JP3657127B2 - ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、橋梁等の維持管理の遂行が困難な構造物で、特に海岸近郊など塩害環境下で使用され、耐食性及び機械的性能が優れていることが要求される用途に好適のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【0002】
【従来の技術】
例えば、山間部及び海岸地帯等のように、塩水又は融雪塩が飛来する塩分腐食環境下にある道路橋等の橋梁構造物の溶接部は、耐食性向上のため、従来から塗装されて用いられている。しかし、この塗装塗膜は必ず経時劣化するため、耐食性維持のために、一定周期で塗装しなおす維持管理の必要性がある。
【0003】
一方、近時、これらの橋梁には、従来の多数桁橋梁に代わり、2主桁橋梁に代表されるような主桁の数が少ない少数主桁橋梁が多く用いられるようになっている。この少数主桁橋梁は、多数桁橋梁に比して、使用鋼材量(鋼重)及び橋材片数が削減可能で、施工性も良く、環境保護及び工期の短縮の点で利点を有する。そして、このような少数主桁橋梁には、橋梁設置後の維持管理の負荷及びコストの最小化と、橋梁自体の高寿命化が強く求められている。従って、このような少数主桁橋の構造材に使用される溶材には、前記塩分腐食環境下であっても、耐食性が優れた溶材が強く求められている。
【0004】
従来、耐候性鋼用炭酸ガスアーク溶接フラックス入りワイヤ(JIS Z3320)としては、Cu:0.30乃至0.60質量%、Cr:0.45乃至0.75質量%及びNi:0.05乃至0.70質量%を溶着金属中に含有するものが提示されているが、これらは、前記微量元素の作用によって、表面に生成するさびが、高い耐食性を有する緻密な「安定さび層」となる自己防食機能を有している。そして、このような性質により、前記橋梁等のように、これまで種々の構造物のメンテナンスフリーの構造材として、基本的に無塗料で使用されてきた。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、前記塩分腐食環境下では、塩分の影響により、前記「安定さび層」が形成されにくくなる。そして、この「安定さび層」が形成されなくなると、耐食性は著しく低下してしまう。これは、前記塩分の多い腐食環境下では、腐食に伴って、さび皮膜中のpHが特に低下することに起因している。即ち、通常、腐食がわずかでも始まると、先ず、Fe→Fe2++2e-の反応が生じ、これに続くFe2++2H2O→Fe(OH)2+2H+なる反応により、鋼表面のpHが低下し、さび皮膜及びさび皮膜と溶接金属との界面のpHも低下する。そして、これらのpHが一旦低下すると、電気的中性を保つためにさび皮膜中の塩素イオンの輸率が増大し、塩素イオンの濃縮がさび皮膜と溶接金属との界面で生じる。この結果、この界面部分に塩酸雰囲気が形成され、溶接金属の腐食を促進する。また、これと同時に、さび皮膜中のpHの低下によって、鉄イオンの溶解度が大きくなり、防食機構の要である前記「安定さび層」の形成を阻害する現象も生じ、腐食加速状況が形成される。
【0006】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、少数主桁橋等の構造材として使用可能な耐食性を有すると共に、機械的性能が優れたガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、塩分腐食環境下用鋼板の溶接に使用され、鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%として、フラックス中及び鋼製外皮中の総量で、C:0.02乃至0.10質量%、Si:0.1乃至1.0質量%、Mn:1.0乃至2.5質量%、P:0.02質量%以下、Cu:0.05乃至1.0質量%、Ni:0.05乃至5.0質量%、Ti:0.10乃至4.0質量%(TiO2(Ti換算)を含む)を含有し、Cr:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下に規制したことを特徴とする。
【0008】
このガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、Mo、Nb及びVからなる群から選択された少なくとも1種の元素を総量で0.50質量%以下含有することができる。
【0009】
本発明者等は、前記従来の耐候性鋼用フラックス入りワイヤが、特に、前記少数主桁橋等の構造材に求められているレベル、即ち、無塗装で使用可能な裸耐候性のレベルまでに、溶接部の耐食性を改善できない理由を追求した。その結果、これらの耐候性鋼用フラックス入りワイヤに含まれるCrが腐食因子として作用していることを知見した。
【0010】
Crを0.05質量%以上含有する場合、溶接金属のミクロな表面欠陥部において腐食がわずかでも始まると、化学平衡的に鉄原子に伴いCr原子も微量溶解し、この微量溶解するCrイオンが、Clイオンの作用も加わり、前記溶接金属のミクロな表面欠陥部内におけるpHの低下の原因となる。また、このCrイオンが、欠陥内での凝縮水分の酸化性を促進し、腐食を誘発する作用がある。
【0011】
従って、本発明においては、Crの含有量を0.05質量%以下にする。そして、Crに代わる前記「安定さび層」の形成促進元素としてTiを選択した。Tiは、Crのような前記pHの低下の原因とならずに、前記「安定さび層」の形成促進効果があるという特異な性質を有する。本発明におけるTiの目的は、前記したとおり緻密な「安定さび層」の形成であり、この点がCrの低減と共に本発明の特徴の一つである。
【0012】
【発明の実施の形態】
次に、本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分添加理由及び組成限定理由について説明する。
【0013】
C:0.02乃至0.10質量%
Cは主にワイヤの強度を確保するために添加する元素である。C含有量が0.02質量%未満では、焼入性が不足し、靭性を確保し難い。C含有量が0.10質量%を超えると、溶接アーク中で酸素との反応が活発になりすぎ、スパッタの発生量が増大すると共に、強度が過大となって耐割性が劣化する。このため、Cは0.02乃至0.10質量%とする。
【0014】
Si:0.10乃至1.0質量%
Siは脱酸剤であると共に、強度を確保するためにワイヤに添加する。また、Siは安定さび層の形成を促進し、耐食性を向上させる効果を有する。Siが0.10質量%未満では、これらの効果が得られない。Siが1.0質量%を超えると、強度が過大となり、耐割性が劣化すると共に、靭性が劣化する。このため、Siは0,10乃至1.0質量%とする。
【0015】
Mn:1.0乃至2.5質量%
MnはCに替わる強度確保のための元素である。Mnが1.0質量%未満の場合は、焼入性が不足し、靭性を確保し難い。Mnが2.5質量%を超えると、強度が過大となり、耐割性が劣化すると共に、MnSの生成促進により耐食性が劣化する。このため、Mnは1.0乃至2.5質量%とする。
【0016】
P:0.02質量%以下
Pは安定さび層を生成し、耐食性を向上させる元素であるが、本発明ではTi等の含有により、安定さび層の生成を達成できるため、過度の含有は必要ない。逆に、Pの過度の添加は靭性劣化及び耐割性劣化を招くため、Pは0.02質量%以下とする。
【0017】
S:0.02質量%以下
Sは腐食の起点となるFeS及びMnSを生成し、耐食性の劣化を招く。Niを過剰に含有した場合、NiSは溶接金属の粒界に析出し、延性及び靭性劣化を招く。このため、Sは0.02質量%以下とする。
【0018】
Cu:0.05乃至1.0質量%
Cuは電気化学的に鉄より貴な元素であり、安定さび層の生成を促進し、耐食性を向上させる効果を有する。Cuが0.05質量%未満では、これらの効果が得られない。Cuが1.0質量%を超えると、それ以上添加してもその添加量に見合う効果は得られず、逆に脆化と耐割性劣化を引き起こす。このため、Cuは0.05乃至1.0質量%とする。
【0019】
Ni:0.05乃至5.0質量%
NiはCuと同様に耐食性向上効果を有する。Niが0.05質量%未満では、これらの効果が得られない。逆に、Ni含有量が5.0質量%超では、それ以上の効果は得られず、逆に強度が過大となるため、耐割れ性劣化及び延性劣化が生じる。このため、Ni含有量は0.05乃至5.0質量%とする。
【0020】
Cr:0.05質量%以下
Crはミクロな表面欠陥部内におけるpHの低下原因となり、欠陥内での凝縮水分の酸化性を促進し、腐食を誘発する作用を有するため、耐食性を劣化させる元素である。このため、Crは0.05質量%以下とする。
【0021】
Ti:0.10乃至4.0質量%(TiO 2 (Ti換算)を含む)
TiはCrに代わる安定さび層の生成促進元素である。TiはCrのように前記pHの低下の原因となるような耐食性への悪影響もなく、更に結晶粒微細化による生成さびの微細化及び靭性向上の効果を有する。Tiが0.10質量%未満では、これらの効果が得られない。一方、Tiが4.0質量%超では、それ以上の効果も得られず、経済的でない。
【0022】
Mo、Nb及びVからなる群から選択された少なくとも1種を総量で0.50質量%以下
これらの元素はいずれも強度を確保するために、必要に応じて添加する。これらの元素が総量で0.50質量%を超えると、強度が過大となり、耐割性が劣化すると共に、靭性が劣化する。このため、必要に応じて、Mo、Nb及びVの少なくとも1種の成分を、総量で0.50質量%以下含有する。
【0023】
本発明のガスシールドア−ク溶接用フラックス入りワイヤは、上記の各成分に加えて、通常のフラックス入りワイヤに含まれるスラグ生成材、脱酸剤及び弗化物等を含有することができる。
【0024】
本発明のフラックス入りワイヤにおける鋼製外皮の材質、フラックス率、ワイヤ断面形状、ワイヤ径、シールドガスの種類、及び量等の条件は適宜選択すればよく、制限されるものではない。
【0025】
【実施例】
以下、本発明の範囲に入る実施例の特性について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。下記表1に示すフラックス組成のフラックス入りワイヤを軟鋼製外皮内にフラックス率15質量%で充填してワイヤ径1.2mmで試作した。
【0026】
溶接対象の鋼材は、厚さが20mmで、C:0.09質量%、Si:0.30質量%、Mn:1.22質量% Cu:0.40質量% Ni:0.75質量%の組成を有する。この鋼材に50°のV溝(深さ10mm)からなる開先を形成した。そして、上記ワイヤを使用し、この鋼材を下記条件で溶接した。
溶接電流:260A(溶接姿勢:下向)
アーク電圧:30V
溶接入熱:18kJ/cm
シールドガス:ガス種CO2、ガス流量25リットル/min
極性:ワイヤを正極とする直流電流{DCワイヤ(+)}
【0027】
得られた溶接金属の表面下1mmから厚さ10mmの試験片を採取して、週1回の塩水散布を含む1年間の大気暴露試験を行ない、その長期耐久性を評価した。その結果を下記表2に示す。
【0028】
表2における1年間の大気暴露試験条件は、実際の塩分腐食環境下に合わせて週1回の5体積%塩水の散布を行い、供試材は南向き、水平に対し30°の傾斜で設置した。この大気暴露試験後、供試材の鋼材の平均板厚減少量を測定し、0.9mm以下を良好とした。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
同一鋼材を使用して、U型スリット割れ試験(JIS Z3157)を行なった。図1はこのU型スリット割れ試験板の形状を示す。数値単位はmmである。なお、図1(a)は図1(b)のA−A線による断面図である。溶接条件は、電流:260A、電圧:30V、パルス数35cpmである、また予熱温度は室温(RT=22℃)である。この条件で溶接した結果、表面割れ+ルート割れ+断面割れの発生有無を評価した。
【0032】
また、同一鋼材を50°V開先(ルートギャップ12mm)にて、前記溶接条件で、予熱(R.T=22℃)、パス間温度(150℃以下)として引張強さ、延性、靭性、溶接作業性を評価し、表2に併せて示した。
【0033】
この場合に、引張強さが490乃至640N/mm2、伸びが20%以上、vEo℃が47J以上を良好とした。
【0034】
表2に示す試験結果から明らかなように、表1の実施例1乃至9のワイヤはいずれも腐食板厚減少量は0.9mm以下、割れ発生も無く、良好な機械的性能と溶接作業性を有するものであった。
【0035】
一方、比較例11,12,14乃至16,20,21は耐食性に大きく影響する。これらの比較例はCu,Ni,Cr,Ti,S,Si,Mnのいずれかの成分が本発明範囲外であり、耐食性を満足することができない。加えて、比較例11,20はCが上限を超えるため、耐割性劣化とスパッタ発生が増大する。比較例12はMn,Siが上限を超えるため、耐割性と靭性が劣である。比較例14はSが上限を超えるため、耐割性、延性、靭性も劣となっている。これ以外の比較例は良好な耐食性(板厚減少量0.9mm以下)を有しているが、比較例10は、C,Mnが本発明範囲の下限未満のため、焼入性が不足することにより靭性不良が生じ、またアーク集中性が劣る。比較例13は、Pが本発明範囲の上限を超えるため、耐割性、靭性が劣る。比較例17は、Cuが本発明範囲の上限を超えるため、耐割性、靭性が劣る。比較例18は、Niが本発明範囲の上限を超えるため、耐割性、延性が劣る。比較例19は、Mo,Nb,Vの総和が本発明範囲の上限を超えるため、強度過多により耐割性が劣化する。
【0036】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明は特に塩分腐食環境下の少数主桁橋梁等の構造物において使用可能な優れた耐食性を有するとともに、良好な機械的性能及び溶接作業性を兼備したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することができる。従って、本発明は、この耐食性が優れた構造物の溶接施工を新規にしかも大幅に拡大するものであり、工業的な価値は大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のU型スリット割れ試験板の形状を示す図である。
Claims (2)
- 塩分腐食環境下用鋼板の溶接に使用され、鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%として、フラックス中及び鋼製外皮中の総量で、C:0.02乃至0.10質量%、Si:0.1乃至1.0質量%、Mn:1.0乃至2.5質量%、P:0.02質量%以下、Cu:0.05乃至1.0質量%、Ni:0.05乃至5.0質量%、Ti:0.10乃至4.0質量%(TiO2(Ti換算)を含む)を含有し、Cr:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下に規制したことを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
- ワイヤ全質量に対する質量%で、Mo、Nb及びVからなる群から選択された少なくとも1種の元素を総量で0.50質量%以下含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
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