JP4560698B2 - 同期電動機のベクトル制御方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、永久磁石同期電動機、同期リラクタンス電動機などの突極特性を有する同期電動機のベクトル制御方法に関するものである。特に、ベクトル制御のためのベクトル回転器に必要な回転子突極位置角の余弦、正弦情報の確保に、回転子に装着される突極位置角検出器に代わって突極位置角の推定器を使用し、更には推定器を電動機に印加した高周波電力の電圧と電流情報とで駆動するようにしたベクトル制御方法に関するものである。
【0002】
【従来技術】
同期電動機をして高い制御性能を発揮せしめるには、固定子電流の制御が不可欠であり、従来よりこのための制御法としてベクトル制御方法が知られている。ベクトル制御方法は、互いに直交するd軸とq軸とで構成される回転dq座標系上で、トルク発生に寄与する固定子電流を電流ベクトルのd軸成分とq軸成分として分割し制御する電流制御工程を有する。
【0003】
このときの回転dq座標系としては、回転子の主突極方向(回転子に磁石を有する同期電動機にあっては、N極の中心方向)に空間的位相差ゼロで同期した同期dq座標系を採用するのが一般的である。すなわち、回転子の主突極方向と同一方向をd軸に選定し、これと直交する軸をq軸に選定する同期dq座標系を採用するのが一般的である。回転dq座標系を主突極方向と空間的位相差の無い同期状態に構成維持するためには、一般には主突極方向の位置角を知る必要がある。これを正確に知るため、エンコーダに代表される突極位置角検出器を回転子に装着することが伝統的に行われている。
【0004】
図16は、突極位置角検出器を利用したベクトル制御方法を装置化し、鉄損を無視し得る標準的な同期電動機に装着した場合の代表的1例を概略的にブロック図で示したものである。1は同期電動機を、2は突極位置角検出器を、3は電力変換器を、4は電流検出器を、5a、5bは夫々3相2相変換器、2相3相変換器を、6a、6bは共にベクトル回転器を、7は余弦正弦信号発生器を、8は電流制御器を、9は指令変換器を、10は速度制御器を、11は速度検出器を示している。図16では、4から9までの諸機器がベクトル制御装置を構成している。本図では、簡明性を確保すべく、本発明と関係の深い2x1のベクトル信号を1本の太い信号線で表現している。以下のブロック図表現もこれを踏襲する。
【0005】
特に、2の突極位置角検出器は主突極方向をU相巻線の中心に対する角度として検出し、7はその余弦、正弦信号をベクトル回転器6a,6bへ向け出力するもので、回転dq座標系の空間的位相を決定する手段を構成している。同期電動機の場合には、回転子の速度は、回転子突極の回転速度そのものにほかならない。すなわち、回転子突極位置角と回転子速度とは互いに積分と微分の関係にあり、当業者には周知のように、速度の情報は、位置角情報と同様、エンコーダ等の突極位置角検出器から得ている。11はこうした速度検出手段を実現した速度検出器である。4、5a、5b、6a、6b、7、8の5種の機器は固定子電流を回転dq座標系上でd軸成分とq軸成分に分割し各々をd軸及びq軸の電流指令値に追随するように制御する電流制御工程を実行する手段を構成している。
【0006】
電流検出器4で検出された3相電流は、3相2相変換器5aで固定座標系上の2相電流に変換された後、ベクトル回転器6aで回転dq座標系の2相電流i、iに変換され、電流制御器8へ送られる。電流制御器8は、変換電流i、iが、
Figure 0004560698
系の2相電圧指令値に変換し、2相3相変換器5bへ送る。5bでは、2相信号を3相電圧指令値に変換し、電力変換器3への指令値として出力する。電力変換器3は、指令値に応じた電力を発生し、同期電動機1へ印加しこれを駆動する。このときの電流指令値は、トルク指令値を指令変換器9に通じ変換することにより得ている。本例では、速度制御系を構成した例を示しているので、速度指令値と速度検出値を入力とする速度制御器10の出力としてトルク指令値を得ている。当業者には周知のように、制御目的が発生トルクにあり速度制御系を構成しない場合には、速度制御器10、速度検出器11は不要である。この場合には、トルク指令値が外部から直接印加される。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
同期電動機のための従来のベクトル制御方法を実現するには、上記代表例で説明したように、回転子の突極位置角を検出するための突極位置角検出器が必要不可欠である。しかし、エンコーダ等の突極位置角検出器の回転子装着は、以下のような課題を不可避的に発生してきた。
【0008】
第1課題が、電動機システムの信頼性の低下である。エンコーダ等の突極位置角検出器は、電動機本体と比較するならば、その機械的頑健性は著しく低い。すなわち、突極位置角検出器の装着により、電動機システムとしての機械的信頼性を著しく低下させている。突極位置角検出器の装着に起因する電動機システムの頑健性低下は、機械的側面のみならず、突極位置角検出器信号への電源ノイズの混入に見られる電気的側面、更には回転子発熱に遠因する突極位置角検出器の温度上昇に見られる熱的側面においても同様に発生している。このように、エンコーダ等の突極位置角検出器を電動機回転子に装着することにより、電動機システムの信頼性を甚だしく低下させてきた。
【0009】
第2課題が、電動機スペースの増大である。電動機単体での容積にも依存するが、突極位置角検出器を回転子に装着することにより、電動機の軸方向への容積が数パーセントから数十パーセント増大する。
【0010】
第3課題が、突極位置角検出器動作用の電源線、検出信号を受けるための信号線の配線と配線のためのスペースの確保である。当然のことながら、突極位置角検出器を動作させ、これから回転子の主突極位置角に関する情報を得るには、このための配線が必要である。しかも、信号線と言えども、上述の機械的電気的熱的信頼性の低下を極力回避すべく、電動機本体を駆動するための電力線並みに頑健につくることが一般に要求される。結果的には、電動機1機につき本来の電力線とほぼ同等なサイズの信号線の配線、更にはこのためのスペースが必要となる。
【0011】
第4課題が、各種コストの増大である。小形電動機においては、製造時において既に突極位置角検出器のコストが電動機本体より高くなることさえある。突極位置角検出器に付随した配線のコストも、小形電動機では無視できない。更には、信頼性の低下に対応するための保守コストの増大も必然的に発生する。こうした各種コストは、電動機の使用個数に応じ、増大する。特に保守コストは個数に応じて指数的に増大する特性をもつ。
【0012】
上記の課題は突極位置角検出器に直接あるいは間接的に起因したものであり、突極位置角検出器を必要としない所謂センサレスベクトル制御方法が確立されれば、必然的に解決される。事実、このための同期電動機のセンサレスベクトル制御法に関し、特色ある幾つかの方法が既に報告されている。同期電動機のセンサレスベクトル制御法に関する国内外の技術開発の最新サーベイ結果が、電気学会交流電動機駆動方式の新技術調査専門委員会編、電気学会技術報告第760号、交流電動機駆動における最近の技術動向、24−30頁(平成12年2月発刊)において、詳しく紹介されている。これによれば、同期電動機のセンサレスベクトル制御法は、回転子速度と同期した電圧、電流の基本波成分を用いて突極位置角を推定する方法と、高周波電力を注入し電圧、電流の高周波成分を利用する方法に大別される。しかし、何れの方法も開発途上にあり、所期の高い性能が得られているわけではない。特に、本発明が対象としている高周波電力を注入する方法においては、電動機の停止時や停止時に準じ得る極低速時の回転子の突極位置角を推定する技術レベルに止まっている。
【0013】
本発明は上記背景の下になされたものであり、その目的は、同期電動機のためのエンコーダ等の突極位置角検出器を必要としないベクトル制御方法として、特に高周波電力を注入するセンサレスベクトル制御法として、ベクトル回転器の回転信号である回転子突極位置角の余弦、正弦値を、極低速度領域に限定されることなく、精度良くあるいは効率良く推定できるベクトル制御方法を提供することにある。
【0014】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、トルク発生に寄与する固定子電流を、ベクトル回転器によって指示された互いに直交するd軸とq軸で構成される回転dq座標系上で、電流ベクトルのd軸成分及びq軸成分として分割し制御する電流制御工程と、高周波電力を印加しこの電圧と電流情報を検出する工程とを有する同期電動機のベクトル制御方法であって、高周波電流に起因する固定子鎖交磁束の高周波成分を高周波磁束ベクトルとして捕らえ、該高周波磁束ベクトルを、高周波電流をベクトルとして捕らえた高周波電流ベクトルと同一方向をもつ同相磁束ベクトルと、該高周波磁束ベクトルと該同相磁束ベクトルとの差として定めた鏡相磁束ベクトルとに2分し、該同相磁束ベクトルと該鏡相磁束ベクトルとの成す角の中間角の余弦及び正弦の推定値を、該ベクトル回転器の回転信号として利用することを特徴とする。
【0015】
請求項2の発明は、請求項1記載の同期電動機のベクトル制御方法であって、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値とから該中間角の2倍角の余弦及び正弦の推定値を決定し、決定した該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定するようにしたことを特徴とする。
【0016】
請求項3の発明は、請求項1及び請求項2記載の同期電動機のベクトル制御方法であって、該中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさに応じて、該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定する方法を変更するようにしたことを特徴とする。
【0017】
請求項4の発明は、請求項1記載の同期電動機のベクトル制御方法であって、ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル加算によって得た合成ベクトルの第1成分、第2成分に比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしたことを特徴とする。
【0018】
請求項5の発明は、請求項1記載の同期電動機のベクトル制御方法であって、ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル減算によって得た合成ベクトルの第2成分、第1成分に対し互いに符号を反転した形で比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしたことを特徴とする。
【0019】
つぎに本発明の作用について説明する。明快な理解を得るべく、鉄損を無視した数学モデルを活用し、作用の説明を行う。同期電動機の回転子を瞬時角速度ωで回転している一般dq座標系上で捕らえる場合には、これは図1のように図示することができる。同図に示したdq座標系は、回転子の主突極方向と必ずしも同期している訳ではない。このため、敢えて一般dq座標系と呼んでいる。この状態での同期電動機の電気回路的特性は次の(1)−(4)式で表現することができる。
【数1】
Figure 0004560698
【数2】
Figure 0004560698
【数3】
Figure 0004560698
【数4】
Figure 0004560698
また、トルク発生の特性は、次の(5)式で表現することができる。
【数5】
Figure 0004560698
【0020】
(1)−(5)式におけるv,i,φはそれぞれ固定子電圧、固定子電流、固定子鎖交磁束(固定子磁束)を示す2x1ベクトルである。φ、φは固定子磁束ベクトルφの成分を示しており、φは固定子電流による電流磁束ベクトルを、φは回転子の磁石による回転子磁束ベクトルを各々意味している。なお、同期電動機の1種である同期リラクタンス電動機においてはφはゼロとなる。Rは固定子の銅損抵抗を、L、Lはインダクタンスを、Nは極対数を、sは微分演算子d/dtを意味している。Jは次の(6)式で定義された交代行列である。
【数6】
Figure 0004560698
また、Q(θ)は次の(7)式で定義された鏡行列である。
【数7】
Figure 0004560698
回転子磁束ベクトル、鏡行列におけるθは図1に示したように、電気角速度ω2nで回転している回転子の主突極位置(回転子に磁石を有する同期電動機にあっては、N極の中心位置)が一般dq座標系上のd軸に対し相対的に形成しているある瞬時の位置角である。
【0021】
ベクトル制御の遂行に際しては、θがゼロとなるように、すなわち回転dq座標系が位相差ゼロで主突極位置に同期するように回転dq座標系を選定する。この同期dq座標系上では、(5)式のトルク発生式は(8)式に示した簡単な形で再表現することができる。
【数8】
Figure 0004560698
固定子電流のd成分i、q成分iに対し各々電流制御系を構成し、(8)式の関係に従い、これを制御することにより、発生トルクを制御することができるようになる。
【0022】
ところが、同期電動機を(8)式で捕らえるには、回転子の主突極位置角に位相差なく同期した同期dq座標系を構築せねばならない。従来は、既に説明したように、このため回転子にエンコーダ等の突極位置角検出器を装着し、この位置角を固定座標系上で把握し、この余弦、正弦値を次の(9)式の2x2行列で構成されるベクトル回転器に回転信号として用い、固定座標系と同期dq座標系と間の変換を実施していた。
【数9】
Figure 0004560698
【0023】
これに代わって、本発明は、回転子に装着される突極位置角検出器に代わって突極位置角用の推定器を使用し、更には推定器を電動機に印加した高周波電力の電圧と電流情報とで駆動し、ベクトル回転器のための余弦、正弦値を得ようとするものである。回転子の電気角速度と同一の低周波電力に加えて、高周波電力を印加する本方法においては、電動機の電圧、電流、磁束は、以下のように、回転子の電気角速度と同一の低周波成分と高周波成分とに分離して表現することができる。
【数10】
Figure 0004560698
(10)式各式における右辺第1項は信号の中の回転子の電気角速度と同一周波数の低周波成分を意味しており、これを脚符sで明示している。一方、各式右辺第2項は信号の中の高周波成分を意味しており、これを脚符hで明示している。(10)式の最終式で示しているように、回転子磁束ベクトルφは、当然のことながら低周波側の信号である。当業者には周知のように、これらの成分は、周波数が大きく異なっており、フィルタを用い簡単に分離することができる。
【0024】
高周波電圧ベクトルv1h、この応答たる高周波電流ベクトルi1h、高周波電流ベクトルに起因する高周波磁束ベクトルφ1hの間には、(1)−(4)式に(10)式の関係を用いた上で高周波成分の取り出すことにより理解されるように、次の(11)、(12)式の関係が成立している。
【数11】
Figure 0004560698
【数12】
Figure 0004560698
上記の高周波電流i1hによるトルクは平均的にはゼロであり、高周波電流は平均的にはトルク発生に寄与しない。
【0025】
本発明は、(12)式に示した高周波磁束ベクトルφ1hを、高周波電流ベクトルi1hと同一方向をもつ同相磁束ベクトルφと、高周波磁束ベクトルと同相磁束ベクトルとの差として定めた鏡相磁束ベクトルφとに2分し、両磁束ベクトルの成す角の中間角を、回転子の主突極位置角θの推定値とするものである。本発明では、同相磁束ベクトルφ、鏡相磁束ベクトルφは、各々(13)、(14)式のように定めている。
【数13】
Figure 0004560698
【数14】
Figure 0004560698
【0026】
つぎに、両磁束ベクトルの成す角の中間角をもって、回転子の主突極位置角θの推定値とすることができることを説明する。簡明な説明を図るべく、先ず主突極位置角上の単位ベクトルとして次を定義する。
【数15】
Figure 0004560698
一般dq座標系における高周波電流i1hは、その位置角をθとすると、これを用いて次のように表現することができる。
【数16】
Figure 0004560698
このとき、同相磁束は(13)式より高周波電流と同相であり、(17)式のように評価することができる。
【数17】
Figure 0004560698
一方、鏡相磁束は、(14)、(16)式を考慮すると、(18)式のように再評価することができる。
【数18】
Figure 0004560698
【0027】
(17)式と(18)式は、回転子の主突極位置角に対し、同相と鏡相との両磁束ベクトルは互いに逆相の状態にあることを説明するものである。換言するならば、両磁束ベクトルの成す角の中間角を、回転子の主突極位置角θの推定値として扱い得ることを示すものである。主突極位置角θの推定値の余弦、正弦値は、当然のことながら、主突極位置角θの余弦、正弦の推定値となる。本発明は、こうして得た余弦、正弦の推定値を同期dq座標系を構成するために必要なベクトル回転器に活用しようとするものである。以上、(13)−(18)式を用いて説明した一般dq座標系上の高周波電流、高周波磁束、同相磁束、鏡相磁束のベクトル関係を、より明快な理解の一助として、ベクトル図の形で図2に明示した。
【0028】
以上の説明より明白なように、請求項1の本発明によれば、固定子に装着された突極位置角検出器を用いることなく、ベクトル制御ためのベクトル回転器に必要な回転子主突極位置角の余弦、正弦値の推定値を得ることが出来ると言う作用が得られる。作用発生に回転子速度の制約が付加されていないことより明白なように、この作用は回転子の停止時あるいは停止時に準ずる極低速時に限定されるものではない。
【0029】
次に、本発明の請求項2の作用について説明する。(13)−(18)式を活用し、回転子の主突極位置角に対し、同相ベクトルと鏡相ベクトルは互いに逆相の状態にあることを説明した。この関係は、主突極位置角θ、同相、鏡相磁束ベクトルの各位置角θa、θを用い、(19)式のように表現することができる。
【数19】
Figure 0004560698
【0030】
ベクトル制御のためのベクトル回転器に必要な回転信号は、回転子主突極の位置角そのものではなくこの余弦、正弦値である。すなわち、応用的には次の関係も重要である。
【数20】
Figure 0004560698
【0031】
(20)式の右辺は、同相及び鏡相磁束ベクトルから直接算出することができる。例えば、簡単には次の(21)式によればよい。
【数21】
Figure 0004560698
一方、周知のように、2倍角に関しては、次の三角関数関係が一般的に成立する。
【数22】
Figure 0004560698
これより、主突極位置の2倍角の余弦、正弦値がわかれば、(22)式の関係を用い主突極位置の余弦、正弦値を決定することができることが理解されよう。
【0032】
請求項2の本発明は、請求項1のベクトル制御方法であって、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値とから該中間角の2倍角の余弦及び正弦の推定値を決定し、決定した該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定するようにしている。(21)、(22)式を用いた上記説明より明白なように、本発明によれば、同相磁束ベクトル、鏡相磁束ベクトルの位置角を算出することなく、これらのベクトルそのものからベクトル回転器に必要な余弦、正弦の推定値を直接的に算定できると言う作用が得られる。ベクトルからの位置角の算定は非線形関数の1種であるては大きな誤差を生じたり、大きな演算量を必要とすることがある。しかし、請求項2の本発明によれば、この種の逆演算を必要としないので、位置角の余弦、正弦の推定値を比較的高い精度で、また比較的軽い計算量で決定できると言う作用が得られる。換言するならば、請求項2の本発明によれば、請求項1で説明した作用を比較的高い精度で、かつ比較的軽い計算量で得ることができるようになる。
【0033】
続いて、請求項3の本発明の作用について説明する。回転子主突極位置の2倍角の余弦、正弦の推定値から、主突極位置角の余弦、正弦の推定値を算定する際に、(22)式の第1行の関係を利用する場合には、不可避的に平方根の解法が必要となる。また、(22)式の第2行の関係を利用する場合には、平方根の解法を必要としないが、除算が必要となる。一般に、除算に要する演算量は、平方根の解法に要する演算量に比較し小さいので、第2行を努めて活用することが望ましい。しかし、除算は、分母の絶対値が著しく小さい場合には大きな誤差を生じる特性をもつので、実用的にはこれを可能な限り回避する必要がある。以上の説明で理解されるように、たとえば、余弦値の絶対値が大きくなる場合には、次の(23)式に示した決定法が望ましい。
【数23】
Figure 0004560698
一方、正弦値の絶対値が大きくなる場合には、次の(24)式に示した決定法が望ましい。
【数24】
Figure 0004560698
【0034】
請求項3の本発明は、請求項1及び請求項2記載のベクトル制御方法であって、該中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさに応じて、該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定する方法を変更するようにしている。この結果、(23)、(24)式を用いた上記の説明より明白なように、最も高い計算精度を維持した状態で、更には、計算量を合理的に低減した状態で、ベクトル回転器のための回転信号として余弦、正弦の推定値を決定できると言う作用が得られる。ひいては、請求項3の本発明によれば、請求項1及び請求項2で説明した作用を、最も高い計算精度で、かつ合理的に低減した計算量で、得ることができようになる。
【0035】
続いて、請求項4の本発明の作用について説明する。請求項4の本発明は、請求項1記載のベクトル制御方法であって、ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル加算によって得た合成ベクトルの第1成分、第2成分に比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしている。
【0036】
図3に上記ベクトル合成の様子を、インダクタンスLa、Lが共に正の場合を例として、一般dq座標系上で図示した。同図では、回転子の主突極の方向を単位ベクトルu(θ)で、ノルムを同一化した2個のベクトルをK1hとKQ(θ)i1hとで表現している。また、これらのベクトル加算による合成ベクトルをζで表現している。合成ベクトルが回転子の主突極と同一方向をもつことは、同図より容易に理解されよう。加算合成ベクトルが主突極位置を示す単位ベクトルと同一方向をもつことは、厳密には、数式を用いて次のように説明することも可能である。
【数25】
Figure 0004560698
(25)式は、加算合成ベクトルが主突極位置を示す単位ベクトルのスカラ倍になること、ひいては図3による説明の正当性を裏付けるものである。
【0037】
回転子の主突極位置角の余弦、正弦値は、(25)式より直ちに、以下の関係に従がい推定できることが理解される。
【数26】
Figure 0004560698
すなわち、本発明の請求項4で明示したように、該中間角の余弦及び正弦の推定値を加算合成ベクトルの第1成分、第2成分に比例して各々決定すればよい。
【0038】
請求項4の本発明によれば、(26)式を用いた以上の説明より容易に理解されるよ
Figure 0004560698
除けば、極簡単な演算で、該中間角の余弦及び正弦の推定値をひいてはベクトル回転器に必要な回転信号を決定できると言う作用が得られる。この結果、請求項4の本発明によれば、請求項1で説明した作用を極簡単な演算で達成できるようになる。なお、高周波電流と単位ベクトルとの内積絶対値の僅少化時の問題回避方法は請求項4の本発明に関連した実施形態例に関連して後に具体的に説明する。
【0039】
続いて、請求項5の本発明の作用について説明する。請求項5の本発明は、請求項1記載のベクトル制御方法であって、ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル減算によって得た合成ベクトルの第2成分、第1成分に対し互いに符号を反転した形で比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしている。
【0040】
図4に上記ベクトル合成の様子を、インダクタンスLa、Lが共に正の場合を例として、一般dq座標系上で図示した。同図では、回転子の主突極の方向を単位ベクトルu(θ)で、ノルムを同一化した2個のベクトルをK1hとKQ(θ)i1hとで表現している。また、これらのベクトル減算による合成ベクトルをζで表現している。合成ベクトルの方向が回転子主突極に対し垂直方向となることは、同図より容易に理解されよう。これは、厳密には、数式を用いて次のように説明することも可能である。
【数27】
Figure 0004560698
(27)式は、減算合成ベクトルの方向は主突極位置を示す単位ベクトルに対し垂直方向を向き、大きさはそのスカラ倍になること、ひいては図4による説明の正当性を裏付けるものである。
【0041】
回転子の主突極位置角の余弦、正弦値は、(27)式より直ちに、以下の関係に従がい推定できることが理解される。
【数28】
Figure 0004560698
すなわち、本発明の請求項5で明示したように、合成ベクトルζの第2成分、第1成分に対し互いに符号を反転した形で比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定すればよい。第2成分で余弦の推定値を、第1成分で正弦の推定値を比例的決定するのは、更にはこの際の比例符号を反転させるのは、合成ベクトルζが主突極方向に対し垂直になっているためである。(28)式では、この交代的関係を交代行列Jで表現している。
【0042】
請求項5の本発明によれば、(28)式を用いた以上の説明より容易に理解されるよ
Figure 0004560698
領域を除けば、極簡単な演算で、該中間角の余弦及び正弦の推定値ひいてはベクトル回転器に必要な回転信号を決定できると言う作用が得られる。この結果、請求項5の本発明によれば、請求項1で説明した作用を極簡単な演算で達成できるようになる。なお、高周波電流と単位ベクトルとの交代的内積の絶対値の僅少化時の問題回避方法は請求項5の本発明に関連した実施形態例に関連して後に具体的に説明する。
【0043】
【発明の実施の形態】
以下、図面を用いて、本発明の実施形態を詳細に説明する。本発明のベクトル制御方法を適用したベクトル制御装置と同期電動機の1実施形態例の基本的構造を図5に示す。本構造と従来制御法による構造との基本的な違いは、突極位置角検出器2、余弦正弦信号発生器7に代わって位置角ベクトル推定器12が、また速度検出器11に代わって速度推定器13が新規に導入されている点にある。更には、高周波電力の注入と検出に関連して、指令変換器9に若干の変更が実施され、かつバンドパスフィルタ14a、14bが追加されている点にある。他の機器に関しては、基本的には図13の従来制御法のものと同一である。本発明の核心は位置角ベクトル推定器12にある。速度推定器13は位置角ベクトル推定器12の出力である位置角の余弦正弦推定値から回転子の速度を推定する推定器であり、これは誘導電動機を含む交流電動機のセンサレスベクトル制御方法に関連して開発された、当業者にとっては周知の従来の手法をそのまま活用している。本実施形態例では、図16の従来法との対比のため速度制御の1例を示したが、当然のことながらトルク制御にも応用可能であり、トルク制御の場合には速度推定器13は不要である。以下では、まず、高周波電力の注入と検出に関連して変更あるいは導入した指令変換器9、バンドパスフィルタ14a、14bの説明を行い、次に本発明の核心部分である位置角ベクトル推定器12の詳細な説明を行う。速度推定器に関しては、本発明の実施形態例の説明に応じて適時説明する。
【0044】
図6は、高周波電力の注入のための指令変換器9の内部構成を示したものであり、基本指令部9aと、高周波指令部9bから構成されている。基本指令部は、指令トルクに応じてトルク発生に寄与する電流指令値を生成する役割を担っており、この構成は従来の同期電動機のベクトル制御法に使用されている指令変換器ものを活用すればよい。図7に基本指令部9aの1構成例を示した。高周波指令部9bは高周波電流の指令値の生成を担っており、本実施形態例では、振幅I一定、角周波数ω一定の回転ベクトルを生成する単純な例を示した。なお、高周波電流指令値は、位置角ベクトル推定器にも使用できるように出力している。図5の破線で示した信号線は、高周波電流指令値を示している。これに関しては、関連箇所で改めて詳説する。
【0045】
図5におけるF(s)14a、14bは、既に説明したように、バンドパスフィルタである。バンドパスフィルタの目的は、固定子の電流、電圧情報の中から高周波成分を抽出することにある。2個のバンドパスフィルタは共に同一の特性を有しており、その通過帯域の中心周波数は電流、電圧の高周波成分を容易に抽出できるよう設計されている。本実施形態例では、通過帯域の中心周波数は、高周波電流指令値の角周波数ωと同一に選定しておけばよい。
【0046】
図5より明白なように、位置角ベクトル推定器は、固定子の高周波電流、高周波電圧のベクトル情報を入力として得、ベクトル回転器に向け回転信号として余弦正弦信号を出力している。本実施形態例では、高周波電流情報としては固定座標系上の固定子高周波電流ベクトルを使用し、また高周波電圧情報としては特別な線間電圧検出器を使用することなく比較的簡単に実装できるよう、固定座標系上の電圧ベクトル指令値からこれを抽出している。当然のことながら、他の交流電動機のセンサレスベクトル制御方法の構成と同様に、所要のコストを問題なく支払える場合には、線間電圧検出器を利用して実測電圧値を利用して差し支えない。また、電流情報として、実測電流値に代わって、電流ベクトル指令値等の推定値を利用することも可能である。位置角ベクトル推定器は、これら高周波電圧、電流情報に加え、高周波電流指令値も得ている。本発明においては一般的には高周波電流指令値は必ずしも必要でないが、請求項4及び請求項5に関連した合理的な実施形態例に有用であるので、これを考慮して破線の信号線でその補助的入力の状況を明示した。位置角ベクトル推定器の出力は、後に詳しく説明するように同相磁束ベクトルと鏡相磁束ベクトルとの成す角の中間角の余弦及び正弦の推定値であり、これは本図に明示しているように2個のベクトル回転器の回転信号として利用されている。
【0047】
図8は、位置角ベクトル推定器12の内部構造を示したものである。位置角ベクトル推定器12は、大きくは、磁束ベクトル推定器12aと余弦正弦生成器12bの2つの機器から構成されている。磁束ベクトル推定器12aは、固定子の高周波電流ベクトル情報と高周波電圧ベクトル情報から、同相磁束ベクトルと鏡相磁束ベクトルとを推定し出力している。余弦正弦生成器12bは、同相磁束ベクトルと鏡相磁束ベクトルとの推定値を得て、これらの成す角の中間角の余弦及び正弦の推定値を出力している。同図およびこれまでの説明より明らかなように、両磁束ベクトルの中間角の余弦正弦の推定値は、両磁束ベクトルの推定値を用いて決定している。なお、高周波電流の指令値の2成分は、破線で明示しているように、余弦正弦生成器において、実施形態に応じ補助的に利用されるものである。
【0048】
図9は、磁束ベクトル推定器12aの代表的構成例を示したものである。同図における12a−1は高周波磁束ベクトル推定器である。これは、固定子の高周波電流、電圧情報を入力として受け、固定子磁束の高周波成分を推定し出力する役割を担っている。このための方法としては、誘導電動機を含む交流電動機のセンサレスベクトル制御方法に使用されてきた当業者にとって周知の方法を活用すればよい。本実施形態例では、原理的には次式で表現される簡単な方法に従がい固定子磁束の高周波成分を推定している。
【数29】
Figure 0004560698
一般に高周波信号においては次の(30)式に示した近似が成立するので、(29)式においては、抵抗の電圧降下分を無視することも可能である。
【数30】
Figure 0004560698
図9では、(30)式の近似を明示すべく、関連信号線を破線で示した。図9及び(29)式における1/(s+α)は近似積分処理を意味している。近似積分処理は、当業者にとって周知のように、ディジタル的に遂行することが、実際的である。
【0049】
高周波電流ベクトルと同一方向をもつ同相磁束ベクトルは、原理的に(13)式の関係に基づき推定している。一方、鏡相磁束は、原理的に(14)式の第2式に基づき、すなわち高周波磁束ベクトルと同相磁束ベクトルとの差として定めている。(12)式と(13)、(14)式の比較及び図9より明白なように、ここに示した推定処理は、固定子磁束ベクトルの高周波成分推定値を、同相磁束ベクトル推定値と鏡相磁束ベクトル推定値とに2分するものである。
【0050】
図10は、余弦正弦生成器12bの1実施形態例を示したものである。同図における12b−1は2倍角余弦正弦生成器であり、12b−2は中間角余弦正弦生成器である。また、12b−3は、中間角余弦正弦生成器での決定法選択に利用される選択信号を生成するための判定器である。
2倍角余弦正弦生成器は、同相磁束ベクトル、鏡相磁束ベクトルの推定値を入力として受け取り、両ベクトルの中間角の2倍角の余弦及び正弦の推定値を決定し、出力する。このときの推定値決定処理は、(21)式に従って遂行される。また、中間角余弦正弦生成器12b−2は、2倍角余弦正弦生成器12b−1によって出力された2倍角の余弦正弦推定値を入力として受け取り、これを用いて中間角の余弦正弦の推定値を決定し出力している。
【0051】
本発明では、中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさに応じて、2倍角の余弦及び正弦の推定値から中間角の余弦及び正弦の推定値を決定する方法を変更するようにしている。例えば、中間角余弦正弦生成器12b−2には、下の(31)−(34)式に示すような4種の決定方法が用意されており、中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさに応じて、この4種の決定方法のいずれか1つが選定されるようになっている。
【数31】
Figure 0004560698
【数32】
Figure 0004560698
【数33】
Figure 0004560698
【数34】
Figure 0004560698
(31)−(34)式においては、中間角の余弦正弦値の大きさは中間角の値そのものに直接的に依存して定まると言う事実を考慮し、決定方法の選択条件を期待される中間角の値で各式最右翼に示している。
【0052】
判定器12b−3は、中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさを定め、上述の決定法を選択する役割に担っている。本発明における各器の処理は、ディジタル的に行うのが実際的である。具体的な実施形態例として、図10には、ディジタル的処理を考慮し、1制御周期前の中間角の余弦及び正弦の推定値を利用して、現時点の期待される大きさを決定する1例を例示している。この簡明な説明を図るため、現時点をk時点とし、1制御周期前を(k−1)時点とし、(k−1)時点での中間角の余弦正弦推定値をu(θ,k−1)と表現することにする。図10におけるz−1は1制御周期分の遅延素子であり、入力信号を1制御周期遅延させ出力する働きをもつ。本素子以降の動作は以下の通りである。先ず(k−1)時点での中間角の余弦正弦推定値を次の(35)式の関係に従がい処理し、k時点での判定指標d(k)、d(k)を生成する。
【数35】
Figure 0004560698
次に、この判定指標により、k時点での決定法として(31)−(34)式の何れを採用すべきかを判定する。指標d(k)、d(k)による判定は、図13に示した方法に従がい実施している。図13の方法は、判定指標の正負符号のみで判定を行うものであり、第1、2行の入力(判定指標の符号)に対し第3行が出力(選定結果)となっている。このように、実施形態例を用いて説明した本発明は合理的採用選定を簡単に行うことができる有用性の高いものとなっている。なお、図10における余弦正弦生成器の実施形態例では高周波電流指令値は使用しないので、これは明示していない。
【0053】
図11は、余弦正弦生成器12bの第2実施形態例である。12b−4は、ベクトル加算合成器である。ベクトル加算合成器では、同相磁束ベクトルの推定値と鏡相磁束ベクトルの推定値を各々の関連インダクタンスの逆数を乗じてそのノルムを同一化し、その後ベクトル加算により合成ベクトルを生成し、出力している。ベクトル加算合成器におけるKは、設計者に設計が委ねられた設計パラメータであり一般には任意に選定して差し支えないが、候補として1、La、Lが推奨される。12b−5は加算合成ベクトルのためのベクトル正規化器であり、合成ベクトルに比例して中間角の余弦及び正弦の推定値を決定している。本実施形態例では、中間角の余弦、正弦値を第1、第2成分とするベクトルは単位ベクトルであるので、この単位性を利用して、合成ベクトルを単位ベクトルに正規化することにより、合成ベクトルに比例した形で余弦、正弦値の推定を決定している。本実施形態例は、原理的には(26)式の第2式を用いて説明した作用を活用するものである。(26)式の第2式が示すように、正負符号を判定する符号因子においては、高周波電流ベクトルと単位ベクトルの内積が必要とされるが、本実施形態例では、これをd軸電流指令値に重畳された高周波電流指令d軸成分で近似している。すなわち、以下の関係を活用している。
【数36】
Figure 0004560698
余弦、正弦値の推定に際し必要とされる信号は、正負符号の判定であり、信号の大きさそのものではない。この特性上、ノイズの影響を受け難い指令値が実測値よりもむしろ好ましい応答を与えることが多い。
【0054】
当然のことながら、(26)式第1式に立脚して中間角余弦及び正弦の推定値を決定することも可能である。また、この場合にも、高周波電流ベクトルと単位ベクトルとの内積を高周波電流指令値d軸成分等で近似することができる。
【0055】
図12は、余弦正弦生成器12bの第3実施形態例である。同図の12b−6は、ベクトル減算合成器である。ベクトル減算合成器では、同相磁束ベクトルの推定値と鏡相磁束ベクトルの推定値を各々の関連インダクタンスの逆数を乗じてそのノルムを同一化し、その後ベクトル減算により合成ベクトルを生成し、出力している。ベクトル減算合成器におけるKは、設計者に設計が委ねられた設計パラメータであり一般には任意に選定して差し支えないが、候補として1、La、Lが推奨される。12b−7は減算合成ベクトルのためのベクトル正規化器であり、合成ベクトルに交代的に比例して中間角余弦及び正弦の推定値を決定している。本実施形態例では、中間角の余弦及び正弦の推定値を第1、第2成分とするベクトルは単位ベクトルである点、中間角の余弦及び正弦の推定値が合成ベクトルの第2成分、第1成分に対し互いに符号を反転した形で比例するいわゆる交代関係にある点を考慮し、余弦、正弦値の推定値を決定している。本実施形態例は、原理的には(28)式の第2式を用いて説明した作用を活用したものであり、ベクトル正規化器12b−7における交代行列Jは、(28)式同様、(6)式で定義したものである。(28)式の第2式が示すように、正負符号を判定する符号因子においては、高周波電流ベクトルと単位ベクトルの交代的内積が必要とされるが、本実施形態例では、これを高周波電流のq軸成分で近似している。すなわち、以下の関係を活用している。
【数37】
Figure 0004560698
余弦、正弦値の推定に際し必要とされる信号は、正負符号の判定であり、信号の大きさそのものではない。この特性上、ノイズの影響を受け難い指令値が実測値よりもむしろ好ましい応答を与えることが多い。
【0056】
当然のことながら、(28)式第1式に立脚して中間角余弦及び正弦の推定値を決定することも可能である。また、この場合にも、高周波電流ベクトルと単位ベクトルの交代的内積を高周波電流指令値q軸成分等で近似することができる。
【0057】
図11及び図12を用いて説明した実施形態例は、本発明の請求項4、5に各々対応するものである。また、同請求項に関連した作用の説明で既に述べたように、請求項4ひいては図11の実施形態例は、高周波電流と単位ベクトルとの内積
Figure 0004560698
僅少となる特別な領域では利用できない。しかし、高周波電流と単位ベクトルとの内積
Figure 0004560698
の絶対値は僅少となることはなく、またこの逆も成立する。すなわち、請求項4と請求項5は、互いに相補的関係にある。従って、両者を併用して活用するようにすれば、すべての領域で、ベクトル回転器に必要な回転信号を生成することが可能である。併用の際の切替えは、(36)、(37)式右辺の信号に基づきすこぶる簡単に行うことができる。
【0058】
図5の実施形態例における速度推定器13は、位置角ベクトル推定器12の出力である位置角の余弦正弦推定値から回転子の速度を推定する推定器である。これは誘導電動機を含む交流電動機のセンサレスベクトル制御方法に関連して開発された、当業者にとっては周知の従来の手法をそのまま活用している。例えば、次式の原理に従ったものを活用すればよい。
【数38】
Figure 0004560698
ここにω2mは回転子の機械角速度である。(38)式の応用に際しては、微分処理は近似微分処理に置換し、また、処理はディジタル的に行うことが望ましい。
【0059】
図14は、図5に代わる本発明の他の1実施形態例である。図14の実施形態例における図5に対する違いは、位置角ベクトル推定器12とこれに付随したバンドパスフィルタ14a、14bが固定座標系から回転座標系に移動している点にある。位置角ベクトル推定器12の構成法は、図5の実施形態例で示した場合と基本的に同一である。位置角ベクトル推定器12の内部要素である余弦正弦生成器12−bは、採用された座標系上における突極位置の余弦正弦推定値を出力する。従って、図5は固定座標系上の突極位置の余弦正弦推定値を出力し、図14では、回転座標系上での突極位置の余弦正弦推定値を出力する。ベクトル回転器6a、6bは、固定座標系上の突極位置の余弦正弦値を必要とするので、図14の実施形態例では、座標変換の処理が追加的に必要である。この追加的処理は、以下に示すように、簡単に実施することができる。
【0060】
位置角ベクトル推定器12の処理はすべてディジタル的に行うものとして、k時点での余弦正弦生成器12−bの出力を、図10、11、12の実施形態例で示したように、u(θ)とする。一方、k時点での位置角ベクトル推定器12の最終出力をu(θ(k))とする。u(θ(k))はu(θ)の座標変換値として、次の(39)式の処理を遂行することにより達成される。
【数39】
Figure 0004560698
図15に、(39)式の処理を含む位置角ベクトル推定器12の構成例を示した。同図においては、座標変換処理はベクトル回転器12cで実施している。
【0061】
以上、本発明による位置角ベクトル推定器に関し、各種の図を利用しつつ複数の実施形態例を用いて詳しく説明した。説明本文で繰返し明言しているように本発明の位置角ベクトル推定器は、最近のディジタル技術の著しい進歩を考えるとディジタル的に構成することが好ましい。ディジタル構成はハードウェア的構成とソフトウェア的構成があるが、当業者にとっては既に自明のように本発明はいずれでも構成できる。
【0062】
【発明の効果】
以上の説明より明白なように、本発明は以下の効果を奏する。特に、請求項1の本発明は、高周波磁束ベクトルを、高周波電流ベクトルと同一方向をもつ同相磁束ベクトルと、高周波磁束ベクトルと同相磁束ベクトルとの差として定めた鏡相磁束ベクトルとに2分し、同相磁束ベクトルと鏡相磁束ベクトルとの成す角の中間角の余弦及び正弦の推定値をベクトル回転器の回転信号として利用するようにしている。請求項1の本発明によれば、中間角の余弦及び正弦の推定値を、回転子主突極位置角の余弦、正弦値の推定値として扱うことができるので、固定子に装着された突極位置角検出器を用いることなく、ベクトル回転器のための回転信号を得ることが出来ると言う作用が得られる。しかもこの作用は、停止時あるいは停止時に準じた極低速時に限定されるものではない。この作用の結果、同期電動機のベクトル制御に不可欠なベクトル回転器を広い動作範囲で正常に動作させることができ、ひいては、従来より固定子に装着されてきたた突極位置角検出器を用いることなく、同期電動機をベクトル制御することができると言う効果が得られる。更には、同期電動機のベクトル制御に際し、回転子に突極位置角検出器を装着することに起因して従来より発生した、電動機システムの信頼性の低下、軸方向の容積増大、配線問題、各種コストの増大と言った諸問題を克服することができると言う効果が得られる。
【0063】
特に、請求項2の本発明は請求項1記載のベクトル制御方法であって、同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値とから、先ず中間角の2倍角の余弦及び正弦の推定値を決定し、次に決定した2倍角の余弦及び正弦の推定値から中間角の余弦及び正弦の推定値を決定するようにしているので、同相磁束ベクトル、鏡相磁束ベクトルの位置角を算出することなく、これらのベクトルそのものからベクトル回転器に必要な余弦、正弦の推定値を直接的に算定できると言う作用が得られる。また位置角算定のための逆演算を必要としないので、位置角の余弦、正弦の推定値を比較的高い精度で、かつ比較的軽い計算量で決定できると言う作用も得られる。ひいては、請求項2の本発明によれば、請求項1で説明した作用を合理的に確保できるようになる。こうした作用の結果、請求項1による効果を、比較的精度よく、比較的軽い計算量で達成できるという効果が得られる。
【0064】
請求項3の本発明は、請求項1及び2記載のベクトル制御方法であって、該中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさに応じて、該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定する方法を変更するようにするものであり、計算量を低減しつつ最も高い計算精度を維持した状態でベクトル回転器に必要な余弦、正弦の推定値を決定できると言う作用が得られる。この作用の結果、請求項3の本発明によれば、請求項1及び請求項2による効果を、計算量を低減しつつ最も高い計算精度を維持した状態で達成できるという効果が得られる。
【0065】
請求項4の本発明は、請求項1記載のベクトル制御方法であって、ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル加算によって得た合成ベクトルの第1成分、第2成分に比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしている。これにより、固定子電流の回転子主突極方向と同一成分の絶対値が僅少となる領域を除けば、簡単な演算で、該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定できると言う作用が得られる。ひいては、請求項1の効果を極簡単な演算で達成できると言う効果が得られる。
【0066】
請求項5の本発明は、請求項1記載のベクトル制御方法であって、ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル減算によって得た合成ベクトルの第2成分、第1成分に対し互いに符号を反転した形で比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしている。これにより、固定子電流の回転子主突極方向と垂直成分の絶対値が僅少となる領域を除けば、極簡単な演算で、該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定できると言う作用が得られる。ひいては、請求項1の効果を極簡単な演算で達成できると言う効果が得られる。
【0067】
なお、請求項4及び請求項5の本発明による場合、演算量低減の代償として、固定子電流の回転子主突極と同一成分あるいは垂直成分が僅少となる領域での使用が限定される。請求項4及び請求項5の本発明による効果が失われないように、この領域回避のための実際的方法を請求項4及び請求項5の形態実施例に関連して具体的に提示説明した。
【0068】
【図面の簡単な説明】
【図1】一般dq座標系上での回転子主突極方向とd軸、q軸との1関係例を示すベクトル図
【図2】一般dq座標系上の固定子の高周波電流、固定子の高周波磁束、同相磁束、鏡相磁束の1関係例を示すベクトル図
【図3】一般dq座標系上における、加算合成ベクトルと回転子主突極の方向との1関係例を示すベクトル図
【図4】一般dq座標系上における、減算合成ベクトルと回転子主突極の方向との1関係例を示すベクトル図
【図5】1実施形態例におけるベクトル制御装置の基本構成を示すブロック図
【図6】1実施形態例における指令変換器の概略構成を示すブロック図
【図7】1実施形態例における基本指令部の概略構成を示すブロック図
【図8】1実施形態例における位置角ベクトル推定器の概略構成を示すブロック図
【図9】1実施形態例における磁束ベクトル推定器の概略構成を示すブロック図
【図10】1実施形態例における余弦正弦生成器の概略構成を示すブロック図
【図11】1実施形態例における余弦正弦生成器の概略構成を示すブロック図
【図12】1実施形態例における余弦正弦生成器の概略構成を示すブロック図
【図13】中間角余弦正弦生成器での決定法選択に利用される判定指標と選択結果の1関係例
【図14】1実施形態例におけるベクトル制御装置の基本構成を示すブロック図
【図15】1実施形態例における位置角ベクトル推定器の概略構成を示すブロック図
【図16】従来のベクトル制御装置の概略構成を示すブロック図
【符号の説明】
1 同期電動機
2 突極位置角検出器
3 電力変換器
4 電流検出器
5a 3相2相変換器
5b 2相3相変換器
6a ベクトル回転器
6b ベクトル回転器
7 余弦正弦信号発生器
8 電流制御器
9 指令変換器
9a 基本指令部
9b 高周波指令部
10 速度制御器
11 速度検出器
12 位置角ベクトル推定器
12a 磁束ベクトル推定器
12a−1 高周波磁束ベクトル推定器
12b 余弦正弦生成器
12b−1 2倍角余弦正弦生成器
12b−2 中間角余弦正弦生成器
12b−3 判定器
12b−4 ベクトル加算合成器
12b−5 ベクトル正規化器
12b−6 ベクトル減算合成器
12b−7 ベクトル正規化器
12c ベクトル回転器
13 速度推定器
14a バンドパスフィルタ
14b バンドパスフィルタ

Claims (5)

  1. トルク発生に寄与する固定子電流を、ベクトル回転器によって指示された互いに直交するd軸とq軸で構成される回転dq座標系上で、電流ベクトルのd軸成分及びq軸成分として分割し制御する電流制御工程と、高周波電力を印加しこの電圧と電流情報を検出する工程とを有する同期電動機のベクトル制御方法であって、
    高周波電流に起因する固定子鎖交磁束の高周波成分を高周波磁束ベクトルとして捕らえ、該高周波磁束ベクトルを、高周波電流をベクトルとして捕らえた高周波電流ベクトルと同一方向をもつ同相磁束ベクトルと、該高周波磁束ベクトルと該同相磁束ベクトルとの差として定めた鏡相磁束ベクトルとに2分し、該同相磁束ベクトルと該鏡相磁束ベクトルとの成す角の中間角の余弦及び正弦の推定値を、該ベクトル回転器の回転信号として利用することを特徴とする同期電動機のベクトル制御方法。
  2. 該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値とから該中間角の2倍角の余弦及び正弦の推定値を決定し、決定した該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定するようにしたことを特徴とする請求項1記載の同期電動機のベクトル制御方法。
  3. 該中間角の余弦及び正弦の推定値の期待される大きさに応じて、該2倍角の余弦及び正弦の推定値から該中間角の余弦及び正弦の推定値を決定する方法を変更するようにしたことを特徴とする請求項1または請求項2記載の同期電動機のベクトル制御方法。
  4. ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル加算によって得た合成ベクトルの第1成分、第2成分に比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしたことを特徴とする請求項1記載の同期電動機のベクトル制御方法。
  5. ノルムを同一化した、該同相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルと、該鏡相磁束ベクトルあるいはこの推定値と同一方向をもつベクトルとの2個のベクトルを生成し、2個の該同一ノルムベクトルのベクトル減算によって得た合成ベクトルの第2成分、第1成分に対し互いに符号を反転した形で比例して、該中間角の余弦及び正弦の推定値を各々決定するようにしたことを特徴とする請求項1記載の同期電動機のベクトル制御方法。
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