JP5708896B1 - 炭素繊維束および耐炎化繊維束 - Google Patents

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Abstract

強度異常が発生したときに破断原因の把握が効果的に行える略卵形の断面形状を有する単繊維を含む炭素繊維束を提供することを課題とする。繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を40%以上含有する炭素繊維束である。1.03≰La/Lb≰1.20 ・・・(1)1.05≰Ld/Lc≰1.25 ・・・(2)(ただし、単繊維の略卵形の断面の外周における最も離れた2点を通る線分を長軸、長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分を短軸と定義したとき、長軸の長さをLa、短軸の長さをLbとする。また、長軸を4等分した際に長軸の中点以外の点と外周上の2点をそれぞれ通り長軸に直交する2本の線分の長さを短いものから順にLc、Ldとする。)

Description

本発明は、特定の断面形状を有する単繊維を主成分として含むことで破断原因の分析に便利な炭素繊維束および、それを得るのに好適な耐炎化繊維束に関する。
炭素繊維複合材料は比強度・比弾性率に優れることからスポーツ用途、航空機用途で幅広く用いられており、近年自動車用途への適用に向けた取り組みも世界的に加速されている。炭素繊維複合材料は金属を中心とした従来の材料と比較して同等の機械特性を維持しながら適用した部材の軽量化が可能であることが最大の特長であるが、他方炭素繊維複合材料の価格は、原料である炭素繊維の価格を反映して、まだ比較的割高であることから、従来の材料を完全に置き換えるには至っていない。炭素繊維の価格が比較的高い原因としてその製造工程が多く、複雑であることがしばしば指摘される。製造工程が多く、複雑であるため設備費や用役費がかさむ以外に、製造された炭素繊維に不具合が生じた際には、その原因となる工程を特定しにくく、原因の特定と問題の解決に時間を要しがちであることから設備稼働率が低下することになる。これらのことが複合的に作用して炭素繊維の製造コストに与える影響は炭素繊維の価格設定に際して無視できない。
製造された炭素繊維の樹脂含浸ストランド引張強度(以降、単に「ストランド強度」と記載することがある)が低下した場合、製造の各工程に異常がなかったかを逐一調べていくことが多い。具体的には、まずこれらの各工程の管理記録をたどって異常がなかったかを確認し、要因分離を目的として強制悪化試験などを実施する場合も多い。このような原因究明のプロセスには労力と時間がかかることが多い。また、炭素繊維そのものの分析を行う場合もある。単繊維引張試験を行って、その強度分布や回収した試験片の破断面の観察結果から強度低下の原因を調べることがしばしば行われる。脆性材料である炭素繊維は、異物や傷、凹みなど応力集中しやすい欠陥を起点として破壊が開始し、特徴的な痕跡を破断面に残すことが知られており、破断面に残された痕跡から破断開始点の位置を特定することができる場合が多い。すなわち、破断した試験片を回収して炭素繊維の単繊維の破断面を観察すると、ある1点から放射状に伸びる筋を確認することができ、その放射状に伸びる筋の起点が破断開始点であると説明されている(非特許文献1)。
一般的な炭素繊維では上記破断開始点、およびその原因となる欠陥は単繊維の外周に存在することが多い。その理由は現時点で完全に明確になっているわけではないが、製糸工程における単繊維間の接着や、ローラーとの擦過、焼成工程における接着やほこりなどとの接触、表面処理工程における電解処理など、考えうる要因は多岐にわたる。仮に破断面の観察によって破断開始点が内部に多かった場合、上記したような外周の欠陥増加要因は除外できるため、原因究明のプロセスを絞り込むのに有用である。
ところで、単繊維の繊維方向に垂直な断面の形状(以降、単に「断面形状」と記載することがある)が円形でない場合、非円形な断面形状に対する破断開始点の相対位置(例えば楕円形の場合、破断開始点が長軸と外周との交点から相対的にどの程度短軸に寄っているかを示す)について調べることが可能となり、単に内部か外周かという以外に、外周上に均等に分散しているか、あるいは特定の位置に局在しているかとの情報を得ることができる。断面形状が空豆形の場合を例にとると、くぼんでいる箇所は擦過や接触などの機会が少ないと推定されるが、電解処理など液体と接触する処理では他の箇所と同様の影響を受けると考えられるため、破断面を観察して破断開始点が空豆形のくぼみ箇所に集中しているか、全体的に分布しているかを調べることで、単繊維間やローラーとの擦過または接触か、もしくは電解処理のような流体との接触のいずれが疑わしいか切り分けることが期待できる。
目的は異なるものの、炭素繊維またはその前駆体繊維の断面形状を制御することが開示されている。例えば、特許文献1、2および3では口金孔の配置や形状を変更することで三角形や三つ葉形、H形などの断面形状を有する炭素繊維を得ている。これらの断面が非円形の異形断面炭素繊維は、樹脂との接着性や曲げ強度、圧縮強度に優れることが開示されている。断面が非円形であるため破断開始点の相対位置が評価可能であるが、明確な記載はないものの条件によって製糸工程におけるプロセス性やコンポジットとする際の樹脂含浸性低下に課題があると推定される。また、特許文献4では空豆形、楕円形、円形の単繊維が特定の割合で混在したアクリル繊維束とすることで、収束性と開繊性を高レベルに両立できることが開示されている。しかしながら、空豆形、楕円形、円形の孔を有する複雑な口金が必須であり、断面形状が大きく異なる単繊維を安定的に製造するために、最もプロセス性の低い断面形状に合わせて条件設定する必要があるなど、工業的なプロセスへの適用は難しかった。
特開平3−97918号公報 特開平4−202815号公報 特開平11−302916号公報 特開2012−188766号公報
"カーボン(Carbon)"(オランダ)、2003年、41、p.979.
本発明は、上記の事情に鑑みなされたものであり、円形断面と比較して強度やプロセス性が同等でありながら、単繊維の破断面観察により破断開始点の相対位置の評価が可能な略卵形の断面形状を有する単繊維を主成分として含む炭素繊維束および耐炎化繊維束を提供することを目的とする。
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を40%以上含有する炭素繊維束が、上記課題の解決に有効であることを見出し、本発明に至った。
1.03≦La/Lb≦1.20 ・・・(1)
1.05≦Ld/Lc≦1.25 ・・・(2)
(ただし、単繊維の略卵形の断面の外周における最も離れた2点を通る線分を長軸、長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分を短軸と定義したとき、長軸の長さをLa、短軸の長さをLbとする。また、長軸を4等分した際に長軸の中点以外の点と外周上の2点をそれぞれ通り長軸に直交する2本の線分の長さを短いものから順にLc、Ldとする。)
また、繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を70%以上含有する耐炎化繊維束も好ましい態様である。
1.03≦La/Lb≦1.20 ・・・(1)
1.05≦Ld/Lc≦1.25 ・・・(2)
(ただし、単繊維の略卵形の断面の外周における最も離れた2点を通る線分を長軸、長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分を短軸と定義したとき、長軸の長さをLa、短軸の長さをLbとする。また、長軸を4等分した際に長軸の中点以外の点と外周上の2点をそれぞれ通り長軸に直交する2本の線分の長さを短いものから順にLc、Ldとする。)
本発明の炭素繊維束、および本発明の耐炎化繊維束から得た炭素繊維束は、円形断面と比較して強度やプロセス性が同等でありながら、略卵形の断面形状であるため単繊維破断面観察により破断開始点の相対位置の評価が可能となる。これにより、製品である炭素繊維束の引張強度に異常が発生した際に、その原因把握を効果的に行うことができ、設備稼働率低下による製造機会損失の低減効果が期待できる。
図1は、炭素繊維の単繊維の引張破断面のSEM観察像である。 図2中(A)および(B)は、それぞれ本発明において好適に用いることのできる口金孔の一例である。 図3は、本発明には好ましくない口金孔の一例である。 図4は、La/Lb=1.03、Ld/Lc=1.03である炭素繊維の単繊維(比較例に相当)の引張破断面のSEM観察像である。 図5は、実施例1における炭素繊維の単繊維の引張破断面のSEM観察像の一例である。 図6は、実施例2における炭素繊維の単繊維の引張破断面のSEM観察像の一例である。 図7は、実施例1における耐炎糸の単繊維の引張破断面のSEM観察像の一例である。
本発明の炭素繊維束は、繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を40%以上含有する炭素繊維束である。
1.03≦La/Lb≦1.20 ・・・(1)
1.05≦Ld/Lc≦1.25 ・・・(2)
ただし、単繊維の略卵形の断面の外周における最も離れた2点を通る線分を長軸、長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分を短軸と定義したとき、長軸の長さをLa、短軸の長さをLbとする。また、長軸を4等分した際に長軸の中点以外の点と外周上の2点をそれぞれ通り長軸に直交する2本の線分の長さを短いものから順にLc、Ldとする。
本発明において繊維方向に垂直な断面とは、繊維の長さ方向に対して厳密に垂直に切断した断面のほかに、引張破断面も含む。脆性材料である炭素繊維では、引張破断面は繊維方向にほぼ垂直なものとなりやすいため、そのような近似が成り立つためである。また、本発明において繊維方向に垂直な断面の形状とは、前提として垂直な断面が実際に存在する必要はなく、断面を繊維方向から観察したときに外形として認識しうる形状をいうものとする。
本発明において略卵形とは扁平かつ短軸に対して両側が非対称である変形した円形のことを指す。長軸とは外周における最も離れた2点を通る線分のことを指し、短軸とは長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分のことを指し、その長さをそれぞれLa、Lbとする。きわめて真円に近く長軸を決定できない場合は、円の中心と外周上の2点とを通る任意の線分を長軸と決める。また、長軸を4等分するのに必要な3点のうち、長軸と短軸との交点以外の2点に対して、それぞれの点と外周上の2点との3点を通りかつ長軸に直交する線分を2本引くことができる。この線分の長さを、長さの短いものから順にLc,Ldとする。この定義に従うと、円形はLa/Lb=Ld/Lc=1の特殊な場合であって、楕円形はLa/Lbが1より大きく、かつLd/Lc=1の場合であると表現できる。一般に対称性が低いほど位置の区別に都合がよい。例えば真円の場合、その中心を軸として回転対称であるため、円周上の任意の1点は、円周上の他の点と区別がつけられない。一方、楕円では、外周上の任意の1点は、長軸に対して折り返した外周上の1点、短軸に対して折り返した外周上の1点、長軸に対して折り返した後さらに短軸に対しても折り返した外周上の1点と区別ができない。すなわち等価な点が4個存在する。略卵形である場合、長軸に対して線対称のこともあるが、対称性についてはそのような限定はなく、円形や楕円形対比、略卵形の対称性は低くなる。すなわち、断面形状が円形の場合、破断開始点の相対位置が特定の箇所に集中しているか、あるいは均一に分布しているかといった、破断要因の理解に有効な情報は得られないが、対称性が低くなるほど外周上の任意の1点に対して等価な点の数が少ないため、破断開始点の相対位置を分類することができるようになり、破断要因の切り分けに有用に活用できると期待できる。本発明において、破断開始点の相対位置とは、例えば略卵形の断面形状に対して破断開始点が略卵形の先端に存在する、長軸と短軸の交点を中心として略卵形の先端から45度の角度に存在する、など断面形状に対する破断開始点の相対的な位置のことを指す。なお、略卵形の先端とは、長軸の中点に対しLcを与える長軸を4等分する点の側の長軸の端部をいう。実際の単繊維の断面形状が数学的に厳密な円形や楕円形の定義に従うことは稀であるため、本発明において円形および楕円形はそれぞれ略円形および略楕円形を含むと理解すべきである。
式(1)は長軸Laと短軸Lbの長さの比についてであって、La/Lbが1のとき円形であり、大きくなるほど扁平な形となる。また、式(2)は楕円形からのずれを表しており、Ld/Lcが1のとき楕円形であり、大きくなるほど長軸の中点と、重心との距離が離れて非対称性が高くなる。La/LbおよびLd/Lcの下限について、発明者らが繰り返し実験を行った結果、La/Lbは1.03以上であれば円形ではないことが拡大写真では目視で認識でき、長軸を決定することができた。また、Ld/Lcは1.05以上であれば楕円形ではなく、目視で略卵形の先端を識別することができた。したがって、それぞれかかる値以上であれば破断開始点の相対位置の分類が容易であると言える。図4にLa/Lb=1.03、Ld/Lc=1.03である炭素繊維の単繊維のSEM画像を示す。かかる例では、断面形状が楕円形であることは識別できるが、どちらが略卵形の先端か目視では認識できないことが分かる。逆に、La/LbおよびLd/Lcが大きすぎると該単繊維の引張強度が低下するため、全体としてストランド強度が低下する傾向にあったが、それぞれLa/Lbが1.20以下、Ld/Lcが1.25以下であれば円形の場合と比較してもストランド強度の低下がないか、無視できる程度である。かかる断面の形状は、主に後述する口金を工夫することで制御することができる。
本発明の炭素繊維束において、破断開始点の相対位置を効果的に分類でき、かつストランド強度の低下を抑えるためには、上記の式(1)および(2)を同時に満たす単繊維の割合が一定値以上存在していることが必要である。かかる割合が低いと、破断開始点の相対位置の分類ができない断面形状が円形の単繊維の割合が多くなることがある。式(1)および(2)を同時に満たす単繊維の含有率が40%以上であれば、ストランド強度の低下がなく、また破断開始点の略卵形断面上における相対位置を効率的に評価できる。かかる割合は高いほどよく、50%以上がより好ましく、60%以上がさらに好ましく、70%以上が特に好ましく、100%が最も好ましい。かかる割合は、主に凝固浴濃度の条件設定と乾湿式紡糸において紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間の距離を変更することで制御することができる。
本発明において、繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(3)および(4)を同時に満たす単繊維を40%以上含有する炭素繊維束であることが好ましい。
1.04≦La/Lb≦1.17 ・・・(3)
1.05≦Ld/Lc≦1.20 ・・・(4)
La/Lbは1.04以上であるとさらに円形でないことの判断が容易となって好ましく、La/Lbが1.17以下、Ld/Lcが1.20以下であるとストランド強度の低下がさらに小さくなるために好ましい。
本発明において、<La/Lb>および<Ld/Lc>は、炭素繊維束中のそれぞれの単繊維におけるLa/LbおよびLd/Lcの平均値である。かかる平均値の算出は、炭素繊維束から無作為に100本の単繊維をサンプリングして行う。なお、炭素繊維束が400本以内の単繊維からなる場合は、その25%の単繊維をサンプリングして用いる。具体的な評価法は実施例で説明する。式(5)は炭素繊維束中のそれぞれの単繊維におけるLa/Lbの平均値、<La/Lb>についてであり、<La/Lb>が大きくなるほど扁平な形の単繊維が多くなる。式(6)は炭素繊維束中のそれぞれの単繊維におけるLd/Lcの平均値、<Ld/Lc>についてであり、<Ld/Lc>が大きくなるほど長軸の中点と、重心との距離が離れて非対称性が高い単繊維が多くなる。前記式(1)および(2)を同時に満たす単繊維の割合が40%以上であっても、それ以外の単繊維が空豆形や多葉形などくぼみを有する断面である場合、これらの相対的に引張強度が低い単繊維を含むことで、得られる炭素繊維束に毛羽や毛玉が増加し品位が低下することがある。そのため、<La/Lb>は1.20以下、<Ld/Lc>は1.20以下を同時に満足することが好ましい。
断面形状のパラメーターLa、Lb、Lc、Ldは、単繊維の断面観察により評価する。引張破断面や研磨断面などを、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡などで観察して評価することができる。これらのパラメーターは、分解能が測定したい長さの0.2%は必要なので、短径が5μmとすれば、電子顕微鏡を用いて評価を行う必要がある。具体的な評価方法は実施例で述べる。なお、上述のようにサンプリングした単繊維の外周に100nm以上の小さな窪みや欠けが存在する場合は、その単繊維は測定対象とせずに新たな単繊維を無作為にサンプリングし直して用いることとする。
また、本発明の炭素繊維束は、原子間力顕微鏡を用いて後述する方法により測定される単繊維の表面積比が1.00〜1.10であることが好ましく、1.00〜1.06であることがより好ましい。上記の表面積比は、炭素繊維の表面の実表面積と投影面積との比で表され、表面の粗さの度合いを示している。表面積比が1に近付く程、平滑であることを意味し、炭素繊維の引張強度の向上に有利な傾向にある。上記の表面積比の下限は原理的に1.00であり、1.10以下であれば表面の皺形態のばらつきによる強度低下は小さいため、1.00〜1.10の範囲に制御することが好ましい。上記の表面積比は、紡糸方法と凝固方法によって制御され、乾湿式紡糸では平滑な表面となる傾向があるが、凝固においては凝固速度を遅くする、例えば凝固浴中の溶媒濃度を高く設定するなどを行うことでスキン層が薄くなりフィブリルを表面に出し、また、凝固単位を大きくする、例えば凝固温度を高くすることでフィブリルを大きくし、凹凸のある表面とすることができる。
また、単繊維の直径は小さいほど機械特性、特に引張強度が向上する傾向にあるが、生産性が低下することがある。逆に単繊維の直径が大きい場合、生産性は高められるが、前駆体繊維としてポリアクリロニトリル系前駆体繊維を用いる場合、主として耐炎化工程において前駆体繊維束中のそれぞれの前駆体単繊維において繊維表面から内部に酸素が拡散しにくいことに起因して単繊維中に内外構造差が生じ、機械特性が低下することがある。これらのトレードオフが存在するために、炭素繊維の単繊維の平均直径は4〜7μmの範囲とすることが好ましい。本発明において単繊維の平均直径は、断面形状が円形でなくても一律に比較できるように計算した等面積円相当径のことである。具体的な求め方は実施例で述べる。
さらに、本発明の炭素繊維束は、ストランド強度および樹脂含浸ストランド引張弾性率(以下、ストランド弾性率とも記載する)がそれぞれ5.0GPa以上、230GPa以上を両立することが好ましい。炭素繊維束のストランド強度、ストランド弾性率は高いほど、それを用いて得られる炭素繊維強化複合材料の特性向上の観点から好ましい。ストランド強度は5.8GPa以上であることがより好ましく、6.2GPa以上であることがさらに好ましい。また、ストランド弾性率は260GPa以上であることがより好ましく、300GPa以上であることがさらに好ましい。
本発明の炭素繊維束は、繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、前式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を70%以上含有する耐炎化繊維束を焼成して製造するのが好ましい。したがって、かかる耐炎化繊維束も本発明の好ましい態様のひとつである。
背景技術の項で説明したように、炭素繊維は脆性材料であるため欠陥に対して敏感であり、破断面を観察することで欠陥の存在箇所を破断開始点として特定することができる場合が多い。本発明の炭素繊維束は、破断面を観察することで、従来の円形断面の炭素繊維では不可能であった破断開始点、すなわち破断を引き起こした欠陥の相対位置を評価することができる。欠陥の生成する要因には様々なものがありすべては明らかにはなっていないため、一例にすぎないが、例えば実施例で説明するように、炭素繊維の製造条件によって、破断開始点の位置の分布の様子が大きく変化する場合があることが分かった。実施例においては製糸工程におけるスチーム延伸時の張力を変更しており、通常の条件では破断開始点が繊維外周に沿って均等に分布しているのに対して、張力を低下させると略卵形の先端付近に多く分布する結果となった。略卵形の先端付近に欠陥が生成しやすい理由は完全に理解できているわけではないが、スチーム延伸時の張力を下げるとスチーム延伸チューブ内における単繊維の振動の幅や速度が大きくなり、単繊維同士の、あるいは単繊維とチューブ内壁との接触や擦過によって欠陥が生成すると考えられる。このとき、単繊維の重心からより離れた略卵形の先端付近には欠陥が生成されやすくなったと考えられるが、実施例で示すように断面形状が円形の場合であっても同程度の僅かなストランド強度低下が見られたことから、トータルとしての欠陥の増加量は断面形状には依存していない、すなわち略卵形の先端以外の部分に欠陥が生成されにくくなることで、破断開始点が略卵形の先端付近に相対的に多くなったのではないかと推定している。このような観点は新しく、スチーム延伸工程以外の影響は今後把握していく必要があるものの、重要なのは、従来の円形断面の炭素繊維ではこのような欠陥位置に関する解析が原理上不可能なことである。
本発明の炭素繊維束を得るのに好適な炭素繊維前駆体繊維束の製造方法について説明する。炭素繊維前駆体繊維束の製造に供する前駆体としては、ポリアクリロニトリル系重合体、セルロース系重合体、等方性ピッチ、異方性ピッチ、あるいはポリイミド系化合物、ポリアミック酸系化合物をはじめとした炭素繊維前駆体繊維製造用として公知の前駆体の中から適宜選択することができるが、主に物性発現の観点から前駆体としてはポリアクリロニトリル系重合体を用いることが好ましい。なお、本発明においてポリアクリロニトリル系重合体とは、少なくともアクリロニトリルが重合体骨格の主構成成分となっているものをいい、主構成成分とは、通常、重合体骨格の90〜100mol%を占める構成成分のことをいう。
炭素繊維前駆体繊維束の製造において、ポリアクリロニトリル系重合体は、製糸性向上の観点および、耐炎化処理を効率よく行う観点等から、共重合成分を含むことが好ましい。
炭素繊維前駆体繊維束の製造において、ポリアクリロニトリル系重合体の製造方法としては、公知の重合方法の中から選択することができる。本発明の炭素繊維束を得るのに好適な炭素繊維前駆体繊維束の製造において、紡糸原液は、前記したポリアクリロニトリル系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどのポリアクリロニトリルが可溶な溶媒に溶解したものである。紡糸原液におけるポリアクリロニトリル系重合体の濃度は10〜23質量%とすることが炭素繊維断面の形状を制御する観点から好ましい。
本発明の炭素繊維束を得るのに好適な炭素繊維前駆体繊維束の製造方法について述べる。
炭素繊維前駆体繊維束を製造するに当たり、製糸方法は乾湿式紡糸法および湿式紡糸法のいずれを用いてもよいが、生産安定性と得られる炭素繊維束の機械特性、さらに高次加工性に有利な乾湿式紡糸法を用いるのが好ましい。製糸工程は、乾湿式紡糸法により紡糸口金から紡糸原液を吐出させ紡糸する紡糸工程と、該紡糸工程で得られた繊維を水浴中で洗浄する水洗工程と、該水洗工程で得られた繊維を水浴中で延伸する水浴延伸工程と、該水浴延伸工程で得られた繊維を乾燥熱処理する乾燥熱処理工程からなり、必要に応じて、該乾燥熱処理工程で得られた繊維をスチーム延伸するスチーム延伸工程を含んでもよい。
炭素繊維前駆体繊維束の製造において、前記凝固浴には、紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル系重合体を溶解せず、かつ紡糸溶液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。凝固浴における溶媒濃度が高いほど凝固速度が遅く、略卵形の断面形状としやすい。
本発明において、口金孔の形状を調整することで略卵形の断面形状を有する炭素繊維を得るのに好適な炭素繊維前駆体繊維を得ることができる。口金孔は、目的とする単繊維の断面形状と同じ略卵形とすることもできるが、製糸方法として乾湿式紡糸法を採用する場合、吐出ポリマーがエアギャップを通過する間に合一しやすいように2個以上の孔を近接して配置させることも、加工コストの比較的安い円孔を組み合わせるだけで断面形状が略卵形に制御された単繊維を得られる点で好ましい。本発明における好ましい口金孔の形状は当業者が試行錯誤することによって最適化できるが、例えば図2の(A)および(B)などが好ましい。しかしながら、口金孔の形状はこれらに限定して解釈されるべきではない。また、本発明において近接して配置させた2個以上の孔から1本の凝固糸単繊維を得る場合、かかる2個以上の孔をまとめて1つの口金孔と数える。口金孔は、その断面積を0.002〜0.1mmとすることが、機械的特性の発現に有利な単繊維繊度の小さな炭素繊維を得る上で好ましい。通常、多孔で単繊維を形成させる場合には断面形状が一定にはならないため、本発明の断面形状やその形状を有する単繊維割合となるように、孔ピッチや、孔数、孔配置については当業者が容易に最適化できる。
本発明において、上記の式(1)および(2)を同時に満たす単繊維の割合を一定値以上に制御するため、乾湿式紡糸において紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間の距離を変更することで制御することができる。具体的には、かかる距離を離すほど、断面形状が円形に近づく割合が高くなる。かかる距離は、概ね数mmに制御することが好ましい。
炭素繊維前駆体繊維束の製造において、水洗工程における水浴温度は20〜90℃の複数段からなる水洗浴を用い水洗することが好ましい。
また、水浴延伸工程における延伸倍率は、1.3〜5倍であることが好ましく、より好ましくは2〜4倍である。
水浴延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
乾燥熱処理工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度は70〜200℃が例示される。
前記した水洗工程、水浴延伸工程、油剤付与工程、公知の方法で行われた乾燥熱処理工程の後、必要に応じ、スチーム延伸を行うことにより、本発明の炭素繊維束を得るのに好適な炭素繊維前駆体繊維束が得られる。本発明において、スチーム延伸は、加圧スチーム中において、少なくとも3倍以上、より好ましくは4倍以上、さらに好ましくは5倍以上延伸するのがよい。
次に本発明の炭素繊維束を得るのに好適な製造方法について説明する。
本発明の炭素繊維束は、前記した炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化、予備炭素化、炭素化して得ることができる。炭素繊維束の製造において、炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化は暴走反応を生じない範囲でできるだけ高い温度で行うことが好ましく、具体的には200〜300℃の空気中において行うことが好ましい。耐炎化の処理時間は、得られる炭素繊維の力学物性向上の目的から、得られる耐炎化繊維の比重が1.3〜1.4の範囲となるように設定することが好ましい。
炭素繊維束の製造において、前記耐炎化に引き続いて、予備炭素化を行う。予備炭素化工程においては、得られた耐炎化繊維を、不活性雰囲気中、最高温度500〜1200℃において、比重が1.5〜1.8になるまで熱処理することが好ましい。
炭素繊維束の製造において、前記予備炭素化に引き続いて、炭素化を行う。本発明では、得られた予備炭化繊維束を不活性雰囲気中、最高温度1200〜2000℃において炭素化することが好ましい。炭素繊維束の製造において、炭素化工程の温度は、得られる炭素繊維のストランド弾性率を高める観点からは、高い方が好ましいが、高すぎると高強度領域の強度が低下する場合があり、両者を勘案して設定するのが良い。より好ましい温度範囲は1200〜1800℃であり、さらに好ましい温度範囲は、1200〜1600℃である。
また、炭素化工程において、繊維束は実質的に無撚りであることが好ましい。ここで、実質的に無撚りとは、たとえ撚りが存在していても、繊維束1mあたり1ターン以下であることを意味する。
炭素化にひきつづき、不活性雰囲気中、最高温度2000〜3000℃において黒鉛化を行うこともできる。黒鉛化における最高温度は高いほどストランド弾性率を高める観点から好ましいが、ストランド強度は低下するため目的とする物性のバランスに応じて適宜設定する。
以上のようにして得られた炭素繊維束は、マトリックス樹脂との接着性を向上させるために、酸化処理が施され、酸素含有官能基が導入される。酸化処理方法としては、気相酸化、液相酸化および液相電解酸化が用いられるが、生産性が高く、均一処理ができるという観点から、液相電解酸化が好ましく用いられる。液相電解酸化の方法については特に指定はなく、公知の方法で行えばよい。
かかる電解処理の後、得られた炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理をすることもできる。サイジング剤には、複合材料に使用されるマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
<重量平均分子量Mw、多分散度Mz/Mw>
測定しようとする重合体が濃度0.1質量%でジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解した検体溶液を作製した。前駆体繊維について測定する場合には、前駆体繊維を溶媒に溶解して前記検体溶液とする必要があるが、前駆体繊維は高度に配向し、緻密であるほど溶解しにくく、溶解時間が長いほど、また、溶解温度が高いほど低分子量に測定される傾向にあるので、前駆体繊維を微粉砕して、40℃の温度に制御された溶媒中においてスターラーで攪拌しながら1日溶解した。得られた検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量の分布曲線を求め、Mwおよびz平均分子量Mzを算出した。また、得られたMwおよびMzを用いてMz/Mwを算出した。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速 :0.5ml/min
・温度 :75℃
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :200μl
・検出器 :示差屈折率検出器
MwおよびMzは、分子量が既知の単分散ポリスチレン標準試料を用いて通常の方法で作製した溶出時間―分子量の検量線を用いて溶出時間から計算されるポリスチレン換算値である。ただし、検量線は3次関数を用いた。
本実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)+東ソー(株)製TSK−guard Column αを、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μm−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレン標準試料として、分子量が、(1)184,000、(2)427,000、(3)791,000、(4)1,300,000、(5)1,810,000および(6)4,210,000、のものを、それぞれ用いた。
<炭素繊維束の樹脂含浸ストランド引張強度および樹脂含浸ストランド引張弾性率>
炭素繊維束の樹脂含浸ストランド引張強度と樹脂含浸ストランド引張弾性率は、JIS
R7608:2007「樹脂含浸ストランド試験法」に準拠し、次の手順に従って求めた。測定する炭素繊維束の樹脂含浸ストランドは、3,4−エポキシシクロヘキシルメチル−3,4−エポキシシクロヘキシルカルボキシレート(100質量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3質量部)/アセトン(4質量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、125℃の温度で30分硬化させて作製した。炭素繊維の樹脂含浸ストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を樹脂含浸ストランド引張強度とした。また、樹脂含浸ストランド引張弾性率を算出する歪み範囲は、単繊維繊度が1.0dtexの前駆体繊維束から得られた炭素繊維束については0.3%〜0.7%、単繊維繊度が0.7dtexの前駆体繊維から得られた炭素繊維束については0.45%〜0.85%とし、それぞれの歪み範囲における応力−歪み曲線を線形近似した際の傾きから樹脂含浸ストランド引張弾性率を算出した。本実施例では、3,4−エポキシシクロヘキシルメチル−3,4−エポキシシクロヘキシルカルボキシレートとして、ダイセル化学工業社製 “セロキサイド(登録商標)”2021Pを用いた。
<単繊維の平均直径>
測定する多数本の単繊維からなる炭素繊維束について、単位長さ当たりの質量Af(g/m)および比重Bf(−)を求めた。測定する炭素繊維束のフィラメント数をCfとし、単繊維の平均直径(μm)を、下記式で算出した。なお、下記式においては、近似的に比重Bfの値を、密度(g/cm)の値として代用した。
・単繊維の平均直径(μm)=(Af/Bf/Cf/π)1/2×2×10
<単繊維の断面形状(La/Lb、Ld/Lc)>
炭素繊維束から単繊維を取り出し、繊維軸方向に引っ張ることで破断させた。破断により1本の繊維が2本になるが、片方は廃棄し、残った片方のみをSEM試料台にカーボンテープを用い、破断面が上を向くように貼り付けた。この操作を25回繰り返し、25本の単繊維を破断面が上を向くようにSEM試料台に貼り付けられたSEM試料を作製した。耐炎化繊維の場合は、100本程度の束を取り出して液体窒素に20秒間程度浸漬して凍結させたのち、取り出して握り鋏で挟み切って断面出しを行った。これを断面が上を向くように耐炎化繊維束を束ごとSEM試料台にカーボンテープを使って貼り付けた。いずれも、白金パラジウムを約10nmの厚みに真空蒸着してから、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製S−4800走査型電子顕微鏡(SEM)により、加速電圧5.0kV、作動距離8mmの条件で観察した。
炭素繊維の場合は25本について、耐炎化繊維の場合はSEM観察により断面が繊維方向に垂直であったものを25本選択して、次のようにして断面形状に関する各値を測定した。
(a)長軸の決定
破断面のSEM観察像から長軸を決定した。その際、破断面の外周上の任意の2点を通る直線であって、最も長いものを長軸とした。かかる評価は目視で行うため、測定者により、また同一の測定者であっても評価時期により決定される長軸の角度が僅かに異なる可能性があるが、かかる要因によるばらつきは最大でも±10度程度と小さかったことから、同一の測定者が連続して2回評価した結果の平均を採用した。
(b)La、Lb、Lc、Ldの計測
測定にはオープンソースの画像解析ソフトウェア“ImageJ ver1.47”を用いた。長軸の長さLaは、(a)で決定した長軸の長さをピクセル単位で測定し、SEM観察像に付されたスケールバーを用いて実長さ(単位はμm)に換算した。次に長軸を4等分するように3つの点をおき、それぞれの点と繊維外周上の2点とを通る長軸と垂直な線分を3本求めた。これらのうち長軸の中点を通るものを短軸と定義し、短軸の長さLbをLaと同じ方法で求めた。残る2本の線分の長さをそれぞれLaと同じ方法で求め、短いものの長さをLc、長いものの長さをLdとした。
以上のようにして、単繊維25本分のLa/Lb、Ld/Lcを計算した。各単繊維につき、式(1)および式(2)に該当するか、式(3)および式(4)に該当するかを確認し、それぞれの場合について両式をともに満たす単繊維の本数をサンプル数である25(本)で割って割合を求めた。
1.03≦La/Lb≦1.20 ・・・(1)
1.05≦Ld/Lc≦1.25 ・・・(2)
1.04≦La/Lb≦1.17 ・・・(3)
1.05≦Ld/Lc≦1.20 ・・・(4)。
<断面形状の平均値(<La/Lb>、<Ld/Lc>)>
上記のように求めた単繊維25本分のLa/LbおよびLd/Lcを、それぞれ単純平均をとって、<La/Lb>および<Ld/Lc>を計算した。また、式(1)および式(2)に該当する単繊維のみでLa/LbとLd/Lcの平均値を求めた。
<炭素繊維束の単繊維の表面積比>
評価すべき前駆体繊維単繊維を数本試料台にのせ、両端を接着液(例えば、文具の修正液)で固定したものをサンプルとし、原子間力顕微鏡(セイコーインスツルメンツ製、SPI3800N/SPA−400)を用い、下記条件にて3次元表面形状の像を得た。
・探針:シリコンカンチレバー(セイコーインスツルメンツ製、DF−20)
・測定モード:ダイナミックフォースモード(DFM)
・走査速度:1.5Hz
・走査範囲:3μm×3μm
・分解能:256ピクセル×256ピクセル。
得られた測定画像は、繊維断面の曲率を考慮し、付属のソフトウェアにより、画像の全データから最小二乗法により1次平面を求めてフィッティングし、面内の傾きを補正する1次傾き補正を行い、続いて同様に2次曲線を補正する2次傾き補正を行った後、付属のソフトウェアにより表面粗さ解析を行い、表面積比を算出した。測定は、異なる単繊維3本をランダムにサンプリングし、単繊維1本につき、1回ずつ、計3回行い、その平均値を表面積比の値とした。
<紡糸口金>
[A]紡糸口金A:図2の(B)のタイプであって直径(d)0.2mmの円孔と直径(d)0.06mmの円孔とが中心間距離(L)0.16mmで穿孔された孔の組を100組有する紡糸口金を紡糸口金Aとした。
[B]紡糸口金B:図2の(B)のタイプであって直径(d)0.2mmの円孔と直径(d)0.06mmの円孔とが中心間距離(L)0.18mmで穿孔された孔の組を100組有する紡糸口金を紡糸口金Bとした。
[C]紡糸口金C:図2の(B)のタイプであって直径(d)0.3mmの円孔と直径(d)0.06mmの円孔とが中心間距離(L)0.22mmで穿孔された孔の組を100組有する紡糸口金を紡糸口金Cとした。
[D]紡糸口金D:図2の(B)のタイプであって直径(d)0.3mmの円孔と直径(d)0.04mmの円孔とが中心間距離(L)0.20mmで穿孔された孔の組を100組有する紡糸口金を紡糸口金Dとした。
[E]紡糸口金E:直径0.2mmの円孔を100個有する紡糸口金を紡糸口金Eとした。
[実施例1]
アクリロニトリル99.5mol%とイタコン酸0.5mol%からなる共重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒とし、2,2’−アゾビスイソブチロニトリルを開始剤として溶液重合法により重合させ、重量平均分子量40万、Mz/Mwが2.1のポリアクリロニトリル系共重合体を製造した。製造されたポリアクリロニトリル系重合体に、アンモニアガスをpH8.5になるまで吹き込み、重合体の濃度が19質量%になるように調製して、紡糸溶液を得た。得られた紡糸溶液を、40℃で、紡糸口金Aを用い、一旦空気中に吐出し、約5mmの空間を通過させた後、5℃にコントロールした79%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により凝固糸条とした。この凝固糸条を、常法により水洗した後、2槽の温水浴中で、3.5倍の延伸を行った。続いて、この水浴延伸後の繊維束に対して、アミノ変性シリコーン系のシリコーン油剤を付与し、160℃の加熱ローラーを用いて、乾燥緻密化処理を行った。5糸条を合糸し、単繊維の本数が500本の繊維束としてから、加圧スチーム中で500gの張力をかけながら3.7倍延伸することにより、製糸全延伸倍率を13倍とし、単繊維の繊度が1.0dtex、繊維束を構成する単繊維の本数が500本であるポリアクリロニトリル系前駆体の繊維束を得た。製糸工程の通過性は特に問題なかった。
次に、温度240〜260℃の空気中において、延伸比1で延伸しながらで耐炎化処理し、比重1.35〜1.36の耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、温度300〜800℃の窒素雰囲気中において、延伸比1.15で延伸しながら予備炭素化処理を行い、予備炭素化繊維束を得た。得られた予備炭素化繊維束を、窒素雰囲気中において、最高温度1300℃で、2.5mN/dtexの張力で炭素化処理を行い、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維束について、比重、平均直径、ストランド強度、ストランド弾性率、断面形状および表面積比を評価した。評価結果を表1に、断面のSEM写真を図5に示す。また、耐炎化繊維束についても、断面形状を評価した。断面のSEM写真を図7に、評価結果を表2に示す。
[実施例2]
紡糸口金Bを用い、紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約4mmとした以外は、実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に、断面のSEM写真を図6に示す。また、耐炎化繊維束についても、断面形状を評価した。評価結果を表2に示す。
[実施例3]
前駆体繊維束の単繊維繊度を0.7dtexとした以外は実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。炭素化処理の最高温度を1500℃、張力を3.5mN/dtexとした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[実施例4]
紡糸口金Cを用い、紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約4mmとし、前駆体繊維束の単繊維繊度を0.7dtexとした以外は、実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。炭素化処理の最高温度を1500℃、張力を5.2mN/dtexとした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[比較例1]
紡糸口金Eを用い、紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約4mmとし、凝固浴を15℃にコントロールした30%ジメチルスルホキシドの水溶液とし、前駆体繊維束の単繊維繊度を0.7dtexとした以外は実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[比較例2]
前駆体繊維束の単繊維繊度を1.0dtexとした以外は比較例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。また、耐炎化繊維束についても、断面形状を評価した。評価結果を表2に示す。
[比較例3]
凝固浴を30℃にコントロールした55%ジメチルスルホキシドの水溶液とした以外は比較例2と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[比較例4]
紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約3mmとした以外は実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[比較例5]
紡糸口金Dを用い、紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約3mmとした以外は実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[実施例5]
紡糸口金Cを用い、紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約3mmとした以外は実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[実施例6]
凝固浴を15℃にコントロールした30%ジメチルスルホキシドの水溶液とした以外は実施例4と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。炭素化における最高温度を1800℃とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[実施例7]
凝固浴を15℃にコントロールした30%ジメチルスルホキシドの水溶液とし、紡糸溶液を口金から吐出した後通過させる空間を約5mmとし、前駆体繊維束の単繊維繊度を0.7dtexとした以外は実施例1と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。炭素化における最高温度を1000℃とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[実施例8]
実施例6と同様にしてポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。製糸工程通過性は特に問題なかった。炭素化における最高温度を2400℃とした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。評価結果を表1に示す。
[実施例9]
実施例1においてスチーム延伸工程における張力を300gとした以外は、実施例1と同様にして炭素繊維まで得た。評価結果を表1に示す。
[比較例6]
比較例2においてスチーム延伸工程における張力を300gとした以外は、比較例2と同様にして炭素繊維まで得た。評価結果を表1に示す。
[実施例10]
実施例1において得られた炭素繊維束に、さらに伝導度10mSの硫酸水溶液中で電気量200C/gの電解表面処理を行った。評価結果を表1に示す。
[破断開始点の評価]
実施例1、実施例9および実施例10で作製した炭素繊維束に関して試長10mmとして単繊維引張試験を実施し、破断した単繊維を回収し、その破断面を観察した。試験は150本の単繊維について行い、回収できた破断面はそれぞれ79本、72本、80本であった。各破断面についてSEM観察により破断開始点の位置を評価した。まず、長軸と短軸との交点を中心として長軸を±45度方向に回転させて新たに2本の線分を設定した。つぎに、かかる2本の線分によって繊維外周が4つの弧に分割できるので、略卵形の先端を含む弧をA1として、時計回りにA2、A3、A4と割り当てた。各単繊維について、破断開始点が弧A1からA4のいずれに存在するかを評価したあと、SEM観察した単繊維全部について弧A1に存在した破断開始点の数を求めたところ、実施例1の炭素繊維束では19本、実施例9の炭素繊維束では23本、実施例10の炭素繊維束では21本という結果であった。これを全体の観察数で割って弧A1、すなわち略卵形の先端近傍への破断開始点の集中度として、実施例1、実施例9、実施例10の炭素繊維束に対してそれぞれ24%、32%、26%との値を得た。
破断開始点の評価の結果から、略卵形の断面形状とすることで破断開始点の位置の分布の違いを評価できることが分かる。実施例9においてスチーム延伸を低い張力下で行ったために単繊維のゆらぎが大きくなり、単繊維同士およびスチーム延伸チューブ内壁との接触が大きくなり、ストランド強度の若干の低下にも現れているように欠陥が生成されやすくなったと考えられ、結果的に略卵形の先端近傍への破断開始点の集中が見られた。なお、比較例7を見ると同様のストランド強度低下が見られており、実施例9において推定される原因によるストランド強度低下は、断面形状によらずに生じると判断できる。一方、実施例10では電解表面処理をやや過度に行っており、ストランド強度が低下しているが、破断開始点の集中は見られなかった。よって、本発明の炭素繊維束を用いると、同じストランド強度低下に対してスチーム延伸工程で生じた場合と電解処理工程で生じた場合を見分けることができると言える。このような解析は、断面形状が円形の炭素繊維では原理的に不可能である。
また、比較例4〜6を見ると、繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であっても、式(1)および(2)を同時に満たす単繊維の含有率が低い場合はストランド強度が低下することが分かる。比較例4および5は断面形状が扁平な場合であり、比較例5はこれらと比較して扁平の程度は低いものの略卵形の非対称性が強すぎる場合であり、本発明の範囲を外れると、略卵形であって破断開始点の位置の区別はつきやすくなるものの、ストランド強度が低下することが分かる。
本発明の炭素繊維束、および本発明の耐炎化繊維束から得た炭素繊維束は、円形断面と比較して強度やプロセス性、高次加工性を損なうことなく、略卵形の断面形状であるため単繊維破断面観察により破断開始点の相対位置の評価が可能となる。これにより、製品である炭素繊維束の引張強度に異常が発生した際に、その原因把握が効果的に行え、機会損失によるロスの低減効果が期待でき、炭素繊維の製造プロセス低減につながる。

Claims (7)

  1. 繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を40%以上含有する炭素繊維束。
    1.03≦La/Lb≦1.20 ・・・(1)
    1.05≦Ld/Lc≦1.25 ・・・(2)
    (ただし、単繊維の略卵形の断面の外周における最も離れた2点を通る線分を長軸、長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分を短軸と定義したとき、長軸の長さをLa、短軸の長さをLbとする。また、長軸を4等分した際に長軸の中点以外の点と外周上の2点をそれぞれ通り長軸に直交する2本の線分の長さを短いものから順にLc、Ldとする。)
  2. 次式(3)および(4)を同時に満たす単繊維を40%以上含有する請求項1記載の炭素繊維束。
    1.04≦La/Lb≦1.17 ・・・(3)
    1.05≦Ld/Lc≦1.20 ・・・(4)
  3. 炭素繊維束中のそれぞれの単繊維における前記La/Lbおよび前記Ld/Lcの平均値をそれぞれ<La/Lb>および<Ld/Lc>としたとき、次式(5)および(6)を同時に満たす請求項1または2に記載の炭素繊維束。
    <La/Lb>≦1.20 ・・・(5)
    <Ld/Lc>≦1.20 ・・・(6)
  4. 単繊維の平均直径が4〜7μmである請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維束。
  5. 単繊維の表面積比の平均値が1.00〜1.10である請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維束。
  6. ストランド強度が5GPa以上、かつストランド弾性率が230GPa以上である請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維束。
  7. 繊維方向に垂直な断面の形状が略卵形であって、次式(1)および(2)を同時に満たす単繊維を70%以上含有する耐炎化繊維束。
    1.03≦La/Lb≦1.20 ・・・(1)
    1.05≦Ld/Lc≦1.25 ・・・(2)
    (ただし、単繊維の略卵形の断面の外周における最も離れた2点を通る線分を長軸、長軸の中点と外周上の2点を通り長軸に直交する線分を短軸と定義したとき、長軸の長さをLa、短軸の長さをLbとする。また、長軸を4等分した際に長軸の中点以外の点と外周上の2点をそれぞれ通り長軸に直交する2本の線分の長さを短いものから順にLc、Ldとする。)
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