JP4224347B2 - 原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法 - Google Patents

原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、溶接構造により形成される原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法に関する。
【0002】
【従来技術】
原油を輸送する原油タンカーの油槽や、原油を貯蔵する地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する原油油槽用鋼材には、強度や溶接性に優れた溶接構造用鋼が使用されている。
原油中に含まれる水分、塩分や腐食性ガス成分により、鋼は腐食環境に晒される(日本高圧力技術協会:石油タンクの防食および腐食管理指針HPIS G、p.18(1989〜90)、社団法人日本造船協会、H12年度研究概要報告、SR242原油タンカーの新形コロージョン挙動の研究)。特に、原油タンカー油槽内面では、原油中の揮発成分や、混入海水、油田塩水中の塩分、防爆のために油槽内に送られるイナートガスと呼ばれる船舶のエンジン排気ガス、昼夜の温度変動による結露などによって独特の腐食環境になり、鋼板は腐食減肉する。
【0003】
鋼板の腐食減肉により、所要の船体強度を維持することが難しくなると、鋼板の切替え(腐食した部材を切断して、新たな部材と溶接接合すること)が必要となり、多大なコストがかかる。さらに、前記腐食損傷に加えて、鋼製油槽内面の鋼表面に、大量の固体の硫黄分(以下、固体Sと記す)が生成・析出する。これは、腐食したデッキ裏の表面の鉄さびが触媒になり、気相中のSOとHSが反応して固体Sを生成すると考えられている。鋼の腐食による新しい鉄さびの生成と、固体Sの析出が交互に生じ、鉄さびと固体Sとの層状腐食生成物が析出する。固体S層は脆いため、固体Sと鉄さびとからなる生成物は容易に剥離、脱落し、油槽底にスラッジとして堆積する。定期検査で回収するスラッジの量は、超大型原油タンカーで300トン以上と言われており、維持管理上、固体Sを主体としたスラッジの低減が強く求められていた。
すなわち、原油油槽用の鋼板として優れた耐食性を有し、かつ、固体Sを含むスラッジの生成が少ない耐食鋼板が求められていた。
鋼の防食と固体Sを主体としたスラッジの低減を同時に図る技術としては、塗装・ライニング防食が一般的であり、亜鉛やアルミニウムの溶射による防食も提案されている(日本高圧力技術協会:石油タンクの防食および腐食管理指針HPIS G、p.18(1989〜90))。しかし、施工コストがかかるという経済的な問題点に加えて、防食層の施工時のミクロな欠陥や、経年劣化で腐食が不可避的に進展するため、塗装・ライニングをしても定期的な検査と補修とが不可欠であるといった課題があった。一方、鋼材の特性によって鋼の防食とスラッジの低減を同時に図る技術は提案されていない。
【0004】
鋼材側の対策技術の提案は未だ極めて少なく、いずれも耐食性の改善に限られる。例えば、特開2002−17381号公報では、船舶外板、バラストタンク、カーゴオイルタンク、鉱炭船カーゴホールド等の使用環境で優れた耐食性を有する造船用鋼が提案されている。特開2002−17381号公報に記載された耐食鋼は、C、Si、Mn、P、S、Alを適量含み、かつ、Cu:0.01〜2.00%、Mg:0.0002〜0.0150%を含有することにより、耐全面腐食性および耐局部腐食性が向上するとしている。特開2002−107179号公報および特開2002−107180号公報では、荷油タンク用途で優れた耐食性と造船用鋼として優れた溶接性を有する荷油タンク用耐蝕鋼が提案されている。特開2002−107179号公報に記載された耐食鋼は含P−極低S−Cu−Ni−Cr−Al鋼で、溶接性を確保するために合金添加総量の上限を式値で規定し、荷油タンクに導入される防爆防止の原動機排ガスによる荷油タンク内腐食に対して優れた耐食性を有する鋼としている。特開2002−107180号公報に記載された耐食鋼は、低P−極低S−Cu−Ni−Cr−Al鋼で、溶接性を確保するために合金添加総量の上限を式値で規定し、荷油タンクに導入される防爆防止の原動機排ガスによる荷油タンク内腐食に対して優れた耐食性を有する鋼としている。特開2002−107180号公報、特開2002−173736号公報では、原油を油槽または貯蔵するタンク内で生じる腐食に対して優れた耐食性を示す耐原油タンク性に優れた鋼材およびその製造方法について提案されている。特開2002−173736号公報に記載された耐食鋼は、Cu:0.5〜1.5%、Ni:0.5〜3.0%、Cr:0.5〜2.0%を添加し、かつ合金添加量の増加に伴う局部腐食発生を抑制するために、1.0≦0.3Cu+2.0−Cr−0.5Cu≦3.8に制限し、原油タンクの気相部および液相部で優れた耐食性を有する鋼としている。
【0005】
しかしながら、上記いずれの耐食鋼も、原油油槽の環境での鋼自体の耐食性については提案されているが、特に油槽の気相部で大量に生成・剥落する固体Sの析出を、鋼材側から抑制する技術は開示されていない。それ故、タンクなど溶接構造物用途では構造物の信頼性向上、寿命延長の観点から、耐食性に優れ、かつ固体Sを主体としたスラッジの生成を抑制し、溶接施工性に優れた構造用鋼の開発が待たれていた。
一方、原油油槽は一般的に溶接構造であり、全面的に塗装やライニングを施さない限り、不可避的に溶接継手部も原油油槽環境に晒される。通常行われる、アーク溶接やエレクトロガス溶接では、溶接ワイヤーやフラックスを溶解させて溶接金属を形成させるため、溶接金属の組成、組織は鋼材のものと異なる方が一般的である。腐食環境中で化学組成や組織の大きく異なる金属が隣接している場合、相対的に電気化学的に卑な一方の金属が選択的に腐食される、異種金属腐食が生じやすい。選択腐食が生じると局部的に大きな腐食が生じる恐れが大となる。耐食性を特に向上させていない普通鋼で原油油槽を作製する場合は、溶接方法や溶接材料によらず、表面積の圧倒的に大きい鋼材の方が電気化学的に卑となるため、溶接継手部が選択的に腐食される問題は生じない。しかしながら、耐食性に優れた鋼材により原油油槽を形成しようとすると、溶接方法や溶接材料によっては溶接金属の方が卑となって、溶接金属が選択的に腐食され、原油油槽全体としては耐食性が損なわれる可能性が生じる。従って、溶接構造で形成される原油油槽全体の原油油槽環境中での耐食性を良好とするためには、鋼材だけでなく、溶接継手部にも配慮する必要があるが、現状では、この要求を満足する技術は見いだされていない。
【0006】
【特許文献1】
特開2002−17381号公報
【特許文献2】
特開2002−17381号公報
【特許文献3】
特開2002−107179号公報
【特許文献4】
特開2002−107180号公報
【特許文献5】
特開2002−107179号公報
【特許文献6】
特開2002−107180号公報
【特許文献7】
特開2002−107180号公報
【特許文献8】
特開2002−173736号公報
【特許文献9】
特開2002−173736号公報
【非特許文献1】
日本高圧力技術協会:石油タンクの防食および腐食管理指針HPIS G、p.18(1989〜90)
【非特許文献2
社団法人日本造船協会、H12年度研究概要報告、SR242原油タンカーの新形コロージョン挙動の研究
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたもので、溶接構造により形成される原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する原油油槽の原油腐食環境中で、溶接継手を含めた原油油槽全体がほぼ同等の優れた耐食性を示す原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法を提供することを課題とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、常時気相部となる原油油槽デッキ裏での鋼の耐食性に及ぼす鋼の化学成分の影響を調査した結果、特定量のCuとMoを複合添加した鋼材を、特定の成分の溶接ワイヤを用いて溶接することにより、原油を輸送または貯蔵する原油油槽の原油腐食環境中で、溶接継手を含めた原油油槽全体がほぼ同等の優れた耐食性を示す原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法を提供できることを見出した。
さらに、該鋼材同士を溶接するに際して、溶接継手部の耐食性が鋼材と同等となるために必要な溶接金属、鋼材の化学組成や金属組織に関する要件を詳細に研究した結果、溶接金属と鋼材との間のCu、Moの含有量の比が特定範囲にすることで、鋼材と溶接金属を含む溶接継手とが同等に良好な耐食性を発現することを新たに知見するに至ったものであり、その要旨とするところは、特許請求の範囲に記載した通りの下記内容である。
【0009】
(1)質量%で、
Cu:0.01%〜1.5%、
Mo:0.01%〜0.12
含有する鋼材を被溶接鋼材とし、
表面に厚さ0.3μm〜30μmのCuがめっきされている溶接ワイヤの全質量に対する質量%で、
C:0.001〜0.2%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.1〜2.5%、
前記表面めっきを含むCu:0.01〜1.0
含有する溶接ワイヤを用いて、
ボンド型フラックスまたは前記溶接ワイヤの少なくとも一方に、Moを質量%で0.01%〜1.0%含有し、溶接入熱を3kJ/mm以上、30kJ/mm以下の範囲で溶接して、溶接金属中のCu、Moと被溶接鋼材中のCu、Moとが下記[1]式および[2]式を満足させることを特徴とする原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法。
3≧溶接金属のCu含有量(質量%)/鋼材のCu含有量(質量%)≧0.3・・[1]
3≧溶接金属のMo含有量(質量%)/鋼材のMo含有量(質量%)≧0.3・・[2]
(2)さらに、被溶接鋼材中に質量%で、
C:0.001〜0.2%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.1〜2.0%、
P:0.03%以下、
S:0.02%以下、
Al:0.001〜0.3%、
N:0.001〜0.01%
を含有することを特徴とする(1)に記載の原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明は前述の課題を克服し、目的を達成するもので、その具体的手段を以下に示す。
先ず、原油油槽を形成する鋼材の成分元素とその含有量についてその限定理由を説明する。文中における成分含有量の%の単位は質量%である。
Cuは、0.01%以上含有させると、耐食性向上に有効であり、さらに固体Sの生成抑制にも効果がある。1.5%を超えて含有させてもそれらの効果はほぼ飽和し、逆に鋼片の表面割れの助長、継手靭性の劣化等、悪影響も顕在化するため、本発明では上限を1.5%とする。耐食性、スラッジ生成抑制効果と製造性とのバランスから、0.01〜0.5%がより好ましい。
Moは、耐食性および固体Sの析出抑制に対してCuと同様、重要な元素であり、0.01%以上のCuとともに含有させることが必要である。Moは0.01〜0.12%、含有させる必要がある。Moを0.01%以上含有させると、耐食性および固体Sの析出抑制に明確な効果を生じる。一方、Moは0.12%を超えて含有させても耐食性および固体Sの析出抑制の向上効果は飽和する一方で、溶接性や靭性を劣化させるため、Moは0.01〜0.12%に限定する。なお、析出物の生成を抑制して固溶Moを確実に確保するためには、Moの上限を0.1%とすることがより好ましい。
上記のMoの範囲は必要条件ではあるが、耐食性に対してより有効に発揮させるためには、含有量を上記範囲とした上で、Moの固溶量を一定以上確保することがより好ましい。すなわち、Moが粗大な析出物を形成すると、その周りに該元素の枯渇層を生じ、耐食性効果が損なわれるため、Moは極力均一に存在することが好ましい。固溶状態のMoは耐食性に対して効果を有するため、Moの固溶量が0.005%以上あれば耐食性が大幅に向上する。
なお、本発明における、耐食性向上に有効な固溶Moとは、全含有量から抽出残渣分析によって求められた析出量を差し引いた量を指す。すなわち、抽出残渣分析では固溶とみなされるようなごく微細な析出物の場合はほぼ固溶状態に準じて均一に鋼中に存在しているとみなせるため、耐食性には有効に働く。
【0011】
以上が本発明の被溶接鋼材の必須成分であるCu,Moの限定理由であり、残部は必要に応じて添加する選択成分、Feおよび不可避的不純物であるが、以下に被溶接鋼材の好ましい成分範囲について説明する。
Cは、0.001%未満に脱C化することは工業的には経済性を著しく阻害するため、0.001%以上含有させるが、強化元素として用いる場合には、0.002%以上の含有がより好ましい。一方、0.2%を超えて過剰に含有させると、溶接性や継手靭性の劣化等も生じ、溶接構造物用鋼として好ましくないため、本発明においては、0.001〜0.2%が好ましい範囲である。
Siは、脱酸元素として必要であり、脱酸効果を発揮するためには、0.01%以上必要である。Siは耐全面腐食性向上に効果があり、また、耐局部腐食性向上にもわずかながら効果がある元素である。該効果を発現させるためには0.1%以上含有させることが好ましい。一方、Siを過度に含有させると、熱延スケールの固着(スケール剥離性の低下)を招き、スケール起因の疵が増加するため、本発明においては上限を1.0%とする。特に、耐食性とともに溶接性や母材及び継手靭性への要求が厳しい鋼の場合は、上限を0.5%とすることが好ましい。
Mnは、鋼の強度確保のために0.1%以上必要である。一方、2.0%超になると、溶接性の劣化や、粒界脆化感受性を高めて好ましくないため、本発明においてはMnの範囲を0.1〜2.0%が好ましい範囲である。
【0012】
Pは、不純物元素であり、0.03%を超えると溶接性を劣化させるため、0.03%以下に限定する。特に、0.015%以下にした場合に、耐食性及び溶接性に良好な影響を及ぼすため、好ましい。
Sも、不純物元素であり、0.02%を超えると、スラッジの生成量を増加させる傾向がある。さらに、機械的性質、特に延性を著しく劣化させるため、0.02%を上限とする。S量は耐食性や機械的性質に対して少ないほど好ましく、0.01%以下が特に好ましい。
Alは、脱酸に有用な元素であり、またAlNにより母材の加熱オーステナイト粒径微細化に有効な元素である。さらに、固体Sを含む腐食生成物の生成抑制効果も有し、有益である。ただし、これらの効果を発揮するためには0.001%以上含有する必要がある。一方、0.3%を超えて過剰に含有すると、粗大な酸化物を形成して延性を劣化させるため、0.001%〜0.3%の範囲に限定する必要がある。
Nは、固溶状態では延性、靭性に悪影響を及ぼすため、好ましくないが、V、AlやTiと結びついてオーステナイト粒微細化や析出強化に有効に働くため、微量であれば機械的特性向上に有効である。また、工業的に鋼中のNを完全に除去することは不可能であり、必要以上に低減することは製造工程に過大な負荷をかけるため好ましくない。そのため、延性、靭性への悪影響が許容できる範囲で、かつ、工業的に制御が可能で、製造工程への負荷が許容できる範囲として下限を0.001%とする。過剰に含有すると、固溶Nが増加し、延性や靭性に悪影響を及ぼす可能性があるため、許容できる範囲として上限を0.01%とする。
【0013】
以上が本発明鋼における化学組成に関する要件とその限定理由であり、残部はFeおよび不可避的不純物であるが、本発明においては、さらに、鋼の諸特性の向上等の目的で、選択的に以下の成分を添加してもよい。
Wは、局部腐食特性に対して効果がある元素であり,0.01%以上のCuとともに含有させることによって,特に局部腐食進展速度低減に顕著な効果を発揮する。WはMoとほぼ同等の効果を有し,Wは0.01〜1%の範囲で含有させることが好ましい。
Wは、0.01%以上含有させると耐局部腐食性向上に明確な効果を生じる一方、1%を超えて含有させると耐局部腐食性が逆に低下し,かつ溶接性や靭性を劣化させるため、0.01〜1%の範囲が好ましい。なお,析出物の生成を抑制して固溶Wを確実に確保するためには、Wの上限を0.05%未満とすることがより好ましい。
耐局部腐食性向上効果をより有効に発揮させるためには,含有量を上記範囲とした上で,MoとWの固溶量を一定以上確保する必要がある。すなわち,Mo,Wとが粗大な析出物を形成すると,その周りに該元素の枯渇層を生じ,耐局部腐食性向上効果が損なわれるため,Mo,Wは極力均一に存在する必要がある。固溶状態のMoとWとは耐局部腐食性に対して同等の効果を有するため,両元素の固溶量の合計が0.005%以上あれば耐局部腐食性が大幅に向上する。
【0014】
Crは、強化元素であり、強度調整のために必要に応じて添加することは可能であるが、Crは局部腐食進展速度を最も加速する元素であるため、0.1%以上含有させると、原油環境における耐局部腐食性を劣化させ、かつ、固体Sの生成をやや促進する。そのため、本発明においては0.1%以上含有させることは好ましくない。従って、意図的には含有させないか、含有させる場合でも0.1%未満が好ましい。
Ni、Coは、母材やHAZ靭性の向上に有効な元素であり、かつ、Cu、Moを含有する鋼において、耐食性の向上、スラッジ抑制にも効果がある。両元素とも0.1%以上含有させることによって初めて、靭性向上や耐食性向上効果が明確に発現する。一方、両元素とも3%を超えて過剰に含有させることは、両元素とも高価な元素であり、経済的に不適当であるのと、溶接性の劣化を招くため、本発明においては、Ni、Coとも、含有させる場合には0.1〜3%に含有量を限定する。
【0015】
Sb、Sn、Pb、As、Bi、Seは、各々、0.01%以上含有させることによって、耐食性、特に液相部での局部腐食の進展をさらに抑制する効果を有するため、必要に応じて含有させる場合の下限は0.01%とするが、各々、0.3%を超えて過剰に含有させても効果が飽和するため、他の特性への悪影響の懸念もあり、経済性も考慮して、上限を0.3%とする。
Nb、V、Ti、Ta、Zr、Bは、微量で鋼の強度を高めるのに有効な元素であり、主に強度調整のために必要に応じて含有させる。各々効果を発現するためには、Nbは0.002%以上、Vは0.005%以上、Tiは0.002%以上、Taは0.005%以上、Zrは0.005%以上、Bは0.0002%以上含有させる必要がある。一方、Nbは0.2%超、Vは0.5%超、Tiは0.2%超、Taは0.5%超、Zrは0.5%、Nは0.005%超で、靭性劣化が顕著となるため、好ましくない。従って、必要に応じて、Nb、V、Ti、Ta、Zr、Bを含有させる場合は、Nbは0.002〜0.2%、Vは0.005〜0.5%、Tiは0.002〜0.2%、Taは0.005〜0.5%、Zrは0.005〜0.5%、Bは0.0002〜0.005%に限定する。
Mg、Ca、Y、La、Ceは介在物の形態制御に有効で、延性特性の向上に有効であり、また、大入熱溶接継手のHAZ靭性向上にも有効であり、さらに、Sを固定することによるスラッジ生成抑制効果も弱いながらあるため、必要に応じて含有させる。本発明における各元素の含有量は効果が発現する下限から下限値が決定され、各々、Mg、0.0001%、Caは0.0005%、Yは0.0001%、Laは0.005%、Ceは0.005%を下限値とする。一方、上限値は介在物が粗大化して、機械的性質、特に延性と靭性に悪影響を及ぼすか否かで決定され、本発明では、この観点から上限値を、Mg、Caは0.01%、Y、La、Ceは0.1%とする。
【0016】
以上が本発明における化学組成に関する限定理由であるが、さらに、鋼材のミクロ組織形態を規定することでより確実に溶接継手部の耐局部腐食特性を向上させることができる。すなわち、上記組成範囲の鋼材同士を溶接し、該溶接継手における溶接金属と鋼材とのCu、Mo、Wの組成比を後述するように適正範囲に規定した場合、溶接金属及び鋼材の溶接熱影響部組織が、少なくともアシキュラーフェライトないしはベイナイトを含む低温変態組織からなり、その場合に、鋼材のミクロ組織が少なくともベイナイトとマルテンサイトの1種または2種から構成され、該ベイナイトとマルテンサイトの合計の面積率が30%以上であることが好ましい。ベイナイトとマルテンサイトの合計の面積率が30%未満で、フェライトあるいはフェライト−パーライト主体組織となると、鋼材側の腐食が選択的に進むため、わずかながら鋼材の耐食性が劣化する。ベイナイトとマルテンサイトの合計の面積率が30%以上であれば、組織的的には溶接金属、溶接熱影響部、鋼材が耐食性からみてほぼ同等となって、局部腐食を起こし難く、原油油槽全体としての耐食性が安定的に向上する。
【0017】
次に、溶接ワイヤの成分の限定理由について説明する。
溶接ワイヤ中のCは、0.001%未満に脱C化することは工業的には経済性を著しく阻害するため、0.001%以上含有させるが、強化元素として用いる場合には、0.002%以上の含有がより好ましい。一方、0.2%を超えて過剰に含有させると、溶接性や継手靭性の劣化等も生じるため、本発明においては、0.001〜0.2%を限定範囲とした。
溶接ワイヤ中のSiは、脱酸元素として必要であり、脱酸効果を発揮するためには、0.01%以上必要である。Siは耐全面腐食性向上に効果があり、また、耐局部腐食性向上にもわずかながら効果がある元素である。該効果を発現させるためには0.1%以上含有させることが好ましい。一方、Siを過度に含有させると、耐食性とともに溶接性や母材及び継手靭性が劣化するため、本発明においては上限を1.0%とする。
溶接ワイヤ中のMnは、溶接金属の強度確保のために0.1%以上必要である。一方、2.5%超になると、溶接性の劣化や、粒界脆化感受性を高めて好ましくないため、本発明においてはMnの範囲を0.1〜2.5%に限定する。
【0018】
溶接ワイヤ中のCuは、0.01%以上含有させると、耐食性向上に有効である。1.0%を超えて含有させても耐食性向上効果はほぼ飽和し、逆に継手靭性の劣化等、悪影響も顕在化するため、本発明では上限を1.0%とする。
なお、本発明に用いる溶接ワイヤの表面には腐食を防止するために0.3μm〜30μmの厚さのCuめっきが施されているので、上記のCu量は、表面めっきを含む質量%をいう。
ボンド型フラックスまたは溶接ワイヤ中のMoは、耐食性に対してCuと同様、重要な元素であり、0.01%以上のCuとともに含有させることが必要である。Moは0.01〜1.0%、含有させる必要がある。Mo0.01%以上含有させると、耐食性向上に明確な効果を生じる。一方、Moは1.0%を超えて含有させても耐食性の向上効果は飽和する一方で、溶接性や靭性を劣化させるため、Moは0.01〜1.0%に限定する。
また、本発明においては溶接入熱を3kJ/mm以上、30kJ/mm以下の範囲とする。溶接入熱が3kJ/mm未満ではフラックスを充分に溶解できずスラグ巻き込みを発生する一方で、溶接入熱が30kJ/mm超では溶接金属の溶け込み形状が悪化して凝固割れが発生するからである。
【0019】
上記理由により組成を規定した鋼材同士を、特定の溶接条件を溶接して原油油槽を形成するに際し、溶接継手及び母材全体での均一腐食性を高め、溶接金属、鋼材各々の耐食性を有効に発現させて、原油油槽全体の耐食性を向上させるためには、溶接金属と鋼材の化学組成のバランスが重要で、特に耐食性発現に必須のCu、Moの溶接金属と鋼材との比が下記[1]及び[2]を満足することが好ましい。
3≧溶接金属のCu含有量(質量%)/鋼材のCu含有量(質量%)≧0.3・・[1]
3≧溶接金属のMo含有量(質量%)/鋼材のMo含有量(質量%)≧0.3・・[2]
Cuに関して、溶接金属中の質量%/鋼材中の質量%が3超であると、溶接金属近傍の溶接熱影響部から母材にかけての鋼材が選択的に腐食されるため、好ましくない。一方、Cuの溶接金属中の質量%/鋼材中の質量%が0.3未満でであると、溶接金属が電気化学的に卑となって、溶接金属の局部腐食が顕著となるため避けるべきである。また、Moも同様に規定する必要があるが、Cuと同様、溶接金属中の質量%/鋼材中の質量%は3〜0.3が好ましい。Cu、及びMo、各々の溶接金属中の質量%/鋼材中の質量%は1に近い方が溶接金属あるいは鋼材のどちらかが選択的に腐食される可能性が小さく、Cu、及び、Mo、各々の溶接金属中の質量%/鋼材中の質量%は1.5〜0.6の範囲内とすることが、より好ましい。
以上が、本発明の要件についての説明であるが、さらに、実施例に基づいて本発明の効果を示す。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0020】
【実施例】
被溶接鋼材は真空溶解または転炉により溶製し、インゴットまたは鋼片を鋼板に製造した。表1に被溶接鋼材の化学組成を示す。
表2には使用した溶接ワイヤの組成を示し、表3に溶接条件を示す。なお、表2におけるWA1,WA2およびWB2の溶接ワイヤの表面には腐食を防止するために1μmの厚さのCuめっきが施されており、溶接ワイヤのCu含有量は、表面めっきを含む質量%で示す。
溶接に使用したフラックスはJIS Z3352 FS−BT1 相当品であり、開先形状は図1に示すようなY開先とした。
なお、表1および表2には、主要な成分以外の残部は記載していないが、必要に応じて添加する選択元素、Feおよび不可避的不純物である。
最初に耐食性試験の結果から説明する。耐食性試験片は、溶接金属(WM)、溶接熱影響部(HAZ)、母材(BM)を含むように長さ80mm、幅40mm、厚さ4mmの試験片を溶接継手における鋼板表面1mmの位置から採取し、試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨後、80mm×40mmの表の一面のみを残して端面、裏面を塗料で被覆した。該試験片を、20mass%NaClを溶解したpHが2.0のHCl水溶液中に浸漬した。浸漬条件は、液温30℃、浸漬時間336hで実施し、溶接金属(WM)、溶接熱影響部(HAZ)、母材(BM)各位置における最大腐食深さを測定し、腐食速度に換算(mm/年)して評価した。
【0021】
上記試験の結果、表4に示すように、本発明の要件を満足している継手記号DA1、3〜5の耐腐食性をみると、鋼材及び溶接材料の化学組成、及び溶接条件が本発明を満足しており、WM、HAZ、BMにわたってほぼ均一に腐食が生じており、かつその腐食速度も十分低くなっている。
次に溶接継手部の靭性評価であるが、本試験では母材、HAZ部、溶接金属よりシャルピ−試験片を採取して衝撃試験を−20℃の試験温度で実施し、吸収エネルギ−の最低値が47J以上であるものを合格とした。表4に試験結果を示すが、表4の値は上記シャルピ−試験の最低吸収エネルギ−値である。本発明であるDA1、3〜5では良好な靭性が確認され溶接継ぎ手部の靭性も問題ないことが確認された。
【0022】
一方、比較例の継手番号DB1、3〜5、8〜11の溶接継手では、下記に示すように、本発明の要件を満足していないために、選択腐食を生じたり、溶接継ぎ手部の靭性に低値を生じたりするような、不具合が発生し、溶接により施工される原油油槽としては実用に問題があることが確認された。
すなわち、継手記号DB1においては、本発明で規定している入熱範囲より過小な入熱で溶接を実施しているためにフラックスを充分に溶解できずスラグ巻き込みが発生し、これが原因でシャルピ−試験において低値が認められた。
また、DB3及びDB4においては、ワイヤにおいてCuが検出されないことから表面にCuがめっきされていないことは明らかであるが、これが原因で溶接に必要な給電が不良となった。このためア−ク状態が不安定となり溶接金属にスラグ巻き込みを発生した。
DB5においては溶接ワイヤに含有されるCuが過剰であるため、溶接金属中のCuが必要以上に高くなり、凝固割れを発生した。
DB8及びDB10においては、母材耐食性に必要なCu及びMoが本発明の規定範囲より過小であるため母材部分及びHAZ部分の耐食性が溶接金属より劣化しており、選択腐食を生じる結果となった。
DB9及びDB11においては母材耐食性に必要なCu及びMoが本発明の規定範囲より過大であるため、母材と溶接金属で電池を形成して溶接金属が選択腐食する結果となった。
【表1】
Figure 0004224347
【表2】
Figure 0004224347
【表3】
Figure 0004224347
【表4】
Figure 0004224347
【0023】
【発明の効果】
本発明によれば、溶接構造により形成される原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する原油油槽の原油腐食環境中で、溶接継手を含めた原油油槽全体がほぼ同等の優れた耐食性を示す原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法を提供することができ、これによって、油槽及び原油油槽を有する鋼構造物、船舶の長期の信頼性や安全性も確保され、さらに経済性の向上等に寄与することができるなど、産業上有用な著しい効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の溶接に使用する開先形状の模式図である。

Claims (2)

  1. 質量%で、
    Cu:0.01%〜1.5%、
    Mo:0.01%〜0.12
    含有する鋼材を被溶接鋼材とし、
    表面に厚さ0.3μm〜30μmのCuがめっきされている溶接ワイヤの全質量に対する質量%で、
    C:0.001〜0.2%、
    Si:0.01〜1.0%、
    Mn:0.1〜2.5%、
    前記表面めっきを含むCu:0.01〜1.0
    含有する溶接ワイヤを用いて、
    ボンド型フラックスまたは前記溶接ワイヤの少なくとも一方に、Moを質量%で0.01%〜1.0%含有し、溶接入熱を3kJ/mm以上、30kJ/mm以下の範囲で溶接して、溶接金属中のCu、Moと被溶接鋼材中のCu、Moとが下記[1]式および[2]式を満足させることを特徴とする原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法。
    3≧溶接金属のCu含有量(質量%)/鋼材のCu含有量(質量%)≧0.3・・[1]
    3≧溶接金属のMo含有量(質量%)/鋼材のMo含有量(質量%)≧0.3・・[2]
  2. さらに、被溶接鋼材中に質量%で、
    C:0.001〜0.2%、
    Si:0.01〜1.0%、
    Mn:0.1〜2.0%、
    P:0.03%以下、
    S:0.02%以下、
    Al:0.001〜0.3%、
    N:0.001〜0.01%
    を含有することを特徴とする請求項1に記載の原油油槽用鋼材のサブマージアーク溶接方法。
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