本発明の実施の形態について以下に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
(1)本発明に係るタンパク質およびその遺伝子の特徴
本発明に係るタンパク質は、スギ花粉に含まれるスギ花粉症のアレルゲンであって、植物由来の1,3-beta-グルカナーゼと高い相同性を有し、1,3-beta-グルカナーゼ活性を有するものである。本実施の形態では、本発明に係るタンパク質の一例として、スギ花粉アレルゲンCJP38(以下では、単に「CJP38」と称する)を挙げて説明する。
(1−1)本発明に係るタンパク質の特徴
本発明のCJP38は、配列番号1に示すアミノ酸配列(348アミノ酸残基)からなるタンパク質であり、スギ花粉に含まれているものである。また、CJP38のアミノ酸配列は、CJP38をコードする遺伝子のcDNAの塩基配列とともに図3にも示されている。
このCJP38は、図4に示すように、植物由来の1,3-beta-グルカナーゼと高い相同性を有している。図4には、CJP38のアミノ酸配列と植物由来の1,3-beta-グルカナーゼとを比較した結果が示されており、CJP38のアミノ酸残基と同一のアミノ酸残基を他の植物由来の1,3-beta-グルカナーゼが有している場合には、当該アミノ酸残基を太字で表している。具体的には、CJP38は、パラゴムノキの1,3-beta-グルカナーゼであるHev b2(配列番号9)と約43%、オリーブの1,3-beta-グルカナーゼであるOle e9(配列番号10)と約40%、トマト(L. esculentum)の1,3-beta-グルカナーゼ(配列番号11)と47%の相同性を有している。
実際に、本発明のCJP38は1,3-beta-グルカナーゼ活性を有していることが、本発明の発明者らによって確認された。上記活性は、下記の方法で測定することができる。すなわち、1,3-beta-グルカン含量の高いカードラン、ラミナランを基質溶液として用いて酵素反応を行った後、生成した還元糖をソモジーネルソン(Somogyi-Nelson)法によって測定することにより測定できる。上記ソモジーネルソン法は、弱アルカリ性銅溶液中で還元糖の存在により生じた酸化銅(I)を硫酸酸性においてモリブデン酸塩と反応させ、モリブデンブルーに還元して、その吸光度(500 nm)を測定するものである。
また、本発明のCJP38は、スギ花粉症のアレルゲンである。すなわち、後述する実施例に示すようにスギ花粉症患者の血清に含まれるIgE抗体によって認識され、当該スギ花粉症患者のアレルギー反応を誘発する。換言すれば、CJP38は、当該CJP38を認識するIgE抗体を血清中に有しているヒトに対して、アレルギー反応を誘発する。
なお、本発明に係るタンパク質は、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含む複合タンパク質であってもよい。したがって、CJP38は、配列番号1に示されるアミノ酸配列以外に、他の構造を含む複合タンパク質であっても良い。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
あるいは、本発明に係るタンパク質は、Cry j1やCry j2など、他のアレルゲンタンパク質と融合させて使用してもよい。また、本発明に係るタンパク質は、その一部分、特にT細胞によって特異的に認識されるエピトープを含む部分(T細胞エピトープペプチド)、のみを利用するようにしてもよい。上記T細胞エピトープペプチドとは、スギ花粉症患者由来T細胞を増殖させる活性を有することと特徴とするペプチドのことを意味する。また「スギ花粉症患者由来のT細胞を増殖させる活性」とは、スギ花粉症患者由来の末梢血単核細胞群(T細胞が多く含まれる)を、T細胞エピトープペプチドの存在下で培養したときに、該末梢血単核細胞群のDNA合成速度を、該ペプチドの非存在下で培養した末梢血単核細胞群の2倍を越える速度、より好ましくは5倍以上の速度にする活性のことを意味する。
なお、上記T細胞は、体内に取り込まれたアレルゲンを認識し、IgE抗体の産生を促す細胞である。したがって、T細胞がアレルゲンを認識する能力が低下すれば、当該アレルゲンに対するIgE抗体の産生量は低下し、それに伴い当該アレルゲンによって誘発されるアレルギー反応は沈静化する。そこで減感作療法では、微量のアレルゲンを当該アレルゲンに対してアレルギー反応を誘発する患者に投与することにより、当該アレルゲンに対するT細胞の感受性を低下させる。したがって、本発明に係るタンパク質のT細胞エピトープペプチドは、スギ花粉症患者に対する減感作療法において利用することができる。
T細胞エピトープペプチドの同定は、適宜公知の方法を用いることが可能であるが、例えば以下のようにして同定することができる。
まず本発明に係るオーバーラップペプチドを合成する。ここで「オーバーラップペプチド」とは、本発明にかかるタンパク質(例えば、CJP38;配列番号1)のアミノ酸配列に基づき、N末端からC末端に至る全アミノ酸残基をカバーするペプチドのことである。かかるオーバーラップペプチドは、市販されているペプチド自動合成装置により容易に合成することができる。これらのオーバーラップペプチドの中から、少なくとも一つのT細胞エピトープを含むペプチドを同定すればよい。
またT細胞エピトープを同定するためには、スギ花粉症患者の末梢血リンパ球から、本発明にかかるタンパク質(例えば、CJP38)を特異的に認識し増殖応答するT細胞ラインを樹立する必要がある。一般に、患者毎に反応するT細胞エピトープが異なるため、患者毎にT細胞ラインを樹立することが望ましい。
T細胞ラインの樹立するためには、通常患者の末梢血リンパ球を本発明にかかるタンパク質(例えば、CJP38)の存在下、7日間程度培養して抗原刺激によりT細胞を活性化し、さらに、活性化T細胞を、抗原と抗原提示細胞と共に7日間培養することを数回繰り返して抗原刺激することにより、抗原特異的T細胞ラインを作製することができる。しかしながら、T細胞が増殖因子のIL-2の存在下でよく増殖している場合は、抗原刺激は最初だけにすることが好ましい。T細胞ラインを数度抗原刺激すると、増殖率の高いT細胞が選択的に取れ、T細胞エピトープを含むペプチドを同定する場合において、エピトープによっては十分な増殖応答を示さない場合が生じるからである。なお抗原刺激に使用する本発明に係るタンパク質(CJP38)としては、スギ花粉から取得した天然型のものが最も望ましいが、組換えタンパク質、あるいはオーバーラップペプチドの混合物も好適に使用できる。上記本発明に係るタンパク質は、大腸菌で発現させ精製したものが利用できる。
また上記で使用する抗原提示細胞としては、T細胞ラインと同一人の末梢血リンパ球を、マイトマイシンC処理あるいは放射線照射して増殖能力を失わせたものが望ましい。しかし、採血回数が多くなるため、Epstein-Barr virus(EBV )を自己のBリンパ球に感染させトランスフォーメーションを起こさせたものは、in vitroで増殖し続けリンパ芽球様細胞株(B細胞株)となるため、このB細胞株を抗原提示細胞として用いてもよい。B細胞株の樹立方法は既に確立されている[組織培養の技術第二版、187-191 頁、日本組織学会編(1988.8.10) ]。
それぞれの患者固有のT細胞ラインが認識する、T細胞エピトープを含むペプチドは以下のようにして同定される。ここで「認識する」という意味は、T細胞レセプターが抗原エピトープ(MHC 分子を含めて)と特異的に結合し、その結果、T細胞が活性化されることを意味し、活性化の状態は、リンホカインの産生や、DNAの合成を [ 3H] チミジンの取込み量を指標として測定することにより観察される。すなわち、T細胞ラインとマイトマイシンC処理した同一人のB細胞株とを、96穴平底プレートに播種し、オーバーラップペプチドと共に混合培養し、 [ 3H] チミジンの取込み量(cpm )を液体シンチレーションカウンターで測定する。その際、 [ 3H] チミジンの取込みは、個々の培養系で異なるため、例えば、個々のペプチドに対するT細胞ラインの [ 3H] チミジン取込み量(cpm)を、抗原を添加していないコントロールの [ 3H] チミジン取込み量(cpm )で除した数(stimulation index: SI )が2以上のものをT細胞エピトープペプチドと同定する。
また、本発明に係るタンパク質は、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。このようなポリペプチドが付加される場合としては、例えば、HisやMyc、Flag等によって本発明に係るタンパク質がエピトープ標識されるような場合が挙げられる。
さらに、本発明に係るタンパク質は、後述する本発明に係る遺伝子(本発明に係るタンパク質をコードする遺伝子)を宿主細胞に導入して、そのタンパク質を細胞内発現させた状態のものであってもよいし、細胞、組織などから単離精製された状態のものであってもよい。また、上記宿主細胞での発現条件によっては、本発明に係るタンパク質は、他のタンパク質とつながった融合タンパク質であってもよい。さらに本発明に係るタンパク質は、無細胞系によって合成されたものであってもよいし、化学合成されたものであってもよい。
さらに、本発明に係るタンパク質は、その一部が改変された変異タンパク質であってもよい。即ち、本発明に係るタンパク質には、(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるCJP38のみならず、(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、アレルゲン活性を有するタンパク質、すなわちCJP38変異タンパク質も含まれる。
上記「アレルゲン活性を有するタンパク質」とは、アレルギーの原因となる抗原物質、換言すれば、スギ花粉症患者の血清に含まれるIgE抗体によって認識され、アレルギー反応を誘発するタンパク質を意味する。
上記「1個又はそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異タンパク質作製法により置換、欠失、挿入、及び/又は付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されることを意味する。このように、上記(b)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質の変異タンパク質である。なお、ここでいう「変異」は、主として公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異タンパク質を単離精製したものであってもよい。
(1−2)本発明に係る遺伝子
本発明に係る遺伝子は、上記(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子、およびその塩基配列の一部を改変した改変遺伝子が含まれる。本発明に係る遺伝子を適当な宿主(例えば細菌、酵母)に導入すれば、本発明に係るタンパク質をその宿主内で発現させることができる。また、例えば、上記(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子を適当なベクターに導入し、組み換えバキュロウイルスを作成し、このバキュロウイルスに昆虫の組織を感染させると、昆虫の組織において、本発明のタンパク質を発現させることができる。
本発明に係る遺伝子は、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAも包含する。アンチセンス鎖は、プローブとして又はアンチセンス薬剤として利用できる。DNAには、例えばクローニングや化学合成技術又はそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。さらに、本発明に係る遺伝子は、上記(a)又は(b)のタンパク質をコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
本発明に係る遺伝子の一例として、上記CJP38をコードする遺伝子(説明の便宜上、CJP38遺伝子と称する)を挙げることができる。このCJP38遺伝子のcDNAは、配列番号2に示されるように、全長1313bpであり、配列番号3に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)領域として有している。なお、CJP38遺伝子のcDNAの塩基配列は、CJP38遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列とともに図3にも示されている。
さらに、本発明に係る遺伝子は、上記配列番号2に示される塩基配列を有する遺伝子に限定されるものではなく、配列番号2に示される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子が含まれる。なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。
上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。
(2)本発明に係るタンパク質および遺伝子の取得方法
本発明に係るタンパク質および遺伝子の取得方法(生産方法)は特に限定されるものではないが、代表的な方法として次に示す各方法を挙げることができる。
(2−1)タンパク質の取得方法
本発明に係るタンパク質を取得する方法(生産方法)は、上述したように特に限定されるものではないが、まず、本発明に係るタンパク質を発現する細胞、組織などから単純精製する方法を挙げることができる。すなわち、スギ花粉から本発明に係るタンパク質を抽出・精製してもよい。精製方法も特に限定されるものではなく、公知の方法でスギ花粉から細胞抽出液を調製し、この細胞抽出液を公知の方法、例えばカラム等を用いて精製すればよい。
また、本発明に係るタンパク質を取得する方法として、遺伝子組み換え技術等を用いる方法も挙げられる。この場合、例えば、本発明に係る遺伝子をベクターなどに組み込んだ後、公知の方法により、発現可能に宿主細胞に導入し、細胞内で翻訳されて得られる上記タンパク質を精製するという方法などを採用することができる。遺伝子の導入(形質転換)や遺伝子の発現等の具体的な方法については後述する。
なお、このように宿主に外来遺伝子を導入する場合、外来遺伝子の発現のために宿主内で機能するプロモーターを組み入れた発現ベクター及び宿主には様々なものが存在するので、目的に応じたものを選択すればよい。産生されたタンパク質を精製する方法は、用いた宿主、タンパク質の性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のタンパク質を精製することが可能である。
変異タンパク質を作製する方法についても、特に限定されるものではない。例えば、部位特異的突然変異誘発法(Hashimoto-Gotoh,Gene 152,271-275(1995)他)、PCR法を利用して塩基配列に点変異を導入し変異タンパク質を作製する方法、あるいはトランスポゾンの挿入による突然変異株作製法などの周知の変異タンパク質作製法を用いることができる。これら方法を用いることによって、上記(a)のタンパク質をコードするcDNAの塩基配列において、1またはそれ以上の塩基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されるように改変を加えることによって作製することができる。また、変異タンパク質の作製には、市販のキットを利用してもよい。
本発明に係るタンパク質の取得方法は、上述に限定されることなく、例えば、化学合成してもよい。例えば、無細胞系のタンパク質合成液を利用して、本発明に係る遺伝子から本発明に係るタンパク質を合成してもよい(無細胞タンパク質合成系による本発明にかかるタンパク質の合成)。上記「無細胞タンパク質合成系」とは、生細胞を用いずに、遺伝子にコードされた目的タンパク質を生産する技術のことである。例えば、「無細胞タンパク質合成系」としては、小麦胚芽抽出液を用いる方法(BIO INDUSTRY, 17, 20-27, 2000)、カイコ抽出液を用いる方法(特開2004-344014)が知られている。この時、市販されているキットを適宜選択の上、利用することができる。上記キットとしては、例えばPROTEIOS TM Wheat germ cell-free protein synthesis kit (東洋紡株式会社製)が挙げられる。
また本発明にかかる遺伝子を含むことにより、アレルゲンタンパク質の無細胞合成系を構成することができる。当該アレルゲンタンパク質の無細胞合成系には、RNAポリメラーゼ、ATP、アミノ酸、小麦胚芽抽出液、大腸菌抽出液等が含まれていてもよい。
(2−2)遺伝子の取得方法
本発明に係る遺伝子を取得する方法は、特に限定されるものではなく、前述の開示された配列情報等に基づいて種々の方法により、上記各遺伝子配列を含むDNA断片を単離し、クローニングすることができる。
例えば、上記各cDNA配列の一部配列と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、スギのゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、上記各cDNA配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列・長さのものを用いてもよい。また、上記スクリーニングにおける各ステップについては、通常用いられる条件の下で行えばよい。
上記スクリーニングによって得られたクローンは、制限酵素地図の作成およびその塩基配列決定(シークエンシング)によって、さらに詳しく解析することができる。これらの解析によって、本発明に係る遺伝子配列を含むDNA断片を取得したか容易に確認することができる。
また、上記プローブの配列を、植物の1,3-beta-グルカナーゼの間で良好に保存されている領域の中から選択し、他の植物のゲノムDNA(またはcDNA)ライブラリーをスクリーニングすれば、上記CJP38と同様の特性を有する、相同分子や類縁分子をコードする遺伝子を単離しクローニングできる可能性が高い。
本発明に係る遺伝子を取得する方法は、上記スクリーニング法以外にも、PCR等の増幅手段を用いる方法がある。例えば、上記各cDNA配列のうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてスギのゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係る遺伝子を含むDNA断片を大量に取得できる。
(3)本発明に係るタンパク質およびその遺伝子の利用方法(有用性)
本発明のタンパク質は、これまでにスギ花粉症の主要アレルゲンとして知られているCry j1やCry j2とは異なる構造を有する新規のスギ花粉アレルゲンである。アレルゲンを認識するIgE抗体は、アレルゲンであるタンパク質の特定の領域(エピトープ)を認識することから、本発明のタンパク質は、Cry j1やCry j2とは異なるエピトープを有していると考えられる。換言すれば、本発明のタンパク質を認識する抗体と、Cry j1またはCry j2を認識する抗体とは異なると考えられる。
スギ花粉症患者に対して減感作療法を行う場合には、当該スギ花粉症患者が保有している抗体により認識されるアレルゲンを当該患者に投与する必要がある。例えば、Cry j1に対する抗体を保有している患者には、Cry j1を投与する必要がある。
これまで、スギ花粉症患者に対して減感作療法を行う場合には、主にCry j1やCry j2が当該患者に投与されていた。しかし、上述の理由から、本発明のタンパク質に対する抗体を保有するスギ花粉症患者に対しては、上記Cry j1やCry j2を用いた治療方法は効果を奏さないと考えられる。
上記の理由から、本発明のタンパク質は、当該本発明のタンパク質を認識する抗体を保有するスギ花粉症患者に対して効果的な減感作療法を行うことを可能とする。また、本発明のタンパク質は、当該本発明のタンパク質に対する抗体を保有するか否かを診断するための診断薬に利用することもできる。さらに、本発明のタンパク質は、スギ花粉症の治療薬の開発において、スギ花粉症のメカニズムの解明や当該治療薬の効果を検証するための薬剤として利用することができる。
そこで、本発明の利用方法(および有用性)として、薬剤、抗体、組換え発現ベクター、形質転換体、遺伝子検出器具を例に挙げてより具体的に説明する。
(3−1)薬剤
本発明には、本発明に係るタンパク質や抗体を含む治療用薬剤も含まれる。例えば、本発明に係る治療用薬剤の一例として、スギ花粉症患者に対して行われる減感作療法に用いる減感作治療用薬剤が挙げられる。当該治療用薬剤(例えば、減感作治療用薬剤)は、本発明のタンパク質を主成分とするものであってもよいし、本発明のタンパク質と本発明のタンパク質以外のタンパク質との混合物であってもよく、本発明に係るタンパク質の一部を含むものであってもよい。
本発明に係る治療用薬剤は通常、本発明にかかるタンパク質または抗体を0.01〜100%(w/w)、好ましくは0.05〜50%(w/w)、さらに好ましくは0.5〜5.0%(w/w)含んでなる。本発明にかかる治療用薬剤は、当該タンパク質または抗体単独の形態はもとより、それ以外に生理的に許容される、例えば、血清アルブミン、ゼラチン、グルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ソルビトール、マルチトール、ラクチトール、マンニトール、プルランなどの担体、賦形剤、免疫助成剤、安定剤、さらには必要に応じてステロイドホルモンやクロモグリク酸ナトリウムなどの抗炎症剤や抗ヒスタミン剤、抗ロイコトリエン剤、抗タキキニン剤を含む1種または2種以上の他の薬剤と組み合わせた組成物としての形態を包含する。さらに、本発明の薬学的組成物は、投薬単位形態の薬剤をも包含し、その投薬単位形態の薬剤とは、本発明にかかるタンパク質または抗体を、例えば、1日当たりの用量またはその整数倍(4倍まで)またはその約数(1/40まで)に相当する量を含有し、投与に適する物理的に分離した一体の剤形にある薬剤を意味する。このような投薬単位形態の薬剤としては、散剤、細粒剤、顆粒剤、丸剤、錠剤、カプセル剤、トローチ剤、口腔剤、シロップ剤、乳剤、軟膏剤、硬膏剤、パップ剤、坐剤、点眼剤、点鼻剤、噴霧剤、注射剤などが挙げられる。
また、本発明に係るタンパク質や遺伝子を含む薬剤は、スギ花粉症患者が本発明のタンパク質に対する抗体を保有するか否かを診断するためのアレルギー診断用薬剤(または、アレルギー診断用キット)であってもよい。例えば、上記アレルギー診断用キットは、マイクロタイタープレートなどの基板(担体)上に本発明のタンパク質が固定された抗原基板と、当該抗原基板にスギ花粉症患者の血清が滴下された後に、上記抗原基板上に固定された本発明のタンパク質と結合したIgE抗体を検出する2次抗体と、当該2次抗体を検出するための薬剤とを備える構成にしてもよい。
(3−2)抗体
本発明に係る抗体は、前記(a)又は(b)のタンパク質(本発明に係るタンパク質)、またはその部分タンパク質・部分ペプチドを抗原として、公知の方法によりポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体として得られる抗体である。公知の方法としては、例えば、文献(Harlowらの「Antibodies : A laboratory manual(Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1988))、岩崎らの「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA,講談社(1991)」」に記載の方法が挙げられる。
このようにして得られる抗体は、本発明に係るタンパク質の検出・測定などに利用できる。例えば、本発明のタンパク質を含む花粉が大気中や屋内の空間またはヒトの粘膜にどの程度存在しているのかを調べるために利用できる。
(3−3)ベクター
本発明に係るベクターは、前記(a)又は(b)のタンパク質をコードする本発明の遺伝子を含むものである。例えば、cDNAが挿入された組換え発現ベクターが挙げられる。ベクターの作製には、プラスミド、ファージ、又はコスミドなどを用いることができるが特に限定されるものではない。また、当該組換え発現ベクターの作製方法も公知の方法の中から選択すればよい。
ベクターの具体的な種類は特に限定されるものではなく、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に遺伝子を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明に係る遺伝子を各種プラスミド等に組み込んだものをベクターとして用いればよい。
本発明に係る遺伝子が宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認するために、各種マーカーを用いてもよい。例えば、宿主細胞中で欠失している遺伝子をマーカーとして用い、このマーカー遺伝子と本発明に係る遺伝子とを含むプラスミド等を発現ベクターとして宿主細胞に導入する。これによって当該マーカー遺伝子の発現から本発明に係る遺伝子の導入を確認することができる。あるいは、本発明に係るタンパク質を融合タンパク質として発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質GFP(Green Fluorescent Protein)をマーカーとして用い、本発明に係るタンパク質をGFP融合タンパク質として発現させてもよい。
上記宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、カイコガ由来の細胞をはじめとして、キイロショウジョウバエ等の昆虫、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeや分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫Caenorhabditis elegans、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
上記ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換方法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、本発明に係るタンパク質を昆虫で転移発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を好適に採用することができる。
(3−4)形質転換体
本発明に係る形質転換体は、本発明に係る遺伝子、すなわち、前記(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子が導入された形質転換体である。ここで、「遺伝子が導入された」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味する。また、上記「形質転換体」とは、細胞・組織・器官のみならず、生物個体を含む意味である。
本発明に係る形質転換体の作製方法(生産方法)は、上述したベクターを用いて、宿主を形質転換する方法を挙げることができる。また、形質転換の対象となる宿主も特に限定されるものではなく、上記宿主細胞で例示した各種微生物や動物を挙げることができる。また、プロモーターやベクターを適切に選択すれば、植物も形質転換の対象とすることが可能である。
(3−5)本発明に係るタンパク質の生産方法
上記本発明にかかるベクターおよび形質転換体を用いることによって本発明にかかるタンパク質の生産を行うことができる。
一実施形態において、本発明に係るタンパク質の生産方法は、本発明に係るタンパク質をコードする遺伝子を含むベクター(上記本発明にかかるベクター)を用いることを特徴とする。
本実施形態の1つの局面において、本実施形態に係るタンパク質の生産方法は、上記ベクターを無細胞タンパク質合成系に用いることが好ましい。無細胞タンパク質合成系を用いる場合、種々の市販のキットを用いればよい。好ましくは、本実施形態に係るポリペプチドの生産方法は、上記ベクターと無細胞タンパク質合成液とをインキュベートする工程を包含する。
本実施形態の他の局面において、本実施形態に係るタンパク質の生産方法は、組換え発現系を用いることが好ましい。組換え発現系を用いる場合、本発明に係る遺伝子を組換え発現ベクターに組み込んだ後、公知の方法により発現可能に宿主に導入し、宿主内で翻訳されて得られる上記タンパク質(ポリペプチド)を精製するという方法などを採用することができる。組換え発現ベクターは、プラスミドであってもなくてもよく、宿主に目的遺伝子(ポリヌクレオチド)を導入することができればよい。好ましくは、本実施形態に係るタンパク質(ポリペプチド)の生産方法は、上記ベクターを宿主に導入する工程を包含する。
このように宿主に外来遺伝子(ポリヌクレオチド)を導入する場合、発現ベクターは、外来遺伝子(ポリヌクレオチド)を発現するように宿主内で機能するプロモーターを組み込んであることが好ましい。組換え的に産生されたタンパク質(ポリペプチド)を精製する方法は、用いた宿主、タンパク質(ポリペプチド)の性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のタンパク質(ポリペプチド)を精製することが可能である。
本実施形態に係るタンパク質(ポリペプチド)の生産方法は、本発明に係るタンパク質(ポリペプチド)を含む細胞または組織の抽出液から当該タンパク質(ポリペプチド)を精製する工程をさらに包含することが好ましい。タンパク質(ポリペプチド)を精製する工程は、周知の方法(例えば、細胞または組織を破壊した後に遠心分離して可溶性画分を回収する方法)で細胞や組織から細胞抽出液を調製した後、この細胞抽出液から周知の方法(例えば、硫安沈殿またはエタノール沈殿、酸抽出、陰イオンまたは陽イオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、およびレクチンクロマトグラフィー)によって精製する工程が好ましいが、これらに限定されない。最も好ましくは、高速液体クロマトグラフィー(「HPLC」)が精製のために用いられる。
別の実施形態において、本発明に係るタンパク質(ポリペプチド)の生産方法は、本発明に係るタンパク質(ポリペプチド)を天然に発現する細胞または組織から当該タンパク質(ポリペプチド)を精製することを特徴とする。本実施形態に係るタンパク質(ポリペプチド)の生産方法は、上述した抗体を用いて本発明に係るタンパク質(ポリペプチド)を天然に発現する細胞または組織を同定する工程を包含することが好ましい。また、本実施形態に係るタンパク質(ポリペプチド)の生産方法は、上述したタンパク質(ポリペプチド)を精製する工程をさらに包含することが好ましい。
(3−6)遺伝子検出器具
本発明に係る遺伝子検出器具は、本発明に係る遺伝子における少なくとも一部の塩基配列またはその相補配列をプローブとして用いたものである。遺伝子検出器具は、種々の条件下において、本発明に係る遺伝子の発現パターンの検出・測定などに利用することができる。
本発明に係る遺伝子検出器具としては、例えば、本発明の遺伝子と特異的にハイブリダイズする上記プローブを基板(担体)上に固定化したDNAチップが挙げられる。ここで「DNAチップ」とは、主として、合成したオリゴヌクレオチドをプローブに用いる合成型DNAチップを意味するが、PCR産物などのcDNAをプローブに用いる貼り付け型DNAマイクロアレイをも包含するものとする。
プローブとして用いる配列は、cDNA配列の中から特徴的な配列を特定する従来公知の方法によって決定することができる。具体的には、例えば、SAGE:Serial Analysis of Gene Expression法(Science 276:1268, 1997; Cell 88:243, 1997; Science 270:484, 1995; Nature 389:300, 1997; 米国特許第5,695,937 号)等を挙げることができる。
なお、DNAチップの製造には、公知の方法を採用すればよい。例えば、オリゴヌクレオチドとして合成オリゴヌクレオチドを使用する場合には、フォトリソグラフィー技術と固相法DNA合成技術との組み合わせにより、基板上で該オリゴヌクレオチドを合成すればよい。一方、オリゴヌクレオチドとしてcDNAを用いる場合には、アレイ機を用いて基板上に貼り付ければよい。
また、一般的なDNAチップと同様、パーフェクトマッチプローブ(オリゴヌクレオチド)と、当該パーフェクトマッチプローブにおいて一塩基置換されたミスマッチプローブとを配置して遺伝子の検出精度をより向上させてもよい。さらに、異なる遺伝子を並行して検出するために、複数種のオリゴヌクレオチドを同一の基板上に固定してDNAチップを構成してもよい。
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
以下、本発明のタンパク質について行った機能解析の結果について、図面を参照しながら説明する。
まず、以下の実施例にて用いられたCJP38が同定された経緯について、簡潔に説明する。
〔CJP38同定までの経緯〕
本発明者らは、本発明のタンパク質を同定することを目的として、スギ花粉から全タンパク質を粗抽出し、当該スギ花粉租抽出タンパク質をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により分離した。そして、分離されたスギ花粉粗抽出タンパク質に対して、複数のスギ花粉症患者から得られた血清を用いて免疫染色を行った。すなわち、本発明者らは、スギ花粉症患者の血清に含まれるIgE抗体と高頻度に反応するスギ花粉タンパク質を探索した。
図1に、上記免疫染色の結果を示している。レーン1には健常者由来の血清を用いた場合、レーン2〜7にはそれぞれ異なるスギ花粉症患者由来の血清を用いた場合の免疫染色の結果が示されている。なお、レーンMには分子量マーカーの泳動結果が示されている。
図1に示すように、健常者の血清とは反応しないが、スギ花粉症患者の血清とは反応するタンパク質のバンド(約60kDa)が検出された(レーン6,7)。そこで、上記約60kDaのタンパク質のアミノ酸配列を質量分析(Q TOF-MS解析)により決定したところ、10残基のアミノ酸配列(配列番号4)が明らかとなった。
上記10残基のアミノ酸配列について相同性検索を行ったところ、オリーブ花粉の主要アレルゲンであるOle e9(配列番号5)と、10残基中8残基のアミノ酸が一致することが明らかとなった(図1右側の配列参照)。上記Ole e9は、1,3-beta-グルカナーゼであることから、上記約60kDaのタンパク質も1,3-beta-グルカナーゼであると推測された。
そこで、本発明者らは、1,3-beta-グルカナーゼの保存配列を利用して、上記約60kDaのタンパク質をコードする遺伝子のcDNA(complementary DNA)を単離することを試みた。具体的には、スギの葯から抽出した全RNAを鋳型として、上記10残基のアミノ酸配列(配列番号4)に基づくプライマーと植物由来の1,3-beta-グルカナーゼに保存されている配列(配列番号6,7,8)(図2参照)に基づくプライマーとを用いて、逆転写PCR(RT-PCR)を行った。
上記RT-PCRによって増幅されたDNA断片の塩基配列を基に、1313塩基からなる全長cDNAを取得し、当該全長cDNAの塩基配列を決定した。その結果、当該cDNAは図3(配列番号2)に示す塩基配列を有することが明らかとなった。本発明者らは、上記cDNAによってコードされるタンパク質をCJP38と命名した。
CJP38の推定分子量は、約38kDaであることから、当初単離を目指した上記約60kDaのタンパク質とは異なるタンパク質であると考えられた。しかし、CJP38は、オリーブ花粉の主要アレルゲンであるOle e9や、ラテックッスアレルギーの主要抗原であるHev b2と高い相同性を有している(図4参照)ことが明らかとなり、CJP38はスギ花粉のアレルゲンである可能性が高いと考えられたため、本発明者らは、CJP38がスギ花粉のアレルゲンである可能性を検証することにした。
〔実施例1:スギ花粉からの全RNAの抽出〕
日本スギ(C. japonica)の葯(2g)(広島県豊田郡豊町にて採取)を液体窒素中で粉砕し、使用したスギ葯の10倍量(W/V)の2×CTAB(centyltrimethylammomium bromide)溶液中に、粉砕されたスギ葯を懸濁した後、65℃で10分間インキュベートした。そして、上記懸濁液と等量のクロロホルム/イソアミルアルコール(24:1)を上記懸濁液に加えて攪拌し、室温で遠心分離(9,300 g,10分間)した。分離された液層のうち、水層(上層)を回収し、当該水層と等量のクロロホルム/イソアミルアルコール(24:1)を当該水層に加えて攪拌し、再度室温で遠心分離(9,300 g,10分間)した。分離された液層のうち、水層を回収し、当該水層の3/4倍量のイソプロピルアルコールを当該水層に加えた後に、室温で10分間静置した。その後、4℃で遠心分離(9,300 g,10分間)し、形成された沈殿をTE(Tris-EDTA)バッファーに溶解することにより全RNA粗抽出液を得た。
上記全RNA粗抽出液をさらに精製するために、上記全RNA粗抽出液の1/4倍量の10M塩化リチウム溶液を上記全RNA粗抽出液に加え、2時間氷上でインキュベートした。そして、4℃で遠心分離(9,300 g,10分間)し、形成された沈殿をTEバッファーに溶解した。この溶解液に当該TEバッファーと等量のTE飽和フェノール(pH9.0)を加え攪拌した後に、室温で遠心分離(9,300 g,10分間)した。分離された液層のうち、水層を回収し、当該水層と等量のクロロホルム/イソアミルアルコール(24:1)を当該水層に加えて攪拌し、再度室温で遠心分離(9,300 g,10分間)した。分離された液層のうち、水層を回収し、当該水層の1/10倍量の3M酢酸ナトリウムと2倍量の冷エタノール(-20℃)とを当該水層に加え、-80℃で10分間静置した。その後、4℃で遠心分離(9,300 g,10分間)し、RNAの沈殿を得た。そして、当該沈殿を70%エタノールで洗浄した後に、真空乾燥し、乾燥した沈殿を適量のTEバッファーに溶解した。
〔実施例2:CJP38cDNA断片の取得〕
上記実施例1において得られた全RNAを鋳型として、CJP38をコードするcDNAを合成した。具体的には、3’RACE System for Rapid Amplification of cDNA Ends(Invitrogen社製)を用いて、逆転写反応とPCR反応とを行い、CJP38遺伝子のcDNAを特異的に増幅した。以下において、この手法の詳細な説明を行う。
(1)全RNAを鋳型とした逆転写反応によるcDNAの合成
全RNA(5μg)を含む溶液 5μlに、アダプタープライマー 1μlと、DEPC(diethylpyrocarbonate)処理液 6μlとを加え、インキュベート(70℃、10分間)した後に、氷上に1分間静置した。この反応液に10×PCRバッファー 2μl、25mM MgCl2 2μl,dNTP MI×(2.5 mM each) 1μl、DTT(dithiothreitol)(0.1 M) 2μlを加え、42℃で5分間プレインキュベートした。この反応液にSUPERSCRIPT II(Life Technonogies, Inc.社製)を1μl加えて、42℃で50分間インキュベートした。その後、70℃で15分間インキュベートすることにより反応を停止させた。この反応液を氷上で静置した後に、RNase Hを1μl加えてインキュベート(37℃、20分間)することによりRNAを消化した。
(2)PCR反応によるCJP38遺伝子のcDNAの増幅
次に、上記の処理によって合成されたcDNAを鋳型として、PCR反応を行った。この反応において次に示す2種類のプライマーを用いた。
プライマー1:GCHATHTCHGTDGGNAAYGARGT(配列番号12)
プライマー2:CCRTCNGGYTTRAANAGNCCRTA(配列番号13)
上記の塩基配列中、RはAまたはGを表し、YはCまたはTを表し、HはAまたはT、またはCを表し、DはGまたはAまたはTを表し、NはAまたはCまたはGまたはTを表す。
プライマー1は、上記Q TOF−MS解析により決定されたアミノ酸配列、すなわち上記約60 kDaのタンパク質が有する部分アミノ酸配列(配列番号4)を基に設計された。一方、プライマー2は、植物由来の1,3-beta-グルカナーゼに保存された共通配列(配列番号6,7,8)(図2参照)を基に設計された。
PCR反応は次に示す条件で行った。すなわち、95℃で2分間の加熱処理の後に、94℃で1分間、53℃で1分間、68℃で1分間を1サイクルとして30サイクルの反応を行った。
〔実施例3:全長CJP38cDNAの取得および塩基配列の決定〕
実施例2において得られたCJP38cDNA断片をpGEM-T Easy ベクターに組み込み、ベクター特異的なプライマーを用いて、CJP38cDNA断片の塩基配列を決定した。
さらに、5’末端および3‘末端を含めたCJP38cDNAの全塩基配列を決定するために、上記CJP38cDNA断片の塩基配列を基に、次に示す新たなプライマー3およびプライマー4を作製した。
プライマー3:CTTGATGTTGTTCTGCAGATTGG(配列番号14)
プライマー4:GCGCTCTTTAATCCTACACC(配列番号15)
プライマー3を用いた5’RACE(Rapid Amplification of cDNA Ends)法により、CJP38cDNAの5’末端側の断片を取得し、この断片の塩基配列を決定した。一方、プライマー4を用いた3’RACE法により、CJP38cDNAの3’末端側の断片を取得し、この断片の塩基配列を決定した。これにより、CJP38cDNAの全塩基配列を決定するに至った。決定された配列は、配列番号2に示す配列であり、1313塩基からなる。
〔実施例4:CJP38の相同性検索〕
CJP38と相同性の高い植物由来のタンパク質を、GenBankデータベースを用いたBLAST検索により探索した。その結果、CJP38は1,3-beta-グルカナーゼと高い相同性を有することが確認された。図4に、CJP38と高い相同性を示す植物の1,3-beta-グルカナーゼのアミノ酸配列を示す。CJP38は、トマト(L. esculentum)の1,3-beta-グルカナーゼと47%、オリーブ花粉の主要アレルゲンであるOle e9と40%、パラゴムノキの主要アレルゲンであるHev b2と43%の相同性を有している。上記の結果から、CJP38は1,3-beta-グルカナーゼである可能性が高いと考えられる。
〔実施例5:組み換えCJP38の発現〕
CJP38を大量に得るために、CJP38とGST(glutathione S-transferase)との融合タンパク質(GST-CJP38)を大腸菌の発現系にて発現させた。
まず、本実施例の説明で用いる図面について説明する。
図5(a)は、GST-CJP38を発現誘導させた大腸菌から抽出したタンパク質を電気泳動(SDS-PAGE)した結果を示している。図5(a)中の1〜44の各レーンには、それぞれ次のタンパク質が泳動されている。すなわち、レーン1には発現誘導前の大腸菌から抽出したタンパク質が、レーン2には発現誘導後の大腸菌から抽出したタンパク質が、レーン3には発現誘導後の大腸菌から抽出したタンパク質のうち、可溶性画分に含まれるタンパク質が、レーン4には発現誘導後の大腸菌から抽出したタンパク質のうち、不溶性画分に含まれるタンパク質が、それぞれ泳動されている。
図5(b)は、発現誘導後の大腸菌から抽出した不溶性タンパク質をリフォールディングした後に電気泳動(SDS-PAGE)した結果を示している。図5(b)中のレーン5には、上記不溶性タンパク質をリフォールディングした結果得られた可溶性タンパク質が、レーン6には当該可溶性をスロンビンにより消化した結果得られたタンパク質が、それぞれ泳動されている。
以下において、本実施例について詳細に説明する。
CJP38遺伝子の翻訳領域(ORF)(配列番号3)をpGEX4T-1ベクターに組み込み、当該ベクターをタンパク質発現用大腸菌株であるBL21に導入した。上記pGEX4T-1ベクターには、IPTG(isopropyl-thio-beta-D-galactopyranoside)によって転写活性が高まるプロモーターが組み込まれており、IPTGを大腸菌の培地に添加することによりタンパク質発現を誘導できる。そこで、IPTGによりタンパク質発現を誘導した後に、大腸菌を回収し、SDS-PAGEを行った。その結果、図5(a)(レーン2)に示すように、GST-CJP38と推測される約60 kDaのタンパク質の蓄積が確認された。
次に、この発現誘導されたタンパク質が可溶性か不溶性かを確認するために、IPTG添加後の大腸菌をリン酸バッファー中にて超音波破砕した後に遠心分離することにより、当該大腸菌のタンパク質を可溶性タンパク質(3)と不溶性タンパク質(4)とに分離した。当該可溶性および不溶性タンパク質を電気泳動したところ、図5(a)(レーン3、4)に示すように、上記発現誘導されたタンパク質は、主に不溶性タンパク質として蓄積していることが明らかになった。
そこで、上記不溶性タンパク質をリフォールディングにより可溶化した。具体的には、大腸菌の不溶性画分を1%TritonX-100を含むPBS(pH7.6)で洗浄した後、8M 尿素を含むPBSで変性、可溶化した。この可溶化したサンプルを、当該サンプルの液量の10倍量の4M、2M、1Mの尿素を含むPBSに対して各1時間、2回づつ順に透析し、最後に尿素を含まないPBSで一晩透析した。その結果、上記不溶性タンパク質の大半を可溶化することができた。
そして、この可溶化されたタンパク質をスロンビンにより消化したところ、図5(b)(レーン5、6)に示すように、上記可溶化されたタンパク質は、GSTと推測されるタンパク質と、組み替えCJP38(以下では、rCJP38と称す)と推測されるタンパク質とに分離した。ここで、上記スロンビンは、GSTと当該GSTに融合されたタンパク質との境界に存在する特定のアミノ酸配列を認識し、消化する酵素である。
上記rCJP38と推測されるタンパク質のN末端のアミノ酸配列をペプチドシークエンスにより決定したところ、当該N末端のアミノ酸配列とCJP38のアミノ酸配列とが一致した。この結果から、上記rCJP38と推測されるタンパク質は、実際にrCJP38であることが確認された。
〔実施例6:rCJP38のアレルゲン活性測定〕
上記実施例5において得られたrCJP38がアレルゲン活性を有しているかどうかを明らかにするために、rCJP38を含む画分と、スギ花粉症患者の血清とを用いて免疫染色を行った。なお、上記rCJP38を含む画分とは、上記可溶化されたタンパク質をスロンビン消化することによって得られるタンパク質画分であり、この画分には、rCJP38の他にGSTや大腸菌由来のタンパク質も含まれている。
まず、本実施例の説明で用いる図面について説明する。
図6は、rCJP38とスギ花粉症患者の血清とを用いて免疫染色を行った結果を示す図である。P1〜P20は、それぞれ異なるスギ花粉症患者由来の血清を用いた場合の結果を示しており、N1〜N3は、それぞれ異なる健常者由来の血清を用いた場合の結果を示している。rCJP38と各血清との反応性の度合いを+/−で表しており、顕著に反応した場合には+、ほとんど反応しなかった場合には−、わずかに反応した場合には+−が付されている。
以下において、本実施例について詳細に説明する。
上記rCJP38を含む画分をSDS-PAGEにより分離した後に、分離されたタンパク質をブロッティングキット(Hoefer DALT社製)を用いてPVDF膜(Hybond-P;Amersham社製)に転写した。そして、当該PVDF膜をブロッキング液(5% 脱脂粉乳、1% BSA、0.1% Tween20を含むPBS)中で一晩振とうした後に、10倍希釈したスギ花粉症患者の血清または健常者の血清と室温で4時間反応させた(1次抗体反応)。
次に、1次抗体反応後のPVDF膜をPBST(1% Tween20を含むPBS)により洗浄した後に、ビオチン標識されたヒトIgE抗体(150倍希釈)(Vector Laboratories, Inc.社製)と2時間反応させた(2次抗体反応)。
その後、2次抗体反応後のPVDF膜をPBSTで洗浄し、HRP(horseradish peroxidase)標識されたストレプトアビジン(3000倍希釈)(Zymed Laboratories Inc.社製)と1時間反応させた。そして、ECL-Plus Western blotting detection reagent(Amersham Bioscience社製)を用いてX線フィルム上でHRPの活性を検出した。
その結果、図6に示すように、rCJP38は、健常者の血清(N1〜N3)とはほとんど反応しなかったのに対し、スギ花粉症患者の血清とは、20人中15人という高い確率で反応した(P1〜P20)。すなわち、健常者の血清中には、rCJP38を認識する抗体がほとんど含まれていないのに対して、スギ花粉症患者の血清中には、rCJP38を認識する抗体が高い確率で含まれていた。なお、図示しないが、GSTは、すべてのスギ花粉症患者および健常者の血清と反応しなかった。
上記の結果から、rCJP38は、スギ花粉症のアレルギー反応を誘発するアレルゲンであることが強く示唆された。
〔実施例7:rCJP38の1,3-beta-グルカナーゼ活性測定〕
上記実施例5において得られたrCJP38が1,3-beta-グルカナーゼ活性を有しているかどうかを明らかにするために、酢酸ナトリウムバッファー(pH5.0)で透析した上記rCJP38を含む画分を用いて1,3-beta-グルカナーゼ活性測定を行った。
まず、本実施例の説明で用いる図面について説明する。
図7は、rCJP38の1,3-beta-グルカナーゼ活性を測定した結果を示すグラフである。上記活性は、酵素反応により生成されたグルコースの濃度によって表されている。ネガティブコントロールとして、rCJP38を含まない、バッファーのみの反応液における活性(Sodium Acetate buf)を測定している。
以下において、本実施例について詳細に説明する。
酢酸ナトリウムバッファー(pH5.0)で調製した1%ラミナラン(SIGMA社製)溶液に終濃度10μg/mlとなるように上記rCJP38画分を添加し、37℃で一晩インキュベートした。その後、終濃度10U/mlとなるようにアーモンド由来のbeta-グルコシダーゼを添加し、37℃で4時間インキュベートした後に、生成されたグルコースの濃度をD-Glicose UV-method(R-biopharma AG社製)を用いて測定した。
その結果、図7に示すように、酢酸ナトリウムバッファーのみを用いて上記活性測定を行った場合と比較して、上記rCJP38を含む画分を添加した場合には、1,3-beta-グルカナーゼ活性が有意に高まった。
したがって、上記の結果から、rCJP38は1,3-beta-グルカナーゼ活性を有していることが示され、スギ花粉中に存在するCJP38も1,3-beta-グルカナーゼ活性を有していることが示唆された。
〔実施例8:CJP38抗体を用いた2次元免疫染色〕
スギ花粉に含まれるCJP38の分子量および等電点を確認するために、スギ花粉から抽出したタンパク質を2次元電気泳動により展開した後に、CJP38抗体を用いて免疫染色を行った(2次元免疫染色)。
まず、上記CJP38抗体の作製方法について説明する。
上記CJP38抗体は、上記のリフォールディングにより可溶化したGST-CJP38を抗原として用いて作製された。具体的には、抗原溶液(0.5mg/ml in PBS)100μlとAjuvand, Complete, Freund100μlとをルアーロック式シリンジで混合し、乳化することにより抗原・アジュバンド溶液(終濃度0.25mg/ml)を調整し、この抗原・アジュバンド溶液をBALB/cマウス(6週齢、メス)の腹腔内へ投与した。当該投与を、2週間ごとに同量の抗原を用いて行い、十分な抗体価が得られるまで繰り返した。
マウスの採血は、眼底採血法により行われた。すなわち、マウスを少量のジエチルエーテルで麻酔し、EMマイスターヘマトクリット毛細管を用いて眼下静脈より採血を行った。その後、採取した血液を4℃にて2000rpmで、20分間遠心分離し、上清である血清を回収した。上記血清に含まれるCJP38抗体の抗体価をELISAにより測定した結果、10週齢のマウスで顕著な抗体価の上昇が確認できた(データ示さず)。
次に、2次元免疫染色の説明で用いる図面について説明する。
図8は、スギ花粉タンパク質を2次元泳動電気泳動により展開した後に、銀染色を行った結果(左上)およびCJP38抗体を用いて免疫染色を行った結果(右上)を示しており、それぞれの画像の一部を拡大したものを、それぞれ左下および右下に示している。拡大図においては、主要なタンパク質のスポットに番号を付している。
以下において、2次元免疫染色について詳細に説明する。
2次元電気泳動は、Kristensenらの方法(Electrophoresis 2000;21:430-439)に従って行った。そして、2次元電気泳動に続いて、銀染色によるタンパク質の可視化またはCJP38抗体による免疫染色を行った。
上記免疫染色においては、PVDF膜へのタンパク質の転写、ブロッキングの後に、20000倍希釈した、CJP38抗体を含む上記抗血清を用いて1次抗体反応(室温、4時間)を行い、PBSTでの洗浄後に、10000倍希釈したビオチン標識マウスIgG抗体を用いて2次抗体反応(室温、2時間)を行った。洗浄後、さらに3000倍希釈したHRP標識ストレプトアビジンを用いて3次抗体反応(室温、1時間)を行った。洗浄後、ECL-Plus Western blotting detection reagent (Amersham Biosciences社製)により陽性シグナルをX線フィルムを用いて可視化した。
上記免疫染色の結果、図8(右上)に示すように、複数のスポットが検出された。一方、免疫前のマウス血清を用いて同様に免疫染色を行っても顕著なスポットは検出されなかった(データ示さず)。上記複数のスポットと、銀染色されたタンパク質のスポットとを比較した結果、CJP38の推定分子量および推定等電点から、CJP38のスポットは、No.96、97、98、100、101.1、101.2、109のいずれかであると推測された。
そこで、これらのスポットのうち、CJP38抗体と特に強い反応を示したNo.98およびNo.101.2のスポットのタンパク質に対してESI-TOF MSによる質量分析を行った。具体的には、No.98およびNo.101.2のスポットのタンパク質をトリプシン消化し、得られたペプチド断片に対してMSモードによるPeptide Mass Fingerprint解析を行った。
その結果、No.98およびNo.101.2のスポット由来のMSスペクトルパターンは酷似しており、No.98のスポットのタンパク質とNo.101.2のスポットのタンパク質とは、アミノ酸配列や翻訳後修飾がわずかに異なる同位体分子であることが示唆された。
そこで、No.98のスポット由来のペプチド断片のうち、m/z値からCJP38由来のものと推測される、3つのペプチド断片についてMS/MSによるアミノ酸シークエンスを行った。
その結果、上記3つのペプチド断片のアミノ酸配列は、それぞれCJP38のアミノ酸配列における144〜159番目(NIQTALENANLQNNIK(配列番号16))、160〜177番目(VSTAHAMTVIGTSSPPSK(配列番号17))、329〜344番目の配列(HFGLFNPDEQPVYPVK(配列番号18))と完全に一致することが明らかとなった。すなわち、No.98のスポットはCJP38のスポットであることが明らかとなった。
No.98のスポットは、非特許文献5に記載の研究におけるスギ花粉症患者由来の血清IgEを用いた免疫染色において、42.5%の反応頻度で反応したスポットである。スギ花粉の主要アレルゲンであるCry j2の反応頻度が40.0%であることから、CJP38は、Cry j2を上回る反応頻度を有するアレルゲンであることが示された。
また、上記Peptide Mass Fingerprint解析の結果から、No.101.2のスポットもCJP38由来のスポットである可能性が考えられる。非特許文献5に記載の研究におけるNo.101.2のスポットの反応頻度は52.5%であり、この事実からもCJP38がCry j2を上回る反応頻度を有するアレルゲンである可能性が示された。
また、No.98およびNo.101.2のスポットの位置から、CJP38は分子量約38kDa、pI5〜6のタンパク質であることが示された。ただし、CJP38は、No.98およびNo.101.2のスポットを形成するタンパク質とは異なる翻訳後修飾を受けている可能性も残されており、CJP38がNo.98およびNo.101.2以外のスポットを形成している可能性もある。