JP4592224B2 - 被削性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼及び製造方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、毒性のないCuの添加によって被削性を改善したオーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】
精密機械工業の著しい発達や家庭電気器具、家具調度品等の需要増加により、従来ステンレス鋼が使用されていなかった部分にもステンレス鋼が使用されるようになってきた。また、工作機械の自動化・省力化に伴って被削性に優れたステンレス鋼が望まれているため、JISG4303に規定されるSUS303のように快削性元素としてSを添加し、SUS303SeのようにSeを添加し、被削性を改善したオーステナイト系ステンレス鋼が使用されている。さらにマルテンサイト系ステンレス鋼としては、JISG4303に規定されるSUS410FやSUS410F2のように快削性元素としてPbを添加し、或いはSUS416,SUS420FのようにSを添加して被削性を改善したステンレス鋼が使用されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、快削性元素として有効なSは、熱間加工性,延性及び耐食性を著しく低下させる。しかも、機械的性質に異方性を生じさせる原因にもなる。またSe添加により被削性を付与した場合、有害な元素を添加することが環境対策上で問題となる。さらに、Pb添加により被削性を向上させた場合、使用中に有害なPbの溶出があり、リサイクル利用しにくい材料でもある。
【0004】
ところで、本発明者らは、環境に悪影響を及ぼすことなく被削性を著しく向上させる手段として、一定量以上のCを含むCuを主体とした第2相を所定量析出させたオーステナイト系ステンレス鋼を紹介した(特願2000−63996)。
本発明は、先に紹介したCu主体の第2相による性質改善を更に発展させたオーステナイト系ステンレス鋼を得ることを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明は、Sn又はInを10質量%以上含むCu主体の第2相を0.2体積%以上の割合でマトリックスに分散させることにより、環境に悪影響を及ぼすことなくオーステナイト系ステンレス鋼の被削性を改善したものである。
【0006】
具体的には、C:0.001〜0.3質量%,Si:2.0質量%以下,Mn:5.0質量%以下,Cr:10〜20質量%,Ni:5〜12質量%,Cu:0.5〜6.0質量%,Sn又はIn:0.005〜0.5質量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物の組成をもち、必要に応じて更にS:0.15質量%未満,Nb:0.01〜1.0質量%,Ti:0.01〜1質量%,Mo:3質量%以下,Zr:1質量%以下,Al:1質量%以下,V:1質量%以下,B:0.05質量%以下及び希土類元素(REM):0.05質量%以下の1種又は2種以上を含むオーステナイト鋼を、熱間圧延後から最終製品となるまでの間に500〜900℃の温度範囲で1時間以上加熱保持する時効処理を1回以上施し、Sn又はInを10質量%以上含むCu主体の第2相を0.2体積%以上の割合でマトリックスに分散析出させたものである。
(以下余白)
【0007】
【作用】
ステンレス鋼は、全般的に被削性が悪く、難削材の一つに数えられている。被削性が悪い原因として、熱伝導率が低いこと,加工硬化の程度が大きいこと,凝着しやすいこと等が挙げられる。
本発明者等は、工具−被削材との潤滑及び熱伝導に及ぼすε−Cu等のCu主体の第2相(Cuリッチ相)の作用に着目し、ステンレス鋼中にCuを添加し、一部がCuリッチ相として微細にかつ均一に析出していると、被削性が改善されることを見い出した。Cuリッチ相による被削性の改善は、切削時において工具掬い面上でのCuリッチ相による潤滑,熱伝導作用に基づく減摩により、切削抵抗が減少すると共に工具寿命を延ばし、結果として被削性が向上するものと考えられる。
特にオーステナイト系ステンレス鋼は、結晶構造が面心立方晶f.c.c.であり、Cuリッチ相と同一の結晶構造を有するため整合する。したがって、結晶構造がCuリッチ相と異なり体心立方b.c.cであるフェライト系ステンレス鋼と焼き鈍し状態のマルテンサイト系ステンレス鋼に見られる、大きな転位の集積による被削性の向上が期待できない。
【0008】
そこで、本発明の根幹であるSn又はInを0.005質量%以上添加することにより、Cuリッチ相中に10質量%以上のSn又はInが濃化し、融点の低いCu−Sn合金又はCu−In合金が形成される。融点が低いCuリッチ相が異物としてマトリックスに分散するため、破壊現象である被削性が向上し、かつ低融点の異物が切削工具との間で潤滑作用をするため、工具寿命が著しく向上することになる。
【0009】
Cuリッチ相を析出させる手段としては、Cuリッチ相が析出し易い温度域で時効等の等温加熱すること,加熱後の降温過程で析出温度域の通過時間が出来るだけ長くなる条件下で徐冷すること等が考えられる。本発明者等は、Cuリッチ相の析出について種々調査研究した結果、最終焼鈍後に500〜900℃の温度域で時効処理するとSn又はInを10質量%以上含む低融点のCuリッチ相の析出が促進され、優れた被削性がオーステナイト系ステンレス鋼に付与されることを見出した。
Cuリッチ相の析出は、炭窒化物や析出物を形成し易いNb,Ti,Mo等の元素の添加や、S含有量を増やして硫化物を形成することによっても促進される。炭窒化物や硫化物等は、析出サイトとして働き、マトリックスにCuリッチ相を均一分散させ、製造性を効率よく改善する。
【0010】
以下、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼に含まれる合金成分,含有量等を説明する。
C:0.001〜0.3質量%
Cはオーステナイト形成元素であり、不可避的に含まれる。ただし、過剰に含有すると硬質化し、加工性が損なわれるため、本発明では、その上限を0.3質量%に設定した。
【0011】
Si:1.0質量%以下
製鋼時脱酸に有用な元素であるが、2.0質量%を超える過剰量でSiが含まれると、硬質化し加工性が低下する。
Mn:5.0質量%以下
Niとともにオーステナイト相を安定化する有用な元素である。製造性を改善すると共に、鋼中の有害なSをMnSとして固定する作用を呈する。MnSは、被削性の向上にも有効に働くと共に、Cuリッチ相生成の核として作用するため、微細なCuリッチ相の生成に有効な合金成分である。しかし、5.0質量%を超える過剰量のMnが含まれると、耐食性が劣化する傾向を示す。
【0012】
S:0.15質量%以下
被削性の改善に有効なMnSを形成する元素であるが、S含有量が0.15重量%を超えると熱間加工性及び延性が著しく低下する。したがって、本発明においてはS含有量の上限を0.15質量%に設定した。
Cr:10〜20質量%
オーステナイト系ステンレス鋼本来の耐食性を維持するために必要な合金成分であり、要求される耐食性を確保するために10質量%以上のCrを添加する。しかし、20質量%を超える過剰量のCrが含まれると、過度に硬化するとともに製造性,加工性に悪影響を及ぼす。
【0013】
Ni:5〜12質量%
オーステナイト系ステンレス鋼に必須の元素であり、安定的にオーステナイト相を発現させるためには5質量%以上必要である。一方、高価な元素であるため、その効果と製造コストを勘案し、その上限は12質量%とした。
Cu:0.5〜6.0質量%
本発明のステンレス鋼において最も重要な合金成分であり、良好な被削性を発現させるためには、0.2体積%以上の割合でCuリッチ相がマトリックスに析出していることが必要である。各合金成分の含有量が前述のように特定された組成のオーステナイト系ステンレス鋼で0.2体積%以上のCuリッチ相を析出させるために、本発明においてはCu含有量を0.5質量%以上としている。しかし、6.0質量%を超える過剰量のCu添加は、製造性,加工性,耐食性等に悪影響を及ぼす。
マトリックスに析出するCuリッチ相は、析出物のサイズに特別な制約を受けるものではないが、表面及び内部においても均一分散していることが好ましい。Cuリッチ相の均一分散は、被削性を安定して改善する。
【0014】
Sn又はIn:0.005質量%以上
Cu同様、本発明において最も重要な合金成分であり、良好な被削性を発現させるためには、10質量%以上の割合でCuリッチ相に含まれている必要がある。この割合でCuリッチ相にSn又はInのいずれか又は両方が含まれているとき、Cuリッチ相自身が低融点化するため被削性が著しく向上する。この低融点化を発現させるためには、合金全体としてSn又はInの含有量を0.005質量%以上とする必要がある。ただし、含有量の増加により、過度に低融点化すると液膜脆化により熱間圧延性が著しく低下するため、その上限値は0.5質量%とすることが望ましい。
【0015】
Nb:0.01〜1質量%
Cuリッチ相は、各種析出物のなかでもNb系析出物の周囲に析出する傾向が強い。したがって、Cuリッチ相を均一に析出分散させるためには、必要に応じてNbの炭化物,窒化物,炭窒化物等を微細に析出させた組織が好ましい。しかし、過剰量のNb添加は、製造性や加工性に悪影響を及ぼす。したがって、Nbを添加する場合、Nb含有量を0.01〜1質量%の範囲で選定する。
Ti:0.02〜1質量%
必要に応じて添加される合金成分であり、Nbと同様にCuリッチ相の析出サイトとして有効な炭窒化物を形成する合金成分である。しかし、過剰量のTi添加は、製造性や加工性を劣化させ、製品表面に疵を発生させ易くする原因となる。したがって、Tiを添加する場合、Ti含有量を0.02〜1質量%の範囲で選定する。
【0016】
Mo:3質量%以下
必要に応じて添加される合金成分であり、耐食性を向上させると共に、微細なCuリッチ相の核サイトとして有効なFe2Mo等の金属間化合物として析出する。しかし、3質量%を超える過剰なMo含有は、製造性及び加工性に悪影響を及ぼす。
Zr:1質量%以下
必要に応じて添加される合金成分であり、微細なCuリッチ相の核サイトとして有効な炭窒化物となって析出する。しかし、Zrの過剰添加は製造性や加工性に悪影響を及ぼすので、Zrを添加する場合には含有量の上限を1質量%に規制する。
【0017】
Al:1質量%以下
必要に応じて添加される合金成分であり、Moと同様に耐食性を改善すると共に、微細なCuリッチ相の核サイトとして有効な化合物として析出する。しかし、過剰なAl添加は製造性及び加工性を劣化させるので、Alを添加する場合には含有量の上限を1質量%に規制する。
V:1質量%以下
必要に応じて添加される合金成分であり、Zrと同様に微細なCuリッチ相の核サイトとして有効な炭窒化物となって析出する。しかし、Zrの過剰添加は製造性や加工性に悪影響を及ぼすので、Zrを添加する場合には含有量の上限を1質量%に規制する。
【0018】
B:0.05質量%以下
必要に応じて添加される合金成分であり、熱間加工性を改善すると共に、析出物となってマトリックスに分散する。Bの析出物も、Cuリッチ相の析出サイトとして働く。しかし、Bの過剰添加は熱間加工性を低下させることになるので、Bを添加する場合には含有量の上限を0.05質量%に規制する。
希土類元素(REM):0.05質量%以下
必要に応じて添加される合金成分であり、適量の添加によってBと同様に熱間加工性を改善する。また、Cuリッチ相の析出に有効な析出物となってマトリックスに分散する。しかし、過剰に添加すると熱間加工性が劣化するので、希土類元素を添加する場合には含有量の上限を0.05質量%に規制する。
【0019】
熱処理温度:500〜900℃
Cuリッチ相の析出により優れた被削性を得るためには、500〜900℃の時効処理が有効である。時効処理温度が低くなるほど、マトリックス中の固溶Cu量が少なくなり、Cuリッチ相の析出量が増加する。しかし、低すぎる時効処理温度では、拡散速度が遅くなるため、析出量が却って減少する傾向がみられる。被削性に有効なCuリッチ相の析出に及ぼす時効処理温度の影響を種々の実験から調査したところ、500〜900℃の温度域で時効処理するとき、被削性に最も有効なCuリッチ相が0.2体積%以上の割合で析出することを見出した。時効処理は、好ましくは1時間以上で施され、熱間圧延終了後から製品となるまでの何れの段階で実施しても良い。
【実施例1】
表1に示した組成をもつ各種オーステナイト系ステンレス鋼を300kg真空溶解炉で溶製し、1230℃で1時間加熱後、熱間圧延し、種々の温度で時効処理を施した後、酸洗して板厚4mm、幅500mm、長さ1200mmの鋼板を得た。
【0020】
【0021】
得られた鋼板を用い、横型フライス盤により被削性の評価を実施した。図1に評価試験の概要を示す。カッタはJISB4107に規定される外径125mm、幅10mmの超硬フライスを用い、ダウンカットで回転速度2000rpm、送り速度0.6m/min、切り込み深さ0.5mm、切削方向は圧延方向に直角な方向として無潤滑で切削した。鋼板の長手方向1200mmを連続切削し、引き続き、幅方向に10mm送って隣接する長手方向の切削を実施した。鋼板広面全域を0.5mm切り込んだ後は、もとの起点に戻り、新たに0.5mmの切り込みを行った。これを繰返し、バイト刃先が0.1mm減少するまでの切削時間を寿命判定基準としてバイト摩耗を評価した。また、同じ鋼材から切り出した試験片を透過型電子顕微鏡で組織観察し、画像処理によってマトリックスに分散析出しているCuリッチ相を定量化してCuリッチ相の体積分率(体積%)を求めた。さらに、Cuリッチ相中のSn又はIn含有量をEDX分析により定量化した。
【0022】
790℃×9時間で時効処理した試験番号A−1〜Q−1の供試材について行った被削性の評価結果を表2に示す。表2において、従来から被削性の良好な材料とされている試験番号Q−1と比較し、試験番号Q−1より良好な被削性を示すものを◎,同等の被削性を示すものを○,試験番号Q−1より被削性が劣るものを×と判定した。
本発明に従った試験番号B−1,C−1,D−1,F−1,G−1,I−1,J−1,K−1,L−1,M−1,N−1,O−1及びP−1の各供試材は、何れも0.5質量%以上のCuを含み、0.005質量%以上のSnが添加されており、時効処理によって10質量%以上のSn(L−1においてはIn)を含むCuリッチ相が0.2体積%以上の割合でマトリックスに分散析出しており、何れも良好な被削性を示していた。
【0023】
これに対し、Cu含有量が0.5質量%以上であっても時効処理を施していない試験番号B−2,C−2,D−2及びF−2の各供試材では、Cuリッチ相の析出量が0.2体積%を下回っており、被削性が劣っていた。また、時効処理を施した鋼材であってもCu含有量が0.5質量%未満の試験番号H−1では、Cuリッチ相の析出量が0.2体積%に達せず、被削性に劣っていた。さらに、Cu含有量が0.5質量%以上であり、かつCuリッチ相が0.2体積%認められたA−1は、従来から被削性の良好な材料とされている試験番号Q−1と比較し良好な被削性を示すが、Sn含有量が0.005質量%未満であるため、Cuリッチ相中のSn量が10質量%に達せず被削性が劣っていた。
【0024】
【0025】
【実施例2】
表1の鋼材Cを用いて、実施例1と同じ条件で供試材を作製した。得られた供試材に、450〜950℃及び0.5〜16時間の範囲で条件を種々変更した時効処理を施した。時効処理後の各供試材について、実施例1と同様に被削性を調査した。その結果を表3に示すが、500〜900℃で1時間以上時効処理された試験番号C−4,C6〜C10は、10質量%以上のSnを含むCuリッチ相の析出量が0.2体積%以上となっており、被削性に優れていた。他方、時効処理温度が500〜900℃の範囲にあっても、時効処理時間が1時間に満たない試験番号C−5では、Cuリッチ相が0.2体積%に達せず、被削性に劣っていた。また、時効処理温度が500℃未満、あるいは900℃を超えると、Cuリッチ相の析出量が0.2体積%未満となり、被削性に劣っていた。
以上の結果から、被削性の改善には、0.5質量%以上のCu含有量、10質量%以上のSn又はInを含有するCuリッチ相が0.2体積%以上の析出が必要であることが確認された。また、Cuリッチ相を0.2体積%以上で析出させるためには、500〜900℃×1時間以上の時効処理が必要であることが判る。
【0026】
【0027】
【発明の効果】
以上に説明したように、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼においては、0.5質量%以上のCuと0.005質量%以上のSn又はInを添加し、10質量%以上のSn又はInを含有するCuリッチ相を0.2体積%以上の割合でマトリックスに析出分散させているため、被削性に優れた材料である。しかも、被削性改善のためにS,Pb,Bi,Se等の有害元素を含んでいないため、環境対策上の問題も解消される。このようにして、本発明に従ったマルテンサイト系ステンレス鋼又はフェライト系ステンレス鋼は、必要形状に切削加工され、家庭電気器具,家具調度品,厨房機器,各種機械・器具,機器等の材料として広範な分野で使用される。
【図面の簡単な説明】
【図1】被削性評価試験方法を説明する図
Claims (3)
- C:0.001〜0.3質量%,Si:2.0質量%以下,Mn:5.0質量%以下,Cr:10〜20質量%,Ni:5〜12質量%,Cu:0.5〜6.0質量%, Sn又はIn:0.005〜0.5質量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物の組成をもち、Sn又はInを10質量%以上含むCuを主体する第2相が0.2体積%以上の割合でマトリックスに分散していることを特徴とする被削性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
- S:0.15質量%未満,Nb:0.01〜1.0質量%,Ti:0.01〜1質量%,Mo:3質量%以下,Zr:1質量%以下,Al:1質量%以下,V:1質量%以下,B:0.05質量%以下及び希土類元素(REM):0.05質量%以下の1種又は2種以上を更に含む請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
- 請求項1又は2に記載の組成をもつオーステナイト系ステンレス鋼を熱間圧延後から最終製品となるまでの間に500〜900℃の温度範囲で1時間以上加熱保持する時効処理を1回以上施し、Sn又はInを10質量%以上含むCuを主体する第2相の析出を促進させることを特徴とする被削性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
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