JP2010102000A - 回折光学素子および回折光学素子の製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】基体および光学調整層を樹脂材料によって構成する場合において、基体と光学調整層との密着性を高め、生産性および長期信頼性に優れた回折光学素子およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の回折光学素子は、第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面を有する基体1であって、前記表面が、回折格子の設けられた第1領域と、前記第1領域の外側に位置し、凹凸形状が設けられた第2領域とを含む基体1と、第2樹脂を含む第2光学材料からなり、前記表面の第1領域および前記第2領域の少なくとも一部を覆うように前記基体に設けられた光学調整層2とを備える。
【選択図】図5

Description

本発明は回折光学素子に関し、異なる樹脂をそれぞれ含む2つ以上の部材によって構成される回折光学素子およびその製造方法に関する。
回折光学素子は、ガラスや樹脂等の光学材料からなる基体に光を回折させる回折格子が設けられた構造を備える。回折光学素子は、撮像装置や光学記録装置を含む種々の光学的機器の光学系に用いられており、例えば、特定次数の回折光を1点に集めるように設計されたレンズや、空間ローパスフィルタ、偏光ホログラム等が知られている。
回折光学素子は、光学系をコンパクトにできるという特長を有する。また、屈折とは逆に長波長の光ほど大きく回折することから、回折光学素子と屈折を利用する通常の光学素子とを組み合わせることにより、光学系の色収差や像面湾曲を改善することも可能である。
しかし、回折効率は理論的に光の波長に依存することから、特定の波長の光における回折効率が最適となるように回折光学素子を設計すると、その他の波長の光では回折効率が低下するという課題が生じる。例えば、カメラ用レンズ等白色光を利用する光学系に回折光学素子を用いる場合、この回折効率の波長依存性によって、色むらや不要次数光によるフレアが生じ、回折光学素子だけで適切な光学特性を有する光学系を構成するのは困難である。
このような課題に対して、特許文献1は、光学材料からなる基体の表面に回折格子を設け、基体と異なる光学材料からなる光学調整層で回折格子を覆うことによって、位相差型の回折光学素子を構成し、光学特性が所定の条件を満たすように2つの光学材料を選択することによって、設計した回折次数での回折効率を波長によらず高くする、つまり、回折効率の波長依存性を低減する方法を開示している。
回折光学素子を透過する光の波長をλとし、2種類の光学材料の波長λにおける屈折率をn1(λ)およびn2(λ)とし、回折格子の深さをdとした場合、下記式(1)を満たす場合、波長λの光に対する回折効率が100%となる。
Figure 2010102000
したがって、回折効率の波長依存性を低減するためには、使用する光の波長帯域内においてdがほぼ一定となるような波長依存性を持つ屈折率n1(λ)の光学材料と屈折率n2(λ)の光学材料とを組み合わせればよい。一般的には、屈折率が高く、波長分散の低い材料と屈折率が低く波長分散の高い材料とが組み合わされる。特許文献1は、基体となる第1光学材料としてガラスまたは樹脂を用い、第2光学材料として紫外線硬化樹脂を用いることを開示している。
特許文献2は、同様の構造を有する位相差型の回折光学素子において、第1光学材料としてガラスを用い、第2光学材料として、粘度が5000mPa・s以下のエネルギー硬化型樹脂を用いることにより、回折効率の波長依存性を低減して、色むらや不要次数光によるフレア発生等を有効に防止できることを開示している。
基体となる第1光学材料としてガラスを用いる場合、樹脂と比較して微細加工が難しいため、回折格子のピッチを狭くし、回折性能を向上させることが容易ではないため、光学素子の小型化を図りながら光学性能を高めることが困難である。また、ガラスの成形温度は樹脂より高温であるため、ガラスを成型するための金型の耐久性が樹脂を成形するための金型に比べて低く、生産性にも課題がある。
一方、基体となる第1光学材料として樹脂を用いる場合、回折格子の加工性および成形性の点でガラスより優れる。しかし、ガラスと比べて種々の値の屈折率を実現することが難しく、第1光学材料と第2光学材料との屈折率差が小さくなるため、式(1)から明らかなように、回折格子の深さdは大きくなる。
その結果、基体自体の加工性は優れるものの、回折格子を形成するための金型を深く加工したり、溝の先端を鋭利な形状に成形したりする必要があり、金型の加工が困難になる。また、回折格子が深くなるほど、基体および金型の少なくとも一方の加工上の制約から回折格子のピッチを大きくする必要がある。このため回折格子の数を増やすことができず、回折光学素子の設計上の制約が大きくなる。
このような課題を解決するため、本願の出願人は、特許文献3において、光学調整層として、マトリクス樹脂中に平均粒径1nm〜100nmの無機粒子を含んだコンポジット材料を用いることを提案している。このコンポジット材料は、分散させる無機粒子の材料や無機粒子の添加量によって屈折率およびアッベ数を制御でき、従来の樹脂にはない屈折率およびアッベ数を得ることができる。したがって、コンポジット材料を光学調整層に用いることにより、基体である第1の光学材料として樹脂を用いた場合の回折格子の設計自由度を高くして、成形性を向上させ、かつ優れた回折効率の波長特性を得ることができる。
特開平10−268116号公報 特開2001−249208号公報 国際公開第07/026597号パンフレット
本願発明者は、特許文献1から3に開示された位相差型の回折光学素子において、基体および光学調整層を樹脂材料によって構成する場合、樹脂材料の種類によっては、基体と光学調整層とが接する部分において、基体が膨潤したり溶解したりしてしまい、回折格子の形状が設計値からずれるという問題があることを見出した。また、このような基体の膨潤や溶解を抑制するために、基体および光学調整層を構成する樹脂材料として相互作用が小さいものを選択する必要があることを見出した。
しかし、基体および光学調整層を構成する樹脂材料として相互作用の小さいものを選択する場合、基体と光学調整層との密着性が不十分となり、光学調整層の一部が基体から浮き上がったり、剥離が発生したりする場合があることが分かった。このように、光学調整層と基体との間に空隙が生じると、回折格子近傍の幾何学的構造および光学的構造が変化し、設計した次数とは異なる次数の回折光(以下「不要回折光」と呼ぶ)が発生したり、迷光が発生したりし、回折光学素子の回折効率が低下する。また、このような光学調整層の浮き上がりや剥離が徐々に生じる場合、回折光学素子の長期信頼性が損なわれてしまう。
本発明は、このような従来技術の課題を解決するためになされたものであって、基体および光学調整層を樹脂材料によって構成する場合において、基体と光学調整層との密着性を高め、生産性および長期信頼性に優れた回折光学素子およびその製造方法を提供することを目的とする。
本発明の回折光学素子は、第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面を有する基体であって、前記表面が、回折格子の設けられた第1領域と、前記第1領域の外側に位置し、凹凸形状が設けられた第2領域とを含む基体と、第2樹脂を含む第2光学材料からなり、前記表面の第1の領域および前記第2領域の少なくとも一部を覆うように前記基体に設けられた光学調整層とを備える。
ある好ましい実施形態において、前記表面の第1領域はレンズ作用を有する曲面形状を有し、前記回折格子は前記曲面に設けられた同心円形状を有する。
ある好ましい実施形態において、前記第2領域は前記第1領域を囲んでおり、前記第2領域の凹凸形状は、前記回折格子の同心円形状の中心と一致する中心を備える同心円形状を有する。
ある好ましい実施形態において、前記第2領域の凹凸形状は、半径方向の断面が鋸歯形状を有する同心円形状の複数の凸部によって構成され、各凸部は、内側斜面と、前記内側斜面よりも前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して急峻である外側斜面とを有する。
ある好ましい実施形態において、前記外側斜面は、前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して略垂直である。
ある好ましい実施形態において、前記第2領域の凹凸形状は、半径方向の断面が鋸歯形状を有する複数の同心円形状の凸部によって構成され、前記複数の同心円形状の凸部は、
内側斜面および前記内側斜面よりも前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して急峻である外側斜面を有する第1凸部と、外側斜面および前記外側面よりも前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して急峻である内側斜面を有する第2凸部とを含む。
ある好ましい実施形態において、前記第1凸部の外側斜面および前記第2凸部の内側斜面は、前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対してそれぞれ略垂直である。
ある好ましい実施形態において、前記第2領域の凹凸形状は、半径方向の断面が矩形形状を有する複数の同心円形状の凸部によって構成されている。
ある好ましい実施形態において、前記光学調整層の外周端部が全周にわたって前記第2領域上に位置している。
ある好ましい実施形態において、前記基体の表面は、前記第2領域の外側に位置し平坦な表面部分を有する第3領域をさらに含む。
ある好ましい実施形態において、前記第1光学材料の屈折率は前記第2光学材料の屈折率より小さく、前記第1光学材料の屈折率の波長分散性は前記第2光学材料の屈折率の波長分散性より大きい。
ある好ましい実施形態において、前記第1樹脂および前記第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm3]1/2以上である。
ある好ましい実施形態において、前記第2光学材料はさらに無機粒子を含み、前記無機粒子が前記第2樹脂中に分散している。
ある好ましい実施形態において、前記第2樹脂はエネルギー硬化型樹脂である。
本発明の回折光学素子の製造方法は、第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面を有する基体であって、前記表面が、回折格子の設けられた第1領域と、前記第1領域の外側に位置し、凹凸形状が設けられた第2領域とを含む基体を用意する工程と、前記表面の第1の領域および少なくとも前記第2領域の一部を覆うように、前記基体上に第2樹脂の原料を含む第2光学材料の原料を配置する工程と、前記第2樹脂の原料を硬化させることにより、前記第2光学材料からなる光学調整層を形成する工程とを包含する。
ある好ましい実施形態において、前記基体を用意する工程において、前記基体の第2領域の凹凸形状を、前記凹凸形状に対応した形状が表面に形成された型を用い、成形により形成する。
ある好ましい実施形態において、前記基体を用意する工程において、前記基体の第2領域の凹凸形状を切削により形成する。
ある好ましい実施形態において、前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料の外周端部が全周にわたって前記第2領域上に位置するように前記第2光学材料の原料を配置する。
ある好ましい実施形態において、前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料を成形により、前記基体上に配置する。
ある好ましい実施形態において、前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料をパッド印刷により、前記基体上に配置する。
ある好ましい実施形態において、前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料をスクリーン印刷により、前記基体上に配置する。
本発明によれば、基体表面の回折格子が設けられた第1領域の外側に凹凸形状が設けられており、光学調整層が、回折格子および凹凸形状の少なくとも一部を覆うように基体表面に設けられている。このため、凹凸形状によって基体と光学調整層との接触面積が増大し、光学調整層を形成する際の樹脂の収縮や型からの離型による応力によって光学調整層の端部が基体から浮き上がったり剥離したりするのを防止することができ、製造時の不良を抑制でき、生産性を高めることができる。また、環境の変化や長期の使用により、光学調整層の端部が徐々に基体から浮き上がったり剥離したりするのを防止できるため、回折光学素子の長期信頼性を高めることができる。
本願発明者は、従来の回折光学素子において、基体および光学調整層の両方に樹脂を含む材料を用いることによって生じる基体の膨潤を詳細に検討した。以下、検討結果を説明する。
図1に示す従来の回折光学素子111は、表面に回折格子102が設けられた基体101と、回折格子102を覆うように設けられた光学調整層103を備えている。光学調整層103と基体101とが樹脂を含む光学材料によって形成されており、2つの光学材料の相互作用が強い場合、基体101と光学調整層103とが接する部分において、基体101が膨潤したり溶解したりすることによって、図1に示すように回折格子102の形状が崩れてしまう。回折格子102の形状が崩れると、所望の次数の回折光が十分な強度で得られなかったり、不要な回折光が生じたりする。
本願発明者は、回折格子102の形状に変化を生じていなくても、回折光学素子111に不要回折光が発生する場合があることを見出した。図2に示すように従来の回折光学素子112において、基体101の表面に設けられた回折格子102の形状が大きく変化しなくても、光学調整層103に含まれる樹脂が基体101の表面から浸透すると、樹脂の浸透した部分の基体101の屈折率が変化してしまい、図2に示すように、基体101と光学調整層103との界面に、屈折率が異なる層101a(以下「屈折率変化層」と呼ぶ)が形成されことを確認した。この屈折率変化層101aは光学顕微鏡によって確認が可能であり、屈折率変化層101aの厚さは約500nm〜5000nmであった。
このように、目視や光学顕微鏡による観察によって、回折格子102の形状変化や屈折率変化層101aの生成が確認できた場合には、回折光学素子111、112は設計通りの光学特性を示さないことが分かる。
また、本願発明者は、屈折率変化層が光学顕微鏡によって観察できないにもかかわらず、回折光学素子に不要回折光が発生し、1次回折効率が低下するという現象を見出した。この現象について詳細に検討するため、屈折率変化層が光学顕微鏡によって観察できないのに1次回折効率が低下した回折光学素子を分析した。分析には、屈折率を高精度に測定できるプリズムカプラー(メトリコン社製、MODEL2010)を用いて、光学調整層と接している部分の基体の屈折率を測定した。
その結果、光学調整層が樹脂から構成される系については、光学調整層と接している部分の基体の屈折率が、接していない部分よりも0.01程度上昇していることが分かった。一方、光学調整層がコンポジット材料から構成される系については、光学調整層が接している部分の基体の屈折率は、接していない部分よりも0.01程度低下していることが分かった。つまり、光学顕微鏡では観察できないレベルで基体に光学調整層の材料が浸透し、微少な屈折率変化を引き起こしていることがわかった。このような屈折率が変化した層の厚さは、光学顕微鏡で確認できないため、正確な厚さはわからないが、50nm〜500nm程度であると推定される。
この結果をもとに、基体101の屈折率変化により光学素子の不要回折光が発生するメカニズムを、図3を参照しながら具体的に説明する。
まず、図3(a)のように、基体101(屈折率N1)と光学調整層103(屈折率N2)にそれぞれ異なる樹脂を用いて1次回折光を利用する回折光学素子113を考える。本願発明者の検討によれば、光学調整層103を構成する樹脂が基体101へ浸透することにより、光学顕微鏡では確認できないが、樹脂が浸透することによって屈折率がわずかに変化した微小屈折率変化層101bが生成すると推定される。基体101および光学調整層103の屈折率がN1<N2の関係を満たしている場合、生成する微小屈折率変化層101bの屈折率N3は、N1<N3<N2の関係を満たす。
屈折率N1およびN2が使用する波長帯域内において式(1)を満たすように設計されている場合、界面に形成された微小屈折率変化層101bにより、回折格子を構成する段差の光学的距離の差つまり位相差が設計値より小さくなり、式(1)を満たさなくなる。この結果、使用する波長帯域内の光Bを入射させた場合の回折光学素子113の回折効率、つまり、1次回折光B1の出射効率が設計値より低くなる。この時、不要回折光として主に0次回折光B0が発生する。0次回折光B0は、1次回折光B1よりも焦点距離が長い。
一方、光学調整層として特許文献3に開示されるようなコンポジット材料を用いる場合も、コンポジット材料に含まれるマトリクス樹脂が基体へ浸透することにより、先述したような問題が生じる。図3(b)に示すように、基体101と、マトリクス材103に無機粒子104を分散させることによって構成された光学調整層103’とを用い、1次回折光を利用する回折光学素子114を考える。基体101および光学調整層103’の屈折率をそれぞれN1およびN2とし、マトリクス材103の屈折率をN4とする。この場合、先述したように、光学調整層103’のマトリクス材103のみが基体101へ浸透することにより、光学顕微鏡では確認できないが、樹脂が浸透したことによって屈折率がわずかに変化した微小屈折率変化層101cが生成すると推定される。
基体101、光学調整層103’およびマトリクス材103の屈折率が、N1<N2かつN4<N1の関係を満たしている場合、生成する微小屈折率変化層101cの屈折率N3は、N1>N3<N2の関係を満たす。ナノメートルオーダの無機粒子104は基体101へ移動することはできず、基体101よりも屈折率の小さいマトリクス材103が浸透することによって、微小屈折率変化層101cが生成するからである。
先述の場合と同様、屈折率N1およびN2が使用する波長帯域内において式(1)を満たすように設計されている場合、界面に形成された微小屈折率変化層101cにより、回折格子を構成する段差の光学的距離の差、つまり位相差が設計値より大きくなり、式(1)を満たさなくなる。この結果、使用する波長帯域内の光Bを入射させた場合の回折光学素子114の回折効率、つまり、1次回折光B1の出射効率が設計値より低くなる。この時、不要回折光として主に2次回折光B2が発生する。2次回折光B2は、1次回折光B1よりも焦点距離が短い。
通常の屈折現象のみを利用した光学系においては、図4に示すように、基体101と光学調整層103との間に微小屈折率変化層101dが生成したとしても、微小屈折率変化層101dと基体101との屈折率の差が0.01程度であれば、基体101から進入した光Cが、基体101と微小屈折率変化層101dとの界面で屈折する角度は小さい。また、微小屈折率変化層101dが薄ければ、屈折した角度で光Cが進む距離も短い。このため、微小屈折率変化層101dが生成した場合でも、光学調整層103へ入射する光Cの入射角度および入射位置は、微小屈折率変化層101dが生成しない場合とほとんど変わらず、光学性能への影響は無視し得るほど小さい。つまり、光学顕微鏡によって観察できない程度の微小屈折率変化層101dが生成してもその影響は無視し得る。
しかし、先述したように、回折光学素子の場合、光学顕微鏡によって観察できない程度の微小屈折率変化層であっても、回折の条件(1)を満たさなくなるため、微小屈折率変化層の生成は不要回折光の発生に直結する。この結果、設計次数における回折効率が大きく低下することになる。
特に、生産性の観点から光学調整層として紫外線硬化樹脂や熱硬化型樹脂を含む材料を使用する場合、光学調整層を形成する工程において、未硬化状態の樹脂、すなわちモノマーやオリゴマーが基体と接触する。モノマーやオリゴマーは硬化後の樹脂と比較して分子量が小さいことから、基体への反応性や浸透性が硬化後の樹脂と比較して大きくなる。つまり、先述した回折格子の変形や、屈折率変化層および微小屈折率変化層の生成に伴う回折効率の低下が発生しやすい。
また、光学調整層にコンポジット材料を用いる場合、無機粒子をマトリクス材中に均一に分散させたり、光学調整層を形成する工程における光学調整層の粘度を調整したりするため、光学調整層を形成する原料中に溶媒を添加することがある。このような溶媒は、光学調整層中の樹脂材料と同様、基体への溶解、および、溶媒の浸透による屈折率変化の原因となり、先述した問題の原因となる。
本願発明者はこのような問題を解決するため、基体および光学調整層を構成する樹脂の溶解度パラメータに着目し、以下において説明するように、溶解度パラメータの差が所定の値以上であれば、先述した回折格子の変形や、屈折率変化層および微小屈折率変化層の生成に伴う回折効率の低下を確実に防止することができることを見出した。これにより、特に、光学顕微鏡によっても確認ができない微小屈折率変化層の形成を確実に防止することができ、設計どおりの光学性能を有する回折光学素子を実現することができることが分かった。
しかし、基体および光学調整層を構成する樹脂の溶解度パラメータの差が所定の値以上である場合、2つの樹脂間の相互作用が小さくなるため、基体と光学調整層との密着性が低下する。
これは、たとえば、樹脂基体上に樹脂系材料を用いた塗膜を形成する場合、密着性が良好な材料系においては、両材料の界面付近の基体に、塗膜中の樹脂成分が厚さ方向に数μm程度浸透した層(以下、浸透層と呼ぶ)が形成されることからも理解される。このような浸透層では組成が連続的に変化し、分子間の絡み合いが密着性の向上に寄与しているものと考えられる。この浸透層は、光学的特性の観点から言えば、先述した屈折率変化層または微小屈折率変化層に該当する。したがって、回折光学素子において、それぞれが樹脂で構成される基体と光学調整層との密着性が良好である場合、先述した回折光学素子の回折効率が低下することになる。
光学樹脂層の浮き上がりや剥離は、基体と光学調整層との密着性が低い状態において、光学樹脂層に応力が生じるときに発生すると考えられる。応力の原因には複数考えられる。
第1の原因として、光学調整層に含まれる樹脂成分の硬化収縮が挙げられる。一般に、モノマーあるいはオリゴマーの重合により樹脂材料が形成される場合、モノマーあるいはオリゴマー中の重合性官能基中の反応点となる原子は、ファンデルワールス力等の分子間力により決定される距離を保っている。これらの反応点となる原子間で重合よる結合が生じると、原子間には共有結合が形成されるため、原子間距離は短くなる。このことにより、材料の体積は重合前より収縮する(硬化収縮)。
回折光学素子の光学調整層の形成においては、形状加工の容易性から、熱硬化型樹脂や紫外線などのエネルギー線硬化型樹脂(以下これらを総称してエネルギー硬化型樹脂と呼ぶ)を未硬化の状態で基体上に配置した後、硬化を行うことが考えられる。この場合、光学調整層の硬化時において、収縮による応力が中心部に向かう方向で発生する。この際、光学調整層の空気に面している表面においては、変形が規制されないため、収縮方向への変形によりこの応力が緩和される。しかし、基体に接している表面においては、基体によって変形が規制され応力緩和が起こりにくくなる。この結果、光学調整層の内部に、端部が持ち上げられる方向の応力が残留する。基体と光学調整層の密着力がこの残留応力より小さい場合には、光学調整層が基体からめくれ上がることにより、残留応力を解放する方向に作用する。
第2の原因として、型を用いた成形により光学調整層を形成する場合に、離型時に光学調整層にかかる応力が考えられる。形状を厳しく規定する必要のある光学調整層は成形により形成されることが一般的であり、離型時には、光学調整層と基体の界面に、界面に対して垂直方向の応力が発生する。光学調整層の原料と基体との濡れ性が低い場合や、粘度の高い光学調整層の原料を基体上で押し広げるように成形した場合、光学調整層の端部の基体との接触角は鈍角となる。この状態で離型により界面と垂直方向の応力が発生すると、応力のうち光学調整層と空気の界面と垂直に作用する成分が、光学調整層を基体からめくり上げるように作用する。ここで光学調整層の基体に対する密着力が小さいと、光学調整層の浮きや剥離が発生することになる。特に、型表面の汚染などの要因で離型性が低下した場合に、離型応力が増大し、浮きや剥離がより顕著に発生する。
第3の原因として、基体と光学調整層の熱膨張率差に伴い、温度変化時に両者の界面に発生する熱応力が挙げられる。特に、光学調整層の材料としてナノコンポジットを使用する場合、無機粒子の効果によってマトリクス樹脂より熱膨張率が低下するため、基体の樹脂材料の種類によっては熱膨張率差が拡大し、温度変化時の応力が増大して光学調整層の浮きや剥離がより発生しやすい傾向となることも考えられる。
また、水分や薬品の吸収によって、基体と光学調整層との体積変化に差異が発生するような材料系であれば、使用環境下において水分や薬品に接触した場合に界面に応力が発生し、光学調整層の浮きや剥離の原因となり得る。
このように、密着性の低い光学調整層が回折光学素子の有効領域上のみに形成されている場合、たとえ端部においてわずかな基体からの浮きや剥離が発生しても、収差や迷光等の発生による回折光学素子の特性低下を引き起こす。また、生産歩留まりの低下も問題となる。
本願発明は、このように基体と光学調整層との密着性が低い場合においても、光学調整層の浮き上がりおよび剥離を抑制する構造を備えた回折光学素子を提供する。
(第1の実施形態)
以下、本発明による回折光学素子の第1の実施形態を説明する。
図5は第1の実施形態である回折光学素子51の構造を示しており、図5の上部は断面構造を示し、図5の下部は平面構造を示している。図5に示すように、回折光学素子51は、基体1と光学調整層2とを含む。
基体1は、第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面1aを有する。図5に示すように、基体1の表面1aは第1領域5、第2領域7および第3領域8を含む。基体1の表面1aの第1領域5には回折格子4が設けられている。光学調整層2は、第2樹脂を含む第2光学材料からなり、基体1の表面1aの第1領域5と、第2領域7の少なくとも一部とを覆うように設けられている。以下、基体1および光学調整層2の構造を詳細に説明する。
まず基体1の構造を説明する。先述したように基体1の表面1aの第1領域5には、回折格子4が設けられている。本実施形態では、基体1の表面1aは、第1領域5においてレンズ作用を有する曲面を備えており、この曲面に、同心円形状を有する回折格子4が設けられている。
回折格子4の半径方向の断面における形状は、矩形、鋸歯状、段差状、曲面形状、フラクタル形状、ランダム形状等が一例として挙げられるが、特に限定されるものではない。回折格子形状の配置パターンならびに配置ピッチも、回折光学素子51に要求される特性を満たすものであれば特に限定されない。
本実施形態では、回折格子4は、鋸歯状の断面を有し、大きさの異なる複数のリング状凸部が同心円状に配置されることによって構成されている。複数のリング状凸部のピッチは、中心から周辺に向かって段階的に小さくなっている。
回折格子形状の溝を通る包絡面、つまり、第1領域5における表面1aは、球面形状、非球面形状、(シリンドリカル形状)等の形状であることが好ましい。特に包絡面が非球面形状を有する場合、球面形状の場合に補正できなかったレンズ収差を補正することが可能になるので好ましい。「非球面形状」の面とは、下記式(2)を満足する曲面である。
Figure 2010102000
ここで、式(2)は、X−Y平面に垂直なZ軸の周りに回転させた場合の非球面を表す式であって、cは中心曲率、A、B、C、Dは2次曲面からのずれを表す係数である。また、Kの値によって、以下のような非球面となる。
0>Kの場合、短径を光軸とする楕円面
−1<K<0の場合、長軸を光軸とする楕円面
K=−1の場合、放物面
K<−1の場合、双曲面
基体1の表面1aと反対側の表面1bは平坦であり、回折格子の同心円形状の中心と一致する中心を有する非球面形状の非球面形状1cが設けられている。非球面形状1cは、屈折により光路を規定する機能を有し、その形状は回折光学素子51を含む光学系全体の設計に応じて決定される。本実施形態では図5に示すように、非球面形状1cは凹形状である。しかし、光学系における回折光学素子51に求められる機能に応じて、非球面形状1cは凸形状あるいは平面形状であってもよい。
基体1の表面1aの第2領域7は、第1領域5の外側に位置しており、第2領域7には凹凸形状6が設けられている。凹凸形状6は、基体1上に形成される光学調整層2との密着性向上に寄与する。
先述したように、一般にモノマーあるいはオリゴマーの重合により樹脂材料が形成される際、重合反応に伴い重合性官能基中の反応点となる原子間の距離が短くなるため、材料の体積が重合前より収縮する硬化収縮現象が発生する。硬化収縮の大きさは樹脂の重合性官能基の構造や骨格構造、重合反応のメカニズム等に依存する。例えばラジカル重合性の紫外線硬化型樹脂であれば、一般的に5〜20%程度の体積収縮率を示す。
光学調整層2としてエネルギー硬化型樹脂を含む材料を使用し、基体1上に配置した状態で硬化反応を行わせた場合、光学調整層2の内部には、中心方向への応力が発生する。この際、光学調整層2の空気に面している表面と基体1に面している表面において、変形の自由度に伴う応力の緩和度合が異なることから、光学調整層2の内部には外周端部が持ち上げられる方向の応力が残留する。
このような応力に抗して光学調整層2と基体1との密着性を維持するために、凹凸形状6は、凹凸によって基体1と光学調整層2との接触面積を増大させる。これにより、基体1と光学調整層2とが接触する界面の面積が増大し、摩擦による密着力を向上させることができる。
好ましくは、第2領域7は第1領域5を囲んでおり、第2領域7の凹凸形状6は、回折格子4の同心円形状の中心と一致する中心を有する同心円形状を有している。図6(a)、(b)は凹凸形状6の断面の一部を拡大して示している。図6(a)、(b)に示すように、凹凸形状6は、半径方向の断面が鋸歯形状を有する同心円形状の複数のリング状凸部9によって構成される、各凸部9は、内側斜面9aと、外側斜面9bとを有し、内側斜面9aよりも外側斜面9bの方が表面1aに対して急峻である。より好ましくは、外側斜面9bと表面1aとのなす角度θは略直角、具体的には70度以上100度以下である。このような外側斜面9bを有する凹凸形状6を備えることによって、光学調整層2内部に残留した応力F1が、凹凸形状6の各々の凸部9の外側斜面9bに対して垂直に近い角度で作用する。このため、光学調整層2が凹凸形状6を締め付けるように応力F1が基体1に作用することになり、基体1との密着性がさらに向上する。凹凸形状6を成形によって形成する場合、離型が容易となるという効果も得られる。
また、図6(a)、(b)に示すように、光学調整層2の端部2eが、第2領域7の凹凸形状6に位置していることが好ましい。より具体的には、図6(b)に示すように光学調整層2の端部2eが、凹凸形状6の各凸部9の内側斜面9aまたは、図6(a)に示すように、外側斜面9b上に位置していることが好ましい。
高粘度および/または基体1との濡れ性が低い材料の成形により光学調整層2を形成する場合、第2領域7が平坦であれば、光学調整層2の外周端部における基体1との接触角が鈍角となり、光学調整層2を形成する型の離型時の応力が光学調整層2を剥離させる方向とほぼ一致する方向に作用する。これに対して、光学調整層2の端部2eが、第2領域7の凹凸形状6に位置していれば、図6(a)、(b)に示すように、光学調整層2を剥離させる方向F2は、光学調整層2を形成する型の離型時の応力の方向である基体1の表面1aと垂直な方向と異なる。このため、離型時の応力のうち光学調整層2を剥離させる方向の成分が減少し、離型時における光学調整層2の浮きや剥離を抑制することができる。
第2領域7は大きいほど基体1と光学調整層2との接触面積が増えるため好ましい。しかし、第2領域7が大きすぎると、回折光学素子51全体が大きくなってしまい、樹脂系材料を利用することによる小型化のメリットが失われてしまうとともに、基体1上に配置する光学調整層2の材料の必要量も多くなってしまう。したがって、凹凸形状6を回折格子形状と同心円状に形成する場合は、第2領域7の最外周における直径は、第1領域5の直径の3倍以内であることが好ましい。
凹凸形状6は、凹部と凸部との差、つまり凹凸形状6が深いほど、基体1と光学調整層2との接触面積が増えるため好ましい。凹部と凸部との差が小さい場合、界面の面積の増加量が小さく、また、端面にて光学調整層2を締め付ける力を受ける端面の面積も小さくなるため、密着性を向上させる効果が不十分となる。一方、凹部と凸部との差が大きすぎる場合、凹凸形状6を埋めるために必要な多くの光学調整層2の材料が必要となり、材料コストが増大する。また、光学調整層2の形成時に凹凸形状6の凹部に気泡が噛み込まれ、基体1との密着面積が減少する可能性がある。さらに、基体1への凹凸形状6の加工も難しくなる上、第2領域7の厚みに対して凹凸形状6が深くなりすぎると、第2領域7の強度が低下する可能性がある。これらのことから、凹凸形状6の深さ、つまり凹部と凸部との差は1μm以上であり、回折格子4上における光学調整層2の最大厚みの95%以下であることが好ましい。
凹凸形状6を同心円状に形成する場合、リング状凸部9の数が多いほど基体1と光学調整層2との接触面積が増えるため好ましい。ただし、リング状凸部9の数を多くするためにピッチが小さくなりすぎると、基体1への凹凸形状6の加工、あるいは基体を成形する金型への凹凸形状6に相当する形状の加工が困難となる。このため、凹凸形状6のアスペクト比(=深さ/ピッチ)は1.5以下とすることが好ましい。
凹凸形状6の深さおよびピッチを、第1領域5に形成した回折格子4のうち最外周の形状と同程度に設定すれば、基体1を射出成形等の成形法にて形成する場合に、凹凸形状6に相当する形状の金型への加工が容易となる。
基体1は、表面1aの第2領域7のさらに外側に第3領域8を備えていてもよい。この場合、第3領域8は平坦であることが好ましい。第3領域8を設けることによって、回折光学素子51をモジュールに実装する際、第3領域8を実装のための保持部として使用することができる。また、第3領域8を、モジュールの構成部品間の実装精度を確保したり、フォーカス位置の調整を行うための基準面として使用してもよい。
第3領域8を実装時の基準面として使用する場合、第3領域8の表面粗さRaは1.6μm以下とすることが好ましい。第3領域8の形状ならびに大きさは、回折光学素子51が組み込まれるモジュールや機器によって要求される要件等により適宜決定されるものであり、本発明において特に限定されるものではない。
基体1は、先述したように第1樹脂を含む第1光学材料からなる。第1光学材料として樹脂を含む材料を使用するのは、レンズの生産において最も生産性が期待できる金型成形を考えた場合、ガラスを含む材料においては、金型の耐久性が樹脂を含む材料の1/10以下であり、回折格子形状を有する基体1の製造が容易ではないのに対して、樹脂を含む材料は、射出成形等の量産性の高い製造方法を適用することができるからである。また、樹脂を含む材料は金型成形や他の加工法により微細加工を実施することが容易であるため、回折格子4のピッチを小さくすることによって回折光学素子51の性能を向上させたり回折光学素子51の小型化が実現できる。さらに、回折光学素子51の軽量化を図ることも可能である。
第1樹脂としては、光学素子の材料として一般に使用される透光性の樹脂材料の中から、回折光学素子51の設計次数での回折効率の波長依存性を低減可能な屈折率特性と波長分散性を有し、かつ光学調整層2の原料中に含まれる樹脂原料(モノマまたはオリゴマ)および/または溶媒に浸食されることなく透光性、屈折率特性を保つことができ、かつ、回折格子形状を保つことのできる材料を選択することができる。
例えば、ポリカーボネート系樹脂(例えば、帝人化成社製“パンライト”、SABICイノベーティブプラスチックス社製“レキサン”“ザイレックス”等)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、脂環式アクリル樹脂等のアクリル系樹脂、脂環式オレフィン樹脂(例えば、日本ゼオン社製“ZEONEX”、三井化学社製“アペル”等)、ポリエステル系樹脂(例えば、大阪ガスケミカル社製“OKP4”等)等の中から適宜選択することができる。また、これらの樹脂に対し、成形性や機械特性等を向上させる目的で他の樹脂を添加した共重合体樹脂や、ポリマーアロイ、ブレンドポリマーを用いてもよい。
さらに、これらの樹脂中に、屈折率等の光学特性や、熱膨張性等の力学特性を調整するための無機粒子や、特定の波長領域の電磁波を吸収する染料や顔料等の添加剤を必要に応じて添加してもよい。
次に光学調整層2について詳細に説明する。光学調整層3は先述したとおり、回折光学素子51における回折効率の波長依存性を低減するために設けられる。表面の少なくとも一方に回折格子形状を形成した基体1に光学調整層2を形成し、位相型回折格子を構成する場合、ある波長λにおいてレンズの1次回折効率が100%となる回折格子深さdは式(1)により与えられる。式(1)の右辺がある波長領域においてほぼ一定値になれば、その波長領域内において1次回折効率の波長依存性がなくなる。そのためには、基体1を構成する第1光学材料と光学調整層2を構成する第2の光学材料を低屈折率・高波長分散性材料と高屈折率・低波長分散性材料との組み合わせにより構成すればよい。
たとえば、第1光学材料における屈折率の波長依存性と逆の傾向を示す屈折率の波長依存性を有する材料を第2の光学材料として選択すればよい。より具体的には、回折光学素子51を使用する光の波長範囲において、第1光学材料の屈折率は第2光学材料の屈折率より小さく、かつ、第1光学材料の屈折率の波長分散性は第2光学材料の屈折率の波長分散性より大きい。つまり、第1光学材料は第2光学材料よりも低屈折率高分散材料である必要がある。
屈折率の波長分散性は、たとえば、アッベ数によって表わされる。アッベ数が大きいほど屈折率の波長分散性は小さい。したがって、第1光学材料の屈折率は第2光学材料の屈折率より小さく、かつ、第1光学材料のアッベ数は第2光学材料のアッベ数よりも小さいことが必要である。
特に、波長400〜700nmの可視光の全領域において、式(1)における回折格子深さdがほぼ一定値となるような第1光学材料および第2光学材料の組合せを用いることによって、1次回折効率が可視光領域において波長に依存しない回折光学素子51が実現する。このような回折光学素子51を、例えばレンズとして撮像用途に適用すると、フレア等の発生が抑制されるため、結果として画質の向上が可能となる。
光学調整層2は、基体1の第1領域5上に形成された回折格子4による凹凸を完全に埋め込んで平滑な表面形状を形成していれば、光学特性上は問題ない。この場合、光学調整層2の膜厚は最も厚い部分で回折格子深さdと一致し、最も薄い部分では0となる。実際には、形成プロセス条件に裕度を与える観点から、最も厚い部分での光学調整層2の膜厚は回折格子4の深さdより大きくなるのが通常である。ただし、光学調整層2の膜厚が増大すると、レンズとして使用した場合にコマ収差等が増大するとともに、光学調整層2の形成時における樹脂の硬化収縮の影響が増大して表面形状の制御が困難となり、集光特性が低下する。また光学調整層2をコンポジット材料で形成する場合、膜厚の増加に伴い無機物粒子による散乱が増大し、透光性が低下する。以上の観点から、光学調整層2の膜厚は、最も厚い部分で、回折格子深さd以上200μm以下であることが好ましく、特に回折格子深さd以上100μm以下であることがより好ましい。光学調整層2の材料としてナノコンポジット材料を使用すると、樹脂を単独で使用する場合より基体1との屈折率差を拡大することができるため、式(1)から明らかなように、回折格子深さdを小さくすることができる。この結果、光学調整層2として必要な膜厚も小さくなり、透光性が改善される。
光学調整層2の基体1と反対側の面は、回折格子4の溝を通る包絡面、つまり、基体1の第1領域5における表面1aのレンズ作用を有する曲面とほぼ同じ形状を有するように形成されることが好ましい。これにより、屈折作用と回折作用の組み合わせにより色収差や像面湾曲等がバランスよく改善され、MTF特性が向上した高い撮像性能を有するレンズを得ることが可能となる。
光学調整層2は、先述したように、光学調整層2が基体1からの浮き上がりや剥離を抑制するため、基体1の第2領域7の少なくとも一部を覆うように形成されている。より好ましくは、光学調整層2の外周端部が全周にわたって第2領域7に位置しており、凹凸形状6のうちの少なくとも最内周の形状を埋めている。このように光学調整層2を形成することにより、先述したように、基体1の第2領域7に形成された凹凸形状6による界面面積の増大、凸部9の外側斜面9bでの締め付け力の発生、接触角の低減といった作用を発現させることができる。光学調整層2の外周端部2eは、基体1の第3領域8にまで到達していないことが好ましい。第3領域8上に光学調整層2の外周端部2eが達している場合、外周端部2eは、先述した効果を発揮する凹凸形状6と接していないため、この部分から光学調整層2の剥離や浮きが発生する可能性がある。
光学調整層2は、第2樹脂を含む第2光学材料からなる。第2光学材料は先述したように式(1)を満たしうるための屈折率特性を有するものの中から、基体非浸食性、形状制御性、プロセスにおける取扱い性、耐環境性等の特性を考慮して選択される。
先述したように、回折光学素子51が設計どおりの良好な光学特性を発揮するためには、光学調整層51の第2光学材料と基体1の第1光学材料との相互作用を小さくする必要がある。このために、第2光学材料に含まれる第2樹脂の未硬化の状態での溶解度パラメータ(SP値)が、第1光学材料に含まれる第1樹脂の溶解度パラメータと0.8[cal/cm31/2以上離れていることが好ましい。
溶解度パラメータは、正則溶液理論における凝集エネルギー密度の平方根であり、ある物質の溶解度パラメータδは、モル体積Vと1モルあたりの凝集エネルギーΔEを用いて
、以下の式により定義される。
δ=(ΔE/V)1/2
溶解度パラメータは物質の分子間力の指標であり、溶解度パラメータが近い物質ほど親和性が高い。溶解度パラメータには、さまざまな導出方法が存在するが、例えばFedorsらによる分子構造式から計算する方法により求めた値等を用いることができる。本願明細書で用いる溶解度パラメータはこの分子構造式から計算する方法により求めた値である。溶解度パラメータが高くなる構造としては、OH基、アミド結合等高極性の官能基が挙げられる。一方、溶解度パラメータが低くなる構造としては、フッ素原子、炭化水素基、シロキサン結合等が挙げられる。
基体1の第1樹脂と、光学調整層2の第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm31/2より小さい場合、両者の親和性が高いため、光学調整層2の第2樹脂が基体1へ浸透したり、さらに親和性が高い場合には基体1を溶解したりする現象が発生する。この結果、先述のように、得られる回折光学素子51の設計次数における回折効率が低下する。一方、基体1の第1樹脂と光学調整層2の第2樹脂の溶解度パラメータの差が極端に大きいと、基体1と光学調整層2の親和性が悪く密着性が非常に低下する。その結果、基体1の第2領域7の表面に形成した凹凸形状6に外周端部2eが位置するように光学調整層2を形成しても、密着性を確保できなくなる。以上のことから、基体1の第1樹脂と、光学調整層2の第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm31/2以上2.5[cal/cm31/2以下の範囲内にあることがより好ましい。
光学調整層2の第2樹脂として特に制限はないが、例えば、ポリメタクリル酸メチル、アクリレート、メタクリレート、ウレタンアクリレート、エポキシアクリレート、ポリエステルアクリレート等の(メタ)アクリル樹脂;エポキシ樹脂;オキセタン樹脂;エン−チオール樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートおよびポリカプロラクトン等のポリエステル樹脂;ポリスチレン等のポリスチレン樹脂;ポリプロピレン等のオレフィン樹脂;ナイロン等のポリアミド樹脂;ポリイミドやポリエーテルイミド等のポリイミド樹脂;ポリビニルアルコール;ブチラール樹脂;酢酸ビニル樹脂;脂環式ポリオレフィン樹脂等を用いることができる。また、これらの樹脂(高分子)の混合体や共重合体を用いてもよいし、これらの樹脂を変性したものを用いてもよい。この場合、第1樹脂の溶解度パラメータは、2以上の樹脂の混合比率に基づいて計算される。
これらの中でも特に、光学調整層2の形成工程が簡易となることから、熱硬化型樹脂、エネルギー線硬化型樹脂などのエネルギー硬化型樹脂を用いることが好ましい。具体的には、アクリレート樹脂、メタクリレート樹脂、エポキシ樹脂、オキセタン樹脂、エン−チオール樹脂等が挙げられる。
分子構造上、異なる樹脂材料であっても屈折率およびその波長分散は大きく変化することはなく、ガラスに比べて、屈折率およびその波長分散が大きく異なる樹脂材料を選択することが難しい。つまり、式(1)を満たす第1樹脂を含む第1光学材料および第2樹脂を含む第2光学材料の組み合わせの数は少ない。このため、光学特性を優先して第1樹脂および第2樹脂を選定すると、機械特性や耐環境性、プロセスにおける取扱い性等において問題が生じることがある。
このような問題は、図5に示すようにマトリクスとなる樹脂に無機粒子2aを分散させたコンポジット材料を光学調整層2の第2光学材料として用いることにより解決する。つまり、樹脂に分散させる無機粒子の種類や量、大きさによって、第2光学材料の屈折率およびアッベ数を微調整することが可能となり、式(1)を満たす第1光学材料および第2光学材料の組み合わせの候補を増やすことができる。また、第1光学材料および第2光学材料がより高い精度で式(1)を満たすようにできるため、回折光学素子51の回折効率をより向上させることができる。さらに、樹脂としても様々な物性を有する材料を使用することが可能となり、光学特性と機械特性や耐環境性、プロセスにおける取扱い性との両方を満足する第2光学材料の選択の幅が広くなる。
このようなコンポジット材料を第1光学材料および第2光学材料のいずれに使用してもよい。しかし、回折格子形状の成形性や、散乱や吸収等による透過率への影響を考慮すると、第1光学材料としてコンポジット材料を用いる場合には、第1樹脂に分散させる無機粒子の添加量を第2光学材料に比べてあまり多くすることはできない。
コンポジット材料を第2光学材料に使用する場合もマトリクスとなる第2樹脂の未硬化の状態での溶解度パラメータは、基体1の第1光学材料の第1樹脂の溶解度パラメータと0.8[cal/cm31/2以上離れていることが好ましい。先述した第2樹脂として用いることのできる樹脂の中から、無機粒子の分散性や光学調整層に要求される物性や耐環境性、プロセスにおける取扱い性等を満たす材料を選定すればよい。
基体1に第1樹脂を含む第1光学材料を用い、光学調整層2として、コンポジット材料を第2光学材料として用いる場合、一般に無機粒子は樹脂より高屈折率であることが多い。このため、コンポジット材料は高屈折率低波長分散性を示すよう調整することが、無機粒子、第1樹脂および第2樹脂として選択し得る材料が多くなるため好ましい。
コンポジット材料によって構成される第2光学材料の屈折率は、マトリクスとなる第2樹脂および無機粒子の屈折率から、例えば下記式(3)にて表されるマックスウェル−ガーネット理論により推定できる。式(3)よりのd線(587.6nm)F線(486.1nm)C線(656.3nm)における屈折率をそれぞれ推定することにより、さらにコンポジット材料のアッベ数を推定することも可能である。逆にこの理論に基づく推定から、マトリクスとなる第2樹脂と無機粒子との混合比を決定してもよい。
Figure 2010102000
なお、式(3)において、nCOMλはある特定波長λにおけるコンポジット材料の平均屈折率であり、n、nはそれぞれこの波長λにおける無機粒子およびマトリクスとなる第2樹脂の屈折率である。Pは、コンポジット材料全体に対する無機粒子の体積比である。無機粒子が光を吸収する場合や無機粒子が金属を含む場合には、式(3)の屈折率を複素屈折率として計算する。式(3)はn≧nの場合に成立する式であり、n<nの場合は以下の式(4)を用いて屈折率を推定する。
Figure 2010102000
先述したとおり、光学調整層2の第2光学材料としてコンポジット材料を使用する場合、コンポジット材料には高屈折率かつ低波長分散性が要求される。そこで、コンポジット材料中に分散させる無機粒子についても、低波長分散性、すなわち高アッベ数の材料を主成分とすることが好ましい。例えば、酸化ジルコニウム(アッベ数:35)、酸化イットリウム(アッベ数:34)、酸化ランタン(アッベ数:35)、アルミナ(アッベ数:76)およびシリカ(アッベ数:68)、酸化ハフニウム(アッベ数:32)、YAG(アッベ数:52)および酸化スカンジウム(アッベ数:27)からなる群より選ばれる少なくとも1つの酸化物を主成分とすることができる。また、これらの複合酸化物を用いてもよい。さらにこれらの無機粒子に加えて、例えば酸化チタンや酸化亜鉛等に代表される高屈折率を示す無機粒子等を共存させても、コンポジット材料である第2光学材料の屈折率が使用する波長領域において式(1)を満たしていれば差し支えない。
コンポジット材料中における無機粒子の実効粒径は、1nm以上100nm以下であることが好ましい。実効粒径が100nm以下であれば、レイリー散乱による損失を低減させ、光学調整層2の透明性を高くすることができる。また、実効粒径が1nm以上であれば、量子効果による発光等の影響を抑制することができる。コンポジット材料中には、必要に応じて、無機粒子の分散性を改善する分散剤や、重合開始剤、レベリング剤等の添加剤を含有してもよい。
ここで実効粒径について図7を参照しながら説明する。図7において、横軸は無機粒子の粒径を表し、左側の縦軸は横軸の粒径に対する無機粒子の頻度を示す。また、右側の縦軸は粒径の累積頻度を表している。実効粒径とは、無機粒子全体のうち、その粒径頻度分布において、累積頻度が50%となる粒径を中心粒径(メジアン径:d50)とし、その中心粒径を中心として累積頻度が50%の範囲Aにある粒径範囲Bのことを指す。したがって、無機粒子のこのように定義される実効粒径の範囲が1nm以上100nm以下の範囲内であることが好ましい。実効粒径の値を精度よく求めるためには、たとえば、200個以上の無機粒子を測定することが好ましい。
コンポジット材料を第2光学材料として用いて光学調整層2を形成する場合、形成プロセス内においては溶媒を共存させても良い。コンポジット材料に含まれる溶媒は、無機粒子を第2樹脂中で分散させやすくしたり、粘度を調整して気泡なく光学調整層2を形成したりするために使用される。
コンポジット材料に含まれる溶媒は乾燥により除去され、最終的に形成される光学調整層2内には実質的に残存しないため、基体1との接触時間が未硬化樹脂よりも短く、相互作用の影響は第2樹脂よりも小さいと考えられる。しかし、基体1の第1樹脂への溶媒の浸食を防止するため、第1樹脂の溶解度パラメータより0.8[cal/cm31/2以上離れた溶解度パラメータを有する溶媒を使用することが好ましい。このような溶媒の中から、無機粒子の分散性、コンポジット材料のマトリクスとなる樹脂の溶解性、プロセスにおける取扱い性(基体への濡れ性、乾燥の容易性(沸点、蒸気圧)等)等、必要とされる特性を満たすものを選定すればよい。例えば第1樹脂としてポリカーボネート(SP値:9.8)を使用する場合、メタノール(SP値:14.5)、エタノール(SP値:12.7)、2−プロパノール(SP値:11.5)、1−プロパノール(SP値:11.9)、1−ブタノール(SP値:11.4)等に代表されるアルコール系溶媒、エチレングリコール(SP値:14.6)、メチルセロソルブ(SP値:11.4)等に代表されるグリコール系溶媒、水(SP値:23.4)等をコンポジット材料である第2光学樹脂に添加する溶媒として使用することができる。
以上のように構成される本実施形態の回折光学素子によれば、基体表面の回折格子が設けられた第1領域の外側に凹凸形状が設けられており、光学調整層が、回折格子および凹凸形状の少なくとも一部を覆うように基体表面に設けられている。このため、凹凸形状によって基体と光学調整層との接触面積が増大し、光学調整層を形成する際の樹脂の収縮や型からの離型による応力によって光学調整層の端部が基体から浮き上がったり剥離したりするのを防止することができ、製造時の不良を抑制でき、生産性を高めることができる。また、環境の変化や長期の使用により、光学調整層の端部が徐々に基体から浮き上がったり剥離したりするのを防止できるため、回折光学素子の長期信頼性を高めることができる。
また、光学調整層および基体を構成する光学材料として、相互作用の小さい樹脂をそれぞれ含む光学材料を選択し得るため、光学調整層の基体への浸透による回折格子の変形や基体の屈折率の変動が抑制され、所望の高い回折効率ならびに集光特性を達成し得る回折光学素子を得ることができる。また、樹脂材料を用いることによって、型を用いて基体を成形する場合における型の寿命を長くすることができ、生産性を高めることができる。
なお、本実施形態の回折光学素子において、基体表面の第1領域に設けられた回折格子は、その外側の凹凸形状と同様、光学調整層との接触面積を拡大し、光学調整層を形成する際の樹脂の収縮や型からの離型による応力によって光学調整層の中央部が基体から浮き上がったり剥離したりするのを防止することができる。このため、本実施形態の回折光学素子では、光学調整層全体の基体に対する密着性が向上している。
次に図5を参照しながら、本実施形態の回折光学素子を製造する方法の一例を説明する。
まず、表面1aに回折格子4および凹凸形状6が形成された基体1を用意する。
第1樹脂を含む第1の光学材料を用いて、表面1aに回折格子4および凹凸形状6が形成された基体1を成形する。先述したように、基体1の表面は球面形状や非球面形状を有し、レンズ作用を備えていてもよいし、平坦であってよい。第1領域5の回折格子4および第2領域7の凹凸形状6は、例えば成形、転写、切削、研削、研磨、レーザー加工、エッチング等、その形状と基体1の材質に応じた方法で形成することができる。基体1が第1樹脂を含む第1の光学材料によって構成されるため、射出成形等の成形を用いて、回折格子4および凹凸形状6が形成された基体1を一体的に形成することが非常に簡便であり好ましい。これにより、生産性を大きく向上することができる。あるいは、成形により、回折格子4が形成された基体1を一体的に形成し、第2領域7上の凹凸形状6のみを、バイトなどを用いた切削によって形成してもよい。基体1が第1樹脂を含む第1の光学材料によって形成されているため、このような方法によっても容易に凹凸形状6を形成することができる。
成形により、一体的に基体1を作製する場合、金型加工が容易であり、また、加工精度の高い回折格子形状を形成するため、回折格子形状の深さは20μm以下であることが好ましい。回折格子形状の深さが数十μmを越える場合、型を高い精度で加工することが困難となる。これは、一般に金型はバイトを用いた切削により形状加工が行われるが、回折格子形状が深くなると加工量が増え、バイト先端が磨耗するため、加工の進行に伴って加工精度が劣化するからである。また、回折格子形状が深くなるとピッチを狭くすることが困難となる。これは、回折格子形状が深くなると先端の曲率半径の大きなバイトで金型を加工する必要があり、その結果、ある程度ピッチを広げないと回折格子形状の加工ができなくなるためである。これらのことから、回折格子形状が深いほど設計自由度がなくなり、回折格子形状の導入による収差低減効果が得られなくなってしまう。
次に、第2樹脂の原料を含む第2光学材料の原料を用意し、回折格子4を完全に覆い、第2領域7の凹凸形状6の少なくとも一部を覆うように第2光学材料の原料の基体1上に配置する。より好ましくは、第2光学材料の原料の外周端部が全周にわたって第2領域7の凹凸形状6上に位置するように、第2光学材料の原料を基体1上に配置する。
第2光学材料の原料を基体1上に配置する方法は、粘度等の材料特性および回折光学素子に要求される光学的特性から決定される光学調整層2の形状精度に応じて、公知のコーティング層形成プロセスから適宜選択される。具体的には、型を使用した各種成形法、ディスペンサ等の注液ノズルを用いた塗布、インクジェット法等の噴射塗布、スピンコーティング法等の回転による塗布、スクリーン印刷やパッド印刷等のスキージングによる塗布、転写等の方法を用いることができる。これらのプロセスを適宜組み合わせてもよい。先述したプロセスの中でも特に、回折格子形状を埋めた上で表面形状を平滑に規定する観点から、成形、パッド印刷、スクリーン印刷のいずれかの方法またはこれらを組み合わせた方法を用いることが好ましい。
その後、エネルギー硬化型樹脂を第2光学材料の第2樹脂に用いる場合には、第2樹脂の原料を硬化させる。第2樹脂の原料を硬化させる方法は、使用する樹脂の種類に応じて、熱硬化やエネルギー線照射等の工程を用いることができる。硬化工程に使用するエネルギー線としては、たとえば、紫外線、可視光線、赤外線、電子線等が挙げられる。紫外線硬化を実施する場合には、第2光学材料の原料にあらかじめ光重合開始剤を添加しておいてもよい。電子線硬化を実施する場合には重合開始剤は通常必要ない。第2樹脂の原料を硬化させることにより、第2光学材料の原料全体が硬化し、光学調整層2が形成される。この際、先述したように、光学調整層2が収縮し、光学調整層2の内部には端部が持ち上げられる方向の応力が残留する。凹凸形状6はこの応力に抗して光学調整層2と基体1との密着性を維持する。これにより回折格子4を有する基体1の表面に光学調整層3が設けられた回折光学素子51が完成する。
なお、本実施形態では、基体1は一方の表面1aにのみ回折格子4および光学調整層2を備えている。しかし、基体1は、両面に回折格子を備えていてもよい。両面に回折格子が設けられる場合、両面の回折格子の溝の深さや断面形状は同じでなくてもよい。また、回折格子を構成するリング状凸部のピッチも両面において同じである必要はない。両面における光学調整層の各々の材料、および各々の厚みも同じである必要はない。また、基体1の表面によって形成されるレンズの形状は、図2に示した凹面と凸面に限るものではなく、平面と凸面、両面凸面、両面凹面、両面平面、平面と凹面等でもあってもよい。
(第2の実施形態)
以下本発明による回折光学素子の第2の実施形態を説明する。
図8は第2の実施形態である回折光学素子52の断面構造を示している。
回折光学素子52は、基体1と光学調整層2とを備えている。回折光学素子52は、基体1の第2領域7において、第1の実施形態と形状の異なる凹凸形状6’を備えている点で第1の実施形態と異なっている。回折光学素子52の他の構成は第1の実施形態と同じであるため、凹凸形状6’を以下詳細に説明する。
図9は凹凸形状6’の一部を拡大して示す断面図である。図8および図9に示すように、凹凸形状6’は、半径方向の断面が鋸歯形状を有する複数の同心円形状の第1凸部10および第2凸部11によって構成されている。第1凸部10は、内側斜面10aおよび内側斜面10aよりも表面1aに対して急峻である外側斜面10bを有する。第2凸部11は、外側斜面11bおよび外側斜面11bよりも表面1aに対して急峻である内側斜面11aを有する。第1凸部10の外側斜面10bと表面1aとのなす角θおよび第2凸部11の内側斜面11aと表面1aとのなす角θ’はそれぞれ75度以上100度以下であるが、θとθ’とは同じでなくてもよい。第1凸部10および第2凸部11は同心円の中心から外側に向かって交互に配置されている。
周囲の環境の温度変化等によって、回折光学素子52の温度が変化すると、基体1と光学調整層2の熱膨張率の差により、両者の界面に応力が発生する。例えば光学調整層2の熱膨張率が基体1より大きい場合には、温度上昇時には光学調整層2が外周方向に膨張する方向に、温度下降時には光学調整層2が中心方向に収縮する方向に、それぞれ応力が発生する。光学調整層2の熱膨張率が基体1より小さい場合には逆の関係となる。基体1と光学調整層2との界面に発生するこのような応力は、光学調整層2の基体からの浮きや剥離、あるいは光学調整層2のクラック等の発生要因となり、回折光学素子52を使用した光学系の動作不良を引き起こす可能性がある。
このような温度変化による応力に対し、本実施形態の回折光学素子52では、凹凸形状6’は、急峻な外側斜面10bを有する第1凸部10と急峻な内側斜面11aを有する第2凸部11を有する。これにより、基体1に対して相対的に外周方向へ向かう応力が光学調整層2に発生する場合には、応力が第2凸部11の内側斜面11aに対して垂直に近い角度で作用する。このため、光学調整層2の応力が凹凸形状6を締め付けるように基体1に作用することになり、基体1と光学調整層2との密着性が維持され、光学調整層2の浮き上がりや剥離が抑制される。また、基体1に対して相対的に内周方向へ向かう応力が光学調整層2に発生する場合には、応力が第1凸部10の外側斜面10bに対して垂直に近い角度で作用する。このため、光学調整層2の応力が凹凸形状6を締め付けるように基体1に作用することになり、基体1と光学調整層2とのの密着性が維持され、光学調整層2の浮き上がりや剥離が抑制される。したがって、基体1および光学調整層2を構成する光学材料として相互作用の小さいものを選択し、光学調整層2の基体への浸透による回折格子4の変形や基体1の屈折率の変動を抑制することによって、所望の高い回折効率ならびに集光特性を達成し得る回折光学素子を実現した場合でも、基体1と光学調整層2との間で温度変化による熱応力に耐え得る十分な密着性を確保することが可能となる。
第1凸部10および第2凸部11により形成される鋸歯形状の深さやピッチは、第1の実施形態で説明した値であることが好ましい。
温度変化に伴う樹脂系材料の熱膨張量は、樹脂系材料の重合時における硬化収縮量と比較すると格段に小さい。このため、光学調整層2が膨張する際応力を受ける第2凸部11の内側斜面11aのなす角θ’は第1凸部10の外側斜面10bのなす角θよりも小さくても光学調整層2が膨張する際、十分な密着性向上作用が得られる。
なお、本実施形態では、第1凸部10および第2凸部11は交互に配置されているが、いずれか一方が連続する部分があってもよく、第1凸部10および第2凸部11がランダムに配置されてもよい。ただし、光学調整層2に働く両方向の応力によって密着性向上作用を得るために、複数の第1凸部10のうち最内周のものおよび複数の第2凸部11のうち最内周のものを光学調整層2が覆っていることが必要である。
また、回折光学素子52は、凹凸形状6’に替えて図10に示すように凹凸形状6’’が設けられた基体1を備えていてもよい。凹凸形状6’’は、半径方向の断面が概ね矩形形状を有する複数の同心円形状の凸部12によって構成されている。凸部12の内側面12aおよび外側面12bと表面1aとのなす角θ’およびθは85度以上95度以下である。このような形状の凸部12を有する場合、各凸部12の内側面12aおよび外側面12bが光学調整層2の内周方向へ向かう応力および外周方向へ向かう応力が凹凸形状6’’を締め付けるように基体1に作用する。したがって、各方向の応力に対して作用する面が増大し、より高い密着性向上作用が得られる。
なお、内側面12aおよび外側面12bと表面1aとのなす角θ’およびθが90度に近くなり、離型が困難となる場合には、凹凸形状6’’を切削によって基体1に設けることが好ましい。
以下、本発明による回折光学素子の効果を確認するために、回折光学素子を作製し、特性を評価した結果を説明する。
(実施例1)
実施例1の回折光学素子を以下に説明するように作製した。基体1として、ビスフェノールA系ポリカーボネート樹脂(6mm四方、厚さ0.8mm、d線屈折率1.585、アッベ数28)製の非球面レンズの一面に深さ15μmの輪帯状回折格子を設けたものを、射出成形により作製した。レンズ部の有効半径は0.821mmであり、輪帯数は33本である。最小輪帯ピッチは13μmであり、回折面の近軸R(曲率半径)は−1.0094mmであった。レンズ部の外周には、レンズの回折格子形状と同心円状に、図6に示す鋸歯状断面を有する凹凸形状を5本(深さ15μm、ピッチ14μm)形成した。
光学調整層2の第2光学材料の原料として、脂環式炭化水素基含有アクリル系オリゴマー(d線屈折率1.529、アッベ数50、硬化後の密度1.18g/cm3)と酸化ジルコニウムフィラー(一次粒径3〜10nm、酸化ジルコニウム100重量部に対してシラン系表面処理剤を40重量部含有、固形分中における重量比が62重量%)のイソプロピルアルコール分散液(全固形分62重量%)を使用した。この原料0.4μLを、ディスペンサを用いて基体1上に塗布し、乾燥(25℃、≦1.3kPa、6時間)した後、未硬化の原料を金型を用いて非球面形状に成形し、UV照射(照度120mW/cm2、積算光量5000mJ/cm2)後に離型することにより、図5に示す構成の回折光学素子を得た。光学調整層2は、凹凸形状のうち内側から3本を被覆する形で形成された。
実施例1の回折光学素子は、光学調整層2の端部まで基体1との密着性が確保されていた。実施例1の回折光学素子についてヒートショック試験(高温側80℃、低温側−30℃、各0.5時間、100サイクル)を実施したところ、試験終了後も光学調整層2の基体1との密着性は確保されていた。
実施例1の回折光学素子について、可視光領域における1次回折効率を、超精密3次元測定装置を使用して測定したところ、ヒートショック試験前後とも95%以上を示した。
なお、1次回折効率は以下の式(5)を用いて算出した。
Figure 2010102000
(実施例2)
実施例1と同様の方法により実施例2の回折光学素子を作製した。実施例1と異なるのは、凹凸形状が図9に示す断面を有している点である(深さ15μm、幅15μm)。第1および第2凸部10、11として交互に3本ずつ形成した。光学調整層2は、第1および第2凸部10、11を2本ずつ被覆した形で形成された。
実施例2の回折光学素子は、光学調整層2の端部まで基体との密着性が確保されていた。実施例2の回折光学素子についてヒートショック試験(高温側80℃、低温側−30℃、各0.5時間、100サイクル)を実施したところ、試験終了後も光学調整層の基体との密着性は確保されていた。
実施例2の回折光学素子について、可視光領域における1次回折効率を、超精密3次元測定装置を使用して測定したところ、ヒートショック試験前後とも95%以上を示した。
(比較例1)
実施例1と同様の方法により比較例1の回折光学素子を作製した。比較例1の回折光学素子はレンズ部の外周に凹凸形状が形成されていない点で実施例1と異なる。光学調整層2は、凹凸形状が形成されなかったレンズ部外周の平坦部に幅40μmにわたって設けられた。
比較例1の回折光学素子は、光学調整層2のうちレンズ部外周の平坦部に到達していた部分が基体1から剥離していた。比較例1の回折光学素子についてヒートショック試験(高温側80℃、低温側−30℃、各0.5時間、100サイクル)を実施したところ、レンズ部外周部の剥離部分を基点に、光学調整層2にクラックが発生していた。
比較例2の回折光学素子について、可視光領域における1次回折効率を、超精密3次元測定装置を使用して測定したところ、ヒートショック試験前は95%以上であったが、ヒートショック試験後は光学調整層の剥離により測定ができなかった。
(比較例2)
実施例1と同様の方法により比較例2の回折光学素子を作製した。比較例2の回折光学素子は、光学調整層2がレンズ部外周に形成された凹凸形状まで到達せず、レンズ有効領域上のみに形成された点で実施例1と異なる。
比較例2の回折光学素子は、光学調整層2の基体1との密着は確保されていた。しかし、比較例2の回折光学素子についてヒートショック試験(高温側80℃、低温側−30℃、各0.5時間、100サイクル)を実施したところ、光学調整層2の外周端に基体1からの浮きが発生し、レンズ有効領域内まで進行していた。
比較例2の回折光学素子について、可視光領域における1次回折効率を、超精密3次元測定装置を使用して測定したところ、ヒートショック試験前は95%以上であったが、ヒートショック試験後は光学調整層の剥離により測定ができなかった。
本発明の回折光学素子は、撮像レンズとして携帯電話用、車載用などのカメラモジュールに利用可能である。その他、空間ローパスフィルタ、偏光ホログラム等にも利用可能である。
従来技術の回折光学素子において、回折格子が変形した状態を模式的に示す図である。 従来技術の回折光学素子において、基体と光学調整層の界面に屈折率が変化した層が形成される状態を模式的に示す図である。 (a)および(b)は、基体と光学調整層の界面に屈折率が変化した層が形成される従来技術の回折光学素子において、光学調整層の材料と不要回折光との関係を説明する図である。 基体と光学調整層の界面に屈折率が変化した層が形成される光学素子における光の屈折を模式的に示す図である。 本発明による回折光学素子の第1の実施形態を示す図である。 (a)および(b)は、図5に示す回折光学素子における凹凸形状近傍の構造を示す断面図である。 粒子の実効粒径の定義を説明するグラフである。 本発明による回折光学素子の第2の実施形態を示す図である。 図8に示す回折光学素子における凹凸形状の構造を示す断面図である。 図8に示す回折光学素子における他の凹凸形状の構造を示す断面図である。
符号の説明
1 基体
1a 表面
2 光学調整層
4 回折格子
5 第1領域
6、6’6’’ 凹凸形状
7 第2領域
8 第3領域
9、12 凸部
10 第1凸部
11 第2凸部
51、52 回折光学素子

Claims (21)

  1. 第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面を有する基体であって、前記表面が、回折格子の設けられた第1領域と、前記第1領域の外側に位置し、凹凸形状が設けられた第2領域とを含む基体と、
    第2樹脂を含む第2光学材料からなり、前記表面の前記第1領域および前記第2領域の少なくとも一部を覆うように前記基体に設けられた光学調整層と、
    を備える回折光学素子。
  2. 前記表面の第1領域はレンズ作用を有する曲面形状を有し、前記回折格子は前記曲面に設けられた同心円形状を有する請求項1に記載の回折光学素子。
  3. 前記第2領域は前記第1領域を囲んでおり、前記第2領域の凹凸形状は、前記回折格子の同心円形状の中心と一致する中心を備える同心円形状を有する請求項2に記載の回折光学素子。
  4. 前記第2領域の凹凸形状は、半径方向の断面が鋸歯形状を有する同心円形状の複数の凸部によって構成され、各凸部は、内側斜面と、前記内側斜面よりも前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して急峻である外側斜面とを有する請求項3に記載の回折光学素子。
  5. 前記外側斜面は、前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して略垂直である請求項4に記載の回折光学素子。
  6. 記第2領域の凹凸形状は、半径方向の断面が鋸歯形状を有する複数の同心円形状の凸部によって構成され、
    前記複数の同心円形状の凸部は、
    内側斜面および前記内側斜面よりも前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して急峻である外側斜面を有する第1凸部と、
    外側斜面および前記外側面よりも前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対して急峻である内側斜面を有する第2凸部と
    を含む請求項3に記載の回折光学素子。
  7. 前記第1凸部の外側斜面および前記第2凸部の内側斜面は、前記第2領域の凹凸が設けられた表面に対してそれぞれ略垂直である請求項6に記載の回折光学素子。
  8. 前記第2領域の凹凸形状は、半径方向の断面が矩形形状を有する複数の同心円形状の凸部によって構成されている請求項3に記載の回折光学素子。
  9. 前記光学調整層の外周端部が全周にわたって前記第2領域上に位置している請求項1から8のいずれかに記載の回折光学素子。
  10. 前記基体の表面は、前記第2領域の外側に位置し平坦な表面部分を有する第3領域をさらに含む請求項1から9のいずれかに記載の回折光学素子。
  11. 前記第1光学材料の屈折率は前記第2光学材料の屈折率より小さく、
    前記第1光学材料の屈折率の波長分散性は前記第2光学材料の屈折率の波長分散性より大きい請求項1から10のいずれかに記載の回折光学素子。
  12. 前記第1樹脂および前記第2樹脂の溶解度パラメータの差が0.8[cal/cm3]1/2以上である請求項1から11のいずれかに記載の回折光学素子。
  13. 前記第2光学材料はさらに無機粒子を含み、前記無機粒子が前記第2樹脂中に分散している請求項1から12のいずれかに記載の回折光学素子。
  14. 前記第2樹脂はエネルギー硬化型樹脂である請求項1から13のいずれかに記載の回折光学素子。
  15. 第1樹脂を含む第1光学材料からなり、表面を有する基体であって、前記表面が、回折格子の設けられた第1領域と、前記第1領域の外側に位置し、凹凸形状が設けられた第2領域とを含む基体を用意する工程と、
    前記表面の第1の領域および少なくとも前記第2領域の一部を覆うように、前記基体上に第2樹脂の原料を含む第2光学材料の原料を配置する工程と、
    前記第2樹脂の原料を硬化させることにより、前記第2光学材料からなる光学調整層を形成する工程と
    を包含する回折光学素子の製造方法。
  16. 前記基体を用意する工程において、前記基体の第2領域の凹凸形状を、前記凹凸形状に対応した形状が表面に形成された型を用い、成形により形成する請求項15に記載の回折光学素子の製造方法。
  17. 前記基体を用意する工程において、前記基体の第2領域の凹凸形状を切削により形成する請求項15に記載の回折光学素子の製造方法。
  18. 前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料の外周端部が全周にわたって前記第2領域上に位置するように前記第2光学材料の原料を配置する請求項15に記載の回折光学素子の製造方法。
  19. 前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料を成形により、前記基体上に配置する請求項18に記載の回折光学素子の製造方法。
  20. 前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料をパッド印刷により、前記基体上に配置する請求項18に記載の回折光学素子の製造方法。
  21. 前記第2光学材料の原料を配置する工程において、前記第2光学材料の原料をスクリーン印刷により、前記基体上に配置する請求項18に記載の回折光学素子の製造方法。
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