本開示は、電磁波を吸収する電磁波吸収材料に関し、特に、ミリ波帯と称される数十ギガヘルツ(GHz)から数百ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域、さらには3テラヘルツ(THz)までの高い周波数帯域において、異なる複数の周波数の電磁波を吸収可能な電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体に関する。
携帯電話などの移動体通信や無線LAN、料金自動収受システム(ETC)などでは、数ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域を持つセンチメートル波と呼ばれる電磁波が用いられている。
このようなセンチメール波を吸収する電磁波吸収材料として、ゴム状電磁波吸収シートと段ボールなどの紙状シート材とを積層した積層体シートが提案されている(特許文献1参照)。また、異方性黒鉛とバインダーとを含む薄型シートを交互に積層してその厚さを調整することで、電磁波入射方向に関係なく電磁波吸収特性を安定させた電磁波吸収シートが提案されている(特許文献2参照)。
さらに、より高い周波数帯域の電磁波を吸収できるようにすることを目的として、偏平状の軟磁性粒子の長手方向をシートの面方向に揃えることで、20ギガヘルツ以上の周波数帯域の電磁波を吸収可能な電磁波吸収シートが提案されている(特許文献3参照)。
また、イプシロン酸化鉄(ε−Fe2O3)結晶を磁性相に持つ粒子の充填構造を有する電磁波吸収体が、25〜100ギガヘルツの範囲で電磁波吸収性能を発揮することが知られている(特許文献4参照)。
さらに、周波数特性の異なる2種類の磁性粉が混合された磁性絶縁層で絶縁電線を覆うことで、広い帯域にわたって電磁波ノイズを低減するノイズ抑制ケーブルが提案されている(特許文献5参照)。
特開2011−233834号公報
特開2006− 80352号公報
特開2015−198163号公報
特開2008− 60484号公報
特開2015−232984号公報
近年では、送信するデータのさらなる大容量化を可能とするために、60ギガヘルツの周波数を用いた無線通信が計画され、また、極めて狭い指向性を活用する車載レーダー機器として数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯域(30〜300ギガヘルツ)の周波数を有するミリ波レーザーの利用が進められている。さらに、ミリ波帯域を超えた高い周波数帯域の電磁波として、テラヘルツ(THz)オーダーの周波数を有する電磁波を利用する技術の研究も進んでいる。
しかし、電磁波利用技術の一つであり漏洩電磁波を防止するためなどに不可欠な電磁波吸収材料としては、60GHz前後のいわゆるミリ波帯域の所定の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体は提案されているものの、ミリ波帯域からさらに高い周波数帯域において、異なる周波数の電磁波を吸収することができる電磁波吸収体は実現されていない。
本開示は、上記従来の課題を解決し、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において周波数の異なる複数種類の電磁波を良好に吸収することができる電磁波吸収材料としての電磁波吸収体用組成物と、電磁波吸収体を実現することを目的とする。
上記課題を解決するため本願で開示する電磁波吸収体用組成物、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と、樹脂製バインダーを含む電磁波吸収体用組成物であって、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有することを特徴とする。
また、本願で開示する電磁波吸収体は、本願で開示する電磁波吸収体用組成物により形成された電磁波吸収層を備えたことを特徴とする。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体は、いずれも電磁波吸収物質として、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄を含み、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。このため、数十ギガヘルツ以上の高い周波数帯域における、複数の周波数の電磁波を吸収することができる。
本実施形態にかかるシート状の電磁波吸収体である電磁波吸収シートの構成を説明する断面構成図である。
Feサイトの一部を置換したイプシロン酸化鉄の電磁波吸収特性を説明する図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第1の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第2の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第3の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第4の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
比較例の電磁波吸収シートにおける電磁波吸収層の、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本願で開示する電磁波吸収シートは、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と、樹脂製バインダーを含む電磁波吸収体用組成物であって、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物は、磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。このようにすることで、電磁波吸収体用組成物に極値の数に相当する種類の保磁力が異なる磁性酸化鉄が含まれていることとなり、結果として、異なる周波数の電磁波を吸収することができる。
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収体用組成物において、前記磁性酸化鉄の保磁力が1200Oe以上であることが好ましい。
また、本願で開示する電磁波吸収体用組成物において、前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄、M型フェライト、ストロンチウムフェライトの少なくとも一つを含むことが好ましい。
さらに、前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄、M型フェライト、ストロンチウムフェライトの中の少なくとも2種を含むことが好ましい。
本願で開示する電磁波吸収体は、本願で開示する電磁波吸収体用組成物により形成された電磁波吸収層を備える。
このようにすることで、本願で開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収体用組成物と同様に、磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線が有する極値の数に応じた数(2以上)の周波数を良好に吸収することができる。
なお、本願明細書において電磁波吸収層とは、他の層と積層されることを前提とした厚さの薄い構成物のみを示す概念ではなく、電磁波を吸収する機能を有する構成物であって厚肉の形態のものをも含む概念である。このため、本願で開示する電磁波吸収体には、例えば所定の形状に形成された成型体を含み、電磁波吸収体が電磁波吸収層のみで構成される場合もある。電磁波吸収層のみで構成された電磁波吸収体は、電磁波吸収体の全体に電磁波吸収物質としての磁性酸化鉄が分散されているものとなる。
また、本願で開示する電磁波吸収体において、接着層をさらに備えることが好ましい。
さらに、本願で開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収層がシート状に形成された電磁波吸収シートであることが好ましい。
以下、本願で開示する電磁波吸収材料としての電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体について、図面を参照して説明する。
(第1の実施形態)
本願で開示する電磁波吸収体の第1の実施形態として、粒子状の磁性酸化鉄と樹脂製のバインダーを含んだ電磁波吸収層によって構成された、いわゆる透過型の電磁波吸収シートについて説明する。第1の実施形態にかかる電磁波吸収体である電磁波吸収シートは、後述するように、本願で開示する電磁波吸収体用組成物によって形成された電磁波吸収層を備えている。
[シート構成]
図1は、本実施形態で説明する電磁波吸収体としての電磁波吸収シートの構成を示す断面図である。
図1では、電磁波吸収性組成物を基材としての樹脂シート2上に塗布、乾燥を行って電磁波吸収シート1を成型した状態を示している。
なお、図1は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を理解しやすくするために記載された図であり、図中に示された部材の大きさや厚みについて現実に即して表されたものではない。
本実施形態で例示する電磁波吸収体としての電磁波吸収シートは、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つの極値を有するものである。このため、異なる異方性磁界(HA)の値を有することで、それぞれ保磁力が異なる2種類の磁性酸化鉄粉1a1、1a2と樹脂製のバインダー1bとを含んだ電磁波吸収層1を備えている。
図1に示す本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1に含まれる2つの磁性酸化鉄1a1、1a2の異方性磁界(HA)の値は、異なる値となっている。このため、磁性酸化鉄1a1、1a2は、それぞれ保磁力が異なるものである。このように、異なる異方性磁界(HA)の値を有し、保磁力が異なる磁性酸化鉄を電磁波吸収層1に含むことで、それぞれの磁性酸化鉄によって所定の異なる周波数の電磁波を吸収することができ、電磁波吸収シート全体としての電磁波吸収特性が、異なる2つの周波数に対して電磁波吸収ピークを形成するようにできる。
なお、図1では、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄が2種類の場合を図示しているが、後述するように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄は、3種類以上であってもかまわない。
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が異なっていることによる保磁力の違いについて、磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線が互いに分離されたピークを有しているかによって確認する。この点については、後に詳述する。
[磁性酸化鉄]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、粒子状の磁性酸化鉄として、イプシロン酸化鉄を用いている。
イプシロン酸化鉄(ε−Fe2O3)は、酸化第二鉄(Fe2O3)において、アルファ相(α−Fe2O3)とガンマ相(γ−Fe2O3)との間に現れる相であり、逆ミセル法とゾルーゲル法とを組み合わせたナノ微粒子合成方法によって単相の状態で得られるようになった磁性材料である。
イプシロン酸化鉄は、数nmから数十nmの微細粒子でありながら常温で約20kOeという金属酸化物として最大の保磁力を備え、さらに、歳差運動に基づくジャイロ磁気効果による自然共鳴が数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯の周波数帯域で生じるため、ミリ波帯域の電磁波を吸収する電磁波吸収材料として用いることができる。
さらに、イプシロン酸化鉄は、結晶のFeサイトの一部をアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)などの3価の金属元素と置換された結晶とすることで、磁気共鳴周波数、すなわち、電磁波吸収材料として用いられる場合に吸収する電磁波の周波数を異ならせることができる。
図2は、Feサイトと置換する金属元素を異ならせた場合の、イプシロン酸化鉄の保磁力Hcと磁気共鳴周波数fとの関係を示している。なお、磁気共鳴周波数fは、吸収する電磁波の周波数と一致する。
図2から、Feサイトの一部が置換されたイプシロン酸化鉄は、置換された金属元素の種類と置換された量によって、磁気共鳴周波数が異なることがわかる。また、磁気共鳴周波数の値が高くなるほど、当該イプシロン酸化鉄の保磁力が大きくなっていることがわかる。
より具体的には、ガリウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε−GaxFe2-xO3の場合には、置換量「x」を調整することで30ギガヘルツから150ギガヘルツ程度までの周波数帯域で吸収のピークを有し、アルミニウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε−AlxFe2-xO3の場合には、置換量「x」を調整することで100ギガヘルツから190ギガヘルツ程度の周波数帯域で吸収のピークを有する。このため、電磁波吸収シートで吸収したい周波数の磁気共鳴周波数となるように、イプシロン酸化鉄のFeサイトと置換する元素の種類を決め、Feとの置換量を調整することで、吸収される電磁波の周波数を所望の値とすることができる。さらに、置換する金属をロジウムとしたイプシロン酸化鉄、すなわちε−RhxFe2-xO3の場合には、180ギガヘルツからそれ以上と、吸収する電磁波の周波数帯域をより高い方向にシフトすることが可能である。
イプシロン酸化鉄は、一部のFeサイトが金属置換されたものを含めて購入することが可能である。イプシロン酸化鉄は、平均粒径が約30nm程度の略球形または短いロッド形状(棒状)をした粒子として入手することができる。
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートに用いられる磁性酸化鉄としては、上述したイプシロン酸化鉄を含めて、保磁力が1200Oe以上のものを良好に用いることができる。1200Oe以上の高い保磁力を有する磁性酸化鉄は、他の磁性酸化鉄と比較してより強磁性であるので、ミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を吸収することができ好ましい。なお、保磁力が1200Oe以上の磁性酸化鉄としては、上記例示したイプシロン酸化鉄の他に、M型フェライトや、ストロンチウムフェライトを使用することができる。
M型フェライト(マグネトプランバイト型フェライト)は、電磁波吸収に関係する複素透磁率の虚部(μr’’)が、磁性体を高周波で磁化した際に共鳴を起こす周波数において高くなることに着目したものである。磁気共鳴周波数fは材料の持つ異方性磁界(HA)と比例関係にあるため、異方性磁界(HA)の高い材料ほど磁気共鳴周波数fの値は高くなる。M型フェライトであるBaFe12O19の磁気共鳴周波数fは、そのHAの値が、1.35MA/mから48GHzと計算され、高いGHz帯域の電磁波を吸収することができる。また、Fe3+の一部を(TiMn)3+やAl3+などで置換することで、異方性磁界(HA)の値を制御することで磁気共鳴周波数fを5〜150GHzの範囲で制御することができる。
また、ストロンチウムフェライトは、60GHz帯の無線LANに対応した電磁波吸収体を設計するために、SrFe12O19にAlを添加した系であり、電磁波吸収シートでは、Alを添加することによって、電磁波吸収を示す周波数が高周波側にシフトする。これは、異方性磁界(HA)の値の増加に対応していると考えられる。
このように、磁性酸化鉄として、イプシロン酸化鉄、M型フェライト、ストロンチウムフェライトを用いることによって、それぞれの磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値を制御することができ、結果として、これらの磁性酸化鉄を電磁波吸収層1に含む電磁波吸収シートで吸収される電磁波の周波数を変化させることができる。
[電磁波吸収層]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1では、磁性酸化鉄の粒子1a1、1a2が樹脂製のバインダー1bによって分散されていることで、シートとしての可撓性を備える。
電磁波吸収層1に用いられる樹脂製のバインダーとしては、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、フェノール系樹脂、メラミン系樹脂、ゴム系樹脂などの樹脂材料を用いることができる。
より具体的には、エポキシ系樹脂として、ビスフェノールAの両末端の水酸基をエポキシ化した化合物を用いることができる。また、ポリウレタン系樹脂として、ポリエステル系ウレタン樹脂、ポリエーテル系ウレタン樹脂、ポリカーボネート系ウレタン樹脂、エポキシ系ウレタン樹脂などを用いることができる。アクリル系の樹脂としては、メタアクリル系樹脂で、アルキル基の炭素数が2〜18の範囲にあるアクリル酸アルキルエステルおよび/またはメタクリル酸アルキルエステルと、官能基含有モノマーと、必要に応じてこれらと共重合可能な他の改質用モノマーとを共重合させることにより得られる官能基含有メタアクリルポリマーなどを用いることができる。
また、ゴム系樹脂として、スチレン系の熱可塑性エラストマーであるSIS(スチレン−イソブレンブロック共重合体)やSBS(スチレン−ブタジエンブロック共重合体)、石油系合成ゴムであるEPDM(エチレン・プロピレン・ジエン・ゴム)、その他アクリルゴムやシリコンゴムなどのゴム系材料をバインダーとして利用することができる。
なお、環境に配慮する観点から、バインダーとして用いられる樹脂としては、ハロゲンを含まないハロゲンフリーのものを用いることが好ましい。これらの樹脂材料は、樹脂シートのバインダー材料として一般的なものであるため容易に入手することができる。
また、本明細書において可撓性を有するとは、電磁波吸収層が、一定程度湾曲させることができる状態、すなわち、シートを丸めて元に戻したときに破断などの塑性変形が生じずに平面状のシートに復帰する状態を示している。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層は、電磁波吸収材料としてイプシロン酸化鉄を用いるが、イプシロン酸化鉄は上述のように粒径が数nmから数十nmの微細なナノ粒子であるため、電磁波吸収層の形成時にバインダー内に良好に分散させることが重要となる。このため、電磁波吸収層に、フェニルホスホン酸、フェニルホスホン酸ジクロリド等のアリールスルホン酸、メチルホスホン酸、エチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、プロピルホスホン酸などのアルキルホスホン酸、あるいは、ヒドロキシエタンジホスホン酸、ニトロトリスメチレンホスホン酸などの多官能ホスホン酸などのリン酸化合物を含んでいる。これらのリン酸化合物は、難燃性を有するとともに、微細な磁性酸化鉄粉の分散剤として機能するため、バインダー内のイプシロン酸化鉄粒子を、良好に分散させることができる。
より具体的に、分散剤としては、和光純薬工業株式会社製、または、日産化学工業株式会社製のフェニルホスホン酸(PPA)、城北化学工業株式会社製の酸化リン酸エステル「JP−502」(製品名)などを使用することができる。
なお、電磁波吸収層の組成としては、一例として、イプシロン酸化鉄粉100部に対して、樹脂製バインダーが2〜50部、リン酸化合物の含有量が0.1〜15部とすることができる。樹脂製バインダーが2部より少ないと、磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。また磁性体層としてシート状の形状を維持できなくなる。50部より多いと、電磁波吸収層の中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
リン酸化合物の含有量が0.1部より少ないと、樹脂製バインダーを用いて磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。15部より多いと、磁性酸化鉄を良好に分散させる効果が飽和する。電磁波吸収層の中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
[電磁波吸収シートの製造方法]
ここで、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの製造方法の一例について説明する。
本実施形態の電磁波吸収シートは、例えば、少なくとも磁性酸化鉄粉と樹脂製バインダーとを含んだ電磁波吸収体用組成物である磁性塗料を作製してこれを所定の厚さで塗布し、乾燥させた後にカレンダ処理することによって形成することができる。
また、磁性塗料成分として、少なくとも磁性酸化鉄粉と、分散剤であるリン酸化合物と、バインダー樹脂とを高速攪拌機で高速混合して混合物を調製し、その後、得られた混合物をサンドミルで分散処理することでも磁性塗料を得ることができる。
このようにして作製された磁性塗料(電磁波吸収体用組成物)を用いて、電磁波吸収シートを作製する。
電磁波吸収シートを作製する場合には、図1に示したように、樹脂製のシート2の上に上記作製した磁性塗料を塗布する。樹脂シート2としては、一例として、シリコンコートによって表面に剥離処理をされた、厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)のシートを用いることができる。この樹脂シート2の上に、テーブルコータ法やバーコータ法などの塗布方法を用いて、磁性塗料を塗布する。
その後、wet状態の磁性塗料を乾燥し、さらにカレンダ処理を行って、支持体上に電磁波吸収シートを形成できる。電磁波吸収シートの厚さは、塗布厚やカレンダ処理の条件等によって制御することができる。カレンダ処理が行われた後の電磁波吸収シート1を樹脂シート2から剥離させて、所望の厚さの電磁波吸収シート1を得る。
なお、カレンダ処理は必要に応じて行えばよく、磁性塗料を乾燥させた状態で磁性酸化鉄粉の体積含率が所定の範囲内となっている場合には、カレンダ処理を行わなくても構わない。
[ベースフィルム、接着層]
図示は省略するが、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1をベースフィルム上に形成することができる。
形成した電磁波吸収層1の厚みが薄く電磁波吸収シート1としての所定の強度が得られない場合には、電磁波吸収層1背面側に樹脂製の基材であるベースフィルムを積層することが好ましい。
なお、ベースフィルムとしては、PETフィルムなどの各種の樹脂製フィルム、ゴム、和紙などの紙部材を用いて構成することができる。ベースフィルムの材料や厚みは、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて電磁波吸収特性には影響を与えないため、電磁波吸収シートの強度や取り扱いの容易性などの実用的な観点から、適切な材料で、かつ、適切な厚みを有するベースフィルムを選択することができる。
さらに、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1の背面側、または、ベースフィルムの電磁波吸収層1が形成されている側とは反対側の表面に、図示しない接着層を形成することができる。
接着層を設けることで、ベースフィルムの有無にかかわらず、電磁波吸収層1からなる電磁波吸収シートを、電気回路を収納する筐体の内面や、電気機器の内面または外面の所望の位置に容易に貼着することができる。特に、本実施形態の電磁波吸収シートは電磁波吸収層1が可撓性を有するものであるため、湾曲した曲面上にも容易に貼着することができ、電磁波吸収シートの取り扱い容易性が向上する。
接着層としては、粘着テープなどの粘着層として利用される公知の材料、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等を用いることができる。また被着体に対する粘着力の調節、糊残りの低減のために、粘着付与剤や架橋剤を用いることもできる。被着体に対する粘着力は5N/10mm〜12N/10mmが好ましい。粘着力が5N/10mmより小さいと、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれてしまったり、ずれてしまったりすることがある。また、粘着力が12N/10mmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。
また接着層の厚さは20μm〜100μmが好ましい。接着層の厚さが20μmより薄いと、粘着力が小さくなり、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれたり、ずれたりすることがある。接着層4の厚さが100μmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。また接着層の凝集力が小さい場合は、電磁波吸収シートを剥離した場合、被着体に糊残りが生じる場合がある。
なお、本願明細書において接着層とは、剥離不可能に貼着する接着層であるとともに、剥離可能な貼着を行う接着層であってもよい。
また、電磁波吸収シートを所定の面に貼着するにあたって、電磁波吸収シートが接着層を備えていることが必須の要件ではないことは言うまでもなく、電磁波吸収シートが配置される部材の側の表面に粘着性を備えることや、両面テープや接着剤を用いて所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができる。この点において、接着層は、本実施形態に示す電磁波吸収シートにおける必須の構成要件ではない。
なお、電磁波吸収体としての電磁波吸収シートの形成方法として、上述したような電磁波吸収層1を樹脂製の基材であるベースフィルム上に積層して形成する方法以外に、磁性酸化鉄粉とゴム製バインダーとを含んだ磁性コンパウンドを作製して、これを所定の厚さで成型し架橋させることによって電磁波吸収体を形成する方法を採用することができる。
この方法の場合、先ず、磁性コンパウンドを作製する。磁性コンパウンドは、イプシロン酸化鉄粉と分散剤、ゴム系樹脂を混練することによって得ることができる。混練物は、一例として、加圧式の回分式ニーダで混練することにより得られる。なお、このとき、必要に応じて架橋剤を配合することができる。
このようにして得られた磁性コンパウンドを、一例として油圧プレス機などを用いて150℃の温度でシート状に架橋・成型する。
その後、恒温槽内において170℃で2次架橋処理を施し電磁波吸収層1を形成できる。
上記した実施形態にかかる電磁波吸収シートと同様に、このようにして形成した電磁波吸収層1の背面側にも接着層を形成することができる。
[ヒステリシスループとこれを微分した微分曲線]
図3は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第1の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
なお、以下の各図で示すヒステリシスループは、所定の磁性酸化鉄を含む径が8mmφ、厚さが2mmの試料を作成し、東英工業株式会社製の振動試料型磁力計VSM−P(製品名)を用いて、印加磁界を16kOeから−16kOeの範囲で測定した。なお、測定の時定数Tcは、0.03secとしている。
図3に示すように、外部から強さが変化する磁界を印加していった際の磁性酸化鉄に残留する磁化の強さを示す磁化曲線31は、いわゆるヒステリシスループを描く。
異方性磁界(HA)の値と、磁性体の磁気共鳴周波数frとの間には、下記式(1)のような関係が成り立つ。
fr=ν/2π*HA (1)
ここで、νはジャイロ磁気定数で、磁性体の種類によって定まる値である。
このように、ジャイロ磁気共鳴型の磁性体では、異方性磁界(HA)の値と磁気共鳴周波数frとの間に比例関係が成り立つ。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、これを用いて作成された本願で開示する電磁波吸収体の電磁波吸収層は、磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)は異方性定数(Ku)に比例し、異方性定数(Ku)が保磁力(Hc)に比例するから、磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に2つ以上の異なる極性を有すると言うことは、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、本願で開示する電磁波吸収体の電磁波吸収層が、保磁力(Hc)の異なる2つ以上の磁性酸化鉄を含んでいることを示している。磁性酸化鉄の保磁力(Hc)が異なると、異方性磁界(HA)が異なり、上記式(1)に示されるように、異方性磁界(HA)の値と磁気共鳴周波数frとの間には比例関係が成り立つことから、異方性磁界(HA)の値が異なれば、異なる磁気共鳴周波数frを有していることになる。この結果、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、これにより作成された電磁波吸収層を備えた電磁波吸収体は、極値の数に応じた2つ以上の周波数の電磁波を吸収することができる。
本実施形態で示す電磁波吸収シートの電磁波吸収層1も同様であって、異なる異方性磁界(HA)の値を有すること、すなわち、異なる保磁力を持つ複数の磁性酸化鉄を電磁波吸収層1に含むことで、異なる周波数で磁気共鳴を起こして、当該周波数の電磁波を熱に変換して減衰させる。結果として、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれるそれぞれの磁性酸化鉄で所定の異なる周波数の電磁波を吸収することができ、ヒステリシスループを微分した微分曲線の極値に数に応じた複数の周波数の電磁波を吸収することができる。
電磁波吸収層1に異なる異方性磁界(HA)の値を有する複数の磁性酸化鉄が含まれているか否かについては、ヒステリシスカーブ31を微分した微分曲線32を描くことで容易に判定することができる。
図3に示す例では、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が60GHzと79GHzのイプシロン酸化鉄を1:1の比率で混合し、下記の組成で磁性塗料を作製した。
磁性酸化鉄粉 ストロンチウムフェライト:イプシロン酸化鉄
=1:1 100部
分散剤 DISPERBYK−142(商品名) 15部
溶媒 メチルエチルケトン/トルエン(=1/1混合溶剤)
95部。
この磁性塗料成分を径0.5mmのジルコニアビーズを分散媒体とし、内容量が2Lのディスク型サンドミルで分散した。このようにして得た分散塗料を攪拌機で攪拌しながら、以下の材料を配合し、上記電磁波吸収シートの製造方法として説明した条件で分散して磁性塗料を得た
磁性塗料成分 100部
ポリウレタンバインダー(バイロンUR8700(商品名))
46部
溶媒(希釈) メチルエチルケトン/トルエン
(=1/1混合溶剤) 120部。
続いて、得られた磁性塗料を、シリコンコートにより剥離処理された厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)のシート上に、バーコータを用いて塗布し、湿潤状態において80℃で1440分乾燥後、厚さ400μmのシートを得た。
こうして得られたシートに温度80℃、圧力150kg/cmでカレンダ処理を行い、厚さ300μmの電磁波吸収シートを得た。
この電磁波吸収シートは、図3に示すように、ヒステリシスカーブ31の微分曲線32は、2つのピークを描いて表され、測定対象の試料が、異なる2つの異方性磁界(HA)の値を有することで、異なった保磁量を持つ2種類の磁性酸化鉄が含まれていることを確認することができる。
図4は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第2の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
図4では、磁性酸化鉄として、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのストロンチウムフェライトと、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのイプシロン酸化鉄とを、ほぼ1:1の比率で混合した磁性塗料を用いて、電磁波吸収シートを作製した。
図4に示すように、磁性酸化鉄の種類が異なった場合、同じ電磁波遮蔽周波数であってもジャイロ磁気定数が材料で異なり保磁力に違いが出る。このため、ヒステリシスループ41の微分曲線42は、2つのピークを有することが明確にわかる。なお、このことは、保磁力=異方性定数/磁化という関係を有すること、すなわち、異方性定数=保磁力×磁化と表すことができることから、異方性磁界(HA)=2×異方性定数/磁化の関係があることに起因していると考えられる。
さらに、図5は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第3の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
この、第3の構成例では、異なる保磁力を有する3種類の磁性酸化鉄を含んでいる。具体的には、前述した電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのストロンチウムフェライトと、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのイプシロン酸化鉄、さらに、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が60GHzのイプシロン酸化鉄である。なお、混合割合を、ほぼ、1:1:1として3種類の磁性酸化鉄を含む磁性塗料を用いて、電磁波吸収シートを作製した。
図5に示すように、異なる異方性磁界(HA)の値を有することによる異なった保磁力の値を有する3種類の磁性酸化鉄が含まれている場合には、ヒステリシスループ51の微分曲線52は、3つのピークを有していることが確認できる。
次に、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が、どの程度異なると、ヒステリシスループの微分曲線が異なるピークを有するかを確認した。
図6は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第4の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
一方、図7は、比較例の電磁波吸収層の磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示している。
図6では、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が74GHzと79GHzのイプシロン酸化鉄を含む電磁波吸収層を試料とし、図7では、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が76GHzと79GHzのイプシロン酸化鉄を含む磁性塗料を用いて作製した電磁波吸収層を試料として測定した。なお、いずれも場合も、磁性酸化鉄の混合割合は、ほぼ1:1としている。
図6では、ヒステリシスループ61の微分曲線62は、異なる2つのピークが確認できるが、図7のヒステリシスループ71の微分曲線72は、ピークが重なっているためか、一つのピークしか確認することができない。
このことから、式(1)より、同じジャイロ磁気定数νを有する場合、言い換えれば同じ材料の場合は、ヒステリシスループの微分曲線において、2つの異なるピークが確認できるには、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の電磁波遮蔽周波数(最大吸収周波数:磁気共鳴周波数)に、5GHz以上の差が必要であると考えられる。言い換えれば、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、電磁波吸収体の電磁波吸収層に同種の磁性酸化鉄が含まれる場合には、それぞれ磁性酸化鉄の最大吸収周波数の差が5GHz以上であることが好ましい。この結果、互いに分離された明確な極値を有し易くなる。これに対し、それぞれの磁性酸化鉄の最大吸収周波数の差が5GHzより小さい場合は、ヒステリシスループの微分曲線に、互いに分離された明確な複数の極値を有することが難しくなる。
なお、図6に示すように、ヒステリシスループの微分曲線に1つのピークしか確認することができない場合には、2つ以上の異なる周波数の電磁波を吸収することができないことを表している。
上述したように、本実施形態で示す電磁波吸収シートでは、磁性酸化鉄の磁気共鳴によって、その磁性酸化鉄の電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)と同じ値の周波数の電磁波が吸収される。
このため、電磁波吸収層を構成する電磁波吸収物質のヒステリシスループの微分曲線が、互いに分離された2つ以上の極値を有することで、異なる周波数の電磁波を吸収できる電磁波吸収シートが実現できることがわかる。
なお、発明者らの検討では、電磁波吸収層に含まれる異方性磁界(HA)の値が異なることによって異なった保磁力を有する磁性酸化鉄の配向度が異なる場合には、ヒステリシスループの微分曲線において、ピークの半値幅が異なり、ピークである極値の高さも異なるが、2つの異なる極値を有することは明確に確認できた。
また、異方性磁界(HA)の値が異なることによって異なった保磁力を有する磁性酸化鉄の配合量が異なる場合にはヒステリシスループの微分曲線における半値幅はほぼ同じであるが、極値であるピークの高さが異なることがわかった。さらに、異方性磁界(HA)の値が異なることによって異なった保磁力を有する磁性酸化鉄の粒度分布が異なる場合には、ヒステリシスループの微分曲線における半値幅はほぼ同じであるが極値であるピークの高さが異なるようになる。しかし、いずれの場合も、互いに分離された2つの極値を有することが明確に確認できた。
このように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が異なることにより保磁力が異なることを、磁気特性のヒステリシスループの微分曲線が互いに分離された2つ以上の異なる極値を有するか否かで確認できる。また、磁性酸化鉄の種類が異なる場合に、ジャイロ磁気定数が相違するために保磁力が異なることも、磁気特性のヒステリシスループの微分曲線が互いに分離された2つ以上の異なる極値を有するか否かで確認できる。
そして、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値に相当する電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)の電磁波を良好に吸収することができる。
なお、上記実施例では、一層の電磁波吸収層に異方性磁界(HA)の値が異なることで保磁力が異なる2つ以上の磁性酸化鉄が含まれる例を示した。、しかし、本願で開示する電磁波吸収体には、異方性磁界(HA)の値が異なる磁性酸化鉄が含まれる層を2層以上積層した構成も含まれる。異方性磁界(HA)の値が異なる磁性酸化鉄が含まれる層を2層以上積層した電磁波吸収体でも、磁気特性のヒステリシスループの微分曲線に互いに分離された2つ以上の異なる極値が現れることや、それぞれの磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値に相当する電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)の電磁波を吸収できることは同様である。
また、上記第1の実施形態では、電磁波吸収体の例として電磁波吸収層がシート状、すなわち、主面を平面視したときに鉛直方向となるその厚みが主面の辺の大きさと比較して極めて小さく、全体としても厚さ方向が小さな電磁波吸収シートを例示した。しかし、本願で開示する電磁波吸収体は、このようなシート状のものに限られず、主面の大きさと比較して一定以上の大きさの厚さを有するブロック状の電磁波吸収層を備えた、または、このような電磁波吸収層自体によって形成された電磁波吸収体(成型体)としても構成することができる。
この場合における電磁波吸収体の形状は、直方体形状を含む四角柱形状には限られず、円柱状、球体、その他の不定形状などの中密の形状、コーン状やトレイ状、枠状などの中空の形状など、使用される状況に応じて求められる各種の形状を作用することができる。
なお、上述した各種形状の電磁波吸収体においても、所定の場所に容易に貼着可能とするために接着層をさらに備えることが可能であることは言うまでもない。
(第2の実施形態)
次に、本願で開示する電磁波吸収部材としての、電磁波吸収体用組成物について説明する。
上述したとおり、第2の実施形態として示す電磁波吸収体用組成物は、第1の実施形態で説明した電磁波吸収シートの電磁波吸収層を作製する際に用いられた磁性塗料を意味する。
この磁性塗料は、樹脂製バインダー内に所定の異なる異方性磁界(HA)の値を有することによって、異なる保磁力を持つ複数の磁性酸化物が含まれているものであるため、磁性塗料それ自体として、また、バルク状に固めた固形の電磁波吸収体を形成する材料として、それぞれ上述の電磁波吸収シートと同様の電磁波吸収特性を有する。なお、上述の電磁波吸収体の場合と同様に、電磁波吸収体用組成物においても、含まれる複数の磁性酸化鉄の保磁力が1200Oe以上であることが好ましい。
例えば、磁性酸化鉄粒子と樹脂製バインダーを含む電磁波吸収体用組成物してとしての磁性塗料を用いて、複雑な表面形状の部材や、壁面、天井などの広範囲の部分に、電磁波吸収特性を付与することができる。また、電磁波を発生するICチップに直接モールドすることも可能である。この結果、電磁波を発生する複雑な形状の機器全体を遮蔽することができる。また部屋全体を複数の周波数の電磁波から遮蔽することができる。
複雑な表面形状の部材や、壁面、天井などの広範囲の部分に、本願で開示する電磁波吸収体用組成物を付与する方法としては、刷子などを用いて表面に塗布する方法、スプレーで吹き付ける方法などがある。
この場合にも、電磁波吸収体用組成物で吸収される電磁波の周波数は、含まれる磁性酸化物の異方性磁界(HA)の値に応じたものとなる。
なお、電磁波吸収体用組成物は、所定の周波数の電磁波を吸収する部材として機能するほかに、微分曲線の極値部分以外の周波数の電磁波を選択的に透過させるフィルタとして機能させることができる。
以上説明したように、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体は、外部磁界を印加して得られる磁性特性のヒステリシスループを微分した微分曲線が、互いに分離された2つ以上の極値を有することで、異方性磁界(HA)の値が異なることによる異なった保磁力をもった複数の磁性酸化物を含むことが確認でき、微分曲線の極値の数に相当する数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体として良好に用いることができる。
なお、ヒステリシスループを測定するための外部磁界の強さを、16kOeから−16kOeとしているのは、少なくともこの範囲の外部磁界を印加することにより、良好なヒステリシスループが得られることを意味している。このため、印加される外部磁界の大きさを、その絶対値が16kOeよりも大きくしても問題が無く、外部磁界の大きさが16kOeから−16kOeの範囲でのヒステリシスループを測定し、その微分曲線を求めれば良い。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物、電磁波吸収体、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において2つ以上の複数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収材料として有用である。
1 電磁波吸収層
1a(1a1、1a2) 磁性酸化鉄粒子
1b 樹脂製バインダー
本開示は、電磁波を吸収する電磁波吸収材料に関し、特に、ミリ波帯と称される数十ギガヘルツ(GHz)から数百ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域、さらには3テラヘルツ(THz)までの高い周波数帯域において、異なる複数の周波数の電磁波を吸収可能な電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体に関する。
携帯電話などの移動体通信や無線LAN、料金自動収受システム(ETC)などでは、数ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域を持つセンチメートル波と呼ばれる電磁波が用いられている。
このようなセンチメール波を吸収する電磁波吸収材料として、ゴム状電磁波吸収シートと段ボールなどの紙状シート材とを積層した積層体シートが提案されている(特許文献1参照)。また、異方性黒鉛とバインダーとを含む薄型シートを交互に積層してその厚さを調整することで、電磁波入射方向に関係なく電磁波吸収特性を安定させた電磁波吸収シートが提案されている(特許文献2参照)。
さらに、より高い周波数帯域の電磁波を吸収できるようにすることを目的として、偏平状の軟磁性粒子の長手方向をシートの面方向に揃えることで、20ギガヘルツ以上の周波数帯域の電磁波を吸収可能な電磁波吸収シートが提案されている(特許文献3参照)。
また、イプシロン酸化鉄(ε−Fe2O3)結晶を磁性相に持つ粒子の充填構造を有する電磁波吸収体が、25〜100ギガヘルツの範囲で電磁波吸収性能を発揮することが知られている(特許文献4参照)。
さらに、周波数特性の異なる2種類の磁性粉が混合された磁性絶縁層で絶縁電線を覆うことで、広い帯域にわたって電磁波ノイズを低減するノイズ抑制ケーブルが提案されている(特許文献5参照)。
特開2011−233834号公報
特開2006− 80352号公報
特開2015−198163号公報
特開2008− 60484号公報
特開2015−232984号公報
近年では、送信するデータのさらなる大容量化を可能とするために、60ギガヘルツの周波数を用いた無線通信が計画され、また、極めて狭い指向性を活用する車載レーダー機器として数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯域(30〜300ギガヘルツ)の周波数を有するミリ波レーザーの利用が進められている。さらに、ミリ波帯域を超えた高い周波数帯域の電磁波として、テラヘルツ(THz)オーダーの周波数を有する電磁波を利用する技術の研究も進んでいる。
しかし、電磁波利用技術の一つであり漏洩電磁波を防止するためなどに不可欠な電磁波吸収材料としては、60GHz前後のいわゆるミリ波帯域の所定の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体は提案されているものの、ミリ波帯域からさらに高い周波数帯域において、異なる周波数の電磁波を吸収することができる電磁波吸収体は実現されていない。
本開示は、上記従来の課題を解決し、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において周波数の異なる複数種類の電磁波を良好に吸収することができる電磁波吸収材料としての電磁波吸収体用組成物と、電磁波吸収体を実現することを目的とする。
上記課題を解決するため本願で開示する電磁波吸収体用組成物、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と、樹脂製バインダーを含む電磁波吸収体用組成物であって、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有することを特徴とする。
また、本願で開示する電磁波吸収体は、本願で開示する電磁波吸収体用組成物により形成された電磁波吸収層を備えたことを特徴とする。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体は、いずれも電磁波吸収物質として、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄を含み、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。このため、数十ギガヘルツ以上の高い周波数帯域における、複数の周波数の電磁波を吸収することができる。
本実施形態にかかるシート状の電磁波吸収体である電磁波吸収シートの構成を説明する断面構成図である。
Feサイトの一部を置換したイプシロン酸化鉄の電磁波吸収特性を説明する図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第1の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第2の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第3の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートを構成する電磁波吸収層の第4の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
比較例の電磁波吸収シートにおける電磁波吸収層の、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
本願で開示する電磁波吸収シートは、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄と、樹脂製バインダーを含む電磁波吸収体用組成物であって、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物は、磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。このようにすることで、電磁波吸収体用組成物に極値の数に相当する種類の保磁力が異なる磁性酸化鉄が含まれていることとなり、結果として、異なる周波数の電磁波を吸収することができる。
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収体用組成物において、前記磁性酸化鉄の保磁力が1200Oe以上であることが好ましい。
また、本願で開示する電磁波吸収体用組成物において、前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄、M型フェライト、ストロンチウムフェライトの少なくとも一つを含むことが好ましい。
さらに、前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄、M型フェライト、ストロンチウムフェライトの中の少なくとも2種を含むことが好ましい。
本願で開示する電磁波吸収体は、本願で開示する電磁波吸収体用組成物により形成された電磁波吸収層を備える。
このようにすることで、本願で開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収体用組成物と同様に、磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線が有する極値の数に応じた数(2以上)の周波数を良好に吸収することができる。
なお、本願明細書において電磁波吸収層とは、他の層と積層されることを前提とした厚さの薄い構成物のみを示す概念ではなく、電磁波を吸収する機能を有する構成物であって厚肉の形態のものをも含む概念である。このため、本願で開示する電磁波吸収体には、例えば所定の形状に形成された成型体を含み、電磁波吸収体が電磁波吸収層のみで構成される場合もある。電磁波吸収層のみで構成された電磁波吸収体は、電磁波吸収体の全体に電磁波吸収物質としての磁性酸化鉄が分散されているものとなる。
また、本願で開示する電磁波吸収体において、接着層をさらに備えることが好ましい。
さらに、本願で開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収層がシート状に形成された電磁波吸収シートであることが好ましい。
以下、本願で開示する電磁波吸収材料としての電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体について、図面を参照して説明する。
(第1の実施形態)
本願で開示する電磁波吸収体の第1の実施形態として、粒子状の磁性酸化鉄と樹脂製のバインダーを含んだ電磁波吸収層によって構成された、いわゆる透過型の電磁波吸収シートについて説明する。第1の実施形態にかかる電磁波吸収体である電磁波吸収シートは、後述するように、本願で開示する電磁波吸収体用組成物によって形成された電磁波吸収層を備えている。
[シート構成]
図1は、本実施形態で説明する電磁波吸収体としての電磁波吸収シートの構成を示す断面図である。
図1では、電磁波吸収性組成物を基材としての樹脂シート2上に塗布、乾燥を行って電磁波吸収シート1を成型した状態を示している。
なお、図1は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を理解しやすくするために記載された図であり、図中に示された部材の大きさや厚みについて現実に即して表されたものではない。
本実施形態で例示する電磁波吸収体としての電磁波吸収シートは、印加される磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つの極値を有するものである。このため、異なる異方性磁界(HA)の値を有することで、それぞれ保磁力が異なる2種類の磁性酸化鉄粉1a1、1a2と樹脂製のバインダー1bとを含んだ電磁波吸収層1を備えている。
図1に示す本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1に含まれる2つの磁性酸化鉄1a1、1a2の異方性磁界(HA)の値は、異なる値となっている。このため、磁性酸化鉄1a1、1a2は、それぞれ保磁力が異なるものである。このように、異なる異方性磁界(HA)の値を有し、保磁力が異なる磁性酸化鉄を電磁波吸収層1に含むことで、それぞれの磁性酸化鉄によって所定の異なる周波数の電磁波を吸収することができ、電磁波吸収シート全体としての電磁波吸収特性が、異なる2つの周波数に対して電磁波吸収ピークを形成するようにできる。
なお、図1では、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄が2種類の場合を図示しているが、後述するように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄は、3種類以上であってもかまわない。
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が異なっていることによる保磁力の違いについて、磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線が互いに分離されたピークを有しているかによって確認する。この点については、後に詳述する。
[磁性酸化鉄]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、粒子状の磁性酸化鉄として、イプシロン酸化鉄を用いている。
イプシロン酸化鉄(ε−Fe2O3)は、酸化第二鉄(Fe2O3)において、アルファ相(α−Fe2O3)とガンマ相(γ−Fe2O3)との間に現れる相であり、逆ミセル法とゾルーゲル法とを組み合わせたナノ微粒子合成方法によって単相の状態で得られるようになった磁性材料である。
イプシロン酸化鉄は、数nmから数十nmの微細粒子でありながら常温で約20kOeという金属酸化物として最大の保磁力を備え、さらに、歳差運動に基づくジャイロ磁気効果による自然共鳴が数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯の周波数帯域で生じるため、ミリ波帯域の電磁波を吸収する電磁波吸収材料として用いることができる。
さらに、イプシロン酸化鉄は、結晶のFeサイトの一部をアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)などの3価の金属元素と置換された結晶とすることで、磁気共鳴周波数、すなわち、電磁波吸収材料として用いられる場合に吸収する電磁波の周波数を異ならせることができる。
図2は、Feサイトと置換する金属元素を異ならせた場合の、イプシロン酸化鉄の保磁力Hcと磁気共鳴周波数fとの関係を示している。なお、磁気共鳴周波数fは、吸収する電磁波の周波数と一致する。
図2から、Feサイトの一部が置換されたイプシロン酸化鉄は、置換された金属元素の種類と置換された量によって、磁気共鳴周波数が異なることがわかる。また、磁気共鳴周波数の値が高くなるほど、当該イプシロン酸化鉄の保磁力が大きくなっていることがわかる。
より具体的には、ガリウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε−GaxFe2-xO3の場合には、置換量「x」を調整することで30ギガヘルツから150ギガヘルツ程度までの周波数帯域で吸収のピークを有し、アルミニウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε−AlxFe2-xO3の場合には、置換量「x」を調整することで100ギガヘルツから190ギガヘルツ程度の周波数帯域で吸収のピークを有する。このため、電磁波吸収シートで吸収したい周波数の磁気共鳴周波数となるように、イプシロン酸化鉄のFeサイトと置換する元素の種類を決め、Feとの置換量を調整することで、吸収される電磁波の周波数を所望の値とすることができる。さらに、置換する金属をロジウムとしたイプシロン酸化鉄、すなわちε−RhxFe2-xO3の場合には、180ギガヘルツからそれ以上と、吸収する電磁波の周波数帯域をより高い方向にシフトすることが可能である。
イプシロン酸化鉄は、一部のFeサイトが金属置換されたものを含めて購入することが可能である。イプシロン酸化鉄は、平均粒径が約30nm程度の略球形または短いロッド形状(棒状)をした粒子として入手することができる。
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートに用いられる磁性酸化鉄としては、上述したイプシロン酸化鉄を含めて、保磁力が1200Oe以上のものを良好に用いることができる。1200Oe以上の高い保磁力を有する磁性酸化鉄は、他の磁性酸化鉄と比較してより強磁性であるので、ミリ波帯域以上の高い周波数の電磁波を吸収することができ好ましい。なお、保磁力が1200Oe以上の磁性酸化鉄としては、上記例示したイプシロン酸化鉄の他に、M型フェライトや、ストロンチウムフェライトを使用することができる。
M型フェライト(マグネトプランバイト型フェライト)は、電磁波吸収に関係する複素透磁率の虚部(μr’’)が、磁性体を高周波で磁化した際に共鳴を起こす周波数において高くなることに着目したものである。磁気共鳴周波数fは材料の持つ異方性磁界(HA)と比例関係にあるため、異方性磁界(HA)の高い材料ほど磁気共鳴周波数fの値は高くなる。M型フェライトであるBaFe12O19の磁気共鳴周波数fは、そのHAの値が、1.35MA/mから48GHzと計算され、高いGHz帯域の電磁波を吸収することができる。また、Fe3+の一部を(TiMn)3+やAl3+などで置換することで、異方性磁界(HA)の値を制御することで磁気共鳴周波数fを5〜150GHzの範囲で制御することができる。
また、ストロンチウムフェライトは、60GHz帯の無線LANに対応した電磁波吸収体を設計するために、SrFe12O19にAlを添加した系であり、電磁波吸収シートでは、Alを添加することによって、電磁波吸収を示す周波数が高周波側にシフトする。これは、異方性磁界(HA)の値の増加に対応していると考えられる。
このように、磁性酸化鉄として、イプシロン酸化鉄、M型フェライト、ストロンチウムフェライトを用いることによって、それぞれの磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値を制御することができ、結果として、これらの磁性酸化鉄を電磁波吸収層1に含む電磁波吸収シートで吸収される電磁波の周波数を変化させることができる。
[電磁波吸収層]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1では、磁性酸化鉄の粒子1a1、1a2が樹脂製のバインダー1bによって分散されていることで、シートとしての可撓性を備える。
電磁波吸収層1に用いられる樹脂製のバインダーとしては、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、フェノール系樹脂、メラミン系樹脂、ゴム系樹脂などの樹脂材料を用いることができる。
より具体的には、エポキシ系樹脂として、ビスフェノールAの両末端の水酸基をエポキシ化した化合物を用いることができる。また、ポリウレタン系樹脂として、ポリエステル系ウレタン樹脂、ポリエーテル系ウレタン樹脂、ポリカーボネート系ウレタン樹脂、エポキシ系ウレタン樹脂などを用いることができる。アクリル系の樹脂としては、メタアクリル系樹脂で、アルキル基の炭素数が2〜18の範囲にあるアクリル酸アルキルエステルおよび/またはメタクリル酸アルキルエステルと、官能基含有モノマーと、必要に応じてこれらと共重合可能な他の改質用モノマーとを共重合させることにより得られる官能基含有メタアクリルポリマーなどを用いることができる。
また、ゴム系樹脂として、スチレン系の熱可塑性エラストマーであるSIS(スチレン−イソブレンブロック共重合体)やSBS(スチレン−ブタジエンブロック共重合体)、石油系合成ゴムであるEPDM(エチレン・プロピレン・ジエン・ゴム)、その他アクリルゴムやシリコンゴムなどのゴム系材料をバインダーとして利用することができる。
なお、環境に配慮する観点から、バインダーとして用いられる樹脂としては、ハロゲンを含まないハロゲンフリーのものを用いることが好ましい。これらの樹脂材料は、樹脂シートのバインダー材料として一般的なものであるため容易に入手することができる。
また、本明細書において可撓性を有するとは、電磁波吸収層が、一定程度湾曲させることができる状態、すなわち、シートを丸めて元に戻したときに破断などの塑性変形が生じずに平面状のシートに復帰する状態を示している。
本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層は、電磁波吸収材料としてイプシロン酸化鉄を用いるが、イプシロン酸化鉄は上述のように粒径が数nmから数十nmの微細なナノ粒子であるため、電磁波吸収層の形成時にバインダー内に良好に分散させることが重要となる。このため、電磁波吸収層に、フェニルホスホン酸、フェニルホスホン酸ジクロリド等のアリールスルホン酸、メチルホスホン酸、エチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、プロピルホスホン酸などのアルキルホスホン酸、あるいは、ヒドロキシエタンジホスホン酸、ニトロトリスメチレンホスホン酸などの多官能ホスホン酸などのリン酸化合物を含んでいる。これらのリン酸化合物は、難燃性を有するとともに、微細な磁性酸化鉄粉の分散剤として機能するため、バインダー内のイプシロン酸化鉄粒子を、良好に分散させることができる。
より具体的に、分散剤としては、和光純薬工業株式会社製、または、日産化学工業株式会社製のフェニルホスホン酸(PPA)、城北化学工業株式会社製の酸化リン酸エステル「JP−502」(製品名)などを使用することができる。
なお、電磁波吸収層の組成としては、一例として、イプシロン酸化鉄粉100部に対して、樹脂製バインダーが2〜50部、リン酸化合物の含有量が0.1〜15部とすることができる。樹脂製バインダーが2部より少ないと、磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。また磁性体層としてシート状の形状を維持できなくなる。50部より多いと、電磁波吸収層の中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
リン酸化合物の含有量が0.1部より少ないと、樹脂製バインダーを用いて磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。15部より多いと、磁性酸化鉄を良好に分散させる効果が飽和する。電磁波吸収層の中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
[電磁波吸収シートの製造方法]
ここで、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの製造方法の一例について説明する。
本実施形態の電磁波吸収シートは、例えば、少なくとも磁性酸化鉄粉と樹脂製バインダーとを含んだ電磁波吸収体用組成物である磁性塗料を作製してこれを所定の厚さで塗布し、乾燥させた後にカレンダ処理することによって形成することができる。
また、磁性塗料成分として、少なくとも磁性酸化鉄粉と、分散剤であるリン酸化合物と、バインダー樹脂とを高速攪拌機で高速混合して混合物を調製し、その後、得られた混合物をサンドミルで分散処理することでも磁性塗料を得ることができる。
このようにして作製された磁性塗料(電磁波吸収体用組成物)を用いて、電磁波吸収シートを作製する。
電磁波吸収シートを作製する場合には、図1に示したように、樹脂製のシート2の上に上記作製した磁性塗料を塗布する。樹脂シート2としては、一例として、シリコンコートによって表面に剥離処理をされた、厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)のシートを用いることができる。この樹脂シート2の上に、テーブルコータ法やバーコータ法などの塗布方法を用いて、磁性塗料を塗布する。
その後、wet状態の磁性塗料を乾燥し、さらにカレンダ処理を行って、支持体上に電磁波吸収シートを形成できる。電磁波吸収シートの厚さは、塗布厚やカレンダ処理の条件等によって制御することができる。カレンダ処理が行われた後の電磁波吸収シート1を樹脂シート2から剥離させて、所望の厚さの電磁波吸収シート1を得る。
なお、カレンダ処理は必要に応じて行えばよく、磁性塗料を乾燥させた状態で磁性酸化鉄粉の体積含率が所定の範囲内となっている場合には、カレンダ処理を行わなくても構わない。
[ベースフィルム、接着層]
図示は省略するが、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1をベースフィルム上に形成することができる。
形成した電磁波吸収層1の厚みが薄く電磁波吸収シート1としての所定の強度が得られない場合には、電磁波吸収層1背面側に樹脂製の基材であるベースフィルムを積層することが好ましい。
なお、ベースフィルムとしては、PETフィルムなどの各種の樹脂製フィルム、ゴム、和紙などの紙部材を用いて構成することができる。ベースフィルムの材料や厚みは、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて電磁波吸収特性には影響を与えないため、電磁波吸収シートの強度や取り扱いの容易性などの実用的な観点から、適切な材料で、かつ、適切な厚みを有するベースフィルムを選択することができる。
さらに、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1の背面側、または、ベースフィルムの電磁波吸収層1が形成されている側とは反対側の表面に、図示しない接着層を形成することができる。
接着層を設けることで、ベースフィルムの有無にかかわらず、電磁波吸収層1からなる電磁波吸収シートを、電気回路を収納する筐体の内面や、電気機器の内面または外面の所望の位置に容易に貼着することができる。特に、本実施形態の電磁波吸収シートは電磁波吸収層1が可撓性を有するものであるため、湾曲した曲面上にも容易に貼着することができ、電磁波吸収シートの取り扱い容易性が向上する。
接着層としては、粘着テープなどの粘着層として利用される公知の材料、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等を用いることができる。また被着体に対する粘着力の調節、糊残りの低減のために、粘着付与剤や架橋剤を用いることもできる。被着体に対する粘着力は5N/10mm〜12N/10mmが好ましい。粘着力が5N/10mmより小さいと、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれてしまったり、ずれてしまったりすることがある。また、粘着力が12N/10mmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。
また接着層の厚さは20μm〜100μmが好ましい。接着層の厚さが20μmより薄いと、粘着力が小さくなり、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれたり、ずれたりすることがある。接着層4の厚さが100μmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。また接着層の凝集力が小さい場合は、電磁波吸収シートを剥離した場合、被着体に糊残りが生じる場合がある。
なお、本願明細書において接着層とは、剥離不可能に貼着する接着層であるとともに、剥離可能な貼着を行う接着層であってもよい。
また、電磁波吸収シートを所定の面に貼着するにあたって、電磁波吸収シートが接着層を備えていることが必須の要件ではないことは言うまでもなく、電磁波吸収シートが配置される部材の側の表面に粘着性を備えることや、両面テープや接着剤を用いて所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができる。この点において、接着層は、本実施形態に示す電磁波吸収シートにおける必須の構成要件ではない。
なお、電磁波吸収体としての電磁波吸収シートの形成方法として、上述したような電磁波吸収層1を樹脂製の基材であるベースフィルム上に積層して形成する方法以外に、磁性酸化鉄粉とゴム製バインダーとを含んだ磁性コンパウンドを作製して、これを所定の厚さで成型し架橋させることによって電磁波吸収体を形成する方法を採用することができる。
この方法の場合、先ず、磁性コンパウンドを作製する。磁性コンパウンドは、イプシロン酸化鉄粉と分散剤、ゴム系樹脂を混練することによって得ることができる。混練物は、一例として、加圧式の回分式ニーダで混練することにより得られる。なお、このとき、必要に応じて架橋剤を配合することができる。
このようにして得られた磁性コンパウンドを、一例として油圧プレス機などを用いて150℃の温度でシート状に架橋・成型する。
その後、恒温槽内において170℃で2次架橋処理を施し電磁波吸収層1を形成できる。
上記した実施形態にかかる電磁波吸収シートと同様に、このようにして形成した電磁波吸収層1の背面側にも接着層を形成することができる。
[ヒステリシスループとこれを微分した微分曲線]
図3は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第1の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
なお、以下の各図で示すヒステリシスループは、所定の磁性酸化鉄を含む径が8mmφ、厚さが2mmの試料を作成し、東英工業株式会社製の振動試料型磁力計VSM−P(製品名)を用いて、印加磁界を16kOeから−16kOeの範囲で測定した。なお、測定の時定数Tcは、0.03secとしている。
図3に示すように、外部から強さが変化する磁界を印加していった際の磁性酸化鉄に残留する磁化の強さを示す磁化曲線31は、いわゆるヒステリシスループを描く。
異方性磁界(HA)の値と、磁性体の磁気共鳴周波数frとの間には、下記式(1)のような関係が成り立つ。
fr=ν/2π*HA (1)
ここで、νはジャイロ磁気定数で、磁性体の種類によって定まる値である。
このように、ジャイロ磁気共鳴型の磁性体では、異方性磁界(HA)の値と磁気共鳴周波数frとの間に比例関係が成り立つ。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、これを用いて作成された本願で開示する電磁波吸収体の電磁波吸収層は、磁界強度が16kOeから−16kOeの間の磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に、互いに分離された2つ以上の極値を有する。磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)は異方性定数(Ku)に比例し、異方性定数(Ku)が保磁力(Hc)に比例するから、磁気特性のヒステリシスループを微分した微分曲線に2つ以上の異なる極性を有すると言うことは、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、本願で開示する電磁波吸収体の電磁波吸収層が、保磁力(Hc)の異なる2つ以上の磁性酸化鉄を含んでいることを示している。磁性酸化鉄の保磁力(Hc)が異なると、異方性磁界(HA)が異なり、上記式(1)に示されるように、異方性磁界(HA)の値と磁気共鳴周波数frとの間には比例関係が成り立つことから、異方性磁界(HA)の値が異なれば、異なる磁気共鳴周波数frを有していることになる。この結果、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、これにより作成された電磁波吸収層を備えた電磁波吸収体は、極値の数に応じた2つ以上の周波数の電磁波を吸収することができる。
本実施形態で示す電磁波吸収シートの電磁波吸収層1も同様であって、異なる異方性磁界(HA)の値を有すること、すなわち、異なる保磁力を持つ複数の磁性酸化鉄を電磁波吸収層1に含むことで、異なる周波数で磁気共鳴を起こして、当該周波数の電磁波を熱に変換して減衰させる。結果として、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれるそれぞれの磁性酸化鉄で所定の異なる周波数の電磁波を吸収することができ、ヒステリシスループを微分した微分曲線の極値に数に応じた複数の周波数の電磁波を吸収することができる。
電磁波吸収層1に異なる異方性磁界(HA)の値を有する複数の磁性酸化鉄が含まれているか否かについては、ヒステリシスカーブ31を微分した微分曲線32を描くことで容易に判定することができる。
図3に示す例では、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が60GHzと79GHzのイプシロン酸化鉄を1:1の比率で混合し、下記の組成で磁性塗料を作製した。
磁性酸化鉄粉 ストロンチウムフェライト:イプシロン酸化鉄
=1:1 100部
分散剤 DISPERBYK−142(商品名) 15部
溶媒 メチルエチルケトン/トルエン(=1/1混合溶剤)
95部。
この磁性塗料成分を径0.5mmのジルコニアビーズを分散媒体とし、内容量が2Lのディスク型サンドミルで分散した。このようにして得た分散塗料を攪拌機で攪拌しながら、以下の材料を配合し、上記電磁波吸収シートの製造方法として説明した条件で分散して磁性塗料を得た
磁性塗料成分 100部
ポリウレタンバインダー(バイロンUR8700(商品名))
46部
溶媒(希釈) メチルエチルケトン/トルエン
(=1/1混合溶剤) 120部。
続いて、得られた磁性塗料を、シリコンコートにより剥離処理された厚さ38μmのポリエチレンテレフタレート(PET)のシート上に、バーコータを用いて塗布し、湿潤状態において80℃で1440分乾燥後、厚さ400μmのシートを得た。
こうして得られたシートに温度80℃、圧力150kg/cmでカレンダ処理を行い、厚さ300μmの電磁波吸収シートを得た。
この電磁波吸収シートは、図3に示すように、ヒステリシスカーブ31の微分曲線32は、2つのピークを描いて表され、測定対象の試料が、異なる2つの異方性磁界(HA)の値を有することで、異なった保磁量を持つ2種類の磁性酸化鉄が含まれていることを確認することができる。
図4は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第2の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
図4では、磁性酸化鉄として、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのストロンチウムフェライトと、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのイプシロン酸化鉄とを、ほぼ1:1の比率で混合した磁性塗料を用いて、電磁波吸収シートを作製した。
図4に示すように、磁性酸化鉄の種類が異なった場合、同じ電磁波遮蔽周波数であってもジャイロ磁気定数が材料で異なり保磁力に違いが出る。このため、ヒステリシスループ41の微分曲線42は、2つのピークを有することが明確にわかる。なお、このことは、保磁力=異方性定数/磁化という関係を有すること、すなわち、異方性定数=保磁力×磁化と表すことができることから、異方性磁界(HA)=2×異方性定数/磁化の関係があることに起因していると考えられる。
さらに、図5は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第3の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
この、第3の構成例では、異なる保磁力を有する3種類の磁性酸化鉄を含んでいる。具体的には、前述した電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのストロンチウムフェライトと、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が79GHzのイプシロン酸化鉄、さらに、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が60GHzのイプシロン酸化鉄である。なお、混合割合を、ほぼ、1:1:1として3種類の磁性酸化鉄を含む磁性塗料を用いて、電磁波吸収シートを作製した。
図5に示すように、異なる異方性磁界(HA)の値を有することによる異なった保磁力の値を有する3種類の磁性酸化鉄が含まれている場合には、ヒステリシスループ51の微分曲線52は、3つのピークを有していることが確認できる。
次に、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が、どの程度異なると、ヒステリシスループの微分曲線が異なるピークを有するかを確認した。
図6は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの電磁波吸収層の第4の構成例における、磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示す図である。
一方、図7は、比較例の電磁波吸収層の磁気特性のヒステリシスループとこれを微分した微分曲線とを示している。
図6では、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が74GHzと79GHzのイプシロン酸化鉄を含む電磁波吸収層を試料とし、図7では、電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)が76GHzと79GHzのイプシロン酸化鉄を含む磁性塗料を用いて作製した電磁波吸収層を試料として測定した。なお、いずれも場合も、磁性酸化鉄の混合割合は、ほぼ1:1としている。
図6では、ヒステリシスループ61の微分曲線62は、異なる2つのピークが確認できるが、図7のヒステリシスループ71の微分曲線72は、ピークが重なっているためか、一つのピークしか確認することができない。
このことから、式(1)より、同じジャイロ磁気定数νを有する場合、言い換えれば同じ材料の場合は、ヒステリシスループの微分曲線において、2つの異なるピークが確認できるには、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の電磁波遮蔽周波数(最大吸収周波数:磁気共鳴周波数)に、5GHz以上の差が必要であると考えられる。言い換えれば、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、電磁波吸収体の電磁波吸収層に同種の磁性酸化鉄が含まれる場合には、それぞれ磁性酸化鉄の最大吸収周波数の差が5GHz以上であることが好ましい。この結果、互いに分離された明確な極値を有し易くなる。これに対し、それぞれの磁性酸化鉄の最大吸収周波数の差が5GHzより小さい場合は、ヒステリシスループの微分曲線に、互いに分離された明確な複数の極値を有することが難しくなる。
なお、図6に示すように、ヒステリシスループの微分曲線に1つのピークしか確認することができない場合には、2つ以上の異なる周波数の電磁波を吸収することができないことを表している。
上述したように、本実施形態で示す電磁波吸収シートでは、磁性酸化鉄の磁気共鳴によって、その磁性酸化鉄の電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)と同じ値の周波数の電磁波が吸収される。
このため、電磁波吸収層を構成する電磁波吸収物質のヒステリシスループの微分曲線が、互いに分離された2つ以上の極値を有することで、異なる周波数の電磁波を吸収できる電磁波吸収シートが実現できることがわかる。
なお、発明者らの検討では、電磁波吸収層に含まれる異方性磁界(HA)の値が異なることによって異なった保磁力を有する磁性酸化鉄の配向度が異なる場合には、ヒステリシスループの微分曲線において、ピークの半値幅が異なり、ピークである極値の高さも異なるが、2つの異なる極値を有することは明確に確認できた。
また、異方性磁界(HA)の値が異なることによって異なった保磁力を有する磁性酸化鉄の配合量が異なる場合にはヒステリシスループの微分曲線における半値幅はほぼ同じであるが、極値であるピークの高さが異なることがわかった。さらに、異方性磁界(HA)の値が異なることによって異なった保磁力を有する磁性酸化鉄の粒度分布が異なる場合には、ヒステリシスループの微分曲線における半値幅はほぼ同じであるが極値であるピークの高さが異なるようになる。しかし、いずれの場合も、互いに分離された2つの極値を有することが明確に確認できた。
このように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が異なることにより保磁力が異なることを、磁気特性のヒステリシスループの微分曲線が互いに分離された2つ以上の異なる極値を有するか否かで確認できる。また、磁性酸化鉄の種類が異なる場合に、ジャイロ磁気定数が相違するために保磁力が異なることも、磁気特性のヒステリシスループの微分曲線が互いに分離された2つ以上の異なる極値を有するか否かで確認できる。
そして、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値に相当する電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)の電磁波を良好に吸収することができる。
なお、上記実施例では、一層の電磁波吸収層に異方性磁界(HA)の値が異なることで保磁力が異なる2つ以上の磁性酸化鉄が含まれる例を示した。、しかし、本願で開示する電磁波吸収体には、異方性磁界(HA)の値が異なる磁性酸化鉄が含まれる層を2層以上積層した構成も含まれる。異方性磁界(HA)の値が異なる磁性酸化鉄が含まれる層を2層以上積層した電磁波吸収体でも、磁気特性のヒステリシスループの微分曲線に互いに分離された2つ以上の異なる極値が現れることや、それぞれの磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値に相当する電磁波遮蔽周波数(磁気共鳴周波数)の電磁波を吸収できることは同様である。
また、上記第1の実施形態では、電磁波吸収体の例として電磁波吸収層がシート状、すなわち、主面を平面視したときに鉛直方向となるその厚みが主面の辺の大きさと比較して極めて小さく、全体としても厚さ方向が小さな電磁波吸収シートを例示した。しかし、本願で開示する電磁波吸収体は、このようなシート状のものに限られず、主面の大きさと比較して一定以上の大きさの厚さを有するブロック状の電磁波吸収層を備えた、または、このような電磁波吸収層自体によって形成された電磁波吸収体(成型体)としても構成することができる。
この場合における電磁波吸収体の形状は、直方体形状を含む四角柱形状には限られず、円柱状、球体、その他の不定形状などの中密の形状、コーン状やトレイ状、枠状などの中空の形状など、使用される状況に応じて求められる各種の形状を作用することができる。
なお、上述した各種形状の電磁波吸収体においても、所定の場所に容易に貼着可能とするために接着層をさらに備えることが可能であることは言うまでもない。
(第2の実施形態)
次に、本願で開示する電磁波吸収部材としての、電磁波吸収体用組成物について説明する。
上述したとおり、第2の実施形態として示す電磁波吸収体用組成物は、第1の実施形態で説明した電磁波吸収シートの電磁波吸収層を作製する際に用いられた磁性塗料を意味する。
この磁性塗料は、樹脂製バインダー内に所定の異なる異方性磁界(HA)の値を有することによって、異なる保磁力を持つ複数の磁性酸化物が含まれているものであるため、磁性塗料それ自体として、また、バルク状に固めた固形の電磁波吸収体を形成する材料として、それぞれ上述の電磁波吸収シートと同様の電磁波吸収特性を有する。なお、上述の電磁波吸収体の場合と同様に、電磁波吸収体用組成物においても、含まれる複数の磁性酸化鉄の保磁力が1200Oe以上であることが好ましい。
例えば、磁性酸化鉄粒子と樹脂製バインダーを含む電磁波吸収体用組成物してとしての磁性塗料を用いて、複雑な表面形状の部材や、壁面、天井などの広範囲の部分に、電磁波吸収特性を付与することができる。また、電磁波を発生するICチップに直接モールドすることも可能である。この結果、電磁波を発生する複雑な形状の機器全体を遮蔽することができる。また部屋全体を複数の周波数の電磁波から遮蔽することができる。
複雑な表面形状の部材や、壁面、天井などの広範囲の部分に、本願で開示する電磁波吸収体用組成物を付与する方法としては、刷子などを用いて表面に塗布する方法、スプレーで吹き付ける方法などがある。
この場合にも、電磁波吸収体用組成物で吸収される電磁波の周波数は、含まれる磁性酸化物の異方性磁界(HA)の値に応じたものとなる。
なお、電磁波吸収体用組成物は、所定の周波数の電磁波を吸収する部材として機能するほかに、微分曲線の極値部分以外の周波数の電磁波を選択的に透過させるフィルタとして機能させることができる。
以上説明したように、本願で開示する電磁波吸収体用組成物、および、電磁波吸収体は、外部磁界を印加して得られる磁性特性のヒステリシスループを微分した微分曲線が、互いに分離された2つ以上の極値を有することで、異方性磁界(HA)の値が異なることによる異なった保磁力をもった複数の磁性酸化物を含むことが確認でき、微分曲線の極値の数に相当する数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体として良好に用いることができる。
なお、ヒステリシスループを測定するための外部磁界の強さを、16kOeから−16kOeとしているのは、少なくともこの範囲の外部磁界を印加することにより、良好なヒステリシスループが得られることを意味している。このため、印加される外部磁界の大きさを、その絶対値が16kOeよりも大きくしても問題が無く、外部磁界の大きさが16kOeから−16kOeの範囲でのヒステリシスループを測定し、その微分曲線を求めれば良い。
本願で開示する電磁波吸収体用組成物、電磁波吸収体、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において2つ以上の複数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収材料として有用である。
1 電磁波吸収層
1a(1a1、1a2) 磁性酸化鉄粒子
1b 樹脂製バインダー