本開示に係る第一の酸化被膜は、摺動部材の基材である鉄系材料の表面に形成され、最表面側に、三酸化二鉄(Fe2O3)を含有する部分を含むとともに、前記基材側に、当該基材よりもケイ素(Si)が多く含有されるケイ素含有部分を含む構成である。
これにより、基材に対する酸化被膜の密着性が向上するとともに、酸化被膜の耐摩耗性が向上する。それゆえ、過酷な使用環境下にある摺動部(例えば、潤滑油の粘度が低く、かつ、摺動部における摺動長さがより短く設計されるような環境)に用いられても、長期に亘って良好な耐摩耗性を発揮することができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第一の酸化被膜においては、前記ケイ素含有部分よりも表面側に位置し、その周囲よりも部分的にケイ素(Si)の含有量が多い、スポット状ケイ素含有部分を含む構成であってもよい。
これにより、基材に対する酸化被膜の密着性が向上するとともに、酸化被膜の耐摩耗性がより向上する。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第一の酸化被膜においては、最表面から順に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)である部分と、少なくとも構成されてもよい。
これにより、過酷な使用環境下にある摺動部に用いられても、最表面の部分により相手攻撃性を低下させるとともに摺動面のなじみ性を促進することが可能になる。それゆえ、長期に亘ってより一層良好な耐摩耗性を発揮させることができる。
前記構成の第一の酸化被膜においては、最表面から順に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)である部分と、最も多く占める成分が酸化鉄(FeO)である部分と、で少なくとも構成されてもよい。
これにより、最表面の部分により相手攻撃性を低下させて、摺動面のなじみ性を促進するとともに、基材側の部分により、摺動時の負荷に対する耐力が向上する。それゆえ、酸化被膜の剥離の抑制および密着力の向上が可能となるので、摺動部の信頼性を向上することができる。
本開示に係る第二の酸化被膜は、摺動部材の基材である鉄系材料の表面に形成され、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である組成A部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含む組成B部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、前記組成B部分よりもケイ素の含有量が多い組成C部分と、を含む構成である。
これにより、過酷な使用環境下にある摺動部に用いられても、長期に亘って剥離を良好に抑制できるとともに優れた耐摩耗性を発揮させることができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第二の酸化被膜においては、最表面から順に、前記組成A部分である最外部分、前記組成B部分である中間部分、および、前記組成C部分である内部分から少なくとも構成されてもよい。
これにより、最表面の部分が、比較的硬質であるが結晶構造的に柔軟であるため、酸化被膜の相手攻撃性を低下させるとともに、初期なじみ性を向上することができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第二の酸化被膜においては、前記ケイ素(Si)化合物は、前記組成A部分にも含まれている構成であってもよい。
これにより、最表面の部分に硬質な部位が含まれるので、酸化被膜の相手攻撃性を低下させて初期なじみ性を向上するとともに、より強固な酸化被膜を形成することができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第二の酸化被膜においては、前記ケイ素(Si)化合物は、二酸化ケイ素(SiO2)もしくはファイヤライト(Fe2SiO4)の少なくとも一方である構成であってもよい。
これにより、酸化被膜はより硬質な部位を含むことになるため、さらに耐摩耗性が向上するとともに基材に対する密着性もさらに向上する。それゆえ、より耐力に優れた酸化被膜を実現することができるので、摺動部の信頼性を向上することができる。
本開示に係る第三の酸化被膜は、摺動部材の基材である鉄系材料の表面に形成され、少なくとも微結晶からなる第一の部分と、柱状組織を含有する第二の部分、および/または、層状組織を含有する第三の部分と、を含む構成である。
これにより、自己耐摩耗性の向上と相手攻撃性の抑制とを両立できるとともに、基材に対する密着性を向上することができる。過酷な使用環境下にある摺動部に用いられても、長期にわたって剥離を有効に抑制しつつ優れた耐摩耗性を発揮することができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、最表面に位置する前記第一の部分、当該第一の部分の下方に位置する前記第二の部分、さらに、当該第二の部分の下方に位置する前記第三の部分から少なくとも構成されてもよい。
これにより、効果的に自己耐摩耗性の向上および相手攻撃性の抑制を両立することができるので、酸化被膜の長期信頼性を確保することができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、前記第一の部分の結晶粒径は0.001〜1μmの範囲内であり、前記第一の部分の結晶粒径は、第二の部分のそれよりも小さい構成であってもよい。
これにより、第一の部分が「保油性」に優れた構造となるので、摺動部が貧油条件下にあったとしても、油膜の形成を促進することができる。それゆえ、酸化被膜の耐摩耗性がさらに向上するので、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、前記第一の部分は、少なくとも、互いに結晶密度の異なる第一aの部分および第一bの部分から構成されてもよい。
これにより、第一の部分はより「保油性」に優れた構成になるので、摺動部が貧油条件下にあったとしても、摺動面に油膜の形成を促進することができる。それゆえ、酸化被膜の耐摩耗性がさらに向上するので、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、前記第一aの部分は表面側に位置し、前記第一bの部分は、当該第一aの部分の下方に位置するとともに、前記第一aの部分の結晶密度が、前記第一bの部分の結晶密度よりも小さい構成されてもよい。
これにより、第一の部分は、第一aの部分により「保油性」により一層すぐれた構成になるとともに、第一bの部分により第一aの部分を良好に支持することができる。それゆえ、酸化被膜の耐摩耗性がさらに向上するので、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、前記第一aの部分は、アスペクト比が1から1000の範囲内となる縦長の針状組織を含有する構成であってもよい。
これにより、摺動部材の摺動面において、相手材の摺動面との「なじみ」を促進させることができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、前記第二の部分は、アスペクト比が1から20の範囲内となる縦長の結晶組織を含有する構成であってもよい。
これにより、第二の部分には、摺動方向に対して略垂直な縦長結晶が密集形成した組織が含有されることになる。それゆえ、第二の部分の機械的特性が向上するので、酸化被膜の耐久性をさらに向上することができる。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、前記第三の部分は、アスペクト比が0.01から1の範囲内となる横長の結晶組織を含有する構成であってもよい。
これにより、第三の部分には、摺動方向に対して略平行な横長結晶が密集形成した組織が含有されることになる。それゆえ、第三の部分に滑り性を持たせることができるので、酸化被膜の耐剥離性および密着性が向上する。そのため、酸化被膜の耐久性が一段と向上するため、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第三の酸化被膜においては、鉄、酸素、およびケイ素を含有する構成であってもよい。
これにより、酸化被膜の機械的強度、耐剥離性、および密着性を優れたものにできるので、その耐久性が向上する。それゆえ、摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の第一の酸化被膜、第二の酸化被膜、または第三の酸化被膜においては、膜厚が1〜5μmの範囲内である構成であってもよい。
これにより、酸化被膜の耐摩耗性が向上して、長期信頼性が向上するとともに、寸法精度も安定化して高い生産性を得ることができる。
本開示に係る摺動部材は、前記構成の第一の酸化被膜、第二の酸化被膜、または第三の酸化被膜が、基材の摺動面に形成されている構成である。
これにより、過酷な使用環境下にある摺動部(例えば、潤滑油の粘度が低く、かつ、摺動部における摺動長さがより短く設計されるような環境)に用いられても、長期に亘って良好な耐摩耗性を発揮することができる摺動部材を実現することができる。
前記構成の摺動部材においては、基材となる鉄系材料が鋳鉄である構成であってもよい。
これにより、鋳鉄が安価で生産性が高いところから、摺動部材のコストを低くすることができる。また、基材に対する酸化被膜の密着性をより向上することができるので、良好な耐力を有する酸化被膜を備える摺動部材を得ることができる。これにより、摺動部材および摺動部の信頼性を向上することができる。
前記構成の摺動部材においては、基材となる鉄系材料は、ケイ素を0.5〜10%含有している構成であってもよい。
これにより、基材に対する酸化被膜の密着性がより一層向上するので、より良好な耐力を有する酸化被膜を備える摺動部材を得ることができる。これにより、摺動部材および摺動部の信頼性を向上することができる。
本開示に係る機器は、前記構成の摺動部材、すなわち、前記構成の第一の酸化被膜、第二の酸化被膜、または第三の酸化被膜が形成された摺動部材を備えている構成である。
これにより、摺動部材の耐摩耗性が高くなることから、摺動部の信頼性を向上することができる。それゆえ、機器の耐久性および信頼性も高いものとすることができる。
以下、本開示の代表的な実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
(実施の形態1)
本実施の形態1では、本開示に係る酸化被膜が、冷媒圧縮機の摺動部に形成された構成を例に挙げて、当該酸化被膜およびこれを用いた摺動部材、並びに、この摺動部材を備える機器について説明する。なお、説明の便宜上、本開示に係る酸化被膜が形成された摺動部材を備える機器を「酸化被膜適用機器」と称する。したがって、本実施の形態1(および後述する実施の形態2〜6等)で例示する冷媒圧縮機は、酸化被膜適用機器に該当する。
[冷媒圧縮機の構成]
まず、本実施の形態1に係る冷媒圧縮機の代表的な一例について、図1および図2Aを参照して具体的に説明する。図1は、本実施の形態1に係る冷媒圧縮機100の断面図であり、図2Aは、冷媒圧縮機100の摺動部のSEM(走査型電子顕微鏡)観察を行った結果の一例を示すSEM画像である。
図1に示すように、冷媒圧縮機100においては、密閉容器101内にはR134aからなる冷媒ガス102が充填されるとともに、底部には潤滑油103としてエステル油が貯留されている。また、密閉容器101内には、固定子104および回転子105からなる電動要素106と、これによって駆動される往復式の圧縮要素107とが収容されている。
そして、圧縮要素107は、クランクシャフト108、シリンダーブロック112、ピストン132等によって構成されている。圧縮要素107の構成を以下に説明する。
クランクシャフト108は、回転子105を圧入固定した主軸部109と、主軸部109に対し偏心して形成された偏心軸110と、から少なくとも構成される。クランクシャフト108の下端には潤滑油103に連通する給油ポンプ111を備えている。
クランクシャフト108は、基材171として、ケイ素(Si)を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を使用し、表面に酸化被膜170が形成されている。本実施の形態1における酸化被膜170の代表的な一例を図2Aに示す。図2Aは、酸化被膜170の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)により観察した結果の一例であり、酸化被膜170の厚さ方向の全体像を示す。
なお、本実施の形態1における酸化被膜170の膜厚は約3μmである。また、図2Aに示す酸化被膜170は、後述する実施例1−1において、リング・オン・ディスク式摩耗試験で用いたディスク(基材171)に形成されたものである。
シリンダーブロック112は鋳鉄からなり、略円筒形のボアー113を形成するとともに、主軸部109を軸支する軸受部114を備えている。
また、回転子105にはフランジ面120が形成され、軸受部114の上端面がスラスト面122になっている。フランジ面120と軸受部114のスラスト面122との間には、スラストワッシャ124が挿入されている。フランジ面120、スラスト面122およびスラストワッシャ124でスラスト軸受126を構成している。
ピストン132はある一定量のクリアランスを保ってボアー113に遊嵌され、鉄系の材料からなり、ボアー113と共に圧縮室134を形成する。また、ピストン132は、ピストンピン137を介して連結手段であるコンロッド138により偏心軸110と連結されている。ボアー113の端面はバルブプレート139で封止されている。
ヘッド140は高圧室を形成している。ヘッド140は、バルブプレート139のボアー113の反対側に固定される。サクションチューブ(図示せず)は、密閉容器101に固定されるとともに冷凍サイクルの低圧側(図示せず)に接続され、冷媒ガス102を密閉容器101内に導く。サクションマフラー142は、バルブプレート139とヘッド140に挟持される。
以上のように構成された冷媒圧縮機100について、以下その動作を説明する。
商用電源(図示せず)から供給される電力は電動要素106に供給され、電動要素106の回転子105を回転させる。回転子105はクランクシャフト108を回転させ、偏心軸110の偏心運動が連結手段のコンロッド138からピストンピン137を介してピストン132を駆動する。ピストン132はボアー113内を往復運動し、サクションチューブ(図示せず)を通して密閉容器101内に導かれた冷媒ガス102をサクションマフラー142から吸入し、圧縮室134内で圧縮する。
潤滑油103はクランクシャフト108の回転に伴い、給油ポンプ111から各摺動部に給油され、摺動部を潤滑するとともに、ピストン132とボアー113の間においてはシールを司る。なお、摺動部とは、複数の摺動部材が互いの摺動面で接した状態で摺動する部位を意味する。
ここで、近年の冷媒圧縮機100では、さらなる高効率化を図るため、潤滑油103として、(1)既述した如くより粘度の低いものを使用する、または、(2)摺動部を構成するそれぞれの摺動部材の摺動長さ(摺動部間の摺動長さとする。)がより短く設計される、等の対応が行われている。そのため、摺動条件はより過酷な方向に進んでいる。すなわち、摺動部の間の油膜はより薄くなる傾向にあり、あるいは、摺動部の間の油膜が形成され難い傾向にある。
加えて、冷媒圧縮機100においては、クランクシャフト108の偏心軸110が、シリンダーブロック112の軸受部114、並びに、クランクシャフト108の主軸部109に対して偏心して形成されている。そのため、圧縮された冷媒ガス102のガス圧により、クランクシャフト108の主軸部109と偏心軸110とコンロッド138との間に、負荷変動を伴う変動荷重が加えられる。この負荷変動に伴って、主軸部109と軸受部114との間などで、潤滑油103に溶け込んだ冷媒ガス102が繰り返し気化するため、潤滑油103に発泡が発生する。
このような理由により、クランクシャフト108の主軸部109と軸受部114との間などの摺動部において、油膜が切れて摺動面同士が金属接触する頻度が増加する。
しかしながら、この冷媒圧縮機100の摺動部、例えば、本実施の形態1で一例として示すクランクシャフト108の摺動部には、前述した構成の酸化被膜170が施してある。そのため、油膜が切れる頻度が増加したとしても、これに伴い発生する摺動面の摩耗を長期間にわたって抑制することができる。
[酸化被膜の構成]
次に、図2Aに加えて、図2B〜図2Dを参照して、摺動部の摩耗を抑制する酸化被膜170についてさらに詳述する。なお、本実施の形態1に係る酸化被膜170は、前述した「第一の酸化被膜」に該当する。
図2は、図2B〜図2Dは、いずれも、図2Aに示す酸化被膜170の断面について、EDS(エネルギー分散型X線分光法)分析を行った結果の一例を示す元素マップである。このうち、図2Bは、酸化被膜170における鉄(Fe)の元素マッピング結果を示し、図2Cは、酸化被膜170における酸素(O)の元素マッピング結果を示し、図2Dは、酸化被膜170におけるケイ素(Si)の元素マッピング結果を示す。
本実施の形態1では、クランクシャフト108は、球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)を基材171としている。酸化被膜170は、この基材171の表面に形成されている。具体的には、例えば、基材171の摺動表面を研磨仕上げした後、酸化性ガスを用いた酸化処理により酸化被膜170が形成されている。
前述したように、図2Aに示すように、酸化被膜170は、本実施の形態1では、球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)からなる基材171の上(図2Aでは基材171の右側)に、酸化被膜170が形成されている。
次に、この酸化被膜170に含まれる元素の濃度(すなわち、酸化被膜170を構成する各部分の元素組成)を、図2B〜図2Dを参照して説明する。前記の通り、図2Bは、図2Aに示す酸化被膜170に対応する鉄(Fe)の元素マッピング結果であり、図2Cは、酸化被膜170に対応する酸素(O)の元素マッピング結果であり、図2Dは、酸化被膜170に対応するケイ素(Si)の元素マッピング結果である。
図2B〜図2Dでは、黒いバックグラウンド(背景)に対して、ドット(微小な点)が多くなるほど、対象となる元素が多く存在することを示している。また、図2B〜図2D中に示される線は、元素の強度比を示しており、図2B〜図2Dのいずれにおいても、上方に向かうほど、元素の強度比すなわち該当元素の占める割合が高いことを示している。
これらの元素分析の結果から、酸化被膜170における鉄(Fe)、酸素(O)、およびケイ素(Si)の各元素の濃度比は、以下のような傾向を有していることが分かる。
球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)は、鉄(Fe)に加えてケイ素(Si)を含んでいる。そのため、本実施の形態1では、基材171は、実質的に鉄(Fe)およびケイ素(Si)の2種類の元素で構成される。この基材171を基準として酸化被膜170における各元素の強度比を比較する。
図2Bに示すように、鉄(Fe)の強度比は、基材171よりも酸化被膜170の方が小さく、さらに酸化被膜170の内部でやや増加に転じる傾向を示す。また、図2Cに示すように、酸素(O)の強度比は、酸化被膜170中で顕著に高いことが分かる。
さらに、図2Dに示すように、ケイ素(Si)の強度比は、基材171よりも酸化被膜170の基材171側が高いことが分かる。また、酸化被膜170の内部では、ケイ素(Si)の強度比は一気に減少し、最表面側では、ほとんど検出限界以下に転じることが分かる。
さらに、図2A〜図2Dに示す酸化被膜170の断面について、X線回折分析を行った結果の一例を図3に示す。
図3に示すように、酸化被膜170においては、三酸化二鉄(Fe2O3)または四酸化三鉄(Fe3O4)の結晶に起因するピークは明瞭に検出される。しかしながら、ケイ素および鉄からなる酸化生成物、例えば、ファイアライト(Fe2SiO4)等の結晶に起因するピーク位置は、三酸化二鉄(Fe2O3)または四酸化三鉄(Fe3O4)に起因するピーク位置と重なるために、存在の明確な判定は難しい。さらに、FeOに起因するピークは非常に弱く、存在の明確な判定は難しい。
本実施の形態1では、酸化被膜170は、前記の通り、酸化性ガスを用いた酸化反応S酸化処理)により基材171の表面に形成したものである。酸化反応の初期には、基材171側の界面近傍には、例えば、ファイアライト(Fe2SiO4)といったような鉄およびケイ素の酸化物が形成される。この酸化物は、いわゆる鉄拡散バリヤ機能を発揮し、酸化反応の進行に伴い、基材171の表面に鉄が不足したような状態を作り出すと考えられる。その結果、酸化反応の進行により酸素の内方拡散を助長させていると推察される。
その結果として、酸化反応の初期に形成された酸化鉄(FeO)の酸化が加速されるので、酸化被膜170には、三酸化二鉄(Fe2O3)および/または四酸化三鉄(Fe3O4)といった、耐摩耗性に寄与する結晶構造が生成されたと考えられる。
このような酸化鉄(FeO)の加速的な酸化は、図3に示す酸化被膜170のX線回折分析において、酸化鉄(FeO)の結晶に起因するピークが非常に弱かった(すなわち、酸化鉄(FeO)がほとんど検出されなかった)理由の一つであると考えられる。この推察は、図2Dに示すケイ素(Si)の元素マッピング結果からも裏付けられる。あるいは、別の視点として、酸化被膜170においては、酸化鉄(FeO)は、結晶構造を有しないアモルファスである可能性も考えられる。
それゆえ、本実施の形態1に係る酸化被膜170では、最表面(摺動面)から順に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分(便宜上、三酸化二鉄(Fe2O3)すなわち「酸化鉄(III)」の名称に基づいて「III部分」と称する。)と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)である部分(便宜上、四酸化三鉄(Fe3O4)すなわち「酸化鉄(III)鉄(II)」の名称に基づいて「II,III部分」と称する。)と、で少なくとも構成されていればよい(被膜構成1)。
あるいは、本実施の形態1に係る酸化被膜170では、最表面(摺動面)から順に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)であるIII部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であるII,III部分と、最も多く占める成分が酸化鉄(FeO)である部分(便宜上、酸化鉄(FeO)すなわち「酸化鉄(II」の名称に基づいて「II部分」と称する。)と、で少なくとも構成されてもよい(被膜構成2)。
酸化被膜170の被膜構成1および被膜構成2のいずれも、最表面のIII部分では、三酸化二鉄(Fe2O3)を主成分としており、その下方には、四酸化三鉄(Fe3O4)を主成分とするII,III部分が位置する。四酸化二鉄(Fe3O4)は、三酸化二鉄(Fe2O3)よりも結晶構造上より強い立方晶であるので、III部分は、下層のII,III部分により支えられることになる。
さらに、酸化被膜170の被膜構成2では、II,III部分の下方に、酸化鉄(FeO)を主成分とするII部分が位置する。酸化鉄(FeO)は、基材171の表面の界面に結晶構造を有しないアモルファス状で存在するので、結晶粒界または格子欠陥のような弱い構造の存在を十分に抑制することができる。そのため、摺動部材が摺動するときに、負荷に対する酸化被膜170の耐力が向上する。その結果、酸化被膜170の剥離の抑制、並びに、基材171に対する酸化被膜170の密着力の向上に寄与している可能性が考えられる。
ここで、図2Dに示すケイ素(Si)の元素マッピング結果から明らかなように、酸化被膜170では、基材171よりもケイ素(Si)が多く含有されるケイ素含有部分を含んでいる。酸化被膜170の構成が被膜構成1であっても被膜構成2であっても、少なくともII,III部分には、最も多く占める成分である四酸化三鉄(Fe3O4)に加えて、ケイ素(Si)化合物が含まれる。II,III部分の下方にII部分が存在する場合にも、ケイ素(Si)化合物が含まれる。
図2Dに示すケイ素(Si)の強度比からも明らかなように、酸化被膜170においては、基材171側にケイ素(Si)が多い部分、すなわち「ケイ素含有部分」が存在する。このケイ素含有部分は、II,III部分の少なくとも一部、あるいは、II,III部分およびII部分と実質的に一致する。
なお、II,III部分は、ケイ素(Si)の含有量を基準として、表面側の含有量の少ない部分と、基材171側の含有量の少ない部分と、に区分することができる。ケイ素(Si)の含有量が少ない上側の部分を、便宜上「II,III部分a」と称し、ケイ素(Si)の含有量が多い下側の部分を、便宜上「II,III部分b」と称する。II,III部分aとII,III部分bとの界面は、図2Dにおいて、ケイ素(Si)の強度比が一気に減少に転ずる箇所に一致する。
また、図2A〜図2Dに示す試料(基材171上に形成された酸化被膜170)とは別の試料について、酸化被膜170のTEM(透過型電子顕微鏡)観察を行った結果の一例を示すTEM画像を図4に示す。なお、この試料は、後述する実施の形態2で観察した試料と同じであり、本実施の形態1の特徴ととともに実施の形態2の特徴も備えている(図8A参照)。
図4に示すように、酸化被膜170において基材171側に位置する部分(II,III部分、または、II,III部分およびII部分)は、基材171よりもケイ素(Si)が多く含有されるケイ素含有部分170aとなっている。さらに、酸化被膜170において、ケイ素含有部分170aよりも表面側となる部位(II,III部分およびIII部分の少なくともいずれか)には、周囲の組成物に比較して部分的にケイ素(Si)の含有量が多いスポット状ケイ素含有部分170bを含んでいる。このスポット状ケイ素含有部分170bは、図4に示すTEM観察等では白色のスポットとして観察されるので「白色部」ということもできる。この「白色部」では、ケイ素(Si)の濃度または強度の上昇が見られる。
特に、II,III部分のうち上側のII,III部分aでは、下側のII,III部分b(ケイ素含有部分170a)に比べて、ケイ素(Si)の含有量が低いが、その内部には、「白色部」すなわちスポット状ケイ素含有部分170bを含んでいる、同様に、本実施の形態1では、最表面側のIII部分には、ほとんどケイ素(Si)を含まないが、諸条件の調整により、III部分中にも「白色部」すなわちスポット状ケイ素含有部分170bを存在させることができる。
スポット状ケイ素含有部分170bには、例えば、二酸化ケイ素(SiO2)および/またはファイヤライト(Fe2SiO4)等といった構造の異なるケイ素(Si)化合物が存在している。さらに、「白色部」には、ケイ素(Si)化合物ではなく、ケイ素(Si)が固溶した状態で存在(ケイ素(Si)が単体で存在)している場合もある。それゆえ、III部分および/またはII,III部分aには、スポット状ケイ素含有部分170bとして、ケイ素(Si)化合物を含む部分が存在するだけでなく、ケイ素(Si)固溶部も存在している場合がある。
酸化被膜170は、少なくとも、基材171側に層状のケイ素含有部分170a(II,III部分の一部、II部分等)を有していればよく、好ましくは、ケイ素含有部分170aよりも表面側となる位置に、周囲よりもケイ素(Si)の含有量が多いスポット状ケイ素含有部分170bを有していればよい。酸化被膜170の具体的な構成としては、前記の通り、III部分およびII,III部分を含む被膜構成1、あるいは、III部分、II,III部分およびII部分を含む被膜構成2が挙げられるが、酸化被膜170の構成はこれらに限定されない。
好ましい一例として、酸化被膜170は、前述したように、最表面からIII部分、II,III部分a、およびII,III部分b(並びにII部分)の順で積層されている構成を挙げることができるが、酸化被膜170は、これら3層または4層構成に限定されない。これら以外の他の層を含んでもよいし、一部の層を含まない構成であってもよいし、一部の層が入れ替わる構成であってもよい。
このように、他の層を含む構成、あるいは、各部分の積層順が異なる構成は、諸条件を調整することにより容易に実現することができる。さらには、ケイ素含有部分170aの基材171側への形成、ケイ素含有部分170aのケイ素(Si)濃度の調整、スポット状ケイ素含有部分170bの形成についても、諸条件を調整することにより実現することができる。
代表的な諸条件としては、酸化被膜170の製造方法(形成方法)が挙げられる。酸化被膜170の製造方法は、公知の鉄系材料の酸化方法を好適に用いることができ、特に限定されない。基材171である鉄系材料の種類、その表面状態(前述した研磨仕上げ等)、求める酸化被膜170の物性等の諸条件に応じて、製造条件等については適宜設定することができる。本開示では、炭酸ガス(二酸化炭素ガス)等の公知の酸化性ガスおよび公知の酸化設備を用いて、数百℃の範囲内、例えば400〜800℃の範囲内で基材171であるねずみ鋳鉄を酸化することにより、基材171の表面に酸化被膜170を形成することができる。
特に、本開示では、酸化被膜170の基材171側にケイ素含有部分170aを形成したり、酸化被膜170の表面側にスポット状ケイ素含有部分170bを形成したりするためには、酸化被膜170の製造(形成)に際して、次のような手法を好ましく採用することができる。例えば、(1)基材171に対して付加的にケイ素(Si)を添加してから基材171を酸化する手法、(2)酸化反応の初期に、基材171の表面に、ケイ酸塩等の鉄拡散バリヤ機能を有する化合物を形成させる(もしくは存在させる)手法等を採用することができる。
[酸化被膜の評価]
次に、本実施の形態1に係る酸化被膜170の代表的な一例について、その特性を評価した結果を、図5および図6を参照して説明する。以下の説明では、実施例、従来例、および比較例の結果に基づき、酸化被膜170の摩耗抑制効果、すなわち、酸化被膜170の耐摩耗性について評価している。なお、以下の実施例、従来例、および比較例では、後述する他の実施の形態における実施例等と区別する便宜上、実施例1−1、従来例1−1、比較例1−1等と表記する。
(実施例1−1)
摺動部材として球状黒鉛鋳鉄製のディスクを用いた。したがって、基材171の材質は球状黒鉛鋳鉄であり、ディスクの表面が摺動面となる。前述した通り、炭酸ガス等の酸化性ガスを用いて、400〜800℃の範囲内でディスクを酸化することにより、摺動面に対して本実施の形態1に係る酸化被膜170を形成した。この酸化被膜170は、前述したように、基材171側にケイ素含有部分170aを含むとともに、表面側にスポット状ケイ素含有部分170bも含む構成であった。このようにして本実施例1−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(従来例1−1)
表面処理膜として、本実施の形態1に係る酸化被膜170の代わりに、従来のリン酸塩被膜を形成した。これ以外は、実施例1−1と同様にして従来例1−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(比較例1−1)
表面処理膜として、本実施の形態1に係る酸化被膜170の代わりに、一般的に硬質膜として使用されるガス窒化被膜を形成した。これ以外は、実施例1−1と同様にして比較例1−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(比較例1−2)
表面処理膜として、本実施の形態1に係る酸化被膜170の代わりに、従来の一般的な酸化被膜、いわゆる黒染処理、別名フェルマイト処理と呼ばれている方法で形成された四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜を形成した。これ以外は、実施例1−1と同様にして比較例1−2の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価)
R134a冷媒およびVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油の混合雰囲気下で、前述した評価用試料を用いて、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した。評価用試料であるディスクとは別に、相手材として、ねずみ鋳鉄を基材とし、その表面(摺動面)に表面研磨のみ施したリングを準備した。摩耗試験は、株式会社エイ・アンド・ディ製の中圧フロン摩擦摩耗試験機 AFT−18−200M(商品名)を用いて、荷重1000Nの条件にて行った。これにより、評価用試料(ディスク)に形成された表面処理膜の摩耗特性(自己耐摩耗性)と、当該表面処理膜の相手材(リング)の摺動面への攻撃性(相手攻撃性)とを併せて評価した。
(実施例1−1、従来例1−1、および比較例1−1,1−2の対比)
図5は、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した結果であって、評価用試料であるディスクの摺動面の摩耗量を示す。また、図6は、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した結果であって、相手材であるリングの摩耗量を示す。
まず、評価用試料であるディスクの表面(摺動面)の摩耗量について比較する。図5に示すように、実施例1−1、比較例1−1、および比較例1−2のいずれの表面処理膜も、従来例1−1のリン酸塩被膜と比較すると、ディスクの表面の摩耗量は減少している。そのため、実施例1−1、比較例1−1、および比較例1−2における表面処理膜は、いずれも良好な自己耐摩耗性を有することが分かる。ただし、比較例1−2すなわち四酸化三鉄(Fe3O4)単部分で構成される表面処理膜(一般的な酸化被膜)については、ディスクの表面の所々に基材の界面から剥離している痕跡が認められた。
これに対して、図6に示すように、相手材であるリングの表面(摺動面)の摩耗量について比較する。実施例1−1の表面処理膜すなわち本実施の形態1に係る酸化被膜170では、従来例1−1のリン酸塩被膜と比較して、リングの表面の摩耗量はほぼ同等である。これに対して、比較例1−1のガス窒化被膜、および、比較例1−2の一般的な酸化被膜では、リングの表面の摩耗量は、明らかに増加していることが分かる。したがって、本実施の形態1に係る酸化被膜170は、従来のリン酸塩被膜と同様に相手材に対する攻撃性(相手攻撃性)が低いことが分かる。
このように、本開示に係る酸化被膜170を採用した実施例1−1のみが、ディスクおよびリングともにほとんど摩耗が認められていない。それゆえ、本開示に係る酸化被膜170は、自己耐摩耗性および相手攻撃性について良好な結果を示すことが分かる。
酸化被膜170の自己耐摩耗性について検討する。酸化被膜170が鉄の酸化物であることから、酸化被膜170は、従来のリン酸塩被膜と比較して化学的に非常に安定的である。また、鉄の酸化物の被膜はリン酸塩被膜と比較して高い硬度を有する。それゆえ、摺動面に酸化被膜170が形成されることで、摩耗粉の発生および付着等を効果的に防止することができるので、酸化被膜170そのものの摩耗量の増加を有効に回避できると考えられる。
次に、酸化被膜170の相手攻撃性について検討する。酸化被膜170は、最表面側にIII部分、すなわち、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分で構成されている。そのため、下記の理由から、酸化被膜170の相手攻撃性を低下させるとともに、摺動面のなじみ性を向上させていると考えられる。
三酸化二鉄(Fe2O3)の結晶構造が菱面体晶であるのに対して、四酸化三鉄(Fe3O4)の結晶構造は立方晶であり、窒化被膜の結晶構造は、周密六方晶、面心立方晶、体心正方晶である。それゆえ、三酸化二鉄(Fe2O3)は、四酸化三鉄(Fe3O4)または窒化被膜に比較して結晶構造の面で柔軟(あるいは弱い状態)になっている。そのため、III部分は、粒子レベルの高度が低くなっている。
これにより、三酸化二鉄(Fe2O3)を最表面に有する酸化被膜170は、比較例1−1のガス窒化被膜または比較例1−2の一般的な酸化被膜(四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜)と比較して、粒子レベルの硬度が低くなる。したがって、実施例1−1の酸化被膜170は、比較例1−1または比較例1−2の表面処理膜と比較して、相手攻撃性を良好に抑制できるとともに、摺動面のなじみ性を向上させていると考えられる。
なお、本実施の形態1におけるリング・オン・ディスク式摩耗試験では、酸化被膜をディスク側に設けて試験を実施しているが、酸化被膜をリング側に設けても同様の結果が得られる。また、酸化被膜の耐摩耗性の評価は、リング・オン・ディスク式摩耗試験に限定されず他の試験方法によって評価することもできる。
(実施例1−2)
次に、本実施の形態1に係る酸化被膜170が形成されたクランクシャフト108を搭載した冷媒圧縮機100を用いて実機信頼性試験を行った。冷媒圧縮機100は、前述したように、図1に示す構成であるため、その説明を省略する。実機信頼性試験に際しては、前述した実施例1−1等と同様に、R134a冷媒およびVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油を用いた。クランクシャフト108の主軸部109の摩耗を加速させるべく、高温環境の下、短時間で運転および停止を繰り返す、高温高負荷断続運転モードで、冷媒圧縮機100を動作させた。
実機信頼性試験の終了後、冷媒圧縮機100を解体してクランクシャフト108を取り出し、その摺動面を確認した。この摺動面の観察結果に基づいて、実機信頼性試験の評価を行った。
(従来例1−2)
クランクシャフト108に対して従来のリン酸塩被膜を形成した以外は、実施例1−2と同様にして、当該クランクシャフト108を備える冷媒圧縮機100の実機信頼性試験を行った。その後、冷媒圧縮機100を解体してクランクシャフト108を取り出し、その摺動面を確認した。
(実施例1−2および従来例1−2の対比)
従来例1−2では、クランクシャフト108の摺動面に摩耗が発生しており、リン酸塩被膜の損耗が認められた。これに対して、実施例1−2では、クランクシャフト108の摺動面の損傷は極めて軽微であった。このように、冷媒圧縮機100を過酷な条件で動作させたにもかかわらず、クランクシャフト108の摺動面には、酸化被膜170が残存していた。そのため、酸化被膜170を備える摺動部材(実施例1−2ではクランクシャフト108)は、冷媒を圧縮する環境下においても、耐摩耗性が非常に良好であることが分かる。
実施例1−1および実施例1−2の結果を踏まえ、酸化被膜170が、特に、比較例1−2の一般的な酸化被膜(四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜)と比較して、自己耐摩耗性が向上するとともに、剥離強度にも優れている点について考察する。
前述したように、本実施の形態1に係る酸化被膜170では、製造時(被膜形成時)の初期に、基材171の界面近傍において、酸化反応時に鉄が不足したような状態が生じ、酸素の内方拡散が助長されていると推察される。そのため、反応初期に形成された酸化鉄(FeO)の酸化が加速され、III部分の主成分である三酸化二鉄(Fe2O3)、あるいは、II,III部分の主成分である四酸化三鉄(Fe3O4)が生成されると考えられる。
これら鉄の酸化物は、いずれも耐摩耗性に寄与する結晶構造を有している。しかも、三酸化二鉄(Fe2O3)は、四酸化三鉄(Fe3O4)に比べて結晶構造の面で柔軟であり、言い換えれば、四酸化三鉄(Fe3O4)は、三酸化二鉄(Fe2O3)に比べて結晶構造の面で強固である。そのため、柔軟な三酸化二鉄(Fe2O3)層を、強固な四酸化三鉄(Fe3O4)層で支持していることになるので、酸化被膜170は優れた自己耐摩耗性を発揮できると考えられる。
また、前述したように、酸化被膜170における基材171の界面近傍には、結晶構造を有しないアモルファスの酸化鉄(FeO)が形成されていると推測される。アモルファスの酸化鉄(FeO)層には、結晶粒界または格子欠陥のような弱い構造の存在を十分に抑制することができる。それゆえ、酸化被膜170の自己耐摩耗性だけでなく、剥離強度の向上も実現できると考えられる。
しかも、酸化被膜170の基材171側に位置する部分(II,III部分の少なくとも一部およびII部分)は、ケイ素含有部分170aとなっている。このケイ素含有部分170aの存在により、酸化被膜170の密着力(耐力)が向上していると考えられる。
例えば、神戸製鋼技報Vol.1.55(No.1 Apr.2005)によれば、(1)鉄鋼材料の熱間圧延工程では、鋼板表面に酸化被膜(スケール)が生成されること、(2)鉄鋼材料に含まれるケイ素量の増加に伴って、脱スケール性が低下すること、という記述がある。これらの記述から、ケイ素および鉄からなる酸化生成物は、鉄系材料の表面において酸化被膜の密着性を向上することが示唆される。
実施例1−1の酸化被膜170は、最表面から順に、III部分、II,III部分a,およびII,III部分b(諸条件によっては、さらにII部分)で積層される構成となっている。このうちII,III部分b(II部分を含む場合にはII部分も)は、ケイ素(Si)の含有量が基材171よりも多いケイ素含有部分170aとなっている。このように、基材171の側にケイ素(Si)の含有量が多くなっており、しかも、基材171そのものよりもケイ素(Si)の含有量が多くなっていれば(図2D参照)、酸化被膜170の密着性(耐力)は、単にケイ素を含む鉄系材料を単純に酸化して形成される従来の酸化被膜よりも、優れた密着性を発揮することができる。
さらに、実施例1−1の酸化被膜170では、II,III部分aおよびIII部分は、いずれもII,III部分bよりもケイ素(Si)の含有量が低くなっているが、部分的にケイ素(Si)の含有量が多いスポット状ケイ素含有部分170bを含んでいる。スポット状ケイ素含有部分170bの存在により、相対的に硬質なケイ素(Si)化合物が酸化被膜170の表面側に分散して存在することになる。そのため、酸化被膜170の耐摩耗性をより一層向上することができる。
[変形例等]
このように、本実施の形態1では、密閉容器101内に粘度がVG2〜VG100の潤滑油103を貯留するとともに、電動要素106と、この電動要素106により駆動され冷媒を圧縮する圧縮要素107とを収容し、圧縮要素107を構成する少なくともひとつの摺動部材が、鉄系材料からなる基材171と、基材171表面に形成された酸化被膜170とから構成され、酸化被膜170は、最表面側に、三酸化二鉄(Fe2O3)を含有する部分(III部分)を含むとともに、基材171側に、当該基材171よりもケイ素(Si)が多く含有されるケイ素含有部分170aを含んでいる。
これにより、ケイ素含有部分170aにより基材171に対する酸化被膜170の密着性が向上するとともに、三酸化二鉄(Fe2O3)を含有する部分により、相手攻撃性を良好に抑制できるとともに摺動面のなじみ性を向上させている。それゆえ、摺動部材の耐摩耗性をより一層向上することができる。そのため、潤滑油103の粘度をより低くできるとともに、各摺動部を構成するそれぞれの摺動部材の摺動長さをより短く設計することができる。その結果、摺動部において摺動ロスの低減を図ることができるので、冷媒圧縮機100の信頼性、効率、性能を向上することができる。
酸化被膜170の膜厚としては、本実施の形態1では約3μmを例示したが、酸化被膜170の膜厚はこれに限定されない。代表的な膜厚としては、1〜5μmの範囲内を挙げることができる。膜厚が1μm未満の場合では、諸条件にもよるが、長期にわたって耐摩耗性等の特性を維持することが難しくなる場合がある。一方、膜厚が5μmを超える場合には、諸条件にもよるが、摺動面の面粗度が過大となる。そのため、複数の摺動部材で構成される摺動部の精度を管理することが難しくなる場合がある。
基材171としては、本実施の形態1では球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)を用いているが、基材171の材質はこれに限定されない。酸化被膜170が形成される基材171は、鉄系材料であればよく、その具体的な構成は特に限定されない。代表的には、鋳鉄が好適に用いられるが、これに限定されず、基材171は、鋼材であってもよいし焼結材であってもよいし、それ以外の鉄系材料であってもよい。また、鋳鉄の具体的な種類も特に限定されず、前記の通り球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)であってもよいし、ねずみ鋳鉄(普通鋳鉄、FC鋳鉄)であってもよいし、その他の鋳鉄であってもよい。
ねずみ鋳鉄は、通常、ケイ素を約2%含有しているが、基材171のケイ素の含有量は特に限定されない。鉄系材料がケイ素を含有すれば、酸化被膜170の密着性を向上できる場合がある。一般的に、鋳鉄には通常1〜3%程度のケイ素を含有しているため、基材171としては、例えば、球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)等を用いることができる。さらに、鋼材または焼結材は、ケイ素を実質的に含有しなかったり、ケイ素の含有量が鋳鉄に比べて低かったりするものが多いが、これら鋼材または焼結材に対してケイ素を0.5〜10%程度添加してもよい。これにより、鋳鉄を基材171として用いた場合と同様の作用効果が得られる。
酸化被膜170が形成される基材171の表面、すなわち、摺動面の状態も特に限定されない。通常は、前述したように基材171の表面を研磨した研磨面であればよいが、基材171の種類または摺動部材の種類等によっては研磨していない面であってもよいし、酸化処理する前に公知の表面処理が施されてもよい。
冷媒としては、本実施の形態1ではR134aを用いているが、冷媒の種類はこれに限定されない。同様に、潤滑油103としては、本実施の形態1ではエステル油が用いられているが、潤滑油103の種類もこれに限定されない。冷媒および潤滑油103の組合せとしては、公知の種々のものを好適に用いることができる。
特に好適な冷媒および潤滑油103の組合せとしては、例えば、下記の3例を挙げることができる。これら組合せを用いることで、本実施の形態1と同様に、冷媒圧縮機100において優れた効率および信頼性を実現することが可能となる。
まず、組合せ1としては、冷媒として、例えば、R134aまたはこれ以外の他のHFC系冷媒、あるいはHFC系の混合冷媒を用い、潤滑油103として、エステル油またはエステル油以外のアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコール、またはこれらの混合油を用いる例を挙げることができる。
また、組合せ2としては、冷媒として、R600a、R290、R744等の自然冷媒もしくはその混合冷媒を用い、潤滑油103として、鉱油、エステル油またはアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合油を用いる例を挙げることができる。
さらに、組合せ3としては、冷媒として、R1234yf等のHFO系冷媒もしくはその混合冷媒を用い、潤滑油103としては、エステル油またはアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合油を用いる例を挙げることができる。
これらの組合せのうち、特に、組合せ2または組合せ3であれば、温室効果の少ない冷媒を使用することで地球温暖化の抑制を図ることもできる。また、組合せ3では、潤滑油103として例示した一群にさらに鉱油が含まれてもよい。
また、本実施の形態1では、冷媒圧縮機100は、前記の通りレシプロ式(往復動式)であるが、本開示に係る冷媒圧縮機は、レシプロ式に限定されず、回転式、スクロール式、振動式等のように、公知の他の構成であってもよいことは言うまでもない。本開示が適用可能な冷媒圧縮機は、摺動部および吐出弁等を有する公知の構成であれば、本実施の形態1で説明した作用効果と同様の作用効果を得ることができる。
また、本実施の形態1では、冷媒圧縮機100は、商用電源によって駆動されるものであるが、本開示に係る冷媒圧縮機は、これに限定されず、例えば、複数の運転周波数でインバータ駆動されるものであってもよい。冷媒圧縮機がこのような構成であっても、当該冷媒圧縮機が備える摺動部の摺動面に、前述した構成の酸化被膜170を形成することで、基材171に対する密着性が向上するとともに摺動面のなじみ性等も向上するので、摺動部材の耐摩耗性をより一層向上することができる。これにより、各摺動部に給油量が少なくなるような低速運転時、あるいは、電動要素の回転数が増加する高速運転時においても、冷媒圧縮機の信頼性を向上させることができる。
さらに、本実施の形態1では、本開示に係る酸化被膜170を備える酸化被膜適用機器として、前述した冷媒圧縮機100を例示したが、酸化被膜適用機器は、冷媒圧縮機100に限定されない。本開示に係る酸化被膜170は、摺動部材を用いて構成される摺動部を備える機器または部品等、例えば、ポンプ、モータ等に好適に用いられる。したがって、本実施の形態1に開示される内容は、本開示に係る酸化被膜170の適用に何ら制約を与えるものではないことは言うまでもない。
(実施の形態2)
前記実施の形態1に係る酸化被膜170は、最表面側に、三酸化二鉄(Fe2O3)を含有する部分(III部分)を含むとともに、基材171側に、当該基材171よりもケイ素(Si)が多く含有されるケイ素含有部分170aを含む構成であり、さらに、ケイ素含有部分170aよりも表面側に位置し、その周囲よりも部分的にケイ素(Si)の含有量が多い、スポット状ケイ素含有部分170bを含んでもよい構成であった。
これに対して、本実施の形態2に係る酸化被膜は、鉄の酸化物の種類およびケイ素(Si)化合物等の含有量がそれぞれ異なる部分を3つ含む構成である。以下、本実施の形態2に係る酸化被膜について、前記実施の形態1と同様に、酸化被膜適用機器として冷媒圧縮機を例に挙げて具体的に説明する。
[冷媒圧縮機の構成]
まず、本実施の形態2に係る冷媒圧縮機の代表的な一例について、図7および図8Aを参照して具体的に説明する。図7は、本実施の形態2に係る冷媒圧縮機200の断面図であり、図8Aは、冷媒圧縮機200の摺動部材に施した酸化被膜160のTEM(透過型電子顕微鏡)観察を行った結果の一例を示す顕微鏡写真である。
図7に示すように、本実施の形態2に係る冷媒圧縮機200は、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100と同様の構成を有している。そのため、その具体的な構成および動作等についての説明は省略する。ただし、摺動部材の代表的な一例であるクランクシャフト208は、本実施の形態2に係る酸化被膜が形成されている。
クランクシャフト208は、基材161として、ケイ素(Si)を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を使用し、表面に酸化被膜160が形成されている。本実施の形態2における酸化被膜160の代表的な一例を図8Aに示す。図8Aは、前記の通り、酸化被膜160の断面をTEM(透過型電子顕微鏡)により観察した結果の一例であり、酸化被膜160の厚さ方向の全体像を示す。
本実施の形態2における酸化被膜160は、図8Aに示すように、摺動面の最表面から順に、第1層である最外部分160a、第2層である中間部分160bと、第3層である内部分160cとで構成されている。最外部分160aは、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる組成A部分である。中間部分160bは、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含む組成B部分である。内部分160cは、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い組成C部分である。
なお、本実施の形態2における酸化被膜160の膜厚は約2μmである。また、図8Aに示す酸化被膜160は、後述する実施例2−1において、リング・オン・ディスク式摩耗試験で用いたディスク(基材161)に形成されたものである。
この冷媒圧縮機200の摺動部、例えば、本実施の形態2で一例として示すクランクシャフト208の摺動部には、前述した構成の酸化被膜160が施してある。そのため、例えば、過酷な使用環境において、油膜が切れて摺動面同士が金属接触する頻度が増加するとしても、摺動面に酸化被膜160が形成されていることで、これに伴い発生する摺動面の摩耗を長期間にわたって抑制することができる。
[酸化被膜の構成]
次に、図8Aに加えて、図8B〜図12を参照して、摺動部の摩耗を抑制する酸化被膜160についてさらに詳述する。なお、本実施の形態2に係る酸化被膜160は、前述した「第二の酸化被膜」に該当する。
(EDS分析の結果)
まず、図8A〜図8Dに基づいて、酸化被膜160における元素の濃度分布を説明する。図8B〜図8Dは、いずれも、図8Aに示す酸化被膜160の断面について、EDS(エネルギー分散型X線分光法)分析を行った結果の一例を示す元素マップである。このうち、図8Bは、酸化被膜160における鉄(Fe)の元素マッピング結果を示し、図8Cは、酸化被膜160における酸素(O)の元素マッピング結果を示し、図8Dは、酸化被膜160におけるケイ素(Si)の元素マッピング結果を示す。
本実施の形態2では、クランクシャフト208は、ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を基材161としている。酸化被膜160は、この基材161の表面に形成されている。具体的には、例えば、基材161の摺動表面を研磨仕上げした後、酸化性ガスを用いた酸化処理により酸化被膜160が形成されている。
前述したように、図8Aに示すように、酸化被膜160は、本実施の形態2では、ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)からなる基材161の上(図8Aでは基材161の右側)に、酸化被膜160が形成されている。酸化被膜160は、前述したように、最表面から、最外部分160a(第1層)、中間部分160b(第2層)、および内部分160c(第3層)の三部分構造(三層構造)になっていることが明確に確認される。また、第2層である中間部分160bには、部分的に白色部160dが存在することが確認される。
次に、この酸化被膜160に含まれる元素の濃度(すなわち、酸化被膜160を構成する各部分の元素組成)を、図8B〜図8Dを参照して説明する。前記の通り、図8Bは、図8Aに示す酸化被膜160に対応する鉄(Fe)の元素マッピング結果であり、図8Cは、酸化被膜160に対応する酸素(O)の元素マッピング結果であり、図8Dは、酸化被膜160に対応するケイ素(Si)の元素マッピング結果である。図8B〜図8Dでは、白黒の濃淡によって、対象となる元素の濃度比を示しており、画像の色が白くなるほど該当元素の占める割合が高いことを示す。
なお、図8Aおよび図8B〜図8Dでは、一対の破線の間が酸化被膜160に相当し、図中左側が基材161に相当し、図中右側が最表面に相当する。前記の通り、酸化被膜160の膜厚は約2μmとなっている。また、最外部分160a,中間部分160b,および内部分160cの互いの境界は、一点鎖線で図示している。
これらの元素分析の結果から、酸化被膜160における鉄(Fe)、酸素(O)、およびケイ素(Si)の各元素の濃度比は、以下のような傾向を有していることが分かる。
まず、図8Bに示す鉄(Fe)の元素マッピング結果から、鉄(Fe)の濃度分布の傾向について説明する。図8Bに示すように、酸化被膜160全体に亘って(基材161の表面から約2μm)、基材161よりも鉄(Fe)の濃度が低い領域が形成されている。それゆえ、鉄の酸化物で構成される酸化被膜160は、当然であるが、鉄系材料である基材161よりも鉄(Fe)の濃度が低いことが分かる。
そして、酸化被膜160内では、最表面から基材161の方向に亘って鉄(Fe)の濃度分布には、大きな濃度差(白黒の濃淡の差)は見られない。それゆえ、酸化被膜160内では、鉄(Fe)は、基本的に一様に分布していることが分かる。なお、図8Bに示すように、酸化被膜160内では、前述した白色部160dに相当する一部の箇所では、鉄(Fe)の濃度の低下が見られる。
次に、図8Cに示す酸素(O)の元素マッピング結果から、酸素(O)の濃度分布の傾向について説明する。図8Cに示すように、酸化被膜160全体に亘って(基材161の表面から約2μm)、基材161よりも酸素(O)の濃度が明らかに高い領域が形成されている。この酸素(O)の濃度分布は、図8Bに示す鉄(Fe)の濃度分布とほぼ同じ領域で確認されている。それゆえ、酸化被膜160には、鉄系材料である基材161とは異なる、鉄の酸化物を主成分とする部分が形成されている。
また、酸素(O)の濃度分布は、鉄(Fe)の濃度分布と同様に、酸化被膜160全体において、最表面から基材161の方向に亘って、全領域で大きな濃度差は見られない。それゆえ、酸化被膜160内では、酸素(O)は、鉄(Fe)と同様に、基本的に一様に分布していることが分かる。なお、図8Cに示すように、酸化被膜160内では、前述した白色部160dに相当する一部の箇所では、鉄(Fe)と同様に酸素(O)の濃度の低下が見られる。
次に、図8Dに示すケイ素(Si)の元素マッピング結果から、ケイ素(Si)の濃度分布の傾向について説明する。図8Dに示すように、基材161ではケイ素(Si)の濃度が高く、酸化被膜160のうち基材161側である内部分160cでもケイ素(Si)の濃度が高い。これに対して、内部分160cと中間部分160bとの界面では、ケイ素(Si)の濃度が一気に低下している。
ただし、中間部分160bでは、前述した白色部160dに相当する一部の箇所では、ケイ素(Si)の濃度の上昇がみられる。また、図8Dに示す例では、最外部分160aでは、ケイ素(Si)は、ほとんど確認されない。
図8B〜図8Dに示す元素マッピング結果から、酸化被膜160では、最外部分160aから内部分160cまで全体に亘って鉄(Fe)および酸素(O)の各元素が存在することが分かる。しかしながら、最外部分160aには、ケイ素(Si)はほとんど存在していないか、存在量が少ないことが分かる。また、中間部分160bの一部と、内部分160cのほとんどの部位では、ケイ素(Si)が存在していることが分かる。
(EELS分析の結果)
次に、図9A〜図9Fに基づいて、鉄(Fe)、酸素(O)、およびケイ素(Si)の各元素の状態をさらに具体的に説明する。図9A〜図9Cは、図8Aに示す酸化被膜160の断面において、その一部の領域をEELS(電子線エネルギー損失分光法)分析で分析した元素マッピング結果を示し、図9D〜図9Fは、図9A〜図9Cに対応するEESL波形を示す分析図である。
EELS分析は、電子が試料を透過する際に、当該電子と原子との相互作用により失うエネルギーを測定することによって、試料の組成または結合状態を解析、評価する手法である。EESL分析によれば、試料を構成する元素またはその電子構造によって、特定のエネルギー波形を得ることが可能である。
図9Dは、酸化被膜160の断面の一部領域について、鉄(Fe)に限定したEESL波形(図9Dのメッシュ領域)を示す分析図であり、図9Aは、図9Dに対応する領域における鉄(Fe)の元素マッピング結果である。また、図9Eは、酸化被膜160の断面の一部領域について、酸素(O)に限定したEESL波形(図9Eのメッシュ領域)を示す分析図であり、図9Bは、図9Eに対応する領域における酸素(O)の元素マッピング結果である。また、図9Fは、酸化被膜160の断面の一部領域について、ケイ素(Si)に限定したEESL波形(図9Fのメッシュ領域)を示す分析図であり、図9Cは、図9Fに対応する領域におけるケイ素(Si)の元素マッピング結果である。
なお、図9A〜図9Cでは、白黒の濃淡によってEESL波形の強度を示しており、画像の色が白くなるほど該当するEESL波形の占める割合が高いことを示す。
これらのEESL分析の結果から、酸化被膜160における鉄(Fe)、酸素(O)、およびケイ素(Si)の各元素におけるEESL波形の強度(以下、適宜「波形強度」と略す。)は、以下のような傾向を有していることが分かる。
まず、図9Aおよび図9Dに示す鉄(Fe)のEESL分析の結果から、鉄(Fe)の波形強度について説明する。図9Aに示すように、酸化被膜160内では、最表面側(図中左側)から基材161側(図中右側)に向かって、鉄(Fe)の波形強度の分布には大きな強度差が見られない。それゆえ、酸化被膜160全体に亘って、鉄(Fe)は一様に分布していることが分かる。ただし、前述した白色部160dに相当する一部の箇所では、鉄(Fe)の波形強度の低下が見られる。
次に、図9Bおよび図9Eに示す酸素(O)のEESL分析の結果から、酸素(O)の波形強度について説明する。図9Bに示すように、鉄(Fe)と同様に、酸化被膜160内では、最表面側(図中左側)から基材161側(図中右側)に向かって、酸素(O)の波形強度の分布には大きな強度差が見られない。それゆえ、酸化被膜160全体に亘って、酸素(O)は一様に分布しており、酸化被膜160は、全体的に鉄の酸化物で構成されていることが分かる。ただし、前述した白色部160dに相当する一部の箇所では、酸素(O)の波形強度の低下が見られる。
次に、図9Cおよび図9Fに示すケイ素(Si)のEESL分析の結果から、ケイ素(Si)の波形強度について説明する。図9Cに示すように、ケイ素(Si)の波形強度は、基材161側(図中右側)で高いが、最表面側(図中右側)に向かうと、波形強度が低下に転じていることが分かる。ケイ素(Si)の波形強度が低下している位置は、酸化被膜160のうち、内部分160cと中間部分160bとの界面に相当する(図8D参照)。ただし、中間部分160bにおいて、前述した白色部160dに相当する一部の箇所では、ケイ素(Si)の波形強度の上昇がみられる。
図9A〜図9Fに示すEESL分析の結果から、図8B〜図8Dに示すEDS分析の結果(元素マッピング結果)と同様に、酸化被膜160では、最外部分160aから内部分160cまで全体に亘って鉄(Fe)および酸素(O)の各元素が存在することが分かる。しかしながら、最外部分160aには、ケイ素(Si)はほとんど存在していないか、存在量が少ないことが分かる。また、中間部分160bの一部と、内部分160cのほとんどの部位では、ケイ素(Si)が存在していることが分かる。
(酸化被膜における各部分のEESL分析の結果)
次に、酸化被膜160における最外部分160a,中間部分160b,および内部分160cのそれぞれについて、EESL分析をさらに進めることにより、酸化被膜160のより具体的な構成について説明する。すなわち、図10A〜図12に基づいて、酸化被膜160の各部分において、鉄(Fe)、酸素(O)、およびケイ素(Si)の強度分布とともに、これら各元素の状態について説明する。
図10Bは、酸化被膜160のうち最外部分160aにおけるEESL波形のうち、鉄(Fe)に該当する部分の拡大波形を示す分析図であり、図10Aは、酸化被膜160の断面において、図10Bに示す拡大波形のピークに合致する、鉄(Fe)の元素マッピング結果である。図10Bに示すEESL波形は、三酸化二鉄(Fe2O3)を示す典型的な波形である。
図9Aでは、鉄(Fe)全体についての元素マッピング結果であり、鉄(Fe)の強度分布は特に見られない。これに対して、図10Aに示すように三酸化二鉄(Fe2O3)に限定すると、最表面側(図中左側)の部分、すなわち、最外部分160aにおいて画像の色が最も白くなっているので、波形強度が非常に高いことを示す。したがって、最外部分160aは、三酸化二鉄(Fe2O3)を最も多く含有することが分かる。
図11Aは、中間部分160bにおけるEELS波形のうち、鉄(Fe)に該当する部分の拡大波形を示す分析図である。このEESL波形は、四酸化三鉄(Fe3O4)を示す典型的な波形である。中間部分160bでは、図11Aに対応する部位以外の他の部位でも、図11Aと同様のEESL波形が確認されている。それゆえ、中間部分160bは、四酸化三鉄(Fe3O4)を最も多く含有することが分かる。
図11Bおよび図11Cは、中間部分160bに含まれる白色部160dにおけるEELS波形のうち、酸素(O)に該当する同一部分の拡大波形を示す分析図である。図11Bでは、525eV近傍にピークが見られるが、図11Cではピークが見られない。525eV近傍のピークは、鉄の酸化物に見られる特有のピークである。それゆえ、図11Cに示す拡大波形の測定箇所、すなわち、白色部160dでは、酸素(O)は鉄(Fe)と結合しない構造で存在していることが分かる。
図11Dおよび図11Eは、中間部分160bに含まれる白色部160dにおけるEELS波形のうち、ケイ素(Si)に該当する同一部分の拡大波形を示す分析図である。なお、図11Bおよび図11Cと、図11Dおよび図11Eとは、それぞれ同一箇所のEELS波形である。図11Dおよび図11Eに示すEESL波形はほぼ同じであるため、白色部160dでは、酸素(O)と結合した状態のケイ素(Si)が存在していることが分かる。
さらに、図11Bおよび図11Cに示すEESL波形と、図11Dおよび図11Eに示すEESL波形との対比から、中間部分160bに含まれる白色部160dには、鉄(Fe)と結合せずケイ素(Si)に結合する酸素(O)が存在するとともに、鉄(Fe)およびケイ素(Si)のいずれにも結合する酸素(O)が存在することが分かる。したがって、白色部160dには、二酸化ケイ素(SiO2)およびファイヤライト(Fe2SiO4)等のように、構造の異なる複数種類のケイ素(Si)化合物が存在していることが分かる。
加えて、図示しないが、酸化被膜160における内部分160cの黒色部におけるEELS波形のうち、鉄(Fe)に該当する部分の拡大波形を確認したが、図11Aに示す拡大波形とほぼ同様の形状を示している。それゆえ、内部分160cも、中間部分160bと同様に、四酸化三鉄(Fe3O4)を最も多く含有することが分かる。
図12は、酸化被膜160における内部分160cのEELS波形のうち、ケイ素(Si)に該当する部分の拡大波形を示す分析図である。図12に示すEESL波形は、図11Dに示すEESL波形および図11Eに示すEESL波形のいずれとも異なる形状を示している。図12に示すEESL波形から、この箇所では、ケイ素(Si)は、酸素(O)と結合した状態であるとは確認できない。それゆえ、この箇所では、ケイ素(Si)が固溶した状態で存在(ケイ素(Si)が単体で存在)していることが示唆される。また、内部分160cの他の箇所では、図11Bに示すEESL波形、および、図11Dに示すEESL波形と同様の波形が確認されている。それゆえ、内部分160cには、中間部分160bと同様にケイ素(Si)化合物が存在しているとともに、ケイ素(Si)固溶部も存在していることが分かる。
このように、本開示に係る酸化被膜160では、互いに組成の異なる3つの部分である、組成A部分、組成B部分、および組成C部分を含むことが分かる。このうち、組成A部分は、最外部分160aのように、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分である。また、組成B部分は、中間部分160bのように、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含む部分である。また、組成C部分は、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い部分である。
酸化被膜160の代表的な構成の一つは、前述したように、最表面から順に、組成A部分である最外部分160a、組成B部分である中間部分160b、および、組成C部分である内部分160cから少なくとも構成されている。ただし、酸化被膜160の構成はこれに限定されない。
酸化被膜160は、前述した組成A部分、組成B部分、および組成C部分を含む構成であればよいので、これら以外の組成となる部分を含んでもよいことは言うまでもない。また、酸化被膜160は、最表面から組成A部分、組成B部分、および組成C部分の順で積層されている構成に限定されない。例えば、酸化被膜160の他の構成としては、最表面から組成B部分、組成A部分、および組成C部分の順で積層される構成が挙げられる。このように、他の部分を含む構成、あるいは、各部分の積層順が異なる構成は、諸条件を調整することにより容易に実現することができる。
代表的な諸条件としては、酸化被膜160の製造方法(形成方法)が挙げられる。酸化被膜160の製造方法は、公知の鉄系材料の酸化方法を好適に用いることができ、特に限定されない。基材161である鉄系材料の種類、その表面状態(前述した研磨仕上げ等)、求める酸化被膜160の物性等の諸条件に応じて、製造条件等については適宜設定することができる。本開示では、炭酸ガス(二酸化炭素ガス)等の公知の酸化性ガスおよび公知の酸化設備を用いて、数百℃の範囲内、例えば400〜800℃の範囲内で基材161であるねずみ鋳鉄を酸化することにより、基材161の表面に酸化被膜160を形成することができる。
[酸化被膜の評価]
次に、本実施の形態2に係る酸化被膜160の代表的な一例について、その特性を評価した結果を、図13〜図15を参照して説明する。以下の説明では、実施例、従来例、および比較例の結果に基づき、酸化被膜160の摩耗抑制効果、すなわち、酸化被膜160の耐摩耗性について評価している。なお、以下の実施例、従来例、および比較例では、前記実施の形態1または後述する実施の形態4における実施例等と区別する便宜上、実施例2−1、従来例2−1、比較例2−1等と表記する。
(実施例2−1)
摺動部材としてねずみ鋳鉄製のディスクを用いた。したがって、基材161の材質はねずみ鋳鉄であり、ディスクの表面が摺動面となる。前述した通り、炭酸ガス等の酸化性ガスを用いて、400〜800℃の範囲内でディスクを酸化することにより、摺動面に対して本実施の形態2に係る酸化被膜160を形成した。この酸化被膜160は、図8A〜図10に示すように、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153を備える構成であった。このようにして本実施例2−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(従来例2−1)
表面処理膜として、本実施の形態2に係る酸化被膜160の代わりに、従来のリン酸塩被膜を形成した。これ以外は、実施例2−1と同様にして従来例2−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(比較例2−1)
表面処理膜として、本実施の形態2に係る酸化被膜160の代わりに、一般的に硬質膜として使用されるガス窒化被膜を形成した。これ以外は、実施例2−1と同様にして比較例2−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(比較例2−2)
表面処理膜として、本実施の形態2に係る酸化被膜160の代わりに、従来の一般的な酸化被膜、いわゆる黒染処理、別名フェルマイト処理と呼ばれている方法で形成された四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜を形成した。これ以外は、実施例2−1と同様にして比較例2−2の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価)
R134a冷媒およびVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油の混合雰囲気下で、前述した評価用試料を用いて、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した。評価用試料であるディスクとは別に、相手材として、ねずみ鋳鉄を基材とし、その表面(摺動面)に表面研磨のみ施したリングを準備した。摩耗試験は、株式会社エイ・アンド・ディ製の中圧フロン摩擦摩耗試験機 AFT−18−200M(商品名)を用いて、荷重1000Nの条件にて行った。これにより、評価用試料(ディスク)に形成された表面処理膜の摩耗特性(自己耐摩耗性)と、当該表面処理膜の相手材(リング)の摺動面への攻撃性(相手攻撃性)とを併せて評価した。
(実施例2−1、従来例2−1、および比較例2−1,2−2の対比)
図13は、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した結果であって、評価用試料であるディスクの摺動面の摩耗量を示す。また、図14は、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した結果であって、相手材であるリングの摩耗量を示す。
まず、評価用試料であるディスクの表面(摺動面)の摩耗量について比較する。図13に示すように、実施例2−1、比較例2−1、および比較例2−2のいずれの表面処理膜も、従来例2−1のリン酸塩被膜と比較すると、ディスクの表面の摩耗量は減少している。そのため、実施例2−1、比較例2−1、および比較例2−2における表面処理膜は、いずれも良好な自己耐摩耗性を有することが分かる。ただし、比較例2−2すなわち四酸化三鉄(Fe3O4)単部分で構成される表面処理膜(一般的な酸化被膜)については、ディスクの表面の所々に基材の界面から剥離している痕跡が認められた。
これに対して、図14に示すように、相手材であるリングの表面(摺動面)の摩耗量について比較する。実施例2−1の表面処理膜すなわち本実施の形態2に係る酸化被膜160では、従来例2−1のリン酸塩被膜と比較して、リングの表面の摩耗量はほぼ同等である。これに対して、比較例2−1のガス窒化被膜、および、比較例2−2の一般的な酸化被膜では、リングの表面の摩耗量は、明らかに増加していることが分かる。したがって、本実施の形態2に係る酸化被膜160は、従来のリン酸塩被膜と同様に相手材に対する攻撃性(相手攻撃性)が低いことが分かる。
このように、本開示に係る酸化被膜170を採用した実施例2−1のみが、ディスクおよびリングともにほとんど摩耗が認められていない。それゆえ、本開示に係る酸化被膜170は、自己耐摩耗性および相手攻撃性について良好な結果を示すことが分かる。
酸化被膜160の自己耐摩耗性について検討する。酸化被膜160は鉄の酸化物であることから、酸化被膜160は、従来のリン酸塩被膜と比較して化学的には非常に安定である。また、鉄の酸化物の被膜は、リン酸塩被膜と比較して高い硬度を有する。それゆえ、摺動面に酸化被膜160が形成されることで、摩耗粉の発生および付着等を効果的に防止することができるので、酸化被膜160そのものの摩耗量の増加を有効に回避できると考えられる。
次に、酸化被膜160の相手攻撃性について検討する。酸化被膜160は、その最外部分160aが組成A部分で構成されている。組成A部分は、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)であるので、下記の理由から、酸化被膜160の相手攻撃性を低下させるとともに、摺動面のなじみ性を向上させていると考えられる。
組成A部分の主成分である三酸化二鉄(Fe2O3)の結晶構造が菱面体晶であるのに対して、四酸化三鉄(Fe3O4)の結晶構造は立方晶であり、窒化被膜の結晶構造は、周密六方晶、面心立方晶、体心正方晶である。それゆえ、三酸化二鉄(Fe2O3)は、四酸化三鉄(Fe3O4)または窒化被膜に比較して、結晶構造の面で柔軟(あるいは弱い状態)になっている。そのため、組成A部分である最外部分160aは、粒子レベルの硬度が低くなっている。
これにより、三酸化二鉄(Fe2O3)を多く含む組成A部分は、比較例2−1のガス窒化被膜または比較例2−2の一般的な酸化被膜(四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜)と比較して粒子レベルの硬度が低くなる。したがって、実施例2−1の酸化被膜160は、比較例2−1または比較例2−2の表面処理膜と比較して、相手攻撃性を良好に抑制できるとともに、摺動面のなじみ性を向上させていると考えられる。
なお、本実施の形態2におけるリング・オン・ディスク式摩耗試験では、酸化被膜をディスク側に設けて試験を実施しているが、酸化被膜をリング側に設けても同様の結果が得られる。また、酸化被膜の耐摩耗性の評価は、リング・オン・ディスク式摩耗試験に限定されず他の試験方法によって評価することもできる。
(実施例2−2)
次に、本実施の形態2に係る酸化被膜160の優位性(効果)を確認するため、酸化被膜160が形成されたクランクシャフト208を搭載した冷媒圧縮機200を用いて実機信頼性試験を行った。冷媒圧縮機200は、前述したように、図7に示す構成であるため、その説明を省略する。実機信頼性試験に際しては、前述した実施例2−1等と同様に、R134a冷媒およびVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油を用いた。クランクシャフト208の主軸部109の摩耗を加速させるべく、高温環境の下、短時間で運転および停止を繰り返す、高温高負荷断続運転モードで、冷媒圧縮機200を動作させた。
実機信頼性試験の終了後、冷媒圧縮機200を解体してクランクシャフト208を取り出し、その摺動面を確認した。この摺動面の観察結果に基づいて、実機信頼性試験の評価を行った。
図15は、実機信頼性試験を実施した後のクランクシャフト208について、摺動面近傍の断面をTEM(透過型電子顕微鏡)で観察した結果(TEM画像)を示す。図15に示すように、摺動面近傍の断面では、ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)からなる基材161の上に(基材161の右側に)、酸化被膜160が形成されていることが分かる。酸化被膜160は、実機信頼性試験を実施した後においても、最外部分160a、中間部分160b、および内部分160cの三部分構造になっており、各部分の構成状態も変化していないことが確認された。
実施例2−1および実施例2−2の結果を踏まえ、酸化被膜160が、最外部分160a(組成A部分)、中間部分160b(組成B部分)、および内部分160c(組成C部分)を備えていることにより、優れた作用効果が得られる点について考察する。
最外部分160a(組成A部分)は、前述したリング・オン・ディスク式摩耗試験の結果(実施例2−1の結果)から明らかなように、三酸化二鉄(Fe2O3)を主成分として含んでいる。三酸化二鉄(Fe2O3)の結晶構造は、四酸化三鉄(Fe3O4)または窒化被膜と比較して結晶構造面で柔軟になっている。そのため、最外部分160aを備える酸化被膜160は、前述したように、相手攻撃性を良好に抑制させるとともに、摺動面のなじみ性を向上させる作用を有する。
また、実機信頼性試験の結果(実施例2−2の結果)から明らかなように、酸化被膜160は、実機信頼性試験の後であっても摩耗が確認されていない。そのため、実用レベルでも耐摩耗性が高いことが明らかである。それゆえ、酸化被膜160の最外部分160a(組成A部分)は、自己耐摩耗性を高める作用があると考えられる。
摺動部材の表面処理膜においては、摩耗に直結する物理的特性の一つが硬度である。最外部分160aの主成分である三酸化二鉄(Fe2O3)では、その硬度は537Hv程度である。これに対して、従来の一般的な酸化被膜の主成分である四酸化三鉄(Fe3O4)では、その硬度は420Hv程度である。このように、三酸化二鉄(Fe2O3)の方が、四酸化三鉄(Fe3O4)よりも硬度は高い。そのため、実施例2−1の酸化被膜160は、比較例2−2の一般的な酸化被膜(四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜)より強固な耐摩耗性を有する部分(すなわち最外部分160a)を表面に形成していると推察される。
また、中間部分160bおよび内部分160cには、ケイ素(Si)化合物が含まれる。このケイ素(Si)化合物は、一般的に鉄の酸化物よりも高い硬度を有するため、最外部分160aが摩耗したとしても、中間部分160bおよび内部分160c自体も、従来の一般的な酸化被膜(比較例2−2の四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜)より優れた耐摩耗性を発揮すると推察される。
また、酸化被膜160は、従来の一般的な酸化被膜に比べて、基材161(鉄系材料)に対する密着性に優れている。このように、酸化被膜160の密着性(耐力)が向上した理由は、次のように考えられる。
例えば、神戸製鋼技報Vol.1.55(No.1 Apr.2005)によれば、(1)鉄鋼材料の熱間圧延工程では、鋼板表面に酸化被膜(スケール)が生成されること、(2)鉄鋼材料に含まれるケイ素量の増加に伴って、脱スケール性が低下すること、という記述がある。これらの記述から、ケイ素および鉄からなる酸化生成物は、鉄系材料の表面において酸化被膜の密着性を向上することが示唆される。
実施例2−1の酸化被膜160は、最外部分160aの下層に中間部分160bを有し、中間部分160bの下層に内部分160cを有する。中間部分160bは組成B部分であり、内部分160cは組成C部分である。組成B部分および組成C部分は、いずれもケイ素(Si)化合物を含むため、最外部分160aを含む酸化被膜160の基材161に対する密着力を強化していると考えられる。しかも、組成C部分である内部分160cは、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い。このように、ケイ素(Si)化合物を含む部分が積層され、基材161に接する側のケイ素の含有量が多いことで、酸化被膜160の密着力をより一層強化すると考えられる。その結果、摺動時の負荷に対して、酸化被膜160の耐力が向上するため、酸化被膜160の剥離が有効に防止されるものと考えられる。
また、内部分160cである組成C部分は、前述したように、ケイ素(Si)化合物だけでなくケイ素単体であるケイ素(Si)固溶部も含んでもよい。ケイ素(Si)固溶部を含むことで、酸化被膜160の密着性をより一層向上することが期待される。さらに、ケイ素(Si)固溶部は、諸条件を設定することにより、内部分160c(組成C部分)だけでなく、中間部分160b(組成B部分)にも局所的に存在させることができる。これにより、各部分相互の密着性を向上させること等が期待されるので、前述した作用効果と同等の作用効果が得られるか、または、より一層優れた作用効果が得られる可能性がある。
[変形例等]
このように、本実施の形態2では、密閉容器101内に潤滑油103を貯留するとともに、電動要素106とこの電動要素106により駆動されて冷媒を圧縮する圧縮要素107とを収容し、圧縮要素107を構成する少なくともひとつの摺動部材が鉄系材料であり、この鉄系材料の摺動面に、組成A部分と、組成B部分と、組成C部分とを含む酸化被膜160を施している。
酸化被膜160における組成A部分は、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である。組成B部分は、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含んでおり、ケイ素(Si)固溶部を含んでもよい。組成C部分は、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い部分であり、例えば、ケイ素(Si)化合物およびケイ素(Si)固溶部を含んでいてもよいし、ケイ素(Si)化合物は含むがケイ素(Si)固溶部は含んでいなくてもよい。
このような酸化被膜160を摺動部材の摺動面に形成することで、当該摺動部材の耐摩耗性が向上するとともに、酸化被膜160の基材161に対する密着性(酸化被膜160の耐力)が向上する。したがって、摺動部において摺動ロスの低減を図ることができるので、冷媒圧縮機200の信頼性、効率、性能を向上することができる。
なお、本開示におけるケイ素(Si)化合物は、前述した二酸化ケイ素(SiO2)等のケイ素酸化物、あるいは、ファイヤライト(Fe2SiO4)等のケイ酸塩に限定されず、化学構造中にケイ素を含んだ化合物を意味する。さらに、本開示におけるケイ素(Si)化合物は、ケイ素が他の元素により構成される結晶格子間に侵入した状態も含むものとする。したがって、本開示におけるケイ素(Si)化合物は、その分子状態を何ら規定するものではない。本開示におけるケイ素(Si)化合物は、ケイ素を含む化合物、ケイ素を構造中に含む無機組成物等を包含するものであると定義されるので、「ケイ素組成物」と言い換えることもできる。
また、本実施の形態2に係る酸化被膜160に関する具体的な構成、例えば、基材161である鉄系材料の種類(鋳鉄、鋼材、焼結材)、膜厚の代表的な範囲、基材161の表面(摺動面)の状態(研磨面、表面処理面等)については、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
同様に、本実施の形態2に係る酸化被膜160を冷媒圧縮機200に適用したときに、好適に用いられる冷媒および潤滑油の種類、冷媒圧縮機200の駆動方法、冷媒圧縮機200の具体的な種類等についても、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
さらに、本実施の形態2に係る酸化被膜160が適用可能な、酸化被膜適用機器の種類も、前記実施の形態1に係る酸化被膜170同様、特に限定されないので、その具体的な説明は省略する。
(実施の形態3)
前記実施の形態2においては、酸化被膜160の好ましい一例として、組成A部分、組成B部分、および組成C部分を含み、組成A部分は、実質的に三酸化二鉄(Fe2O3)からなる構成を例示したが、本開示はこれに限定されない。本実施の形態3では、組成A部分にもケイ素(Si)化合物等が含まれる構成について、具体的に説明する。
[冷媒圧縮機の構成]
まず、本実施の形態3に係る冷媒圧縮機の代表的な一例について、図16および図17Aを参照して具体的に説明する。図16は、本実施の形態3に係る冷媒圧縮機300の断面図であり、図17Aは、酸化被膜260の断面におけるTEM(透過型電子顕微鏡)観察を行った結果を示すTEM画像である。
図16に示すように、本実施の形態3に係る冷媒圧縮機300は、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100、または、前記実施の形態2で説明した冷媒圧縮機200と同様の構成を有している。そのため、その具体的な構成および動作等についての説明は省略する。ただし、摺動部材の代表的な一例であるクランクシャフト308は、本実施の形態3に係る酸化被膜が形成されている。
クランクシャフト308は、図17Aに示すように、基材261として、ケイ素(Si)を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を使用し、表面に酸化被膜260が形成されている。本実施の形態3における酸化被膜260も、前記実施の形態2に係る酸化被膜160と同様に、摺動面の最表面から順に、第1層である最外部分260a、第2層である中間部分260bと、第3層である内部分260cとで構成されている。なお、本実施の形態3における酸化被膜260の膜厚は、前記実施の形態2に係る酸化被膜160と同様に、約2μmである。
この冷媒圧縮機300の摺動部、例えば、本実施の形態3で一例として示すクランクシャフト308の摺動部には、前述した構成の酸化被膜260が施してある。そのため、例えば、過酷な使用環境において、油膜が切れて摺動面同士が金属接触する頻度が増加するとしても、摺動面に酸化被膜260が形成されていることで、これに伴い発生する摺動面の摩耗を長期間にわたって抑制することができる。
[酸化被膜の構成]
次に、図17A〜図17Cを参照して、本実施の形態3において摺動部に形成した酸化被膜260について具体的に説明する。なお、本実施の形態3に係る酸化被膜260は、前述した「第二の酸化被膜」に該当する。
図17Aは、前記の通り、酸化被膜260の断面におけるTEM(透過型電子顕微鏡)観察を行った結果を示すTEM画像であり、図17Bは、図17Aに示す酸化被膜260の断面についてEDS分析を行った元素マッピング結果であり、図17Cは、図17Aに示す酸化被膜260の断面についてEELS分析を行った結果である。
本実施の形態3では、クランクシャフト308は、ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を基材261としている。酸化被膜260は、この基材261の表面に形成されている。具体的には、例えば、前記実施の形態2と同様に、基材261の摺動表面を研磨仕上げした後、酸化性ガスを用いた酸化処理により酸化被膜260が形成されている。
前述したように、図17Aに示すように、酸化被膜260は、本実施の形態3では、図示しない基材261の上に、酸化被膜260が形成されている。酸化被膜260は、最表面から、最外部分260a(第1層)、中間部分260b(第2層)、および内部分260c(第3層)の三部分構造(三層構造)になっていることが明確に確認される。
最外部分260aは、前記実施の形態2における最外部分160aと同様に、組成A部分であり、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分である。中間部分260bは、前記実施の形態2における中間部分160bと同様に、組成B部分であり、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含む部分である。内部分260cは、前記実施の形態2における内部分160cと同様に、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い、組成C部分である。
次に、この酸化被膜260に含まれるケイ素(Si)の濃度を、図17Bおよび図17Cを参照して説明する。前記の通り、図17Bは、図17Aに示す酸化被膜260に対応するケイ素(Si)の元素マッピング結果である。図17Bでは、白黒の濃淡によってケイ素(Si)の濃度比を示しており、画像の色が白くなるほどケイ素(Si)の占める割合が高いことを示す。なお、図17Aおよび図17Bでは、酸化被膜260の膜厚は約2.5μmであり、酸化被膜260における最外部分260a,中間部分260b,および内部分260cの互いの境界は、一点鎖線で図示している。
この元素分析の結果から、図17Bに示すように、基材261ではケイ素(Si)の濃度が高く、酸化被膜260のうち基材261側である内部分260cでもケイ素(Si)の濃度が高い。これに対して、内部分260cと中間部分260bとの界面では、ケイ素(Si)の濃度が一気に低下している。
ここで、中間部分260bには、前記実施の形態2における中間部分160bの白色部160dと同様に、白色部260dが存在している。この白色部260dに相当する一部の箇所では、図17Bに示すように、ケイ素(Si)の濃度の上昇が見られる。さらに、前記実施の形態2における最外部分160aには、ケイ素(Si)は、ほとんど確認されなかったが、図17Bに示すように、本実施の形態3では、最外部分260aにも、白色部260eの存在が確認され、この白色部260eに相当する一部の箇所では、ケイ素(Si)の濃度上昇が見られる。
次に、図17Cには、図17Aにおいてナンバリングした1〜4の箇所に対応する部位のEESL波形を示している。これらEESL波形から、酸化被膜260に含まれるケイ素(Si)について分析すると、いずれの箇所においても、酸素(O)と結合するケイ素(Si)が存在することが確認される。つまり、酸化被膜260においては、内部分260c(例えば、図17Aおよび図17Cの4の箇所)および中間部分260b(例えば、図17Aおよび図17Cの3の箇所)だけでなく、最外部分260a(例えば、図17Aおよび図17Cの1および2の箇所)にも、二酸化ケイ素(SiO2)等のケイ素(Si)化合物が存在していることが分かる。
なお、本実施の形態3では説明を省略するが、酸化被膜260における、鉄(Fe)および酸素(O)についても分析結果は、前記実施の形態2に係る酸化被膜160と同様である。
したがって、本実施の形態3に係る酸化被膜260においては、最外部分260aにおいても、白色部260eとなる箇所が確認され、この白色部260eには、ケイ素(Si)化合物が存在することが確認される。
次に、本実施の形態3における酸化被膜260が、最外部分260a(組成A部分)、中間部分260b(組成B部分)、および内部分260c(組成C部分)を備え、さらに、最外部分260a(組成A部分)にも、少なくともケイ素(Si)化合物が含まれているとことにより、優れた作用効果が得られる点について考察する。
前記実施の形態2においても説明したように、最外部分260a(組成A部分)は、三酸化二鉄(Fe2O3)を主成分として含んでいる。三酸化二鉄(Fe2O3)の結晶構造は、四酸化三鉄(Fe3O4)または窒化被膜と比較して結晶構造面で柔軟になっている。そのため、最外部分260aを備える酸化被膜260は、前述したように、相手攻撃性を良好に抑制させるとともに、摺動面のなじみ性を向上させる作用を有する。また、前記実施の形態2においても説明したように、酸化被膜260の最外部分260a(組成A部分)は、自己耐摩耗性を高める作用があると考えられる。
また、中間部分260bおよび内部分260cには、ケイ素(Si)化合物が含まれる。前記実施の形態2においても説明したように、このケイ素(Si)化合物は、一般的に鉄の酸化物よりも高い硬度を有する。そのため、最外部分260aが摩耗したとしても、中間部分260bおよび内部分260c自体も、より優れた耐摩耗性を発揮すると推察される。また、酸化被膜260は、前記実施の形態2においても説明したように、従来の一般的な酸化被膜に比べて、基材261(鉄系材料)に対する密着性(耐力)に優れている。
しかも、本実施の形態3に係る酸化被膜260では、最外部分260aにも、鉄の酸化物よりも硬度が高いケイ素(Si)化合物が含まれている。それゆえ、このケイ素(Si)化合物が最外部分260aの摩耗抑制に寄与すると考えられる。したがって、酸化被膜260は、ケイ素(Si)化合物を含有する最外部分260aを備えることで、より高い耐摩耗性を発揮できると推察される。
ここで、本実施の形態3では、内部分260c(組成C部分)は、前述したように、ケイ素(Si)化合物だけでなくケイ素単体であるケイ素(Si)固溶部も含んでもよい。ケイ素(Si)固溶部を含むことで、酸化被膜260の密着性をより一層向上することが期待される。さらに、ケイ素(Si)固溶部は、諸条件を設定することにより、内部分260c(組成C部分)だけでなく、中間部分260b(組成B部分)または最外部分260a(組成A部分)にも局所的に存在させることができる。これにより、各部分相互の密着性を向上させること等が期待されるので、前述した作用効果と同等の作用効果が得られるか、または、より一層優れた作用効果が得られる可能性がある。
このように、本実施の形態3では、密閉容器101内に潤滑油103を貯留するとともに、電動要素106とこの電動要素106により駆動されて冷媒を圧縮する圧縮要素107とを収容し、圧縮要素107を構成する少なくともひとつの摺動部材が鉄系材料であり、この鉄系材料の摺動面に、組成A部分と、組成B部分と、組成C部分とを含む酸化被膜160を施している。
酸化被膜260における組成A部分は、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)であり、ケイ素(Si)化合物またはケイ素(Si)固溶部を含んでもよい。組成B部分は、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含んでおり、ケイ素(Si)固溶部を含んでもよい。組成C部分は、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い部分であり、例えば、ケイ素(Si)化合物およびケイ素(Si)固溶部を含んでいてもよいし、ケイ素(Si)化合物は含むがケイ素(Si)固溶部は含んでいなくてもよい。
このような酸化被膜260を摺動部材の摺動面に形成することで、当該摺動部材の耐摩耗性が向上するとともに、酸化被膜260の基材261に対する密着性(酸化被膜260の耐力)が向上する。また、本実施の形態3では、組成A部分である最外部分260aにもケイ素(Si)化合物が存在している。そのため、このような組成A部分が、摺動面の最外部に位置することで、摺動部における摺動動作の開始直後であっても、摺動面における高い耐摩耗性を発揮することができる。これにより、冷媒圧縮機300を断続運転させるときに、再稼働時に生じやすい「こじり」等の起動不良の改善に有効な効果を発揮することができる。
[変形例等]
なお、前記実施の形態2に係る酸化被膜160、並びに、本実施の形態3に係る酸化被膜260は、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と組み合わせた形の酸化被膜(複合型の酸化被膜)とすることができる。すなわち、第一の酸化被膜および第二の酸化被膜の構成は組み合わせることができる。
したがって、例えば、前記実施の形態2に係る酸化被膜160の基材161側には、当該基材161よりもケイ素(Si)の含有量が多いケイ素含有部分170aが存在してもよい。同様に、本実施の形態3に係る酸化被膜260の基材261側には、当該基材261よりもケイ素(Si)の含有量が多いケイ素含有部分170aが存在してもよい。さらに、前記実施の形態2に係る酸化被膜160は、白色部160dを含んでおり、本実施の形態3に係る酸化被膜260は、白色部260dおよび白色部260eを含んでいるが、これら白色部160d,260d,260eは、前記実施の形態1に係る酸化被膜170におけるスポット状ケイ素含有部分170bに対応すると見なすことができる。
このように、実施の形態1および2、もしくは、実施の形態1および3の構成を組み合わせることで、得られる酸化被膜は、より一層高い耐摩耗性を実現することができる。
また、本実施の形態3に係る酸化被膜260に関する具体的な構成、例えば、基材261である鉄系材料の種類(鋳鉄、鋼材、焼結材)、膜厚の代表的な範囲、基材261の表面(摺動面)の状態(研磨面、表面処理面等)については、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
同様に、本実施の形態3に係る酸化被膜260を冷媒圧縮機300に適用したときに、好適に用いられる冷媒および潤滑油の種類、冷媒圧縮機300の駆動方法、冷媒圧縮機300の具体的な種類等についても、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
さらに、本実施の形態3に係る酸化被膜260が適用可能な、酸化被膜適用機器の種類も、前記実施の形態1に係る酸化被膜170同様、特に限定されないので、その具体的な説明は省略する。
(実施の形態4)
前記実施の形態1に係る酸化被膜170は、最表面側に、三酸化二鉄(Fe2O3)を含有する部分(III部分)を含むとともに、基材171側に、当該基材171よりもケイ素(Si)が多く含有されるケイ素含有部分170aを含む構成であり、さらに、ケイ素含有部分170aよりも表面側に位置し、その周囲よりも部分的にケイ素(Si)の含有量が多い、スポット状ケイ素含有部分170bを含んでもよい構成であった。
また、前記実施の形態2に係る酸化被膜160、および、前記実施の形態3に係る酸化被膜260は、も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である組成A部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含む組成B部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、前記組成B部分よりもケイ素の含有量が多い組成C部分と、を含む構成であった。
これに対して、本実施の形態4に係る酸化被膜は、当該酸化被膜を構成する結晶または組織がそれぞれ異なる少なくとも2つの部分を含む構成である。以下、本実施の形態4に係る酸化被膜について、前記実施の形態1〜3と同様に、酸化被膜適用機器として冷媒圧縮機を例に挙げて具体的に説明する。
[冷媒圧縮機の構成]
まず、本実施の形態4に係る冷媒圧縮機の代表的な一例について、図18および図19Aを参照して具体的に説明する。図18は、本実施の形態4に係る冷媒圧縮機400の断面図であり、図19Aは、冷媒圧縮機400の摺動部における酸化被膜150の断面をTEM(透過型電子顕微鏡)により観察した結果の一例を示す顕微鏡写真である。
図18に示すように、本実施の形態4に係る冷媒圧縮機400は、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100、前記実施の形態2で説明した冷媒圧縮機200、または、前記実施の形態3で説明した冷媒圧縮機300と同様の構成を有している。そのため、その具体的な構成および動作等についての説明は省略する。ただし、摺動部材の代表的な一例であるクランクシャフト408は、本実施の形態4に係る酸化被膜が形成されている。
クランクシャフト408は、基材154として、基材154として、ケイ素(Si)を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を使用し、表面に酸化被膜150が形成されている。本実施の形態4における酸化被膜150の代表的な一例を図19Aに示す。図19Aは、前記の通り、TEM(透過型電子顕微鏡)による観察結果の一例であり、酸化被膜150の厚さ方向の全体像を示す。
本実施の形態4における酸化被膜150は、図19Aに示すように、最表面から、微結晶155からなる第一の部分151、その下に縦長の柱状組織156を含有する第二の部分152、さらにその下方に横長の層状組織157を含有する第三の部分153を有する構成であり、さらにその下に基材154が位置している。なお、後述するように、酸化被膜150には、第二の部分152または第三の部分153のいずれか一方のみが含まれてもよい。したがって、酸化被膜150は、第一の部分151および第二の部分152を含む構成であってもよいし、第一の部分151および第三の部分153を含む構成であってもよい。
なお、本実施の形態4における酸化被膜150の膜厚は約3μmである。また、図19Aに示す酸化被膜150は、後述する実施例4−1において、リング・オン・ディスク式摩耗試験で用いたディスク(基材154)に形成されたものである。
この冷媒圧縮機400の摺動部、例えば、本実施の形態4で一例として示すクランクシャフト408の摺動部には、前述した構成の酸化被膜150が施してある。そのため、例えば、過酷な使用環境において、油膜が切れて摺動面同士が金属接触する頻度が増加するとしても、摺動面に酸化被膜150が形成されていることで、これに伴い発生する摺動面の摩耗を長期間にわたって抑制することができる。
[酸化被膜の構成]
次に、図19Aに加えて、図19B〜図21を参照して、摺動部の摩耗を抑制する酸化被膜150についてさらに詳述する。なお、本実施の形態4に係る酸化被膜150は、前述した「第三の酸化被膜」に該当する。
図19Aは、前述したように、酸化被膜150の厚さ方向の全体像を示すTEM画像であり、図19Bは、図19Aにおいて破線で囲んだ[i]の部分を拡大したTEM画像であり、図19Cは、図19Aにおいて破線で囲んだ[ii]の部分を拡大したTEM画像である。
また、図20Aは、本実施の形態4における酸化被膜150において、第一の部分151および第二の部分152をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察した結果の一例を示すSEM画像であり、図20Bは、図20Aにおける[iii]の部分を拡大したSEM画像である。また、図21は、本実施の形態4における酸化被膜150をSIM(走査イオン顕微鏡)で観察した結果の一例を示すSIM画像である。
本実施の形態4では、クランクシャフト408は、ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を基材154としている。酸化被膜150は、この基材154の表面に形成されている。具体的には、例えば、基材154の摺動表面を研磨仕上げした後、酸化性ガスを用いた酸化処理により酸化被膜150が形成されている。
なお、図19Aにおいては、向かって上側が最表面、向かって下側が基材154に相当する(図19Aでは、実際には、酸化被膜150の厚さ方向は向かって左側に傾斜しているが、便宜上、略上下方向とする)。それゆえ、図19Aを説明する上では、略上下方向を「縦方向」と称し、この「縦方向」に直交する方向(縦方向の垂直方向)を「横方向」と称する。
前述したように、図19Aに示すように、酸化被膜150は、本実施の形態4では、最表面から、微結晶155からなる第一の部分151、その下に縦長の柱状組織156を含有する第二の部分152、さらにその下方に横長の層状組織157を含有する第三の部分153から少なくとも構成されており、第三の部分153の下方が基材154となっている。
なお、酸化被膜150が形成された試料(クランクシャフト408の一部)をTEMで観察する際には、当該試料を保護するために、酸化被膜150の上に保護膜(カーボン蒸着膜)を形成する。図19Aにおいて、第一の部分151の上方は、この保護膜である。
図19A〜図19C並びに図20A,図20Bに示すように、本実施の形態4における酸化被膜150においては、最表面に形成される第一の部分151は、粒径100nm以下の微結晶155が敷き詰められたような組織で構成されていることが分かる。なお、酸化被膜150が形成された試料(クランクシャフト408の一部)をSEMで観察する際には、当該試料を保護するために、酸化被膜150の上に保護用の樹脂膜を形成している。そのため、酸化被膜150の表面は樹脂により包埋されている。図20A,図20Bにおいて、第一の部分151の上方は、この樹脂である。
また、図20A,図20Bに示すように、第一の部分151の下方には第二の部分152が位置する。この第二の部分152は、縦方向の径が500nmから1μm程度、横方向の径が100nmから150nm程度の組織で構成されている。この組織の縦方向の径を横方向の径で除したアスペクト比は、約3から10の範囲となるので、この組織は縦方向に長いものである。それゆえ、第二の部分152は、アスペクト比の大きい「縦長」の柱状組織156が同じ方向に無数に形成されていることが分かる。
図19A〜図19C、図20A,図20B、並びに図21に示すように、本実施の形態4における酸化被膜150においては、第二の部分152の下方には第三の部分153が位置する。この第三の部分153は、縦方向の径が数十nm以下、横方向の径が数百nm程度の組織で構成されている。この組織の縦方向の径を横方向の径で除したアスペクト比は、0.01から0.1の範囲となるので、この組織は横方向に長いものである。それゆえ、第三の部分153は、アスペクト比の小さい「横長」の層状組織157が形成されていることが分かる。なお、図21において、第一の部分151の上方は、前述した保護用の樹脂膜である。
ここで、図21に示すように、第三の部分153には基材154の組織であるセメンタイト158が確認される。これに対して、第一の部分151および第二の部分152には、セメンタイト158は確認されない。それゆえ、第三の部分153は、基材154の酸化処理により、基材154に酸素が拡散されることにより形成されると推測される。これに対して、第一の部分151および第二の部分152は、基材154の表面に酸化物が成長することにより形成されると推測される。
酸化被膜150の製造方法(形成方法)は、公知の鉄系材料の酸化方法を好適に用いることができ、特に限定されない。基材154である鉄系材料の種類、その表面状態(前述した研磨仕上げ等)、求める酸化被膜150の物性等の諸条件に応じて、製造条件等については適宜設定することができる。本開示では、炭酸ガス(二酸化炭素ガス)等の公知の酸化性ガスおよび公知の酸化設備を用いて、数百℃の範囲内、例えば400〜800℃の範囲内で基材154であるねずみ鋳鉄を酸化することにより、基材154の表面に酸化被膜150を形成することができる。
また、本実施の形態4に係る酸化被膜150は、第一の部分151と、第二の部分152および第三の部分153の少なくとも一方を含む構成であればよい。つまり、酸化被膜150は、諸条件を調整することにより、第一の部分151および第二の部分152の2層を含む構成であるか、第一の部分151および第三の部分153の2層を含む構成となり得る。また、諸条件を調整することにより、酸化被膜150は、前述したように、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153の3層を含む構成となる。
特に、酸化被膜150の代表的な構成としては、図19A〜図21に示すように、最表面から順に、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153となる3層構造を挙げることができるが、これら以外の部分を含んでもよいし、これら部分の積層順も諸条件の調整により適宜設定することができる。この点は、例えば、後述する比較例4−1または比較例4−2のように、諸条件を設定することで、第二の部分152のみの酸化被膜、あるいは、第二の部分152および第三の部分153からなる酸化被膜を形成することができることからも自明である。
また、後述する実施の形態5で例示するように、第一の部分151は、さらに下位の部分に区分することも可能である。つまり、本実施の形態4に係る酸化被膜150は、第一の部分151が必須であり、第二の部分152または第三の部分153のいずれかを含んでいればよく、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153のいずれも含んでもよく、さらに他の部分を含んでもよい。
ここで、第一の部分151は、微結晶155からなる組織で構成されるが、第一の部分151には、これは微結晶155以外の組織等を全く含まないという意味ではない。本開示においては、第一の部分151は、実質的に微結晶155からなる構成であり、「不純物」の範囲内で他の組織等を含んでもよい。したがって、第一の部分151は、少なくとも微結晶155からなる構成、言い換えれば、微結晶155を主たる組織とする構成であればよく、他の組織を含んでもよい(例えば、後述する実施の形態5参照)。
また、第二の部分152は、柱状組織156を含有していればよく、他の組織を含有してもよいし、実質的に柱状組織156から構成されてもよい。同様に、第三の部分153は、層状組織157を含有していればよく、他の組織を含有してもよいし、実質的に層状組織157から構成されてもよい。第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153は、例えば、後述する実施例等で得られる作用効果を発揮できるものであればよいので、これら部分に必須の組織以外の組織を含んでもよいことは言うまでもない。
実施の形態4に係る酸化被膜150においては、第一の部分151は、ナノレベルの微結晶155が敷き詰められたような組織であればよく、微結晶155の粒径の上限は100nm以下に限定されない。例えば、微結晶155の粒径は、0.001μm(1nm)〜1μm(1000nm)の範囲内であればよい。これにより、後述する実施例4−1〜4−3で得られる作用効果と同様の作用効果を良好に実現することができる。
同様に、本実施の形態4に係る酸化被膜150においては、第二の部分152は、アスペクト比の大きい「縦長」の柱状組織156が同じ方向に無数に形成されている構成であればよく、柱状組織156のアスペクト比は3〜10の範囲内に限定されない。例えば、柱状組織156のアスペクト比は、1〜20の範囲内であればよい。これにより、後述する実施例4−1〜4−3で得られる作用効果と同様の作用効果を良好に実現することができる。
同様に、本実施の形態4に係る酸化被膜150においては、第三の部分153は、アスペクト比の小さい「横長」の層状組織157が形成されている構成であればよく、層状組織157のアスペクト比は、0.01〜0.1の範囲内に限定されない。例えば、層状組織157のアスペクト比は、0.01〜1の範囲内であればよい。これにより、後述する実施例4−1〜4−3で得られる作用効果と同様の作用効果を良好に実現することができる。
なお、第一の部分151の微結晶155の粒径、第二の部分152の柱状組織156のアスペクト比、および第三の部分153の層状組織157のアスペクト比は、基材154の種類または表面状態等の「基材条件」に応じて前述した酸化被膜150の製造条件を適宜設定することで、好適な範囲内に設定することができる。
[酸化被膜の評価]
次に、本実施の形態4に係る酸化被膜150の代表的な一例について、その特性を評価した結果を、図22〜図24を参照して説明する。以下の説明では、実施例、従来例、および比較例の結果に基づき、第一の部分151、第二の部分152、および第三の部分153のそれぞれの組織が、酸化被膜150の特性にどのように寄与するかについて検討している。なお、以下の実施例、従来例、および比較例では、前述した実施の形態1または実施の形態2における実施例等と区別する便宜上、実施例4−1、従来例4−1、比較例4−1等と表記する。
(実施例4−1)
摺動部材としてねずみ鋳鉄製のディスクを用いた。したがって、基材154の材質はねずみ鋳鉄であり、ディスクの表面が摺動面となる。前述した通り、炭酸ガス等の酸化性ガスを用いて、400〜800℃の範囲内でディスクを酸化することにより、摺動面に対して本実施の形態4に係る酸化被膜150を形成した。この酸化被膜150は、図19A〜図21に示すように、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153を備える構成であった。このようにして本実施例4−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(従来例4−1)
表面処理膜として、本実施の形態4に係る酸化被膜150の代わりに、従来のリン酸塩被膜を形成した。これ以外は、実施例4−1と同様にして従来例4−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(比較例4−1)
表面処理膜として、本実施の形態4に係る酸化被膜150の代わりに、層状組織157を含有する部分(第三の部分153)単層からなる比較酸化被膜を形成した。これ以外は、実施例4−1と同様にして比較例4−1の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(比較例4−2)
表面処理膜として、本実施の形態4に係る酸化被膜150の代わりに、層状組織157を含有する部分(第三の部分153)の上方に柱状組織156を含有する部分(第二の部分152)のみを形成させた2層からなる比較酸化被膜を形成した。これ以外は、実施例4−1と同様にして比較例4−2の評価用試料を準備した。この評価用試料について、後述する自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価を行った。
(自己耐摩耗性および相手攻撃性の評価)
R134a冷媒およびVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油の混合雰囲気下で、前述した評価用試料を用いて、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した。評価用試料であるディスクとは別に、相手材として、ねずみ鋳鉄を基材とし、その表面(摺動面)に表面研磨のみ施したリングを準備した。摩耗試験は、株式会社エイ・アンド・ディ製の中圧フロン摩擦摩耗試験機 AFT−18−200M(商品名)を用いて、荷重1000Nの条件にて行った。これにより、評価用試料(ディスク)に形成された表面処理膜の摩耗特性(自己耐摩耗性)と、当該表面処理膜の相手材(リング)の摺動面への攻撃性(相手攻撃性)とを併せて評価した。
(実施例4−1、従来例4−1、および比較例4−1,4−2の対比)
図22は、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した結果であって、評価用試料であるディスクの摺動面の摩耗量を示す。また、図23は、リング・オン・ディスク式摩耗試験を実施した結果であって、相手材であるリングの摩耗量を示す。
図22に示すように、実施例4−1、比較例4−1、および比較例4−2のいずれの表面処理膜(酸化被膜)も、従来例4−1の表面処理膜(リン酸塩被膜)に比べて摩耗量が少なく、自己耐摩耗性が優れていることが分かる。特に、実施例4−1の酸化被膜150および比較例4−2の比較酸化被膜を施したディスクでは、その表面に摩耗がほとんど認められない。それゆえ、リン酸塩被膜に比べて酸化被膜そのものの自己耐摩耗性が優れていることが分かる。
一方、図23に示すように、相手材であるリングの摩耗量は、実施例4−1、比較例4−1および従来例4−1では、ほとんど摩耗が認められないが、比較例4−2において有意な摩耗が認められる。それゆえ、比較例4−2の比較酸化被膜は相手攻撃性が高いことが分かる。
以上の結果から、実施例4−1すなわち前述した酸化被膜150を備える摺動部材のみが、ディスクおよびリングのいずれもほとんど摩耗が認められなかった。それゆえ、酸化被膜150を備える摺動部材は良好な自己耐摩耗性を実現できるとともに、相手材に対する相手攻撃性が良好に低下することが分かる。
これら実施例4−1、従来例4−1および比較例4−1,4−2の結果から、本実施の形態4に係る酸化被膜150は、次のような作用効果を奏すると考えられる。
まず、比較例4−1のように、表面処理膜が実質的に第三の部分153のみである構成、すなわち、摺動方向に対し平行で単層からなる層状組織157を含有する部分のみである構成では、摺動により組織に滑りが生じると推測される。それゆえ、表面処理膜を有する摺動部材(ディスク)の摺動面には、ある程度の摩耗が生じるが、相手材(リング)の摺動面の摩耗はほとんど認められない。それゆえ、従来例4−1ほどではないにせよ自己耐摩耗性は低い傾向にあるが、相手攻撃性は低くなっていると考えられる。
また、比較例4−2のように、表面処理膜が最表面から第二の部分152および第三の部分153の2層からなる構成、すなわち、層状組織157を含有する部分の上に、柱状組織156を含有する部分を備える構成では、摺動面に無数の束状の柱状組織156が存在するため、摺動面の機械的強度が高くなり、その結果、摺動部材(ディスク)の自己耐摩耗性は高くなると推測される。しかしながら、摺動が開始されてしばらくの間、いわゆる「初期摩耗域」の間に、摺動面が未処理のままの相手材(リング)を攻撃する傾向にあり、結果的に、相手材の摺動面に摩耗が生じると考えられる。
また、リング・オン・ディスク式摩耗試験の後に、摺動部材(ディスク)の摺動面を観察したところ、柱状組織156および層状組織157の界面付近に剥離は確認されなかった。それゆえ、柱状組織156を含有する第二の部分152と層状組織157を含有する第三の部分153とは、互いに界面の密着強度に優れており、表面処理膜としての耐剥離性が高いと推測される。
実施例4−1では、表面処理膜が、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153を備える酸化被膜150であり、比較例4−1および比較例4−2のいずれの摺動部材(ディスク)に比べても自己耐摩耗性に優れている。しかも、実施例4−1の摺動部材であれば、相手材(リング)の摺動面においても摩耗がほとんど認められないため、相手攻撃性も十分に低下させることができる。
このように、実施例4−1では、本実施の形態4に係る酸化被膜150が良好な自己耐摩耗性と、非常に低い相手攻撃性とを実現している。その要因としては、当該酸化被膜150が第一の部分151を備えることによると推測される。第一の部分151は、粒径100nm以下の微結晶155で構成され、これら微結晶155の間にはわずかな空隙が生じ、あるいは、表面に微小な凹凸が生ずる。このような空隙および/または凹凸が存在することで、摺動状態が厳しい状況であっても摺動面に潤滑油103を留めること、いわゆる「保油性」を発揮することが可能となり、その結果、摺動面に油膜が形成され易くなると考えられる。
また、酸化被膜150においては、基材154側に柱状組織156および層状組織157が存在するが、これら組織は、微結晶155に比べて相対的に硬度が低い(軟らかい)。そのため、摺動時には、柱状組織156および層状組織157が「緩衝材」のように機能すると推測される。これにより、摺動時の表面に対する圧力により微結晶155は基材154側に圧縮されるように挙動すると考えられる。その結果、酸化被膜150の相手攻撃性は、他の表面処理膜と比較して顕著に低下し、相手材の摺動面の摩耗を有効に抑制していると考えられる。
また、前述した観点から、本実施の形態4に係る酸化被膜150においては、少なくとも第一の部分151を備えていることが必須であるとともに、第二の部分152または第三の部分153のいずれかを備えていればよいことが分かる。より好ましくは、比較例4−1および比較例4−2の結果からも明らかなように、酸化被膜150は、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153を全て備えていればよいことが分かる。
なお、本実施の形態4におけるリング・オン・ディスク式摩耗試験では、酸化被膜をディスク側に設けて試験を実施しているが、酸化被膜をリング側に設けても同様の結果が得られる。また、酸化被膜の耐摩耗性の評価は、リング・オン・ディスク式摩耗試験に限定されず他の試験方法によって評価することもできる。
(実施例4−2)
摺動部材としてねずみ鋳鉄製の丸棒を用いた。したがって、基材154の材質はねずみ鋳鉄であり、鋳鉄丸棒の表面が摺動面となる。実施例4−1と同様にして、鋳鉄丸棒の表面に、本実施の形態4に係る酸化被膜150を形成した。この酸化被膜150は、図19A〜図21に示すように、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153を備える構成であった。このようにして本実施例4−2の評価用試料を準備した。この評価用試料の一端を潤滑油103に浸漬させた。その結果、評価用試料の一端から他端に向かって潤滑油103が顕著に上昇することが観察された。
第一の部分151は、粒径100nm以下の微結晶155を敷き詰めたような組織となっている。そのため、毛細管現象により潤滑油103が酸化被膜150の表面(摺動面)に保持されやすいことが実験的に裏付けられた。したがって、実施例4−2の結果から、本実施の形態4に係る酸化被膜150は良好な「保油性」を発揮することができるため、当該酸化被膜150を備える摺動部材は、自己耐摩耗性が高くかつ相手攻撃性も低いものとすることができることが分かる。
(実施例4−3)
次に、本実施の形態4に係る酸化被膜150が形成されたクランクシャフト408を搭載した冷媒圧縮機400を用いて実機信頼性試験を行った。冷媒圧縮機400は、前述したように、図18に示す構成であるため、その説明を省略する。実機信頼性試験に際しては、前述した実施例4−1等と同様に、R134a冷媒およびVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油を用いた。クランクシャフト408の主軸部109の摩耗を加速させるべく、高温環境の下、短時間で運転および停止を繰り返す、高温高負荷断続運転モードで、冷媒圧縮機400を動作させた。
実機信頼性試験の終了後、冷媒圧縮機400を解体してクランクシャフト408を取り出し、その摺動面を確認した。この摺動面の観察結果に基づいて、実機信頼性試験の評価を行った。
(従来例4−2)
クランクシャフト408に対して従来のリン酸塩被膜を形成した以外は、実施例4−3と同様にして、当該クランクシャフト408を備える冷媒圧縮機400の実機信頼性試験を行った。その後、冷媒圧縮機400を解体してクランクシャフト408を取り出し、その摺動面を確認した。
(実施例4−3および従来例4−2の対比)
従来例4−2では、クランクシャフト408の摺動面に摩耗が発生しており、リン酸塩被膜の損耗が認められた。これに対して、実施例4−3では、クランクシャフト408の摺動面の損傷は極めて軽微であった。
さらに、実施例4−3におけるクランクシャフト408の摺動面の断面をTEMにより観察した。その結果を図24に示す。なお、図24は、摺動面の断面のTEM画像であり、第一の部分151の上方は、図19Aで説明したように、試料を保護するために形成された保護膜である。
図24に示すように、冷媒圧縮機400を過酷な条件で動作させたにもかかわらず、クランクシャフト408の摺動面には、微結晶155を含有する第一の部分151が残存していた。これにより、本実施の形態4に係る酸化被膜150は、第一の部分151を備えているため、この第一の部分151が定常摩耗域(摺動面がいわゆる「なじんだ」状態になる領域、摩耗の進行速度が非常に遅い領域)になっていると考えられる。そのため、酸化被膜150を備える摺動部材(実施例4−3ではクランクシャフト408)は、冷媒を圧縮する環境下においても、耐摩耗性が非常に良好であることが分かる。
[変形例等]
このように、本実施の形態4では、冷媒圧縮機400が備える摺動部材の少なくとも一つが鉄系材料であり、この鉄系材料の摺動面に、微結晶155からなる第一の部分151と、柱状組織156を含有する第二の部分152と、層状組織157を含有する第三の部分153とを備える酸化被膜150が形成されている。
これにより、摺動部材の自己耐摩耗性を向上するとともに、相手攻撃性を十分に抑制することができる。そのため、従来の表面処理膜では困難であった、冷媒圧縮機400の高効率設計(すなわち、潤滑油103の粘度をより低く、かつ、摺動部間の摺動長さをより短くする設計)を実現することができる。その結果、冷媒圧縮機400においては、摺動部の摺動ロスを低減することが可能となり、高信頼性かつ高効率化を実現することができる。
また、本実施の形態4に係る酸化被膜150に関する具体的な構成、例えば、基材154である鉄系材料の種類(鋳鉄、鋼材、焼結材)、膜厚の代表的な範囲、基材154の表面(摺動面)の状態(研磨面、表面処理面等)については、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
同様に、本実施の形態4に係る酸化被膜150を冷媒圧縮機400に適用したときに、好適に用いられる冷媒および潤滑油の種類、冷媒圧縮機400の駆動方法、冷媒圧縮機400の具体的な種類等についても、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
さらに、本実施の形態4に係る酸化被膜150が適用可能な、酸化被膜適用機器の種類も、前記実施の形態1に係る酸化被膜170同様、特に限定されないので、その具体的な説明は省略する。
(実施の形態5)
前記実施の形態4においては、酸化被膜150の好ましい一例として、第一の部分151、第二の部分152および第三の部分153を備える構成を例示したが、本開示はこれに限定されない。本実施の形態5では、第一の部分151が、互いに結晶密度の異なる第一aの部分および第一bの部分により区分可能である構成について、具体的に説明する。
[冷媒圧縮機の構成]
まず、本実施の形態5に係る冷媒圧縮機の代表的な一例について、図25および図26Aを参照して具体的に説明する。図25は、本実施の形態5に係る冷媒圧縮機500の断面図であり、図26Aは、酸化被膜250の厚さ方向の全体像を示すSIM(走査イオン顕微鏡)画像である。
図25に示すように、本実施の形態4に係る冷媒圧縮機400は、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100、前記実施の形態2で説明した冷媒圧縮機200、前記実施の形態3で説明した冷媒圧縮機300、または、前記実施の形態4で説明した冷媒圧縮機400と同様の構成を有している。そのため、その具体的な構成および動作等についての説明は省略する。ただし、摺動部材の代表的な一例であるクランクシャフト508は、本実施の形態5に係る酸化被膜が形成されている。
クランクシャフト508は、図26Aに示すように、基材254として、ケイ素(Si)を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を使用し、表面に酸化被膜250が形成されている。本実施の形態5における酸化被膜250は、図26Aに示すように、最表面から、第一の部分251、その下に第二の部分252、さらにその下方に第三の部分253を有する構成であり、その下に基材254が位置している。また、第一の部分251は、第一aの部分251aと第一bの部分251bとの区分することができる。なお、本実施の形態5における酸化被膜250の膜厚は約3μmである。
この冷媒圧縮機500の摺動部、例えば、本実施の形態5で一例として示すクランクシャフト508の摺動部には、前述した構成の酸化被膜250が施してある。そのため、例えば、過酷な使用環境において、油膜が切れて摺動面同士が金属接触する頻度が増加するとしても、摺動面に酸化被膜250が形成されていることで、これに伴い発生する摺動面の摩耗を長期間にわたって抑制することができる。
[酸化被膜の構成]
次に、図26A,図26Bを参照して、摺動部の摩耗を抑制する酸化被膜250について具体的に説明する。なお、本実施の形態5に係る酸化被膜260は、前述した「第三の酸化被膜」に該当する。
図26Aは、前記の通り、酸化被膜250の厚さ方向の全体像を示すSIM(走査イオン顕微鏡)画像であり、図26Bは、図19Aにおける[iv]の部分を拡大したSIM画像である。
本実施の形態5では、クランクシャフト508は、ねずみ鋳鉄を基材254としている。酸化被膜250は、この基材254の表面に、前記実施の形態4と同様に、酸化処理により形成されている。
なお、図26Aにおいては、向かって上側が最表面、向かって下側が基材254に相当する。それゆえ、図26Aおよびその拡大画像である図26Bを説明する上では、上下方向を「縦方向」と称し、この「縦方向」に直交する方向(縦方向の垂直方向)を「横方向」と称する。
図26Aに示すように、酸化被膜250は、本実施の形態5では、最表面から、微結晶255からなる第一の部分251、その下に縦長の柱状組織256を含有する第二の部分252、さらにその下方に横長の層状組織257を含有する第三の部分253から少なくとも構成されており、第三の部分253の下方が基材254となっている。ここで、図26Bに示すように、第一の部分251は、結晶密度が異なる第一aの部分251aおよび第一bの部分251bに区分することが可能となっている。
なお、酸化被膜250が形成された試料(クランクシャフト508の一部)をSIMで観察する際には、前記実施の形態4でも説明したように、当該試料を保護するために、酸化被膜250の上に保護用の樹脂膜を形成している。そのため、酸化被膜250の表面は樹脂により包埋されている。図26A,図26Bにおいて、第一の部分251の上方は、この樹脂膜である。
図26A,図26Bに示すように、本実施の形態5における酸化被膜250においては、最表面に形成される第一の部分251は、前記実施の形態4における第一の部分151と同様に、粒径100nm以下の微結晶255が敷き詰められたような組織で構成されていることが分かる。
ここで、第一の部分251は、実質的に微結晶255からなる構成である、という点で、前記実施の形態4における第一の部分151と同様に「単一層」と見なすことができる。しかしながら、特に図26Bに示すように、微結晶255の密度を基準として見れば、最表面側の第一aの部分251aと、基材254(第二の部分252)側の第一bの部分251bとに区分することができる。第一aの部分251aは、その下の第一bの部分251bに比べて結晶密度が小さい(低密度である)。
具体的には、図26Bに示すように、第一aの部分251aは、少なくとも微結晶255からなるとともに、所々に空隙部258(図26Bにおいて黒っぽく見える部分)を有する。また、第一aの部分251aは、短径側の長さが100nm以下で、かつ、アスペクト比が1から10の範囲内となる縦長の針状組織259を含有している。これに対して、第一aの部分251aの下方の第一bの部分251bには、空隙部258も針状組織259はほとんど含有されていない。第一bの部分251bは、ナノレベルの微結晶255が敷き詰められたような組織となっている。
また、図26A,図26Bに示すように、第一の部分251(第一bの部分251b)の下方には第二の部分252が位置する。この第二の部分252は、縦方向の径が500nmから1μm程度、横方向の径が100nmから150nm程度の組織で構成されている。この組織の縦方向の径を横方向の径で除したアスペクト比は、約3から10の範囲となるので、この組織は縦方向に長いものである。それゆえ、第二の部分252は、アスペクト比の大きい「縦長」の柱状組織256が同じ方向に無数に形成されていることが分かる。
また、図26A,図26Bに示すように、第二の部分252の下方には第三の部分253が位置する。この第三の部分253は、縦方向の径が数十nm以下、横方向の径が数百nm程度の組織で構成されている。この組織の縦方向の径を横方向の径で除したアスペクト比は、0.01から0.1の範囲となるので、この組織は横方向に長いものである。それゆえ、第三の部分253は、アスペクト比の小さい「横長」の層状組織257が形成されていることが分かる。
本実施の形態5に係る酸化被膜250は、前記実施の形態4に係る酸化被膜150と同様の構成を有している。そのため、酸化被膜250においても、前記実施の形態4で説明したように、摺動部材の自己耐摩耗性を向上するとともに、相手攻撃性を十分に抑制することができる。また、酸化被膜250を形成した摺動部材を用いた冷媒圧縮機500においては、高効率設計を実現することができるので、摺動部の摺動ロスを低減することが可能となり、優れた信頼性かつ優れた効率を実現することができる。
さらに、酸化被膜250においては、第一の部分251が、少なくとも第一aの部分251aおよび第一bの部分251bにより構成されている。そのため、第一aの部分251aには、前記実施の形態4における第一の部分151と同様に、微結晶255の間に空隙および/または凹凸が存在する。特に、第一aの部分251aは、微結晶255の結晶密度が低いために、前記実施の形態4における微小な空隙よりも「広い」空隙である空隙部258を有する。そのため、摺動部に潤滑油103が給油されにくいような状況(貧油状況)であっても、摺動面に良好に潤滑油103を留めることができる。その結果、摺動部材として良好な「保油性」を発揮することができる。
しかも、第一aの部分251aには、「保油性」に寄与する空隙部258が生じるだけでなく、針状組織259も含有されている。針状組織259は、微結晶255に比べて硬度が低いため、摺動面においては自己犠牲型の摩耗を呈する。その結果、相手材の摺動面との「なじみ」を促進させることができる。それゆえ、冷媒圧縮機500においては、起動時に、摺動部における静摩擦の発生を抑制するため、早期に安定した低入力を実現することができる。
また、第一aの部分251aの下方に位置する第一bの部分251bは、第一aの部分251aよりも結晶密度が大きい。そのため、微結晶255が敷き詰められた組織としては、第一aの部分251aより緻密になり機械的強度も向上する。その結果、良好な「保油性」を発揮する第一aの部分251aを、機械的強度の高い第一bの部分251bで支持することになる。それゆえ、第一の部分251全体として見れば、より良好な「保油性」を発揮できるとともに、第一の部分251の耐剥離性を向上することができる。
さらに、第一の部分251の下方には、前記実施の形態4に係る酸化被膜150と同様に、第二の部分252および第三の部分253の少なくとも一方(好ましくは双方)が位置している。第二の部分252に含有される柱状組織256と、第三の部分253に含有される層状組織257は、第一の部分251に含有される微結晶255に比べて相対的に硬度が低い(軟らかい)。
そのため、前記実施の形態4で説明したように、摺動時には、第二の部分252(柱状組織256)および第三の部分253(層状組織257)が「緩衝材」のように機能し、第一の部分251(微結晶255)は基材254側に圧縮されるように挙動すると考えられる。その結果、酸化被膜250の相手攻撃性は、他の表面処理膜と比較して顕著に低下し、相手材の摺動面の摩耗を有効に抑制することが可能となる。
本実施の形態5に係る酸化被膜250においては、第一の部分251(第一aの部分251aおよび第一bの部分251b)は、ナノレベルの微結晶255が敷き詰められたような組織であればよく、微結晶255の粒径の上限は100nm以下に限定されない。前記実施の形態4における第一の部分151と同様に、微結晶255の粒径は、例えば、0.001μm(1nm)〜1μm(1000nm)の範囲内であればよい。これにより、前記実施の形態4で説明した作用効果と同様の作用効果を良好に実現することができる。
また、第一aの部分251aにおいては、空隙部258の占める割合は10%以上であることが望ましい。これにより、摺動面に油膜を形成させやすくする(摺動面の「保油性」を高める)ことができるとともに、相手攻撃性をより良好に抑制することができる。これに対して、第一bの部分251bにおいては、空隙部258の占める割合は10%未満であることが望ましい。空隙部258の占める割合が大きすぎると、第一aの部分251aとの対比にもよるが、組織の緻密性(機械的強度)が十分に向上されず、第一aの部分251aを良好に支持できなくなる恐れがある。
つまり、第一の部分251においては、第一aの部分251aおよび第一bの部分251bを区分する際の境界値(もしくは閾値)として、例えば、空隙部258の体積占有率(例えば10%)を用いることができる。
また、第一aの部分251aは、微結晶255だけでなく縦長の針状組織259も含有しているが、この針状組織259のアスペクト比は特に限定されない。本実施の形態5では、針状組織259は、短径側の長さが100nm以下で、アスペクト比が1から10の範囲内であるが、アスペクト比は1から1000の範囲内であってもよい。
なお、酸化被膜250のより具体的な構成は、第一の部分251が結晶密度の違いから第一aの部分251aおよび第一bの部分251bの2層に区分可能であることを除いて、前記実施の形態4に係る酸化被膜150と同様である。それゆえ、酸化被膜250のより詳細な説明は省略する。酸化被膜250の具体的構成については、前記相違点を除いて、前記実施の形態4で説明した酸化被膜150の説明をほぼそのまま援用することができる。また、第一の部分251は、結晶密度の違いから、第一aの部分251aおよび第一bの部分251b以外の部分を含んでもよい。
このように、本実施の形態5では、冷媒圧縮機500が備える摺動部材の少なくとも一つが鉄系材料であり、この鉄系材料の摺動面に、微結晶255からなる第一の部分251と、柱状組織256を含有する第二の部分252と、層状組織257を含有する第三の部分253とを備え、第一の部分251は、結晶密度の異なる第一aの部分251aおよび第一bの部分251bから少なくとも構成されている、酸化被膜250が形成されている。
これにより、摺動部材の自己耐摩耗性を向上するとともに、相手攻撃性を十分に抑制することができる。そのため、従来の表面処理膜では困難であった、冷媒圧縮機500の高効率設計(すなわち、潤滑油103の粘度をより低く、かつ、摺動部間の摺動長さをより短くする設計)を実現することができる。その結果、冷媒圧縮機500においては、摺動部の摺動ロスを低減することが可能となり、優れた信頼性かつ優れた効率を実現することができる。
[変形例等]
なお、前記実施の形態4に係る酸化被膜150、並びに、本実施の形態5に係る酸化被膜250は、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と組み合わせた形の酸化被膜(複合型の酸化被膜)とすることができる。したがって、例えば、前記実施の形態4に係る酸化被膜150の基材154側には、当該基材154よりもケイ素(Si)の含有量が多いケイ素含有部分170aが存在してもよい。同様に、本実施の形態5に係る酸化被膜250の基材254側には、当該基材254よりもケイ素(Si)の含有量が多いケイ素含有部分170aが存在してもよい。
さらに、前記実施の形態4に係る酸化被膜150または本実施の形態3に係る酸化被膜150には、ケイ素含有部分170aよりも表面側に、前記実施の形態1に係る酸化被膜170におけるスポット状ケイ素含有部分170bが含まれてもよい。
また、前記実施の形態4に係る酸化被膜150、並びに、本実施の形態5に係る酸化被膜250は、前記実施の形態3に係る酸化被膜160、並びに、前記実施の形態4に係る酸化被膜260と組み合わせた形の複合型の酸化被膜であってもよい。すなわち、第一の酸化被膜、第二の酸化被膜、および第三の酸化被膜の構成はそれぞれ組み合わせることができる。
したがって、例えば、前記実施の形態4に係る酸化被膜150における第一の部分151が、前記実施の形態2または前記実施の形態3における組成A部分(最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分)であり、第二の部分152が、前記実施の形態2または前記実施の形態3における組成B部分(最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、ケイ素(Si)化合物を含む部分)であり、第三の部分153が、前記実施の形態2または前記実施の形態3における組成C部分(最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)であり、かつ、組成B部分よりもケイ素の含有量が多い部分)である構成であってもよい。
同様に、本実施の形態5に係る酸化被膜250における第一の部分251が、前記実施の形態2または前記実施の形態3における組成A部分であり、第二の部分252が、前記実施の形態2または前記実施の形態3における組成B部分であり、第三の部分253が、前記実施の形態2または前記実施の形態3における組成C部分である構成であってもよい。
このように、実施の形態1から実施の形態5のいずれかのうち少なくとも2つの構成を適宜組み合わせることで、得られる酸化被膜は、より一層高い耐摩耗性を実現することができる。
また、本実施の形態5に係る酸化被膜250に関する具体的な構成、例えば、基材254である鉄系材料の種類(鋳鉄、鋼材、焼結材)、膜厚の代表的な範囲、基材254の表面(摺動面)の状態(研磨面、表面処理面等)については、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
同様に、本実施の形態5に係る酸化被膜250を冷媒圧縮機500に適用したときに、好適に用いられる冷媒および潤滑油の種類、冷媒圧縮機500の駆動方法、冷媒圧縮機500の具体的な種類等についても、前記実施の形態1に係る酸化被膜170と同様であるので、その具体的な説明は省略する。
さらに、本実施の形態5に係る酸化被膜250が適用可能な、酸化被膜適用機器の種類も、前記実施の形態1に係る酸化被膜170同様、特に限定されないので、その具体的な説明は省略する。
(実施の形態6)
本実施の形態6では、前記実施の形態1〜5で説明した冷媒圧縮機100〜冷媒圧縮機500のいずれかを備える冷凍装置の一例について、図27を参照して具体的に説明する。
図27は、前記実施の形態1に係る冷媒圧縮機100、前記実施の形態2に係る冷媒圧縮機200、前記実施の形態3に係る冷媒圧縮機300、前記実施の形態4に係る冷媒圧縮機400、または前記実施の形態5に係る冷媒圧縮機500を備える冷凍装置の概略構成を模式的に示している。そのため、本実施の形態6では、冷凍装置の基本構成の概略についてのみ説明する。
図27に示すように、本実施の形態6に係る冷凍装置は、本体675、区画壁678、および冷媒回路670等を備えている。本体675は、断熱性の箱体および扉体等により構成されており、箱体はその一面が開口した構成であり、扉体は箱体の開口を開閉する構成である。本体675の内部は、区画壁678により物品の貯蔵空間676と機械室677とに区画される。貯蔵空間676内には、図示しない送風機が設けられている。なお、本体675の内部は、貯蔵空間676および機械室677以外の空間等に区画されてもよい。
冷媒回路670は、貯蔵空間676内を冷却する構成であり、例えば、前記実施の形態1で説明した冷媒圧縮機100と、放熱器672と、減圧装置673と、吸熱器674とを備え、これらが環状に配管で接続された構成となっている。吸熱器674は、貯蔵空間676内に配置されている。吸熱器674の冷却熱は、図27の破線の矢印で示すように、図示しない送風機によって貯蔵空間676内を循環するように撹拌される。これにより貯蔵空間676内は冷却される。
冷媒回路670が備える冷媒圧縮機100は、前記実施の形態1で説明したように、鉄系材料で構成される摺動部材を備え、この摺動部材の摺動面に前述した酸化被膜170が形成されている。
この冷媒回路670は、冷媒圧縮機100に代えて、前記実施の形態2で説明した冷媒圧縮機200を備えてもよい。冷媒圧縮機200は、冷媒圧縮機100と同様に、鉄系材料で構成される摺動部材を備え、この摺動部材の摺動面に前述した酸化被膜160が形成されている。同様に、冷媒回路670は、冷媒圧縮機100に代えて、前記実施の形態3で説明した冷媒圧縮機300を備えてもよい。冷媒圧縮機300は、冷媒圧縮機100と同様に、鉄系材料で構成される摺動部材を備え、この摺動部材の摺動面に前述した酸化被膜260が形成されている。
また、冷媒回路670は、冷媒圧縮機100に代えて、前記実施の形態4で説明した冷媒圧縮機400を備えてもよい。冷媒圧縮機400は、冷媒圧縮機100と同様に、鉄系材料で構成される摺動部材を備え、この摺動部材の摺動面に前述した酸化被膜150が形成されている。同様に、冷媒回路670は、冷媒圧縮機100に代えて、前記実施の形態5で説明した冷媒圧縮機500を備えてもよい。冷媒圧縮機500は、冷媒圧縮機100と同様に、鉄系材料で構成される摺動部材を備え、この摺動部材の摺動面に前述した酸化被膜250が形成されている。
このように、本実施の形態6に係る冷凍装置は、前記実施の形態1に係る冷媒圧縮機100、前記実施の形態2に係る冷媒圧縮機200、前記実施の形態3に係る冷媒圧縮機300、前記実施の形態4に係る冷媒圧縮機400、または、前記実施の形態5に係る冷媒圧縮機500を搭載している。冷媒圧縮機100〜冷媒圧縮機500が備える摺動部は、耐摩耗性に優れ、摺動面への密着性にも優れている。そのため、冷媒圧縮機100〜冷媒圧縮機500は、摺動部の摺動ロスを低減することが可能となり、優れた信頼性かつ優れた効率を実現することができる。その結果、本実施の形態6に係る冷凍装置は、消費電力を低減することができるので、省エネルギー化を実現することができるとともに、信頼性も向上させることができる。
なお、前述したように、実施の形態1〜実施の形態5においては、酸化被膜適用機器として、冷媒圧縮機を例示しており、本実施の形態6では、酸化被膜適用機器として、冷媒圧縮機を備えた冷凍装置を例示している。しかしながら、本開示が適用可能な酸化被膜適用機器は、冷媒圧縮機またはこれを備える冷凍装置に限定されない。本開示に係る酸化被膜は、スライド摺動(往復動摺動)または回転摺動等の各種の摺動を実行するための摺動部材を用いる機器であれば、どのような機器に対しても適用することができる。
具体的には、例えば、各種のポンプ、モータ、エンジン、膨張機等の各種動作装置;冷蔵庫、冷凍ショーケース、エアコン等の各種冷凍装置;洗濯機、掃除機等の家電機器;遠心分離機;ビルトイン機器等の設備機器等を挙げることができる。
上記説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。