JP5566111B2 - Rna回収方法 - Google Patents

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Description

本発明は、糞便試料中の核酸を、糞便試料から核酸を効率よく回収するための糞便試料の調製方法、糞便試料調製用溶液及び採便用キット、該調製方法により調製された糞便試料、該糞便試料からの核酸回収方法、及び該核酸回収方法により回収された核酸を用いた核酸解析方法に関する。
欧米と同様に日本においても、大腸がんの患者数は、年々急激に増加しており、大腸がんが、がん死亡率の上位を占めるようになってきている。これは、日本人の食生活が欧米型の肉食中心となったことに原因があると考えられている。具体的には、毎年約6万人程度が大腸がんに罹患しており、臓器別の死亡数でも、胃がん、肺がんに続く3番目の多さであり、今後更なる増加も予想されている。一方で、大腸がんは、他のがんと異なり、発症の初期に治療することにより、100%近く治癒可能ながんである。したがって、大腸がんを早期がん検診の対象とすることは極めて有意義であり、大腸がんの早期発見のための検査方法の研究・開発が盛んに行われている。
大腸がんの早期発見のための検査方法として、例えば、注腸検査、大腸内視鏡検査等が行われている。注腸検査とは、大腸にバリウムを注入し、大腸の粘膜面に付着させ、X線を照射しその表面の凹凸の撮影を行い、大腸の表面を観察する検査である。一方、大腸内視鏡検査とは、内視鏡により直接大腸内部を観察する検査である。特に大腸内視鏡検査は、感度や特異性が高く、ポリープや早期がんの切除も可能であるという利点も有している。
しかしながら、これらの検査方法は、コストが高い上に被験者への負担が大きく、合併症のリスクを伴うという問題がある。例えば、注腸検査には、X線被爆や腸閉塞の危険性がある。また、大腸内視鏡検査は、内視鏡を直接大腸内に投入するため侵襲的であり、かつ、内視鏡操作には熟練を要し、検査のできる施設が限られている。このため、これらの検査方法は、定期健診等の無症状の一般人を対象とした大腸がん検査に適しているとは言い難い。
近年、大腸がんの一次スクリーニング法として、非侵襲的で低コストである便潜血検査が広く実施されている。便潜血検査は、糞便中に含まれる赤血球由来のヘモグロビンの有無を調べる検査であり、間接的に大腸がんの存在を予測する方法である。便潜血検査では、便の採取や保存を常温で行うことができ、冷蔵・冷凍等の特別な保存条件も必要としないこと、及び、一般的な家庭で簡単に行うことができ、操作が非常に簡便であることも、広く利用される要因となっている。但し、便潜血検査では、感度が25%程度と低く、大腸がんを見落とす確率が高いという問題がある。さらに、陽性的中率も低く、便潜血検査陽性の被験者の中で実際に大腸がん患者である割合は10%以下であり、多くの偽陽性を含んでいる。このため、より信頼性の高い新たな検査法の開発が強く望まれている。
定期健診等にも適した、非侵襲的で簡便であり、かつ信頼性の高い新たな検査方法として、糞便中のがん細胞の有無やがん細胞由来遺伝子の有無を調べる検査が注目されている。これらの検査方法は、直接的にがん細胞やがん細胞由来遺伝子の有無を調べるため、大腸がんの罹患に伴い間接的に生じる消化管からの出血の有無を調べる便潜血検査法に比べて、より信頼性の高い検査法になり得ると考えられる。
糞便試料中のがん細胞等を精度よく検出するためには、糞便試料中のがん細胞由来核酸を効率よく回収することが重要である。特に、がん細胞由来核酸は微量であり、かつ、糞便中には、消化残留物やバクテリアが大量に含まれているため、核酸は非常に分解され易い。このため、糞便試料から核酸、特にヒト等の哺乳細胞由来の核酸を効率よく回収するためには、糞便中の核酸の分解を防止し、検査操作時まで安定して保存し得るように糞便試料を調製することが重要である。このような糞便試料の調製方法として、例えば、採取された糞便から、大腸等の消化管から剥離したがん細胞を分離する方法がある。糞便からがん細胞を分離することにより、バクテリア等由来のプロテアーゼやDNase、RNase等の分解酵素による影響を抑えることができる。糞便からがん細胞を分離する方法として、例えば、糞便から細胞を分離する方法であって、a)便をそのゲル氷点未満の温度に冷却する工程と、b)便が実質的に完全な状態を残すように、便をそのゲル氷点未満の温度に維持しながら便から細胞を採取する工程と、を含むことを特徴とする方法が開示されている(例えば特許文献1参照)。その他、通常周囲温度で、プロテアーゼ阻害物質、粘液溶解剤、殺細菌剤を有する輸送培地に糞便を分散させた後、大腸剥離細胞を単離する方法が開示されている(例えば特許文献2参照)。
一方で、細胞の形態を組織学的及び細胞学的に観察する場合に、採取された細胞の形態を観察時まで維持するために、ホルマリン固定やアルコール固定等の多くの固定方法が従来行われてきている。これらの固定方法を応用した方法であって、哺乳細胞試料の長期保存及び保存後の細胞観察を可能にするための保存溶液として、例えば、哺乳細胞を定着するために充分な量の水と混和可能なアルコールと、溶液内での哺乳細胞の凝集を防ぐために充分な量の抗凝集剤と、細胞を保存する間、溶液のpHを4から7の範囲に保つ緩衝剤とを含む細胞溶液保存剤が開示されている(例えば特許文献3参照)。
また、細胞の組織学的及び細胞学的観察に加え、保存後の細胞中のタンパク質や核酸等に対する分子学的解析をも可能とする保存溶液として、例えば、緩衝成分、少なくとも1つのアルコール成分、固定剤成分、並びにRNA、DNA及びタンパク質からなる群の少なくとも1つの分解を抑制する薬剤を含む普遍的収集培地(例えば特許文献4参照)や、5〜20%ポリエチレングリコール及び80〜95%メタノールを含む非水溶液(例えば特許文献5参照)等が開示されている。その他、細胞の構造及び核酸を安定化する組成物であって、(a)少なくとも1種のアルコール又はケトンを含む、タンパク質を沈殿又は変性させることができる第1の物質と、(b)第1の物質の少なくとも1個の細胞への注入を促進する第2の促進物質とを含む組成物が開示されている(例えば特許文献6参照)。
特表平11−511982号公報 特表2004−519202号公報 特開2003−153688号公報 特表2004−500897号公報 特表2005−532824号公報 特開2001−128662号公報 特公平6−72837号公報
上記の特許文献1に記載の、糞便から細胞を分離する方法方法においては、糞便試料を冷却しながら細胞を分離している。この分離操作を冷却せずに行うと、糞便試料の変質等により正しい検出結果を得ることができなくなってしまう。したがって糞便試料の変質を効果的に防止するためには、採便直後に冷却することが重要である。しかしながら、検診等のように家庭において採便が行われる場合には、採取後速やかに糞便試料を冷却することは非常に困難であり、現実的ではない。
また、糞便試料の変質を防ぐために、糞便試料を凍結することが考えられるが、凍結させた糞便試料は、検査前に融解しなければならず、操作が煩雑となる。
上記の特許文献2に記載の、輸送培地に糞便を分散させる方法では、殺細菌剤等を添加することにより、冷却操作を必要とせず、室温で糞便試料の調製や保存が可能であるものの、糞便から大腸剥離細胞を分離する作業は煩雑であるという問題がある。また、殺細菌剤等により破壊されたバクテリア由来の核酸分解酵素やタンパク質分解酵素により、大腸剥離細胞及び大腸剥離細胞由来の核酸等が分解されてしまう結果、大腸がん検出の精度が低下するおそれがある。その他、細胞を生存させた状態で保存しているために、大腸剥離細胞中の遺伝子発現等の分子学的プロファイリングが培地中の抗生物質等の成分や経時的な影響を受け変化してしまうという問題もある。
一方、上記の特許文献3、4、及び5に記載の方法のように、保存溶液を用いれば、細胞を室温で安定して保存することができる。そしてこれらの保存溶液は、ほぼ単離された細胞に対して用いられるものである。従って、糞便のような多種多様な物質が含まれている生体試料に直接用いることは困難である。糞便から単離された大腸剥離細胞に、このような保存溶液を用いることにより、細胞の遺伝子発現等の分子学的プロファイリングを変化させる事無く長期保存することができるが、糞便中の大腸剥離細胞は微量であるため、単離された細胞から解析に充分な量の核酸を抽出することは困難であった。また、上記の特許文献6に記載の細胞構造及び核酸を安定化する組成物は、主に膣スワブ試料中の主にバクテリア由来の核酸を安定して保存し得るものであるが、バクテリアとは大きく異なる構造を有し、かつバクテリアよりもはるかに微量である哺乳細胞由来の核酸も安定して保存し得るものであるかについては一切記載されていない。また、膣スワブ試料と異なり消化残留物等を多く含む糞便に用いた場合であっても核酸を安定して保存し得るかについても一切記載が無い。
本発明は、糞便中の大腸剥離細胞等の哺乳細胞由来の核酸等を効率よく回収することが可能な糞便試料を、煩雑な操作を必要とせずに調製し得る方法、該方法に用いられる糞便試料調製用溶液及び採便用キット、並びに、該方法により調製された糞便試料を用いて糞便中の核酸を回収し解析する方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、採取された糞便を、水溶性有機溶媒を有効成分とする糞便試料調製用溶液に混合させることにより、糞便中に含まれている核酸を効率よく回収することができる糞便試料を調製し得ること、及び、該方法により調製された糞便試料から、検出対象である哺乳細胞等の腸内常在菌以外の生物由来の核酸と、糞便中に大量に含まれている腸内常在菌由来の核酸を同時に回収することにより、微量である腸内常在菌以外の生物由来の核酸を非常に効率よく回収し得ることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、下記の通りの構成を有する。
(1)被験者から採取された糞便を、水溶性有機溶媒を有効成分とする溶液に混合する工程、及び
当該混合物から、腸内常在菌由来のRNAと腸内常在菌以外の生物由来のRNAとを同時に回収する工程、
を含み、
前記溶液中の前記水溶性有機溶媒の濃度が30%以上、100%以下であり、
前記水溶性有機溶媒がエタノール、プロパノール、及びメタノールからなる群より選ばれる1以上であることを特徴とするRNA回収方法。
(2)前記糞便と前記溶液の混合比率が、糞便容量1に対して当該溶液容量が1以上であることを特徴とする(1)記載のRNA回収方法。
(3)前記腸内常在菌以外の生物由来のRNAが、哺乳細胞由来のRNAであることを特徴とする(1)又は(2)に記載のRNA回収方法。
)RNAを回収する工程が、
(a)前記糞便試料中のタンパク質を変性させ、前記糞便試料中の腸内常在菌及び腸内常在菌以外の生物から、RNAを溶出させる工程、及び、
(b)前記工程(a)において溶出させたRNAを回収する工程、
を有することを特徴とする(1)〜()の何れか一つに記載のRNA回収方法。
)前記工程(a)の後、前記工程(b)の前に、
(c)前記工程(a)により変性させたタンパク質を除去する工程、
を有することを特徴とする()に記載のRNA回収方法。
)前記工程(a)におけるタンパク質の変性が、カオトロピック塩、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群より選ばれる1以上を用いて行われることを特徴とする()又は()に記載のRNA回収方法。
)前記有機溶媒がフェノールであることを特徴とする()記載のRNA回収方法。
)前記工程(c)における変性させたタンパク質の除去が、クロロホルムを用いて行われることを特徴とする()〜()の何れか一つに記載のRNA回収方法。
)前記工程(b)におけるRNAの回収が、
(b1)前記工程(a)において溶出させたRNAを無機支持体に吸着させる工程、及び、
(b2)前記工程(b1)において吸着させたRNAを無機支持体から溶出させる工程、
を有することを特徴とする()〜()の何れか一つに記載のRNA回収方法。
10)前記工程(a)の前に、
(d)前記糞便試料から固形成分を回収する工程、
を有することを特徴とする()〜()の何れか一つに記載のRNA回収方法。
本発明の糞便試料の調製方法により、糞便試料から核酸を効率よく回収することができる糞便試料を調製することができる。また、本発明の糞便試料の調製方法により、糞便試料中に比較的少量含まれている哺乳細胞等の腸内常在菌以外の生物由来の核酸を、室温で長期間保存可能なほど安定的に維持することができる。特に、糞便の採取から糞便試料の調製、保存、輸送を室温で簡便に行うことができるため、検診等のスクリーニング検査のための糞便試料の調製に非常に好適である。さらに、糞便試料から、哺乳細胞等の検出の対象である生物又はその細胞等を分離するという煩雑な操作を必要としないため、多数の検体を処理する場合であっても、労力とコストを効果的に低減することができる。特に、本発明の採便用キットを用いることにより、より簡便に糞便試料を調製することが可能となる。
また、本発明の核酸回収方法においては、本発明の糞便試料の調製方法により調製した糞便試料から、哺乳細胞等の腸内常在菌以外の生物由来の核酸と腸内常在菌由来の核酸を同時に回収するため、腸内常在菌由来の核酸に比べてはるかに微量である哺乳細胞等由来の核酸を、非常に効率よく回収することができ、このように回収された核酸を用いて核酸解析を行うことにより、大腸がん等の特定の疾患マーカーを非常に高感度かつ高精度に検出することがきる。
このように、本発明の糞便試料の調製方法、該調製方法により調製された糞便試料からの核酸回収方法、及び該核酸回収方法により回収された核酸を用いた核酸解析方法を用いることにより、糞便中の核酸を高感度かつ高精度に解析することができるため、大腸がんをはじめ、様々な症状や疾患の早期発見や診断、治療経過の観察、及び他の異常な容態の病理学的研究等に資することが期待できる。
本発明の採便用キットに用いることができる採便容器の一態様を示した図である。 本発明の採便用キットに用いることができる採便容器の一態様を示した図である。 実施例5において、各濃度のエタノール溶液を用いて調製された糞便試料から回収されたRNA量を示した図である。 実施例3において、得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動した後、エチジウムブロマイドで染色して得られた染色像である。図中、「3A」は糞便試料(3A)由来のPCR産物を泳動したレーンを、「対照」は対照試料由来のPCR産物を泳動したレーンを、「M」及び「Mラダー」はマーカーを泳動したレーンを、それぞれ示している。また、矢印は、233bpのバンドを示す。 実施例1において、各糞便試料から回収されたRNA量を示した図である。
符号の説明
1…容器本体、1a…隆起部、2…蓋、3…採便棒、3a…カップ、S…糞便試料調製用溶液、11…容器本体、12…蓋、13…採便棒、13a…穴、13b…可動蓋、15…袋、E…糞便
本発明の糞便試料の調製方法は、糞便試料から核酸を効率よく回収するための糞便試料の調製方法であって、被験者から採取された糞便を、水溶性有機溶媒を有効成分とする溶液に混合させることを特徴とする。糞便を、水溶性有機溶媒に混合させることにより、糞便中に含まれる核酸の分解等による損失を最小限に抑えることができるため、糞便試料から核酸を効率よく回収することができる。水溶性有機溶媒によるこのような核酸高回収効果、すなわち、核酸の分解等を防止し、核酸を安定して保持し、高回収し得る効果は、水溶性有機溶媒成分が有する脱水作用により、哺乳細胞やウィルス等の検出対象である核酸を有する腸内常在菌以外の生物の細胞活性、及び腸内常在菌の細胞活性が顕著に低下して経時的な変化が抑制されるため、及び、水溶性有機溶媒成分が有するタンパク質変性作用により、糞便中のプロテアーゼ、DNase、RNase等の各種分解酵素の活性が顕著に低下するために得られると推察される。
本発明の糞便試料の調製方法において用いられる前記の溶液、すなわち、本発明の糞便試料調製用溶液は、水溶性有機溶媒を有効成分とするものである。糞便等の生体試料は、通常多量の水分を含有しており、水に対する溶解度が高い溶媒や水と任意の割合で混合可能である溶媒である水溶性有機溶媒を有効成分とすることにより、本発明の糞便試料調製用溶液は、糞便試料と速やかに混合することができ、より高い核酸高回収効果を得ることができるためである。
本発明において水溶性有機溶媒とは、アルコール類、ケトン類、又はアルデヒド類、又はこれらの組み合わせであるが、これらの溶媒はそれぞれ、直鎖構造を有し、室温付近、例えば15〜40℃において液状である溶媒を意味する。なお、本発明における水溶性有機溶媒には、有機酸は含まれない。直鎖構造を有する水溶性有機溶媒を有効成分とすることにより、ベンゼン環等の環状構造を有する有機溶媒を有効成分とするよりも、糞便との混合を素早く行うことができる。環状構造を有する有機溶媒は、一般的に水と分離しやすいため、糞便と混合しにくく、高い核酸高回収効果を得ることは難しい。たとえ水にある程度溶解する溶媒であったとしても、糞便を均一に分散させるためには、激しく混合したり、加温する必要があることが多いためである。なお、糞便と環状構造を有する有機溶媒を混合しやすくするために、あらかじめ、有機溶媒と水の混合溶液を作製した後、糞便と該混合溶液を混合させることも考えられる。しかしながら、該混合溶液を作製するためには、環状構造を有する有機溶媒と水を激しく混合したり、加温する必要があることが多く好ましくない。
本発明の糞便試料調製用溶液においては、水に対する溶解度が12重量%以上の水溶性有機溶媒であることが好ましく、水に対する溶解度が20重量%以上の水溶性有機溶媒であることがより好ましく、水に対する溶解度が90重量%以上の水溶性有機溶媒であることがさらに好ましく、水と任意の割合で混合可能である水溶性有機溶媒であることが特に好ましい。水と任意の割合で混合可能である水溶性有機溶媒として、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、2−プロパノール、アセトン、ホルムアルデヒド等がある。
本発明の糞便試料調製用溶液に含まれる水溶性有機溶媒は、上記定義を充足するものであって、核酸高回収効果を奏することができる溶媒であれば特に限定されるものではない。該水溶性有機溶媒として、例えば、アルコール類としては、水溶性アルコールであるメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、メルカプトエタノール等があり、ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン(水に対する溶解度90重量%)等があり、アルデヒド類としては、アセトアルデヒド(アセチルアルデヒド)、ホルムアルデヒド(ホルマリン)、グルタールアルデヒド、パラフォルムアルデヒド、グリオキサール(glyoxal)等がある。プロパノールは、n−プロパノールであってもよく、2−プロパノールであってもよい。また、ブタノールは、1−ブタノール(水に対する溶解度20重量%)であってもよく、2−ブタノール(水に対する溶解度12.5重量%)であってもよい。本発明において用いられる水溶性有機溶媒としては、水溶性アルコール、アセトン、メチルエチルケトン、ホルムアルデヒドであることが好ましい。水に対する溶解度が十分に高いためである。入手容易性、取り扱い性、安全性等の点から、水溶性アルコールであることがより好ましく、エタノール、プロパノール、メタノールであることがさらに好ましい。特にエタノールは、最も安全性が高く、家庭内でも容易に扱うことが可能であるため、定期健診等のスクリーニング検査において特に有用である。
本発明の糞便試料調製用溶液中の水溶性有機溶媒濃度は、核酸高回収効果を奏することができる濃度であれば、特に限定されるものではなく、水溶性有機溶媒の種類等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、有効成分として、水溶性アルコールやケトン類を用いる場合には、本発明の糞便試料調製用溶液の水溶性有機溶媒濃度は30%以上、100%以下であることが好ましい。水溶性有機溶媒濃度が充分に高濃度であることにより、糞便と糞便試料調製用溶液を混合した場合に、糞便中の哺乳細胞等や腸内常在菌に水溶性有機溶媒成分が迅速に浸透し、核酸高回収効果を速やかに奏することができる。
なお、本発明及び本願明細書中においては、特に記載がない限り、「%」は「体積%」を意味する。
特に、有効成分として、水溶性アルコールを用いる場合には、本発明の糞便試料調製用溶液の水溶性有機溶媒濃度は30%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、50〜80%であることがさらに好ましく、60〜70%であることが特に好ましい。水溶性有機溶媒濃度が高い程、水分含量の多い糞便に対しても少量の糞便試料調製用溶液を用いることによって、充分な核酸高回収効果を得ることができる。
また、有効成分として、アセトン、メチルエチルケトンを用いる場合には、本発明の糞便試料調製用溶液の水溶性有機溶媒濃度は30%以上、100%以下であることが好ましく、この範囲の中では、60%以上であることがより好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。その他、有効成分として、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、グルタールアルデヒド、パラフォルムアルデヒド、グリオキサールを用いる場合には、本発明の糞便試料調製用溶液の水溶性有機溶媒濃度は0.01以上、30%以下であることが好ましく、0.03以上、10%以下であることがより好ましく、3以上、5%以下であることがさらに好ましい。アルデヒド類は、アルコール類やケトン類よりも低濃度においても、核酸高回収効果を奏することができる。
その他、本発明において用いられる水溶性有機溶媒は、1種類の水溶性有機溶媒のみを含有していてもよく、2種類以上の水溶性有機溶媒の混合溶液であってもよい。例えば、2種類以上のアルコールの混合溶液であってもよく、アルコールと他種類の水溶性有機溶媒との混合溶液であってもよい。核酸回収効率がより改善されるため、アルコールとアセトンの混合溶液であることも好ましい。
採取された糞便と混合する糞便試料調製用溶液の容量は、特に限定されるものではないが、糞便と糞便試料調製用溶液の混合比率は、糞便容量1に対して糞便試料調製用溶液容量が1以上であることが好ましい。糞便試料調製用溶液入り採便容器に糞便を入れる場合に、糞便と等量以上の糞便試料調製用溶液であれば、糞便の全周囲が糞便試料調製用溶液に浸らせることができ、本発明の効果を得られるためである。例えば、糞便と糞便試料調製用溶液が等量である場合には、糞便試料調製用溶液入り採便容器の軽量化・小型化が可能となる。一方で、糞便に対して、5倍以上の容量の糞便試料調製用溶液を混合させることにより、糞便試料調製用溶液中への糞便の分散を迅速かつ効果的に行うことができ、さらに、糞便に含有されている水分による水溶性アルコール濃度の低下の影響を抑えることもできる。糞便試料調製用溶液入り採便容器の軽量化と糞便の分散性の向上の両方の効果をバランス良く備えることが可能となるため、糞便と糞便試料調製用溶液の混合比率が、1:1〜1:20であることがより好ましく、1:3〜1:10であることがさらに好ましく1:5程度であることがより好ましい。
採取された糞便と混合する糞便試料調製用溶液の容量は、特に限定されるものではないが、100ul〜100mlであることがより好ましく、1ml〜10mLがより好ましい。上記容量よりも溶液量が少ないと、便と溶液が効率よく混合されず、上記容量よりも多いと、採便容器が大きくなり、扱いにくくなってしまうためである。
なお、本発明の糞便試料の調製方法に供される糞便は、動物(被験者)のものであれば特に限定されるものではないが、哺乳動物由来のものであることが好ましく、ヒト由来のものであることがより好ましい。例えば、定期健診や診断等のために採取されたヒトの糞便であることが好ましいが、家畜や野生動物等の糞便であってもよい。また、採取後一定期間保存されたものであってもよいが、採取直後のものであることが好ましい。さらに、採取された糞便は、排泄直後のものであることが好ましいが、排泄後時間を経たものであってもよい。
本発明の糞便試料の調製方法に供される糞便の量は、特に限定されるものではないが、10mg〜1gであることが好ましい。糞便量があまりに多くなってしまうと、採取作業に手間がかかり、採便容器も大きくなってしまうため、取り扱い性等が低下するおそれがある。逆に糞便量があまりに少量である場合には、糞便中に含まれる大腸剥離細胞等の哺乳細胞数が少なくなりすぎるため、必要な核酸量を回収できず、目的の核酸解析の精度が低下するおそれがある。また、糞便はヘテロジニアスである、つまり、多種多様な成分が不均一に存在しているため、哺乳細胞の局在の影響を避けるために、採糞時には、糞便の広範囲から採取することが好ましい。
糞便試料調製用溶液は、水溶性有機溶媒を適宜希釈し、所望の濃度に調整することにより得ることができる。希釈に用いる溶媒は特に限定されるものではないが、水又はPBS等の緩衝液であることが好ましい。また、糞便試料調製用溶液は、水溶性有機溶媒成分による核酸高回収効果を損なわない限り、水溶性有機溶媒以外にも、任意の成分を含んでいてもよい。例えば、カオトロピック塩を含有していてもよく、界面活性剤を含有していても良い。カオトロピック塩や界面活性剤を含有することにより、糞便中の細胞活性や各種分解酵素の酵素活性をより効果的に阻害することができる。糞便試料調製用溶液に含有させ得るカオトロピック塩として、例えば、塩酸グアニジン、グアニジンイソチオシアネート、ヨウ化ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、及びトリクロロ酢酸ナトリウム等がある。
糞便試料調製用溶液に含有させ得る界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤であることが好ましい。該非イオン性界面活性剤として、例えば、Tween80、CHAPS(3−[3−コラミドプロピルジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート)、Triton X−100、Tween20等がある。カオトロピック塩や界面活性剤の種類や濃度は、核酸高回収効果が得られる濃度であれば、特に限定されるものではなく、糞便量やその後の核酸回収・解析方法等を考慮して、適宜決定することができる。
その他、糞便試料調製用溶液には、適宜着色剤を添加してもよい。糞便試料調製用溶液を着色することにより、誤飲防止、糞便の色が緩和される等の効果が得られる。該着色剤として、食品添加物として使用される着色料であることが好ましく、青色や緑色等が好ましい。例えば、ファストグリーンFCF(緑色3号)、ブリリアントブルーFCF(青色1号)、インジゴカルミン(青色2号)等が挙げられる。また、複数の着色剤を混合して添加してもよく、単独で添加しても良い。
糞便と糞便試料調製用溶液との混合は、速やかに行われることが好ましい。糞便を速やかに糞便試料調製用溶液中に分散させることにより、糞便中の細胞に対する水溶性有機溶媒成分の浸透を迅速に行うことができ、核酸高回収効果が速やかに得られるためである。なお、糞便と糞便試料調製用溶液を混合する方法は、物理的手法により混合する方法であれば、特に限定されるものではない。例えば、予め糞便試料調製用溶液を入れておいた密閉可能な容器に、採取された糞便を投入して密閉した後、該容器を上下に転倒させることにより、混合してもよく、該容器をボルテックス等の振とう機にかけることにより混合してもよい。また、糞便と糞便試料調製用溶液を、混合用粒子の存在下で混合してもよい。
速やかに混合させることができるため、振とう機を用いる方法や、混合用粒子を用いる方法であることが好ましい。特に、予め混合用粒子を含有させた採便容器を用いることにより、家庭等の特殊な装置のない環境においても迅速に混合することができる。
混合用粒子としては、水溶性有機溶媒成分による核酸高回収効果を損なわない組成物であって、糞便にぶつかることにより、糞便を迅速に糞便試料調製用溶液中に分散させ得る硬度や比重を有する粒子であれば、特に限定されるものではなく、1種類の材質からなる粒子であってもよく、2種類以上の材質からなる粒子であってもよい。このような混合用粒子として、例えば、ガラス、セラミックス、プラスチック、ラテックス、金属等からなる粒子がある。その他、混合用粒子は、磁性粒子であってもよく、非磁性粒子であってもよい。
特に、腸内常在菌以外の生物由来の核酸、すなわち、糞便試料中に大量に含まれている腸内常在菌由来の核酸よりも少量しか含まれていない核酸を標的核酸として解析する場合には、本発明の糞便試料調製用溶液を用いて糞便を調製することが好ましい。排泄後時間の経過とともに、糞便中の核酸は分解等により徐々に損なわれていく。このため、標的核酸が糞便中に少量しか存在していない核酸である場合には、核酸の分解が進行した糞便試料を用いて解析を行うと、解析に充分な量の標的核酸を回収することができず、排泄直後の糞便中には該標的核酸が存在していた場合であっても陰性(糞便中に該標的核酸は存在していない)と判断されるおそれが大きい。本発明の糞便試料調製用溶液を用いて糞便を調製することにより、糞便中の核酸を安定して保存し得る結果、糞便中に少量しか存在していない核酸であっても、効率よく回収することができ、核酸解析の信頼性を向上させることができる。
このような腸内常在菌以外の生物由来の核酸として、例えば、がん細胞由来の核酸等の哺乳細胞由来の核酸や、肝炎ウィルス等の感染症の初期または後期における該感染症の原因菌由来の核酸等がある。その他、寄生虫由来の核酸であってもよい。
なお、本発明において、腸内常在菌とは、糞便中に比較的大量に存在するバクテリア細胞であり、通常ヒト等の動物の腸内に生息する常在菌を意味する。該腸内常在菌として、例えば、Bacteroides属、Eubacterium属、Bifidobacterium属、Clostridium属等の偏性嫌気性菌や、Escherichia属、Enterobacter属、Klebsiella属、Citrobacter属、Enterococcus属等の通性嫌気性菌等がある。
また、このような水溶性有機溶媒成分による核酸高回収効果は、充分な水溶性有機溶媒量が存在する限り、特に温度条件に影響を受けるものではない。したがって、本発明の糞便試料の調製方法は、通常糞便の採取が行われる温度において行う場合、すなわち、室温において行う場合であっても、糞便中の核酸の損失を抑えることができる。また、調製された糞便試料は、室温で保存又は輸送した場合であっても、該糞便試料中の核酸を安定して保持することができる。但し、該糞便試料の保存は、50℃以下で行うことが好ましい。高温条件下で長期間保存することにより、揮発等により、該糞便試料中の水溶性有機溶媒の濃度が、核酸高回収効果を奏するに充分な濃度よりも低下するおそれがあるためである。
本発明の糞便試料の調製方法により調製された糞便試料、すなわち本発明の糞便試料は、水溶性有機溶媒の脱水作用やタンパク質変性作用により、糞便中の核酸、特に哺乳細胞等由来の糞便中に比較的少量しか存在していない核酸を、より安定して維持することができる。このため、糞便試料を本発明の調製方法により調製した場合には、調製直後の糞便試料のみならず、長期保存後又は輸送後の糞便試料を用いて核酸解析を行った場合であっても、信頼性の高い解析結果を得ることが期待できる。特に、糞便に含まれている大腸剥離細胞等の哺乳細胞の分子学的プロファイリングに対する経時的な変化を最小限に抑えつつ、糞便中の核酸、特に哺乳細胞由来の核酸を長期間室温で安定して保存することができるため、採取された糞便を本発明の調製方法を用いて調製することにより、検診等のスクリーニング検査のように、糞便採取後から核酸解析時まで間がある場合や、糞便採取場所が核酸解析場所から離れているような場合であっても、核酸、特に壊れやすいRNAの分解を抑制しつつ、糞便試料を保存又は輸送することが可能である。また、冷蔵や冷凍のための特別な機器や保存温度条件を設定する必要がなく、簡便かつ低コストで糞便試料を保存又は輸送することができる。
本発明の糞便試料は、核酸を含有するその他の生体試料と同様に、様々な核酸解析に供することができる。特に、早期発見の要請の強い、がんの発症や感染症の罹患の有無を調べるための核酸解析に供されることが好ましい。また、大腸炎、小腸炎、胃炎、膵炎等の炎症性疾患の発症の有無を調べるための核酸解析に供されることも好ましい。その他、ポリープ等の隆起性病変の検査や胃潰瘍等の大腸、小腸、胃、肝臓、胆嚢、胆管の疾患の検査に供されてもよい。
例えば、糞便試料から、がん細胞由来の核酸、すなわち、変異等が起こっている核酸を検出し解析することにより、大腸がんや膵臓がん等のがんの発症の有無を検査することができる。また、糞便試料から、感染症等の原因である病原菌由来の核酸、例えばウィルス由来の核酸や寄生虫由来の核酸等が検出されるかどうかを調べることにより、感染症の罹患の有無や寄生虫の存在の有無を調べることができる。特に、A型・E型肝炎ウィルス等の糞便中に排出される病原菌の検出に糞便試料を用いることにより、非侵襲的かつ簡便に感染症検査を行うことができる。その他、腸内常在菌以外の病原バクテリア、例えば腸管出血性大腸菌O−157等の食中毒菌や病原菌由来の核酸が検出されるかどうかを調べることにより、細菌感染症の罹患の有無を調べることもできる。
特に、核酸解析により、新生物性転化を示すマーカーや炎症性消化器疾患を示すマーカーを検出することが好ましい。該新生物性転化を示すマーカーとして、例えば、がん胎児性抗原(CEA)、シアリルTn抗原(STN)等の公知のがんマーカーや、APC遺伝子、p53遺伝子、K−ras遺伝子等の変異の有無等がある。また、p16、hMLHI、MGMT、p14、APC、E−cadherin、ESR1、SFRP2等の遺伝子のメチル化の検出も、大腸疾患の診断マーカーとして有用である(例えば、Lind et al.、「A CpG island hypermethylation profile of primary colorectal carcinomas andcolon cancer cell lines」、Molecular Cancer、2004年、第3巻第28章参照。)。その他、糞便試料中のヘリコバクターピロリ菌由来のDNAが、胃がんマーカーとして用いられ得ることが既に報告されている(例えばNilsson et al.、Journal of ClinicalMicrobiology、2004年、第42巻第8号、第3781〜8ページ参照。)。一方、炎症性消化器疾患を示すマーカーとして、例えば、Cox−2遺伝子由来核酸等がある。
本発明の調製方法により調製された糞便試料からは、核酸を非常に効率よく回収することができるため、糞便中に大量に存在する腸内常在菌由来の核酸のみならず、微量に存在する哺乳細胞由来の核酸の解析に非常に好適な試料である。特に糞便であることから、大腸、小腸、胃等の消化管細胞由来の核酸を解析することが好ましく、大腸剥離細胞由来の核酸を解析することが特に好ましい。
糞便試料中には、多種多様な物質が存在しており、核酸解析において阻害要因となり得る物質も多数存在している。このため、糞便試料から核酸を回収し、回収された核酸を用いて核酸解析を行うことにより、解析の精度をより向上させることができる。糞便試料から核酸を回収する方法は、特に限定されるものではなく、試料から核酸を回収する場合に通常用いられる方法であれば、いずれの方法によっても行うことができる。本発明の糞便試料中には、主に哺乳細胞等の腸内常在菌以外の生物(以下、哺乳細胞等ということがある。)由来の核酸と、腸内常在菌由来の核酸が含まれている。糞便試料からの核酸回収においては、哺乳細胞等由来の核酸と腸内常在菌細胞由来の核酸を別々に回収してもよいが、同時に回収することが特に好ましい。哺乳細胞等由来の核酸と腸内常在菌由来の核酸を同時に回収することにより、糞便中に大量に存在する腸内常在菌由来の核酸がキャリアーとして機能する結果、少数である哺乳細胞等由来の核酸を、哺乳細胞等を予め糞便から単離した後に核酸を回収する場合よりも、より効率的に核酸を回収し得る。なお、糞便試料から回収する核酸は、DNAであってもよく、RNAであってもよく、DNAとRNAの両方であってもよい。
例えば、工程(a)として、本発明の糞便試料中のタンパク質を変性させ、前記糞便試料中の哺乳細胞等及び腸内常在菌から、核酸を溶出させた後、工程(b)として、溶出させた核酸を回収することにより、本発明の糞便試料から哺乳細胞等由来の核酸と腸内常在菌由来の核酸を同時に回収することができる。
工程(a)における糞便試料中のタンパク質の変性は、公知の手法で行うことができる。例えば、糞便試料にカオトロピック塩、有機溶媒、界面活性剤等の、通常タンパク質の変性剤として用いられている化合物を添加することにより、糞便試料中のタンパク質を変性させることができる。工程(a)において糞便試料に添加し得るカオトロピック塩や界面活性剤は、本発明の糞便試料調製用溶液に添加し得るカオトロピック塩及び界面活性剤として挙げたものと同様のものを用いることができる。有機溶媒としては、フェノールであることが好ましい。フェノールは中性であってもよく、酸性であってもよい。酸性のフェノールを用いた場合には、DNAよりもRNAを選択的に水層に抽出することができる。なお、工程(a)において、糞便試料にカオトロピック塩、有機溶媒、界面活性剤等を添加する場合には、1種類の化合物を添加してもよく、2種類以上の化合物を添加してもよい。
工程(a)の後工程(b)の前に、工程(c)として、工程(a)により変性させたタンパク質を除去してもよい。核酸を回収する前に、予め変性させたタンパク質を除去することにより、回収される核酸の品質を向上させることができる。工程(c)におけるタンパク質の除去は、公知の手法で行うことができる。例えば、遠心分離により、変性タンパク質を沈殿させて上清のみを回収することにより、変性タンパク質を除去することができる。また、クロロホルムを添加し、ボルテックス等により充分に攪拌混合させた後に遠心分離を行い、変性タンパク質を沈殿させて上清のみを回収することにより、単に遠心分離を行う場合よりも、より完全に変性タンパク質を除去することができる。
工程(b)における溶出させた核酸の回収は、エタノール沈殿法や塩化セシウム超遠心法等の公知の手法で行うことができる。また、工程(b1)として、工程(a)において溶出させた核酸を無機支持体に吸着させた後、工程(b2)として、工程(b1)において吸着させた核酸を無機支持体から溶出させることにより、核酸を回収することができる。工程(b1)において核酸を吸着させる無機支持体は、核酸を吸着することができる公知の無機支持体を用いることができる。また、該無機支持体の形状も特に限定されるものではなく、粒子状であってもよく、膜状であってもよい。該無機支持体として、例えば、シリカゲル、シリカ質オキシド、ガラス、珪藻土等のシリカ含有粒子(ビーズ)や、ナイロン、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ニトロセルロース等の多孔質膜等がある。
工程(b2)において吸着させた核酸を無機支持体から溶出させる溶媒は、回収する核酸の種類やその後の核酸解析方法等を考慮して、これらの公知の無機支持体から核酸を溶出するために通常用いられている溶媒を適宜用いることができる。該溶出用溶媒として、特に精製水であることが好ましい。なお、工程(b1)の後、工程(b2)の前に、核酸を吸着させた無機支持体を適当な洗浄バッファーを用いて洗浄することが好ましい。
なお、糞便試料が、哺乳細胞等から核酸を溶出するために充分な濃度のカオトロピック塩や界面活性剤を含む糞便試料調製用溶液を用いて調製されている場合には、該糞便試料からの核酸の回収において、工程(a)を省略することもできる。
糞便試料が、哺乳細胞等から核酸を溶出するために充分な濃度のカオトロピック塩や界面活性剤を含まない糞便試料調製用溶液を用いて調製されている場合には、工程(a)の前に、工程(d)として、糞便試料から固形成分を回収することが好ましい。糞便試料は、糞便と糞便試料調製用溶液を迅速に混合させるために、糞便中の固形成分に対する液体成分の比率が大きい。そこで、糞便試料から糞便試料調製用溶液を除去し、哺乳細胞等や腸内常在菌を含む固形成分のみを回収することにより、核酸の回収及び解析におけるスケールを小さくすることができる。また、固形成分から水溶性有機溶媒を除去することにより、該固形成分から核酸を回収する工程における水溶性有機溶媒の影響を抑えることもできる。例えば、本発明の糞便試料を遠心分離することにより、固形成分を沈殿させ、上清を除去することにより、固形成分のみを回収することができる。その他、フィルター濾過等によっても、固形成分のみを回収することができる。さらに、回収された固形成分をPBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等の適当なバッファーを用いて洗浄することも好ましい。
なお、回収された固形成分に、カオトロピック塩等のタンパク質変性剤を直接添加してもよいが、一度適当な溶出用薬剤に懸濁させた後にタンパク質変性剤を添加することが好ましい。DNAを回収する場合には、該溶出用薬剤として、例えば、リン酸バッファーやトリスバッファー等を用いることができる。高圧蒸気滅菌等により、DNaseを失活させた薬剤であることが好ましく、さらにプロテイナーゼK等のタンパク質分解酵素を含有させた薬剤であることがより好ましい。一方、RNAを回収する場合には、該溶出用薬剤として、例えば、クエン酸バッファー等を用いることができるが、RNAは非常に分解され易い物質であるため、チオシアン酸グアニジンや塩酸グアニジン等のRNase阻害剤を含有したバッファーを用いることが好ましい。
その後の解析方法によっては、糞便試料から核酸を回収しなくてもよい。具体的には、糞便試料中の哺乳細胞等や腸内常在菌から核酸を溶出させた後、そのまま核酸解析に用いることができる。例えば、糞便試料中に病原菌等が大量に存在している場合であって、該病原菌由来の核酸を解析する場合には、糞便試料から固形成分のみを回収した後、プロテイナーゼK等のタンパク質分解酵素を含有するPBS等の溶出用薬剤を添加して混合することにより得た均一な糞便試料溶液を、そのまま核酸解析に用いることにより、病原菌由来の遺伝子等を検出することができる。その他、糞便試料からの核酸の回収は、核酸抽出キットやウィルス検出キット等の市販のキットを用いて行うこともできる。
本発明の糞便試料より回収された核酸は、公知の核酸解析方法を用いて解析することができる。該核酸解析方法として、例えば、核酸を定量する方法や、PCR等を用いて特定の塩基配列領域を検出する方法等がある。その他、RNAを回収した場合には、逆転写反応(RT−PCR:Reverse transcriptase−polymerase chain reaction)によりcDNAを合成した後、該cDNAを用いて、DNAと同様にして解析に用いることができる。例えば、がん遺伝子等がコードされている塩基配列領域や、マイクロサテライトを含む塩基配列領域等の遺伝的変異の有無を検出することにより、がんの発症の有無を調べることができる。糞便試料から回収されたDNAを用いた場合には、例えば、DNA上の変異解析やエピジェネティック変化解析を行うことができる。変異解析としては、例えば、塩基の挿入、欠失、置換、重複、又は逆位の解析等が挙げられる。また、エピジェネティック変化解析としては、例えば、メチル化や脱メチル化の解析等が挙げられる。一方、回収されたRNAを用いた場合には、例えば、RNA上の塩基の挿入、欠失、置換、重複、逆位、又はスプライシングバリアント(アイソフォーム)等の変異を検出することができる。その他、機能性RNA(ノンコーディングRNA)解析、例えば、転移RNA(transfer RNA、tRNA)、リボソームRNA(ribosomal RNA、rRNA)、microRNA(miRNA、マイクロRNA)等の解析を行うことができる。また、RNA発現量を検出し解析することもできる。特に、mRNAの発現解析、K−ras遺伝子の変異解析、及びDNAのメチル化の解析等を行うことが好ましい。なお、これらの解析は、当該分野において公知の方法により行うことができる。また、K−ras遺伝子変異解析キット、メチル化検出キット等の市販の解析キットを用いてもよい。
予め本発明の糞便試料調製用溶液を含有させた採便容器に糞便を採取することにより、より簡便かつ迅速に採取された糞便を調製することができる。また、本発明の糞便試料調製用溶液と、該糞便試料調製用溶液を含有する採便容器と、を有する採便用キットを用いることにより、より簡便に本発明の効果を発揮することができる。なお、該採便用キットには、採便棒等の、該糞便試料調製用溶液及びそれを含有する採便容器以外の構成物を適宜有していてもよい。
このような採便容器の形態や大きさ等は特に限定されるものではなく、溶媒を含有し得る公知の採便容器を用いることができる。取り扱いが簡便であるため、採便容器の蓋と採便棒が一体化している採便容器であることが好ましい。また、採便量をコントロールすることができるため、採便棒が一定量の糞便を採取し得るものであることがより好ましい。
このような公知の採便容器として、例えば、特許文献7に開示されている採便容器等がある。
図1及び図2は、本発明の採便用キットに用いることができる採便容器の一態様をそれぞれ示した図である。なお、本発明の採便用キットに用いることができる採便容器は、これらの採便容器に限定されるものではない。
まず図1の採便容器について説明する。採便棒3と一体化した蓋2と、容器本体1を有し、内部に本発明の糞便試料調製用溶液Sを含有する採便容器である。採便棒3の先端には糞便を一定量採取し得るカップ3aがあり、かつカップ3aには篩目がある。一方、容器本体1の底部には、カップ3aと補足的な形状となる隆起部1aがある。カップ3aを隆起部1aに勘合させることにより、カップ3aに採取された糞便は、カップ3aにある篩目からところてんのように押し出されるため、糞便試料調製用溶液Sに糞便を速やかに分散させることができる。
図2記載の採便容器は、先端が尖っている採便棒13と一体化した蓋12と、容器本体11を有し、容器本体11内部に、本発明の糞便試料調製用溶液Sを含有する密封された袋15を有する採便容器である。採便棒13には、糞便Eを一定量採取し得る穴13aが空いている。また、採便棒13上をスライドすることにより穴13aの蓋となり得る可動蓋13bも付いている。図2aのように、まず、採便棒13を、可動蓋13bを穴13aよりも蓋12側に寄せて、穴13aが完全に開口している状態とした後に、糞便Eに押し付ける。すると図2bに示すように、穴13aに糞便Eが充填される。この状態で、可動蓋13bをスライドさせて穴13aに蓋をすることにより、穴13aの容量の糞便を正確に採取することができる(図2c)。その後、可動蓋13bを元の位置に戻して穴13aが完全に開口している状態とした後に(図2d)、蓋12を容器本体11に収納する(図2e)。採便棒13が容器本体11に収納される際に、採便棒13の尖った先端が糞便試料調製用溶液Sを含有する袋15を破ることにより、糞便試料調製用溶液Sと糞便Eが混合される。このような採便容器は、採便棒を容器に入れて始めて溶液が容器中に満たされるため、メタノールのような人体に有害な糞便試料調製用溶液を用いる場合であっても、溶液漏れによる事故を回避することができ、家庭でも安全に取り扱うことが出来る。
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、特に記載が無い場合には、「%」は「体積%」を意味する。また、培養細胞であるCaco−2細胞、SW620細胞、及びMKN45細胞、並びにバクテリア細胞であるEnterobacter aerogenesは、常法により培養した。
健常人1名より採取された糞便を、3本の15mLのポリプロピレンチューブにそれぞれ1gずつ分取した。このうち1本に対して、分取直後、速やかに液体窒素を用いて凍結処理を行い、糞便試料(1A)とした。他の1本に対して、分取後、10mLの70%エタノール溶液を加えて糞便をよく分散させた後、室温で1時間静置し、糞便試料(1B)とした。残りの1本は、分取後、溶液等を添加せずに速やかに抽出工程に移行させ、これを糞便試料(1C)とした。
その後、各糞便試料からRNAを回収した。具体的には、各糞便試料に、3mLのフェノール混合物「Trizol」(Invitorogen社製)を添加し、30秒以上ボモジナイザーで十分に混合した後、3mLのクロロホルムを添加し、ボルテックスを用いて十分に混合した後、12,000×g、4℃で20分間遠心分離処理を行った。該遠心分離処理により得た上清(水層)を、RNeasy midi kit(Qiagen社製)のRNA回収用カラムに通し、添付のプロトコールに従って該RNA回収用カラムの洗浄操作及びRNA溶出操作を行うことにより、RNAを回収した。ナノドロップ(ナノドロップ社製)を用いて、回収したRNAの定量を行った。
図5は、各糞便試料から回収されたRNA量を示した図である。本発明の糞便試料調製用溶液であるエタノール溶液を用いて調製された糞便試料(1B)からは、採取直後に凍結処理を行った糞便試料(1A)から回収されたRNA量には若干及ばないものの、採取直後速やかに核酸抽出を行った糞便試料(1C)に比べて、非常に多くのRNAを回収することができた。これらの結果から、本発明の糞便試料調製用溶液を用いて調製することにより、室温での調製であっても、非常に効率よく核酸を回収し得る糞便試料が得られることが明らかである。検診等の場合のように、患者が自宅で採便する場合には、糞便試料の調製を室温付近で行えることが望まれるが、本発明の糞便試料調製用溶液は、このような要請に充分に応えることが可能である。
健常人の糞便0.5gに対し、MDR1(multidrug resistance 1)遺伝子を高発現しているヒト大腸がん由来培養細胞Caco−2細胞を5.0×10cells混合させたものを、大腸がん患者擬似糞便とし、該糞便を本発明の糞便試料の調製方法により糞便試料を調製した。
具体的には、該大腸がん患者擬似糞便を、15mLのポリプロピレンチューブに0.5gずつ分取し、表1記載の糞便試料調製用溶液をそれぞれ添加して混合して、糞便試料を調製した。なお、表中、「普遍的収集培地」とは、特許文献4に記載の保存培地(500mLのPack食塩水G、400mgの重炭酸ナトリウム、10gのBSA、500units/Lのpenicillin G、500mg/Lの硫酸ストレプトマイシン、1.25mg/Lのamphortericin B、50mg/Lのgentamicin)である。調製した糞便試料を、室温(25℃)の恒温インキュベータにおいて、1、3、7、10日間、それぞれ保存した。
保存後、各糞便試料からRNAを回収し、回収されたRNAに対して、MDR1遺伝子の転写産物であるmRNAの検出を試みた。糞便試料調製用溶液(2C)を用いて調製した糞便試料(以下、糞便試料(2C)という。)に対しては、まず、Caco−2細胞を含む哺乳細胞を分離した後、RNAの回収を行った。糞便試料調製用溶液(2C)以外の糞便試料調製用溶液を用いて調製した糞便試料に対しては、哺乳細胞を分離せず、哺乳細胞由来の核酸とバクテリア由来の核酸を同時に回収した。糞便試料(2C)からの哺乳細胞の分離は、具体的には、糞便試料(2C)に5mLのヒストパック1077溶液(Sigma社製)を添加して混合した後、200×g、30分間室温で遠心分離処理を行い、懸濁液とヒストパック1077溶液の間の界面を回収することにより行った。分離した哺乳細胞は、PBSで3回洗浄した。
糞便試料からのRNAの回収は、具体的には、次のようにして行った。まず、糞便試料(糞便試料(2C)のみ分離した哺乳細胞)に、3mLのフェノール混合物「Trizol」(Invitorogen社製)を添加し、30秒以上ボモジナイザーで十分に混合した後、3mLのクロロホルムを添加し、12,000×gで10分間遠心分離処理を行った。該遠心分離処理により得た上清(水層)を新しいポリプロピレンチューブに回収した。その後、RNeasy midi kit(Qiagen社製)を用いて、回収された上清からRNAを回収した。
回収されたRNAに対してRT−PCRを行い、得られたcDNAをテンプレートとしてPCRを行った。プライマーとして、配列番号1の塩基配列を有するMDR1遺伝子増幅用のフォワードプライマーと、配列番号2の塩基配列を有するMDR1遺伝子増幅用のリバースプライマーを用いた。
具体的には、0.2mLのPCRチューブに、12μLの超純水と2μLの10×バッファーを添加し、さらにcDNA、該フォワードプライマー、該リバースプライマー、塩化マグネシウム、dNTP、及びDNAポリメラーゼをそれぞれ1μLずつ添加して混合し、PCR反応溶液を調製した。該PCRチューブを、95℃で30秒間、60℃で30秒間、72℃で1分間を30サイクル、からなる反応条件によりPCRを行った。この結果、得られたPCR産物を、Agilent DNA1000 LabChip(登録商標)キット(アジレント社製)を用いて泳動し、得られたバンドの強度を測定し、PCR産物の増幅程度を調べた。
表2は、各糞便試料由来のPCR産物の増幅程度を、保存期間ごとにまとめた表である。なお、表中「糞便試料(2A)」は、糞便試料調製用溶液(2A)を用いて調製した糞便試料を、「糞便試料(2B)」は、糞便試料調製用溶液(2B)を用いて調製した糞便試料を、「糞便試料(2D)」は、糞便試料調製用溶液(2D)を用いて調製した糞便試料を、それぞれ意味する。
この結果、糞便試料(2D)では、保存期間が1日の場合にはPCR産物の増幅が確認されたが、保存期間3日以降は、増幅が確認できなかった。これに対して、本発明の糞便試料調製用溶液である糞便試料調製用溶液(2A)や糞便試料調製用溶液(2B)を用いて調製された糞便試料(2A)及び(2B)では、保存期間10日においてもPCR産物の増幅を確認することができた。一方で、特許文献4記載の糞便試料調製用溶液(2C)を用いて調製された糞便試料(2C)では、保存期間1日であってもPCR産物の増幅は確認することができなかった。
以上の結果から、本発明の調製方法により調製された糞便試料からは、糞便中に含まれている核酸を効率よく回収することができることが明らかである。また、本発明の糞便試料を用いることにより、RNA解析の精度を向上し得ることも明らかである。これは、本発明の糞便試料用溶液を用いることにより、糞便中に含まれる哺乳細胞由来の核酸、特に分解され易いRNAでさえも、室温で長期間保存可能なほど安定して保持し得るためと推察される。
一方で、糞便試料(2C)由来のPCR産物では増幅が確認されなかったことから、糞便試料調製用溶液として抗生物質を含有する溶液を用いた場合には、該抗生物質により糞便中のバクテリア細胞は殺菌されるものの、死滅したバクテリア細胞からRNase等が放出される等により、却ってRNA分解が促進される可能性が示唆される。また、糞便に含まれる哺乳細胞数は少ないため、糞便から哺乳細胞を分離した場合には、バクテリア細胞由来の核酸がキャリアーとして機能し得る本発明の核酸の回収方法と比較して、充分量の核酸を回収することが困難である可能性も示唆される。
健常人の糞便0.1gに対し、Claudin−1遺伝子を高発現しているヒト大腸がん由来培養細胞SW620細胞を1.0×105cells混合させたものを、大腸がん患者擬似糞便とし、該糞便を本発明の糞便試料の調製方法により糞便試料を調製した。
具体的には、糞便試料調製用溶液である1mLの90%エタノール溶液を予め分注した15mLのポリプロピレンチューブに、0.1gの該大腸がん患者擬似糞便を分取して、ボルテックスを用いて混合することにより、糞便試料(3A)を調製した。該大腸がん患者擬似糞便に代えて、1.0×105cellsのSW620細胞のみを用いて調製したものを対照試料とした。調製した糞便試料(3A)と対照試料を、それぞれ室温(25℃)で1日静置して保存した後、各試料からRNAを回収し、回収されたRNAに対して、Claudin−1遺伝子の転写産物であるmRNAの検出を試みた。
各試料からのRNAの回収は、具体的には、次のようにして行った。まず、糞便試料(3A)と対照試料のそれぞれに、2mLのフェノール混合物「ISOGEN」(ニッポンジーン社製)を添加し、30秒以上ボモジナイザーで十分に混合した後、3mLのクロロホルムを添加し、ボルテックスを用いて十分に混合した後、12,000×g、4℃で20分間遠心分離処理を行った。該遠心分離処理により得た上清(水層)を、RNeasy midi kit(Qiagen社製)のRNA回収用カラムに通し、添付のプロトコールに従って該RNA回収用カラムの洗浄操作及びRNA溶出操作を行うことにより、RNAを回収した。
なお、上記プロトコールでは、1mLの90%エタノール溶液と2mLのISOGENを混合させて、クロロホルムによる疎水相と水相に分けた場合に、水相にエタノールが一部移行するため、得られた水層をそのままカラムに通すことによりRNAの回収を行うことができた。通常のプロトコールでは、試料をISOGENで溶解しクロロホルムと混合して、水相を分離した後、得られた水層にさらに等量の70%エタノールを混合したものをカラムに通す。つまり、本実施例では、通常プロトコールよりも簡便なプロトコールとなった。
回収されたRNAに対してRT−PCRを行い、得られたcDNAをテンプレートとしてPCRを行った。プライマーとして、配列番号3の塩基配列を有するClaudin−1遺伝子増幅用のフォワードプライマーと、配列番号4の塩基配列を有するClaudin−1遺伝子増幅用のリバースプライマーを用いた。該フォワードプライマーと該リバースプライマーを用いてPCRを行うことにより、233bpのPCR産物を得ることができる。
具体的には、0.2mLのPCRチューブに、12μLの超純水と2μLの10×バッファーを添加し、さらにcDNA、該フォワードプライマー、該リバースプライマー、塩化マグネシウム、dNTP、及びDNAポリメラーゼをそれぞれ1μLずつ添加して混合し、PCR反応溶液を調製した。該PCRチューブを、95℃で30秒間、60℃で30秒間、72℃で1分間を32サイクル、からなる反応条件によりPCRを行った。図4は、得られたPCR産物を、アガロースゲル電気泳動した後、エチジウムブロマイドで染色して得られた染色像である。図中、「3A」は糞便試料(3A)由来のPCR産物を泳動したレーンを、「対照」は対照試料由来のPCR産物を泳動したレーンを、「M」及び「Mラダー」はマーカーを泳動したレーンを、それぞれ示している。また、矢印は、233bpのバンドを示す。
糞便試料(3A)と対照試料は、いずれも等量のSW620細胞を有していたにも関わらず、図4より明らかであるように、糞便試料(3A)由来のPCR産物では、233bpの増幅産物が検出されたが、対照試料由来のPCR産物では検出されなかった。糞便試料(3A)では、大腸剥離細胞と仮定するSW620細胞由来の核酸と糞便中のバクテリア細胞由来の核酸を同時に回収することにより、バクテリア細胞由来の核酸がキャリアーとして機能し、SW620細胞由来の核酸が効率よく回収できたと考えられる。一方、SW620細胞のみでは細胞数が少数のため、対照試料では、核酸解析を行うために充分量のRNAを回収することができなかったと考えられる。
以上の結果から、糞便試料中の哺乳細胞由来の核酸とバクテリア細胞由来の核酸を同時に回収する本発明の核酸回収方法により、糞便試料から効率よく哺乳細胞由来の核酸を回収し得ることが明らかである。
(参考例)
1mLのPBSに対し、通性嫌気性細菌Enterobacter aerogenesを1.0×10cellsと、MKN45細胞を0.5×10cellsとを混合させたものを擬似糞便とし、該擬似糞便を本発明の糞便試料の調製方法により糞便試料を調製した。なお、グラム陰性桿菌であるEnterobacter aerogenesは、ヒトの腸内に通常存在する腸管常在菌であり、通常は無害である。
具体的には、糞便試料調製用溶液である5mLの50%メタノール溶液を予め分注した15mLのポリプロピレンチューブに、1mLの該擬似糞便を分取して、ボルテックスを用いて混合することにより、糞便試料(4A)を調製した。該擬似糞便に代えて、1mLのPBSにMKN45細胞を0.5×10cellsのみを混合させたMKN45細胞PBS溶液を用いて調製したものを対照試料とした。調製した糞便試料(4A)と対照試料を、それぞれ室温で3日間保存した後、各試料からDNAを回収し、回収されたDNAに対して、ヒトGAPDH遺伝子の検出を試みた。
各試料からのDNAの回収は、具体的には、次のようにして行った。まず、各試料を1,000×gで5分間遠心分離処理し、上清を除去し、沈殿(固形成分)を回収した。その後回収された沈殿から、DNeasy Blood and Tissue Kit(Qiagen社製)を用いてDNAを回収した。
回収したDNAをテンプレートとしてPCRを行った。プライマーとして、配列番号5の塩基配列を有するヒトGAPDH(Glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase)遺伝子増幅用のフォワードプライマーと、配列番号6の塩基配列を有するヒトGAPDH遺伝子増幅用のリバースプライマーを用いた。
具体的には、まず、回収したDNAを96ウェルマイクロプレートに2μLずつそれぞれ分取した(n=3)。その後、各ウェルに6μLの超純水と10μLの核酸増幅試薬「Geneamp PCR Master Mix」(Applied biosystems社製)を添加し、さらに、該フォワードプライマー、該リバースプライマー、CYBR Green試薬(インビトロジェン社製)の500倍希釈液をそれぞれ1μLずつ添加して混合し、PCR反応溶液を調製した。該96ウェルマイクロプレートを、95℃で30秒間、60℃で30秒間、72℃で1分間を32サイクル、からなる反応条件により、経時的に蛍光強度を計測しながらPCRを行った。濃度既知のラムダファージDNAをテンプレートとしてPCRを行ったものを、ポジティブコントロールとした。蛍光強度の計測結果を分析して、各試料から回収されたDNA中のGAPDH遺伝子量の平均値を算出した。この結果、糞便試料(4A)から回収されたDNA中のGAPDH遺伝子量は、平均値が約160μg/μLであったのに対して、対照試料から回収されたDNA中のGAPDH遺伝子量は、平均値が約30μg/μLであった。
以上の結果から、本発明の糞便試料の調製方法、及び、本発明の核酸回収方法により、哺乳細胞由来の核酸を効率よく回収し得ることが明らかである。
超純水を用いて希釈することにより、0、10、20、30、40、50、60、70、80、90、100%のエタノール溶液をそれぞれ調製した。これらのエタノール溶液を、各5mLずつ15mLのポリプロピレンチューブにそれぞれ分注した。
これらのチューブに、健常人より採取した糞便0.5gをそれぞれ分取した後、37℃で48時間静置した。その後、各チューブを遠心分離処理し、上清を除去して得られた固形成分に、3mLのフェノール混合物「Trizol」(Invitorogen社製)を添加し、30秒以上ボモジナイザーで十分に混合した後、3mLのクロロホルムを添加し、12,000×gで10分間遠心分離処理を行った。該遠心分離処理により得た上清(水層)を新しいポリプロピレンチューブに回収した。その後、RNeasy midi kit(Qiagen社製)を用いて、回収された上清からRNAを回収した。
図3は、各濃度のエタノール溶液を用いて調製された糞便試料から回収されたRNA量を示した図である。この結果、糞便試料調製用溶液の有効成分としてエタノール等のアルコールを用いる場合には、アルコール濃度は30%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、50〜80%であることがさらに好ましく、60〜70%であることが特に好ましいことが明らかである。
(参考例)
健常人5名から採取した糞便をよく混合し、0.2gずつ2本の15mLのポリプロピレンチューブにそれぞれ分取した。このうち1本に対して、1mLの18%イソプロパノール含有32%変性エタノール溶液(totalアルコール溶液として50%)を加えてよく混合した後、25℃で1日静置した。該糞便試料を糞便試料(6A)とした。残りの1本は対照試料とし、分取後速やかに−80℃ディープフリーザーに回収した。
両糞便試料から、糞便からのDNA抽出キット「QIAamp DNA Stool Mini Kit」(Qiagen社製)を用いてDANを回収した。回収されたDNAの濃度を吸光度法により定量した結果、両糞便試料から、ほぼ同等量のDNAを回収することができた。
回収されたDNAを100ng用いて、K−ras遺伝子の変異解析キット「K−rasコドン12変異検出試薬」(湧永製薬社製)を用いて、付属のプロトコールに従い変異解析を行った。その結果、糞便試料(6A)から回収されたDNAの解析結果は、対照試料から回収されたDNAを用いた場合と同様に、6種類の変異遺伝子は全て陰性となった。
以上の結果から、本発明の糞便試料の調製方法、及び、本発明の核酸回収方法により回収された核酸を用いることにより、遺伝子変異等の高い正確性を要求される核酸解析であっても精度よく行えることが明らかである。また今回はイソプロパノールとエタノールを混合した変性エタノールを処理溶液として使用したが、アルコール濃度としては同じである、50%エタノール溶液を使用しても同等の結果が得られた。
(参考例)
健常人の糞便0.5gに対し、p16遺伝子のプロモーター領域にメチル化部位を持つヒト結腸がん由来株化細胞SW480細胞を5.0×10cells混合させたものを、大腸がん患者擬似糞便とし、該糞便を本発明の糞便試料の調製方法により糞便試料を調製した。
具体的には、糞便試料調製用溶液である5mLの70%エタノール溶液を予め分注した15mLのポリプロピレンチューブに、0.5gの該大腸がん患者擬似糞便を分取して、ボルテックスを用いて混合することにより、糞便試料(7A)を調製した。また、該擬似糞便に代えて、健常人の糞便0.5gを、5mLの70%エタノール溶液を予め分注した15mLのポリプロピレンチューブに分取して混合したものを対照試料とした。各試料からDNAを回収し、回収されたDNAに対して、p16遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化の検出を試みた。
各試料からのDNAの回収は、具体的には、次のようにして行った。まず、各試料を1,000×gで5分間遠心分離処理し、上清を除去し、沈殿(固形成分)を回収した。その後回収された沈殿から、DNeasy Blood and Tissue Kit(Qiagen社製)を用いてDANを回収した。回収したDNAをDNAメチル化検出キットであるCpGenome Fast DNA Modification Kit(CHEMICON社製)を用いて、bisulphite(重亜硫酸塩)処理を行い、引き続きCpGWizp16 Amplification Kit(CHEMICON社製)を用いて増幅を行い、増幅の有無をアガロースゲル電気泳動により確認した。各プロトコールは上記製品の標準プロトコールに従った。
その結果、対照試料からは検出されなかったが、糞便試料(7A)からはメチル化を検出することができた。
図1に示すような採便容器を用いて、糞便試料を調製し、核酸を回収した。該採便容器は、採便棒3と一体化した蓋2と、容器本体1を有し、内部に5mLの70%1−イソプロパノール溶液を含有する採便容器であり、採便棒3の先端には、直径3mmの穴を4個有する0.5mL容量のカップ3aがあるものである。
まず、採便棒3を用いてカップ3a’に約0.5gの糞便を採取し、該採便容器に入れて蓋2をした。すると、容器本体1の底の隆起部1aがカップ3a中の糞便を押し出して、カップ3aにある穴からところてんのように糞便が押し出され、溶液中に分散した。このようにして調製された糞便試料を糞便試料(8A)とした。
一方、糞便試料(8A)と同様に糞便と糞便試料調製用溶液の容量比が1:10となるように、5mLの70%1−イソプロパノール溶液を含有する15mLのポリプロピレンチューブに約0.5gの糞便を採取して静置したものを、対照試料とした。
糞便試料(8A)と対照試料を室温で一週間保存した後、実施例5と同様にしてRNAを回収した。この結果、糞便試料(8A)からは約210μgのRNAを、対照試料からは約150μgのRNAを、それぞれ回収することができた。図1に示すような採便容器を用いることにより、速やかに糞便試料調製用溶液中に糞便を分散させることができたため、より効率よく核酸を回収することができたと推察される。
図2に示すような採便容器を用いて、糞便試料を調製し、核酸を回収した。該採便容器は、先端が尖っており、0.5mL容量の穴13aを有する採便棒13と一体化した蓋12と、容器本体11を有し、容器本体11内部に、59%メタノール溶液を含有する密封された袋15を有する採便容器である。
まず、袋15内に5mLの59%メタノール溶液を含有している採便容器を用いて、図2の手順に従って約0.5gの糞便を採取し、59%メタノール溶液と混合させることにより糞便試料(9A)を調製した。一方、袋15内に0.5mLの59%メタノール溶液を含有している採便容器を用いた以外は糞便試料(9A)と同様にして、糞便試料(9B)を調製した。
糞便試料(9A)と糞便試料(9B)から、実施例5と同様にしてRNAを回収した。この結果、回収されたRNAは、糞便試料(9A)からは約120μg、糞便試料(9B)からは約80μgであり、いずれも従来法に比較して充分量のRNAを回収することができた。糞便試料(9A)の結果から、糞便に対して充分量の糞便試料調製用溶液を用いて糞便試料を調製することにより、より効率よく核酸を回収し得ることが明らかである。
一方で、糞便試料(9B)の結果からも明らかであるように、本発明の調製方法により、効率よく核酸を回収することができるため、採便用キットの軽量化、小型化を図ることが可能となる。
健常人1名より採取された糞便を、3本の15mLのポリプロピレンチューブにそれぞれ0.1gずつ分取し、このうち1本に対して、3mLの70%エタノールを加えて糞便をよく分散させ、得られた糞便試料を糞便試料(10A)とした。一方、残りの2本に対して、それぞれ2.4mLの「ISOGEN」(ニッポンジーン社製)を加えて糞便をよく分散させ、得られた糞便試料を、それぞれ比較試料(P1)、比較試料(P2)とした。なお、「ISOGEN」はフェノール(水に対する溶解度約10重量%)が40%含有されているフェノール含有物である。
このうち、比較試料(P1)に対して、糞便分散後、速やかにRNA回収を行った。具体的には、糞便試料を30秒以上ボモジナイザーで十分に混合した後、3mLのクロロホルムを添加し、12,000×gで10分間遠心分離処理を行った。該遠心分離処理により得た上清(水層)を新しいポリプロピレンチューブに回収した。その後、RNeasy midi kit(Qiagen社製)を用いて、回収された上清からRNAを回収した。
また、比較試料(P2)は、室温で5時間静置した後、比較試料(P1)と同様にして、RNA回収を行った。
一方、糞便試料(10A)は、比較試料(P2)と同様に室温で5時間静置した後、遠心分離処理を行って上清を除去した後、得られた沈殿(固形成分)に、2.4mLの「ISOGEN」を添加した後、比較試料(P1)と同様にして、RNA回収を行った。
回収されたRNAを、ナノドロップ(ナノドロップ社製)を用いて定量した。この結果、糞便試料調製直後にRNA回収を行った比較試料(P1)からは32μgのRNAを回収することができたが、5時間室温静置後に回収操作を行った比較試料(P2)からは14μgしか回収することができなかった。これに対して、糞便試料(10A)からは、5時間室温静置後に回収操作を行ったにもかかわらず、57μgという比較試料(P1)よりも大量のRNAを回収することができた。
これらの結果から、本発明の糞便試料調製用溶液を用いることにより、従来のフェノール溶液を用いた場合よりも、非常に効率よくRNAを回収し得ることが明らかである。
本発明の糞便試料の調製方法により、糞便試料中の核酸を効率よく回収し得る糞便試料を簡便に調製することができるため、特に糞便試料を用いた定期健診等の臨床検査等の分野において利用が可能である。

Claims (10)

  1. 被験者から採取された糞便を、水溶性有機溶媒を有効成分とする溶液に混合する工程、及び
    当該混合物から、腸内常在菌由来のRNAと腸内常在菌以外の生物由来のRNAとを同時に回収する工程、
    を含み、
    前記溶液中の前記水溶性有機溶媒の濃度が30%以上、100%以下であり、
    前記水溶性有機溶媒がエタノール、プロパノール、及びメタノールからなる群より選ばれる1以上であることを特徴とするRNA回収方法。
  2. 前記糞便と前記溶液の混合比率が、糞便容量1に対して当該溶液容量が1以上であることを特徴とする請求項1記載のRNA回収方法。
  3. 前記腸内常在菌以外の生物由来のRNAが、哺乳細胞由来のRNAであることを特徴とする請求項1又は2に記載のRNA回収方法。
  4. RNAを回収する工程が、
    (a)前記糞便試料中のタンパク質を変性させ、前記糞便試料中の腸内常在菌及び腸内常在菌以外の生物から、RNAを溶出させる工程、及び、
    (b)前記工程(a)において溶出させたRNAを回収する工程、
    を有することを特徴とする請求項1〜の何れか一項に記載のRNA回収方法。
  5. 前記工程(a)の後、前記工程(b)の前に、
    (c)前記工程(a)により変性させたタンパク質を除去する工程、
    を有することを特徴とする請求項に記載のRNA回収方法。
  6. 前記工程(a)におけるタンパク質の変性が、カオトロピック塩、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群より選ばれる1以上を用いて行われることを特徴とする請求項又はに記載のRNA回収方法。
  7. 前記有機溶媒がフェノールであることを特徴とする請求項記載のRNA回収方法。
  8. 前記工程(c)における変性させたタンパク質の除去が、クロロホルムを用いて行われることを特徴とする請求項の何れか一項に記載のRNA回収方法。
  9. 前記工程(b)におけるRNAの回収が、
    (b1)前記工程(a)において溶出させたRNAを無機支持体に吸着させる工程、及び、
    (b2)前記工程(b1)において吸着させたRNAを無機支持体から溶出させる工程、
    を有することを特徴とする請求項の何れか一項に記載のRNA回収方法。
  10. 前記工程(a)の前に、
    (d)前記糞便試料から固形成分を回収する工程、
    を有することを特徴とする請求項の何れか一項に記載のRNA回収方法。
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