図1は、本発明が適用された車両用自動変速機(以下、自動変速機と表す)10の構成を説明する骨子図である。この自動変速機10は、車体に取り付けられる非回転部材としてのトランスミッションケース(以下、ケースと表す)12内において、ダブルピニオン型の第1遊星歯車装置14を主体として構成されている第1変速部16と、シングルピニオン型の第2遊星歯車装置18及びダブルピニオン型の第3遊星歯車装置20を主体として構成されている第2変速部22とを共通の軸心C上に備え、入力軸24の回転を変速して出力軸26から出力する。入力軸24は入力側回転部材に相当するものであり、本実施例では走行用の駆動力源であるエンジン28によって回転駆動されるトルクコンバータ30のタービン軸である。出力軸26は出力側回転部材に相当するものであり、例えば図4に示すように差動歯車装置(終減速機)34や一対の車軸36等を順次介して左右の駆動輪38を回転駆動する。
尚、上記入力側回転部材は、自動変速機10により変速される前の回転部材であり、入力軸24の他にエンジン28のクランク軸32等が相当する。また、上記出力側回転部材は、自動変速機10により変速された入力側回転部材の回転が伝達される回転部材であり、出力軸26の他に差動歯車装置34や車軸36や駆動輪38等が相当する。また、この自動変速機10は中心線(軸心)Cに対して略対称的に構成されており、図1の骨子図においてはその軸心Cの下半分が省略されている。
第1遊星歯車装置14はダブルピニオン型の遊星歯車装置であり、サンギヤS1、互いに噛み合う複数対のピニオンギヤP1、そのピニオンギヤP1を自転及び公転可能に支持するキャリヤCA1、ピニオンギヤP1を介してサンギヤS1と噛み合うリングギヤR1を備え、サンギヤS1、キャリアCA1、及びリングギヤR1によって3つの回転要素が構成されている。キャリヤCA1は入力軸24に連結されて回転駆動され、サンギヤS1は回転不能にケース12に一体的に固定されている。リングギヤR1は中間出力部材として機能し、入力軸24に対して減速回転させられて、回転を第2変速部22へ伝達する。
第2遊星歯車装置18はシングルピニオン型の遊星歯車装置であり、サンギヤS2、ピニオンギヤP2、そのピニオンギヤP2を自転及び公転可能に支持するキャリヤCA2、ピニオンギヤP2を介してサンギヤS2と噛み合うリングギヤR2を備えている。また、第3遊星歯車装置20はダブルピニオン型の遊星歯車装置であり、サンギヤS3、互いに噛み合う複数対のピニオンギヤP2及びP3、そのピニオンギヤP2及びP3を自転及び公転可能に支持するキャリヤCA3、ピニオンギヤP2及びP3を介してサンギヤS3と噛み合うリングギヤR3を備えている。
第2遊星歯車装置18及び第3遊星歯車装置20では、一部が互いに連結されることによって4つの回転要素RM1〜RM4が構成されている。具体的には、第2遊星歯車装置18のサンギヤS2によって第1回転要素RM1が構成され、第2遊星歯車装置18のキャリヤCA2及び第3遊星歯車装置のキャリヤCA3が互いに一体的に連結されて第2回転要素RM2が構成され、第2遊星歯車装置18のリングギヤR2及び第3遊星歯車装置20のリングギヤR3が互いに一体的に連結されて第3回転要素RM3が構成され、第3遊星歯車装置20のサンギヤS3によって第4回転要素RM4が構成されている。この第2遊星歯車装置18及び第3遊星歯車装置20は、キャリアCA2及びCA3が共通の部材にて構成されているとともに、リングギヤR2及びR3が共通の部材にて構成されており、且つ第2遊星歯車装置18のピニオンギヤP2が第3遊星歯車装置20の第2ピニオンギヤを兼ねているラビニヨ型の遊星歯車列とされている。
第1回転要素RM1(サンギヤS2)は、第1ブレーキB1を介してケース12に選択的に連結されて回転停止され、第3クラッチC3を介して中間出力部材である第1遊星歯車装置14のリングギヤR1に選択的に連結され、さらに第4クラッチC4を介して第1遊星歯車装置14のキャリヤCA1に選択的に連結されている。第2回転要素RM2(キャリヤCA2及びCA3)は、第2ブレーキB2を介してケース12に選択的に連結されて回転停止させられるとともに、第2クラッチC2を介して入力軸24に選択的に連結されている。第3回転要素RM3(リングギヤR2及びR3)は、出力軸26に一体的に連結されて回転を出力するようになっている。第4回転要素RM4(サンギヤS3)は、第1クラッチC1を介してリングギヤR1に連結されている。尚、第2回転要素RM2とケース12との間には、第2回転要素RM2の正回転(入力軸24と同じ回転方向)を許容しつつ逆回転を阻止する一方向クラッチF1が第2ブレーキB2と並列に設けられている。
図2は、自動変速機10の複数のギヤ段(変速段)を成立させる際の係合装置(係合要素)の作動の組み合わせを説明する作動図表(係合作動表)であり、「○」はクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態が係合状態を表し、「(○)」はエンジンブレーキ時のみ係合状態を表し、空欄は解放状態をそれぞれ表している。自動変速機10においては、クラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2を選択的に係合することによりギヤ比γ(=入力軸24の回転速度/出力軸26の回転速度)が異なる複数のギヤ段例えば前進8段及び後進2段の多段変速が達成される。また、特に、第2ブレーキB2と並列に一方向クラッチF1が設けられていることから、第1速ギヤ段(1st)を成立させる際に、第2ブレーキB2はエンジンブレーキ時には係合させられる一方、駆動時には解放させられる。
また、各ギヤ段毎に異なるギヤ比γは、第1遊星歯車装置14、第2遊星歯車装置18、第3遊星歯車装置20の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1〜ρ3によって適宜定められる。また、図2から明らかなように、クラッチC1〜C4及びブレーキB1、B2の何れか2つを掴み替える所謂クラッチツウクラッチ変速により各ギヤ段の変速が行われており、変速制御が容易で変速ショックの発生が抑制される。
また、クラッチC1〜C4、及びブレーキB1、B2(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBと表す)は、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合装置(以下、係合装置という)であり、油圧制御回路40(図4参照)内のリニアソレノイドバルブSL1〜SL6の励磁、非励磁や電流制御により、係合、解放状態が切り換えられるとともに係合、解放時の過渡油圧などが制御される。
図3は、第1変速部16及び第2変速部22の各回転要素の回転速度を直線で表すことができる共線図であり、下の横線が回転速度「0」を示し、上の横線が回転速度「1.0」すなわち入力軸24と同じ回転速度を示している。また、第1変速部16の各縦線は、左側から順番にサンギヤS1、リングギヤR1、キャリヤCA1を表しており、それ等の間隔は第1遊星歯車装置14のギヤ比ρ1に応じて定められる。第2変速部22の4本の縦線は、左側から順番に第1回転要素RM1(サンギヤS2)、第2回転要素RM2(キャリヤCA2及びキャリヤCA3)、第3回転要素RM3(リングギヤR2及びリングギヤR3)、第4回転要素RM4(サンギヤS3)を表しており、それ等の間隔は第2遊星歯車装置18のギヤ比ρ2及び第3遊星歯車装置20のギヤ比ρ3に応じて定められる。
そして、この共線図から明らかなように、第1クラッチC1及び一方向クラッチF1(或いはエンジンブレーキ時は第2ブレーキB2)が係合させられて、第4回転要素RM4が第1変速部16を介して入力軸24に対して減速回転させられるとともに、第2回転要素RM2が回転停止させられると、出力軸26に連結された第3回転要素RM3は「1st」で示す回転速度で回転させられ、最も大きいギヤ比(変速比)γ1の第1速ギヤ段(第1変速段)「1st」が成立させられる。他の変速段も同様にクラッチC及びブレーキBの何れかが選択的に係合されることにより成立させられる。
図4は、図1の自動変速機10などを含むエンジン28から駆動輪38までの動力伝達経路の概略構成を説明する図であると共に、その自動変速機10などを制御するために車両に設けられた制御系統の要部を説明するブロック線図である。電子制御装置100は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、基本的にはエンジン28の出力制御や自動変速機10のギヤ段を自動的に切り換える変速制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用やリニアソレノイドバルブSL1〜SL6を制御する変速制御用等に分けて構成される。
図4において、車両に設けられたセンサやスイッチなどから、例えばクランク角度(位置)ACR(°)及びエンジン28の回転速度NEに対応するクランクポジションを検出するクランクポジションセンサ42、トルクコンバータ30のタービン軸の回転速度NTすなわち自動変速機10の入力軸24の回転速度NINを検出する入力側回転速度センサとしての入力回転速度センサ44、車速Vに対応する出力軸26の回転速度NOUTを検出する出力側回転速度センサとしての出力回転速度センサ46、車両の加速度(減速度)Gを検出するための加速度センサ50、油圧制御回路40内の作動油の温度であるAT油温TOILを検出するためのAT油温センサ52、エンジン28の吸入空気量QAIRを検出する吸入空気量センサ54、吸気配管56に設けられた電子スロットル弁58の開き角すなわちスロットル弁開度θTHを検出するスロットルポジションセンサ60、運転者の要求する車両駆動力に応じて踏み込み操作される出力操作部材に相当するアクセルペダル62の操作量であるアクセル開度Accを検出するアクセル開度センサ64、常用ブレーキであるフットブレーキ66の操作の有無を表すブレーキ操作信号BONを検出するブレーキスイッチ68、手動変速操作装置としてのシフトレバー70のレバーポジション(操作位置)PSHを検出するシフトポジションセンサ72等から、クランク角度(位置)ACR(°)及びエンジン回転速度NE、入力回転速度NIN(=タービン回転速度NT)、出力回転速度NOUT、車速V、加速度(減速度)G、AT油温TOIL、吸入空気量QAIR、スロットル弁開度θTH、アクセル開度Acc、ブレーキ操作信号BON、レバーポジションPSHなどを表す信号が電子制御装置100に供給される。
また、電子制御装置100からは、エンジン28の出力制御の為のエンジン出力制御指令信号SE、例えばアクセル開度Accに応じて電子スロットル弁58の開閉を制御するためのスロットルアクチュエータ74への駆動信号や燃料噴射装置76から噴射される燃料の量を制御するための噴射信号やイグナイタ78によるエンジン28の点火時期を制御するための点火時期信号などが出力されている。また、自動変速機10の変速制御の為の変速制御指令信号SP、例えば自動変速機10のギヤ段を切り換えるために油圧制御回路40内のリニアソレノイドバルブSL1〜SL6の励磁、非励磁などを制御するためのバルブ指令信号やライン油圧PLを制御するためのリニアソレノイドバルブSLTへの駆動信号などが出力されている。
図5は、クラッチC及びブレーキBの各油圧アクチュエータ80、82、84、86、88、90の作動を制御するリニアソレノイドバルブSL1〜SL6等に関する回路図であって、油圧制御回路40の要部を示す回路図である。
図5において、クラッチC1、C2、及びブレーキB1、B2の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)80、82、88、90には、油圧供給装置92から出力されたDレンジ圧(前進レンジ圧、前進油圧)PDがそれぞれリニアソレノイドバルブSL1、SL2、SL5、SL6により調圧されて供給され、クラッチC3及びC4の各油圧アクチュエータ84、86には、油圧供給装置92から出力された第1ライン油圧PL1がそれぞれリニアソレノイドバルブSL3、SL4により調圧されて供給されるようになっている。尚、ブレーキB2の油圧アクチュエータ90には、リニアソレノイドバルブSL6の出力油圧及びリバース圧(後進レンジ圧、後進油圧)PRのうち何れか供給された油圧がシャトル弁94を介して供給される。
油圧供給装置92は、エンジン28によって回転駆動される機械式のオイルポンプ48から発生する油圧を元圧として第1第1ライン油圧PL1を調圧する例えばリリーフ型のプライマリレギュレータバルブ(第1調圧弁)95、第1ライン油圧PL1の調圧のために第1調圧弁95から排出される油圧を元圧として第2ライン油圧PL2を調圧するセカンダリレギュレータバルブ(第2調圧弁)96、アクセル開度Acc或いはスロットル弁開度θTHで表されるエンジン負荷等に応じた第1ライン油圧PL1、第2ライン油圧PL2に調圧されるために第1調圧弁95及び第2調圧弁96へ信号圧PSLTを供給するリニアソレノイドバルブSLT、第1ライン油圧PL1を元圧として一定圧のモジュレータ油圧PMを調圧するモジュレータバルブ97、及びケーブルやリンクなどを介して機械的に連結されるシフトレバー70の操作に伴い機械的に作動させられて油路が切り換えられることにより入力された第1ライン油圧PL1をシフトレバー70が「D」ポジションへ操作されたときにはDレンジ圧PDとして出力し或いは「R」ポジションへ操作されたときにはリバース圧PRとして出力するマニュアルバルブ98等を備えており、第1ライン油圧PL1、第2ライン油圧PL2、モジュレータ油圧PM、Dレンジ圧PD、及びリバース圧PRを供給する。
リニアソレノイドバルブSL1〜SL6は、基本的には何れも同じ構成で、電子制御装置100により独立に励磁、非励磁され、各油圧アクチュエータ80〜90の油圧が独立に調圧制御されてクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の係合圧が制御される。そして、自動変速機10は、例えば図2の係合作動表に示すように予め定められた係合装置が係合されることによって各ギヤ段が成立させられる。また、自動変速機10の変速制御においては、例えば変速に関与するクラッチCやブレーキBの解放と係合とが同時に制御される所謂クラッチツウクラッチ変速が実行され、変速ショックを抑制するように解放過渡油圧と係合過渡油圧とが適切に制御される。
図6は、電子制御装置100による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図6において、エンジン出力制御部すなわちエンジン出力制御手段102は、例えばスロットルアクチュエータ74により電子スロットル弁58を開閉制御する他、燃料噴射量制御のために燃料噴射装置76を制御し、点火時期制御のためにイグナイタ78を制御するエンジン出力制御指令信号SEを出力する。例えば、エンジン出力制御手段102は、図7に示すようなスロットル弁開度θTHをパラメータとしてエンジン回転速度NEとエンジントルク推定値TE0との予め実験的に求められて記憶された関係(エンジントルクマップ)から実際のエンジン回転速度NEに基づいて目標エンジントルクTE *が得られるスロットル弁開度θTHとなるようにスロットルアクチュエータ74により電子スロットル弁58を開閉制御する。上記目標エンジントルクTE *は、例えば運転者のドライバ要求量に対応するアクセル開度Accに基づいてそのアクセル開度Accが大きい程大きくされるように電子制御装置100により求められるものであり、ドライバー要求エンジントルクTEDEMに相当する。
変速制御部すなわち変速制御手段104は、例えば図8に示すような車速V及びアクセル開度Accを変数として予め記憶された関係(変速マップ、変速線図)から実際の車速V及びアクセル開度Accに基づいて変速判断を行い、自動変速機10の変速を実行すべきか否かを判断し、例えば自動変速機10の変速すべきギヤ段を判断し、その判断したギヤ段が得られるように自動変速機10の自動変速制御を実行する。このとき、変速制御手段104は、例えば図2に示す係合表に従ってギヤ段が達成されるように、自動変速機10の変速に関与する油圧式摩擦係合装置を係合及び/または解放させる変速制御指令信号SP(変速出力指令、油圧指令)を油圧制御回路40へ出力する。
その指令SPに従って、自動変速機10の変速が実行されるように油圧制御回路40内のリニアソレノイドバルブSL1〜SL6が駆動させられて、その変速に関与する油圧式摩擦係合装置の油圧アクチュエータ80〜90が作動させられる。
図8の変速マップにおいて、実線はダウンシフトが判断されるための変速線(ダウンシフト線)であり、破線はアップシフトが判断されるための変速線(アップシフト線)である。この実線及び破線に示す変速線は、専らアクセルペダル62が踏み込まれている状態のときに用いられるパワーオン時の変速線である。また、本実施例の変速マップは、このパワーオン時の変速線に加え、専らアクセルオフのコースト走行中のときに用いられる3→1コーストダウン線を有している。
この図8の変速マップにおける変速線は、例えば実際のアクセル開度Acc(%)を示す横線上において実際の車速Vが線を横切ったか否かすなわち変速線上の変速を実行すべき値(変速点車速)VSを越えたか否かを判断するためのものであり、この値VSすなわち変速点車速の連なりとして予め記憶されていることにもなる。尚、図8の変速マップは自動変速機10で変速が実行される第1速ギヤ段乃至第8速ギヤ段のうちで第1速ギヤ段乃至第4速ギヤ段における変速線が例示されている。
変速制御手段104は、例えば実際の車速Vが2速→3速アップシフトを実行すべき2速→3速アップシフト線を横切ったと判断した場合には、すなわち変速点車速V2−3を越えたと判断した場合には、ブレーキB1を解放させると共にクラッチC3を係合させる指令を油圧制御回路40に出力する、すなわち非励磁によってブレーキB1の係合油圧を排油(ドレン)させる指令をリニアソレノイドバルブSL5に出力すると共に、励磁によってクラッチC3の係合油圧を供給させる指令をリニアソレノイドバルブSL3に出力する。
このように、変速制御手段104は、リニアソレノイドバルブSL1〜SL6の励磁、非励磁をそれぞれ制御することにより、リニアソレノイドバルブSL1〜SL6にそれぞれ対応するクラッチC1〜C4、及びブレーキB1、B2の係合、解放状態を切り換えて何れかのギヤ段を成立させる。また、変速制御手段104は、変速ショックの抑制と変速応答性の向上とが両立するように、タービン回転速度NT及び出力回転速度NOUTに基づいて変速過程における係合油圧(解放過渡油圧及び/または係合過渡油圧)をフィードバック制御したり或いは学習制御したりすることによりクラッチツウクラッチ変速を行う。
ところで、本実施例の自動変速機10では、一方向クラッチF1の係合により成立させられる第1速ギヤ段において一方向クラッチF1が空転状態であるときには、例えば図9(a)の共線図に示す実線のようにクラッチC1のみが係合させられて一方向クラッチF1が未だ同期していない状態であるときには、自動変速機10内の動力伝達経路が解放されたすなわち自動変速機10内の動力伝達が遮断された所謂ニュートラル状態(中立状態)とされており、駆動輪38には駆動力が発生させられない。つまり、入力トルクに対して反力がない状態であるので出力トルクが零とされる。
このような一方向クラッチF1が空転状態となるときに例えば3→1コーストダウン中であるときに、アクセルオンとなる加速要求がなされると、エンジン回転速度NE(すなわちタービン回転速度NTに相当)の上昇に伴って第4回転要素RM4の回転速度が図9(a)の矢印に示す如く上昇させられ、駆動輪38の回転速度に拘束される第3回転要素RM3の回転速度を示す点Aを支点として(例えば点Aをシーソーの中心として)第2回転要素RM2の回転速度が低下させられて一方向クラッチF1が同期させられる回転方向に向かわさせられる。図9(a)の共線図に示す破線は一方向クラッチF1が同期した状態を示している。尚、図9(a)の共線図に示す一点鎖線はクラッチC3が係合させられて第3速ギヤ段が成立させられた状態を示している。
そして、一方向クラッチF1が同期するときには、エンジントルクTEの伝達がステップ的に行われることによる急激なトルクの立ち上がりと駆動系のねじり振動に起因したトルク振動により同期ショックが発生することがある。また、加速要求がなされたとしても一方向クラッチF1が同期するまで駆動力が発生させられない。
そこで、本実施例では駆動力レスポンスを向上しつつ、同期ショックを低減する為に、一方向クラッチF1の係合により成立させられる第1所定変速段としての第1速ギヤ段へ向かう変速過渡期間内にて例えば第1速ギヤ段における一方向クラッチF1の空転状態にて加速要求が発生した際には、図9(b)に示すように、加速要求に因るエンジン回転速度NEの上昇に伴って一方向クラッチF1が同期させられる回転方向に向かうことは継続させつつ一方向クラッチF1の係合が不要の第2所定変速段例えば本来なら一方向クラッチF1の空転状態が維持される第2所定変速段を成立させる為の摩擦係合装置にトルク容量を生じさせる。この第2所定変速段は、本実施例の自動変速機10においては、第1所定変速段(第1速ギヤ段)よりも自動変速機10の入力回転速度NINを低下させる高速段側の変速段であり、例えば3→1コーストダウン時の変速前の変速段である第3速ギヤ段が想定される。従って、ここでは第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3にトルク容量が生じさせられる。
つまり、クラッチC3を完全係合するのではなく半係合することで所定のトルク容量を生じさせて自動変速機10の出力トルク(アウトプットトルク)TOUTを発生させる。この際、クラッチC3の半係合により一方向クラッチF1が同期させられる回転方向と反対方向に向かわさせられる力が働くので、一方向クラッチF1が同期させられる回転方向に向かうことが継続されるようにエンジントルクTEをドライバ要求量に応じた要求駆動力源トルクとしてのドライバー要求エンジントルクTEDEMよりも所定値上昇させるエンジントルクアップを実行する。
以下、駆動力レスポンスを向上しつつ同期ショックを低減する為の電子制御装置100による制御機能を具体的に説明する。図6に戻り、電子制御装置100は、係合状態判定部すなわち係合状態判定手段106と、加速要求判定部すなわち加速要求判定手段108と、同期前制御部すなわち同期前制御手段110と、同期後制御部すなわち同期後制御手段112とを更に機能的に備えている。
係合状態判定手段106は、一方向クラッチF1の係合により成立させられる第1速ギヤ段において一方向クラッチF1が係合状態とされているか否かを判定する。例えば、変速制御手段104は、変速マップから3→1コーストダウンを判断したか否かに基づいて、一方向クラッチF1でギヤ段を形成する第1速ギヤ段であるか否かを判断する。そして、係合状態判定手段106は、変速制御手段104により第1速ギヤ段であると判断された場合には、例えば実際のタービン回転速度NTが出力回転速度NOUTと第1速ギヤ段のギヤ比γ1とから一意的に決定される第1速ギヤ段におけるタービン回転速度NTの同期回転速度(=ギヤ比γ1×出力回転速度NOUT)に一致したか否かに基づいて、一方向クラッチF1が係合状態(同期状態)とされているか否かを判定する。尚、実回転速度と同期回転速度とが一致したか否かは、例えば実回転速度と同期回転速度とが一致したと判断される回転速度差以内になったことで判断される。
加速要求判定手段108は、車両に対する加速要求の有無を判定する。例えば、加速要求判定手段108は、アクセルペダル62の踏み増し操作が行われたか否か、例えばコースト走行中のアクセルオフからアクセルオンとされたか否かに基づいて加速要求の有無を判定する。
同期前制御手段110は、変速制御手段104により一方向クラッチF1でギヤ段を形成する第1速ギヤ段であると判定されたときに、係合状態判定手段106により第1速ギヤ段において一方向クラッチF1が未だ係合状態(同期状態)とされていないと判定されすなわち一方向クラッチF1が空転状態であると判定され、且つ加速要求判定手段108により車両に対する加速要求が発生したと判定された際に、一方向クラッチF1の空転状態が維持される第2所定変速段として第3速ギヤ段を選択する。尚、この第2所定変速段は実際に形成される為に選択されるのではなく、あくまで一方向クラッチF1の空転状態において駆動力を発生させる為に見かけ上選択されるものである。見方を換えれば、同期前制御手段110は、一方向クラッチF1の空転状態において駆動力を発生させる為に係合力(トルク容量)を発生させる摩擦係合装置として一方向クラッチF1の空転状態が維持される第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3を選択する。そして、同期前制御手段110は、その加速要求に伴って一方向クラッチF1が同期させられる回転方向に向かうことは継続させつつ第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3にトルク容量を生じさせる。
例えば、同期前制御手段110は、加速要求時のドライバ要求量(例えばアクセル開度Acc)が大きい程大きくされた自動変速機10の出力トルクの目標値(目標出力トルク)TOUT *が得られ且つ一方向クラッチF1を同期させる回転方向へ向かわせる為のタービン回転速度の目標値(目標タービン回転速度)NT *に沿ってタービン回転速度NTが上昇させられるように(すなわちエンジン回転速度NEが上昇させられるように)、クラッチC3のトルク容量を発生させる指令を変速制御手段104へ出力し且つエンジントルクTEを加速要求時のドライバ要求量に応じたドライバー要求エンジントルクTEDEMよりも上昇させる指令をエンジン出力制御手段102へ出力する。
より具体的には、一方向クラッチF1の同期前の自動変速機10の出力トルクTOUTは、クラッチC3のトルク容量(クラッチトルク)TCが大きくされる程大きくされ且つエンジントルクTEの上昇分(エンジントルクアップ)TUPが大きくされる程大きくされる第1の所定の関係式例えば次式(1)に示す関係式に基づいて算出される。
TOUT=β1×(TEDEM+TUP)+α×TC ・・・(1)
また、タービン回転速度NTの上昇分(タービン回転速度アップ)ΔNTは、クラッチC3のクラッチトルクTCが大きくされる程小さくされ且つエンジントルクアップTUPが大きくされる程大きくされる第2の所定の関係式例えば次式(2)に示す関係式に基づいて算出される。
ΔNT=β2×(TEDEM+TUP)−γ×TC ・・・(2)
尚、上記式(1)(2)内のα、β1、β2、γの各数値は、例えばギヤ比や回転部材の慣性モーメントなどに基づいて車両や自動変速機10を含む動力伝達装置等で一意的に算出される定数であり、特に、β1は(β1×(TEDEM+TUP))の項が無視できる程αに比べて十分小さな値とされている。
そして、同期前制御手段110は、自動変速機10の出力トルクTOUTが運転者の操作に基づき求められた目標出力トルクTOUT *となるように前記(1)式及び前記(2)式に基づいてクラッチトルクTCを発生させ且つエンジントルクTEをドライバー要求エンジントルクTEDEMよりもエンジントルクアップTUPだけ上昇させる。すなわち、同期前制御手段110は、目標出力トルクTOUT *が得られ且つ目標タービン回転速度NT *に沿ってタービン回転速度NTが上昇させられるように、前記(1)、(2)式を用いてクラッチトルクTCとエンジントルクアップTUPとを決定し、クラッチC3にクラッチトルクTCを発生させる指令及びドライバー要求エンジントルクTEDEMにエンジントルクアップTUPを加えたエンジントルクTEを発生させる指令を出力する。上記指令に従って、変速制御手段104はクラッチC3にクラッチトルクTCを発生させる為のバルブ指令信号(油圧指令値)を油圧制御回路40へ出力する。また、エンジン出力制御手段102は例えばドライバー要求エンジントルクTEDEMにエンジントルクアップTUPを加えたエンジントルクTEを発生する為の例えばスロットル弁開度θTHとするエンジン出力制御指令信号SEを出力する。
尚、目標出力トルクTOUT *は、一方向クラッチF1の同期後においては例えばアクセル開度Accが大きい程大きくされたドライバー要求エンジントルクTEDEMに対応する値(例えばドライバー要求エンジントルクTEDEMに第1速ギヤ段のギヤ比γ1を乗じた値)である。また、一方向クラッチF1の同期前においては例えばアクセルオンに対して駆動力の発生に遅れ感が生じ難く、駆動力の立ち上がりによるショックが抑制されるように同期後の目標出力トルクTOUT *に向かって漸増される値が設定される。
また、目標タービン回転速度NT *は、一方向クラッチF1の同期後においては第1速ギヤ段におけるタービン回転速度NTの同期回転速度である。また、一方向クラッチF1の同期前においては例えば一方向クラッチF1の同期回転速度に向かう変化速度がクラッチC3のクラッチトルクTCを生じさせないときと比較して同等か或いは若干の遅れ程度となるように第1速ギヤ段におけるタービン回転速度NTの同期回転速度に向かって漸増される値が設定される。このように設定するのは、一方向クラッチF1を速やかに同期させて一方向クラッチF1の同期前から駆動力を発生させる為の制御を速やかに終了させたい為でもある。
同期後制御手段112は、一方向クラッチF1の同期後は、例えば係合状態判定手段106により第1速ギヤ段において一方向クラッチF1が係合状態(同期状態)とされたと判定された後は、同期前制御手段110による上述した制御に替えて、ドライバー要求エンジントルクTEDEMのみで目標出力トルクTOUT *が得られるように、クラッチC3のクラッチトルクTCを減少させる指令を変速制御手段104へ出力し且つエンジントルクアップTUPを減少させる指令をエンジン出力制御手段102へ出力する。
より具体的には、一方向クラッチF1の同期後の自動変速機10の出力トルクTOUTは、クラッチC3のクラッチトルクTCが大きくされる程小さくされ且つエンジントルクアップTUPが大きくされる程大きくされる第3の所定の関係式例えば次式(3)に示す関係式に基づいて算出される。
TOUT=β3×TEDEM+β3×TUP−α2×TC ・・・(3)
尚、上記式(3)内のβ3やα2の各数値も、前記式(1)、(2)と同様に、例えばギヤ比や回転部材の慣性モーメントなどに基づいて車両や自動変速機10を含む動力伝達装置等で一意的に算出される定数である。
そして、同期後制御手段112は、前記(3)式における(β3×TEDEM)の項で設定されるドライバー要求エンジントルクTEDEMに対応する目標出力トルクTOUT *が得られるように、(β3×TUP−α2×TC)の項を零としながら、すなわち(β3×TUP=α2×TC)の関係を維持しながら、言い換えればドライバーからは制御していないのと同じように見えるように、所定時間内にエンジントルクアップTUP及びクラッチC3のクラッチトルクTCを零に戻す。例えば、同期後制御手段112は、一方向クラッチF1の同期後の所定時間内にエンジントルクアップTUPを零に向かって逓減させる指令及びクラッチC3のクラッチトルクTCを前記(3)式に従って逓減させる指令を出力する。上記指令に従って、変速制御手段104はクラッチC3のクラッチトルクTCを逓減してクラッチC3を解放させる為のバルブ指令信号(油圧指令値)を油圧制御回路40へ出力する。また、エンジン出力制御手段102は例えばエンジントルクアップTUPを逓減させる為の例えばスロットル弁開度θTHとするエンジン出力制御指令信号SEを出力する。尚、上記所定時間は、一方向クラッチF1が同期した後には一方向クラッチF1の同期前から駆動力を発生させた一連の制御を速やかに終了させる為の予め求められた設定時間である。
図10は、電子制御装置100の制御作動の要部すなわち駆動力レスポンスを向上しつつ同期ショックを低減する為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。また、図11は、図10のフローチャートに示す制御作動を説明するタイムチャートである。
図10において、先ず、変速制御手段104に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S10において、例えば変速マップから3→1コーストダウンを判断したか否かに基づいて、一方向クラッチF1でギヤ段を形成する第1速ギヤ段であるか否かがすなわち一方向クラッチF1の係合により成立させられる第1速ギヤ段であるか否かが判断される。第1速ギヤ段でないと判定されてこのS10の判断が否定される場合は本ルーチンが終了させられるが、第1速ギヤ段であると判定されてこのS10の判断が肯定される場合は係合状態判定手段106に対応するS20において、一方向クラッチF1の係合により成立させられる第1速ギヤ段において一方向クラッチF1が係合状態とされているか否かがすなわち一方向クラッチF1が同期しているか否かが判定される。
一方向クラッチF1が既に同期しており上記S20の判断が肯定される場合は本ルーチンが終了させられるが一方向クラッチF1が未だ同期しておらず上記S20の判断が否定される場合は加速要求判定手段108に対応するS30において、車両に対する加速要求が有るか否かが、例えばアクセルオフからアクセルオンとされたか否かに基づいて判定される。アクセルオンされておらずこのS30の判断が否定される場合は本ルーチンが終了させられるが、アクセルオンされてこのS30の判断が肯定される場合は同期前制御手段110に対応するS40において、一方向クラッチF1の空転状態において駆動力を発生させる為に係合力(トルク容量)を発生させる摩擦係合装置として一方向クラッチF1の空転状態が維持される第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3が選択される(図11のt1時点)。
次いで、同じく同期前制御手段110に対応するS50において、例えば図11に示すt3時点から立ち上がる目標出力トルクTOUT *が得られ且つ一方向クラッチF1を同期させる回転方向へ向かわせる為の例えば図11に示す目標タービン回転速度NT *に沿ってタービン回転速度NTが上昇させられるように、前述した式(1)、(2)を用いてクラッチトルクTCとエンジントルクアップTUPとが例えば図11に示すように決定される。そして、クラッチC3にその決定されたクラッチトルクTCを発生させる指令が変速制御手段104へ出力される(図11のt2時点乃至t4時点)。及び、ドライバー要求エンジントルクTEDEMにエンジントルクアップTUPを加えたエンジントルクTEを発生させる指令がエンジン出力制御手段102へ出力される(図11のt1時点乃至t4時点)。
次いで、係合状態判定手段106に対応するS60において、一方向クラッチF1が同期したか否かが判定される。一方向クラッチF1が未だ同期しておらずこのS60の判断が否定される場合は前記S50に戻りこのS50以下が繰り返し実行される。一方、一方向クラッチF1が同期しこのS60の判断が肯定される場合は同期後制御手段112に対応するS70において、前記S50において実行されているクラッチC3にクラッチトルクTCを発生させ且つドライバー要求エンジントルクTEDEMにエンジントルクアップTUPを加えたエンジントルクTEを発生させる同期前制御に替えて、ドライバー要求エンジントルクTEDEMのみで目標出力トルクTOUT *が得られるように、クラッチC3のクラッチトルクTCを減少させ且つエンジントルクアップTUPを減少させる同期後制御が実行される。例えば、一方向クラッチF1の同期後の所定時間内にエンジントルクアップTUPを零に向かって逓減させる指令がエンジン出力制御手段102へ出力され、且つクラッチC3のクラッチトルクTCを前述した式(3)に従って逓減させる指令が変速制御手段104へ出力される(図11のt4時点乃至t5時点)。
このように、本実施例では、同期前制御手段110は、第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3にトルク容量を発生させて一方向クラッチF1の同期前から自動変速機10の出力トルクTOUTを発生させている(特に、前記式(1)参照)。この際、クラッチC3にトルク容量を発生させると一方向クラッチF1が同期させられる回転方向へ向かうことが妨げられることから、エンジントルクTEをドライバー要求エンジントルクTEDEMよりもエンジントルクアップTUP分上昇させることにより一方向クラッチF1の同期(第1速ギヤ段への変速の進行)を補償している(特に、前記式(2)参照)。
ところで、上述したように3→1コーストダウン中に加速要求が為されると、第1速ギヤ段を成立させるようにダウンシフトが行われる。しかしながら、ドライバ要求量に対応するアクセルペダル62の踏込み量(アクセル開度Acc)に因っては、コーストダウン中のアクセル踏込み時に、その第1速ギヤ段ではドライバ要求量に応じた適切な車両駆動力が得られない可能性がある。例えば、図8の変速マップにおいて、3→1コーストダウン線よりも低車速側であっても、パワーオン時に用いられるダウンシフト線では第1速ギヤ段へのダウンシフトが判断されず未だ第3速ギヤ段とするべき低アクセル開度領域や未だ第2速ギヤ段とするべき低アクセル開度領域が存在する。従って、ドライバ要求量がそのような低アクセル開度領域にあるのに、単に3→1コーストダウン中の加速要求を条件として一律に第1速ギヤ段へダウンシフトを実行すると、ドライバ要求量に対して実際の車両駆動力が過多になる可能性がある。
そこで、本実施例では、3→1コーストダウン中の加速要求に際してドライバ要求量に応じた適切な車両駆動力が得られる為に、更に、3→1コーストダウン中の加速要求時のドライバ要求量に基づいて自動変速機10の目標変速段(目標ギヤ段)を決定する。そして、その決定した目標ギヤ段が第1所定変速段(すなわち第1速ギヤ段)であるときはその第1所定変速段への変速を継続する。一方で、その目標ギヤ段が第1所定変速段とは別の変速段であるときはその別の変速段への変速に切り替える。
尚、前記ドライバ要求量とは、車両に対するドライバ要求駆動力に1対1に対応するパラメータであって、駆動輪38でのドライバ要求駆動トルク或いはドライバ要求駆動力のみならず、ドライバ要求駆動トルク或いはドライバ要求駆動力を公知の方法によって求める際の基になる例えば運転者のアクセルペダル操作量であるアクセル開度Acc(或いはスロットル弁開度θTH、吸入空気量、空燃比、燃料噴射量など)、そのアクセル開度Accなどに基づいて公知の方法によって求められる自動変速部20の目標出力トルク(要求出力トルク)TOUT *やドライバー要求エンジントルクTEDEMやドライバー要求車両加速度などであってもよい。
具体的には、図6に戻り、ドライバ要求量推定部すなわちドライバ要求量推定手段114は、3→1コーストダウン中の加速要求が発生している過程における実際のドライバ要求量に基づいて予め設定された所定時点でのドライバ要求量の推定値(以下、推定ドライバ要求量という)を求める。この所定時点は、例えば実際のドライバ要求量の立ち上がり時点を起点としたときに人為的操作による実際のドライバ要求量の増大がどれほどで収束するかが予め実験的に求められて記憶されたドライバ要求量収束時点である。また、この所定時点は、一定値を用いても良いが、例えばドライバ要求量の増大速度(変化速度)などで変化する値としても良い。
図12を用いて、上記推定ドライバ要求量を求める手順を説明する。この図12では、ドライバ要求量としてアクセル開度Accを例示し、推定ドライバ要求量として推定アクセル開度Acc’を求める。図12(a)は、アクセルペダル62の踏込操作に伴ってアクセル開度Accが増大するときの変化状態の一例を示す図である。また、図12(b)は、ドライバ要求量推定手段114に対応する推定アクセル開度Acc’の算出手順を示す図である。
図12において、先ず、アクセル開度Accの立ち上がり時点t0を起点としたときに、例えばアクセル開度信号におけるノイズの影響を受けにくいとして予め設定された推定アクセル開度Acc’を算出する推定時点tAにて、一定時間(A)だけアクセル開度Accの時間変化ΔAccを取得する。次いで、その一定時間(A)内のアクセル開度Accの変化速度(ΔAcc/A)を算出する。次いで、アクセル開度Accの増大変化が所定時点tBで収束すると仮定する。すなわち、所定時点tBでの推定アクセル開度Acc’を算出するように設定する。尚、所定時点tBを一定値とする場合には、この手順を省いても良いが、例えばアクセル開度Accの変化速度(ΔAcc/A)で変化する値を用いる場合には、その変化速度(ΔAcc/A)に基づいて所定時点tBを設定する。次いで、次式(4)に示す関係式に基づいて推定アクセル開度Acc’を算出する。尚、Bは推定時点tAから所定時点tBまでの期間であり、Cは推定アクセル開度算出時点(推定時点)tAでのアクセル開度Accである。また、右辺第2項を数値[2]で除算してあるのは、一次関数的にアクセル開度Accが増加せず収束する為であり、単に変化速度(ΔAcc/A)と期間Bとの積で表される面積を半分にするという程度の意味合いである。
Acc’=C+ΔAcc/A×B/2 ・・・(4)
以上、推定アクセル開度Acc’を求める手順を説明した。この推定アクセル開度Acc’ではなく推定アクセル開度Acc’以外の推定ドライバ要求量例えば推定ドライバ要求駆動力等に基づいて自動変速機10の目標ギヤ段が決定される場合には、更に、推定アクセル開度Acc’を算出した後、更に、その推定アクセル開度Acc’から公知の方法によって推定ドライバ要求駆動力等を求めれば良い。
目標ギヤ段決定部すなわち目標ギヤ段決定手段116は、ドライバ要求量推定手段114により求められた推定ドライバ要求量に基づいて自動変速機10の目標ギヤ段GDを決定する。つまり、3→1コーストダウン中の加速要求時に設定される目標ギヤ段GCである第1所定変速段(すなわち第1速ギヤ段)とは別に、推定ドライバ要求量に基づく自動変速機10の目標ギヤ段GDを選択する。例えば、目標ギヤ段決定手段116は、例えば図8に示すような変速マップから実際の車速V及び推定アクセル開度Acc’に基づいて目標ギヤ段GDを決定する。
目標ギヤ段切替判定部すなわち目標ギヤ段切替判定手段118は、目標ギヤ段決定手段116により決定された自動変速機10の目標ギヤ段GDが3→1コーストダウン中の加速要求時に設定される目標ギヤ段GCであるか否かを判定する。つまり、目標ギヤ段切替判定手段118は、目標ギヤ段GDが目標ギヤ段GCであるか否かを判定することで、自動変速機10の目標ギヤ段として目標ギヤ段GCを継続すべきか、或いは自動変速機10の目標ギヤ段として目標ギヤ段GCを目標ギヤ段GDへ切り替えるべきかを判断する。
そして、目標ギヤ段切替判定手段118により推定ドライバ要求量に基づいて決定された目標ギヤ段GDが3→1コーストダウン中の加速要求時に設定される目標ギヤ段GCであるとされて自動変速機10の目標ギヤ段として目標ギヤ段GCを継続すべきであると判断された場合には、同期前制御手段110は現在の目標ギヤ段GCである第1所定変速段(すなわち第1速ギヤ段)への変速を継続する。一方で、目標ギヤ段切替判定手段118により推定ドライバ要求量に基づいて決定された目標ギヤ段GDが3→1コーストダウン中の加速要求時に設定される目標ギヤ段GCではないとされて自動変速機10の目標ギヤ段として目標ギヤ段GCを目標ギヤ段GDへ切り替えるべきであると判断された場合には、同期前制御手段110は現在の目標ギヤ段GCである第1所定変速段(すなわち第1速ギヤ段)への変速を中止する。加えて、変速制御手段104は、自動変速機10の目標ギヤ段として目標ギヤ段GCを目標ギヤ段GDへ切り替え、その目標ギヤ段GDへの変速を実行する。
図13は、電子制御装置100の制御作動の要部すなわち3→1コーストダウン中に加速要求がなされた際に、ドライバ要求量に応じた適切な車両駆動力を得る為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。また、この図13のフローチャートは、図10のフローチャートにおいてステップS50に続いてS51〜S55が加えられたものに相当することから、S51〜S55以外の各ステップの記載及び説明を省略する。また、図14は、図13のフローチャートに示す制御作動を説明するタイムチャートである。この図14のタイムチャートにおけるt1時点乃至t4時点は、図11のタイムチャートにおけるt1時点乃至t4時点に相当する。
図13において、S50に続いて、ドライバ要求量推定手段114に対応するS51において、3→1コーストダウン中の加速要求が発生している過程における実際のドライバ要求量に基づいて所定時点での推定ドライバ要求量例えば推定アクセル開度Acc’が求められる(図14のt1時点乃至t3’時点)。次いで、目標ギヤ段決定手段116に対応するS52において、上記S51において求められた推定ドライバ要求量に基づく自動変速機10の目標ギヤ段GDが決定される(図14のt3’時点)。例えば図8に示すような変速マップから実際の車速V及び推定アクセル開度Acc’に基づいて目標ギヤ段GDが決定される(図14の実線は目標ギヤ段GDが第2速ギヤ段に決定された場合であり、二点鎖線は目標ギヤ段GDが第1速ギヤ段に決定された場合である)。
次いで、目標ギヤ段切替判定手段118に対応するS53において、上記S52において決定された推定ドライバ要求量に基づく自動変速機10の目標ギヤ段GDが、3→1コーストダウン中の加速要求時に設定された目標ギヤ段(すなわち現在の自動変速機10の目標ギヤ段である第1速ギヤ段)GCと一致するか否かが判断される(図14のt3’時点)。上記S53の判断が肯定される場合は同期前制御手段110に対応するS54において、現在の目標ギヤ段GCである第1所定変速段(すなわち第1速ギヤ段)への変速が継続される(図14のt3’時点以降の二点鎖線)。一方で、上記S53の判断が否定される場合は同期前制御手段110及び変速制御手段104に対応するS55において、現在の目標ギヤ段GCである第1速ギヤ段への変速が中止されると共に、自動変速機10の新たな目標ギヤ段として第1所定変速段が推定アクセル開度Acc’に基づく目標ギヤ段GDへ切り替えられ、その目標ギヤ段GDへの変速が実行される(図14のt3’時点以降の実線)。尚、図14において、解放側クラッチは、3→1コーストダウンにおいて解放されるクラッチC3であり、一方向クラッチF1の空転状態において駆動力を発生させる為にトルク容量が生じさせられる摩擦係合装置である。また、係合側クラッチは、目標ギヤ段が第2速ギヤ段に読み替えられた実線の場合にはブレーキB1であり、目標ギヤ段が第1速ギヤ段の継続となる二点鎖線の場合には油圧制御の必要がない一方向クラッチF1となる。また、図14のt1時点乃至t3’時点は、クラッチ油圧の安定化を実施している期間であり、この間に推定アクセル開度Acc’が求められる。
上述のように、本実施例によれば、第1所定変速段(第1速ギヤ段)へ向かう変速過渡期間内にて例えば第1速ギヤ段における一方向クラッチF1の空転状態にて例えばアクセルオンの加速要求が発生した場合には、同期前制御手段110により一方向クラッチの係合が不要の第2所定変速段(第3速ギヤ段)例えば一方向クラッチF1の空転状態が維持される第3速ギヤ段を成立させる為の摩擦係合装置であるクラッチC3にクラッチトルクTCが生じさせられるので、第1速ギヤ段へ向かう変速過渡期間内ではあるがすなわち一方向クラッチF1の同期前ではあるが自動変速機10の出力トルクTOUTが発生させられる。この際、同期前制御手段110により、第3速ギヤ段が成立させられわけではなく加速要求に因って一方向クラッチF1が同期させられる回転方向に向かうことは継続させられるので、一方向クラッチF1は確実に同期させられて第1速ギヤ段が成立させられる。これにより、一方向クラッチF1の同期前に出力トルクTOUTが発生させられて駆動力レスポンスが向上する。加えて、一方向クラッチF1の同期時には既に出力トルクTOUTが発生していることからこの同期時に出力トルクTOUTの立ち上がりが生じず同期ショックが抑制される。
別の見方をすれば、第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3にクラッチトルクTCを生じさせることで、単に加速要求に伴って一方向クラッチF1が同期させられる回転方向へ向かうことに比較して緩やかな速度で同期させられる回転方向へ向かわせることもでき、それにより同期ショックを抑制することが可能になる。この際、単に加速要求に伴って一方向クラッチF1が同期させられることに比較して一方向クラッチF1の同期は遅延させられるが、同期前から出力トルクTOUTが発生させられていることから、駆動力レスポンスは向上させられるものの低下させられることはない。従って、一方向クラッチF1の係合により成立させられる変速段へ向かう変速過渡期間内にて加速要求がなされた際に、駆動力レスポンスの向上と同期ショックの低減とを両立することができる。
更に、目標ギヤ段決定手段116により3→1コーストダウン中の加速要求時の推定ドライバ要求量に基づいて自動変速機10の目標変速段GDが決定され、目標ギヤ段切替判定手段118により推定ドライバ要求量に基づく目標変速段GDが第1所定変速段(第1速ギヤ段)であると判定されたときは同期前制御手段110によりその第1速ギヤ段への変速が継続されるが、目標ギヤ段切替判定手段118により推定ドライバ要求量に基づく目標変速段GDが第1所定変速段とは別の変速段であると判定されたときは同期前制御手段110によりその第1速ギヤ段への変速が中止されると共に変速制御手段104によりその別の変速段への変速に切り替えられるので、加速要求に見合った車両駆動力が適切に得られる。よって、一方向クラッチF1の係合により成立させられる変速段へ向かう変速過渡期間内にて加速要求がなされた際に、すなわち一方向クラッチF1の係合により成立させられる変速段において一方向クラッチF1が空転状態であるときに加速要求がなされた際に、ドライバ要求量に応じた適切な車両駆動力を得ることができる。
また、本実施例によれば、目標ギヤ段決定手段116による自動変速機10の目標ギヤ段GDの決定に際して用いられる加速要求時の推定ドライバ要求量は、加速要求が発生している過程における実際のドライバ要求量に基づいて求められた、その実際のドライバ要求量が収束する予め設定された所定時点での推定値が用いられるので、自動変速機10の目標ギヤ段が適切に決定されて加速要求に見合った車両駆動力が一層適切に得られる。
また、本実施例によれば、同期前制御手段110は、加速要求時のドライバ要求量が大きい程大きくされた目標出力トルクTOUT *が得られ且つ一方向クラッチF1を同期させる回転方向へ向かわせる為の目標タービン回転速度NT *に沿ってタービン回転速度NTが上昇させられるように、第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3のクラッチトルクTCを発生させ且つエンジントルクTEを加速要求時のドライバ要求量に応じたドライバー要求エンジントルクTEDEMよりも上昇させるので、一方向クラッチF1の同期前から自動変速機10の出力トルクTOUTが適切に発生させられ、加えて一方向クラッチF1が確実に同期させられる。この一方向クラッチF1の同期時には第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3に発生させられたクラッチトルクTC及びドライバー要求エンジントルクTEDEMよりも上昇させられたトルクアップ後エンジントルクTE+UPによって既に自動変速機10の出力トルクTOUTが発生させられており、一方向クラッチF1の同期によって出力トルクTOUTがステップ的に立ち上がるものではないことから、一方向クラッチF1の同期ショックが適切に抑制される。このように、本実施例では、同期前制御手段110は、第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3にトルク容量を発生させて一方向クラッチF1の同期前から自動変速機10の出力トルクTOUTを発生させている。このとき、クラッチC3にトルク容量を発生させると一方向クラッチF1が同期させられる回転方向へ向かうことが妨げられることから、エンジントルクTEをドライバー要求エンジントルクTEDEMよりもエンジントルクアップTUP分上昇させることにより一方向クラッチF1の同期を補償している。
また、本実施例によれば、同期前制御手段110は、自動変速機10の出力トルクTOUTが運転者の操作に基づき求められた目標出力トルクTOUT *となるように前記(1)式及び前記(2)式に基づいてクラッチC3のクラッチトルクTCを発生させ且つエンジントルクTEをドライバー要求エンジントルクTEDEMよりもエンジントルクアップTUPだけ上昇させるので、目標出力トルクTOUT *となる出力トルクTOUTが得られ且つタービン回転速度NTが目標タービン回転速度NT *に沿って上昇させられるように、前記(1)及び(2)式に基づいて第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3のクラッチトルクTCとエンジントルクアップTUPとが算出され、その算出結果に基づいてクラッチC3の作動とエンジントルクとが適切に制御される。
また、本実施例によれば、同期後制御手段112は、一方向クラッチF1の同期後は、同期前制御手段110による制御に替えて、ドライバー要求エンジントルクTEDEMのみで目標出力トルクTOUT *が得られるように、第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3のクラッチトルクTCを減少させ且つエンジントルクアップTUPを減少させるので、一方向クラッチF1の同期後は同期前制御手段110により発生させられたクラッチC3のクラッチトルクTCやエンジントルクアップTUPが速やかに解除させられ、ドライバー要求エンジントルクTEDEMのみで目標出力トルクTOUT *を得るという通常状態の制御に速やかに戻される。
また、本実施例によれば、同期後制御手段112は、一方向クラッチF1の同期後の所定時間内にエンジントルクアップTUPを零に向かって逓減させ、第3速ギヤ段を成立させる為のクラッチC3のクラッチトルクTCを前記(3)式に従って逓減させるので、前記(3)式に基づいて一方向クラッチF1の同期後の所定時間内に同期前制御手段110により発生させられたクラッチC3のクラッチトルクTCやエンジントルクアップTUPが解除させられる。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例では、第1所定変速段は第1速ギヤ段であり、第2所定変速段は第3速ギヤ段であったが、例えば第1所定変速段は一方向クラッチの係合により成立させられるギヤ段であれば良く、また第2所定変速段は一方向クラッチの空転状態を維持するギヤ段であれば良く、車両用自動変速機のギヤ段の構成によって各々1つ乃至複数の種々のギヤ段が適用され得る。
また、前述の実施例では、3→1コーストダウン中の加速要求時を例示したが、これに限らず、例えば4→1コーストダウン、2→1コーストダウン等であっても良い。
また、前述の図13のフローチャートにおける実施例では、ステップS50に続いてS51〜S55が実行されるが、図10のフローチャートにおけるステップS30或いはS40に続いて実行されるようにしても良い。つまり、コーストダウン中に加速要求が為された以降であって一方向クラッチF1の同期前に実行されれば良い。
また、前述の実施例では、図12を用いて推定アクセル開度Acc’の算出手順を示したが、この算出手順に限らず種々の算出手順が用いられる。例えば、前記式(4)で示した推定アクセル開度Acc’を求める関係式は、対数関数等であっても良い。要は、収束時のアクセル開度Accが求められる関係式であれば良い。また、推定アクセル開度Acc’は、推定時点tAにて推定される所定時点tBでのアクセル開度Accであったが、収束時のアクセル開度Accが求められれば良く、上記各時点には限られない。例えば、複数の推定時点にて推定アクセル開度Acc’を算出し、各推定時点における推定アクセル開度Acc’の変化状態を判断して推定アクセル開度Acc’を決定しても良い。
また、前述の実施例では、加速要求としてアクセルオフからのアクセルオンを例示したが、例えばアクセルペダル62の一定踏込状態からのアクセルペダル62の踏み増しであっても良いし、良く知られたクルーズコントロール制御における加速要求等であっても良い。
なお、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。