量(単位用量)、及び投与回数については、絹糸虫の種類、齢、候補薬剤の種類等の条件に応じて適宜定めればよい。
(確認工程)
「確認工程」とは、投与工程後の遺伝子組換え絹糸虫における絹糸腺の形状を確認する工程である。
前述のように、第3態様に記載のmt機能異常型遺伝子組換え絹糸虫では、中部、及び/又は後部絹糸腺が委縮した状態となる。投与工程後、1〜7日後、2〜6日後、3〜5日後、又は4日後の遺伝子組み換え絹糸虫の絹糸腺を観察し、その形状を固定せずに確認する。絹糸腺の確認方法は、限定はしないが、開背処理を行い、直接目視で観察するのが簡便である。絹糸腺の摘出は、ピンセット等を用いて必要に応じて行えばよい(森靖編,カイコによる新生物学実験,三省堂, 1970,pp.249-255参照)。絹糸腺の重量、体積等を測定し、定量することもできる。なお、経常確認を行う絹糸腺は、TFAM遺伝子が過剰発現している絹糸腺、すなわち、第2態様に記載の遺伝子発現ベクターに含まれる絹糸腺特異的プロモーターが活性化する絹糸腺である。具体的には、第2態様に記載の遺伝子発現ベクターが中部絹糸腺特異的プロモーターを含む場合には中部絹糸腺の形状を、また後部絹糸腺特異的プロモーターを含む場合には後部絹糸腺の形状を、その両方を含む場合には、両絹糸腺の形状を確認すればよい。対照用として、野生型の絹糸虫、又はTFAM遺伝子を含まない対照用遺伝子発現ベクターを含む絹糸虫系統の絹糸腺の形状を確認してもよい。
(選択工程)
「選択工程」とは、前記遺伝子組換え絹糸虫の絹糸腺形状が委縮状態から回復していた場合、投与工程で使用した候補薬剤をミトコンドリア病治療薬として選択する工程である。
回復は、完全回復、又は部分回復のいずれであってもよい。完全回復とは、絹糸腺の形状が対照となる野生型の絹糸虫と同程度にまで戻ることをいう。
回復の判断基準は、候補薬剤を投与していない対照用遺伝子組み換え絹糸虫の対応する絹糸腺である。対照用遺伝子組み換え絹糸虫の絹糸腺の形状よりも委縮状態が回復している場合、定量を行った場合であれば、数値的に増加している場合、投与工程で使用した候補薬剤は、ミトコンドリア病の治療薬として選択される。
6.ミトコンドリア病治療薬評価方法
6−1.概要
本発明の第6の態様は、ミトコンドリア病治療薬の評価方法である。本発明の評価方法によれば、既知のミトコンドリア病治療薬の薬効を再確認、又は再評価することができる。
6−2.方法
本発明の方法の基本構成は、前記第5態様に記載のミトコンドリア病治療薬のスクリーニング方法に類似する。例えば、投与工程は、投与する薬剤が第5態様では候補薬剤であるのに対して、本態様では既知ミトコンドリア治療薬、又は既知治療薬候補である点を除けば、基本的には同じである。ここで「既知ミトコンドリア治療薬」とは、医薬品として薬機法の承認を受けている薬剤であり、「治療候補薬」とは、承認を受けるための臨書試験段階にある薬剤等をいう。例えば、後述する実施例に記載のように、アミノレブリン酸(5-ALA)は、治験フェーズIII段階にあるミトコンドリア病治療候補薬である。
また、本態様の評価工程も基本的操作は、前記スクリーニング方法における選抜工程の操作と同じである。確認工程後に絹糸腺形状が回復していた場合、第5態様では候補薬剤をミトコンドリア治療薬として選択するのに対して、本工程では既知ミトコンドリア治療薬がミトコンドリア病の治療に確かに効果的であると認定する違いがあるに過ぎない。
<実施例1:遺伝子発現ユニット及び遺伝子発現ベクターの構築>
(目的)
本発明のmt機能異常型絹糸虫作出用遺伝子発現ユニット及びそれを含む遺伝子発現ベクターを調製する。
(方法)
本実施例では、絹糸虫をカイコとする。まず、カイコのTFAMをコードするBmtfam遺伝子(配列番号2)をクローニングした。p50系統の胚由来総mRNAから作製したcDNAライブラリーを鋳型にBmtfam遺伝子のORF配列を特異的に増幅可能なプライマーペア、Bmtfam-for(5’- ATGACTACTTATACTCAATTACAGCG-3’:配列番号11)とBmtfam-rev(5’- CTATTGTGAACTATCAACTTTTTTGG-3’:配列番号12)を用いてPCRにより増幅した。PCR用DNAポリメラーゼには、Takara EX taq(Takara-Bio社)を用いた。PCR条件は、常法の条件で行った。pGEM-T ベクター(Novagen社)を利用して、PCR後の増幅産物をTAクローニング法によりクローニングした。得られたベクターを「pGEM-BmTFAM」とした。
次に、Bmtfam遺伝子の3’末端に緑色蛍光タンパク質(gfp: green fluorescent protein)遺伝子を融合させるために、哺乳類細胞発現ベクターであるpCMV-SPORT(Thermo Fisher Scientific社)のCMVプロモーターの下流にGFPの配列を導入したベクターを「pCMV-SPORT-GFP」とした。続いて、Bmtfam遺伝子の両末端にBglII及びHindIIIの制限部位を付加するように設計した特異的プライマーを使用して、pGEM-BmTFAMを鋳型に、KOD plus DNA polymerase(Toyobo社)を用いてPCRにより増幅した。増幅後のBmTFAM断片をpCMV-SPORT-GFPのBglII/HindIII部位に挿入した。これにより、配列番号13で示す塩基配列からなるTFAM-GFP融合遺伝子を含むpCMV-BmTFAM-GFPを得た。
本発明の遺伝子発現ユニットが1組のサブユニットで構成されるように、BmTFAMがGAL4依存的に発現する遺伝子発現ベクターを構築した。
まず、第2サブユニットを含む母核ベクターには、カイコトランスポゾンベクターであるpBac [UAS-SV40, 3×P3-GFP]ベクター(Sakudoh, T., et al., 2007, Proc Natl Acad Sci U S A, 104: 8941-8946)を用いた。前述のpCMV-BmTFAM-GFPを鋳型に、KOD plus DNA polymerase(Toyobo社)を用いてPCRによりBmTFAM-GFP断片を増幅した。プライマーには、pBac [UAS-SV40, 3×P3-GFP]ベクターをBlnIにより直鎖状にしたときの末端配列に相同な15残基を付加した特異的プライマーを使用した。増幅反応後、精製したPCR増幅断片、すなわちBmTFAM-GFP断片をBlnI消化したpBac [UAS-SV40, 3×P3-GFP]ベクターへ、UAS配列の3’末端側にIn-Fusion HD Cloning Kit(Clontech社)を用いて部位特異的組換えによって挿入し、第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクターとして、pBac [UAS-BmTFAM-GFP-SV40, 3×P3-GFP]を得た。図1にその概念図を示す。プライマーの設計、クローニングの方法についてはIn-Fusion HD Cloning Kitの付属のプロトコールに従った。
<実施例2:ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換えカイコの作出>
(目的)
本発明のmt機能異常型遺伝子組換えカイコを作出する。
(方法)
カイコ(Bombyx mori)は人工飼料(シルクメイト; Nosan)を用いて25℃、明期12時間、暗期12時間の条件下で飼育した。実験には、p50, w1-pnd, w1およびA3-GAL4(Uchino, K., et al., 2006, J. Insect Biotechnol. Sericology, 75: 89-97)、AyFib431a(Sezutsu, H., et al., 2009, J. Insect Biotechnol. Sericology 78: 1-10; Tsubota, T., et al., 2014, G3 (Bethesda) 4: 1347-1357)の各系統を使用した。
遺伝子組換えカイコの作出は、Tamura et al.(2000, Nature Biotechnology, 18 81-84)の方法に基づいて以下の条件で行った。まず、実施例1で構築したpBac [UAS-BmTFAM-GFP-SV40, 3×P3-GFP]、すなわち第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクター、ヘルパープラスミドpHA3PIG及びトランスポゼースmRNAを最終濃度がそれぞれ0.4μg/μL、0.1μg/μL、及び0.2μg/μLになるようにinjection Buffer(0.5 mM phosphate buffer, KCl 5 mM, pH 7.0)に溶解して、注入溶液を調製した。産卵後6時間以内のカイコw1-pnd系統(白眼・白卵・非休眠系統)の胚に前記注入溶液をタングステン針とガラスのキャピラリーを用いて顕微注入した。インジェクション後の胚は、穴を瞬間接着剤(コニシ #30523)で塞ぎ、加湿状態、25℃で孵化するまでインキュベートした。孵化した幼虫を飼育し、兄妹交配、あるいは系統維持のため非インジェクション個体である白眼休眠系統のw1との交配を行った。得られた胚を3xP3-GFPの発現の有無で選抜し、第2サブユニットを有する遺伝子発現ベクターを含む第2サブユニット絹糸虫系統を獲得した。
作出した第2サブユニット絹糸虫系統における第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクターのゲノム挿入数をサザンブロットによって確認した。サザンブロット法は、常法にしたがった。またインバースPCRによって、第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクターのゲノム挿入位置を確認した。inverse PCRはTamura et al.(2000)の方法をもとに、ゲノムに挿入されているpBac [UAS-BmTFAM-GFP-SV40, 3×P3-GFP]の左腕(L-arm)側プライマーペアについては、inv-Larm-F1(5’-AAATCAGTGACACTTACCGCATT-3’:配列番号14)及びinv-Larm-R2(5’-ACTATAACGACCGCGTGAGTCAA-3’:配列番号15)を、また右腕(R-arm)側については、30K6G1gal-invF2(5’-AAGTAACAAAACTTTTATGGCGC-3’:配列番号16)30K6G1gal-invR(5’-CCTCGATATACAGACCGATAAAACA-3’:配列番号17)を使用した。
その結果、第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクターは、ゲノム中に1コピーのみ挿入され、その位置も宿主カイコの内在性遺伝子を破壊していないことが明らかとなった(データ示さず)。
一方、第1サブユニット絹糸虫系統には、後部絹糸腺特異的にGAL4を発現する、すなわち後部絹糸腺プロモーターの3’末端側にGAL4遺伝子を配置した第1サブユニットを含む既存のカイコ系統、例えば、再表2014/104269の実施例2で確立した後部絹糸腺遺伝子発現ユニット用第1サブユニットを有する第1サブユニット絹糸虫系統(AyFib431a)を用いた。
両系統を交配し、両サブユニットを含むF1個体を3xP3DsRed2マーカー(第1サブユニット用マーカー)及び3xP3-GFPマーカー(第2サブユニット用マーカー)の蛍光の有無で選抜し、後部絹糸腺特異的にBmTFAMを過剰発現する本発明のmt機能異常型遺伝子組換えカイコを得た。
作出したmt機能異常型遺伝子組換えカイコは、25〜27℃の飼育室で、幼虫の全齢を人工飼料(シルクメイト原種1-3齢S、日本農産工)で飼育した。人工飼料は2〜3日毎に交換した(Uchino K. et al., 2006, J Insect Biotechnol Sericol, 75:89-97)。5齢6日目の吐糸直前の段階で、終齢幼虫を氷上麻酔にかけ、背側を切開してピンセットで絹糸腺を傷つけないように摘出した。これを固定せずに実体顕微鏡(オリンパスSZX16)で観察した。また、摘出した組織を、直ちにグルタールアルデヒド液にて前固定し、引き続き1%四酸化オスミウム液で後固定を行った。次に、エタノールシリーズにて脱水の後、エポキシ樹脂を浸透させて置換した。包埋板に新鮮なエポキシ樹脂と共に組織を入れて恒温器で3日間重合させ、包埋した。エポキシ樹脂で包埋した組織片はミクロトーム本体に取り付け、不要部分を切り落とし、薄切面を切り出した。同時に厚切り切片を作り、トルイジンブルーで染色し、組織の向き等を確認した上でトリミングを行った。続いて、ダイヤモンドナイフを用いて、面出しを終えた組織から超薄切を作成した。超薄切をグリッドに掬い、電子染色後、透過型電子顕微鏡(日本電子:JEM1010)で観察した。
(結果)
図2及び図3に上記結果を示す。
後部絹糸腺特異的にTFAM-GFPを過剰発現させた結果、図2Bで示すように、対照用の図2Aと比較すると破線白枠内の後部絹糸腺は、細胞の体積が増加せず、生育が停止して委縮した状態となった。ただし、後部絹糸腺での細胞死は起きていなかった。また、このようなTFAM-GFP過剰発現型個体は、後部絹糸腺に形態異常を有しながらも正常な成虫となる。このように、本発明のmt機能異常型遺伝子組換えカイコは、個体死させることなく、シビアな表現型を経時的に観察することが可能である。
図3C、及び図3Dで示すように、後部絹糸腺特異的にTFAM-GFPを過剰発現させた結果、対照区の図3A、及び図3Bと比較してミトコンドリアの形態が異常となった。具体的には、ミトコンドリア内膜の構造(クリステ)の部分が対照区のミトコンドリアでは、層状に構成されているのに対し、TFAM-GFP過剰発現組織のミトコンドリアでは、小泡が多数形成される形態となっていた。また、図3Cに示すように、オートファゴソーム様の膜(矢印)に包まれるミトコンドリアが観察された。前述のようにこのようなTFAM-GFP過剰発現型個体は、後部絹糸腺に形態異常を有しながらも致死しないため、ミトコンドリア活性や形態についての表現型を経時的に観察することが可能である。
<実施例3:mt機能異常型遺伝子組換えカイコを用いたミトコンドリア病治療候補薬の薬効評価>
(目的)
本発明のmt機能異常型遺伝子組換えカイコが、mt機能異常モデルマウス等に代わるモデル動物になり得ること、及びミトコンドリア病治療薬や治療候補薬の薬効評価が可能なことを検証する。
(方法)
実施例1で作出したmt機能異常型遺伝子組換えカイコの5齢5日目の個体(n=15)に対して1頭あたり100μgのアミノレブリン酸(5-ALA)in NaCl溶液を10μL、腹脚にマイクロキャピラリーを用いて皮下注射した。5-ALAは、脳神経症状を中心とするヒトミトコンドリア病に対する有効な候補薬剤として開発され、現在日本では臨床試験のフェーズIII段階にあり、その長期投与によるミトコンドリア病への有効性や安全性が検証されている。投与5日後、実施例2と同じ方法でカイコを氷上麻酔にかけ、背側を切開してピンセットで絹糸腺を傷つけないように摘出した。
(結果)
図4に5-ALAの投与結果を示す。5-ALAを投与した場合、9割の個体で図4Bに示すように後部絹糸腺の形態回復が認められた。この結果は、本発明のmt機能異常型遺伝子組換えカイコが哺乳動物のミトコンドリア病のモデル動物として機能し得ること、mt機能異常型遺伝子組換えカイコの絹糸腺における形態回復を指標に、ミトコンドリア機能治療薬のスクリーニングや治療候補薬の薬効評価ができることを示唆している。

Claims (14)

  1. ミトコンドリア機能異常型絹糸虫作出用遺伝子発現ユニットであって、
    中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質をコードする遺伝子のプロモーター、及び
    該プロモーターの下流に機能的に結合したミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子
    を含む前記遺伝子発現ユニット。
  2. 前記ミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子の3’末端側に連結された付加遺伝子又はその断片をさらに含む、請求項に記載の遺伝子発現ユニット。
  3. 前記中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質がセリシン、フィブロインH鎖、フィブロインL鎖及びp25/FHXからなる群から選択されるタンパク質である、請求項又はに記載の遺伝子発現ユニット。
  4. 前記ミトコンドリア転写因子Aが以下の(a)〜(d)のいずれかである、請求項のいずれか1項に記載の遺伝子発現ユニット。
    (a)配列番号1で示すアミノ酸配列からなるカイコ由来のミトコンドリア転写因子A、又は
    )(a)に記載のアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるミトコンドリア転写因子A
  5. 前記付加遺伝子が標識タンパク質をコードする遺伝子である、請求項のいずれか1項に記載の遺伝子発現ユニット。
  6. 前記遺伝子発現ユニットが第1及び第2サブユニットからなり、
    第1サブユニットは中部又は後部絹糸腺特異的に発現するタンパク質をコードする遺伝子のプロモーター及びその3’末端側に機能的に結合した転写調節因子をコードする遺伝子を含み、
    第2サブユニットは前記転写調節因子の標的プロモーター及びその3’末端側に機能的に結合したミトコンドリア転写因子Aをコードする遺伝子又はその機能性断片をコードする核酸分子を含む、
    請求項のいずれか1項に記載の遺伝子発現ユニット。
  7. 請求項のいずれか1項に記載の遺伝子発現ユニットを含む遺伝子発現ベクター。
  8. 請求項に記載の遺伝子発現ユニットを構成する第2サブユニットを含む遺伝子発現ベクター。
  9. 請求項のいずれか1項に記載のミトコンドリア機能異常型絹糸虫作出用遺伝子発現ユニットを含むミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫。
  10. 前記第1サブユニットと前記第2サブユニットが異なる染色体上に存在する、請求項に従属する請求項に記載の遺伝子組換え絹糸虫。
  11. ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫の作出方法であって、
    請求項に記載の遺伝子発現ベクターを絹糸虫に導入する導入工程、及び
    前記導入工程後に前記遺伝子発現ベクターを含む個体を選抜する選抜工程
    を含む前記方法。
  12. ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫の作出方法であって、
    請求項に記載の第1サブユニットを含む第1サブユニット絹糸虫系統と請求項に記載の第2サブユニットを含む第2サブユニット絹糸虫系統とを交配する交配工程、
    前記交配工程後の絹糸虫から採卵する採卵工程、及び
    前記採卵工程で得た卵から前記第1及び第2サブユニットを含む個体を選抜する選抜工程
    を含む前記方法。
  13. ミトコンドリア病を治療する薬剤のスクリーニング方法であって、
    請求項又は10に記載のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫に候補薬剤を投与する投与工程、
    前記投与工程後の遺伝子組換え絹糸虫における絹糸腺の形状を確認する確認工程、及び 委縮した前記遺伝子組換え絹糸虫の絹糸腺形状が回復していた場合、前記候補薬剤をミトコンドリア病治療として選択する選択工程
    を含む前記方法。
  14. ミトコンドリア病治療薬の評価方法であって、
    請求項又は10に記載のミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫に既知のミトコンドリア病治療薬を投与する投与工程、
    前記投与工程後の遺伝子組換え絹糸虫における絹糸腺の形状を確認する確認工程、及び
    委縮した前記遺伝子組換え絹糸虫の絹糸腺形状が回復していた場合、前記ミトコンドリア病治療薬がミトコンドリア病の治療に効果的であると評価する評価工程
    を含む前記方法。
JP2018002569A 2018-01-11 2018-01-11 ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫 Active JP6948064B2 (ja)

Priority Applications (1)

Application Number Priority Date Filing Date Title
JP2018002569A JP6948064B2 (ja) 2018-01-11 2018-01-11 ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫

Applications Claiming Priority (1)

Application Number Priority Date Filing Date Title
JP2018002569A JP6948064B2 (ja) 2018-01-11 2018-01-11 ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫

Publications (2)

Publication Number Publication Date
JP2019118334A JP2019118334A (ja) 2019-07-22
JP6948064B2 true JP6948064B2 (ja) 2021-10-13

Family

ID=67305538

Family Applications (1)

Application Number Title Priority Date Filing Date
JP2018002569A Active JP6948064B2 (ja) 2018-01-11 2018-01-11 ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫

Country Status (1)

Country Link
JP (1) JP6948064B2 (ja)

Family Cites Families (2)

* Cited by examiner, † Cited by third party
Publication number Priority date Publication date Assignee Title
JP5260915B2 (ja) * 2007-08-20 2013-08-14 株式会社ゲノム創薬研究所 毒性試験方法
CN104903445B (zh) * 2012-12-25 2017-09-12 国立研究开发法人农业生物资源研究所 后部绢丝腺基因表达单元及具有其的转基因绢丝虫

Also Published As

Publication number Publication date
JP2019118334A (ja) 2019-07-22

Similar Documents

Publication Publication Date Title
JP6326703B2 (ja) 外因性遺伝子発現増強剤
JP6497605B2 (ja) 雌蚕致死カイコ系統
JP3939733B2 (ja) 新規なアポトーシス誘導因子及びそれを利用するアポトーシスの誘導方法
JP6253109B2 (ja) 後部絹糸腺遺伝子発現ユニット及びそれを有する遺伝子組換え絹糸虫
MX2008010285A (es) Sistema de expresion genetica usando un empalme alternativo en insectos.
BRPI0707579A2 (pt) sistema de expressço de polinucleotÍdeos, mÉtodos de controle da populaÇço de um organismo em um meio ambiente natural para o mesmo, de controle biolàgico, e de separaÇço de sexos, e, mÉtodo ou controle biolàgico ou da populaÇço
CN109844112B (zh) 基因重组蓑蛾虫丝
JP2016084369A (ja) 5量体crpの製造方法、5量体crpを製造する遺伝子組換えカイコとその製造方法、単量体イヌcrpをコードするdna及びそのdnaを含む発現ベクター
JP6948064B2 (ja) ミトコンドリア機能異常型遺伝子組換え絹糸虫
JP5997772B2 (ja) カイコフィブロイン重鎖遺伝子の突然変異配列、及び突然変異を誘発する方法と応用
JP6871547B2 (ja) ピエリシン1aのadpリボシル化ドメイン遺伝子及びセリシン繭
JP2011103816A (ja) トランスジェニックカイコ
Maenaka et al. Silkworm Biofactory: Silk to Biology
Takasu et al. Fibroin heavy chain gene replacement with a highly ordered synthetic repeat sequence in Bombyx mori
KR101634275B1 (ko) 청색 형광 실크를 생산하는 형질전환 누에
Aramwit et al. Transgenic modifications of silkworms as a means to obtain therapeutic biomolecules and protein fibers with exceptional properties
WO2016125885A1 (ja) 細胞死誘導ベクター及びそれを有する部位特異的細胞死誘導カイコ系統
KR101811518B1 (ko) 초파리의 산화 스트레스 저항성을 조절하는 방법
JP6840323B2 (ja) 哺乳動物型糖鎖付加遺伝子組換えカイコ
JP5240756B2 (ja) 軟骨疾患のモデル非ヒト動物
KR102114194B1 (ko) 킬러레드 단백질을 발현하는 실크를 생산하는 형질전환 누에
JP2023084919A (ja) 不妊性チョウ目昆虫の生産方法及びチョウ目昆虫の不妊化剤
Yu et al. Mutation of a palmitoyltransferase ZDHHC18-like gene is responsible for the minute wing mutation in the silkworm (Bombyx mori)
JP2024000343A (ja) カイコ、非天然アミノ酸含有タンパク質の製造方法、及びシルクタンパク質
JP2012105598A (ja) 形質転換カイコの作製方法

Legal Events

Date Code Title Description
A621 Written request for application examination

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A621

Effective date: 20200812

A977 Report on retrieval

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A971007

Effective date: 20210521

A131 Notification of reasons for refusal

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A131

Effective date: 20210608

A521 Written amendment

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A523

Effective date: 20210716

TRDD Decision of grant or rejection written
A01 Written decision to grant a patent or to grant a registration (utility model)

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A01

Effective date: 20210824

A61 First payment of annual fees (during grant procedure)

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: A61

Effective date: 20210910

R150 Certificate of patent or registration of utility model

Ref document number: 6948064

Country of ref document: JP

Free format text: JAPANESE INTERMEDIATE CODE: R150