この発明における流体装置は非圧縮性流体を取り扱う装置であり、流体装置にはポンプ、モータ、動力伝達装置(クラッチ)が含まれる。前記ポンプにおいては、ピストンがシリンダから押し出される向きで動作して、流体室に流体を吸入する一方、ピストンがシリンダ内に没入する向きで動作して、前記流体室から流体を吐出する。これに対して、モータの場合は、流体供給装置、例えばポンプ、コンプレッサなどにより流体室に流体が圧入されて、その圧力でピストンがカムに押し付けられて、接触部材とカムとの接触部分に生じる荷重の分力で、トルクが発生する。また、接触部材がカムの形状に沿って移動し、ピストンがシリンダ内に没入する方向に動作することによって、流体室から流体が排出される。前記クラッチは、第1の部材または第2の部材を回転させることにより、前記流体室に流体を吸入し、その流体の吐出抵抗で前記接触部材をカムに係合させ、その係合力により前記第1の部材と第2の部材との間で伝達されるトルクを制御するものである。また、この発明においては、第1の部材または第2の部材のうち、少なくとも一方が回転可能に構成される。言い換えれば、いずれか一方の部材は回転不可能に固定された固定構造物でもよい。この発明の流体装置を、ポンプまたはモータとして用いる場合、第1の部材または第2の部材のうち、少なくとも一方が回転可能であればよい。この発明の流体装置をクラッチとして用いる場合、第1の部材および第2の部材の両方が回転可能に設けられる。
この発明において、第1の部材または第2の部材のうち、回転可能に設けられる部材は、動力源の動力が伝達されるように構成されており、前記動力源の動力が一方の部材に伝達されて、第1の部材と第2の部材とが相対回転する。第1の部材または第2の部材のうち、回転可能に設けられる部材、つまり、回転要素には、回転軸、歯車、スプロケット、スリーブ、プーリ、キャリヤ、環状部材などの要素が含まれる。これに対して、いずれか一方の部材が回転不可能に固定される場合、この固定要素としては、ポンプまたはモータが配置されるケーシングまたはハウジング自体、ケーシングまたはハウジングに取り付けられるブラケットもしくはフレーム、ケーシングまたはハウジングに設けられる隔壁などが挙げられる。さらに、前記ケーシングまたはハウジングは、動力源に固定される構造、または車体に固定される構造のいずれでもよい。さらに、車体自体に何れか一方の部材を固定してもよい。
前記動力源としては、熱エネルギを運動エネルギに変換する動力装置である内燃機関を用いることが可能である。さらに、内燃機関としては、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、LPGエンジン、メタノールエンジンなどを用いることができる。また動力源としては電動機を用いることも可能である。電動機は電気エネルギを運動エネルギに変換する動力装置である。また、電動機は直流電動機または交流電動機のいずれでもよい。また、電動機としては、発電機能を兼備した発電・電動機を用いることも可能である。さらには、内燃機関および電動機の両方を動力源として用いることも可能である。さらにまた、動力源として、油圧モータ、フライホイールシステムを用いることも可能である。
この発明において、前記第1の部材に形成されるカムは、予め定められた一定方向、具体的には、回転軸線に沿った方向、または回転軸線を中心とする半径方向に変位されている。この発明において、前記カムを半径方向に変位させる場合の具体例としては、凹部と凸部とを交互に配置して波形のカム面を形成すること、環状のカムを楕円形状に構成すること、カムを真円形状とし、かつ、そのカムを前記回転軸線に対して偏心させて配置させることなどが挙げられる。これに対して、前記カムを回転軸線に沿った方向に変位させる場合の具体例としては、凹部と凸部とを交互に配置して波形のカム面を形成すること、平坦面で構成したカムを楕円形状に構成し、かつ、そのカムを回転軸線に対して非垂直に配置することなどが挙げられる。したがって、この発明におけるピストンは、予め定められた一定方向、具体的には、回転軸線に沿った方向、または回転軸線を中心とする半径方向に動作可能である。
このため、この発明の流体装置をポンプとして用いる場合、ラジアルピストンポンプまたはアキシャル(スラスト)ピストンポンプのいずれでもよい。また、この発明において、接触部材としては、ローラまたはボールを用いることが可能である。さらに、この発明において、流体とは非圧縮性流体である液体であり、液体には水、オイル、不凍液、薬液、温水などが含まれる。流体装置をポンプまたはモータまたは動力伝達装置(クラッチ)として用いる場合、流体はオイルが用いられる。この発明において、「媒体」は「流体室に出入りする流体」よりも流動抵抗が低い流体である。この発明における媒体は、媒体室の圧力変化により、媒体室に吸入および媒体室からの吐出が可能であり、かつ、流動性を有するものである。この媒体には、気体および液体が含まれる。すなわち、この発明においては、流体室および媒体室に、共に液体が吸入・吐出される構成、流体室に液体が吸入・吐出され、かつ、媒体室には気体が吸入・吐出される構成が含まれる。
また、この発明において押し付け機構は、ピストンをカムに押し付ける力を発生させる機構であり、押し付け機構には、次に述べる第1ないし第3の機構が含まれる。第1の機構は、ばね部材の弾発力を用いてピストンをカムに押し付ける力を発生させる機構である。第2の機構は、錘の遠心力によってピストンをカムに押し付け力を発生させる機構である。第3の機構は、シリンダ室に油圧室を設け、その油圧室の油圧を用いてピストンをカムに押し付ける力を発生させる機構である。また、この発明においてカムに接触する接触部材には、カムに接触して転動可能な転動体が含まれる。さらに、ピストンの先端を曲面形状とした曲面部を設け、その曲面部をカムに接触させる構成を採用することも可能である。この場合は、ピストン自体が接触部材を兼ねることとなる。この発明においては、第1の部材と第2の部材とが相対回転すると、接触部材はカムに接触した状態で、カムの形状に沿って動作する。この発明では、カムに対する接触部材の追従性が確保される。ここで、「追従」には、接触部材がカムに接触すること、または接触部材がカムに接触した状態で、カムの形状に沿った接触部材が移動すること、が含まれる。この発明において、無段変速機は、入力回転数と出力回転数との比を、無段階に(連続的に)変更可能な変速機であり、無段変速機としては、ベルト式無段変速機またはトロイダル型無段変速機が挙げられる。
さらに、この発明の流体装置を、動力源から車輪に至る動力伝達経路に配置する場合、第1の部材および第2の部材は、同軸上で回転する要素であり、各回転部材は、中空軸、中実軸、ギヤ、回転メンバ、コネクティングドラム、遊星歯車機構のキャリヤなどで構成することが可能である。なお、第1の部材および第2の部材は、相対回転可能な別部材であればよい。また、第1の部材および第2の部材の軸線が、車両の前後方向または車両の幅方向のいずれの向きで配置されていてもよい。この発明は、動力源のトルクが、前輪または後輪のいずれに伝達される構成の二輪駆動車にも適用可能である。また、この発明は、動力源のトルクが、動力分配装置(トランスファ)により、前輪および後輪に分配される構成の四輪駆動車にも適用可能である。さらにまた、この発明において、第1の部材および第2の部材は、動力の伝達方向で直列、つまり、上流と下流とに配置されている。なお、この発明においては、第1の部材と第2の部材との相対回転数差が1である場合において、ピストンが一定方向に1往復する構成、または複数回往復する構成のいずれでもよい。
この発明を、ポンプまたはクラッチとして用いる場合、抵抗制御機構は、第1ピストンがカムに近づく向きで動作して、流体室に流体を吸入する場合の吸入抵抗よりも、第2ピストンが前記第1ピストンから離れる向きで動作して、前記流体室に液体を吸入する場合の吸入抵抗を小さくする機構である。これに対して、この発明をモータとして用いる場合、抵抗制御機構は、流体室に流体が圧入されて、その圧力で第1ピストンがカムに近づく向きで動作する場合の抵抗よりも、流体室に流体が圧入されて、その圧力で第2ピストンが前記第1ピストンから離れる向きで動作する場合の動作抵抗を小さくする機構である。
つぎに、この発明の流体装置を車両に搭載し、かつ、その流体装置を、オイルポンプおよびクラッチとして用いる場合の具体例を図2に基づいて説明する。図2には、車両1のパワートレーンおよび制御系統の一例が、模式的に示されている。この図2に示すパワートレーンは、いわゆるフロントエンジン・フロントドライブ形式のパワートレーン(二輪駆動車)である。まず、原動機としてのエンジン2が設けられており、エンジントルクがダンパ機構3を経由してインプットシャフト4に伝達されるように構成されている。前記ダンパ機構3およびインプットシャフト4は、ケーシング(トランスアクスルケース)5内に配置されている。インプットシャフト4の回転軸線A1は、車両1の左右方向に沿って配置されている。そして、インプットシャフト4のトルクが、オイルポンプ6および前後進切換装置7を経由して無段変速機8に伝達されるとともに、そのトルクが、伝動装置9および最終減速機10を経由して車輪11に伝達されるように構成されている。以下、オイルポンプ6の具体的な構成例を順次説明する。
(具体例1)
前述したオイルポンプ6の具体的な構成例を、図1および図3および図4および図5に基づいて説明する。この図3は、前記回転軸線A1に沿った方向におけるオイルポンプ6の断面図であり、図5は、回転軸線A1と垂直な平面における断面図である。前記回転軸線A1は、前記インプットシャフト4の回転軸線および前記エンジン2のクランクシャフトの回転軸線と共通である。前記オイルポンプ6は、前記インプットシャフト4と、前記無段変速機8との間における伝達トルクを制御するクラッチとしての機能を兼備している。また、前記ケーシング5であって、前記回転軸線A1に沿った方向で、前記エンジン2から最も離れた位置にはリヤカバー12が設けられており、このリヤカバー12には、円筒形状のスリーブ13が固定されている。このスリーブ13は、前記インプットシャフト4と同軸上に配置されている。また、スリーブ13の内部にはホルダ14が設けられており、このホルダ14はリヤカバー12に固定されている。このホルダ14は円筒形状に構成されており、このホルダ14と前記インプットシャフト4とが同軸上に配置されている。さらに、前記インプットシャフト4の外側には、コネクティングドラム15が同軸上に配置されている。このコネクティングドラム15は、回転要素同士を接続する接続部材である。また、前記ケーシング5の内部には隔壁16が設けられており、前記回転軸線A1に沿った方向で、前記リヤカバー12と前記隔壁16とにより取り囲まれた空間に、前記オイルポンプ6が配置されている。そして、前記隔壁16と前記コネクティングドラム15との間には軸受17が介在されており、この軸受17によって前記コネクティングドラム15が回転自在に保持されている。
このコネクティングドラム15におけるリヤカバー12側の端部には、前記オイルポンプ6の一部を構成するアウターレース18が接続されている。このアウターレース18は、前記オイルポンプ6の外側部分を構成する回転要素であり、このアウターレース18が、前記コネクティングドラム15と一体回転するように連結されている。また、前記アウターレース18は、円錐部19と円筒部20とを有している。この円錐部19は、前記回転軸線A1に沿った方向で、外径が異なるようなテーパ形状を有しており、前記回転軸線A1を中心として構成されている。また、円筒部20は、前記回転軸線A1に沿った方向で、外径および内径が共に略一定に構成されている。そして、前記円筒部20が前記スリーブ13の外側に配置され、この円筒部20とスリーブ13との間には軸受21が介在されている。また、前記円錐部19の内周には全周に亘ってカム面22が形成されている。このカム面22は、図3に示すように、前記回転軸線A1と垂直な平面内で、前記回転軸線A1を中心とする半径方向に変位された凹部23および凸部24を有している。具体的には、前記凹部23および凸部24が複数設けられており、前記アウターレース18の円周方向で、前記凹部23と凸部24とが交互に配置され、かつ、連続されて波形形状のカム面22を形成している。前記凹部23は半径方向で外側に向けて窪んでおり、凸部24は半径方向で内向きに突出している。すなわち、凹部23が複数形成され、かつ、凸部24が複数形成されて、凹部23と凸部24とが円周方向で滑らかに連続するように接続されている。
また、前記カム面22であって凹部23の最も外側に相当する部分と回転軸線A1との距離が、回転軸線A1に沿った方向で異なる値に設定されている。つまり、凹部23の最も外側に相当する部分の谷底23Aが、前記スリーブ13に近づくほど前記距離が短くなるようなテーパを有している。このテーパは、前記回転軸線A1との成す鋭角側の角度で表すことができる。言い換えれば、凹部23の谷底23Aに接する外接円(図示せず)と、凸部24の頂点24Aに接する内接円(図示せず)との半径差が、回転軸線A1に沿った方向で連続的に異なる値となっている。また、凸部24の頂点24Aと回転軸線A1との距離は、回転軸線A1に沿った方向で一定となるように構成されている。なお、図5の例では、凹部23が6箇所設けられ、かつ、凸部24が6箇所設けられているが、凹部23および凸部24の数は任意に設定可能である。
上記のように構成されたアウターレース18の内部空間にインナーレース25が設けられている。このインナーレース25は、前記オイルポンプ6の内側部分を構成している。このインナーレース25は2つの円筒部26,27を有しており、一方の円筒部27が前記インプットシャフト4の外側に配置され、このインプットシャフトと前記円筒部27とが一体回転するように連結、具体的にはスプライン結合されている。また、前記インナーレース25は前記インプットシャフト4に対して、前記回転軸線A1に沿った方向に相対移動可能に構成されており、前記円筒部27と前記コネクティングドラム15との間には軸受28が介在されている。さらに、前記インナーレース25には軸部29が設けられており、この軸部29は前記円筒部27の内部に、かつ、円筒部27と同軸上に形成されている。一方、前記インプットシャフト4の端部に開口された凹部30が形成されており、前記軸部29がこの凹部30内に配置されている。そして、前記凹部30の内周面および端面と、前記軸部29の端面とにより取り囲まれた油圧室31が形成されており、前記インプットシャフト4には前記油圧室31に接続された油路32が設けられている。さらに、前記インナーレース25であって、前記回転軸線A1に沿った方向で、前記円筒部26と円筒部27との間には円板形状のボス部33が形成されており、そのボス部33の外周には、円周方向に沿って複数のシリンダ34が形成されている。
各シリンダ34は、ボス部33の外周面に開口された略円柱形状の凹部であり、複数のシリンダ34が放射状に配置されている。また、各シリンダ34内にはピストン35が各々配置されており、このピストン35がシリンダ34内で、インナーレース25の半径方向に往復移動自在となる構成を有している。すなわち、オイルポンプ6は、いわゆるラジアルピストンポンプである。図1および図4は、前記シリンダ34およびピストン35の1組の構成を示す拡大断面図である。前記回転軸線A1と垂直な平面内、および前記回転軸線A1に沿った方向の平面内で、前記シリンダ34の中心線C1は前記回転軸線A1と交差する。前記ピストン35は、第1ピストン120および第2ピストン121を有している。まず、第1ピストン120は、前記中心線C1を中心とする円筒部122と、その円筒部122の内部に設けた隔壁123とを有している。この第1ピストン120は前記シリンダ34内で、前記中心線C1に沿った方向に往復動自在である。この隔壁123により、前記第1ピストン120に2つの凹部124,125が形成されている。
前記凹部125は前記シリンダ34の底面37と対向して配置され、この凹部125と底面37との間に油圧室39が形成されている。また、前記シリンダ34内には圧縮コイルばね126が配置されており、この圧縮コイルばね126の一端が前記隔壁123に接触し、圧縮コイルばね126の他端が前記底面37に接触している。つまり、前記圧縮コイルばね126は前記中心線C1に沿った方向に伸縮可能である。この圧縮コイルばね126の弾性力が前記第1ピストン120に加えられて、前記中心線C1に沿った方向で、前記第1ピストン120が前記カム面22に向けて押圧されている。また、前記円筒部122の外周、具体的には前記凹部125に相当する箇所の外周にはシールリング127が取り付けられている。このシールリング127が前記シリンダ34の内周面に接触して、シール面を形成している。上記のように構成された第1ピストン120は、主として前記油圧室39の容積を調整する機能を有している。
一方、前記隔壁123には通路128が形成されており、前記凹部125と凹部124とが通路128により接続されている。そして、前記凹部124は、前記第1ピストン120における前記シリンダ34の外側に相当する箇所に配置されており、その凹部124に前記第2ピストン121が配置されている。このピストン121は前記中心線C1に沿った方向に往復動自在である。つまり、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが、前記中心線C1に沿った方向に相対移動可能に構成されている。また、この第2ピストン121における前記隔壁123側の箇所には、副油圧室129が形成されている。この副油圧室129は、凹部により構成されている。前記中心線C1と垂直な平面内で、この副油圧室129の油圧が作用する第2ピストン121の受圧面積は、前記油圧室39の油圧が作用する第1ピストン120の受圧面積よりも狭く構成されている。そして、この副油圧室129と前記油圧室39とが、前記通路128を介して接続されている。また、前記副油圧室129には圧縮コイルばね130が配置されており、この圧縮コイルばね130の一端が前記隔壁123に接触し、圧縮コイルばね130の他端が前記第1ピストン121に接触している。この前記圧縮コイルばね130は前記中心線C1に沿った方向に伸縮可能である。この圧縮コイルばね130の弾性力が前記第2ピストン121に加えられて、前記中心線C1に沿った方向で、前記第2ピストン121が前記カム面22に向けて押圧されている。さらに、圧縮コイルばね130のばね荷重は、前記圧縮コイルばね126のばね荷重よりも小さく構成されている。
また、前記第2ピストン121の外周にはシールリング131が取り付けられている。このシールリング131が前記凹部124の内周面に接触して、シール面を形成している。さらに、前記第2ピストン121における前記カム面22に近い箇所には、転動体36が取り付けられている。この転動体36は、カム面22に接触した状態で転動可能である。この転動体36としては、ボール(球体)またはローラを用いることが可能である。転動体としてローラを用いる場合、その転動体の回転軸線A1に沿った方向の回転軸線を中心として回転可能に保持する。なお、ローラの形状は、円柱ではなく、回転軸線A1に沿った方向に沿って半径が連続的に変化するボビン形状のローラを用いる。なお、図1および図3および図4および図5では、転動体36としてボールを用いた場合が示されている。このように、前記ピストン35は、第1ピストン120および第2ピストン121を有しているが、図5では便宜上、一体化された単一物のピストン35として示している。
つぎに、前記油室39に接続された油路の構成を、図2および図3に基づいて説明する。前記インナーレース25には、油室39に接続された吸入油路42が設けられており、吸入油路42には逆止弁43が設けられている。一方、前記リヤカバー12には油路44が設けられている。さらに、ホルダ14にも油路45が設けられており、油路44と油路45とが接続されている。さらに、前記インナーレース25には、円筒部26からボス部33に亘って円柱形状の凹部25Aが形成されており、凹部25A内にホルダ14が挿入され、かつ、円筒部26がスリーブ13内に挿入されて、前記インナーレース25が、前記スリーブ13およびホルダ14に対して、前記回転軸線A1に沿った方向に移動可能に構成されている。そして、凹部25Aとホルダ14とにより油路25Bが形成されており、前記油路25Bが、前記吸入油路42および油路45に接続されている。そして、前記逆止弁43は、油路25Bのオイルが油室39に吸入される場合に開放する一方、前記油室39のオイルが油路25Bに戻ろうとすると閉じられる構成を有している。さらに、前記インナーレース25の円筒部26には吐出油路46が設けられており、吐出油路46には逆止弁47が設けられている。さらに、リヤカバー12には油路48が設けられており、その油路48が後述する吐出制御弁に接続されている。さらに、この油路48は吐出油路46に接続されている。そして、前記逆止弁47は、前記油室39のオイルが油路48に吐出される場合に開放され、前記油路48のオイルが前記油室39に戻ろうとすると閉じる構成を有している。
つぎに、前記ケーシング5の内部に設けられた前後進切換装置7の構成について説明する。前後進切換装置7は、前記回転軸線A1に沿った方向において、前記エンジン2と前記オイルポンプ6との間に配置されている。前後進切換装置7は、前記コネクティングドラム15の回転方向に対して、前記無段変速機8のプライマリシャフト49の回転方向を正逆に切り換えるための装置であり、この実施例では、前後進切換装置7が遊星歯車機構、具体的には、シングルピニオン型の遊星歯車機構を有している。この遊星歯車機構は、サンギヤ50と、サンギヤ50と同軸上に配置されたリングギヤ51と、前記サンギヤ50およびリングギヤ51に噛合されたピニオンギヤ52を自転、かつ公転可能に保持するキャリヤ53とを有している。そして、前記サンギヤ50が、前記プライマリシャフト49に動力伝達可能に連結されており、前記リングギヤ51が前記コネクティングドラム15と動力伝達可能に連結されている。さらに、前後進切換装置7を構成する回転要素同士の連結・解放を制御する前進用クラッチC1が設けられているとともに、回転要素の回転・停止を制御する後進用ブレーキBRが設けられている。前進用クラッチC1により、サンギヤ50とリングギヤ51との連結・解放が制御され、後進用ブレーキBRにより、キャリヤ53の回転・停止が制御されるように構成されている。
ここで、前進用クラッチC1としては、摩擦クラッチまたは電磁クラッチまたは噛み合いクラッチのいずれを用いてもよいし、後進用ブレーキBRとしては、摩擦ブレーキまたは電磁ブレーキまたは噛み合いブレーキのいずれを用いてもよい。この実施例では、摩擦クラッチまたは噛み合いクラッチを用い、摩擦ブレーキまたは噛み合いブレーキを用いる場合は、油圧制御式のアクチュエータを用いることが可能である。これに対して、電磁クラッチおよび電磁ブレーキを用いる場合は、電磁制御式のアクチュエータを用いることとなる。この実施例では、摩擦クラッチおよび摩擦ブレーキが用いられ、かつ、油圧制御式アクチュエータが用いられている場合について説明する。すなわち、油圧アクチュエータは油圧室(図示せず)およびピストン(図示せず)などを有しており、油圧室の油圧を利用して、前進用クラッチC1のトルク容量、後進用ブレーキBRのトルク容量が制御されるように構成されている。
つぎに、前述の無段変速機8について説明すると、前記回転軸線A1に沿った方向において、前後進切換装置7とダンパ機構3との間に無段変速機8が設けられている。この実施例では、無段変速機8としてベルト式無段変速機が用いられており、無段変速機8は、前述したプライマリシャフト49およびセカンダリシャフト54を有している。このプライマリシャフト49は、前記インプットシャフト4と同軸上に配置され、かつ、前記インプットシャフト4の外側を取り囲むように配置されている。そして、前記インプットシャフト4とプライマリシャフト49とが相対回転可能に構成されている。また、前記ケーシング5内には、前記インプットシャフト4の回転軸線A1に沿った方向で無段変速機8の両側に隔壁55,56が設けられており、プライマリシャフト49と隔壁55,56との間に軸受57が介在されている。このようにして、前記プライマリシャフト49およびセカンダリシャフト54は相互に平行に配置されており、プライマリシャフト49と一体回転するプライマリプーリ58が設けられ、セカンダリシャフト54と一体回転するセカンダリプーリ59が設けられている。
また、プライマリプーリ58およびセカンダリプーリ59には無端状のベルト60が巻き掛けられている。さらに、プライマリプーリ58からベルト60に加えられる挟圧力を制御する油圧サーボ機構61と、セカンダリプーリ59からベルト60に加えられる挟圧力を制御する油圧サーボ機構62とが設けられている。この油圧サーボ機構61,62の油圧室(図示せず)に供給される圧油の流量および油圧が、後述する油圧制御装置により制御される構成となっている。さらに、前記ケーシング5の内部には、セカンダリシャフト54のトルクが伝達される伝動装置9および終減速機101が設けられており、この終減速機101の出力側にはドライブシャフト63を介在させて車輪(前輪)11が連結されている。なお、伝動装置9としては、歯車伝動装置、巻き掛け伝動装置などを用いることが可能である。
つぎに、車両1の制御系統を説明すれば、車両1の全体を制御するコントローラとしての電子制御装置64が設けられている。この電子制御装置64には、加速要求(例えば、アクセルペダルの操作状態)を検知するセンサ、制動要求(例えば、ブレーキペダルの操作状態)を検知するセンサ、エンジン回転数を検知するセンサ、スロットル開度を検知するセンサ、インプットシャフト49の回転数を検知するセンサ、プライマリシャフト49の回転数を検知するセンサ、セカンダリシャフト54の回転数を検知するセンサ、シフトポジションを検知するセンサ、インナーレース25の回転数を検知するセンサ、アウターレース18の回転数を検知するセンサなどの信号が入力される。これに対して、電子制御装置64からは、エンジン2を制御する信号、油圧制御装置65を制御する信号などが出力される。
この油圧制御装置65は、前記オイルポンプ6から吐出されるオイルの吐出量、前記オイルポンプ6における伝達トルク、前進用クラッチC1および後進用ブレーキBRの油圧室の油圧、油圧サーボ機構61,62の油圧室の油圧、油圧室31の油圧などを制御するとともに、潤滑系統66に供給される潤滑油量を制御するものであり、各油圧室の油圧を制御するソレノイドバルブ(図示せず)などを有する公知のものである。ここで、潤滑系統66には、前後進切換装置7を構成する各ギヤ同士の噛み合い部分、無段変速機8のプーリとベルト60との接触部分、各種の軸受17,21,57などの摺動部分、あるいは、これらの箇所にオイルを供給して冷却および潤滑する油路が含まれる。
また、前記ケーシング5の内部、またはケーシング5の下部あるいは外部にはオイルパン67が設けられている。さらに、前記油圧制御装置65には前記油路44が接続されており、前記オイルパン67のオイルを油路44を経由させて、前記油室39に供給することが可能となるように構成されている。さらに、前記油圧制御装置65は、油室39から油路48を経由して吐出されるオイル量を制御する吐出制御弁69を有している。さらに、前記油圧制御装置65は、油圧室31の油圧を制御する圧力制御弁70を有している。この吐出制御弁69および圧力制御弁70は、例えば、ソレノイドバルブにより構成されている。
上記のように構成された車両1において、エンジントルクがダンパ機構3を経由して前記インプットシャフト4に伝達され、このインプットシャフト4のトルクが、前記オイルポンプ6のインナーレース25に伝達される。ここで、前記インナーレース25と前記アウターレース18との間におけるトルクの伝達原理を説明する。前記インナーレース25とアウターレース18とが相対回転した場合、前記ピストン35が前記カム面22に向けて押し付けられているため、前記転動体36が、前記回転軸線A1と垂直な平面内におけるカム面22の形状に沿って転動し、前記ピストン35がシリンダ34内を往復移動する。このピストン35の動作によるオイルポンプ6のオイルの吸入・吐出機能を説明する。ここでは、前記インナーレース25が図5で時計方向に回転する場合を例として説明する。また、便宜上、1組のシリンダ34およびピストン35について、その転動体36が、図5に示された凸部24の頂点24Aに接触している状態を開始位置として、前記油圧室39におけるオイルの吸入・吐出作用を説明する。
上記のように、1組のシリンダ34およびピストン35について、その転動体36が、図5に示された凸部24の頂点24Aに接触している場合、前記圧縮コイルばね126,130は、共に最も収縮した状態にある。これが、ピストン35の下死点における状態である。まず、前記油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が比較的低い場合の作用を、図1に基づいて説明する。前記油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が比較的低い場合としては、前記インナーレース25とアウターレース18との回転数差が少ない(小さい)場合、あるいは、外気温が高いためにオイルの粘度が低い場合が挙げられる。前記のようにインナーレース25が図5で時計方向に回転すると、前記転動体36が前記凸部24の頂点24Aから、前記凹部23に向けて移動を開始する。この具体例1においては、前記圧縮コイルばね126のばね荷重の方が、圧縮コイルばね130のばね荷重よりも大きく構成されている。このため、前記転動体36の転動時には、前記圧縮コイルばね130は収縮した状態に維持され、前記圧縮コイルばね126が伸長を開始して、前記ピストン35が前記カム面22に対して押し付けられる。このため、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが一体的にシリンダ34から押し出される向きで動作し、前記転動体36が前記カム面22に接触した状態が確保されながら転動する。
このようにして、前記ピストン35が前記シリンダ34から押し出される向きで動作すると、前記油圧室39の容積が拡大され、その油圧室39の圧力が低下し(負圧となり)、前記油路44,45の圧力よりも低くなる。すると、前記逆止弁43が開放され、かつ、逆止弁47が閉じられて、前記オイルパン67のオイルが、前記油路44を経由して前記油圧室39および副油圧室129に吸入される。そして、前記転動体36前記凹部23の谷底23Aに到達すると、前記ピストン35が前記カム面22に近づく向きで移動する動作が停止する。これが、前記ピストン35の上死点であり、前記下死点に位置するピストン35が上死点に到達するまでの間、前記油圧室39および前記副油圧室129へのオイルの吸入がおこなわれる(吸入行程)。
つぎに、前記オイルポンプ6からオイルを吐出する吐出行程について説明する。前記ピストン35が下死点に到達した後、更に、前記インナーレース25が図5で時計方向に回転すると、前記転動体36が前記谷底23Aから、前記凸部24の頂点24Aに向けて転動する。この具体例1においては、前記圧縮コイルばね126のばね荷重の方が、圧縮コイルばね130のばね荷重よりも大きく構成されている。このため、前記転動体36が前記谷底23Aから、前記凸部24の頂点24Aに向けて転動する過程でも、前記圧縮コイルばね130は収縮した状態に維持され、前記カム面22から前記転動体36に加わる反力により、前記圧縮コイルばね126が収縮し、前記ピストン35が前記シリンダ34内に没入する向きで動作する。
このように、前記ピストン35が前記シリンダ34に没入する向きで動作すると、前記油圧室39の容積が縮小され、その油圧室39の圧力が上昇して、前記油路44,45の圧力よりも高くなる。すると、前記逆止弁47が開放され、かつ、逆止弁43が閉じられて、前記油圧室39から吐出されたオイルが、前記油路46,48を経由して油圧制御装置65に供給される。そして、前記転動体36が前記凸部24の頂点23Aに到達すると、前記ピストン35が前記シリンダ34に没入する向きで移動する動作が停止する。これが、前記ピストン35の下死点であり、前記上死点に位置するピストン35が下死点に到達するまでの間、前記油圧室39からオイルの吐出がおこなわれる(吐出行程)。以上のように、前記油圧室39オイルを吸入する場合において、オイルの吸入抵抗が低い場合は、前記ピストン35が上昇行程または下降行程のいずれの動作をおこなう場合も、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが一体的にシリンダ34から押し出される向きで動作する。言い換えれば、前記第1ピストン120と前記第2ピストン121とが、前記中心線C1に沿った方向に相対移動することはない。
つぎに、前記油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が高い場合の作用を説明する。前記油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が高い場合としては、前記インナーレース25とアウターレース18との回転数差が多い(大きい)場合、あるいは、外気温が低いためにオイルの粘度が高い場合が挙げられる。前記と同様にして、前記ピストン35が下死点に位置している状態から、前記インナーレース25が図5で時計方向に回転すると、前記転動体36が前記凸部24の頂点24Aから、前記凹部23に向けて転動を開始するとともに、前記ピストン35が前記シリンダ34から押し出される向きの動作を開始する。この時、油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が高い場合、前記圧縮コイルばね126が伸長するが、前記第1ピストン120が前記カム面22に近づく向きで動作する速度が上昇しにくくなる。
ところで、この具体例1では、前記中心線C1と垂直な平面内で、前記第1ピストン120におけるオイルの受圧面積よりも、前記第2ピストン121におけるオイルの受圧面積の方が狭く構成されている。前記第1ピストン120におけるオイルの受圧面積は、前記シリンダ34の断面積に等しく、前記第2ピストン121におけるオイルの受圧面積は、前記凹部124の断面積に等しい。このため、前記第1ピストン120の動作によるオイルの吸入抵抗よりも、前記第2ピストン121の動作によるオイルの吸入抵抗の方が小さい。したがって、前記第1ピストン120がシリンダ34から押し出される向きの速度が低下すると、図4に示すように、前記圧縮コイルばね130が伸長を開始して、前記第2ピストン121が前記凹部124から押し出される向きで動作する。このようにして、前記油圧室39の容積が拡大し、かつ、前記副油圧室129の容積が拡大し、前述と同様の原理により、前記油圧室39および副油圧室129にオイルが吸入される。そして、前記ピストン35が上死点に到達すると、前記油圧室39および副油圧室129にオイルを吸入する吸入行程が終了する。このように、具体例1では、油圧室39にオイルを吸入する抵抗が高い場合は、前記ピストン35が下死点から上死点に到達する過程で、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが、前記中心線C1に沿った方向で相対移動することで、前記カム面22に対する転動体36の追従性が確保される。したがって、前記転動体36が前記凸部24を乗り越える過程で、「前記転動体36がカム面22から一旦離れ、かつ、その後に転動体36がカム面22に衝突して、振動・騒音が大きくなる現象」を未然に防止できる。
つぎに、前記油圧室39および副油圧室129に吸入されたオイルを吐出する行程を説明する。前記ピストン35が上死点に位置する状態から、前記インナーレース25が更に前記図5において時計方向に回転すると、前記転動体36が前記谷底23Aから、前記凸部24の頂点24Aに向けて転動し、前記カム面22からの反力が前記第2ピストン121に加えられる。この具体例1においては、前記圧縮コイルばね126のばね荷重の方が、圧縮コイルばね130のばね荷重よりも大きく構成されている。このため、前記カム面22からの反力が前記第2ピストン121に加えられると、前記圧縮コイルばね130が収縮を開始し、前記第2ピストン121が前記凹部124に没入する方向に動作する。すると、前記副油圧室129の容積が狭められて、その副油圧室129のオイルが前記油圧室39に吐出され、その油圧室39の油圧が上昇する。上記のような第2ピストン121の動作中、前記圧縮コイルばね126の伸長が継続され、前記第1ピストン120が前記シリンダ34から押し出される向きで動作する。したがって、前記油圧室39の油圧の容積が拡大し、前記油圧室39のオイルは前記油路46には吐出されない。
その後、前記第2ピストン121の端部が前記隔壁123に接触すると、前記カム面22から前記第2ピストン121に加えられた反力が、前記第1ピストン120に伝達されて、前記第2ピストン121および前記第1ピストン120が一体的に(同期して)前記シリンダ34に没入する向きで動作する。このようにして、前記ピストン35が全体として下降し始めると、前記油圧室39の容積が狭められ、かつ、前記油圧室39の油圧が上昇し、前記と同様の原理により、前記油圧室39から油路46にオイルが吐出される(吐出行程)。
なお、この具体例1において、前記オイルの吸入抵抗が高く、かつ、前記吸入行程の途中で、前記第1ピストン120がシリンダ34から押し出される向きの動作速度が低下するタイミング、つまり、前記圧縮コイルばね130が伸長を開始して、前記第2ピストン121が凹部124から押し出される動作を開始するタイミングは、前記オイルの吸入抵抗、前記圧縮コイルばね126,130のばね荷重などの条件により変動する。また、前記オイルの吸入抵抗は、前記オイルの粘度、前記第2ピストン121の受圧面積、前記第1ピストン120の受圧面積、インナーレース25とアウターレース18との回転数差などの条件により変化する。具体的には、ピストンの受圧面積を拡大するほど、前記オイルの吸入抵抗が大きくなる。また、前記インナーレース25とアウターレース18との回転数差が大きいほど、前記オイルの吸入抵抗が大きくなる。
そこで、予め、オイルの粘度の変化、回転数差の変化などが生じた場合でも、前記カム面22から転動体36が離れないように、オイルポンプ6を設計すればよい。この具体例においては、前記オイルの吸入行程で、前記第1ピストン120が前記シリンダ34から押し出される速度が低下した場合でも、オイルポンプ6の使用範囲内においては、前記転動体36が前記カム面22から離れる現象が発生しないように、前記第2ピストン121が凹部124から押し出される力を決定する。具体的には、前記圧縮コイルばね126,130のばね荷重、前記第2ピストン121の受圧面積、前記第1ピストン120の受圧面積などを設計する。例えば、前記圧縮コイルばね130のばね荷重を大きくするほど、前記インナーレース25とアウタレース18との回転数差がより大きくなるまで、転動体36がカム面22に追従可能となる。また、前記第2ピストン121の受圧面積を狭くするほど、前記インナーレース25とアウターレース18との回転数差がより大きくなるまで、転動体36がカム面22に追従可能となる。さらに、上記「オイルポンプ6の使用範囲」とはオイルポンプ6が駆動される場合の条件である。このオイルポンプ6が駆動される場合の条件には、オイルポンプ6の入力回転数、つまり、インナーレース25の回転数、オイルポンプ6の出力回転数、つまり、アウターレース18の回転数、オイルの温度、油圧室39の油圧が含まれる。
つぎに、図3のオイルポンプ6の容量制御について説明する。前記油圧室39の油圧が変化すると、前記インナーレース25が前記回転軸線A1に沿った方向に動作する。前記回転軸線A1に沿った方向で、前記インナーレース25の位置を変更すると、前記インナーレース25の半径方向における前記ピストン35の動作量、すなわち、ストローク量が変化する。具体的には、前記油圧室31の油圧が前記インナーレース25の軸部29の端面に作用するため、前記油圧室39の油圧に起因して、前記インナーレース25を回転軸線A1に沿った方向でリヤカバー12に近づける向きの力が発生する。
一方、前記インナーレース25の半径方向におけるピストン35の位置に関わりなく、前記圧縮コイルばね126,130の付勢力が転動体36に加えられており、その転動体36がカム面22に押し付けられている。さらに、前記油圧室39の容積を縮小する方向にピストン35が動作している過程では、油圧室39から吐出されるオイルの流動抵抗により前記油圧室39の油圧が上昇し、その油圧室39の油圧がピストン35に加えられて、前記転動体36が前記カム面22に押し付けられる。前記転動体36からカム面22に伝達される押し付け力の方向は、そのカム面22に対して略直角となる。一方、前記カム面22の凹部23は、前記スリーブ13に近づくことにともない、谷底23Aと軸線A1との距離が短くなる方向のテーパを有しているため、前記転動体36が凹部23に接触している場合は、前記転動体36に与えられる押し付け力に応じた反力が発生し、その反力に応じて回転軸線A1に沿った方向の成分(分力)が、前記ピストン35を経由して前記インナーレース25に伝達される。そして、前記油圧室39の油圧に起因して、前記インナーレース25に加えられる回転軸線A1に沿った方向の力と、前記反力に起因して前記インナーレース25に伝達される回転軸線A1に沿った方向の力との対応関係により、前記回転軸線A1に沿った方向における前記インナーレース25の位置が決定される。
例えば、前記油圧室39の油圧が上昇した場合は、前記インナーレース25をリヤカバー12側に向けて押圧する力が増加して、前記インナーレース25が図1で左方向に動作する。これに対して、前記油圧室39の油圧が低下した場合は、前記インナーレース25をリヤカバー12から離れる方向に押圧する力が増加して、前記インナーレース25が図1で右方向に動作する。なお、前記インナーレース25に加えられ、かつ、前記回転軸線A1に沿った方向で逆向きの力同士が釣り合った場合は、前記インナーレース25が回転軸線A1に沿った方向の所定位置で停止する。
まず、前記インナーレース25が図1で右方向に動作する場合について説明する。この場合は、凹部23の谷底23Aに接触する外接円と、凸部24の頂点24Aに接触する内接円との半径差が、前記インナーレース25の動作前よりも大きくなる。これに対して、前記インナーレース25が図3で左方向に動作すると、凹部23の谷底23Aに接触する外接円と、凸部24の頂点24Aに接触する内接円との半径差が、前記インナーレース25の動作前よりも小さくなる。前記インナーレース25が、回転軸線A1に沿った方向の所定位置で停止すると、凹部23の谷底23Aに接触する外接円と、凸部24の頂点24Aに接触する内接円との半径差が一定に維持される。このように、前記インナーレース25を回転軸線A1に沿った方向に動作すると、ピストン35の動作範囲において、上死点は凹部23の谷底23Aの外接円の半径に基づいて変位する。なお、前記ピストン35の動作範囲における下死点は変位しない。つまり、前記回転軸線1を中心とする半径方向で、前記ピストン35の上死点から下死点に至る移動量が制御され、前記油室39の容積が変化する。
このように、前記インナーレース25を回転軸線A1に沿った方向に動作させて、前記回転軸線A1を中心とする半径方向で、前記ピストン35の動作範囲を変更すると、前記油室39に吸入されるオイルの容量が変化する。つまり、オイルポンプ6は、可変容量型のオイルポンプである。このように、具体例1では、前記ピストン35のストロークが可変となるように構成されており、ピストン35のストロークが大きくなるほど、前記カム面22の凸部24を乗り越える時点で、転動体36がカム面22から離れやすくなる。このため、具体例1では、ピストン35が最大ストロークとなった場合でも、前記転動体36がカム面22から離れることを防止できるように、ピストンの受圧面積、圧縮コイルばねのばね荷重などが設計されている。
この具体例1は、請求項1、2、4、5に相当するものであり、この具体例1に基づいて説明した構成と、この発明の構成との対応関係を説明すると、回転軸線A1が、この発明の回転軸線に相当し、アウターレース18が、この発明における第1の部材に相当し、インナーレース25が、この発明における第2の部材に相当し、カム面22が、この発明におけるカムに相当し、「回転軸線A1を中心とする半径方向」が、この発明における「予め定められた一定方向」に相当し、シリンダ34が、この発明におけるシリンダに相当し、前記ピストン35が、この発明におけるピストンに相当し、前記圧縮コイルばね126,130が、この発明における押し付け機構に相当する。具体的には、圧縮コイルばね126が、この発明の第1の押し付け部材に相当し、圧縮コイルばね130が、この発明の第2の押し付け部材に相当する。また、転動体36が、この発明の接触部材に相当し、オイルがこの発明における流体に相当し、油圧室39および副油圧室129が、この発明の流体室に相当し、オイルポンプ6が、この発明の流体装置に相当し、第1ピストン120が、この発明の第1ピストンに相当し、第2ピストン121が、この発明の第2ピストンに相当する。さらに、圧縮コイルばね126,130、第1ピストン120、第2ピストン121が、この発明の抵抗制御機構に相当する。さらに、副油圧室が、この発明の副流体室に相当し、車両1が、この発明の車両に相当し、エンジン2が、この発明の駆動力源に相当し、車輪11が、この発明の車輪に相当し、無段変速機8が、この発明の無段変速機に相当する。
(具体例2)
つぎに、オイルポンプ6の他の具体例を、図6および図7に基づいて説明する。図6および図7は、オイルポンプ6における単一のシリンダ34およびピストン35の構成を示す断面図である。この具体例2において、具体例1と同様の構成部分については、具体例1と同じ符号を付してある。この具体例2と具体例1とを比べると、具体例2においては、前記第1ピストン120の隔壁123に、前述の通路128が設けられていない点が異なる。また、具体例2においては、前記第2ピストン121の外周にシールリングは取り付けられていない。さらに、具体例2においては、前記副油圧室129に代えて、空気室132が形成されている。この空気室132は、第2ピストン121において、前記隔壁123と対向する箇所に形成された凹部である。この空気室132は、前記凹部124の内周面と前記第2ピストン121との隙間を経由して、前記インナーレース25とアウターレース18との間の空間に接続されている。この空気室132内に前記圧縮コイルばね130が配置されており、圧縮コイルばね130の弾性力で、前記第2ピストン121がカム面22に押し付けられている。
この具体例2において、油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が低い場合において、前記油圧室39にオイルを吸入し、かつ、油圧室39からオイルを吐出する場合、図6に示すように、前記第1ピストン120および第2ピストン121の動作タイミングおよび向きは、具体例1の場合と同じである。また、圧縮コイルばね126,130の伸縮タイミングおよび伸縮動作も具体例1の場合と同じである。つまり、具体例2においても、油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が低い場合は、前記オイルの吸入行程および吐出行程のいずれにおいても、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが一体的に中心線C1に沿った方向に動作する。なお、この具体例2において、具体例1と異なる作用を説明すると、この具体例2では、前記油圧室39にオイルが吸入された場合でも、そのオイルは空気室132には吸入されない。
つぎに、この具体例2において、油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が高い場合の作用を、図7に基づいて説明する。この具体例2において、前記油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が高い場合も、前記第1ピストン120および第2ピストン121の動作タイミングおよび向きは、具体例1の場合と同じである。また、この具体例2でも、前記のように油圧室39にオイルを吸入する過程で、前記第1ピストン120の動作速度が低下すると、具体例1と同様にして、前記第2ピストン121がシリンダ124から押し出され、第1ピストン120と第2ピストン121とが前記中心線C1に沿った方向に相対移動する。ところで、具体例2では、前記第2ピストン121に空気室132が形成され、かつ、前記第2ピストン121の外周にシールリングが取り付けられていない。このため、第2ピストン121が凹部124から押し出される場合、空気室132が負圧となり、前記インナーレース25とアウターレース18との間の空気が、前記第2ピストン121の外周面と、前記凹部124の内周面との隙間を経由して、空気室132に吸入される。この空気は、油圧室39に吸入されるオイルに比べて流動抵抗が小さい。このため、第1ピストン120がシリンダ34から押し出される向きで動作する場合の動作抵抗に比べて、第2ピストン121が凹部124から押し出される向きで動作する場合の動作抵抗の方が小さくなり、前記カム面22に対する転動体36の追従性が向上する。したがって、具体例2においても、具体例1と同様の効果を得られる。
つぎに、この具体例2において、前記油圧室39からオイルを吐出する行程について説明する。前記油圧室39へのオイルの吸入行程が終了すると、カム面22から転動体36に加えられる反力により、前記第2ピストン121が先に前記凹部124内に没入する向きで動作する。この動作と並行して、前記第1ピストン120は前記カム面22に押し付けられる向きで動作する。これは、前記圧縮コイルばね130のばね荷重が前記圧縮コイルばね126のばね荷重よりも小さいからである。したがって、実質的には油圧室39からオイルの吐出はおこなわれない。ついで、第2ピストン121の円筒部122の端部が前記隔壁123に接触した時点以降、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが一体的シリンダ34内に没入する方向に動作する。このようにして、油圧室39の容積が狭められてその油圧室39の油圧が上昇し、油圧室39からオイルが吐出される。なお、この具体例2では、第2ピストン121にシールリングが取り付けられていないため、部品点数を低減でき、製造コストを低減できる。この具体例2は、請求項1、3、4、5に相当するものであり、具体例2の構成と、この発明の構成との対応関係を説明すると空気室132が、この発明の媒体室に相当する。また、空気室132に吸入され、かつ、空気室132から吐出される空気が、この発明における媒体に相当する。この具体例2の構成と、この発明のその他の構成との対応関係は、具体例1と、この発明の構成との対応関係と同じである。
(具体例3)
つぎに、オイルポンプ6の他の具体例を、図8および図9に基づいて説明する。図8および図9は、オイルポンプ6における単一のシリンダ34およびピストン35の構成を示す断面図である。この具体例3において、具体例1,2と同様の構成部分については、具体例1,2と同じ符号を付してある。この具体例3と具体例1,2とを比べると、第1ピストン120および第2ピストン121の構成が異なる。まず、第1ピストン120は有底円筒形状に構成されている。すなわち、第1ピストン120は円筒部133と、この円筒部133における、前記シリンダ34の底面37とは反対側の端部に連続された底部134とを有している。この円筒部133は前記中心線C1を中心として設けられており、前記円筒部133の外周にはシールリング127が取り付けられている。このシールリング127が前記シリンダ34の内周面に接触しており、第1ピストン120は中心線C1に沿った方向に往復動自在に構成されている。このようにして、第1ピストン120内には凹部135が形成されており、その凹部135とシリンダ34とにより油圧室39が形成されている。そして、油圧室39には圧縮コイルばね126が配置されており、圧縮コイルばね126の一端が底面37に接触され、圧縮コイルばね126の他端が底部134に接触されている。このようにして、前記圧縮コイルばね126から第1ピストン120に対して、前記中心線C1に沿った方向で、前記第1ピストン120をシリンダ34から押し出す向きのばね荷重が加えられている。
一方、前記第2ピストン121は前記中心線C1に沿った方向で、前記第1ピストン120よりも前記カム面22に近い位置に配置されている。この第2ピストン121は有底円筒形状に構成されている。すなわち、第2ピストン121は円筒部136と、この円筒部136における第1ピストン120とは反対側の端部に連続された底部137とを有している。この底部137に転動体36が取り付けられている。前記第1ピストン120の外径と第2ピストン121との外径とが同一に構成されているとともに、第2ピストン121は中心線C1に沿った方向に、シリンダ34内で往復動自在に構成されている。前記第2ピストン121内には第1ピストン120に近い位置に空気室138が形成されている。この空気室は凹部であり、その空気室138には圧縮コイルばね139が配置されている。この圧縮コイルばね139の一端が底部134に接触され、圧縮コイルばね139の他端が底部137に接触されている。この圧縮コイルばね139から第2ピストン121に対して、前記中心線C1に沿った方向で、前記第2ピストン121を前記カム面22に押し付ける向きのばね荷重が加えられている。この圧縮コイルばね139の外径は、圧縮コイルばね126の外径と同一であり、圧縮コイルばね139のばね荷重は、圧縮コイルばね126のばね荷重よりも小さく構成されている。また、前記第2ピストン121の円筒部136の端面は前記第1ピストン120に接触しており、前記空気室138は、前記シリンダ34の内周面と前記第2ピストン121の外周面との隙間を経由して、前記インナーレース25とアウターレース18との間の空間に接続されている。
この具体例3において、油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が低い場合において、前記油圧室39にオイルを吸入し、かつ、油圧室39からオイルを吐出する場合、図8に示すように前記圧縮コイルばね139は常時圧縮された状態に維持され、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが一体的にシリンダ34内を往復動する。つまり、第1ピストン120と第2ピストン121とが、中心線C1に沿った方向に相対移動することはない。つまり、第1ピストン120および第2ピストン121の動作タイミングおよび向きは、具体例1の場合と同じである。また、圧縮コイルばね126,139の伸縮タイミングおよび伸縮動作も具体例1の場合と同じである。また、この具体例3において、前記油圧室39にオイルが吸入された場合でも、そのオイルは空気室138には吸入されない。
つぎに、この具体例3において、油圧室39におけるオイルの吸入抵抗が高い場合の作用を、図9に基づいて説明する。この具体例3でも、前記のように油圧室39にオイルを吸入する過程で、具体例1と同じ原理により、前記第1ピストン120の動作速度が低下する。すると、具体例1と同様にして、前記第2ピストン121が圧縮コイルばね139のばね荷重により、前記第1ピストン120から離れるように前記中心線C1に沿った方向に相対移動する。ここで、具体例3では、前記第2ピストン121に空気室138が形成され、かつ、前記第2ピストン121の外周にシールリングが取り付けられていない。このため、第2ピストン121がシリンダ34から押し出される場合、空気室138が負圧となり、前記インナーレース25とアウターレース18との間の空気が、前記第2ピストン121の外周面と、前記シリンダ34の内周面との間の隙間を経由して、空気室138に吸入される。この空気は、油圧室39に吸入されるオイルに比べて流動抵抗が小さい。このため、第1ピストン120がシリンダ34から押し出される向きで動作する場合の動作抵抗に比べて、第2ピストン121がシリンダ34から押し出される向きで動作する場合の動作抵抗の方が小さくなり、前記カム面22に対する転動体36の追従性が向上する。したがって、具体例3においても、具体例1と同様の効果を得られる。
なお、この具体例3において、前記ピストン35が上死点に到達して、前記油圧室39におけるオイルの吸入行程が終了するとともに、更に、インナーレース25とアウターレース18とが相対回転すると、前記カム面22から転動体36に加えられる反力により、前記第1ピストン121が先に前記シリンダ34内に没入する向きで動作する。この動作と並行して、前記第1ピストン120は前記カム面22に押し付けられる向きで動作する。これは、前記圧縮コイルばね139のばね荷重が前記圧縮コイルばね126のばね荷重よりも小さいからである。したがって、実質的には油圧室39からオイルの吐出はおこなわれない。ついで、第2ピストン121の円筒部136の端部が前記第1ピストン120に接触した時点以降、前記第1ピストン120と第2ピストン121とが一体的シリンダ34内に没入する方向に動作する。このようにして、油圧室39の容積が狭められてその油圧室39の油圧が上昇し、油圧室39からオイルが吐出される。
また、この具体例3では、第2ピストン121にシールリングが取り付けられていないため、部品点数を低減でき、製造コストを低減できる。さらに、具体例3によれば、第2ピストン121にばね荷重を与える圧縮コイルばね139の外径を、具体例2で第2ピストン121にばね荷重を与える圧縮コイルばね130の外径よりも大きくできる。したがって、前記カム面22に対する前記転動体36の追従性は、具体例3の方が具体例2の場合よりも高くなる。この具体例3は、請求項1、3、4、5に相当するものであり、具体例3の構成と、この発明の構成との対応関係を説明すると、圧縮コイルばね139が、この発明における第2の押し付け部材に相当し、空気室138が、この発明の媒体室に相当する。この具体例3の構成と、この発明のその他の構成との対応関係は、具体例1と、この発明の構成との対応関係と同じである。
なお、この発明は、前記カム面22が前記回転軸線A1に沿った方向で均一内径に構成され、かつ、前記インナーレース25とアウターレース18とを回転軸線A1に沿った方向に相対移動することが不可能な構成のオイルポンプにも適用可能である。すなわち、前記オイルの容量が一定である構成のオイルポンプにも、この発明を適用可能である。さらにまた、回転軸線A1方向に変位するカム面を設け、回転軸線A1方向にピストンを動作させて油室にオイルを吸入させ、かつ、油室からオイルを吐出される構成のオイルポンプ(アキシャルピストンポンプ)においても、この発明の実施例を適用可能である。
1…車両、 2…エンジン、 6…オイルポンプ、 8…無段変速機、 11…車輪、 18…アウターレース、 22…カム面、 25…インナーレース、 34…シリンダ、 35…ピストン、 36…転動体、 39…油圧室、 120…第1ピストン、 121…第2ピストン、 126,130,139…圧縮コイルばね、 129…副油圧室、 132,138…空気室、 A1…回転軸線。