JP2016208915A - フラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する変異型タンパク質 - Google Patents

フラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する変異型タンパク質 Download PDF

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Abstract

【課題】糖尿病の血糖値センサーやバイオ燃料電池に用いるため、溶存酸素の影響を受けず、補酵素の添加も必要なく、そして、基質特異性にも優れているというフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性(FADGDH)の優れた特性を保ちつつ、熱安定性が高く、かつ、基質親和性が高く、酵素活性が高い、FADGDH酵素活性を有するタンパク質の提供。
【解決手段】糸状菌由来のFADGDを有する野生型タンパク質に変異を導入してなる変異型タンパク質であって、前記野生型タンパク質のアミノ酸配列の少なくとも1つの特定位置のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されており、前記特定位置は、Aspergillus bisporus由来の特定のアミノ酸配列、または、Talaromyces emersonii由来の特定のアミノ酸配列の434番目に相当する位置である、変異型タンパク質。
【選択図】図10

Description

本発明は、フラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する変異型タンパク質、該変異型タンパク質をコードする遺伝子、該遺伝子を含む組換えベクター、該遺伝子を含む形質転換体、上記遺伝子または上記形質転換体を用いたフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素の製造方法、ならびに、上記変異型タンパク質を用いたグルコースセンサ、グルコース濃度測定方法およびバイオ燃料電池に関する。
血糖自己測定は、糖尿病患者が通常の自分の血糖値を把握し治療に生かすために重要である。血糖自己測定に用いられるセンサには、グルコースを基質とする酵素が利用されている。
グルコースオキシダーゼ(EC 1.1.3.4)は、血糖センサ用の酵素として古くから利用されており、グルコースに対する特異性が高く、熱安定性に優れているという利点を有している。しかし、グルコースオキシダーゼを用いた測定では、血液中の溶存酸素が測定値に影響してしまうという問題があった。
一方、溶存酸素の影響を受けない酵素として、例えば、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)依存性またはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)依存性のグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)(NAD(P)GDH:EC1.1.1.47)や、ピロロキノリンキノン(PQQ)依存性のGDH(PQQGDH:EC1.1.5.2)が、血糖センサ用の酵素として知られている。しかし、NAD(P)GDHは、安定性に乏しく、補酵素の添加が必要であるといった欠点があり、また、PQQGDHは、基質特異性に乏しく、グルコース以外の糖類にも作用するという欠点がある。
このため、溶存酸素の影響を受けず、補酵素の添加も必要なく、基質特異性にも優れた酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素(FADGDH:EC1.1.99.10)が注目されている。FADGDHは、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を補酵素としてグルコースからD−グルコノ−1,5−ラクトンへの酸化反応を触媒する酵素であり、Aspergillus oryzaeやAspergillus terreusといった常温性糸状菌から発見されている。
Aspergillus oryzae、または、Aspergillus terreusの野生株から培養・精製して得られたFADGDHは、ある程度の熱安定性を有している。しかし、グルコースセンサ用試薬の作製工程において、酵素に加熱乾燥処理を施す場合や、保管時の環境温度が高温になる場合が考えられるため、グルコースセンサに用いる酵素は高い熱安定性を有していることが望ましい。
このため、特許文献1では、FADGDHの熱安定性を向上させるために、特定の変異を加えたFADGDHの構造遺伝子を用いて大腸菌で組換えFADGDHを発現させることにより、野生株で産生されたFADGDHと同等程度の熱安定性を有する変異型FADGDHが得られることが開示されている。また、特許文献2では、さらに熱安定性に優れたFADGDHとして、Talaromyces emersonii、Thermoascus crustaceusなどの好熱性糸状菌由来のFADGDHを用いることが開示されている。
国際公開第2009/119728号 国際公開第2014/045912号
糸状菌(例えば、Aspergillus bisporus、Talaromyces emersonii)由来のFADGDHであっても、基質親和性(グルコースに対する親和性)が低く、酵素活性が低いものは、グルコース測定に実用化することが難しいという問題があった。
本発明は、溶存酸素の影響を受けず、補酵素の添加も必要なく、そして、基質特異性にも優れているというFADGDHの優れた特性を保ちつつ、熱安定性が高く、かつ、基質親和性が高く、酵素活性が高い、FADGDH酵素活性を有するタンパク質を提供することを目的とする。
〔1〕
糸状菌由来のフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する野生型タンパク質に変異を導入してなる変異型タンパク質であって、
前記野生型タンパク質のアミノ酸配列の少なくとも1つの特定位置のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されており、
前記特定位置は、Aspergillus bisporus由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列、または、Talaromyces emersonii由来の配列番号3に記載のアミノ酸配列の434番目に相当する位置であることを特徴とする、変異型タンパク質。
〔2〕
前記野生型タンパク質の前記特定位置のアミノ酸残基がグルタミン酸残基以外のアミノ酸残基である、〔1〕に記載の変異型タンパク質。
〔3〕
前記グルタミン酸残基以外のアミノ酸残基が疎水性のアミノ酸残基である、〔2〕に記載の変異型タンパク質。
〔4〕
前記他のアミノ酸残基が親水性のアミノ酸残基である、〔3〕に記載の変異型タンパク質。
〔5〕
前記親水性のアミノ酸残基がグルタミン酸残基である、〔4〕に記載の変異型タンパク質。
〔6〕
前記糸状菌は、Aspergillus bisporus、または、Talaromyces emersoniiである、〔2〕に記載の変異型タンパク質。
〔7〕
前記糸状菌は、Aspergillus bisporusであり、
前記野生型タンパク質は、配列番号1に記載のアミノ酸配列、または、配列番号1に記載のアミノ酸配列からシグナルペプチドの少なくとも一部を除いたアミノ酸配列からなる、〔4〕に記載の変異型タンパク質。
〔8〕
前記糸状菌は、Talaromyces emersoniiであり、
前記野生型タンパク質は、配列番号3に記載のアミノ酸配列、または、配列番号3に記載のアミノ酸配列からシグナルペプチドの少なくとも一部を除いたアミノ酸配列からなる、〔4〕に記載の変異型タンパク質。
〔9〕
糖鎖が付加された、〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の変異型タンパク質。
〔10〕
〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の変異型タンパク質をコードする遺伝子。
〔11〕
(A) 糸状菌由来のフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する野生型タンパク質をコードする遺伝子において、
Aspergillus bisporus由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする配列番号2に記載の塩基配列、または、Talaromyces emersonii由来の配列番号3に記載のアミノ酸配列をコードする配列番号4に記載の塩基配列の1300〜1302番目に相当する位置の少なくともいずれかの塩基が他の塩基に置換されてなる、塩基配列からなるDNA、
(B) 上記(A)のDNAの塩基配列からシグナルペプチドをコードする塩基配列の少なくとも一部を除いた塩基配列からなるDNA、および、
(C) 上記(A)または(B)のDNAの塩基配列と、イントロンとを含むDNA
のいずれかのDNAからなる遺伝子。
〔12〕
〔10または11〕に記載の遺伝子を含む組換えベクター。
〔13〕
〔10または11〕に記載の遺伝子を含む形質転換体。
〔14〕
〔10または11〕に記載の遺伝子を用いたフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素の製造方法。
〔15〕
〔13〕に記載の形質転換体を用いたフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素の製造方法。
〔16〕
〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の変異型タンパク質を含むグルコース濃度測定試薬。
〔17〕
〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の変異型タンパク質を用いたグルコースセンサ。
〔18〕
〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の変異型タンパク質を用いたグルコース濃度測定方法。
〔19〕
〔1〕〜〔9〕のいずれかに記載の変異型タンパク質を用いたバイオ燃料電池。
本発明によれば、溶存酸素の影響を受けず、補酵素の添加も必要なく、そして、基質特異性にも優れているというFADGDHの優れた特性を保ちつつ、熱安定性が高く、かつ、基質親和性が高く、酵素活性が高い、FADGDH酵素活性を有するタンパク質を提供することができる。
参考例1での縮重PCR産物のアガロースゲル電気泳動の結果を示す写真である。 A.bisporus由来FADGDH遺伝子全領域を含むDNA断片の塩基配列を示す図である。 図2に示す塩基配列におけるエクソンの構成を示す模式図である。 A.bisporus由来FADGDH遺伝子のORFの塩基配列と、その塩基配列から類推されるアミノ酸配列を示す図である。 比較例1の確認試験におけるSDS−PAGEの結果を示す図である。(a)はCBB染色した場合、(b)はPAS染色した場合を示す。 比較例1の確認試験における吸収スペクトルを示す図である。 Ta.emersonii由来FADGDH遺伝子全領域を含むDNA断片の塩基配列を示す図である。 図7に示す塩基配列におけるエクソンの構成を示す模式図である。 Ta.emersonii由来FADGDH遺伝子のORFの塩基配列と、その塩基配列から類推されるアミノ酸配列を示す図である。 評価試験における実施例1および比較例1のFADGDHについての酵素活性の測定結果を示すグラフである。 評価試験における実施例2および比較例2のFADGDHについての酵素活性の測定結果を示すグラフである。 評価試験の温度安定性評価における実施例1および比較例1のFADGDHについての結果を示すグラフである。 評価試験の温度安定性評価における実施例2および比較例2のFADGDHについての結果を示すグラフである。 Th.crustaceus由来FADGDHの立体構造のモデリングを示す図である。 Km値の高いFADGDHとKm値の低いFADGDHとのアミノ酸配列を対比して示す図である。
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、各実施形態は例示であり、異なる実施形態で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能であることは言うまでもない。実施形態2以降では実施形態1と共通の事柄についての記述を省略し、異なる点についてのみ説明する。特に、同様の構成による同様の作用効果については実施形態毎には逐次言及しない。
(実施形態1)
本実施形態の発明は、糸状菌由来のフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素(FADGDH)活性を有する野生型タンパク質に変異を導入してなる変異型タンパク質である。野生型タンパク質のアミノ酸配列の少なくとも1つの特定位置のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されている。特定位置は、Aspergillus bisporus由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列、または、Talaromyces emersonii由来の配列番号3に記載のアミノ酸配列の434番目に相当する位置である。
図14に、好熱性糸状菌の一種であるThermoascus crustaceus(Th.crustaceus:NBRC9129)に由来するFADGDHの立体構造のモデリング結果を示す。この立体構造は、SWISS−MODEL(http://swissmodel.expasy.org/)によりAspergillus nigerのFADグルコースオキシダーゼの立体構造をもとにしてモデリングを行なったものである。また、糸状菌に由来するFADGDHは、菌種が異なっても、アミノ酸配列の相同性が比較的高い。これらのことから、糸状菌由来のFADGDHの立体構造の概要を知る上で、図14に示される立体構造を参照することができると考えられる)。なお、図14には、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、およびそのイソアロキサジン環付近の活性部位(Active site)も模式的に示されている。
図14に示されるFADGDHの立体構造において、M1〜M6は、グルコースおよびFADの結合部位に比較的近いと考えられる位置である。Aspergillus bisporus由来FADGDHに相当するアミノ酸配列の番号としては、M1は117および118番目、M2は137番目、M3は231番目、M4は256番目、M5は417番目、M6は434番目である。なお、アミノ酸配列におけるアミノ酸の番号は、シグナルペプチドを含めたアミノ酸配列のN末端(アミノ末端)のメチオニン(M)から数えたアミノ酸の番号である。
本発明者らは、これらの位置のアミノ酸の種類が、基質親和性に与える影響が大きいと推測し、FADGDHの利点と高い耐熱性とを有する一方で、Km(ミカエリス定数)の値が高いことが確認されている糸状菌(Aspergillus bisporusおよびTalaromyces emersonii)に由来する野生型FADGDHに対して、これらの位置の各々において変異を導入し、基質親和性への影響を確認した。その結果、本発明者らは、434番目のアミノ酸に変異を導入することで、Km値が大幅に低下することを見出した。
したがって、本実施形態の変異型タンパク質(変異型FADGDH)は、溶存酸素の影響を受けず、補酵素の添加も必要なく、そして、基質特異性にも優れているというFADGDHの優れた特性を保ちつつ、熱安定性が高く、かつ、基質親和性が高く、酵素活性が高い、FADGDH酵素活性を有する。
図15に、Km値の高いFADGDHと、Km値の低いFADGDHとのアミノ酸配列を対比して示す。図15において、Km値の高いFADGDHは、Aspergillus bisporus(A.bisporus)由来FADGDH、および、Talaromyces emersonii(Ta.emersonii)由来FADGDHであり、Km値の低いFADGDHは、Aspergillus brunneo−uniseriatus(NBRC6993)由来FADGDH、Aspergillus carneus(NBRC5861)由来FADGDH、および、Aspergillus malignus(NBRC8132)由来FADGDHである。
なお、これらの糸状菌由来のFADGDHは、本発明者らによってその存在やアミノ酸配列等が確認されたものであり、Ta.emersonii由来FADGDH以外は本願の出願時において公知のものではない。また、そのKm値、酵素活性などの特性も本発明者らの実験により見出された知見である。
図15に示されるように、A.bisporus由来FADGDH、および、Ta.emersoniiに由来するKm値の高いFADGDHのアミノ酸配列(配列番号1および3)の434番目のアミノ酸残基は、それぞれロイシン(L)残基およびグリシン(G)残基である。これに対して、他の糸状菌(Aspergillus brunneo−uniseriatus、Aspergillus carneus、および、Aspergillus malignus)に由来するKm値の低いFADGDHにおいて、Km値の高いFADGDHのアミノ酸配列の434番目に相当する位置のアミノ酸残基は、共通してグルタミン酸(E)残基である。
このことから、Km値の高いFADGDH(A.bisporus由来FADGDH、および、Ta.emersonii由来FADGDH)のアミノ酸配列の434番目に相当するアミノ酸残基の種類が、基質親和性に大きな影響を与える要因の1つであることが示唆される。
なお、図15に枠囲みで示されるように、上記Km値の高いFADGDH(A.bisporus由来FADGDH、および、Ta.emersonii)のアミノ酸配列の434番目は、Aspergillus brunneo−uniseriatus由来FADGDHのアミノ酸配列の427番目に相当し、Aspergillus carneus由来FADGDHのアミノ酸配列の429番目に相当し、Aspergillus malignus由来FADGDHのアミノ酸配列の431番目に相当する。また、ここで記載するアミノ酸配列におけるアミノ酸残基の番号は、全てシグナルペプチドを含めたアミノ酸配列のN末端のメチオニン(M)から数えたアミノ酸の番号である。
そして、実施例で後述するように、本発明者らは、実際に上記Km値の高いFADGDHの434番目のアミノ酸残基(ロイシン(L)残基、グリシン(G)残基)を、当該位置に相当するKm値の低いFADGDHのアミノ酸残基であるグルタミン酸(E)残基に変更することで、Km値が著しく低下する(すなわち、基質親和性が著しく向上する)ことを確認している。
したがって、糸状菌由来のFADGDHにおいて、上記Km値の高いFADGDH(A.bisporus由来FADGDH、および、Ta.emersonii由来FADGDH)の434番目に相当する特定位置のアミノ酸残基の種類を変更することで、糸状菌由来のFADGDHのKm値を低下させる(すなわち、基質親和性を向上させる)ことができると考えられる。
また、図15に示す対比から、上記特定位置のアミノ酸残基において、野生型タンパク質(野生型FADGDH)のアミノ酸残基がグルタミン酸残基以外のアミノ酸残基である場合に、野生型FADGDHのKm値が高くなると考えられるため、特にこのような場合に、上記特定位置のアミノ酸残基の種類を変更することでFADGDHのKm値を低下させることができると考えられる。
ここで、グルタミン酸残基以外のアミノ酸残基とは、グルタミン酸以外の19種類のアミノ酸の残基であるが、好ましくは疎水性のアミノ酸残基である。一般に、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とでは、種々の特性が異なることが知られており、図15に示すKm値が高いFADGDHの434番目のアミノ酸残基(L,G)は、いずれも疎水性のアミノ酸残基である。このことから、上記特定位置のアミノ酸残基が疎水性である場合に、野生型FADGDHのKm値が高くなると考えられるため、特にこのような場合に、上記特定位置のアミノ酸残基の種類を変更することでFADGDHのKm値をより有効に低下させることができると考えられる。
また、上記他のアミノ酸残基(変異型FADGDHの上記特定位置のアミノ酸残基)は、親水性のアミノ酸残基であることが好ましい。上述のとおり、野生型FADGDHの上記特定位置のアミノ酸残基が疎水性である場合に、野生型FADGDHのKm値が高くなると考えられるため、上記特定位置のアミノ酸残基を親水性のアミノ酸残基に変更することでFADGDHのKm値をより有効に低下させることができると考えられる。
ここで、親水性のアミノ酸残基は、グルタミン酸残基であることが好ましい。図15に示すKm値が低いことが見出されたFADGDHは、上記特定位置のアミノ酸残基がグルタミン酸(E)残基であることから、上記特定位置のルタミン酸(E)残基に変更することでFADGDHのKm値を低下させる結果が期待できると考えられる。
上記の糸状菌の好適な例としては、A.bisporus、または、Ta.emersoniiが挙げられる。上記のとおり、これらに由来する野生型のFADGDHは、熱安定性を有しているものの、Km値が高いことが見出されており、上記の変異型FADGDHに改変することで、熱安定性が高く、且つKm値が低い有用なFADGDHを得ることができる。
なお、糸状菌がA.bisporusである場合、上記野生型タンパク質は、配列番号1に記載のアミノ酸配列、または、配列番号1に記載のアミノ酸配列からシグナルペプチドの少なくとも一部を除いたアミノ酸配列からなる。
糸状菌がTa.emersoniiである場合、上記野生型タンパク質は、配列番号3に記載のアミノ酸配列、または、配列番号3に記載のアミノ酸配列からシグナルペプチドの少なくとも一部を除いたアミノ酸配列からなる。
なお、配列番号1は、「野生型のA.bisporus由来のFADGDHのアミノ酸配列」であって、シグナルペプチドも含んでいる。配列番号3は、「野生型のTalaromyces emersonii由来のFADGDHのアミノ酸配列」であって、シグナルペプチドも含んでいる。
シグナルペプチドは、糸状菌等によるタンパク質分子の生合成の過程において、細胞内で生合成されたタンパク質を、適切な場所に輸送するために不可欠な構造である。シグナルペプチド部分は、例えば配列番号1または3のような「シグナルペプチドを含むアミノ酸配列」をコードする遺伝子の情報に基づいて、いったんは合成されるが、最終的にはその役割を終えた後、その少なくとも一部が切除される。
本実施形態の変異型タンパク質(変異型FADGDH)は、溶存酸素の影響を受けず、補酵素の添加も必要ないというFADGDHの優れた特性を保ちつつ、極めて高い熱安定性を有し、かつ、従来よりも基質親和性が向上している。
また、本実施形態の変異型タンパク質は、Kmの値が比較的小さいため、基質親和性(酵素と基質との親和性)が高いといえる。したがって、本実施形態の変異型タンパク質は、グルコース測定を短時間で実施できる点で有利である。
なお、A.bisporus、および、Ta.emersoniiともに、本実施形態の変異型タンパク質は、グルコースに対する基質特異性が極めて高く、特にマルトースに対する反応性が極めて低いため、グルコース測定の精度を高めることが可能となる。
本発明のタンパク質(酵素)は、糖鎖が付加されたものであることが好ましい。一般に糖鎖が付加されたタンパク質は糖鎖が付加されたタンパク質よりも熱安定性等に優れる場合が多いからである。なお、熱安定性は、所定の温度および時間の熱処理後に、酵素のFADGDH活性を測定し、その熱処理前のFADGDH活性値に対する比率を求めることにより判断される。Km値、FADGDH活性は、種々公知の方法で測定することができる。
(実施形態2)
本実施形態の発明は、上記実施形態1の変異型タンパク質をコードする遺伝子である。具体的には、(A) 糸状菌由来のフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する野生型タンパク質をコードする遺伝子において、
Aspergillus bisporus由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする配列番号2に記載の塩基配列、または、Talaromyces emersonii由来の配列番号3に記載のアミノ酸配列をコードする配列番号4に記載の塩基配列の1300〜1302番目に相当する位置の少なくともいずれかの塩基が他の塩基に置換されてなる、塩基配列からなるDNA、
(B) 上記(A)のDNAの塩基配列からシグナルペプチドをコードする塩基配列の少なくとも一部を除いた塩基配列からなるDNA、および、
(C) 上記(A)または(B)のDNAの塩基配列と、イントロンとを含むDNA
のいずれかのDNAからなる遺伝子が挙げられる。
配列番号2は、「野生型のA.bisporus由来のFADGDHをコードする遺伝子の塩基配列」であって、シグナルペプチドをコードする塩基配列を含んでいるが、終止コドンは含んでいない。
配列番号4は、「野生型のTa.emersonii由来のFADGDHをコードする遺伝子の塩基配列」であって、シグナルペプチドをコードする塩基配列を含んでいるが、終止コドンは含んでいない。
「上記(A)または(B)のDNAの塩基配列と、イントロンとを含むDNA」とは、上記(A)または(B)のDNAの塩基配列をエクソンとし、そのエクソン配列の途中にイントロン配列が介在しているDNAである。
本実施形態の遺伝子の塩基配列は、これらの具体例に限定されず、実施形態1のタンパク質(アミノ酸配列)をコードするものであればよく、FADGDHの発現を向上させるように、コドン出現頻度(Codon usage)を変えた塩基配列なども含まれる。
FADGDHを構成するアミノ酸配列を改変する方法としては、通常行われる遺伝情報を改変する手法が用いられる。すなわち、タンパク質の遺伝情報を有するDNAの特定の塩基を変換すること等により、改変(変異型)タンパク質の遺伝情報を有するDNAが作製される。DNA中の塩基配列を変換する具体的な方法としては、例えば、市販のキット(PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ),QuickChange Lightning Site−Directed Mutagenesis Kit(アジレント・テクノロジー)、GeneArt Site−Directed Mutagenesis PLUS Kit(Life Technologies)を使用する方法、あるいはポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)を利用する方法が挙げられる。
(実施形態3)
本実施形態の発明は、実施形態2の遺伝子を含む組換えベクターである。実施形態2の遺伝子は、例えば、プラスミドベクターと連結された組換えベクターとして、宿主微生物に導入され、該宿主はFADGDHを生産する形質転換体となる。
宿主に組換えベクターを導入する方法としては、例えば宿主が酵母の場合には、スフェロプラスト法や酢酸リチウム法などが用いられる。また、エレクトロポレーション法などを用いても良い。宿主が糸状菌の場合には、プロトプラスト化された細胞等が用いられる。宿主が大腸菌に属する微生物の場合には、カルシウムイオンの存在下で組換えDNAの導入を行う方法などを採用することができる。また、エレクトロポレーション法を用いても良い。さらに、市販のコンピテントセル(例えば、TaKaRa Competent Cell BL21;タカラバイオ)を用いても良い。
(実施形態4)
本実施形態の発明は、実施形態2の遺伝子を含む形質転換体である。形質転換体の宿主としては、酵母、糸状菌、大腸菌、動物細胞、昆虫細胞など目的に応じて様々な宿主を用いることができるが、糖鎖が付加されたタンパク質を生産するためには、宿主として酵母、糸状菌等の微生物由来の真核生物を用いることが好ましい。真核生物の中でも酵母は産業上多くの利用実績があり、例えば、Pichia pastoris(P.pastoris)、Saccharomyces cerevisiae、Schizosaccharomyces pombeが使用できる。
本実施形態の具体例としては、例えば、実施形態3の組換えベクターで形質転換された酵母および大腸菌が挙げられる。
(実施形態5)
本実施形態の発明は、実施形態2の遺伝子を用いたFADGDHの製造方法である。本実施形態では、例えば、実施形態4の形質転換体を用いることにより、FADGDHを製造することができる。具体的には、例えば、以下に示すような手順で製造することが可能である。
所望のFADGDHの遺伝情報を有するDNA(実施形態2の遺伝子)は、プラスミドベクターと連結された組換えベクターとして宿主に導入される。宿主については、上記実施形態4で説明した宿主と同様である。
こうして得られた形質転換体である微生物は、栄養培地で培養されることにより、多量のFADGDHを安定して生産し得る。形質転換体である宿主微生物の培養形態は宿主の栄養生理的性質を考慮して培養条件を選択すればよく、通常多くの場合は液体培養で行うが、工業的には通気攪拌培養を行うのが有利である。
培地の栄養源としては微生物の培養に通常用いられるものが広く使用される。炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えば、グルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ分解物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。
培地温度は、微生物が発育しFADGDHを生産する範囲で適宜変更し得るが、宿主が酵母の場合、好ましくは20℃以上35℃以下であり、宿主が大腸菌の場合、好ましくは20℃以上42℃以下である。培養時間は培養条件によって異なるが、FADGDHが最高収量に達する時期を見計らって適当な時期に培養を終了すればよく、通常、培養時間は6時間以上72時間以下である。培地pHは、菌が発育しFADGDHを生産する範囲で適宜変更しうるが、好ましくはpH5.0以上9.0以下である。
FADGDHを生産する微生物を含む培養液をそのまま採取し利用することもできるが、一般にはFADGDHが培養液中に存在する場合、濾過、遠心分離などにより、タンパク質を含有する溶液と微生物とを分離した後に利用される。一方、FADGDHが微生物の体内に存在する場合は、得られた培養物から濾過または遠心分離などの手法により微生物を採取し、次いで、この微生物を機械的方法、または、リゾチームなどを用いた酵素的方法で破壊する。また必要に応じて、微生物を含む液中にEDTA等のキレート剤、界面活性剤などを添加して、FADGDHを可溶化し、溶液としてFADGDHを分離採取する。
このようにして得られたFADGDH含有溶液からFADGDHを回収する方法としては、例えば、減圧濃縮、膜濃縮、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムなどを用いた塩析処理、または、親水性有機溶媒(例えばメタノール、エタノール、アセトン)による分別沈殿法が挙げられる。また、加温処理や等電点処理も有効な精製手段である。また、吸着剤やゲル濾過剤などを用いたゲル濾過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、FADGDHを精製することもできる。
なお、FADGDHの製造はこのような方法に限定されず、例えば、実施形態2の遺伝子を用いて無細胞タンパク質翻訳系によってFADGDHを製造することも可能である。
(実施形態6)
本実施形態の発明は、実施形態1のタンパク質を含むグルコース濃度測定試薬を用いたグルコースセンサである。
グルコース濃度測定試薬は、実施形態5の方法により製造されたFADGDHを少なくとも1回の測定に十分な量で含む。また、グルコース濃度測定試薬は、該FADGDH以外に、例えば、アッセイに必要な緩衝液、メディエーター、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液を含み得る。グルコース濃度測定試薬の形態は特に限定されないが、グルコースセンサ用に適した種々の形態(例えば、凍結乾燥された試薬や、適切な保存容器中の溶液)で提供され得る。
グルコースセンサに用いられる電極は、特に限定されないが、カーボン電極、金電極、白金電極などを用いることができる。例えば、この電極上には、本発明のタンパク質(酵素:FADGDH)が固定化される。
固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはフェロセンあるいはその誘導体に代表される電子メディエーターとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、グルタルアルデヒドを用いて、本発明のタンパク質(FADGDH)をカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドを架橋する方法が用いられる。
(実施形態7)
本実施形態の発明は、実施形態1のタンパク質を用いたグルコース濃度測定方法である。グルコース濃度の測定は、例えば、以下のようにして行うことができる。
恒温セルに緩衝液を入れ、一定温度に維持する。メディエーターとしては、フェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなどを用いることができる。作用電極として実施形態1のタンパク質(FADGDH)を固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
(実施形態8)
本実施形態の発明は、実施形態1のタンパク質(FADGDH)を用いたバイオ燃料電池である。FADGDHは、グルコースの脱水素反応を触媒し、この反応により生じた電子が電力として供給される。
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(参考例1)
独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物資源部門(NBRC)より購入した糸状菌[Aspergillus bisporus:NBRC32017)]を対象として、糸状菌(野生株)からのFADGDH遺伝子のスクリーニングを行った。
購入した糸状菌は、ポテトデキストロース培地(Difco Laboratories)または麦芽エキス培地(2%麦芽エキス、2%グルコース、0.1%ペプトン)を用いて好気的に培養した。培養後の糸状菌からWizard Genomic DNA Purification Kit(Promega)を用いてゲノムDNAを抽出した。
なお、糸状菌の産生するタンパク質を分析することにより、FADGDH活性を有するタンパク質を探索するのは、FADGDHの産生量がごく微量であるため、現実的には困難である。このため、本発明者らは、FADGDHを産生することが知られている常温性糸状菌(Aspergillus属糸状菌)に由来するFADGDHの一次構造(アミノ酸配列)の共通部分に着目し、該共通部分のうちの特定のアミノ酸配列をコードする塩基配列に相当するプライマーを用いて、糸状菌ゲノムDNAを鋳型とする縮重PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を行ない、そのPCR産物を分析することにより、糸状菌がFADGDH活性を有するタンパク質を産生しているかどうかを判別することができた。
常温性糸状菌由来FADGDHのアミノ酸配列の共通部分のうちの特定のアミノ酸配列は、好ましくは、YDYIVVGGGTSGL、QVLRAGKALGGTSTINGMAYTRAEDVQID、RSNFHPVGTAAMM、または、NVRVVDASVLPFQVCGHLVSTLYAVAERAである。
本参考例では、縮重PCR用のプライマーとして、これらのアミノ酸配列の少なくとも一部をコードする塩基配列またはこれと相補的な塩基配列を含むプライマーである以下のプライマーを用いて、糸状菌ゲノムDNAを鋳型とする縮重PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を行った。
縮重PCR用のセンスプライマーとしては、
プライマーA(5’−TAYGAYTAYATCGTTYTYGGAGGCGG−3’:配列番号5)、
プライマーB(5’−CAAGTKCTNCGTGCRGGRAAGGCCCTTGG−3’:配列番号6)、または、
プライマーC(5’−ACSCGCGCMGAGGATGTCCAGAT−3’:配列番号7)
を用いた。
アンチセンスプライマーとしては、
プライマーD(5’−CATCATGGCAGCMGTKCCGACGGGRTGGAAGTT−3’:配列番号8)、または、
プライマーE(5’−GTGCTMACCAARTGGCCGCARACCTGGAA−3’:配列番号9)
を用いた。
なお、上記プライマーA〜Eは配列中にミックス塩基(K、N、M、R、S、Y)を含んでいるが、プライマーA〜Eの各々は、ミックス塩基の箇所において塩基配列が異なる複数種のプライマーの混合物を意味する。
上記の糸状菌から得たゲノムDNAを鋳型として、上記3種のセンスプライマーのいずれかと上記2種のアンチセンスプライマーのいずれかとの組み合わせを用いた6通りの縮重PCRを行った。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動(1.2%アガロースゲル)に供し、泳動後のゲルについて臭化エチジウム染色を施すことによりPCR産物の存在を確認した。
その結果、A.bisporus(NBRC32017)のゲノムを鋳型として得られたPCR産物について、約1.5、また約1.6kbのDNAバンドが検出された(図1中の*印)。なお、図1において、レーンMはマーカーであり、レーン1はプライマーAとDの組合せを用いた場合、レーン2はプライマーAとEの組合せを用いた場合、レーン3はプライマーBとDの組合せを用いた場合、レーン4はプライマーBとEの組合せを用いた場合、レーン5はプライマーCとDの組合せを用いた場合、レーン6はプライマーCとEの組合せを用いた場合を示している。
縮重PCRで増幅されたDNA断片を、pCR−Blunt−II−TOPO(Life Technologies)に連結した後に、大腸菌DH5α(タカラバイオ)にサブクローニングした。挿入DNA断片の塩基配列解析を行った結果、既報のアスペルギルス属糸状菌由来FADGDH遺伝子と高い相同性を有する遺伝子断片の増幅が確認された。このことから、A.bisporusのゲノムにFADGDH遺伝子が存在することが示唆された。
(比較例1)
本比較例では、A.bisporus(野生株)由来FADGDHをPichia pastoris(P.pastoris)酵母を用いて製造した。以下、詳細について説明する。
(1)A.bisporus(NBRC32017)からのFADGDH遺伝子のクローニング
クローニングに先立ち、A.bisporus由来FADGDH遺伝子部分断片をプローブとするゲノムDNAのサザンハイブリダイゼーション解析を行った。A.bisporusゲノムDNAを各種制限酵素(New England BioLabs)で切断し、アガロースゲル電気泳動に供した。泳動後、ゲルに含まれているDNA断片を20×SSC(3M NaCl、0.3M クエン酸三ナトリウム、pH7.0)を用いたキャピラリー法によりナイロンメンブレン(Hybond−N+; GE Healthcare)に転写した。転写後のナイロンメンブレンとジゴキシゲニン標識プローブDNA(DIG DNA Labeling and Detection Kit; Roche)を混合し、65℃でハイブリダイゼーションを行った。プローブとハイブリダイズしたDNA断片はアルカリホスファターゼ標識抗DIG抗体(DIG DNA Labeling and detection Kit; Roche)を用いて検出した。
その結果、BamHIのレーンから約7.0kbの位置にプローブとハイブリダイズするDNAバンドが検出された。既報のアスペルギルス属糸状菌由来FADGDH遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)が約1.8kbであることから、プローブとハイブリダイズするこの約7.0kBのBamHI断片が、A.bisporus由来FADGDH遺伝子の全領域を包括しているものと考えられた。
次に、Inverse PCRにより、A.bisporus由来FADGDH遺伝子の開始コドン近傍領域を含む5’−隣接領域(flanking area)と、終始コドン近傍領域を含む3’−隣接領域のクローニングを試みた。BamHIで切断したA.bisporusのゲノムDNAを調製用アガロースゲル電気泳動に供し、約7.0kbのDNA断片を回収した。このDNA断片をT4リガーゼ(タカラバイオ)により環状化し、Inverse PCRの鋳型とした。
A.bisporus由来FADGDH遺伝子内部配列に基づいて設計したプライマー32017GSP3(5’−GACGTTGCTCGGAGGGAAGTTGCTGAAGGC−3’)、および、プライマー32017GSP5(5’−GCCAATGTCCACGATATCTTTGGCGATGAT−3’)を用いてInverse PCRを行った結果、約6.0kbの位置に単一のDNA断片が検出された。
このDNA断片をサブクローニングし塩基配列解析を行ったところ、A.bisporus由来FADGDH遺伝子の5’−隣接領域と3’−隣接領域の増幅に成功したことが分かった。
次に、5’−隣接領域および3’−隣接領域の配列に基づいて設計したプライマー32017GSP9(5’−CCATGGGGATTTCTATAGTTTCTTCCTATT−3’)と32017GSP10(5’−GGTACCTTTTTGGCCCTGATGGGAAGGTCA−3’)を用いてA.bisporus由来ゲノムDNAを鋳型とするPCRを行った。その結果、単一の約2.8kbのDNA断片の増幅が確認され、このDNA断片がA.bisporus由来FADGDH遺伝子全領域を含んでいることが分かった。
(2)A.bisporus由来FADGDH遺伝子の塩基配列解析
A.bisporus由来FADGDH遺伝子全領域を含むDNA断片の塩基配列はプライマーウォーキング法により決定した。A.bisporus由来FADGDH遺伝子全領域を含むDNA断片の塩基配列を図2に示す。
スプライシング部位をGT−AG則に基づいて予測することにより、この塩基配列中のエクソンとイントロンを特定した。A.bisporus由来FADGDH遺伝子は、3つのエクソン(エクソン1;343bp、エクソン2;1218bp、エクソン3;215bp)から構成される1776bpのORF(592アミノ酸をコード)を含んでいた(図2の下線部および図3参照)。
図4に、このようにして特定されたA.bisporus由来FADGDH遺伝子のORF(FADGDHコーディング領域)の塩基配列(終止コドンを含めると1779bp)と、その塩基配列から類推されるアミノ酸配列を示す。
図4に示すアミノ酸配列について、シグナルペプチドの存在の有無およびシグナルペプチド切断部位を、シグナルペプチド予測サーバーSignalP4.0(http://www.cbs.dtu.dk/services/SignalP/)により推測した。その結果、開始コドンに由来するメチオニン(Met1)から16番目のアラニン(Ala16)までの配列がシグナルペプチドとして同定された。また、図4に示すアミノ酸配列において、FAD結合に重要なFAD結合モチーフ(Gly−Gly−Gly−Thr−Ser−Gly)は完全に保存されていた。
(3)A.bisporus由来FADGDH遺伝子発現型プラスミドの作製
A.bisporus由来FADGDH遺伝子のコーディング領域をOverlap extension PCRにより合成した。
まず、各エクソンをPCR増幅した。エクソン1のPCR増幅には、プライマーとして、32017GSP11(5’−AGAATGATTCGAGTCTTCGCTTTTCTTTCT−3’)と32017E1A(5’−TGACATCCCGTTGATTGTACTCGTGCCACC−3’)を用いた。エクソン2のPCR増幅には、プライマーとして、32017E2S(5’−ATCAACGGGATGTCATTTACCCGTGCGGAA−3’)と32017E2A(5’−GGAACGGTAAGTTGAAATGAGCCACTGCTT−3’)を用いた。エクソン3のPCR増幅には、プライマーとして、32017E3S(5’−TCAACTTACCGTTCCAACTTCCACCCCGTT−3’)と32017GSP12(5’−GACCTAGTAAAGAGGAGAACTGGCCTTGAT−3’)を用いた。
増幅したエクソン1とエクソン2とをOverlap−extension PCRにより連結した。さらに、連結したDNA断片とエクソン3とをOverlap extension PCRにより連結し、A.bisporus由来FADGDH遺伝子のコーディング領域を合成した。
次に、A.bisporus由来FADGDH遺伝子コーディング領域を鋳型として、分泌発現型プラスミド作製用プライマー32017Pic1(5’−AAAGAATTCGCTCCTGTAGCCTCTTCAGCA−3’)および32017Pic2(5’−TTTGCGGCCGCTCAGTGGTGGTGGTGGTGGTGGTAAAGAGGAGAACTGGCCTT−3’)を用いたPCRを行ない、A.bisporusよりFADGDH遺伝子をクローニングした際に含まれていた、シグナル配列(シグナルペプチドをコードする塩基配列)を含まない成熟型FADGDHをコードする遺伝子を増幅した。なお、増幅したA.bisporus成熟型FADGDHをコードする遺伝子のC末端側にはヒスチジンタグを融合するためのヒスチジンのコドン(CAC)が付加されている。
増幅したDNA断片をEcoRIおよびNotIで切断した後に、P.pastoris用分泌発現ベクターpPIC9(Life Technologies)の同一制限酵素サイトに連結することにより、A.bisporus由来FADGDH分泌発現型プラスミドを作製した。成熟型FADGDHをコードする遺伝子をpPIC9(pPIC9_32017)に連結することにより、成熟型FADGDHをコードする遺伝子の上流には酵母用シグナル配列が融合されている。
(4)A.bisporus由来FADGDH遺伝子の酵母における発現と組換え酵素の精製
A.bisporus由来FADGDH分泌発現型プラスミドをP.pastoris GS115株(Life Technologies)に導入した。分泌発現型プラスミドを導入したGS115株をBMG培地(100mMリン酸カリウム緩衝液:pH6.0、1.34%酵母ニトロゲンベース、4×10−5%ビオチン、1%グリセロール)で2日間培養した(前培養)。前培養により取得した菌体をBMM培地(100mMリン酸カリウム緩衝液:pH6.0、1.34%酵母ニトロゲンベース、4×10−5%ビオチン、0.5%メタノール)に植菌し、5日間ほど30℃で好気的に培養した。
培養後の培養上清を回収し、PBS緩衝液に対して透析を行った。透析後の培養上清をPBS緩衝液で平衡化したNi−NTA Agarose(QIAGEN)カラム(直径2.0cm、高さ2.0cm)に供した。カラムをPBS緩衝液で洗浄した後に、吸着したタンパク質を200mMイミダゾールを含む20mM Hepes−NaOH緩衝液(pH7.5)で溶出した。溶出画分をAmicon Ultra−4 MWCO10(Merck Millipore)を用いて脱塩処理を施し、A.bisporus由来FADGDHを含むFADGDH精製標品を得た。
(比較例1の確認試験)
(1)SDS−PAGE
比較例1で得られたFADGDH精製標品(P.pastorisで発現し、精製されたA.bisporus由来FADGDHを含む溶液)中のタンパク質濃度を測定した。タンパク質濃度は、市販のタンパク質定量キット(Pierce BCA Protein Assay Reagent; サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いたBCA法により測定した。なお、該キットでは、標準タンパク質としては牛血清アルブミンを使用している。得られた濃度測定値に基づいて、FADGDH5μgを含む精製標品を、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)に供した。
SDS−PAGEはLaemmliの方法に準じて行った。SDS−ポリアクリルアミドゲルとしては、「e−PAGEL 10−20%」(アトー)を使用した。泳動後のゲルはCBB(Coomassie Brilliant Blue)ベースの染色液「GelCode Blue Safe Protein Stain」(サーモフィッシャーサイエンティフィック)により染色した。タンパク質マーカーには、「Prestained Protein Ladder Broad Range(10−250kDa)」(New England BioLabs)を使用した。
また、別途、染色液として、PAS(Periodic acid−Schiff stain)染色液を用いる以外は、同様にSDS−PAGEを行った。なお、PAS染色液は、糖を選択的に酸化してアルデヒドを生成し、シッフ試薬によって赤紫色に変色する。
SDS−PAGEの結果を図5に示す。レーン1がタンパク質マーカーであり、レーン2が比較例1で得られたFADGDH精製標品である。なお、(a)がCBBベースの染色液を用いた場合、(b)がPAS染色液を用いた場合の結果である。図5(a)に示されるように、A.bisporus由来FADGDHの電気泳動的に単一な精製標品の取得に成功したことが分かった。また、図5(b)に示されるように、これらの精製標品は、いずれも糖鎖付加されたタンパク質(FADGDH)であることが分かった。
(2)吸収スペクトル計測
比較例1で得られたFADGDH精製標品(P.pastorisで発現し、精製されたA.bisporus由来FADGDHを含む溶液)を、上記SDS−PAGEの際に測定した濃度測定値に基づいて希釈し、2mg/mLの酵素溶液(FADGDH溶液)を調製した。該FADGDH溶液の吸収スペクトルを、UV/可視分光光度計DU−800(Beckman Coulter)用いて計測した。また、上記FADGDH溶液にグルコースを終濃度150mMとなるように添加した溶液についても同様に吸収スペクトルを計測した。得られた吸収スペクトルを図6(A.bisporus由来FADGDH)に示す。
図6に示されるように、FADGDH溶液の吸収スペクトルでは、典型的なFAD由来のピークが観察された(図6の「FADGDH」)。一方、グルコース添加後のFADGDH溶液の吸収スペクトルでは、FADに由来するピーク(350〜500nmの吸収ピーク)が消失した(図6の「FADGDH+グルコース」)。
これらの結果から、酵母(P.pastoris)にて発現し、精製されたFADGDH(A.bisporus由来FADGDH)は、いずれも補酵素として酸化型FADを含んだホロ型酵素として精製されたことが分かる。したがって、酵母によって生産された本発明のFADGDHは、補酵素の添加を必要とせずにグルコース濃度測定試薬などとして使用できるというFADGDHの利点を有している。
[実施例1]
本実施例では、図4に示されるA.bisporus由来FADGDH遺伝子のコーディング領域の代わりに、A.bisporus由来FADGDHの434番目のアミノ酸(図4において枠で囲んだL)をコードする1300〜1302番目の塩基(図4において枠で囲んだCTC)が部位特異的導入法によりGAAに置換されたFADGDH遺伝子のコーディング領域を持つFADGDH分泌発現型プラスミドの作製を行った。それ以外は、比較例1と同様にして、434番目のアミノ酸であるロイシン(L)がグルタミン酸(E)に置換されたA.bisporus由来FADGDHを含むFADGDH精製標品を得た。
具体的には、A.bisporus由来野生型FADGDH遺伝子のコーディング領域をP.pastoris用分泌発現ベクターpPIC9に連結したプラスミド(pPIC9_32017)を鋳型にして、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ)および変異導入用プライマーを用いてPCRを行うことで、434番目のロイシン(L)をグルタミン酸(E)に置換させた変異型FADGDH遺伝子を含むプラスミド(pPIC9_32017L434E)を作製した。変異導入用プライマーには、32017L434ES(5’−AACTCGGAATACTGGGGACTTCTTCCCTTTGCT−3’)、および、32017L434EA(5’−CCAGTATTCCGAGTTCAGAGCCTTCGTCCCCGT−3’)を使用した。変異型FADGDHは、比較例1に記載した酵母における発現と組換え酵素の精製方法により作製した。
なお、作製した当該変異型FADGDHは、シグナルペプチドが切除された成熟型タンパク質であるが、上記アミノ酸配列における変異アミノ酸残基の番号(434番目)は、シグナルペプチドを含めたアミノ酸配列のN末端のメチオニン(M)から数えたアミノ酸の番号である。すなわち、この「434番目」(ロイシン残基)は、シグナルペプチドを切除した成熟型タンパク質の418番目に相当する。
ただし、酵母発現を用いた本実施例では、発現遺伝子に酵母用の分泌シグナル配列が付加されている。この分泌シグナルペプチドは部分的に切断されるものの、実際に作製されたタンパク質(FADGDH)はシグナルペプチドの一部(8アミノ酸残基)を含んでいる。このため、上述の配列番号1に記載のアミノ酸配列における434番目(ロイシン残基)は、酵母で実際に作製されるFADGDHにおける426番目に相当する。
(比較例2)
本比較例のTa.emersonii(NBRC31232)由来FADGDHは、特許文献2の実施例2と同様にして大腸菌BLR(DE3)株(Novagen)、および大腸菌発現ベクターpET−21b(+)(Novagen))を用いて製造した精製標品である。なお、特許文献2の実施例2は、基本的には比較例1と同様の方法を用いているが、組換え酵素の大腸菌による発現と精製は次に示す方法により行った。
シグナル配列を切除したTa.emersoni由来FADGDH遺伝子を、大腸菌用発現ベクターpET−21b(+)のマルチクローニングサイトであるNdeIおよびHindIIIのサイトで連結することにより、Ta.emersonii由来FADGDH遺伝子発現型プラスミド(pET−21b(+)_31232)を作製した。
pET−21b(+)_31232を大腸菌BLR(DE3)株に導入した。発現型プラスミドを保有するBLR(DE3)をLB培地(100μg/mLアンピシリン含有)で一晩培養した(前培養)。本培養用LB培地(100μg/mLアンピシリン含有)に前培養液を1%植菌し、4時間ほど37℃で好気的に培養した。その後、培地中に、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を終濃度1mMとなるように添加し、25℃で約20時間培養を続けた。
培養後の大腸菌を集菌し、PBS緩衝液に懸濁することにより菌体を洗浄した。遠心分離により、再度集菌した菌体をPBSに懸濁した。PBS緩衝液に懸濁 した菌体は超音波により破砕した。超音波破砕後の破砕液を遠心分離(8000g、10分間、4℃)することにより、上清(全菌体画分)と沈殿(未破砕菌体)を分離した。全菌体画分をさらに遠心分離(12000g、20分間、4℃)し、可溶性画分と不溶性画分とに分画した。可溶性画分からMagExtractor―His−tag―(TOYOBO)を用いてFADGDHを精製した。溶出画分をAmicon Ultra−0.5 MWCO10(Merck Millipore)を用いて脱塩処理を施し、Ta.emersonii由来FADGDHを含むFADGDH精製標品を得た。
なお、Ta.emersonii由来FADGDH遺伝子全領域を含むDNA断片の塩基配列を図7に示す。Ta.emersonii由来FADGDH遺伝子は、4つのエクソン(エクソン1;346bp、エクソン2;598bp、エクソン3;614bp、エクソン4;221bp)から構成される1779bpのORF(593アミノ酸をコード)を含んでいる(図7の下線部および図8参照)。図9に、Ta.emersonii由来FADGDH遺伝子のORF(FADGDHコーディング領域)の塩基配列(終止コドンを含めると1782bp)と、その塩基配列から類推されるアミノ酸配列を示す。これらは、そのクローニング方法や解析方法とともに特許文献2に詳細に開示されている。
なお、本比較例のTa.emersonii由来FADGDHは、比較例1と同様に、SDS−PAGEを用いた分析により電気泳動的に単一な精製標品であることが確認されている。また、吸収スペクトル分析により、補酵素として酸化型FADを含んだホロ型酵素として精製されていることが確認されている。
[実施例2]
本実施例では、図9に示されるTa.emersonii由来FADGDH遺伝子のコーディング領域の代わりに、Ta.emersonii由来FADGDHの434番目のアミノ酸(図9において枠で囲んだG)をコードする1300〜1302番目の塩基(図9において枠で囲んだGGG)のうち、1301番目と1302番目の塩基であるグアニン(G)がともにアデニン(A)に置換されたFADGDH遺伝子のコーディング領域を持つFADGDH発現型プラスミドの作製を行った。それ以外は、比較例2と同様にして、434番目のアミノ酸であるグリシン(G)がグルタミン酸(E)に置換されたTa.emersonii由来FADGDHを含むFADGDH精製標品を得た。
具体的には、シグナル配列を切除したTa.emersonii由来FADGDH遺伝子を、大腸菌用発現ベクターpET−21b(+)のマルチクローニングサイトであるNdeIおよびHindIIIのサイトで連結したTa.emersonii由来FADGDH遺伝子発現型プラスミド(pET−21b(+)_31232)を鋳型にして、実施例1に記載した部位特異的変異導入法により、434番目のグリシン(G)をグルタミン酸(E)に置換させた変異型FADGDH遺伝子を含むプラスミド(pET−21b(+)_31232G434E)を作製した。変異導入用プライマーとしては、31232G434ES(5’−GCGGCCGAATACTGGGGTCTCCTTCCCTTTGCT−3’)、および31232G434EA(5’−CCAGTATTCGGCCGCCAGGGTGTTCCCGGTGGG−3’)を使用した。変異型FADGDHは、比較例2に記載した大腸菌における発現と組換え酵素の精製方法により作製した。
なお、作製した当該変異型FADGDHは、シグナルペプチドが切除された成熟型タンパク質であり、N末端側に開始コドンに相当するメチオニン(M)が付加されたものであるが、上記アミノ酸配列における変異アミノ酸残基の番号(434番目)は、シグナルペプチド(17アミノ酸残基)を含めたアミノ酸配列のN末端のメチオニン(M)から数えたアミノ酸の番号である。すなわち、この「434番目」(グリシン残基)は、シグナルペプチドを切除した成熟型タンパク質の417番目に相当し、本実施例で実際に作製されタンパク質(FADGDH)の418番目に相当する。
[評価試験]
実施例1(変異型のA.bisporus由来FADGDH)、実施例2(変異型のTa.emersonii由来FADGDH)、比較例1(野生型のA.bisporus由来FADGDH)、および、比較例2(野生型のTa.emersonii由来FADGDH)で得られたFADGDH精製標品について、FADGDHの酵素活性に関する以下の各種特性(Km値、酵素活性、基質特異性、温度安定性)に関する評価試験を行った。なお、本評価試験における酵素活性測定原理、酵素活性の定義、活性測定方法は次のとおりである。
(酵素活性測定原理)
D−グルコース + 1−methoxyPMS + FADGDH
→ D−グルコノ−1,5−ラクトン + 1−methoxyPMS(還元型)
+ FADGDH(酸化型)
1−methoxyPMS(還元型) + DCPIP
→ 1−methoxyPMS + DCPIP(還元型)
還元型1−メトキシフェナジンメトサルフェート(1−methoxyPMS)による2,6−ジクロロフェノリンドフェノール(DCPIP)の還元により生じた還元型DCPIP量は、分光光度計を用いて600nmの吸光度を測定することにより計測した。また、基質特異性の検討においては、D−グルコースを他の糖類に変更し、それぞれの糖類(基質)に対する酵素活性を測定した。
(酵素活性の定義)
酵素の活性(FADGDH活性)は、37℃、pH7.0の条件下において還元型DCPIPを1分あたりに1マイクロモル形成させるFADGDH量を1ユニットとして定義する。
具体的に、FADGDH活性は、後述の吸光度変化(ΔODTEST、ΔODBLANK)から以下の式により求められる。

FADGDH活性(U/mL)
=[(ΔODTEST−ΔODBLANK)×3.1]/(16.3×0.1×希釈率)

なお、式中の各定数は、
3.1 : FADGDH溶液混和後の反応液の容量(mL)
16.3 : DCPIPのミリモル分子吸光係数(mM−1・cm−1
0.1 : FADGDH溶液の容量(mL)
である。
(活性測定方法)
(1) キュベット内で以下の組成で反応液を混合する。
0.1M リン酸カリウムバッファー(pH7.0) 1.5mL
1M グルコース溶液 0.9mL
1.75mM 2,6-Dichlorophenolindophenol(DCPIP) 0.12mL
20mM 1-Methoxy-5-methylphenazium methylsulfate(1-mPMS) 0.021mL
10% TritonX−100 0.06mL
O 0.399mL
(2) 37℃で10分間プレインキュベートする。
(3) FADGDH溶液を0.1mL加えて転倒混和し、37℃で反応させる。この間、吸光光度計を用いて600nmでの吸光度を記録し、1分間あたりの吸光度変化(ΔODTEST)を算出する。
(4) 対照として、酵素液(上述の反応液にFADGDH溶液を加えた液)の代わりに等量の酵素希釈用液(50mMのリン酸バッファー(pH7.0)に0.01%のTritonX−100を添加した液)について、(3)と同様に吸光度変化を記録し、1分間あたりの吸光度変化(ΔODBLANK)を算出する。
<Km、酵素活性>
ここでは、酵素活性(反応速度)について検討した。具体的には、上記活性測定方法と同様にして、グルコース溶液の濃度を変化させて、FADGDH精製標品の酵素活性を測定した。グルコース溶液の濃度を、0〜2Mの範囲で変化させた。実施例1および比較例1、ならびに、実施例2および比較例2の測定結果をそれぞれ図10および図11に示す。
さらに、上記測定結果に基づいて、FADGDH精製標品の各々について、イーディー−ホフステープロット(Eadie−Hofstee plot)を作成した。イーディー−ホフステープロットにおいて、直線の傾きが−Kmとなるため、グラフからKmを求めることができる。
イーディー−ホフステープロットから求めた実施例1、実施例2、比較例1および比較例2のFADGDH精製標品のKm値を表1に示す。また、グルコース溶液の濃度(基質濃度)が30mMであるときの酵素活性を併せて表1に示す。なお、表1のVmaxは、FAD1μmol当たりの最大活性を示している。
表1の結果から、本発明に係る実施例1および2の変異型タンパク質(FADGDH)のKm値は、比較例1および2の野生型FADGDHよりも著しく低くなっていることが分かる。なお、酵素のKm値が小さいほど、酵素の基質親和性が高いことを意味する。
<基質特異性>
ここでは、FADGDHがグルコースおよびグルコース以外の糖類を基質とするかどうかを確認した。まず、グルコース濃度が40mMの場合に十分な酵素活性が得られる酵素濃度に、それぞれの酵素溶液(FADGDH溶液)を調製した。これらのFADGDH溶液について、上記活性測定方法を上記反応液中の糖類の濃度が40mMとなるように変更し、酵素活性を測定した。測定は、表2に示す4種類の糖類について行った。なお、酵素が含まれない場合を対照とし、それぞれの糖に対して対照をとった。グルコースについて酵素活性の測定値を100(%)としたときの他の各糖類の相対活性を算出し、表2にまとめた。なお、DCPIP吸光度の変化量が対照と比較して有意差がないものに関しては活性がないと判断し、「N.D.」(Not detected)と表記した。
表2に示される結果から、実施例1の変異型FADGDHは、比較例1の野生型FADGDHと比べて、特にD−キシロースに対する反応性が低下しており、グルコースに対する基質特異性が向上していることが分かる。また、実施例2の変異型FADGDHは、比較例2の野生型FADGDHと比べて、D−キシロースに対する反応性は増加しているものの、グルコースに対する基質特異性が比較的高いものであることが分かる。
<温度安定性>
ここでは、酵素活性の温度安定性の評価を行った。まず、実施例で得られたFADGDH精製標品について、上記活性測定方法により酵素活性を測定した。それらの測定値に基づいて、終濃度50mMクエン酸バッファーを含有し、pH5.0であり、1×10−3重量%TritonX−100を含有し、酵素活性が10U/mLとなるように、酵素溶液(FADGDH溶液)を調製した。
このFADGDH溶液をマイクロチューブに分注し、PCRマシーンを用いて5℃〜80℃の範囲内の所定の温度で15分間加熱した。加熱前後の酵素活性を測定し、加熱前の酵素活性に対する加熱後の酵素活性の比率(残活性率)を求めた。なお、加熱の温度を変化させて各々の温度における残活性率を求め、温度と残存活性率との関係を示すグラフを作成した。結果を図12および図13に示す。
図12および図13に示されるように、実施例1および2の変異型FADGDHは、熱安定性(耐熱性)が極めて高いことが分かる。なお、グラフから求めた残活性率が50%になる温度は、実施例1で76.3℃、比較例1で72.8℃であり、実施例2で55.1℃、比較例2で53.8℃であることから、実施例の変異型FADGDHの方が比較例の野生型FADGDHよりも耐熱性が高くなっていると考えられる。
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

Claims (19)

  1. 糸状菌由来のフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する野生型タンパク質に変異を導入してなる変異型タンパク質であって、
    前記野生型タンパク質のアミノ酸配列の少なくとも1つの特定位置のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されており、
    前記特定位置は、Aspergillus bisporus由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列、または、Talaromyces emersonii由来の配列番号3に記載のアミノ酸配列の434番目に相当する位置であることを特徴とする、変異型タンパク質。
  2. 前記野生型タンパク質の前記特定位置のアミノ酸残基がグルタミン酸残基以外のアミノ酸残基である、請求項1に記載の変異型タンパク質。
  3. 前記グルタミン酸残基以外のアミノ酸残基が疎水性のアミノ酸残基である、請求項2に記載の変異型タンパク質。
  4. 前記他のアミノ酸残基が親水性のアミノ酸残基である、請求項3に記載の変異型タンパク質。
  5. 前記親水性のアミノ酸残基がグルタミン酸残基である、請求項4に記載の変異型タンパク質。
  6. 前記糸状菌は、Aspergillus bisporus、または、Talaromyces emersoniiである、請求項2に記載の変異型タンパク質。
  7. 前記糸状菌は、Aspergillus bisporusであり、
    前記野生型タンパク質は、配列番号1に記載のアミノ酸配列、または、配列番号1に記載のアミノ酸配列からシグナルペプチドの少なくとも一部を除いたアミノ酸配列からなる、請求項4に記載の変異型タンパク質。
  8. 前記糸状菌は、Talaromyces emersoniiであり、
    前記野生型タンパク質は、配列番号3に記載のアミノ酸配列、または、配列番号3に記載のアミノ酸配列からシグナルペプチドの少なくとも一部を除いたアミノ酸配列からなる、請求項4に記載の変異型タンパク質。
  9. 糖鎖が付加された、請求項1〜8のいずれか1項に記載の変異型タンパク質。
  10. 請求項1〜8のいずれか1項に記載の変異型タンパク質をコードする遺伝子。
  11. (A)糸状菌由来のフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素活性を有する野生型タンパク質をコードする遺伝子において、
    Aspergillus bisporus由来の配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする配列番号2に記載の塩基配列、または、Talaromyces emersonii由来の配列番号3に記載のアミノ酸配列をコードする配列番号4に記載の塩基配列の1300〜1302番目に相当する位置の少なくともいずれかの塩基が他の塩基に置換されてなる、塩基配列からなるDNA、
    (B) 上記(A)のDNAの塩基配列からシグナルペプチドをコードする塩基配列の少なくとも一部を除いた塩基配列からなるDNA、および、
    (C) 上記(A)または(B)のDNAの塩基配列と、イントロンとを含むDNA
    のいずれかのDNAからなる遺伝子。
  12. 請求項10または11に記載の遺伝子を含む組換えベクター。
  13. 請求項10または11に記載の遺伝子を含む形質転換体。
  14. 請求項10または11に記載の遺伝子を用いたフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素の製造方法。
  15. 請求項13に記載の形質転換体を用いたフラビンアデニンジヌクレオチド依存型グルコース脱水素酵素の製造方法。
  16. 請求項1〜9のいずれか1項に記載の変異型タンパク質を含むグルコース濃度測定試薬。
  17. 請求項1〜9のいずれか1項に記載の変異型タンパク質を用いたグルコースセンサ。
  18. 請求項1〜9のいずれか1項に記載の変異型タンパク質を用いたグルコース濃度測定方法。
  19. 請求項1〜9のいずれか1項に記載の変異型タンパク質を用いたバイオ燃料電池。
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