JP4547467B1 - 回折光学素子 - Google Patents

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Abstract

本発明の回折光学素子は、第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面に回折格子2を有する基体1と、第2樹脂を含む第2光学材料からなり、回折格子を覆うように基体に設けられた光学調整層3とを備え、第1樹脂の溶解度パラメータと第2樹脂の溶解度パラメータとの差が0.8[cal/cm31/2以上であり、第1樹脂および第2樹脂はそれぞれベンゼン環を有する。
【選択図】図1

Description

本発明は、回折光学素子に関し、異なる樹脂を2つ以上の部材によって構成される回折光学素子に関する。
回折光学素子は、ガラスや樹脂等の光学材料からなる基体に光を回折させる回折格子が設けられた構造を備える。回折光学素子は、撮像装置や光学記録装置を含む種々の光学的機器の光学系に用いられており、例えば、特定次数の回折光を1点に集めるように設計されたレンズや、空間ローパスフィルタ、偏光ホログラム等が知られている。
回折光学素子は、光学系をコンパクトにできるという特長を有する。また、屈折とは逆に長波長の光ほど大きく回折することから、回折光学素子と屈折を利用する通常の光学素子とを組み合わせることにより、光学系の色収差や像面湾曲を改善することも可能である。
しかし、回折効率は理論的に光の波長に依存することから、特定の波長の光における回折効率が最適となるように回折光学素子を設計すると、その他の波長の光では回折効率が低下するという課題が生じる。例えば、カメラ用レンズ等白色光を利用する光学系に回折光学素子を用いる場合、この回折効率の波長依存性によって、色むらや不要次数光によるフレアが生じ、回折光学素子だけで適切な光学特性を有する光学系を構成するのは困難である。
このような課題に対して、特許文献1は、光学材料からなる基体の表面に回折格子を設け、基体と異なる光学材料からなる光学調整層で回折格子を覆うことによって、位相差型の回折光学素子を構成し、光学特性が所定の条件を満たすように2つの光学材料を選択することによって、設計した回折次数での回折効率を波長によらず高くする、つまり、回折効率の波長依存性を低減する方法を開示している。
回折光学素子を透過する光の波長をλとし、2種類の光学材料の波長λにおける屈折率をn1(λ)およびn2(λ)とし、回折格子の深さをdとした場合、下記式(1)を満たす場合、波長λの光に対する回折効率が100%となる。
Figure 0004547467
したがって、回折効率の波長依存性を低減するためには、使用する光の波長帯域内においてdがほぼ一定となるような波長依存性を持つ屈折率n1(λ)の光学材料と屈折率n2(λ)の光学材料とを組み合わせればよい。一般的には、屈折率が高く、波長分散の低い材料と屈折率が低く波長分散の高い材料とが組み合わされる。特許文献1は、基体となる第1光学材料としてガラスまたは樹脂を用い、第2光学材料として紫外線硬化樹脂を用いることを開示している。
基体となる第1光学材料としてガラスを用いる場合、樹脂と比較して微細加工が難しく、回折格子のピッチを狭くし、回折性能を向上させることが容易ではない。このため、光学素子の小型化を図りながら光学性能を高めることが困難である。また、ガラスの成形温度は樹脂より高温であるため、ガラスを成型するための金型の耐久性が樹脂を成形するための金型に比べて低く、生産性にも課題がある。
一方、基体となる第1光学材料として樹脂を用いる場合、回折格子の加工性および成形性の点でガラスより優れる。しかし、ガラスと比べて種々の値の屈折率を実現することが難しく、第1光学材料と第2光学材料との屈折率差が小さくなるため、式(1)から明らかなように、回折格子の深さdは大きくなる。
その結果、基体自体の加工性は優れるものの、回折格子を形成するための金型を深く加工したり、溝の先端を鋭利な形状に成形したりする必要があり、金型の加工が困難になる。また、回折格子が深くなるほど、基体および金型の少なくとも一方の加工上の制約から回折格子のピッチを大きくする必要がある。このため回折格子の数を増やすことができず、回折光学素子の設計上の制約が大きくなる。
このような課題を解決するため、本願の出願人は、特許文献2において、光学調整層として、マトリクス樹脂中に平均粒径1nm〜100nmの無機粒子を含んだコンポジット材料を用いることを提案している。このコンポジット材料は、分散させる無機粒子の材料や無機粒子の添加量によって屈折率およびアッベ数を制御でき、従来の樹脂にはない屈折率およびアッベ数を得ることができる。したがって、コンポジット材料を光学調整層に用いることにより、基体である第1の光学材料として樹脂を用いた場合の回折格子の設計自由度を高くして、成形性を向上させ、かつ優れた回折効率の波長特性を得ることができる。
特開平10−268116号公報 国際公開第07/026597号パンフレット
しかし、本願発明者は、特許文献1および2に開示された位相差型の回折光学素子において、基体および光学調整層を樹脂材料によって構成する場合、厳しい使用環境を想定した熱衝撃試験や高温高湿試験などの環境信頼性試験において、基体と光学調整層との界面で十分な密着性が確保できないと言う課題を見出した。
本発明は、このような従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、基体および光学調整層に樹脂を用いた場合においても、基体と光学調整層との間で良好な密着状態を維持することが可能であり、信頼性が高く、優れた光学特性を有する回折光学素子を提供することを目的とする。
本発明の回折光学素子は、第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面に回折格子を有する基体と、第2樹脂を含む第2光学材料からなり、前記回折格子を覆うように前記基体に設けられた光学調整層とを備え、前記第1樹脂の溶解度パラメータと前記第2樹脂の溶解度パラメータとの差が0.8[cal/cm31/2以上であり、前記第1樹脂および前記第2樹脂はそれぞれベンゼン環を有する。
ある好ましい実施形態において、前記第2樹脂は熱硬化性樹脂またはエネルギー硬化性樹脂である。
ある好ましい実施形態において、前記第1光学材料の屈折率は前記第2光学材料の屈折率より小さく、前記第1光学材料の屈折率の波長分散性は前記第2光学材料の屈折率の波長分散性より大きい。
ある好ましい実施形態において、前記第2樹脂はOH基を有する。
ある好ましい実施形態において、前記第2光学材料はさらに無機粒子を含み、前記無機粒子が前記第2樹脂中に分散している。
ある好ましい実施形態において、前記無機粒子は、酸化ジルコニウム、酸化イットリウム、酸化ランタン、酸化ハフニウム、酸化スカンジウム、アルミナおよびシリカからなる群より選ばれる少なくとも1つを主成分として含む。
ある好ましい実施形態において、前記無機粒子の実効粒径は、1nm以上100nm以下である。
ある好ましい実施形態において、前記第1樹脂はビスフェノールA型ポリカーボネートであり、前記第2樹脂は単位分子構造の一部としてビスフェノールA構造を含む。
ある好ましい実施形態において、前記第1樹脂はフェノール構造を有するポリカーボネートであり、前記第2樹脂は単位分子構造の一部としてフェノール構造を含む。
本発明によれば、第1樹脂および第2樹脂がそれぞれベンゼン環を有しているため、第1樹脂および第2樹脂のベンゼン環のπ電子の影響によって、ベンゼン環が相互に引き合う力が働き、光学調整層が基体の表面から剥離しにくくなる。また、第1樹脂の溶解度パラメータと第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm31/2以上であるため、光学調整層の第2樹脂が基体へ溶解し、回折格子の形状が変形したり、屈折率変化層が生成したりするのが抑制される。
したがって、光学調整層と基体との良好な密着状態を維持することが可能であり、信頼性が高く、軽量で優れた光学特性を有する回折光学素子が得られる。
(a)および(b)は、本発明による回折光学素子の第1の実施形態を示す断面図および上面図であり、(c)は基体の形状を示す断面図である。 基体と光学調整層との密着性を説明する模式図である。 ビスフェノールA型ポリカーボネートからなる基体上にアクリレート樹脂を形成した場合における、ポリカーボネートとアクリレート樹脂とのSP値の差と基体表面に生成した屈折率変化層の屈折率との関係を示すグラフである。 本発明による回折光学素子の第2の実施形態を示す断面図ある。 粒子の実効粒径の定義を説明するグラフである。 (a)から(d)は、それぞれ実施例・比較例で使用した樹脂の構造を示す図である。 従来技術の回折光学素子において、回折格子が変形した状態を示す模式図である。 従来技術の他の回折光学素子において、回折格子が変形した状態を示す模式図である。 従来技術の回折光学素子において基体と光学調整層との界面に屈折率変化層が生成した状態を模式的に示す図である。 基体と光学調整層の界面に屈折率が変化した層が形成される光学素子における光の屈折を模式的に示す図である。
本願発明者は、基体および光学調整層を備えた回折光学素子において、基体および光学調整層を構成する材料として樹脂を主成分とすることを前提として、基体と光学調整層との密着性について詳細に検討を行なった。
一般に、樹脂同士を密着させるためには、2つの樹脂材料の間に化学的な相互作用を生じさせて密着させることが考えられる。具体的には、2つの樹脂の界面において、相互に樹脂が溶解すれば、界面における密着性が高まるものと考えられる。しかし、基体および光学調整層を備えた回折光学素子においては、樹脂を含む基体と樹脂を含む光学調整層との間で相互作用が生じると、基体と光学調整層とが接する部分において、基体が膨潤したり溶解したりしてしまい、基体に設けられた回折格子の形状が設計とは異なってしまうという問題が生じる。
図7に示す従来の回折光学素子111は、表面に回折格子102が設けられた基体101と、回折格子102を覆うように設けられた光学調整層103とを備えている。光学調整層103と基体101とが樹脂を含む光学材料によって形成されており、2つの光学材料の化学的相互作用が強い場合、基体101と光学調整層103とが接する部分において、基体101が膨潤したり溶解したりすることによって、図7に示すように回折格子102の形状が崩れてしまう。回折格子102の形状が崩れると、所望の次数の回折光が十分な強度で得られなかったり、不要な回折光が生じたりする。その結果、回折光学素子の光学特性が低下する。
図8は、無機微粒子104が樹脂を含む光学調整層103に分散したナノコンポジットからなる光学調整層103’と基体101とを備えた従来の回折光学素子111’を示している。回折光学素子111’においても、光学調整層103’のマトリクス103の樹脂と基体101の樹脂との間で化学的相互作用が強い場合、基体101が膨潤したり溶解したりすることによって、図8に示すように回折格子102の形状が崩れてしまう。その結果、回折光学素子の光学特性が低下する。
また、本願発明者による検討の結果、回折格子102の形状に変化が生じていなくても、回折光学素子111に不要回折光が発生する場合があることが分かった。図9に示すように、従来の回折光学素子112において、光学調整層103に含まれる樹脂が基体101の表面から内部へ浸透すると、基体101の表面に設けられた回折格子102の形状が大きく変化しなくても、樹脂の浸透した部分の基体101の屈折率が変化する。この場合、図9に示すように、基体101と光学調整層103との界面に、基体101と屈折率が異なる層101a(以下「屈折率変化層」と呼ぶ)が形成されることを確認した。この屈折率変化層101aは光学顕微鏡によって確認が可能であり、屈折率変化層101aの厚さは約500nm〜5000nmであった。さらに、回折効率の低下した回折光学素子の基体101の表面を分析したところ、光学顕微鏡によって屈折率変化層101aが確認できない場合でも、回折効率の低下を引き起こす程度の厚さ、あるいは、屈折率変化が生じた屈折率変化層が生成していることを確認した。
なお、屈折現象のみを利用した光学系においては、図10に示すように、基体101と、光学特性を調整するための層105との間に屈折率変化層101aが生成したとしても、屈折率変化層101aと基体101との屈折率の差が0.01程度であれば、基体101から進入した光(矢印で示す)が、基体101と屈折率変化層101aとの界面で屈折する角度は小さい。また、屈折率変化層101aが薄ければ、屈折した角度で光が進む距離も短い。このため、屈折率変化層101aが生成した場合でも、層105へ入射する光の入射角度および入射位置は、屈折率変化層101aが生成しない場合とほとんど変わらず、光学性能への影響は無視し得るほど小さい。つまり、屈折率変化層101aが生成してもその影響は無視し得る。したがって、屈折率変化層の生成の影響は回折格子が設けられた基体を覆うように光学調整層が構成された回折光学素子に特有の課題であると言える。
このような知見に基づき、本願発明者は新規な回折光学素子を想到した。本発明の回折光学素子では、基体に含まれる樹脂および光学調整層に含まれる樹脂がそれぞれベンゼン環を有している。これにより、ベンゼン環同士のπ電子の相互作用によって基体と光学調整層との密着性を高めることができる。また、基体に含まれる樹脂と光学調整層に含まれる樹脂との溶解度パラメータの差が大きければ、光学調整層の樹脂が基体へ溶解し、回折格子の形状が変形したり、屈折率変化層が生成したりするのを抑制することができ、信頼性が高く、優れた光学特性を有する回折光学素子を実現できることが分かった。以下、本発明の具体的な実施形態を説明する。
(第1の実施形態)
図1(a)および図1(b)は、本発明による回折光学素子の第1の実施形態の断面図および上面図を示している。
回折光学素子101は、基体1および光学調整層3を備えている。基体1は第1樹脂を含む第1光学材料からなり、光学調整層3は第2樹脂を含む第2光学材料からなる。
基体1の1つの主面には回折格子2が設けられている。基体1と光学調整層3の光学特性や最終的に得られる回折光学素子101の光学設計から、回折格子2の断面形状、配置、ピッチ、深さが決定される。例えば、回折格子2にレンズ作用を持たせる場合には、鋸歯状の断面形状を有する回折格子を、ピッチがレンズの中心から周辺に向かって小さくなるように連続的に変化させて同心円状に配置させればよい。この場合の回折格子は、レンズ作用が得られる断面形状、配置、ピッチを有していれば、図1(a)のように曲面上に形成してもよいし、平面上に形成してもよい。特に、図1(c)に示すように回折格子2の溝を通る包絡面1sがレンズ作用を有する非球面となるように基体1に回折格子2を形成すると、屈折作用と回折作用の最適な組み合わせにより、色収差や像面湾曲等をバランスよく改善し、高い撮像性能を有するレンズを得ることが可能となる。回折格子2の深さdは、式(1)を用いて決定することができる。
なお、図1(a)においては1つの主面に回折格子2を有する回折光学素子を示しているが、2つ以上の回折格子面を有する構成としてもよい。また、図1(a)においては、片面が回折格子2を有する凸面、反対面が平面である回折光学素子を示しているが、少なくともいずれかの面に回折格子が形成されていれば、基体1の2つの主面が、両凸面、凸面と凹面、両凹面、凹面と平面または両平面であっても差し支えない。この場合、回折格子は1つの面のみに形成されていても、両面に形成されていてもよい。また、両面に回折格子が形成される場合、両面の回折格子の形状、配置、ピッチ、回折格子深さは、回折光学素子に要求される性能を満たすものであれば必ずしも一致させる必要はない。これらの点については、以下の第2の実施形態においても同様である。
光学調整層3は、回折光学素子101における回折効率の波長依存性を低減する目的で、少なくとも回折格子2の段差を埋めるように基体1の回折格子2が設けられた主面を覆って設けられている。本実施形態では、図1(a)および(c)に示すように、回折格子2の溝を通る包絡面1sに対して略均一な厚さtを有するように光学調整層3が形成されている。これにより、光学調整層3の表面が非球面形状となり、非球面形状に応じた屈折効果を光学調整層3から出射する光に与えることができる。したがって回折格子2による回折効果と光学調整層3の表面における屈折効果を融合させ、色収差および像面湾曲を低減させることによってレンズ特性を向上させることができる。
回折効率の波長依存性を低減するためには、基体1および光学調整層3は、使用する光の全波長領域において式(1)を満たすことが好ましい。このためには、基体1の第1光学材料と光学調整層3の第2光学材料とは、屈折率の波長依存性が逆の傾向を示し、波長に対する屈折率の変化を互いに打ち消し合う特性を備えていることが好ましい。より具体的には、第1光学材料の屈折率は第2光学材料の屈折率より小さく、第1光学材料の屈折率の波長分散性は第2光学材料の屈折率の波長分散性より大きいことが好ましい。屈折率の波長分散性は、たとえば、アッベ数によって表わされる。アッベ数が大きいほど屈折率の波長分散性は小さい。したがって、第1光学材料の屈折率は第2光学材料の屈折率より小さく、かつ、第1光学材料のアッベ数は第2光学材料のアッベ数よりも小さいことが好ましい。第1光学材料および第2光学材料の屈折率の波長依存性は、それぞれに含まれる第1樹脂および第2樹脂の物性に依存する。
上述したように基体1を構成する第1光学材料は第1樹脂を含む。第1光学材料として樹脂を含む材料を使用するのは、生産性および加工性の観点で、ガラスよりも樹脂を用いる方が好ましいからである。レンズ等の光学素子は、金型成形によって高い生産性で製造することができる。この場合、金型の寿命は成形する材料に依存し、ガラスを用いる場合に比べて樹脂を用いる方が、金型の寿命が10倍程度長く、製造コストを低減できる。また、回折格子形状等の微細な形状にガラスを成形するのは困難な場合があるが、樹脂であれば、射出成形等の技術を利用できるため、微細な形状を有する光学素子を成形できる。樹脂を用いる場合微細加工性に優れるため、回折格子2のピッチを小さくすることによって回折光学素子101の性能を向上させたり、回折光学素子101を小型化したりすることができる。さらに、回折光学素子101の軽量化を図ることも可能である。
第1樹脂としては、一般に光学素子の基体として使用される透光性の樹脂材料の中から、回折光学素子の設計次数での回折効率の波長依存性を低減可能な屈折率特性と波長分散性を有する材料を選択する。第1光学材料は第1樹脂以外に、屈折率等の光学特性や、熱膨張性等の力学特性を調整するための無機物粒子や、特定の波長領域の電磁波を吸収する染料や顔料等の添加剤を含んでいてもよい。
同様に、光学調整層3を構成する第2光学材料は第2樹脂を含む。第2光学材料として樹脂を含む材料を使用するのも、回折格子2の段差を埋める光学調整層3の成形性が良いからである。さらに成形温度も無機材料と比較すると低温であることから、基体1が第1樹脂を含む第1光学材料より構成される場合においては特に好ましい。
次に第1光学材料に含まれる第1樹脂および第2光学材料に含まれる第2樹脂についてより詳細に説明する。
第1樹脂および第2樹脂は、それぞれベンゼン環を有する。また、第1樹脂および第2樹脂は、上述したように第1光学材料および第2光学材料が所望の屈折率の波長依存性を有するように公知の樹脂材料から選択される。
図2は、基体1を構成する第1光学材料に含まれる第1樹脂の一例としてビスフェノールA型ポリカーボネート1aを用い、光学調整層3を構成する第2光学材料に含まれる第2樹脂の一例として同じビスフェノールA構造を持つエポキシアクリレート樹脂2aを用いた場合における基体1と光学調整層3との界面近傍を模式的に示している。
ビスフェノールA型ポリカーボネート1aおよびエポキシアクリレート樹脂2aは、破線10で囲まれる部分にベンゼン環を有している。基体1と光学調整層3との界面において、ビスフェノールA型ポリカーボネート1aのベンゼン環は、エポキシアクリレート樹脂2aのベンゼン環と近接する位置にある場合、ベンゼン環のπ電子の影響によって相互に引き合う力(π電子相互作用)が働くと考えられる。その結果、光学調整層3が基体1の表面から剥離しにくくなる。これに対し、第1樹脂および第2樹脂のいずれかがベンゼン環を含まない場合、π電子相互作用が働かないため、急激な温度変化や振動の印加等、厳しい使用環境下においては基体1と光学調整層3の接着力が十分でなくなる。本願発明者は、このような材料系を用いた回折光学素子に対して熱衝撃試験や高温高湿試験などの環境信頼性試験を行った際に、光学調整層が基体から剥離することを見出した。
ベンゼン環を有する第1樹脂としては、たとえば、ベンゼン環を単位分子構造内に含むポリカーボネート系樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリスチレン等のオレフィン樹脂、エポキシ樹脂等が挙げられる。ベンゼン環は、単位分子構造内の主鎖および側鎖の少なくとも一方に含まれていればよい。ここで、単位分子構造とは高分子の繰り返し単位を意味する。これらの樹脂は透光性に優れ、光学材料として適しているからである。主鎖または側鎖にベンゼン環を有する限り、共重合や、グラフト重合によって樹脂が合成されていてもよい。また、第1樹脂はベンゼン環を有しない樹脂およびベンゼン環を有する上述した樹脂のアロイまたはブレンドによって構成してもよい。
ベンゼン環を有する第2樹脂としては、たとえば、ベンゼン環を単位分子構造内に含むアクリレート、メタクリレート、ウレタンアクリレート、エポキシアクリレート、ポリエステルアクリレート等の(メタ)アクリル樹脂;エポキシ樹脂;オキセタン樹脂;エン−チオール樹脂;ポリエチレンテレフタレートおよびポリブチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂;ポリスチレン等のオレフィン樹脂;ナイロン等のポリアミド樹脂;ポリイミドやポリエーテルイミド等のポリイミド樹脂等が挙げられる。ベンゼン環は、単位分子構造内の主鎖および側鎖の少なくとも一方に含まれていればよい。また、第2樹脂はベンゼン環を有しない樹脂およびベンゼン環を有する上述した樹脂のアロイまたはブレンドによって構成してもよい。特に、ベンゼン環を有する上述した樹脂が、第2樹脂中20重量%以上含まれていることが好ましい。また、これらの樹脂を変性したものを用いてもよい。
これらの中でも特に、光学調整層3を形成するプロセスが簡易となることから、熱硬化性樹脂またはエネルギー線硬化性樹脂を用いることが好ましい。具体的には、ベンゼン環を主鎖または側鎖に含むアクリレート樹脂、メタクリレート樹脂、エポキシ樹脂、オキセタン樹脂、エン−チオール樹脂等が挙げられる。
上述した第1樹脂および第2樹脂をそれぞれ含む第1光学材料および第2光学材料を用いて基体1および光学調整層3を構成することによって、基体1から光学調整層3が過酷な環境下において剥離することが防止できる。しかし、上述した第1樹脂および第2樹脂の組み合わせによっては、樹脂間の化学的な相互作用により、光学調整層3の第2樹脂が基体1に溶解し、図7および図8に示すように回折格子2の形状を変形させたり、図9に示すように屈折率変化層9が生成したり、屈折率変化層は観察されないが、光学特性評価において不要な回折光が発生したりすることによって、所望の回折効率を得られない可能性がある。
このような原因による回折効率の低下を防止するためには、光学調整層3の第2光学材料と基体1の第1光学材料との相互作用を小さくする必要がある。このため、第2光学材料に含まれる第2樹脂と第1光学材料の第1樹脂との溶解度パラメータ(SP)の差が0.8[cal/cm31/2以上であることが好ましい。
溶解度パラメータは、正則溶液理論における凝集エネルギー密度の平方根であり、ある物質の溶解度パラメータδは、モル体積Vと1モルあたりの凝集エネルギーΔEを用いて、以下の式により定義される。
δ=(ΔE/V)1/2
溶解度パラメータは物質の分子間力の指標であり、溶解度パラメータが近い物質ほど親和性が高い、つまり相互作用が強いと考えられる。溶解度パラメータには、さまざまな導出方法が存在するが、例えばFedorsらによる分子構造式から計算する方法により求めた値等を用いることができる。本願明細書で用いる溶解度パラメータはこの分子構造式から計算する方法によって求めた値である。溶解度パラメータが高くなる構造としては、OH基、アミド結合等高極性の官能基が挙げられる。そのなかでも、OH基を有する樹脂は合成が容易であり、アミド結合などの極性結合を有する樹脂と比較して加水分解等を受けにくく安定性が高い。したがって、これらの観点から、第2樹脂はOH基を有していることがさらに好ましい。一方、溶解度パラメータが低くなる構造としては、フッ素原子、炭化水素基、シロキサン結合等が挙げられる。
図3は、ビスフェノールA型ポリカーボネートからなる基体上にさまざまな溶解度パラメータ値を有するアクリレート樹脂を形成した場合において、、基体のアクリレート樹脂と接している表面近傍の領域に形成された屈性率変化層の屈折率を測定した結果を示している。横軸は、基体と基体表面上に形成したアクリレート樹脂とのSP値の差を示し、縦軸は、基体表面に形成された屈性率変化層の屈折率を示している。屈折率の測定にはプリズムカプラー(メトリコン社製、MODEL2010)を用いた。図3から、基体とアクリレート樹脂のSP値の差が0.8[cal/cm31/2以上であれば、屈折率はほぼ一定値になっていることが分かる。これは、溶解度パラメータ値の差が0.8[cal/cm31/2以上であれば、屈折率の変化が生じるほどアクリレート樹脂が基体へ浸透しておらず、実質的に相互作用が生じていないからであると考えられる。したがって、基体1を構成する第1光学材料の第1樹脂として、上述した樹脂を用いた場合でも、第2樹脂との溶解度パラメータ値との差が0.8[cal/cm31/2以上であれば、実質的に相互作用が生じず、回折効率の低下を抑制することができると考えられる。
光学調整層3を構成する第2樹脂として熱硬化性樹脂またはエネルギー線硬化性樹脂を用いる場合、原料となるモノマーやオリゴマーに熱やエネルギー線を供給することにより、重合反応を進行させ、第2樹脂を得る。このため、光学調整層3を形成する過程において、第2樹脂の原料となるモノマーやオリゴマーが基体1と接触する。したがって、この場合には、第2光学材料に含まれる第2樹脂、未硬化あるいは未重合状態にある第2樹脂の原料と第1光学材料の第1樹脂との溶解度パラメータ(SP)の差が0.8[cal/cm31/2以上であることが好ましい。
熱硬化性樹脂やエネルギー線硬化性樹脂は、極性を有する反応性官能基を持つ分子構造上、その溶解度パラメータを基体1から0.8[cal/cm31/2以上低い値とすることが困難である。したがって、熱硬化性樹脂やエネルギー線硬化性樹脂を光学調整層3の構成成分として使用する場合においては、基体1の溶解度パラメータより0.8[cal/cm31/2以上高い溶解度パラメータを有するものを使用することが特に好ましい。
本実施形態の回折光学素子によれば、基体を構成する第1光学材料に含まれる第1樹脂および光学調整層を構成する第2光学材料に含まれる第2樹脂はそれぞれベンゼン環を有している。このため、第1樹脂および第2樹脂のベンゼン環のπ電子の影響によって、ベンゼン環が相互に引き合う力が働き、光学調整層3が基体1の表面から剥離しにくくなる。また、第1樹脂の溶解度パラメータと第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm31/2以上であるため、光学調整層3の第2樹脂が基体1へ溶解し、回折格子2の形状が変形したり、屈折率変化層が生成したりするのが抑制される。
したがって、厳しい使用環境においても、光学調整層が基体から剥離することがなく、良好な密着状態を維持することが可能であり、信頼性が高く、軽量で優れた光学特性を有する回折光学素子が得られる。また、基体に樹脂を用いるため、成形性が比較的容易であり、また、金型の寿命を長くすることができる。よって、本実施形態の回折格子素子は量産性に優れる。このような特徴を本実施形態の回折光学素子は備えているため、例えば、環境温度変化や振動が大きい場所に設置される光学装置、より具体的には、屋外に設置される監視カメラや自動車の車載カメラなどの光学素子として好適に用いられる。
なお、本実施形態の回折光学素子101において、光学調整層3の表面に反射防止層を設けてもよい。反射防止層の材料としては、光学調整層3より小さい屈折率を有する材料であれば特に制限はない。例えば、樹脂または樹脂と無機粒子とのコンポジット材料のいずれか、あるいは真空蒸着等で形成された無機薄膜等を用いることができる。反射防止層としてのコンポジット材料に使用される無機物粒子としては、屈折率の小さいシリカ、アルミナ、酸化マグネシウム等が挙げられる。また、光学調整層3の表面にナノ構造の反射防止形状を形成してもよい。ナノ構造の反射防止形状は、例えば型による転写工法(ナノインプリント)で容易に形成することができる。また、光学調整層3または反射防止層の表面に、耐摩擦性、熱膨張性等の力学特性を調整する作用を有する表面層を別途形成してもよい。さらに、光学調整層3または反射防止層の表面に、耐摩擦性、熱膨張性等の力学特性を調整する作用を有する表面層を別途形成してもよい。
(第2の実施形態)
本発明による回折光学素子の第2の実施形態を説明する。図4は回折光学素子102の断面を模式的に示している。回折光学素子102は、光学調整層3’を構成する第2光学材料として、第2樹脂を含むマトリクス5に無機粒子4が分散したコンポジット材料を用いる点で第1の実施形態と異なる。
第2樹脂を含むマトリクス5に無機粒子4が分散したコンポジット材料を用いることにより、第2光学材料の屈折率およびアッベ数を調整することが可能となる。したがって、調整した適切な屈折率およびアッベ数を有する第2光学材料を光学調整層3’に用いることにより、回折光学素子102の波長帯域における回折効率を改善することができる。
また、屈折率の高い無機粒子4をマトリクス5に分散させることにより、樹脂単体では達成し得ない高い屈折率を第2光学材料は有することができる。このため、第1光学材料と第2光学材料との屈折率差を拡大することができ、式(1)から明らかなように、回折格子2の深さを低減することが可能となる。この結果、基体1を成形により作製する場合、回折格子2の転写性が改善する。また、回折格子2の段差を浅くできるため、段差の間隔を狭くしても転写が容易となる。したがって、回折格子2の狭ピッチ化による回折性能の向上を図ることができる。さらに、第2樹脂にも様々な物性を有する材料を使用することが可能となり、光学以外の特性と両立させることもより容易となる。
マトリクス5に含まれる第2樹脂は、第1の実施形態と同様、ベンゼン環を有している。また、基体1を構成する第1光学材料に含まれる第1樹脂と第2樹脂との溶解度パラメータ値の差は0.8[cal/cm31/2以上であることが好ましい。また、無機粒子を分散させるために、溶媒等を添加する場合には、添加する溶媒等と基体1を構成する第1光学材料に含まれる第1樹脂との溶解度パラメータ値の差も0.8[cal/cm31/2以上であることが好ましい。これにより、光学調整層3’が基体1から剥離することがなく、良好な密着状態を維持することが可能となり、かつ、光学調整層3’の第2樹脂が基体1へ溶解し、回折格子2の形状が変形したり、屈折率変化層が生成したりするのが抑制される。
一般に無機粒子4は樹脂より高屈折率であることが多い。このため、基体1に第1樹脂を含む第1光学材料を用い、光学調整層3’として、第2樹脂を含むマトリクスに無機粒子4が分散した第2光学材料を用いる場合、第2光学材料は、第1光学材料よりも高屈折率低波長分散性を示すように調整することが、無機粒子4として選択し得る材料が多くなるため好ましい。言い換えれば、第1光学材料は第2光学材料よりも低屈折率高波長分散性であることが好ましい。
コンポジット材料である第2光学材料の屈折率は、マトリクスに含まれる第2樹脂および無機粒子4の屈折率から、例えば下記式(2)にて表されるマックスウェル−ガーネット理論により推定できる。
式(2)において、nCOMλはある特定波長λにおける第2光学材料の平均屈折率であり、npλ、nmλはそれぞれこの波長λにおける無機粒子および第2樹脂の屈折率である。Pは、第2光学材料全体に対する無機粒子の体積比である。式(2)において、波長λとしてフラウンホーファーのD線(589.2nm)F線(486.1nm)C線(656.3nm)における屈折率をそれぞれ推定することにより、さらにコンポジット材料のアッベ数を推定することも可能である。逆にこの理論に基づく推定から、第2樹脂と無機粒子4との混合比を決めてもよい。
Figure 0004547467
なお、式(2)において、無機粒子4が光を吸収する場合や無機粒子4が金属を含む場合には、式(2)の屈折率を複素屈折率として計算する。式(2)はnpλ≧nmλの場合に成立する式であり、npλ<nmλの場合は以下の式(3)を用いて屈折率を推定する。
Figure 0004547467
上述したように、光学調整層3’としてコンポジット材料からなる第2光学材料を用いる場合、第2光学材料は第1光学材料よりも高い屈折率を有し、かつ、第1光学材料よりも低い波長分散性を有することが必要である。このため、第2樹脂に分散させる無機粒子4も、低波長分散性、すなわち高アッベ数の材料を主成分とすることが好ましい。特に第1樹脂としてベンゼン環を有するポリカーボネート系樹脂を使用する場合、無機粒子4としてはアッベ数が25以上の材料を主成分とすることが好ましい。例えば、酸化ジルコニウム(アッベ数:35)、酸化イットリウム(アッベ数:34)、酸化ランタン(アッベ数:35)、酸化ハフニウム(アッベ数32)、酸化スカンジウム(アッベ数:27)、アルミナ(アッベ数:76)およびシリカ(アッベ数:68)からなる群より選ばれる少なくとも1つの酸化物を主成分とすることが特に好ましい。また、これらの複合酸化物を用いてもよい。回折光学素子102が用いられる光の波長帯域において、式(1)を満たす限り、さらにこれらの無機粒子に加えて、例えば酸化チタンや酸化亜鉛等に代表される高屈折率を示す無機粒子等を共存させてもよい。
無機粒子4の実効粒径は、1nm以上100nm以下であることが好ましい。実効粒径が100nm以下であることにより、レイリー散乱による損失を低減させ、光学調整層3’の透明性を高くすることができる。また、実効粒径を1nm以上とすることにより、量子効果による発光等の影響を抑制することができる。第2光学材料は、必要に応じて、無機粒子の分散性を改善する分散剤や、重合開始剤、レベリング剤等の添加剤をさらに含んでいてもよい。
ここで実効粒径について図5を参照しながら説明する。図5において、横軸は無機物粒子の粒径を表し、左側の縦軸は横軸の粒径に対する無機粒子の頻度を示す。また、右側の縦軸は粒径の累積頻度を表している。実効粒径とは、無機物粒子全体のうち、その粒径頻度分布において、累積頻度が50%となる粒径を中心粒径(メジアン径:d50)とし、その中心粒径を中心として累積頻度が50%の範囲Aにある粒径範囲Bのことを指す。したがって、無機粒子4のこのように定義される実効粒径の範囲が1nm以上100nm以下の範囲内であることが好ましい。実効粒径の値を精度よく求めるためには、たとえば、200個以上の無機物粒子を測定することが好ましい。
光学調整層3’としてコンポジット材料からなる第2光学材料を用いた場合、回折格子2の段差を浅くすることができ、回折格子2を覆うように形成すべき光学調整層3’も薄くすることができる。これにより、無機粒子4による光学調整層3’内のレイリー散乱が減少し、光学的損失のより少ない回折光学素子22が実現できる。光学調整層3’を構成する第2光学材料としてコンポジット材料を用いる場合、図1に示す回折格子2の深さd(段差)を20μm以下とし、光学調整層3’の厚さtを、最も厚い部分において回折格子2の深さd以上200μm以下とすることが好ましく、深さd以上100μm以下とすることが特に好ましい。
なお、光学調整層3’として高屈折率低波長分散性のコンポジット材料からなる第2光学材料を用いる場合、基体1を構成する第1光学材料の第1樹脂は低屈折率高波長分散性を備えている必要がある。ベンゼン環を含むポリカーボネート系樹脂は、比較的低いアッベ数を有しており、屈折率の波長分散性を調整する上で適している。ただし、必要に応じて、第2光学材料との間で式(1)を満たすように、ポリカーボネート系樹脂と他の樹脂と共重合させたり、他の樹脂とのアロイ化をおこなったり、他の樹脂をブレンドしたものを第1光学材料として用いてもよい。また、第1光学材料は添加剤を含んでいてもよい。
また第2光学材料に含まれる第2樹脂についても、ベンゼン環を有しない樹脂とおよびベンゼン環を有する樹脂のアロイまたはブレンドによって構成してもよい。特に、ベンゼン環を有する上述した樹脂が、第2樹脂中に20重量%以上含まれていることが好ましい。
このように、本実施形態の回折光学素子によれば、第2光学材料として無機粒子が分散したコンポジット材料を用いる場合でも、基体を構成する第1光学材料に含まれる第1樹脂および第2光学材料に含まれる第2樹脂はそれぞれベンゼン環を有している。このため、第1の実施形態で説明したように、ベンゼン環が相互に引き合う力が働き、光学調整層が基体の表面から剥離しにくくなる。また、第1樹脂の溶解度パラメータと第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm31/2以上であるため、光学調整層の第2樹脂が基体へ溶解し、回折格子の形状が変形したり、屈折率変化層が生成したりするのが抑制される。
したがって、厳しい使用環境においても、光学調整層が基体から剥離することがなく、良好な密着状態を維持することが可能であり、信頼性が高く、軽量で優れた光学特性を有する回折光学素子が得られる。また、基体に樹脂を用いるため、成形性が比較的容易であり、また、金型の寿命を長くすることができる。よって、本実施形態の回折格子素子は量産性に優れる。
特に、光学調整層としてコンポジット材料を使用することにより、回折格子深さが低減され、加工が容易になる。回折格子深さが浅くなるほど、隣接する回折段差との距離を近づけることができる、即ち、狭ピッチ化できるため、高い回折効果をもたせることができる。これにより高性能な回折光学素子が実現できる。
なお、第1の実施形態と同様、本実施形態の回折光学素子102においても、光学調整層3’の表面に反射防止層を設けてもよい。
以下、本発明による回折光学素子を作製し、特性を評価した結果を具体的に説明する。
(実施例1)
図1(a)〜(c)に示す構造を備えた回折光学素子101を、次の方法により作製した。回折光学素子101はレンズ作用を有し、1次回折光を利用するように設計されている。この点は以下の実施例についても同様である。
まず、第1樹脂として、ビスフェノールA型ポリカーボネート樹脂(d線屈折率1.585、アッベ数28、SP値9.8[cal/cm31/2)を射出成形することにより、回折格子の根元の包絡面1sが非球面形状となるような、深さdが39μmの輪帯状回折格子2を片面に有する基体1を作製した。レンズ部有効半径は0.828mm、輪帯数は29本、最小輪帯ピッチ14μm、回折面の近軸R(曲率半径)は−1.0144mmである。用いたビスフェノールA型ポリカーボネート樹脂の構造を図2(1a)に示す。ビスフェノールA型ポリカーボネート樹脂1aはフェノール構造を有するポリカーボネートとも言える。
次に光学調整層3の第2樹脂の原料として、ビスアリールフルオレン骨格を有するエポキシアクリレート(SP値11.2[cal/cm31/2)を、パッド印刷機(ミシマ(株)製SPACE PADシステム)を使用して基体1の輪帯状回折格子2上の全面に塗布した。その後、紫外線を照射(照度120mW/cm2、積算光量4000mJ/cm2)して、ビスアリールフルオレン骨格を有するエポキシアクリレートを硬化させ、光学調整層3を形成した。なお、ビスアリールフルオレン骨格を有するエポキシアクリレートは、基体のビスフェノールA型ポリカーボネート樹脂と同じベンゼン環を有する。用いた、ビスアリールフルオレン骨格を有するエポキシアクリレートの構造を図6(b)に示す。
以上の工程によって作製した回折光学素子101の回折効率の測定を行った。白色光源とカラーフィルター(R:640nm、G:540nm、B:440nm)を用い、各波長の光線を回折光学素子に透過させた際の、各回折次数に対応する集光点における最大輝度を、超精密3次元測定装置(三鷹光器(株)製)を用いて測定し、以下の式より算出した。なお、以下の実施例ならびに比較例において、3次回折光以上の高次の回折光は検出されなかった。
Figure 0004547467
本実施例の回折光学素子101の1次回折効率は、全波長において87%以上であった。なお、1次回折効率が85%以上であれば、回折光学素子は高い集光性能を備えるといえる。
さらに、回折光学素子101を、光軸を通る断面にて切断し、基体1と光学調整層3の境界部分を光学顕微鏡で観察したところ、材料の相互作用による回折格子の変化や変質は観察されなかった。
また、温度変化による熱ストレスに対する耐性を評価するため、厳しい使用環境を想定した冷熱衝撃試験を実施した。具体的には、回折光学素子101を冷熱衝撃装置(エスペックエンジニアリング製、TSE−11−A)に入れ、−30℃から80℃の冷熱衝撃を各30分間、100サイクル実施したところ、基体1と光学調整層3の剥離は見られなかった。
(実施例2)
図4に示す構造を備えた回折光学素子102を、次の方法により作製した。
まず、実施例1に使用したビスフェノールA型ポリカーボネート樹脂(d線屈折率1.585、アッベ数28、SP値9.8[cal/cm31/2、図2(1a))を射出成形することにより、回折格子の根元の包絡面が非球面形状となるような、深さdが15μmの輪帯状回折格子2を片面に有する基体1を作製した。レンズ部有効半径は0.828mm、輪帯数は29本、最小輪帯ピッチ14μm、回折面の近軸R(曲率半径)は−1.0144mmである。
次に、光学調整層3’の原料となるコンポジット材料を次のように調製した。マトリクス5の第2樹脂として、ベンゼン環を持たないアクリレート樹脂A(ペンタエリスリトールアクリレート(図6(c))を主成分とするアクリレート樹脂、SP値11.5[cal/cm31/2)と、基体1と同じビスフェノールA構造およびベンゼン環を有するエポキシアクリレート樹脂D(SP値12.1[cal/cm31/2、図6(a))を重量比3:1の割合で混合したもの用いた。この混合物に、2−プロパノール(IPA、SP値11.5[cal/cm31/2)を溶媒として添加し、分散媒であるIPAを除いた全固形分中における重量比が56重量%となるように、実効粒径が6nmの酸化ジルコニウム(アッベ数:35)を混合物に分散させた。
このコンポジット材料の乾燥・硬化後の光学特性は、d線屈折率1.623、アッベ数43、波長400〜700nmにおける光線透過率90%以上(膜厚30μm)である。
このコンポジット材料を、基体1上にディスペンサーを用いて0.4μL滴下し、真空乾燥機にて乾燥(25℃、真空乾燥機の内圧1300Pa、3時間)させた後、金型(ステンレス系合金表面にニッケルめっき膜形成)に設置し、基体1の裏面(コンポジット材料を滴下した面と反対の面)から、紫外線照射(照度120mW/cm2、積算光量4000mJ/cm2)を実施してアクリレート樹脂を硬化させた後、金型から離型し光学調整層3’として形成した。なお、光学調整層3’の表面形状は、回折格子2の根元の包絡面形状に沿った非球面形状と一致するように形成した。また光学調整層3’の厚さtは、最も厚い部分(すなわち回折光学素子の最深部に対応する部分)にて30μmとなるように形成した。
本実施例の回折光学素子の1次回折効率を実施例1と同様の方法で算出したところ、全波長において、91.5%以上であった。
また、この回折光学素子を用いて、実施例1と同様の冷熱衝撃試験を行ったところ、基体1と光学調整層3の剥離は観察されなかった。
(実施例3)
実施例2と同じ構成の回折光学素子を、実施例2と同様の方法により作製した。実施例2と異なる点は、光学調整層の構成成分となる樹脂の割合を、樹脂A:樹脂D=4:1として作製した点である。
本実施例の回折光学素子の1次回折効率を実施例1と同様の方法で算出したところ、全波長において、91.6%以上であった。
さらに、本実施例の回折光学素子を、光軸を通る断面にて切断し、基体と光学調整層の境界部分を光学顕微鏡で観察したところ、材料の相互作用による回折格子の変化や変質は観察されなかった。また、この回折光学素子を用いて、実施例1と同様の冷熱衝撃試験を行ったところ、基体1と光学調整層3の剥離は観察されなかった。
(実施例4)
実施例2と同じ構成の回折光学素子を、実施例2と同様の方法により作製した。実施例2と異なる点は、光学調整層の構成成分となる樹脂の割合を、樹脂A:樹脂D=3:2として作製した点である。
本実施例の回折光学素子の1次回折効率を実施例1と同様の方法で算出したところ、全波長において、88.6%以上であった。
さらに、本実施例の回折光学素子を、光軸を通る断面にて切断し、基体と光学調整層の境界部分を光学顕微鏡で観察したところ、材料の相互作用による回折格子の変化や変質は観察されなかった。また、この回折光学素子を用いて、実施例1と同様の冷熱衝撃試験を行ったところ、基体1と光学調整層3の剥離は観察されなかった。
(比較例1)
比較例として、実施例2と同じ構造を備えた回折光学素子を、実施例2と同様の方法により作製した。実施例2と異なる点は、光学調整層の構成成分となる樹脂として、ベンゼン環を含まないペンタエリスリトールトリアクリレート(SP値11.5[cal/cm31/2)のみを用いて作製した点である。ペンタエリスリトールトリアクリレートの構造を図6(c)に示す。
本比較例の回折光学素子の1次回折効率を実施例1と同様の方法で算出したところ、全波長において、90.6%であり、回折光学素子として十分に使用可能な光学特性が得られた。
しかしながら、この回折光学素子を用いて、実施例1と同様の冷熱衝撃試験を行ったところ、基体1から光学調整層3が剥離していた。
(比較例2)
比較例として、実施例2と同じ構造を備えた回折光学素子を、実施例2と同様の方法により作製した。実施例2と異なる点は、光学調整層の構成成分となる樹脂として、基体1と同じ単位分子構造およびベンゼン環を有するビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物ジアクリレート(ライトアクリレートBP−4EA:共栄社化学(株)製、SP値10.2[cal/cm31/2)のみを用いて作製した点である。ただし、この樹脂と基体のポリカーボネートとの溶解度パラメータ値の差は0.2である。ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物ジアクリレートの構造を図6(d)に示す。
作製した回折光学素子を、光軸を通る断面にて切断し、基体と光学調整層の境界部分を光学顕微鏡で観察したところ、材料の相互作用により、図8に示すように回折格子形状の変形が観察された。回折格子形状の変形が顕著であったため、回折光が集光せず、回折効率については測定できなかった。
(比較例3)
比較例として、実施例2と同じ構成の回折光学素子を、実施例2と同様の方法により作製した。実施例2と異なる点は、光学調整層の構成成分となる樹脂としてベンゼン環を持たないアクリレート樹脂Aのみを用いて作製した点である。
作製した回折光学素子の1次回折効率を実施例1と同様の方法で算出したところ、全波長において、89%であり、回折光学素子として十分に使用可能な光学特性が得られた。
しかしながら、この回折光学素子を用いて、実施例1と同様の冷熱衝撃試験を行ったところ、基体1から光学調整層3が剥離していた。
表1に実施例および比較例に用いた第1樹脂および第2樹脂の特性、1次回折効率および冷熱衝撃試験の結果をまとめた。また、図6において、実施例および比較例で用いた第1樹脂および第2樹脂の構造中、ベンゼン環の部分を破線で囲って示している。
Figure 0004547467
表1に示すように、実施例1〜4では、基体および光学調整層に含まれる樹脂はベンゼン環を有しており、冷熱衝撃試験において、光学調整層の剥離は見られなかった。これは、2つの樹脂間において、ベンゼン環による相互作用がみられ、光学調整層と基体との間の密着性が向上しているからであると考えられる。
これに対し、比較例1、3では、光学調整層に含まれる樹脂がベンゼン環を有していないため、このような高い密着性が得られず、冷熱衝撃試験において光学調整層が剥離したものと考えられる。
また、実施例1〜4では、基体および光学調整層に含まれる樹脂の溶解度パラメータ値の差が0.8[cal/cm31/2以上であるため、高い1次回折効率が得られている。これに対し、比較例2では、基体および光学調整層に含まれる樹脂の溶解度パラメータ値の差が0.8[cal/cm31/2より小さいため、回折格子に変形が生じたと考えられる。
これらの結果から、基体を構成する第1光学材料に含まれる第1樹脂および第2光学材料に含まれる第2樹脂がそれぞれベンゼン環を有し、かつ、第1樹脂の溶解度パラメータと第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm31/2以上であることによって、厳しい使用環境においても、光学調整層が基体から剥離することがなく、優れた光学特性を有する回折光学素子が得られることが分かる。
本発明の回折光学素子は、例えばカメラのレンズ、空間ローパスフィルタ、偏光ホログラム等として好適に用いることができる。特に、環境温度変化や振動の激しい場所に設置される装置の光学素子として好適に用いられる。
1、101 基体
2、102 回折格子
3、3’、103 光学調整層
101a 屈折率変化層
101、102、111、112 回折光学素子

Claims (9)

  1. 第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面に回折格子を有する基体と、
    第2樹脂を含む第2光学材料からなり、前記回折格子を覆うように前記基体に設けられた光学調整層と、
    を備え、
    前記第1樹脂の溶解度パラメータと前記第2樹脂の溶解度パラメータとの差が0.8[cal/cm31/2以上であり、
    前記第1樹脂および前記第2樹脂はそれぞれベンゼン環を有する回折光学素子。
  2. 前記第2樹脂は熱硬化性樹脂またはエネルギー硬化性樹脂である請求項1に記載の回折光学素子。
  3. 前記第2樹脂はOH基を有する請求項2に記載の回折光学素子。
  4. 前記第1光学材料の屈折率は前記第2光学材料の屈折率より小さく、前記第1光学材料の屈折率の波長分散性は前記第2光学材料の屈折率の波長分散性より大きい請求項3に記載の回折光学素子。
  5. 前記第2光学材料はさらに無機粒子を含み、前記無機粒子が前記第2樹脂中に分散している請求項4に記載の回折光学素子。
  6. 前記無機粒子は、酸化ジルコニウム、酸化イットリウム、酸化ランタン、酸化ハフニウム、酸化スカンジウム、アルミナおよびシリカからなる群より選ばれる少なくとも1つを主成分として含む請求項5に記載の回折光学素子。
  7. 前記無機粒子の実効粒径は、1nm以上100nm以下である請求項6に記載の回折光学素子。
  8. 前記第1樹脂はビスフェノールA型ポリカーボネートであり、前記第2樹脂は単位分子構造の一部としてビスフェノールA構造を含む請求項6に記載の回折光学素子。
  9. 前記第1樹脂はフェノール構造を有するポリカーボネートであり、前記第2樹脂は単位分子構造の一部としてフェノール構造を含む請求項6に記載の回折光学素子。
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