以下、本発明に係る指針の停止位置のばらつき低減機構の実施形態について、図面を用いて説明する。
図1は本発明の各実施形態(実施形態1,2及び変形例)である指針(一例として秒針96)の停止位置のばらつき低減機構10が組み込まれた、時計の各指針(時針98、分針97及び秒針96)を回転させる輪列機構80を機能面で模式的に表した断面図である。図2はばらつき低減機構10の詳細を示す断面図、図3Aはばらつき低減機構10を斜め下方から見た斜視図、図3Bは戻し歯車11の下面11aに対して突起12bが傾いて接している様子を示す要部断面図、図3Cは戻し歯車11の下面11aが硬質膜11fで被覆された状態を示す、図3B相当の断面図、図4はばらつき低減機構10を斜め上方から見た斜視図である。
図示の輪列機構80は、時刻表示機構であって、ステップモータのロータ81と、五番車82、四番車83、三番車84、中心車(二番車)85、日の裏車86及び筒車87を備えている。
ステップモータのロータ81には、ロータ81の軸心であるロータ真81cと、ロータ真81cに固定されてロータ真81cと一体に回転する永久磁石81b及びロータかな81a、を備えている。
五番車82は、歯車82aと、歯車82aよりも歯数の少ないかな82bと、歯車82a及びかな82bを同心に固定した真82cと、を備えている。五番車82の歯車82aは、ロータかな81aに噛み合っている。
四番車83は、歯車83aと、歯車83aよりも歯数の少ないかな83bと、歯車83a及びかな83bを同心に固定した軸83cと、を備えている。四番車83の歯車83aは、五番車82のかな82bに噛み合っている。また、四番車83の軸83cには、時計の秒針96が固定される。
三番車84は、歯車84aと、歯車84aよりも歯数の少ないかな84bと、歯車84a及びかな84bを同心に固定した真84cと、を備えている。三番車84の歯車84aは、四番車83のかな83bに噛み合っている。
中心車85は、歯車85aと、歯車85aよりも歯数の少ないかな85bと、歯車85a及びかな85bを同心に固定した軸85cと、を備えている。中心車85の歯車85aは、三番車84のかな84bに噛み合っている。軸85cには、時計の分針97が固定される。
軸85cは中空の筒状に形成されている。図1においては、四番車83の軸83cと中心車85の軸85cとが離れて表現されているが、これは、ロータ81からの駆動力(トルク)の伝達経路を分かりやすく表現するためであり、実際の構造では、軸85cの中空の空間に、四番車83の軸83cが、軸85cと同心で配置される。
日の裏車86は、歯車86aと、歯車86aよりも歯数の少ないかな86bと、歯車86a及びかな86bを同心に固定した真86cと、を備えている。日の裏車86の歯車86aは、中心車85のかな85bに噛み合っている。
筒車87は、歯車87aと、歯車87aを固定した軸87cと、を備えている。筒車87の歯車87aは、日の裏車86のかな86bに噛み合っている。軸87cには、時計の時針98が固定される。
軸87cは中空の筒状に形成されている。図1においては、筒車87の軸87cと中心車85の軸85cとが離れて表現されているが、これは、ロータ81からの駆動力(トルク)の伝達経路を分かりやすく表現するためであり、実際の構造では、軸87cの中空の空間に、中心車85の軸85cが、軸87cと同心で配置される。
このように構成された輪列機構80は、ロータ81で発生した回転駆動力を、五番車82、四番車83、三番車84、中心車85、日の裏車86、筒車87へと、順次減速しながら伝達して、秒針96、分針97及び時針98をそれぞれ回転駆動する。各指針(秒針96、分針97及び時針98)がそれぞれ、時計の文字板に表示されたインデックス等を指示することにより、時計は時刻を表示する。なお、各指針は、いずれも時計回り方向(右回り;時刻表示のための通常の運針方向)に回転する。
輪列機構80には、ロータ81の回転駆動によって各指針が指示した時刻(の時及び分)を強制的に修正する修正機構90が組み合わされている。修正機構90は、りゅうず91と、巻真92と、つづみ車93と、小鉄車94とを備えている。この修正機構90は周知の構成であり、りゅうず91を巻真92の軸方向に引き出すことで、りゅうず91を巻真92回りに回したときの回転変位が、巻真92、つづみ車93、小鉄車94へと順次伝達される。
そして、小鉄車94の回転変位が、小鉄車94に噛み合う日の裏車86の歯車86aに伝達される。日の裏車86の歯車86aに噛み合った中心車85のかな85bと日の裏車86のかな86bに噛み合った筒車87の歯車87aとが回転し、中心車85及び筒車87が回転する。中心車85及び筒車87の回転変位量は、りゅうず91の回転変位量に対応したものであるため、分針97及び時針98はそれぞれ、りゅうず91の回転変位量に対応した量だけ回転変位して、指示する分及び時が修正される。
なお、本実施形態における輪列機構80における中心車85は、歯車85aと軸85cとの間でスリップを許容する構造となっている。したがって、修正機構90からトルクが入力された中心車85の軸85cと、ロータ81から伝達されたトルクが入力された中心車85の歯車85aとの間でスリップが発生し、分針97は、修正機構90から入力されたトルクにしたがって回転する。この中心車85のスリップを許容する構造により、修正機構90から輪列機構80に伝達された回転は、中心車85よりも上流側である三番車84、四番車83、五番車82及びロータ81に伝達されることはない。
<実施形態1:ばらつき低減機構の構成>
本発明の第1の実施形態(実施形態1)であるばらつき低減機構10は、修正機構90から伝達された回転の影響を受けない三番車84のかな84bに噛み合っている。なお、本実施形態のばらつき低減機構10は、輪列機構80における時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きに回転することを許容しているため、修正機構90から入力されたトルクにより、通常の運針方向とは反対向きに回転し得る中心車85、日の裏車86又は筒車87に噛み合う配置としてもよい。
ばらつき低減機構10は、図2に示すように、戻し歯車11(戻し歯車の一例)と、スリップトルクばね12(摩擦部材の一例)と、戻しばね13(戻しばね部材の一例)と、真14とを備えている。戻し歯車11は、中心に図示しない孔が形成されていて、この孔を緩く貫通した真14を中心として回転する。真14は戻し歯車11と緩く接しているため、真14は戻し歯車11と一体的に回転するものではない。真14は、戻し歯車11を回転自在に支持する。戻し歯車11は、三番車84のかな84bに噛み合っていて、輪列機構に連動して駆動される。
スリップトルクばね12は、図2及び図3Aに示すように、戻し歯車11の下面11aの側に配置されている。スリップトルクばね12は、真14に固定されて真14と一体的に回転する。一方、スリップトルクばね12は、戻し歯車11に固定されているものではなく、戻し歯車11とは独立して回転可能となっている。スリップトルクばね12は、平板部12aと腕部12cとにより形成されている。
平板部12aは、スリップトルクばね12の中心部分において、平板状に形成されている。平板部12aは、その中心に、図示を略した孔が形成されていて、その孔に真14が貫通して固定されている。
腕部12cは、平板部12aの外周縁から帯状に延びて形成されている。腕部12cは、平板部12aの中心に形成された孔を中心とした等角度間隔(120[度]間隔)で3つ形成されている。なお、腕部12cは少なくとも1つ形成されていればよいが、複数形成されている方が、孔を中心とした周方向におけるバランスがよい。また、腕部12cは、複数形成されている場合は、孔回りに等角度間隔で形成されている方が、不等角度間隔で形成されているものよりも、周方向におけるバランスがよい。
各腕部12cは、平板部12aの孔回りの周方向に延びて形成されている。そして、各腕部12cの先端は、隣り合う別の腕部12cの根元(基端)まで近接している。したがって、各腕部12cは、孔回りの略120[度]の角度に対応した周方向の長さに形成されていて、平板部12aの半径に比べて長い寸法で形成されている。なお、腕部12cの延びている向きは、時刻表示のための通常の運針方向に回転する輪列機構80に噛み合った戻し歯車11の回転方向に一致している。
各腕部12cは、弾性変形可能な材料で形成されている。各腕部12cの先端には、戻し歯車11の下面11aに向けて、腕部12cの上面(戻し歯車11の下面11aに対向する面)よりも突出した短円柱状の突起12bが形成されている。各突起12bは、平板部12aが真14に固定された状態で、戻し歯車11の下面11aに接する。
ここで、腕部12cは一定の剛性を有し、突起12bは、腕部12cの上面よりも突出しているため、突起12bが戻し歯車11の下面11aに接した状態で、腕部12cが図2に示すように、腕部12cの弾性変形領域で下方に撓むように弾性変形する。この腕部12cの弾性変形による復元力(弾性力)は、突起12bを戻し歯車11の下面11aに押し付ける垂直抗力となる。
ここで、真14及びスリップトルクばね12の回転を阻止した状態で保持し、戻し歯車11を回転させるトルクが掛ると、戻し歯車11は、真14に対して緩く接しているだけであるため真14及びスリップトルクばね12に対して真14まわりに回転する。このとき、上述した垂直抗力により、戻し歯車11には、その回転方向に対して反対向きの摩擦力を生じさせる。なお、真14及びスリップトルクばね12に対して、その回転を阻止しない程度の小さい荷重が掛っているとき、又はその荷重が掛っていないときは、真14及びスリップトルクばね12は、戻し歯車11の回転に連れ回る。
なお、スリップトルクばね12によって戻し歯車11に生じる摩擦力は、戻し歯車11が、噛み合っている三番車84のかな84bから伝達される、時刻表示のための通常の運針によるトルクに対して、戻し歯車11を停止させるよりも低い荷重である。したがって、戻し歯車11に時刻表示のための通常の運針によるトルクが作用しているとき、そのトルク以上のトルクで真14及びスリップトルクばね12の回転が阻止されているときは、スリップトルクばね12による摩擦力は、戻し歯車11の回転を停止させることはできず、戻し歯車11とスリップトルクばね12との間では滑り(スリップ)が生じる。
また、このばらつき低減機構10が組み込まれる時計が、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きにロータ81を回転させる機能を有している場合、すなわち、例えば修正機構90による手動の時刻修正機能の他に、電波修正時計のように、時計が有している制御装置により、ロータ81を通常の運針方向とは反対向きに回転させて時刻修正を行う場合、戻し歯車11には、三番車84から、通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用する。
この場合も、戻し歯車11に作用する反対向きのトルク以上のトルクで真14及びスリップトルクばね12の回転が阻止されているときは、スリップトルクばね12による摩擦力は、戻し歯車11の回転を停止させることはできず、戻し歯車11とスリップトルクばね12との間では滑りが生じる。
なお、突起12bは腕部12cの上面よりも突出しているため、腕部12cが下方に撓むと、図3Bに示すように、戻し歯車11の下面11aに接する突起12bも、腕部11cの撓みに伴って下面11aに対して傾く。つまり、突起12bの上面や腕部12cの上面と平行に形成されている場合、腕部12bの撓みによって、腕部12bの先端に形成されている突起12bの上面が、戻し歯車11の下面11aに対して平行ではなく、0[度]以外の所定の角度で傾く。
この結果、突起12bは、上面の全体で戻し歯車11の下面11aに接するのではなく、上面の一部(特に、腕部12cに繋がった側の角部)が下面11aに接することになり、下面11aに対する突起12bの面圧が、上面の全体で接している場合よりも高くなる。そして、傾いた突起12bとの面圧の高い接触によって、戻し歯車11の下面11aが、摩耗したり、削られたりする可能性がある。
そこで、戻し歯車11を、突起12b(スリップトルクばね12)よりも硬度の高い材料で形成するのが好ましい。スリップトルクばね12は一般的な弾性材料(例えば、ステンレス)で形成されているため、それよりも硬度の高い材料としては、例えば、炭素鋼、ニッケル(Ni)や、ニッケル(Ni)にリン(P)を加えたリン化合物(NiP)などを適用することができる。硬度の高い材料としては、例示した材料に限定されず、突起12bよりも硬度の高いものであればよい。
なお、硬度の高い材料としては、上述した材料のように素材自体の特性で硬度の高い材料の他、熱処理等の硬化処理によって硬度を高くしたものも含まれる。つまり、戻し歯車11を、スリップトルクばね12と同じ材料(例えば、ステンレス)で形成し、戻し歯車11を硬化処理することで、戻し歯車11をスリップトルクばね12よりも硬度の高い材料としてもよい。もちろん、素材自体の硬度が高い上述した炭素鋼、ニッケル(Ni)や、ニッケルにリン(P)を加えたリン化合物(NiP)などの材料をさらに硬化処理して適用することもできる。
このように、戻し歯車11を、突起12b(スリップトルクばね12)よりも硬度の高い材料で形成したものでは、戻し歯車11の下面11aが、摩耗したり、削られたりするのを防止又は抑制することができる。
また、戻し歯車11自体を硬度の高い材料で形成する(硬化処理により硬度の高い材料にすることを含む)のに代えて、戻し歯車11の、突起12bが接する下面11aだけを、突起12bよりも硬度が高くなるように形成してもよい。具体的には、例えば、図3Cに示すように、下面11aに、突起12bよりも硬度の高い硬質膜11fを形成すればよい。硬質膜11fとしては、例えばDLC(diamond‐like carbon)膜を適用することができる。硬質膜11fとしては、例示したDLC膜に限定されず、突起12bよりも硬度の高い膜であればよい。なお、硬質膜の形成方法については、塗布やメッキなど特定の形成方法に限定されない。
このように、戻し歯車11の下面11aを、突起12b(スリップトルクばね12)よりも硬質膜11fで被覆したものでは、戻し歯車11の下面11aが、摩耗したり、削られたりするのを防止又は抑制することができる。
なお、下面11aに対する突起12bの面圧が低い場合等により、戻し歯車11の下面11aが摩耗したり削られたりする恐れがないときは、戻し歯車11に対する硬度の高い材料の適用(硬化処理により硬度の高い材料にすることを含む)や下面11aへの硬質膜11fの形成は行わなくてもよい。
つまり、本発明に係る指針の停止位置のばらつき低減機構は、戻し歯車に対する硬度の高い材料の適用(硬化処理を含む)や硬質膜の形成処理は必須では無い。
一方、戻し歯車11の下面11aに対する突起12bの面圧が低い場合等であっても、戻し歯車11に対する硬度の高い材料の適用(硬化処理を含む)や下面11aへの硬質膜の形成を行ってもよい。
戻しばね13は、図4に示すように、戻し歯車11の上面11bの側に配置されている。戻しばね13も、真14に固定されて真14と一体的に回転する。つまり、戻しばね13とスリップトルクばね12とは、一体的に回転する。戻しばね13も、戻し歯車11に固定されているものではなく、戻し歯車11とは独立して回転可能となっている。戻しばね13は、基部13d(固定部材の一例)と、ストッパ部13a(規制部材の一例)と、ばね部13c(ばね部の一例)とにより形成されている。
基部13dは、戻しばね13の中心部分において平板状に形成されている。基部13dは、中心に、図示を略した孔が形成されていて、その孔に真14が貫通して固定されている。基部13dは、戻し歯車11の上面11bに接していない。
ストッパ部13aは、基部13dの外周縁から半径方向に、戻し歯車11の外周から外方に突出して形成されている。ストッパ部13aは後述するムーブメントの地板70に形成された隙間75の範囲で、戻しばね13の回転範囲を規制する。
ばね部13cは、ストッパ部13aの、戻し歯車11の半径よりも内側に位置する部分から、真14回りの周方向に延びて形成されている。ばね部13cは、基端側はストッパ部13aに接続している固定端となっている。一方、ばね部13cの先端側は、ストッパ部13aから離れていて自由端となっている。ばね部13cは、弾性変形可能な材料で形成されている。自由端と固定端とが近づけられて弾性変形した状態では、ばね部13cは、自由端と固定端との距離が元の寸法に戻ろうとする弾性変形による復元力(弾性力)が発生する。したがって、ばね部13cは、基部13dに回転のトルクを付与する。
ばね部13cの自由端には、戻し歯車11の外周から半径方向の外方に突出した引掛け部13bが形成されている。引掛け部13bは、このばらつき低減機構10が時計のムーブメントに組み込まれて、ばね部13cが延びた側の側縁13eが、そのムーブメントの地板等の固定部分に突き当たるように形成されている。
<ばらつき低減機構の作用>
次に、上述のように構成されたばらつき低減機構10の作用について説明する。図5,6,7は、ばらつき低減機構10の作用を説明する図であり、図5は、ばらつき低減機構10がムーブメントに組み込まれる前の状態であって、戻しばね13のばね部13cに弾性力が作用していない状態を示す図、図6,7は、ばらつき低減機構10がムーブメントに組み込まれた状態であって、戻しばね13のばね部13cに弾性力が作用している状態を示す図である。
図5に示すように、本実施形態の秒針96の停止位置のばらつき低減機構10が組み込まれる時計は、ムーブメントの地板70に、ストッパ部13aが配置される隙間75と、引掛け部13bが配置される隙間76とが形成されている。隙間75は、地板の壁71,72の間の空間であり、この隙間75は、真14を中心としてストッパ部13aが周方向にわずかに移動できる長さに設定されている。なお、隙間76は、隙間75よりも内周側に形成された地板の壁73,74の間の空間であるが、引掛け部13bを引っ掛けるための壁74が形成される構造であればよく、空間である必要はない。
そして、ばらつき低減機構10がムーブメントに組み込まれた状態では、図6に示すように、ストッパ部13aが隙間75に配置され、引掛け部13bが隙間76に配置される。このとき、ばね部13cは、固定端と自由端とが近づく方向に弾性変形された状態となる。すなわち、ばね部13cは、ストッパ部13aと引掛け部13bとが、近づく方向に弾性変形している。つまり、ばね部13cは、ストッパ部13aと引掛け部13bとが遠ざかる方向の弾性力を発生している。これにより、ストッパ部13aの、ばね部13cが延びた側の側縁13fが、地板の壁71に接し、引掛け部13bの、ばね部13cが延びた側の側縁13eが、地板の壁74に接して、戻しばね13には初期的な弾性力が掛っている。
ここで、戻しばね13は、ばね部13cの固定端側がストッパ部13aに結合し、ストッパ部13aは基部13dに結合し、基部13dは真14を介してスリップトルクばね12と結合しているため、この初期的な弾性力は、スリップトルクばね12の突起12bを通じて、戻し歯車11に作用する。
戻し歯車11は、三番車84のかな84bから、時刻表示のための通常の運針方向へのトルクが伝達されるが、そのトルクにより回転する方向は矢印R方向(図6において反時計回り方向)である。一方、スリップトルクばね12から受ける弾性力によるトルクの向きは、矢印R方向とは反対向き(図6において時計回り方向)である。そして、戻し歯車11の歯は、このスリップトルクばね12から受ける弾性力によるトルクによって、噛み合う三番車84のかな84bに対して、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクを作用させる。
したがって、三番車84が噛み合う、三番車84よりも、駆動力が伝達される方向の上流側となる四番車83及び五番車82も、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用する。これにより、三番車84、四番車83及び五番車82は、歯がそれぞれバックラッシの一方側に寄せられた状態で保持され、これにより、四番車83に固定された秒針96は、時刻表示のための通常の運針動作において、バックラッシに起因するふらつき及び停止位置のばらつきが防止又は抑制される。
図6に示した状態から、三番車84のかな84bから戻し歯車11に、時刻表示のための通常の運針方向へのトルクが伝達されると、戻し歯車11は、そのトルクにより矢印R方向(図6において反時計回り方向)に回転し始める。戻し歯車11の下面11aには、図2,3に示したスリップトルクばね12が配置されていて、スリップトルクばね12は、突起12bに摩擦力により、戻し歯車11とともに矢印R方向に回転を始める。
戻しばね13は、真14を介してスリップトルクばね12と結合しているため、スリップトルクばね12とともに、図7に示すように矢印R方向に回転する。このとき、戻しばね13の基部13d及びストッパ部13aは、スリップトルクばね12とともに回転するが、引掛け部13bは回転方向(矢印R方向)の前側の側縁13eが地板70の壁74に突き当たっているため回転しない。この結果、スリップトルクばね12の回転が進むにしたがって、ばね部13cの弾性変形量が大きくなる。
そして、ストッパ部13aの、引掛け部13bに近い側の側縁13gが、隙間75を仕切る反対側の壁72に突き当たると、戻しばね13は矢印R方向への回転が止められる。この結果、真14を介して戻しばね13と結合したスリップトルクばね12も回転を停止する。一方、戻し歯車11には、時刻表示の通常の運針動作によるトルクが掛り続けるため、矢印R方向への回転が継続し、突起12bと戻し歯車11の下面11aとの間で滑りが生じる。以後、戻し歯車11は、突起12bからの一定の摩擦力(動摩擦力)を受けながら、矢印R方向の回転を継続する。
この状態の期間中は、運針動作により戻し歯車11が矢印R方向に回転し、スリップトルクばね12が滑った後、戻しばね13からの反力により破線矢印−R方向への回転トルクが真14に作用する。真14と一体化されたスリップトルクばね12を介して戻し歯車11にも破線矢印−R方向への回転トルクが伝達され、戻し歯車11と噛み合う三番車84以前の車(四番車83、五番車82及びロータ81)へ、通常の運針方向と反対向きの回転トルク(負荷トルク)が伝達される。これにより、三番車84以前の各車(四番車83、五番車82及びロータ81)間のバックラッシが詰められ、秒針96のふらつきを抑制するとともに、四番車83に固定された秒針96の停止位置のばらつきを低減(防止又は抑制)する。
また、この時計が、ロータ81を通常の運針方向とは反対向きに回転させて時刻修正を行う場合、戻し歯車11には、三番車84から、通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用し、図7に示した状態から図6に示した状態に向けて、破線矢印−R方向(図6,7において時計回り方向)に回転する。この場合、戻し歯車11には、ばね部13cの弾性力を解放する方向へのトルクが、スリップトルクばね12を介して作用するが、図6に示すように、ストッパ部13aの側縁13fが、隙間75を仕切る壁71に突き当たると、戻しばね13もスリップトルクばね12も回転しなくなる。
このとき、スリップトルクばね12の突起12bと戻し歯車11の下面11aとの間で滑りが発生して、戻し歯車11だけが回転を継続し、スリップトルクばね12、真14及び戻しばね13は、突起12bを介して戻し歯車11から摩擦力を受けるだけで、損傷、破損することはない。
以上のように、本実施形態の秒針96の停止位置のばらつき低減機構10によれば、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用しても損傷、破損することがなく、通常の運針方向への回転の際は、歯車の歯を常に、バックラッシの中の、通常の運針方向とは反対向きの端部側に寄せることができ、秒針96の停止位置のばらつきを防止又は抑制して低減することができる。
本実施形態の秒針96の停止位置のばらつき低減機構10は、ストッパ部13aが隙間75の壁72に突き当たることにより、ばね部13cの弾性変形量が一定範囲に規制される。しかも、その弾性変形量に応じた弾性力により戻しばね13に生じる、通常の運針方向とは反対向きのトルクが、戻し歯車11と戻しばね13との間での摩擦力(戻し歯車11とスリップトルクばね12との間で生じる摩擦力)によるトルクを上回る前に、ストッパ部13aが隙間75の壁72に突き当たる。
したがって、弾性力によるトルクが、戻し歯車11と戻しばね13との間での摩擦力によるトルクを上回ることがなく、戻し歯車11には、ストッパ部13aが壁72に突き当たった状態でのばね部13cの弾性変形量に応じた一定の弾性力によるトルクが作用し続ける。
これに対して、仮に、ストッパ部13aを備えないものでは、ばね部13cの弾性力によるトルクが、戻し歯車111と戻し車板115との間での摩擦力によるトルクを上回るまで戻しばね13が回転し続け、その上回った瞬間に、戻し歯車11に対して戻しばね13が急激に滑り、戻し歯車11に作用する反対向きのトルクが大きく変動するおそれがある。
このように、隙間75とストッパ部13aとの相対的な大きさにより、弾性力によるトルクが、戻し歯車11とスリップトルクばね12との間での摩擦力によるトルクを上回る前に、ストッパ部13aが壁72に突き当たる構成とすることにより、戻し歯車11に作用する反対向きのトルクを一定に維持することができる。
また、本実施形態のばらつき低減機構10は、スリップトルクばね12の戻し歯車11に接する部分が、腕部12cの弾性力により戻し歯車11に押圧された突起12bであるため、突起の突出高さを変更することにより、戻し歯車11との摩擦力を容易に変更することができる。また、突起12bの面積を変更することで、戻し歯車11と接する面積を変更することができる。
また、本実施形態のばらつき低減機構10は、戻しばね13とスリップトルクばね12とが、真14を介して一体に形成されているため、一体でないものに比べて、ムーブメントに組み込む際の作業性がよい。
<変形例>
図8はスリップトルクばね12を戻し歯車11と戻しばね13との間に配置した変形例のばらつき低減機構10を示す図、図9は図8に示したばらつき低減機構10の作用を説明する図である。
上述した実施形態1の秒針96の停止位置のばらつき低減機構10は、スリップトルクばね12と戻しばね13とが戻し歯車11の別々の面側に配置された構造であるが、図8に示すように、スリップトルクばね12として板ばねを適用し、このスリップトルクばね12を、戻し歯車1
1と戻しばね13との間に配置した構造を適用することもできる。この構造では、スリップトルクばね12及び戻しばね13は、両方とも戻し歯車11の上面11bの側に配置される。
図8に示したスリップトルクばね12は、例えば円板状の弾性部材であり、中心部に、真14を緩く貫通させる孔が形成されて、その孔を真14が緩く貫通している。スリップトルクばねは、その一部が厚さ方向の上向きに折り曲げられて傾斜して形成されている。スリップトルクばね12は、戻し歯車11と戻しばね13の基部13dとで挟まれて、その傾斜して立ち上がった部分が、折り曲げられていない状態に戻されるように撓んで弾性変形した状態となっている。
これにより、スリップトルクばね12の撓んだ部分には弾性力が生じ、戻し歯車11と戻しばね13の基部13dとの間で弾性力による垂直抗力が生じて、戻し歯車11と戻しばね13との間に、実施形態1における戻し歯車11とスリップトルクばね12との間に生じる摩擦力と同様の摩擦力を生じさせる。
また、スリップトルクばね12を、戻し歯車11にも戻しばね13及び真14にも固定しない構造、又は戻し歯車11若しくは戻しばね13及び真14に固定した構造とすることにより、戻し歯車11と戻しばね13との間で滑りを生じさせることができる。
なお、図8に示したばらつき低減機構10は、ストッパ部13aを備えないが、ストッパ部13aを備えた構成としてもよい。ストッパ部13aを備えたものは、実施形態1で説明したように、ストッパ部13aを備えないものに比べて、回転し続ける戻し歯車11に対して作用する摩擦力の大きさの変動を抑制することができる。
このように構成された変形例のばらつき低減機構10は、図9に示すように、初期的には戻し歯車11に、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きの摩擦力を作用させないが、時刻表示のための通常の運針動作により戻し歯車11が矢印R方向に回転し、引掛け部13bの側縁13eが、地板70の壁74に突き当たった後は、戻し歯車11の回転が進むにしたがって、ばね部13cが弾性変形して、戻しばね13の基端部からスリップトルクばね12を介して戻し歯車11には、矢印R方向とは反対向き(破線矢印−R方向)の摩擦力が作用する。これにより、戻し歯車11には、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用し、秒針96のばらつきを低減することができる。
また、戻し歯車11の回転がさらに進むと、戻しばね13とスリップトルクばね12との間及びスリップトルクばね12と戻し歯車11との間の少なくとも一方において、滑りが発生するが、戻し歯車11には、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用し続けるため、通常の運針動作中は、常に、秒針96のばらつきを低減することができる。
また、時刻修正等の機能により、戻し歯車11が通常の運針方向とは反対向き(破線矢印−R方向)に回転した場合は、スリップトルクばね12を介して戻しばね13も戻し歯車11とともに回転するが、引掛け部13bの反対側の側縁13hが、隙間76を仕切る反対側の壁73に突き当たると、やがて、戻しばね13とスリップトルクばね12との間及びスリップトルクばね12と戻し歯車11との間の少なくとも一方において、滑りが発生する。したがって、戻し歯車11だけが回転を継続し、スリップトルクばね12、真14及び戻しばね13は、突起12bを介して戻し歯車11から摩擦力を受けるだけで、損傷、破損することはない。
なお、本発明に係る指針の停止位置のばらつき低減機構における摩擦部材(実施形態1およびその変形例におけるスリップトルクばね12)は、上述したスリップトルクばね12の構成に限定されるものではなく、戻し歯車に接して戻し歯車の駆動に摩擦力を与え、一定のトルク以上のときは、戻し歯車とばね部材との間で滑りを生じさせるものであれば、如何なる構成も適用することができる。
<実施形態2:ばらつき低減機構の構成>
図10は本発明に係る第2の実施形態(実施形態2)の指針(一例として、秒針96)の停止位置のばらつき低減機構110の一部構成である戻し歯車111とスリップトルクばね112と戻し車板115と真114とを示す分解斜視図、図11はばらつき低減機構110の残りの構成である板ばね116を示す斜視図、図12は図10の戻し歯車111とスリップトルクばね112と戻し車板115と真114とが組み立てられた状態の断面を示す断面図、図13は戻し歯車111とスリップトルクばね112と戻し車板115と真114とが組み立てられた状態の斜視図である。
本発明に係る第2の実施形態(実施形態2)であるばらつき低減機構110は、戻し歯車111(戻し歯車の一例)と、スリップトルクばね112(摩擦部材の一例)と、真114と、戻しばね部材113(戻しばね部材の一例)とを備えている。戻しばね部材113は、戻し車板115(戻しばね部材の固定部材の一例)と板ばね116(戻しばね部材のばね部材の一例)とを備えている。
ばらつき低減機構110の戻し歯車111は、実施形態1のばらつき低減機構10における戻し歯車11に対応し、スリップトルクばね112はスリップトルクばね12に対応し、真114は真14に対応し、戻しばね部材113は戻しばね13に対応している。なお、戻し車板115は戻しばね13の基部13dに相当し、板ばね116はばね部13cに相当する。
そして、このばらつき低減機構110もばらつき低減機構10と同様に、三番車84のかな84bに噛み合っていて、秒針96のばらつきを低減する。ばらつき低減機構110は、図10,11に示すように、戻し歯車111と、スリップトルクばね112と、戻し車板115と、真114と、板ばね116とを備えている。戻し歯車111と、スリップトルクばね112と、戻し車板115と、真114とは組み立てられて、図12,13に示すように一体をなしている。一方、板ばね116は、このばらつき低減機構110が組み込まれる時計のムーブメントにおける地板70に組み込まれる。
戻し歯車111は、戻し歯車11と同様に三番車84のかな84bに噛み合う。戻し歯車111は、中心に孔111cが形成されていて、この孔111cに、下面11aの側から真114が通されている。真114は、孔111cを緩く貫通している。したがって、真114に対して戻し歯車111は、独立して回転可能になっている。真114には戻し歯車111の孔111cより大きな直径で形成された抜け止め部114aが形成されていて、抜け止め部114aは、戻し歯車111の下面111aに接する。
スリップトルクばね112は、円板状の弾性部材であり、材料により形成されている。スリップトルクばね112は、その一部が厚さ方向の上向きに折り曲げられて傾斜した形状となっている。なお、このスリップトルクばね112は、図8,9に示したスリップトルクばね12と同じである。スリップトルクばね112は、中心に孔112cが形成されている。
スリップトルクばね112は、戻し歯車111の上面111b側において、戻し歯車111に重ねて配置される。スリップトルクばね112は、孔112cに、下面の側から真114が通されている。真114は、孔112cを緩く貫通している。したがって、真114に対してスリップトルクばね112は、独立して回転可能になっている。
戻し車板115は、平板状に形成され、中心に孔115cが形成されている。戻し車板115は、戻し歯車111の上面111b側において、スリップトルクばね112の上方側から重ねて配置され、戻し車板115は、戻し歯車111との間にスリップトルクばね112を挟む。戻し車板115には、スリップトルクばね112が接する下面115aとは反対側に突出した、短円柱状の戻し車ピン115d(規制部材の一例)が形成されている。
戻し車板115は、孔115cに、下面115aの側から真114が通されている。真114は、孔115cに嵌め合わされて、戻し車板115は真114に固定されている。このとき、戻し車板115は、スリップトルクばね112の、傾斜して立ち上がった部分112a,112bを、図12に示すように折り曲げられていない状態に戻すように撓ませて弾性変形させた状態で真114に固定される。これにより、スリップトルクばね112の撓んだ部分には弾性力が生じ、戻し歯車111と戻し車板115との間で弾性力による垂直抗力が生じて、戻し歯車11と戻し車板115との間に、実施形態1で説明した摩擦力を生じさせる。
図14は、実施形態2のばらつき低減機構110の作用を説明する図で、ばらつき低減機構110がムーブメントに組み込まれた状態であって、戻しばね部材113の板ばね116に戻し車ピン115dが接している状態を示す図、図15は、ばらつき低減機構110の作用を説明する図で、ばらつき低減機構110がムーブメントに組み込まれた状態であって、板ばね116の弾性力によるトルクが戻し車ピン115dに掛っている状態を示す図、図16は、ばらつき低減機構110の作用を説明する図で、ばらつき低減機構110がムーブメントに組み込まれた状態であって、輪列機構80が通常の運針方向とは反対向きに回転した状態を示す図である。
板ばね116は、図11に示すように、平板状の固定部116aと、固定部116aから細長く腕状に延びたばね部116bとが形成されている。固定部116aは、図14に示すように、このばらつき低減機構110が組み込まれる時計のムーブメントの地板70にねじ78等で固定される。
ばね部116bは、弾性変形可能な材料で形成されている。ばね部116bは、基端が固定部116aに接続し、自由端の側が、ムーブメントに組み込まれた状態におけるばらつき低減機構110の戻し車ピン115dの外周面に接する。図示の状態においては、ばね部116bの自由端の側は、戻し車ピン115dに、図示の右側から接する。
戻し車板115が図示の左回転方向(反時計回り方向)に回転して、戻し車ピン115dが図示の右方向に移動すると、板ばね116の自由端が、戻し車ピン115dに押されて右方向に変位する。一方、板ばね116の固定端は変位しないため、板ばね116はばね部116bが弾性変形する。この弾性変形により、ばね部13cには、自由端を元の位置に戻そうとする弾性変形による復元力(弾性力)が発生する。
戻し車板115と板ばね116とで、戻しばね部材113を構成している。戻しばね部材113は、実施形態1における戻しばね13と同様の機能を発揮する。
<ばらつき低減機構の作用>
次に、上述のように構成されたばらつき低減機構110の作用について説明する。図15,16は、ばらつき低減機構110の作用を説明する図であり、図15は、ばらつき低減機構110がムーブメントに組み込まれた状態であって、ばね部116bに弾性力によるトルクが戻し車ピン115dに掛っている状態を示す図、図16は、ばらつき低減機構110がムーブメントに組み込まれた状態であって、輪列機構80が通常の運針方向とは反対向きに回転した状態を示す図である。
図14に示すように、ばらつき低減機構110がムーブメントに組み込まれた状態で、戻し歯車111が、三番車84から、時刻表示のための通常の運針方向へのトルクが伝達されるが、そのトルクにより回転する方向は矢印R方向(図14において反時計回り方向)である。
図14に示した状態から、戻し歯車111が矢印R方向に回転すると、戻し歯車111の上面111bには、図10,12に示したスリップトルクばね112が配置されていて、スリップトルクばね112は、戻し歯車111との間に作用する垂直抗力に起因した摩擦力により、戻し歯車111とともに矢印R方向に回転を始める。
戻しばね部材113の戻し車板115も、スリップトルクばね112との間に作用する垂直抗力に起因した摩擦力により、スリップトルクばね112とともに矢印R方向に回転を始める。
このとき、戻し車板115の回転により戻し車ピン115dが、図15に示すように右方向に変位し、板ばね116のばね部116bが弾性変形し始め、戻し車ピン115dには、ばね部116bの弾性力が作用し、戻し車板115は、通常の運針方向(矢印R方向)とは反対向き(破線矢印−R方向)のトルクが掛る。
ここで、戻し車板115はスリップトルクばね112と摩擦力を以て接し、スリップトルクばね112は戻し歯車111と摩擦力を以て接しているため、戻し車板115に作用したトルクは戻し歯車111に作用する。
戻し歯車111がスリップトルクばね112から受ける弾性力によるトルクの向きは、矢印R方向とは反対向き(破線矢印−R方向)であるため、戻し歯車11は、その歯が噛み合う三番車84に対して、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクを作用させる。
したがって、三番車84が噛み合う、三番車84よりも、駆動力が伝達される方向の上流側となる四番車83及び五番車82も、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用する。これにより、三番車84、四番車83及び五番車82は、歯がそれぞれバックラッシの一方側に寄せられた状態で保持され、これにより、四番車83に固定された秒針96は、時刻表示のための通常の運針動作において、バックラッシに起因するばらつきが防止又は抑制される。
そして、ばね部116bの弾性力によって戻し車板115に作用するトルクが、戻し車板115とスリップトルクばね112との間の垂直抗力に起因した摩擦力によるトルクを上回るか、又はスリップトルクばね112と戻し歯車111との間の垂直抗力に起因した摩擦力によるトルクを上回ると、通常の運針方向に回転する戻し歯車111と、通常の運針方向とは反対向きの弾性力が作用する戻し車板115との間(戻し車板115とスリップトルクばね112との間及びスリップトルクばね112と戻し歯車111との間の少なくとも一方)で滑り(スリップ)が生じる。以後、戻し歯車111は、スリップトルクばね112からの一定の摩擦力(動摩擦力)を受けながら、矢印R方向の回転を継続する。
この状態の期間中は、運針動作運により戻し歯車111が矢印R方向に回転し、戻し車板115とスリップトルクばね112との間及びスリップトルクばね112と戻し歯車111との間の少なくとも一方で滑りが生じた後、ばね部116bからの反力により破線矢印−R方向への回転トルクが戻し車板115に作用する。
戻し車板115に作用した回転トルクは、スリップトルクばね112を介して戻し歯車11にも伝達され、戻し歯車111と噛み合う三番車84以前の車(四番車83、五番車82及びロータ81)へ、通常の運針方向と反対向きの回転トルク(負荷トルク)が伝達される。これにより、三番車84以前の各車(四番車83、五番車82及びロータ81)間のバックラッシが詰められ、秒針96のふらつきを抑制するとともに、四番車83に固定された秒針96の停止位置のばらつきを低減(防止又は抑制)する。
また、この時計が、ロータ81を通常の運針方向とは反対向きに回転させて時刻修正を行う場合、戻し歯車111には、三番車84から、通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用し、図15に示した状態から図16に示した状態に向けて、破線矢印−R方向(図16において時計回り方向)に回転する。この場合、戻し歯車111には、ばね部13cの弾性力を解放する方向へのトルクが、スリップトルクばね112を介して作用するが、図16に示すように、戻し車ピン115dの外周面がばね部116bから離れ、戻し車ピン115dの外周面の左側が地板70の壁71に突き当たると、戻し車板115は回転しなくなる。
このとき、戻し車板115とスリップトルクばね112との間、又はスリップトルクばね112と戻し歯車111との間で滑りが発生して、戻し歯車111だけ、又は戻し歯車111とスリップトルクばね112とが回転を継続し、戻し車板115及び板ばね116からなる戻しばね部材113は、戻し歯車111はスリップトルクばね112から摩擦力を受けるだけであり、損傷、破損することはない。
以上のように、本実施形態の秒針96の停止位置のばらつき低減機構110によれば、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクが作用しても損傷、破損することがなく、通常の運針方向への回転の際は、歯車の歯を常に、バックラッシの中の、通常の運針方向とは反対向きの端部側に寄せることができ、秒針96のふらつき及び停止位置のばらつきを防止又は抑制して低減することができる。
また、本実施形態の秒針96の停止位置のばらつき低減機構110は、戻しばね部材113は、真114に固定された戻し車板115と板ばね116とに分割した構造としたため、板ばね116をムーブメント側に配置することができ、ばらつき低減機構110の配置の自由度を高めることができる。
<変形例1>
図17,18は戻し車板115の回転できる範囲を、図14−16に示した実施形態2のばらつき低減機構110よりも小さくした変形例1のばらつき低減機構110を示す図であり、図17は、通常の運針方向への動作中に戻し車ピン115dが地板70の壁72(運針方向の前方の壁)に突き当たった状態を示す図、図18は、通常の運針方向とは反対向きへの動作中に戻し車ピン115dが地板70の反対の壁71(運針方向の後方の壁)に突き当たった状態を示す図である。
図示のばらつき低減機構110は、戻し車板115に形成された戻し車ピン115dが動くことのできる回転範囲は狭く規制するために、このばらつき低減機構110が組み込まれる時計のムーブメントにおける地板70に形成された、戻し車ピン115dが突出した窓(隙間)75を小さくしたものである。なお、窓75を小さくする代わりに、戻し車ピン115dの直径を大きく形成してもよい。つまり、窓75に対する戻し車ピン115dの相対的な直径を大きくすればよい。
このように構成されたばらつき低減機構110によれば、ばね部116bの弾性変形量が戻し車ピン115dの回転範囲に規制される。しかも、その弾性変形量に応じた弾性力により戻し車板115に生じる、通常の運針方向とは反対向きのトルクが、戻し歯車111と戻し車板115との間での摩擦力(戻し歯車111とスリップトルクばね112との間で生じる摩擦力とスリップトルクばね112と戻し車板115との間で生じる摩擦力とののいずれか小さい方の摩擦力)によるトルクを上回る前に、戻し車ピン115dが窓75の壁72に突き当たる。
したがって、弾性力によるトルクが、戻し歯車111と戻し車板115との間での摩擦力によるトルクを上回ることがなく、戻し歯車111には、戻し車ピン115dが窓75の壁72に突き当たった状態でのばね部116bの弾性変形量に応じた一定の弾性力によるトルクが作用し続ける。
これに対して、図14に示すように窓75が大きく、戻し車ピン115dが壁72に突き当たる前にばね部116bの弾性力によるトルクが、戻し歯車111と戻し車板115との間での摩擦力によるトルクを上回ったとすると、その上回った瞬間に、戻し歯車111に対して戻し車板115が急激に滑り、戻し歯車111に作用する反対向きのトルクが大きく変動するおそれがある。
このように、窓75に対する戻し車ピン115dの相対的な大きさを大きくして、弾性力によるトルクが、戻し歯車111と戻し車板115との間での摩擦力によるトルクを上回る前に、戻し車ピン115dが窓75の壁72に突き当たる構成とすることにより、戻し歯車111に作用する反対向きのトルクを一定に維持することができる。
なお、窓75に対する戻し車ピン115dの相対的な大きさを大きく形成することにより、図18に示すように、戻し歯車111が反対向き(破線矢印−R方向)に回転するときも、戻し車ピン115dがばね部116bから離れてからの変位量を小さくすることができる。
これにより、戻し歯車111が再び通常の運針方向に回転し始めた際に、戻し車ピン115dがばね部116bに接触し始めるまでの、戻し車板115の回転変位量を少なくすることができる。したがって、再び通常の運針方向に回転し始めてから戻し歯車111に、弾性力による反対向きのトルクが作用し始めるまでの時間を短縮することができる。
<変形例2>
図19は、実施形態2のばらつき低減機構110における戻し車板115に代えて適用する、戻し車レバー215dを備えた戻し車板215を示す斜視図、図20は、戻し車板215を備えた変形例2の指針(一例として秒針96)の停止位置のばらつき低減機構210の動作を説明する図である。
上述した実施形態2及び変形例1のばらつき低減機構110は、戻し車板115に戻し車ピン115dを設けた構成であるが、戻し車ピン115dに代えて他の規制部材により、ばね部116bを弾性変形させるものとしてもよい。例えば、ばらつき低減機構110の戻し車板115を、図19に示す戻し車板215に代えたばらつき低減機構210(変形例2)としてもよい。
図19に示した戻し車板215は、戻し車板215の、スリップトルクばね112に接する平板状の本体部分215aを、図10に示した戻し車板115よりも小さく形成し、この本体部分から、戻し歯車111の外周縁よりも半径方向の外方まで延びた戻し車レバー215d(規制部材の一例)が形成されている。
そして、図10に示した戻し車板115の戻し車ピン115dは、戻し車板115の厚さ方向に突出し、その厚さ方向に突出した領域においてばね部116bと接触しているため、戻し車板115の面内での占有空間を小さくすることができる。一方、この戻し車板215の戻し車レバー215dは、図20に示すように、戻し車板215の側面から半径方向の外方に突出し、その半径方向に突出した領域においてばね部116bと接触する。したがって、戻し車レバー215dの場合は、戻し車板115の厚さ方向における占有空間を小さくすることができる。
このように構成された変形例2のばらつき低減機構210によっても、実施形態2のばらつき低減機構110と同様の作用、効果を得ることができる。
また、時刻表示のための通常の運針方向(矢印R方向)に戻し歯車111が回転し、それに伴って戻し車レバー215dがばね部116bを押しながら矢印R方向に回転し、ばね部116bの弾性力による反対向きのトルクが、戻し歯車111と戻し車板215との間での摩擦力によるトルクを上回る前に、戻し車レバー215dに押されて弾性変形したばね部116bが、隙間75の壁72に突き当たるように、戻し車レバー215dの位置と地板70の隙間75との寸法関係を設定しておくことにより、戻し歯車111に作用する反対向きのトルクを一定に維持することができる。
上述した各実施形態及び各変形例の指針の停止位置のばらつき低減機構10,110,210は、秒針96を停止値のばらつき低減の対象としたものであるが、本発明に係る指針の停止位置のばらつき低減機構は、秒針だけを停止位置のばらつき低減の対象とするものに限定されない。したがって、例えば、停止位置のばらつき低減の対象は分針であってもよいし、時針であってもよい。ただし、通常は、動きの頻度が高い指針において、停止位置のばらつきが目立つため、ばらつき低減の効果は、動きの頻度が高い秒針などを対象にしたものにおいて、より大きい。このように、動きの頻度が高い指針としては、秒針の他に、例えばクロノグラフ用の指針などを適用することができる。
関連出願の相互参照
本出願は、2017年12月20日に日本国特許庁に出願された特願2017−244166に基づいて優先権を主張し、その全ての開示は完全に本明細書で参照により組み込まれる。