JP3936074B2 - クエルシトールの製造方法及び用途 - Google Patents

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  • Preparation Of Compounds By Using Micro-Organisms (AREA)
  • Acyclic And Carbocyclic Compounds In Medicinal Compositions (AREA)

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明はアグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を利用し、安価なミオ−イノシトール(myo−inositol)を原料として、経済価値の高い(+)−プロト−クエルシトール((+)−proto−quercitol)、(−)−ビボ−クエルシトール((−)−vibo−quercitol)、および(+)−エピ−クエルシトール((+)−epi−quercitol)等のクエルシトールを製造する方法、及びそれらの血糖降下作用を有する健康薬としての用途に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
クエルシトールは、狭義には(+)−プロト−クエルシトールをさすが、広義にはシクロヘキサンペントールの総称であり、理論的には4種類のメソ体と6対の光学異性体、計16種類の異性体があり得る。そのうち次の3種類、すなわち(+)−プロト−クエルシトール(ドングリなど広く植物界に存在する)、(−)−プロト−クエルシトール(ユーカリの葉に存在する)、(−)−ビボ−クエルシトール(ガガイモ科の葉から単離)が植物界から見出されている。その他、10種の光学活性体、4種のラセミ体が化学的に合成されている。
【0003】
クエルシトールの薬理作用としては、肺結核患者の心臓障害改善(Probl. Tuberk. (USSR) 64/12, 35-38, 1986)あるいは抗結核剤の心毒作用の改善(Pato1. Fizio1. Eksp. Ter. (USSR) 30/2, 68-71, 1986)などが報告されている。また、水酸遊離基補足作用を有する(Proc. Soc. Edinburgh, 102B, 269-272, 1994)との報告がある。
【0004】
ビボ−クエルシトールは、各種の農医薬の合成用中間体として有用性が期待されるデオキシイノサミンあるいはデオキシイノサミジンの合成原料(Bull. Chem. Soc. Jpn. 39, 1931, 1966、及び、Bull. Chem. Soc. Jpn. 44, 2804-2807, 1971)として知られている。
【0005】
(+)−プロト−クエルシトールは、アカガシの幹に含まれるジ−O−ガロイル−(+)−プロト−クエルシトールの構成成分であり、ジ−O−ガロイル−(+)−プロト−クエルシトールは各種細菌に抗菌作用を示すことが知られている(Chem. Pharm. Bull. 32, 1741-1749, 1984、及び Agric. Biol. Chem. 55, 19-23, 1991)。
【0006】
このように、クエルシトールは各種の農医薬の合成に用いる合成原料として有用であり、またそれ自体も各種の生物学的活性を有することが知られている。
一方、(+)−プロト−クエルシトールを得る方法としては次の(a)及び(b)が知られている。
【0007】
(a)ドングリやヤシの葉に微量に含まれている(+)−プロト−クエルシトールを抽出精製する方法(Ann. Chim. Phys. 27, 392, 1849)。
(b)ハロベンゼン又はシス(1s,2s)−1,2−ジヒドロ−3−ハロカテコールを出発原料として合成する方法(Biochem. 9, 1626, 1970、J. Chem. Soc. Per. Tra. I., 2907, 1991、及び Synlett, 899, 1994)。
【0008】
(+)−プロト−クエルシトールの光学異性体である(−)−プロト−クエルシトールの合成法としては、ユーカリの葉から抽出する方法(Compt. Rend. 253, 3047, 1961)、クエブラキトール又はL−キロ−イノシトールを出発原料とする方法(Carbohyd. Res. 4, 516, 1967、及び J. Org. Chem. 33, 4220, 1968)があり、またラセミ体である(±)−プロト−クエルシトールについてはコンズリトール−A−テトラメチルエーテル(Aust. J. Chem. 43, 1597-1602, 1990)、シクロヘキサジエン(Syn1ett, 609-610, 1993)、あるいはD,L−キロ−イノシトールを出発原料として合成する方法(Bu11. Chem. Soc. Jpn., 3226-3227, 1972)などが知られている。
【0009】
また、(−)−ビボ−クエルシトールを得る方法としては、次の(c)が知られている。
(c)ガガイモ科等の植物の葉に微量に含まれている(−)−ビボ−クエルシトールを抽出精製する方法(J. Chem. Soc., 85, 624, 1904、J. Pharm. Chim., 26, 385, 1937)。
【0010】
(−)−ビボ−クエルシトールの光学異性体である(+)−ビボ−クエルシトールの合成には、L−ミオ−イノソースを出発原料とする方法(Helv. Chim. Acta, 33, 1594. 1950)があり、ラセミ体である(±)−ビボ−クエルシトールについてはミオ−イノシトールを出発原料として合成する方法が知られている(J. Am. Chem. Soc., 75, 402O-4026, 1953)。
【0011】
また、(+)−エピ−クエルシトールを天然から採取する方法は知られていないが、(+)−エピ−クエルシトールの化学合成には、D−ガラクトースを出発原料として合成する方法が知られている(Bioorg. Medic. Chem. Lett., 5, 831-834 (1995)、及びTetrahedron, 53, 16747-16766 (1997))。(+)−エピ−クエルシトールの光学異性体である(−)−エピ−クエルシトールについては、エピ−イノシトールをアセトバクター・サブオキシダンス(Acetobactor suboxydans)によって酸化して得たl−エピ−イノソースを化学的に還元して合成する方法が知られている(J. Am. Chem. Soc., 74, 2618-2621, 1952)。ラセミ体である(±)−エピ−クエルシトールについては、(±)−エピ−イノソースのオキシム体を還元して合成する方法(J. Org. Chem., 14, 1137-1140, 1949)が知られている。
【0012】
しかしながら、上述した(a)〜(c)のクエルシトール光学活性体を製造する方法は、いずれも工業的規模で製造する方法としては必ずしも満足しうるものではない。例えば、植物から(+)−プロト−クエルシトール、(−)−ビボ−クエルシトールを抽出する前述の方法は、植物体中における含有量が少ないため、抽出と精製が困難であり、収率も低い。また、(b)記載の(+)−プロト−クエルシトールや(+)−エピ−クエルシトールを化学合成する方法は操作が煩雑であり、コスト面でも問題がある。
【0013】
アグロバクテリウム属又はサルモネラ属の微生物を用い、ミオ−イノシトールから光学純度の高い(+)−プロト−クエルシトール、(−)−ビボ−クエルシトール、及び(+)−エピ−クエルシトールを製造する方法については知られていない。さらに、これらのなかでも(+)−エピ−クエルシトールは、これまで天然から単離されていなかった化合物である。
【0014】
ところで、糖尿病はインスリン依存性糖尿病と非インスリン依存性糖尿病に大別できる。
現在、糖尿病の治療には、インスリン製剤と経口糖尿病薬が用いられているが、その副作用としてインスリン製剤ではインスリン過量化、不適当なカロリー摂取により低血糖となり、患者がグルコースで処置されなければ、昏睡、致死となる。また、経口糖尿病薬としては、スルホニル尿素が代表的な薬物であるが、この系統の薬剤は胃腸管障害と皮膚反応を示す例が極めて多く、また低血糖と低血糖性昏睡が誘発されるという副作用を有する。したがって、高血糖傾向の人に対して安全で、副作用が少なく、効果の高い血糖降下作用を有する物質の開発が望まれている。
【0015】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題の第1は、それ自体が生物学的活性を有し、また医農薬の合成に用いる原料として有用であるクエルシトールを安価に製造する方法を提供することである。すなわち、医農薬合成原料として用いるためには純度の高い光学活性体が必要であり、高光学活性のクエルシトールが工業生産レベルで供給されることが望まれている。
【0016】
本発明の課題の第2は、高血糖傾向の人に対して安全で、副作用が少なく、効果の高い血糖降下作用を有する物質及びそれを含む健康薬を提供することにある。
【0017】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意検討を重ねてきた。その結果、アグロバクテリウム属に属する微生物又はサルモネラ属に属する微生物をミオ−イノシトールに作用させると、光学純度の高いクエルシトール、特に(+)−プロト−クエルシトール及び(−)−ビボ−クエルシトール、並びにこれまで天然から単離報告例がない(+)−エピ−クエルシトールが効率よく生成されることを見出した。また、これらのクエルシトール立体異性体が血糖降下作用を有することを見出した。
【0018】
すなわち、本発明のクエルシトールの製造方法は、ミオ−イノシトールにアグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を作用させて、前記ミオ−イノシトールをクエルシトールへ変換させることを特徴とする。
【0019】
本発明の製造方法は、具体的には以下に示す(A)及び(B)2つの方法を挙げることができる。
製造方法(A)は、アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を、ミオ−イノシトールを含有する液体培地で培養し、培養液中にクエルシトールを生成蓄積させる工程を含む方法である。
【0020】
製造方法(B)は、アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を培養して得られる菌体を、ミオ−イノシトールを含む溶液中で前記ミオ−イノシトールと反応させ、前記溶液中にクエルシトールを生成させる工程を含む方法である。
【0021】
本発明の方法で製造されるクエルシトールは、好ましくは、包含される数種の立体異性体のうち、下記一般式(I−a)で表される(+)−プロト−クエルシトール、(I−b)で表される(−)−ビボ−クエルシトール、及び(I−c)で表される(+)−エピ−クエルシトールからなる群から選ばれるものである(以下、これらの立体異性体を単に「クエルシトール立体異性体」と言うことがある)。
【0022】
【化3】
Figure 0003936074
【0023】
また、本発明の血糖降下剤は、クエルシトールを有効成分とする。好ましくは、前記クエルシトールは下記一般式(I−a)で表される(+)−プロト−クエルシトール、(I−b)で表される(−)−ビボ−クエルシトール、及び(I−c)で表される(+)−エピ−クエルシトールからなる群から選ばれるものである。
【0024】
【化4】
Figure 0003936074
【0025】
また、本発明の健康薬は、前記血糖降下剤を含有する。
【0026】
【発明の実施の形態】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。
(1)クエルシトールの製造方法
本発明の製造原料であるミオ−イノシトールは、動植物および微生物に広く分布している。特に、穀物中に六燐酸エステルのCa、Mg塩であるフィチン酸として多量に存在しており、公知の方法により米糠等をアルカリ加水分解し、精製して得ることができる。
【0027】
本発明において使用する微生物は、アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属し、ミオ−イノシトールをクエルシトールに変換する能力を有する微生物であればいずれの菌株でもよい。
【0028】
具体的に例示すると、アグロバクテリウム属に属する微生物としては、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)、アグロバクテリウム・ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter)、アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes)、アグロバクテリウム・ルビ(Agrobacterium rubi)など(以下、特に断らない限り「アグロバクテリウム属細菌」と総称する。)が挙げられる。
【0029】
サルモネラ属に属する微生物としては、サルモネラ・チフィムリウム(Salmonella typhimurium)、サルモネラ・エンテリティジス(Salmonella enteritidis)、サルモネラ・ミネソタ(Salmonella minnesota)、サルモネラ・プロラム(Salmonella pullorum)など(以下、特に断らない限り「サルモネラ属細菌」と総称する。)が挙げられる。
【0030】
これらはATCC(アメリカンタイプカルチャーコレクション)、IFO((財)発酵研究所)、IAM((財)応用微生物研究奨励会)などにより入手することができる。
【0031】
本発明の方法で製造されるクエルシトールは、好ましくは、包含される数種の立体異性体のうち、(+)−プロト−クエルシトール、(−)−ビボ−クエルシトール、及び(+)−エピ−クエルシトールからなる群から選ばれるクエルシトール立体異性体である。
【0032】
本発明のクエルシトールの製造方法としては、具体的には上述した製造方法(A)および製造方法(B)の二つの方法が挙げられる。これらを以下に順次説明する。
【0033】
[製造方法(A)]
ミオ−イノシトールを含む液体培地に、アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を接種して好気的に培養することにより、クエルシトールを生成蓄積させることができる。
【0034】
液体培地の組成は、目的に達する限り何等特別の制限はなく、炭素源、窒素源、有機栄養源、無機塩類等を含有する培地であればよく、合成培地・天然培地のいずれも使用できる。炭素源としては、ミオ−イノシトールを0.1〜30%、好ましくは10〜30%、より好ましくは15〜20%添加し、窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、あるいは尿素等を0.01%〜1.0%、好ましくは0.05〜0.5%添加するのが望ましい。有機栄養源としては、酵母エキス、ペプトン、カザミノ酸を適量(0.005〜1.0%)添加すると、菌株によっては有効な場合がある。
【0035】
その他必要に応じ、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、コバルト、マンガン、亜鉛、鉄、銅、モリブデン、リン酸、硫酸等のイオンを生成することができる無機塩類を培地中に添加することが有効である。培養液の水素イオン濃度はpH6〜10、好ましくはpH6〜9に調整し培養すると、効率よくクエルシトールを得ることができる。尚、培養中のpHが変化する場合には、培養中のpHが前記範囲に維持されるように調整することが好ましい。特に、培地中にミオ−イノシトールを高濃度で、例えば10%以上添加する場合には、培養中のpHを調整しないと6以下に低下するので、前記範囲に維持されるように調整すると、クエルシトールを高収率で得ることができる。
【0036】
培養条件は、菌株や培地の種類によっても異なるが、培養温度は5〜40℃、好ましくは20〜35℃であり、培養期間は通常1〜14日、好ましくは7〜10日である。また、培養は液体培地を振とうしたり、液体培地中に空気を吹き込むなどして好気的に行えばよい。
【0037】
培養液から目的物を採取する方法は、通常の水溶性中性物質を単離精製する一般的な方法を応用することができる。すなわち、培養液を活性炭やイオン交換樹脂などで処理することにより、クエルシトール以外の不純物のほとんどを除くことができる。その後、イオン交換樹脂のカラムクロマトグラフィーを用いる方法および再結晶法等の方法を組み合わせて用いることにより、目的物を単離することができる。
【0038】
カラムクロマトグラフィーを用いる方法としては、カーボハイドレイト リサーチ(Carbohydrate Research)第166巻、第171頁〜第180頁(1987年)や、ジヤーナル オブ アメリカン ケミカル ソサイアティー(J.Am.Chem.Soc.)第73巻、第2399頁〜第2340頁(1951)に記載されている強塩基性イオン交換樹脂をホウ酸型にしてカラムにつめ、ホウ酸の濃度を徐々に高めて流すことにより、クエルシトールの各成分を分離する方法を応用することが有効である。
【0039】
このカラムを用いて、(+)−プロト−クエルシトール、(−)−ビボ−クエルシトール、及び(+)−エピ−クエルシトールを含むクエルシトール立体異性体の混合物をカラムに供すると、(+)−プロト−クエルシトール及び(−)−ビボ−クエルシトールは樹脂に保持されることなくカラムを素通りし、(+)−エピ−クエルシトールは、0.5M程度のホウ酸溶液を流すことにより溶出する。
【0040】
また、強塩基性陰イオン交換樹脂(OH-型)にしてカラムにつめ、イオン交換水を流して分離する方法もクエルシトール分離に有効である。例えば、(+)−プロト−クエルシトール及び(−)−ビボ−クエルシトールの混合溶液を本カラムに供すると、まず、(−)−ビボ−クエルシトールが溶出し、次いで、(+)−プロト−クエルシトールが溶出する。
【0041】
このようにしてカラムクロマトグラフィーで得られる溶出液を任意に分画し、カラムクロマトグラフィーを幾度か繰り返すか、または組み合わせることにより、純粋な物質を得ることができる。
【0042】
再結晶法に関しては、クエルシトールを水に溶解し、低級アルコールを任意の量加えて混合溶媒系中で容易に結晶化することができる。生じた結晶は、ガラスフィルターや濾紙で母液より分離することができる。
【0043】
生成するクエルシトール立体異性体の量および存在比は、菌の種類や培養日数により異なるが、上述した分離方法を単独あるいは組み合わせて、必要に応じて繰り返し用いることにより、培養液又は反応液からクエルシトール立体異性体を適宣純粋な物質として単離することができる。製造法(A)による製造方法の例を、後記実施例1及び2に示した。
【0044】
[製造方法(B)]
製造方法(B)は、アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を培養して得られる菌体を、ミオ−イノシトールを含む溶液中で前記ミオ−イノシトールと反応させ、前記溶液中にクエルシトールを生成させるものである。
【0045】
菌体としては、製造方法(A)により得た培養液から分離して集めた菌体を用いてもよく、また、前記微生物を別途適当な培養条件で培養して得たものを用いてもよい。集菌は、培養液から遠心分離、濾過など公知の方法により行えばよい。
【0046】
ミオ−イノシトールを含む溶液としては、液体培地、緩衝液等が用いられる。液体培地としては、製造方法(A)におけるのと同様のものを用いてもよく、また別途前記微生物を培養した液体培地をそのまま用いてもよい。緩衝液としてはリン酸緩衝液、トリス緩衝液、グッド(Good’s)のCHES緩衝液などを10〜500mM、好ましくは20〜100mMの濃度で用いればよい。溶液中のミオ−イノシトールの濃度は、0.1〜5%程度とするのが好ましい。
【0047】
反応条件は、菌株や培地、緩衝液の種類によって異なるが、反応温度は15〜60℃、好ましくは25〜55℃であり、反応時間は1〜50時間、好ましくは3〜48時間であり、液体培地または緩衝液のpHは6〜10、好ましくは7〜9である。
【0048】
反応終了後の反応液からの目的物を単離する方法は製造方法(A)と同様に行えばよい。製造方法(B)による製造方法の一例を後記実施例3に示した。
【0049】
本発明の製造方法によれば、医農薬合成原料として有用な純度の高いクエルシトールの光学活性体を工業生産レベルで安価に製造することができる。
【0050】
(2)(+)−エピ−クエルシトール
本発明のクエルシトールの製造方法によれば、これまで単離報告例がない(+)−エピ−クエルシトールが効率よく生成される。
【0051】
(+)−エピ−クエルシトールは下記の物理化学的性状を有する。
(1)外観:無色結晶
(2)融点:190〜192℃
(3)分子式:C6125
(4)分子量:164
(5)比旋光度:+5°(c;1.0、H2O、23℃)
(6)赤外吸収スペクトル(KBr):添付図面の図1に示す。
(7)1H−NMRスペクトル(D2O、300.4MHz):添付図面の図2に示す。
(8)13C−NMRスペクトル(D2O、75.45MHz):添付図面の図3に示す。
(9)溶解性:水、DMSOに易溶、低級アルコールに僅かに溶解、アセトンに不溶。
(10)液体クロマトグラフィー溶出時間:6.4分
カラム:Wakosil5NH2、4.6×250mm
カラム温度:40℃
検出器:RI・DETECOR・ERC−7515A(ERMACR.INC)溶媒:アセトニトリル−水=4:1
以上の物理化学性状をもとに構造解析をしたところ、文献記載(Bioorg. Medic. Chem. Lett., 5, 831-834 (1995)、及びTetrahedron, 53, 16747-16766 (1997))の6−デオキシ−D−ミオ−イノシトール((+)−エピ−クエルシトールと同義)に一致した。
【0052】
(3)血糖降下剤及び健康薬
本発明の血糖降下剤は、クエルシトールを有効成分とする。クエルシトール、特に上記式(I−a)〜(I−c)で表されるクエルシトール立体異性体は、安全で、副作用が少なく、効果の高い血糖降下作用を有する。本発明の上記製造方法で得られるクエルシトールは純度が高く、血糖降下剤として好ましく用いられる。
【0053】
本発明の血糖降下剤の投与方法は経皮、経口等いずれであってもよい。好ましい投与量は、投与方法等にもよるが、10〜100mg/kg程度である。
本発明の健康薬は、クエルシトールを有効成分とする前記血糖降下剤を含む。健康薬の剤形としては、具体的には、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、ドリンク剤等が挙げられる。
【0054】
本発明の健康薬におけるクエルシトールの好ましい含有量は、健康薬全体に対し1〜50重量%であり、より好ましくは5〜20重量%である。
本発明の健康薬は、クエルシトール立体異性体以外に、通常用いられている任意成分を含有することができる。このような任意成分としては、デンプン、デキストリン、乳糖、コーンスターチ、無機塩類等が挙げられる。
【0055】
これらの任意成分とクエルシトール立体異性体とを常法に従って処理することにより、本発明の健康薬を製造することができる。
【0056】
【実施例】
以下に本発明の実施例を説明する。
【0057】
【実施例1】
<製造方法(A)によるクエルシトールの製造例(1)>
(1)クエルシトール立体異性体の生成
ミオ−イノシトール4.0%(400g)、酵母エキス0.4%、(NH42SO4 0.1%、K2HPO4 0.7%、KH2PO4 0.2%、MgSO4・7H2O 0.01%を含むpH7の液体培地10リットルを、100mlずつ500ml容のバッフル付き三角フラスコに分注し、オートクレーブ滅菌した。各々の三角フラスコにサルモネラ・チフィムリウム(Salmonella typhimurium)IFO13245株((財)発酵研究所より購入)を接種し、27℃で3日間振とう培養した。培養液を遠心分離(8000rpm、10分間)し、上清を培養上清液とした。
【0058】
この培養上清液を高速液体クロマトグラフィーにより下記の条件で分析した。その結果、培養上清液中には(+)−プロト−クエルシトール2.1mg/ml(反応収率5.8%)、(−)−ビボ−クエルシトール13.0mg/ml(反応収率35.7%)、(+)−エピ−クエルシトール4.3mg/ml(反応収率11.9%)が生成していることがわかった。
【0059】
なお、上記の各クエルシトールの反応収率は、次式により求めた。
【0060】
【数1】
Figure 0003936074
【0061】
高速液体クロマトグラフィ−の分析条件は以下の通りである。
カラム:Wakosil・5NH2:4.6×250mm
カラム温度:40℃
検出器:RI・DETECTOR・ERC−7515A(ERMACR.INC)
注入量:20μl
溶媒:アセトニトリル−水=4:1
溶出時間:(+)−プロト−クエルシトール;5.4分
(−)−ビボ−クエルシトール;6.2分
(+)−エピ−クエルシトール;6.4分
【0062】
(2)立体異性体の単離
培養上清液を強酸性陽イオン交換樹脂デュオライト(登録商標)C−20(H+型)1000mlを充填したカラム(内径7cm、長さ26cm)に通過させ、その後このカラムに2000mlのイオン交換水を通過させて洗浄した。この通過液および洗浄液を、強塩基性陰イオン交換樹脂デュオライト(登録商標)A−113PLUS(OH-)1500mlを充填したカラム(内径7cm、長さ39cm)に通過させ、その後このカラムに3000mlのイオン交換水を通過させて洗浄した。
【0063】
こうして得られた通過液および水洗浄液中には上記クエルシトール立体異性体以外の不純物はほとんど存在していなかった。
【0064】
▲1▼(−)−ビボ−クエルシトールの単離
上記により得た水溶液を減圧下で1リットルまで濃縮し、エタノールを2倍量加え5℃で一晩放置したところ、ほぼ純粋な(−)−ビボ−クエルシトールの結晶103gを得た。
【0065】
この結晶を1リットルの蒸留水に溶解させ、2倍量のエタノールを加え、5℃で一晩放置し再結晶した結果、純粋な(−)−ビボ−クエルシトールの無色結晶を73g(収率56%)得た。
【0066】
なお、上記(−)−ビボ−クエルシトールの収率は次式により求めた。さらに、以下の▲2▼、▲3▼においても各クエルシトールの収率は、次式により求めたものである。
【0067】
【数2】
Figure 0003936074
【0068】
▲2▼(+)−エピ−クエルシトールの単離
上記▲1▼の1回目の(−)−ビボ−クエルシトール結晶母液を500mlまで濃縮し、この濃縮液を強塩基性陰イオン交換樹脂デュオライト(登録商標)A−113PLUS(ホウ酸型)1000mlを充填したカラム(内径7cm、長さ26cm)に通過させ、イオン交換水2000ml、0.5Mホウ酸水溶液2000mlの順で流し、溶出液を分画した。成分の分析は高速液体クロマトグラフィーで行った。素通りした画分およびイオン交換水で溶出した画分には(+)−プロト−クエルシトールおよび(−)−ビボ−クエルシトールが含まれていた。0.5Mホウ酸水溶液での溶出液中には(+)−エピ−クエルシトールが含まれていた。
【0069】
(+)−エピ−クエルシトールを含むホウ酸水溶液を減圧下で濃縮乾固し、メタノールを加えてホウ酸を共沸除去した。この操作を数回繰り返し得られた白色粉未を50mlの蒸留水に溶解させ、この水溶液に3倍量のエタノールを加え5℃で一晩放置したところ、(+)−エピ−クエルシトールの純粋な無色結晶34g(収率79%)を得た。
【0070】
▲3▼(+)−プロト−クエルシトール又は(−)−ビボ−クエルシトールの単離
上記▲2▼において(+)−プロト−クエルシトールおよび(−)−ビボ−クエルシトールを含む通過液および水溶出液を合わせ500mlまで減圧下で濃縮し、この濃縮液を100mlずつ、強塩基性陰イオン交換樹脂アンバーライト(登録商標)CG−400(OH-型)1000mlを充填したカラム(内径6cm、長さ35cm)に供しイオン交換水で溶出した。
【0071】
この際、溶出液を20mlずつ分画した。このカラムクロマトグラフィーで、まず最初に(−)−ビボ−クエルシトールが溶出し、次いで(+)−プロト−クエルシトールが溶出した。(−)−ビボ−クエルシトール溶出画分を合わせ濃縮し、エタノール水中で結晶化させて純粋な(−)−ビボ−クエルシトールの結晶19g(収率14%)を得た。また、(+)−プロト−クエルシトール溶出画分を合わせ、同様に結晶化させて純粋な(+)−プロト−クエルシトールの無色結晶を13.7g(収率65%)得た。
【0072】
【実施例2】
<製造方法(A)によるクエルシトールの製造例(2)>
(1)種培養物の調製
ミオ−イノシトール2.0%、酵母エキス0.1%、(NH42SO4 0.1%、K2HPO4 0.7%、KH2PO4 0.2%、MgSO4・7H2O 0.01%を含むpH7の液体培地10リットルを、100mlずつ500ml容のバッフル付き三角フラスコに分注し、オートクレーブ滅菌した。各々の三角フラスコにサルモネラ・チフィムリウム(Salmonella typhimurium)IFO13245株((財)発酵研究所より購入)を接種し、27℃で3日間振とう培養した。この培養液を種培養物とした。
(2)4L容ジャーファーメンターによるクエルシトールの製造
ミオ−イノシトール20.0%、酵母エキス2.0%、(NH42SO4 0.1%、K2HPO4 0.7%、KH2PO4 0.2%、MgSO4・7H2O 0.01%を含むpH7の液体培地2.5リットルを、4L容ジャーファーメンターに分注し、オートクレーブ滅菌した。このジャーファーメンターにサルモネラ・チフィムリウム(Salmonella typhimurium)IFO13245株の、上記(1)の方法で調製した種培養物を接種した。この時、培養温度は27℃、通気量は1V/V/分、回転数は200rpmで培養を実施した。培養は8日間行い、培養期間中の培養液のpHを5MNaOHおよび3MHClで7±0.2に自動調整した。8日間培養後の培養液を遠心分離(8000rpm、10分間)し、上清を培養上清液とした。
この培養上清液を高速液体クロマトグラフィーにより前記と同様の条件で分析した。その結果、培養上清液中には(+)−プロト−クエルシトール10.0mg/ml(反応収率5.4%)、(−)−ビボ−クエルシトール46.0mg/ml(反応収率25.2%)、(+)−エピ−クエルシトール43.0mg/ml(反応収率23.6%)が生成していることがわかった。
反応液からのクエルシトール立体異性の各成分の単離方法は、実施例1に記載の方法に準じて行い、それぞれ結晶として、(+)−プロト−クエルシトール15g(収率60%)、(−)−ビボ−クエルシトール69g(収率60%)、(+)−エピ−クエルシトール51.6g(収率48%)を得た。
なお、上記の各クエルシトール立体異性体の反応収率は、上記実施例1に準じて求め、収率は次式により求めた。
【数3】
Figure 0003936074
【0073】
【実施例3】
<製造方法(B)によるクエルシトールの製造例>
(1)菌体の生産
ミオ−イノシトール0.5%(15g)、(NH42SO4 0.1%、K2HPO4 0.7%、KH2PO4 0.2%、MgSO4・7H2O 0.01%を含むpH7の液体培地2リットルを、125mlずつ500ml容のバッフル付き三角フラスコに分注し、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacteriumtumefaciens)IAM1037株(財団法人応用微生物学研究奨励会より購入)を接種し、25℃で3日間振とう培養した。この培養液(4250ml)を遠心分離して得られた菌体を、蒸留水200mlで洗浄後、再度遠心分離し、洗浄した菌体を得た。
【0074】
(2)クエルシトールの製造
上記により得た洗浄菌体13gを、ミオ−イノシトール2gを含有した0.05Mリン酸緩衝液(pH7.0)400ml(ミオ−イノシトール濃度5mg/ml)中に加え、50℃、48時間緩やかにスターラーで撹拌しながら反応させた。反応終了後、反応液を液体クロマトグラフィーにより分析したところ、(+)−プロト−クエルシトール93μg/ml(反応収率2.0%)、(−)−ビボ−クエルシトール50μg/ml(反応収率1.1%)、(+)−エピ−クエルシトール27μg/ml(反応収率0.6%)が蓄積していた。反応液からのクエルシトール立体異性体の各成分の単離方法は、実施例1に記載の方法に準じて行い、それぞれ結晶として、(+)−プロト−クエルシトール24mg(収率65%)、(−)−ビボ−クエルシトール12mg(収率60%)、(+)−エピ−クエルシトール5mg(収率46%)を得た。
【0075】
なお、上記の各クエルシトールの反応収率は、上記実施例1に準じて求め、収率は次式により求めた。
【0076】
【数4】
Figure 0003936074
【0077】
【実施例4】
本実施例では、クエルシトール立体異性体が、グルコース高負荷マウスの高血糖に対して血糖降下作用を有することが示された。
<血糖降下活性>
6週令のICR系雄性マウスを一晩絶食の後、表1に示す各クエルシトールを0.05Mリン酸緩衝液に溶解させ、1.05mg/0.25ml/マウス(30mg/kg)の投与量で経口投与した。その2時間後、グルコースを0.05Mリン酸緩衝液に溶解させ、140mg/0.25ml/マウス(4000mg/kg)の投与量で経口投与した。対照群としては、グルコースのみを経口投与した。実施例1あるいは2で得た化合物の経口投与直前、30分後、1時間後、1時間30分後、及び2時間後に採血し、各時間の血糖値を測定した。なお、採血および測定方法は以下のように行った。
【0078】
すなわち、マウスの眼底静脈叢からキャピラリーチューブ(ドルモント社製、長さ70mm)で血液を50μl採取し、(株)コクサンヘマトクリット遠心機H−1200Bで8000rpm、6分間遠心分離した。得られた血漿のグルコース濃度を、グルコース量測定キット(グルコースB−テストワコー)で発色させて日立光度計U−2000を用い、定量した。
【0079】
血糖値の統計処理のため、試験群全てのグルコース投与直前の血糖値をグルコース投与後の血糖値から差し引き得られた血糖増加値を基に、各群の血漿中糖時間曲線下面積(AUC=Area Under Concentration-time curve)を算出して対照群との比較を行った。実験は3回行った。その結果を表1に示した。
【0080】
【表1】
Figure 0003936074
─────────────────────────────
【0081】
表1に示すように、明らかに各クエルシトール立体異性体に血糖降下作用が認められた。
【0082】
【発明の効果】
本発明の製造方法によれば、光学純度の高いクエルシトールを効率よく安価に製造することができる。また、これまでに単離報告例がない(+)−エピ−クエルシトールを高純度で生産することができる。このようなクエルシトール立体異性体は医農薬の原料として有用であり、特に、高い血糖降下作用が認められることから、安全で副作用がなく効果が高い血圧降下剤及びそれを含有する健康薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】(+)−エピ−クエルシトールの赤外吸収スペクトル図(KBr)である。
【図2】(+)−エピ−クエルシトールの1H−NMRスペクトル図である。
【図3】(+)−エピ−クエルシトールの13C−NMRスペクトル図である。

Claims (3)

  1. ミオ−イノシトールにアグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を作用させて、前記ミオ−イノシトールをクエルシトールへ変換させることを特徴とする、クエルシトールの製造方法であって、前記クエルシトールが、下記一般式(I−a)で表される(+)−プロト−クエルシトール、(I−b)で表される(−)−ビボ−クエルシトール、及び(I−c)で表される(+)−エピ−クエルシトールからなる群から選ばれるものである、製造方法。
    Figure 0003936074
  2. アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を、ミオ−イノシトールを含有する液体培地で培養し、培養液中にクエルシトールを生成蓄積させる工程を含む、請求項1記載のクエルシトールの製造方法。
  3. アグロバクテリウム属又はサルモネラ属に属する微生物を培養して得られる菌体を、ミオ−イノシトールを含む溶液中で前記ミオ−イノシトールと反応させ、前記溶液中にクエルシトールを生成させる工程を含む、請求項1記載のクエルシトールの製造方法。
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