JP4212397B2 - 磁気メモリ及びその書き込み方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、磁気メモリ及びその書き込み方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来の磁気記録媒体は、磁気ディスクすなわちファイルメモリとして機能し、その情報は、いったんコンピュータ本体の半導体メモリ(DRAM、SRAM)に読み込まれた後に利用される。半導体メモリ、特にDRAMは、多くの優れた特性を持っているが、記憶保持のために大量の電力を消費するという問題点も併せ持つ。
【0003】
近年、記憶保持が不要のフラッシュメモリやFRAM(Ferroelectric Random Access Memory:強誘電体メモリ)などの開発が行われ、実用化が進んでいるが、いずれも書き換え回数が限定されるという点が問題である。
【0004】
これに対して、固体磁気メモリ(MRAM)は、記憶保持に電力を必要とせず、且つ書き換え回数が実質的に無制限である点で優れる。固体磁気メモリ(MRAM)は、DRAMと同様に1ビットに対応するメモリセルの集合から成っている。それぞれのセルは、MOS(Metal-Oxide-Semiconductor)トランジスタなどのスイッチング素子と、磁性トンネル接合素子などの磁性体素子により構成されている。従来の各セルへの情報の書き込みは、磁性体素子の磁化を外部磁場により反転させることにより行う。この具体的な方法としては、磁性体素子の近くに直交する2本の配線を設け、これらに電流を流すことにより磁性体素子に外部磁場を印加するというものであった。2本の配線を用いることにより、その交点付近に設けられた磁性体素子の磁化を選択的に反転させることが可能となる。
【0005】
一方、これとは別に、絶縁体に形成した微小孔に金属を形成して、電流の方向性を制御する技術が報告されている(非特許文献1)。この技術は、Cu/Co/Cu/Coの積層膜において、CuとCo間にSi層を層入し、さらにSi層にボウル状の微小孔(5ナノメートルから10ナノメートル)を設けて、この微小孔中のCuを通る電流に所定の異方性を与えるものである。
【0006】
【非特許文献1】
E.B. Myers et al. Current-Induced Switching of Domains in Magnetic Multilayer Devices, SCIENCE VOL 285 6 AUGUST 1999
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
従来の固体磁気メモリの場合、配線に電流を流すことにより形成される電流磁界を印加して磁性体素子の磁化を制御する。しかしながら、このような書き込み方式の場合、所定の反転磁場を得るためには、それぞれの配線にある程度の大きさの電流を流す必要があり、メモリの消費電流が大きくなる点で問題である。
【0008】
またさらに、メモリの集積度が増大し、メモリセルの間隔が減少すると、所望のセル内の磁化だけでなくその近くに設けられたセル内の磁化まで反転してしまう、「クロストーク」の発生頻度が増大する。所望のセルの近隣のセル内の磁化まで反転してしまう理由は、配線を流れる電流により発生する外部磁場が広がりを持っているためであり、この外部磁場を所望の素子のみに局在させることは困難であった。
【0009】
このように、磁気メモリの場合、書き込みに大きな電流を必要とし、また、高集積化すると書き込み時にメモリセル間で「クロストーク」が発生するという問題がある。
【0010】
本発明は、かかる課題の認識に基づいてなされたものであり、その目的は、小さな電流でクロストークのない書き込みが可能な磁気メモリ及びその書き込み方法を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、本発明の第1の磁気メモリは、書き込み電流を構成する電子をスピン偏極させるスピン偏極手段と、前記書き込み電流を構成する電子をホットエレクトロンにするホットエレクトロン生成手段と、前記スピン偏極手段によりスピン偏極され、前記ホットエレクトロン生成手段によりホットエレクトロンにされた前記書き込み電流が通電される磁性層と、を備え、前記書き込み電流を前記磁性層に通電し、スピン偏極した前記ホットエレクトロンによって前記磁性層の磁化を反転させて書き込みを実行することを特徴とする。
【0012】
上記構成によれば、小さな電流でクロストークのない書き込みが可能な磁気メモリを提供することができる。
【0013】
ここで、前記ホットエレクトロン生成手段に電圧を印加して流れる電流の応答特性が非線型であるものとすることができる。
【0014】
また、前記ホットエレクトロン生成手段は、電圧の印加により前記書き込み電流が膜厚方向にトンネリング可能な絶縁膜を備えるものとすることができる。
【0015】
また、前記ホットエレクトロン生成手段は、2つの導電層の間に形成された、膜中に導電領域を有する絶縁膜を備えるものとすることができる。
【0016】
また、前記ホットエレクトロン生成手段は、ショットキー接合を備えるものとすることができる。
【0017】
また、膜面に対して垂直な方向が第1の結晶軸に配向した磁性体層と、前記磁性体層と積層され、膜面に対して垂直な方向が第2の結晶軸に配向した非磁性体層と、をさらに備え、前記磁性体層において前記第1の結晶軸の方向に進む電子のフェルミエネルギーよりも高いエネルギレベルにおけるアップスピンバンドの対称性とダウンスピンバンドの対称性のうちのいずれか一方は、前記非磁性体層において前記第2の結晶軸の方向に進む電子のフェルミエネルギーよりも高いエネルギレベルにおける電子のバンドには存在しないものとすることができる。
【0018】
また、前記スピン偏極手段は、磁化が実質的に一方向に固定された磁性層であるものとすることができる。
【0019】
一方、本発明の磁気メモリの書き込み方法は、スピン偏極したホットエレクトロンを磁性層に注入し前記スピン偏極したホットエレクトロンによって前記磁性層の磁化を反転して情報を書き込むことを特徴とする。
【0020】
上記構成によれば、小さな電流でクロストークのない書き込みが可能な磁気メモリの書き込み方法を提供することができる。
【0021】
なお、本願明細書において「トンネル絶縁膜」とは、電圧を印加してその膜面に対して垂直方向に電流を流した時に、電圧・電流特性が非線型となるものをいう。すなわち、トンネリングが生じない場合には、電圧・電流特性が線型となり、いわゆる「オーミック特性」が得られる。これに対して、本発明の実施形態においては、電圧・電流特性が非線型となるトンネル絶縁膜を用いることにより、ホットエレクトロンを生成することができる。
【0022】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
【0023】
図1は、本発明の実施の形態にかかる磁気メモリのセルの一部を表す模式断面図である。すなわち、同図は、メモリセルに含まれる磁性体素子の一部を表し、スピン偏極手段Sと、ホットエレクトロン生成手段Hと、磁性層Fと、が設けられた基本構造を表す。そして、本実施形態においては、書き込み電流Iを矢印の方向(またはその逆方向)に流すことにより、磁性層Fの磁化Mを所定の方向に反転させることができる。すなわち、書き込み電流Iは、スピン偏極手段Sにより所定の方向にスピンが偏極される。また、書き込み電流Iは、ホットエレクトロン生成手段Hにより、エネルギの高いホットエレクトロンとされ、磁性層Fに対して、「スピン注入」による磁化の書き込みを行う。このようにして、外部磁界を与えることなく、小さな書き込み電流で、所定の方向の磁化を磁性層Fに書き込むことができる。
【0024】
以下、まず、本発明の磁気メモリにおいて用いる「スピン注入」について説明する。スピン注入については、非特許文献1に記載されている。
【0025】
【非特許文献1】
J. Magn. Magn. Mater. 159, L1 (1995)
【0026】
図2は、スピン注入の原理を説明するための概念断面図である。例えば、同図に表したように、非磁性層N、磁性層F、非磁性層Nという積層体の膜面に垂直な方向に、スピン偏極した電流I’を流す。すると、スピン偏極した電子によって、磁性層Fの磁化Mを反転させることができる。これは、スピン偏極した電子がスピン方向の角運動量を持っていて、その角運動量が磁性層Fの磁化に回転力(トルク)を及ぼすからである。
【0027】
図2に表した構造では、磁性層Fの磁化Mを回転させる力の大きさは、(1)書き込み電流の大きさ、(2)書き込み電流のスピン偏極度、(3)非磁性層N/磁性層Fの界面での電子反射率のスピン依存性、によって決まる。また、磁化Mの回転の方向は、書き込み電流の向きによりきまる。すなわち、同じ大きさで同じスピン偏極度をもった電流を流した場合、(3)界面での電子反射率のスピン依存性が大きいほど大きな回転力が発生し、回転方向は電流の向きによって変化する。
【0028】
図3は、本発明者が本発明に至る過程で検討したスピン注入構造を表す模式断面図である。すわち、同図は、磁性素子の一部を表し、非磁性層N、磁性層F1、非磁性層N、磁性層F2をこの順に積層したものである。
【0029】
磁性層F1は、厚くかつ保磁力の大きな磁性層であり、その磁化Mの向きは固定されていて、スピン偏極電流を生成する。一方、磁性層F2は、薄くかつ保磁力の小さな磁性層である。磁性層F1によってスピン偏極した電流Jが磁性層F2を流れるとその磁化Mを回転させることができる。
【0030】
しかし、本発明者の検討の結果、図3に表したスピン注入構造の場合、磁性層F1、F2の材料としてコバルト(Co)などの磁性体を用い、非磁性層Nの材料として銅(Cu)などの非磁性体を用いると、磁性層F2の磁化反転には、10 A/cm程度の極めて大きな電流密度が必要であることが判明した。
【0031】
このように大きな電流密度が必要な理由は、主として、磁性層(F1、F2)/非磁性層Nの界面における電子反射のスピン依存性が小さいためと考えられる。つまり、材料あるいは構造の観点から、界面反射のスピン依存性を増大させることが必要である。
【0032】
界面反射のスピン依存性は、電子の進む方向と運動エネルギー(あるいは速さ)によって変化する。図3に表した比較例の構造の場合、フェルミ面上の伝導電子、すなわちフェルミエネルギーを持ち種々の方向に進む電子(図中に細い矢印で表した)が伝導に寄与するため、界面反射の強さはそれら伝導電子についての平均値として与えられる。
【0033】
これに対して、本発明の実施形態の構造においては、図1に例示如く、ホットエレクトロン生成手段Hを設けることにより、電子(ホットエレクトロン)の進む方向を界面に対して垂直方向に揃えることができる。その結果として、界面反射のスピン依存性を増大させることができる。
【0034】
図4は、図1に表した構造をさらに具体化した一例を表す模式断面図である。すなわち、本具体例の場合、非磁性層Nと、磁性層(スピン偏極手段)Sと、トンネル絶縁膜(ホットエレクトロン生成手段)Hと、非磁性層Nと、磁性層Fと、非磁性層Nと、がこの順に積層した構造を有する。
【0035】
磁性層Sは、厚くかつ保磁力の大きな磁性層であり、その磁化Mの向きは固定されていて、電流電子をスピン偏極させる役割を有する。トンネル絶縁膜Hは、薄い絶縁膜であり、この膜を書き込み電流がトンネリングにより透過するとホットエレクトロンが生成される。一方、磁性層Fは、薄くかつ保磁力の小さな磁性層である。
【0036】
電子電流は、磁性層Sによってスピン偏極され、また、トンネル絶縁膜Hを透過することによりホットエレクトロンが生成されて、磁性層Fを流れるとその磁化Mを回転させることができる。
【0037】
図5(a)は、図4に表した具体例における電子の流れを表す概念断面図である。また、同図(b)は、本具体例の構造に電圧Vを印加して書き込み電流を流した場合のエネルギーダイアグラム図である。
【0038】
電圧Vを印加することにより、トンネル絶縁膜Hをトンネリングする電子は、フェルミエネルギーEFよりも(V)だけエネルギが高い状態、すなわち、「ホットエレクトロン」となる。このようにホットエレクトロンを生成することにより、電子の運動エネルギーを増大させ、界面反射のスピン依存性を増大させることができる。
【0039】
またさらに、トンネル絶縁膜Hを透過する電子の透過率は、斜めに透過する電子の透過率よりも高いので、トンネル膜を透過した電子(ホットエレクトロン)は、トンネル絶縁膜Hの膜面に対してほぼ垂直に進み、非磁性層N/磁性層Fの界面に対して垂直な方向に入射する。その結果として、界面反射のスピン依存性を増大させることができる。
【0040】
すなわち、トンネル絶縁膜Hを設け、適当な電圧を印加することにより、電子のエネルギーを高くし、その進む方向を界面に対して垂直な方向に揃えることができる。その結果として、界面反射のスピン依存性を増大させることができ、少ない注入電流で、磁性層Fの磁化反転を生じさせることができる。
【0041】
また一方、本発明の実施形態においては、ホットエレクトロンを生成することにより、電子のスピン偏極率を改善することもできる。すなわち、ホットエレクトロンでない通常の伝導電子の場合、そのスピン偏極率は、伝導体の材料によって決定される。例えば、鉄(Fe)の場合、スピン偏極率は約40%、コバルト(Co)では約35%、ニッケル(Ni)では約23%、の如くである。なお、この点に関しては、非特許文献2に記載されている。
【0042】
【非特許文献2】
R. Meservey and P. M. Tedrow: Physics Rep., 238, (1994)173。
【0043】
これに対して、ホットエレクトロンの場合、「スピンフリップ現象」を利用することによって、磁性層の材料固有のスピン偏極率よりもはるかに高いスピン偏極率を得ることができる。例えば、ホットエレクトロンを、適当な厚さの磁性層(スピン偏極手段)Sを透過させると、スピンフリップ現象によって、ほぼ100%スピン偏極した電流を得ることも可能である。その結果として、磁性層Fに、ほぼ100%スピン分極した電流を注入することができるため、図3に例示した構造と比較して、有意に小さい書き込み電流で、磁性層Fの磁化を反転させることができる。
【0044】
本発明において用いるトンネル絶縁膜Hは、書き込み電流が所定の電圧を印加した時に膜厚方向にトンネリングできるものであればよく、完全に均一且つ連続的な薄膜である必要はない。
また一方、ホットエレクトロン生成手段Hとしては、いわゆる「ポイントコンタクト」を用いることもできる。
【0045】
図6は、ポイントコンタクトを有するホットエレクトロン生成手段を例示する模式断面図である。本具体例の場合、絶縁膜に微小な開口が設けられ、この開口を介してその両側の導電層が接続されてポイントコンタクトCが形成されている。このようなポイントコンタクトCを介して書き込み電流を流すことによっても、ホットエレクトロンを生成し、膜面に対して垂直に進む電子を磁性層に注入することができる。
【0046】
このポイントコンタクトは、薄い絶縁体に径の小さい電子ビームを用いて微小な孔(0次元の開口)や細い線(1次元の開口)を形成し、この開口に金属(もしくは半導体)を形成することで作成できる。その際の開口径(1次元の開口の場合は、その幅)は、例えば、5オングストローム程度とする。このような構造は、より幅の広い開口に比べて抵抗が高くなる。そして、この開口に数ボルト以下、例えば1ボルトの電圧を加えると、この孔を通過する電子のエネルギー状態を量子化状態とすることができ、ホットエレクトロンを生成することができる。
【0047】
前述した非特許文献1は、ポイントコンタクトの2次元構造を開示するが、図6に表したポイントコンタクトとの大きな違いは、既に述べたとおり、開口のサイズにある。図6に表したポイントコンタクトの製法や用いる材料などについては、非特許文献1に開示された技術や材料を参考とすることができる。
【0048】
一方、ホットエレクトロン生成手段Hとしては、いわゆる「ショットキー接合」を用いることもできる。
図7は、ショットキー接合を有するホットエレクトロン生成手段を例示する模式断面図である。本具体例の場合、半導体層SCと金属層MEとが接触して、その接触部にショットキー接合が形成されている。このようなショットキー接合は、所定のショットキーバリアを有するため、所定の電圧を印加して書き込み電流を透過させると、ショットキーバリアをトンネリングすることによるホットエレクトロンが得られる。
【0049】
以上、本発明におけるホットエレクトロン生成手段Hの構造およびその作用について説明した。
【0050】
次に、本発明の磁気メモリにおける結晶の配向の作用効果について説明する。すなわち本発明においては、磁気メモリを構成する各層の結晶方位を所定の方向に配向させることにより、さらに効率的なスピン注入が可能となる。
【0051】
例えば、図4乃至図5に例示した具体例の場合、磁性層S、非磁性層N、磁性層Fの結晶方位を所定の方向に配向させると、特定の結晶方位に沿って電子を走らせることが可能となる。以下、磁性層S及びFとして鉄(Fe)を、非磁性層Nとして金(Au)を用いた場合を例に挙げて詳しく説明する。
【0052】
図8(a)及び(b)は、それぞれ金(Au)および鉄(Fe)中を結晶の[100]方向に進む電子のエネルギーバンドを表すグラフ図である。ここで、縦軸は電子のエネルギーであり、横軸はブリルアンゾーンのΔ線上に沿った電子の波数を表す。
【0053】
バンド構造は、一般に「ブリルアンゾーン」と呼ばれる波数空間の中で表現される。FeやAuなどの結晶中を[100]方向に進む電子の状態は、ブリルアンゾーンのΔ線上の点として表現されるが、その状態は波動関数の対称性で区別され、通常群論の既約表現を用いてΔ、Δのように記号で記述される。また、ブリルアンゾーンの原点はΓ(ガンマ)点と呼ばれ、そこでの状態は群論を用いてΓ12、Γ25のように記述される。
【0054】
Auの[100]方向に進む電子のバンドは、フェルミ準位近くでは図8(a)に表したようにΔ対称性をもっている。一方、Feのバンドは、図4(b)に示したようにバンドは複雑であるが、アップスピンバンドは、フェルミ準位の上方でΔの対称性を持ち、ダウンスピンバンドはΔ、Δ2’、Δの対称性を持っている。電子は、同じ対称性をもつバンド間を反射されずに進むことができるので、[100]方向に進むフェルミ準位より高いエネルギーのアップスピン電子は、Au/Fe界面を透過できる。
【0055】
一方、電子は、異なる対称性を持つバンド間を進むことができないので、[100]方向に進むダウンスピン電子はAu/Fe界面において、強く反射されることとなる。
【0056】
すなわち、非磁性層NをAuで形成し、磁性層S、FをFeで形成し、それぞれの結晶方位を配向させて、書き込み電流が[100]方向に流れるようにすると、Au/Fe界面で、アップスピン電子とダウンスピン電子の反射率に大きな差が生ずる。つまり、強いスピン依存性を持つ界面反射が生じる。図1乃至図5に関して前述したように、界面での電子反射率のスピン依存性が大きいほど、磁性層Fの磁化Mに対して大きな回転力が働く。従って、このように、各層の材料を選定し、結晶方位を配向させることにより、磁性層Fの磁化Mに対して大きな回転力を作用させることができ、さらに書き込み電流で磁化反転を生じさせることができる。
【0057】
非磁性層Nの材料としては、Auの代わりに、例えば、銀(Ag)、白金(Pt)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)などを用いても同様の効果が得られる。
【0058】
また、クロム(Cr)/鉄(Fe)界面においては、フェルミ準位の上方でダウンスピン電子は透過することができるが、アップスピン電子は強く反射される。この場合のアップスピン電子とダウンスピン電子の透過率は、Au/Fe界面の場合とは逆であるが、やはりスピンに強く依存した界面反射を得ることができる。
【0059】
また、マンガン(Mn)もクロムCrに類似したバンド構造をもつのでCrに替えてMnを用いても同様な効果が得られる。
【0060】
【実施例】
以下、実施例により本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0061】
(第1の実施例)
図9は、本実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。以下、その構造について、製造手順に沿って説明する。
【0062】
試料作成は、マルチチャンバー式のMBE(Molecular Beam Epitaxy)装置を用いて行った。その到達真空度は、約1×10−8パスカルである。
はじめに、第1のチャンバー内でノンドープGaAs(001)基板11を350℃に加熱して表面酸化膜を除去した後、厚さ100ナノメートルのAg(001)配向膜を形成し、下部電極12とした。引き続き下部電極12の上に(001)配向のFe(膜厚10ナノメートル)13/Au(膜厚7ナノメートル)14/Fe(膜厚1.5ナノメートル)15/Al(膜厚0.1ナノメートル)をエピタキシャル成長した。
【0063】
次に、この積層膜をMBEの第2チャンバー内に導入し、約10−1パスカルの純酸素中で最上層のAl層を自然酸化して、AlOx絶縁膜16を形成した。
【0064】
再び、積層膜をMBEの第1チャンバーに戻し、絶縁膜16上にAl(膜厚10ナノメートル)17/Au(膜厚50ナノメートル)18を積層した。積層膜内のFe層13及び15は、磁気的に非結合状態にあるが、いずれも[110]方向を容易軸とする一軸異方性を示した。
【0065】
この積層膜を電子ビームリソグラフィーとイオンミリングを用いて直径100ナノメートルの柱状構造に加工し、最後にポリイミドで平坦化した後、フォトリソグラフィーと反応性イオンエッチングにより上部電極Au(膜厚100ナノメートル)を形成して、図9に表した構造を完成させた。
【0066】
磁化反転およびその測定は、ピラー構造のCPP−MR(Current-Perpendicular-to-Plane Magnetoresistance effct:電流面直型−磁気抵抗効果)を検出することにより行った。すなわち、上下電極11、19間に電流を流し、下部Fe層13の磁化反転に伴って生じる上下電極間の抵抗変化を測定した。
【0067】
はじめに、面内「110」方向に1000 Oe(エルステッド)の磁場を印加し、磁場を0 Oeに戻した。上下のFe層13、15の保磁力は100 Oe程度であるので、この状態で上下のFe層13、15の磁化は平行になっている。抵抗変化は、ロックイン増幅器を用いて微分抵抗dV/dIの変化を測定することにより行った。
【0068】
図10は、電流に対する微分抵抗の変化を表すグラフ図である。下部電極を正極にして電流を徐々に増加すると、約0.7mAで微分抵抗のステップ的な上昇が観測される。このステップは、Fe層13、15の磁化が平行状態であったものから、薄いFe層15の磁化が反転して磁化反平行状態となったために、磁気抵抗が増加したことを示している。そして、Fe層15の磁化反転に必要な電流値0.7mAは、電流密度に換算すると約1×10A/cmであった。
【0069】
(比較例)
第1実施例の比較例として、AlOx絶縁膜16を設けない以外は図9に表したものと同様の構造を、MBE、電子ビームリソグラフィー及びフォトリソグラフィーを用いて作製した。
【0070】
この比較例の素子について、第1実施例と同様な方法で磁化反転を観測して磁化反転に必要な電流値と電流密度を求めた。その結果、磁化反転に必要な電流は10.4mAであり、電流密度は約1.4×10A/cmであった。
【0071】
すなわち、第1実施例の素子においては、比較例の10分の1以下の書き込み電流で磁化反転が可能であることが分かった。
【0072】
(第2の実施例)
図11は、本発明の第2の実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。図9に表した構造との相違点は、下部電極(Ag)12と下側のFe層13との間にも、AlOx絶縁膜16が挿入されていることである。
【0073】
本実施例の構造について、電流の向きを正負両方向に変化させて微分抵抗dV/dIの変化を測定したところ、図12に表した結果が得られた。
【0074】
まず、はじめに電流を正方向(下部電極12が正電圧となる方向)に流すと、約1.2mAで微分抵抗のステップ的な増大が観測される。すなわち、上側の薄いFe層15の磁化が1.2mAで反転し、上下のFe層13、15の磁化が平行状態から反平行状態へと変化した。その後、電流を減少させて0(ゼロ)に戻しても反平行状態のままであるが、電流を負方向へ増加させていくと、約0.9mAで微分抵抗のステップ的な減少が観測され、Fe層13、15の磁化が平行状態に戻ったことが確認された。
【0075】
(第3の実施例)
図13は、本発明の第3の実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。
すなわち、本実施例の磁気メモリの場合、第2実施例と同様に2層の絶縁膜16を有する。またさらに、本実施例においては、薄いFe層15の上に絶縁層16を介して、Al層17の代わりに、厚いFe層(膜厚10ナノメートル)13を形成した。すなわち、Fe層15、絶縁層16、上側Fe層13は、いわゆる「磁性トンネル接合」を構成している。
【0076】
本実施例においても、第2実施例と同様に電流の向きを正負両方向に変化させて微分抵抗dV/dIの変化を測定した。はじめに電流を正方向(下部電極12が正電圧となる方向)に流すと約1.0mAで微分抵抗のステップ的な増大が観測された。すなわち、薄いFe層(1.5nm)15の磁化が反転し、その上下の二つの厚いFe層(10nm)13、13の磁化と反平行の状態へと変化した。その後、電流を減少させて0(ゼロ)に戻しても反平行状態のままであり、さらに負方向へ増加させて行くと約1.4mAで微分抵抗のステップ的な減少が観測され、全てのFe層13、15、13の磁化が平行状態に戻ったことが確認された。
【0077】
(第4の実施例)
図14は、本発明の第4の実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。
【0078】
すなわち、本実施例の磁気メモリも、第2及び第3実施例と同様に、2層の絶縁膜16を有する。また、本実施例においては、 第3実施例と同様に、薄いFe層15の上下に、厚いFe層13、13をそれぞれ設けた。さらに、本実施例においては、下側のFe層13と薄いFe層15との間のAu層22を第3の電極とする、いわゆる「3端子型」の構造を形成した。
【0079】
正負方向の電流を電極1と電極2との間に流し、薄いFe層15の磁化反転の観測は、磁性トンネル接合の微分抵抗を電極2と電極3との間で測定することにより行った。電極1と電極2との間で電流を正方向に流すと、第3実施例と同様に約1.0mAで磁化反転が起こり、トンネル接合の磁化は反平行状態に変化するが、引き続き負方向に流すと、約1.6mAで平行状態に戻ることが観測された。
【0080】
(第5の実施例)
次に、本発明の第5の実施例として、以上説明したスピン注入型の書き込み構造を有する磁気メモリの具体例について説明する。すなわち、図1乃至図14に関して説明したスピン注入構造を用いて、例えば、メモリセルがマトリクス状に配置されたランダムアクセス磁気メモリ(magnetic random access memory)などの磁気メモリを実現できる。
【0081】
図15は、本実施例の磁気メモリのマトリクス構成を例示する概念図である。
【0082】
すなわち、同図は、メモリセルをアレイ状に配置した場合の実施形態の回路構成を示す。アレイ中の1ビットを選択するために、列デコーダ350、行デコーダ351が備えられており、ビット線334とワード線332によりスイッチングトランジスタ330がオンになり一意に選択され、センスアンプ352で検出することにより磁気抵抗効果素子321を構成する磁気記録層に記録されたビット情報を読み出すことができる。
【0083】
磁気抵抗効果素子321は、図1乃至図14に関して前述した如く、スピン偏極手段Sとホットエレクトロン生成手段Hとを有する。そして、磁性層の磁化をスピン偏極したホットエレクトロンによって反転させることにより、書き込みを行うことができる。
【0084】
ビット情報を書き込むときは、やはり所定のビット線334とワード線332により所定のスイッチングトランジスタ330をオンにして、そのトランジスタに接続された磁気抵抗効果素子321に書き込み電流を流す。
【0085】
図16は、本実施例の磁気メモリのマトリクス構成のもうひとつの具体例を表す概念図である。すなわち、本具体例の場合、マトリクス状に配線されたビット線322とワード線334とが、それぞれデコーダ360、361により選択されて、アレイ中の特定のメモリセルが選択される。それぞれのメモリセルは、磁気抵抗効果素子321とダイオードDとが直列に接続された構造を有する。ここで、ダイオードDは、選択された磁気抵抗効果素子321以外のメモリセルにおいてセンス電流及び書き込み電流が迂回することを防止する役割を有する。
【0086】
図17は、本発明の実施の形態にかかる磁気メモリの要部断面構造を表す概念図である。
【0087】
すなわち、この図に表した構造は、図15に例示した磁気メモリに含まれるひとつのメモリセルに対応する。つまり、ランダムアクセスメモリとして動作する磁気メモリの1ビット部分のメモリセルである。このメモリセルは、記憶素子部分311とアドレス選択用トランジスタ部分312とを有する。
【0088】
記憶素子部分311は、磁気抵抗効果素子321と、これに接続された一対の配線322、324とを有する。磁気抵抗効果素子321は、図1〜図14に関して前述したように、ホットエレクトロン生成手段Hとスピン偏極手段Sとを有し、磁性層の磁化をスピン偏極したホットエレクトロンによって反転させることにより、書き込みを行うことができる。
【0089】
一方、選択用トランジスタ部分312には、ビア326及び埋め込み配線328を介して接続されたトランジスタ330が設けられている。このトランジスタ330は、ゲート332に印加される電圧に応じてスイッチング動作をし、磁気抵抗効果素子321と配線334との電流経路の開閉を制御する。
【0090】
また、ビット情報を読み出すときは、配線322と、磁気記録層を含む磁気抵抗効果素子321と、下部電極324とを通してセンス電流を流し、磁気抵抗効果素子321の抵抗値または抵抗値の変化を測定することにより行われる。
【0091】
そして、ビット情報を書き込む時も、同様に、配線322と、磁気記録層を含む磁気抵抗効果素子321と、下部電極324とを通して書き込み電流を流し、磁気記録層(磁性層F)の磁化を適宜反転させることにより行われる。
【0092】
本具体例の磁気メモリは、図1〜図14に関して前述したようなホットエレクトロンによるスピン注入の書き込みを実施することにより、書き込み電流を大幅に低減することが可能となる。その結果として、メモリの消費電力を低減し、集積度の高い磁気メモリの実用化が可能となる。
【0093】
以上、具体例を参照しつつ、本発明の実施の形態について説明した。しかし、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。例えば、磁気メモリの具体的な構造や、それを構成する磁気抵抗効果素子、スイッチング素子の具体的な構造や、それらの間の配置関係や接続関係、その他、電極、周辺回路、絶縁構造などの形状や材質に関しては、当業者が公知の範囲から適宜選択することにより従って、公知のGMR素子に採用されているスビンバルブ膜の構造は、そのままあるいは適宜修正を加えた上で本発明のスピンバルブトランジスタに採用することが可能であり、これらも本発明の範囲に包含される。
本発明を同様に実施し、同様の効果を得ることができる。
【0094】
従って、公知のGMR素子やTMR素子などに上述したホットエレクトロン生成手段及びスピン偏極手段を付加した構造は、本発明の範囲に包含される。
【0095】
その他、本発明の実施の形態として上述した磁気メモリ及びその書き込み方法を基にして、当業者が適宜設計変更して実施しうるすべての磁気メモリ及びその書き込み方法も同様に本発明の範囲に属する。
【0096】
【発明の効果】
以上詳述したように、従来の伝導電子の代わりにホットエレクトロン(ホットホール)を電流担体として用いることにより、スピン注入による磁化反転の効率が増大し、より少ない電流(密度)で磁性膜の磁化反転を生じさせることができる。
【0097】
この方法を磁性トンネル接合、GMR素子、スピンバルブトランジスターなどとMOSトランジスターを組み合わせて構成されるMRAMセルへの書き込みに応用することにより高集積MRAMを作製することができ産業上のメリットは多大である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施の形態にかかる磁気メモリのセルの一部を表す模式図である。
【図2】スピン注入の原理を説明するための概念図である。
【図3】本発明者が本発明に至る過程で検討したスピン注入構造を表す模式図である。
【図4】図1に表した構造をさらに具体化した一例を表す模式図である。
【図5】(a)は、図4に表した具体例における電子の流れを表す概念図である。また、(b)は、本具体例の構造に電圧Vを印加して書き込み電流を流した場合のエネルギーダイアグラム図である。
【図6】ポイントコンタクトを有するホットエレクトロン生成手段を例示する模式図である。
【図7】ショットキー接合を有するホットエレクトロン生成手段を例示する模式図である。
【図8】(a)及び(b)は、それぞれ金(Au)および鉄(Fe)中を結晶の[100]方向に進む電子のエネルギーバンドを表すグラフ図である。
【図9】本発明の第1実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。
【図10】電流に対する微分抵抗に変化を表すグラフ図である。
【図11】本発明の第2の実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。
【図12】本発明の第2の実施例の磁気メモリについて、電流の向きを正負両方向に変化させて微分抵抗dV/dIの変化を測定した結果を表すグラフ図である。
【図13】本発明の第3の実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。
【図14】本発明の第4の実施例の磁気メモリの一部を表す模式断面図である。
【図15】本発明の実施例の磁気メモリのマトリクス構成を例示する概念図である。
【図16】本発明の実施例の磁気メモリのマトリクス構成のもうひとつの具体例を表す概念図である。
【図17】本発明の実施の形態にかかる磁気メモリの要部断面構造を表す概念図である。
【符号の説明】
11 基板
12 下部電極
13 Fe層
14 Au層
15 Fe層
16 絶縁層
17 Al層
18 Au層
19 上部電極(Au層)
22 第3電極(Au層)
311 記憶素子部分
312 アドレス選択用トランジスタ部分
321 磁気抵抗効果素子
322 ビット線
324 下部電極
326 ビア
328 配線
330 スイッチングトランジスタ
332 ワード線
334 ビット線
350 列デコーダ
351 行デコーダ
352 センスアンプ
360 デコーダ
F 磁性層
F1 磁性層
F2 磁性層
H ホットエレクトロン生成手段
ME 金属層
N 非磁性層
S スピン偏極手段
SC 半導体層

Claims (8)

  1. 書き込み電流を構成する電子をスピン偏極させるスピン偏極手段と、
    前記書き込み電流を構成する電子をホットエレクトロンにするホットエレクトロン生成手段と、
    前記スピン偏極手段によりスピン偏極され、前記ホットエレクトロン生成手段によりホットエレクトロンにされた前記書き込み電流が通電される磁性層と、
    を備え
    前記書き込み電流を前記磁性層に通電し、スピン偏極した前記ホットエレクトロンによって前記磁性層の磁化を反転させて書き込みを実行することを特徴とする磁気メモリ。
  2. 前記ホットエレクトロン生成手段に電圧を印加して流れる電流の応答特性が非線型であることを特徴とする請求項1記載の磁気メモリ。
  3. 前記ホットエレクトロン生成手段は、電圧の印加により前記書き込み電流が膜厚方向にトンネリング可能な絶縁膜を備えることを特徴とする請求項1または2に記載の磁気メモリ。
  4. 前記ホットエレクトロン生成手段は、2つの導電層の間に形成された、膜中に導電領域を有する絶縁膜を備えることを特徴とする請求項1または2に記載の磁気メモリ。
  5. 前記ホットエレクトロン生成手段は、ショットキー接合を備えることを特徴とする請求項1または2に記載の磁気メモリ。
  6. 膜面に対して垂直な方向が第1の結晶軸に配向した磁性体層と、
    前記磁性体層と積層され、膜面に対して垂直な方向が第2の結晶軸に配向した非磁性体層と、
    をさらに備え、
    前記磁性体層において前記第1の結晶軸の方向に進む電子のフェルミエネルギーよりも高いエネルギレベルにおけるアップスピンバンドの対称性とダウンスピンバンドの対称性のうちのいずれか一方は、前記非磁性体層において前記第2の結晶軸の方向に進む電子のフェルミエネルギーよりも高いエネルギレベルにおける電子のバンドには存在しないことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の磁気メモリ。
  7. 前記スピン偏極手段は、磁化が実質的に一方向に固定された磁性層であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の磁気メモリ。
  8. スピン偏極したホットエレクトロンを磁性層に注入し前記スピン偏極したホットエレクトロンによって前記磁性層の磁化を反転して情報を書き込むことを特徴とする磁気メモリの書き込み方法。
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