JP5136978B2 - バッファ層を有する全固体型反射調光エレクトロクロミック素子及びそれを用いた調光部材 - Google Patents

バッファ層を有する全固体型反射調光エレクトロクロミック素子及びそれを用いた調光部材 Download PDF

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Description

本発明は、マグネシウム系合金薄膜、特にマグネシウム・ニッケル系、マグネシウム・チタン系あるいはマグネシウム・ニオブ系薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子に関するものであり、更に詳しくは、電気的にガラス表面を鏡状態から透過状態へ可逆的に変化させることで窓ガラスから入射する太陽光の透過を電気的に制御することができる新規な全固体型反射調光エレクトロクロミック素子に関するものである。
本発明は、マグネシウム系合金薄膜を反射調光層に使用した特定の多層構造を採用することにより、透明時の透過率が高く、広い面積にわたって、短時間でスイッチングすることが可能な、例えば、太陽光の透過率を制御して建物や車両内の熱暑感を軽減するために、建物や車両の窓ガラスに好適に用いられる新規全固体型反射調光エレクトロクロミック素子、該エレクトロミック素子を組み込んだ調光部材及び該調光部材に関する新技術・新製品を提供するものである。
一般に、建物において、窓ガラスは大きな熱の出入口になっている。例えば、冬の暖房時の熱が窓から流失する割合は48%程度に達し、夏の冷房時に窓から熱が入る割合は71%程度にも達する。同様の現象は、窓ガラスが大きな熱の出入口となっている自動車にも当てはまる。自動車においては、空間に対する窓ガラスの割合が、建築物における割合よりも大きく、かつ、車内にいる人間に日射を避ける余地が少ないため、炎天下の環境に置かれた自動車の室内は非常に高温になる。
日本国内の夏期環境での測定例では、駐車された車内の空気温度は、約70℃近くに達する。室内の内装材の温度に関しては、インスツルメントパネル上面で100℃近くに上昇し、天井は70℃近くに上昇する。こうした状況で乗車した時の不快さは言うまでもない。また、換気や冷房装置を利用しても内装材の温度は容易に下がらず、長時間にわたって乗員に輻射熱を放射し続け、車内における快適性を大きく低下させる。
これらの問題を解決する技術として、光及び熱の出入を制御できる調光ガラスが開発されている。調光ガラスで用いられる調光方式としては、いくつかの種類がある。調光素子としては、1)電流・電圧の印加により可逆的に透過率が変化する材料を用いたエレクトロクロミック素子、2)温度により透過率が変化する材料を用いたサーモクロミック素子、3)雰囲気ガスの制御により透過率が変化する材料を用いたガスクロミック素子、が挙げられる。
その中で、エレクトロクロミック素子は、光及び熱の透過状態を電気的に制御することができる。そのため、エレクトロクロミック素子は、光及び熱の透過状態を人間の意図に沿った状態に設定でき、建物や車両用ガラスに適用される調光材料として非常に適している。更に、この素子は、電流・電圧を印加していない状態では、その光学特性が変わらないため、一定の状態を維持するためのエネルギーを削減することができる。
このエレクトロクロミック素子は、その構成物の一部が液状である場合があるが、その場合、液状物の漏出を防ぐことが必要となる。建物や車両は、長期間の使用を前提としており、漏出を長期間に渡って防ぐことは可能ではあるが、コストの上昇を招く。そのため、建物や車両用ガラスに好適なエレクトロクロミック素子としては、それを構成する材料全てが酸化タングステンのような固形であることが望ましい。
酸化タングステンを初めとして、これまで知られているエレクトロクロミック素子は、調光材料で光を吸収することにより調光を行うことをその原理としている。即ち、この素子は、光の吸収により室内側への光の形態をとった熱の進入を抑制する。ところが、このような調光原理を有する調光材料を採用する場合、光の吸収により調光材料が熱を持ち、その熱が室内に再放射され、調光ガラス内部に熱が侵入してしまうという問題がある。
この問題の解決手段としては、光を吸収することにより調光を行うのではなく、光を反射することにより調光を行う手法が考えられる。つまり、鏡の状態と透明な状態とが可逆的に変化する反射調光材料を用いることによって、調光材料の吸熱による室内への熱進入を防止することができる。
このような特性を有する反射調光エレクトロクロミック素子としては、先行文献には、例えば、希土類金属とマグネシウムとの合金とその水素化物からなる反射調光層、プロトン伝導性の透明な酸化保護層、無水の固体電解質、及びイオン貯蔵を積層したエレクトロクロミック素子が開示されている(特許文献1参照)。
反射調光層は、エレクトロクロミック素子の反射率を制御する機能を有し、プロトンの受け渡しにより、反射率が変化する。酸化保護層は、例えば、酸化ニオブ、酸化バナジウム、酸化タンタルといった酸化物や、フッ化マグネシウム、フッ化鉛といったフッ化物などのプロトン伝導性を有する化合物からなり、反射調光層の酸化を防止する。
イオン貯蔵層は、反射率の制御に用いられるプロトンを蓄積する。調光ガラスに電圧を印加すると、プロトンがイオン貯蔵層から固体電解質及び酸化保護層を介して反射調光層に移動し、反射調光層の反射率が変化する。電圧を逆に印加すると、プロトンが反射調光層から放出され、反射調光層の反射率が元に戻る。しかし、この素子では、反射調光層に高価な希土類金属を用いているため、大面積への適用がコストの観点から困難である。
安価で、より実用的な材料を反射調光層に用いた他の反射調光素子としては、例えば、反射調光層としてMgNi、触媒層としてパラジウムや白金を積層した素子が提案されている(特許文献2参照)。しかし、この種の材料は、その透明時における透過率が低く、とても実用的に使用できるものではなかった。
本発明者らの一部が開発したマグネシウム・ニッケル系合金薄膜(特許文献3参照)は、水素ガスを用いたガスクロミック方式であるが、可視光透過率が約50%であり、従来報告されているMgNiの20%に比べて大きく向上しており、実用に近づいている。このマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた全固体型調光ミラー素子としては、例えば、透明基板の上にイオン貯蔵層、固体電解質層、そして、上記特許文献3に記載のマグネシウム・ニッケル系合金を反射調光素子として積層した全固体型調光ミラー光スイッチも提案されている(特許文献4参照)。
しかし、耐久性に問題があり、この素子は1000回以上のスイッチング耐久性を示すものの、劣化が生じ、反射状態に戻らなくなる欠点があった。この原因の一つとして、スイッチングを繰り返すごとに徐々に反射調光層成分ならびに触媒層成分が固体電解質層中へ拡散することが示唆された(非特許文献1参照)。
この欠点は、マグネシウム・チタン系合金薄膜ならびにマグネシウム・ニオブ系合金薄膜を用いた素子においても同様であった。そのため、当技術分野においては、透明時の透過率が高く、広い面積にわたってスイッチングすることができ、更に、高耐久性を有する全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の開発が強く望まれていた。
特開2000−204862号公報 米国特許第6647166号明細書 特開2003−335553号公報 特開2005−274630号公報 K.Tajima,Y.Yamada,S.Bao,M.Okada and K.Yoshimura,"Durability of All−Solid−State Switchable Mirror Based on Magnesium−Nickel Thin Film",Electrochemical Solid−State Letters,vol.10,no.3,pp.J52−54,2007
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記の諸問題を抜本的に解決することが可能なエレクトロクロミック素子を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、マグネシウム系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子間に構成成分の拡散を防止する目的でバッファ層としてアルミニウム薄膜を用いることで耐久性の向上に成功し、本発明を完成するに至った。
本発明は、透明時に高い透過率を有するマグネシウム系合金薄膜等を反射調光層に用い、反射調光層の固体電解質側から透明化するようにイオン貯蔵層、固体電解質層、バッファ層、触媒層を積層した多積層構造から構成される、広い範囲にわたって短い時間でスイッチングすることを可能にする全固体型反射調光エレクトロクロミック素子、調光材料及び調光部材を提供することを目的とするものである。
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)透明な基材の上に、多層薄膜を形成した反射型調光素子であって、該多層薄膜が、少なくとも基材の上に、透明導電膜層、イオン貯蔵層、固体電解質層、該固体電解質層の上に形成した金属薄膜からなるバッファ層、触媒層、及びマグネシウム系合金薄膜の反射調光層を形成した多層構造を有していることを特徴とする全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(2)前記透明基材が、ガラスあるいは樹脂シートである、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(3)前記透明導電膜層と反射調光層間に、電圧を印加する及び/又は電流を流すことによって、反射調光作用を発現する、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(4)透明導電膜を塗布した透明な基材の上に、イオン貯蔵層として、遷移金属酸化物薄膜を形成した、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(5)固体電解質層として、イオン貯蔵層の上に、透明金属酸化物薄膜を形成した、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(6)前記固体電解質層の金属酸化物薄膜の密度が、2.8g/cm以上4.3g/cm以下である、前記(5)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(7)前記固体電解質層の金属酸化物が、酸化タンタル(Ta)又は酸化ジルコニウムからなる、前記(6)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(8)前記バッファ層の金属薄膜が、金属アルミニウム、金属タンタル又は金属チタンからなる、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(9)触媒層として、バッファ層の上に、パラジウム、白金、銀もしくはそれらの合金を含む層を形成した、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(10)反射調光層として、触媒層の上に、マグネシウム・ニッケル系、マグネシウム・チタン系あるいはマグネシウム・ニオブ系合金薄膜を形成した、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(11)反射調光層の合金が、MgNi(0.1≦x≦0.5)、MgTi(0.1≦x≦0.5)又はMgNb(0.3≦x≦0.6)である、前記(10)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(12)作製時に、イオン貯蔵層もしくは反射調光層のいずれかを水素化した、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(13)反射調光層の外側に、透明導電膜層を有する、前記(1)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(14)透明導電膜層の表面抵抗が、100Ω/□より小さい、前記(1)又は(13)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(15)透明導電膜層が、光線透過率が70%より高い金属薄膜、酸化物、あるいは有機化合物の少なくとも一種を含む、前記(1)又は(13)に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
(16)透明な基材に、多層薄膜を形成した全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を製造する方法であって、基材の上に、透明導電膜層、イオン貯蔵層、固体電解質層、該固体電解質層の上に形成した金属薄膜からなるバッファ層、触媒層を形成し、更に、その上にマグネシウム・ニッケル系合金、マグネシウム・チタン系合金又はマグネシウム・ニオブ系合金薄膜の反射調光層を形成することを特徴とする全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の製造方法。
(17)前記(1)から(15)のいずれか1項に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子が組み込まれたことを特徴とする調光部材。
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、全固体であって電圧を印加するか、もしくは電流を流すことによって、反射調光作用を示すエレクトロクロミック素子に係るものである。このエレクトロクロミック素子は、透明な基材に、透明導電膜、イオン貯蔵層、固体電解質層、バッファ層、触媒層、及びマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた反射調光層の多層構造より構成されることを特徴とするものである。
本発明は、反射調光層内に注入されるプロトンの拡散よりも、反射調光層内の電子が速く拡散するように、イオン貯蔵層、固体電解質層、バッファ層、触媒層を積層することを特徴としており、これにより、従来の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子に比べて、格段に速いスピードで反射状態と透明状態の間をスイッチングすることができ、更に、バッファ層として用いたアルミニウム薄膜は導電性に優れるため、素子全域が均一にスイッチングをすることが可能となる。
これらの各層を構成する薄膜は、例えば、マグネトロンスパッタリング法、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、化学気相蒸着法(CVD)、及びめっき法等により作製することができる。しかし、上記薄膜の作製方法は、これらの方法に制限されるものではない。これらの各層の成膜は、好適には、例えば、上記マグネトロンスパッタ装置を利用して行われる。
次に、本発明の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の具体的な構造について、図面を参照して説明する。なお、以下の説明においては、全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を、単に「エレクトロクロミック素子」とも記載する。図1は、本発明のエレクトロクロミック素子の一実施形態を示す断面模式図である。
図1において、エレクトロクロミック素子は、透明な基材10(以下、「基材」とも記載する。)、透明導電膜20、イオン貯蔵層30、固体電解質層40、バッファ層50、触媒層60、及びマグネシウム系合金薄膜を用いた反射調光層70(以下、「反射調光層」とも記載する。)の多層構造より構成される。なお、図1は、単なる模式図であり、本発明の反射調光板の厚さや大きさが、図示する態様に限定されるものではない。
図1では、透明導電膜20、イオン貯蔵層30、固体電解質層40、バッファ層50、触媒層60、及び反射調光層70は、透明な基材10上に積層されるが、他の層を積層することも可能である。例えば、反射調光層70上に、透明導電膜を更に積層することも適宜可能である。
図2は、反射調光層70上に透明導電膜80が形成されたエレクトロクロミック素子の断面模式図である。場合によっては、反射調光層70上の透明導電膜80の上に透明な基材を形成することも可能である(図3)。
なお、本発明において、「触媒層上に」などの説明で用いられている「上に」とは、積層される層の方向を明示する意味を有し、必ずしも隣接して配置されることを意味するものではない。例えば、「固体電解質層上に触媒層が形成される」という場合、固体電解質層と触媒層とは隣接して配置される場合と、固体電解質層と触媒層とがその間に他の層を介在させて配置される場合があり得る。
図1〜図3に、本発明のエレクトロクロミック素子の実施態様を示したが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されるものではない。本発明では、例えば、固体電解質層を2層配置する態様が挙げられる。また、本発明では、好ましくは、2枚の基材によって透明導電膜20、イオン貯蔵層30、固体電解質層40、バッファ層50、触媒層60、及び反射調光層70などの各層が挟持される構造が採用される。
反射調光層は、水や酸素による酸化劣化を受けやすいので、両側に基材を配置することにより、水や酸素の侵入を少なくすることができる。水や酸素の素子内部への侵入をより効果的に防止するには、樹脂シートからなる透明な基材10に挟持されたエレクトロクロミック素子を、1対のガラスで更に挟持する実施形態が好ましい。
図4に、エレクトロクロミック素子が、1対のガラス110によって挟持された反射調光板の断面模式図を示す。ガラス110とエレクトロクロミック素子との間には、必要に応じて、ポリビニルブチラールなどの合わせガラス用中間膜100を介在させることができる。
本発明のエレクトロクロミック素子は、その機能から、例えば、建築部材や自動車部品などの調光部材へ好適に適用される。建築部材の場合は、窓ガラスがその代表的な適用部材である。自動車部品では、窓ガラスやサンルーフや外板や内装を挙げることができ、特に、窓ガラスやサンルーフに適用されることが好ましい。本発明のエレクトロクロミック素子を用いることにより、日射のエネルギー透過量を制御でき、室内空間を快適に保つことが可能となる。
続いて、本発明のエレクトロクロミック素子を構成する各部材について説明する。基材の材質や形状は、エレクトロクロミック素子の基材として機能するものであれば、特に限定されない。基材は、透明導電膜層、イオン貯蔵層、固体電解質層、触媒層、及び反射調光層を形成する土台としての機能だけではなく、水や酸素の浸入を抑制する障壁としても機能するものが好ましい。
具体的には、基材として、例えば、ガラス、樹脂シートが挙げられる。樹脂シートを用いる場合には、各層の成膜を減圧条件下で行うため、アウトガスの発生量が少ない材料であることが、減圧を維持する観点からは好ましい。また、樹脂シートは無色透明であることが好ましいが、必要に応じて着色していても使用することが可能である。
本発明において、樹脂シートとは、合成高分子樹脂製基材を意味するものとして定義される。本発明で用いられる樹脂としては、価格、透明性、耐熱性などの観点からは、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ナイロン、アクリル等が好ましいものとして例示される。2枚の基材を用いる場合には、その組み合わせに関しては特に限定されない。
基材として、例えば、ガラス、樹脂シートといった材料から、適宜組み合わせて使用することができる。ガラスとガラスを組み合わせること、ガラスと樹脂シートを組み合わせること、樹脂シートと樹脂シートを組み合わせることが例示される。図4に示すように、エレクトロクロミック素子を更にガラスで挟持する場合には、基材は樹脂シートであることが好ましい。透明な基材10の上の透明導電膜については、予め透明導電膜が形成された基材を用いることによって、作業工程を簡素化することが可能である。
透明導電膜20は、導電性材料から構成され、エレクトロクロミック素子に電圧を印加する及び/又は電流を流すことによって、反射率を制御するために用いられる。透明導電膜の材料は、特に限定されるものではなく、公知の材料が使用され得る。
イオン貯蔵層30は、反射調光層の透明⇔鏡状の切り替えに必要なプロトンの貯蔵や、取り出しを可逆的に行うことができる層である。更に、プロトンを取り出したときに、必要に応じて着色しても使用できるが、無色透明になる特性を有する材料であることが好ましい。好適な構成材料としては、遷移金属酸化物が好ましい。遷移金属酸化物としては、例えば、酸化タングステン、酸化モリブデン、酸化ニオブ、酸化バナジウム等が挙げられる。
これらの中では、エレクトロクロミック素子の構成材料としての高い安定性(10サイクル以上)を有している酸化タングステンが好ましい。しかし、これらに限定されるものではなく、これらと同効のものであれば同様に使用することができる。イオン貯蔵層30の厚みは、特に限定されるものではないが、250〜2000nmの範囲であることが好ましい。
固体電解質層40は、電圧の印加によってプロトンが容易に移動できる特性を有する材料が用いられ、固形物であるため、長期間安定して使用できる。好適な構成材料としては、透明金属酸化物が好ましい。また、水分の存在は反射調光層の酸化劣化の要因となり得るため、電解質は無水であることが好ましい。本発明では、イオン貯蔵層の上に、透明金属酸化物薄膜を形成することが好ましい。
固体電解質層40の具体的な構成成分としては、例えば、酸化タンタル、酸化ジルコニウムなどが挙げられる。しかし、これらに限定されるものではなく、これらと同効のものであれば同様に使用することができる。固体電解質層の金属酸化物薄膜の密度は、2.8g/cm以上4.3g/cm以下であることが好ましい。
バッファ層50は、電圧の印加によってプロトンが容易に移動できる特性を有する材料が用いられ、かつ、スイッチング速度の向上ならびに均一な素子全域でのスイッチングを行うために金属が望ましい。本発明では、バッファ層として、固体電解質層の上に、金属薄膜を形成することが好ましい。
バッファ層50の具体的な構成成分としては、例えば、金属アルミニウム、金属タンタル、金属チタンなどが挙げられる。しかし、これらに限定されるものではなく、これらと同効のものであれば同様に使用することができる。また、バッファ層50の膜厚は、特に限定されるものではないが、1〜5nmの範囲であることが好ましい。
反射調光層が形成される触媒層60は、プロトンを反射調光層に供給/放出する出入口の機能を示す。触媒層によりプロトンの供給及び放出の速度が向上し、鏡状⇔透明のスイッチング性が高まる触媒層の成分としては、プロトンの透過能力の高いパラジウム、白金、銀もしくはそれらの合金が好ましい。例えば、パラジウム合金としては、好ましくはパラジウム・銀合金及びパラジウム・プラチナ合金等が用いられる。場合によっては、パラジウム合金に他成分を含有させることにより、特性の向上を図ることが可能である。
また、合金であるため、ある程度の不純物の混入も許容されるが、不純物の混入量は少ないことが好ましい。触媒層60の厚みは、特に限定されるものではないが、0.5〜10nmの範囲であることが好ましい。触媒層が薄すぎると触媒としての機能を十分に果たすことができない。逆に、触媒層が厚すぎると、触媒層の光の透過率が低下する。また、ある程度の厚さを超えると、触媒層の厚さを増しても、触媒としての機能が向上しなくなる。
反射調光層70は、水素及びプロトンを吸蔵/放出することで透明⇔鏡状に変化する材料であり、反射調光機能を示す。反射調光層は、マグネシウム系合金からなる。好ましくは、反射調光層は、マグネシウム1に対してニッケルが0.1から0.5の範囲であるマグネシウム・ニッケル系、マグネシウム1に対してチタンが0.1から0.5の範囲であるマグネシウム・チタン系あるいはマグネシウム1に対してニオブが0.3から0.6の範囲であるマグネシウム・ニオブ系合金からなる。
特に、マグネシウム・ニッケル系合金に関して、0.1から0.3の範囲であるマグネシウム・ニッケル系合金は、水素を吸蔵して透明になったときの透過率が高くなる傾向がある。原料コストの観点からは、MgNi0.5も好ましい。本発明では、マグネシウム・ニッケル系合金は、MgNi(0.1≦x≦0.5)、マグネシウム・チタン系合金は、MgTi(0.1≦x≦0.5)、マグネシウム・ニオブ合金は、MgNb(0.3≦x≦0.6)、であることが好ましい。
場合によっては、マグネシウム系合金に他成分を含有させることにより、特性の向上を図ることができる。例えば、本発明において、マグネシウム・ニッケル系合金にマグネシウム及びニッケル以外の成分が含有されても、マグネシウム・ニッケル系合金の特性が保持されていれば、マグネシウム・ニッケル系合金の概念に含まれる。マグネシウム・ニッケル系合金の特性が低下する場合であっても、マグネシウム・ニッケル系合金の結晶構造が部分的に保持されていれば、マグネシウム・ニッケル系合金の概念に含まれ得る。
また、合金であるため、ある程度の不純物の混入も許容されるが、不純物の混入量は少ないことが好ましい。反射調光層70の厚みは、約20〜200nmであることが好ましい。反射調光層が薄すぎると、鏡状態における光の反射率が低下し、十分な反射特性を示さない。逆に、反射調光層が厚すぎると、透明状態における光の透過率が低下する。用途によって異なった仕様が要求されるが、膜厚の制御により対応することができる。
透明導電膜を設けた透明な基材に、プロトン蓄積層、電解質層を設けて、その上にバッファ層、触媒層、反射調光層、透明導電膜を形成して、エレクトロクロミック素子とし得る。これらの層の作製順序は、例えば、透明導電膜を設けた基材にプロトン蓄積層、電解質層を設けて、その上にバッファ層、触媒層、反射調光層、透明導電膜を設けることが可能であり、逆に、透明導電膜を設けた基材に、反射調光層と触媒層を設けてから、バッファ層、電解質層、プロトン蓄積層、更に好ましくは、透明導電膜を設けることが可能である。透明導電膜は、表面抵抗が、100Ω/□以下であることが好ましく、また、光透過率が70%以上の金属薄膜酸化物、あるいは有機化合物の少なくとも一種を含むことが好ましい。
図4に示すように、エレクトロクロミック素子を2枚のガラス又は樹脂シートで挟持する場合に用いられるガラス及び樹脂シートとしては、以下の材料が挙げられる。ガラスの素材は、特に限定されず、一般に用いられているガラスが適用され得る。ガラスとしては、無色のものが用いられるが、必要により着色されているものも使用される。
ガラスの具体例としては、例えば、クリアーガラス、グリーンガラス、ブロンズガラス、グレーガラス、ブルーガラス、UVカット断熱ガラス、熱線吸収ガラス、強化ガラス等が使用され得る。場合によっては、これらを組み合わせることが可能である。
樹脂シートの素材は、特に限定されないが、透明であり、アウトガスが少ないことが好ましい。樹脂シートを用いてエレクトロクロミック素子の各層を作製する場合、成膜を減圧条件下で実施することが多いため、アウトガスの少ない樹脂シートを用いることによって、減圧を維持しやすくなる。
これらは、価格、透明性、耐熱性などを考慮すると、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ナイロン、アクリル等からなることが好ましい。エレクトロクロミック素子を構成する各層の大きさ及び厚さは、特に限定されるものではない。これらは、公知の構造を参考にして決定することが可能であり、用途や求める性能に応じて適宜調整される。例えば、エレクトロクロミック素子が自動車のフロントガラスに用いられるのであれば、車両のデザインに応じて透明基材の大きさが決定される。また、厚さも、調光材料の透光率や強度などを考慮して決定される。
本発明の透明な基材に、多層薄膜を形成した全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を製造する方法は、基材の上に、透明導電膜層、イオン貯蔵層、固体電解質層、バッファ層、触媒層を形成し、更に、その上にマグネシウム・ニッケル系合金、マグネシウム・チタン系合金又はマグネシウム・ニオブ系合金薄膜の反射調光層を形成して、固体電解質層のプロトン拡散を抑え、反射調光層の固体電解質側から透明化するようにしたことを特徴とするものである。
全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の調光動作は、イオン貯蔵層と反射調光層間に電圧を印加する、及び電流を流すことによって行う。即ち、エレクトロクロミック素子が鏡状態にある時、透明導電膜層20にプラス、反射調光層70にマイナスの電圧を印加すると、イオン貯蔵層30に貯蔵されていたプロトンが固体電解質40及びバッファ層50、触媒層60を通って反射調光層70内に拡散し、水素化を起こしてその反射特性が鏡の状態から透明状態に変わる。
このとき、触媒層60は、固体電解質層40と反射調光層70との間のプロトンの授受を促進する機能を有し、触媒層60によって反射調光層70における十分なスイッチング速度が確保される。逆に、エレクトロクロミック素子が透明状態にある時、イオン貯蔵層20にマイナスの反射調光層70にプラスの電圧を印加すると、反射調光層70内の水素化物が脱水素化し、その反射特性が透明状態から鏡状態にもどる。放出された水素は、プロトンの形で触媒層60、バッファ層50、固体電解質層40を通ってイオン貯蔵層30に戻り、そこで貯蔵される。
マグネシウム系合金を反射調光素子として使用した従来材は、電極近傍での反射状態から透明状態に変化するスイッチング時間は短いが、電極から離れるに従って著しくスイッチング時間が長くなるという問題点があり、窓等に用いることは困難であった。これに対し、本発明では、触媒層と固体電解質層間にバッファ層を挿入することで、素子全体の導電性が向上し、均一なスイッチングが可能となり、それにより、透明時の透過率が高く、広い面積にわたって、短時間でスイッチングする多積層構造の反射調光エレクトロクミック素子、及び該素子を組み込んだ調光部材を提供することが可能となる。本発明は、実用化可能な新規全固体型反射調光エレクトロクロミック材料、及び調光部材を提供するものとして有用である。
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)反射調光特性に優れたマグネシウム系合金薄膜材料を用いた全固体型の反射調光エレクトロクロミック素子を提供することができる。
(2)日射のエネルギー透過量を制御でき、室内空間を快適に保つことが可能となる全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の多積層構造を提供することができる。
(3)上記全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を組み込んだガラス等の調光部材を提供することができる。
(4)電気的にガラス表面を鏡状態から透過状態へ可逆的に変化させることで、窓ガラスから入射する太陽光の透過を電気的に制御することができる新規全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を提供することができる。
(5)広い面積にわたって、反射状態から透明状態に短い時間でスイッチングすることのできる、特に、窓ガラス等の調光に好適に使用可能な反射調光エレクトロクロミック素子、及び調光部材を提供することができる。
(6)樹脂シート上に素子構造を構築することで、生産性、利便性、経済性等に優れた大面積を有する大型反射調光エレクトロクロミック素子を、大量に、低コスト、高速プロセスで製造し、提供することができる。
(7)樹脂シート上に素子構造を構築して、既設の窓ガラス等に貼り付けるだけで、省エネルギー効果を持たせることができるため、調光ミラーの応用範囲を飛躍的に高めることができる。
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
まず、図1を参照して、本発明の第1の実施例について説明する。本実施例では、図1に示す全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を作製した。以下、製造方法の一実施形態について工程順に説明するが、以下の手順に本発明の技術的範囲が限定されるものではない。例えば、第一基材に、透明導電膜、反射調光層、触媒層を形成し、第二基材に、透明導電膜、イオン貯蔵層、固体電解質層及びバッファ層を形成し、これらを貼りあわせることにより、エレクトロクロミック素子を作製することも可能である。
透明導電膜であるスズドープした酸化インジウムをコーティングした表面抵抗が10Ω/□、厚さ1mmのガラス板を透明な基板として用いた。これを洗浄後、真空装置の中にセットして真空排気を行った。前記基板上に酸化タングステン薄膜の蒸着をマグネトロンスパッタ装置で行った。成膜は、アルゴンと酸素との混合雰囲気中で金属タングステンターゲットをスパッタリングする反応性DCスパッタリング法を用いることによって行った。
混合雰囲気は、アルゴンガスと酸素ガスの流量を制御することより制御された。アルゴンガスと酸素ガスの流量比は70:50であり、真空槽内の圧力は0.8Paとして、DCスパッタリング法によりタングステンに65Wのパワーを加えてスパッタを行った。作製された酸化タングステン薄膜の膜厚は、約500nmであった。作製された酸化タングステン薄膜は、硫酸を用いてブロンズ化され、濃青色に呈色した。
上記酸化タングステン薄膜上に、酸化タンタル薄膜を、酸化タングステン薄膜と同様に、反応性DCスパッタリング法により作製した。成膜は、アルゴンと酸素の混合雰囲気中で金属タンタルターゲットをスパッタリングすることにより行い、薄膜を作製した。混合雰囲気は、アルゴンガスと酸素ガスの流量を制御することより制御された。アルゴンガスと酸素ガスの流量比は70:25であり、真空槽内の圧力は0.7Paとして、直流スパッタリング法により、タンタルに65Wのパワーを加えてスパッタを行った。作製された酸化タンタル薄膜の膜厚は約400nm、密度は約3.8g/cmであった。酸化タンタル薄膜を酸化タングステン薄膜の上に蒸着しても、膜の色は濃青色のままで変化しなかった。
上記酸化タンタル/酸化タングステン2層膜の表面にバッファ層としてアルミニウム薄膜をDCスパッタリング法により蒸着した。雰囲気ガスはアルゴンを用い、真空槽内の圧力は0.6Paとして、金属アルミニウムターゲットに50Wのパワーを加えてスパッタを行った。得られたアルミニウムバッファ層の膜厚は約2nmであった。
上記バッファ層を蒸着したアルミニウム/酸化タンタル/酸化タングステン3層膜の表面にパラジウム触媒層及びマグネシウム・ニッケル合金薄膜反射調光層の蒸着を、3連のマグネトロンスパッタ装置で行った。3つのスパッタ銃に、ターゲットとして、それぞれ、金属マグネシウム、金属ニッケル、それに金属パラジウムをセットした。成膜に当っては、まず、パラジウムをスパッタリングして触媒層であるパラジウム薄膜を約4nm蒸着した。
スパッタリング中のアルゴンガス圧は、0.8Paであり、DCスパッタリング法によりパラジウムに14Wのパワーを加えてスパッタを行った。その後、マグネシウムに30W、ニッケルに16Wのパワーを加えて、マグネシウム・ニッケル合金薄膜を約40nm蒸着した。このときのマグネシウムとニッケルの組成は、ほぼMgNiであった。
得られた多層膜を、図5に示す評価装置にとりつけ、マグネシウム・ニッケル合金薄膜とスズドープした酸化インジウムにインジウムで電極をとることにより、その光学的なスイッチング特性を調べた。このスイッチ素子は、初期状態は鏡状態であった。前記インジウム電極間に±5Vの電圧を印加し、そのときの光学透過率の変化を、波長670nmの半導体レーザーとシリコンフォトダイオードを組み合わせた測定システムで測定した。
作製直後の多層膜は、調光層であるマグネシウム・ニッケル系合金薄膜が金属光沢を持つため、光をよく反射し(光学反射率:〜55%)、イオンストレージ層である酸化タングステン薄膜が濃紺に着色しているため、透過率は極めて低い(光学透過率:〜0.1%)。この多層膜のインジウム電極側に−5Vの電圧を印加すると、電場の影響で酸化タングステン薄膜中のプロトンが抜けて、固体電解質中を伝導し、マグネシウム・ニッケル系合金薄膜中に導入された。
この結果、酸化タングステン薄膜は透明になり、マグネシウム・ニッケル系合金薄膜も水素化が起こり、透明化した(光学反射率:〜16%、光学透過率:〜46%)。このときの光学透過率の時間変化を図6に示す。図6では、この変化には約15秒しか掛からず、その応答性はきわめて速いことが分かった。また、パラジウム触媒層下部のアルミニウムバッファ層は導電性に優れるため、膜中に均一な電流を流すことが可能となり、素子全域でのスイッチング速度の大幅な向上が図れた。逆に、インジウム電極側に+5Vを印加すると、約10秒で透過率は減少し、鏡状態に戻った。これにより、本素子は、印加電圧の極性を変化させることによって、鏡状態と透明状態へ、可逆的に変化させることが可能であることが分かった。
特に、素子の耐久性の観点において、図7に示すように、アルミニウムバッファ層を用いない素子においては、劣化が進行し、1500回程度で10%程度の透過率の変化幅になるが、アルミニウムバッファ層を用いることで、3000回以上においてもほとんど劣化を示さずに、安定な連続スイッチングに耐えることが可能となった。
実施例1と同様の手順で、酸化タンタル/酸化タングステン2層膜の作製を行い、その表面にバッファ層として、アルミニウム薄膜をDCスパッタリング法により蒸着した。雰囲気ガスは、アルゴンを用い、真空槽内の圧力は0.6Paとして、金属アルミニウムターゲットに50Wのパワーを加えてスパッタを行った。得られたアルミニウムバッファ層の膜厚は約2nmであった。
上記バッファ層を蒸着したアルミニウム/酸化タンタル/酸化タングステン3層膜の表面に、パラジウム触媒層及びマグネシウム・チタン系合金薄膜反射調光層の蒸着を、3連のマグネトロンスパッタ装置で行った。3つのスパッタ銃に、ターゲットとして、それぞれ、金属チタン、金属ニッケル、それに金属パラジウムをセットした。成膜に当っては、まず、パラジウムをスパッタリングして触媒層であるパラジウム薄膜を約4nm蒸着した。
スパッタリング中のアルゴンガス圧は、0.8Paであり、DCスパッタリング法によりパラジウムに14Wのパワーを加えてスパッタを行った。その後、マグネシウムに30W、ニッケルに30Wのパワーを加えて、マグネシウム・チタン系合金薄膜を約40nm蒸着した。このときのマグネシウムとチタンの組成は、ほぼMgTiであった。
得られた多層膜を、実施例1と同様に、図5に示す評価装置にとりつけ、マグネシウム・チタン系合金薄膜とスズドープした酸化インジウムにインジウムで電極をとることにより、その光学的なスイッチング特性を調べた。このスイッチ素子は、初期状態は鏡状態であった。前記インジウム電極間に±5Vの電圧を印加し、そのときの光学透過率の変化を、波長670nmの半導体レーザーとシリコンフォトダイオードを組み合わせた測定システムで測定した。
作製直後の多層膜は、調光層であるマグネシウム・チタン系合金薄膜が金属光沢を持つため、光をよく反射し(光学反射率:〜56%)、イオンストレージ層である酸化タングステン薄膜が濃紺に着色しているため、透過率は極めて低い(光学透過率:〜0.1%)。この多層膜のインジウム電極側に−5Vの電圧を印加すると、電場の影響で酸化タングステン薄膜中のプロトンが抜けて、固体電解質中を伝導し、マグネシウム・チタン系合金薄膜中に導入された。
この結果、酸化タングステン薄膜は透明になり、マグネシウム・チタン系合金薄膜も水素化が起こり、透明化した(光学反射率:〜18%、光学透過率:〜40%)。このときの光学透過率の時間変化を図8に示す。図8では、この変化には約15秒しか掛からず、その応答性はきわめて速いことが分かった。また、パラジウム触媒層下部のアルミニウムバッファ層は導電性に優れるため、膜中に均一な電流を流すことが可能となり、素子全域でのスイッチング速度の大幅な向上が図れた。逆に、インジウム電極側に+5Vを印加すると、約10秒で透過率は減少し、鏡状態に戻った。これにより、本素子は、印加電圧の極性を変化させることによって、鏡状態と透明状態へ、可逆的に変化させることが可能であることが分かった。
特に、素子の耐久性の観点において、図9に示すように、アルミニウムバッファ層を用いない素子においては、速やかに劣化が進行し、基底状態(反射状態)に戻らなくなるが、アルミニウムバッファ層を用いることで、1000回以上においてもほとんど劣化を示さずに、安定な連続スイッチングに耐えることが可能となった。
実施例1と同様の手順で、酸化タンタル/酸化タングステン2層膜の作製を行い、その表面に、バッファ層としてアルミニウム薄膜をDCスパッタリング法により蒸着した。雰囲気ガスは、アルゴンを用い、真空槽内の圧力は0.6Paとして、金属アルミニウムターゲットに50Wのパワーを加えてスパッタを行った。得られたアルミニウムバッファ層の膜厚は約2nmであった。
上記バッファ層を蒸着したアルミニウム/酸化タンタル/酸化タングステン3層膜の表面に、パラジウム触媒層及びマグネシウム・ニオブ系合金薄膜反射調光層の蒸着を、3連のマグネトロンスパッタ装置で行った。3つのスパッタ銃に、ターゲットとして、それぞれ、金属ニオブ、金属ニッケル、それに金属パラジウムをセットした。成膜に当っては、まず、パラジウムをスパッタリングして触媒層であるパラジウム薄膜を約4nm蒸着した。
スパッタリング中のアルゴンガス圧は、0.6Paであり、DCスパッタリング法によりパラジウムに45Wのパワーを加えてスパッタを行った。その後、マグネシウムに30W、ニオブに40Wのパワーを加えて、マグネシウム・チタン系合金薄膜を約40nm蒸着した。このときのマグネシウムとチタンの組成は、ほぼMgNb0.59であった。
得られた多層膜を、実施例1と同様に図5に示す評価装置にとりつけ、マグネシウム・ニオブ系合金薄膜とスズドープした酸化インジウムにインジウムで電極をとることにより、その光学的なスイッチング特性を調べた。このスイッチ素子は、初期状態は鏡状態であった。前記インジウム電極間に±5Vの電圧を印加し、そのときの光学透過率の変化を、波長670nmの半導体レーザーとシリコンフォトダイオードを組み合わせた測定システムで測定した。
作製直後の多層膜は、調光層であるマグネシウム・ニオブ系合金薄膜が金属光沢を持つため、光をよく反射し、イオンストレージ層である酸化タングステン薄膜が濃紺に着色しているため、透過率は極めて低い(光学透過率:〜0.1%)。この多層膜のインジウム電極側に−5Vの電圧を印加すると、電場の影響で酸化タングステン薄膜中のプロトンが抜けて、固体電解質中を伝導し、マグネシウム・ニオブ系合金薄膜中に導入された。
この結果、酸化タングステン薄膜は透明になり、マグネシウム・ニオブ系合金薄膜も水素化が起こり透明化した。アルミニウムバッファ層ありなしでの素子の光学透過率の時間変化を図10に示す。アルミニウムバッファ層を用いた場合、鏡状態から透過状態へのスイッチング速度の低下が観察されたが、おおよそ1分程度では素子全域で均一な透過状態を示しており、実用に耐え得る速度であることが分かる。
特に、逆電圧を印加した際の鏡状態へ戻る時間の向上が図れた。この結果として、鏡状態と透明状態へ、可逆的に変化させることが可能であることが分かった。また、マグネシウム・ニオブ系合金薄膜を調光層として用いた素子の耐久性は低いものの、アルミニウムバッファ層を用いることで耐久性の向上も図れることが分かった(図11)。
本発明の第4の実施例について説明する。本実施例では、基材としてPETやPENに代表される樹脂シートを用い、透明導電膜、イオン貯蔵層、固体電解質層及びバッファ層を形成し、その上に、触媒層、反射調光層を構成した。
透明導電膜であるスズドープした酸化インジウム(ITO)をコーティングした表面抵抗が35Ω/□、厚さ0.125mmのPETシートを基板として用いた。これを洗浄後、真空装置の中にセットして真空排気を行った。前記基板上に酸化タングステン薄膜の蒸着をマグネトロンスパッタ装置で行った。成膜は、アルゴンと酸素と水素の混合雰囲気中で金属タングステンターゲットをスパッタリングする反応性DCスパッタリング法を用いることによって行った。
混合雰囲気は、アルゴンガスと酸素ガスと水素ガスの流量を制御することより制御された。アルゴンガスと酸素ガスと水素ガスの流量比は4:1:3であり、真空槽内の圧力は1.0Paとして、反応性DCスパッタリング法によりタングステンに65Wのパワーを加えてスパッタを行った。作製された酸化タングステン薄膜の膜厚は、約500nmであった。
上記酸化タングステン薄膜上に、酸化タンタル薄膜を、酸化タングステン薄膜と同様に、反応性DCスパッタリング法により作製した。成膜は、アルゴンと酸素の混合雰囲気中で金属タンタルターゲットをスパッタリングすることにより行い、薄膜を作製した。混合雰囲気は、アルゴンガスと酸素ガスの流量を制御することより制御された。
アルゴンガスと酸素ガスの流量比は70:25であり、真空槽内の圧力は0.7Paとして、直流スパッタリング法により、タンタルに65Wのパワーを加えてスパッタを行った。作製された酸化タンタル薄膜の膜厚は約400nm、密度は約3.8g/cmであった。酸化タンタル薄膜を酸化タングステン薄膜の上に蒸着しても、膜の色は濃青色のままで変化しなかった。
上記酸化タンタル/酸化タングステン2層膜の表面に、バッファ層としてアルミニウム薄膜をDCスパッタリング法により蒸着した。雰囲気ガスは、アルゴンを用い、真空槽内の圧力は0.6Paとして、金属アルミニウムターゲットに50Wのパワーを加えてスパッタを行った。得られたアルミニウムバッファ層の膜厚は約2nmであった。
上記バッファ層を蒸着したアルミニウム/酸化タンタル/酸化タングステン3層膜の表面に、パラジウム触媒層及びマグネシウム・ニッケル合金薄膜反射調光層の蒸着を、3連のマグネトロンスパッタ装置で行った。3つのスパッタ銃に、ターゲットとして、それぞれ、金属マグネシウム、金属ニッケル、それに金属パラジウムをセットした。成膜に当っては、まず、パラジウムをスパッタリングして触媒層であるパラジウム薄膜を約4nm蒸着した。
スパッタリング中のアルゴンガス圧は、0.8Paであり、DCスパッタリング法によりパラジウムに14Wのパワーを加えてスパッタを行った。その後、マグネシウムに30W、ニッケルに16Wのパワーを加えて、マグネシウム・ニッケル合金薄膜を約40nm蒸着した。このときのマグネシウムとニッケルの組成は、ほぼMgNiであった。
得られた多層膜を、図5に示す評価装置にとりつけ、マグネシウム・ニッケル合金薄膜とスズドープした酸化インジウムにインジウムで電極をとることにより、その光学的なスイッチング特性を調べた。この素子は、初期状態は鏡状態であった。前記インジウム電極間に±5Vの電圧を印加し、そのときの光学透過率の変化を、波長670nmの半導体レーザーとシリコンフォトダイオードを組み合わせた測定システムで測定した。
作製直後の多層膜は、調光層であるマグネシウム・ニッケル系合金薄膜が金属光沢を持つため、光をよく反射し(光学反射率:〜56%)、イオンストレージ層である酸化タングステン薄膜が濃紺に着色しているため、透過率は極めて低い(光学透過率:〜0.1%)。この多層膜のインジウム電極側に−5Vの電圧を印加すると、電場の影響で酸化タングステン薄膜中のプロトンが抜けて、固体電解質中を伝導し、マグネシウム・ニッケル系合金薄膜中に導入された。
この結果、酸化タングステン薄膜は透明になり、マグネシウム・ニッケル系合金薄膜も水素化が起こり、透明化した(光学反射率:〜18%、光学透過率:〜43%)。このときの光学透過率及び反射率の時間変化を図12に示す。図12では、この変化には約20秒しか掛からず、その応答性はきわめて速い。逆に、インジウム電極側に+5Vを印加すると、約20秒で透過率は減少し、鏡状態に戻った。これにより、本素子は、印加電圧の極性を変化させることによって、鏡状態と透明状態へ、可逆的に変化させることが可能であることが分かった。
特に、素子の耐久性の観点において、図13に示すように、アルミニウムバッファ層を用いない素子においては、素子の導電性も悪いため透過率の変化幅が狭いが、アルミニウムバッファ層を用いることで、透過時の透過率も高く、1000回以上においても安定な連続スイッチングに耐えることが可能となった。
スイッチング後の透過状態を示した素子の透過スペクトルを図14に示す。図のように、特に、PETシート上に形成した素子は、ガラス上に形成した素子に対して、赤外付近の波長領域において、倍程度のスイッチング幅を示していることが分かる。赤外付近の波長領域のスイッチング幅が広いことは、素子のスイッチングにより太陽光からの熱の室内への流入の制御性に優れていることを意味している。
以上の結果より、素子構造をPETシート上に構築することで、生産性など、加工性、経済性、市場入手性、リサイクル性、利便性の向上が期待され、なおかつ、赤外付近の波長領域のスイッチング幅が広いため、調光窓材として、より相応しい特性を付与することができることが分かった。
以上詳述したように、本発明は、反射調光特性に優れたマグネシウム・ニッケル合金薄膜材料を用いた全固体型の反射調光エレクトロクロミック素子に係るものであり、本発明により、人間の意図に沿って、日射のエネルギー透過量を制御でき、室内空間を快適に保つことを可能とする全固体型反射調光エレクトロクロミック素子、及び該素子を組み込んだ調光部材を作製し、提供することが可能となる。本発明は、反射調光特性に優れたマグネシウム系合金薄膜材料を用いた全固体型の反射調光エレクトロクロミック素子を提供するものとして有用である。
図1は、本発明の素子の一例(全固体型反射調光エレクトロクロミック素子1)の概略図を示す。 図2は、本発明の素子の他の一例(全固体型反射調光エレクトロクロミック素子2)の概略図を示す。 図3は、本発明の素子の他の一例(全固体型反射調光エレクトロクロミック素子3)の概略図を示す。 図4は、本発明の素子の他の一例(全固体型反射調光エレクトロクロミック素子4)の概略図を示す。 図5は、全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の特性評価装置の概略図を示す。 図6は、ガラス上に形成したマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子のスイッチング特性(波長670nmにおける光学透過率及び光学反射率の変化)を示す。 図7は、ガラス上に形成したマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の耐久性(波長670nmにおける光学透過率、1サイクル120秒の連続スイッチング)を示す。 図8は、ガラス上に形成したマグネシウム・チタン系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子のスイッチング特性(波長670nmにおける光学透過率及び光学反射率の変化)を示す。 図9は、ガラス上に形成したマグネシウム・チタン系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の耐久性(波長670nmにおける光学透過率、1サイクル120秒の連続スイッチング)を示す。 図10は、ガラス上に形成したマグネシウム・ニオブ系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子のスイッチング特性(波長670nmにおける光学透過率の変化)を示す。 図11は、ガラス上に形成したマグネシウム・ニオブ系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の耐久性(波長670nmにおける光学透過率、1サイクル120秒の連続スイッチング)を示す。 図12は、PETシート上に形成したマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子のスイッチング特性(波長670nmにおける光学透過率及び光学反射率の変化)を示す。 図13は、PETシート上に形成したマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の耐久性(波長670nmにおける光学透過率、1サイクル120秒の連続スイッチング)を示す。 図14は、PETシート上に形成したマグネシウム・ニッケル系合金薄膜を用いた全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の透過スペクトルを示す。

Claims (17)

  1. 透明な基材の上に、多層薄膜を形成した反射型調光素子であって、該多層薄膜が、少なくとも基材の上に、透明導電膜層、イオン貯蔵層、固体電解質層、該固体電解質層の上に形成した金属薄膜からなるバッファ層、触媒層、及びマグネシウム系合金薄膜の反射調光層を形成した多層構造を有していることを特徴とする全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  2. 前記透明基材が、ガラスあるいは樹脂シートである、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  3. 前記透明導電膜層と反射調光層間に、電圧を印加する及び/又は電流を流すことによって、反射調光作用を発現する、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  4. 透明導電膜を塗布した透明な基材の上に、イオン貯蔵層として、遷移金属酸化物薄膜を形成した、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  5. 固体電解質層として、イオン貯蔵層の上に、透明金属酸化物薄膜を形成した、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  6. 前記固体電解質層の金属酸化物薄膜の密度が、2.8g/cm以上4.3g/cm以下である、請求項5に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  7. 前記固体電解質層の金属酸化物が、酸化タンタル(Ta)又は酸化ジルコニウムからなる、請求項6に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  8. 前記バッファ層の金属薄膜が、金属アルミニウム、金属タンタル又は金属チタンからなる、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  9. 触媒層として、バッファ層の上に、パラジウム、白金、銀もしくはそれらの合金を含む層を形成した、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  10. 反射調光層として、触媒層の上に、マグネシウム・ニッケル系、マグネシウム・チタン系あるいはマグネシウム・ニオブ系合金薄膜を形成した、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  11. 反射調光層の合金が、MgNi(0.1≦x≦0.5)、MgTi(0.1≦x≦0.5)又はMgNb(0.3≦x≦0.6)である、請求項10に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  12. 作製時に、イオン貯蔵層もしくは反射調光層のいずれかを水素化した、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  13. 反射調光層の外側に、透明導電膜層を有する、請求項1に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  14. 透明導電膜層の表面抵抗が、100Ω/□より小さい、請求項1又は13に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  15. 透明導電膜層が、光線透過率が70%より高い金属薄膜、酸化物、あるいは有機化合物の少なくとも一種を含む、請求項1又は13に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子。
  16. 透明な基材に、多層薄膜を形成した全固体型反射調光エレクトロクロミック素子を製造する方法であって、基材の上に、透明導電膜層、イオン貯蔵層、固体電解質層、該固体電解質層の上に形成した金属薄膜からなるバッファ層、触媒層を形成し、更に、その上にマグネシウム・ニッケル系合金、マグネシウム・チタン系合金又はマグネシウム・ニオブ系合金薄膜の反射調光層を形成することを特徴とする全固体型反射調光エレクトロクロミック素子の製造方法。
  17. 請求項1から15のいずれか1項に記載の全固体型反射調光エレクトロクロミック素子が組み込まれたことを特徴とする調光部材。
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