明 細 書
培養細胞シート、製造方法及びその利用した組織修復方法
技術分野
[0001] 本発明は、生物学、医学等の分野における培養細胞シート、製造方法及びそれを 利用した組織修復方法に関する。
背景技術
[0002] 日本は高齢ィ匕社会を迎え、平均寿命は世界最高となって 、る。人々の希望は単な る延命よりも、より良く生きるというクォリティー ·ォブ ·ライフ(QOL)に重点が置かれる ようになつてきた。そのような中で医療技術も飛躍的に向上し、疾患や外傷で失った 臓器の再建技術も著しく向上している。そして、近年、培養細胞を用いて培養系で臓 器組織を再構築し、これを移植すると ヽぅ再生医療が大きな注目を集めて ヽる。
[0003] そのような治療を実施するためには、組織接着剤が必要不可欠である。現在、臨床 的に用いられて ヽる組織接着剤はシァノアクリレート系接着剤、ゼラチン-アルデヒド 系接着剤、フイブリンダル-系接着剤に大別される。シァノアクリレート系接着剤とは、 シァノアクリレートモノマーの重合反応を利用した接着剤で、接着強度が強ぐしかも 接着速度が速い点で優れている。しかしながら、シァノアクリレート系接着剤とはもと もと生体内に存在しない合成接着剤であり、硬化したポリマーの加水分解によってホ ルムアルデヒドが生成され、生体に対して大きな毒性を示し、治癒を阻害する。その ため、適応箇所に制約があり、中枢神経や血管に直接触れる部位には使用できない 問題点があった。ゼラチン-アルデヒド系接着剤とは、生体高分子であるコラーゲンが 変性したゼラチンとホルムアルデヒドやダルタルアルデヒドとの架橋反応を利用した接 着剤であり、これらのものに関しても生体内に存在しない合成接着剤である。この接 着剤についても接着強度は十分に高いが、有害なアルデヒド化合物を架橋剤として 用いているため生体毒性を示す問題点があった。一方で、フイブリングルー系接着 剤とは、血液が凝固する反応を利用した接着剤で生体由来の物質である。このもの は上述したような合成接着剤ほど毒性は認められないものの、接着力が弱ぐまたフ イブリングルー自身が生体内で代謝されるため大量に使用しなくはならな 、問題があ
つた。さらに、最近になってフイブリングルーがどの生物力 採られ生成されたものな の力、あるいは、そのメカニズムが血液が凝固する反応であり、従って接着剤使用部 に局部的に炎症反応が起きる等の問題点も指摘されつつある。
[0004] このような中、十分に基底膜様タンパク質を有した細胞シートを提供する技術が提 案されている。細胞の培養は、通常、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合 成高分子の表面上で行われる。この目的に、例えば、ポリスチレンを材料とする表面 処理、例えば γ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培 養用容器として普及して ヽる。このような細胞培養用容器を用いて培養 ·増殖した細 胞は、トリプシンのようなタンパク質分解酵素やィ匕学薬品により処理することで容器表 面力 剥離 '回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を 回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増 殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例 力 Sあること等の欠点が指摘されて 、た。
[0005] 力かる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。その中 で、特に特願 2001-226141号では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が 0 〜80°Cである温度応答性ポリマーを基材表面に被覆又は補填した細胞培養培養基 材上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ 、培養基材の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強 度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様タ ンパク質も保持しており、上述したデイスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着 性も明らかに改善されている。また、国際出願公開公報 WO02Z08387号では温度応 答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材上で心筋組織の細 胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上 又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートを高分子膜に密着させ 、そのまま高分子膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で 3次元構造化さ せることにより、構造欠陥の少ない、 in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備 えた細胞シート、及び 3次元構造が構築されることを見いだした。し力しながら、いず れの方法においても、細胞シートに柔軟性を付与させる検討、さらには臓器表層から
漏出する空気又は血液又は体液を抑止する組織修復材としての検討は行われてい なかった。このような培養細胞シートを組織接着剤として利用できれば、組織修復を 受ける患者本人の細胞を利用することができ安全性も極めて高いものと考えられる。 発明の開示
発明が解決しょうとする課題
[0006] 本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたもの である。すなわち、本発明は、良好な組織付着性を有し、柔軟性に富んだ培養細胞 シートを提供することを目的とする。また、本発明は、その製造法、並びに臓器表層 から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する組織修復材としての利用方法を提 供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0007] 本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度力も検討を加えて、研究 開発を行った。その結果、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養 基材上で、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞等の細胞を培養し、その後、 培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として、培養し た培養細胞シートを剥離することにより、臓器表面の空気又は血液又は体液漏出部 に極めて付着性の良!、高生着性培養細胞シートが得られることを見 、だした。本発 明は力かる知見に基づ 、て完成されたものである。
[0008] すなわち、本発明は、臓器表面の漏出部表面への付着性が良好な、柔軟性に富 んだ高生着性培養細胞シートを提供する。
[0009] 本発明の培養細胞シートは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が 0〜80 °Cである温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で、線維 芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹 細胞、脂肪由来細胞から選択される 1種類またはそれ以上の種類の細胞を培養し、 その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として 剥離することを特徴とする高生着性培養細胞シートの製造方法を提供する。このよう にして得られた培養細胞シートは、臓器表面の漏出部表面への付着性が良好である という特徴を有しており、本発明においては、このような付着性が良好な培養細胞シ
ートのことを、高生着性培養細胞シートと呼ぶ場合がある。
[0010] カロえて、本発明は、臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止する治療 のための培養細胞シートを提供する。
[0011] 更に加えて、本発明は、肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流 出に対し、上記高生着性培養細胞シートを移植することを特徴とする治療方法を提 供する。
発明の効果
[0012] 本発明で得られる高生着性培養細胞シートは、臓器表面の漏出部表面への生着 性が極めて高ぐ柔軟性の高いものである。本発明の培養細胞シートを用いること〖こ より臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止することができるようになる 。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野におけ る極めて有用な発明である。
図面の簡単な説明
[0013] [図 1]図 1は、実施例 2に示す培養 10日後の肺胞細胞の培養細胞シートのようすを示 すものである。
[図 2]図 2は、実施例 2に示す気漏モデルのようすを示す写真である。
[図 3]図 3は、実施例 2に示す気漏部位に培養細胞シートを接着させているようすを示 す写真である。
[図 4]図 4は、実施例 2に示す培養細胞シートが気漏を閉鎖したようすを示す写真であ る。
[図 5]図 5は、実施例 2で気漏部位を閉鎖した際の組織を切片を HE染色して検討した 結果を示す写真である。
[図 6]図 6は、実施例 2で気漏部位を閉鎖した際の組織を切片を Azan染色して検討し た結果を示す写真である。
[図 7]図 7は、実施例 4に示す出血モデルのようすを示す写真である。
[図 8]図 8は、実施例 4に示す培養細胞シートが出血部位を閉鎖したようすを示す写 真である。
[図 9]図 9は、実施例 4で出血部位を閉鎖した際の移植 4週後の肝臓出血部の組織を
切片を HE染色して検討した結果を示す写真である。
[図 10]図 10は、実施例 4で出血部位を閉鎖した際の移植 4週後の肝臓出血部の組織 を切片を Azan染色して検討した結果を示す写真である。
[図 11]図 11は、実施例 5に示す出血モデルのようすを示す写真である。
[図 12]図 12は、実施例 5に示す培養細胞シートが出血部位を閉鎖したようすを示す 写真である。
発明を実施するための形態
[0014] 本発明は、臓器表層に対する付着性が良好でしかも柔軟性に富んだ培養細胞シ ートを提供する。本発明の培養細胞シートの作製に使用される好適な細胞として線 維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系 幹細胞、脂肪由来細胞のいずれか 1種、もしくは 2種以上の細胞が混合されたものが 挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。本発明において、高生着 性培養細胞シートとは、上記した各種細胞が培養基材上で単層状に培養され、その 後、基材より剥離されたシートを意味する。得られた細胞シートは培養時に培養培養 基材に接して ヽた下側面とそれとは反対側の上側面を有する。細胞を培養する際、 本発明で示す水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が 0〜80°Cである温度応答 性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材を利用すれば、細胞 シート下側面に細胞が培養時に自ら産生した接着性タンパク質が豊富に存在してい る。
[0015] 本発明における培養細胞シートは、培養細胞が産生したもの以外のコラーゲン、フ イブロネクチン、ラミニン等のスキヤホールドを含んでいても、含まなくても良ぐ特に 制約されるものではない。
[0016] 本発明の高生着性培養細胞シートは、線維芽細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細 胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞のいずれ力 1種、 もしくは 2種以上の細胞が混合された細胞力も構成されることを特徴とする。これらの 細胞は、上述した様な軟骨様組織としての形質発現を行うことができる細胞である。
[0017] 本発明における高生着性培養細胞シートは、生体組織である臓器表面の漏出部 表面に極めて良好に生着する。培養細胞シートの高生着性は、培養基材表面から
剥離させた培養細胞シート自体が有する柔軟性および当該培養細胞シートの収縮 を抑えることにより、実現される。
[0018] 本発明の示すところの柔軟性とは、培養細胞シートを組織に被覆させた後、当該培 養細胞シートが組織全体の動作を 20%以上妨げな 、状態であれば良ぐ好ましくは 1 0%以下、さらに好ましくは 8%以下が良い。本発明における高生着性培養細胞シー トは生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に生着する。被覆する培 養細胞シートが硬直な場合、組織全体の動作が 20%を越え、臓器本来の機能を発 揮できなくなる。
[0019] 培養細胞シートの収縮の抑制に関しては、培養基材表面から剥離させた際、剥離 させる培養細胞シートの収縮率はシート内の何れの方向における長さにおいても 20 %以下であることが望ましぐ好ましくは 10%以下、さらに好ましくは 5%以下であるこ とが好ましい。シートの何れかの方向の長さにおいて 20%以上となると、剥離した細 胞シートはたるんでしま!/ヽ、その状態で生体組織に付着させても組織に密着させられ ず、本発明で示すところの高生着性は望めない。
[0020] 培養細胞シートを収縮させな!/、方法は、細胞シートを収縮させない限りにお 、て何 ら制約されるものではないが、例えば、培養基材力 培養細胞シートを剥離させる際 、これらの細胞シートに中心部を切り抜いたリング状のキャリアなどを密着させ、その キャリアごと細胞シートを剥離する方法などが挙げられる。
[0021] 高生着性培養細胞シートを密着させる際に使用するキャリアは、本発明の細胞シー トが収縮しないように保持するための構造物であり、例えば高分子膜または高分子膜 から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの 材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはポリビ-リデンジフル オライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース及びその誘導体、紙類、 キチン、キトサン、コラーゲン、ウレタン等を挙げることができる。
[0022] 本発明にお 、て密着と!/、う場合、細胞シートが収縮しな 、ように、細胞シートとキヤ リアとの境界面において、キャリア上で細胞シートがずれたり移動したりしない状態の ことをいい、物理的に結合することにより密着していても、両者のあいだに存在する液 体 (例えば培養液、その他の等張液)を介して密着して 、てもよ 、。
[0023] キャリアの形状は、特に限定されるものではないが、例えば得られた高生着性培養 細胞シートを移植する際に、キャリアの一部に移植部位と同程度もしくは移植部位よ り大きく切り抜いたものを利用すると、細胞シートは切り抜かれた周囲の部分だけが 固定され、切り抜かれた部分にある細胞シートを移植部位に当てるだけで移植でき、 好都合である。
[0024] 本発明の高生着性培養細胞シートは、単層状のシートであっても良ぐまたそれを 積層化したシートでも良い。ここで積層化シートとは、その高生着性培養細胞シート が単独若しくは別の細胞力 なるシートと組み合わされた状態でも良ぐ例えば、上 述した線維芽細胞シートと線維芽細胞シートを重ね合わせたもの、線維芽細胞細胞 シートにそれ以外の細胞由来の細胞シート (例えば肺胞組織細胞シート)を重ね合わ せたもの等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。その際、 2種以上 の異なる細胞を利用すると異なる細胞間で相互作用し合 、、より高 、活性の細胞シ ートが得られるという特徴を有する。また、その積層する位置、順番、積層回数は特 に制約されるものではないが、被覆される組織に応じ、接着性の強い細胞シートを最 上層に使用すること等で、積層化シートの構成を適宜変えられる。また、積層回数は 10回以下が良ぐ好ましくは 8回以下、さらに好ましくは 4回以下が良い。軟骨細胞は 元来栄養供給が満たされた環境でなくても生存する。し力しながら 10回より多くなると 積層化した中心部の細胞シートに酸素、栄養分が行き届き難くなり好ましくない。
[0025] 例えば、本発明における積層化シートは、その積層方法は特に限定されるものでは ないが、上述したキャリアに密着した高生着性培養細胞シートを、以下のような方法:
(1)キャリアと密着した細胞シートを細胞培養培養基材に付着させ、その後培地をカロ えることでキャリアを細胞シートからはがし、そして更に別のキャリアと密着した細胞シ ートを付着させることを繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(2)キャリアと密着した細胞シートを反転させ細胞培養培養基材上でキャリア側で固 定させ、細胞シート側に別の細胞シートを付着させ、その後培地を加えることでキヤリ ァを細胞シートからはがし、再び別の細胞シートを付着させる操作を繰り返すことで 細胞シートを重層化させる方法;
(3)キャリアと密着した細胞シート同士を細胞シート側で密着させる方法;
(4)キャリアと密着した細胞シートを生体の患部に当て、細胞シートを生体組織に付 着させた後、キャリアをはがし、再び別の細胞シートを重ねていく方法;
などの方法を用いて作成することができる。
[0026] 本発明の高生着性培養細胞シートは、移植時に、培養時に形成される細胞-基材 間の基底膜様タンパク質が、デイスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解 酵素などの酵素による破壊を受けていないことを特徴とする。このような特徴を有する 培養細胞シートを作製するため、細胞の培養は温度応答性ポリマーで被覆された細 胞培養基材上で行われる。
[0027] 細胞培養基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水中で上限臨界溶解 温度または下限臨界溶解温度 0°C〜80°C、より好ましくは 20°C〜50°Cを有する。上限 臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が 80°Cを越えると細胞が死滅する可能性が あるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度力 Cより 低 、と一般に細胞増殖速度が極度に低下する力 または細胞が死滅してしまうため 、やはり好ましくない。
[0028] 本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであって もよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平 2-211865号公報に記載されてい るポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共 重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミドィ匕 合物、 N- (若しくは N, N-ジ)アルキル置換 (メタ)アクリルアミド誘導体、またはビュル エーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の 2種以上を使 用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同 士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。 また、ポリマー本来の性質を損なわな 、範囲で架橋することも可能である。
[0029] 被覆を施される基材としては、通常の細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポ リスチレン、ポリメチルメタタリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能 である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることが できる。
[0030] 温度応答性ポリマーの培養基材への被覆方法は、特に制限されな!、が、例えば、
特開平 2-211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆 は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射 (ΕΒ)、 γ線照射、紫外線照 射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練 等の物理的吸着等により行うことができる。
[0031] 温度応答性ポリマーの被覆量は、 0.5-5.0 μ gZcm2の範囲が良ぐ好ましくは 1.0 〜4.0 μ g/cm2であり、さらに好ましくは 1.2〜3.5 μ g/cm2である。 0.5 μ gZcm2より少 ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難ぐ作業効率が 著しく悪くなり好ましくない。逆に 5.0 gZcm2以上であると、その領域に細胞が付着 し難ぐ細胞を十分に付着させることが困難となる。本発明における培養基材の形態 は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セル インサートなどが挙げられる。
[0032] 本発明における上述した細胞を培養するための培地組成は特に限定されるもので はなぐこれらの細胞を培養する際に通常使われているもので良い。例えば、線維芽 細胞、肺胞組織細胞、心筋組織細胞、肝臓組織細胞、血管組織細胞、間葉系幹細 胞、脂肪由来細胞を培養する際の培地として、 α— MEM培地、 F-12培地、 DMEM培 地、あるいはそれらの混合物に 10%〜20%ゥシ血清を混合したもの、あるいはそのも のにさらに 50 gZml濃度でァスコルビン酸 2リン酸をカ卩えたものでも良い。
[0033] また、本発明における培養細胞シートは柔軟性に富んだものであり、この柔軟性は 特定の培養条件下で細胞を培養することにより実現される。その方法としては特に限 定されるものではないが、例えば培養中にサーファクタントタンパク質を添加する方 法、サーファクタントタンパク質を産生する肺胞細胞を共培養させる方法、 β -アミノブ 口ピル二トリルを添加する方法、ある 、はその他のコラーゲン架橋阻害剤を添加する 方法が挙げられる。サーファクタントタンパク質、 j8 -ァミノプロピル-トリル、あるいは その他のコラーゲン架橋阻害剤を添加する方法の場合、その添加濃度は培地に対 し 10 μ Μ以上が良ぐ好ましくは 100 μ Μ以上が良ぐさらに好ましくは 200 μ Μ以上が 良い。 10 Μ以下であると細胞シートに柔軟性を付与させられず、また 500 /ζ Μ以上 であると細胞シートがもはやシートの形態を保てず好ましくない。
[0034] 培地温度は、基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場
合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温 度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あ るいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまで もない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよぐ特に制限されるものではない。 例えば、使用する培地については、公知のゥシ胎児血清 (FCS)等の血清が添加され ている培地でもよぐまた、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
[0035] 本発明の方法において、培養した細胞を培養基材材料力ゝら剥離回収するには、培 養された高生着性培養細胞シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した培養基材 の温度を培養基材の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解 温度以下にして、培養基材表面の被覆ポリマーの親水性の程度を増大させ、培養基 材と培養細胞シートとの接着を弱めることによって、培養細胞シートをキャリアとともに 剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中に おいて行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて 選択することができる。
[0036] 高生着性培養細胞シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養培養基材を 軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等 を単独で、あるいは併用して用いてもよい。力!]えて、必要に応じて培養細胞は等張液 等で洗浄して剥離回収してもよ!/ヽ。
[0037] このようにして回収された本発明における高生着性培養細胞シートは、培養時から 細胞シートの剥離時にディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素 による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された高生着性培養 細胞シートは、細胞-細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なぐ 強度の高いものである。また、本発明のシートは培養時に形成される細胞-基材間の 基底膜様タンパク質も酵素による破壊を受けていない。このこと〖こより、移植時におい て患部組織と良好に接着することができ、効率良 、治療を実施することができるよう になる。以上のことを具体的に説明すると、トリプシン等の通常のタンパク質分解酵素 を使用した場合、細胞-細胞間のデスモソーム構造及び細胞、基材間の基底膜様タ ンパク質等は殆ど保持されておらず、従って、細胞は個々に分かれた状態となって
剥離される。その中で、タンパク質分解酵素であるディスパーゼに関しては、細胞-細 胞間のデスモソーム構造については 10〜60%保持した状態で剥離させることができ ることで知られてヽるが、細胞-基材間の基底膜様タンパク質等を殆ど破壊してしまう ため、得られる細胞シートは強度の弱いものである。これに対して、本発明の細胞シ ートは、デスモソーム構造、基底膜様タンパク質共に 80%以上残存された状態のもの であり、上述したような種々の効果を得ることができるものである。
[0038] 本発明の臓器表面の漏出部表面とは、臓器表面力 空気又は血液又は体液が漏 出して 、る部位であれば特に限定されるものではな 、が、例えば肺組織の気漏部位 、肝臓組織や血管組織の血液流出部位等が挙げられる。このような臓器表面の漏出 部表面に対し、例えば、本発明の高生着性培養細胞シートを被覆することにより臓器 表面からの漏出を阻止することができる。その際、培養細胞シートを患部の大きさ、形 状に沿って適宜切断しても良い。このように、本発明の高生着性培養細胞シートとは 、生体組織である臓器表面の漏出部表面に極めて良好に付着できるものであり、従 来技術力 では全く得られな力つたものである。
[0039] 本発明の高生着性培養細胞シートの臓器表面に対する固定方法は、特に限定さ れるものではなぐ細胞シートと生体組織を生体内で使用可能な接着剤による接合、 縫合しても良ぐあるいは本発明の高生着性培養細胞シートは生体組織と速やかに 生着すると ヽぅ特性を生かし、患部に付着させるだけでも良 ヽ。
[0040] 本発明に示される高生着性培養細胞シートは、その治療対象に関して何ら制約さ れるものではないが、例えば肺胞組織力ゝらの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液 流出等の治療に有効である。
[0041] 本発明の培養細胞シートを臓器表面への移植に使用する場合、培養細胞シートを 患部に当てた後、細胞シートをキャリアからはがすことにより行うことができる。そのは 力 Sし方は、何ら制約されるものではないが、例えば、キャリアを濡らしてキャリアと細胞 シートの密着性を弱めてはがす方法、あるいはメス、はさみ、レーザー光、プラズマ波 などの治具を用いて培養細胞シートを切断する方法などを使用することができる。例 えば上述したような一部を切り抜いたキャリアに密着した細胞シートを用いた場合、レ 一ザ一光などを用いて患部の境界線に沿って切断すると、患部以外の余計なところ
への培養細胞シートの付着を避けられるため好都合である。
[0042] 上述の方法により得られた高生着性培養細胞シートは、従来の方法により得られた ものに比べて、剥離の際の培養細胞シートへの非侵襲性の点で極めて優れており、 移植用臓器表面の漏出部膜等として臨床応用が強く期待される。特に、本発明の高 生着性培養細胞シートは従来の移植シートとは異なり、生体組織との高い生着性を 有するため、極めて速く生体組織に生着する。この細胞シートを用いることにより非常 に高密度に標的細胞を移植することができるようになる。
[0043] また、自己の細胞を用いることから抗原性'感染性の問題を解決できる。この培養 細胞の臓器表面の漏出部面への定着にぉ ヽては、培養細胞シートの分泌した接着 分子をふくむ細胞外基質を細胞シートと同時に非侵襲的に回収して移植するため、 移植細胞の臓器表面の漏出部面への早期定着にも有利に働く。以上より、本発明は 患部の治療効率の向上、更には患者の負担の軽減もは力 れ極めて有効な技術で ある。
実施例
[0044] 以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら 限定するものではない。
[0045] 実施例 2
市販の 3.5 cm φ培養皿(ベタトン'ディッキンソン 'ラブウェア(Becton Dickinson La bware)社製ファルコン(FALCON) 3001)上に、 N-イソプロピルアクリルアミドモノマー を 53% (実施例 1)、 54% (実施例 2)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させた ものを 0.07 πιΓ塗布した。 0.25 MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面に N-イソプ 口ピルアクリルアミドポリマー(PIPAAm)を培養皿上に固定ィ匕した。照射後、イオン交 換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合して 、な 、PIPAAmを 取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで、温度 応答性ポリマーで被覆した細胞培養培養基材材料を得た。
[0046] 基材表面における温度応答性ポリマー量を測定したところ、それぞれ 1.7 μ g/cm ( 実施例 1)、 1.9 gZcm2 (実施例 2)被覆されていることが分力つた。 GFPトランスジェ ニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼにより細胞を分離した。培養開始 3日
目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し、継代 4代目に培養器材を 20°Cで 30 分間冷却することで細胞シートとして回収した。その際の培養細胞のようすを図 1に示 す。
[0047] 回収した細胞シートを積層し、気漏閉鎖に供した。 8週齢の F-344ヌードラットを腹腔 内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、左後側方切開、第 4肋間開胸にて、 肺一胸膜を約 3 cm切除し、分時換気量 400 ccで気漏を確認し、気漏モデルとした。 気漏部位に 2枚積層した培養細胞シートを被覆し、呼吸停止 5分後に人工呼吸器を 再開し、 5分ごとに 100 cc増量し、 1000 ccまで増量し、細胞シートの接着程度、気漏 の有無を評価した。
[0048] その結果、上記培養細胞シートは気漏部に接着し、人工呼吸器に同調して伸縮し 、気漏を閉鎖していた。その際のようすを図 2〜4に示す (それぞれ、図 2 :気漏モデル のようす、図 3 :気漏部位に培養細胞シートを接着させているようす、図 4 :培養細胞シ 一トが気漏を閉鎖したようすをそれぞれ示す)。また、気漏部位を閉鎖した際の組織 を切片化し HE及び Azan染色により組織学的評価も実施した。得られた結果を図 5 (H E染色)、図 6 (Azan染色)に示す。
[0049] V、ずれの結果力 も被覆された培養細胞シートは気漏部組織と密着して 、ることが 分力つた。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。 実施例 3
実施例 2において培養開始 3日目に細胞培養培養基材材料上で継代培養開始の 際、 j8 -ァミノプロピル-トリルを 250 /z M添加すること以外は、実施例 2と同様な操作 で検討進めた。 β -ァミノプロピル-トリルを使用した培養細胞シートは力学的に柔軟 なものであった。気漏部位は閉鎖されており、培養細胞シート被覆部の拘縮も認めら れな力つた。柔軟ィ匕させた培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認する ことができた。
[0050] 実施例 4
実施例 2と同様に、 GFPトランスジエニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼ により細胞を分離した。培養開始 3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し 、継代 4代目に培養器材を 20°Cで 30分間冷却することで細胞シートとして回収した。
[0051] 回収した細胞シートを積層し、肝臓出血部の閉鎖に供した。 8週齢の F-344ヌードラ ットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、腹部切開、肝臓表層を 約 2 mm切除し、出血を確認し、肝臓出血部モデルとした。出血部位に 2枚積層した 培養細胞シートを被覆し、細胞シートの接着程度、出血の有無を評価した。
[0052] その結果、上記培養細胞シートは肝臓出血部に接着し、出血部を閉鎖していた。
その際のようすを図 7、 8に示す (それぞれ、図 7 :出血モデルのようす、図 8 :出血部位 に培養細胞シートを接着させているようすをそれぞれ示す)。また、出血部位を閉鎖 した際の移植 4週後の肝臓出血部の組織を切片化し HE及び Azan染色により組織学 的評価も実施した。得られた結果を図 9 (HE染色)、図 10 (Azan染色)に示す。
[0053] V、ずれの結果カゝらも被覆された培養細胞シートは出血部組織と密着して ヽることが 分力つた。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。
[0054] 実施例 5
実施例 1と同様に、 GFPトランスジエニック新生仔ラットより肺を摘出し、コラゲナーゼ により細胞を分離した。培養開始 3日目に上述した細胞培養培養基材材料に継代し 、継代 4代目に培養器材を 20°Cで 30分間冷却することで細胞シートとして回収した。
[0055] 回収した細胞シートを積層し、血管出血部の閉鎖に供した。 8週齢の F-344ヌードラ ットを腹腔内麻酔下気管内挿管後、人工呼吸器管理下に、腹部切開、血管を縫合 針で切除し、出血を確認し、血管出血部モデルとした。出血部位に 2枚積層した培養 細胞シートを被覆し、細胞シートの接着程度、出血の有無を評価した。
[0056] その結果、上記培養細胞シートは血管出血部に接着し、出血部を閉鎖していた。
その際のようすを図 11、 12に示す(それぞれ、図 11 :出血モデルのようす、図 12 :出血 部位に培養細胞シートを接着させて!/ヽるようすをそれぞれ示す)。
[0057] 以上の結果力 被覆された培養細胞シートは血管出血部組織と密着して 、ることが 分力つた。培養細胞シートの組織修復材としての有用性を確認することができた。 産業上の利用可能性
[0058] 本発明で得られる高生着性培養細胞シートは臓器表面の漏出部表面への生着性 が極めて高ぐ柔軟性の高いものである。本発明の培養細胞シートを用いることにより 臓器表層から漏出する空気又は血液又は体液を抑止することができるようなる。本発
明は、肺胞組織からの気漏、肝臓組織や血管組織からの血液流出等の臨床応用が 強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等 の分野における極めて有用な発明である。