JP2008101266A - 表面安定性に優れたアルミニウム合金材 - Google Patents

表面安定性に優れたアルミニウム合金材 Download PDF

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Abstract

【課題】表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れ、自動車部品のモジュールに使用されるアルミニウム合金材などに好適なアルミニウム合金材を提供することである。
【解決手段】アルミニウム合金材表面に、リン酸一水素アルミニウム、リン酸二水素アルミニウムなどが例示される、リン酸一水素塩、リン酸二水素塩などの、水和したリン酸水素塩を有して、成形性、接合性、化成処理性、塗装性、耐食性などへ悪影響を及ぼすことが無い、アルミニウム合金材の表面特性の経時変化に対する表面安定性を優れさせる。
【選択図】なし

Description

本発明は自動車用、特に自動車パネルに使用されて好適な、化成処理時の水濡れ安定性、塗装性、接着耐久性、溶接安定性などの、表面安定性に優れたアルミニウム合金材に関する。本発明でいうアルミニウム合金材とは、圧延板、圧延箔、押出形材、鍛造材、鋳造材などの種々の製造方法にて製造されたアルミニウム合金を言う。
周知の通り、従来から、自動車、船舶、航空機あるいは車両などの輸送機、機械、電気製品、建築、構造物、光学機器、器物の部材や部品用として、各種アルミニウム合金材(以下、アルミニウムをAlとも言う)が、合金毎の各特性に応じて汎用されている。
近年、排気ガス等による地球環境問題に対して、自動車車体の軽量化による燃費の向上が追求されている。このため、従来使用されていた鉄鋼材料に代わって、比重が鉄の約1/3であり、優れたエネルギー吸収性を有するアルミニウム材料の自動車車体への使用が増加している。
アルミニウム合金を自動車パネルとして用いる場合には、成形性、溶接性、接着性、化成処理性、塗装後の耐食性、美観等が要求される。アルミニウム合金を用いて自動車パネルを製造する方法は、1)成形(所定寸法への切り出し、所定形状へのプレス成形)、2)接合(溶接および/または接着)、3)化成処理(洗浄剤による脱脂→コロイダルチタン酸塩処理等よる表面調整→リン酸亜鉛処理)、4)塗装(電着塗装による下塗り→中塗り→上塗り)、であり、従来の鋼板を用いる場合と基本的に同じである。
一方で、自動車部品のモジュール化が進行しつつあり、アルミニウム合金板自体が製造されてから、上述の自動車パネル乃至車体製造工程に入るまでの期間がこれまでより長くなる傾向がある。
自動車部品のモジュール化とは、自動車メーカーにおいて車体に直接取り付けていた個々の部品を、部品会社において事前にサブアセンブリーしてから車体に取り付ける方法である。自動車メーカーにおける難作業を簡素化して生産効率を上げることが主な目的である。生産工程の短縮、仕掛品を削減する効果もある。部品会社の負担は増加するが、自動車会社と部品会社の全体としてのコスト低減に効果があり、結果的に自動車のコスト削減に寄与している。
自動車用アルミニウム合金板の搬送経路は、これまで軽圧メーカーから自動車メーカーへの直納方式が主流であったが、モジュール化が進めば部品会社経由とならざるを得ず、このため、アルミニウム合金板自体が製造されてから上述の製造工程に入るまでの期間がこれまでより長くなる。
このような状況に伴い、使用されるアルミニウム合金の特に表面特性が経時変化し、成形性、接合性、化成処理性、塗装性へ悪影響を及ぼすことが問題となっている。なかでも、経時に伴い化成処理時の脱脂性が悪化し、化成処理皮膜が付着し難くなり、結果的に耐食性に影響を及ぼすことが知られている。
このため、従来から、これまでは、アルミニウム合金表面のマグネシウムを除去することにより、化成処理性等を向上させることに注力されている(特許文献1〜5参照)。ただし、マグネシウムを除去するだけでは、表面特性の経時変化に対する安定性を得ることはできない。
また、特に脱脂後の水濡れ性と接着性に優れたアルミニウム合金板を得るために、その表面皮膜のMg量とOH量を調整した自動車ボディーシート用アルミニウム合金板も提案されている(特許文献6参照)。ただし、表面調整後14日以内に防錆油を塗油して表面を保護する必要があり、目的とする表面特性の経時変化に対する安定性は得られるものではない。
これに対して、特性の経時変化の少ないアルミニウム合金板とするために、Mgを2〜10重量%含有するアルミニウム合金板の金属アルミニウム基体と、該基体上に形成されたアルミニウムのリン酸塩皮膜と、リン酸塩皮膜上に形成された酸化アルミニウム膜とを具備する自動車ボディー用アルミニウム合金板が提案されている(特許文献7参照) 。
特開平06-256980 号公報 (全文) 特開平06-256881 号公報 (全文) 特開平06-220564 号公報 (全文) 特開平04-214835 号公報 (全文) 特開平02-115385 号公報 (全文) 特開2006-200007 号公報 (全文) 特許第2744697号公報 (全文)
しかし、上記特許文献7では、その実施例において、サンプル作製後一週間放置した材料を基準として評価結果を比較している。後述するように、前記したアルミニウム合金の表面特性の経時変化は、サンプル作製後の一週間程度での変化量が最も大きく、その後の変化は比較的少ない。このことから、上記特許文献7では、目的とする特性の安定性は得られない。
特に、アルミニウム合金材には、表面特性の経時変化に対する表面安定性として、自動車用などの用途では、化成処理時の水濡れ安定性、塗装性、接着耐久性、溶接安定性などが求められる。より具体的には、アルミニウム合金材を化成処理した時の水濡れ安定性(安定した化成処理性)、アルミニウム合金材塗装時の塗膜密着性などの塗装性、アルミニウム合金材を接着剤にて接合する際の接着耐久性(接着強度)、アルミニウム合金材を溶接にて接合する際の溶接安定性(接合強度)などである。
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、その目的は、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材を提供することである。
この目的を達成するために、本発明表面安定性に優れたアルミニウム合金材の要旨は、アルミニウム合金材表面に、水和したリン酸水素塩を有することである。
ここで、本発明のリン酸水素塩とは、塩中にリン酸水素(HPO4 、H2 PO4 )を含有する塩の総称であり、代表的には、リン酸一水素(HPO4 )の塩、リン酸二水素(H2 PO4 )の塩、などの酸性塩を含む。このリン酸水素塩は、好ましくは、Al、K 、Ca、Mn、Liから選ばれる少なくとも一つの金属の塩である。また、このリン酸水素塩は、好ましくは、リン酸二水素塩である。
本発明の水和したリン酸水素塩とは、上記リン酸水素塩に結晶水が結合したものであり、塩中にOH基を有することを言う。
従って、本発明の水和したリン酸水素塩は、前記特許文献6におけるリン酸塩とは、塩中にリン酸水素を含む点および水和している点で、明確に区別できる。例えば、具体例で比較すると、前記特許文献6におけるリン酸塩とはリン酸ナトリウムであり、本発明のリン酸水素塩とはリン酸一水素ナトリウムあるいはリン酸二水素ナトリウムであり、本発明ではこれらが更に水和している。
なお、アルミニウム合金材表面には、必然的にアルミの酸化皮膜が形成されており、本発明の水和したリン酸水素塩は、このアルミの酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在乃至散在する。したがって、本発明でいう、アルミニウム合金材表面に水和したリン酸水素塩を有するとは、具体的には、このような表面状態を言う。
また、水和したリン酸水素塩のアルミニウム合金材表面への付着に際して、エッチングを伴う洗浄などの前処理によって、アルミニウム合金材表面に既に形成されているアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムを除去する必要性は一切ない。ただ、前記したアルミニウム合金材の製造工程中で、例えば工程の別の目的によって、前処理により、アルミニウム合金表面のアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムを除去した後で、水和したリン酸水素塩のアルミニウム合金材表面への付着させることは当然許容する。この場合でも、すぐにアルミニウムの酸化皮膜がアルミニウム合金表面に形成されるため、本発明の水和したリン酸水素塩は、このアルミニウムの酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在乃至散在する。
本発明では、上記要旨のように、アルミニウム合金材表面に、水和したリン酸水素塩を有することで、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材を提供できる。
水和したリン酸水素塩自体は、その塩毎に、従来から薬剤や添加剤などとして公知である。しかし、水和したリン酸水素塩が、本発明のように、表面特性の経時変化に対する表面安定性を優れさせることについては公知では無く、なぜ本発明のように表面特性の経時変化に対する表面安定性を優れさせるかは、現時点では明確ではない。しかし、アルミニウム合金材表面特性の経時変化には、雰囲気中に微量に存在する有機物、特にカルボン酸塩などが係わっているものと推考される。即ち、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面に、雰囲気中に微量に存在する有機物、特にカルボン酸塩などが経時的に蓄積してゆき、あくまで微量な領域での話ではあるが、この蓄積量が一定量を越えた場合に、表面特性を顕著に低下させるものと推考される。
これに対して、アルミニウム合金材表面に、水和したリン酸水素塩を有すれば、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面にカルボン酸塩などが経時的に蓄積しても、この水和したリン酸水素塩が、このカルボン酸塩の経時的な蓄積に応じて、更に「自己成長」(自己増殖)する。これによって、カルボン酸塩の蓄積層を突き破るか、カルボン酸塩の蓄積層を排除して、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面に存在し、カルボン酸塩の影響を排除して、表面特性の経時変化に対する表面安定性を保持するものと推考される。
このような、本発明の水和したリン酸水素塩の上記作用、機構は、上記雰囲気中に微量に存在する有機物のアルミニウム合金材表面特性の経時変化への係わりとともに、これまでは、勿論知られていない。しかし、後述する通り、このような仮説を裏付けるデータも一部ではあるが存在する。
このような効果は、前記特許文献6におけるリン酸塩には無い。これは、前記特許文献6におけるリン酸塩が、リン酸水素を含まず、および水和していない点で、本発明の水和したリン酸水素塩のような上記「自己成長」ができず、カルボン酸塩の影響を排除できないことに由来するものと推考される。
また、本発明によれば、表面マグネシウム除去工程を省略しても所望の効果が得られる。表面のMg残留量は、XPS(X線光電子分光法)により測定されるAlとの原子比(Mg/Al)が0.1以上であっても効果があり、通常の熱延、冷延で得られる合金材の上限値(5000系で1.5程度、6000系で0.5程度)まで効果が得られる。
(水和したリン酸水素塩)
本発明の水和したリン酸水素塩とは、具体的には、下記に示すものを言う。
(1)リン酸水素亜鉛:
リン酸一水素亜鉛:ZnHPO4 、リン酸二水素亜鉛:Zn(H2PO4)2 に結晶水が結合したもの。
(2)リン酸水素アルミニウム
リン酸一水素アルミニウム:Al2(HPO4)3、リン酸二水素アルミニウム:Al(H2PO4)3に結晶水が結合したもの。
(3)リン酸水素カリウム
リン酸一水素カリウム:K2HPO4、リン酸二水素カリウム:KH2PO4に結晶水が結合したもの。
(4)リン酸水素カルシウム
リン酸一水素カルシウム:CaHPO4、リン酸二水素カルシウム:Ca(H2PO4)2に結晶水が結合したもの。
(5)リン酸水素錫
リン酸一水素錫:SnHPO4、リン酸二水素錫:Sn(H2PO4)2に結晶水が結合したもの。
(6)リン酸水素ストロンチウム
リン酸一水素ストロンチウム:SrHPO4、リン酸二水素ストロンチウム:Sr(H2PO4)2に結晶水が結合したもの。
(7)リン酸水素タリウム
リン酸二水素タリウム:TlH2PO4 に結晶水が結合したもの。
(8)リン酸水素トリウム
リン酸一水素トリウム:Th(HPO4)2 に結晶水が結合したもの。
(9)リン酸水素ナトリウム
リン酸一水素ナトリウム:Na2HPO4 、リン酸二水素ナトリウム:NaH2PO4 に結晶水が結合したもの。
(10)リン酸水素マグネシウム
リン酸一水素マグネシウム:MgHPO4、リン酸二水素マグネシウム:Mg(H2PO4)2に結晶水が結合したもの。
(11)リン酸水素マンガン
リン酸一水素マンガン:MnHPO4、リン酸二水素マンガン:Mn(H2PO4)2に結晶水が結合したもの。
(12)リン酸水素リチウム
リン酸一水素リチウム:Li2HPO4 、リン酸二水素リチウム:LiH2PO4 に結晶水が結合したもの。
これら例示した水和したリン酸水素塩をアルミニウム合金材の表面に有することによって、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材を提供できるという効果は達成できるが、リン酸水素塩の入手しやすさ、コスト、水溶液の安定性などを考慮すると、Al、K 、Ca、Mn、Liから選ばれる少なくとも一つの金属の塩(上記2、3、4、11、12の化合物)が好ましい。これらの金属の塩のうちリン酸二水素塩は特に吸湿性が高く、より水和を促進する。また、リン酸水素塩はリン酸二水素塩であることが好ましい。リン酸水素塩はその水素数が多くなるほど水に対する溶解度が大きくなり、より高濃度での処理が可能となる。
なお、選択されるリン酸水素塩によっては、その塩を構成する元素(金属)が、その製造工程では、通常は混入しない元素である可能性がある。このため、この元素が、例えば、自動車製造における前記化成処理や塗装工程、あるいは接着、溶接などの工程に対する悪影響や負の影響を与える元素としてふるまうかもしれないリスクがある。このため、その製造工程に対する悪影響や負の影響が無い元素(金属)のリン酸水素塩を、選択の基準とすることが好ましい。この点では、アルミニウムを取り扱う製造工程では、上記リスク回避のために、リン酸水素アルミニウムを選択することが好ましい。
(水和したリン酸水素塩の量)
表面特性の経時変化に対する表面安定性の保持の効果(以下、単に表面安定性効果とも言う)は、アルミニウム合金材表面に、水和したリン酸水素塩がごく微量でも存在することによって発揮される。したがって、アルミニウム合金材を処理する水溶液における、水和したリン酸水素塩の濃度もごく微量でも良い。
その下限量は、アルミニウム合金材表面における水和したリン酸水素塩量としては0.03at%以上、アルミニウム合金材を処理(浸漬)する水溶液のリン酸水素塩濃度としては0.001g/l以上である。ただ、水和したリン酸水素塩が微量となると水溶液中で分解しやすくなり、水溶液の安定性に欠けるという別な問題も生じる。この点の防止も含め、水和したリン酸水素塩の効果を確実、かつ安定的に発揮するためには、アルミニウム合金材表面における水和したリン酸水素塩量として0.3at%以上、アルミニウム合金材を処理(浸漬)する水溶液のリン酸水素塩濃度としては0.01g/l以上が好ましい。
なお、水和したリン酸水素塩の量は、多くても効果が飽和する。また、その上限は、アルミニウム合金材表面に付着させる水溶液へのリン酸水素塩の溶解量によって決まる。この点で、アルミニウム合金材表面における水和したリン酸水素塩量として20at%を越え、アルミニウム合金材を処理(浸漬)する水溶液のリン酸水素塩濃度としては7g/lを越える必要は無い。
(水和したリン酸水素塩のアルミニウム合金材表面への付着方法)
これら水和したリン酸水素塩のアルミニウム合金材表面への付着は、アルミニウム合金材の製造工程中、あるいは製造工程外における、水和したリン酸水素塩を含有する水溶液処理によって行うことができる。アルミニウム合金材の製造工程中では、例えば溶体化処理や焼鈍などの熱処理後の冷却水、あるいは洗浄工程における洗浄水を、これら水和したリン酸水素塩を含有する(溶解させた)水溶液とすることで処理が可能である。
水和したリン酸水素塩の水溶液の温度は室温で可であるが、加温するなどしても良い。処理時間は、とくに限定するものではなく、水溶液の濃度や温度などの他の処理条件、あるいはアルミニウム合金材表面への所望付着量によって適宜選択する。
なお、水和したリン酸水素塩のアルミニウム合金材表面への付着に際して、エッチングを伴う洗浄などの前処理によって、アルミニウム合金材表面に既に形成されているアルミの酸化皮膜やマグネシウムを除去する必要性は一切ない。ただ、前記したアルミニウム合金材の製造工程中で、例えば工程の別の目的によって、前処理により、アルミニウム合金表面のアルミの酸化皮膜やマグネシウムを除去した後で、水和したリン酸水素塩のアルミニウム合金材表面への付着させることは当然許容する。この場合でも、すぐにアルミの酸化皮膜がアルミニウム合金表面に形成されるため、本発明の水和したリン酸水素塩は、このアルミの酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在乃至散在する。
(Al合金)
本発明で用いるAl合金は、Al合金材の用途に応じて、純Alを含めて、AA乃至JIS に規定される乃至AA乃至JIS に近似する種々のAl合金が使用できる。また、本発明で用いるアルミニウム合金材も、用途に応じて、圧延板、圧延箔押出形材、鍛造材、鋳造材などの種々の製造方法にて製造された、種々の形状のアルミニウム合金が使用できる。
ただ、前記自動車用に用いる場合には、0.2%耐力が170MPa以上の高強度のアルミニウム合金材が好ましい。このような特性を満足する、アルミニウム合金としては、通常、この種構造部材用途に汎用される、5000系、6000系、7000系等の耐力が比較的高い汎用合金であって、必要により調質されたアルミニウム合金が好適に用いられる。優れた時効硬化能や合金元素量が比較的少なくスクラップのリサイクル性や成形性にも優れている点では、6000系アルミニウム合金を用いることが好ましい。
以下に本発明の実施例を説明する。5000系の5182規格と、6000系の6022規格との2種類のアルミニウム合金冷延板(板厚1mm)に対し、種々のリン酸水素塩処理を施し、湿潤環境室内に2週間放置後の経時安定性を評価した。
5182アルミニウム合金板は、Mg:4.5質量%を含み、0.2%耐力が150MPa、6022アルミニウム合金板は、Mg:0.55質量%、Si:0.95質量%を含み、0.2%耐力が230MPaであった。
リン酸水素塩処理に先立つ前処理として、60℃の5質量%水酸化ナトリウム水溶液に10秒間浸漬後に、60℃の15質量%硝酸水溶液に10秒間浸漬し、その後水洗する洗浄を敢えて行った。本試験においては、被処理材(素材)の表面条件を同じとするために、敢えて上記前処理を行った。
上記前処理条件では、アルミニウム合金材表面に既に形成されているアルミの酸化皮膜やマグネシウムが除去される。しかし、すぐにアルミの酸化皮膜がアルミニウム合金表面に形成されるため、リン酸水素塩処理によりアルミニウム合金材表面に付着された水和したリン酸水素塩は、このアルミの酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在乃至散在することとなる。
なお、このような前処理を行ったアルミニウム合金材の表面のマグネシウム残留量は、XPS(X線光電子分光法)により測定されるAlとの原子比(Mg/Al)が全て0.1以下となると想定できる。因みに、後述する比較例30のアルミニウム合金材表面を実際にXPS(X線光電子分光法)で測定したところ前記原子比は0.09であった。(なお、XPSについては後ほど詳細に説明する。)
本発明の各リン酸水素塩処理は表1に示す条件で行い、比較のために、無処理(上記前処理のみ)の例およびリン酸塩処理の例を表2に示す条件で行った。そしてこれら処理後のアルミニウム合金材を40℃で90%RHの湿潤環境室内に2週間放置した際の、経時安定性を評価した。経時安定性評価は、アルミニウム合金材表面の、2週間放置後の水濡れ性試験と、2週間に亘る放置期間中の表面成分の経時変化を赤外分光分析により調査した。また、接着の耐久性と、溶接の安定性についても試験により調査を行い、経時安定性を評価した。
(水濡れ性)
水濡れ性は、試験片の水濡れ面積率を評価した。水濡れ性が良好な程、水濡れ面積率は高い数値となる。試験方法は、上記処理後のアルミニウム合金材から採取した長さ70mm×幅150mmの試験片を、市販のアルカリ系脱脂剤リドリン(日本ペイント製)の2%水溶液(温度60℃)に30秒浸漬した際の、試験片の面積に対する水濡れ面積率(片側のみ測定)を、目視にて評価した(良好な程、高い数値となる)。1例当たり、試験片の数(n)は3個とし、水濡れ面積率は、これらの平均値とした。これらの結果を表1、2に示す。
(赤外分光分析)
アルミニウム合金材表面の酸化皮膜を、同じ分析部位にて、リン酸水素塩処理乃至リン酸塩処理直後、湿潤環境室内に放置1週間目、放置2週間後の各状態を、入射角75度の平行偏光使用によるFTIR (フーリエ変換式赤外分光光度計) 分析した。そして、発明例のリン酸水素塩処理においては、1150cm-1の波数部分に生じるリン酸水酸化物の赤外吸収スペクトル(吸収ピーク)有無、比較例のリン酸塩処理においては、1150cm-1の波数部分に生じるリン酸の赤外吸収スペクトル(吸収ピーク)の有無と、これら各吸収スペクトル(吸収ピーク)の各経時的な変化を調査した。これらの結果を表1、2に示す。
また、図1〜3に、発明例2の、処理直後(図3)、湿潤環境室内に放置1週間目(図2)、放置2週間後(図1)の各赤外吸収スペクトルを各々示す。更に、図4〜6に、無処理の例である比較例29の、上記前処理直後(図6)、湿潤環境室内に放置1週間目(図5)、放置2週間後(図4)の各赤外吸収スペクトルを、各々示す。また、図7〜9に、リン酸塩処理の例である比較例31の、処理直後(図9)、湿潤環境室内に放置1週間目(図8)、放置2週間後(図7)の各赤外吸収スペクトルを各々示す。
(接着耐久性)
アルミニウム合金材から長さ100mm×幅25mm×厚み1mmの試験片を採取し、1液型エポキシ系の構造用接着剤を使用して試験片を張り合わせて硬化させた。張り合わせた試験片を50℃の温水中に2週間浸漬後、引張り試験を実施し接着強度を求めた。張り合わせ前に試験片を湿潤環境に保持した場合と保持しない場合の接着強度の比(2週間保持の強度÷保持なしの強度)を求め、強度維持率を測定した。これらの結果を表1、2に示す。
(溶接安定性)
アルミニウム合金材から長さ150mm×幅30mm×厚み1mmの試験片を採取し、湿潤環境に2週間保持した後、交流スポット溶接を実施した。一組の電極で連続打点を行い、電極寿命を測定した。連続打点50毎に電極間に感熱紙を差し込んで溶接して電極の損傷状態を観察し、損傷の認められた連続打点数を電極寿命とした。これらの結果を表1、2に示す。
表1から明らかな通り、各リン酸水素塩処理を行なった発明例1〜28は、水和したリン酸水素塩の存在を示すリン酸水酸化物の吸収ピークを有しており、アルミニウム合金材表面に水和したリン酸水素塩を有する。この結果、各リン酸水素塩の種類にかかわらず、水濡れ面積率が95%〜100%の高い数値であり、水濡れ性が良好である。また、強度保持率も91%〜96%と高い数値であり、接着耐久性も良好である。更には、打点数も900回〜1300回と多く、溶接安定性も良好である。
この結果は、前記自動車部品のモジュール化などにより、湿潤環境に放置、あるいは放置期間が長期化しても、使用されるアルミニウム合金材の表面特性が経時変化せずに保持されることを示している。
これに対して、表2の各リン酸塩処理を行なった比較例29〜34は、リン酸の存在を示す吸収ピークを有している。また、当然ながら水和したリン酸水素塩の存在を示すリン酸水酸化物の吸収ピークは無い。この結果、発明例に比して、例外なく水濡れ面積率が85%以下と低く、水濡れ性が劣っている。また、強度保持率も全て90%以下と低く、発明例に比して接着耐久性も劣っている。更には、打点数も全て750回以下と少なく、発明例に比して溶接安定性も劣っている。
この結果は、湿潤環境に放置、あるいは放置期間が長期化した場合に、使用されるアルミニウム合金材の表面特性の経時変化が大きいことを示している。
そして、これらの事実は、発明例のリン酸水素塩処理においては、1150cm-1の波数部分に生じるリン酸水酸化物の赤外吸収ピーク、比較例のリン酸塩処理においては、1150cm-1の波数部分に生じるリン酸の赤外吸収ピークの、各経時的な変化によって裏付けられる。
即ち、発明例の水和したリン酸水素塩の存在を示すリン酸水酸化物の赤外吸収ピーク高さは、表1に示す通り、経時的に増加している。これらの事実は、発明例を代表する(例示する)発明例2の図1〜3から裏付けられる。これら図3から図1の時間的な経過につれて、1150cm-1の波数部分に生じるリン酸水酸化物の赤外吸収ピーク高さが増加していることが分かる。
即ち、アルミニウム合金材表面に水和したリン酸水素塩を有すれば、この水和したリン酸水素塩が「自己成長」(自己増殖)していることが裏付けられる。また、これによって、水和したリン酸水素塩が、常に、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面に存在し、表面特性の経時変化に対する表面安定性を保持することが裏付けられる。
因みに、図1〜3において、2930cm-1の波数部分に生じるCHの赤外吸収ピークおよび1640cm-1の波数部分に生じるCOO-の赤外吸収ピークがカルボン酸を示している。そして、CHの赤外吸収ピーク高さおよびCOO-の赤外吸収ピーク高さは、図3から図1の時間的な経過につれて、増加しており、雰囲気中に微量に存在する有機物、特にカルボン酸塩などが経時的に蓄積していくことも裏付けられる。これは図4〜6の比較例においても同様である。
従って、これらの結果から、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面に、雰囲気中に微量に存在する有機物、特にカルボン酸塩などが経時的に蓄積してゆき、表面特性を顕著に低下させるという前記仮説が成立する。また、これに対して、アルミニウム合金材表面に、水和したリン酸水素塩を有すれば、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面にカルボン酸塩などが経時的に蓄積しても、この水和したリン酸水素塩が、このカルボン酸塩の経時的な蓄積に応じて、更に「自己成長」(自己増殖)する。これによって、カルボン酸塩の蓄積層を突き破るか、カルボン酸塩の蓄積層を排除して、アルミニウム合金材(酸化皮膜)の最表面に存在し、カルボン酸塩の影響を排除して、表面特性の経時変化に対する表面安定性を保持するという前記仮説が成立する。
これに対して、比較例のリン酸の存在を示すリン酸の赤外吸収ピークは、表1に示す通り、経時的な変化が無く、増加していない。この事実は、比較例を代表する(例示する)比較例31の図7〜9から裏付けられる。即ち、図9から図7の時間的な経過につれても、1150cm-1の波数部分に生じるリン酸の赤外吸収ピーク高さは変化していない。したがって、比較例のリン酸塩には、本発明の水和したリン酸水素塩のような経時的な「自己成長」作用が無いことが分かる。これは、当然ながら、無処理の比較例29の図4〜6の水酸化アルミの場合も同様である。
以上の結果から、本発明の水和したリン酸水素塩の、アルミニウム合金材表面の経時変化に対する表面安定性を向上させる効果が裏付けられる。
Figure 2008101266
Figure 2008101266
次に、リン酸水素塩処理に先立つ前処理を行わない実施例について説明する。この実施例では、前記実施例と同様、5000系の5182規格と、6000系の6022規格との2種類のアルミニウム合金冷延板(板厚1mm)に対し、種々のリン酸水素塩処理を施し、湿潤環境室内に2週間放置後の経時安定性を評価した。
本発明のリン酸水素塩処理は表3に示す条件で行い、比較のために、リン酸水素塩処理を行わない例を表4に示す条件で行った。そしてこれら処理後のアルミニウム合金材を40℃で90%RHの湿潤環境室内に2週間放置した際の、経時安定性を評価した。経時安定性は、アルミニウム合金材表面の2週間放置後の水濡れ性試験と、接着の耐久性試験と、溶接の安定性試験を実施し評価を行った。なお、各試験とも前記の実施例と同一の条件で実施した。
表3から明らかな通り、リン酸水素塩処理に先立つ前処理を行わない発明例35〜62であっても、水濡れ面積率は90%〜100%と高い数値であり、水濡れ性が良好である。また、強度保持率も91%〜96%と高い数値であり、接着耐久性も良好である。更には、打点数も900回〜1300回と多く、溶接安定性も良好である。
この表3に示す試験結果を、前処理のみを行い、且つアルミニウム合金材の表面に残留するMg量を実際に測定した表2の比較例30(Mg/Alの原子比は0.09)と比較すると、水濡れ面積率、強度保持率、接着耐久性ともに大幅に上回っている。この比較結果は、前処理を行ってMg/Alの原子比を事前に下げずとも、リン酸水素塩処理を行えば、優れた経時安定性が得られることを示している。
また、この表3に示す試験結果を、リン酸水素塩処理に先立つ前処理を行いアルミニウム合金材の表面に残留するMg量を、原子比(Mg/Al)で0.1以下とした表1に示す試験結果と比較しても遜色はない。この比較結果は、アルミニウム合金材の表面に残留するMg量が、原子比(Mg/Al)で0.37や1.26と多い状態のままであっても、リン酸水素塩処理を行えば優れた経時安定性が得られることを示している。
これに対して、表4のリン酸水素塩処理を行わない比較例63〜65の場合は、水濡れ面積率は33%以下と低く、発明例に比して水濡れ性が劣っている。また、強度保持率も全て53%以下と低く、発明例に比して接着耐久性も劣っている。更には、打点数も450回以下と少なく、発明例に比して溶接安定性も劣っている。
なお、前記したMgとAlの原子比は、XPS(X線光電子分光法)により測定した。XPS測定には、Perkin-Elmer PHI 5400 systemを用いた。X線源にはMgKα線を用い、10−9torrの真空下で測定を行った。Mg/Al比は観測されるAl(2p)とMg(2p)の強度比を元素濃度比に変換してその値を求めた。
Figure 2008101266
Figure 2008101266
表1発明例2の湿潤環境室内に放置2週間後の赤外吸収スペクトルを示す。 表1発明例2の湿潤環境室内に放置1週間目の赤外吸収スペクトルを示す。 表1発明例2の本発明処理直後の赤外吸収スペクトルを示す。 表2比較例29の湿潤環境室内に放置2週間後の赤外吸収スペクトルを示す。 表2比較例29の湿潤環境室内に放置1週間目の赤外吸収スペクトルを示す。 表2比較例29の比較例処理直後の赤外吸収スペクトルを示す。 表2比較例31の湿潤環境室内に放置2週間後の赤外吸収スペクトルを示す。 表2比較例31の湿潤環境室内に放置1週間目の赤外吸収スペクトルを示す。 表2比較例31の比較例処理直後の赤外吸収スペクトルを示す。

Claims (3)

  1. アルミニウム合金材表面に、水和したリン酸水素塩を有する、表面安定性に優れたアルミニウム合金材。
  2. 前記リン酸水素塩がAl、K 、Ca、Mn、Liから選ばれる少なくとも一つの金属の塩である請求項1記載の表面安定性に優れたアルミニウム合金材。
  3. 前記リン酸水素塩がリン酸二水素塩である請求項1または2記載の表面安定性に優れたアルミニウム合金材。
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