第1の発明は、密閉容器内に潤滑油を貯留するとともに、電動要素と前記電動要素により駆動されて冷媒を圧縮する圧縮要素とを収容し、前記圧縮要素を構成する少なくともひとつの摺動部材が鉄系材料であり、鉄系材料の摺動面に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)を含む部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)とケイ素(Si)固溶部を含む部分とからなる酸化被膜を施した構成としてある。
これにより、摺動部材は耐摩耗性が向上するとともに酸化被膜の密着性が向上して、凝着等による異常摩耗を防止でき、潤滑油の粘度をより低く、かつ各摺動部間の摺動長さをより短く設計できるので、摺動ロスの低減が図れ、信頼性、性能が向上する。
第2の発明は、第1の発明において、前記酸化被膜は、摺動面の最表面から順に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる最外部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)を含む部分からなる中間部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)とケイ素(Si)固溶部を含む部分からなる内部分とを備えた構成としてある。
これにより、最表面を構成する三酸化二鉄(Fe2O3)は比較的硬質ではあるが結晶構造的に柔軟なため、相手攻撃性が低下し、初期なじみ性も向上し、信頼性が向上する。
第3の発明は、第1または第2の発明において、前記酸化被膜に含まれるケイ酸塩(Si酸化物)は二酸化ケイ素(SiO3)もしくはファイヤライト(Fe2SiO4)のいずれか一方または両方を含む構成としてある。
これにより、膜内により硬質な部位を有することになって更に耐摩耗性が向上すると共に基材と酸化被膜の密着性が向上する。すなわち、より高耐力な膜となって信頼性が向上する。
第4の発明は、第1から第3のいずれか1つの発明において、前記酸化被膜はその膜厚を1〜5μmとした構成としてある。
これにより、耐摩耗性が向上し、長期信頼性が向上するとともに、寸法精度も安定化して高い生産性を得ることもできる。
第5の発明は、第1から第4のいずれか1つの発明において、前記摺動部材となる鉄系材料は、ケイ素を0.5〜10%含有した構成としてある。
これにより、基材と酸化被膜の密着性が効果的に向上し、高耐力な膜を形成することで信頼性が向上する。
第6の発明は、第5の発明において、前記鉄系材料は鋳鉄とした構成としてある。
これにより、鋳鉄が安価で生産性が高いところから、コストを低くすることができるとともに、効果的に基材と酸化被膜の密着性が向上し、高耐力な膜を形成することができて信頼性が向上する。
第7の発明は、第1から第6のいずれか1つの発明において、前記冷媒はR134a等のHFC系冷媒もしくはその混合冷媒とし、潤滑油をエステル油またはアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合油とした構成としてある。
これにより、低粘度の潤滑油を使用しても異常摩耗を防止し、かつ摺動ロスの低減が図れ、信頼性並びに効率が向上する。
第8の発明は、第1から第6のいずれか1つの発明において、前記冷媒はR600a、R290、R744等の自然冷媒もしくはその混合冷媒とし、潤滑油を鉱油、エステル油またはアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合油とした構成としてある。
これにより、低粘度の潤滑油を使用しても異常摩耗を防止し、かつ摺動ロスの低減が図れ、信頼性並びに効率が向上するとともに、温室効果の少ない冷媒を使用することで地球温暖化抑制を図ることができる。
第9の発明は、第1から第6のいずれか1つの発明において、前記冷媒はR1234yf等のHFO系冷媒もしくはその混合冷媒とし、潤滑油をエステル油またはアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合油とした構成としてある。
これにより、低粘度の潤滑油を使用しても異常摩耗を防止し、かつ摺動ロスの低減が図れ、信頼性並びに効率が向上するとともに、温室効果の少ない冷媒を使用することで地球温暖化抑制を図ることができる。
第10の発明は、特に、第1から第9のいずれか一つの発明において、前記電動要素は複数の運転周波数でインバータ駆動する構成としてある。
これにより、低速運転時には各摺動部への給油量が減少するが、耐摩耗性に優れた酸化皮膜により、信頼性を向上させることができると共に、回転数が増加する高速運転時においても、耐摩耗性に優れた酸化皮膜によって高い信頼性を維持することができるので、第1から第9のいずれか一つの発明の効果に加えて、さらに圧縮機の信頼性を向上することができる。
第11の発明は、冷凍装置であり、この冷凍装置は、圧縮機、放熱器、減圧装置、吸熱器を配管によって環状に連結した冷媒回路を有し、前記圧縮機を第1から第10のいずれか一つの発明の密閉型圧縮機とした構成としてある。
これにより、性能、信頼性が向上した圧縮機の搭載によって冷凍装置の消費電力が低減でき、省エネルギー化を実現し、かつ、信頼性を向上させることができる。
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、この実施の形態よってこの発明が限定されるものではない。
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1による冷媒圧縮機の断面図、図2は同冷媒圧縮機の摺動部材に施した酸化被膜のTEM(透過型電子顕微鏡)観察を行った結果の一例を示すTEM(透過電子顕微鏡)像とEDS分析を行った結果の一例を示す元素マップである。
図1において、密閉容器101内にはR134aからなる冷媒ガス102を充填するとともに、底部には潤滑油103としてエステル油を貯留し、固定子104、および回転子105からなる電動要素106と、これによって駆動される往復式の圧縮要素107を収容している。
そして、上記圧縮要素107は、クランクシャフト108、シリンダーブロック112、ピストン132等によって構成されており、以下その構成を説明する。
クランクシャフト108は、回転子105を圧入固定した主軸109と、主軸109に対し偏心して形成された偏心軸110とからなり、下端には潤滑油103に連通する給油ポンプ111を備えている。
クランクシャフト108は、図2(a)から明らかなように基材150にケイ素(Si)を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を使用し、表面に酸化被膜151が形成されている。
酸化被膜151は、図2(a)に示すように、摺動面の最表面から順に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる最外部分151aと、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)を含む部分からなる中間部分151bと、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)とケイ素(Si)固溶部を含む部分からなる内部分151cとで構成されている。尚、本実施の形態における酸化被膜151の膜厚は約2μmである。
シリンダーブロック112は鋳鉄からなり、略円筒形のボアー113を形成するとともに、主軸109を軸支する軸受部114を備えている。
また、回転子105にはフランジ面120が形成され、軸受部114の上端面がスラスト面122になっている。フランジ面120と軸受部114のスラスト面122の間にはスラストワッシャ124が挿入されている。フランジ面120、スラスト面122及びスラストワッシャ124でスラスト軸受126を構成している。
ピストン132はある一定量のクリアランスを保ってボアー113に遊嵌され、鉄系の材料からなっていて、ボアー113と共に圧縮室134を形成する。また、ピストン132は、ピストンピン137を介して連結手段であるコンロッド138によって偏心軸110と連結されている。ボアー113の端面はバルブプレート139で封止されている。
ヘッド140は、高圧室を形成し、バルブプレート139のボアー113の反対側に固定される。サクションチューブ(図示せず)は、密閉容器101に固定されるとともに冷凍サイクルの低圧側(図示せず)に接続され、冷媒ガス102を密閉容器101内に導く。サクションマフラー142は、バルブプレート139とヘッド140に挟持される。
以上のように構成された冷媒圧縮機について、以下その動作を説明する。
商用電源(図示せず)から供給される電力は電動要素106に供給され、電動要素106の回転子105を回転させる。回転子105はクランクシャフト108を回転させ、偏心軸110の偏心運動が連結手段のコンロッド138からピストンピン137を介してピストン132を駆動する。ピストン132はボアー113内を往復運動し、サクションチューブ(図示せず)を通して密閉容器101内に導かれた前記冷媒ガス102をサクションマフラー142から吸入し、圧縮室134内で圧縮する。
潤滑油103は、クランクシャフト108の回転に伴い、給油ポンプ111から各摺動部に給油され、摺動部を潤滑するとともに、ピストン132とボアー113の間においてはシールを司る。
ここで、近年の冷媒圧縮機は高効率化を図るため、既述した如く潤滑油103の粘度をより低くしたり、各摺動部間の摺動長がより短く設計されたりすることから、摺動条件はより過酷な方向へ、即ち摺動部間の油膜がより薄くなる、あるいは形成され難い方向へと進んでいる。
加えて、冷媒圧縮機は、圧縮された冷媒ガス102のガス圧により、クランクシャフト108の主軸109とシリンダーブロック112の軸受部114、並びに主軸109に対し偏心して形成された偏心軸110とコンロッド138の間に負荷変動をともなう変動荷重が掛かる。この負荷変動に伴って、主軸109と軸受114との間などで潤滑油103に溶け込んだ冷媒ガス102が繰り返し気化し発泡が発生する。
これらのことから、クランクシャフト108の主軸部109と軸受部114との間などの摺動部において、油膜が切れて金属接触する頻度が増加する。
しかしながら、この冷媒圧縮機の摺動部、例えばこの実施の形態で一例として示すクランクシャフト108の摺動部には前記した酸化被膜151が施してあるので、油膜が切れる頻度が増加したとしても、これに伴い発生する摩耗を長期間にわたって抑制することができる。
以下、この摩耗抑制効果、すなわち、上記酸化被膜151の耐摩耗性について、説明する。
まず、R134a冷媒とVG3(40℃での粘度グレードが3mm2/s)のエステル油との混合雰囲気下におけるリング・オン・ディスク式摩耗試験で、基材をねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)としたリングの最表面に施した4種類の表面処理の耐摩耗性と、相手側摺動面への攻撃性を評価した。
図3はリング・オン・ディスク式摩耗試験後のリングの摩耗量を、図4は同摩耗試験後のディスクの摩耗量を示す。
本実施の形態の酸化被膜151の評価比較処理膜として、従来例に示したリン酸塩被膜と、一般的に硬質膜として使用されるガス窒化被膜(比較例1)と、従来の一般的な酸化被膜、いわゆる黒染処理、別名フェルマイト処理と呼ばれている方法で施行された四酸化三鉄(Fe3O4)単部分被膜(比較例2)を用いた。
尚、相手側の摺動材であるリングについては、基材をねずみ鋳鉄とし、研磨後の摺動面には表面処理は施していない。
図3に示すように、従来のリン酸塩被膜と比較すると、本実施の形態の実施例及び比較例1、2のいずれの表面処理被膜の場合もディスク表面の摩耗量は減少しており、自己耐摩耗性が高いことが分かる。但し、四酸化三鉄(Fe3O4)単部分からなる比較例2の一般的な酸化被膜については、所々に基材界面から剥離している痕跡が見られた。
一方、図4に示すように、相手材であるリングの摩耗量においては、従来のリン酸塩被膜と比較して、本実施の形態の酸化被膜151は同等であるが、比較例1のガス窒化被膜、及び比較例2の一般的な酸化被膜は増加していることが分かる。すなわち、本実施の形態の酸化被膜151はリン酸塩被膜と同様に相手材への攻撃性が低いことがわかる。
前記自己耐摩耗性については、本実施の形態の酸化被膜151が鉄の酸化物であることから、従来のリン酸塩被膜と比較すると、化学的に非常に安定的であり、かつ硬度が高いから、摩耗粉の移着を効果的に防止し、酸化被膜151自体の摩耗量を減少させたと考えられる。
一方、後者の相手材への攻撃性については、本実施の形態の酸化被膜151が、その最外部分151aを、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる部分としていることで、相手材への攻撃性を低下させるとともになじみ性を向上させていると考えられる。
すなわち、本実施の形態の酸化被膜151における三酸化二鉄(Fe2O3)は、比較例1のガス窒化被膜や比較例2の従来の四酸化三鉄(Fe3O4)単部分からなる酸化被膜と比較して粒子レベルの硬度は低くなる。これは、三酸化二鉄(Fe2O3)の結晶構造が菱面体晶であることから、結晶構造が立方晶である四酸化三鉄(Fe3O4)や、結晶構造が周密六方晶、面心立方晶、体心正方晶である窒化被膜と比較して、結晶構造面で柔軟になっていることによる。このことから、比較例2のFe3O4単部分からなる酸化被膜や比較例1の窒化被膜と比較して、本実施の形態の酸化被膜151が、相手材への攻撃性を低下させるとともになじみ性を向上させていると考えられるのである。
次に、さらなる詳細な分析を行うため、先ほどのリング・オン・ディスク式摩耗試験で用いたリングのうち、本実施の形態の酸化被膜151の断面に関し、EDS(エネルギー分散型X線分光法)分析による元素マッピングを行ったので、その結果の一例を、前記図2を用いて説明する。
まず図2(a)は既述したように酸化被膜151の全体像で、リングの摺動表面近傍の断面のTEM(透過型電子顕微鏡)画像を示す。ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)からなる基材150上(画像では基材150の右側)に、酸化被膜151が形成されていることがわかる。酸化被膜151は前記した構成、すなわち、最外部分151a、中間部分151b、内部分151cの三部分構造になっていることがこの画像から明確に確認できる。
また、図2(b)は鉄(Fe)元素、同図2(c)は酸素(O)元素、同図2(d)はケイ素(Si)元素のマッピング結果を示すが、各々図中の白黒部の濃淡によって、濃度比を示しており、色が白くなるほど該当元素の占める割合が高いことを示す。なお、各図の左右に記載している破線同士の間が酸化被膜151部分であり、表面から約2μmの幅で形成されている。
これら元素分析結果から、酸化被膜151中における各元素の濃度比は、以下のような傾向になっていることがわかる。
まず、鉄(Fe)元素は、図2(b)に示すように、基材150よりも鉄(Fe)元素の濃度が低い領域が表面から約2μm、すなわち酸化被膜151全幅に亘って形成されている。そして、酸化被膜151内では、最表面側から基材150側方向への鉄(Fe)元素の濃度分布には大きな濃度差(白黒部の濃淡の差)がみられず、一様に分布していることがわかる。なお、一部、図2(a)の酸化被膜151内で白色部151dとなる箇所では濃度の低下が見られる。
次に、酸素(O)元素は、これも図2(c)に示すように、基材150よりも酸素(O)元素の濃度が上昇する領域が表面から約2μm、すなわち酸化被膜151全幅に亘って形成されている。そして、これは前述の鉄(Fe)元素の濃度分布と同じ領域で確認され、基材150とは異なる酸化部分が形成されていることが明確となった。そして更にその濃度分布は、鉄(Fe)元素の濃度分布と同様に、酸化被膜151内では、最表面側から基材150側方向への全領域で大きな濃度差がみられず、一様に分布していることがわかる。なお、一部図2(a)の酸化被膜151内で白色部151dとなる箇所では鉄(Fe)元素の濃度分布と同様に濃度の低下が見られる。
次に、ケイ素(Si)元素は、図2(d)に示すように、その濃度分布は、基材150側が高く、内部分151cと中間部分151bの界面で一気に低下に転じることが分かった。ただ、中間部分151bにおいて図2(a)の白色部151dとなる箇所では濃度の上昇が見られる。
これらの結果から、酸化被膜151は、内部分151cから最外部分151aに亘って鉄(Fe)元素と酸素(O)元素が存在し、最外部分151aにはケイ素(Si)元素がほぼ存在しておらず、中間部分151bの一部と、内部分151cにケイ素(Si)元素が存在していることが明らかとなった。
次に各部分における上記元素の状態をさらに明らかにするため、EELS(電子線エネルギー損失分光法)分析を実施した結果を以下に示す。
EELS分析は、電子が試料を透過する際に原子との相互作用により失うエネルギーを測定することによって、物質の材料の組成や結合状態を分析する手法であり、構成元素や電子構造によって特定のエネルギー波形を示すことが明らかとなっている。
図5は図2(a)で確認した断面の一部領域を鉄(Fe)(図5(1))、酸素(O)(図5(2))、ケイ素(Si)(図5(3))の各波形に限定し(図5(1)〜図5(3)のZで示すメッシュ部)、マッピングした結果を示す。尚、図5(1)〜図5(3)の横に掲載した図5(a)〜図5(c)は図5(1)〜図5(3)と同じ部分を示すもので、濃淡によって、強度を示しており、色が白くなるほど該当波形の占める割合が高いことを示す。
これらの結果から、酸化被膜151中における各鉄(Fe)、酸素(O)、ケイ素(Si)の強度は、以下のような傾向を示した。
まず、鉄(Fe)元素は、図5(a)に示すように、酸化被膜151内では、最表面側から基材150側方向への鉄(Fe)の強度分布には大きな強度差がみられず、一様に分布していることがわかる。なお、一部、図2(a)で白色部151dとなる箇所では強度の低下が見られる。
次に、酸素(O)元素は、これも図5(b)に示すように、鉄(Fe)の強度分布と同様に、酸化被膜151内では、最表面側から基材150側方向への酸素(O)の強度分布には大きな強度差がみられず、一様に分布しており酸化皮膜が形成されていることが確認された。なお、一部図2(a)で白色部151dとなる箇所では鉄(Fe)の強度分布と同様に強度の低下が見られる。
次に、ケイ素(Si)元素は、図5(c)に示すように、その強度分布は、基材150側が高く、内部分151cと中間部分151bの界面で低下に転じることが分かった。ただ、中間部分151bにおいて図2(a)の白色部151dとなる箇所では強度の上昇が見られる。
これらの結果から、前述のEDS分析の結果と同様にEELS分析によっても同様の傾向、すなわち、酸化被膜151は、内部分151cから最外部分151aに亘って鉄(Fe)元素と酸素(O)元素が存在し、最外部分151aにはケイ素(Si)元素がほぼ存在しておらず、中間部分151bの一部と、内部分151cにケイ素(Si)元素が存在していることが確認された。
次に前記EELS分析をさらに進めて上記の如く確認した各部分の元素の種類を詳細に確認した。その結果を以下説明する。
図6(1)は最外部分151aのEELS波形の鉄(Fe)に該当する部分の拡大波形である。この波形は典型的な三酸化二鉄(Fe2O3)を示す波形である。この波形のピークに合致する箇所をマッピングした結果が図6(a)となる。鉄(Fe)全体でマッピングした図5(a)では強度分布が見られなかったが、三酸化二鉄(Fe2O3)に限定すると最外部分151aで白黒部が淡くなっていて非常に高い強度を示し、最外部分151aがほぼ三酸化二鉄(Fe2O3)で構成されていることが明確となった。
図7(1)は中間部分151bのEELS波形の鉄(Fe)に該当する部分の拡大波形である。この波形は四酸化三鉄(Fe3O4)を示す典型的な波形であり、他の中間部分151bの鉄(Fe)に該当する部分でも同様の波形が確認された。このことから、中間部分151bは四酸化三鉄(Fe3O4)によって主に構成されていることが明確となった。
図7(2−1、2−2)は中間部分151bの白色部151dのEELS波形の酸素(O)に該当する同一部分の拡大波形である。図7(2−1)では525eV近傍にピークが見られ、一方図7(2−2)ではピークが見られない。525eV近傍のピークは酸化鉄に見られる特有のピークであることから、図7(2−2)の測定箇所では酸素(O)は鉄(Fe)と結合しない構造で存在していることが明らかとなった。
図7(3−1、3−2)は中間部分151bの白色部151dのEELS波形のケイ素(Si)に該当する同一部分の拡大波形である。図7(2−1)(2−2)と図7(3−1)(3−2)はそれぞれ同一箇所のEELS波形である。図7(3−1)と図7(3−2)はほぼ同じ波形を示し、形状から酸素(O)と結合した状態のケイ素(Si)が存在していることが明らかとなった。
図7(2−1、2−2)と図7(3−1、3−2)の結果から、中間部分151bの白色部151dには鉄(Fe)と結合せずケイ素(Si)と酸素(O)が結合した二酸化ケイ素(SiO2)と、鉄(Fe)とケイ素(Si)と酸素(O)が結合したファイヤライト(Fe2SiO4)といった構造の異なるケイ酸塩(Si酸化物)が存在していることが明らかとなった。
更に、前記内部分151cの黒色部のEELS波形の鉄(Fe)に該当する部分の拡大波形は図7(1)とほぼ同様の形状を示した。このことから、内部分151cも中間部分151bと同様に四酸化三鉄(Fe3O4)によって主に構成されていることが明確となった。
図8は内部分151cのEELS波形のケイ素(Si)に該当する部分の拡大波形である。この波形は図7(3−1、3−2)とは異なる形状を示し、酸素(O)と結合した状態を確認できないことから、この箇所ではケイ素(Si)が固溶した状態で存在していることが示唆される。また内部分151cの他の箇所で図7(2−1)、図7(3−1)と同様の波形も確認されたことからケイ酸塩(Si酸化物)も存在していることが明らかとなった。
以上の分析の結果から、本発明の実施の形態の酸化被膜151は、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる最外部分151aと、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)を含む部分からなる中間部分151bと、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)とケイ素(Si)固溶部を含む部分からなる内部分151cによって構成されていることが明らかとなった。
次に本発明の実施の形態における酸化被膜151の優位性(効果)を確認するため、酸化被膜151を施したクランクシャフト108によって実機の信頼性試験を高負荷の運転条件で実施した。その結果を次に説明する。
図9は上記信頼性試験実施後のクランクシャフト108の摺動表面近傍の断面のTEM(透過型電子顕微鏡)画像を示す。ねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)からなる基材150上に(基材150の右側に)、酸化被膜151が形成されていることがわかる。酸化被膜151は信頼性試験後においても最外部分151a、中間部分151b、内部分151cの三部分構造になっており、各部分の構成状態も変化していないことが確認された。
上記の結果を踏まえ、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる最外部分151aの作用について考察する。
前記摩耗試験の結果にも示されたように三酸化二鉄(Fe2O3)はその結晶構造が四酸化三鉄(Fe3O4)や、窒化被膜と比較して結晶構造面で柔軟になっていることにより、相手材への攻撃性を低下させるとともになじみ性を向上させる作用を有す。
また、信頼性試験の結果から本実施の形態の酸化被膜151は信頼性試験後の摩耗が確認されず、耐摩耗性が高いことが示されており、三酸化二鉄(Fe2O3)は、自己耐摩耗性を高める作用がある。
これは、摩耗に直結する機械的物性である硬度が、最外部分151aである三酸化二鉄(Fe2O3)が有する硬度は537Hv程度であるのに対し、四酸化三鉄(Fe3O4)の硬度が420Hv程度と、三酸化二鉄(Fe2O3)の方が高いため、四酸化三鉄(Fe3O4)単部分からなる比較例2の従来の一般的な酸化被膜より強固な耐摩耗性を有した部分を形成していからと推察される。また、中間部分151b、内部分151cに含まれるケイ酸塩(Si酸化物)は一般的に酸化物より硬度が高いため、最外部分151aが摩耗したとしても、中間部分151b、内部分151c自体も比較例2の従来の一般的な酸化被膜より優れた耐摩耗性を発揮するからと推察される。
次に従来の四酸化三鉄(Fe3O4)単部分からなる酸化被膜に比べて膜の密着性(耐力)が高い点について考察する。
この膜の密着性(耐力)が高くなった理由は以下のように考えられる。すなわち、神戸製鋼技報Vol.1.55(No.1 Apr.2005)によれば、鉄鋼材料の熱間圧延工程で、鋼板表面に酸化被膜(スケール)が生成されること、鉄鋼材料に含まれるケイ素量の増加に伴い脱スケール性が低下するとの記述がある。このことから、ケイ素と鉄からなる酸化生成物が、本実施の形態のような酸化被膜151の密着力を強化し、その結果として、摺動時の負荷に対しての耐力が向上して剥離を防止したものと考えられる。
以上から、本実施の形態によれば、鉄系材料である摺動部材の摺動面に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)である部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)を含む部分と、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)とケイ素(Si)固溶部を含む部分からなる酸化被膜を施したことにより、摺動部材は耐摩耗性が向上するとともに基材と酸化被膜の密着性が向上する。
なお、本実施の形態の酸化被膜151では膜厚を約2μmとしたが、膜厚は1〜5μmの範囲であれば同様の効果が得られる。一方で、膜厚1μm未満の場合では長期にわたって耐力を維持することは難しく、逆に5μmよりも厚くなった場合では表面の面粗度が過大となり、冷媒圧縮機の摺動部品の精度管理が難しくなる可能性がある。
また、本実施の形態の基材150には、ケイ素を約2%含有してなるねずみ鋳鉄(FC鋳鉄)を用いたが、一般的に、鋳鉄には通常1〜3%程度のケイ素を含有しており、例えば球状黒鉛鋳鉄(FCD鋳鉄)等を用いても同じ効果が得られ、更に、素材として、ケイ素を0.5〜10%程度添加した鋼材や焼結材などを用いても、同様な効果が得られる。
また、本実施の形態では、冷媒をR134a冷媒、潤滑油をエステル油としたが、他のHFC(ハイドロフルオロカーボン)系冷媒のいずれかひとつ、もしくはその混合冷媒とし、潤滑油をアルキルベンゼン油またはポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合油を用いても同じ効果が得られる。
尚、冷媒をR600a、R290、R744等の自然冷媒のいずれかひとつ、またはこれらを含む混合冷媒とし、潤滑油を鉱油、エステル油またはアルキルベンゼン油、ポリビニルエーテル、ポリアルキレングリコールのいずれかひとつ、またはこれらの混合物を用いても同じ効果が得られるとともに、温室効果の少ない冷媒を使用することで地球温暖化抑制を図ることもできる。
加えて、HFO(ハイドロフルオロオレフィン)系冷媒のいずれかひとつ、もしくはその混合冷媒とし、潤滑油をエステル油、ポリアルキレングリコール、ポリビニルエーテル、鉱油のいずれかひとつ、またはこれらの混合油を用いても同じ効果が得られるとともに、温室効果の少ない冷媒を使用することで地球温暖化抑制を図ることもできる。
以上、本実施の形態において往復動式の冷媒圧縮機を例示して説明したが、回転式やスクロール式、振動式等、摺動部や吐出弁を有する他の圧縮機においても同様の効果が得られることは言うまでもない。
また、本実施の形態では、商用電源によって駆動される冷媒圧縮機について説明したが、複数の運転周波数でインバータ駆動される冷媒圧縮機においても、本実施の形態のような耐摩耗性に優れた酸化被膜151を鉄系材料の摺動面に形成させることによって、各摺動部への給油量が減少する低速運転時や回転数が増加する高速運転時においても信頼性を向上することができる。
(実施の形態2)
図10は、本発明の実施の形態1における冷媒圧縮機を用いた冷凍装置を示す。ここでは、冷凍装置の基本構成の概略についてのみ説明する。
図10において、冷凍装置は、一面が開口した断熱性の箱体とその開口を開閉する扉体構成の本体201と、本体201の内部を、物品の貯蔵空間203と機械室205に区画する区画壁207と、貯蔵空間203内を冷却する冷媒回路209を具備している。
冷媒回路209は、圧縮機211として実施の形態1で説明した密閉型圧縮機と、放熱器213と、減圧装置215と、吸熱器217とを環状に配管接続した構成となっている。そして、上記冷媒圧縮機171は本発明の実施の形態1で説明した冷媒圧縮機としてある。
また、吸熱器217は、送風機(図示せず)を具備した貯蔵空間203内に配置されている。吸熱器217の冷却熱は、矢印で示すように、送風機によって貯蔵空間203内を循環するように撹拌され、貯蔵空間203内は冷却される。
以上の構成からなる冷凍装置は、圧縮機211として本発明の実施の形態1における密閉型圧縮機を搭載することにより、鉄系材料の摺動面に、最も多く占める成分が三酸化二鉄(Fe2O3)からなる最外部分151aと、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)を含む部分からなる中間部分151bと、最も多く占める成分が四酸化三鉄(Fe3O4)でケイ酸塩(Si酸化物)とケイ素(Si)固溶部を含む部分からなる内部分151cからなる酸化被膜151を施したことにより、耐摩耗性が向上するとともに基材150と酸化被膜の密着性が向上して、潤滑油の粘度をより低く、かつ各摺動部間の摺動長さをより短く設計できるので摺動ロスの低減が図れ、信頼性、性能が向上するので、冷凍装置の消費電力が低減でき、省エネルギー化を実現しかつ、信頼性を向上させることができる。