JP2010010668A - 軟磁性体 - Google Patents

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Abstract

【課題】 本発明の解決すべき課題は、優れた磁気特性とともに成形性に優れた軟磁性・強磁性体を提供することにある。

【解決手段】 金属ガラス粉が溶射により積層された、下記特性を有する軟磁性体。
保磁力:150A/m以下
酸素濃度:0.3質量%以下
鉄濃度:30質量%以上
金属ガラスの過冷却液体温度領域ΔTx:30℃以上
【選択図】 図7

Description

本発明は軟磁性体、特に金属ガラスを主成分とする軟磁性・強磁性体の改良に関する。
最近、電子デバイスの小型化の進展が著しく、そのため近年においては数MHz−GHzという高い周波数の使用に耐えうる高性能な材料が求められている。例えば、現在電源トランスなどで最も多く用いられている材料として、Mn−Zn系フェライトが挙げられるが、この材料は100KHz程度の低周波域においては高透磁率かつ低損失であり、磁心材料として優れた特性を有するが、高周波領域になると損失が大きくなり、特性が低下してしまう。
以上のような要求に答える材料として金属ガラスが注目されている。
例えば、金属ガラス粉の焼結体からなる軟磁性材(特許文献1)、金属ガラスリボンをトロイダル状に巻回した積層鉄心(特許文献2)、或いは金属ガラス粉末を溶射により筒状体に積層させて得た鉄心(特許文献3)などが知られている。
しかしながら、金属ガラス自体は優れた磁気特性を有するものの、圧粉成形体、或いは焼結体としたような場合には磁気特性の低下が認められ、またリボン(箔材)を用いた場合には適用形状等の面で限界があり、金属ガラスが本来有する優れた磁気特性を発揮できないでいた。
特開2004−204296号公報 特開平11−74110号公報 特開2007−12999号公報
本発明は前記従来技術に鑑みなされたものであり、その解決すべき課題は優れた磁気特性とともに成形性にも優れた軟磁性・強磁性体を提供することにある。
前記目的を達成するために本発明にかかる軟磁性体は、
金属ガラス粉が溶射により積層された、下記特性を有するものである。
保磁力:150A/m以下
酸素濃度:0.3質量%以下
鉄濃度:30質量%以上
金属ガラスの過冷却液体温度領域ΔTx:30℃以上
また、前記軟磁性体において、酸素濃度が0.2質量%以下であり、且つ保磁力100A/m以下であることが好適である。
また、前記軟磁性体において、金属ガラスがFe・Si・B・P系であり、Pはガラス形成能を高める元素として含まれることが好適である。さらに、金属ガラスがFe・Si・B・P・C系であり、Cはガラス形成能を補助的に高める元素として含まれることが好ましい。ここで、金属ガラスはFe76Si5.79.53.8であることが好適である。
また、前記軟磁性体において、金属ガラスはFe・Si・B・P・C・M系であり、溶射による酸化を防止するための酸化防止元素としてMを含み、前記MはCr、Nb、Ta、W、Ni、Co、Hf、Moのいずれかの元素であることが好適である。さらには、金属ガラスがFe76―XSi5.79.53.8であり、Xが0.5以上、10以下であることが好適である。
また、前記軟磁性体において、被膜厚は50μm以上であることが好適である。
また、軟磁性体は、高速フレーム溶射法もしくはプラズマ溶射法で形成されていることが好ましい。
以上説明したように本発明によれば、金属ガラス溶射成形体中の酸素濃度を低下させることにより、優れた磁気特性を得ることができる。
図1は金属ガラス溶射法の概念図である。 図2はガスアトマイズにより作成した金属ガラス溶射用粉体の説明図である。 図3は溶射用粉体のXRD図である。 図4は溶射被膜の断面図である。 図5は溶射被膜と溶射用粉体のXRD図である。 図6は溶射被膜のDSC図である。 図7は溶射被膜中の酸素濃度と保磁力の相関の説明図である。
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
1.金属ガラス
1960年代に開発されたFe−P−C系の非晶質合金以降、多くのアモルファス合金が製造され、例えば(Fe,Co,Ni)−P−B系、(Fe,Co,Ni)−Si−B系非晶質合金、(Fe,Co,Ni)−M(Zr,Hf,Nb)系非晶質合金、(Fe,Co,Ni)−M(Zr,Hf,Nb)−B系非晶質合金などが知られている。これらは磁性を有しているので、非晶質磁性材料としての応用が期待されてきた。
しかしながら、従来のアモルファス合金は何れも単ロール法と呼ばれる方法などにより10K/sレベルの冷却速度で急冷しなければ非結晶質が形成できず、上記の単ロール法などで急冷して製造されたものは厚さが50μm以下程度の薄帯状のもので、バルク形状の非晶質固体を得ることはできなかった。また、この薄帯を粉砕し、焼結することにより得られた焼結体は多孔質であり、熱サイクル、衝撃に対して不安定で結晶化が進むという問題があるため、過酷な条件下で使用される場合には適用に限界があり、また磁気特性も十分とはいえないものが多い。
これに対して、近年、過冷却液体温度領域の温度幅が比較的広く、金属溶融体を0.1〜100K/s程度のゆっくりとした冷却速度で冷却しても、過冷却液体状態を経過してガラス相(アモルファス相)に凝固する合金が見い出され、これらは金属ガラスあるいはガラス合金(glassy alloy)と呼ばれて、従来のアモルファス合金とは区別されている。
金属ガラスは、(1)3元系以上の金属からなる合金で、且つ(2)過冷却液体温度領域を有する合金と定義されており、耐食性、耐摩耗性等に極めて高い性能を有し、また構成元素によっては優れた磁気特性を有し、さらにより緩慢な冷却によってアモルファス固体が得られるなどの特徴を有する。最近では、金属ガラスはナノクリスタルの集合体との見方もされており、金属ガラスのアモルファス状態における微細構造は従来のアモルファス金属のアモルファス状態とは異なると考えられている。
金属ガラスは、加熱時に、結晶化前に明瞭なガラス遷移と広い過冷却液体温度領域を示すことが特徴である。
すなわち、金属ガラスをDSC(示差走査熱量計)を用いてその熱的挙動を調べると、温度上昇にともない、ガラス転移温度(Tg)を開始点としてブロードな広い吸熱温度領域が現れ、結晶化開始温度(Tx)でシャープな発熱ピークに転ずる。そしてさらに加熱すると、融点(Tm)で吸熱ピークが現れる。金属ガラスの種類によって、各温度は異なる。TgとTxの間の温度領域△Tx=Tx−Tgが過冷却液体温度領域であり、△Txが10〜130℃と非常に大きいことが金属ガラスの一つの特徴である。△Txが大きい程、結晶化に対する過冷却液体状態の安定性が高いことを意味する。従来のアモルファス合金では、このような熱的挙動は認められず、△Txはほぼ0である。
金属ガラスでは過冷却液体状態の安定性が高い。このため、溶融状態から融点以下に冷却されても凝固せずに過冷却液体状態として安定に存在し得る時間が長く、冷却速度が比較的遅くても結晶化せずに過冷却液体状態のままガラス遷移温度まで冷却することができ、その結果、アモルファス固体(ガラス固体)として凝固する。
これに対して、従来のアモルファス合金では、過冷却液体状態の安定性が非常に低く、融点以下で凝固せずに過冷却液体状態で存在し得る時間は非常に短い。このため、溶融状態から非常に急速にガラス遷移温度以下にまで冷却しなければ結晶相を生じて凝固してしまう。従来のアモルファス合金において、アモルファス固体は薄帯状、線状、粉状などでしか得られない。
過冷却液体が安定化するための組成に関しては、(1)3成分以上の多元系であること、(2)主要3成分の原子径が互いに12%以上異なっていること、及び(3)主要3成分の混合熱が互いに負の値を有していること、が経験則として報告されている(ガラス合金の発展経緯と合金系:機能材料、vol.22,No.6,p.5−9(2002))。
また、金属ガラスとしては、1988年〜1991年にかけて、Ln−Al−TM、Mg−Ln−TM、Zr−Al−TM(ここで、Lnは希土類元素、TMは遷移金属を示す)系等が見出されたのをはじめとして、最近までに数多くの組成が報告されている。
例えば、特開平3−158446号公報には、過冷却液体温度領域の温度幅が広く、加工性に優れるアモルファス合金として、XAl(X:Zr,Hf、M:Ni,Cu,Fe,Co,Mn、25≦a≦85、5≦b≦70、0≦c≦35)が記載されている。
本発明において用いる金属ガラスの種類は、目的に応じて適宜選択可能であるが、△Tx=Tx−Tg(ただしTxは結晶化開始温度、Tgはガラス遷移温度を示す)の式で表される過冷却液体温度領域の温度間隔△Txが30℃以上である金属ガラスが好適に用いられる。△Txが30℃より小さい場合には、金属ガラス層の緻密性やアモルファス相の生成に悪影響を与える。
このような金属ガラスとしては、メタル−メタロイド(半金属)系金属ガラス合金、メタル−メタル系金属ガラス合金、ハード磁性系金属ガラス合金などが挙げられる。
メタル−メタロイド系金属ガラス合金は、△Txが35℃以上、組成によっては50℃以上という大きな温度間隔を有していることが知られている。本発明において、さらには△Txが40℃以上の金属ガラスが好ましい。
金属元素としてFeを含有するメタル−メタロイド(半金属)系金属ガラス合金としては、例えばFe以外の他の金属元素と半金属元素(メタロイド元素)とを含有してなり、金属元素としてAl、Ga、In、Snのうちの1種または2種以上を含有し、半金属元素として、P、C、B、Ge、Siのうちの1種または2種以上を含有するものなどが挙げられる。
メタル−メタル系金属ガラス合金の例としては、Fe、Co、Niのうちの1種又は2種以上の元素を主成分とし、Zr、Nb、Ta、Hf、Mo、Ti、Vのうちの1種又は2種以上の元素とBを含むものが挙げられる。
本発明においては、常温で強磁性を示す物質を多く含む金属ガラスであることが必要であり、常温で強磁性を示す物質としては鉄、コバルト、ニッケル、ガドリニウム等が挙げられる。このうち、金属ガラスの形成が容易であること、原料入手の容易性を考慮すると、その主成分として少なくともFe、Co、Niのいずれかひとつの原子を30〜80原子%の範囲で含有することが好適である。さらに、VIa族元素(Cr,Mo,W)を10〜40原子%、IVb族元素(C,Si,Ge,Sn)を1〜10原子%の範囲で、各グループから少なくとも1種類以上の金属原子を組み合わせてもよい。また、鉄族元素に、目的に応じて、Ca,B,Al,Nb,N,Hf,Ta,Pなどの元素が10原子%以内の範囲で添加されてよい。これらの条件により、高いガラス形成能を有することになる。特に、Fe・Si・B系の金属ガラスには、ガラス形成能を高める元素としてPが含まれることが好適であり、また、ガラス形成能を補助的に高める元素としてCが含まれることが好ましい。
また、特に金属ガラスの成分元素として、Feを多く含有することで強磁性材料の基本的特性である飽和磁化(Js)は飛躍的に向上する。金属ガラス中のFe含有量としては、30〜80原子%が好適である。Feが30原子%より少ない場合では磁気特性が十分に得られず、また、80原子%より多い場合では金属ガラスの形成は困難である。
上記の金属ガラス組成は非常に優れた強磁性と高い強度を示すとともに、安定なアモルファス相の金属ガラス層を形成することができる。
2.溶射
溶射は、燃焼炎または電気エネルギーを用いて線状、棒状、粉末状などの溶射材料を加熱し、その溶射粒子を基材表面に吹き付けて被膜を形成する方法であり、大気圧プラズマ溶射、減圧プラズマ溶射、フレーム溶射、高速フレーム溶射(HVOF)、アーク溶射、コールドスプレーなどがある。例えば、高速フレーム溶射では、ガスフレーム内に溶射材料粉末を投入して粉末粒子を加熱及び加速する。また、近年においては、作動ガスを高圧で送給することにより高速フレーム溶射に匹敵する粒子飛行速度が得られる大気圧プラズマ溶射も開発されている。
本発明においては、高速フレーム溶射などの高速溶射プロセスが高密度アモルファス相被膜を得る上で特に優れている。
また、過冷却液体温度領域が比較的低温な金属ガラス合金においては、コールドスプレーも利用できる。
図1は、高速フレーム溶射(HVOF)装置の一例の概略図である。同図に示すように、HVOF装置は溶射ガン10を備え、該溶射ガン10の基部(図中左方)から燃料パイプ12及び酸素パイプ14を介してそれぞれ燃料及び酸素が供給され、溶射ガン10のフレーム端(図中右方)には高速の燃焼炎(ガスフレーム)16が形成される。そして、この溶射ガン10のフレーム端に近接して溶射材料供給パイプ18が設けられ、該パイプ18から溶射材料粉末が搬送ガス(Nガスなど)により圧送供給される。
パイプ18により供給された溶射材料粉末粒子は、ガスフレーム16中で加熱及び加速される。この加熱粒子(溶射粒子)20は高速で基材22の表面に衝突し、基材表面で冷却されて凝固し、偏平なスプラットを形成する。このようなスプラットの堆積により、溶射被膜24が形成される。
燃料としては、灯油、アセチレン、水素、プロパン、プロピレン等を用いることができる。
一般的な基材としては、鉄、アルミニウム、ステンレスなどの汎用金属、セラミックス、ガラス、ポリイミドなど一部の耐熱性プラスチックがあるが、特に銅、ステンレスなどの耐熱性、熱容量、熱伝導の高い金属材料が本発明には好適である。また、アルミニウムやマグネシウム、それらの合金など、比重が3.0以下の軽金属も使用できる。
また、基材は、溶射被膜との接合性を高めるために、通常はブラスト処理など公知の方法により基材表面の粗面化処理を施して使用する。
3.金属ガラス積層体
本発明の金属ガラス積層体は、基材表面にアモルファス相の金属ガラス層が形成されたものであり、金属ガラス層には層を貫通する連続空孔(ピンホール)がない。このような緻密なアモルファス金属ガラス層により、優れた磁気特性を得ることができる。空孔が大量に存在する場合には磁気特性に悪影響を与える恐れがあり、また耐食性、耐磨耗性等の機能の点からも不利である。金属ガラス層の厚みは1μm以上、好ましくは50μm以上である。厚み上限は特に制限されず、目的に応じて決定できる。
本発明においては、金属ガラス粒子の少なくとも一部が過冷却液体状態で基材表面において凝固及び積層することにより、基材表面に金属ガラス層を形成することが好適である。
金属の被膜形成方法としては圧着、めっき、蒸着などがあるが、本発明の金属ガラス積層方法としては、特に溶射が好適である。溶射は、過冷却液体状態での成膜制御性に優れる。
過冷却液体状態とは、一般的に溶融体が融点以下となっても凝固せずにいる状態を指す。金属ガラスは、10〜130℃という幅広い過冷却液体域ΔTxを持ち、この温度域においては高い粘性流動を示す。通常溶射では、溶射ガンのノズルから溶射粒子が射出され、一旦融点以上の溶融状態に加熱融解される。本発明では、金属ガラス溶射粒子が飛行中に基材に衝突変形し付着して冷却されてゆく過程で、融点以下の温度領域で低い粘性状態を保持した過冷却液体状態を経て、凝固する。加熱温度が結晶化開始温度以下の温度領域であれば、冷却速度に大きく影響されることなく、安定にアモルファス状態で凝固する。
また、前記DSC測定でも見られるように、アモルファス相の金属ガラスは加熱過程においても過冷却液体状態となることができる。
過冷却液体状態では、成膜過程での温度変化、圧力、流動などの条件に鈍感で、凝固のための冷却速度の影響もほとんど受けず、広範囲の条件でアモルファス相の金属ガラス層(X線回折ハローパターンにより確認される)を得ることができる。
過冷却液体状態では、金属ガラスは粘性流動を示し、粘性が低い。このため、過冷却液体状態にある金属ガラスが基材表面に衝突すると、瞬時に薄く潰れて基材表面に広がり、厚みが非常に薄い良好なスプラットを形成することができる。そして、このようなスプラットの堆積により、気孔が非常に少ない緻密な膜を形成することができる。
また、スプラットは過冷却液体状態のまま冷却されるので、結晶相を生成せず、アモルファス相のみが得られる。
また、一般に大気中での溶射の場合、溶射材料の酸化物が被膜中に含まれてしまい、被膜の特性に悪影響を及ぼすが、過冷却液体状態で衝突させれば、大気中で溶射したとしても酸化の影響がほとんどない。
従って、本発明の方法によれば、均一な金属ガラスのアモルファス固体相からなり、且つ気孔がほとんどない緻密な被膜を溶射により得ることができ、基材の表面改質(耐摩耗性、耐熱性、耐食性など)、クラッド材としての高機能化、傾斜機能材料の作成等に非常に有用である。
このように、本発明においては、金属ガラス粒子の少なくとも一部が過冷却液体状態で基材表面に衝突させることが好ましいが、金属ガラス粒子の表面が溶融状態であると、金属ガラス層の気孔がより少なくなる傾向が認められる。溶射のような急熱プロセスにおいては溶射粒子の表面のみが溶融状態あるいは過冷却液体状態となる場合もある。
よって、本発明においては、金属ガラス粒子の少なくとも一部が溶融状態あるいは過冷却液体状態で基材表面において凝固及び積層することにより、基材表面に金属ガラス層を形成することができる。
ただし、溶射粒子が溶融状態となると、金属ガラス層に結晶相および酸化物が含まれやすくなる傾向があるので、注意を要する。金属ガラス層の結晶化率が20%程度であれば、耐食性や耐磨耗性などに影響は少ないが、10%以下であることが好ましい。結晶化率は、DSCにより結晶化開始温度(Tx)の発熱ピークの面積を測定することで求めることができる。
溶射被膜には、金属ガラス粒子が基材表面に衝突した際のスプラット(衝突後の溶射粒子の基材表面における形状)のモルフォロジーが反映される。
金属ガラス層の断面や表面(基材側あるいは非基材側)を電子顕微鏡等で観察した場合、円形〜楕円形に薄くつぶれたスプラットの積層が金属ガラス層中に認められる。これは、金属ガラス粒子が過冷却液体状態で基材表面に衝突したものと考えられる。
また、円形〜楕円形に薄くつぶれたコアを中心部に有し、コアの周囲には別の薄く広がるスプラッシュ様部分を有するスプラットの積層が認められることもある。これは、金属ガラス粒子の表面が溶融状態であり、中心部が過冷却液体状態で基材表面に衝突したものと考えられる。
一般に溶射は、めっきや蒸着などに比べて厚い被膜(100μm以上)を得ることができ、耐食性、耐摩耗性、耐熱性、その他各種機能性を賦与するために溶射が応用されているが、金属の溶射被膜では気孔が多く、そのため耐食性用途においては主として犠牲陽極タイプの被膜形成にしか用いることができず、化学プラント等の過酷な腐食環境での使用は困難であった。
これに対して、本発明の溶射被膜は極めて緻密であり、従来の溶射における問題点をも解決するものである。
例えば、特開昭61−217568号公報にはプラズマ溶射法により、アモルファス金属製品を不活性ガス中で形成する方法が、特開平05−195107号公報にはプラズマ溶射を使った遷移金属の炭化物、窒化物を基材に形成する方法が開示されている。これにより引っ張り強度の高いアモルファス金属が生成する。しかしアモルファス金属は基材表面で急冷されることにより生成するため生産性は安定せず、また徐冷では結晶化するという問題がある。
また、特開昭63−4031号公報には、まずメカニカルアロイングにより原料をアモルファス化し、それを熱間押し出しすることによりアモルファス状態を維持する方法が開示されている。しかしこの方法でも熱間押し出しなどの徐冷では結晶化を免れない。
これに対して、特開平8−176783号公報にはメカニカルアロイングにより鉄、ニッケル、コバルトのいずれか少なくとも一種を含むアモルファス粉末原料を調製し、これを溶射することにより成膜する方法が開示されている。大きな改善は期待されるものの、これもまた溶射により基板表面での急冷によりアモルファス層の形成を行っており、溶射層が積層する場合には急冷が困難であり、緻密膜の形成及び界面における接合は十分とは言えない。
また、大坪ら(日本溶射協会2003年全国大会(秋)、37〜38頁)にはFe−Cr−Mo−(C,B,P)合金でのアモルファス溶射被膜の生成が開示されている。しかし、これらは基材との接合を目的としているものではなく、基材や緻密なアモルファス相溶射被膜が生成する条件等についてもなんら開示されていない。
本発明においては、アモルファス相の金属ガラス粒子を原料として使用する。
金属ガラス粒子の形状は特に限定されるものではなく、板状、チップ状、粒状、粉体状などが挙げられるが、好ましくは粒状あるいは粉体状である。金属ガラス粒子の調製方法としては、アトマイズ法、ケミカルアロイング法、メカニカルアロイング法などがあるが、生産性を考慮すればアトマイズ法によって調製されたものが特に好ましい。
金属ガラス粒子の粒子径は、最大粒子径が80μm以下、さらには50μm以下であることが好適であり、平均粒子径としては0.1〜20μmが好適である。粒子径が微細であるほど被膜は均質なものとなるが、溶射ノズルなどへの供給等の点では粉体の流動性が悪くなり、作業性、生産性に劣る。また、粒子径が大きすぎると積層が困難となったり、高品位な溶射被膜が得られなかったりすることがある。
金属ガラスとして、特に過冷却液体温度領域△Txが30℃以上の金属ガラスを用いることにより、緻密でピンホールのないアモルファス相の金属ガラス層を形成することができる。生成した金属ガラス層の気孔率としては、2%以下とすることができる。気孔率が2%を超えると、耐食性等に悪影響を及ぼす。気孔率については、金属ガラス層の任意の断面を画像解析し、気孔の最大面積率を気孔率として採用することができる。
また、本発明の金属ガラス層の密度は、金属ガラス真密度の80〜100%である。
良好な金属ガラス皮膜を溶射で得るには、高速な溶射プロセスを用いることが第一の要件となる。つまり、粒子の飛行速度が小さいと、フレーム内の滞留時間が長くなり、溶射粒子が過度に加熱されて溶解してしまうおそれがある。従って、飛行速度を高速にすることでフレーム内の滞留時間を短くすることができ、溶射粒子を溶解させないで過冷却域の温度のまま積層させることができる。本実施形態では、高速フレーム溶射およびプラズマ溶射のいずれの方法であっても、過冷却状態を維持できる範囲の滞留時間となるように、溶射粒子の飛行速度および溶射距離の条件を設定している。
なお、従来の一般的なプラズマ溶射法によって金属ガラス皮膜を形成する場合、第一の要件を満足する粒子速度を得ることが困難だった。しかし、発明者らは、高圧の作動ガスを利用することで溶射粒子を高速にできる大気圧プラズマ溶射に着目し、大気圧プラズマ溶射によって金属ガラス皮膜が形成できることを確かめた。
以上の第一の要件を満たした上で、溶射皮膜の酸化を抑えること(第二の要件)が重要となるが、酸化防止の面では、高速フレーム溶射よりも、燃焼フレームを用いないプラズマ溶射、つまり高速なプラズマ溶射の方が優れている。
本発明においては、基本的には基材への緻密膜の密着積層であるが、様々な形状の軟磁性体を製造することもできる。
例えば、基材表面にマスキングをして非マスキング部分にのみ金属ガラス層を形成すれば、基材表面に金属ガラス層をパターン化して形成することができる。
また、基材表面に凹凸形状を形成し、この表面に金属ガラス層を形成することもできる。
また、後述するように、基材表面に金属ガラス層を形成した後、プレス等により金属ガラス層表面に凹凸形状や鏡面を転写形成することもできる。
このように、溶射条件を調整したりマスキングや加工を施すなどしたりして、様々な形状やパターンを有する金属ガラス軟磁性体を得ることができる。
このような本発明の軟磁性体は、各種用途への使用が可能である。例えば、磁気シールドやトランス、インダクタ、チョークコイル、モータ等のコア材、磁気ヘッド、磁気センサ、微小電気機械システム(MEMS)の駆動素子などへの応用が可能である。
また、基材表面に予め凹凸パターンを加工しておくことにより、積層体の接合強度やクラッド材としての特性を変化させることも可能である。
さらに、本発明の金属ガラス積層体から基材を除去することにより、アモルファス相の金属ガラスバルク体からなる軟磁性体を得ることができる。
基材除去は、溶解や切削など公知の方法により可能であるが、基材と金属ガラス層との密着を予め阻害しておけば、積層体から基材を容易に剥離することができる。例えば、基材表面を鏡面近くまで平滑にしておくと、積層体にわずかな衝撃を加えだけで容易に基材を剥離することができる。また、基材と金属ガラスとの線膨張率の差などを利用して剥離することもできる。また、所定パターンの凹凸形状を基材表面に有する基材を用いて金属ガラスバルク体を製造すれば、凹凸形状が寸法精度よく転写されるので、金型として使用することも可能である。また、金属ガラスバルク体にもプレス等により凹凸形状や鏡面を転写形成することができる。
本発明においては、アモルファス金属ガラス層の厚膜化、大面積化が可能で、所望の厚さや大きさの金属ガラス層を形成することができる。よって、様々な形状、複雑な形状の金属ガラス積層体ならびに金属ガラスバルク体を容易に得ることができる。
溶射原料はガスアトマイズ法で作成したFe76Si5.79.53.8金属ガラス粉末を用いた。溶射粉末のSEM写真を図2に、またそのXRD測定結果を図3に示す。これらの結果より、溶射粉末は真球に近く、また金属ガラスとしての性質を示していた。
溶射被膜はHVOF装置を用いて作成した。厚さ約300μmのFe76Si5.79.53.8被膜は、約50×50×5mmのアルミニウム基板上に作成した溶射被膜を剥離して作成した。溶射被膜の構造(相同定)、断面ミクロ組織は、それぞれX線回折装置(XRD)、光学顕微鏡で調べた。
この結果、Fe76Si5.79.53.8溶射被膜は気孔がほとんどなく緻密なものであった(図4参照)。この溶射被膜の構造は、図5に示すように結晶の析出を示す回折ピークが見られず、また、図6に示すDSCの結果を参照しても、単相のガラス相であった。
さらに、直流4端子法にて測定した電気抵抗から比抵抗を求めた。溶射被膜の電気抵抗率は約3×10−6Ωmであり、リボン材の約3倍であった。これは溶射被膜中の酸化物が影響していると考えられる。
次に本発明者らは溶射方法および溶射材料組成の条件を変えて、各種溶射被膜(試料1〜8)を作成し、その被膜中の酸素濃度と保磁力の関係について検討した。
溶射装置には、HVOF溶射装置およびプラズマ溶射装置を用いた。各溶射条件は以下の通りである。
<HVOF溶射条件>
HVOF溶射装置:PRAXAIR/TAFA社製 JP-5000
粉末搬送ガス :N2
燃料 :灯油(流量6.0GPH)
酸素流量 :1800SCFH
溶射粒子飛行速度:300m/sec以上
溶射距離 :355mm(溶射ガン先端から基材表面までの距離)
溶射ガン移動速度:600mm/sec
<プラズマ溶射条件>
プラズマ溶射装置:Sulzer Metco社製 3電極プラズマTriplexPro-200
電流 :450A
電力 :57kw
使用プラズマガス:Ar、He
溶射粒子飛行速度:300m/sec以上
溶射距離 :100mm(溶射ガン先端から基材表面までの距離)
溶射ガン移動速度:600mm/sec
本発明者らは、基材からはがした溶射皮膜の各試料について、10mm角に加工した後、熱処理を行い、VSM等の磁気測定および酸素濃度測定の各試料として用いた。熱処理条件は真空炉にて450℃x1時間、炉冷である。なお、酸素濃度は、非分散赤外線吸収法により測定した。また、皮膜の磁気特性は振動試料型磁力計(東栄工業社製 VSM)、直流型BHトレーサー(理学電子社製 BHH−50)で調べた。さらに、皮膜の密度測定ではHe置換型密度測定装置(島津製作所製 Accupyc1330)を用いた。
結果を次の図7に示す。
同図より明らかなように、皮膜中の酸素濃度が保磁力に明らかに影響を与えており、特に好ましい保磁力150A/m以下とするためには、酸素濃度は0.3質量%以下であることが必要であった。さらに酸素濃度を0.2質量%以下にすることで、保磁力を100A/m以下にできることが明らかとなった。
詳細に検討を行った結果を各条件とともに次の表1、2に示す。ここで、試料1、2は、Fe・Si・B・P・C系の金属ガラスであり、ガラス形成能を高める元素としてPを含み、また、ガラス形成能を補助的に高める元素としてCを含んでいる。試料3〜8は、Fe・Si・B・P・C・M系の金属ガラスであり、溶射による酸化を防止するための酸化防止元素としてM(M=Cr、Nb、Ta、W、Ni、Co、Hf、Mo)を含んでいる。具体的には、Fe76―XSi5.79.53.8の金属ガラスであり、元素Mの質量%であるXが0.5以上、10以下の範囲に設定されている。
表1、2からも明らかなように、本発明にかかる軟磁性体のうちFe76Si5.79.53.8金属ガラス(試料1、2)については、溶射方法に関わらず飽和磁化(Js)がリボン材(1.44T)とほぼ同等であり、溶射による飽和磁化の著しい低下は認められなかった。
一方、軟磁性体のうち酸化防止元素Mを含むFe・Si・B・P・C・M系の金属ガラス(試料3〜8)については、いずれも高い飽和磁化を維持することが確認できた。
また、高周波特性に影響するパラメータのひとつである保磁力(Hc)については、リボン材(1.2A/m)と比較しやや上昇する傾向にあるが、図7にも示すように、これは溶射膜中の酸素濃度に起因すると考えられる。そして、高速フレーム溶射法でこの酸素濃度を0.3質量%以下とすることにより、保磁力についても150A/m以下を達成することができる。さらには、燃焼フレームを用いない高速なプラズマ溶射法により、酸素濃度を0.2質量%以下とすることで、保磁力を100A/m以下にすることができる。
さらに、高周波特性、特にトランスなどのエネルギー損失のひとつである渦電流を低減するための電気抵抗値については、溶射皮膜のほうがリボン材(1.0×10−6Ωm)と比較し3倍程度高くなる傾向にある。
以上のように本発明にかかる軟磁性体によれば、飽和磁束密度を低下させることなく、比較的低い保磁力、高い電気抵抗を得ることができる。これらの特性は溶射条件の変更により調整可能であり、各種の軟磁性体特性を得ることが可能となる。
このように本発明によれば、任意の母材(特に磁性材料)に軟磁性金属ガラスを溶射により50μm以上積層し、積層軟磁性体を形成することができる。そして、母材形状により、軟磁性体の形状を任意に変更することができ、母材の形状をあらかじめ整形してから溶射する、あるいは母材の平面や滑らかな曲面に溶射してプレス整形することも可能である。本発明の軟磁性体は、磁気シールド材やトランス、インダクタ、チョークコイル、モータ等のコア材、磁気ヘッド、磁気センサ、微小電気機械システム(MEMS)の駆動素子など、さまざまな用途に適用可能である。
また、溶射法はスパッタ法に比較し厚膜が作成しやすく、磁性厚膜コーティングが必要な母材に対して施工することができる。焼結法にくらべても、安価な材料上に磁性材料を溶射すればよく、材料のコスト削減を図ることができる。この点、焼結法では、母材上に焼結体を形成することは、接合の困難性から難しく、実用的ではない。
さらにリボン材を巻回しトロイダルコアを作成する場合と比較しても、工程が簡易化され、しかも大面積に施工が可能であり、製造効率が高い。
磁気特性あるいは密度は、焼結体にくらべて同等以上のものが作成可能であり、実用性はきわめて高い。
10 溶射ガン
16 ガスフレーム
20 溶射粒子
22 基材
24 溶射被膜

Claims (9)

  1. 金属ガラス粉が溶射により積層された、下記特性を有する軟磁性体。
    保磁力:150A/m以下
    酸素濃度:0.3質量%以下
    鉄濃度:30質量%以上
    金属ガラスの過冷却液体温度領域ΔTx:30℃以上
  2. 請求項1記載の軟磁性体において、酸素濃度が0.2質量%以下であり、保磁力が100A/m以であることを特徴とする軟磁性体。
  3. 請求項1及び2記載の軟磁性体において、前記金属ガラスはFe・Si・B・P系であり、Pはガラス形成能を高める元素として含まれることを特徴とする軟磁性体。
  4. 請求項3記載の軟磁性体において、前記金属ガラスはFe・Si・B・P・C系であり、Cはガラス形成能を補助的に高める元素として含まれることを特徴とする軟磁性体。
  5. 請求項4記載の軟磁性体において、前記金属ガラスはFe76Si5.79.53.8であることを特徴とする軟磁性体。
  6. 請求項4記載の軟磁性体において、前記金属ガラスはFe・Si・B・P・C・M系であり、溶射による酸化を防止するための酸化防止元素としてMを含み、
    前記Mは、Cr、Nb、Ta、W、Ni、Co、Hf、Moのいずれかの元素であることを特徴とする軟磁性体。
  7. 請求項6記載の軟磁性体において、前記金属ガラスはFe76―XSi5.79.53.8であり、Xが0.5以上、10以下であることを特徴とする軟磁性体。
  8. 請求項1〜7のいずれかに記載の軟磁性体において、被膜厚は50μm以上であることを特徴とする軟磁性体。
  9. 請求項1〜8のいずれかに記載の軟磁性体は、高速フレーム溶射法もしくはプラズマ溶射法で形成されていることを特徴とする軟磁性体。
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