本発明はピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体、及びその利用に関する。より詳細には、本発明は、高濃度基質条件下での反応性が改善されたピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体、当該酵素をコードする遺伝子、当該酵素の製造方法及び当該酵素を含む酵素固定化電極に関する。
近年、バイオ資源を利用したバイオ燃料電池が、その高いエネルギー効率及び低い環境負荷から次世代のエネルギーとして提案されている。微生物を始めとする生物は、酵素等の生体触媒により、炭水化物、タンパク質、脂質等を酸化分解する生体内代謝過程において、ATP等の高エネルギー物質を生成して、生命活動に必要なエネルギーを獲得している。バイオ燃料電池は、かかる生体内代謝過程において発生するエネルギーを電気エネルギーとして電極に取り出す発電装置である。
酵素の触媒機能を利用した燃料電池の実用化に当たっては、酵素の選択がその成否を左右する。なかでも、自然界に多く存在し、エネルギー変換効率も高いグルコースを燃料とするバイオ燃料電池の構築が実用性の高い技術として注目されている。ここで、グルコースを酸化する酵素としては、グルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ等が知られている。しかし、グルコースオキシダーゼは電子供与体として酸素と反応するため、グルコースオキシダーゼによって触媒されるグルコース酸化エネルギーを電気エネルギー変換する上では、反応液中の溶存酸素をあらかじめ除去する必要があった。一方、グルコースデヒドロゲナーゼは、グルコースオキシダーゼとは異なり酸素との反応性を有しないため、電気エネルギー変換に際して、反応液中の溶存酸素の影響を受けないとの利点を有し、反応速度も非常に早い。かかる反応性によりグルコースデヒドロゲナーゼは、糖類の検出、バイオ燃料電池の構成資材等に利用されており、食品化学、臨床化学、生化学等の多岐にわたる分野において利用価値が高い酵素である。
グルコースデヒドロゲナーゼとしては、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、「NAD+」と略する場合がある。)ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下、「NADP+」と略する場合がある。)を補酵素として機能するものが広く知られていた。このようなNAD(P)+依存型グルコースデヒドロゲナーゼは、多種多様の生物から単離されている。しかしながら、NAD(P)+依存型グルコースデヒドロゲナーゼの場合、グルコースの酸化により還元されたNAD(P)+を電極反応と共役させるようとすると、ジアホラーゼ等の追加コンポーネントが必要となり、電極構造が複雑化するとの問題もあった。
近年、ピロロキノリンキノン(以下「PQQ」と略する場合がある。)が、グルコースデヒドロゲナーゼの新たな補酵素として見出された。このようなPQQ依存性酵素として、大腸菌YliI株(Escherichia coli YliI)由来のアルドース糖ヒドロゲナーゼ、及びアシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のグルコースデヒドロゲナーゼが知られていた。アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼは、菌体のペリプラズム画分に存在し、酸化により得られた電子を呼吸鎖に受け渡すことでエネルギー生産に関与している。そして、この酵素の立体構造は、4つβ鎖からなる逆平行βシートが6枚集まった構造(6 propeller構造)をしており、他のキノプロテインの多くは8 propeller構造をとることから、構造的にユニークな酵素であることが知られている。また、大腸菌YliI由来アルドース糖ヒドロゲナーゼも同様の6 propeller構造をとることが判明している。
そして、特に、PQQを補酵素として機能するPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼは、酵素から電極へ直接電子移動が可能であるとされ、燃料電池の構築にあたって構造の簡素化の点で有利である。さらに、上記したように、他のグルコースを酸化する酵素と比較して、反応速度が非常に早く、かつ、溶存酸素の影響を受けにくいという利点をも有している。
大腸菌YliI株(Escherichia coli YliI)由来のPQQ依存性アルドース糖デヒドロゲナーゼは、その触媒効率につき、Km値 400mM、Kcat値 3360 s-1と報告されている(非特許文献1)。Km値が大きいことから、基質濃度が酵素の反応性に与える影響は、高濃度条件下での活性阻害を引き起こさないことが期待される。しかし、その反面、低濃度条件下で酵素活性が低くなるとの問題点があった。更に、本発明者らが、下記で示す実施例1の方法に準じて大腸菌から取得した上記酵素の遺伝子をPCRで増幅し、タンパク質として発現及び精製したところ、この酵素のKcat値は7s-1との結果を得た。したがって、この酵素は、酵素反応速度が非常に低く、電極触媒として用いるには、その触媒能力自体の面で問題があることが判明した。
一方、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼは、その触媒効率につき、Km値 25mM、Kcat値 3860 s-1と報告されている(非特許文献1)。しかしながら、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼは、100 mM以上のグルコースに対する反応性が低下することが知られていた(非特許文献2、及び図1)。つまり、グルコース高濃度条件下において反応速度の顕著な低下が生じる。そして、この現象は、一般的に知られている問題点であった。
かかる問題点を含めた基質特異性を改善するため、当該酵素の活性部位に対して部位特異的突然変異を導入し変異体を作製する試みが行われている。例示すると、アシネトバクター・カルコアセティカス由来のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼの144番目のヒスチジン酸残基をシステイン又はグルタミン酸に置換した変異体が報告されている(非特許文献2)。これらのKm値は、野生型25 mMに対して、193、154 mMと大きくなっているが、反応速度Kcatが、野生型2.5s-1に対して、2.5、0.8 s-1と、1/1500以下に低下している。また、144番目のアスパラギン酸残基をグルタミン酸に置換した変異体についても、Km値は、55 mMと野生型に比べて2倍程度になっているが、反応速度Kcatが、野生型の1/2に低下することが確認されており、酵素活性が大きく低下している。さらに、277番目のグルタミン酸残基に改変を施した変異体が報告されている(非特許文献3)。なかでも、このグルタミン酸残基をリジンに置換した変異体は、野生型酵素と比較して触媒効率を示すKcat/Km値が大きく上昇する、一方で、Km値は、26.8から8.8と小さくなることが確認されている。この変異体は、Km値が小さくなっていることから、より低濃度のグルコース条件下では酵素活性が向上していることが理解できるが、高濃度グルコース条件下での酵素活性は不明ではあるものの、酵素活性が低下しているものと推測される。なお、Km値は、酵素の基質に対する親和性の尺度であり、値が大きくなると、酵素反応は基質濃度のより高いところで最大となり、逆に、値が小さくなると酵素反応は基質濃度のより低いところで最大となることを意味する。
ここで、グルコースデヒドロゲナーゼの主な産業利用先の一つであるバイオセンサーにおいては、50 mM以下の低濃度基質に対しての反応性が高ければ性能的には問題にならなかった。そのため、高濃度基質条件下での反応性低下の要因の究明に結びつく酵素の構造的なメカニズムについて議論している従来文献は見つかっていない。
一方、グルコースデヒドロゲナーゼをバイオ燃料電池の電極触媒として使う場合には、高濃度基質条件下での反応性の低下は、搭載する燃料の高濃度化を妨げる要因となる。しかしながら、燃料とする基質の高濃度化は、電池容量や出力向上等の性能の向上、及び電池容積の小型化を図る上での課題とされている。つまり、高濃度基質条件下での反応性の低下は、上記課題を解決するための障害となり、現在公知のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼはいずれも市場の要求を十分に満足するものではなった。そのため、高濃度基質条件下においても反応性が低下しない、グルコースデヒドロゲナーゼの提供が望まれていた。
そこで、本発明は、上記問題点を解決すべく、高濃度基質条件下での反応性を向上できるPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼの提供を目的とする。また、本発明は、当該酵素をコードする遺伝子を利用して目的とする理化学的性質を備えた当該酵素を組換え体として取得し、遺伝子工学的手法による当該酵素の大量生産技術の提供をも目的とする。更に、本発明は、当該酵素の特性を活用した酵素固定化電極、引いては燃料電池及びグルコースセンサーの提供を目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、野生型アシネトバクター・カルコアセティカス由来のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼの少なくとも1の位置のアミノ酸を特定のアミノ酸に置換することにより、野生型アシネトバクター・カルコアセティカス由来のPQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼと比較して高濃度基質条件下での反応性を向上できることを見出した。また、かかる酵素の理化学的性質を利用することにより、より実用面において有利な酵素固定化電極を構築できることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づき本発明を完成するに至った。
即ち、上記目的を達成するため、以下の[1]〜[10]に示す発明を提供する。
[1]下記(A)又は(B)のアミノ酸配列を有し、かつ、野生型ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼより、高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上したピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンがトレオニン又はアラニンへ置換されたアミノ酸配列
(B)(A)のアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシン以外の箇所に、1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、及び挿入されたアミノ酸配列
[2]配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンがトレオニン又はアラニンへ置換された。
[3]配列番号6に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンがトレオニン又はアラニンへ置換された
上記[1]の構成によれば、新規なピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の提供が可能となる。本発明によって提供されるピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体は、野生型ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼに比べて高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上している。例えば、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼは、基質であるグルコースが高濃度に存在する場合に、グルコースに対する反応性が低下することが知られており、本発明の変異体ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼはこのような好ましくない現象を改善するものである。これにより、高濃度基質を効率的に分解することが可能となり、医療、食品、環境分野等の様々な産業分野におけるグルコースの脱水素反応を要する技術に適用できる。特に、燃料電池の電極触媒として利用した場合には、高濃度基質を効率的に分解できることから高容量及び高出力の発電を行なうことができ、高性能の燃料電池として構築することができる。また、高濃度の燃料を搭載できることから燃料電池の容積のコンパクト化を図ることができ、コスト削減効果をも奏することができる。
上記[2]の構成によれば、特に、野生型ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼに比べて高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上した変異体ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼの提供が可能となる。
上記[3]の構成によれば、野生型ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼに比べて高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上した変異体ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼがヒスチジンタグを付加した形態として提供できることから、精製等に際して便宜を図れることから当該酵素の利用性を向上させることができる。
[4]ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体をコードする単離核酸分子。
[5]本発明の単離核酸分子を含有する組換えベクター。
[6]本発明の組換えベクターを含有する形質転換体。
[7]本発明の形質転換体を培養する工程、及び得られた培養物からグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有し、前記高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上したタンパク質を採取する工程を含む、前記高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上したピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の製造方法。
上記[4]〜[7]の構成によれば、本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体をコードする核酸分子、組換えベクター、形質転換体、及び、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の製造方法を提供することができる。また、本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体をコードする塩基配列が判明したことから、遺伝子工学的手法により低コストかつ工業的に当該酵素を大量生産することができる。これにより、更に本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の産業上の利用価値をさらに向上させることができる。
[8]ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体を、外部回路に接続可能な導電性基材上に固定化した電極を備える燃料電池。
上記[8]の構成によれば、本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒能力を利用した燃料電池が提供できる。本発明の燃料電池は、高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上したピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒能力を利用することから、高容量及び高出力の発電を行なうことができ、高性能の燃料電池として構築することができる。また、高濃度の燃料を搭載できることから燃料電池の容積のコンパクト化を図ることができ、コスト削減効果をも奏することができる。
[9]ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒活性を利用してグルコースを検出するグルコースの検出方法。
上記[9]の構成によれば、本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒能を利用したグルコース検出方法が提供できる。本発明のグルコースの検出方法は、高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上したピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒能力を利用することから、微量〜高濃度のグルコースを高精度に測定可能である。さらに、グルコースの検出を要する全ての分野で利用可能であり、特に、医療、食品、環境分野等、種々の産業分野において利用可能である。
[10]ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体を、外部回路に接続可能な導電性基材上に固定化した電極を備えるグルコースセンサー。
上記[10]の構成によれば、本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒能を利用したグルコース検出用のグルコースセンサーが提供できる。本発明のグルコースセンサーは、高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上したピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体の触媒能力を利用することから、微量〜高濃度のグルコースを高精度に測定可能である。さらに、グルコースの検出を要する全ての分野で利用可能であり、特に、医療、食品、環境分野等、種々の産業分野において利用可能である。
基質グルコース濃度変化が野生型sGdhの酵素活性に与える影響を、グルコース濃度に対する反応速度の変化により検討した結果を示すグラフである。
、野生型sGdhとEcAsdhの高次構造を比較した実施例1の結果を示す図である。
野生型sGdh、変異体I368Tを大腸菌内で組換え発現させ、アフィニティーカラムを用いて精製することにより得られたタンパク質の確認をアクリルアミドゲルにて電気泳動で行った実施例3の結果を示す電気泳動図である。
変異体I168Tと野生型sGdhの基質親和性比較(紫外吸収法)を行った実施例4の結果を示すグラフである。
(A)変異体I168Tと野生型sGdhの基質親和性比較(電気化学測定)を行った実施例7の結果を示すグラフで、100mM濃度のグルコース条件下での結果を示す。 (B)変異体I168Tと野生型sGdhの基質親和性比較(電気化学測定)を行った実施例7の結果を示すグラフで、500mM濃度のグルコース条件下での結果を示す
変異アミノ酸の分子量の観点から、変異体I368T及び変異体I368Aの機能的同等変異体の検索を行い、その基質親和性を確認した実施例8の結果を示すグラフである。
変異体I368T及び変異体I368Aの基質親和性変化メカニズムを、変異に伴うsGdhの高次構造変化を追跡した実施例9の結果を示す図である。
変異体I368T及び変異体I368Aの熱安定性を確認した実施例10の結果を示すグラフである。
以下、本発明について詳細に説明する。
(本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体)
本発明のピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(以下、「sGdh」と略する。)変異体は、天然に存在する野生型sGdhのアミノ酸配列において、特定の位置のアミノ酸が、特定の他のアミノ酸に置換されており、そして、野生型sGdhに比べて高濃度基質条件下での反応性が向上している。例えば、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdhは、基質であるグルコースが高濃度に存在する場合に、グルコースに対する反応性が低下することが知られており、本発明のsGdh変異体はこのような好ましくない現象を改善するものである。
ここで、sGdhとは、グルコースを基質として、グルコースの脱水素反応を触媒する能力を有し、以下のように、補酵素ピロロキノリンキノン(以下、「PQQ」と略する場合がある。)存在下に、グルコースに作用してグルコノラクトンを生成する反応を触媒する。
D-グルコース + 電子受容体 → D-グルコノラクトン + 還元型電子受容体
そして、野生型sGdhとは、本発明のsGdh変異体の基礎となるsGdhのことを意味し、自然界より分離される標準的なsGdhのアミノ酸配列において、意図的若しくは非意図的に変異が生じていないものを意味する。したがって、変異部位を有しない限り、天然由来だけでなく、遺伝子組換え体のように人為的手段により生じたものを含める。
野生型sGdhとしては、上記性質を有する限り何れの生物由来のものであってもよい。しかしながら、アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のsGdhが好ましい。特には、アシネトバクター カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のグルコースデヒドロゲナーゼ(GENBANK ACCESSION No : X15871、Cleton-Jansen,A.M., Goosen,N., Vink,K. and van de Putte,P.他著、「Cloning, characterization and DNA sequencing of the gene encoding the Mr 50,000 quinoprotein glucose dehydrogenase from Acinetobacter calcoaceticus(アシネトバクター カルコアセティカス由来のMr 50,000のキノプロテイン グルコースデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子のクローニング、特徴付け、及びDNAシークエンシング)」、JOURNAL Mol. Gen. Genet.、第217巻、第2〜3巻、第430〜436頁、1989年)が好ましく例示される。その塩基配列及びアミノ酸配列の一例を、それぞれ配列番号:1及び配列番号:2に示す。この酵素は、Acinetobacter細菌のペリプラズム画分に存在しており、酸化により得られた電子を呼吸鎖に渡すことでエネルギー生産に関与している。他のグルコース酸化酵素に比べ、反応速度が非常に速く、また溶存酸素の影響を受けにくいという特徴があるため酵素電極として利用価値が非常に高い酵素である。そのため自己血糖測定器に広く利用され、またグルコースを燃料とした酵素電池の酵素触媒としての応用が期待されている。活性の発現には、PQQとカルシウムイオンが必須で、カルシウムイオンは触媒反応に関与する他にホモ2量体形成にも関係していることが知られている。
ここで、「高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上した」とは、sGdhの基質であるグルコースが高濃度で存在する場合に、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdhで認められるグルコースに対する反応性が低下する現象が、消失または軽減することを意味する。さらに、グルコースに対する反応性が上昇する状態をも含む。ここで、酵素の反応性とは、任意の一定条件の下での酵素の触媒能力を意味し、例えば、反応性の指標として酵素の反応速度を用いて評価することができる。酵素の反応速度は、単位時間あたりに 酵素が関与した触媒反応の速度であり、毎秒あたりの 反応生成物の増加率等で表すことができ、公知の方法により算出することができる。具体的には、野生型sGdhは、グルコースが50 mM以上存在すると、その反応性が低下することから、50 mM以上、例えば100〜500 mMのグルコース存在下での酵素の反応速度を、野生型と変異体で比較する。これにより、反応速度が野生型よりも上昇している場合には、「高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上した」と判断することができる。
本発明のsGdh変異体は、例えば、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdh(GENBANK ACCESSION No : X15871)のアミノ酸配列の一例である配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンがトレオニン又はアラニンへ置換されたものが含まれる。また、GENBANK ACCESSION No : X15871で示されるsGdhのホモログにおいて、配列番号2に示すアミノ酸配列の第368番目に対応する位置のイソロイシンがトレオニン又はアラニンへ置換されたものも、本発明のsGdh変異体に含まれる。例えば、野生型sGdh(GENBANK ACCESSION No : X15871)を産生する菌株以外のアシネトバクター カルコアセティカスの他の菌株、及び他種の菌体及び生物体由来のsGdhのアミノ酸配列のうち、配列番号2に示すアミノ酸配列の第368番目のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸が置換されたものも、上記した本発明のsGdh変異体の理化学的性質、つまりグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有し、高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上するとの性質を有する限り、本発明のsGdh変異体に含まれる。このような置換位置は、対象となる野生型sGdhのアミノ酸配列と、配列番号2のアミノ酸配列をアラインメントさせ、配列番号2に示すアミノ酸配列の第368番目のイソロイシンに対応する位置を検索することにより決定することができる。
アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdhについて、他の生物種由来の同種酵素とアミノ酸アラインメントを行ったところ、特有の挿入配列を有することが判明した。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列上の第191〜214位のNQLAYLFLPNQAQHTPTQQELNGK(配列番号3)、及び320〜370位の NGVKVAAGVPVTKESEWTGKNFVPPLKTLYTVQDTYNYNDPTCGEMTYICW(配列番号4)がこれに該当する。そして、本発明のsGdh変異体は、この領域に位置するアミノ酸のうち、第368番目のイソロイシンをトレオニン又はアラニンに置換するものであるが、かかる置換を施した場合にのみ、高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上させることができることが判明した。したがって、かかる効果は部位及びアミノ酸特異的な現象であるといえる。
本発明のsGdh変異体は公知の方法によって取得することができる。例えば、改変の基礎となる野生型sGdhをコードする遺伝子に対して改変を施し、得られた変異型遺伝子を用いて宿主細胞を形質転換し、かかる形質転換体の培養物から上記本発明のsGdh変異体の理化学的性質、つまりグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有し、高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上するとの性質を有するタンパク質を採取することによって取得することができる。
なお、改変の基礎となる野生型sGdhをコードする遺伝子は、公知の遺伝子クローニング技術を用いて取得することができる。例えば、GenBank等の公知のデータベースを検索することによって取得することができる所望の野生型sGdh遺伝子の塩基配列を基にして作成したDNAをプローブとして用いるハイブリダイゼーション法により、生物体由来のゲノムDNA、全RNAから逆転写反応によって合成したcDNA等から所望の酵素をコードする核酸分子を調製することができる。ここで用いられるプローブは、所望の酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。このようなプローブとしては、所望の酵素をコードする核酸分子の塩基配列に基づき、この塩基配列の連続する10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。そして、プローブは必要に応じて適当な標識が付されていてよく、このような標識として放射線同位体、蛍光色素等が例示される。
また、所望の野生型sGdh遺伝子の塩基配列を基にして作成したプライマーとして用いるPCRによっても同様に、生物体由来のゲノムDNA、cDNAを鋳型として所望の酵素をコードする核酸分子を調製することができる。PCRを利用する場合に用いられるプライマーは、所望の酵素と相補的な配列を含むオリゴヌクレオチドであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法、既に標的となる核酸が取得されている場合にはその制限酵素断片等が利用可能である。化学合成法に基づきプライマーを調製する場合には、合成に先立って標的核酸の配列情報に基づいてプライマーの設計を行う。プライマーの設計は、所望の領域を増幅するように、例えばプライマー設計支援ソフト等を利用して設計することができる。プライマーは合成後、HPLC等の手段により精製される。また、化学合成を行う場合には市販の自動合成装置を利用することも可能である。このようなプライマーとしては、所望の増幅領域を挟んで設計され、10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
ここで、相補的とは、プローブ又はプライマーと標的核酸分子とが塩基対合則に従って特異的に結合し安定な二重鎖構造を形成できることを意味する。ここで、完全な相補性のみならず、プローブ又はプライマーと標的核酸分子が互いに安定な二重鎖構造を形成し得るのに十分である限り、いくつかの核酸塩基のみが塩基対合則に沿って適合する部分的な相補性であっても許容される。その塩基数は、標的核酸分子を特異的に認識するために十分に長くなければならないが、長すぎると逆に非特異的反応を誘発するので好ましくない。したがって、適当な長さはGC含量等の標的核酸の配列情報、並びに、反応温度、反応液中の塩濃度等のハイブリダイゼーション反応条件など多くの因子に依存して決定される。
また公知の遺伝子情報に基づいて、常法のホスホルアミダイト(phosphoramidite)法等の核酸合成法により合成することによっても取得することができる。
ここで、本発明の変異体の基礎として好適なsGdhの配列情報として、上記したアシネトバクター カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)由来のグルコースデヒドロゲナーゼ(GENBANK ACCESSION No : X15871)のアミノ酸配列及び塩基配列、それぞれ配列表の配列番号2及び配列番号1に示す。
野生型sGdhをコードする遺伝子に変異部位を挿入する方法としては、特に制限はなく、当業者に公知の変異体タンパク質作製のための変異導入技術を利用することができる。例えば、部位特異的突然変異誘発法、PCR法等を利用して変異を導入するPCR突然誘発法、あるいは、トランスポゾン挿入突然変異誘発法などの公知の変異導入技術を利用することができる。また、市販の変異導入用キット(例えば、QuikChange(登録商標) Site-directed Mutagenesis Kit(Stratagene社製))を利用してもよい。
特には、野生型sGdhをコードするDNAを鋳型として、所望の改変(欠失又は置換)を施した配列を含むオリゴヌクレオチドをプライマーとしてPCRを行うことによって取得することが、好ましく例示される。ここで、sGdh変異体の調製において、PCRを利用する場合に用いられるプライマーは、野性型sGdhをコードする核酸分子と相補的な配列を含み、かつ所望の変異が挿入できるように設計されたものであり、常法に基づいて調製することができる。例えば、ホスホアミダイト法等に基づく化学合成法等が利用可能である。化学合成法に基づきプライマーを調製する場合には、合成に先立って標的核酸の配列情報に基づいて設計される。プライマーの設計は、所望の領域を増幅するように、例えばプライマー設計支援ソフト等を利用して設計することができる。プライマーは合成後、HPLC等の手段により精製される。また、化学合成を行う場合には市販の自動合成装置を利用することも可能である。このようなプライマーとしては、10以上、好ましくは15以上、更に好ましくは約20〜50の塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
また、目的とするsGdh変異体のアミノ酸配列が定めれば、それをコードする適当な塩基配列を決定でき、常法のホスホルアミダイト法等の核酸合成技術を利用して本発明のsGdh変異体をコードする核酸分子を化学的に合成することができる。
また、このような本発明のsGdh変異体は自然又は人工の突然変異により生じた突然変異体の中から、上記した本発明のsGdh変異体の理化学的性質をスクリーニングすることにより取得できる。さらには、本発明のsGdh変異体は、化学的合成技術によっても製造することができる。例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列の全部、又は一部を、ペプチド合成機を用いて合成し、得られるポリペプチドを適当な条件の下で、再構築することにより調製することができる。
上記したsGdh変異体の理化学的性質を保持している限り、配列番号2に示すアミノ酸配列の第368番目のイソロイシンに相当するアミノ酸以外の特定のアミノ酸に改変が生じている改変部位を有するものであってもよい。改変とは、改変の基礎となるタンパク質のアミノ酸配列のうち、1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入および付加の少なくとも1つからなる改変が生じていることを意味する。そして、「1又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び付加の少なくとも1つからなる改変」とは、改変の基礎となるタンパク質をコードする遺伝子に対する公知のDNA組換え技術、点変異導入方法等によって、欠失、置換、挿入又は付加することができる程度の数のアミノ酸が、欠失、置換、挿入又は付加されることを意味し、これらの組み合わせをも含む。例えば、このような変異体は、配列番号2で示すアミノ酸配列に対して、アミノ酸レベルで70%以上、好ましくは80% 以上、更に好ましくは90%以上の相同性を保持するものとすることができる。
このような改変を有するタンパク質は自然又は人工の突然変異により生じた突然変異体の中から当該活性を有するタンパク質をスクリーニングすることにより取得できる。或いは、sGdh変異体をコードする核酸分子に対して上記したような方法で改変を施すことによっても取得できる。
当業者は、アミノ酸配列の改変に際してsGdh変異体のその酵素活性を保持する改変を容易に予測することができる。具体的には、例えばアミノ酸置換の場合には、タンパク質構造保持の観点から極性、電荷、親水性、若しくは疎水性等の点で置換前のアミノ酸と類似した性質を有するアミノ酸に置換することができる。このような置換は保守的置換として当業者には周知である。具体例を挙げると、例えば、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファンは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、グルタミンが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸およびグルタミン酸が挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、リジン、アルギニン、ヒスチジンが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は、タンパク質の機能が維持されるとして許容される。また、その後の精製、固相への固定化等の便宜のため、アミノ酸配列のN、又はC末端にヒスチジンタグ(His-tag)、FLAGタグ(FLAG-tag)等を付加したものも好適に例示される。このようなタグペプチドの導入は常法により行なうことができる。また、酵素活性の消失を引き起こさない範囲内で、C末端側若しくはN末端側のアミノ酸残基を切断した切断型でもよい。更に、グルコシル化等の化学修飾を付加してもよい。
(sGdh変異体をコードする核酸分子)
本発明のsGdh変異体遺伝子は、上記した本発明のsGdh変異体の理化学的性質を有するすべてのsGdh変異体をコードするものを包含する。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンのトレオニン又はアラニンへの置換されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする全てのポリヌクレオチドである。ここで、本発明におけるポリヌクレオチドにはDNA及びRNAの双方が含まれ、DNAである場合には、1本鎖であると、二本鎖であるとは問わない。
本発明のsGdh変異体をコードする核酸分子は、本明細書においてその塩基配列が明確になったことから、かかる配列情報に基づいて、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用して化学的に合成することができる。また、改変の基礎となる野生型sGdhをコードするDNAに対して改変を施すことによっても製造することができる。なお、詳細については前述した。
更に、前述のsGdh変異体の理化学的性質を保持している限り、配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンのトレオニン又はアラニンへの置換されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含むものも本発明に含まれる。このようなポリヌクレオチドは、公知の変異導入技術や、常法のホスホルアミダイト法等のDNA合成法を利用することにより作製できる。もしくは、配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンのトレオニン又はアラニンへの置換されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドに対してエキソヌクレアーゼを作用させることによって取得することができる。このようなポリヌクレオチドとしては、配列番号2に示すアミノ酸配列において、第368番目のイソロイシンのトレオニン又はアラニンへの置換されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドにおいて1又は複数の塩基が欠失、置換、付加もしくは挿入されたものも含まれる。したがって、塩基配列の3'、又は5'末端にタグペプチドをコードする塩基配列が付加したものも好適に例示される。
ここで、ストリンジェントな条件とは、塩基配列において、60 %以上、好ましくは70 %、より好ましくは80 %以上、特に好ましくは90 %以上の同一性を有するDNA同士が優先的にハイブリダイズし得る条件をいう。ストリンジェンシーは、ハイブリダイゼーションの反応や洗浄の際の塩濃度及び温度を適宜変化させることによって調製することができる。例えば、Sambrook他著、Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第2版、(1989) Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor、New York等に記載のサザンハイブリダイゼーションのための条件等が挙げられる。
より具体的には、50 %(v/v) ホルムアミド、5×SSC中で、42 ℃にて16時間のハイブリダイゼーションが例示される。ここで、1×SSCは、0.15 M NaCl、0.015 M クエン酸ナトリウム、pH 7.0である。また、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を0.1〜1.0 %(v/v)、変性非特異的DNAを0〜200 μl含んでいてよい。そして、洗浄条件としては、2×SSC、0.1 % SDS中の5℃にて5分間の洗浄、及び0.1×SSC、0.1 % SDS中の65℃にて30分間〜4時間の洗浄が例示される。また、これらと同等の条件も当業者は容易に理解できるであろう。
(本発明の組換えベクター)
そして、本発明の組換えベクターは、適当なベクターに本発明のsGdh変異体をコードする核酸分子を組み込むことによって構築することができる。利用可能なベクターとしては、外来DNAを組み込め、かつ宿主細胞中で自律的に複製可能なものであれば特に制限はない。したがって、ベクターは、sGdh変異体をコードする核酸分子を挿入できる少なくとも1つの制限酵素部位の配列を含むものである。例えば、プラスミドベクター(pEX系、pUC系、及びpBR系等)、ファージベクター(λgt10、λgt11、及びλZAP等)、コスミドベクター、ウイルスベクター(ワクシニアウイルス、及びバキュロウイルス等)等が包含される。
そして、本発明の組換えベクターは、sGdh変異体をコードする核酸分子がその機能を発現できるように組み込まれている。したがって、核酸分子の機能発現に必要な他の公知の塩基配列が含まれていてもよい。例えば、プロモータ配列、リーダー配列、シグナル配列、並びにリボソーム結合配列等が挙げられる。プロモータ配列としては、例えば、宿主が大腸菌の場合にはlacプロモータ、trpプロモータ等が好適に例示される。しかしながら、これに限定するものではなく公知のプロモータ配列を利用できる。更に、本発明の組換えベクターには、宿主において表現型選択を付与することが可能なマーキング配列等をも含ませることができる。このようなマーキング配列としては、薬剤耐性、栄養要求性などの遺伝子をコードする配列等が例示される。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子等が例示される。
ベクターへのsGdh変異体をコードする核酸分子等の挿入は、例えば、適当な制限酵素で本発明の遺伝子を切断し、適当なベクターの制限酵素部位、又はマルチクローニング部位に挿入して連結する方法などを用いることができるが、これに限定されない。連結に際しては、DNAリガーゼを用いる方法等、公知の方法を利用できる。また、DNA Ligation Kit(Takara-bio社)等の市販のライゲーションキットを利用することもできる。
(本発明の形質転換体)
本発明の形質転換体は、適当な細胞を、本発明のsGdh変異体をコードする核酸分子を含む組換えベクターで形質転換することによって構築することができる。ここで、宿主となる細胞としては、本発明のsGdh変異体をコードする核酸分子を効率的に発現できる宿主細胞であれば、特に制限はない。原核生物を好適に利用でき、特には大腸菌を利用することができる。その他、枯草菌、バシラス属細菌、シュードモナス属細菌等をも利用できる。大腸菌としては、例えば、E.coli DH5α、E.coli BL21、E.coli JM109等を利用できる。更に、原核生物に限定されず真核生物細胞を利用することが可能である。例えば、Saccharomyces cerevisiae等の酵母、Sf9細胞等の昆虫細胞、CHO細胞、COS-7細胞等の動物細胞等を利用することも可能である。形質転換法としては、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソームトランスフェクション法、マイクロインジェクション法等を公知の方法を利用することができる。
(本発明のsGdh変異体の製造方法)
本発明のsGdh変異体の製造方法は、前述の本発明の形質転換体を培養し、得られた培養物からグルコースの脱水素反応を触媒する能力を有し、高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上したタンパク質を採取することにより行なう。即ち、前述の本発明の形質転換体を培養する培養工程と、前記培養工程で発現した前記タンパク質を回収する回収工程とを備える。このように、適当な宿主で発現させることによって、低コストでsGdh変異体の大量生産が可能となる。
培養工程は、本発明の形質転換体を適当な培地に接種し、常法に準じて培養することにより行なわれる。本発明の形質転換体の培養は、宿主細胞の栄養生理学的性質を勘案して、培養条件を選択すればよい。使用される培地としては、宿主細胞が資化し得る栄養素を含み、形質転換体におけるタンパク質の発現を効率的に行えるものであれば特に制限はない。したがって、宿主細胞の生育に必要な炭素源、窒素源その他必須の栄養素を含む培地であることが好ましく、天然培地、合成培地の別を問わない。例えば、炭素源として、グルコース、デキストラン、デンプン等が、また、窒素源としては、アンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、ペプトン、カゼイン等が挙げられる。他の栄養素としては、所望により、無機塩類、ビタミン類、抗生物質等とを含ませることができる。宿主細胞が大腸菌の場合には、LB培地、M9培地等が好適利用できる。また、培養形態についても特に制限はないが、大量培養の観点から液体培地が好適に利用できる。
本発明の組換えベクターを保持する宿主細胞の選別は、例えば、マーキング配列の発現の有無により行なうことができる。例えば、マーキング配列として薬剤耐性遺伝子を利用する場合には、薬剤耐性遺伝子に対応する薬剤含有培地で培養することによって行うことができる。
精製工程は、前述の培養工程において得られた形質転換体の培養物からのsGdh変異体を回収、即ち、単離精製することによって行えばよい。本発明の酵素の存在する画分に応じて、一般的なタンパク質の単離精製方法に準じた手法を適用すればよい。具体的には、sGdh変異体が宿主細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を除去して培養上清を得る。続いて、培養上清に、公知のタンパク質精製方法を適宜選択することにより、本発明の酵素を単離精製することができる。例えば、硫酸アンモニウム沈殿、透析、SDS-PAGE電気泳動、ゲル濾過、疎水、陰イオン、陽イオン、アフィニティークロマトグラフィ等の各種クロマトグラフィ等の公知の単離精製技術を単独、又は適宜組み合わせて適用することができる。特にアフィニティークロマトグラフィを利用する場合、本発明の酵素をHis Tag等のタグペプチドとの融合タンパク質として発現させて、かかるタグペプチドに対する親和性を利用することが好ましい。また、sGdh変異体が宿主細胞内で産生される場合には、培養物を遠心分離、濾過等の手段により宿主細胞を回収する。続いて、リゾチーム処理などの酵素的破砕方法、又は超音波処理、凍結融解、浸透圧ショック等の物理的破砕方法等により、宿主細胞を破砕する。破砕後、遠心分離、濾過等の手段により可溶化画分を収集する。得られた可溶化画分を、前述の細胞外に生産できる場合と同様に処理することにより単離精製することができる。
(グルコースの検出方法)
本発明のsGdh変異体は、試料中のグルコースの検出のために利用することができる。グルコースの検出は、グルコースに対してPQQ依存的に脱水素反応を触媒する当該酵素の活性を測定することにより行うことができる。酵素の活性は、PQQ依存的に糖類の脱水素反応を触媒する酵素の活性測定法として知られる方法をいずれも利用して行うことができる。例えば、酸化還元試薬の呈色反応により定量することができる。例えば、ジクロロインドフェノール(以下、「DCIP」と略する。)や、ニトロテトラゾリウムブルー(以下、「NTB」と略する。)等を利用することができる。具体的には、本発明のsGdh変異体をフェナジンメタンスルフェート(以下「PMS」と略する。)等の電子メディエーターの共存下で、測定対象となる試料と反応させる。グルコースの酸化に伴って還元型PMSが生成し、続いて、還元型PMSによるDCIPの還元脱色反応を波長600 nmで、又は、還元型PMSによるNTBの還元により生成するジホルマザンを波長570nmで分光光度法により測定することにより行うことができる。かかる吸光度変化をもって当該酵素の活性とすることができ、ひいてはグルコースの存在を検出することができる。吸光度の測定は、既知のマイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用いることができる。また、そして、適当な試験条件が選択されていれば、前述の電極酸化電流及び吸光度の変化は、測定しようとする酵素活性に直線的に比例する。このとき、あらかじめ目的濃度範囲内における標準濃度のグルコース溶液により作製した標準曲線を作成することにより、得られた変化値に基づいてグルコース濃度を求めることができる。また、本発明のsGdh変異体固定化電極を電子メディエーターの共存下で、測定対象となる試料と反応させ、電極酸化電流を測定することにより行うことができる。この場合は、かかる電極酸化電流をもって当該酵素の活性とすることができ、ひいてはグルコースの存在を検出することができる。
(本発明の燃料電池)
本発明のsGdh変異体は、燃料電池の構築に利用することができ、かかる燃料電池も本発明の一部を構成する。本発明の燃料電池は、例えば、酸化反応を行うアノード極と、還元反応を行うカソード極から構成され、必要に応じてアノードとカソードを隔離する電解質層を含んで構成され、好ましくは、本発明のsGdh変異体を外部回路に接続した導電性基材上に固定化した電極を備える。また、sGdh変異体を適当な緩衝液中に溶解させた形態で供給してもよい。固定化に際しては、sGdh変異体は、補酵素PQQを含むホロ酵素の状態で固定化することが好ましい。しかしながら、アポ酵素の形態で固定化し、PQQを別の層として、又は、適当な緩衝液に溶解させた形態で供給してよい。また、その他の、酵素の触媒活性の発現のために必要な物質、例えばカルシウムイオンを、別の層として、又は、適当な緩衝液に溶解させた形態で供給してよい。そして、好ましくは、本発明のsGdh変異体を外部回路に接続した導電性基材上に固定化した電極はアノード側電極として構築される。このように構成することにより、アノード電極側では、sGdh変異体が基質を酸化することによって生じた電子を電極に取り出すと共に、プロトンを発生する。一方、カソード側は、酸素や過酸化水素等の酸化剤を還元して電子を伝達することのできる触媒を固定化して構成されることが好ましく、アノード側で発生したプロトンが酸素と反応することによって水を生成するように構成される。また、カソード側電極としては、例えば、ピルビン酸オキシダーゼ、ラッカーゼ等のマルチ銅酵素等の酵素が固定化された電極を使用することもできる。
導電性基材としては、グラファイト、グラッシーカーボン等のカーボン材、アルミニウム、銅、金、白金、銀、ニッケル、パラジウム等の金属又は合金、SnO2、In2O3、WO3、TiO2等の導電性酸化物等、従来公知の材質の導電性の物質を使用することができる。また、これを単層又は2種以上の積層構造をもって構成してもよい。電極の大きさ及び形状等は特に限定されるものではなく、使用目的に応じて適宜調整することができる。導電性基材上への酵素の固定化は、公知の方法によって行うことができる。例えば、物理的吸着、イオン結合,共有結合を介して固定化する担体結合法を利用することができる。また、グルタルアルデヒドなどの二価性官能基をもつ架橋試薬で架橋固定する架橋法をも利用できる。更には、アルギン酸,カラギーナン等の多糖類、導電性ポリマー、酸化還元ポリマー、光架橋性ポリマー等の網目構造をもつポリマー、透析膜等の半透性膜内に封入して固定化する包括法等をも利用することができる。また、これらを組み合わせて用いてもよい。このようにして構築されたsGdh変異体固定化電極も本発明の一部を構成する。電解質層としては、電子伝達能を有さず、プロトンの輸送が可能な電解質であれば、何れの物質をも利用することができる。
また、必要に応じて、酵素反応と電極間の電子伝達を媒介する電子メディエーターを用いる。メディエーターは、特に限定されるものではないが、例えば、キノン類、シトクロム類、ビオロゲン類、フェナジン類、フェノキサジン類、フェノチアジン類、フェリシアン化物、フェレドキシン類、フェロセンおよびその誘導体等が例示される。
このように構成することにより、アノード電極側の酵素が燃料である基質を酸化して電子を受け取る。そして、この電子は、直接、又は酵素反応と電極間の電子伝達を仲介するためのメディエーターを通してアノード電極に受け渡たされる。そして、アノード電極から外部回路を通ってカソード電極に電子が受け渡されることによって電流が発生する。一方、アノード電極側で発生したプロトンが電解質層を通って、カソード電極側に移動し、外部回路を通してアノード側から移動してきた電子と反応し水を生成する。グルコースとの反応においては、以下に示す電流応答が生じ、電流を発生する。
グルコース+グルコースデヒドロゲナーゼ(酸化型)
→ グルコノラクトン + グルコースデヒドロゲナーゼ(還元型);
H(還元型) → グルコースデヒドロゲナーゼ(酸化型) + e-
本発明の燃料電池は、高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上したsGdhの触媒能力を利用することから、高容量及び高出力の発電を行なうことができ、高性能の燃料電池として構築することができる。また、高濃度の燃料を搭載できることから燃料電池の容積のコンパクト化を図ることができ、コスト削減効果をも奏することができる。また、sGdhは電極と直接反応できることから電極反応、引いては電極構造を簡素化することができる。
(グルコースセンサー)
本発明のsGdh変異体は、グルコースを検出するためのグルコースセンサーの構築に利用することができ、かかるグルコースセンサーも本発明の一部を構成する。本発明のグルコースセンサーは、導電性基材にsGdh変異体を固定化した電極として構成される作用電極、及びその対極を設けて構成される。必要に応じて、測定精度の信頼性を高める観点から、銀塩化銀などの参照極を設けた三電極方式として構成してもよい。ここで、作用電極とする導電性基材にsGdh変異体を固定化した電極については、燃料電池の電極に準じて構築することができる。
本発明のグルコースセンサーによる測定は、測定試料を当該グルコースセンサーと接触させ、電極上の固定化酵素と基質の酸化還元反応により発生した電流を検知することで行われ、これにより、試料中の基質の存在の有無若しくは濃度を測定することができる。具体的には、例えば、測定対象となる試料を接触させると、試料中に含まれるグルコースが作用極上に固定されたsGdh変異体と反応し、続いて電子メディエーターが還元される。そして、電極系に電圧を印加して電子受容体の還元体を酸化し、得られる酸化電流値の変化により試料中のグルコースを検出することができる。このとき、あらかじめ目的濃度範囲内における標準濃度のグルコース溶液により標準曲線を作成することにより、得られた酸化電流値に基づいてグルコース濃度を求めることができる。こで、試料としては、糖類の存在が予想されるすべての試料を対象とすることができる。例えば、血液、尿、唾液等の生物体由来の生物試料、食品試料、環境試料等が例示されるがこれに限定されるものではない。また、必要に応じてこれらの試料に適当な処理を行った試料をも含み得る。
本発明のバイオセンサーを用いた測定法としては、酸化電流もしくは還元電流を測定するクロノアンペロメトリーまたはクーロメトリー、サイクリックボルタンメトリー法など、公知の方法を利用することができる。
本発明のグルコースセンサーは、高濃度基質条件下での基質に対する反応性が向上したsGdh変異体の触媒能力を利用することから、微量〜高濃度のグルコースを高精度に測定可能である。そして、本発明のグルコースセンサーは、グルコースの検出を要する全ての分野で利用可能であり、特に、医療、食品、環境分野等、種々の産業分野において利用可能である。
以下、実施例において、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
野生型sGdhは、高濃度グルコース条件下で、グルコースに対する反応性が低下することが知られている。実際に、本発明者らによっても、野生型sGdhの反応性を、基質グルコース濃度変化に対する反応速度を測定した。詳細には、酵素活性測定液(67.5 mM リン酸緩衝液、 pH7.4、0〜600 mM グルコース、0.22 mM DCIP、1.3 mM PMS)80μlを384ウェルプレートに分注した後、2μlの酵素合成液を混合した。混合後、DCIP の還元脱色反応に伴う600 nmの吸光度変化をプレートリーダーで測定した。その結果、図1に示すとおり、グルコース濃度が100 mM以上となると、グルコースに対する反応速度が低下することが確認された。そこで、以下の実施例において、高濃度グルコース条件下での反応性を改善したsGdh変異体を取得するため、変異導入部位を鋭意検討した。
実施例1:分子進化工学的手法を用いた酵素改変
高濃度グルコース条件下での、グルコースへの反応性の低下を招かないsGdh変異体を構築すべく検討を行った。
ステップ1:野生型sGdhのX線結晶構造解析に基づく高次構造の検討
高濃度グルコース条件下での反応速度の低下の改善効果が見込める変異導入部位を、高次構造及び、アミノ酸配列の一次構造の両面から野生型sGdhを解析することにより検討した。
まず、天然に存在する野生型sGdhの高次構造を解析した。当該酵素の高次構造はX線解析により明らかにされており、高次構造データとしては、日本蛋白質構造データバンクで公開されているものを利用した(PDB ID;1cq1、分子名称;SOLUBLE QUINOPROTEIN GLUCOSE DEHYDROGENASE (E.C.1.1.99.17)、タイトル;Soluble Quinoprotein Glucose Dehydrogenase from Acinetobacter Calcoaceticus in Complex with PQQH2 and Glucose)。
また、野生型sGdhの一次構造として、アシネトバクター カルコアセティカス由来のsGdh(GENBANK ACCESSION No : X15871)のアミノ酸配列(配列表の配列番号2)に基づいて、野生型sGdhのグルコース結合アミノ酸とその結合様式を表1に示す。また、グルコースの近傍にあるアミノ酸として、L193、Y367、W370が挙げられる。ここでは、アミノ酸の位置は、開始メチオニンを1として番号付けするものとし、アミノ酸残基の表示は一文字表記で表した。
また、野生型sGdhの触媒活性に関与していると考えられるアミノ酸として、H168が活性中心、N253、T372、K401、R430、Y431、R432がPQQとの結合、G271、P272、E257、Y287、A293、Y295、D297、E333がカルシウムイオンとの結合に関与するアミノ酸であると考えられる。
更に、野生型sGdhのアミノ酸配列につき、大腸菌由来のアルドース糖デヒドロゲナーゼ(以下、「EcAsdh」と略する。)等の他の同種酵素のアミノ酸配列を比較した。比較は、 Oubrie A.著、「Structure and mechanism of soluble glucose dehydrogenase and other PQQ-dependent enzymes.(可溶性グルコースデヒドロゲナーゼと他のPQQ依存性酵素の構造及び)」、Biochim Biophys Acta.、2003年、第1647巻第1〜2号、第143〜51頁に記載のアラインメントを使用して行った。その結果、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdhは、特有の挿入配列を有することが判明した。具体的には、野生型sGdhのアミノ酸配列を示す配列番号2中、第191〜214番目に存在するNQLAYLFLPNQAQHTPTQQELNGK(配列番号3)、及び、第320〜370番目に存在するNGVKVAAGVPVTKESEWTGKNFVPPLKTLYTVQDTYNYNDPTCGEMTYICW(配列番号4)がこの特有の挿入配列に該当する。
次に、かかる挿入配列の高次構造に与える影響を調べるため、野生型sGdhとEcAsdhの高次構造を、タンパク質立体構造シミュレーションソフト(Discovery Studio 2.5:アクセルリス社)を用いて比較した。野生型sGdhの高次構造は、前記した日本蛋白質構造データバンクでPDB ID;1cq1として公開されているものを、EcAsdhの高次構造は、日本蛋白質構造データバンクでPDB ID;2G8Sと公開されているものを使用して行った。
結果を図2に示す。パネルAは、EcAsdh(a)の高次構造を示し、活性中心を(c)、ポケット周辺を(d)で示す。パネルB及びCはEcAsdh(a)とsGdh(b)の高次構造を重ね合わせた図である。さらに、パネルCでは、配列番号における第191〜214番目に存在する挿入配列(配列番号3)を(e)で、第320〜370番目に存在する挿入配列(配列番号4)を(f)で示している。なお、EcAsdhは基質結合状態での構造が開示されていないため、活性中心のヒスチジン残基により重ねあわせを行った。ここで、「ポケット」とは、sGdhがその触媒活性を発揮するため反応基質であるグルコースを取り込む空間を意味する。これにより、sGdhでは特有の挿入配列が存在し、挿入配列の領域を中心に、EcAsdhよりもポケット周辺がかなり嵩高くなっていることが判明した。
次いで、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdh とEcAsdhのグルコースに対するKm値を比較したところ、sGdhは25 mM、EcAsdhは400 mMであった(Southall SM他著、“Soluble aldose sugar dehydrogenase from Escherichia coli: a highly exposed active site conferring broad substrate specificity.(大腸菌由来の可溶性アルドース糖デヒドロゲナーゼ、広範な基質特異性に寄与する高露出した活性部位)”The journal of biological chemistry、第281巻、第41巻、第30650〜30659頁、2006年)。酵素の高次構造及び一次構造の解析により得られた結果と併せて鑑みると、EcAsdhのようにグルコース結合ポケットが広い方が高濃度グルコース条件下での反応性が向上するとの仮説を立てた。
この仮説に基づいて、野生型sGdhのグルコース結合ポケット構造を広げることにより、反応特性の変化を追跡した。
野生型sGdhのグルコース結合ポケット構造を広げる方法としては、次の2通りの方法を検討した。1つ目として、ポケットを覆っている特有の挿入配列の周辺領域に存在する1又は数個のアミノ酸を削除する方法、2つ目として、前記領域に存在する嵩高いアミノ酸を小さいアミノ酸へ置換する方法を検討した。しかしながら、1つめのアミノ酸を削除する方法は、削除後の構造の再構成が非常に困難であるため、2つ目の嵩の小さなアミノ酸へ置換する方法が最適であると判断し、以下の実験を行った。
続くステップにおいて、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdh遺伝子のコーディング配列の上記挿入配列を含む領域(164番目のセリン残基 〜377番目のセリン残基)に、ランダムに変異を導入したライブラリーを作製し、スクリーニングを行うことより、高濃度基質条件下で反応性が改善した変異体を取得するための検討を行った。
ステップ2:野生型sGdh遺伝子を含む発現プラスミドの構築
改変の基礎となる野生型sGdh遺伝子を含む発現プラスミドを構築した。具体的には、アシネトバクター カルコアセティカス由来の野生型sGdh遺伝子を含む発現プラスミドを、ベクターpET-22b(+)のマルチクローニング部位にアシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobacter calcoaceticus)NBRC12552株由来のsGdhをコードする構造遺伝子を挿入することにより構築した。その塩基配列を配列表の配列番号5に、また該塩基配列から推定されるsGdhのアミノ酸配列を配列表の配列番号6に示す。具体的には、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)より購入したアシネトバクター・カルコアセティカスNBRC12552株からsGdh遺伝子を獲得し、この配列を元にGenBankに登録されているAcinetobacter calcoaceticus gdhB gene for glucose dehydrogenase-B (GDH-B)(ACCESSION No : X15871)のアミノ酸配列と同じアミノ酸となるよう配列の書き換えを行った。書き換えた配列をpET-22b(+)ベクターのNdeI/BamHIの制限酵素サイトに組み込み、野生型発現ベクターとした。このプラスミドをpET-22b(+)-sGdhと命名した。
ステップ3 変異ライブラリーの構築
野生型sGdh遺伝子にランダム変異を導入した変異遺伝子ライブラリーを、エラープローンPCR法により作製した。まず、エラープローンPCR法の条件検討を行った。ここでは、変異導入の基礎としたsGdh分子内に1〜2箇所の変異導入が得られる条件、つまり、エラー率が0.5%前後となる条件、の設定のための検討を行った。具体的には、マグネシウム濃度、マンガン濃度を変化させ、所望のDNAポリメラーゼのヌクレオチドの取り込み間違い頻度を算出することによりエラー率を確認した。エラー率を算出したところ、 [Mg, Mn]=[5.0, 0.5] mMにてエラープローンRCRを行うことにより、酵素分子内に1〜2箇所の塩基配列変異を導入できることが判明し、これにより変異遺伝子ライブラリーを作製した。
エラープローンPCR反応は、2.5 unitのTaq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)、各0.5μMのプライマー1及び2、10 mM Tris-HCl(pH8.3)緩衝液、50 mM KCl、5.0 mM MgCl2、0.5 mM MnCl2含む50μlの反応系で、常法に基づいて行った。
次に、エラープローンPCRによりランダムに変異を導入したDNA断片と、変異を導入しない遺伝子の残りの部分をコードするDNA断片とを連結するために、オーバーラッピングPCRを行った。
まず変異を導入していない未改変DNA断片を得るために、ステップ2で作製した発現ベクターを鋳型にして、プライマー3及び4、プライマー5及び6をそれぞれ用いてPCR増幅反応を行った。詳細には、PCRキットとしてPrimeSTAR GXL DNA Polymerase(タカラバイオ製)を用い、プライマー濃度を各0.2 μMとし、98℃で10秒、68℃で60秒を1サイクルとした、30サイクルの増幅反応を行った。PCR反応後、DNA精製キット(GEヘルスケア製)によりPCR増幅産物を精製した。
続いて、得られた変異を導入したDNA断片と、2つの未改変DNA断片とを鋳型にして、プライマー3と6を用いてPCR増幅を行った後、さらに反応終了液を鋳型にしてプライマー7と8を用いてPCR増幅反応を行った。詳細には、PCRキットとしてPrimeSTAR GXL DNA Polymerase(タカラバイオ製)を用い、プライマー濃度を各0.2 μMとし、98℃で10秒、68℃で60秒を1サイクルとした、30サイクルの増幅反応を行った。PCR反応後、DNA精製キット(GEヘルスケア製)によりPCR増幅産物を精製した。
次に、得られたsGdh変異体をコードするDNA断片に、1分子のPCR用プライマー配列を付加するために、プライマー9を用いたPCR増幅反応を行った。詳細には、PCRキットとしてPrimeSTAR GXL DNA Polymerase(タカラバイオ製)を使用し、プライマー濃度を0.3μMとし、94℃で30秒、55℃で30秒、72℃で60秒を1サイクルとして、20サイクルの増幅反応を行った。PCR反応後、DNA精製キット(GEヘルスケア製)によりPCR増幅産物を精製した。これにより、sGdh構造遺伝子配列における、sGdhのSer164 〜Ser377をコードする領域にランダムに変異を導入した変異遺伝子集団を得た。この変異遺伝子集団を、デキストランを含む希釈液で、1.5分子/μl(計算上)まで希釈し、384ウェルプレートに分注した。その後、1μl希釈液/1ウェル上でプライマー9を用いてPCR増幅した。PCRは、98℃で10秒、68℃で60秒を1サイクルとした、70サイクルの増幅反応を行い、68℃で10分間の最終反応により行い、変異遺伝子ライブラリー得た。
ここで使用したプライマーの配列情報を表2に示す。
ステップ4:タンパク質合成
ステップ3で得た変異遺伝子ライブラリーを鋳型にして、大腸菌の無細胞タンパク質合成系でタンパク質を合成した。無細胞タンパク質合成系としては、市販のラビットトランスレーションシステム(ロシュ製、RTS 100, E.coli HY Kit)を用いて、その取扱説明書に従い、反応時間4時間、反応温度30℃を基本条件とした。具体的には、変異遺伝子ライブラリー5μlを384ウェルプレートに分注し、続いて、各ウェルに1.5 μlのPCR反応液を添加し、30℃で4時間反応させ、酵素合成を行った。
上記で合成された酵素は不活性のアポ型であるため、これを活性型に変換するため、ホロ化処理を行った。具体的には、8 μlの酵素合成液に、15 μlのPQQ溶液(1 mM)を添加し、4℃で4時間反応させることにより活性型のホロ化酵素を得た。
ステップ5:スクリーニング
ステップ4で得たホロ化酵素のグルコースに対する酵素活性を測定し、酵素活性を指標としたスクリーニングを行った。
ここでは、PQQ依存性グルコースデヒドロゲナーゼの活性測定は、以下の方法により行った。
(測定原理)
酵素活性の測定は以下の反応式に基づいて行った。
グルコース+PMS+sGdh→グルコノラクトン+還元型PMS(反応式I)
2還元型PMS+NTB→2PMS+ジホルマザン(反応式II)
sGdhは、フェナジンメトサルフェート(以下、「PMSと略する」)等の電子受容体の存在下でグルコースの水酸基を酸化してD-グルコノラクトンを生成する反応を触媒する。そして、グルコースの酸化に伴って、還元型PMSが生成する。そして、この還元型PMSによる6−ジクロロフェノール−インドフェノール(以下、「DCIP」と略する。)の還元脱色反応を波長600 nmで分光光度法により測定することにより行った。
(測定方法)
酵素活性測定液(67.5 mM リン酸緩衝液、pH7.4、100、500又は1000 mM グルコース、0.22 mM DCIP、1.3 mM PMS)80μlを384ウェルプレートに分注した後、2μlの酵素合成液を混合した。混合後、DCIP の還元脱色反応に伴う600 nmの吸光度変化をプレートリーダーで測定した。
スクリーニングの結果、より高い濃度のグルコース存在下で活性が高い変異体を選抜した。そして得られた変異体がアミノ酸配列解析により、以下の変異を有することが確認された。それぞれを、改変部位をもって、Y355C、Y355C+Y381H、I368T、Q203L+T347P、F259L+Y287F、E92K+F259L+Y287F、F239Y、F239Y +D353V、I175V+Y355H+N356S+P423S、Y355C、I175F+Q209R、Y119H+I175F+Q209R、H204R+K323R+C362S+P375L、H204R+C362S+P375L、C362S+P375L、G338S、T205M、L159F+I232Tと命名した。ここで、アミノ酸変異の標記方法は、「データベースに登録されている野生型のアミノ酸残基」「変異が生じているアミノ酸の位置」、「変異アミノ酸」の順に記載するものとし、アミノ酸残基の表示は一文字表記で示す。例えば、「Y355C」は、野生型sGdhのアミノ酸配列において、355位のY(タイロシン)がC(シトシン)に置換されていることを意味し、「+」は、前後に記載した両方の置換を有することを意味する。ここでは、アミノ酸の位置は、開始メチオニンを1として番号付けするものとする。
実施例2:グルコースに対する反応性が野生型sGdhよりも向上した変異体の選択
実施例1で得られた変異体の活性測定を行い、高濃度グルコースの存在下で、グルコースに対する反応性が野生型sGdhよりも向上した変異体の選択を行った。
本実施例において、sGdh変異体の活性測定は、以下の方法により行った。また、同時に野生型sGdhの活性も同様の手順により測定した。
(測定原理)
酵素活性の測定は以下の反応式に基づいて行った。
グルコース+PMS+sGdh→グルコノラクトン+還元型PMS(反応式I)
2還元型PMS+NTB→2PMS+ジホルマザン(反応式(II)
sGdhは、フェナジンメトサルフェート(以下、「PMSと略する」)等の電子受容体の存在下でグルコースの水酸基を酸化してD-グルコノラクトンを生成する反応を触媒する。そして、グルコースの酸化に伴って、還元型PMSが生成する。そして、この還元型PMSによるニトロテトラゾリウムブル(以下、「NBT」と略する。)の還元により形成されたジホルマザン(青紫色に呈色)を波長570 nmで分光光度法により測定することにより行った。
(手順)
50 mMまたは500 mM グルコース、50 mM PIPES-NaOH緩衝液(pH 6.5)、3 mM PMS、6.6 mM NTBを含んで調製された反応混合液200μl に、0.01μgの酵素溶液を加え混合した。混合後、570 nmでの吸光度の増加を37℃で5分間測定し、曲線の初期直線部分からの1分当たりのΔODを算出した。同時に、酵素溶液に代えて酵素希釈液を加えることを除いては同一の方法を繰り返しΔODブランクを測定した。
また、大腸菌タンパク質合成系でのタンパク質発現が可能であるか否かについても検討を行った。結果を表3に示す。
この結果、上記変異体のうち、I368T変異体のみが高濃度グルコースの存在下で、グルコースに対する反応性が野生型sGdhよりも向上できることが判明した。以後の実験において、I368T変異体の理化学的性質について更に検討を行った。なお、Y355C+Y381HとY119H+I175F+Q209R以外は、大腸菌タンパク質合成系でのタンパク質発現が可能であることも判明した。
実施例3:組換え大腸菌によるタンパク質の発現と精製
野生型sGdh、変異体I368Tをコードする遺伝子により大腸菌を形質転換し、大腸菌細胞内で当該遺伝子それぞれを発現させ、組換え野生型sGdh、及び変異体I368Tを産生した。
野生型sGdh、I368Tをコードする遺伝子それぞれを、大腸菌用発現ベクターであるpET22b DNAのマルチクローニングサイトに、C末端His Tag融合タンパク質として発現するように挿入した。構築されたプラスミドにより、大腸菌BL21(DE3)を常法従って形質転換した。大腸菌の培養は、50 mg/Lのアンピシリンを含むLuria-Bertani(以下「LB」と略する。)培地中で37℃にて、培養液の吸光度がOD600=0.6となるまで培養した。そして、組み換えタンパク質合成誘導のため終濃度0.5 mMのイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(isopropyl-s-D-thiogalactopyranoside:IPTG)を添加して4時間培養を行なった。
続いて、発現させたHis Tag融合タンパク質を、アフィニティーカラムを用いて精製した。具体的には、遠心分離により回収した菌体を、リン酸緩衝液 (20 mM Phosphate buffer、 0.5 M NaCl、pH7.4)に懸濁した。次に、菌体を超音波にて破砕(Sonic 30秒、氷冷 30秒を10セット)し、遠心分離により上清である酵素液を得た。この酵素液に50 mM NaClを加え、これをNi2+カラムクロマトグラフィーにアプライし、300 mMイミダゾールを含む溶出溶液で融合タンパク質を溶出した。得られた活性画分を収集し、50 mMリン酸緩衝液(pH7.4)を透析外液として一晩透析を行い、続いて、50 mM Tris-HCl緩衝液(pH7.4)にて対して透析した。
上記にて精製されたタンパク質の確認は、20μlの酵素溶液に20μlの可溶化液(50 mM Tris-HCl ( pH 6.8 )、100 mM DTT、2% SDS、0.1% ブロモフェノールブルー、10% グリセロール)を添加し3分間95℃で熱処理することで調製したサンプルを、12.5%アクリルアミドゲルにて電気泳動に供し、CBB染色法により酵素を可視化した。
結果を図3に示す。
図中、レーン1は変異体I368Tを、レーン2は野生型sGdhを、レーン3は分子量マーカーを示す。これにより、変異体I368T及び野生型sGdhが、等分子量で、かつ、シングルバンドとして検出される純度にまで精製されたことが確認された。
なお、上記にて精製された酵素はアポ型であり、酵素のホロ化処理を、PQQを酵素に対して等モル〜10倍量程度添加し4℃で4時間反応させることによって行った。それを以後の実験に使用した。
実施例4:変異体I168Tと野生型sGdhの基質親和性比較
変異体I168Tと野生型sGdhのグルコースに対する反応性について、基質グルコースの濃度を様々に変化させることにより比較した。
実施例3で精製した変異体I368Tと野生型sGdhについて、0 mM〜1500 mMのグルコース濃度条件下における反応速度を比較した。酵素活性は、実施例1に記載の方法により行い、反応速度については、1分当たりのΔODを算出することにより求めた。
結果を図4に示す。
図中、白棒は各グルコース濃度における野生型sGdh、影棒は変異体I368Tの各グルコース濃度における、グルコースに対する反応速度を示す。変異体I368Tが、100 mM以上のグルコース存在で、野生型と比べて反応速度が向上していることが判明した。したがって、高濃度基質条件下での反応性が、野生型sGdhと比較した場合に格段に向上していることが理解できる。
実施例5:変異体I368Tの塩基配列の決定
実施例1〜3で取得した変異体I368Tの遺伝子レベルでの変異箇所を検討した。
実施例1〜3で取得した変異体I368T遺伝子の塩基配列を常法に基づいて決定し、野生型sGdhの塩基配列((配列表の配列番号3)と比較した。その結果、遺伝子レベルで、以下に示す変異を有していることが判明した。
462A>G、468A>C、1103T>C、1134T>C、1149A>C、1152C>T
ここで、遺伝子変異の標記方法は、「遺伝子変異が生じている位置」「データベースに登録されている塩基」、「>」、「変異塩基」の順で記載するものとし、例えば、「462A>G」は、野生型sGdhの遺伝子配列において、462位のA(アデニン)がG(グアニン)に置換されていることを意味する。
上記遺伝子変異のうち、1103位の塩基がTからCに置換されることにより、アミノ酸変異が生じている。その他の遺伝子変異については、アミノ酸に翻訳しても対応するアミノ酸が変化しないサイレント変異であった。
実施例6:変異体I368Tの触媒活性の確認
変異体I368Tが持つ触媒活性について、酵素反応速度論的な解析により確認した。
変異体I368Tについて酵素反応速度論的な解析を行い、Km及びkcat値を算出した。基質濃度を変化させて、酵素反応の初期速度のラインウェーバーバークプロットにより、酵素反応の速度定数(kcat値及びKm値)を求めた。また、比較として野生型sGdhについても同様にして酵素反応速度論的な解析を行った。なお、本実施例において、活性測定は実施例2の方法に準じて行った。
具体的には、0 mM〜1500 mM グルコース、50 mM PIPES-NaOH緩衝液(pH 6.5)、3 mM PMS、6.6 mM NTBを含んで調製された反応混合液200μl に、0.01μgの酵素溶液を加え混合した。混合後、570 nmでの吸光度の増加を37℃で5分間測定し、曲線の初期直線部分からの1分当たりのΔODを算出した
。同時に、酵素溶液に代えて酵素希釈液を加えることを除いては同一の方法を繰り返しΔODブランク
を測定した。なお、Kcat値は、ジホルマザンの1/2ミリモル分子吸光係数20.1を用いて算出した。
結果を表4に示す。表4は、25℃におけるグルコースに対するKm値(mM)
Kcat値(s-1)である。
この結果から、1アミノ酸の変異をもつ変異体I368Tは、Kmとkcat値の点からは、野生型と大きくは変化していないことが判明した。
実施例7:電気化学測定による変異体I368Tと野生型sGdhの基質親和性比較
本実施例においては、実施例4に続いて、変異体I168Tと野生型sGdhのグルコースに対する反応性について、基質グルコースの濃度を変化させることにより比較した。なお、本実施例においては、グルコースに対する反応性は電気化学測定により判定した。
具体的には、バイオ電池の電極触媒としての利用を想定し、変異体I168Tと野生型sGdhを導電性基材に固定化した酵素固定化電極を作成し、固定化した変異体I168Tと野生型sGdhの酵素活性を評価した。固定化方法としては、光架橋性ポリマーを用いる方法で行った。電気化学検出のバイオセンサーの初期検討に最適な実験キットである酵素固定化キット(東洋合成工業製)を用いて、そのキットに付属の標準プロトコル(sGdh固定化電極作成手順が開示されている)に従い、キット付属の酵素固定化用ポリマーBIOSURFINEで酵素を電極に固定化し、外部電源(ポテンショスタット)を用いて酵素固定化電極の評価を行った。グルコースに対する反応性の測定は、反応混合液(緩衝液、グルコース、およびメディエーター(1mM 1-Methoxy PMS))に、作用電極としてsGdh(50μg)固定化電極、対極(カーボン)および参照電極(銀塩化銀)を浸して、一定の電圧(0.1V)を印加してグルコースの酸化反応に伴う電流応答を測定することにより行った。このとき、グルコース濃度を、100 mM及び500 mMとして、各グルコース濃度条件下での、変異体I168T及び野生型sGdh固定化電極での電流応答を測定した。また、コントロールとして、グルコースを含まない反応溶液中での変異体I168T固定化電極の電流応答も測定した。
結果を図5A、Bに示す。
図5Aは、100 mMのグルコース濃度条件下での結果を示し、図5Bは、500 mMのグルコース濃度条件下での結果を示す。その結果、500 mMグルコース条件下で、変異体I368Tは30μA、野生型では12μAの電流応答を示し、100 mMグルコース条件下で、変異体I368Tは38μA、野生型は15μAの電流応答を示した。これにより、変異体I368Tは、酵素固定化電極を用いた電気化学測定においても、高濃度グルコース条件下での、グルコースに対する反応速度低下が改善されており、変異体I368Tは野生型に比べて向上した酵素活性を有することが判明した。
実施例8:変異体I368T及び変異体I368Aの機能的同等変異体の検索
実施例1で得られた図2の結果より、グルコース結合ポケットが広い方が高濃度グルコース条件下での反応性が向上するとの仮説が立てられたが、変異体I368Tでは第368番目のアミノ酸が、イソロイシンから分子量が小さいトレオニンに置換されることにより、グルコース結合ポケットが広がったと考えることができる。本実施例においては、推定したメカニズムを実証すべく、第368番目のアミノ酸をイソロイシンより小さいアミノ酸に置換した変異体を構築し、その基質親和性を確認した。
具体的には、第368番目のイソロイシンを、より分子量の小さなアミノ酸に置き換えたときに、トレオニンに置換した変異体I368Tと同様の効果が得られるか否かを確認した。第368番目のイソロイシンを、より分子量の小さなアミノ酸、具体的には、アラニン、グリシン、セリン、バリンに置き換えた変異体として、変異体I368A、I368G、I368S、I368Vを作製した。作製は、野生型sGdh遺伝子を含む組換えプラスミドと下記に示す変異体I368A、I368G、I368S、I368V用の合成オリゴヌクレオチド及びこれと相補的な合成オリゴヌクレオチドを基に、部位特異変異導入キット(PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit:タカラバイオ製)を用いて、そのプロトコルに従って変異導入処理操作を行った。次に、得られた変異体の塩基配列を決定して、配列番号2記載のアミノ酸配列の368番目のイソロイシンが置換された変異型I368A、I368G、I368S、I368Vをコードする組換えプラスミドを取得した。
各変異体の調製に使用したプライマーを表5に示す。
続いて、実施例3と同様にして、各々の組換えプラスミドからタンパク質を大腸菌内で組換え合成し、調製した各変異体について、グルコースに対する反応性を比較した。反応性は、グルコース濃度を0、5、10、20、50、100、200、300、及び500mMにおけるグルコースに対する反応速度を測定した。酵素活性の測定及び反応速度の算出は、実施例2、及び6に記載の方法に準じて行った。
結果を図6に示す。図6は、5mMグルコースの存在下での活性を100として、各グルコース濃度における活性を相対活性によって示すグラフである。この結果、変異体I368Aは、I368Tと同様、高濃度グルコース存在下であっても、グルコースに対する反応性を高く維持することができた。図6には示さないが、変異体I368Gは、野生型と同程度の反応性であり、また、変異体I368S、およびI368Vは活性が野生型の5分の1程度に低下することも確認した。つまり、変異体I368G、I368S、およびI368Vは高濃度グルコース条件下での反応性を向上させることはできなかった。したがって、高濃度グルコース存在下でグルコースに対する反応性を高く維持できるとの効果は 変異体I368A、及びI368Tに特有の効果であることが判明した。つまり、かかる効果を奏するメカニズムは、立体構造的な観点からだけでは単純に説明できない特有の効果であることが判明した。
実施例9:変異体I368T及び変異体I368Aの基質親和性変化メカニズムの推定
本実施例においては、実施例4及び実施例7で確認された変異体I368Tの基質親和性変化のメカニズム及び実施例8で確認された変異体I368Aの高濃度グルコース存在下での高い活性を解明するため、変異によるsGdhの高次構造変化を追跡した。
変異体I368T及び変異体I368Aの高次構造につき、前記した日本蛋白質構造データバンクでPDB ID;1cq1として公開されているもの野生型sGdhの高次構造を参照タンパク質として、タンパク質立体構造シミュレーションソフト(Discovery Studio 2.5:アクセルリス社)を用いて、ホモロジーモデリングにより作成した。そして変異体の高次構造と野生型sGdhの高次構造を重ね合わせることにより、変異体の変異による高次構造変化を追跡した。
野生型sGdh、変異体I368T、変異体I368Aの3種類の構造モデルについて、グルコース(黒のボールマンドスティック表示)PQQ(灰色のボールマンドスティック表示)、グルコース結合アミノ酸(黒のスティック表示)、367番目のタイロシン(灰色のCPK表示)、368番目のアミノ酸残基(黒のCPK表示)及び368番目のタイロシンのCE1とグルコースのO2の間を赤い矢印表示し、その間の距離を図7に表示した。Y367の芳香環の面の向きが、野生型では右上向きに傾いているが、変異体I368T、変異体I368Aの順に、縦向きに変化していた。このことによりY367とグルコース間の距離が遠くなったと考えられた。上記実施例8の図6に示すとおり野生型よりも小さなアミノ酸に変換するだけでは説明できない結果が出ており、本実施例の結果と合わせると、グルコース結合ポケットが広がり、且つPQQ、グルコース、酵素間での電子の受け渡しに適した構造をとった変異体のみが、高グルコース濃度下で活性が向上したと考えられた。
実施例10:変異体I368T及びI368Aの熱安定性
本実施例においては、実施例4、7及び実施例8において、高濃度グルコース条件下での前記グルコースに対する反応性が向上したと判断された変異体I368T及びI368Aの熱安定性を確認した。
変異体I368T及びI368Aを、緩衝液(1 mM CaCl2, 1μM PQQ 10 mM PIPES-NaOH (pH6.5))中で保存し、50、及び54℃で20分間熱処理を行った後、その活性残存率を求めた。比較として、野生型sGdhも同様に熱処理を行った。酵素活性の測定、及び酵素の反応速度の算出は実施例2、6及び9に記載の方法に準じて行った。
結果を図8に示す。図8は、50℃での酵素活性を1.0とし、54℃における活性を相対値として示したグラフである。その結果、変異体I368T及びI368Aは、野生型sGdhと同様、50℃以上においても酵素活性を安定して維持できることが認められた。
本発明は、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ変異体、及びその利用に関する関し、グルコースデヒドロゲナーゼの利用が要求される全ての分野で利用可能であり、特に、医療、食品、環境分野等、種々の産業分野において利用可能である。