以下、本発明による車両の前後輪駆動力配分制御装置の一実施形態について図面を参照しつつ説明する。図1は、本発明の実施形態に係る、トラクション制御装置を含んだ前後輪駆動力配分制御装置10を搭載した車両の概略構成を示している。この車両は、駆動輪である前2輪(左前輪FL及び右前輪FR。前記他方側の車輪に相当する。)と、同様に駆動輪である後2輪(左後輪RL及び右後輪RR。前記一方側の車輪に相当する。)を備えた4輪駆動方式の4輪車両である。
この車両の前後輪駆動力配分制御装置10は、駆動力を発生するとともに同駆動力を各駆動輪FL,FR,RL,RRにそれぞれ伝達する駆動力伝達機構部20と、各車輪にブレーキ液圧によるブレーキ力を発生させるためのブレーキ液圧制御装置30と、各種センサから構成されるセンサ部40と、電気式制御装置50とを含んで構成されている。
駆動力伝達機構部20は、駆動力を発生するエンジン21と、同エンジン21の吸気管21a内に配置されるとともに吸気通路の開口断面積を可変とするスロットル弁THの開度TAを制御するDCモータからなるスロットル弁アクチュエータ22と、エンジン21の図示しない吸気ポート近傍に燃料を噴射するインジェクタを含む燃料噴射装置23と、エンジン21の出力軸に入力軸が接続された変速機24を備える。
また、駆動力伝達機構部20は、変速機24の出力軸から伝達される駆動力を適宜配分し同配分された駆動力をそれぞれ前輪側プロペラシャフト25及び後輪側プロペラシャフト26に伝達する駆動力分配機としてのトランスファ27と、前輪側プロペラシャフト25から伝達される前輪側駆動力を適宜分配し同分配された前輪側駆動力を前輪FL,FRにそれぞれ伝達する前輪側ディファレンシャル28と、後輪側プロペラシャフト26から伝達される後輪側駆動力を適宜分配し同分配された後輪側駆動力を後輪RR,RLにそれぞれ伝達する後輪側ディファレンシャル29とを含んで構成されている。
トランスファ27は、電気式制御装置50からの指示に基づいて後輪側プロペラシャフト26に伝達される上記後輪側駆動力(実際には、後輪側駆動トルクTrdv)を任意に調整可能である電子制御カップリング27aを内蔵していて、変速機24の出力軸のトルクから同電子制御カップリング27aにより調整された後輪側駆動トルクTrdvを減じることで得られる残りの駆動トルクが前輪側駆動トルクTfdvとして前輪側プロペラシャフト25に伝達されるようになっている。
ブレーキ液圧制御装置30は、その概略構成を表す図2に示すように、高圧発生部31と、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧を発生するブレーキ液圧発生部32と、各車輪FR,FL,RR,RLにそれぞれ配置されたホイールシリンダWfr,Wfl,Wrr,Wrlに供給するブレーキ液圧をそれぞれ調整可能なFRブレーキ液圧調整部33,FLブレーキ液圧調整部34,RRブレーキ液圧調整部35,RLブレーキ液圧調整部36とを含んで構成されている。
高圧発生部31は、電動モータMと、同電動モータMにより駆動されるとともにリザーバRS内のブレーキ液を昇圧する液圧ポンプHPと、液圧ポンプHPの吐出側にチェック弁CVHを介して接続されるとともに同液圧ポンプHPにより昇圧されたブレーキ液を貯留するアキュムレータAccとを含んで構成されている。
電動モータMは、アキュムレータAcc内の液圧が所定の下限値を下回ったとき駆動され、同アキュムレータAcc内の液圧が所定の上限値を上回ったとき停止されるようになっており、これにより、アキュムレータAcc内の液圧は常時所定の範囲内の高圧に維持されるようになっている。
また、アキュムレータAccとリザーバRSとの間にリリーフ弁RVが配設されており、アキュムレータAcc内の液圧が前記高圧より異常に高い圧力になったときに同アキュムレータAcc内のブレーキ液がリザーバRSに戻されるようになっている。これにより、高圧発生部31の液圧回路が保護されるようになっている。
ブレーキ液圧発生部32は、ブレーキペダルBPの作動により応動するハイドロブースタHBと、同ハイドロブースタHBに連結されたマスタシリンダMCとから構成されている。ハイドロブースタHBは、液圧高圧発生部31から供給される前記高圧を利用してブレーキペダルBPの操作力を所定の割合で助勢し同助勢された操作力をマスタシリンダMCに伝達するようになっている。
マスタシリンダMCは、前記助勢された操作力に応じたマスタシリンダ液圧を発生するようになっている。また、ハイドロブースタHBは、このマスタシリンダ液圧を入力することによりマスタシリンダ液圧と略同一の液圧である前記助勢された操作力に応じたレギュレータ液圧を発生するようになっている。これらマスタシリンダMC及びハイドロブースタHBの構成及び作動は周知であるので、ここではそれらの詳細な説明を省略する。このようにして、マスタシリンダMC及びハイドロブースタHBは、ブレーキペダルBPの操作力に応じたマスタシリンダ液圧及びレギュレータ液圧をそれぞれ発生するようになっている。
マスタシリンダMCとFRブレーキ液圧調整部33の上流側及びFLブレーキ液圧調整部34の上流側の各々との間には、3ポート2位置切換型の電磁弁である制御弁SA1が介装されている。同様に、ハイドロブースタHBとRRブレーキ液圧調整部35の上流側及びRLブレーキ液圧調整部36の上流側の各々との間には、3ポート2位置切換型の電磁弁である制御弁SA2が介装されている。また、高圧発生部31と制御弁SA1及び制御弁SA2の各々との間には、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である切換弁STRが介装されている。
制御弁SA1は、図2に示す第1の位置(非励磁状態における位置)にあるときマスタシリンダMCとFRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の各々とを連通するとともに、第2の位置(励磁状態における位置)にあるときマスタシリンダMCとFRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の各々との連通を遮断して切換弁STRとFRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の各々とを連通するようになっている。
制御弁SA2は、図2に示す第1の位置(非励磁状態における位置)にあるときハイドロブースタHBとRRブレーキ液圧調整部35の上流部及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の各々とを連通するとともに、第2の位置(励磁状態における位置)にあるときハイドロブースタHBとRRブレーキ液圧調整部35の上流部及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の各々との連通を遮断して切換弁STRとRRブレーキ液圧調整部35の上流部及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の各々とを連通するようになっている。
これにより、FRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の各々には、制御弁SA1が第1の位置にあるときマスタシリンダ液圧が供給されるとともに、制御弁SA1が第2の位置にあり且つ切換弁STRが第2の位置(励磁状態における位置)にあるとき高圧発生部31が発生する高圧が供給されるようになっている。
同様に、RRブレーキ液圧調整部35の上流部及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の各々には、制御弁SA2が第1の位置にあるときレギュレータ液圧が供給されるとともに、制御弁SA2が第2の位置にあり且つ切換弁STRが第2の位置にあるとき高圧発生部31が発生する高圧が供給されるようになっている。
FRブレーキ液圧調整部33は、2ポート2位置切換型の常開電磁開閉弁である増圧弁PUfrと、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である減圧弁PDfrとから構成されており、増圧弁PUfrは、図2に示す第1の位置(非励磁状態における位置)にあるときFRブレーキ液圧調整部33の上流部とホイールシリンダWfrとを連通するとともに、第2の位置(励磁状態における位置)にあるときFRブレーキ液圧調整部33の上流部とホイールシリンダWfrとの連通を遮断するようになっている。減圧弁PDfrは、図2に示す第1の位置(非励磁状態における位置)にあるときホイールシリンダWfrとリザーバRSとの連通を遮断するとともに、第2の位置(励磁状態における位置)にあるときホイールシリンダWfrとリザーバRSとを連通するようになっている。
これにより、ホイールシリンダWfr内のブレーキ液圧は、増圧弁PUfr及び減圧弁PDfrが共に第1の位置にあるときホイールシリンダWfr内にFRブレーキ液圧調整部33の上流部の液圧が供給されることにより増圧され、増圧弁PUfrが第2の位置にあり且つ減圧弁PDfrが第1の位置にあるときFRブレーキ液圧調整部33の上流部の液圧に拘わらずその時点の液圧に保持されるとともに、増圧弁PUfr及び減圧弁PDfrが共に第2の位置にあるときホイールシリンダWfr内のブレーキ液がリザーバRSに戻されることにより減圧されるようになっている。
また、増圧弁PUfrにはブレーキ液のホイールシリンダWfr側からFRブレーキ液圧調整部33の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV1が並列に配設されており、これにより、制御弁SA1が第1の位置にある状態で操作されているブレーキペダルBPが開放されたときホイールシリンダWfr内のブレーキ液圧が迅速に減圧されるようになっている。
同様に、FLブレーキ液圧調整部34,RRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36は、それぞれ、増圧弁PUfl及び減圧弁PDfl,増圧弁PUrr及び減圧弁PDrr,増圧弁PUrl及び減圧弁PDrlから構成されており、これらの各増圧弁及び各減圧弁の位置が制御されることにより、ホイールシリンダWfl,ホイールシリンダWrr及びホイールシリンダWrl内のブレーキ液圧をそれぞれ増圧、保持、減圧できるようになっている。また、増圧弁PUfl,PUrr及びPUrlの各々にも、上記チェック弁CV1と同様の機能を達成し得るチェック弁CV2,CV3及びCV4がそれぞれ並列に配設されている。
また、制御弁SA1にはブレーキ液の上流側から下流側への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV5が並列に配設されており、同制御弁SA1が第2の位置にあってマスタシリンダMCとFRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の各々との連通が遮断されている状態にあるときに、ブレーキペダルBPを操作することによりホイールシリンダWfr,Wfl内のブレーキ液圧が増圧され得るようになっている。また、制御弁SA2にも、上記チェック弁CV5と同様の機能を達成し得るチェック弁CV6が並列に配設されている。
以上、説明した構成により、ブレーキ液圧制御装置30は、全ての電磁弁が第1の位置にあるときブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧を各ホイールシリンダに供給できるようになっている。また、この状態において、例えば、増圧弁PUrr及び減圧弁PDrrをそれぞれ制御することにより、ホイールシリンダWrr内のブレーキ液圧のみを所定量だけ減圧することができるようになっている。
また、ブレーキ液圧制御装置30は、ブレーキペダルBPが操作されていない状態(開放されている状態)において、例えば、制御弁SA1,切換弁STR及び増圧弁PUflを共に第2の位置に切換るとともに増圧弁PUfr及び減圧弁PDfrをそれぞれ制御することにより、ホイールシリンダWfl内のブレーキ液圧を保持した状態で高圧発生部31が発生する高圧を利用してホイールシリンダWfr内のブレーキ液圧のみを所定量だけ増圧することもできるようになっている。このようにして、ブレーキ液圧制御装置30は、ブレーキペダルBPの操作に拘わらず、各車輪のホイールシリンダ内のブレーキ液圧をそれぞれ独立して制御し、各車輪毎に独立して所定のブレーキ力を付与することができるようになっている。
再び図1を参照すると、センサ部40は、各車輪FL,FR,RL及びRRが所定角度回転する度にパルスを有する信号をそれぞれ出力するロータリーエンコーダから構成される車輪速度センサ41fl,41fr,41rl及び41rrと、運転者により操作されるアクセルペダルAPの操作量を検出し、同アクセルペダルAPの操作量Accpを示す信号を出力するアクセル開度センサ42と、運転者によりブレーキペダルBPが操作されているか否かを検出し、ブレーキ操作の有無を示す信号を出力するブレーキスイッチ43と、車両に働く横加速度を検出し、同横加速度(の実際値)Gyを示す信号を出力する横加速度センサ44と、車両のヨーレイトを検出し、同ヨーレイトγを示す信号を出力するヨーレイトセンサ45と、ステアリングSTの中立位置からの回転角度を検出し、ステアリング角度θsを示す信号を出力するステアリング操作量検出手段としてのステアリング角度センサ46と、から構成されている。
ステアリング角度θsは、ステアリングSTが中立位置にあるときに「0」となり、同中立位置からステアリングSTを(ドライバーから見て)反時計まわりの方向へ回転させたときに正の値、同中立位置から同ステアリングSTを時計まわりの方向へ回転させたときに負の値となるように設定されている。また、横加速度Gy、及びヨーレイトγは、車両が左方向へ旋回しているときに正の値、車両が右方向へ旋回しているときに負の値となるように設定されている。
電気式制御装置50は、互いにバスで接続されたCPU51、CPU51が実行するルーチン(プログラム)、テーブル(ルックアップテーブル、マップ)、定数等を予め記憶したROM52、CPU51が必要に応じてデータを一時的に格納するRAM53、電源が投入された状態でデータを格納するとともに同格納したデータを電源が遮断されている間も保持するバックアップRAM54、及びADコンバータを含むインターフェース55等からなるマイクロコンピュータである。インターフェース55は、前記センサ等41〜46と接続され、センサ等41〜46からの信号をCPU51に供給するとともに、同CPU51の指示に応じてブレーキ液圧制御装置30の各電磁弁及びモータM、スロットル弁アクチュエータ22、燃料噴射装置23、及びトランスファ27内に内蔵された電子制御カップリング27aに駆動信号を送出するようになっている。
これにより、スロットル弁アクチュエータ22は、原則的に、スロットル弁THの開度TAがアクセルペダルAPの操作量Accpに応じた開度になるように同スロットル弁THを駆動するとともに、燃料噴射装置23は、スロットル弁THの開度TAに応じた吸入空気量に対して所定の目標空燃比(理論空燃比)を得るために必要な量の燃料を噴射するようになっている。
(前後輪駆動力配分制御の概要)
次に、上記のように構成された本発明の実施形態に係る、トラクション制御装置を含んだ前後輪駆動力配分制御装置10(以下、「本装置」と云うこともある。)が実行する前後輪駆動力配分制御の概要について説明する。
<基本制御>
本装置は、基本的に、車両の走行状態に応じて後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrを制御することで前後輪駆動力配分制御を実行する。より具体的に述べると、本装置は、前輪側の車輪FL,FRの車輪速度Vwfl,Vwfrの平均値から後輪側の車輪RL,RRの車輪速度Vwrl,Vwrrの平均値を減じた値である下記(1)式にて表される前後輪速度偏差ΔVFRを逐次計算していて、同前後輪速度偏差ΔVFRの値と横加速度センサ44により得られる横加速度の実際値Gyの絶対値とに基づいて後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrの暫定目標値Trt0を求める。
ΔVFR = (Vwfl+Vwfr)/2 - (Vwrl+Vwrr)/2 ・・・(1)
そして、本装置は、基本的に、上記求めた暫定目標値Trt0をそのまま後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrの目標値Trtとして設定し、後輪側プロペラシャフト26に伝達される駆動トルクである後輪側駆動トルクTrdvが、同目標値Trtを後輪側ディファレンシャル29の減速比Ratiodiffrで除した値である後輪側駆動トルクの目標値Trdvtになるように上記電子制御カップリング27aを制御する。
この結果、後輪側駆動トルクTrdvが目標値Trdvtに一致し、従って、後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrが目標値Trt(=暫定目標値Trt0)に一致するように制御される。エンジン21が発生する駆動トルク(実際には、変速機24の出力軸のトルク)から後輪側駆動トルクTrdvを減じた残りの駆動トルクは、前記前輪側駆動トルクTfdvとなって前輪側プロペラシャフト25に伝達される。
<許容駆動トルクによる制限>
図1に示した車両のように、前後輪駆動力配分制御により後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrを任意に制御可能な車両において走行安定性を確実に確保するためには、後輪側の車輪にスリップが発生しない状態を維持できるように同駆動トルクTr(上記目標値Trt)を設定することが理想的である。
このためには、各車輪の少なくとも一つにおいて加速方向のスリップが発生したとき、後輪側の車輪に配分された場合に同後輪側の車輪にスリップを発生させない駆動トルク(即ち、前記許容駆動力としての許容駆動トルクTrlimit)を求め、後輪側の車輪に配分される駆動トルクTr(上記目標値Trt)を同許容駆動トルクTrlimitを超えないように設定する必要がある。以下、かかる許容駆動トルクTrlimitの求め方について説明する。
図3に示したように、加速状態にある後2輪(非操舵輪)のタイヤと路面との間に発生している摩擦力Fの大きさは、タイヤの中心面の向き(従って、車体前後方向)の成分(即ち、駆動力Fx)と、同タイヤの中心面の向きと直角方向(従って、車体左右方向)の成分(即ち、横力Fy)の2乗和の平方根で表される。ここで、上記摩擦力Fは、下記(2)式に従って求めることができる。
F=μ・Mr ・・・(2)
上記(2)式において、μは上記タイヤと路面との間の路面摩擦係数であり、Mrは後輪側の車軸(後輪側ドライブシャフト)に作用する車体荷重(一定値)である。また、路面摩擦係数μは下記(3)式に従って求めることができる。下記(3)式において、αは所定の係数(一定値)である。DVsoは推定車体速度Vsoの時間微分値(即ち、車体前後加速度)であり、推定車体速度Vsoは、本例では、後2輪の車輪速度Vwrl,Vwrrの平均値である。Gyは上述のごとく横加速度センサ44により検出される横加速度の実際値である。なお、本装置が車体前後加速度を検出する前後加速度センサを有している場合には、DVsoに代えて同前後加速度センサにより検出される車体前後加速度の実際値を使用してもよい。
μ=α・(DVso2+Gy2)1/2 ・・・(3)
一方、上記駆動力Fxに対する車体前後加速度DVsoの割合と、上記横力Fyに対する横加速度の実際値Gyの割合は等しいから、上記摩擦力Fに対する同駆動力Fxの割合(係数K)は、下記(4)式にて表すことができる。
K = Fx/F = DVso/(DVso2+Gy2)1/2
= (1-(α・Gy/μ)2)1/2 ・・・(4)
以上より、上記駆動力Fxは、路面摩擦係数μと、横加速度(の実際値)Gyに応じた係数Kとに基づいて、上記(2)〜(4)式に従って求めることができる。そして、このようにして求められる駆動力Fx(=K・μ・Mr)と等しい駆動力を後2輪に配分するように制御しても同後2輪にはスリップが発生しないことを利用して、上記許容駆動トルクTrlimitは、下記(5)式に従って求めることができる。下記(5)式において、Rrは後輪のタイヤの半径(具体的には、動荷重半径)である。
Trlimit=K・μ・Mr・Rr ・・・(5)
以上のように、上記許容駆動トルクTrlimitも、路面摩擦係数μと、横加速度(の実際値)Gyに応じた係数Kとに基づいて求められる。他方、本装置は、下記(6)式に従って横加速度の第1推定値Gyest1を求めるとともに、下記(7)式に従って横加速度の第2推定値Gyest2を求めることができるようになっている。
Gyest1=γ・Vso ・・・(6)
Gyest2=(Vso2・θs)/(n・l)・(1/(1+Kh・Vso2)) ・・・(7)
上記(6)式において、γは上述のごとくヨーレイトセンサ45により検出されるヨーレイトである。また、上記(7)式において、θsは上述のごとくステアリング角度センサ46により検出されるステアリング角度であり、nはステアリングギア比(一定値)であり、lは車体により決定される一定値である車両のホイールベースであり、Khは車体により決定される一定値であるスタビリティファクタである。
横加速度センサ44による検出される横加速度の実際値Gy、上記横加速度の第1推定値Gyest1、及び、上記横加速度の第2推定値Gyest2は、車両の走行状態(例えば、4つのタイヤ総てに大きい横すべりが発生している場合、車両がスピン傾向にある場合等)によっては、互いに異なる値として取得される。一方、これら3つの横加速度を表す値のうちの最大値Gycを上記(4)式において横加速度の実際値Gyに代えて使用すれば、係数Kがより小さい値として求められ、従って、上記許容駆動トルクTrlimitもより小さい値として求められる。この結果、許容駆動トルクTrlimitがより確実に後輪側の車輪にスリップを発生させない駆動力として計算され得る。
以上のことから、本装置は、下記(8)式に従って計算される前記スリップ率関連量としての各駆動輪FL,FR,RL,RRのスリップ率Sa**のうちの少なくとも一つが所定の基準値Sth(実際には、略「0」)を超えているとき、先ず、上記(4)式におけるGyを前記最大値Gycに書き換えた下記(9)式に従って求められる係数Kを使用して上記(5)式に従って許容駆動トルクTrlimitを求める。
Sa** = (Vw**-Vso)/Vw** ・・・(8)
K = (1-(α・Gyc/μ)2)1/2 ・・・(9)
なお、上記「スリップ率Sa**」の末尾に付された「**」は、同スリップ率Saが各車輪FR等のいずれに関するものであるかを示すためにスリップ率Saの末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であって、スリップ率Sa**は、左前輪スリップ率Safl,
右前輪スリップ率Safr, 左後輪スリップ率Sarl, 右後輪スリップ率Sarrを包括的に示している。以下、他の各種変数・フラグ・符号等の末尾に「**」が付されている場合の「**」についても同様である。
そして、本装置は、上記のように前後輪速度偏差ΔVFRの値と横加速度の実際値Gyの絶対値とに基づいて求めた後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrの暫定目標値Trt0が上記許容駆動トルクTrlimitを超えている場合には、同暫定目標値Trt0の代わりに同許容駆動トルクTrlimitの値を同駆動トルクTrの目標値Trtとして設定する。これにより、後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrが前記許容駆動トルクTrlimitを超えないように制限されて、後輪側の車輪にスリップが発生しない状態が維持され得る。以上が、本発明による前後輪駆動力配分制御の概要である。
(トラクション制御の概要)
次に、本装置(具体的には、トラクション制御装置)が実行するトラクション制御の概要について簡単に説明する。上述した前後輪駆動力配分制御の作用により後輪側の車輪には過大なスリップが発生し得ない。従って、後輪側の車輪にはトラクション制御を実行する必要がない。しかしながら、車両の走行状態によっては、前輪側の車輪には過大なスリップが発生し得る。よって、本装置は、前輪側の車輪にのみトラクション制御を実行する。
より具体的に述べると、本装置は、上記(8)式にて計算される前輪側の車輪FL,FRのスリップ率Saf*が許容スリップ率Ss(>上記基準値Sth)を超えているとき、同スリップ率Saf*が同許容スリップ率Ss以内になるように、車輪F*にブレーキ液圧による所定の制動力を付与するとともに、スロットル弁開度TAをアクセルペダルAccpに応じた開度よりも所定量だけ小さい開度になるように制御することでエンジン出力(エンジン21の駆動トルク)を低減させる。
このトラクション制御においては、先に述べたように、上記(8)式における推定車体速度Vsoが後2輪の車輪速度Vwrl,Vwrrの平均値として求められる。一方、後2輪の車輪速度Vwrl,Vwrrは、上述のごとく、常に、実際の車体速度と略等しい値に維持され得る。従って、前輪側の車輪に過大なスリップが発生している場合であっても、推定車体速度Vsoが常に正確に求められることになるから、上記(8)式に従って計算されるスリップ率Sa**も正確に求められ、この結果、本装置による上記トラクション制御も正確に実行され得る。以上が、本発明によるトラクション制御の概要である。
(実際の作動)
次に、以上のように構成された本発明による前後輪駆動力配分制御装置10の実際の作動について、電気式制御装置50のCPU51が実行するルーチンをフローチャートにより示した図4〜図8を参照しながら説明する。
CPU51は、図4に示した車輪速度Vw**等の計算を行うルーチンを所定時間の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ400から処理を開始し、ステップ405に進んで各車輪FR等の車輪速度(各車輪の外周の速度)Vw**をそれぞれ算出する。具体的には、CPU51は各車輪速度センサ41**が出力する信号が有するパルスの時間間隔に基づいて各車輪FR等の車輪速度Vw**をそれぞれ算出する。
次いで、CPU51はステップ410に進み、後2輪の車輪速度Vwrl,Vwrrの平均値を推定車体速度Vsoとして算出する。次に、CPU51はステップ415に進み、ステップ410にて算出した推定車体速度Vsoの値と、ステップ405にて算出した各車輪FR等の車輪速度Vw**の値と、上記(8)式に相当するステップ415内に記載した式とに基づいて各車輪毎の実際のスリップ率Sa**を算出する。
続いて、CPU51はステップ420に進み、下記(10)式に従って、車体前後加速度DVsoを求める。下記(10)式において、Vsobは前回の本ルーチン実行時においてステップ410にて算出された前回の推定車体速度Vsoである。そして、CPU51はステップ495に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、CPU51は本ルーチンを繰り返し実行し続ける。
DVso=(Vso-Vsob)/Δt ・・・(10)
次に、スロットル弁開度の制御について説明すると、CPU51は図5に示したルーチンを所定時間の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ500から処理を開始し、ステップ505に進んで、アクセル開度センサ42により検出されるアクセルペダル操作量Accpと、アクセルペダル操作量Accpと暫定目標スロットル弁開度TAt0との関係を規定するステップ505内に記載のテーブルとに基づいて暫定目標スロットル弁開度TAt0を求める。これにより、暫定目標スロットル弁開度TAt0は、アクセルペダル操作量Accpが大きくなるほど大きくなるように計算される。
次に、CPU51はステップ510に進み、トラクション制御実行中フラグTRCの値が「1」になっているか否かを判定する。ここで、トラクション制御実行中フラグTRCは、後述するルーチンによりその値が設定されるフラグであって、その値が「1」のときトラクション制御が実行されていることを示し、その値が「0」のときトラクション制御が実行されていないことを示す。
ステップ510の判定において、トラクション制御実行中フラグTRCの値が「0」になっている場合、CPU51はステップ510にて「No」と判定してステップ515に進み、前記暫定目標スロットル弁開度TAt0の値をそのまま目標スロットル弁開度TAtとして設定した後、ステップ530に進む。
一方、ステップ510の判定において、トラクション制御実行中フラグTRCの値が「1」になっている場合、CPU51はステップ510にて「Yes」と判定してステップ520に進み、現時点での各車輪のスリップ率Sa**の最大値と、同スリップ率Sa**の最大値とスロットル弁開度減少量TAdownとの関係を規定するステップ520内に記載のテーブルとに基づいてスロットル弁開度減少量TAdownを求める。そして、CPU51は続くステップ525にて前記暫定目標スロットル弁開度TAt0の値から前記スロットル弁開度減少量TAdownを減じた値を目標スロットル弁開度TAtとして設定した後、ステップ530に進む。
CPU51はステップ530に進むと、スロットル弁開度TAが前記目標スロットル弁開度TAtになるようにスロットル弁アクチュエータ22に指示した後、ステップ595に進んで本ルーチンを一旦終了する。これにより、トラクション制御が実行されていないとき、スロットル弁開度TAはアクセルペダル操作量Accpに応じた開度(即ち、前記暫定目標スロットル弁開度TAt0)になるように制御される。一方、トラクション制御が実行されているとき、スロットル弁開度TAは、アクセルペダル操作量Accpに応じた開度からスリップ率Sa**の最大値に応じたスロットル弁開度減少量TAdownを減じた値になるように制御され、この結果、エンジン出力の低減によるトラクション制御が達成される。
次に、許容駆動トルクの設定について説明すると、CPU51は図6に示したルーチンを所定時間の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ600から処理を開始し、ステップ605に進んでアクセルペダルAPが操作されているか否か(具体的には、アクセルペダル操作量Accpが所定値以上となっているか否か)を判定し、「Yes」と判定する場合、続くステップ610にて、ブレーキスイッチ43がOFFになっているか(具体的には、ブレーキペダルBPの操作が実行されていないことを示す信号が出力されているか否か)を判定し、「Yes」と判定する場合、続くステップ615にて、図4のステップ415にて逐次計算されている最新の各車輪のスリップ率Sa**のうち少なくとも一つが前記基準値Sthよりも大きいか否かを判定する。
そして、CPU51はステップ605〜615の何れかにおいて「No」と判定する場合、ステップ620に進んで許容駆動トルク設定中フラグLIMITSETの値を「0」に設定した後、ステップ695に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。ここで、許容駆動トルク設定中フラグLIMITSETは、その値が「1」のとき前記許容駆動トルクTrlimitが設定されている状態にあることを示し、その値が「0」のとき同許容駆動トルクTrlimitが設定されていない状態にあることを示す。
一方、CPU51は、ステップ605〜615の総てにおいて「Yes」と判定する場合、ステップ625に進んで許容駆動トルク設定中フラグLIMITSETの値を「1」に設定した後、ステップ630以降に進んで許容駆動トルクTrlimitの計算・設定処理を開始する。
即ち、CPU51はステップ630に進むと、図4のステップ420にて計算されている最新の車体前後加速度DVsoと、横加速度センサ44による現時点での横加速度の実際値Gyと、上記(3)式とに基づいて現時点での路面摩擦係数μを計算する。次いで、CPU51はステップ635に進み、ヨーレイトセンサ45による現時点でのヨーレイトγと、図4のステップ410にて計算されている最新の推定車体速度Vsoと、上記(6)式とに基づいて前記横加速度の第1推定値Gyest1を計算する。
続いて、CPU51はステップ640に進んで、前記推定車体速度Vsoと、ステアリング角度センサ46による現時点でのステアリング角度θsと、上記(7)式とに基づいて前記横加速度の第2推定値Gyest2を計算する。次に、CPU51はステップ645に進み、横加速度センサ44による現時点での横加速度の実際値Gyの絶対値、前記横加速度の第1推定値Gyest1の絶対値、及び前記横加速度の第2推定値Gyest2の絶対値、のうちの最大値を最大値Gycとして設定する。
次いで、CPU51はステップ650に進んで、ステップ630にて求めた路面摩擦係数μと、前記最大値Gycと、上記(9)式とに基づいて前記係数Kを求め、続くステップ655にて、前記係数Kと、前記路面摩擦係数μと、上記(5)式とに基づいて許容駆動トルクTrlimitを計算・設定した後、ステップ695に進んで本ルーチンを一旦終了する。
以降、CPU51はステップ605〜615の総てにおいて「Yes」と判定する限りにおいて、許容駆動トルク設定中フラグLIMITSETの値を「1」に維持するとともに、許容駆動トルクTrlimitの値を逐次更新していく。一方、CPU51は、ステップ605〜615の何れかにおいて「No」と判定すると、許容駆動トルク設定中フラグLIMITSETの値を「0」に設定するとともに、許容駆動トルクTrlimitの計算・更新を中止する。
次に、後輪側駆動トルクの制御について説明すると、CPU51は図7に示したルーチンを所定時間の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ700から処理を開始し、ステップ705に進んで図4のステップ405にて算出されている各車輪速度Vw**と、上記(1)式とに基づいて前後輪速度偏差ΔVFRを算出する。
次に、CPU51はステップ710に進み、現時点での横加速度の実際値Gyの絶対値と、前記前後輪速度偏差ΔVFRと、ステップ710内に記載のテーブルとに基づいて後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrの前記暫定目標値Trt0を決定する。次いで、CPU51はステップ715に進んで許容駆動トルク設定中フラグLIMITSETの値が「1」になっているか否かを判定し、「No」と判定する場合(即ち、許容駆動トルクTrlimitが設定されていない場合)、ステップ720に進んで前記暫定目標値Trt0の値をそのまま前記目標値Trtとして設定する。
一方、CPU51はステップ715の判定にて「Yes」と判定する場合、ステップ725に進み、前記暫定目標値Trt0と図6のステップ655にて計算されている最新の許容駆動トルクTrlimitとのうちの小さい方の値を前記目標値Trtとして設定する。換言すれば、前記目標値Trtが許容駆動トルクTrlimit以下に制限される。
続いて、CPU51はステップ730に進んで、前記目標値Trtを後輪側ディファレンシャル29の減速比Ratiodiffrで除した値を後輪側プロペラシャフト26に伝達される後輪側駆動トルクTrdvの前記目標値Trdvtとして設定し、続くステップ735にて前記後輪側駆動トルクTrdvが前記目標値Trdvtになるようにトランスファ27内に内蔵された電子制御カップリング27aに指示した後、ステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。
これにより、後輪側プロペラシャフト26に伝達される後輪側駆動トルクTrdvが前記目標値Trdvtになるように制御され、従って、後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrが前記目標値Trtになるように制御される。このようにして、後輪側の車輪に配分される駆動トルクTrは、許容駆動トルクTrlimitが設定されていないときには車両の走行状態に応じて設定される前記暫定目標値Trt0に一致せしめられ、一方、許容駆動トルクTrlimitが設定されているときには許容駆動トルクTrlimit以下に制限される。
次に、トラクション制御を実行するためのブレーキ液圧によるブレーキ力の制御について説明すると、CPU51は図8に示したルーチンを所定時間の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ800から処理を開始し、ステップ805に進んで、図6のステップ605と同様、アクセルペダルAPが操作されているか否かを判定し、「Yes」と判定する場合、続くステップ810にて、図6のステップ610と同様、ブレーキスイッチ43がOFFになっているかを判定する。
そして、CPU51はステップ805,810の何れかにおいて「No」と判定する場合、トラクション制御を実行する必要がないから、ステップ815に進んでトラクション制御実行中フラグTRCの値を「0」に設定し、続くステップ820にて、ブレーキ液圧制御装置30における総ての電磁弁をOFF(非励磁状態)にした後、ステップ895に進んで本ルーチンを一旦終了する。
一方、CPU51は、ステップ805,810において共に「Yes」と判定する場合、ステップ825に進んで、図4のステップ415にて算出されている前2輪の各スリップ率Saf*の値が前記許容スリップ率Ssより大きいか否かを車輪毎に判定し、スリップ率Saf*の値が同許容スリップ率Ssより大きいとき、ステップ825にて「Yes」と判定してステップ830に進んで、許可フラグFtf*の値を「1」に設定した後、ステップ845に進む。
一方、ステップ825の判定において、スリップ率Saf*の値が許容スリップ率Ss以下のとき、CPU51はステップ825にて「No」と判定してステップ835に進み、スリップ率Saf*の値がトラクション制御終了判定用スリップ率Seより小さいか否かを車輪毎に判定し、スリップ率Saf*の値がトラクション制御終了判定用スリップ率Seより小さいとき、ステップ835にて「Yes」と判定してステップ840に進んで許可フラグFtf*の値を「0」に設定した後、ステップ845に進む。ステップ835の判定において、スリップ率Saf*の値がトラクション制御終了判定用スリップ率Se以上のときは、CPU51はステップ835にて「No」と判定して許可フラグFtf*の値を前回の本ルーチン実行終了時点における値に保持したままステップ845に進む。
ここで、許可フラグFtf*は、その値が「1」のとき対応する前輪にブレーキ液圧の付与によるトラクション制御を実行する必要があることを示し、その値が「0」のとき対応する前輪にブレーキ液圧の付与によるトラクション制御を実行する必要がないことを示す。
これにより、スリップ率Saf*の値が許容スリップ率Ssより大きいとき、対応する前輪の許可フラグFtf*の値は必ず「1」に設定され、今回の本ルーチンの後述するステップ860の処理により同対応する前輪にブレーキ液圧の付与によるトラクション制御が実行されることになる。また、スリップ率Saf*がトラクション制御終了判定用スリップ率Seより小さいとき、対応する前輪の許可フラグFtf*の値は必ず「0」に設定され、今回の本ルーチンのステップ860の処理により同対応する前輪にブレーキ液圧の付与によるトラクション制御が実行されない。
また、スリップ率Saf*の値がトラクション制御終了判定用スリップ率Se以上であって許容スリップ率Ss以下のときは、上述したように、対応する前輪の許可フラグFtf*の値は前回の本ルーチン実行終了時点における値に保持される。従って、前回の本ルーチン実行終了時点において対応する前輪の許可フラグFtf*の値が「1」になっていれば、今回の本ルーチン実行時においても同対応する前輪の許可フラグFtf*の値が「1」に設定されたままであり、今回の本ルーチンの後述するステップ860の処理により同対応する前輪にブレーキ液圧の付与によるトラクション制御が実行されることになる。一方、前回の本ルーチン実行終了時点において対応する前輪の許可フラグFtf*の値が「0」になっていれば、今回の本ルーチン実行時においても同対応する前輪の許可フラグFtf*の値が「0」に設定されたままであり、今回の本ルーチンの後述するステップ860の処理により同対応する前輪にブレーキ液圧の付与によるトラクション制御が実行されない。
CPU51はステップ845に進むと、現時点における車輪Frの許可フラグFtfrの値及び現時点における車輪Flの許可フラグFtflの値の少なくとも一つが「1」であるか否かを判定し、「No」と判定する場合、トラクション制御を実行する必要がないから、先のステップ815、820の処理を実行した後、ステップ895に進んで本ルーチンを一旦終了する。
一方、ステップ845の判定において「Yes」と判定する場合、即ち、現時点における車輪Frの許可フラグFtfrの値及び現時点における車輪Flの許可フラグFtflの値の少なくとも一つが「1」である場合、トラクション制御を実行する必要があるから、ステップ845にて「Yes」と判定してステップ850に進み、トラクション制御実行中フラグTRCの値を「1」に設定するとともに、ステップ855以降に進んでトラクション制御を実行する処理を行う。
CPU51はステップ855に進むと、前2輪に対して車輪毎に液圧制御モードを設定する。具体的には、CPU51は、現時点における許可フラグFtf*の値が「1」である前輪に対しては液圧制御モードを「増圧」に設定し、現時点における許可フラグFtf*の値が「0」である前輪に対しては液圧制御モードを「保持」に設定する。
次に、CPU51はステップ860に進み、ステップ855にて設定した前2輪に対する車輪毎の液圧制御モードに基づいて、図2に示した制御弁SA1,及び切換弁STRを制御するとともに前2輪に対する車輪毎に同液圧制御モードに応じて増圧弁PU**及び減圧弁PD**を制御する。
具体的には、CPU51は液圧制御モードが「増圧」となっている前輪に対しては対応する増圧弁PU**及び減圧弁PD**を共に第1の位置(非励磁状態における位置)に制御するとともに、液圧制御モードが「保持」となっている前輪に対しては対応する増圧弁PU**を第2の位置(励磁状態における位置)に制御するとともに対応する減圧弁PD**を第1の位置に制御する。
これにより、液圧制御モードが「増圧」となっている(即ち、対応する許可フラグFtf*の値が「1」になっている)前輪のホイールシリンダWf*内のブレーキ液圧が増大し、この結果、ブレーキ液圧の付与によるトラクション制御が前輪に対して達成される。
以上、説明したように、本発明の実施形態に係る、トラクション制御装置を含んだ前後輪駆動力配分制御装置によれば、CPU51からの指示に基づいて後2輪に配分される駆動トルクTrを任意に調整可能である電子制御カップリング27aをトランスファ27内に内蔵していて、各車輪の少なくとも一つにおいて加速方向のスリップが発生したとき、後2輪に配分された場合に同後2輪にスリップを発生させない駆動トルク(許容駆動トルクTrlimit)を上記(2),(9),及び(5)式に従って路面摩擦係数μと横加速度(横加速度の最大値Gyc)とに基づいて求め、後2輪に配分される駆動トルクTrを同許容駆動トルクTrlimitを超えないように設定する。従って、車両が旋回しながら加速する状態にある場合(即ち、横力(従って、横加速度)が発生した状態で車両が加速する場合)であっても、後2輪にスリップが(殆ど)発生しない状態を常に維持することができ、この結果、車両の走行安定性を確実に確保することができた。
また、この装置は、過大なスリップが発生し得る前2輪に対してのみトラクション制御を実行する。その際、スリップが殆ど発生し得ない後2輪の車輪速度Vwrl,Vwrrの平均値が推定車体速度Vsoとして設定されて各車輪のスリップ率Sa**が求められ、前2輪の各スリップ率Saf*に基づいてトラクション制御が実行される。従って、推定車体速度Vsoが常に正確に算出され得、この結果、前2輪の各スリップ率Saf*も正確に算出されるからトラクション制御も正確に実行され得、車両の加速性能が向上した。
本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記実施形態においては、トランスファ27は、電気式制御装置50からの指示に基づいて後輪側プロペラシャフト26に伝達される後輪側駆動力を任意に調整可能である電子制御カップリング27aを内蔵しているが、電気式制御装置50からの指示に基づいて前輪側プロペラシャフト25に伝達される前輪側駆動力を任意に調整可能である電子制御カップリング27aを内蔵するように構成してもよい。
この場合、各車輪の少なくとも一つにおいて加速方向のスリップが発生したとき、前2輪に配分された場合に同前2輪にスリップを発生させない駆動力(許容駆動トルクTflimit)を路面摩擦係数μと横加速度(横加速度の最大値Gyc)とに基づいて求め、前2輪に配分される駆動トルクTfを同許容駆動トルクTflimitを超えないように設定するように構成すればよい。また、この場合、スリップが殆ど発生し得ない前2輪の車輪速度Vwfl,Vwfrの平均値を推定車体速度Vsoとして設定し、過大なスリップが発生し得る後2輪に対してのみトラクション制御を実行するように構成すればよい。
また、上記実施形態においては、横加速度センサ44により得られる横加速度の実際値Gy、上記横加速度の第1推定値Gyest1、及び上記横加速度の第2推定値Gyest2の3つの値のうちの最大値Gycと路面摩擦係数μとに基づいて許容駆動トルクTrlimitを算出するように構成されているが、同3つの値の何れか一つと路面摩擦係数μとに基づいて許容駆動トルクTrlimitを算出するように構成してもよい。また、上記横加速度の実際値Gyと上記横加速度の第1推定値Gyest1のうち大きい方の値と路面摩擦係数μとに基づいて許容駆動トルクTrlimitを算出するように構成してもよい。或いは、上記横加速度の実際値Gyと上記横加速度の第2推定値Gyest2のうち大きい方の値と路面摩擦係数μとに基づいて許容駆動トルクTrlimitを算出するように構成してもよい。許容駆動トルクTrlimitを算出するにあたり、上記横加速度の第1推定値Gyest1を取得する必要がない場合、ヨーレイトセンサ45を省略することができ、上記横加速度の第2推定値Gyest2を取得する必要がない場合、ステアリング角度センサ46を省略することができる。
また、上記実施形態においては、各車輪の少なくとも一つにおいて加速方向のスリップが発生したとき(スリップ率関連量が所定の基準値を超えたとき)、上記許容駆動トルクTrlimitを求め、一方側の車輪(後2輪)に配分される駆動トルクTrを同許容駆動トルクTrlimitを超えないように設定するよう構成されているが、同一方側の車輪(後2輪)の少なくとも一つにおいて加速方向のスリップが発生したとき、上記許容駆動トルクTrlimitを求め、一方側の車輪(後2輪)に配分される駆動トルクTrを同許容駆動トルクTrlimitを超えないように設定するよう構成してもよい。
10…車両の前後輪駆動力配分制御装置、20…駆動力伝達機構部、30…ブレーキ液圧制御装置、40…センサ部、41**…車輪速度センサ、42…アクセル開度センサ、43…ブレーキスイッチ、44…横加速度センサ、45…ヨーレイトセンサ、46…ステアリング角度センサ、50…電気式制御装置、51…CPU