JP4189206B2 - 溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽で生じる原油腐食に対して優れた耐食性を示し、かつ、固体硫黄を含む腐食生成物(スラッジ)の生成を抑制でき、さらに、溶接継手における溶接熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)の靭性、特に、片面または両面1パスのサブマージアーク溶接(Submerged Arc Welding:SAW)、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガス溶接等の大入熱溶接の溶接熱影響部靭性(HAZ靭性)が良好な、溶接熱影響部の靭性に優れた原油油槽用鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】
原油を輸送する原油タンカーの油槽や、原油を貯蔵する地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する鋼製油槽には、強度や溶接性に優れた溶接構造用鋼が使用されている。
【0003】
原油中に含まれる水分、塩分や腐食性ガス成分により、鋼は腐食環境に晒される(例えば、非特許文献1および2参照)。特に、原油タンカー油槽内面では、原油中の揮発成分や、混入海水、油田塩水中の塩分、防爆のために油槽内に送られるイナートガスと呼ばれる船舶のエンジン排気ガス、昼夜の温度変動による結露などによって独特の腐食環境になり、鋼板は腐食減肉する。
【0004】
この鋼板の腐食減肉により、所要の船体強度を維持することが難しくなると、鋼板の切替え(腐食した部材を切断して、新たな部材を溶接接合すること)が必要となり、多大なコストがかかる。
【0005】
さらに、前記腐食損傷に加えて、鋼製油槽内面の鋼表面に、大量の固体の硫黄分(以下、固体Sと記す)が生成・析出する。これは、腐食したデッキ裏の表面の鉄さびが触媒になり、気相中のSO2とH2Sが反応して固体Sを生成すると考えられている。鋼の腐食による新しい鉄さびの生成と、固体Sの析出が交互に生じ、鉄さびと固体Sとの層状腐食生成物が析出する。
【0006】
固体S層は脆いため、固体Sと鉄さびとからなる生成物は容易に剥離、脱落し、油槽底にスラッジとして堆積する。定期検査で回収するスラッジの量は、超大型原油タンカーで300トン以上と言われており、維持管理上、固体Sを主体としたスラッジの低減が強く求められていた。
【0007】
すなわち、原油油槽用の鋼板として優れた耐食性を有し、かつ、固体Sを含むスラッジの生成が少ない耐食鋼板が求められていた。
【0008】
鋼の防食と固体Sを主体としたスラッジの低減を同時に図る技術としては、塗装・ライニング防食が一般的であり、亜鉛やアルミニウムの溶射による防食も提案されている(非特許文献1参照)。
【0009】
しかし、施工コストがかかるという経済的な問題点に加えて、防食層の施工時のミクロな欠陥や、経年劣化で腐食が不可避的に進展するため、塗装・ライニングをしても定期的な検査と補修とが不可欠であるといった課題があった。一方、鋼材の特性によって鋼の防食とスラッジの低減を同時に図る技術は提案されていない。
【0010】
鋼材側の対策技術の提案は未だ極めて少なく、いずれも耐食性の改善に限られる。例えば、船舶外板、バラストタンク、カーゴオイルタンク、鉱炭船カーゴホールド等の使用環境で優れた耐食性を有する造船用鋼が提案されている(特許文献1参照)。特許文献1に記載された耐食鋼は、C、Si、Mn、P、S、Alを適量含み、かつ、Cu:0.01〜2.00%、Mg:0.0002〜0.0150%を含有することにより、耐全面腐食性および耐局部腐食性を向上させた鋼である。
【0011】
また、荷油タンク用途で優れた耐食性と造船用鋼として優れた溶接性を有する荷油タンク用耐蝕鋼が提案されている(特許文献2および3参照)。
【0012】
特許文献2に記載された耐食鋼は、含P−極低S−Cu−Ni−Cr−Al鋼で、溶接性を確保するために合金添加総量の上限を式値で規定し、荷油タンクに導入される防爆防止の原動機排ガスによる荷油タンク内腐食に対して優れた耐食性を有する鋼である。
【0013】
特許文献3に記載された耐食鋼は、低P−極低S−Cu−Ni−Cr−Al鋼で、溶接性を確保するために合金添加総量の上限を式値で規定し、荷油タンクに導入される防爆防止の原動機排ガスによる荷油タンク内腐食に対して優れた耐食性を有する鋼である。
【0014】
また、原油を油槽または貯蔵するタンク内で生じる腐食に対して優れた耐食性を示す耐原油タンク性に優れた鋼材およびその製造方法について提案されている(特許文献4参照)。
【0015】
特許文献4に記載された耐食鋼は、Cu:0.5〜1.5%、Ni:0.5〜3.0%、Cr:0.5〜2.0%を添加し、かつ合金添加量の増加に伴う局部腐食発生を抑制するために、1.0≦0.3Cu+2.0−Cr−0.5Cu≦3.8に制限し、原油タンクの気相部および液相部で優れた耐食性を有する鋼である。
【0016】
しかしながら、上記いずれの耐食鋼も、原油油槽の環境での鋼自体の耐食性の向上については提案しているが、特に油槽の気相部で大量に生成・剥落する固体Sの析出を、鋼材側から抑制する技術は開示していない。それ故、タンクなど溶接構造物用途では構造物の信頼性向上、寿命延長の観点から、耐食性に優れ、かつ固体Sを主体としたスラッジの生成を抑制し、溶接施工性に優れた構造用鋼の開発が待たれていた。
【0017】
上記のように、原油油槽に対して種々の形態の腐食を抑制できる技術が必要とされているが、加えて、原油タンカーに使用される溶接構造用鋼では、溶接施工時間の短縮、コストの削減のために、片面または両面1パスのSAW(例えば、フラックス−銅バッキング溶接)、エレクトロガス溶接、エレクトロガス溶接等の大入熱溶接の溶接熱影響部靭性(HAZ靭性)を確保することも必要である。
【0018】
大入熱溶接時の鋼材のHAZ靭性に注目した提案は従来から数多くある。例えば、微細なTi窒化物を鋼中に確保することによって、HAZのオーステナイト粒を小さくし、靭性を向上させる方法が提案されている(特許文献5参照)。また、Ti窒化物とMnSとの複合析出物をフェライトの変態核として活用し、HAZの靭性を向上させる方法が提案されている(特許文献6参照)。
【0019】
しかしながら、Ti窒化物は、HAZのうち最高到達温度が1400℃を超える溶接金属との境界(溶接ボンド部と称する)近傍ではほとんど固溶してしまうので、靭性向上効果が低下してしまうという問題があり、近年の厳しい鋼材特性への要求を達成することが困難である。
【0020】
この溶接ボンド部近傍の靭性を改善する方法としてTi酸化物を含有した鋼が、板、形鋼などの様々な分野で使用されている。例えば、厚板分野では、Ti酸化物を含有した鋼が大入熱溶接部靭性向上に非常に有効であり、高張力鋼への適用が有望である(例えば、特許文献7および8参照)。
【0021】
この原理は、鋼の融点においても安定なTi酸化物をサイトとして、溶接後の温度低下途中にTi窒化物、MnS等が析出し、さらに、それらをサイトとして微細フェライトが生成し、その結果、靭性に有害な粗大フェライトの生成が抑制され、靭性の劣化が防止できるというものである。
【0022】
しかしながら、このようなTi酸化物は、鋼中へ分散される個数をあまり多くすることができない。その原因は、Ti酸化物の粗大化や凝集合であり、Ti酸化物の個数を増加させようとすれば、5μm以上の粗大なTi酸化物、いわゆる介在物が増加してしまう。
【0023】
この5μm以上の介在物は構造物の破壊の起点となって有害であり、靭性の低下を引き起こす。したがって、さらなるHAZ靭性の向上を達成するためには、粗大化や凝集合が起こりにくく、Ti酸化物よりも微細に分散する酸化物を活用する必要がある。
【0024】
また、このようなTi酸化物の鋼中への分散方法としては、Al等の強脱酸元素を実質的に含まない溶鋼中へのTi添加によるものが多い。しかしながら、単に溶鋼中にTiを添加するだけでは、鋼中のTi酸化物の個数、分散度を制御することは困難であり、さらに、TiN、MnS等の析出物の個数、分散度を制御することも困難である。
【0025】
その結果、Ti脱酸のみによってTi酸化物を分散させた鋼においては、例えば、Ti酸化物の個数が充分でなかったり、厚板の板厚方向の靭性変動を生じる等の問題点が認められる。
【0026】
さらに、特許文献7等記載の方法では、Ti酸化物を生成しやすくするために、Al量の上限を、0.007%という非常に少ない量で制限している。鋼材中のAl量が少ない場合、AlN析出物量の不足などの原因により、母材の靭性が低下する場合がある。また、通常使用されている溶接材料を用いてAl量の少ない鋼板を溶接した場合、溶接金属の靭性が低下する場合がある。
【0027】
このような課題に対して、Ti添加直後のAlを添加することにより生成するTi−Al複合酸化物を活用する技術が提案されている(例えば、特許文献9参照)。
【0028】
この技術により、大入熱溶接HAZ靭性を大幅に向上させることが可能であるが、直近、造船業界、建設業界においては、200kJ/cm以上、大きいものでは1000kJ/cmものさらなる溶接入熱の増加が進められており、より一層のHAZ靭性を有する鋼材が必要とされている。この際、とくに溶接融合部(Fusion Line:FL)近傍の靭性向上が必要となる。
【0029】
【特許文献1】
特開2002−17381号公報
【特許文献2】
特開2002−107179号公報
【特許文献3】
特開2002−107180号公報
【特許文献4】
特開2002−173736号公報
【特許文献5】
特公昭55−26164号公報
【特許文献6】
特開平3−264614号公報
【特許文献7】
特開昭61−79745号公報
【特許文献8】
特開昭62−103344号公報
【特許文献9】
特開平6−293937号公報
【非特許文献1】
日本高圧力技術協会:石油タンクの防食および腐食管理指針HPISG、p.18(1989〜90)
【非特許文献2】
社団法人日本造船協会:H12年度研究概要報告、SR242 原油タンカーの新形コロージョン挙動の研究
【0030】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、原油油槽環境で優れた耐食性を示し、かつ、特に、気相部で生成の著しい固体Sを含む腐食生成物の生成速度が遅く、これに加え、溶接継手における溶接熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)の靭性、特に、片面または両面1パスのサブマージアーク溶接(Submerged Arc Welding:SAW)、エレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接等の大入熱溶接の溶接熱影響部靭性(HAZ靭性)も良好な、溶接熱影響部の靭性に優れた原油油槽用鋼を提供することである。
【0031】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、常時気相部となる原油油槽デッキ裏での鋼の耐食性に及ぼす鋼の化学成分の影響を調査した結果、一般的な溶接構造用鋼の化学組成を基本として、Crを実質的に無添加とし、特定量のMo、Wのいずれかまたは両方とCuとを適正量複合添加し、不純物であるP、Sの添加量を限定することにより、当該環境での耐食性を向上させることが可能であり、合わせて、スラッジの生成を大幅に低減できるとの知見を得た。
【0032】
さらに、耐食性を発現する組成におけるHAZ靭性向上のための研究を詳細に行い、既存の大入熱溶接用鋼では、耐食性のために、Mo、W、Cuを必要量含有させると、大入熱溶接におけるHAZにおいて、靭性向上に有効な粒内フェライト変態が抑制されたり、硬さの低減が十分でなくなるために、HAZ靭性が劣化する可能性が大きいことを知見した。
【0033】
そして、耐食性発現のためにMo、W、Cuを適正量含有した鋼においては、粒内フェライト変態(IGF)に代表される変態組織の制御によるHAZ靭性向上技術は一般的には有効でなく、FL近傍の高温にさらされるHAZの加熱オーステナイト粒径を高温で安定な酸化物および/または硫化物によって微細化する手段を採用すべきであること、その中でも、Caおよび/またはMgを含有する酸化物やCa、Cu、Mgの1種以上を含有する硫化物をHAZの加熱オーステナイト粒径微細化に用いると、同時に耐食性も一層向上できることを新たに知見した。
【0034】
すなわち、上記酸化物、硫化物が微細に分散することにより、腐食が均一化し、孔食状の局部腐食が軽減でき、さらに、上記硫化物によってSが安定的に固定されることにより、固体Sを主体としたスラッジの低減が一層図られる。
【0035】
本発明は、上記の新知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは、下記に示すとおりである。
【0036】
(1)質量%で、
C :0.001〜0.2%、
Si:0.01〜1%、
Mn:0.1〜2%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Cu:0.01〜1.5%、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.001〜0.01%、
Ti:0.005〜0.03%、
Ca:0.0005〜0.003%を含有し、さらに、
Mo:0.01〜0.5%、
W :0.02〜1%、
の1種または2種を含有し、かつ、(1)式で示される炭素当量(Ceq.)が0.4%以下で、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、鋼中に、円相当径で0.005〜2μmの酸化物粒子を単位面積当たりの個数で、100〜3000個/mm2含有し、該酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、Oを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
を含有することを特徴とする溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0037】
(2)前記酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、O、Sを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
S :1%以上、
を含有することを特徴とする前記(1)に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0038】
(3)質量%で、
C :0.001〜0.2%、
Si:0.01〜1%、
Mn:0.1〜2%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Cu:0.01〜1.5%、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.001〜0.01%、
Ti:0.005〜0.03%、
Ca:0.0005〜0.003%、
Mg:0.0001〜0.002%を含有し、さらに、
Mo:0.01〜0.5%、
W :0.02〜1%、
の1種または2種を含有し、かつ、(1)式で示される炭素当量(Ceq.)が0.4%以下で、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、鋼中に、円相当径で0.005〜2μmの酸化物粒子を単位面積当たりの個数で、100〜3000個/mm2含有し、該酸化物の組成が、少なくともCa、Al、Mg、Oを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
Mg:1%以上、
を含有することを特徴とする溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0039】
(4)前記酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、Mg、O、Sを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
Mg:1%以上、
S :1%以上、
を含有することを特徴とする前記(3)に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0040】
(5)さらに、鋼中に、円相当径で0.05〜2μmのCaS、CuSまたはCaとCuをともに含有する複合硫化物の1種または2種以上を含有し、該硫化物粒子の単位面積当たりの合計個数が、100〜3000個/mm2であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0041】
(6)さらに、鋼中に、円相当径で0.05〜2μmのCaS、CuS、MgSまたはCa、Cu、Mgを2種以上含有する複合硫化物の1種または2種以上を含有し、該硫化物粒子の単位面積当たりの合計個数が、100〜3000個/mm2であることを特徴とする前記(3)または(4)に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0042】
(7)質量%で、Cuが、0.01〜0.5%であることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0043】
(8)質量%で、Moが、0.01〜0.1%であることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0044】
(9)質量%で、Wが、0.02〜0.2%であることを特徴とする前記(1)〜(8)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0045】
(10)質量%で、Pが、0.015%以下であることを特徴とする前記(1)〜(9)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0046】
(11)質量%で、Sが、0.006%以下であることを特徴とする前記(1)〜(10)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0047】
(12)質量%で、Siが、0.01〜0.5%であることを特徴とする前記(1)〜(11)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0048】
(13)質量%で、Crが、0.1%未満であることを特徴とする前記(1)〜(12)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0049】
(14)質量%で、
Ni:0.1〜3%、
Co:0.1〜3%、
V :0.01〜0.2%、
Nb:0.003〜0.05%、
Ta:0.01〜0.2%、
Zr:0.005〜0.1%、
B :0.0002〜0.005%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(13)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0050】
(15)質量%で、
Y :0.001〜0.1%、
La:0.005〜0.1%、
Ce:0.005〜0.1%、
のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(14)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0051】
(16)質量%でさらに、
Sb:0.01〜0.3%、
Sn:0.01〜0.3%、
As:0.01〜0.3%、
Bi:0.01〜0.3%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(15)のいずれかに記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
【0052】
【発明の実施の形態】
本発明は前述の課題を克服し、目的を達成するもので、その具体的手段を以下に示す。
【0053】
先ず、本発明に係る成分元素とその含有量について説明する。文中における成分含有量の%の単位は質量%である。
【0054】
Cは、0.001%未満に脱C化することは工業的には経済性を著しく阻害するため、0.001%以上含有させるが、強化元素として用いる場合には、0.002%以上の含有がより好ましい。一方、0.2%を超えて過剰に含有させると、溶接性やHAZ靭性の劣化等も生じ、溶接構造物用鋼として好ましくないため、本発明においては、0.001〜0.2%を限定範囲とした。
【0055】
Siは、脱酸元素として必要であり、脱酸効果を発揮するためには、0.01%以上必要である。Siは耐全面腐食性向上に効果があり、また、耐局部腐食性向上にもわずかながら効果がある元素である。この効果を発現させるためには、0.1%以上含有させることが好ましい。
【0056】
一方、Siを過度に含有させると、熱延スケールの固着(スケール剥離性の低下)を招き、スケール起因の疵が増加するため、かつ、母材やHAZの靱性も劣化するため、本発明においては上限を1%とする。特に、耐食性とともに溶接性や母材及び継手靭性への要求が厳しい鋼の場合は、上限を0.5%とすることが好ましい。
【0057】
Mnは、鋼の強度確保のために0.1%以上必要である。一方、2%超になると、溶接性の劣化や、粒界脆化感受性を高めて母材靱性、HAZ靱性にとって好ましくないため、本発明においては、Mnの範囲を0.1〜2%に限定する。
【0058】
なお、C、Mnは耐食性にほとんど影響を及ぼさない元素であるため、特に、溶接構造用途で炭素当量を限定する場合には、C、Mn量で調整することが可能である。
【0059】
Pは不純物元素であり、0.02%を超えると溶接性を劣化させるため、0.02%以下に限定する。特に、0.015%以下にした場合に、耐食性および溶接性、HAZ靱性に良好な影響を及ぼすため、好ましい。
【0060】
Sも不純物元素であり、0.01%を超えるとスラッジの生成量を増加させる傾向がある。さらに、機械的性質、特に延性を著しく劣化させるため、0.01%を上限とする。S量は耐食性や機械的性質に対して少ないほど好ましく、0.006%以下が、特に好ましい。
【0061】
Cuは、Mo、Wとともに0.01%以上含有させると、耐食性向上に有効であり、さらに、固体Sの生成抑制にも効果がある。1.5%を超えて含有させても、それらの効果はほぼ飽和し、逆に、鋼片の表面割れの助長、継手靭性の劣化等、悪影響も顕在化するため、本発明では上限を1.5%とする。耐食性、スラッジ生成抑制効果と製造性とのバランスから、0.01〜0.5%がより好ましい。
【0062】
Alは脱酸に有用な元素であり、また、AlNにより母材の加熱オーステナイト粒径微細化に有効な元素である。さらに、固体Sを含む腐食生成物の生成抑制効果も有し、有益である。ただし、これらの効果を発揮するためには0.001%以上含有する必要がある。
【0063】
一方、0.1%を超えて過剰に含有すると、HAZの加熱オーステナイト微細化に有効な微細酸化物の分散に悪影響を及ぼし、また、粗大な酸化物を形成して延性を劣化させるため、0.001%〜0.1%の範囲に限定する必要がある。
【0064】
Nは、固溶状態では延性、靭性に悪影響を及ぼすため、好ましくないが、V、AlやTiと結びついてオーステナイト粒微細化や析出強化に有効に働くため、微量であれば機械的特性向上に有効である。また、工業的に鋼中のNを完全に除去することは不可能であり、必要以上に低減することは、製造工程に過大な負荷をかけるため、好ましくない。
【0065】
そのため、延性、靭性への悪影響が許容できる範囲で、かつ、工業的に制御が可能で、製造工程への負荷が許容できる範囲として下限を0.001%とする。過剰に含有すると、固溶Nが増加し、延性や靭性に悪影響を及ぼす可能性があるため、許容できる範囲として、上限を0.01%とする。
【0066】
Tiは、HAZの加熱オーステナイト粒径微細化を酸化物によるピンニングで行う場合には、適正に添加が必要である。詳細は後述するが、効果を発揮するためには0.005%以上必要である一方、0.03%を超えると粗大なTiNや酸化物を形成する恐れがあるため、本発明においては、Tiは0.005〜0.03%に限定する。
【0067】
Caも、Tiと同様、酸化物の微細分散をHAZの加熱オーステナイト微細化に用いる場合には、必須の元素である。加熱オーステナイト粒径微細化に効果を発揮するためには0.0005%以上必要である一方、0.003%を超えると粗大な硫化物や酸化物を形成する恐れがあるため、本発明においては、Caは0.0005〜0.003%に限定する。
【0068】
また、Mgも酸化物の微細分散に有効であり、必要に応じて含有させる。その場合は、0.0001〜0.002%の範囲とするが、これは、0.0001%未満では効果が明確でなく、0.002%超では酸化物の粗大化が懸念されるためである。
【0069】
Mo、Wは、耐食性および固体Sの析出抑制に対して、Cuと同様に、重要な元素であり、0.01%以上のCuとともに含有させることが必要である。MoとWとはほぼ同等の効果を有し、Moは0.01〜0.5%、Wは0.02〜1%の範囲で、各々単独または両方を含有させる必要がある。
【0070】
Moは0.01%以上、Wは0.02%以上含有させると、耐食性向上および固体Sの析出抑制に明確な効果を生じる。一方、Moは0.5%を超えて、Wは1%を超えて含有させても、耐食性および固体Sの析出抑制の向上効果は飽和する一方で、溶接性や靭性を劣化させるため、Moは0.01〜0.5%、Wは0.02〜1%に限定する。
【0071】
なお、析出物の生成を抑制して固溶Mo、Wを確実に確保するためには、Mo、Wの上限を各々、0.1%、0.2%とすることがより好ましい。
【0072】
以上が本発明鋼における化学組成に関した個々の元素の限定理由であるが、本発明においては、大入熱溶接におけるHAZ靱性を確実に確保するために、さらに、(1)式で示す、炭素当量(Ceq.)を0.4%以下とする必要がある。
【0073】
(1)式は、本発明鋼における重要な元素であるWも含んだ炭素当量式で、(1)式の炭素当量が0.4%以下であれば、溶接による熱影響部の硬化が抑制され、耐低温割れ性やHAZ靭性が確実に向上する。
【0074】
(1)式の炭素当量が0.4%を超えて過大となると、成分の組み合わせによっては、耐低温割れ性やHAZ靭性の劣化、さらには、HAZの対応力腐食割れ特性の劣化も招く恐れがある。
【0075】
以上が、本発明において必須あるいは重要な元素および不純物元素の限定理由であるが、本発明においては、強度・靭性の調整のために、必要に応じて、Ni、Co、V、Nb、Ta、Zr、Bの1種または2種以上を含有することができる。
【0076】
Ni、Coは強化元素であり、同時に、母材やHAZ靭性の向上に有効な非常に有益な元素である。かつ、Cu、Moを含有する鋼において、耐食性の向上、スラッジ抑制にも効果がある。両元素とも0.1%以上含有させることによって初めて、靭性向上や耐食性向上効果が明確に発現する。
【0077】
一方、両元素とも3%を超えて過剰に含有させることは、両元素とも高価な元素であり、経済的に不適当であるのと、溶接性の劣化を招くため、本発明においては、Ni、Coとも、含有させる場合には0.1〜3%に含有量を限定する。
【0078】
Nb、V、Ta、Zr、Bは、微量で鋼の強度を高めるのに有効な元素であり、主に強度調整のために必要に応じて含有させる。各々効果を発現するためには、Nbは0.003%以上、Vは0.01%以上、Taは0.01%以上、Zrは0.005%以上、Bは0.0002%以上含有させる必要がある。
【0079】
一方、Nbは0.05%超、Vは0.2%超、Taは0.2%超、Zrは0.1%、Bは0.005%超で、靭性劣化が顕著となるため、好ましくない。
【0080】
従って、必要に応じて、Nb、V、Ti、Ta、Zr、Bを含有させる場合は、Nbは0.003〜0.05%、Vは0.01〜0.2%、Taは0.01〜0.2%、Zrは0.005〜0.1%、Bは0.0002〜0.005%に限定する。
【0081】
Y、La、Ceは介在物の形態制御に有効で、延性特性の向上に有効であり、また、大入熱溶接継手のHAZ靭性向上にも有効であり、さらに、Sを固定することによるスラッジ生成抑制効果も弱いながらあるため、必要に応じて含有させる。
【0082】
本発明における各元素の含有量は、効果が発現する下限から下限値が決定され、Yは0.0001%、Laは0.005%、Ceは0.005%を下限値とする。一方、上限値は、介在物が粗大化して、機械的性質、特に、延性と靭性に悪影響を及ぼすか否かで決定され、本発明では、この観点から上限値を、Y、La、Ceのいずれも、0.1%とする。
【0083】
Sb、Sn、As、Biは、各々、0.01%以上含有させることによって、耐食性、特に液相部での局部腐食の進展をさらに抑制する効果を有するため、必要に応じて含有させる場合の下限は0.01%とするが、各々を、0.3%を超えて過剰に含有させても効果が飽和するため、他の特性への悪影響の懸念もあり、経済性も考慮して、上限を0.3%とする。
【0084】
なお、Crは、強化元素であり、強度調整のために必要に応じて含有させることは可能であるが、局部腐食進展速度を最も加速する元素であるため、0.1%以上含有させると、原油環境における耐局部腐食性を劣化させ、かつ、固体Sの生成をやや促進する。そのため、本発明においては、含有させる場合でも、0.1%以上含有させることは好ましくない。従って、意図的には含有させないか、含有させる場合でも0.1%未満が好ましい。
【0085】
以上が本発明における化学組成に関する限定理由であるが、HAZのオーステナイト粒微細化による大入熱溶接のHAZ靱性向上と、さらなる耐局部腐食性の向上のために、本発明においては、酸化物や硫化物粒子の適正分散化を図る必要がある。
【0086】
再加熱オーステナイト粒を細粒化するためには高温でのオーステナイト粒成長を抑制することが必要である。その手段として最も有効な方法は、分散粒子によりオーステナイトの粒界をピンニングし、粒界の移動を抑制する方法が考えられる。そのような作用をする分散粒子の一つとしては、従来、Ti窒化物が有効であると考えられていた。
【0087】
しかしながら、Ti窒化物は1400℃以上の高温では固溶する割合が大きくなるため、ピンニング効果が小さくなる。これに対し、高温で安定な酸化物と硫化物とを併せてピンニング粒子として活用することが有効である。
【0088】
また、分散粒子による結晶粒界のピンニング効果は、分散粒子の体積率が大きいほど、一個の粒子径が大きいほど大きい。ただし、分散粒子の体積率は鋼中に含まれる粒子を構成する元素の濃度によって上限があるので、体積率を一定と仮定した場合には、粒子径はある程度小さい方がピンニングには有効である。
【0089】
酸化物および硫化物の体積分率を大きくする手段の一つとして、酸素量および硫黄量の増大があるが、酸素量、硫黄量の増大は、材質に有害な粗大介在物をも多数生成する原因となるため、有効な手段ではない。酸素量および硫黄量を増大させずに酸化物および硫化物の体積分率を大きくするには、酸素および硫黄との溶解度積が小さい元素を活用することが有効である。
【0090】
酸素との溶解度積が小さい、すなわち、強脱酸元素として、一般的には、Alが用いられる。しかしながら、Alだけでは酸素を充分利用するには不充分で、さらに、Alよりも強い脱酸元素が必要で、Ca、さらには必要に応じて、Mgを活用することが重要である。
【0091】
硫化物を生成しやすい元素として、Mnが挙げられる。しかしながら、Mnだけでは硫黄を活用するには不充分で、上記酸化物におけると同様に、硫黄との溶解度積が小さい、すなわち、安定した硫化物を生成する元素であるCa、Mgの活用が重要である。
【0092】
Ca、Mgをはじめとした種々の脱酸元素を用いた溶解実験結果から、鋼中に生成する酸化物粒子の組成として、Oを除いた元素において、質量%で、Caが5%以上かつAlが5%以上含まれる場合、あるいは、CaおよびAlが5%以上で、さらに、Mgが1%以上含まれることで、酸化物の体積分率すなわち酸化物量を大きくすることが可能となることを知見した。
【0093】
また、さらには、酸化物の周囲に、例えば、CaSおよび/またはMgSといった硫化物が析出することで、酸化物と硫化物とを併せて、より一層の体積分率の増加が可能となることを見出したのである。
【0094】
その場合、酸化物と硫化物を併せて一つの粒子と見なしたときの組成が、Mgを含まない場合で、Oを除いた元素において、質量%で、CaとAlが5%以上、Sが1%以上含まれる必要がある。
【0095】
また、粒子がMgを含む場合は、Oを除いた元素において、質量%で、CaおよびAlが5%以上、MgおよびSが1%以上含まれる必要がある。
【0096】
なお、酸化物中にSを含む場合、酸化物と硫化物とが複合化している場合、酸化物を核として硫化物が該酸化物の周囲に析出している場合のいずれも、オーステナイトの成長抑制には、同等の効果を有する。以降で、酸化物またはピンニング粒子としているものも、特に断らない限り、上記の粒子を包含することとする。
【0097】
次に、HAZの加熱オーステナイト粒のピンニングに有効な粒子の大きさについて述べる。分散粒子による結晶粒界のピンニング効果は、分散粒子の体積率が大きいほど、一個の粒子径が大きいほど大きいが、粒子の体積率が一定のとき、一個の粒子の大きさが小さい方が粒子数が多くなり、ピンニング効果が大きくなるが、あまり小さくなると、粒界に存在する粒子の割合が小さくなるため、その効果は低減する。
【0098】
粒子の大きさを種々変化させた試験片を用いて、高温に加熱したときのオーステナイト粒径を詳細に調査した結果、大〜超大入熱溶接に相当する温度・保持時間において、安定的にオーステナイト粒径をピンニングするためには、前記の組成を有する安定な粒子の大きさとして、円相当径で0.005〜2μmのものが有効であることをつきとめた。
【0099】
また、0.005μmより小さい酸化物粒子はほとんど観察されなかった。この結果より、必要な粒子径を、円相当径で0.005〜2μmとした。
【0100】
次に、必要なピンニング粒子の個数について検討した。粒子個数が多いほど組織単位は微細になり、そのため、粒子個数が多いほどHAZ組織は微細化する。本発明の目的とするフュージョンラインから2mm以内のHAZのオーステナイト粒径を確実に200μm以下とするためには、粒子径が0.005〜2μmの粒子が100個/mm2以上必要である。
【0101】
ただし、粒子数が多くなるほどピンニング力は大となるが、その効果は飽和し、かつ、必要以上に粒子個数を多くすることは、逆に、延性や靭性に有害な粗大な粒子が生成する可能性を高めることにもなり、また、現在の工業技術では限界もあることを考え、本発明においては、粒子数の上限を3000個/mm2とした。
【0102】
以上は、大入熱溶接におけるHAZ靱性向上のためにHAZの加熱オーステナイト粒微細化のための酸化物粒子と硫化物粒子の分散状態の要件についての説明であるが、該酸化物粒子および/または硫化物粒子の適正な微細分散は、腐食を均一化することにより孔食状の局部腐食を軽減させ、さらに硫化物を形成させることによりSを安定的に固定することで、固体Sを主体としたスラッジの低減が一層図られ、耐食性に対しても有効であることを、新たに知見した。
【0103】
以下に、耐食性発現のための酸化物と硫化物に係る要件を示す。
【0104】
先ず、酸化物については、HAZの加熱オーステナイト微細化のために必要なサイズと個数が確保できれば、腐食が均一化され、耐局部腐食性が向上する。酸化物は、Caおよび/またはMgを含有すると、全面および局部腐食速度の抑制に有効である。その含有量はHAZオーステナイト粒微細化に必要な酸化物組成範囲であれば、耐食性向上効果を発揮する。ただし、酸化物粒子組成としては、Ca含有量は10%以上、Mg含有量が2%以上である方が、特に、スラッジの生成抑制に対してより好ましい。
【0105】
さらに、本発明においては、耐食性の向上、特に、固体Sを含むスラッジ抑制のために、必要に応じて、鋼中に、円相当径で0.05〜2μmのCaS、CuS、MgSまたはCa、Cu、Mgを2種以上含有する複合硫化物の1種または2種以上を単位面積当たりの合計個数で100〜3000個/mm2含有させる。
【0106】
硫化物粒子のとしては、CaS、CuSまたはCaとCuをともに含有する複合硫化物の1種または2種以上とすること、または、Mgを含有する鋼においては、CaS、CuS、MgSまたはCa、Cu、Mgを2種以上含有する複合硫化物の1種または2種以上とすることが必要である。
【0107】
上記硫化物粒子は熱的に安定であるため、鋼が腐食する過程において、固体Sを遊離することがなく、スラッジの量を低減することが可能となる。他の硫化物、例えば、FeS、MnS等は腐食環境での安定性が小さく、このような効果を発現できない。
【0108】
なお、本発明でいうところの、CuS、CaS、MgSは、各々、Cu、Ca、Mgをほぼ単独で含有する硫化物を意味し、例えば、CaxSyのように、その構成比や構造が多少変化したものも包含する。
【0109】
また、複合硫化物に関しても、そのCu、Ca、Mgの組み合わせを満足すれば、腐食に対する安定性は担保されるため、その構成比、構造は問わず、例えば、複合硫化物として、(Cu、Ca)S、(Ca、Mg)S、(Cu、Ca、Mg)Sや、(Cu、Ca)xSy、(Ca、Mg)xSy、(Cu、Ca、Mg)xSyのような構造となっているものも包含する。
【0110】
上記硫化物粒子のサイズを円相当径で0.05〜2μmとし、単位面積当たりの合計個数で100〜3000個/mm2とするのは、主として、腐食の均一性を保証するためで、副次的には、靱性や延性の劣化を防止するためである。
【0111】
すなわち、上記硫化物粒子のサイズは、微細な方が耐食性、機械的性質に対して好ましいが、0.05μm未満にしても効果は飽和し、また、工業的にも微細化には限界があるため、本発明においては、粒子サイズの下限を0.05μmとする。サイズの上限は、耐食性の均一性確保、靱性、延性への悪影響を許容できる観点から決定され、本発明では、実験に基づいて2μmとする。
【0112】
そして、上記硫化物粒子の個数が100個/mm2未満であると、腐食の均一性向上効果が小さくなるため、硫化物粒子を必要に応じて鋼中に含有させる場合は、100個/mm2以上とする。上記硫化物粒子の個数は、耐食性に関しては多いほど好ましいが、3000個/mm2超であると、耐食性に対する効果が飽和する一方で、靱性、延性に対してはわずかながら悪影響を生じ始めるため、本発明では、3000個/mm2以下に限定する。
【0113】
上記酸化物粒子および硫化物粒子の大きさおよび個数の測定は、例えば、以下の要領で行なう。母材となる鋼板から抽出レプリカを作製し、それを電子顕微鏡にて10000倍で20視野以上、観察面積にして1000μm2以上を観察することで上記酸化物の大きさおよび個数を測定する。このとき粒子が適正に観察可能であれば、観察倍率を低くしてもかまわない。
【0114】
以下に、本発明の効果を実施例によりさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0115】
【実施例】
以上が、本発明の要件についての説明であるが、さらに、実施例に基づいて本発明の効果を示す。
(実施例)
試作鋼は真空溶解または転炉により溶製し、インゴットまたは鋼片を鋼板に製造した。鋼板は、水冷型の加工熱処理(TMCP)または熱間圧延後の再加熱焼入・焼戻し(QT)により所定の強度・靭性に調整された板厚25mmの鋼板に製造された。
【0116】
表1に化学組成を示す。表1中には、(1)式で計算した炭素当量(Ceq.)を併せて示す。また、表2(表1の続き)に、酸化物と硫化物に係る分析結果を示す。
【0117】
上記酸化物および硫化物の大きさおよび個数の測定は、以下の要領で行った。すなわち、母材となる鋼板の板厚1/4および板厚中心部から各々5枚以上の抽出レプリカを作製し、それを電子顕微鏡にて、10000倍で各レプリカについて10視野以上を観察し、酸化物と硫化物の大きさおよび個数、組成を測定または分析した。酸化物の組成については、酸素を除いた元素の内の構成比(%)を求めた。表1中の構成比は測定した全酸化物の平均値である。
【0118】
【表1】
【0119】
【表2】
【0120】
表3は、試作した鋼板の機械的性質(強度、2mmVノッチシャルピー衝撃特性)と簡易エレクトロガス溶接継手のHAZ靭性を示し、表4と表5は、耐食性の試験結果を示している。
【0121】
【表3】
【0122】
【表4】
【0123】
【表5】
【0124】
母材の引張特性は圧延方向に直角な方向で板厚中心部から丸棒引張試験片を採取して室温にて測定した。母材の靭性は同様に圧延方向に直角な方向で板厚中心部から標準2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、種々の温度で試験を行って、破面遷移温度(vTrs)を求めた。
【0125】
HAZ靭性については、入熱が約20kJ/mmの、1パスの簡易エレガス溶接により作製した継手において、板厚中心部からノッチ位置がフュージョンラインからHAZ側1mmとなるようにして標準2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、−60℃における平均吸収エネルギー(vE−60)を求めた。
【0126】
表4は、主として耐局部腐食性を評価するための試験の結果を示し、表5は、主として耐全面腐食性とスラッジ生成挙動を評価するための試験の結果を示している。
【0127】
表4において、主に耐局部腐食性を評価するための試験条件は下記のとおりである。
【0128】
長さ40mm、長さ40mm、厚さ4mmの試験片を、鋼板の板厚1/4位置が試験片の厚さ中心になるように採取した。試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨後、40mmx40mmの表裏面を残して端面を塗料で被覆した。
【0129】
この試験片を、▲1▼pHが0.5の、10mass%NaClを溶解した1体積%HCl水溶液、▲2▼pHが0.2の、20mass%NaClを溶解した1体積%HCl水溶液、の2種類の腐食液中に浸漬した。
【0130】
浸漬条件は、液温30℃、浸漬時間24hで実施し、腐食減量を測定し、腐食速度を評価した。上記腐食液の組成は、実際の鋼構造物で局部腐食が発生する際の環境の条件を模擬したもので、上記腐食試験での腐食速度の低減に応じて、実環境で局部腐食の進展速度が低減される。
【0131】
表5において、全面腐食性、スラッジ生成挙動を調査するための試験条件は下記のとおりである。
【0132】
長さ40mm、長さ40mm、厚さ4mmの試験片を、鋼板の板厚1/4位置が試験片の厚さ中心になるように採取した。試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨後、40mmx40mmの表面を残して裏面と端面を塗料で被覆した。
【0133】
試作鋼の腐食速度、および、固体Sを主体とするスラッジの生成速度は、図1に示す試験装置を用いて評価した。表6に、腐食試験で使用したガスの組成を示す。
【0134】
【表6】
【0135】
ガスは、混合ガス源1から露点調整水槽2を通して、一定の露点(30℃)に調整した後、試験チャンバー3に送った。腐食試験前に、NaClの付着量が1000mg/m2となるように、試験片4の表面にNaCl水溶液を塗布、乾燥させ、試験チャンバー内の恒温ヒーター板5に水平に設置した。
【0136】
ヒーター制御器6を制御することにより、図2に示すような、20℃x1時間と40℃x1時間の計2時間/サイクルの温度サイクルを与え、試験片の表面で乾湿繰り返しが生じるようにした。
【0137】
720サイクル後に、腐食減量から腐食速度を評価し、試験片表面に生成した生成物質量からスラッジ生成速度を評価した。なお、化学分析およびX線分析で、生成物がオキシ水酸化鉄(鉄さび)および固体Sであることは、予備試験により確認している。
【0138】
実施例のうち、先ず、機械的性質に関しては、本発明の要件を満足している鋼板番号A1〜A10の鋼板は、全て、溶接構造用鋼として十分な母材特性を有していることが、表3から明らかである。
【0139】
さらに、HAZ靭性に関しても、酸化物を適正に微細分散させてFL近傍のHAZ組織を微細化した本発明例の鋼板では、−60℃におけるシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが、全て、200J以上と極めて良好な特性を有していることが明らかである。
【0140】
表4に示す局部腐食特性、および、表5に示す全面腐食特性とスラッジ生成量から、ほぼ普通鋼の組成で、本発明の必須元素であるCu、Mo、Wをいずれも含有していない比較例の鋼板番号B1に比べて、本発明鋼は、その腐食速度、スラッジ生成速度が、全て、約1/4以下に抑制されており、耐食性が著しく向上していることが明白である。
【0141】
特に、表4に示す耐局部腐食性および表5に示すスラッジ生成量に関しては、本発明鋼板は、比較例の鋼板番号B1に比べて、この腐食速度または生成量が約1/5以下に抑制されており、本発明においては、耐局部腐食性と耐スラッジ性の一層の改善が図られていることが明らかである。
【0142】
一方、鋼板番号B1〜B6は、本発明の要件を満足していないため、本発明例に比べて、HAZ靭性と耐食性の一方、または両方が劣っている比較例である。
【0143】
すなわち、鋼板番号B1は、Caを含有していないために、HAZのオーステナイト粒径微細化に必須の酸化物の微細分散が達成されておらず、HAZ靭性が極めて低い。さらに、耐食性の発現に必須のCu、Mo、Wのいずれをも含まないために、いずれの耐食性も本発明例に比べて極めて劣る。
【0144】
鋼板番号B2は、C量が過大であるため、特に、HAZ靭性の低下が著しく、好ましくない。母材靭性も本発明例に比べて劣る。
【0145】
鋼板番号B3は、個々の元素の含有量は本発明範囲であるが、炭素当量が過大であるため、HAZ靭性が劣る。
【0146】
鋼板番号B4は、Caが含有されていないため、HAZのオーステナイト粒径微細化に必須の酸化物の微細分散が達成されておらず、HAZ靭性が低い。
【0147】
鋼板番号B5は、耐食性に有効なCu、Mo、Wのいずれをも含まないため、耐食性が明らかに劣る。
【0148】
鋼板番号B6は、Cr量が高いために、特に、スラッジの生成促進が著しく、好ましくない。耐局部腐食性も若干劣る傾向にある。
【0149】
以上の実施例から、本発明によれば、原油を輸送または貯蔵する構成油槽で生じる原油腐食に対して、優れた耐全面腐食性及び耐局部腐食性を示し、さらに、固体Sを含む腐食生成物(スラッジ)の生成を抑制でき、かつ、良好な大入熱溶接HAZ靭性を有することが明白である。
【0150】
【発明の効果】
本発明によれば、原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する構成油槽で生じる原油腐食に対して、優れた耐全面腐食性および耐局部腐食性を示し、さらに、固体Sを含む腐食生成物(スラッジ)の生成を抑制でき、かつ、良好な大入熱溶接のHAZ靭性を有する溶接構造用の原油油槽用鋼を提供することが可能となり鋼構造物、船舶の長期の信頼性向上、安全性向上、経済性の向上等に寄与する。よって、産業上の本発明の効果は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】腐食試験装置の構成を示す図である。
【図2】試験片に付加した温度サイクルを説明する図である。
【符号の説明】
1…混合ガス源
2…露点調整水槽
3…試験チャンバー
4…試験片
5…恒温ヒーター板
6…ヒーター制御器
Claims (16)
- 質量%で、
C :0.001〜0.2%、
Si:0.01〜1%、
Mn:0.1〜2%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Cu:0.01〜1.5%、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.001〜0.01%、
Ti:0.005〜0.03%、
Ca:0.0005〜0.003%を含有し、さらに、
Mo:0.01〜0.5%、
W :0.02〜1%、
の1種または2種を含有し、かつ、(1)式で示される炭素当量(Ceq.)が0.4%以下で、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、鋼中に、円相当径で0.005〜2μmの酸化物粒子を単位面積当たりの個数で、100〜3000個/mm2含有し、該酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、Oを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
を含有することを特徴とする溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 前記酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、O、Sを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
S :1%以上、
を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。 - 質量%で、
C :0.001〜0.2%、
Si:0.01〜1%、
Mn:0.1〜2%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Cu:0.01〜1.5%、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.001〜0.01%、
Ti:0.005〜0.03%、
Ca:0.0005〜0.003%、
Mg:0.0001〜0.002%を含有し、さらに、
Mo:0.01〜0.5%、
W :0.02〜1%、
の1種または2種を含有し、かつ、(1)式で示される炭素当量(Ceq.)が0.4%以下で、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、鋼中に、円相当径で0.005〜2μmの酸化物粒子を単位面積当たりの個数で、100〜3000個/mm2含有し、該酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、Mg、Oを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
Mg:1%以上、
を含有することを特徴とする溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 前記酸化物粒子の組成が、少なくともCa、Al、Mg、O、Sを含み、Oを除いた元素が、質量%で、
Ca:5%以上、
Al:5%以上、
Mg:1%以上、
S :1%以上、
を含有することを特徴とする請求項3に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。 - さらに、鋼中に、円相当径で0.05〜2μmのCaS、CuSまたはCaとCuをともに含有する複合硫化物の1種または2種以上を含有し、該硫化物粒子の単位面積当たりの合計個数が、100〜3000個/mm2であることを特徴とする請求項1または2に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- さらに、鋼中に、円相当径で0.05〜2μmのCaS、CuS、MgSまたはCa、Cu、Mgを2種以上含有する複合硫化物の1種または2種以上を含有し、該硫化物粒子の単位面積当たりの合計個数が、100〜3000個/mm2であることを特徴とする請求項3または4に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Cuが、0.01〜0.5%であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Moが、0.01〜0.1%であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Wが、0.02〜0.2%であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Pが、0.015%以下であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Sが、0.006%以下であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Siが、0.01〜0.5%であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、Crが、0.1%未満であることを特徴とする請求項1〜12のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
- 質量%で、
Ni:0.1〜3%、
Co:0.1〜3%、
V :0.01〜0.2%、
Nb:0.003〜0.05%、
Ta:0.01〜0.2%、
Zr:0.005〜0.1%、
B :0.0002〜0.005%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜13のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。 - 質量%で、
Y :0.001〜0.1%、
La:0.005〜0.1%、
Ce:0.005〜0.1%、
のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜14のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。 - 質量%で、さらに、
Sb:0.01〜0.3%、
Sn:0.01〜0.3%、
As:0.01〜0.3%、
Bi:0.01〜0.3%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜15のいずれか1項に記載の溶接熱影響部靭性に優れた原油油槽用鋼。
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