JP3668976B2 - 水生生物の電気化学的制御方法及び防汚方法 - Google Patents
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一般に水中構造物表面に水生生物が付着する機構は次の通りである。
まず付着性のグラム陰性菌が表面に吸着して脂質に由来するスライム状物質を多量に分泌する。さらに、グラム陰性菌は、このスライム層に集まって増殖し、微生物皮膜を形成する。そして、この微生物皮膜層上に大型の水生生物である藻類、貝類、フジツボ等の大型の水生生物が付着し、付着した大型の水生生物が繁殖し成長し、最終的に水中構造物表面を覆い尽くすことになる。
しかし、次亜塩素酸塩などの殺菌性を有する物質を添加する方法は、この物質と海水中の有機物などとが反応してトリハロメタン等の有害物質が発生し、海洋の汚染や有用な海洋生物への影響が懸念される。
また有機錫系化合物を含有した塗料を用いる方法は、海洋汚染の問題から使用が制限されている。
そこで、上記有機錫系防汚剤の代替えとして非有機錫系化合物が用いられているが、非有機錫系防汚剤では付着防止効果の維持時間が短く、塗料の塗り替え作業に要する労力が大幅に増大しているため人件費など多額の費用がかかるといった問題があった。
特公平6−91821号公報には、微生物の直接反応が確認されている所定電位以上の電位を微生物に印加すると、微生物内部の酸化還元物質の一つである捕酵素Aが不可逆的に酸化され、微生物の呼吸活性及び微生物膜の透過障壁の低下を誘発し、微生物を死滅させることが可能であること、即ち、グラム陰性菌の付着を電気化学的に制御することにより大型の水生生物の付着を防止する方法が示されている。
また、特開平4−341392号公報には、導電性を有する被防汚面に+0〜+1.5Vvs.SCEの正電位を印加し付着する微生物を殺菌する工程と、−0〜−0.4Vvs.SCEの負電位を印加し水生生物を脱離する工程とからなる防汚方法が記載されている。
しかし、海水や河川などの水中に存在する水生生物は、種類も多く、また温度や水中に含まれている栄養源となる有機物の濃度によっても水生生物の濃度は異なる。特に高濃度の水生生物が水中に存在すると、導電性基材表面には多層に重なって水生生物が付着したり、正電位を印加して水生生物を導電性基材に吸着、殺菌させた場合でも吸着した水生生物の上に他の水生生物が付着したりする。この場合、水生生物の上に吸着した他の水生生物は導電性基材に直接接触せず、導電性基材に電位を印加しても殺菌できない場合もある。
そこで、導電性基材に付着した水生生物の細胞やその死骸、スケール等を被防汚面から除去する電気化学的制御方法及び殺菌効率の向上が望まれている。
本発明で用いる導電性基材は、全体が導電性材料から形成されていてもよいが、少なくともその表面(または水中に侵漬している一部表面)が導電性であれば良い。
例えば、漁網やFRP等の樹脂からなる非導電性材料を用いる場合、グラファイトやカーボンブラック、金銀などの導電性微粒子を、基材を形成する樹脂に充填したり、フッ素樹脂、アクリル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコン樹脂などのバインダー樹脂に導電性微粒子を分散してなる導電性組成物で、前記非導電性基材上に導電性塗膜を形成すればよい。
また天然ゴム、クロロプレンゴム、シリコンゴム、NBR、ポリエチレンエラストマー、ポリエステルエラストマー、ポリプロピレンエラストマー等のゴム弾性材料に導電性微粒子を充填して形成した導電性シートを非導電性基材に接着しライニング加工により導電性を付与してもよい。
更に、生物の細胞と電極との電子移動反応を促進する作用を有する特定の化合物を添加してもよい。即ち、微生物と電極との電子移動を媒介する電子メディエータを導電性材料と共に使用することによって、より効率的に水生生物の殺菌を行なうことができる。この様な電子メディエータを担持した導電性基材としては、フェロセン修飾電極を挙げることができる。
また、コンクリート等の材料で形成された基材を用いる場合は、表面に導電性塗膜を形成したり、導電性シートをライニングしたり、あるいは、導電性微粒子をコンクリートを形成する材料に充填して基材を形成して導電性を付与し用いればよい。
水生生物を含む水中において導電性基材に正電位を印加すると、水中の水生生物は基材表面に吸着する。更に、基材に印加されている正電位には、基材表面に吸着して接触した水生生物を電気化学的に殺菌する作用がある。
即ち、水生生物は、正電位によって基材表面に吸着させられ、表面上で殺菌される。この時に印加する正電位は+0〜1.5Vvs.SCE、好ましくは+0.5〜+1.2Vvs.SCEであり、これは、電解質の分解が起こらない電位である。前記範囲で一定の時間電位を印加した後、印加した正電位よりも高い正電位を印加する。この時に印加する電位は+1.5〜+3Vvs.SCE、好ましくは+1.5〜+2.0Vvs.SCEである。
印加電位が+0Vvs.SCE未満では水生生物を基材に吸着させて殺菌することができない。また、+1.5Vvs.SCEを越えた電位を長時間印加すると、水や溶解している塩が電気分解して有害物質が発生したり、導電性基材の劣化が起こるので好ましくない。しかし、電解質の分解が起こらない電位よりも高い正電位の印加時間は短く、水や溶解している塩が電気分解して有害物質が発生してもその量は極めて少ないため、環境への影響は問題とならない。
尚、電解質の分解が起こらない正電位よりも高い電位の印加は、パルス波として考えても良く、パルス間の時間を任意に設定すれば良い。
導電性基材に負電位を印加すると、基材表面に吸着していた水生生物を脱離させることができる。印加電位は−0〜−1.5Vvs.SCE、好ましくは−0.1〜−1.0Vvs.SCEである。印加電位が−0Vvs.SCEを越えた値では、水生生物を基材表面から脱離させる効果が低く、−1.0Vvs.SCEより低いとpHが上昇するので好ましくない。また負電位を印加する時間は基材表面に吸着している水生生物の種類や量によっても異なるが、30秒〜60分、好ましくは1分〜30分間位がよい。30秒よりも短いと殺菌された水生生物の脱離が十分でなく、次に正電位を印加すると殺菌された水生生物の上に他の水生生物が付着してしまうことがある。また、60分よりも長いと、被処理液体の効果的な殺菌を行うことができない。
図1は、以下の実施例に用いた装置の模式図である。
試験槽1内には、導電性基材2が配置されている。導電性基材2は、ナイロン樹脂基板3及びその上に形成された導電性樹脂層電極4とよりなっている。導電性樹脂層電極4はポテンショスタット5と連結している。ポテンショスタット5は試験槽1内に配置された参照極6および対極7と各々連結し、更に、関数発生器8と連結している。試験槽1内には500mlの滅菌海水が入っており、また、その底部には撹拌装置9および撹拌棒10が配置されている。参照極5には飽和甘コウ電極(SCE)を、対極6には白金板を用いた。
導電性基材A
ナイロン樹脂板(30×50×1mm)の表面に、以下の方法で導電性樹脂層電極を形成した。
導電性組成物は、バインダ−樹脂としてウレタン系樹脂(関西ペイント(株)製)を用い、ウレタン系樹脂の樹脂固形分に対して10μmのグラファイト(日本黒鉛(株)製)と0.03μmのカ−ボンブラック(三菱化学(株)製、ケッチェンブラックEC−600JD)とを30%混合したものを50重量%充填し、ボ−ルミルで分散して作成した。この導電性組成物に専用硬化剤を5%添加したものを、スプレ−にて上記ナイロン樹脂板上に塗布し、100℃、1時間乾燥することにより導電性樹脂層電極を形成した。尚、導電性樹脂層電極の比抵抗値は3.5×10−2Ω−cmであった。
ナイロン樹脂板(30×50×1mm)の表面に、以下の方法で導電性樹脂層電極を形成した。
導電性組成物は、バインダ−樹脂としてフッ素系樹脂(旭ガラス(株)製)を用い、フッ素系樹脂の樹脂固形分に対して1μmのグラファイト(日本黒鉛(株)製)と0.03μmのカ−ボンブラック(三菱化成(株)製、#3950)とを30%混合したものを60重量%充填しボ−ルミルで分散して作成した。この導電性組成物に専用硬化剤を5重量%添加したものを、スプレーにて上記ナイロン樹脂板上に塗布し、100℃、50分乾燥することにより導電性樹脂層電極を形成した。尚、導電性樹脂層電極の比抵抗値は3.5×10−2Ω−cmであった。
実施例1 (電極表面の付着菌体数に対する電位印加条件の影響)
水生生物として海洋細菌ビブリオ・アルギノリチクス(Vibrioalginolyticus)を用いた。マリンブロス(Marine broth)2216(DIFCO Laboratory)中で25℃、10時間好気的に培養した。培養後の菌体を遠心集菌し、菌体を滅菌海水で洗浄後、滅菌海水中に懸濁させた。ヘマサイトメーターを用いて、1×109Cells/ml濃度の菌体懸濁液を調製した。
この菌体懸濁液150mlに上記導電性基材A(ウレタン樹脂電極)を浸漬し(面積4.8cm2)、電位を印加せずに撹拌しながら90分間放置し、導電性基材Aの表面に菌体を吸着させた。滅菌海水でこの導電性基材Aを洗浄して表面に吸着していない菌体を除去し、菌体付着導電性基材を調製した。
滅菌海水に前記菌体付着導電性基材を挿入し、1.2Vvs.SCEの電位を60分印加後、1.2〜1.8Vvs.SCEの電位を10秒印加した。
上記電位を印加した後、この導電性基材を滅菌海水で洗浄し、導電性基材上の付着菌体をDAPI(4’,6−Diamidino−2−Phenylindole)とPI(Propidium Iodide)とで染色し、蛍光顕微鏡で観察した。その結果を図2に示す。
実施例1において、電位の印加条件を1.2Vvs.SCE60分/1.8Vvs.SCE0〜300秒とした以外は実施例1と同様の方法で行なった。その結果を図3に示す。
実施例1と同様にビブリオ・アルギノリチクスの培養を行い、1×109cells/ml濃度の菌体懸濁液を調製した。この菌体懸濁液50mlに上記導電性基材Aを浸漬し、以下に示す条件で12時間電位を印加した。その結果を表1に示す。
電位印加条件
A:電位印加なし
B:1.2Vvs.SCE
C:1.2Vvs.SCE60分/−0.4Vvs.SCE15分
D:1.2V vs.SCE60分/1.8V vs.SCE5分
実施例1において、電位の印加条件を以下に示すとおりとなし、1サイクル及び3サイクルの印加を行なった以外は、実施例1と同様の方法で殺菌及び脱離試験の評価を行なった。その結果を図4に示す。
電位印加条件
A:電位印加なし
B:1.2Vvs.SCE60分
C:1.2Vvs.SCE60分/−0.4Vvs.SCE15分
D:1.2Vvs.SCE60分/1.8Vvs.SCE1分
E:1.2Vvs.SCE60分/−0.4Vvs.SCE15分/1.8Vvs.SCE1分
導電性基材として、上記導電性基材A及び導電性基材Bを用い、水生生物として海洋細菌(Vibrioalginolyticus)を用い、下記条件の電位印加を1サイクルとして、各々を3サイクル印加し、実施例1と同様の殺菌及び脱離試験の評価を行なった。その結果を表2に示す。尚、表2における数値は、下記(1)の印加条件における試験後の導電性基材表面に吸着した水生生物数量を100とした相対値である。
電位印加条件
(1)1.2Vvs.SCE60分/−0.4Vvs.SCE15分/1.8Vvs.SCE1分
(2)1.2Vvs.SCE60分/1.8Vvs.SCE1分/−0.4Vvs.SCE15分
(3)1.2Vvs.SCE60分/−0.4Vvs.SCE15分/1.8Vvs.SCE1分/−0.4Vvs.SCE15分
(4)1.2Vvs.SCE60分/−0.4Vvs.SCE15分/1.8Vvs.SCE1分/1.8Vvs.SCE5分
実施例5において、水生生物として、大腸菌(Escherichia coli K−12 ATCC 10789)を用いた以外は、実施例5と同様にして殺菌及び脱離試験の評価を行なった。その結果を表3に示す。
尚、表3における数値は、上記(1)の印加条件における試験後の導電性基材表面に吸着した水生生物数量を100とした相対値である。
上記大腸菌は、培地はNutrient broth(肉エキス:1%、ペプトン:1%、塩化ナトリウム:0.5%、pH7.2)を用いた。培養は、37℃、12時間好気的に振とうすることで行った。培養後、滅菌した水道水に菌を懸濁させ、菌濃度をヘマサイトメーターを用いて測定し、菌体濃度を1×107cells/mlに調整した。
(電子メディエータを含んだ導電性基材の作成)
上記導電性基材Bにおいて、フッ素系樹脂を用いた組成物に、電子メディエータとしてフェロセンをフッ素樹脂固形分に対して60重量%混合し、乾燥条件を80℃、60分とした以外は同様となして導電性基材Cを得た。
尚、導電性基材Cの比抵抗値は1.2×10−1Ω−cmであった。
(殺菌試験)
実施例1と同様に試験菌としてビブリオ・アルギノリチクスを用いた。培養後の菌体を遠心集菌し、菌体を滅菌海水で洗浄後、滅菌海水中に懸濁させた。ヘマサイトメーターを用いて、1×109Cells/ml濃度の菌体懸濁液を調製した。この菌体懸濁液150mlに導電性基材B(面積4.8cm2)及び導電性基材C(面積4.8cm2)を浸漬し、電位を印加せずに撹拌しながら90分間放置し、各電極の表面に菌体を吸着させた。滅菌海水でこれらの電極を洗浄して表面に吸着していない菌体を除去し、菌体付着導電性基材B、Cを調製した。
上記菌体付着導電性基材B、Cを前記滅菌海水に挿入し、60分間で付着細菌の生菌率が10%以下になる印加電位を比較した。さらに、それぞれの基材上に吸着した微生物の細胞膜が破壊される印加電位を調べた。細胞の形態変化は、電子顕微鏡によって確認した。その結果を表4に示した。
尚、表4の数値の単位は、VvsSCEである。
フェロセンを含有させることにより、電解質の分解が起こらない低い電位で細胞膜が破壊され、細胞が死滅することが確認された。
導電性基材A(面積4.8cm2)を海水50mlに浸し、1.8Vvs.SCEの電位を印加した場合の海水中の塩素濃度を経時的に測定した。電位を印加した海水中の塩素濃度は、残留塩素電極(97−70BN;Orion Research社製)を用いて測定した。電位印加後の海水を10mlサンプリングし、沃素試薬(Orion Research社製)及び酸試薬(Orion Research社製)をそれぞれ100μl添加し、撹拌した。溶液を2分間放置した後、記録計(SP−J5C;理研電子(株)製)を接続した残留塩素電極により電位を測定し、標準サンプルとの電極電位差から検量線を用いて塩素濃度を求めた。標準サンプルは、残留塩素標準液(Orion Research社製)、沃素試薬、酸試薬を各々100μl混ぜ2分間撹拌した後、9900μlの蒸留水を添加し再度撹拌することにより作成した。その結果を表5に示す。
2 導電性基材
3 基板
4 電極
Claims (3)
- 導電性基材に電解質の分解が起こらない正電位を印加することにより、前記導電性基材表面に直接的又は間接的に接触する水生生物を電気化学的に制御する方法において、前記電解質の分解が起こらない+0〜+1.5Vvs.SCEの正電位を印加する工程と、この電解質の分解が起こらない正電位よりも高い+1.5V〜+3.0Vvs.SCEの正電位を印加する工程とよりなることを特徴とする水生生物の電気化学的制御方法。
- 導電性基材に、電解質の分解が起こらない+0〜+1.5Vvs.SCEの正電位を印加することにより前記導電性基材表面に直接的又は間接的に接触した水生生物の細胞を殺菌する工程と、前記電解質の分解が起こらない正電位よりも高い+1.5V〜+3.0Vvs.SCEの正電位を印加することにより前記水生生物、その一部の細胞、殺菌された水生生物の細胞及び/又はその破壊物や有機物を殺菌及び/又は脱離する工程とよりなることを特徴とする防汚方法。
- 導電性基材に、電解質の分解が起こらない+0〜+1.5Vvs.SCEの正電位を印加することにより前記導電性基材表面に直接的又は間接的に接触した水生生物の細胞を殺菌する工程と、前記電解質の分解が起こらない正電位よりも高い+1.5V〜+3.0Vvs.SCEの正電位を印加することにより前記水生生物、その一部の細胞、殺菌された水生生物の細胞及び/又はその破壊物や有機物を殺菌及び/又は脱離する工程と、−0〜−1.5Vvs.SCEの負電位を印加することにより前記導電性基材に付着した水生生物の細胞およびスケールを脱離する工程とを組み合わせてなることを特徴とする防汚方法。
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