JP4006562B2 - 圧電体素子、インクジェット式記録ヘッド及びこれらの製造方法並びにインクジェットプリンタ - Google Patents

圧電体素子、インクジェット式記録ヘッド及びこれらの製造方法並びにインクジェットプリンタ Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は圧電体素子の構造に係わり、特に、分極軸の反転或いは回転による膜厚方向の歪み量を増大する技術に関する。
【0002】
【従来の技術】
インク吐出用の駆動源、即ち、電気的エネルギーを機械的エネルギーに変換する素子として、従来からチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を備えた圧電体素子を使用したインクジェット式記録ヘッドがある。このインクジェット式記録ヘッドは、一般には、多数の個別インク通路(インクキャビティやインク溜り等)を形成した加圧室基板と、全ての個別インク通路を覆うように加圧室基板に取り付けた振動板膜と、この振動板膜の前記個別インク通路上に対応する各部分に被着形成した圧電体素子(電気機械変換素子)とを備えて構成されている。この構成のインクジェット式記録ヘッドは、圧電体素子に電界を加えて振動板を変位させることにより、個別インク通路内に収容されているインクを、個別インク通路に設けられたノズルプレートに開口しているノズルから吐出するように設計されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、圧電体素子を駆動したときの総歪み量は、分極軸(ドメイン)の回転に起因する歪み量と、分極回転後の電界による伸長に起因する歪み量(逆圧電効果に起因する歪み量)との和で表すことができる。例えば、PZTの結晶系を菱面体晶系(rhombohedral)とし、(111)面配向になるように処理した場合、すなわち(111)面配向が面内分布を有さない場合、分極軸が取り得る方向は図11において双極子の正負を区別すると4方向になる。つまり膜厚方向で2方向(P上向きとB下向き)、z軸から71°傾いた上向きの方向(C)と、z軸から109°傾いた下向きの方向(D)とである。このとき面内での方向は区別しない。
【0004】
但し、歪みの方向は分極軸が同一直線上にある場合は、双極子の正負には依存しないから、結局膜厚方向(P−B方向)とz軸から71°傾いた方向(C−D方向)の2通りが存在する。電界方向がz軸と平行となるよう電界を圧電体膜に印加すると、ドメインの回転を伴う歪みが生じる。但し、図でBからPへの180°反転、DからCへの反転では歪みは生じない。
【0005】
歪みが生じるドメインの回転はDからP、またはB,CからP又はBの2通りであるが、これは歪む方向に関しては等価である。すなわち電界を膜に印加したときに膜が歪むその方向はCD方向からPB方向の1通りしか存在しない。初期の分極軸がPB方向であるときは、電界印加によるドメインの反転はあっても回転がない。つまりドメインの回転に伴う歪みは生じない。反転に伴う歪みはもともとない。初期の分極軸がCD方向にあるときは、初期歪みの方向もCD方向にある。従って、電界を膜に印加することで、歪みの方向はCD方向からAB方向に変化し、膜厚方向に歪みが生じる。
【0006】
次に、(111)面配向がΔθだけ傾いたときのドメインの回転を伴う歪み方向について説明する。(111)面配向の傾きには、図12、図13に示すyz面内における回転と、図14に示すyz面のy軸を中心とする回転とがある。図12と図13とに示した配向の傾きでは、膜の歪みは下式に表される係数kに比例する。
【0007】
k=cos(Δθ)/cos(θ±Δθ)
上記の式は膜厚方向の歪みが主歪みのz軸への成分比に比例することを意味する。図13の場合は、(111)面配向が傾くことにより歪み効率は低下する。しかし、図12の場合は、cos(θ±Δθ)が0に近づく為に、膜厚方向の歪み効率は著しく大きくなる。特に、傾きが19°、即ちΔθ=(19/180)×π[rad]のとき、cos(θ±Δθ)=0となるから、このときの膜厚方向の歪み効率は理論上無限大となる。結局、(111)面配向が傾いたとき、歪み効率が高くなる。図14の場合は、膜厚方向の歪みの寄与には変化がない。
【0008】
本発明者は分極軸の反転又は回転に起因する歪みについて考察したところ、図12に示すように、(111)面方位をz軸(膜厚方向及び電界方向)に対して19°傾けると、電界を印加する前後における歪み効率を最大にすることができることを見出した。従って、膜厚方向に対してある程度の傾きを有するように、(111)配向方位を設定することで、分極軸の回転に起因する歪み量を向上させることができるものと考えられる。
【0009】
さらに、圧電体素子の上部電極或いは下部電極について、電極内部に圧縮応力を生じる膜で構成すると、圧電体膜は引っ張り応力を受けるため、図12に示すように、分極軸がOC方向からOP方向へと回転しても、引っ張り応力の作用によって分極軸はOP方向からOC方向へと戻り、残留分極にならないと考えられる。
【0010】
そこで、本発明は分極の回転に起因する歪み量を増大することのできる圧電体素子及びその製造方法を提供することを課題とする。また、当該圧電体素子をインク吐出駆動源とするインクジェット式記録ヘッド及びその製造方法を提供することを課題とする。さらに、当該インクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェットプリンタを提供することを課題とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するべく、本発明の圧電体素子は、菱面体晶系の圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たすように構成する。
【0012】
本構成により、外部電界によって分極軸は膜面方向から反転又は回転するため、分極軸の回転に起因する圧電体膜の膜厚方向の歪み量を増大させることができる。好ましくは、上記θの値について、14deg≦θ≦23degの範囲に設定する。
【0013】
また、下部電極として、(111)配向が膜内部に分布している白金、イリジウム或いはペロブスカイト構造の金属酸化物が好適である。この場合も、下部電極の(111)面の配向方位について、上記θ及びφの値を満たすように構成する。
【0014】
上記の圧電体素子を製造するには、下部電極の下地となる振動板膜の表面に凹凸を形成し、当該振動板膜上に(111)配向の下部電極を成膜することで下部電極内の(111)配向を膜内部に分布させる工程、及び当該下部電極上に菱面体晶系の圧電体膜を成膜することで圧電体膜内の(111)配向を膜内部に分布させる工程によって製造することができる。
【0015】
このとき、上記振動板膜は表面の凹凸の高さが5nm以上50nm以下の範囲にある多結晶体、或いはアモルファス層で構成することが好ましい。
【0016】
本発明のインクジェット式記録ヘッドは、上記圧電体素子と、当該圧電体素子の機械的変位によって内容積が変化する加圧室と、当該加圧室に連通してインク滴を吐出する吐出口とを備えている。当該インクジェット式記録ヘッドを印字手段に備えることで、本発明のインクジェットプリンタを提供することができる。
【0017】
本発明に係る圧電体素子は、(a)高さが5nm以上50nm以下の凹凸を表面に有する振動板膜と、(b)前記振動板膜上に配置された、(111)配向の下部電極と、(c)前記下部電極上に配置された、(111)配向の菱面体晶系の圧電体膜と、(d)前記圧電体膜上に配置された上部電極と、を備え、前記下部電極の(111)配向及び前記圧電体膜の(111)配向がそれぞれ膜内部に分布し、かつ、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、前記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、かつ、0≦φ≦360degの条件を満たすように前記圧電体膜の(111)配向が面内分布した、圧電体素子である
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子は、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、14deg≦θ≦23deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たす。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子において、前記下部電極は(111)配向が膜内部に分布している白金或いはイリジウムである。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子において、前記下部電極は(111)配向が膜内部に分布しているペロブスカイト構造の金属酸化物である。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子において、前記下部電極の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たす。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子において、前記下部電極の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、14deg≦θ≦23deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たす。
本発明に係るインクジェット式記録ヘッドは、(a)上記本発明に係る圧電体素子と、(b)当該圧電体素子の機械的変位によって内容積が変化する加圧室と、(c)当該加圧室に連通してインク滴を吐出する吐出口と、を備える。
本発明に係るインクジェットプリンタは、上記本発明に係るインクジェット式記録ヘッドを印字機構に備える。
本発明に係る圧電体素子の製造方法は、(a)下部電極の下地となる振動板膜の表面に高さが5nm以上50nm以下の凹凸を形成する工程と、(b)当該振動板膜上に(111)配向の下部電極を成膜する工程と、(c)当該下部電極上に(111)配向の菱面体晶系の圧電体膜を成膜する工程と、を備え、前記下部電極の(111)配向及び前記圧電体膜の(111)配向がそれぞれ膜内部に分布し、かつ、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、前記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、かつ、0≦φ≦360degの条件を満たすように前記圧電体膜の(111)配向が面内分布する、ことを特徴とする
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子の製造方法において、前記下部電極の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、14deg≦θ≦23deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たす。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子の製造方法において、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たす。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子の製造方法において、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、上記θ及びφについて、14deg≦θ≦23deg、且つ、0≦φ≦360degの条件を満たす。
好ましくは、上記の本発明に係る圧電体素子の製造方法において、前記振動板膜は多結晶体またはアモルファス層である。
本発明に係るインクジェット式記録ヘッドの製造方法は、上記本発明に係る圧電体素子の製造方法によって圧電体素子を製造する工程を備える。
【0018】
【発明の実施の形態】
以下、各図を参照して本実施の形態について説明する。
図1にインクジェットプリンタの構成図を示す。インクジェットプリンタは、主にインクジェット式記録ヘッド100、本体102、トレイ103、ヘッド駆動機構106を備えて構成されている。インクジェット式記録ヘッド100は、イエロー、マゼンダ、シアン、ブラックの計4色のインクカートリッジ101を備えており、フルカラー印刷が可能なように構成されている。また、このインクジェットプリンタは、内部に専用のコントローラボード等を備えており、インクジェット式記録ヘッド100のインク吐出タイミング及びヘッド駆動機構106の走査を制御し、印字データに基づいてインクドット制御を実現する。また、本体102は背面にトレイ103を備えるとともに、その内部にオートシードフィーダ(自動連続給紙機構)105を備え、記録用紙107を自動的に送り出し、正面の排出口104から記録用紙107を排紙する。
【0019】
次に、インクジェット式記録ヘッドの分解斜視図を図2に示す。ここではインクの共通通路が加圧室基板内に設けられるタイプを示す。同図に示すように、インクジェット式記録ヘッドは加圧室基板1、ノズルプレート2及び基体3から構成される。加圧室基板1はシリコン単結晶基板がエッチング加工された後、各々に分離される。加圧室基板1には複数の短冊状の加圧室10が設けられ、全ての加圧室(キャビティ)10にインクを供給するための共通通路12を備える。加圧室10の間は側壁11により隔てられている。加圧室基板1の基体3側にはインク吐出駆動源として圧電体素子が取り付けられている。各圧電体素子からの配線はフレキシブルケーブルである配線基板4に収束され、プリントエンジン部によって制御される。
【0020】
図4(E)はインクジェット式記録ヘッドの主要部の断面図である。加圧室基板1には加圧室10がエッチング加工により形成されている。加圧室10の上面には振動板膜51が成膜されており、当該振動板膜51には圧電体素子91が形成されている。当該素子の機械的変位は加圧室10内の内容積を変化させ、加圧室10に充填されているインクをノズル21から吐出する。圧電体素子91は逆圧電効果によって電気エネルギーを機械エネルギーに変換する素子であり、下部電極61、圧電体膜7及び上部電極8を備えて構成されている。
【0021】
次に、図3を参照して圧電体素子91の詳細な構成について説明する。基板上には振動板膜51が凹凸上に形成されており、その上に成膜された下部電極61も振動板膜51の凹凸に沿って凹凸状に形成されている。振動板膜51は酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化チタン(TiO)等の酸化金属から成る多結晶体から構成されている。振動板膜51は表面の凹凸の高さが5nm〜50nm程度の平滑性を有する薄膜であり、その膜厚は0.1μm〜2.0μm程度である。下部電極61は(111)配向した立方細密構造の白金或いはイリジウムから構成されている。ここで、図6を参照して下部電極61の結晶配向方位を説明する。下部電極61の底面をxy平面にとり、膜厚方向をz軸にとる。下部電極61の(111)配向の向きをOP方向とし、Pからxy平面に降ろした垂線と同平面との交点をQとする。そして、OPとz軸とのなす角をθとし、OQとx軸とのなす角をφとする。振動板膜51の凹凸の高さを約5nm〜50nm程度にし、その上に(111)配向の下部電極61を成膜すると、上記θ及びφについて下式が成り立つ。
【0022】
0≦θ≦36deg、且つ、0≦φ≦360deg …(1)
(1)式を満たすことで、下部電極61中の(111)配向が下部電極61全体にわたって分布する(以下、面内分布という)。分極の回転に起因する歪み量を増大するためには、θ及びφは下式を満たすことが好ましい。
【0023】
14deg≦θ≦23deg、且つ、0≦φ≦360deg …(2)
下部電極61上には圧電体膜7が形成されている。圧電体膜7として、例えば、ジルコン酸チタン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O:PZT)、ジルコニウム酸鉛(PbZrO)、チタン酸鉛ランタン((Pb,La),TiO)、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン((Pb,La)(Zr,Ti)O)又は、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛(Pb(Zr,Ti)(Mg,Nb)O:PZT―PMN)等の強誘電性セラミックスから成る多結晶体が好適である。圧電体膜7は菱面体晶系の結晶構造を有しており、(111)配向が(1)式或いは(2)式を満たすように成膜されている。特に、圧電体膜7の(111)配向の向きが(2)式を満たすことで、θの値は19deg±5degの範囲内になるため、図12に示すように、分極軸はほぼ膜面方向の位置から反転するため、分極の回転に起因する膜厚方向の歪み量を増大させることができる。
【0024】
上部電極8は、電極として用いることができる導電性材料であれば特に限定されるものではなく、例えば、Pt、RuO2 、IrO2 等の単層膜又はPt/Ti、Pt/Ti/TiN、Pt/TiN/Pt、Ti/Pt/Ti、TiN/Pt/TiN、Pt/Ti/TiN/Ti、RuO2 /TiN、IrO2 /Ir、IrO2 /TiN等の2層以上の積層膜であってもよい。
(実施例)
以下、図4を参照して圧電体素子の製造例をインクジェット式記録ヘッドの製造例と併せて説明する。まず、同図(A)に示すように、加圧室基板1に振動板膜51を成膜した。加圧室基板1として、例えば、直径100mm、厚さ220μmのシリコン単結晶基板を用いた。振動板膜51として、スパッタ法で膜厚が0.5μm〜1.0μm程度のZrを成膜し、その後、基板を1000℃前後で熱処理することで、膜厚0.1μm〜2.0μm程度の酸化ジルコニウムを形成した。続いて、エッチング処理によって表面に凹凸形状を形成した。凹凸の高さは5nm〜50nm程度とした。凹凸の形状として、その断面をV字状、矩形状、鋸状、扇状、波形状或いは円弧状としてもよい。
【0025】
次いで、同図(B)に示すように、振動板膜51上に下部電極61を形成した。具体的には、(111)配向を有する白金をスパッタ法で成膜した。このとき、振動板膜51の表面には高さ5nm〜50nm程度の凹凸が形成されているため、白金電極中の(111)配向の向きは(1)式を満たすように結晶が成長する。振動板膜51の凹凸の形状やその高さを適当に設定すれば、白金電極中の(111)配向の向きは(2)式を満たすことができる。
【0026】
次いで、同図(C)に示すように、圧電体膜7及び上部電極8を形成した。本実施例では圧電体膜7としてPZTを用いた。一般に、PZTの場合、各構成成分の比率に対応して結晶構造が定まる特性を有し、ペロブスカイト構造におけるBサイトの構成元素比、即ち、Zr/Tiのモル比が0.53/0.47以上、0.90/0.10以下の範囲にあるときは菱面体晶系を構成することが知られている。そこで、PZTのZr/Tiのモル比を0.56/0.44とし、ジルコン酸鉛とチタン酸鉛のモル混合比が56%:44%となる2成分系のPZTとした。圧電体膜7を成膜するために、上記PZTを構成する分散した有機金属錯体、即ち、ゾルを調整した。このゾルを調整するため、2−n−ブトキシエタノールを主溶媒として、これにチタニウムテトライソプロポキシド、テトラ−n−プロポキシジルコニウムを混合し、室温下で20分間攪拌した。次いで、ジエタノールアミンを加えて室温で更に20分間攪拌し、更に酢酸鉛を加え、80℃に加熱した。加熱した状態で20分間攪拌し、その後、室温になるまで自然冷却した。
【0027】
このようにして得られたゾルを下部電極61上に塗布するためにスピンコートした。このとき、膜厚を均一にするために最初は500rpmで30秒間、次に1500rpmで30秒間、最後に500rpmで10秒間、スピンコーティングした。この工程でPZTを構成する各金属原子は有機金属錯体として分散している。ゾルを下部電極61上に塗布した後、180℃で30分間乾燥させ、ホットプレートを用いて空気中において330℃で10分間脱脂した。スピンコートから脱脂までの工程を2回繰り返し、その後、環状炉にて酸素雰囲気中700℃で30分間結晶化熱処理を行った。この工程をさらに7回繰り返すことで合計14層から成る膜厚1.6μmの圧電体膜7を成膜した。この結晶化熱処理工程の際に圧電体膜7の(111)配向が下部電極61の凹凸に沿ってさまざまな方位に成長するため、上記θ及びφについて(1)式或いは(2)式が成立し、(111)配向が圧電体膜7中に面内分布する。圧電体膜7の成膜後、スパッタ法により白金を50nmの厚みに成膜して上部電極8を形成した。
【0028】
尚、圧電体素子91を構成する上部電極8及び/又は下部電極61は膜内に圧縮応力を生じる導電性薄膜で構成する必要がある。このように構成することで、圧電体膜7には引っ張り応力が作用するため、膜面方向から回転した分極軸は当該引っ張り応力によってもとの位置に復帰する。従って、分極軸の回転に起因する歪みは残留分極とならない。
【0029】
次いで、同図(D)に示すように、加圧室が形成されるべき位置に合わせてエッチングマスクを施し、平行平板型反応性イオンエッチング等の活性気体を用いたドライエッチングにより、予め定められた深さまで加圧室基板1をエッチングし、加圧室10を形成した。エッチングされずに残った部分は側壁11となる。
【0030】
さらに、上部電極8上にレジストをスピンコートし、加圧室が形成されるべき位置に合わせて露光・現像してパターニングする。残ったレジストをマスクとして上部電極8及び圧電体膜7をエッチングし、加圧室が形成されるべき位置に対応して圧電体素子91を分離した。
【0031】
続いて、同図(E)に示すように、樹脂等を用いてノズルプレート2を加圧室基板1に接合した。ノズル21はリソグラフィ法、レーザ加工、FIB加工、放電加工等を利用してノズルプレート2の所定位置に開口することで形成することができる。ノズルプレート2を加圧室基板1に接合する際には、各ノズル21が加圧室10の各々の空間に対応して配置されるよう位置合せする。ノズルプレート2を接合した加圧室基板1を基体3に取り付ければ、インクジェット式記録ヘッドが完成する。
【0032】
本発明者は上記の製法で得られた圧電体素子91を構成する圧電体膜7について、(111)配向分布を広角XRD法で観測した。図7は従来の製法で得られたペロブスカイト構造を有する圧電体膜の(111)配向分布、図8は上記圧電体膜7の(111)配向分布である。また、図中の傾き角度は膜厚方向からの(111)面方位の角度を示す。これらの図を参照すると、従来の製法で得られた圧電体膜の(111)配向は特定の角度に集中して分布しているのに対し、上記圧電体膜7の(111)配向は面内分布していることがわかる。これは、振動板膜51に凹凸を形成することで、その上に成膜された下部電極61の(111)配向が膜内に面内分布する結果、下部電極61上に成膜された圧電体膜7の(111)配向は下部電極の(111)配向に沿って成長し、上記の実験結果が得られたものと考えられる。
【0033】
そこで、下部電極61の(111)配向分布について同様の観測を行った。図9は従来の製法による下部電極(白金電極)の(111)配向分布、図10は上記下部電極61の(111)配向分布を示している。また、図中の傾き角度は膜厚方向からの(111)面方位の角度を示す。これらの図を参照すると、下部電極61の下地となる振動板膜51に凹凸を形成することで、下部電極61内の(111)配向は面内分布を有することがわかる。
(変形例)
図5に変形例の圧電体素子92を示す。基板上には振動板膜52を介して下部電極62、圧電体膜7及び上部電極8から成る圧電体素子92が形成されている。振動板膜52は表面の凹凸の高さが5nm〜50nm程度の平滑性を有するアモルファス状の層で構成されている。振動板膜52として例えばシリコン酸化膜、シリコン窒化膜等が好適である。下部電極62は(111)配向した立方細密構造の白金或いはイリジウムから構成されており、結晶中の(111)配向方位は(1)式或いは(2)式を満たすように成膜されている。また、下部電極62上に成膜されている圧電体膜7は菱面体晶系の結晶構造を有しており、(111)配向が(1)式或いは(2)式を満たすように成膜されている。このように、下部電極62の下地となる振動板膜52の表面に凹凸を形成することで、下部電極62の(111)配向を面内分布させることができる。
【0034】
尚、上述の説明においては、下部電極61、62として、立方細密構造を有する(111)配向の白金、或いはイリジウムを用いたが、(111)配向したペロブスカイト構造の金属酸化物、例えば、SrRuO,BaPbBiO系,BaLaCuO系,YBaCuO系等を用いることもできる。
【0035】
本発明の圧電体素子は、インクジェット式記録ヘッドのインク吐出駆動源としての他、マイクロアクチュエータ、フィルタ、遅延線、リードセレクタ、音叉発振子、音叉時計、トランシーバ、圧電ピックアップ、圧電イヤホン、圧電マイクロフォン、SAWフィルタ、RFモジュレータ、共振子、遅延素子、マルチストリップカプラ、圧電加速度計、圧電スピーカ、不揮発性強誘電体メモリ素子等に応用することができる。
【0036】
【発明の効果】
本発明によれば、菱面体晶系の圧電体膜内部に(111)配向を分布させることで、分極軸の回転による圧電体膜の膜厚方向の歪み量を増加させることができ、圧電特性に優れた圧電体素子及びその製造方法並びにこれらの応用製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】インクジェットプリンタの構成図である。
【図2】インクジェット式記録ヘッドの分解斜視図である。
【図3】圧電体素子の断面図である。
【図4】インクジェット式記録ヘッドの製造工程断面図である。
【図5】圧電体素子の断面図である。
【図6】<111>配向方位を説明する極座標系である。
【図7】従来の圧電体膜中の(111)配向分布の測定結果である。
【図8】本実施例における圧電体膜中の(111)配向分布の測定結果である。
【図9】従来の下部電極中の(111)配向分布の測定結果である。
【図10】本実施例における下部電極中の(111)配向分布の測定結果である。
【図11】分極軸の反転又は回転による圧電体膜の歪みを説明する図である。
【図12】分極軸の回転による圧電体膜の歪みを説明する図である。
【図13】分極軸の回転による圧電体膜の歪みを説明する図である。
【図14】分極軸の回転による圧電体膜の歪みを説明する図である。
【符号の説明】
1…加圧室基板、10…加圧室、51…振動板膜、52…振動板膜、61…下部電極、62…下部電極、7…圧電体膜、8…上部電極、91…圧電体素子、92…圧電体素子

Claims (5)

  1. 高さが5nm以上50nm以下の凹凸を表面に有する振動板膜と、
    前記振動板膜上に配置された、(111)配向の下部電極と、
    前記下部電極上に配置された、(111)配向の菱面体晶系の圧電体膜と、
    前記圧電体膜上に配置された上部電極と、
    を備え
    前記下部電極の(111)配向及び前記圧電体膜の(111)配向がそれぞれ膜内部に分布しており、かつ、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、前記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、かつ、0≦φ≦360degの条件を満たすように前記圧電体膜の(111)配向が面内分布した、
    圧電体素子。
  2. 請求項に記載の圧電体素子と、
    当該圧電体素子の機械的変位によって内容積が変化する加圧室と、
    当該加圧室に連通してインク滴を吐出する吐出口と、
    を備えたインクジェット式記録ヘッド。
  3. 請求項に記載のインクジェット式記録ヘッドを印字機構に備えたインクジェットプリンタ。
  4. 下部電極の下地となる振動板膜の表面に高さが5nm以上50nm以下の凹凸を形成する工程と、
    当該振動板膜上に(111)配向の下部電極を成膜する工程と、
    当該下部電極上に(111)配向の菱面体晶系の圧電体膜を成膜する工程と、
    を備え
    前記下部電極の(111)配向及び前記圧電体膜の(111)配向がそれぞれ膜内部に分布しており、かつ、前記圧電体膜の膜面方向にx軸及びy軸をとり、膜厚方向をz軸とする直角座標系を定めたとき、原点をOとして(111)面方位をベクトルOPで表し、終点Pからxy平面へ降ろした垂線の足と同平面との交点をQとし、z軸とOPとのなす角をθ、x軸とOQとのなす角をφとしたとき、前記θ及びφについて、0deg≦θ≦36deg、かつ、0≦φ≦360degの条件を満たすように前記圧電体膜の(111)配向が面内分布する、
    圧電体素子の製造方法。
  5. 請求項4に記載の方法で圧電体素子を製造する工程を備えたインクジェット式記録ヘッドの製造方法。
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