JP4350225B2 - 時計外装部品およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の技術分野】
本発明は、時計外装部品およびその製造方法に関し、さらに詳しくは、浸炭処理されたステンレス鋼製の時計外装部品、特にガス浸炭処理されたオーステナイト系ステンレス製の腕時計バンド、ベゼル、ケーシング、裏蓋、文字盤等の時計外装部品、および時計外装部品である腕時計バンドの製造方法に関する。
【0002】
【発明の技術的背景】
腕時計バンド、ベゼル、ケーシング、裏蓋、文字盤等の時計外装部品には、ステンレス鋼、特に耐食性と装飾性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼が多用されている。しかしながら、オーステナイト系ステンレス鋼の鏡面は、傷付きやすいため、オーステナイト系ステンレス鋼をそのまま用いた腕時計用バンド、ベゼル、ケーシング、裏蓋、文字盤等の時計外装部品は、その美観が容易に損なわれてしまうという欠点がある。
【0003】
このような欠点を解決するために、オーステナイト系ステンレス鋼などのステンレス鋼表面を浸炭処理によって硬質化する技術が検討されているが、浸炭処理されたステンレス鋼表面は、炭素原子の浸透により結晶格子に歪みが生じ、粗い面となってしまうため、さらにその浸炭処理されたステンレス鋼表面を研磨することによって鏡面とする技術も試みられている。
【0004】
たとえば、特開昭54−86441号公報には、オーステナイト系ステンレスとは記載されていないが、低炭素鋼、低合金肌焼鋼などを用いた歯車、ネジ、軸類等の精密微小部品を900℃の温度で固体浸炭処理を施し、その部品の表面をバレル研磨して簡単に鏡面を得ることができると記載されている。
しかしながら、オーステナイト系ステンレスのように多量のクロムを含有する金属を、700℃以上の高温で浸炭処理すると、そのステンレス鋼表面にクロム炭化物が析出する。その結果、ステンレス鋼自体のクロム含有量が減少し、ステンレス鋼の耐食性が著しく低下する。しかも、このクロム炭化物は粗大化するため、ステンレス鋼の浸炭された領域に高い硬度は得られないという問題がある。
【0005】
上記のようなクロム炭化物の析出を防止するために、オーステナイト系ステンレス鋼に、700℃未満の低温で浸炭処理を施す方法が考えられるが、このような低温で浸炭処理を行なうと、ステンレス鋼表面に炭素原子の浸透を妨げる不動態皮膜ができるため、ステンレス鋼表面を硬質化することができない。
特開平9−71854号公報、特開平9−268364号公報および特開平9−302456号公報には、オーステナイト系ステンレス鋼に、フッ素系ガス雰囲気下で300〜500℃というような低温でフッ化処理を施して上記不動態皮膜を炭素原子の浸透が容易なフッ化皮膜に変化させ、その後、浸炭性ガス雰囲気下で400〜500℃というような低温でオーステナイト系ステンレス鋼にガス浸炭処理を施し、さらに酸洗処理または機械的研磨(ソフトブラスト、バレル研磨、バフ研磨など)を施す技術が開示されている。
【0006】
これらの公報に記載されている技術では、オーステナイト系ステンレス鋼を低温で浸炭処理するため、ステンレス鋼のクロム炭化物の析出・粗大化は生じないが、主としてステンレス鋼中のFeとCが共存する層、おそらくはFe2O3などの鉄の酸化物を含む「黒皮」が、浸炭された層の最外表面に形成される。これらの公報に記載されている技術では、酸洗処理または機械的研磨により黒皮を除去する。
【0007】
しかしながら、上記の低温下においてガス浸炭処理されたステンレス鋼の時計外装部品に、バレル研磨やバフ研磨などの機械的研磨を施すのみでは、その表面に形成された黒皮を完全に除去して、時計外装部品の表面を鏡面にすることはできない。なぜならば、ほとんどの時計外装部品は、装飾的な美観を得るために、複雑な形状を成しており、孔の内壁、あるいは凹部の内壁や底面などの研磨できない箇所が存在するからである。また、複数の部品を連結して成る時計外装部品においては、該部品と他の部品が相対する面も研磨が困難である。たとえば多数の駒を連結部品で連結して成る腕時計バンドにおいて、互いに隣接する駒と駒の隙間が少ないほど、研磨が困難であるからである。
【0008】
また、酸洗処理のみでも、時計外装部品の表面を鏡面とすることはできない。上記公報に記載されている酸洗処理は、強酸溶液によって黒皮に含まれる鉄を熔解させ、時計外装部品の表面から黒皮を剥離させる。しかしながら、ステンレス鋼自体にも鉄が含まれているので、この強酸溶液により、浸炭処理された層の表面が侵される。その結果、浸炭処理された層の酸洗処理後の表面は、粗面化され、鏡面にはならない。
【0009】
さらに、ステンレス鋼製の時計外装部品の表面に必要とされる仕上げは、鏡面ばかりではない。装飾的な美観を得るために、様々な機械的な仕上げ加工が要求される。たとえば多数の平行な筋目を彫り込むヘアーラインや、多数の微細な凹部を刻むホーニングなどの仕上げが要求される。
しかしながら、浸炭処理されたステンレス鋼の表面は、硬質であるが故に、上記のような機械的な仕上げ加工が困難であるという問題がある。
【0010】
したがって、オーステナイト系ステンレス鋼等のステンレス鋼が本来有する優れた耐食性を損なうことなく、耐傷付き性に優れ、かつ表面が鏡面を呈するステンレス鋼製の時計外装部品、およびオーステナイト系ステンレス等のステンレス鋼が本来有する優れた耐食性を損なうことなく、耐傷付き性に優れ、かつ表面にヘアーライン加工、ホーニング加工などの機械的な仕上げ加工が施されているステンレス鋼製の時計外装部品、ならびにそれらの製造方法の出現が望まれている。
【0011】
【発明の目的】
本発明は、上記のような従来技術に伴う問題を解決しようとするものであって、オーステナイト系ステンレス鋼等のステンレス鋼が本来有する優れた耐食性を損なうことなく、耐傷付き性に優れ、かつ表面が鏡面を呈するステンレス鋼製の時計外装部品、およびオーステナイト系ステンレス鋼等のステンレス鋼が本来有する優れた耐食性を損なうことなく、耐傷付き性に優れ、かつ表面にヘアーライン加工、ホーニング加工などの機械的な仕上げ加工が施されたステンレス鋼製の時計外装部品、ならびにそれらの製造方法を提供することを目的としている。
【0012】
【発明の概要】
本発明に係る時計外装部品は、
ステンレス鋼からなり、その表面に炭素が固溶された浸炭層が形成された時計外装部品であって、
該浸炭層の表面に、ビッカース硬さ(HV)が500以上の研磨面が形成されてなることを特徴としている。
【0013】
前記研磨面が鏡面を呈していることが好ましい。
また、本発明に係る時計外装部品は、
ステンレス鋼からなり、その表面に炭素が固溶された浸炭層が形成された時計外装部品であって、
該浸炭層の表面に、機械的仕上げ加工面が形成されてなることを特徴としている。
【0014】
前記機械的仕上げ加工面のビッカース硬さ(HV)は500以上であることが好ましい。
前記の時計外装部品は、時計外装部品の表面に機械的仕上げ加工面を形成し、次いで、浸炭処理を施して得られる。
本発明に係る腕時計バンドは、
互いに連結された、ステンレス鋼からなる複数の駒を含む腕時計バンドであって、
該駒の表面に炭素が固溶された浸炭層が形成され、
該浸炭層の表面に、ビッカース硬度(HV)が500以上の研磨面が形成されてなることを特徴としている。
【0015】
前記研磨面が鏡面を呈していることが好ましい。
また、本発明に係る腕時計バンドは、
互いに連結された、ステンレス鋼からなる複数の駒を含む腕時計バンドであって、
該駒の表面に炭素が固溶された浸炭層が形成され、
該浸炭層の表面に、機械的仕上げ加工面が形成されてなることを特徴としている。
【0016】
これらの腕時計バンドは、駒と駒とを互いに連結するステンレス鋼からなる連結部品を含み、該連結部品の表面の少なくとも一部に、炭素が固溶された浸炭層が形成されていてもよい。
本発明に係る腕時計バンドとしては、駒と駒とを互いに連結部品で連結した後、該駒および該連結部品に浸炭処理を施し、次いで、該駒の表面を研磨して得られる腕時計バンドが好ましい。
【0017】
本発明に係る腕時計バンドは、浸炭層が形成されていない連結部品をさらに含んでいてもよい。
本発明に係る腕時計バンドの製造方法は、
複数個のステンレス鋼製の駒を複数個のステンレス鋼製の連結部品で連結した後、該駒および該連結部品に、フッ素系ガス雰囲気下に400〜500℃でフッ化処理を施し、
次いで、一酸化炭素を含む浸炭性ガス雰囲気下に400〜500℃でガス浸炭処理を施し、
次いで、酸洗処理を施した後、水洗処理を施し、
次いで、該駒の表面をバレル研磨することを特徴としている。
【0018】
前記フッ化処理の前に、前記連結部品で連結された駒表面に機械的仕上げ加工を施すことにより、機械的仕上げ加工表面を有する腕時計バンドを得ることができる。
また、本発明に係る腕時計バンドの製造方法は、
複数個のステンレス鋼製の駒と複数個のステンレス鋼製の連結部品に、フッ素系ガス雰囲気下に250〜600℃でフッ化処理を施し、
次いで、一酸化炭素を含む浸炭性ガス雰囲気下に400〜500℃でガス浸炭処理を施し、
次いで、酸洗処理を施した後、水洗処理を施し、
次いで、該駒の表面をバレル研磨し、
次いで、該駒を該連結部品で連結することを特徴としている。
【0019】
前記フッ化処理の前に、前記の複数個の駒表面に機械的仕上げ加工を施すことにより、機械的仕上げ加工表面を有する腕時計バンドを得ることができる。
本発明に係る他の腕時計バンドの製造方法は、
複数個のステンレス鋼製の駒を複数個のステンレス鋼製の連結部品で連結した腕時計バンド以外のステンレス鋼製の時計外装部品の母材に、フッ素系ガス雰囲気下に250〜600℃でフッ化処理を施し、
次いで、一酸化炭素を含む浸炭性ガス雰囲気下に400〜500℃でガス浸炭処理を施し、
次いで、酸洗処理を施した後、水洗処理を施し、
次いで、該母材表面をバレル研磨することを特徴としている。
【0020】
前記フッ化処理の前に、前記母材に機械的仕上げ加工を施すことにより、機械的仕上げ加工表面を有する時計外装部品を得ることができる。
本発明に係る腕時計バンドとしては、上記のような、本発明に係る腕時計バンドの製造方法により調製される腕時計バンドが好ましい。
また、本発明に係る腕時計バンド以外の時計外装部品としては、上記のような、本発明に係る腕時計バンド以外の時計外装部品の製造方法により調製される腕時計バンド以外の時計外装部品が好ましい。
【0021】
本発明で用いられるステンレス鋼としては、オーステナイト系ステンレス鋼が好ましい。
なお、本明細書中の「時計外装部品」としては、腕時計バンド、ベゼル、ケーシング、裏蓋、文字盤などが挙げられる。
【0022】
【発明の具体的説明】
以下、本発明に係る時計外装部品およびその製造方法について具体的に説明する。
本発明に係る時計外装部品には、複数個のステンレス鋼製の駒を複数個のステンレス鋼製の連結部品で連結してなる腕時計バンドと、腕時計バンド以外の時計外装部品とに大別される。前者の腕時計バンドを構成する駒および連結部品の少なくとも駒は、浸炭処理、特に好ましくはガス浸炭処理が施され、表面に浸炭硬化層が形成されている。また、後者の腕時計バンド以外の時計外装部品も、浸炭処理、特に好ましくはガス浸炭処理が施され、表面に浸炭硬化層が形成されている。
【0023】
上記の複数の駒を複数の連結部品で連結してなる腕時計バンドの製造の際に、駒だけでなく連結部品(連結ピン、長さ調整用ピン等)も浸炭処理されるため、連結部品の表面から数十μmの深さの領域に硬質な浸炭層が形成される。その結果、連結部品の硬度が高くなり、バンドの長手方向に沿ってバンドが引っ張られても、連結ピンや長さ調整用ピンが曲がったり、折れたりしにくくなる。したがって、腕時計のバンドに過大な外力が負荷されようとも、バンドの駒が不用意に外れる危険が少なく、多数の駒を連結したバンドの強度が高い。
【0024】
なお、浸炭硬化層の形成により、長さ調整用ピンの弾力が変化する場合があるが、その場合、長さ調整用ピンが抜けにくくなったり、逆に抜けやすくなったりすることがある。このような場合、バレル研磨処理工程、さらにはバフ研磨処理工程を経た後、浸炭処理された長さ調整用ピンを、浸炭処理されていない長さ調整用ピンに交換することが好ましい。上記の「前者の腕時計バンドを構成する駒および連結部品の少なくとも駒は、浸炭処理、特に好ましくはガス浸炭処理が施され、表面に浸炭硬化層が形成されている。」の「少なくとも駒は、」とは、バレル研磨処理工程、さらにはバフ研磨処理を工程を経た後、浸炭処理された長さ調整用ピンが浸炭処理されていない長さ調整用ピンに交換されることがあることを指している。
【0025】
本発明に係る、複数個のステンレス鋼製の駒を複数個のステンレス鋼製の連結部品で連結してなる腕時計バンドは、複数個の駒を複数個の連結部品で連結した後または前に、浸炭処理、特に好ましくはガス浸炭処理が駒と連結部品に施されている。
上記腕時計バンドおよび腕時計バンドの構成物品(駒、連結部品)の材料として使用されるステンレス鋼としては、特にオーステナイト系ステンレス鋼が好ましい。本発明で用いられるステンレス鋼は、チタン金属を含まない。
【0026】
上記オーステナイト系ステンレス鋼は、常温で60重量%以上がオーステナイト相を有するステンレスであり、たとえばFe−Cr−Ni−Mo系ステンレス、Fe−Cr−Mn系ステンレスなどが挙げられる。本発明で用いられるオーステナイト系ステンレスとしては、浸炭硬化層深さおよび価格の面からは、Ni含有量が出来るだけ小さい安定型のステンレスが望ましいが、耐食性の面からは、Ni含有量が多く、しかも、有価元素であるMoを1.5〜4重量%程度含有するステンレスが望ましい。また、最も好適なオーステナイト系ステンレスとしては、クロム含有量が15〜25重量%で、常温で加工してもオーステナイト相の安定な安定型ステンレスに、Moを1.5〜4重量%添加したものが挙げられる。
【0027】
機械的仕上げ加工
本発明においては、多数の平行な筋目を彫り込むヘアーライン加工、多数の凹部を刻むホーニング加工等の機械的仕上げ加工表面を有する時計外装部品を得るために、フッ化処理の前に、連結部品で連結された駒表面、連結前の駒、または装身具母材の表面に、機械的仕上げ加工を施すことができる。
【0028】
ガス浸炭処理により、連結部品で連結された駒表面、連結前の駒、または装身具母材の表面に形成された浸炭硬化層は非常に硬いため、機械的な仕上げ加工をすることは非常に困難である。また、機械的仕上げ加工は、フッ化処理前に行なうのが作業上都合がよい。したがって、機械的仕上げ加工は、フッ化処理前に行なわれる。
【0029】
この機械的仕上げ加工により、駒、または腕時計用バンド以外の時計外装部品用母材の表面に刻まれるヘアーライン、ホーニングの凹部等の深さは、当然のことながら、後述するバレル研磨、さらにはバフ研磨を行なった後でも、ヘアーライン、ホーニングの模様が現れるような深さにする。この機械的仕上げ加工時におけるヘアーライン、ホーニングの凹部等の深さは、特に限定されないが、通常、約5〜7μm程度である。また、バレル研磨、さらにはバフ研磨を行なった後のヘアーライン、ホーニングの凹部等の深さは、通常、1〜2μm程度である。
【0030】
また、本発明においては、上記の機械的な加工仕上げを、後述するバレル研磨、さらにはバフ研磨によって鏡面とした研磨面に施すこともできる。浸炭層は、その表面から内部に向かうにつれ、固溶される炭素の濃度が低下し、硬度も低くなる。故に、バレル研磨、さらにはバフ研磨により、非常に硬い浸炭硬化層の表面から1〜2μm程度の領域を除去することによって、浸炭層の表面硬度がやや低下する。かかる研磨面に機械的仕上げ加工を施すこともできる。
【0031】
なお、連結部品で連結された駒表面、連結前の駒、または腕時計バンド以外の時計外装部品母材の表面を鏡面にする場合には、このような機械的仕上げ加工は行なわない。
また、鏡面と機械的仕上げ加工が施された面双方を共存させるためには、従来法に則ればよい。たとえば、鏡面としたい部分に予めマスキングを施し、機械的仕上げ加工後にマスキングを除去すれば、マスキングされていなかった部分にのみ機械的仕上げ加工が施され、マスキングされていた部分は鏡面を呈する。
【0032】
なお、かかる機械的仕上げ加工後の浸炭層の表面硬度(HV)は、50g荷重で500以上あれば、時計外装部品の硬さとしては充分である。好ましくは50g荷重で600以上あればよい。
フッ化処理
本発明に係る、複数個のステンレス鋼製の駒を複数個のステンレス鋼製の連結部品で連結してなる腕時計バンドは、複数個のステンレス鋼製の駒を複数個のステンレス鋼製の連結部品で連結する前または連結した後に、該駒および該連結部品に、フッ素系ガス雰囲気下に250〜600℃、好ましくは300〜500℃でフッ化処理を施す。
【0033】
また、上記のような駒を連結部品で連結してなる腕時計バンド以外の時計外装部品は、その時計外装部品の母材(時計外装部品用母材)に、フッ素系ガス雰囲気下に250〜600℃、好ましくは300〜500℃でフッ化処理を施す。
このフッ化処理には、フッ化系ガスが用いられる。
フッ化系ガスとしては、具体的には、NF3、CF4、SF4、C2F6、BF3、CHF3、HF、SF6、WF6、SiF4、ClF3などのフッ素系化合物ガスが挙げられる。これらのフッ化系ガスは、1種単独で、あるいは2種以上組み合わせて用いることができる。また、これらのガス以外に、分子内にフッ素を含む他のフッ素系ガスも上記フッ素系ガスとして用いることができる。さらにまた、このようなフッ素化合物ガスを熱分解装置で熱分解させて生成させたF2ガス、あるいは予め調製したF2ガスも上記フッ素系ガスとして用いることができる。このようなフッ素化合物ガスとF2ガスとは、任意に混合して用いられる。
【0034】
上記フッ素化合物ガス、F2ガス等のフッ素系ガスは、それぞれ1種単独で用いることもできるが、通常は、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスで希釈されて使用される。このような希釈されたガスにおけるフッ素系ガス自身の濃度は、通常10,000〜100,000容量ppm、好ましくは20,000〜70,000容量ppm、さらに好ましくは30,000〜50,000容量ppmである。本発明で最も好ましく用いられるフッ素系ガスは、NF3である。NF3は、常温でガス状であり、化学的安定性が高く、取り扱いが容易である。このNF3ガスは、通常、窒素ガスと組み合わせて上記の濃度範囲内で用いられる。
【0035】
本発明におけるフッ化処理は、たとえば所定の形状に加工した、腕時計バンド用のステンレス鋼製の駒および連結部品、または腕時計用ベゼル、ケーシング、裏蓋、文字盤などをフッ化処理用の炉内に入れ、上記濃度のフッ素系ガス雰囲気下に、250〜600℃の温度で行なわれる。フッ化処理時間は、処理物の種類・大きさ等により異なるが、通常は、十数分から数十分である。
【0036】
このようなフッ化処理を行なうことにより、処理物表面に形成されたCr2O3を含む不動態皮膜がフッ化皮膜に変化する。このフッ化皮膜は、炭素原子の浸透性が良好であるので、次に行なわれるガス浸炭処理により、ステンレス鋼表面から内部に炭素原子が浸透拡散し、浸炭硬化層を容易に形成することができる。
ガス浸炭処理
上記のフッ化処理が施された駒、連結部品、または腕時計外装部品用母材に、一酸化炭素を含む浸炭性ガス雰囲気下に400〜500℃、好ましくは400〜480℃でガス浸炭処理を施す。
【0037】
この浸炭処理の際に用いられる浸炭性ガスとしては、炭素源ガスとして一酸化炭素を用い、通常、この一酸化炭素と水素、二酸化炭素、窒素の混合ガスの形で用いられる。
この浸炭性ガスの浸炭能力(カーボンポテンシャル:Pc 値)は、通常、ガス雰囲気中のCOおよびCO2の分圧値Pco、Pco2を用いて次式で示される。
【0038】
Pc =(Pco)2/Pco2
このPc 値が大きくなると、浸炭能力が大きくなり、ステンレス鋼たとえばオーステナイト系ステンレス鋼の表面炭素濃度が高くなって表面硬度が高くなるが、ガス浸炭処理用炉内のすすの発生が多くなる。ただし、このPc 値をある一定の限界点以上に設定しても、形成される浸炭硬化層の表面硬度には限界がある。一方、このPc 値が小さくなると、浸炭能力が小さくなり、オーステナイト系ステンレス鋼の表面炭素濃度が低くなって表面硬度が低くなる。
【0039】
本発明では、ガス浸炭処理温度を400〜500℃という低温にすることにより、浸炭硬化層中にCr23C6 等の結晶質のクロム炭化物が析出せず、オーステナイト系ステンレス鋼中のクロム原子が消費されないため、浸炭硬化層の優れた耐食性を維持することができる。また、浸炭処理温度が低温であるため、この浸炭処理によりクロム炭化物の粗大化も起こらず、しかも、ステンレス鋼内部の軟化による強度低下も少ない。
【0040】
このようなガス浸炭処理法によれば、オーステナイト系ステンレス鋼からなる駒およびその連結部品、またはオーステナイト系ステンレス鋼からなる時計外装部品用母材の表面に浸炭硬化層(炭素の拡散浸透層)が均一に形成される。
これらの浸炭硬化層には、Cr23C6 、Cr7C3、Cr3C2 等の結晶質のクロム炭化物は生成されておらず、透過型電子顕微鏡での観察よれば、粒径0.1μm以下の超微細な金属炭化物が認められるのみである。この超微細な金属炭化物は、透過型電子顕微鏡のスペクトル分析によれば、母材と同一の化学組成を有しており、結晶質のクロム炭化物ではない。これらの浸炭硬化層は、炭素原子が母材の金属格子中に侵入固溶クロム炭化物を形成せず、母材と同様のオーステナイト相から形成されている。この多量の炭素原子の侵入固溶により、浸炭硬化層は大きな格子歪みを起こしている。上記の超微細な金属炭化物と格子歪みとの複合効果により、浸炭硬化層の硬度の向上を実現し、ビッカース硬度(HV)700〜1050という高硬度を得ることができる。しかも、上記ガス浸炭処理により結晶質のクロム炭化物が生成せず、母材中のクロム原子を消費しないことから、浸炭硬化層は、オーステナイト系ステンレス鋼が本来有している優れた耐食性と同程度の耐食性を保持している。
【0041】
ガス浸炭処理後の駒、その連結部品、または時計外装部品用母材の表面には、極薄い黒皮が形成されている。
酸洗処理
上記のガス浸炭処理が施された駒、その連結部品、または時計外装部品用母材に、酸洗処理を施す。具体的には、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材を酸性溶液に浸漬する。
【0042】
この酸洗処理で用いられる酸性溶液としては、特に限定されるものではなく、たとえばフッ酸、硝酸、塩酸、硫酸、フッ化アンモニウムなどが用いられる。これらの酸は、単独で用いることができるが、フッ化アンモニウムと硝酸との混合液、硝酸とフッ酸との混合液、硝酸と塩酸との混合液、硫酸と硝酸との混合液として用いることもできる。
【0043】
これらの酸性溶液の濃度は、適宜決定されるが、たとえば硝酸と塩酸との混合液では、硝酸濃度が15〜40重量%程度、塩酸濃度が5〜20重量%程度であることが好ましい。また、硝酸溶液の濃度は10〜30重量%程度が好ましい。また、これらの酸性溶液は、常温で用いることができるし、高温で用いることもできる。
【0044】
さらに、酸洗処理として、硝酸、硫酸等の電解溶液を使用して電解処理を行なってもよい。
酸性溶液への浸漬時間は、酸性溶液の種類にもよるが、通常は約15〜90分程度である。
この酸洗処理により、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材の表面に形成された浸炭処理に起因する黒皮に含まれている鉄が酸化溶解し、黒皮が除去されるが、この酸洗処理のみでは、黒皮を完全に除去することはできない。しかも、駒等の表面、すなわちガス浸炭処理により形成された浸炭硬化層の表面は、酸性溶液への浸漬により鉄が溶解し、粗面化される。
【0045】
水洗処理
上記酸洗処理後、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材に水洗処理を施す。
この水洗処理により、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材から剥離しかかっている黒皮を洗い流すとともに、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材に付着している酸性溶液を完全に洗い流し、酸性溶液による浸炭硬化層の粗面化がさらに進行しないようにする。上記の酸洗処理および水洗処理により、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材の表面に形成された黒皮を完全に除去することはできない。
【0046】
バレル研磨
水洗処理された、駒、その連結部品、または時計外装部品用母材の表面をバレル研磨する。
具体的には、駒を連結部品で連結して得られた腕時計用バンド、連結されていない駒、連結部品、または時計外装部品用母材をバレル研磨装置のバレル槽の内部に設置し、研磨媒体として好ましくはクルミのチップとアルミナ系研磨材をバレル槽内に入れる。そして、約10時間かけてバレル研磨を行ない、駒の浸炭硬化層の最表面に形成された粗い面と、残っている黒皮を研磨する。
【0047】
上記の酸洗処理、水洗処理およびバレル研磨を併用することにより、連結された駒、連結されていない駒、駒の連結に使用が予定されている連結部品、または時計外装部品用母材の表面に形成された黒皮を完全に除去することができる。この時計外装部品用母材が複雑な形状を成していても、この黒皮を完全に除去することができる。また、このバレル研磨により、ヘアーライン加工等の機械的仕上げ加工が施されていない、連結された駒、連結されていない駒、駒の連結に使用が予定されている連結部品、または時計外装部品用母材の表面を鏡面とすることができる。
【0048】
なお、バレル研磨に代えてバフ研磨を行なうと、連結された駒、連結されていない駒、駒の連結に使用が予定されている連結部品、または時計外装部品用母材の表面に形成された黒皮を完全に除去することは非常に困難である。
なお、かかるバレル研磨後の浸炭層の表面硬度(HV)は、50g荷重で500以上あれば、時計外装部品の硬さとしては充分である。好ましくは50g荷重で600以上あればよい。
【0049】
バフ研磨
バレル研磨した駒、連結されている駒、または時計外装部品用母材の表面を、さらにバフ研磨してもよい。
なお、かかるバフ研磨後の浸炭層の表面硬度(HV)は、50g荷重で500以上あれば、時計外装部品の硬さとしては充分である。好ましくは50g荷重で600以上あればよい。
【0050】
複数の駒の連結
連結されていない駒は、連結部品で連結し、腕時計バンドを完成させる。
【0051】
【発明の効果】
本発明によれば、ステンレス鋼、特にオーステナイト系ステンレス鋼が本来有する優れた耐食性を損なうことなく、耐傷付き性に優れ、かつ表面が鏡面を呈するオーステナイト系ステンレス鋼製の時計外装部品(腕時計バンドを含む)、およびステンレス鋼、特にオーステナイト系ステンレスが本来有する優れた耐食性を損なうことなく、耐傷付き性に優れ、かつ表面にヘアーライン加工、ホーニング加工などの機械的仕上げ加工が施されたオーステナイト系ステンレス製の時計外装部品(腕時計バンドを含む)、ならびにこれらの時計外装部品の製造方法を提供することができる。
【0052】
【実施例】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は、これらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0053】
【実施例1】
オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS316系材から成る母材に、熱間鍛造、冷間鍛造、切削加工、孔開け加工などを施し、腕時計のバンドの駒を作製した。
次いで、各駒に穿設されたピン孔に連結部品を挿入し、複数の駒と駒とを互いに回動可能に連結し、かかる駒の表面をバフ研磨などで研磨して鏡面に仕上げ、腕時計のバンドを完成した。
【0054】
なお、この多数の駒を連結して成る腕時計のバンドの幾つかの駒は、携帯者の手首の太さに合わせてバンドの長さを調整できるように、隣接する駒から取り外し可能な駒、いわゆる長さ調整用駒であり、長さ調整用駒以外の駒は、隣接する駒から容易に分離できないように連結される駒である。また、連結部品として、長さ調整用駒に用いられる連結部品(長さ調整用ピン)と、その他の駒に用いられる連結部品(連結ピンと割パイプ、ローレットピン)を使用した。
【0055】
次いで、この腕時計のバンドを、金属製のマッフル炉内に装入した後、480℃まで昇温した。次いで、フッ素系ガス(5容量%のNF2と95容量%のN2との混合ガス)をマッフル炉内に15分間吹き込み、フッ化処理を行なった。
次いで、フッ素系ガスを排出した後、浸炭性ガス(10容量%のCOと、20容量%のH2と、1容量%のCO2と、69容量%のN2との混合ガス)を吹き込み、480℃で12時間保持して浸炭処理を行なった後、バンドを取り出した。
【0056】
取り出した浸炭処理後のバンドの表面に黒皮が形成されていた。
次いで、このバンドを、フッ化アンモニウム3〜5容量%と硝酸2〜3容量%を含む酸性水溶液に20分間浸漬した。
この酸洗処理により、バンドの駒表面に形成されていた黒皮中に含まれている鉄が酸化溶解し、黒皮の大部分は除去されていた。また、互いに隣接する駒と駒における相対する面や、ピン孔の内壁、さらに駒と駒とを連結する連結部品である、連結ピン、割パイプ、長さ調整用ピンにも、黒皮は観察されなかった。
【0057】
しかしながら、バンドの駒の表面、すなわち、浸炭処理により形成された浸炭層の表面は、酸性水溶液への浸漬により鉄が溶解し、粗い面となっていた。
次いで、酸洗処理されたバンドを水洗した。
次いで、水洗したバンドをバレル研磨装置のバレル槽の内部に設置し、研磨媒体として、くるみのチップとアルミナ系研磨剤をバレル槽内に入れた。そして、約10時間かけてバレル研磨を行ない、駒の浸炭層の最表面に形成された粗い面を研磨した。これにより、浸炭層の表面から1〜2μmの深さの領域が除去され、駒の表面、すなわち浸炭層の最表面が鏡面となった。
【0058】
以上の工程により、得られた鏡面を呈する腕時計バンドは、耐傷付き性に優れ、SUS316系材が本来有している優れた耐食性と同等の耐食性を保持していた。予め多数の駒をまとめてバンドの形態にしてから上記の各処理工程を行なったので、処理作業にかかる人手と時間が削減され、処理コストを安価にすることができた。
【0059】
また、連結部品も浸炭処理されるため、連結部品の表面から数十μmの深さの領域に硬質な浸炭層が形成された。その結果、連結部品の硬度が高くなり、バンドの長手方向に沿ってバンドが引っ張られても、連結ピンや長さ調整用ピンが曲がったり、折れたりしにくくなった。
この実施例1では、多数の駒をまとめてバンドの形態にしてから、フッ化処理、ガス浸炭処理、酸洗処理、水洗処理およびバレル研磨処理を行なうので、これらの処理工程における駒の取り扱いが容易で生産性に優れている。
【0060】
【実施例2】
実施例1において、フッ化処理を行なう前に、バンドの駒の表側の表面(手首に装着したとき、外方を向く面)に、バンドの長さ方向に沿ったヘアーラインを多数形成した以外は、実施例1と同様にして、腕時計のバンドを得た。
得られた腕時計のバンドの表面は、ヘアーライン仕上げになっており、耐傷付き性に優れ、SUS316系材が本来有している優れた耐食性と同等の耐食性を保持していた。
【0061】
【実施例3】
実施例1において、腕時計のバンドの代わりに腕時計用のベゼルを用いた以外は、実施例1と同様にして、鏡面仕上げのベゼルを得た。
得られたベゼルは、耐傷付き性に優れ、SUS316系材が本来有している優れた耐食性と同等の耐食性を保持していた。
【0062】
【実施例4】
実施例1において、腕時計のバンドの代わりに腕時計用のケーシングを用いた以外は、実施例1と同様にして、鏡面仕上げのケーシングを得た。
得られたケーシングは、耐傷付き性に優れ、SUS316系材が本来有している優れた耐食性と同等の耐食性を保持していた。
【0063】
【実施例5】
実施例1において、腕時計のバンドの代わりに腕時計用の裏蓋を用いた以外は、実施例1と同様にして、鏡面仕上げの裏蓋を得た。
得られた裏蓋は、耐傷付き性に優れ、SUS316系材が本来有している優れた耐食性と同等の耐食性を保持していた。
【0064】
【実施例6】
実施例1において、腕時計のバンドの代わりに腕時計用の文字盤を用いた以外は、実施例1と同様にして、鏡面仕上げの文字盤を得た。
得られた文字盤は、耐傷付き性に優れ、SUS316系材が本来有している優れた耐食性と同等の耐食性を保持していた。
Claims (9)
- ステンレス鋼からなり、その表面に炭素が固溶された浸炭層が形成された時計外装部品であって、
該浸炭層の表面に、ビッカース硬さ(HV)が500以上の研磨面が形成されてなり、
前記研磨面が鏡面を呈し、
前記鏡面を呈する研磨面が形成された浸炭層は、時計外装部品にガス浸炭処理を施し、表面に黒皮を有する浸炭層を該時計外装部品の表面に形成させ、該黒皮を除去し、該黒皮の除去により表面が粗面化された浸炭層を研磨して得られる
ことを特徴とする時計外装部品。 - ステンレス鋼からなり、その表面に炭素が固溶された浸炭層が形成された時計外装部品であって、
該浸炭層の表面に、機械的仕上げ加工面が形成されてなり、
前記機械的仕上げ加工面が形成された浸炭層は、時計外装部品にガス浸炭処理を施し、表面に黒皮を有する浸炭層を該時計外装部品の表面に形成させ、該黒皮を除去し、該黒皮の除去により表面が粗面化された浸炭層を研磨して得られる
ことを特徴とする時計外装部品。 - 前記機械的仕上げ加工面のビッカース硬さ(HV)が500以上であることを特徴とする請求項2に記載の時計外装部品。
- 時計外装部品の表面に機械的仕上げ加工面を形成し、次いで、浸炭処理を施して得られることを特徴とする請求項2または3に記載の時計外装部品。
- 互いに連結された、ステンレス鋼からなる複数の駒を含む腕時計バンドであって、
該駒の表面に炭素が固溶された浸炭層が形成され、
該浸炭層の表面に、ビッカース硬度(HV)が500以上の研磨面が形成されてなり、
前記研磨面が鏡面を呈し、
前記鏡面を呈する研磨面が形成された浸炭層は、駒にガス浸炭処理を施し、表面に黒皮を有する浸炭層を該駒の表面に形成させ、該黒皮を除去し、該黒皮の除去により表面が粗面化された浸炭層を研磨して得られる
ことを特徴とする腕時計バンド。 - 互いに連結された、ステンレス鋼からなる複数の駒を含む腕時計バンドであって、
該駒の表面に炭素が固溶された浸炭層が形成され、
該駒の表面に、機械的仕上げ加工面が形成されてなり、
前記機械的仕上げ加工面が形成された浸炭層は、駒にガス浸炭処理を施し、表面に黒皮を有する浸炭層を該駒の表面に形成させ、該黒皮を除去し、該黒皮の除去により表面が粗面化された浸炭層を研磨して得られる
ことを特徴とする腕時計バンド。 - 駒と駒とを互いに連結するステンレス鋼からなる連結部品を含み、
該連結部品の表面の少なくとも一部に、炭素が固溶された浸炭層が形成されていることを特徴とする請求項5または6に記載の腕時計バンド。 - 駒と駒とを互いに連結部品で連結した後、該駒および該連結部品に浸炭処理を施し、次いで、該駒の表面を研磨して得られることを特徴とする請求項5または6に記載の腕時計バンド。
- 浸炭層が形成されていない連結部品をさらに含むことを特徴とする請求項8に記載の腕時計バンド。
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