車両(自動車)用変速装置としてトロイダル型無段変速機を使用する事が、例えば多くの刊行物に記載され、且つ、一部で実施されて周知である。又、変速比の変動幅を大きくすべく、トロイダル型無段変速機(バリエータ)と、差動ユニットである遊星歯車機構(遊星歯車式変速機)とを組み合わせた無段変速装置も、例えば特許文献1〜2等に記載される等により従来から広く知られている。このうちの特許文献1には、トロイダル型無段変速機のみで動力を伝達するモード(例えば、第一のモード、低速モード)と、差動ユニットである遊星歯車機構により主動力を伝達し、前記トロイダル型無段変速機により変速比の調節を行う、所謂パワー・スプリット状態を実現するモード(例えば、第二のモード、高速モード)とを備えた無段変速装置が記載されている。又、前記特許文献2には、入力軸を一方向に回転させたまま、出力軸の回転状態を停止させる、所謂ギヤード・ニュートラル(GN)状態を挟んで、この出力軸の回転状態を正転、逆転に切り換えられるモード(例えば、第一のモード、低速モード)を備えた無段変速装置が記載されている。
図8〜10は、前記特許文献2に記載された、ギヤード・ニュートラル状態を実現できるモードを備えた無段変速装置を示している。このうちの図8は無段変速装置のブロック図を、図9は、この無段変速装置を制御する為の油圧回路を、それぞれ示している。エンジン1の出力は、ダンパ2を介して、入力軸3に入力される。この入力軸3に伝達された動力は、直接又はトロイダル型無段変速機4を介して、遊星歯車機構5に伝達される。そして、この遊星歯車機構5の構成部材の差動成分が、クラッチ装置6、即ち、図9の低速用、高速用各クラッチ7、8を介して、出力軸9に取り出される。又、前記トロイダル型無段変速機4は、入力側、出力側各ディスク10、11と、複数個のパワーローラ12と、複数個のトラニオン(図示省略)と、アクチュエータ13(図9)と、押圧装置14と、変速比制御ユニット15とを備える。
このうちの入力側、出力側各ディスク10、11は、互いに同心に、且つ相対回転自在に配置されている。又、前記各パワーローラ12は、互いに対向する前記入力側、出力側各ディスク10、11の内側面同士の間に挟持されて、これら入力側、出力側各ディスク10、11同士の間で動力(力、トルク)を伝達する。又、前記各トラニオンは、前記各パワーローラ12を回転自在に支持している。又、前記アクチュエータ13は、油圧式のもので、前記各パワーローラ12を支持した前記各トラニオンを、それぞれの両端部に設けた枢軸の軸方向に変位させて、前記入力側ディスク10と出力側ディスク11との間の変速比を変える。又、前記押圧装置14は、油圧の導入に伴ってこの油圧に比例した押圧力を発生させる油圧式のものであり、前記入力側ディスク10と前記出力側ディスク11とを互いに近付く方向に押圧する。又、前記変速比制御ユニット15は、前記入力側ディスク10と出力側ディスク11との間の変速比を所望値にする為に、前記アクチュエータ13の変位方向及び変位量を制御する。
図示の例の場合、前記変速比制御ユニット15は、制御器(ECU)16と、この制御器16からの制御信号に基づいて切り換えられる、ステッピングモータ17と、ライン圧制御用電磁開閉弁18と、変速比補正用電磁弁19と、シフト用電磁弁20と、これら各部材17〜20により作動状態を切り換えられる制御弁装置21とにより構成している。尚、この制御弁装置21は、変速比制御弁22と、差圧シリンダ23と、補正用制御弁24a、24bと、高速クラッチ用、低速クラッチ用各切換弁25、26(図9)とを合わせたものである。このうちの変速比制御弁22は、前記アクチュエータ13への油圧の給排を制御するものである。又、前記差圧シリンダ23は、前記トロイダル型無段変速機4を通過する力(通過トルク)に応じて、このトロイダル型無段変速機4の変速比を補正すべく、前記変速比制御弁22の切換状態を調節する為のものである。又、前記補正用制御弁24a、24bは、前記差圧シリンダ23への圧油の給排を制御するものである。更に、前記高速クラッチ用、低速クラッチ用各切換弁25、26は、前記低速用、高速用各クラッチ7、8(Lクラッチ、Hクラッチ)への圧油の導入状態を切り換えるものである。
又、前記ダンパ2部分から取り出した動力により駆動される給油ポンプ27(図9の27a、27b)から吐出した圧油は、前記制御弁装置21並びに前記押圧装置14に送り込まれる。即ち、油溜28(図9)から吸引されて前記給油ポンプ27a、27bにより吐出された圧油は、押圧力調整弁29及び低圧側調整弁30(図9)により所定圧に調整される。このうちの押圧力調整弁29は、前記アクチュエータ13にピストンを挟んで設けた1対の油圧室31a、31b同士の間に存在する油圧の差(差圧)に応じた油圧、並びに、前記制御器16からの指令により制御される前記ライン圧制御用電磁開閉弁18の開閉に基づく油圧の導入に基づき、開弁圧を調節される。そして、この様な開弁圧の調節に基づき、前記押圧装置14が発生する押圧力を、その時点での運転状態に応じた最適な値に規制する。
又、前記押圧力調整弁29により調整された圧油は、手動油圧切換弁32、並びに、減圧弁33、前記高速クラッチ用切換弁25又は低速クラッチ用切換弁26を介して、前記低速用クラッチ7又は高速用クラッチ8の油圧室内に送り込まれる。又、これら低速用、高速用各クラッチ7、8のうちの低速用クラッチ7は、減速比を大きくする{変速比無限大(ギヤード・ニュートラル状態)を含む}低速モードを実現する際に接続されると共に、減速比を小さくする高速モードを実現する際に接続を断たれる。これに対して、前記高速用クラッチ8は、前記低速モードを実現する際に接続を断たれると共に前記高速モードを実現する際に接続される。又、これら低速用、高速用各クラッチ7、8への圧油の給排状態は、前記シフト用電磁弁20の切り換えに応じて切り換えられる。
図10は、トロイダル型無段変速機4の速度比(1/変速比、増速比)と無段変速装置全体としての速度比との関係の1例を示している。例えば、前記低速用クラッチ7が接続され、前記高速用クラッチ8の接続が断たれた低速モードでは、実線αで示す様に、トロイダル型無段変速機4の変速比を、ギヤード・ニュートラル状態を実現できる値(GN値、GNポイント)から減速側に変化させる程、無段変速装置全体としての変速比を停止状態(変速比0の状態)から前進方向(+:正転方向)に、増速する方向に変化させられる。又、同じくGN値から増速側に変化させる程、同じく停止状態から後退方向(−:逆転方向)に増速する方向に変化させられる。一方、前記高速用クラッチ8が接続され、前記低速用クラッチ7の接続が断たれた高速モードでは、実線βで示す様に、前記トロイダル型無段変速機4の変速比を増速側に変化させる程、前記無段変速装置全体としての変速比を(前進方向に)増速側に変化させられる。
上述した様な無段変速装置を組み込んだ車両では、アクセルペダルの操作(アクセル開度)や車両の走行速度(車速)から得られる、その時点での車両の走行状態(運転状態)に基づいて、制御器16により、前記無段変速装置の最適な変速比(目標変速比)を求める。そして、この目標変速比を実現すべく、前記制御器16の制御信号に基づいてステッピングモータ17を駆動し、変速比制御弁22を切り換える事により、トロイダル型無段変速機4の変速比を、前記目標変速比に対応する目標変速比に調節する。又、これと共に、必要に応じて(無段変速装置の目標変速比に応じて)シフト用電磁弁20を切り換える事により、前記低速用、高速用各クラッチ7、8の断接状態を切り換え、必要な走行モード(低速モード或いは高速モード)を選択する。これらにより、前記無段変速装置の変速比を、その時点での車両の走行状態に応じた最適な値(目標変速比)に調節する。
又、特許文献3には、上述の様な、無段変速装置の変速比を車両の走行状態(運転状態)に基づいてその時点の最適な値に自動的に調節する自動変速モードの他、運転者(ドライバー)の意思(操作)に応じて前記変速比を有段式に変化させる手動変速モードでも運転を行える様にした構造が記載されている。この特許文献3に記載された構造の場合には、予め設定した複数段(例えば、5段、5速。尚、トロイダル型無段変速機単独の構造で、6段或は8段に設定したものが、既に実用化されている)のうちの何れかの変速段に、運転者の操作に基づいて変速可能としている。
この様な手動変速モード付の無段変速装置の場合、自動変速モードを選択した状態では、この無段変速装置の変速比を、車速やアクセル開度等の車両状況に応じて最適な値にする。この為に、前記制御器16が、前記高速用、低速用両クラッチ用切換弁25、26を制御する。そして、前記低速用、高速用両クラッチ7、8の断接状態を切り換える事に加え、前記変速比制御ユニット15への圧油の給排状態を切り換えて、前記トロイダル型無段変速機4の変速比を制御する。この状態では、前記制御器16が適切と判断する変速比を実現して、運転者による変速動作を不要にし、運転者の負担軽減、延いては運転者の運転疲労軽減を図れる。これに対して、前記手動変速モードを選択した状態では、前記予め設定した複数段の変速段のうちから、運転者が任意で変速比(変速段)を選択可能になる。
上述の様な、前記手動変速モードを設定する技術を、前記低速用、高速用両クラッチ7、8の断接に基づいて選択される低速モードと高速モードとを備えた無段変速装置に適用した場合、変速操作に伴う運転者の違和感を低減乃至は解消する為の工夫が必要になる。即ち、運転者が選択した変速比である目標変速比と、現在の変速比である現状変速比との間に、前記低速モードと前記高速モードとの切換ポイントが存在する場合には、前記目標変速比を実現する為には、前記低速用、高速用両クラッチ7、8の断接を行う必要がある。但し、これら両クラッチ7、8の断接は瞬時に行われるのではなく、或る程度の時間を要する。この為、上述の様に、目標変速比と現状変速比との間に切換ポイントが存在すると、この目標変速比を得られるまでに、運転者が予想するよりも多くの時間を要する(時間的遅れ=タイムラグを生じる)。
即ち、前記両モード同士を切り換える場合には、モード切換に伴うショックを防止する為に、それまで接続を断たれていたクラッチを接続し、前記低速用、高速用両クラッチ7、8を同時に接続する瞬間を設定してから、それまで接続していたクラッチの接続を断つ。この様なモード切換時には、モード切換制御を開始してから完了するまでの時間である、モード切換制御時間に、或る程度の時間を要する事が避けられない。例えば、前記ショックの防止とエンジンの吹き上がり防止とを図る為に、前記低速用、高速用両クラッチ7、8を同時に接続する瞬間を確保する必要上、制御器がそれまで接続を断たれていたクラッチを接続すべき指令を発してから、実際に当該クラッチが接続されるまで待つ必要があった(時間的遅れが生じる)。
この様な時間的遅れは、油圧回路の抵抗等により生じるもので、その長さは油温やクラッチを接続する為のピストンの構造(ストローク量等)によって変化し、一定ではない。何れにしても、前記時間的遅れが存在すると、運転者が所望の変速比を選択してから、実際にその変速比で動力の伝達を行い始めるまでに、運転者が予想するよりも長い時間を要し、この運転者に違和感を与えるだけでなく、著しい場合にはその間に車両状態が変化して、目標変速比が実現された時点で、既にその目標変速比が車両状態に対して必ずしも適切な変速比ではなくなる可能性がある。特に、手動モードを選択して運転者が変速操作を行う場合、運転者は、変速操作を行うと同時に変速比が切り換わる事を期待する為、運転者に与える違和感が大きくなり易い。具体的には、運転者が変速操作を行ってから、実際に期待する加速感や減速感を得られるまでに要する時間が長くなって、運転者に大きな違和感を与え易い。
この点に関して、運転者に違和感を与える、2通りの態様に就いて、以下に説明する。尚、低速用、高速用両クラッチの断接に伴う、低速モードと高速モードとの切換を円滑に行ったり、故障時に急激な変速比変動を生じる事を防止する為の構造に関する発明が、例えば特許文献4、5に記載される等により、従来から知られている。但し、これら従来から知られている技術は、上述の様な、運転者に与える違和感を防止すべく、モード切換に要する時間を短縮する事を意図したものではない。
先ず、第一の態様として、単に目標変速比を得られるまでに、運転者が予想するよりも多くの時間を要する場合に就いて説明する。前記低速モードと前記高速モードとを切り換えるべく、前記低速用、高速用両クラッチ7、8を断接する際には、先ず、前記制御器16がこれら両クラッチ7、8を断接させるべき指令を発する。但し、実際に、それまで接続を断たれていたクラッチ7(8)が接続されて動力を伝達できる状態になるまでには、図11に示す様に、或る程度の時間的遅れ(応答遅れ)を生じる。この図11は、手動変速モードを設定する技術を、前記低速用、高速用両クラッチ7、8の断接に基づいて選択される低速モードと高速モードとを備えた無段変速装置に適用した場合の、各部の動きを示している。この図11に示した制御では、前進1速と前進2速との間にモード切換ポイント存在する構造で、運転者が変速操作を行った場合に、トロイダル型無段変速機(バリエータ)の変速比を前記モード切換ポイントに見合う値(例えば0.44)にまで調節してから、前記両モードの切換動作を開始する様にしている。具体的には、前記両クラッチ7、8を同時に接続した後、それまで接続していたクラッチの接続を断ち始めてから、前記トロイダル型無段変速機の変速動作を開始する様にしている。この様な一連の動作を表した図11から明らかな通り、トロイダル型無段変速機の変速比調節と前記両モードの切換動作とを時間的に前後して行うと、運転者が変速操作を行ってから、選択した変速比を実現できるまでに要する時間が長くなる。この点に就いて、更に、前記図11に加えて図10を参照しつつ説明する。
例えば、車両が加速している過程では、低速モードから高速モードに切り換える必要が生じる。このモード切換の際には、図11の「※1」部分での運転者(ドライバー)の指令に基づき、図10の点イで示した、これら両モードの変速比が互いに一致する点(回転一致点)で、先ず、図11の「※2」部分で示す様に、それまで接続を断たれていた前記高速用クラッチ8の接続を開始する。この高速用クラッチ8は、図11に「※3」で示した遅れ時間を経てから繋がれる。そして、図11の「※4」部分に示す様に、低速用、高速用両クラッチ7、8を同時に接続してから、図11に「※6」部分で示す様に、このうちの低速用クラッチ7の接続を断ってから、前記トロイダル型無段変速機4の変速を再開する。この様な制御は、例えば、特許文献5に記載されている様な、トルクシフトに伴う変速ショックを抑制すると共に、エンジンの吹き上がりを防止して、円滑なモード切換を行う為には必要な制御である。但し、この様な制御を行った場合、図11から分かる様に、前記制御器16がモードを切り換えるべき指令を発してから実際に高速用クラッチ8が締結されるまで、上述の様な、時間的遅れを生じ、加速感が途切れて、運転者が意図する加速感を得られない可能性がある。
又、前記時間的遅れによる違和感は、上述の様な加速の為に行う、変速比を低速段から高速段に変えるシフトアップ時に限らず、例えば大きな加速性能を得たり、エンジンブレーキによる制動力を大きくする為に、変速比を高速段から低速段に変更する場合にも生じる。特に、手動変速モードを利用して走行中に、運転者がシフトダウンの変速操作を行った場合、運転者は、所望の加速性能やエンジンブレーキ性能を直ちに得られる事を期待する場合が多いと考えられる。これに対して、前述の様な時間的遅れを生じると、前述した様に、運転者に違和感を与えるだけでなく、目標変速比が実現された時点でその目標変速比が車両状態に対して必ずしも適切な変速比ではなくなる可能性がある。
次に、第二の態様として、手動変速モードにより選択される複数段の変速比の値のうちの何れか1段の値を、前記モード切換ポイントでの変速比に設定した場合に生じる問題がある。このモード切換ポイントでの変速比に、前記複数段の変速比の値のうちの何れか1段の値を設定すれば、手動変速モードによる変速段変更の途中でモード切換を行う必要がなく、手動変速モードによる変速段変更の迅速性確保の面からは好ましい。前記特許文献3、6には、この様な、手動変速モード時に選択可能な複数段の変速比の値のうちの何れか1段の値を、前記モード切換ポイントでの変速比に設定した無段変速装置に関する発明が記載されている。
このうちの特許文献3に記載された発明の場合には、前記手動変速モードにより前記モード切換ポイントでの変速比を選択した場合に、高速用クラッチを接続し低速用クラッチの接続を断つ、即ち、当該変速比を、伝達効率向上の為、高速モードにより実現するとしている。これに対して、特許文献6に記載された発明の場合には、前記手動変速モードにより前記モード切換ポイントでの変速比を選択した場合に、高速用、低速用両クラッチを接続するとしている。但し、前記特許文献3、6に記載された発明にしても、次の様な点で改良の余地がある。
先ず、特許文献3に記載された発明の構造の場合、前記モード切換ポイントでの変速比よりも更に減速側に変速比の段を設定した場合に、シフトダウンに要する時間が長くなり、運転者に違和感を与え易くなる。例えば、前記モード切換ポイントでの変速比を前進の第2速に設定した場合で、大きな加速性能、或は、エンジンブレーキによる大きな制動力を発揮させるべく、前記第2速よりも減速側の段である第1速を選択した場合には、それまで断たれていた低速用クラッチを接続する必要がある。この為、無段変速装置の変速比を前記第1速とし、必要とする加速性能、又は、減速性能を得られるまでに要する時間が長くなり、前述した場合と同様に、運転者に違和感を与え易くなる。特に、シフトダウン要求時にはシフトアップ要求時とは異なり、車両の加速性能や減速性能を、運転者が要求する性能にまで、素早く変化させる事が強く求められる場合が多く、上述の様に、所望の性能を得られるまでに要する時間が長くなる事は好ましくない。
これに対して、特許文献6に記載された発明の構造を採用すれば、高速用クラッチの接続を断った後、直ちに第2速から第1速への変速動作を行える為、所望の性能を得られるまでに要する時間を短くできる。但し、前述の特許文献5に記載された発明の様に、自動変速の途中で短時間だけ高速用、低速用両クラッチを接続するのとは異なり、手動変速モードにより特定の変速段(例えば前記第2速)を選択している間中、前記高速用、低速用両クラッチを接続し続ける事は、無段変速装置の信頼性及び耐久性を確保する面から問題がある。即ち、前記高速用、低速用両クラッチを接続した状態で、高速、低速両モードでの変速比が完全に一致する様に、無段変速装置に組み込んだトロイダル型無段変速機の変速比を厳密に(回転同期変速比に)調節し続けられるのであれば、両高速用、低速用クラッチを接続し続けても問題はない。
但し、前記トロイダル型無段変速機の変速比が、僅かでも前記回転同期変速比からずれると、このずれ量に応じて、前記無段変速装置の伝達効率が低下する。即ち、この状態では、前記トロイダル型無段変速機のトラクション部(入力側、出力側各ディスクの側面と各パワーローラとの転がり接触部)で過大な(トラクションドライブの為に必要なスピン滑りや微小なクリープ以外の有害な)滑りが発生したり、各部の弾性変形量が著しくなる。この結果、前記伝達効率が著しく低下したり、更に著しい場合には、前記トロイダル型無段変速機や前記両高速用、低速用クラッチのうちの何れかのクラッチを破損する可能性がある。特許文献6に記載された発明の場合には、前記モード切換ポイントに対応する変速比を選択して前記両高速用、低速用クラッチを接続している状態では、これら両クラッチの締結力を必要最小値に設定する事が記載されている。この様な構成を採用すれば、前記トロイダル型無段変速機の変速比は、適正値から僅かにずれた程度では、このトロイダル型無段変速機や前記両クラッチに、破損に結び付くほどに大きな力が作用するのを防止できる可能性はあるが、伝達効率の低下を防止する事はできないものと考えられる。
又、モード切換ポイントに対応する変速段を設定した場合で、当該変速段が選択された場合に、モード切換を必ず変速制御の最後に行う事も考えられる。例えば、前記モード切換ポイントに対応する変速段を2速とした場合、1速(低速モード)からこの2速へのシフトアップ時には、2速への変速が完了してから、低速モードから高速モードへの切換を行なって、シフトアップを終了する。これに対して、3速(高速モード)から前記2速へのシフトダウン時には、この2速への変速が完了してから、高速モードから低速モードへの切換を行い、シフトダウンを終了する。この様な制御を行えば、前記モード切換ポイントに対応する変速段への変速動作に関する限り、モード切換を必ず変速制御の最後に行う事になる為、運転者がモード切換時間を意識する(違和感を感じる)事はない。
即ち、前記2速への変速を開始する際には、運転者の変速指示に素早く反応する事ができて、この2速に変速する限りに於いては、シフトアップ時もシフトダウン時も、操作感を悪化させずに済む。但し、この様な制御を行うと、同じ変速比(2速)でも異なる走行モードが存在してしまう為、この2速がシフトアップにより選択された変速段なのか、シフトダウンにより選択された変速段なのかを区別し、次の変速操作に備える必要がある等、制御が複雑になってしまう。又、シフトアップにより前記2速を選択し、低速モードから高速モードに切り換えた後、この2速から1速にシフトダウンする必要が生じた場合には、前述した理由により、必要とする加速性能、又は、減速性能を得られるまでに要する時間が長くなり、運転者に違和感を与え易くなる。
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、変速比の制御装置中に、運転者が変速比を選択する手動変速モードを実現する機能を有する構造で、無段変速装置の変速比を、運転者が選択した変速比に迅速に変更可能で、しかも優れた信頼性及び耐久性を確保できる構造を実現すべく発明したものである。
本発明の無段変速装置は、何れも、入力軸及び出力軸と、このうちの入力軸側に配置されたトロイダル型無段変速機と、同じく出力軸側に配置された遊星歯車機構と、これらトロイダル型無段変速機と遊星歯車機構との動力伝達状態を切り換える為のクラッチ装置と、前記入力軸と前記出力軸との間の変速比を調節する為の制御器とを備える。
そして、前記クラッチ装置は、減速比を大きくする低速モードを実現する際に接続されて同じく小さくする高速モードを実現する際に接続を断たれる低速用クラッチと、この高速モードを実現する際に接続されて前記低速モードを実現する際に接続を断たれる高速用クラッチとを備える。
又、前記制御器は、前記低速用、高速用両クラッチの断接を制御する事で、変速状態を前記低速モードと前記高速モードとのうちの何れかのモードを選択するモード切換機能と、前記トロイダル型無段変速機の変速比を調節する変速比調節機能と、前記入力軸と前記出力軸との間の変速比を、それぞれが予め設定された互いに異なる変速比である複数段の値の何れかに、運転者の変速操作に基づいて調節する手動変速機能とを備える。
又、請求項1に記載した無段変速装置の場合には、上述した構成に加えて、前記複数段の値のうちの、隣り合う何れか2段の値同士の間に、前記低速モードと前記高速モードとの切換ポイントが存在する。
更に、請求項2に記載した無段変速装置の場合には、上述した構成に加えて、前記複数段の値のうちの何れか1段の値を、前記低速モードと前記高速モードとを切り換える為に、前記低速用クラッチと前記高速用クラッチとを断接させる状態での、前記入力軸と前記出力軸との間の変速比(切換ポイントの変速比)に設定している。
特に、請求項1に記載した無段変速装置に於いては、前記制御器は、前記手動変速機能に基づいて選択された目標変速比と現在の変速比である現状変速比との間に、前記低速モードと前記高速モードとの切換ポイントが存在する場合に、前記目標変速比が選択された事を検知した後、直ちに前記低速用クラッチと前記高速用クラッチとの断接制御を開始する。
又、請求項2に記載した発明の場合には、前記手動変速機能により選択できる変速比の値のうちに、何れか1段の値よりも減速側の値を存在する。そして、運転者がこの何れか1段を選択した場合に、前記制御器は、前記低速用、高速用両クラッチのうちの低速用クラッチを接続したまま高速用クラッチの接続を断って、前記何れか1段の変速比の値を、前記低速モードにより実現する。
更に、請求項1〜2に記載した何れの発明を実施する場合も、好ましくは、請求項3に記載した発明の様に、前記制御器に、前記入力軸と前記出力軸との間の変速比を、運転者の変速操作に基づかずに、その時点での運転状態に応じて自動的に調節する自動変速機能を持たせる。
上述の様に構成する本発明の無段変速装置によれば、変速比の制御装置中に、運転者が変速比を選択する手動変速モードを実現する機能を有する構造で、無段変速装置の変速比を、運転者が選択した変速比に迅速に変更可能で、しかも優れた信頼性及び耐久性を確保できる構造を実現できる。以下、その具体的理由に就いて説明する。
先ず、請求項1に記載した発明の場合には、手動モードでの運転時に目標変速比を選択すると、直ちに低速用、高速用両クラッチの断接制御を開始する。この為、この目標変速比を実現する過程でモード切換が必要な場合であっても、複雑且つ面倒な制御を要する事なく、それまで接続を断たれていたクラッチが接続されるのを待つ為に、運転者に違和感を与えるほどの時間を要する事なく(違和感を与えるほどの時間的遅れを生じる事なく)、素早く前記両クラッチの断接状態を切り換えて、所望の変速比(運転者が希望する目標変速比)を得られる。
更に詳しく説明すると、手動変速モードで運転中、運転者が現状変速比との間にモード切換ポイントが存在する様な目標変速比を選択(変速指示、シフトアップ、シフトダウン何れの場合も含む)した場合には、前記モード切換ポイントを通過させる為に、次の2種類の動作が必要になる。第一に、トロイダル型無段変速機の変速比を、前記モード切換ポイント(前述の図10のイ点)の変速比に合わせる。第二に、前記低速用、高速用両クラッチのうちで、それまで接続されていたクラッチの接続を断ち、それまで接続されていなかったクラッチを接続する。これら両クラッチの断接に要する時間を比べると、接続を断つのは極く短時間で済むのに対して、接続する為に要する時間は比較的長くなる。従って、前記トロイダル型無段変速機の変速比をモード切換ポイントに合わせる為に要する時間を利用して、それまで接続されていなかったクラッチを接続すれば、現状変速比との間にモード切換ポイントが存在する様な目標変速比を選択した場合でも、それ以外の場合と同様、運転者に違和感を与えるほどの時間的遅れを生じる事なく、素早く目標変速比を得られる事になる。
ところで、それまで接続されていなかったクラッチを接続する為には、当該クラッチ(現在低速モード中であれば高速用クラッチ、現在高速モード中であれば低速用クラッチ)への締結を発生させるべく、当該クラッチに付属の油圧シリンダの油圧室内に通じる、比例電磁ソレノイドバルブ等の制御弁(前述の図9に示した、高速クラッチ用切換弁25又は低速クラッチ用切換弁26)を開放(ON)する。そして、当該クラッチに関する油圧室内の圧力を上昇させて油圧ピストンを前進させ、当該クラッチを接続する。請求項1に記載した発明の場合には、この様にクラッチを接続する際に、この油圧ピストンの無効ストローク(クラッチ締結力が発生する以前のストローク)中に、前記トロイダル型無段変速機の変速比を前記モード切換ポイントまで変速する。そして、このトロイダル型無段変速機の変速比がモード切換ポイントに到達した頃には、新たに接続すべきクラッチ(当該クラッチ)を含めて、前記高速用、低速用両クラッチが確実に接続された状態となっている。この状態から、それまで接続されていたクラッチ(それまでが低速モードであれば低速用クラッチ、それまでが高速モードであれば高速用クラッチ)の接続を断つ。前述した通り、油圧式のクラッチの接続を断つのに要する時間は極く短時間で済む為、上述した一連の動作により、前記モード切換ポイントを跨いだ変速を、それ以外の場合と同様、運転者に違和感を与える事なく、迅速に行える。
例えば、無段変速装置の手動変速モードに関して、前進状態で実現可能な変速比を、1速からn速までのn段階(例えば、n=5〜8)に分割(n段階の固定変速比を設定)し、低速モードから高速モードへのモード切換ポイントが、1速と2速の間に設定されている場合に就いて考える。即ち、1速を図10のロ点(低速モード領域)に、2速を同じくハ点(高速モード領域)に、それぞれ設定した場合に就いて考える。この場合、運転者が1速(低速モード)から2速(高速モード)にシフトアップ変速操作を行うと、トロイダル型無段変速機が、一旦、1速の変速比を実現する為の、前記ロ点に対応する変速比から、低速モードでの最も高速側変速比(モード切換ポイント=低速用、高速用両クラッチの回転同期変速比=図10のイ点に対応する変速比=トロイダル型無段変速機としての最減速側変速比=最LOW変速比)まで、減速方向に変速する。そして、この図10のイ点でモード切換(高速用、低速用両クラッチの断接)を行ってから、前記トロイダル型無段変速機の変速比を、前記2速の変速比を実現する為の、前記ハ点に対応する変速比まで、増速方向に変速する。2速(高速モード)から1速(低速モード)にシフトダウンする場合には逆の動作で、前記モード切換ポイント(イ点)を通過して前記高速用、低速用両クラッチの断接を行って、前記2速(図10のハ点)から前記1速(図10のロ点)に変速(シフトダウン)する。
上述の様に、途中にモード切換ポイントが存在する1速と2速との間で変速する場合には、シフトアップ(1速→2速)、シフトダウン(2速→1速)の何れの場合でも、前記高速用、低速用両クラッチの断接させる為の制御が必要になる。この際、前記トロイダル型無段変速機の変速比が、最減速側(最LOW側)変速比まで調節された状態から、前記モード切換の為の制御(前記高速用、低速用両クラッチの断接制御)を開始した場合には、このモード切換の為の制御時間中、前記トロイダル型無段変速機の変速比を最減速側に保持したまま(最減速側で待機)にしなければならない(前述の図11に「※4」部分で示した待ち時間が必要になる)。この様な待ち時間が必要になる事は、前記1速と2速との間の変速に要する時間を長くする事に結び付き、これら1速と2速との間の変速に要する時間と、他の変速段同士の間の変速に要する時間との間に大きな差を生じる事になり、変速操作時に操作感が悪化する原因となる。
これに対して、請求項1に記載した発明によれば、モード切換の為に前記トロイダル型無段変速機の変速比を(図10のイ点に対応する最減速側変速比に)調節し始めるのと同時に、それまで接続を断たれていて、次に接続されるべきクラッチの接続作業を開始するので、前記操作感の悪化を低減できる。即ち、前記トロイダル型無段変速機の変速比の調節は、前記接続されるべきクラッチが前記無効ストローク分駆動される間に行う。そして前記トロイダル型無段変速機の変速比が、モード切換ポイントに対応する最減速側にまで調節された状態で、前記それまで接続されていなかったクラッチの接続を完了させる。従って、この状態で、前記トロイダル型無段変速機の変速比を前記最減速側に保持したままにする、前述の様な待ち時間は不要になり、このトロイダル型無段変速機の変速比が最減速側に調節された瞬間に、それまで接続されていたクラッチの接続を断ち、この変速比を直ちに増速側に向けて調節し始める事ができる。この結果、手動変速モードで運転中、目標変速比を実現する過程でモード切換が必要な場合であっても、素早く、この目標変速比を得られる。
一方、請求項2に記載した発明によれば、手動変速モードで、モード切換ポイントに対応する変速段(例えば前進第2速)を選択して走行中、運転者が更に減速側の変速段(例えば前進第1速)に変速する操作(シフトダウン変速)を行った場合に、車両の加速性能や減速性能を、運転者が要求する性能にまで、素早く変化させる事ができる。即ち、高速用、低速用両クラッチの断接による、モード切換制御時間によるタイムラグ感や、運転者が意図する様な加速感又は減速感が発生するまでの時間的遅れにより、運転者に与える違和感を低減乃至は解消できる。
即ち、請求項2に記載した発明の場合には、前述した特許文献3、6に記載された発明とは異なり、手動変速モードでモード切換ポイントに対応する変速段を選択した場合には、この変速段を常に低速モードで実現する様に構成したので、更に減速側の変速段(前進第1速)にシフトダウンする場合には、高速モードと低速モードとの間のモード切換は不要になる。即ち、このシフトダウンは、トロイダル型無段変速機の変速比を変えるのみで足りる事になる為、上述の様に、運転者に与える違和感を低減乃至は解消できる。
尚、前述した様に、特許文献3には、手動変速モードでモード切換ポイントに対応する変速段を選択した場合に高速モードに設定する構造が記載されているが、この様な構造では、シフトダウン変速時に、高速モードから低速モードへのモード切換が必要となり、上述の様な、違和感の低減乃至は解消を図れない。
又、請求項2に記載した発明の場合、手動変速モードを選択し、高速モードに対応する変速段(例えば前進第3速)で走行中、シフトダウン操作により、前記モード切換ポイントに対応する変速段(例えば前進第2速)を選択した場合には、初めにトロイダル型無段変速機の変速比をこのモード切換ポイントに対応する値に調節してから、高速モードから低速モードヘの切換を行う。この場合には、当然、モード切換時間は必要となる。但し、このモード切換動作の開始以前に、無段変速装置の変速比が運転者の意図する値(例えば前進第2速の変速比)に調節されており、運転者が意図する加速性能又は減速性能を得られる状況になっている為、その後にモード切換を行っても(モード切換時間が多少長くても)運転者に違和感を与える事はない。特に、シフトダウン操作は、シフトアップ操作とは異なり、危険回避の為に行う場合があり、安全の為に可能な限り素早く、変速動作を完了させる必要がある。この変速動作を素早く完了させれば、例えば危険回避の為に必要な加速性能、又は減速性能を得られて、運転者に安心感を与えられるだけで無く、ブレーキペダルの踏み込みにより制動力を発揮させるサービスブレーキの負担を軽減しつつ、必要とする制動力を確保できる。
尚、請求項2に記載した発明の様に、モード切換ポイントに対応する変速段を低速モードに設定すると、シフトアップ変速要求が行われた(例えば前進第2速から前進第3速に変速する)場合には、初めに低速モードから高速モードヘのモード切換が必要となる。モード切換中はトロイダル型無段変速機の変速比の調節は行えず、モード切換後に行う必要がある。この為、迅速に車両の加速性能を得る面からは多少不利になる。但し、危険回避動作の為の変速等を考慮した場合、シフトダウン時の時間を短くする要求は多いが、シフトアップ時の時間を短くする要求は少ない為、シフトアップ時に要する時間が多少長くなる事は、殆ど問題とはならない。
[実施の形態の第1例]
図1〜3は、請求項1、3に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。本例の無段変速装置では、図1に示す様に、変速比制御の為の制御器16に、ポジションスイッチ37及びアクセルセンサ34の信号等、前述した従来構造の場合と同様の信号に加えて、シフトセンサ35及び加速度センサ36の信号を入力している。上記ポジションスイッチ37は、図2に示した手動油圧切換弁32aが選択したシフトレバーの位置(前進、後退、ニュートラル、パーキング)を検出するもので、従来から知られている無断変速装置の場合も備えているのに対して、前記シフトセンサ35は、前記手動油圧切換弁32aにより手動変速モード(図2の手動油圧切換弁32a中のMポジション)が選択された場合に、パドルシフトレバー等の手動変速用の変速比切換装置により、何れの変速比(変速段)が選択されたかを検出する為のものである。又、前記アクセルセンサ34は、アクセルペダルの踏み込み量を検出するもので、前記加速度センサ36は、車両(車体)の加速度を検出するものである。
本例の無段変速装置は、図1〜2に示す様な構成を採用し、入力軸3と出力軸9との間の変速比を適切に調節する。即ち、運転者が前記手動油圧切換弁32aにより自動変速モード(図2の手動油圧切換弁32a中のDポジション)を選択した場合には、従来から広く知られている無段変速装置の場合と同様に、前記無断変速装置の変速比を、車速やアクセル開度等の車両状況に応じて最適な値に調節する。即ち、この場合には、前記制御器16が、図2に示した高速用、低速用両クラッチ用切換弁25、26を制御して、低速用、高速用両クラッチ7、8の断接状態を切り換える他、変速比制御ユニット15aへの圧油の給排状態を切り換えて、トロイダル型無段変速機4の変速比を制御する。この状態では、前記制御器16が適切と判断する変速比を実現して、運転者による変速動作を不要にし、運転者の負担軽減、延いては運転者の疲労軽減を図れる。これに対して、前記手動変速モードを選択した状態では、前記変速比切換装置により、予め設定した複数段の変速段のうちから、運転者が任意で変速比(変速段)を選択可能になる。
以上の構成及び作用に就いては、従来から広く知られている無段変速装置の場合と同様である。本例の無段変速装置の特徴は、運転者が前記手動油圧切換弁32aにより手動変速モードを選択している状態で、選択された目標変速比と現在の変速比である現状変速比との間に、前記低速モードと前記高速モードとの切換ポイントが存在する場合の動作にある。即ち、前記目標変速比が選択された事を検知した後、直ちに低速用クラッチ7と高速用クラッチ8との断接制御を開始する事で、前記目標変速比を得られるまでに要する時間の短縮を図る点にある。そこで、本例の特徴である前記動作に就いて、図3〜5を参照しつつ説明する。
本例の場合には、前記手動変速モードを選択した場合に、低速モードと高速モードとのモード切換ポイントが、1速と2速との間に存在する様に、変速比の段を設定している。
先ず、図3のフローチャートに示した様に、ステップ1で、変速制御が開始された(運転者が変速指令を出している)か否か、例えば、1速から2速にシフトアップする指令がなされたか否かを判定する。この判定は、前記シフトセンサ35から送られてくる信号に基づき、運転者がセレクトレバー操作を行ったか否かにより判定する。変速制御が開始されていない場合には、そのまま終了する。但し、前記ステップ1での判定では、運転者の変速要求のみではなく、例えばアンダーラン判定制御やオーバラン制御等、走行速度とエンジンの回転速度との関係で、選択された変速比(変速段)が不適切である場合に、運転者の意思に関係なく、強制的に変速する変速制御が開始された場合も、変速制御が開始されたとしても良い、但し、この様な強制的な変速は、運転者の意思と関係無く行われる為、運転者の違和感防止の面からは、特に素早い変速動作は必要としない為、以下に述べる様な、本例特有の制御を行う必要性は乏しい。
前記ステップ1で、変速制御が開始されたと判定した場合には、次のステップ2で、運転者が選択した目標変速比を実現する為に、前記低速モードと前記高速モードとの切換(モード切換)が必要であるか否かを判定する。
モード切換が不要である場合には、ステップ3に進み、クラッチ装置6(低速用、高速用両クラッチ7、8)の断接を行う事なく、トロイダル型無段変速機4の変速比を調整するのみで、前記目標変速比を実現する。
前記ステップ2で、モード切換が必要である場合には、ステップ4、5に進み、クラッチ装置6(低速用、高速用両クラッチ7、8)の断接を開始(それまで接続を断たれていたクラッチの接続作業を開始)すると同時に、前記トロイダル型無段変速機4の変速比調整を開始する。このトロイダル型無段変速機4の変速比の調整は、この変速比が、前記低速モードと前記高速モードとの切換ポイントに見合う変速比(トロイダル型無段変速機として最も減速側の変速比)に達するまで行う。そして、ステップ6で、前記トロイダル型無段変速機4の変速比が最も減速側の変速比(例えば0.44)に達したと判定した場合には、次のステップ7、8に進み、前記ステップ4以前に接続されていたクラッチの接続を断つと共に、前記トロイダル型無段変速機4の変速比を、前記目標変速比を得られる値に調節し、この目標変速比を得る為の制御を終了する。
これら一連の制御に伴う各部の動きを示した図4を、前述の図11と比較すれば明らかな通り、本例の様に、この図4の「※1」部分及び「※2」部分に示す様に、目標変速比が選択された事を検知した後、直ちに前記低速用クラッチと前記高速用クラッチとの断接制御を開始する事で、前記図4の「※3」に示した、クラッチ接続に要する時間遅れが、変速動作に要する時間の増大にそのまま足される事を防止して、前記目標変速比を得られるまでに要する時間の短縮を図れる。
尚、前記ステップ4で、前記低速用、高速用両クラッチ7、8が接続されているか否かは、これら両クラッチ7、8に付属の油圧室内の油圧により(油圧室内の圧力が接続するに足りる圧力であるか否かで)判定する事ができる。
又、図5は、低速モードから高速モードに切り換えるべく、それまで接続を断たれていた高速用クラッチ8を接続し、前記両クラッチ7、8が同時に接続されている時間を設定してから、それまで接続されていた低速様クラッチ7の接続を断つ状態を、前記油圧の変化により示している。低速モードから高速モードに切り換える場合、先ず、a点で制御器16から高速用クラッチ8を接続すべき旨の信号が送信され、破線で示す様に、この高速用クラッチ8に付属の油圧室内の圧力が上昇する。この圧力上昇は、クラッチ板の移動等の為、b部分(図4の「※3」部分に相当する)で一旦鈍る。この圧力上昇が鈍る部分が、動力を伝達する締結力は得られない、無効ストロークに対応する部分となる。前記油圧室内の圧力は、この無効ストロークに対応する部分を経過した後、急激に上昇し、この急激に上昇した部分cで、前記高速用クラッチ8が接続され始める。図5に示した例では、この高速用クラッチ8を接続すべき指令が出されてから、実際に両クラッチ7、8が接続されるまでの時間は、前記無効ストロークに対応する約0.3秒を含めて、約0.5秒必要であった。本発明の場合には、このうちの無効ストローク時間である約0.3秒の間に、前記トロイダル型無段変速機の変速比を、前記切換ポイントに見合う変速比に調節する為、前記無効ストローク時間である約0.3秒が、切換ポイントを挟む変速動作に要する時間に足される事が無くなる。要するに、この無効ストローク時間である約0.3秒分、変速動作に要する時間を短縮できる。
上述の様に本例の場合には、手動変速モードで走行中、運転者が変速操作を行った場合で、選択した目標変速比に変速する途中にモード切換ポイントが存在する場合に、運転者の変速操作(又は、目標変速比への変速制御開始)と同時に、それまで接続を断たれていたクラッチの接続を開始する。この為、当該クラッチに付属の油圧室内のピストンの作動遅れによる、高速用、低速用両クラッチが同時に接続されるまでに要する時間を短縮できる。この結果、手動変速モードでの素早いモード切換制御を、複雑な制御を行う事なく実現できて、運転者の違和感防止や、迅速な危険回避動作が可能になる。
尚、手動変速モード中のモード切換ポイントは1速と2速との間に限らず、2速と3速との間等、他の部分に設定する事もできる。
[実施の形態の第2例]
請求項2、3に対応する、本発明の実施の形態の第2例に就いて、図6〜7により説明する。尚、各部の構成は、上述した実施の形態の第1例と同様、前述の図1〜2の通りである。又、本例の場合には、2速を、モード切換ポイント(低速用クラッチと高速用クラッチとを断接させる状態での変速比)に設定している。
この様な本例の場合、先ず、ステップ1で変速モードスイッチの位置を読み込み、ステップ2で、現在の変速モードを判定する。このステップ2で、現在の変速モードが自動変速モードであると判定した場合には、ステップ3に移り、自動変速制御に応じた変速制御(モード切換の為のクラッチ制御及びトロイダル型無段変速機の変速比制御)を行う。
これに対して、前記ステップ2で、現在の変速モードが手動変速モードであると判定した場合には、ステップ4に移り、運転者の要求変速段を判定する。
このステップ4で、運転者が要求している変速段(要求変速段)が1速であると判定した場合には、ステップ5に移り、低速モードを維持しながら1速への変速制御を行う。即ち、本例の変速制御は、複数の変速段を1段ずつ変更する、所謂シーケンシャル変速で行う為、要求変速段が1速である場合には、現在の変速段は2速であり、モードは低速モードである。そこで、要求変速段が1速である場合には、モード切換の為のクラッチの断接は行わず、トロイダル型無段変速機の変速比を調節するのみで(そのまま低速モードを維持して)、前記1速の変速比を実現する。この変速動作は、クラッチ操作を必要としない為、素早く行える。
又、前記ステップ4で、要求変速段が「4速以上」であると判定した場合には、ステップ6、7に移り、高速モードを維持しながら、4速以上である要求変速段への変速制御を行う。変速制御は、上述の様にシーケンシャル変速で行う為、要求変速段が「4速以上」であると判定した場合には、現在の変速段は3速以上であり、モードは高速モードである為、要求変速段への変速の為、モード切換は不要である。この為、要求変速段が1速である場合と同様に、モード切換の為のクラッチの断接は行わず、トロイダル型無段変速機の変速比を調節するのみで、前記4速以上の変速比を素早く実現できる。
これに対して、前記ステップ4で、要求変速段が2速又は3速であると判定した場合には、ステップ8に移り、現在の変速段を判定する。
このステップ8で、現在の変速段が1速であると判定した場合には、運転者は2速へのシフトアップを要求していると考えられる。この2速も、前記1速と同様、低速モードで実現する変速段であるから、ステップ9で、トロイダル型無段変速機の変速比を調節するのみで、前記2速の変速比を素早く実現できる。
又、前記ステップ8で、現在の変速段が2速であると判定した場合には、前記ステップ4との関連で、運転者が2速から3速へのシフトアップを要求していると考えられる。そこで、ステップ10→ステップ11→ステップ12に示す様に、低速モードで実現している2速から、高速モードで実現する3速ヘの、変速制御を開始する。この変速制御は、モード切換を伴うものであり、本例の場合には、それまで接続を断たれていた高速用クラッチを接続し、高速用、低速用両クラッチを同時に接続した後、それまで接続していた低速用クラッチの接続を断つ事で、高速モードへの切換を完了する。低速モードから高速モードへの切換を完了するまで、前記トロイダル型無段変速機の変速比は変えず、高速モードへの切換完了後、このトロイダル型無段変速機の変速比を調節して、前記3速へのシフトアップ変速を行う。この様にして行う、2速から3速へのシフトアップの際には、モード切換に伴う、変速タイムラグはあるが、シフトダウンの場合に同様のタイムラグを生じる場合に比べて、運転者に与える違和感は少なくて済む。
更に、前記ステップ8で、現在の変速段が3速であると判定した場合には、前記ステップ4との関連で、運転者が3速から2速へのシフトダウンを要求していると考えられる。そこで、ステップ13→ステップ14→ステップ15に示す様に、高速モードで実現している3速から、低速モードで実現する2速ヘの、変速制御を開始する。この変速制御では、先ず、ステップ13で、前記トロイダル型無段変速機(バリエータ)の変速比を調節して、無段変速装置の変速比を2速に変更する。ステップ14で2速へのシフトダウン変速が完了したと判定されるまで、高速モードを維持する。即ち、切換ポイントに見合う変速比まで、高速モードのまま変速する。そして、前記ステップ14で2速へのシフトダウン変速が完了したと判定したならば、それまで接続されていなかった低速用クラッチを接続してから、それまで接続されていた高速用クラッチの接続を断つ。この結果、前記2速が、低速モードで実現された状態となる。
この様にして3速から2速へのシフトダウンを行えば、モード切換に伴うタイムラグなしに、3速から2速へのシフトダウンを素早く行える。
本例の無段変速装置は、以上に述べた様に作用するので、複雑な制御を行わずに、手動変速モードで走行中にシフトダウン変速を行う場合、何れの変速段同士の間でのシフトダウンにしても、モード切換に基づく時間遅れを生じる事なく、素早く要求変速段の変速比を得られる。