図1Aは、燃料電池を構成するセルを示す断面図、図1Bは、セルを示す分解斜視図である。燃料電池は、反応ガスとして燃料ガス(例えば水素)と酸化剤ガス(例えば空気)との供給を受けて発電する固体高分子型燃料電池であり、例えば燃料電池自動車や電気自動車などに搭載される。図1Aのように、セル10は、電解質膜12の一方の面にアノード触媒層14aが形成され、他方の面にカソード触媒層14cが形成されたMEA(Membrane Electrode Assembly)11を備える。
電解質膜12は、フッ素系樹脂材料又は炭素系樹脂材料で形成された固体高分子膜であり、湿潤状態において良好なプロトン伝導性を有する。アノード触媒層14a及びカソード触媒層14cは、電気化学反応を進行させる触媒(例えば白金や、白金−コバルト合金)を担持したカーボン粒子(例えばカーボンブラック)と、プロトン伝導性を有するアイオノマーと、を含む。アノード触媒層14a及びカソード触媒層14cのカーボン粒子は、電子伝導性を有する。
MEA11の両側には、一対の撥水層(アノード側撥水層16aとカソード側撥水層16c)と、一対のガス拡散層(アノードガス拡散層18aとカソードガス拡散層18c)と、が配置されている。一対の撥水層は、MEA11内に含まれる水分を適正量に保つために設けられている。MEA11、一対の撥水層、及び一対のガス拡散層を総称してMEGA(Membrane Electrode Gas diffusion layer Assembly)30と称す。
アノード側撥水層16a、カソード側撥水層16c、アノードガス拡散層18a、及びカソードガス拡散層18cは、ガス透過性及び電子伝導性を有する部材によって形成されており、例えばカーボンクロスやカーボンペーパなどの多孔質カーボン製部材によって形成されている。アノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cは、アノードガス拡散層18a及びカソードガス拡散層18cと比べて、多孔質カーボン製部材の細孔が小さい。例えば、アノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cの細孔の大きさは直径0.1μm〜1μm程度であり、アノードガス拡散層18a及びカソードガス拡散層18cの細孔の大きさは直径10μm〜100μm程度である。このように、アノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cの細孔が小さいことから、アノード触媒層14a及びカソード触媒層14cから液水が流出することを抑制でき、MEA11内に含まれる水分を適正量に保つことができる。
以上のように、アノード触媒層14a、アノード側撥水層16a、及びアノードガス拡散層17aは、アノード側の電極に相当し、カソード触媒層14c、カソード側撥水層16c、及びカソードガス拡散層17cは、カソード側の電極に相当し、これらは電解質膜12を挟む一対の電極の一例である。
MEGA30の両側には、MEGA30を挟持する一対のセパレータ(アノード側セパレータ20aとカソード側セパレータ20c)が配置されている。アノード側セパレータ20a及びカソード側セパレータ20cは、ガス遮断性及び電子伝導性を有する部材によって形成されており、例えばカーボンを圧縮してガス不透過とした緻密性カーボンなどのカーボン部材やプレス成型したステンレス鋼などの金属部材によって形成されている。アノード側セパレータ20a及びカソード側セパレータ20cは、表面にガスが流通するガス流路を形成するための凹凸を有する。アノード側セパレータ20aは、アノードガス拡散層18aとの間にアノードガス流路22aを形成する。カソード側セパレータ20cは、カソードガス拡散層18cとの間にカソードガス流路22cを形成する。燃料電池の発電中においては、アノードガス流路22aを燃料ガスが流通し、カソードガス流路22cを酸化剤ガスが流通する。なお、アノードとカソードの両方にガス拡散層を備える構成を例に示したが、これに限定されない。アノードとカソードの一方又は両方にガス拡散層を備えない構成であってもよい。この場合には、アノードガス流路又はカソードガス流路から直接撥水層を介して触媒層にガスが供給される。ガス拡散層を備えない構成においては、撥水層は撥水、ガス透過、及び導電の各機能を有するシート部材が使用されてもよい。
図1Bのように、MEGA30は、例えば樹脂(エポキシ樹脂やフェノール樹脂など)からなる絶縁部材40の内側に配置されている。言い換えると、MEGA30の外周を覆って、枠状の絶縁部材40が配置されている。絶縁部材40は、アノード側セパレータ20aとカソード側セパレータ20cとによって挟持されている。
アノード側セパレータ20a及びカソード側セパレータ20cには、それぞれ孔a1〜a3及び孔c1〜c3が設けられている。絶縁部材40にも同様に、孔s1〜s3が設けられている。孔a1〜a3、孔s1〜s3、及び孔c1〜c3は、それぞれ連通し、孔a1、s1、及びc1は酸化剤ガス供給マニホールドを、孔a2、s2、及びc2は冷媒供給マニホールドを、孔a3、s3、及びc3は燃料ガス排出マニホールドを画定する。
また、アノード側セパレータ20a及びカソード側セパレータ20cには、それぞれ孔a4〜a6及び孔c4〜c6が設けられている。絶縁部材40にも同様に、孔s4〜s6が設けられている。孔a4〜a6、s4〜s6、及びc4〜c6は、それぞれ連通し、孔a4、s4、及びc4は燃料ガス供給マニホールドを、孔a5、s5、及びc5は冷媒排出マニホールドを、孔a6、s6、及びc6は酸化剤ガス排出マニホールドを画定する。
アノード側セパレータ20aのMEGA30に対向する面には、燃料ガス供給マニホールドと燃料ガス排出マニホールドとを連通し、発電中において燃料ガスが流れるアノードガス流路22aが形成されている。カソード側セパレータ20cのMEGA30に対向する面には、酸化剤ガス供給マニホールドと酸化剤ガス排出マニホールドとを連通し、発電中において酸化剤ガスが流れるカソードガス流路22cが形成されている。アノード側セパレータ20aのアノードガス流路22aが形成された面とは反対側の面、及び、カソード側セパレータ20cのカソードガス流路22cが形成された面とは反対側の面には、冷媒供給マニホールドと冷媒排出マニホールドとを連通し、冷媒が流れる冷媒流路24が形成されている。
図2は、燃料電池1の分解図である。なお、図2では、図の明瞭化のために、セル10を簡略化して図示している。まず、燃料電池について説明する。図2のように、燃料電池1は、複数のセル10と、一対のターミナルプレート50、52と、一対の絶縁プレート60、62と、一対のエンドプレート70、72と、を備える。燃料電池1は、複数のセル10が一対のターミナルプレート50、52と一対の絶縁プレート60、62と一対のエンドプレート70、72とで挟持されたスタック構造をしている。ターミナルプレート50、52は、金属製であり、複数のセル10からの電圧及び電流を取り出すために用いられる。エンドプレート70、72は、複数のセル10とターミナルプレート50、52と絶縁プレート60、62とを締結するために用いられる。
ターミナルプレート50、絶縁プレート60、及びエンドプレート70には、それぞれ孔t1〜t6、孔i1〜i6、及び孔e1〜e6が設けられている。孔t1、i1、及びe1は酸化剤ガス供給マニホールドを、孔t2、i2、及びe2は冷媒供給マニホールドを、孔t3、i3、及びe3は燃料ガス排出マニホールドを画定する。孔t4、i4、及びe4は燃料ガス供給マニホールドを、孔t5、i5、及びe5は冷媒排出マニホールドを、孔t6、i6、及びe6は酸化剤ガス排出マニホールドを画定する。一方、ターミナルプレート52、絶縁プレート62、及びエンドプレート72には、孔は設けられていない。これにより、孔e4から導入された燃料ガスは、複数のセル10それぞれのアノードガス流路22aを流れた後、孔e3から排出される。孔e2から導入された冷媒は、複数のセル100それぞれの冷媒流路24を流れた後、孔e5から排出される。孔e1から導入された酸化剤ガスは、複数のセル10それぞれのカソードガス流路22cを流れた後、孔e6から排出される。
尚、複数のセル10は、ターミナルプレート50側からターミナルプレート52側へ順にn枚積層されている。本明細書では、各セルをターミナルプレート50側から順にセル10−1、10−2…10−n−1、10−nとして表記する。また、本明細書ではセルの総称としてセル10と表記する。
次に、ラジカル抑制剤について説明する。アノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cには、ヒドロキシラジカルの生成を抑制するラジカル抑制剤が含有されている。本実施例においてラジカル抑制剤は、セリウム含有酸化物であり、具体的にはCeO2である。CeO2によりラジカルの生成が抑制される原理は以下のとおりである。燃料電池1の発電時には、燃料電池1に供給される酸化剤ガス中の酸素の一部が、電解質膜12を透過して、アノード触媒層14aへと達する場合がある。この酸素がアノード触媒層14aにおいて還元されると過酸化水素が生成され、当該過酸化水素に起因してヒドロキシラジカルが生成される。ヒドロキシラジカルは、電解質膜12を分解して強度を低下させる。ここで、アノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cに含有されているラジカル抑制剤であるCeO2は、燃料電池1内の水分中にCe3+として溶出され、以下の式(1)の反応によりヒドロキシラジカルが消費される。これによりヒドロキシラジカルが抑制される。
・OH+Ce3++H+→Ce4++H2O・・・(1)
しかしながら、溶出したCe3+は、燃料電池1の使用時間と共に徐々に電解質膜12内に蓄積される。このためヒドロキシラジカルを抑制する必要量以上のCe3+が電解質膜12に蓄積されると、Ce3+は陽イオン不純物として電解質膜12のプロトン移動抵抗を増大させる。
図3Aは、電解質膜12内でのCe3+の蓄積量と、ヒドロキシラジカルによる電解質膜12の分解速度と、電解質膜12のプロトン移動抵抗との関係を示したグラフである。電解質膜12内でのCe3+の蓄積量が少なすぎると、ヒドロキシラジカルによる電解質膜12の分解速度が増大するが、電解質膜12内でのCe3+の蓄積量が多すぎるとプロトン移動抵抗が増大する。図3Bは、電解質膜12内でのCe3+の蓄積量と電解質膜12のプロトン移動抵抗との関係を示したグラフであり、それぞれ相対湿度が30及び80パーセントの場合でのCe3+の蓄積量とプロトン移動抵抗との関係を示している。Ce3+の蓄積量が多い場合には、相対湿度が低くなるにつれてプロトン移動抵抗が顕著に増大する。このため、Ce3+の蓄積量が適量よりも多い場合には、低湿潤状態で燃料電池1の発電性能が大きく低下する。
ここで、燃料電池1が採用される発電システムにおいては、一般的に燃料電池1の発電停止後に、掃気ガスを燃料電池1に供給して燃料電池1内の残水を外部に排出する掃気制御が実行される。しかしながら、掃気制御の実行後であっても、燃料電池1内に残水が部分的に残留する場合があり、発電停止後での燃料電池1内の残水量の分布は、均一ではない。このため、残水量が少ない部位では、発電停止中での残水中へのCe3+の溶出量は少ないため、電解質膜12内でのCe3+の蓄積量を部分的に確保できずに、ヒドロキシラジカルを十分に抑制できずに電解質膜12の強度が低下する可能性がある。一方、残水量が多い部位では、発電停止中での残水中にCe3+が溶出して、電解質膜12内のCe3+の蓄積量が部分的に増大して、部分的にプロトン移動抵抗が増大する可能性がある。これにより、燃料電池1の発電性能が低下する可能性がある。
図4Aは、燃料電池1の斜視図である。本実施例での燃料電池1は、セル10の積層方向が水平方向と略並行となり、各セル10での酸化剤ガスの流通方向が水平方向と略平行となる姿勢で使用される。図4Bは、あるセル10での絶縁部材40とアノード側撥水層16aとを示した正面図である。アノード側撥水層16aには上部161a及び下部162aを有している。下部162aは、上部161aよりも鉛直下方側に位置している。このため、発電停止後であって掃気制御実行後での燃料電池1内の残水は、重力の作用によって、下部162a周辺の方が上部161a周辺よりも多く存在する。また、上部161a及び下部162aを含むアノード側撥水層16aには、ラジカル抑制剤が含有されている。従って、上部161aは、ラジカル抑制剤を含有した第1部位の一例であり、下部162aは、ラジカル抑制剤を含有し上部161aよりも鉛直下方側に位置する第2部位の一例である。
図4Cは、アノード側撥水層16aでのラジカル抑制剤の濃度を示したグラフである。縦軸は、鉛直方向でのアノード側撥水層16aの位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の濃度を示している。ラジカル抑制剤の濃度は、アノード側撥水層16aの鉛直上方側から鉛直下方側につれて、低くなっている。尚、カソード側撥水層16cでのラジカル抑制剤の濃度も同様である。従って、ラジカル抑制剤の濃度は、下部162aの方が上部161aよりも低い。このように、周辺に残水量が多く存在する下部162aでのラジカル抑制剤の濃度が低いため、単位体積当たりの水への下部162aからのCe3+の単位時間当たりの溶出量を抑制できる。これにより、電解質膜12内の一部分でのCe3+の蓄積量の増大が抑制され、燃料電池1の発電性能の低下が抑制される。
また、上部161a周辺では残水量が少ないため、ラジカル抑制剤の濃度は、上部161aの方が下部162aよりも高くなっている。このため、単位体積当たりの水への上部161aからのCe3+の溶出量を確保して、アノード触媒層14aを介して上部161aと対向する電解質膜12でのCe3+の蓄積量を確保できる。これにより、ヒドロキシラジカルを抑制でき、電解質膜12の強度の低下が抑制される。以上のように、電解質膜12の強度の低下を抑制しつつ燃料電池1の発電性能の低下も抑制される。
尚、上部161a及び下部162aに同一条件下で水を分布させた場合には、下部162aのほうがラジカル抑制剤の濃度は低いため、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、下部162aからの方が上部161aからよりも少ない。同一条件下で水を分布させた場合とは、上部161a及び下部162aに対して同一の姿勢で、水を同一の密度で均一に一定期間にわたって分布させた場合である。例えば、単体のセル10を水平状態にしてアノードガス流路22a内に十分な水を供給した場合や、MEA11やアノードガス拡散層18aに接合する前の状態のアノード側撥水層16a上に水を均一に分布させた場合、又は、単体のセル10や単体のアノード側撥水層16aを水中に沈ませた場合である。
尚、他のセルのアノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cにも同様な濃度分布でラジカル抑制剤が含有されているが、これに限定されない。燃料電池1のうち、少なくとも1枚のセル10のアノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cの少なくとも一方の濃度が、鉛直下方側の方が鉛直上方側よりも低ければよく、このセル10のアノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cの他方、及び他のセル10のアノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cのラジカル抑制剤の濃度は、部位によらずに均一であってもよい。例えば、複数のセルのうち、比較的残水に晒されやすいセルが特定されている場合には、そのセルのアノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cの少なくとも一方のラジカル抑制剤の濃度を、鉛直下方側の方が鉛直上方側よりも低くしてもよい。これにより、濃度分布に偏りをもたせたセルの枚数を削減でき、製造コストを抑制できる。また、図4Cでは、ラジカル抑制剤の濃度は直線で表されているが、これに限定されず、鉛直上方側から下方側に従って濃度が低くなっていくのであれば、曲線で表されてもよい。尚、上記実施例の燃料電池1をセル10の積層方向が水平方向に略平行にしつつ、孔e1〜e3が孔e4〜e6よりも鉛直下方側又は上方側に位置する姿勢で使用する場合には、その姿勢でのアノード側撥水層16aの鉛直下方側の部位が鉛直上方側の部位よりもラジカル抑制剤の濃度が低ければよい。
次に、燃料電池の複数の変形例について説明する。尚、以下で説明する複数の変形例について、上記実施例と同一及び類似の構成については、それぞれ同一及び類似の符号を付することにより重複する説明を省略する。図5Aは、第1変形例の燃料電池1Aの外観図である。燃料電池1Aは、複数のセル10aの積層方向が鉛直方向と略平行となる姿勢で使用される。具体的には、ターミナルプレート50a、絶縁プレート60a、及びエンドプレート70aが鉛直下方側に位置し、ターミナルプレート52a、絶縁プレート62a、及びエンドプレート72aが鉛直上方側に位置する。上述した場合と同様に、セル10aのそれぞれのアノード側撥水層及びカソード側撥水層にはラジカル抑制剤が含有されているが、以下の変形例では、説明の便宜上、各セルのアノード側撥水層でのラジカル抑制剤の濃度とカソード側撥水層のラジカル抑制剤の濃度との平均値を、各セル10aでのラジカル抑制剤の濃度と説明する。複数のセル10aには、鉛直方向で最も上方側及び最も下方側にそれぞれ配置されたセル10a−n及び10a―1を含む。発電停止後であって掃気制御実行後の燃料電池1A内の残水量は、重力の作用によって、セル10a―1周辺の方がセル10a―n周辺よりも多い。セル10a―nは、複数のセル10aのうちの一つである第1セルの一例である。セル10a―1は、セル10a―nよりもセル10aの積層方向で鉛直下方側に位置し、複数のセル10aのうちの一つである第2セルの一例である。
図5Bは、第1変形例での各セル10aのラジカル抑制剤の濃度を示したグラフである。縦軸は、積層方向での各セル10aの位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の濃度を示している。第1変形例では、積層方向で鉛直上方側から下方側に従って、各セル10のラジカル抑制剤の濃度が低くなっている。従って、セル10a―1の方がセル10a―nよりもラジカル抑制剤の濃度が低くなっている。このように、周辺に残水量が多く存在するセル10a―1のラジカル抑制剤の濃度が低いため、単位体積当たりの水へのセル10a―1からのCe3+の単位時間当たりの溶出量を抑制できる。また、周辺に残水量が少ないセル10a―nのラジカル抑制剤の濃度が高いため、単位体積当たりの水へのセル10a―nからのCe3+の単位時間当たりの溶出量を確保できる。これにより電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池1Aの発電性能の低下も抑制される。
尚、セル10a―1及び10a―n内に同一条件下で水を分布させた場合には、セル10a―1のほうがラジカル抑制剤の濃度は低いため、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、セル10a―1からの方がセル10a―nからよりも少ない。第1変形例において同一条件下で水を分布させた場合とは、同一の姿勢でセル10a―1及び10a―n内に水を同一の密度で均一に、一定期間にわたって分布させた場合である。例えば単体のセル10a―1と単体のセル10a―nを同一姿勢でそれぞれのアノード流路及びカソード流路の少なくとも一方に十分に水を供給した場合や、単体のセル10a―1と単体のセル10a―nを水中に沈めた場合などである。
図5Cは、第2変形例の燃料電池1Bの外観図である。燃料電池1Bは、複数のセル10bの積層方向が鉛直方向及び水平方向に対して斜めとなる姿勢で使用される。この場合においても、ターミナルプレート50b、絶縁プレート60b、及びエンドプレート70bが鉛直下方側に位置し、ターミナルプレート52b、絶縁プレート62b、及びエンドプレート72bが鉛直上方側に位置する。複数のセル10bに含まれるセル10b−n及び10b―1は、最も上方側及び最も下方側に配置されている。このように斜めに燃料電池1Bが配置されている場合であっても、発電停止後での燃料電池1B内の残水量は、重力の作用によって、セル10b―1周辺の方がセル10b―n周辺よりも多くなる。セル10b―nは、複数のセル10bのうちの一つである第1セルの一例である。セル10b―1は、セル10b―nよりもセル10bの積層方向で鉛直下方側に位置し、複数のセル10bのうちの一つである第2セルの一例である。
図5Dは、第2変形例での各セル10bのラジカル抑制剤の濃度を示したグラフである。縦軸は、積層方向での各セル10bの位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の濃度を示している。第1変形例と同様に、積層方向で上方側から下方側に低くなっていく。このため、単位体積当たりの水へのセル10b―1からのCe3+の単位時間当たりの溶出量を抑制でき、単位体積当たりの水へのセル10b―nからのCe3+の単位時間当たりの溶出量を確保できる。これにより電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池1Bの発電性能の低下も抑制される。
この場合も、セル10b―1及び10b―n内に同一条件下で水を分布させた場合には、セル10b―1のほうがラジカル抑制剤の濃度は低いため、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、セル10b―1からの方がセル10b―nからよりも少ない。第2変形例において同一条件下で水を分布させた場合とは、第1変形例と同様である。
図6Aは、第3変形例の燃料電池1Cの外観図である。燃料電池1Cは、上述した実施例の燃料電池1と同様の姿勢で使用される。図6Bは、第3変形例の燃料電池1Cの内部を示した断面図である。図6Bには、上述した酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6を示し、掃気制御中に各セル10cを介して酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6内を流通する掃気ガスの流れを矢印で示している。発電中においては、掃気ガスではなく酸化剤ガスが、図6Bに示した掃気ガスの流れと同じ態様で酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6内を流通する。酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6には、それぞれ反対方向にガスが流れる。酸化剤ガス供給マニホールドS1は、複数のセル10cを貫通し、第1方向に酸化剤ガスが流通する供給マニホールドの一例である。酸化剤ガス排出マニホールドS6は、複数のセル10cを貫通し、酸化剤ガス供給マニホールドS1から複数のセル10cを介して酸化剤ガスが流入し、第1方向とは逆方向の第2方向に反応ガスが流通する排出マニホールドの一例である。
各セル10cを通過する掃気ガスの流量は、酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6のそれぞれの入口及び出口に近いセル10c―1で最も多く、酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6のそれぞれの入口及び出口から最も離れたセル10c−nで最も少ない。これは、酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6のそれぞれの入口及び出口から離れるほど掃気ガスの圧損が増大するからと考えられる。このため発電停止後では、セル10c−n周辺での方がセル10c−1周辺よりも残水量が多い。セル10c−1は、複数のセル10cのうちの一つである第1セルの一例である。セル10c−nは、複数のセル10cのうちの一であり、セル10c−1よりも第1方向側に位置した第2セルの一例である。
図6Cは、第3変形例での各セル10cのラジカル抑制剤の濃度を示したグラフである。縦軸は、積層方向での各セル10cの位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の濃度を示している。セル10c−1からセル10c−nの順にラジカル抑制剤の濃度は低くなっている。即ち、酸化剤ガス供給マニホールドS1の入口及び酸化剤ガス排出マニホールドS6の出口から離れている側のセル10のラジカル抑制剤の濃度が低くなっている。このため、単位体積当たりの水へのセル10c―nからのCe3+の単位時間当たりの溶出量を抑制でき、単位体積当たりの水へのセル10c―1からのCe3+の単位時間当たりの溶出量を確保できる。これにより電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池1Cの発電性能の低下も抑制される。
この場合も、セル10c―1及び10c―n内に同一条件下で水を分布させた場合には、セル10c―nのほうがラジカル抑制剤の濃度は低いため、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、セル10c―nからの方がセル10c―1からよりも少ない。第3変形例において同一条件下で水を分布させた場合とは、第1変形例と同様である。
尚、第3変形例において、掃気ガスが酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6を流れる場合での残水量が多い部位について説明したが、掃気ガスが燃料ガス供給マニホールドを画定する孔e4から供給されて燃料ガス排出マニホールドを画定する孔e3から排出される場合においても、残水量が多い部位は同じである。掃気ガスが酸化剤ガス供給マニホールドS1及び酸化剤ガス排出マニホールドS6に流れる場合と、燃料ガス供給マニホールド及び燃料ガス排出マニホールドに流れる場合とで、流通方向が逆向きになっているだけだからである。従って、第3変形例において、燃料ガス供給マニホールド及び燃料ガス排出マニホールドに掃気ガスを流してもよく、この場合、燃料ガス供給マニホールド及び燃料ガス排出マニホールドはそれぞれ上述した供給マニホールド及び排出マニホールドの一例でもある。
尚、第3変形例においても、上述した実施例のように、各セル10cのアノード側撥水層及びカソード側撥水層の少なくとも一方が、鉛直下方側の部位が鉛直上方側よりもラジカル抑制剤の濃度が低くてもよい。このように、第3変形例において各セル10cの面方向でラジカル抑制剤の濃度に差が設けられている場合には、各セル10cでのラジカル抑制剤の濃度の平均値が、図6Cに示すようにセル10c−1からセル10c−nの順に低くなっていればよい。
図7Aは、第4変形例の燃料電池1Dの外観図である。燃料電池1Dは、燃料電池1及び1Cと同様の姿勢で使用される。但し、燃料電池1Dでは、エンドプレート70dに孔e1〜e3は設けられているが、孔e4〜e6は設けられていない。孔e4〜e6に相当する孔は、エンドプレート72dに設けられている。即ち、酸化剤ガスはエンドプレート70dの孔e1から、冷媒は孔e2から、絶縁プレート60d、ターミナルプレート50d、セル10d、ターミナルプレート52d、絶縁プレート62d、エンドプレート72dの順に流れる。燃料ガスは、エンドプレート72d、絶縁プレート62d、セル10d、ターミナルプレート50d、絶縁プレート60dの順に流れエンドプレート70dの孔e1から排出される。
図7Bは、第4変形例の燃料電池1Dの内部を示した断面図である。図7Bには、酸化剤ガス供給マニホールドSd1及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6を示し、掃気制御中に各セル10dを介して酸化剤ガス供給マニホールドSd1及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6内を流通する掃気ガスの流れを矢印で示している。発電中においては、掃気ガスではなく酸化剤ガスが、図7Bに示した掃気ガスの流れと同じ態様で酸化剤ガス供給マニホールドSd1及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6内を流通する。酸化剤ガス供給マニホールドSd1及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6には、それぞれ同一方向にガスが流れる。酸化剤ガス供給マニホールドSd1は、複数のセル10dを貫通し、第1方向に反応ガスが流通する供給マニホールドの一例である。酸化剤ガス排出マニホールドSd6は、複数のセル10dを貫通し、酸化剤ガス供給マニホールドSd1から複数のセル10dを介して酸化剤ガスが流入し、第1方向に反応ガスが流通する排出マニホールドの一例である。
セル10d―1は、酸化剤ガス排出マニホールドSd6の出口から最も離れているが酸化剤ガス供給マニホールドSd1の入口には最も近い。また、セル10d−nは、酸化剤ガス供給マニホールドSd1の入口から最も離れているが酸化剤ガス排出マニホールドSd6の出口には最も近い。これに対して、セル10d−1とセル10d−nとの間の中間位置に配置されたセル10d−mは、酸化剤ガス供給マニホールドSd1の入口及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6の出口の双方から離れている。このため、掃気完了後には、セル10d−m周辺の方がセル10d−1及び10d−nのそれぞれの周辺での残水量よりも多い。セル10d−1は、複数のセル10dのうちの一つであり、最も第1方向とは逆方向の第2方向側に位置した第1セルの一例である。セル10d−mは、複数のセル10dのうちの一つであり、セル10d−1よりも第1方向側に位置した第2セルの一例である。セル10d−nは、複数のセル10dのうちの一のセルであり、最も第1方向側に位置した第3セルの一例である。
図7Cは、第4変形例での各セル10dのラジカル抑制剤の濃度を示したグラフである。縦軸は、積層方向での各セル10dの位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の濃度を示している。図7Aにおいて、積層方向の手前側から積層方向の中間の位置まで、即ち、セル10d−1からセル10d−mの順にラジカル抑制剤の濃度は低くなっている。また、図7Aにおいて、積層方向の中間の位置から奥側に、即ちセル10d−mからセル10d−nの順にラジカル抑制剤の濃度は高くなっている。このため、セル10d−mはセル10d−1及び10d−nのそれぞれよりもラジカル抑制剤の濃度は低い。このため、単位体積当たりの水へのセル10d―mからのCe3+の単位時間当たりの溶出量を抑制でき、単位体積当たりの水へのセル10d―1及び10d−nのそれぞれからのCe3+の単位時間当たりの溶出量を確保できる。これにより電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池1Dの発電性能の低下も抑制される。
この場合も、セル10d―1、10d−m、及び10d―n内に同一条件下で水を分布させた場合には、セル10d―mのほうがラジカル抑制剤の濃度は低いため、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、セル10d―mからの方がセル10d―1及び10d−nのそれぞれからよりも少ない。第3変形例において同一条件下で水を分布させた場合とは、第1変形例と同様である。
尚、第4変形例において、複数のセル10dのうち最もラジカル抑制剤の濃度が低いセルは、セル10d−1からセル10d−nまで間の中間位置に配置されたセル10d−mに限定されない。セル10d−1からセル10d−nまでの間に配置されたセルで濃度が最も低ければよい。
第4変形例において、掃気ガスが酸化剤ガス供給マニホールドSd1及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6を流れる場合での残水量が多い部位について説明したが、掃気ガスが燃料ガス供給マニホールドを画定する孔から供給されて燃料ガス排出マニホールドを画定する孔e3から排出される場合においても、残水量が多い部位は同じである。掃気ガスが酸化剤ガス供給マニホールドSd1及び酸化剤ガス排出マニホールドSd6に流れる場合と、燃料ガス供給マニホールド及び燃料ガス排出マニホールドに流れる場合とで、流通方向が逆向きになっているだけだからである。従って、第4変形例において、燃料ガス供給マニホールド及び燃料ガス排出マニホールドに掃気ガスを流してもよく、この場合、燃料ガス供給マニホールド及び燃料ガス排出マニホールドはそれぞれ上述した供給マニホールド及び排出マニホールドの一例でもある。
上記実施例及び変形例において、ラジカル抑制剤の濃度が連続的に変化している場合を例に説明したがこれに限定されず、段階的に変化してもよい。図8A〜8Dは、ラジカル抑制剤が段階的に変化している場合のグラフである。例えば、上記実施例においては、ラジカル抑制剤の濃度は、図8Aに示すように上方側から下方側に段階的に低下してもよい。このようにラジカル抑制剤の濃度が段階的に変化する場合には、連続的に変化する場合よりも、アノード側撥水層16aの製造が容易となり、製造コストを抑制できる。また、第1変形例においては、図8Bに示すように、ラジカル抑制剤の濃度をセル10a―nからセル10a―1の順に段階的に低下してもよい。第2変形例においても、図8Bと同様にラジカル抑制剤の濃度がセル10b−nからセル10b−1の順に段階的に低下してもよい。第3変形例においても、図8Cに示すように、セル10c―1からセル10c−nの順にラジカル抑制剤の濃度が段階的に低下してもよい。第4変形例においても、図8Dに示すように、セル10d−1からセル10d−mの順にラジカル抑制剤の濃度が段階的に低下し、セル10d−mからセル10d−nの順にラジカル抑制剤の濃度が段階的に増加してもよい。このように、ラジカル抑制部材の濃度が段階的に変化している場合には、ラジカル抑制剤の濃度が同じである複数のセルを用いて燃料電池を製造できるため、製造コストを抑制できる。
また、第3及び第4変形例において、単一のセルのアノード側撥水層の鉛直下方側の部位が鉛直上方側のアノード側撥水層の上部よりもラジカル抑制剤の濃度が低くてもよく、単一のセルのカソード側撥水層の鉛直下方側の部位が鉛直上方側のカソード側撥水層の上部よりもラジカル抑制剤の濃度が低くてもよい。
次に、ラジカル抑制剤の濃度の代わりに、ラジカル抑制剤の合計表面積の違いに基づいて、電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池の発電性能の低下も抑制された第5変形例について説明する。第5変形例の燃料電池は、図4Aに示した実施例と同じ態様で使用される。図9A及び図9Bは、第5変形例での燃料電池のセルのアノード側撥水層16aeの単位体積当たりでのラジカル抑制剤の合計表面積の違いの説明図である。第5変形例では、上部161ae及び下部162aeのそれぞれでの単位体積当たりに含有されているラジカル抑制剤の質量は同じである。このため、ラジカル抑制剤の濃度は上部161ae及び下部162aeで同じである。しかしながら、ラジカル抑制剤の粒子の粒径は、下部162aeでの粒子P2の方が上部161aeの粒子P1よりも大きく、単位体積中でのラジカル抑制剤の粒子の数は、下部162aeの方が上部161aeよりも少ない。このため、上部161aeの方が下部162aeよりもラジカル抑制剤の粒子が微細であり、アノード側撥水層16aeの単位体積当たりでのラジカル抑制剤の合計表面積は、下部162aeの方が上部161aeよりも小さい。ここで、粒径が小さい粒子の方が、水に晒される表面積が小さいため、粒径が大きい粒子と比較して、単位体積当たりの水へのCe3+の溶出量は少ない。従って、上部161ae及び下部162aeのそれぞれに同一条件下で水を分布させた場合に、単位体積当たりの水へのラジカル抑制剤の単位時間当たりでの溶出量は、下部162aeからの方が上部161aeからよりも少ない。カソード側撥水層16cについても同様である。図9Cは、第5変形例でのアノード側撥水層16aeでのラジカル抑制剤の合計表面積を示したグラフである。縦軸は、鉛直方向でのアノード側撥水層16aeの位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の合計表面積を示している。これにより第5変形例においても、電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池の発電性能の低下も抑制される。
尚、第5変形例において、上部161ae及び下部162aeでのラジカル抑制剤の濃度は略一定であるが、これに限定されない。即ち、下部162aeの方が上部161aeよりもラジカル抑制剤の濃度が低くてもよい。
また、下部162aeの方が上部161aeよりもラジカル抑制剤の濃度が高くてもよいが、この場合、下部162aeの方が上部161aeよりも単位体積当たりでのラジカル抑制剤の合計表面積が小さく、かつ濃度の差よりも合計表面積の差の方がCe3+の溶出量に対して支配的であればよい。即ち、この場合も、上部161ae及び下部162aeに同一条件下で水を分布させた場合には、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、下部162aeからの方が上部161aeからよりも少なくなればよい。カソード側撥水層16cについても同様である。
尚、第1〜第4変形例においても、第5変形例と同様に、ラジカル抑制剤の濃度の代わりにラジカル抑制剤の合計表面積が違っていてもよい。尚、例えば第1変形例において、ラジカル抑制剤の濃度の代わりに、ラジカル抑制剤の合計表面積が違っている場合には、単一のセル10a中のラジカル抑制剤の合計表面積をセル10aの合計体積で除算した値を、セル10aの単位体積当たりのラジカル抑制剤の合計表面積とする。第2〜第4変形例の場合も同様である。
次に、ラジカル抑制剤の濃度の代わりに、ラジカル抑制剤の結晶性の違いに基づいて、電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池の発電性能の低下も抑制された第6変形例について説明する。第6変形例の燃料電池は、図4Aに示した実施例と同じ態様で使用される。ここで結晶性が高いとは、結晶度が高いことと略同義である。結晶度とは、結晶部分と非結晶部分からなる高分子化合物における、結晶部分が全体に占める重量比である。図10Aは、ラジカル抑制剤であるCeO2の結晶構造の模式図である。図10Bは、結晶性が高いラジカル抑制剤の概念図である。図10Cは、結晶性が低いラジカル抑制剤の概念図である。結晶性が高い場合には、分子が格子配列されるのに対して、結晶性が低い場合には、分子がランダムに配列される。このため、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりの溶出量は、結晶性が低い方が高い場合よりも多い。
図10Dは、第6変形例でのアノード側撥水層でのラジカル抑制剤の結晶性を示したグラフである。縦軸は、鉛直方向でのアノード側撥水層の位置を示し、横軸はラジカル抑制剤の結晶性を示している。尚、第6変形例の燃料電池のセルのアノード側撥水層及びカソード側撥水層では、上述したラジカル抑制剤の濃度及び合計表面積は一定である。このように、第6変形例の燃料電池のセルのアノード側撥水層は、鉛直下方側の下部の方が上部よりもラジカル抑制剤の結晶性が高い。このため、アノード側撥水層の下部からのラジカル抑制剤の溶出量を抑制しつつ、アノード側撥水層の上部からのラジカル抑制剤の溶出量を確保されている。これにより第6変形例においても、電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池1Aの発電性能の低下も抑制される。尚、カソード側撥水層のラジカル抑制剤の結晶性も同様である。また、アノード側撥水層の上部及び下部のそれぞれに同一条件下で水を分布させた場合に、単位体積当たりの水へのラジカル抑制剤の単位時間当たりでの溶出量は、下部からの方が上部からよりも少ない。
尚、第6変形例において、アノード側撥水層の部位によらずにラジカル抑制剤の濃度は略一定であり、その部位の単位体積当たりのラジカル抑制剤の合計表面積も略一定であるが、これに限定されない。即ち、第6変形例においても、アノード側撥水層の少なくとも一方の下部の方が上部よりも、ラジカル抑制剤の濃度が低くてもよいし、単位体積当たりのラジカル抑制剤の合計表面積が小さくてもよい。カソード側撥水層についても同様である。
また、第6変形例において、アノード側撥水層の下部の方が上部よりも、ラジカル抑制剤の濃度が高くてもよいし、アノード側撥水層の単位体積当たりのラジカル抑制剤の合計表面積が大きくてもよいが、この場合、下部の方が上部よりも結晶性が高く、かつ濃度の差や合計表面積の差よりも結晶性の差の方がCe3+の溶出量に対して支配的であればよい。即ち、この場合も、上部及び下部に同一の密度で水を均一に分布させた場合には、単位体積当たりの水へのCe3+の単位時間当たりでの溶出量は、下部からの方が上部からよりも少なくなればよい。カソード側撥水層についても同様である。
尚、第1〜第4変形例においても、第6変形例と同様に、ラジカル抑制剤の濃度の代わりに、ラジカル抑制剤の結晶性が相違していてもよい。
以上のように、上記実施例及び第1〜第6変形例において、残水量が多い部位で単位体積当たりの水へのラジカル抑制剤の単位時間当たりでの溶出量を抑制し、残水量が少ない部位で単位体積当たりの水へのラジカル抑制剤の単位時間当たりでの溶出量を確保することにより、電解質膜の強度の低下を抑制しつつ燃料電池の発電性能の低下を抑制できる。
以上、本発明の実施例について詳述したが、本発明はかかる特定の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
上記実施例及び変形例の燃料電池は、発電停止後に掃気制御が実行されるものに限定されない。掃気制御が実行されることにより、燃料電池内の残水量を減少させることができるが、掃気制御を実行しない場合であっても発電停止後に燃料電池内での残水量が多い部位と少ない部位とに変わりはないからである。例えば、上記実施例や第1及び第2変形例においては、重力の作用により残水量が多い部位が発生し、第3及び第4変形例においては、掃気ガスと同じ経路を流れる酸化剤ガスの流通により残水量が多い部位が発生するからである。
上記実施例及び変形例では、ラジカル抑制剤は、アノード側撥水層16a及びカソード側撥水層16cに含有されているがこれに限定されず、アノード触媒層14a、カソード触媒層14c、アノード側撥水層16a、カソード側撥水層16c、アノードガス拡散層17a、カソードガス拡散層17c、アノード側セパレータ20a、及びカソード側セパレータ20cの少なくとも一つに含有されていればよい。
ここで、アノード側セパレータ20aにラジカル抑制剤が含有されている場合とは、アノード側セパレータ20aの基体のMEGA30に対向する面の表面に、ラジカル抑制剤を含有した層が形成されている場合である。ラジカル抑制剤を含有した層は、例えば、アノード側セパレータ20aの基体のMEGA30に対向する面を、ラジカル抑制剤を含有したペーストによりコーティングすることにより形成できる。アノード側セパレータ20aの基体のMEGA30に対向する面全体にこのようなペーストをコーティングする場合には、アノード側セパレータ20aとMEGA30との導電性を確保するために、ペーストにカーボン等の導電性粒子を更に含有させることが好ましい。また、ペーストに導電性粒子を含有させない場合には、MEGA30と接しないアノード側セパレータ20aのアノードガス流路22aの底部のみにペーストをコーティングすることが好ましい。カソード側セパレータ20cについても同様である。
また、ラジカル抑制剤は、金属単体及び/又は当該金属元素を含む金属化合物であれば特に限定されない。ラジカル抑制剤のCe以外の具体例としては、Mn、Fe、Pt、Pd、Ni、Cr、Cu、Rb、Co、Ir、Ag、Au、Rh、Ti、Zr、Al、Hf、Ta、Nb、Os等からなる単体及び/又は上記元素を含む化合物である。