以下本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
(第1実施形態)
図1は、ペンデュラム方式のエンジンマウント構造に本発明による振動低減装置の第1実施形態を適用した様子を示す概略斜視図である。
エンジン1は、エンジン回転の基本次数で不平衡慣性力が作用せず、主にエンジントルク変動の反力のみが作用するエンジンである。そのようなエンジンには、たとえば2次バランサ付き4気筒エンジンやV型6気筒エンジンがある。エンジン1はクランクシャフトが車両の左右方向に置かれた横置きタイプである。なお本実施形態では、車両右側がエンジンフロントである。
エンジン1から伝達する振動を低減する構造は、エンジン1を支持する構造の一部である。エンジン1は、重心よりも上の2箇所が右側エンジンマウント3と、左側エンジンマウント4と、によって支持される。右側エンジンマウント3は、車両右側からエンジン1を支持する。左側エンジンマウント4は、車両左側からエンジン1を支持する。このような支持方法がペンデュラム方式と呼ばれる。
ペンデュラム方式のエンジンマウント構造では、エンジン1が、運転中の回転慣性力によって2つのマウント点を結んだ軸の回りに傾く。この傾きを防止するために、上側ロッド11−1と、下側ロッド11−2と、が設けられる。上側ロッド11−1は、車両右上側に設けられ、一端がエンジン1に連結され、他端が車体2に連結される。上側ロッド11−1は、ロッド軸部111が水平に取り付けられる。下側ロッド11−2は、車両下側に設けられ、一端がエンジン1に連結され、他端が車体2に連結される。下側ロッド11−2も、ロッド軸部111が水平に取り付けられる。
2次バランサ付き4気筒エンジンやV型6気筒エンジンに対しては、エンジン回転の基本次数で不平衡慣性力が作用せず、主にエンジントルク変動の反力のみが作用する。したがって基本次数では、トルクを支持しているトルクロッドを介して車体に伝達する振動によって、車内音・車内振動が発生することを、本件発明者らが知見した。さらに、主に車両が加速するときに基本次数の高次数で構成される約1000Hzまでの車内音が乗員にとって問題となることを、本件発明者らが知見した。
そこで本発明者は、エンジン1から上側ロッド11−1及び下側ロッド11−2を介して車体に伝達する振動を低減するために、二重防振効果が得られる構成とした上で、さらに振動を低減可能な構造を追加した新たなトルクロッドアッセンブリーを提案する。
なお上側ロッド11−1及び下側ロッド11−2の基本構造は同一である。そこで以下では特に区別する必要がないときはロッド11として説明する。
(二重防振効果が得られる構成について)
図2は、二重防振効果が得られるトルクロッドを示す平面図である。
図2に示されるトルクロッド11でも、二重防振効果によって、ある程度の防振効果は期待できる。この点ついて説明する。
トルクロッド11は、ロッド軸部111の両端が大端部112及び小端部113である。
大端部112は、外筒112aと、内筒112bと、弾性体112cと、を含む。
外筒112aは、ロッド軸部111に溶接される。
内筒112bは、外筒112aと同心である。内筒112bは、図1に示されるようにボルト18が挿通されてエンジン1に固定される。
弾性体112cは、外筒112aと内筒112bとの間に介装される。弾性体112cは、たとえば弾性ゴムである。弾性体112cは、弾性のみならず減衰性をも合わせ持つ。
小端部113も基本構造は、大端部112と同じである。すなわち小端部113は、ロッド軸部111に溶接される外筒113aと、外筒112aと同心の内筒113bと、外筒112aと内筒112bとの間に介装される弾性体113cと、を含む。
本実施形態では、大端部112と小端部113とでは、外筒及び内筒の径が相違する。すなわち、小端部113の外筒113aの径は、大端部112の外筒112aの径よりも小さい。小端部113の内筒113bの径は、大端部112の内筒112bの径よりも小さい。さらに、小端部113の弾性体113cの剛性は、大端部112の弾性体112cの剛性よりも大きい。
上述のように、大端部外筒112a及び小端部外筒113aがロッド軸部111に溶接、すなわち剛体結合される。そこで以下では、ロッド軸部111に大端部外筒112a及び小端部外筒113aが溶接されたものを、適宜、ロッド剛体110と称する。
このようなトルクロッドには、図3に実線で示されるように、2つの共振点が現れる。
ひとつはエンジン剛体共振Aである。エンジン剛体とは、エンジンに大端部内筒112bを剛体結合したものである。エンジン剛体共振Aの共振周波数は、エンジン質量と、大端部弾性体112cの特性とで決まる。
もうひとつは、ロッド剛体共振Bである。ロッド剛体共振Bの共振周波数は、ロッド剛体110の質量、すなわちロッド軸部111と大端部外筒112aと小端部外筒113aの質量と、小端部弾性体113cの特性とで決まる。
一般的な車両用エンジンは、曲げ、捩りといった弾性の1次の共振周波数f3が280Hz〜350Hz程度である。そこで、エンジン剛体共振Aの共振周波数及びロッド剛体共振Bの共振周波数が、エンジンの曲げ、捩りの共振周波数(以下、エンジン弾性共振周波数という)f3よりも小さくなるように、大端部弾性体112cの特性と、ロッド軸部111と大端部外筒112aと小端部外筒113aの質量と、小端部弾性体113cの特性と、を設定する。
本実施形態では、図3に示されるように、エンジン剛体共振Aの共振周波数は、ほぼゼロに近い周波数f1[Hz]に調整される。ロッド剛体共振Bの共振周波数は、200Hzに近い周波数f2[Hz]に調整される。
このように調整されれば、エンジンの曲げ、捩りの共振振動(以下、エンジン弾性共振振動という)は、まず第1ブッシュで防止される。次に第2ブッシュで防止される。したがってエンジン弾性共振振動は、二重に防振されて、車体への伝達が抑制される。
このように、トルクロッド11であっても、二重防振効果によって、ある程度の防振効果が期待される。しかしながら、さらなる防振効果を得ることは難しい。この点ついて説明する。
トルクロッド11でさらなる防振効果を得るために、ロッド剛体共振Bを抑制することを考える。なおエンジン剛体共振Aは無視する。ロッド剛体共振Bを抑制するには、小端部弾性体113cの減衰項を増大させるとよい。
しかしながら、小端部弾性体113cの減衰項を増大させると、図3に破線で示されるように、ロッド剛体共振B付近では、伝達力が小さくなりロッド剛体共振Bそのものは抑制されるものの、高周波域では却って伝達力が大きくなり伝達特性が悪化する。
このメカニズムは以下である。
図4は、トルクロッド11の物理モデルを示すダイアグラムである。
図示のモデルから、ロッドについての運動方程式は、次式(1)になる。
また、ロッド11から車体2への入力Ftは、次式(2)になる。
トルクロッド11における車体2への伝達特性は、式(1)及び式(2)から、次式(3)で表される。
ロッド剛体共振B付近の周波数では、mrω2の絶対値とkrの絶対値が近づいて−mrω2とkrが相殺するので、車体2への伝達特性は、式(3)の右辺の分母の減衰係数crによることとなる。
したがって、減衰係数crを大きくすれば、図3に破線で示されるように、ロッド剛体共振B付近で、伝達力が下がりロッド剛体共振Bそのものは抑制される。
式(3)の右辺の分子は、小端部のロッド軸方向の剛性係数krと、小端部のロッド軸方向の減衰係数crとで決められる。通常の二重防振効果が得られる程度の減衰では、減衰係数crが小さく、剛性係数が支配的である。ところが、分母の減衰係数crを大きくしてロッド剛体共振Bを抑制しようとすると、分子の減衰係数crも連動する。そして図3に破線で示されるように、ロッド剛体共振Bの共振周波数f2を超える周波数域で車体2への伝達力が却って大きくなり、高周波域側での車体2への伝達特性が悪化する。
以上を踏まえて、図5を参照して本発明による振動低減装置の第1実施形態を説明する。なお図5は、車載状態のトルクロッドアッセンブリーを上方から見た平面図である。
振動低減装置100は、トルクロッドアッセンブリー10と、加速度センサ21と、コントローラ22と、電圧増幅回路23と、を含む。
トルクロッドアッセンブリー10は、トルクロッド11と、板バネ16と、慣性マス15と、アクチュエータ17と、を含む。トルクロッドアッセンブリー10は、一端がエンジン1に連結され、他端が車体2に連結される。トルクロッドアッセンブリー10は、ロッド軸部111が水平になるように取り付けられる。
トルクロッド11は、トルクロッド筐体19とトルクロッド軸部111を含む。トルクロッド筐体19は、一端に大端部112が、他端に小端部113がそれぞれ形成され、大端部112と小端部113の間に空隙を有する。トルクロッド軸部111は、板バネ16、慣性マス15及びアクチュエータ17が設けられた状態で、トルクロッド筐体19の空隙に、大端部112と小端部113を結ぶ線に沿うように圧入される。
板バネ16は、ロッド軸部111のエンジン側及び車体側に、2枚設けられる。板バネ16は、弾性部品である。板バネ16は、比較的剛性が小さい。
慣性マス15は、ロッド軸部111の周囲に設けられる。慣性マス15は、図1にも示されるように角筒型である。慣性マス15は、ロッド軸部111と同軸である。慣性マス15は、図5に示されるように、板バネ16の左右両端に固定される。慣性マス15の側壁の車体側端に、車体側の板バネが固定される。慣性マス15の側壁のエンジン側端に、エンジン側の板バネが固定される。すなわち板バネ16と慣性マス15との固定部分は、紙面手前から奥に延びる。すなわち重力方向と平行である。慣性マス15は、磁気を帯びた金属体である。慣性マス15の断面は、左右対称であるとともに、上下対称である。慣性マス15の重心は、ロッド11の中心に一致している。慣性マス15の内壁15aの一部は、アクチュエータ17の永久磁石17cに向けて凸である。
慣性マス15は、剛性が比較的小さい板バネ16で支持されるので、ロッド軸方向(図5の上下方向)の共振周波数は、10Hzから100Hzまでの低い範囲である。4気筒エンジンのアイドル回転速度2次の振動周波数は約20Hzであるので、慣性マス15の共振周波数が10Hzであれば、慣性マス15は、エンジン1の運転条件にかかわらず共振しない。しかしながら、慣性マス15の共振周波数が10Hzになるには、慣性マス15が非常に重くなる。慣性マス15を重くすることが困難な場合には、ロッド剛性共振B(本実施形態では200Hz)の約半分の周波数よりも、慣性マス15の共振周波数を低く設定すれば、互いの共振周波数が十分に離れ、後述するような振動伝達が十分に抑制される。ただし、ロッド剛性共振Bの周波数が慣性マス15の共振周波数の整数倍、または整数分の1倍にならないようにする。こうすれば、エンジンの低次と高次の加振力が、それぞれ慣性マス共振とロッド剛体共振を同時に励起することがなくなるので、異音が発生し難くなる。
アクチュエータ17は、慣性マス15をロッド軸方向(図5の上下方向)に往復動させる直線運動型のアクチュエータである。アクチュエータ17は、後述のように電圧増幅回路23で増幅され逆符号とされた信号に基づいて力を発生する。これによって、制御対象であるロッド11の減衰を増大する速度フィードバック制御が行われる。
アクチュエータ17は、慣性マス15とトルクロッド軸部111との間の空間に設けられる。アクチュエータ17は、コア17aと、コイル17bと、永久磁石17cとを含む。
コア17aは、角筒形状である。コア17aは、トルクロッド軸部111に固定される。コア17aは、複数の積層鋼鈑で構成される。コア17aは、コイル17bの磁路を構成する。コア17aは、鋼鈑がトルクロッド軸部111の周囲に接着剤で固定されて、全体として角筒形状のコア17aになる。コイル17bは、コア17aに巻装される。永久磁石17cは、コア17aの外周面に設けられる。
アクチュエータ17は、このような構成であるので、コイル17bと永久磁石17cとが発生する磁界によるリアクタンストルクによって、慣性マス15をロッド軸方向に往復動する。
加速度センサ21は、トルクロッド11の軸方向の振動の加速度を検出する。加速度センサ21は、トルクロッド11の側面に取り付けられる。
コントローラ22は、加速度センサ21から入力する信号のうち、所定の周波数の信号を通過させ、それ以外の周波数の信号をカットするフィルター機能を有する。具体的には、コントローラ22は、少なくともロッド剛体共振Bの共振周波数f2を含み、防振域の下限周波数f5を通過させる。なお防振域の下限周波数とは、伝達率が1倍となる周波数であり、具体的にはロッド剛体共振Bの共振周波数f2に対して所定値(21/2)を乗じて求まる周波数である。さらに望ましくは、コントローラ22は、制御が発散しない上限(たとえば400Hz)までの信号を通過させる。換言すれば、コントローラ22は、制御が発散しない上限(たとえば400Hz)を超える周波数の信号は通過させない。
またコントローラ22は、慣性マス15のロッド軸方向の共振周波数以上の周波数を通過させるフィルター機能を有する。換言すれば、コントローラ22は、慣性マス15のロッド軸方向の共振周波数よりも低い周波数を通過させない。なお慣性マス15のロッド軸方向の共振周波数は、慣性マス15の質量や板バネ16の剛性によって決まり、10Hzから100Hz程度である。なお上述のように、4気筒エンジンのアイドル回転速度2次の振動周波数は約20Hzであるので、慣性マス15のロッド軸方向の共振周波数を20Hzにすると連成する可能性がある。そこで連成を避けるようにコントローラ22の通過周波数を設定することがさらに望ましい。
このようにするので、本発明では、余計な周波数では制御しない。したがって制御安定性が高まるとともに、余分な電力消費を抑えつつ狙いの周波数範囲で確実に伝達力を抑制することができる。
電圧増幅回路23は、コントローラ22から入力する信号を増幅する。すなわち電圧増幅回路23は、加速度センサ21によって検出された振動のロッド軸方向速度を増幅する。そして電圧増幅回路23は、アクチュエータ17のコイル17bに印加して、電圧制御を行なう。電圧増幅回路23は、たとえばオペアンプである。
これについてさらに説明する。
図6は、電圧増幅回路23とアクチュエータ17とを機能的に表現したブロックダイアグラムである。
ロッド11の軸方向加速度d2xr/dt2は、加速度センサ21によって検出される。
電圧増幅回路23は、軸方向加速度d2xr/dt2に対して、コントローラ22で決定したゲイン−G及び係数Kを乗算して−K・G・d2xr/dt2を出力する。
アクチュエータ17では、コイル17bが積分器として作用する。そのためアクチュエータ17は、−K・G・d2xr/dt2を出力する。この結果、アクチュエータ17の発生する力Faは、dxr/dtに比例し、向きが加速度とは逆になる。つまり、制御対象であるトルクロッド11の減衰を増大する速度フィードバック制御が行われる。
図7は、大端部112にエンジン剛体共振Aが生じているときの大端部112の外筒112aの変形を拡大したダイアグラムである。
エンジン剛体共振Aの共振周波数f1は、上述のようにゼロに近い。この場合は、大端部外筒112aが大きく変形する。トルクロッド11の振動が大端部外筒112aの振動と一致しない。
図8は、トルクロッドアッセンブリーの物理モデルを示すダイアグラムである。
本発明では、ロッド剛体共振Bを抑制することを考え、エンジン剛体共振Aは無視する。また慣性マス15の実際の取付点は、図5においてはC点、D点の2箇所であるが、図8の物理モデルでは、C点とD点とを平均した位置であるE点を「慣性マス15の取り付け点」として扱う。
図示のモデルから、トルクロッド11についての運動方程式は、次式(4)になる。
また、ロッド11から車体2への入力Ftは、次式(5)になる。
また本実施形態では、アクチュエータ17は、次式(6)で表される力Faを発生する。
式(6)から判るように、アクチュエータ発生力Faは、トルクロッド11の軸方向変位xrの一階微分値、すなわちトルクロッド11の軸方向速度に比例する。
式(4)に式(6)を代入すると、次式(7)が得られる。
式(7)から、トルクロッド11の減衰項がcrからcr+Gに増大することが判る。
このように本実施形態によれば、二重防振効果が得られるトルクロッド11に対して、慣性マス15及びアクチュエータ17を追加したトルクロッドアッセンブリー10を用いる。そしてコントローラ22及び電圧増幅回路23によって速度フィードバック制御する。このときの車体2への伝達特性は、式(5)及び式(7)から次式(8)になる。
式(8)では、右辺の分母の減衰項の係数は、cr+Gとなる一方で、右辺の分子の減衰項の係数はcrであって変化しないので、分母の減衰係数の増大の影響を受けない。
このようにすることで、大端部112を介して伝達する、エンジン1からの入力Feにのみ影響するように、減衰係数を増大させることができ、伝達力が低下する。
したがって、このようにすることで、図9に一点鎖線で示したように、ロッド剛体共振Bを抑制できるとともに、ロッド剛体共振Bの共振周波数f2を超える周波数域でも防振効果を得ることができる。
なお小端部のロッド軸方向減衰係数crは、通常の二重防振効果が得られる程度、すなわち、ロッド剛体共振Bよりも高い周波数域で伝達力を十分に抑制できる程度の値である。
また、コントローラ22を通過した周波数範囲において、ロッド剛体共振Bの減衰が向上できている。このようにゲインGは、ロッド剛体共振Bの周波数付近の伝達力を十分に低下させる。言い換えるとロッド剛体共振Bによる伝達力が増大しなくなる程度の値に設定される。
図10は、エンジン回転速度が3000rpmの条件でアクセルペダルを一杯まで踏み込んで加速したときの200Hzから1000Hzまでの車内音の合計の騒音レベルを示すダイアグラムである。
図10を見ると、本実施形態の構成によれば、二重防振の効果が得られるだけの比較形態よりも騒音レベルを低下できていることが判る。
以上は、主にエンジン1から車体2に伝達される中周波域から高周波域にかけての振動を低減することを考えたものであった。
次は、さらにエンジン1から車体2に伝達される低周波域の振動を低減することを考える。そのような振動は、こもり音として伝達される。
こもり音は、エンジン回転の基本次数に基づくエンジン振動によって発生する。4気筒エンジンの基本次数は、回転2次である。6気筒エンジンの基本次数は、回転3次である。
こもり音に対しては、以下のように対策する。たとえば直列4気筒エンジンでは、エンジン回転速度ごとに図11に例示するマップを用意する。そしてエンジン回転速度でこのマップを検索して振幅の大きさと位相を求める。そして次式(9)によって、エンジン回転速度に最適な加振力を設定する。
そして式(6)のアクチュエータ17の発生力Faに対して、式(9)の加振力Fを加える。
このように、アクチュエータ17の発生力Faに対して、式(9)の加振力Fを追加することで、図12に示したように、直列4気筒エンジンにおいてエンジン回転速度が低い場合に、アクチュエータ17の発生力Faに対して、式(9)の加振力Fを追加しない比較形態に比べて、こもり音(車内音)を低減できる。
このようにして、本実施形態の振動低減装置によれば、低周波域でのこもり音から、加速時の騒音までを大幅に低減することができることになった。
ここで、上述した振動低減装置の作用効果を説明する。
本実施形態によれば、ロッド11は、ロッド剛体の共振周波数がエンジン弾性共振振動周波数よりも低く、またアクチュエータ17によって、ロッド11の軸方向速度に比例した力を発生して、慣性マス15をロッドの軸方向に往復動させるので、小端部113の弾性体113cの減衰特性を維持したままでロッド11の減衰を増大することが可能となり、ロッド軸方向のロッド剛体共振Bの抑制と、二重防振とを両立できる。
また本実施形態によれば、フィルターによって、ロッドの軸方向の加速度信号(又は速度信号)のうち、少なくともロッド剛体共振の共振周波数を含む所定の周波数範囲の信号を通過させるがその範囲から外れる信号を通過させない。そしてフィルターを通過した信号に基づいてロッドの軸方向速度に比例した力を、アクチュエータが発生する。このようにしたので、余分な周波数での制御を行なわないようにして、制御安定性を高めるとともに、余分な電力消費を抑えつつロッド剛体共振周波数f2付近の伝達力を抑制できる。
さらに本実施形態によれば、所定の周波数範囲は、ロッド剛体共振Bの周波数f2よりも高周波数側に存在する防振域(図5に示す周波数f5以上の周波数範囲)の周波数を含むので、ロッド剛体共振周波数f2から防振域に至る周波数範囲で伝達力を抑制できる。
さらにまた本実施形態によれば、所定の周波数範囲は、ロッド剛体共振Bの共振周波数f2よりも低周波数側に存在する、慣性マス15のロッド軸方向共振周波数を含むので、高い周波数の局所的に変形する共振を制御しないため、制御の安定性を向上できる。
また本実施形態によれば、弾性部品(板バネ16)は、慣性マス15の共振周波数がロッド剛体共振周波数f2の1/2よりも小さくなるように弾性係数が定められるので、慣性マス15の共振周波数をロッド剛体共振周波数f2から十分に離すことができる。
さらに本実施形態によれば、ロッド剛体は、ロッド軸部111と、エンジン取付部(大端部112)の構成部品であってロッド軸部の一端に固設される外筒112aと、車体取付部(小端部113)の構成部品であってロッド軸部の他端に固設される外筒113aと、を含み、ロッド剛体の共振周波数がエンジン弾性共振振動よりも低くなるように、ロッド剛体の質量、及び、車体取付部の構成部品であって車体取付部外筒の内側に設けられる弾性体113cの特性が設定されているので、内外筒ブッシュ構造において二重防振に適したロッド剛体共振周波数f2を設定できる。
また本実施形態によれば、ペンデュラム方式でマウントされるエンジン1に取り付けられるので、主に入力が入る伝達経路で制御できるため、大きな振動・騒音低減効果が得られる。
さらに本実施形態によれば、減衰低減装置100は、トルクロッド軸部111が水平に車載される。したがってアクチュエータ17が慣性マス15を動かすときに、重力の影響を避けることができる。また板バネ16と慣性マス15との固定部分は、重力方向と平行である。これによっても、アクチュエータ17が慣性マス15を動かすときに、重力の影響を避けることができる。
ところで、トルクロッドを介して車体に伝達する振動によって発生する車内音・車内振動を抑制するため、軸方向のロッド剛体共振周波数f2をエンジン弾性共振周波数以下にしている。そして、ロッド剛体共振Bについては、トルクロッド軸部111に配置したアクチュエータ17によって共振レベルを抑制している。
本実施形態では、軸方向のロッド剛体共振周波数f2をエンジン弾性共振周波数以下にするために、小端部113の剛性を低下させている。小端部113の剛性が低くなると、エンジンのトルク変動の反力によって生じるエンジンを傾かせようとするトルクに抗してエンジンを支持するときの、トルクロッド11の変位は大きくなる。また、小端部113の剛性を低くすると、ロッド剛体共振Bの減衰制御時に慣性マス15の共振特性が増大する。このため、小端部113の剛性を低くすると、エンジン始動時及び停止時に、共振周波数における慣性マス15の変位が大幅に増大し、その結果、慣性マス15がトルクロッド筐体19に衝突して異音を発生するおそれがある。
剛体共振及び慣性マス15のそれぞれの振動振幅は、エンジン回転の基本次数、つまり直列4気筒エンジンであれば2次の加振力周波数が慣性マス15の共振周波数以上の場合には、式(10)、(11)のように表される。なお、定常運転のような通常の運転状態は、式(10)、(11)で表される。
剛体共振の振動振幅=ξ×エンジン加振力−制御量・・・(10)
慣性マスの振動振幅=制御量・・・(11)
なお、ξは係数である。
一方、エンジン回転の基本次数の加振力周波数が慣性マス15の共振周波数より低い場合には、式(12)、(13)のように表される。
剛体共振の振動振幅=ξ×エンジン加振力+η×外乱−制御量・・・(12)
慣性マスの振動振幅=α×エンジン加振力+β×外乱+制御量・・・(13)
なお、η、α、βはいずれも係数である。
すなわち、慣性マス15の振動振幅は、通常運転状態であれば式(11)に示すように制御量と一致する。しかし、エンジン回転の基本次数の加振力周波数が慣性マス15の共振周波数より低くなると、式(13)に示すようにエンジン加振力と外乱の影響を受けて、振動振幅が増大し得る。なお、外乱とは、エンジンの停止、始動時のスタータモータ駆動、及び始動時の初爆等を含む。
そこで、小端部113の剛性を低下させても、慣性マス15がトルクロッド筐体19に衝突することを防止するために、以下に説明する制御ルーチンを実行する。
図13は、慣性マス15がトルクロッド筐体19に衝突することを防止するために、コントローラ22が実行する制御ルーチンを示すフローチャートである。本ルーチンは、一定間隔、例えば10ミリ秒間隔、で繰り返し実行される。
ステップS100で、コントローラ22はセンサ21で検出した加速度を読み込む。
ステップS110で、コントローラ22はクランク角センサの検出値に基づいてエンジン回転速度を算出し、これを読み込む。
ステップS120で、コントローラ22はエンジン回転速度が所定値以上であるか否かを判定する。所定値以上の場合は、ステップS140の処理を実行する。所定値より低い場合は、ステップS130の処理を実行する。
ここで用いる所定値は、エンジン回転の基本次数の加振力周波数が、慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度である。以下、このエンジン回転速度を、単に慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度という。
ステップS130で、コントローラ22はゲインをゼロに設定する。
ステップS140で、コントローラ22は予め設定したゲイン又はステップS130で設定したゲインを用いて、電圧増幅回路23で加速度信号を増幅し、増幅した加速度でアクチュエータ17を駆動する。
このようにして、コントローラ22は、エンジン回転速度がエンジン回転の基本次数の加振力周波数と前記慣性マスの共振周波数とが一致するエンジン回転速度の場合に、エンジン回転速度がエンジン回転の基本次数の加振力周波数と前記慣性マスの共振周波数とが一致しないエンジン回転速度の場合に比べて、ロッド11の軸方向変位の速度に対するアクチュエータ17が発生する力の割合を低下させる。
図14は、例えばアイドルストップ制御時のように、エンジン回転速度が徐々に低下してエンジン停止し、一定時間経過後エンジン再始動する状況で上記制御ルーチンを実行したときのエンジン回転速度及びゲイン指令値の変化を示すタイムチャートである。具体的には、エンジン回転速度が徐々に低下して、t1で慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度まで低下し、t2でエンジン回転速度がゼロになってエンジン停止する。その後、t3までエンジン停止状態を継続し、t3でエンジン再始動してエンジン回転速度が上昇し始める。そしてt4で慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度まで上昇し、その後もエンジン回転速度は上昇する状況である。
上述した制御ルーチンによれば、コントローラ22は、エンジン回転速度が慣性マス15の共振周波数より低い場合には、剛体共振を制御しない。したがって、t1からt4まではゲインがゼロになる。
剛体共振の制御をしなくても、外乱による入力が小さい場合には、二重防振効果により剛体共振の振動振幅は抑制される。また、ゲインを小さくすることで慣性マス15の振動振幅の増幅率が低下するので、慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度より高いエンジン回転速度でゲインを小さくすることで、慣性マス15がトルクロッド筐体19に衝突することを防止できる。
なお、図14では、ゲイン指令値はt1より早くゼロになり、t4より遅くまでゼロのままである。すなわち、図14のタイムチャートは、図13のステップS120の判定に用いる所定値が慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度よりも大きい場合について示していることになる。このように、ステップS120で用いる所定値を、慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度より高くしてもよい。慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度となったときに、慣性マス15の振幅が共振によって増大してトルクロッド筐体19に衝突することを確実に防止できればよいからである。
また、ステップS130でゲインを低減する際に、加速度センサ21のセンサ出力が基準出力以下になるように、エンジン回転速度を変化させてもよい。
すなわち、慣性マス15の共振周波数に一致するエンジン回転速度付近に滞在する時間を短縮するように、エンジン回転速度の上昇または下降速度を速めるようにしてもよい。なお、エンジン回転速度を変化させるには、例えば、自動変速機の変速比変更やロックアップクラッチのオン・オフ制御等を行えばよい。
これにより、エンジン回転速度が慣性マス15の共振周波数に一致するエンジン回転速度付近に滞在する時間を短縮することができ、結果として異音の発生を抑制することができる。
図15は、本制御ルーチンを実行した場合の慣性マス15の振動振幅について示した図である。横軸は時間、縦軸は慣性マス15の変位である。図中の「衝突領域」は、慣性マス15とトルクロッド筐体19とが衝突する領域である。図中の実線は、本制御ルーチンを実行した場合を示す。図中の破線は、比較のため本制御ルーチンを実行しない場合について示したものである。
本制御ルーチンを実行しない場合には、慣性マス15の振動振幅は徐々に大きくなり、やがて衝突領域に突入している。これに対して、本制御ルーチンを実行すると、慣性マス15の変位の増大は抑制され、衝突領域に突入することはない。
なお、図13のステップS130でゲインをゼロにせず、所定の大きさに低減するようにしてもよい。つまり、図16に示すように、t1からt4までの期間は、ゲインを低減して剛体共振を制御するようにしてもよい。外乱入力が大きい場合に特に有効である。
以上のように、本実施形態によれば次の効果が得られる。
(1)コントローラ22は、少なくとも、エンジン回転速度がエンジン回転の基本次数の加振力周波数と慣性マスの共振周波数とが一致するエンジン回転速度の場合には、ゲインを低下させるので、この共振周波数における慣性マスの変位増大を抑制でき、慣性マスがロッドに衝突することを防止できる。
(2)ロッド11の軸方向の剛体共振周波数が、慣性マス15の共振周波数の整数倍又は整数分の1にならないよう設定されているので、エンジンの低次と高次の加振力が、それぞれ慣性マス共振とロッド剛体共振を同時に励起することがなくなり、異音の発生を防止できる。
(3)コントローラ22は、エンジン回転の基本次数の加振力周波数と慣性マス15の共振周波数とが一致するエンジン回転速度では、エンジン回転速度を上昇または下降させる。これにより、エンジン回転速度が慣性マス15の共振周波数に一致するエンジン回転速度付近に滞在する時間を短縮することができ、結果として異音の発生を抑制することができる。
(第2実施形態)
本実施形態は、慣性マス15がトルクロッド筐体19に衝突することを防止するための制御ルーチンの一部が第1実施形態と異なる。
図17は、第2実施形態の制御ルーチンを示すフローチャートである。本ルーチンは、一定間隔、例えば10ミリ秒間隔、で繰り返し実行される。
ステップS200及びステップS210は図13のステップS100及びステップS110と同様なので説明を省略する。
ステップS220で、コントローラ22はエンジン回転速度が所定値であるか否かを判定する。所定値の場合は、ステップS230の処理を実行する。所定でない場合は、ステップS240の処理を実行する。
ここで用いる所定値は、上述した慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度である。
ステップS230で、コントローラ22はゲインをゼロにする。
ステップS240で、コントローラ22はエンジン回転速度が所定値より高いか否かを判定する。所定値以上の場合は、ステップS260の処理を実行する。所定値より低い場合は、ステップS250の処理を実行する。ここで用いる所定値は上述した慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度である。
ステップS250で、コントローラ22はゲインを低減させる。低減量については後述する。
ステップS260で、コントローラ22は電圧増幅回路23でゲインを用いて加速度信号を増幅し、増幅した加速度でアクチュエータ17を駆動する。
図18、図19は、本制御ルーチンを実行した場合について、図14と同様に示したタイムチャートである。なお、図18と図19の違いは、ステップS250で設定するゲインの大きさであり、図18の方がゲインの低減量が小さい。
上述した制御ルーチンでは、慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度でのみゲインをゼロにし、慣性マス15の共振周波数より低くなるエンジン回転速度では、ゲインを通常運転時より低減させている。
このようにして、コントローラ22は、エンジン回転速度がエンジン回転の基本次数の加振力周波数と前記慣性マスの共振周波数とが一致するエンジン回転速度の場合に、エンジン回転速度がエンジン回転の基本次数の加振力周波数と前記慣性マスの共振周波数とが一致しないエンジン回転速度の場合に比べて、ロッド11の軸方向変位の速度に対するアクチュエータ17が発生する力の割合を低下させる。
図18に示すように、慣性マス15の共振周波数より低くなるエンジン回転速度におけるゲインの低減量を相対的に小さくすると、剛体共振の制御量はゲインを大幅に低減した場合よりも大きくなるので、外乱入力が大きい場合に特に有効である。
一方、図19に示すように、慣性マス15の共振周波数より低くなるエンジン回転速度におけるゲインの低減量を相対的に大きくすると、剛体共振の制御量も相対的に小さくなるので、t1からt4までの期間中の消費電力を低減することができる。
したがって、図17のステップS250におけるゲインの低減量は、外乱入力に対する耐性と消費電力のいずれを優先するか、また適用するエンジンシステムに応じて設定する。
以上のように、慣性マス15の共振周波数より低くなるエンジン回転速度におけるゲインの低減量を相対的に小さくするので、第1実施形態と同様の効果に加え、外乱入力が大きい場合に剛体共振を抑制できる、または消費電力を低減できる、という効果が得られる。
(第3実施形態)
本実施形態は、慣性マス15がトルクロッド筐体19に衝突することを防止するための制御ルーチンの一部が第1実施形態、第2実施形態と異なる。
図20は、第3実施形態の制御ルーチンを示すフローチャートである。本ルーチンは、一定間隔、例えば10ミリ秒間隔、で繰り返し実行される。
ステップS300及びステップS310は図13のステップS100及びステップS110と同様なので説明を省略する。
ステップS320で、コントローラ22は図13のステップS120と同様に、エンジン回転速度が所定値以上であるか否かを判定する。所定値以上の場合は、ステップS360の処理を実行する。所定値より低い場合は、ステップS330の処理を実行する。ここでの所定値は、図13のステップS120と同様に慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度である。
ステップS330で、コントローラ22はゲインをゼロにする。
ステップS340で、コントローラ22は外乱入力の有無を判定し、外乱入力がある場合はステップS350の処理を実行し、ない場合はステップS360の処理を実行する。ここでの外乱とは、エンジン停止時に発生する振動、エンジン始動時のスタータモータ駆動に伴う振動、及び始動時の初爆による振動を含む。なお、自動変速機のロックアップクラッチのオン、オフに起因する振動を含めてもよい。
ステップS350で、コントローラ22はゲインを所定値、例えば、通常運転時の半分程度の大きさに設定する。
ステップS360で、コントローラ22は、電圧増幅回路23でゲインを用いて加速度信号を増幅し、増幅した加速度でアクチュエータ17を駆動する。
上記のように、本制御ルーチンは、慣性マス15の共振周波数と一致するエンジン回転速度より低い場合には、原則として剛体共振を制御しないが、外乱が入力される場合にはゲインを低減して剛体共振の制御を行うものである。
図21は、本制御ルーチンを実行した場合について、図14と同様に示したタイムチャートである。
t1でエンジン回転速度が慣性マス15の共振周波数と一致する回転速度より低くなったらゲインがゼロになり、再びエンジン回転速度が慣性マス15の共振周波数と一致する回転速度より高くなるt4までの間は、原則としてゲインはゼロのままである。ただし、エンジンが停止するt2、スタータモータによりエンジン始動するt3、及び初爆が起こるt3.5では、通常運転時の半分の大きさのゲインとなっている。このように、原則として剛体共振を制御しないが、外乱入力がある場合だけゲインを小さくして剛体共振を制御することで、消費電力を低減しつつ外乱入力に対する強さを確保することができる。
以上のように、本実施形態では、慣性マス15の共振周波数より低くなるエンジン回転速度では原則としてゲインをゼロにし、外乱入力がある場合にのみ通常運転時より低下させたゲインとする。これにより、第1実施形態と同様の効果に加え、さらに外乱入力に対する強さを確保することができるという効果が得られる。
なお、本発明は上記の実施の形態に限定されるわけではなく、特許請求の範囲に記載の技術的思想の範囲内で様々な変更を成し得ることは言うまでもない。