アルミニウムに電気化学的な陽極酸化処理を施した際、アルミナ皮膜が表面に形成される。このアルミナ皮膜の内、多孔質組織(一般的には、基板表面に膜を成長させるときに、基板に対して垂直に形成される直立孔で構成されている)を有するものはアルマイトと呼ばれ、耐食性や耐摩耗性の向上、また様々な着色による装飾を目的とした、純アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面処理技術の一つとして周知である。
陽極酸化アルミナ皮膜の厚さは、処理時間の経過とともに一定値を示すようになる。これは、生成した陽極酸化アルミナ皮膜が化学的溶解作用を受けて、陽極酸化アルミナ皮膜の成長速度と化学的溶解速度とがバランスするためである。この化学的溶解速度が制御因子の一つである処理温度に依存することは重要である。つまり、陽極酸化処理時の電圧や電流密度に応じて処理物に発生するジュール熱による温度上昇が、陽極酸化アルミナ皮膜の化学的溶解速度に大きく影響するからである。したがって、一定温度の処理槽中で陽極酸化処理を行なった場合、このジュール熱の一部は処理物表面を介して除熱されるため、処理物表面から十分離れている処理液の温度はほぼ上記一定温度に維持されるが、処理物表面近傍の処理液温度は高くなる。そして、この処理液温度の上昇により、陽極酸化開始直後から陽極酸化アルミナ皮膜は定常的な化学的溶解作用を受ける。
したがって、より厚い陽極酸化アルミナ皮膜を得るには、陽極酸化処理時間ts以内に化学的溶解速度よりも相対的にできるだけ高速で陽極酸化アルミナ皮膜を生成させればよいことになる。その方法としては、化学的溶解速度を小さくする、もしくは陽極酸化アルミナ皮膜生成速度を大きくする、または、両者を組み合わせることで対処できる。ところで、一定温度のもとで陽極酸化を高速で行なうためには、ファラデーの電気分解の法則に則り、高電流密度で陽極酸化する必要がある。
しかし、皮膜成長高速化のために高い電流密度で陽極酸化を行なうと、焼けと呼ばれる局部的な電流集中現象を引き起こしやすくなる。この焼け現象が発生すると、陽極酸化アルミナ皮膜厚さの不均一化や、組織異常、陽極酸化アルミナ皮膜の部分的に焼けたような外観不良を招来するため、被処理物は不良品となる。このため、工業的には適用できる電流密度には制限があり、陽極酸化の高速化には限界があることになる。つまり、陽極酸化によって形成されうる皮膜の厚さにはある限界(限界膜厚)があることになる。
従来、焼け現象を回避する技術についての検討が進められている(たとえば、特許文献1参照)。特許文献1では、電解電流密度と焼けの発生する酸化被膜との関係式が報告されており、陽極酸化時の焼け現象は電解電流密度が大きいほど薄い膜厚で発生することになる。さらに特許文献1では、上記関係式から導かれる電解電流密度と電解時間との関係(焼け発生曲線)に基づいた、焼け発生防止を考慮した高速陽極酸化法(星野法)が提案されている。
特許文献1で提案された焼け発生曲線を根拠に、従来、限界膜厚について理論的解析および実験的検討がされている(たとえば非特許文献1参照)。非特許文献1によると、硫酸を電解液として(硫酸浴処理)アルミニウムを陽極酸化した場合の限界膜厚dlは、理論解析上以下の式で表される。
dl=SBs{1+3ki0 3/2(ts−t0)/SBs}/i0 1/2
ここで、Sは安全係数、Bsは焼け定数、kは陽極酸化アルミナ皮膜の生成定数、i0は初期電流密度、t0は初期定電流電解時間である。焼け定数Bsは電解液の温度や濃度、アルミニウムの材質により決まる定数である。
非特許文献1によると、上式から求められる理論値と実験結果とを比較すると、陽極酸化開始当初には皮膜厚さはほぼ理論値に沿って増加するが、時間経過とともに理論値と実験値との差は大きくなることが示されている。この場合、陽極酸化アルミナ皮膜表面に細かい繊維の束のようなもの(粉ふき)が生成する、粉ふき現象が起こっている。また、最大膜厚に達する時間が、皮膜溶解時間tsの理論値よりも短くなっている。これは、陽極酸化時に発生するジュール熱のために、試験片の温度が上昇したためと考えられている。
そのため、実際に得られる陽極酸化アルミナ皮膜の厚さは、理論値の7割程度に留まることが、非特許文献1に報告されている。たとえば硫酸を電解液とし、電解液の温度を20℃とすると、陽極酸化アルミナ皮膜の厚さの理論値は280μmであるのに対し、実際に得られた厚さは高々230μmである。
また特許文献1では、星野法により、高速で厚さ200μmの皮膜を得た実施例が報告されている。また、上記星野法の工業的な実用化が提案されており(たとえば特許文献2参照)、具体的には、被処理物への噴出ノズルを用いた電解浴循環垂直方向噴出、初期電流密度の低減制御を適用した高速陽極酸化方法が、主に短時間厚膜作製法として、提案されている。しかしながら、特許文献2では、高々厚さ50μmの皮膜を得た実施例が報告されているのみである。
一方、厚い陽極酸化アルミナ皮膜の形成に関し、従来いくつかの検討がなされている(たとえば、特許文献3、非特許文献2および非特許文献3参照)。
特許文献3では、硫酸に硫酸ニッケルを含む処理液を用いて、処理電圧100〜200Vである高圧の電圧を負荷して、アルミニウム材料の表面に、300〜500μmの皮膜形成が可能な表面処理方法が提案されている。また、硬度、耐熱性、耐磨耗性、抗菌性などの特性が報告されているが、これら特性の確認試験の際には、研磨により被膜を100μm以下とした試料が使用されている。なお、直立孔に関する詳細な情報(たとえば、孔径、組織の均一性、直立性など)は開示されていない。
非特許文献2では、硫酸液中でアルミニウムのパイプ内面を水冷却する特殊な方法により厚さ300μmの硬質アルマイト皮膜が形成された、との1904年の報告例が述べられているが、形成された皮膜は平板状ではない。また、蓚酸液中での定電流法により、最大厚さ670μmの硬質アルマイト皮膜を得た実験結果が記載されている。但し、触液時間の長さからくる再溶解、局部電流集中による焼け現象のために、実用可能な良好組織としての限界膜厚は400μm位と記載されている。なお、直立孔に関する詳細な情報(たとえば、孔径、組織の均一性、直立性など)は開示されていない。
非特許文献3では、蓚酸液中での100V定電圧電解によって作製した、厚さ約2mmの陽極酸化アルミナ皮膜が紹介されている。皮膜成長に伴い、エッジ部分に大亀裂が発生することや、膜厚の平均成長速度は2.5μm/hrと非常に小さいことが報告されている。なお、直立孔に関する詳細な情報(たとえば、孔径、組織の均一性、直立性など)は開示されていない。
特公昭60−23196号公報
特開平11−236696号公報
国際公開WO2004/067807号パンフレット
星野重夫「Al表面皮膜はどこまで厚くなるか(その限界を探る)」、ARSコンファレンス講演予稿集Vol.2(1985)、p.13-18
冨田節夫「アルマイト皮膜はどこまで厚いものが出来るか」、ARSコンファレンス講演予稿集Vol.3(1986)、p.46-48
益田秀樹、馬場宣良「シュウ酸アルマイトの厚膜化 2mmの厚膜作成」、ARSコンファレンス講演予稿集Vol.9(1992)、p.70
従来の技術常識として、上記限界膜厚dlに係る理論に基づき、限界膜厚を超えた陽極酸化アルミナ皮膜の厚膜化は簡単にできないと考えられていた。従来、硫酸系処理液を用いて陽極酸化アルミナ皮膜を形成すれば、高アスペクト比の直立孔の形成を狙う上で有効な直径の小さい直立孔を形成できる、と考えられていた。しかしながら、硫酸系処理液を用いて形成する陽極酸化アルミナ皮膜の膜厚では、下地アルミニウムを除去できたとしても自立膜としての膜厚は高々230μmであり、たとえば部分切断するにも特殊設備が必要となり後加工が困難であるなど、取扱いが難しい。そのため、従来技術には、硫酸系処理液を用いた陽極酸化アルミナの自立膜についての言及はされていない。
なお、上記のアスペクト比とは、一般に長辺の短辺に対する比をいうが、ここではアルミナ皮膜厚みと直立孔の直径との比をいう。また、陽極酸化アルミナ自立膜とは、支持体(特に下地アルミニウム)を除去した、支持体なしで形を保持し取り扱うことのできるアルミナ単独皮膜であって、膜厚230μm、より好ましくは300μm以上であり、100MPa以上の曲げ強度および400以上のHv硬度を有するものをいう。
前述の如く、陽極酸化アルミナ皮膜の膜厚は、原理的にファラデーの電気分解の法則にしたがって、反応量、すなわち、総クーロン量(電流値×時間)とともに増加する。しかしながら同時に、陽極酸化アルミナ皮膜は、処理温度に応じた溶解速度で時間とともに溶解する。そのため、ある処理条件で陽極酸化アルミナ皮膜の膜厚が増していくためには、皮膜の膜厚方向成長速度が処理浴中での皮膜溶解速度よりも速いことが必要である。皮膜成長速度と皮膜溶解速度とが均衡した時、その処理条件における限界膜厚が決まる。
皮膜成長速度は単位時間当たりの総クーロン量に比例する。つまり、処理電圧が高ければ、皮膜成長速度も大きくなる。一方、酸化皮膜溶解速度は温度上昇とともに大きくなる。温度上昇原因は、処理槽の温度制御能力はもちろんであるが、陽極酸化処理中に発生するジュール熱による温度上昇の影響が大きい。このジュール熱による陽極酸化アルミナ皮膜自体の温度上昇を、いかに効率良く抑制できるかが、厚膜形成および皮膜成長速度増大のために重要となる。
他方、多孔質の陽極酸化アルミナ皮膜には、ナノスケールの直径を有する直立孔(ナノホールと称し、直径分布の均一性が高いnmレベルの孔が膜厚に対し垂直な方向に形成されている)が形成されており、その直径は、処理電圧と正の相関性があることが知られている。すなわち、処理電圧が高ければ、ナノホール径も大きくなる。よって、高アスペクト比を目指す上で有効なナノホール径が小さい陽極酸化アルミナ皮膜を形成するには、処理電圧を小さくしなければならない。しかし、電流値はオームの法則に従うため、処理電圧を小さくすると、反応により発生するジュール熱が小さくなるものの単位時間当たりの総クーロン量も少なくなるため、皮膜成長速度は極端に遅くなる。
このように、現在、細いナノホール径(φ50nm以下、アスペクト比は10000以上)を有し、かつ表面性状が良好(平滑、平面性に優れ、微細亀裂がない)、かつ、耐熱性に優れた(500℃大気加熱でも割れない)、平板状の陽極酸化アルミナ皮膜の単独厚膜(少なくとも230μm厚以上、好ましくは300μm厚以上)を簡単に製造する方法はない。当然ながら、膜厚の厚い単独自立膜で、直立孔の構造変形(たとえば、延在方向途中での径変化、貫通/非貫通孔、3次元網目構造組織との複合化など)を伴ったものは、従来技術では不可能である。
それゆえに、この発明の主たる目的は、厚膜の陽極酸化アルミナ自立膜およびその製造方法を提供することである。
この発明に係る陽極酸化アルミナ自立膜は、230μm以上、好ましくは300μm以上の膜厚を有している。この場合は、従来考えられていた限界膜厚を超える230μm以上、好ましくは300μm以上の陽極酸化アルミナ自立膜であって、曲げ強度100MPa、Hv硬度400以上と機械的特性が高いため、単独膜としてハンドリングに十二分に耐えられる。さらに、このような陽極酸化アルミナ自立膜は、ナノレベルの多孔質組織からなる多孔空間を有していることから、フィルタなどの通過物質に対する分離機能を有する用途や、ナノレベルの多孔空間内へ各機能性物質(例えば、磁性体、蛍光体、導電体など)を充填するなどすることによるハイブリッド機能自立膜などの多目的用途に好適に用いることが可能である。
好ましくは、陽極酸化アルミナ自立膜には、アスペクト比が10000以上である直立孔が形成されている。ここで直立孔とは、アルミニウム系基板表面に陽極酸化アルミナ皮膜を成長させるときに基板に対して垂直に形成される孔であって、自立膜の厚み方向に形成されている孔である。直立孔は、ナノスケール(たとえば50nm以下)の直径を有するナノホールである。アスペクト比10000以上の直立孔は、230μm、好ましくは300μm以上の陽極酸化アルミナ自立膜の厚みと、自立膜の内部組織として形成されているナノホールとが両立することによって得られる特徴である。そのため、アスペクト比10000以上の直立孔は、従来法では容易に得られない。また、アスペクト比が大きいほど、直立孔内の表面積が大きくなる。そのため、直立孔内に機能性物質を充填した場合、機能性物質の反応性が向上する(たとえば、吸着性などの反応性は、微粒子ほど高くなることに相当する)ために、機能性物質の目的効果を増大させることができる。
また好ましくは、直立孔は、延在方向の途中で径が変化している。この場合は、直立孔の延在方向(すなわち、自立膜の厚み方向)の途中において、直立孔の径は拡大または縮小している。したがって、直立孔の径を任意に調整すれば、たとえば自立膜をフィルタとして用いるときに、ガス成分の透過率を変化させたり、通過物質の分離、遮蔽、滞留などの操作が可能となる。このような直立孔の径変化は、直立孔の形成時に径を変化させることにより、形成することができる。または、直立孔の形成後でも、後処理によって径を変化させることができる。
直立孔の径の変化は、延在方向の1箇所に限られず、延在方向の途中の複数箇所において径が変化、または直立孔の端部のいずれか一方で径が変化している構造であってもよい。直立孔の径の変化は、連続的であっても、または段階的な拡大または縮小であっても、さらにこれらが組み合わさった構成でもよく、延在方向に沿って一旦拡大した径が再度縮小するなど、用途に合わせてどのように変化していてもよい。陽極酸化アルミナ自立膜の膜厚が薄い場合、直立孔の径が変化していても、各径における直立孔長さが小さいため、孔径変化に従ったガス成分の透過率変化や通過物質の操作に寄与しうる直立孔の容積(有効容積)は小さい。一方、膜厚の厚い自立膜では、有効容積が飛躍的に大きいため、ガス成分の透過率や通過物質の操作に関し、直立孔の孔径変化に伴った反応性に優れている。
なお、直立孔の形成後の後処理によって事後的に径を拡大させる場合、直立孔の径を拡大した部分で隣接する直立孔間の間隔が狭くなり直立孔間の壁組織体積が減少するため、自立膜の強度が低下する。しかし、230μm以上の膜厚を有している陽極酸化アルミナ自立膜では、膜厚が厚いことによる直立孔間の有効壁組織体積増加のため同面積の薄膜と比べて曲げ強度が高い。但し、用途に応じた必要曲げ強度に合わせて、適切な陽極酸化アルミナ皮膜の膜厚と直立孔の拡大径とを調整すればよい。
上記陽極酸化アルミナ自立膜において好ましくは、直立孔は、陽極酸化アルミナ自立膜を貫通している。この場合は、230μm以上、好ましくは300μm以上の厚みと、アスペクト比10000以上の貫通孔を有する陽極酸化アルミナ自立膜とすることにより、ハイブリッド機能自立膜としての用途展開が広がる。たとえば、フィルタなどの分離機能を必要とする用途のみならず、さらに前述の機能性物質(たとえば、磁性体、蛍光体、導電体など)充填と組み合わせた反応性フィルタ、各種機能性膜、または、陽極酸化アルミナ皮膜が有する分光特性とナノ空間、ナノ充填物質との相互反応を利用するなどの用途に用いることができる。このような構造は、自立膜に適当な後加工(たとえば湿式溶解、機械加工または電子線照射など)を施すことによって、製造することができる。
また好ましくは、直立孔は、底部を有している。このように自立膜は、直立孔が厚さ方向に自立膜を貫通していない、非貫通型の直立孔を有する陽極酸化アルミナ自立膜としても使用することができる。この場合、ナノレベルの多孔空間に機能性物質(たとえば、磁性体、蛍光体、導電体など)を充填するなどにより、上記同様にハイブリッド機能自立膜などの多目的用途への展開が可能となる。
また好ましくは、陽極酸化アルミナ自立膜には、膜表面の一方または両方に3次元網目構造層が形成されている。この場合は、直立孔の形成された部分よりも空隙率の高い3次元網目構造層を、膜表面の少なくともいずれか一方に形成することができる。たとえば自立膜をフィルタとして使用する場合に、3次元網目構造層に触媒を充填すれば、空隙率がより高いことから触媒の充填量がより大きくなるので、高性能かつ長寿命なフィルタなどを提供することができる。
従来、直立孔の形成されている陽極酸化アルミナ皮膜において、アスペクト比の大きい状態を維持しながら、厚み方向の特定領域または表面層で空隙容積の異なる組織を組み合わせる複合組織を作製する場合には、より小さな径の直立孔を形成する、または、表面近傍の直立孔を広げる技術しかなかった(なお、酸化皮膜形成後に後処理により直立孔全長に亘って孔径を広げてしまうと、アスペクト比は小さくなる)。
しかしながら、従来、工業的には、本発明のような厚膜を有する陽極酸化アルミナ自立膜の生産ではなく、表面処理として陽極酸化アルミナ皮膜を形成することに重点が置かれている。表面処理として陽極酸化アルミナ皮膜を形成するには、比較的短い時間での生産が望ましく、それゆえ、成長速度の速い最大電圧が選択されている。そのため、厚み方向における孔径縮小する組織調整は、電圧を下げることになる。すなわち、直立孔の径は処理電圧に対応して小さくなり、空隙容積を増加させた組織を形成することができない。しかも直立孔は元々小径であるため、孔径調整してもその空隙容積の変化割合は小さく、かつ直立孔を通過する物質の流路通過効率は低下してしまい好ましくない。また、孔径拡大では、端面近傍の孔径拡大または直立孔全長に亘る孔径拡大が考えられるが、直立孔間の壁厚が薄くなるため、膜厚が薄いものではいずれも強度低下につながってしまうといった問題が生じる。
これに対し、本発明の3次元網目構造層は、高アスペクト比が必要な領域を維持する厚膜設計ができる様態を基本構造としているため、強度低下のない、直立孔の形成された部分よりも空隙率の高い組織として、形成することができる。
この発明に係る陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法は、アルミニウムを含む基板を準備する工程を備える。また、膜表面温度を10℃以下に維持しながら、基板に電圧を印加することにより陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程を備える。また、基板の表面に形成された陽極酸化アルミナ皮膜から、陽極酸化されていない基板残留部分を除去する工程を備える。
この場合は、陽極酸化条件として陽極酸化アルミナ皮膜表面温度を10℃以下とすることができる。このようにすれば、温度を低下させることによって陽極酸化アルミナ皮膜表面からジュール熱を効率よく除去できるので、基板表面にこの皮膜を形成する際に実質的な膜成長を阻害する皮膜溶解速度を、より遅くすることができる。その結果、皮膜の溶解量が減るために皮膜成長速度が皮膜溶解速度を上回り、厚膜化が達成される。そして、従来考えられていた限界膜厚を超える膜厚230μm以上の、表面平面性が良好な陽極酸化アルミナ自立膜を、再現性よく製造することができる。
なお、ここで10℃以下に管理されるのは、陽極酸化アルミナ皮膜面の温度であって、浴温(処理液の温度)ではない点に留意すべきである。また、陽極酸化アルミナ皮膜面の温度は、望ましくは7℃以下、より望ましくは5℃以下、さらに望ましくは0℃以下とすることができる。但し、低温化にあたっては処理液が膜表面で氷結しないことが重要である。氷結する場合は処理液の氷点を下げるために、たとえば、エチレングリコールなど、各種の非反応性氷結防止剤を添加してもよい。
そして、初期膜面から深さ(厚さ)方向に移動する膜成長界面(陽極酸化アルミナ皮膜と下地アルミニウムとの境界面)において陽極酸化反応で発生するジュール熱のうち、処理液と接触している膜表面側と膜成長界面との温度差に基づく熱勾配によって排熱される時間あたりの熱量は、膜表面の温度を下げるほど大きくなる。そのため、処理液に接触する陽極酸化アルミナ皮膜表面温度は定常的に低くなり、皮膜溶解速度が低下する。したがって、結果的に皮膜成長速度が皮膜溶解速度より大きくなるため、陽極酸化アルミナ皮膜の膜厚をより大きくすることができる。
上記陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法において好ましくは、陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程では、基板の表面に斜め方向から処理液を噴射する。この場合は、対象とする基板の表面に対して斜方向に優先的に噴射できる機構を用い、所定の処理液温度の管理値以下の温度に制御維持された処理液の噴流を、基板の表面にあてることができる。その結果、皮膜表面に発生するジュール熱を強制かつ効率的に排除することができるため、皮膜表面温度を10℃以下に維持することが可能となり、相対的に皮膜溶解速度よりも皮膜成長速度を速めることができる。
処理液を基板の表面に対して斜め方向に噴射する機構としては、たとえば、一方向に揃えたノズル束、または試料形状に沿って並べられた管列から試料表面斜めに向けて所定の流束を与えうる複数の噴射孔が形成された強制ジェットノズルなどを用いることができる。なお、基板表面に噴射する処理液の温度を管理することによって、陽極酸化アルミナ皮膜の膜面の温度管理を行なうことができる。また、処理液噴射は定常噴射、パルス噴射、時間差噴射(各噴射孔からの噴射タイミングをずらす、ランダム噴射も含む)などを選択することができる。
なお、従来技術には、試料表面直上のジュール熱を排熱するために試料表面に向かって垂直方向に処理液を強制噴射するものがある(たとえば特許文献2参照)が、冷却効率は十分ではない。すなわち、噴出ノズルと試料表面との距離があり、また試料表面では乱流が発生しやすく、また表面垂直のバックフロー(背圧流)が発生するために、試料表面の直接冷却効果が低下するためである。また、試料表面と対向陰極との間に噴出ノズルが配置されるため、電界分布の阻害要因となる。
これに対し、基板の表面に斜め方向から処理液を噴射する本発明の構造であれば、試料表面と対向陰極との間に噴出ノズルを設置する必要がなく、また、処理液の流れに背圧流が発生しないために、冷却能損失は小さい。また、基板表面により近接した位置から処理液を噴射することができる。そのため、試料表面側からのジュール熱を効率的に排熱することができる。
上記陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法において好ましくは、陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程では、基板の表面の片面のみを処理液に接触させ(つまり、基板表面の陽極酸化アルミナ皮膜を形成する以外の部位を、処理液から気密隔離し)、基板の表面の処理液に接触している部分に均一な電流分布を形成する。被処理物である基板への電流供給としては、たとえば、基板の稜線および裏面を機械的シールなどにより気密シールして、裏面に均等に電極を設ける構造とすれば、裏面およびそれに接続する電極部を処理液から完全に遮蔽して、局所的な電流集中を防ぎ、基板表面の処理液に接触している部分(有効表面)に均一な電流分布を形成することができる。
この場合は、基板表面の片面において処理液に接触している所定の有効表面では、均一な電流分布が形成されるため、焼けが発生することなく均一な陽極酸化アルミナ皮膜を成長させることができる。このため、陽極酸化アルミナ皮膜表面では局所的な膜厚変化によって発生する応力集中箇所がなくなるので、厚膜化で問題となる表面亀裂の発生を防止することができる。さらに、前述の斜め方向噴流を適用することにより、陽極酸化反応時に発生して接触箇所での膜成長を阻害する試料表面上の気泡を強制的に除去できるため、有効表面の稜線も非常に平滑なものにすることができる。その結果、再現性よく安定した陽極酸化アルミナ自立膜を製造することができる。
また、均一な陽極酸化アルミナ皮膜を成長させることができるので、直立孔は基板の表面の片面に対して垂直な方向に延在するように成長する。そして得られた自立膜には、陽極酸化アルミナ皮膜として基板残留部分の表面に固着していた側の自立膜の表面に、適当な後加工を施すことによって、自立膜を貫通する貫通型ナノホールをも容易に形成することができる。
なお、一般的に陽極酸化処理では試料の初期表面性状はそのまま受け継がれるため、場合によっては陽極酸化アルミナ皮膜表面に種々の大きさで凹凸を有する表面起伏が残存することがある。本発明の陽極酸化処理では、通常の冷間圧延材に見られる圧延条痕の粗さレベルでは陽極酸化処理で形成された膜に当該圧延条痕相当の微細凹凸は残るものの、ナノホールは全面に形成され、また、特異な切り欠き効果を誘発するような元形状でない限り、微細亀裂が自己発生することなく使用できる。しかしながら、用途展開によってはさらに平滑な微細表面を要求される。この場合、処理前の基板の表面性状(粗さ)をたとえば、鏡面研磨(たとえば化学研磨、バフ研磨、電解研磨など)することにより、非常に優れた平滑表面を有する陽極酸化厚膜を製造することができる。
上記陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法において好ましくは、陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程では、処理液の溶解アルミニウム濃度が75mg/ml以下である。この場合は、溶解アルミニウム濃度を制限管理することにより、安定した品質で陽極酸化処理が可能となる。たとえば、文献(「最新表面処理技術総覧」、最新表面処理技術総覧編集委員会、株式会社産業サービスセンター発行(1987))によれば、3.5g/lが表面皮膜処理における管理値として記載されているが、本発明では処理液の溶解アルミニウム温度の許容範囲を大きく取れる。
また好ましくは、陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程では、処理液中に不活性ガスを導入する。この場合は、陽極酸化アルミナ皮膜の形成処理中に、処理液中にたとえばバブリングによって不活性ガス(たとえば、N2ガス、Arガスなど)を導入することができる。陽極酸化処理の間には溶存酸素が増加するが、溶存酸素が増えすぎると陽極酸化反応が抑制されるため、厚膜成長が遅れ、膜質不良を起こす原因となる。不活性ガスの導入により溶存酸素を強制排除、あるいは抑制(Sievertの法則に従う)できるため、陽極酸化反応が阻害されることを抑制することができる。
また好ましくは、陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程の前に、基板に局所的マスキングを行なう工程をさらに備える。この場合は、局所的マスキングにより所定領域(選択領域)のみに陽極酸化アルミナ皮膜を形成させることができる。したがって、特殊形状(たとえば、星型)のシール型またはマスクを形成することにより、簡単に任意の特殊形状の陽極酸化アルミナ自立膜を作製することができる。なお、マスキング材としては、処理液に対して耐久性を有するとともに非親水性、絶縁性、耐熱性を有する材質、たとえばフッ素系樹脂、シリコーン系樹脂などを用いることが好ましい。なお、精密形状を目指す場合、フォトリソグラフィー法によるレジストパターンを適用したマスキングを使用することもできる。
また好ましくは、基板残留部分を除去する工程の後に、陽極酸化アルミナ自立膜に後処理を施すことによって陽極酸化アルミナ自立膜を貫通する直立孔を形成する工程をさらに備える。この場合は、自立膜に適当な後加工(たとえば湿式溶解、研磨などの機械加工、または電子ビーム照射など)を施すことによって、基板と接触していた側の直立孔の底部壁を除去することができるので、自立膜を貫通する貫通型の直立孔を容易に製造することができる。230μm、好ましくは300μm以上の厚みと、アスペクト比10000以上の貫通孔を有する陽極酸化アルミナ自立膜とすることにより、より自立膜の用途展開が広がる。
なお、貫通型の直立孔を形成するには、基板残留部分を除去する工程に先立ち、直立孔の成長先端部分と基板残留部分との間の陽極酸化アルミナ皮膜(すなわち、直立孔の底部壁)を除去する工程を備えてもよい。たとえば、当該陽極酸化アルミナ皮膜を化学的方法によって溶解して除去することができる。このとき、陽極酸化アルミナ皮膜を形成するために印加される電圧について、電圧負荷を解除する直前の電圧をごく小さくすれば、貫通型の直立孔形成のために除去されるべき陽極酸化アルミナ皮膜の厚みを小さくすることができる。よって、この部分での陽極酸化アルミナ皮膜の除去が容易となるので、製造効率を向上できる。
上記陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法において好ましくは、基板残留部分を除去する工程の後に、陽極酸化アルミナ自立膜に形成された直立孔の径の拡大処理を行なう工程をさらに備える。この場合は、自立膜に後加工として施す湿式溶解によって、直立孔の径の拡大処理(ポアワイドニング)を行なうことができる。溶解液の温度が高ければ溶解する量が多くなり孔径は大きくなる。そこで、溶解液の温度と処理時間とを変化させることによって、直立孔の孔径を任意に変化させることができる。
また好ましくは、陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程では、基板に印加される電圧を調整する、または、基板を処理液中に浸漬し電圧負荷を解除した状態で処理液の保持温度を上げることによって、陽極酸化アルミナ自立膜に形成される直立孔の少なくとも一部の径を変化させる。この場合は、直立孔の延在方向(自立膜の厚み方向)の途中の1箇所もしくは複数箇所において、または直立孔の延在方向の全長において、直立孔の径を連続的でも、断続的でも、さらにこれらが組み合わさった構成でも拡大または縮小させることができる。なお、電圧を大きくすると直立孔の径が拡大し、隣接する直立孔間の間隔が狭くなるので、直立孔間の壁組織体積は減少する。しかし、230μm以上の膜厚を有している陽極酸化アルミナ自立膜では、膜厚が厚いことによる直立孔間の有効壁組織体積増加のため同面積の薄膜と比べて曲げ強度が高い。そのために壁組織体積が減少しても、自立膜の強度上問題となることはない。
また好ましくは、基板を準備する工程では、基板の表面に所定形状の溝プロファイルパターンが形成された基板を準備する。陽極酸化アルミナ皮膜を形成する工程では、凹状形態を有する溝プロファイルパターンが形成された基板の表面に陽極酸化アルミナ皮膜を形成することにより、溝プロファイルパターンに沿って容易に切断分離が可能な陽極酸化アルミナ自立膜を製造する。この場合は、陽極酸化アルミナ自立膜の加工性を向上させることができる。
この発明の陽極酸化アルミナ自立膜は、従来考えられていた限界膜厚を超える230μm、好ましくは300μm以上の膜厚を有しており、単独膜としてハンドリングに十二分に耐えられるため、多用途展開が可能である。
以下、図面に基づいてこの発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において、同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰返さない。
図1は、この発明の陽極酸化アルミナ自立膜の斜視図である。図1に示すように、陽極酸化アルミナ自立膜1には、直立孔としてのナノホール2が形成されている。陽極酸化アルミナ自立膜1の膜厚tは、230μm以上である。ナノホール2は、陽極酸化アルミナ自立膜1の厚み方向に形成されており、陽極酸化アルミナ自立膜1を貫通している。ナノホール2の径は、50nm以下であって、実用的には用途に応じて任意に選択できるものであるが、たとえば、10nm〜30nmの孔径とすることもできる。
膜厚230μm以上の陽極酸化アルミナ自立膜1を貫通している孔径50nm以下のナノホール2のアスペクト比は、少なくとも10000とすることができる。すなわち、陽極酸化アルミナ自立膜1の膜厚とナノホール2の径との組合せを調整することにより、ナノホール2のアスペクト比は、10000以上とすることができる。たとえば、膜厚230nmの場合、孔径23nm以下になる条件を選択し、また孔径50nmであれば膜厚を500μm以上にすることで、用途に応じて任意にナノホール2のアスペクト比を調整することができる。
なお前述の通り、アスペクト比とは、一般に長辺の短辺に対する比をいうが、ここでは、ナノホール2の径(つまり、ナノホール2の開口面において縁から対向する縁への最短距離(開口幅))と深さ(すなわち延在方向の長さであって、陽極酸化アルミナ自立膜1を貫通するナノホールでは、陽極酸化アルミナ自立膜1の膜厚と等しい)との比を示す。
図2は、陽極酸化アルミナ自立膜の変形例1を示す断面模式図である。図2に示すように、陽極酸化アルミナ自立膜11には、大径部12bおよび小径部12aからなるナノホールが形成されている。ナノホールはその延在方向(すなわち陽極酸化アルミナ自立膜11の厚み方向)の途中で径が変化している。陽極酸化アルミナ自立膜11の成長方向を矢印19で示す。ナノホールの径は、陽極酸化アルミナ自立膜11が成長する過程の途中で、拡大されている。また、ナノホールは、大径部12bにおいて、底部13を有している。つまり、図2に示す陽極酸化アルミナ自立膜11では、ナノホールは、厚み方向に陽極酸化アルミナ自立膜11を貫通していない、非貫通型として形成されている。
なお、図2では細径ナノホール(小径部12a)と太径ナノホール(大径部12b)とは一対一の場合が示されているが、さらにこの変形例として、たとえば陽極酸化処理電圧を大きく変えたときなどでは、複数の細径ナノホールが成長過程で一つの太径ナノホールと接続した構造となる場合もある。
図17は、延在方向の途中で径が変化しているナノホールの例を示す図であって、1mol/l硫酸処理液中で浴温10℃に保持した状態で、初期直流パルス電圧として8Vの電圧を印加し、その後25Vに昇圧することにより得られた、陽極酸化アルミナ自立膜の断面組織を示す写真である。図17に示すように、処理電圧が8Vと小さいときに形成されるナノホールの径は小さい。一方、25Vに昇圧した後はナノホールの径が相対的に大きくなっている。つまり、処理電圧を変更して作製した陽極酸化アルミナ自立膜では、電圧変更後に直立孔(ナノホール)の直径が変化していることがわかる。
図3は、陽極酸化アルミナ自立膜の変形例2を示す断面模式図である。図3に示すように、陽極酸化アルミナ自立膜21には、大径部22aおよび小径部22bからなるナノホールが形成されている。大径部22aは、ナノホールにおいて、相対的に径の大きい部分である。小径部22bは、ナノホールにおいて、相対的に径の小さい部分である。ナノホールはその延在方向(すなわち陽極酸化アルミナ自立膜21の厚み方向)の途中で径が変化している。陽極酸化アルミナ自立膜21の成長方向を矢印29で示す。ナノホールの径は、陽極酸化アルミナ自立膜21が成長する過程の途中で、縮小されている。つまり、複数の小径部22bが一つの大径部22aとつながるように、ナノホールが形成されている。また、ナノホールは、厚み方向に陽極酸化アルミナ自立膜21を貫通するように形成されているが、用途に応じて選択できるものであり非貫通のままでもよい。
図4は、陽極酸化アルミナ自立膜の変形例3を示す断面模式図である。図4に示すように、陽極酸化アルミナ自立膜31には、底部33を有するナノホール32が形成されている。また、陽極酸化アルミナ自立膜31の膜表面34には、3次元網目構造層35が形成されている。3次元網目構造層35では、アルミナに多数の微細な空孔が3次元的に形成されており、複数の空孔が互いに連結して、微小なアルミナが3次元的に網目状に互いに絡み合うように連なった構造を形成している。そのため、3次元網目構造層35は、ナノホール32が形成されている部分に対し空隙率がより大きい。空隙率の高い3次元網目構造層35に触媒を充填すれば、充填率をより大きくすることが可能である。
図18は、3次元網目構造層の例を示す図である。図4に示す、陽極酸化アルミナ自立膜31の表面に形成された3次元網目構造層35を、SEM(Scanning Electron Microscope、走査型電子顕微鏡)観察した例である。図18に示すように、3次元網目構造層は、細いアルミナ組織が3次元的に網目状に互いに絡み合うように連なった構造であって、空隙率の大きい組織である。このような3次元網目構造層は、たとえば、10℃に維持された1mol/l硫酸処理液中で25V直流パルス電圧をかけて陽極酸化アルミナ自立膜を形成した後、続けて処理温度を20℃に昇温して同処理を行うことにより、表面層に形成することができる。
図5は、陽極酸化アルミナ自立膜の変形例4を示す断面模式図である。図5に示すように、陽極酸化アルミナ自立膜41の膜表面44、44には、3次元網目構造層45が形成されている。このように、膜表面の両方に3次元網目構造層45が形成されており、ナノホール42は3次元網目構造層45を連通するように形成されている構造とすることもできる。
次に、陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法について説明する。図6は、陽極酸化アルミナ皮膜形成装置の概略を示す模式図である。図6に示すように、陽極酸化アルミナ皮膜形成装置は、電解槽101を備える。電解槽101の内部には、非消耗性電極104と、基板ホルダ105とが設けられている。被処理物であって、その表面103aに陽極酸化アルミナ皮膜が形成されるべき基板103は、基板ホルダ105に固定される。可変直流電源102の陽極側が基板ホルダ105に電気的に接続され、陰極側が非消耗性電極104に電気的に接続されている。基板103の表面103aと、非消耗性電極104とは、電解槽101の内部で対向するように配置されている。可変直流電源102は、通常の直流電源であっても、直流パルス電源、交流電源を用いてもよい。また波形は、たとえば方形、三角、sin波、またはこれらの複合波形など、任意の形状であってもよく、少なくとも0V以上100V以下、好ましくは0V以上30V以下の範囲で電圧を可変とする仕様であることが望ましい。
電解槽101の内部には、処理液106が充填されている。処理液106としては、たとえば濃度1mol/lの硫酸が用いられる。処理液106には、濃度0.5mol/l以上10mol/l以下の硫酸を用いることができる。処理液106には、基本的には添加剤は不要であるが、たとえば、処理温度を低くする場合に処理液の氷点を下げるための非反応性氷結防止剤を添加して氷結を回避するなど、場合により適当な添加剤を加えて調整してもよい。また、電解槽101の内部の基板103に近接する位置には、基板103および陽極酸化アルミナ皮膜を強制冷却する冷却部材としての、冷却ジェットノズル111が配置されている。電解槽101の内部にはさらに、不活性ガス導入装置107と、基板103の表面103aおよび形成される陽極酸化アルミナ皮膜の膜面の温度を計測するための測温体108とが、設けられている。
基板ホルダ105は、基板103の表面103aのみを処理液106に接触させる構造となっている。一方、表面103aと反対側の裏面は、たとえば樹脂製の絶縁体を用いた機械的シールを、基板103の外周稜線部および裏面と基板ホルダ105との接触部を覆うようにして配置することによって、気密性が維持される。つまり、基板ホルダ105は、基板103の裏面を処理液106から隔離し、裏面を処理液106に接触させないような構造となっている。そのため、基板103の裏面側の陽極によって、表面103aの処理液106に接触している部分に均一な電流分布を形成し、局所的な異常電流集中を回避できるような構造となっている。そのため、陽極酸化アルミナ皮膜表面における膜厚不連続箇所が発生しないので、局所的な応力集中箇所をなくし、表面亀裂の発生を防止することができる。
なお、図6の構成は相対的な方向関係(たとえば、基板103と非消耗性電極104とが対向し、冷却ジェットノズル111が基板103に対して傾斜した方向に向いている)が保たれていれば、基板103の表面103aが縦横いずれの方向に向いた設置をしてもよい。しかしながら、陽極酸化処理においては、基板103の表面103a上に反応ガス気泡(主に水素)が生成するため、基板103が傾斜した設置の場合、この気泡が基板103上に沿って移動することがある。その場合、気泡接触部では処理液106との接触不良が発生するため、局所的に皮膜品質が低下することもある。さらに、気密性を維持するための基板ホルダ105上部と基板103間に気泡が溜まってしまうこともある。そのため、好ましくは、図6に示したように基板103の表面103aが上向きになる構成であることが望ましい。
図7は、陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法を示す工程フロー図である。図7を参照して、陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法の各工程について説明する。まず工程(S10)において、被処理物としての、純アルミニウムまたはアルミニウム合金(たとえば、Al−Mn系合金、Al−Mg系合金、Al−Mg−Si系合金など)である基板103を準備する。基板103は、電解槽101内において、基板ホルダ105に固定される。
次に工程(S20)において、基板103を陽極酸化して、基板103の表面103aに陽極酸化アルミナ皮膜を形成する。陽極酸化アルミナ皮膜は基板表面に対して垂直方向に、10〜20μm/hr程度の膜成長速度にて形成される。前述の通り、処理液には硫酸が用いられる。ナノホールの径を変動させないためには定電圧を負荷するのが望ましいが、定電流の負荷条件としてもよく、パルス電圧、交流電源を用いてもよい。また波形は、たとえば方形、三角、sin波、またはこれらの複合波形など、任意の形状を負荷してもよい。処理電圧が高ければナノホール径は大きくなるが、自立膜を形成するために望ましい電圧として15V以上30V以下の範囲を適用すると、20〜30nmの孔径とすることもできる。
陽極酸化処理中に処理電圧を変更すれば、容易にナノホール径を変化させることができる。つまり、陽極酸化アルミナ自立膜の組織の狙いによって、処理電圧を使い分けることができる。処理電圧を大きくすればナノホール径は大径化され、処理電圧を小さくすればナノホール径は小径化される。処理電圧を複数回変更する、または連続的に変化させることにより、ナノホールの延在方向の複数箇所において、または連続的に、ナノホール径を拡大または縮小させることも可能である。この方法であれば、製造工程として連続処理が可能なため、バッチ処理と比べてコスト面、品質管理面で有利となる。
また、上記のナノホール径を変化させる方法の応用として、表面103aに陽極酸化アルミナ皮膜の形成された基板103を処理液中に浸漬し、電圧負荷を解除した状態で、処理液の保持温度を上げることができる。このようにすれば、陽極酸化アルミナ皮膜に形成されているナノホール径を、表面または全長に亘って拡大させることができる。さらに、続けて処理温度を所定温度に戻すとともに電圧負荷を再開すると、その後の皮膜成長が再開する。このようにしてナノホール径を延在方向に一部、または全長に渡って変化させることが可能であり、同様に連続処理が可能であるために、コスト面、品質管理面でも有利な方法となる。
なお、陽極酸化処理中、基板103の近傍に配置された冷却ジェットノズル111を介して、基板103に近接斜め方向から処理液を噴射する。図8は、基板に対する冷却ジェットノズルの配置を示す模式図である。冷却ジェットノズル111は、一方向から処理液を基板103の表面103aに噴射することができる、一方向に揃えたノズル束である。冷却ジェットノズル111は、冷却ジェットノズル111の先端の開口部が表面103aと対向するとともに、処理液の噴射方向が基板103に対して斜め方向となるように配置されている。なお、図8ではノズル束は同一方向に揃えられているが、基板103の表面103aの中心方向に向かって、扇形に配置されてもよい。
なお、処理液を噴射する機構は冷却ジェットノズル111に限られるものではない。図9は、冷却ジェットノズルの変形例を示す模式図である。図9に示す冷却ジェットノズル121は、基板103の外周の形状に沿った形状(この場合は円環形状を示してあるが、アーチ状部分円環でもよい)を持った母管を有しており、上記母管に噴射孔が複数接続されている。噴射孔は基板103に対して基板103の中心部に向けて斜め方向となるように配置されており、基板103の表面103aに向けて複数方向から所定の流束を与えうるように、形成されている。冷却ジェットノズル121を使用すれば、より均質化した陽極酸化アルミナ皮膜を形成することができる。
冷却ジェットノズル111、121が処理液を基板103の表面103a、または形成された陽極酸化アルミナ皮膜の膜表面に噴射するため、陽極酸化によって膜表面に発生するジュール熱を強制排除することができるので、膜表面の温度は10℃以下に維持される。基板表面に噴射する処理液の温度を管理することによって、陽極酸化アルミナ皮膜の膜面の温度管理を行なうことができる。なお、基板表面に噴射する処理液の温度は浴温以下に保たれるように、温度制御することが好ましい。たとえば、基板表面に噴射する処理液の温度を10℃以下に維持すれば、陽極酸化アルミナ皮膜の膜表面の温度を10℃以下に維持することができる。なお、この噴射する処理液の温度は、浴温より低い温度であるほど排熱効果が大きくなるため好ましく、処理液の温度は、ノズル内で処理液が氷結しない温度であればよい。その結果、皮膜溶解速度が小さくなるので、皮膜成長速度が皮膜溶解速度を上回り、厚膜化が可能となる。
このようにして、膜表面温度を10℃以下に維持しながら所定の時間陽極酸化処理を施すことによって、従来考えられていた限界膜厚を超える膜厚230μm以上、好ましくは300μm以上の陽極酸化アルミナ皮膜を製造することができる。図10は、基板表面に陽極酸化アルミナ皮膜が形成された状態を示す断面模式図である。基板103の表面に、内部に底部143を有するナノホール142が形成された、陽極酸化アルミナ皮膜141が形成された様子が示されている。底部143のナノホール成長先端では、基板103に含まれるアルミニウム自体が酸素と反応して、薄い緻密な陽極酸化アルミナ皮膜141(バリアー層と呼ばれている)形成を介してナノホール化が進み、次第に、延在方向に伸びたナノホール142を生成する。
次に工程(S30)において、基板103の、陽極酸化されていない基板残留部分を除去する。たとえば、臭化メタノールなどの薬液による基板残留部分の選択的な溶解除去、基板残留部分の機械加工による除去、または電気化学的反応による陽極酸化アルミナ皮膜の基板残留部分からの剥離などによって、基板残留部分を除去することができる。そして、陽極酸化アルミナ皮膜は、支持体なしで形を保持し取り扱うことのできる単独自立膜となる。図11は、基板残留部分が除去された陽極酸化アルミナ自立膜を示す断面模式図である。
次に工程(S40)において、後処理を行なう。たとえば、図11に示す陽極酸化アルミナ自立膜に、湿式溶解、機械加工、電子ビーム照射などを施し、ナノホール142の底部143側の非貫通膜表面部を除去することにより、図1に示すナノホール2が膜の厚み方向に貫通している陽極酸化アルミナ自立膜1とすることができる。また、たとえば、図11に示す陽極酸化アルミナ自立膜に、湿式溶解を施し、ナノホール142の径の拡大処理(ポアワイドニング)を行なうことができる。このとき、溶解液の温度が高ければ、単位時間あたりの溶解する量が多くなり孔径は大きくなるため、溶解液の温度と処理時間とを適切に組み合わせることによって、ナノホールの孔径を変化させることができる。さらに、マスキングなどを併用すれば用途に応じて全領域だけでなく一部領域のみを貫通、もしくは非貫通とすることもできる。
図19は、陽極酸化アルミナ自立膜に前述の後処理を行なった例を示す図である。図19(a)は、図11に示す陽極酸化アルミナ自立膜の、基板103が除去された後の基板103側の界面(つまり、ナノホール142の底部壁側の、陽極酸化アルミナ自立膜の非貫通面)を示す写真である。図19(b)は、後処理としての貫通化を行なった後の、陽極酸化アルミナ自立膜の同じ面を示す写真である。
図19(a)は、陽極酸化アルミナ皮膜の膜表面温度を10℃、処理液を1mol/lの硫酸として、25V直流パルス電流負荷により陽極酸化アルミナ皮膜を形成した後、アルミニウム下地基板を除去した側の界面を示す。図10および図11にも模式的に示すように、当該端面は、閉孔組織を形成している。つまり、陽極酸化アルミナ自立膜には、非貫通直立孔が形成されている。その後、この端面を20℃の1mol/L硫酸中に4時間浸漬した(湿式処理)結果、得られた表面組織を図19(b)に示す。図19(a)(b)を比較して、明らかに閉孔であった直立孔(ナノホール)が開孔しており、貫通孔が形成されている陽極酸化アルミナ自立膜が得られた。
図20は、陽極酸化アルミナ自立膜に後処理を行なう他の例として、直立孔の径の拡大処理(ポアワイドニング)を示す図である。この後処理は、図10に示す陽極酸化アルミナ自立膜の開口している面、または基板103が除去された後に前述の貫通化処理を実施した面が処理対象となる。図20(a)および(b)は、この後処理の実施前後における、陽極酸化アルミナ自立膜の同じ面を観察した写真である。
図20(a)は、純アルミニウムを10℃、1mol/lの硫酸溶液中で25V直流パルス電圧の負荷を掛けて陽極酸化を行なうことにより得られた、陽極酸化アルミナ皮膜の表面組織写真である。なお、陽極酸化処理中は、膜表面温度が10℃を超えないように冷却ジェットを適用して制御している。膜表面には直立孔の開孔が見られる。その後、湿式溶解による直立孔の径の拡大処理(ポアワイドニング)を行なうために電界負荷を解除した状態で、20℃、1mol/l硫酸処理液中に、前記の陽極酸化アルミナ皮膜を40分間浸漬した。その結果、図20(b)に示すように、明らかに開孔直立孔の直径が大きくなった陽極酸化アルミナ自立膜を得ることができた。
また、後処理として、電解処理または処理液への片面、または両面浸漬処理を行なうことにより、表面層の溶解再析出反応などの組織変化が生じ、陽極酸化アルミナ自立膜の表面層に3次元網目構造層を形成することができる。このようにすれば、図4および図5に示す3次元網目構造層35、45が形成された陽極酸化アルミナ自立膜31、41を得ることができる。3次元網目構造層35、45は、陽極酸化アルミナ自立膜31、41の内部におけるナノホール32、42が形成された部分に対し空隙率が大きい。そのため、たとえば陽極酸化アルミナ自立膜に触媒を充填して使用する場合に、充填率をより大きくすることができる。
なお、3次元網目構造層は、陽極酸化処理を行なうときに処理条件を変える(すなわち、良好な直立孔が形成される陽極酸化処理条件範囲からはずす)ことによっても、形成することができる。たとえば、陽極酸化処理温度を10℃に維持しているとき、処理温度を20℃に昇温することにより、3次元網目構造層を形成することもできる。陽極酸化処理の最初または最後に処理条件を変化させれば、陽極酸化アルミナ自立膜の片面のみまたは両面において、3次元網目構造層を形成することができる。
以上説明した製造方法によって、本発明品の、230μm以上、好ましくは300μm以上の膜厚を有している陽極酸化アルミナ自立膜を、容易に再現性よく製造することができる。処理液として硫酸系の液を使用するために、陽極酸化処理を行なうときの好ましい電圧条件は15〜30Vと低くすることができる。したがって、ナノホール径を20〜30nmと小径にすることができ、そのためにナノホールのアスペクト比を10000以上とすることができる。
一方、蓚酸系の処理液を使用して陽極酸化アルミナ皮膜を形成する場合には、陽極酸化アルミナ自立膜としての安定製造は展開されておらず、陽極酸化アルミナ皮膜は支持体の表面における皮膜として使用されていた。また、蓚酸系の処理液では一般に使用される処理電圧は100V以上と高くするために、ナノホール径は50nm以下にすることができない。よって、ナノホールのアスペクト比は小さい。つまり、孔径小なるナノホールは、硫酸を処理液として用いなければ形成することができない。さらに、希硫酸は安価で取扱いも容易であるため、工業的に硫酸は蓚酸よりも有利であるという利点もある。
以下、陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法の変形例について説明する。図12は、陽極酸化アルミナ自立膜に溝プロファイルパターンを形成する工程の模式図である。図12(a)に示すように、陽極酸化する前の基板として、溝プロファイルのパターンが形成された基板203を準備する。ここで溝プロファイルパターンの形成はたとえば、機械的切削、型押し、レーザ加工など、溝の幅、深さ、長さ、凹状形態、パターン形状に応じて適当な方法を選択すれば、容易に形成できる。図12(b)に示すように、この基板203の表面を陽極酸化処理することにより陽極酸化アルミナ皮膜241を形成する。そして基板203を除去すれば、図12(c)に示すように、溝プロファイルパターンに沿った凹状形態がそのまま表面に反映された陽極酸化アルミナ自立膜241が得られる。
このようにして作製した陽極酸化アルミナ自立膜241は、図12(d)に示すように、溝プロファイルパターンに沿って容易に(たとえば、手による曲げ折りなどによっても良好に)切断することができ、陽極酸化アルミナ自立膜241a、241b、241cへの分離が可能である。したがって、後述の局所的マスキングによる特殊形状の陽極酸化アルミナ自立膜作製方法と同様に、陽極酸化アルミナ自立膜の加工性を向上させることができる。また、切断、分離を行なわずに、そのまま表面に各種の溝プロファイルパターンを有する陽極酸化アルミナ自立膜としての用途、たとえば溝プロファイルパターン上の溝部分に導電性材料を蒸着やメッキなどにより形成すれば、ハイブリッド機能を有する回路基板などへも、展開することができる。
図13は、特殊形状の陽極酸化アルミナ自立膜を製造するための基板を示す模式図である。従来、特殊形状のフィルタを作製するには、目的機能を有するフィルタの有効孔径より大きな孔径を有する多孔質基板と組み合わせることによりハンドリング可能なフィルタとするため、単独自立膜でなく、製造工程も複雑になる。本発明では、高アスペクト比を有する単独自立膜でありながら、後工程で機械的加工などを施すことなく、特殊形状の陽極酸化アルミナ自立膜を容易に作製することができる。
図14は、図13に示すXIV−XIV線における断面を示す断面模式図である。図15は、特殊形状の陽極酸化アルミナ自立膜を示す斜視図である。図13および図14に示すように、基板303には、任意の平面形状の一例である星型の局所的マスキング313が施されている。局所的マスキング313は、たとえば、加工が容易かつ耐久性に優れた、フッ素系樹脂、シリコーン系樹脂シートなどを密着させて使用する。また、精密形状を目指す場合、フォトリソグラフィー法によるレジストパターンを適用したマスキングを使用することもできる。このような基板303を陽極酸化処理することによって、所定の選択領域に陽極酸化アルミナ皮膜を形成することができる。
図16は、図13に示す基板を用いる場合の陽極酸化アルミナ自立膜の製造方法を示す流れ図である。工程(S10)において基板を準備した後に、工程(S11)において基板にシール型またはマスクを形成することにより、図13に示す局所的マスキング313がされた基板303が準備される。これを用いて工程(S20)の陽極酸化、(S30)の基板除去を行ない、さらに工程(S40)において貫通孔の形成、孔径の拡大処理などの必要な後処理を行なうことによって、図15に示す星型の陽極酸化アルミナ自立膜343を容易に製造することができる。上記の製造方法によって、星型に限られず任意の形状の陽極酸化アルミナ自立膜を作製することができるのは言うまでもない。
1,11,21,31,41 陽極酸化アルミナ自立膜、2,32,42 ナノホール、12a,22a 小径部、12b,22a 大径部、13,33,43 底部、19,29,39,49 矢印、34,44 膜表面、35,45 3次元網目構造層、101 電解槽、102 可変直流電源、103 基板、103a 表面、104 非消耗性電極、105 基板ホルダ、106 処理液、107 不活性ガス導入装置、108 測温体、111,121 冷却ジェットノズル、141,241 陽極酸化アルミナ皮膜、142 ナノホール、143 底部、203,303 基板、241a,241b,241c,343 陽極酸化アルミナ自立膜、313 局所的マスキング。