本発明は、光学素子に関し、特に、光を集束するレンズなどの集光装置や、光を回折させるグレーティングなどの回折装置に関している。
ブレーズドグレーティング(blazed grating)は、複数の光透過傾斜面を含む鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を備えた光学素子である。表面にブレーズドグレーティングが形成された集光装置が非特許文献1及び特許文献1に開示されている。
図10および図11を参照しながら、集光装置の従来例を説明する。
図10に示す集光装置では、プラスチック等の透明材料から形成され、表面1a、1bを有する基体1を備えている。基体1は光軸の周りに対称なレンズ形状を有しており、その表面1bには断面が鋸歯形状を有するグレーティング1Gが形成されている。集光装置のレンズ表面1a、1bは、光軸Lを中心軸とする球面又は非球面を形成している。グレーティング1Gを構成する複数の光透過傾斜面は、それぞれ、表面1b上において、光軸Lを中心軸とするリング形状を有し、半径方向に配列されている。このため、グレーティングの段差は光軸を中心とする同心円状に形成されている。
基体71に入射した光2は、表面1aで屈折した後、グレーティング1Gが形成された表面1bでは、屈折および回折を同時に受ける。集光装置から出た光3は、検出面4上に集束される。
次に図11を参照しながら、図10に示す集光装置のレンズ表面1bによる回折の原理を説明する。図11では、簡単のため、表面1bが平面を有するものとして記載されている。
図11に示す装置は、表面1b上に鋸歯状断面を有するグレーティング1Gが形成された基体1を有している。基体1は屈折率nを有している。グレーティング1GのピッチはΛである。このグレーティング1Gにより、波長λの光2は回折し、1次回折光3や2次回折光3”などの回折光を発生させる。
簡単のため、光2の入射角(基体1の裏面の法線と光2の軸との間の角度)をゼロとすると、q次回折光の回折角度θ(上記法線と回折光との間の角度)は、次の(式1)で表される。
sinθ=qλ/Λ (式1)
ここで、qは整数であり、回折光の次数を示す。
0次光3’の場合、q=0であり、回折角度θはゼロである。一般に、0次光3’を挟んで反対側に−1次回折光や−2次回折光も発生する。ただし、グレーティング1Gの断面が鋸歯状であるため、−側の次数の回折光は弱められ、+側の次数の回折光が強められる。グレーティング1Gの断面らおける段差dが、次の(式2)を満たすとき、q次回折光の回折効率が最大となる。
d=|qλ/(n−1)| (式2)
ここで、nは基体1(透明媒質)の屈折率であり、λは入射光2の波長である。なお、ピッチΛは基体1の表面上で一定である必要は無く、ピッチΛが基体1の上における位置の関数であってもよい。ピッチΛを位置の関数として変化させることにより、基体1から出射する位置に応じて回折角を調整することができる。このようにすることにより、表面1a,1bの球面化等と合わせて、回折光3を1点に集束することができる。
次に、図12および図13を参照しながら、他の従来技術を説明する。この従来技術は、特許文献1に教示された構成を有している。
図12に示す集光装置は、屈折率および分散特性が異なる2種類の透明媒質(プラスチックや紫外線硬化樹脂等)から形成されている。レンズ部1は、第1の材料から形成され、レンズ形状を有している。表面1bには、鋸歯状の断面をなすグレーティング1Gが形成されており、図10のレンズ1と同様の構成を有している。この集光装置が図10の集光装置と異なる点は、第2の材料から形成された透明層7がグレーティング1Gの形成されたレンズ表面1bを覆っていることにある。透明層7の表面7Sには、グレーティング1Gの凹凸形状を反映しておらず、レンズ表面1bに沿った滑らかな形状を有している。
第2の材料は、第1の材料よりも屈折率が高く、分散が低い。集光装置の製造方法は、例えば、既にグレーティング1Gが形成されたレンズ部分1を金型に押し込める工程、レンズ部分1と金型との隙間に第2の材料を充填し、これを紫外線硬化させる工程、金型をレンズ部分1から離間させる工程などを連続して行なえばよい。
集光装置に入射する光2は、レンズ部1の表面1aで屈折した後、グレーティング1Gで屈折および回折を同時に受ける。更に、透明層7の表面7Sを透過するとき、更に屈折することにより、検出面4上に集光される。
次に、図13を参照しつつ、図12に示す集光装置による回折の原理を説明する。ここでも、簡単のため面1aや面1bを平面として説明する。基体1の屈折率をn、透明層7の屈折率をn’とし、面1b上に形成されたグレーティング1GがピッチΛの鋸歯状断面を有するものとする。
波長λの光2は、グレーティング1Gにより、1次回折光3、2次回折光3”等に回折する。回折方位と鋸歯の方向との関係は、図11に示すグレーティング1Gに対して反対になる。これは、屈折率がn<n’の関係を満足しているためである。
光2の入射角(面法線と為す角度)をゼロとすると、q次回折光の回折角度θ(面法線と為す角度)は、前述の(式1)で与えられる。0次光3’はq=0であり、回折角度がゼロである。一般に、0次光3’を挟んで反対側に−1次回折光や−2次回折光も発生するが、グレーティング断面を鋸歯状とすることi9l、−側の次数の回折光が弱められ、+側の次数の回折光が強められる。グレーティング断面の深さdが、次の(式3)を満たすとき、q次回折光の回折効率が最大となる。
d=|qλ/(n’−n)| (式3)
なお、ピッチΛは一定値でなくでもよく、これを位置の関数とすることで回折角を調整し、表面1a,1bの球面化等と合わせて回折光3を1点に集光する光とすることができる。
応用光エレクトロニクスハンドブック(昭晃堂発行),P474−477 特開平9−127321号公報
このような従来の集光装置及び回折装置には以下の問題がある。
図14は、集光装置の第1の従来例における基体1の分散特性を示すグラフである。グラフに示される曲線5は、基体1に使用され得る光学材料の屈折率と波長との関係を示している。図14からわかるように、可視光の領域では、波長が短くなるほど屈折率が単調に増加する。あらゆる光学材料が、このような分散特性を有している。例えば、ゼオニックスの場合、C線(波長λC=0.6563μm)での屈折率nC=1.522983、F線(波長λF=0.4861μm)での屈折率nF=1.532271である。ポリカーボネイトの場合は、C線での屈折率nC=1.578401、F線での屈折率nF=1.597809である。
図15は、d線(波長λd=0.5876μm)での屈折率nd=1.60、アッベ数ν=33のプラスチック材料から基体1を作製した場合の回折効率と波長との関係を示すグラフである。このプラスチック材料は、実際に眼鏡等に用いられる一般的な材料である。グレーティングは、図11に示す構造を有しており、段差d=0.83μmである。波長λでの屈折率nは、近似的に以下の(式4)で表している。
n=nd−(λd −2−λ−2)(nd−1)/ν(λF −2−λC −2) (式4)
図15のグラフでは、0次光、1次回折光、および2次回折光の回折効率が、それぞれ、曲線6’、曲線6、曲線6’’によって示されている。
1次回折光の回折効率(曲線6)は、波長0.51μm付近で極大になるが、波長0.50μmから外れるにつれて低下している。0次光および2次回折光の回折効率は、波長が0.51μmから外れるに従って増大している。これは、(式2)で示された回折効率最大の条件が、波長および屈折率に依存するためである。
波長が1次回折の最適値(0.51μm)よりも小さくなると、(式2)の右辺の分子λが小さくなるとともに、分散特性によって分母(n−1)が大きくなる。一方、波長が1次回折の最適値(0.51μm)よりも大きくなると、(式2)の右辺の分子λが大きくなるとともに、分母(n−1)は小さくなる。このように、波長が1次回折の効率が最大となる値から外れると、屈折率(分母)および波長(分子)の両方が変化するため、回折効率が急激に低下する。
従って、図10に示される集光装置によれば、特定の波長の光に対しては、1次回折光3のみを検出面4上に集光させることができるが、それ以外の波長の光については、0次光3’や2次回折光3”等の他の回折光(1次回折光3に対する迷光)が発生する。集光装置をカメラ用のレンズとして用いる場合、これらの迷光の存在が再生像の劣化に繋がる。
図12および図13に示す集光装置によれば、このような問題を解決することができる。図16は、図13に示す基体1(第1の材料)及び透明層7(第2の材料)を構成する材料の分散特性(屈折率の波長依存特性)を示すグラフである。
第1の材料は波長が短くなるに従って屈折率が単調に増加する(曲線5)。第2の材料も、波長が短くなるに従って屈折率が単調に増加する(曲線5’)。第2の材料は、第1の材料よりも高い屈折率を有し、その分散も少ない。これを数式で表現すると、次の(式5)及び(式6)の通りである。
nF’>nFかつnC’>nC (式5)
(nC’−nC)/(nF’−nF)>1 (式6)
ここでは、第1の材料および第2の材料のC線での屈折率をnC及びnC’、F線での屈折率をnF及びnF’とする。
(式5),(式6)を満たすことができれば、(式3)で示された回折効率最大の条件からの乖離を緩和できる。即ち、基体1および透明層7の分散特性により、波長が最適値よりも小さくなると、(式3)の右辺の分子λは小さくなるが、分母(n’−n)も小さくなる。一方、波長が最適値よりも大きくなると、(式3)の右辺の分子λは大きくなるが、分母(n’−n)も大きくなる。いずれの場合も、回折効率最大の条件からの乖離が弱められる。
しかしながら、一般には、屈折率が高くなるとほど、分散も大きくなる。すなわち、屈折率が相対的に高い光学材料の分散は相対的に大きく、分散が相対的に小さい光学材料の屈折率も相対的に小さくなる。従って、(式5),(式6)を同時に満足する光学材料の組み合わせは極めて少なく、存在しても効果の少ない(例えば(式6)の左辺が1に近づく)。このため、現実には図12に示す集光装置は実用化されていない。
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、現実に使用することのできる光学材料を用いながら、広い波長領域に渡って高い回折効率を維持し、迷光の発生を抑えることのできる光学素子を提供することにある。
本発明の光学素子は、第1ブレーズ角を規定する複数の第1光透過傾斜面を含む第1鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を有する第1光透過層と、第2ブレーズ角を規定する複数の第2光透過傾斜面を含む第2鋸歯状表面を有し、前記第1光透過層の前記第1鋸歯状表面に接触する第2光透過層とを備えた光学素子であって、前記第1光透過傾斜面の傾斜方向と前記第2光透過傾斜面の傾斜方向とが反対である。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層は、レンズ形状を有している。
好ましい実施形態において、レンズ形状を有する部材を更に備え、前記第1光透過層は、前記レンズ形状を有する部材に支持されている。
好ましい実施形態において、前記第1鋸歯状表面における前記第1光透過傾斜面の配列ピッチは、前記第1光透過層の位置に応じて変化している。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率をn、前記第2光透過層の屈折率をn’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’、使用する光の平均波長をλとするとき、{d’(n’−1)−d(n−n’)}/λは、或る整数値を中心として±0.2以下の範囲内にある。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層のアッベ数をν、前記第2光透過層のアッベ数をν’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’とするとき、d’/d<ν’/ν−1の関係が満足される。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率および分散は、前記第2光透過層の屈折率および分散よりも高い。
好ましい実施形態において、前記複数の第1光透過傾斜面のうちの任意の第1光透過傾斜面と、前記第1光透過傾斜面を透過した光が透過する前記第2光透過傾斜面との間にある位置ズレ量δは、前記第1光透過傾斜面が位置する部分における配列ピッチΛの5%以下である。
好ましい実施形態において、mおよびnの各々が1以上の整数であり、前記第1鋸歯状表面のピッチがm×Λで表されるとき、前記第2鋸歯状表面のピッチはn×Λで表される。
本発明による光学素子は、第1ブレーズ角を規定する複数の第1光透過傾斜面を含む第1鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を有する第1光透過層と、第2ブレーズ角を規定する複数の第2光透過傾斜面を含む第2鋸歯状表面を有し、前記第1光透過層の前記第1鋸歯状表面に接触する第2光透過層とを備えた光学素子であって、p、qが極性の異なる0以外の整数であるとき、前記第1光透過層を透過する光の80%以上がp次光として回折し、前記第2光透過層を透過する光の80%以上がp次光として回折する。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層のアッベ数をν、前記第2光透過層のアッベ数をν’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’とするとき、d’/d<ν’/ν−1の関係が満足される。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率および分散は、前記第2光透過層の屈折率および分散よりも高い。
好ましい実施形態において、p+q=1の関係が成立する。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率をn、前記第2光透過層の屈折率をn’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’、使用する光の平均波長をλとするとき、0.7λ<|(n−n’)d/p|<1.2λ、及び0.7λ<|(n’−1)d’/q|<1.2λの関係が成立する。
好ましい実施形態において、前記第1鋸歯状表面に対する前記第2鋸歯状表面の位置ズレ量δは、前記第1鋸歯状表面のピッチΛの5%以下である。
好ましい実施形態において、mおよびnの各々が1以上の整数であり、前記第1鋸歯状表面のピッチがm×Λで表されるとき、前記第2鋸歯状表面のピッチはn×Λで表される。
本発明によれば、積層された2つのグレーティングの新規な配置により、広い波長領域に渡って高い回折効率を維持し、迷光の発生を抑えることができる。また、2つの鋸歯断面の段差を調整することにより、透明材料の組み合わせのバリエーションを大幅に広げることが可能である。
本発明による光学素子の概略構成を模式的に示す断面図である。
本発明による光学素子の第1の実施形態を示す断面図である。
第1の実施形態における光学素子の回折原理を説明するための断面図である。
第1の実施形態における基体1及び透明層7の分散特性を示すグラフである。
第1の実施形態における光学素子による回折効率の波長依存性を示すグラフである。
第1の実施形態における光学素子による回折効率の波長依存性を示すグラフである。
第1の実施形態の改変例を示す断面図である。
第1の実施形態における光学素子による回折効率の波長依存性がδ/Λによってどのように変化するかを示すグラフである。
本発明による光学素子の第2の実施形態を示す断面図である。
集光装置の第1の従来例を示す断面図である。
図10に示される集光装置の回折原理を説明するための断面図である。
集光装置の第2の従来例を示す断面図である。
図12に示される集光装置の回折原理を説明するための断面図である。
集光装置の透明基板に使用され得る材料の分散特性を示すグラフである。
第1の従来例における回折効率の波長依存性を示すグラフである。
第2の従来例に用いられる2種類の材料の分散特性を示すグラフである。
符号の説明
1 基体(第1光透過層)
1G グレーティング(第1鋸歯状表面)
1a,1b 基体の表面
2 入射光
3 1次回折光
3’ 0次光
3” 2次回折光
4 検出面
7 透明層(第2光透過層)
7S 透明層の表面
7G グレーティング(第2鋸歯状表面)
10 第1鋸歯状表面
12 第1光透過傾斜面
20 第2鋸歯状表面
22 第2光透過傾斜面
L 光軸
α第1ブレーズ角
β第2ブレーズ角
本発明の光学素子は、第1鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を有する第1光透過層と、第2鋸歯状表面を有する第2光透過層とを備えており、これらが積層されている。まず図1を参照しつつ、本発明による光学素子の構成の概略を説明する。
図1には、本発明の光学素子における第1鋸歯状表面10および第2鋸歯状表面20の断面が模式的に示されている。第1鋸歯状表面10は、第1ブレーズ角αを規定する複数の第1光透過傾斜面12を有しており、第2鋸歯状表面20は、第2ブレーズ角βを規定する複数の第2光透過傾斜面22を有している。
第1鋸歯状表面10および第2鋸歯状表面20は、いずれも、個々の断面が三角形状を有する単位構造を周期的に配列した構造を有している。単位構造の基準面に対する高さは、第1鋸歯状表面101と第2鋸歯状表面20との間で一致している必要は無い。図示されている例では、第1鋸歯状表面10における単位構造の高さ(「段差」と称する。)を「d」で示し、第2鋸歯状表面20における段差を「d’」で示している。
本明細書では、単位構造の表面を構成する2つの面のうち、相対的に面積が広い面を「光透過斜面」と称し、この光透過斜面と基準面との間の角度をブレーズ角と定義する。単位構造の表面を構成する2つの面のうち、「光透過斜面」以外の面は、基準面に対して略垂直であり、光の回折には実質的に影響を与えない。
上記のブレーズ角は、0°<α<90°、0°<β<90°の関係を満足する大きさを有しており、鋭角である。第1および第2光透過斜面12、22の法線方向は、基準面の法線方向に対してブレーズ角に等しい角度だけ傾斜している。本明細書では、この傾斜の方向を「光透過斜面の傾斜方向」と称し、図1において、太い黒矢印で示している。本発明では、光透過斜面の傾斜方向が、第1鋸歯状表面10と第2鋸歯状表面20との間で正反対に設定されている。
図1では、基準面が平面である場合が記載されているが、基準面は曲面であってもよい。また、ブレーズ角α、βは、基準面上で一定の値を持つ必要はなく、位置に応じて変化しても良い。
図1には明示されていないが、第1鋸歯状表面10は第1光透過層に形成され、第2鋸歯上表面20は、第1鋸歯状表面10に接触する第2光透過層に形成される。第1光透過層は、一様な厚さを有するプレート状部材である必要は無く、レンズ形状を有する基材であってもよい。また、第1光透過層は、他の透明部材上に支持されていても良い。
本発明の光学素子が上記構成を採用することにより、どのような作用効果を発揮するかは、本発明の好ましい実施形態を説明しながら明らかにする。
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を詳述する。
(実施形態1)
図2から図8を参照しながら、本発明による光学素子の第1の実施形態を説明する。本実施形態の光学素子は、集光装置である。
まず、図2を参照する。図2に示す集光装置は、屈折率および分散特性が異なる2種類の透明材料(プラスチックや紫外線硬化樹脂等)から作製されている。第1の材料からなる基体1は、レンズ形状を有しており、光入射側の面1aおよび光出射側の面1bを有している。基体1の光出射側の表面1bには、断面が鋸歯形状を有するグレーティング1Gが形成されている。基体1は、「第1光透過層」として機能する。
基体1の表面1a、1bは、光軸Lを中心軸とする球面又は非球面を形成している。グレーティング1Gを構成する複数の光透過傾斜面は、それぞれ、表面1b上において、光軸Lを中心軸とするリング形状を有し、半径方向に配列されている。このため、グレーティングの段差は光軸を中心とする同心円状に形成されている。
第2の材料からなる透明層7は、グレーティング1Gが形成された基体1の光出射側の表面1b上に形成され、「第2光透過層」として機能する。透明層7の表面7Sには、グレーティング1Gの「傾斜方向」と反対の向きに「傾斜方向」を有するグレーティング7Gが形成されている。グレーティング7Gを構成する複数の光透過傾斜面も、それぞれ、表面7S上において、光軸Lを中心軸とするリング形状を有し、半径方向に配列されている。
本実施形態では、図1に示す「傾斜方向」は、光軸Lに向くか、光軸から略放射状に延びる向きにある。このように、本実施形態では、積層された2つのグレーティング1G、7Gの「傾斜方向」が正反対の関係にあるということは、上下に近接する位置(対応する位置)における「傾斜方向」が正反対にあることを意味し、位置が異なる「傾斜方向」の関係は必ずも正反対にはならない。
グレーティング1Gとグレーティング7Gとの間では、鋸歯のエッジ位置(下刃位置)が揃っている。本実施形態における第2の材料の屈折率および分散は、第1の材料の屈折率および分散よりも低い。透明層7の厚さは可能な限り薄く形成されることが好ましい。
本実施形態における集光装置、例えば、以下のようにして製造される。
まず、表面にグレーティングが形成されたレンズ形状を有するように成形された基体1を用意する。基体1は第1の材料から形成されている。次に、グレーティング付きのレンズ形状の成形面を有する金型(不図示)に基体1を挿入し、基体1と金型との隙間に第2の材料を充填する。この第2の材料を紫外線硬化や熱硬化などの方法によって硬化させた後、金型から離間させる。こうして、図2に示す集光装置を得ることができる。
本実施形態の集光装置に入射する光2は、基体1の表面1aで屈折した後、グレーティング1Gが形成された基体1の表面1bで屈折および回折を同時に受ける。その後、グレーティング7Gが形成された透明層7の表面7Sで屈折および回折を同時に受け、光3として検出面4上に集光される。
次に、図3を参照しながら、本実施形態の光学素子による回折を説明する。図3では、簡単のため、各面を平面として記載し、光2も面に垂直に入射するものとする。
まず、基体1の屈折率をn、透明層7の屈折率n’、面1b上に形成されたグレーティング1GのピッチをΛ、その断面段差をd、面7S上に形成されたグレーティング7GのピッチをΛ、その断面段差をd’とする。このとき、グレーティング1G、7Gを透過する光の波面は、ピッチΛの鋸歯状になる。その波面における段差Δ(位相段差)は、次の(式7)で表される。
Δ=d’(n’−1)−d(n−n’) (式7)
屈折率n,n’を波長λに依存しない部分(第1項)と、依存する部分(第2項)とに分離すると、次の2つの式で近似することができる。
n=n0−(λ−λ0)σ (式8)
n’=n0’−(λ−λ0)σ’ (式9)
この式は、(式4)よりも荒い一次近似によって得られる。ここで、n0、n0’、λ0、σ、σ’は何れも正数であり、λ0は中心波長、n0、n0’は中心波長での屈折率、σ、σ’は分散係数である。従って、位相段差Δは次の(式10)で表される。
Δ=d’(n0’−1)−d(n0−n0’)−(λ−λ0){d’σ’−d(σ−a’)} (式10)
光2には、ピッチΛの周期で位相段差Δが発生するので、1次回折光3、2次回折光3”等の回折波が発生し、q次回折光の回折効率が最大になる条件は次の(式11)で与えられる。
Δ=qλ (式11)
ここで、qは整数である。
従って、λ=λ0の時に回折効率が最大となり、|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくする条件(即ち、広い波長領域に渡って高い回折光の効率を維持し、迷光の発生を抑えられる条件)は次の2つの式で表される。
{d’(n0’−1)−d(n0−n0’)}/λ=q (式12)
かつ
{d’σ’−d(σ−σ’)}/qλ0<0 (式13)
(式12)はλ=λ0の時に回折効率が最大となる条件式(左辺が整数qに対して0.2以下の偏差に収まればほぼ極大値の近傍といえる)である。一方、(式13)は|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくする条件式である。(式13)の左辺の絶対値が大きいほど、|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくできる。
従来例とは異なり、段差のパラメータがd、d’の2つに増えるので、(式12),(式13)を同時に満足する光学材料の組み合わせは数多く存在し得る。なお、アッベ数は、上述のσ、σ’の逆数に比例する値であるので、σ、σ’に対応したアッベ数をν、ν’とすると、(式13)は次の(式14)に置き換えられる。
d’/d<ν’/ν−1 (式14)
ここで、q=1として説明を続ける。簡単のため、図3に示される光2の入射角(面法線と為す角度)をゼロと仮定する。この場合、q次回折光の回折角度θ(面法線と為す角度)は、前述の(式1)で与えられる。0次光3’では、q=0であり、回折角度がゼロである。一般には、0次光3’を挟んで反対側に−1次回折光や−2次回折光も発生するが、グレーティング断面を鋸歯状とすることにより、−側の次数の回折光が弱められ、+側の次数の回折光が強められている。
なお、グレーティング断面は、図示されるような鋸歯状を有する代わりに、図の鋸歯形状に内接する小さな階段形状を有していても良いし、単なる凹凸形状であっても良い。
ピッチΛは、面内で一定値である必要は無い。ピッチΛを位置の関数とすることにより、回折角を調整し、表面1a,1bの球面化等と合わせて回折光3を1点に集光する光とすることもできる。
グレーティング1G、7Gでの回折現象を、次のように説明することもできる。即ちp、qを整数として、段差d、d’が次の2つの式を満たすとする。
d=|pλ0/(n−n’)| (式15)
d’=|qλ0’/(n’−1)| (式16)
このときグレーティング1Gでは主にλ0の波長に対してp次光が回折し、グレーティング7Gでは主にλ0’の波長に対してq次光が回折し、グレーティング1G、7G全体としてλ0からλ0’の近傍の波長に対して(p+q)次光が回折することになる。図3の例では、p+q=1の関係にある。なお、波長λ0、λ0’は近接しているが、一致しなくてもよい。
図4は、本実施形態における集光装置の基体1を構成する第1の材料、及び透明層7を構成する第2の材料の分散特性を示すグラフであるある。第1の材料は、波長が短くなるとほど、屈折率が単調に増加する(曲線5)。第2の材料も、波長が短くなるほど、屈折率が単調に増加する(曲線5’)。第2の材料は、第1の材料よりも屈折率が低く、分散も小さい。このため、第1の材料および第2の材料のC線での屈折率をnC及びnC’、F線での屈折率をnF及びnF’とすると、次の2つの式が成立する。
nF’<nFかつnC’<nC (式17)
(nC’−nC)/(nF’−nF)<1 (式18)
(式17)は、n0>n0’、(式18)は、σ>σ’を意味する。従って、(n0’−1)>1、(n0−n0’)>1より、(式12)を満足するd、d’は無数に存在する。また、(σ−σ’)>0より、(式13)の変形式であるd’/d<(σ−σ’)/σ’を満足するd、d’も無数に存在する。従って、(式17),(式18)の条件の下で、(式12),(式13)を満足させることは容易であり、かつ(式13)の左辺の絶対値もある程度自由に大きく設定できる。
一般には、屈折率が高い光学材料の分散は大きく、分散の小さい光学材料の屈折率は小さい。従って、(式17),(式18)を同時に満足する光学材料の組み合わせは数多く存在し、材料組み合わせの多様性は従来例とは比較できないほど大きくなる。
なお、λ=λ0のときに回折効率が最大となり、|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくする条件は、あくまで(式12),(式13)である。仮に屈折率条件が従来例での(式5),(式6)の関係であっても、(式12),(式13)を満たすことができれば、同様の効果が得られることは言うまでもない。
図5は、本実施形態の光学素子における各回折光の回折効率の波長依存性を示している。この光学素子では、屈折率nd=1.67、アッベ数ν=20のプラスチック材料から基体1を形成し、屈折率nd=1.49、アッベ数ν=59のUV樹脂から透明層7を形成している。グレーティング段差dは3.00μm、段差d’は2.31μmである。波長λでの屈折率nは、(式4)で近似している。
図5に示されるように、1次回折光6は波長0.60μm付近で極大になり、他の波長範囲では回折効率が若干低下する。この低下の度合いは従来例に比べ大幅に小さい。このため、迷光となる0次光や2次回折光の回折効率(曲線6’、6”)は極めて低く抑えられている。しかも、上述の屈折率、アッベ数は既に実用レベルにあるプラスチック材料、UV樹脂材料の値であり、現実的な材料の組み合わせで大きな改善効果が得られる。
図5は、グレーティング1Gでλ0=0.540μmの光に対する−1次光が回折、グレーティング7Gでλ0’=0.566μmの光に対する+2次光が回折、グレーティング1G、7G全体として1次光が回折するモデルである。これ以外の形態での回折も許容される。例えば、図6は、各グレーティングの鋸歯断面の段差d=5.10μm、d’=3.10μm、基体1の材料の屈折率nd=1.67、アッベ数ν=18、透明層7の材料の屈折率nd=1.49、アッベ数ν=59の場合に得られる回折効率の計算結果を示すグラフである。グレーティング1Gでλ0=0.459μmの光に対する−2次光が回折、グレーティング7Gでλ0’=0.506μmの光に対する+3次光が回折、グレーティング1G、7G全体として1次光が回折する場合の各回折光の回折効率を示している。
図6の結果は、図5に比べ回折の中心波長λ0、λ0’が短波長側にシフトしている。図6の例では、グレーティング段差が大きくなるが、その特性は、図5の特性よりも更に改善している。
本発明者による計算の結果、基体1と透明層7の屈折率差(n0−n0’)が大きい程、グレーティング1Gの段差dを小さくでき、基体1と透明層7の分散差(σ−σ’)が大きい程、又グレーティング1Gの段差dが大きいほど広い波長範囲に渡って高い回折効率性能を確保できることが分かっている。グレーティング7Gの段差d’は他の条件(グレーティング1Gの段差d、各材料の屈折率とアッベ数)が決まると、ほぼ一義的に最適値が定まる。
一般に、屈折レンズは、屈折率の高い材料から形成されると、光路長を短くでき、NAを高くしやすい。一方、分散の低い材料は、波長の違いによる焦点ボケを抑制できる。しかし、一般の光学材料は、ガラスでもプラスチックでも、高屈折率性と低分散性の両方を満足していない。これに対し、本実施形態のようにグレーティングが形成されたレンズでは、回折の分散能(回折角の波長依存性)により、屈折の分散能(屈折角の波長依存性)を設計的にキャンセルできる。このため、高屈折率性および低分散性の両立に拘る必要がない。
製造の容易さという観点から、基体1はプラスチック材料から形成し、透明層7はUV硬化樹脂から形成することが好ましい。UV硬化樹脂は幸い、本実施形態の条件に適った低屈折率低分散の材料である。また、プラスチック材料には、ある程度のバリエーションがあり、現状でも、既に図5の光学性能を確保できる。しかも、これまでのプラスチック材料開発は高屈折率化と低分散化(高アッベ数化)の両立を目指すあまり、高分散の材料は見捨てられ、高屈折率化も中途半端なところで妥協する傾向にあったが、低分散という足かせが取り払われると、状況は大きく異なってくる。よって、本実施形態により、光学材料の開発動向が高屈折率性と低分散性の両立から、高屈折率性と高分散性の両立、及び低屈折率性と低分散性の両立へと、物性の理に適った方向に変えることができ、業界全体に与える波及効果(材料開発ロスの削減効果)は大きい。
図7は、本実施形態の改変例を示している。この例では、グレーティング1Gとグレーティング7Gとの間で鋸歯断面のエッジ位置がδだけずれている。図8は、図5と同一条件で、パラメータδ/Λを変化させた場合における回折効率の波長依存性を示している。高い性能を維持するには、|δ/Λ|<0.05を満足することが好ましい。
本実施形態では、レンズの片面(1b)にのみグレーティング(1G、7G)を形成しているが、同様の構造をレンズの両面(1a,1b)に形成してもよい。
(実施形態2)
次に、図9を参照しながら、本発明による光学素子の第2の実施形態を説明する。本実施形態の光学素子は、透明層7の表面7S上に形成されたグレーティング7Gのピッチおよび段差以外の点では、第1の実施形態における光学素子を同一の構成を有している。
図9は、本実施形態の光学素子の面1b、7Sでの回折を示す断面図である。簡単のため、各面1b、7Sが平面である仮定し、光2も面1bに垂直に入射するものとする。
基体1の屈折率をn、透明層7の屈折率をn’、面1b上に形成されたグレーティング1GのピッチをΛ、その断面段差をd、面7S上に形成されたグレーティング7GのピッチをΛ/2、その断面段差をd’/2に設定している。d、d’の大きさは、第1の実施形態における値と同じである。
本実施形態におけるグレーティング1Gでは、第1の実施形態におけるグレーティング1Gからピッチや段差条件が変わっていないので、(式15)が成立し、p次光が回折する。一方、グレーティング7Gでは、段差が半分に減少しているため、qを偶数として、(式16)より、q/2次光が回折する。
従って、(式1)の右辺のqはq/2に変わるが、ピッチΛも同時に半分(Λ/2)になるので、(式1)の右辺の大きさに変化はなく、回折角θは変化しない。結局、グレーティング1G、7Gの全体としては、第1の実施形態と全く同じ方位に同じ強さの回折光が発生する。このため、グレーティング7Gのピッチと段差が異なるにも関わらず、本実施形態の光学素子によっても第1の実施形態と全く同じ効果が得られる。
ピッチが大きなグレーティングでは、本実施形態の構成を採用することにより、グレーティング段差を小さくすることができるため、グレーティング7Gを形成するために必要な金型の作製(切削研磨工程等)が容易になる。また、実際に作製される段差部は、加工誤差により、基準面に対して垂直にならずに傾斜するが、この加工誤差は、光の散乱に結びつく。グレーティング段差を小さくすると、光の散乱を低減する効果が得られる。
本実施形態は、図示される構成を有するものに限定されない。例えば、グレーティング7Gのピッチおよび段差を整数倍したり、又は整数分の1にしたしてもよい。また、グレーティング1Gのピッチおよび段差を整数倍したり、整数分の1にしたりしてもよく、これを組み合わせた構成を採用しても良い。ただし、段差を整数分の1にする場合、段差が(式15)、(式16)を満たし、少なくともその最小値(p=1,q=1での値)を下回らないようにすることが必要である。本実施形態でのグレーティング1G、7Gのピッチの関係は、m、nを1以上の整数として、グレーティング1Gでm×Λ、グレーティング7Gでn×Λの関係を満足すればよい。
本発明の光学素子は、集光装置や回折装置として動作し、広い波長領域にわたり高回折効率を維持できるため、撮像装置や多波長光源を有する光ピックアっプ等に好適に用いられる。
本発明は、光学素子に関し、特に、光を集束するレンズなどの集光装置や、光を回折させるグレーティングなどの回折装置に関している。
ブレーズドグレーティング(blazed grating)は、複数の光透過傾斜面を含む鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を備えた光学素子である。表面にブレーズドグレーティングが形成された集光装置が非特許文献1及び特許文献1に開示されている。
図10および図11を参照しながら、集光装置の従来例を説明する。
図10に示す集光装置では、プラスチック等の透明材料から形成され、表面1a、1bを有する基体1を備えている。基体1は光軸の周りに対称なレンズ形状を有しており、その表面1bには断面が鋸歯形状を有するグレーティング1Gが形成されている。集光装置のレンズ表面1a、1bは、光軸Lを中心軸とする球面又は非球面を形成している。グレーティング1Gを構成する複数の光透過傾斜面は、それぞれ、表面1b上において、光軸Lを中心軸とするリング形状を有し、半径方向に配列されている。このため、グレーティングの段差は光軸を中心とする同心円状に形成されている。
基体71に入射した光2は、表面1aで屈折した後、グレーティング1Gが形成された表面1bでは、屈折および回折を同時に受ける。集光装置から出た光3は、検出面4上に集束される。
次に図11を参照しながら、図10に示す集光装置のレンズ表面1bによる回折の原理を説明する。図11では、簡単のため、表面1bが平面を有するものとして記載されている。
図11に示す装置は、表面1b上に鋸歯状断面を有するグレーティング1Gが形成された基体1を有している。基体1は屈折率nを有している。グレーティング1GのピッチはΛである。このグレーティング1Gにより、波長λの光2は回折し、1次回折光3や2次回折光3”などの回折光を発生させる。
簡単のため、光2の入射角(基体1の裏面の法線と光2の軸との間の角度)をゼロとすると、q次回折光の回折角度θ(上記法線と回折光との間の角度)は、次の(式1)で表される。
sinθ=qλ/Λ (式1)
ここで、qは整数であり、回折光の次数を示す。
0次光3’の場合、q=0であり、回折角度θはゼロである。一般に、0次光3’を挟んで反対側に−1次回折光や−2次回折光も発生する。ただし、グレーティング1Gの断面が鋸歯状であるため、−側の次数の回折光は弱められ、+側の次数の回折光が強められる。グレーティング1Gの断面らおける段差dが、次の(式2)を満たすとき、q次回折光の回折効率が最大となる。
d=|qλ/(n−1)| (式2)
ここで、nは基体1(透明媒質)の屈折率であり、λは入射光2の波長である。なお、ピッチΛは基体1の表面上で一定である必要は無く、ピッチΛが基体1の上における位置の関数であってもよい。ピッチΛを位置の関数として変化させることにより、基体1から出射する位置に応じて回折角を調整することができる。このようにすることにより、表面1a,1bの球面化等と合わせて、回折光3を1点に集束することができる。
次に、図12および図13を参照しながら、他の従来技術を説明する。この従来技術は、特許文献1に教示された構成を有している。
図12に示す集光装置は、屈折率および分散特性が異なる2種類の透明媒質(プラスチックや紫外線硬化樹脂等)から形成されている。レンズ部1は、第1の材料から形成され、レンズ形状を有している。表面1bには、鋸歯状の断面をなすグレーティング1Gが形成されており、図10のレンズ1と同様の構成を有している。この集光装置が図10の集光装置と異なる点は、第2の材料から形成された透明層7がグレーティング1Gの形成されたレンズ表面1bを覆っていることにある。透明層7の表面7Sには、グレーティング1Gの凹凸形状を反映しておらず、レンズ表面1bに沿った滑らかな形状を有している。
第2の材料は、第1の材料よりも屈折率が高く、分散が低い。集光装置の製造方法は、例えば、既にグレーティング1Gが形成されたレンズ部分1を金型に押し込める工程、レンズ部分1と金型との隙間に第2の材料を充填し、これを紫外線硬化させる工程、金型をレンズ部分1から離間させる工程などを連続して行なえばよい。
集光装置に入射する光2は、レンズ部1の表面1aで屈折した後、グレーティング1Gで屈折および回折を同時に受ける。更に、透明層7の表面7Sを透過するとき、更に屈折することにより、検出面4上に集光される。
次に、図13を参照しつつ、図12に示す集光装置による回折の原理を説明する。ここでも、簡単のため面1aや面1bを平面として説明する。基体1の屈折率をn、透明層7の屈折率をn’とし、面1b上に形成されたグレーティング1GがピッチΛの鋸歯状断面を有するものとする。
波長λの光2は、グレーティング1Gにより、1次回折光3、2次回折光3”等に回折する。回折方位と鋸歯の方向との関係は、図11に示すグレーティング1Gに対して反対になる。これは、屈折率がn<n’の関係を満足しているためである。
光2の入射角(面法線と為す角度)をゼロとすると、q次回折光の回折角度θ(面法線と為す角度)は、前述の(式1)で与えられる。0次光3’はq=0であり、回折角度がゼロである。一般に、0次光3’を挟んで反対側に−1次回折光や−2次回折光も発生するが、グレーティング断面を鋸歯状とすることi9l、−側の次数の回折光が弱められ、+側の次数の回折光が強められる。グレーティング断面の深さdが、次の(式3)を満たすとき、 q次回折光の回折効率が最大となる。
d=|qλ/(n’−n)| (式3)
なお、ピッチΛは一定値でなくてもよく、これを位置の関数とすることで回折角を調整し、表面1a,1bの球面化等と合わせて回折光3を1点に集光する光とすることができる。
応用光エレクトロニクスハンドブック(昭晃堂発行),P474−477
特開平9−127321号公報
このような従来の集光装置及び回折装置には以下の問題がある。
図14は、集光装置の第1の従来例における基体1の分散特性を示すグラフである。グラフに示される曲線5は、基体1に使用され得る光学材料の屈折率と波長との関係を示している。図14からわかるように、可視光の領域では、波長が短くなるほど屈折率が単調に増加する。あらゆる光学材料が、このような分散特性を有している。例えば、ゼオニックスの場合、C線(波長λC=0.6563μm)での屈折率nC=1.522983、F線(波長λF=0.4861μm)での屈折率nF=1.532271である。ポリカーボネイトの場合は、C線での屈折率nC=1.578401、F線での屈折率nF=1.597809である。
図15は、d線(波長λd=0.5876μm)での屈折率nd=1.60、アッベ数ν=33のプラスチック材料から基体1を作製した場合の回折効率と波長との関係を示すグラフである。このプラスチック材料は、実際に眼鏡等に用いられる一般的な材料である。グレーティングは、図11に示す構造を有しており、段差d=0.83μmである。波長λでの屈折率nは、近似的に以下の(式4)で表している。
n=nd−(λd -2−λ-2)(nd−1)/ν(λF -2−λC -2) (式4)
図15のグラフでは、0次光、1次回折光、および2次回折光の回折効率が、それぞれ、曲線6’、曲線6、曲線6’’によって示されている。
1次回折光の回折効率(曲線6)は、波長0.51μm付近で極大になるが、波長0.50μmから外れるにつれて低下している。0次光および2次回折光の回折効率は、波長が0.51μmから外れるに従って増大している。これは、(式2)で示された回折効率最大の条件が、波長および屈折率に依存するためである。
波長が1次回折の最適値(0.51μm)よりも小さくなると、(式2)の右辺の分子λが小さくなるとともに、分散特性によって分母(n−1)が大きくなる。一方、波長が1次回折の最適値(0.51μm)よりも大きくなると、(式2)の右辺の分子λが大きくなるとともに、分母(n−1)は小さくなる。このように、波長が1次回折の効率が最大となる値から外れると、屈折率(分母)および波長(分子)の両方が変化するため、回折効率が急激に低下する。
従って、図10に示される集光装置によれば、特定の波長の光に対しては、1次回折光3のみを検出面4上に集光させることができるが、それ以外の波長の光については、0次光3’や2次回折光3”等の他の回折光(1次回折光3に対する迷光)が発生する。集光装置をカメラ用のレンズとして用いる場合、これらの迷光の存在が再生像の劣化に繋がる。
図12および図13に示す集光装置によれば、このような問題を解決することができる。図16は、図13に示す基体1(第1の材料)及び透明層7(第2の材料)を構成する材料の分散特性(屈折率の波長依存特性)を示すグラフである。
第1の材料は波長が短くなるに従って屈折率が単調に増加する(曲線5)。第2の材料も、波長が短くなるに従って屈折率が単調に増加する(曲線5’)。第2の材料は、第1の材料よりも高い屈折率を有し、その分散も少ない。これを数式で表現すると、次の(式5)及び(式6)の通りである。
nF’>nF かつ nC’>nC (式5)
(nC’−nC)/(nF’−nF)>1 (式6)
ここでは、第1の材料および第2の材料のC線での屈折率をnC及びnC’、F線での屈折率をnF及びnF’とする。
(式5),(式6)を満たすことができれば、(式3)で示された回折効率最大の条件からの乖離を緩和できる。即ち、基体1および透明層7の分散特性により、波長が最適値よりも小さくなると、(式3)の右辺の分子λは小さくなるが、分母(n’−n)も小さくなる。一方、波長が最適値よりも大きくなると、(式3)の右辺の分子λは大きくなるが、分母(n’−n)も大きくなる。いずれの場合も、回折効率最大の条件からの乖離が弱められる。
しかしながら、一般には、屈折率が高くなるとほど、分散も大きくなる。すなわち、屈折率が相対的に高い光学材料の分散は相対的に大きく、分散が相対的に小さい光学材料の屈折率も相対的に小さくなる。従って、(式5)、(式6)を同時に満足する光学材料の組み合わせは極めて少なく、存在しても効果の少ない(例えば(式6)の左辺が1に近づく)。このため、現実には図12に示す集光装置は実用化されていない。
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、現実に使用することのできる光学材料を用いながら、広い波長領域に渡って高い回折効率を維持し、迷光の発生を抑えることのできる光学素子を提供することにある。
本発明の光学素子は、第1ブレーズ角を規定する複数の第1光透過傾斜面を含む第1鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を有する第1光透過層と、第2ブレーズ角を規定する複数の第2光透過傾斜面を含む第2鋸歯状表面を有し、前記第1光透過層の前記第1鋸歯状表面に接触する第2光透過層とを備えた光学素子であって、前記第1光透過傾斜面の傾斜方向と前記第2光透過傾斜面の傾斜方向とが反対である。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層は、レンズ形状を有している。
好ましい実施形態において、レンズ形状を有する部材を更に備え、前記第1光透過層は、前記レンズ形状を有する部材に支持されている。
好ましい実施形態において、前記第1鋸歯状表面における前記第1光透過傾斜面の配列ピッチは、前記第1光透過層の位置に応じて変化している。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率をn、前記第2光透過層の屈折率をn’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’、使用する光の平均波長をλとするとき、{d’(n’−1)−d(n−n’)}/λは、或る整数値を中心として±0.2以下の範囲内にある。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層のアッベ数をν、前記第2光透過層のアッベ数をν’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’とするとき、d’/d<ν’/ν−1の関係が満足される。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率および分散は、前記第2光透過層の屈折率および分散よりも高い。
好ましい実施形態において、前記複数の第1光透過傾斜面のうちの任意の第1光透過傾斜面と、前記第1光透過傾斜面を透過した光が透過する前記第2光透過傾斜面との間にある位置ズレ量δは、前記第1光透過傾斜面が位置する部分における配列ピッチΛの5%以下である。
好ましい実施形態において、mおよびnの各々が1以上の整数であり、前記第1鋸歯状表面のピッチがm×Λで表されるとき、前記第2鋸歯状表面のピッチはn×Λで表される。
本発明による光学素子は、第1ブレーズ角を規定する複数の第1光透過傾斜面を含む第1鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を有する第1光透過層と、第2ブレーズ角を規定する複数の第2光透過傾斜面を含む第2鋸歯状表面を有し、前記第1光透過層の前記第1鋸歯状表面に接触する第2光透過層とを備えた光学素子であって、p、qが極性の異なる0以外の整数であるとき、前記第1光透過層を透過する光の80%以上がp次光として回折し、前記第2光透過層を透過する光の80%以上がp次光として回折する。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層のアッベ数をν、前記第2光透過層のアッベ数をν’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’とするとき、d’/d<ν’/ν−1の関係が満足される。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率および分散は、前記第2光透過層の屈折率および分散よりも高い。
好ましい実施形態において、p+q=1の関係が成立する。
好ましい実施形態において、前記第1光透過層の屈折率をn、前記第2光透過層の屈折率をn’、前記第1鋸歯状表面における段差をd、前記第2鋸歯状表面における段差をd’、使用する光の平均波長をλとするとき、0.7λ<|(n−n’)d/p|<1.2λ、及び0.7λ<|(n’−1)d’/q|<1.2λの関係が成立する。
好ましい実施形態において、前記第1鋸歯状表面に対する前記第2鋸歯状表面の位置ズレ量δは、前記第1鋸歯状表面のピッチΛの5%以下である。
好ましい実施形態において、mおよびnの各々が1以上の整数であり、前記第1鋸歯状表面のピッチがm×Λで表されるとき、前記第2鋸歯状表面のピッチはn×Λで表される。
本発明によれば、積層された2つのグレーティングの新規な配置により、広い波長領域に渡って高い回折効率を維持し、迷光の発生を抑えることができる。また、2つの鋸歯断面の段差を調整することにより、透明材料の組み合わせのバリエーションを大幅に広げることが可能である。
本発明による光学素子の概略構成を模式的に示す断面図である。
本発明による光学素子の第1の実施形態を示す断面図である。
第1の実施形態における光学素子の回折原理を説明するための断面図である。
第1の実施形態における基体1及び透明層7の分散特性を示すグラフである。
第1の実施形態における光学素子による回折効率の波長依存性を示すグラフである。
第1の実施形態における光学素子による回折効率の波長依存性を示すグラフである。
第1の実施形態の改変例を示す断面図である。
第1の実施形態における光学素子による回折効率の波長依存性がδ/Λによってどのように変化するかを示すグラフである。
本発明による光学素子の第2の実施形態を示す断面図である。
集光装置の第1の従来例を示す断面図である。
図10に示される集光装置の回折原理を説明するための断面図である。
集光装置の第2の従来例を示す断面図である。
図12に示される集光装置の回折原理を説明するための断面図である。
集光装置の透明基板に使用され得る材料の分散特性を示すグラフである。
第1の従来例における回折効率の波長依存性を示すグラフである。
第2の従来例に用いられる2種類の材料の分散特性を示すグラフである。
符号の説明
1 基体(第1光透過層)
1G グレーティング(第1鋸歯状表面)
1a,1b 基体の表面
2 入射光
3 1次回折光
3’ 0次光
3” 2次回折光
4 検出面
7 透明層(第2光透過層)
7S 透明層の表面
7G グレーティング(第2鋸歯状表面)
10 第1鋸歯状表面
12 第1光透過傾斜面
20 第2鋸歯状表面
22 第2光透過傾斜面
L 光軸
α 第1ブレーズ角
β 第2ブレーズ角
本発明の光学素子は、第1鋸歯状表面(sawtooth blazed surface)を有する第1光透過層と、第2鋸歯状表面を有する第2光透過層とを備えており、これらが積層されている。まず図1を参照しつつ、本発明による光学素子の構成の概略を説明する。
図1には、本発明の光学素子における第1鋸歯状表面10および第2鋸歯状表面20の断面が模式的に示されている。第1鋸歯状表面10は、第1ブレーズ角αを規定する複数の第1光透過傾斜面12を有しており、第2鋸歯状表面20は、第2ブレーズ角βを規定する複数の第2光透過傾斜面22を有している。
第1鋸歯状表面10および第2鋸歯状表面20は、いずれも、個々の断面が三角形状を有する単位構造を周期的に配列した構造を有している。単位構造の基準面に対する高さは、第1鋸歯状表面10と第2鋸歯状表面20との間で一致している必要は無い。図示されている例では、第1鋸歯状表面10における単位構造の高さ(「段差」と称する。)を「d」で示し、第2鋸歯状表面20における段差を「d’」で示している。
本明細書では、単位構造の表面を構成する2つの面のうち、相対的に面積が広い面を「光透過斜面」と称し、この光透過斜面と基準面との間の角度をブレーズ角と定義する。単位構造の表面を構成する2つの面のうち、「光透過斜面」以外の面は、基準面に対して略垂直であり、光の回折には実質的に影響を与えない。
上記のブレーズ角は、0°<α<90°、0°<β<90°の関係を満足する大きさを有しており、鋭角である。第1および第2光透過斜面12、22の法線方向は、基準面の法線方向に対してブレーズ角に等しい角度だけ傾斜している。本明細書では、この傾斜の方向を「光透過斜面の傾斜方向」と称し、図1において、太い黒矢印で示している。本発明では、光透過斜面の傾斜方向が、第1鋸歯状表面10と第2鋸歯状表面20との間で正反対に設定されている。
図1では、基準面が平面である場合が記載されているが、基準面は曲面であってもよい。また、ブレーズ角α、βは、基準面上で一定の値を持つ必要はなく、位置に応じて変化しても良い。
図1には明示されていないが、第1鋸歯状表面10は第1光透過層に形成され、第2鋸歯上表面20は、第1鋸歯状表面10に接触する第2光透過層に形成される。第1光透過層は、一様な厚さを有するプレート状部材である必要は無く、レンズ形状を有する基材であってもよい。また、第1光透過層は、他の透明部材上に支持されていても良い。
本発明の光学素子が上記構成を採用することにより、どのような作用効果を発揮するかは、本発明の好ましい実施形態を説明しながら明らかにする。
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を詳述する。
(実施形態1)
図2から図8を参照しながら、本発明による光学素子の第1の実施形態を説明する。本実施形態の光学素子は、集光装置である。
まず、図2を参照する。図2に示す集光装置は、屈折率および分散特性が異なる2種類の透明材料(プラスチックや紫外線硬化樹脂等)から作製されている。第1の材料からなる基体1は、レンズ形状を有しており、光入射側の面1aおよび光出射側の面1bを有している。基体1の光出射側の表面1bには、断面が鋸歯形状を有するグレーティング1Gが形成されている。基体1は、「第1光透過層」として機能する。
基体1の表面1a、1bは、光軸Lを中心軸とする球面又は非球面を形成している。グレーティング1Gを構成する複数の光透過傾斜面は、それぞれ、表面1b上において、光軸Lを中心軸とするリング形状を有し、半径方向に配列されている。このため、グレーティングの段差は光軸を中心とする同心円状に形成されている。
第2の材料からなる透明層7は、グレーティング1Gが形成された基体1の光出射側の表面1b上に形成され、「第2光透過層」として機能する。透明層7の表面7Sには、グレーティング1Gの「傾斜方向」と反対の向きに「傾斜方向」を有するグレーティング7Gが形成されている。グレーティング7Gを構成する複数の光透過傾斜面も、それぞれ、表面7S上において、光軸Lを中心軸とするリング形状を有し、半径方向に配列されている。
本実施形態では、図1に示す「傾斜方向」は、光軸Lに向くか、光軸から略放射状に延びる向きにある。このように、本実施形態では、積層された2つのグレーティング1G、7Gの「傾斜方向」が正反対の関係にあるということは、上下に近接する位置(対応する位置)における「傾斜方向」が正反対にあることを意味し、位置が異なる「傾斜方向」の関係は必ずも正反対にはならない。
グレーティング1Gとグレーティング7Gとの間では、鋸歯のエッジ位置(下刃位置)が揃っている。本実施形態における第2の材料の屈折率および分散は、第1の材料の屈折率および分散よりも低い。透明層7の厚さは可能な限り薄く形成されることが好ましい。
本実施形態における集光装置、例えば、以下のようにして製造される。
まず、表面にグレーティングが形成されたレンズ形状を有するように成形された基体1を用意する。基体1は第1の材料から形成されている。次に、グレーティング付きのレンズ形状の成形面を有する金型(不図示)に基体1を挿入し、基体1と金型との隙間に第2の材料を充填する。この第2の材料を紫外線硬化や熱硬化などの方法によって硬化させた後、金型から離間させる。こうして、図2に示す集光装置を得ることができる。
本実施形態の集光装置に入射する光2は、基体1の表面1aで屈折した後、グレーティング1Gが形成された基体1の表面1bで屈折および回折を同時に受ける。その後、グレーティング7Gが形成された透明層7の表面7Sで屈折および回折を同時に受け、光3として検出面4上に集光される。
次に、図3を参照しながら、本実施形態の光学素子による回折を説明する。図3では、簡単のため、各面を平面として記載し、光2も面に垂直に入射するものとする。
まず、基体1の屈折率をn、透明層7の屈折率をn’、面1b上に形成されたグレーティング1GのピッチをΛ、その断面段差をd、面7S上に形成されたグレーティング7GのピッチをΛ、その断面段差をd’とする。このとき、グレーティング1G、7Gを透過する光の波面は、ピッチΛの鋸歯状になる。その波面における段差Δ(位相段差)は、次の(式7)で表される。
Δ=d’(n’−1)−d(n−n’) (式7)
屈折率n,n’を波長λに依存しない部分(第1項)と、依存する部分(第2項)とに分離すると、次の2つの式で近似することができる。
n=nO−(λ−λO)σ (式8)
n’=nO’−(λ−λO)σ’ (式9)
この式は、(式4)よりも荒い一次近似によって得られる。ここで、nO、nO’、λO、σ、σ’は何れも正数であり、λOは中心波長、nO、nO’は中心波長での屈折率、σ、σ’は分散係数である。従って、位相段差Δは次の(式10)で表される。
Δ=d’(n0’−1)−d(n0−n0’)−(λ−λ0){d’σ’−d(σ−σ’
)} (式10)
光2には、ピッチΛの周期で位相段差Δが発生するので、1次回折光3、2次回折光3”等の回折波が発生し、q次回折光の回折効率が最大になる条件は次の(式11)
で与えられる。
Δ=qλ (式11)
ここで、qは整数である。
従って、λ=λOの時に回折効率が最大となり、|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくする条件(即ち、広い波長領域に渡って高い回折光の効率を維持し、迷光の発生を抑えられる条件)は次の2つの式で表される。
{d’(nO’−1)−d(nO−nO’)}/λ=q (式12)
かつ
{d’σ’−d(σ−σ’)}/qλO<0 (式13)
(式12)はλ=λOの時に回折効率が最大となる条件式(左辺が整数qに対して0.2以下の偏差に収まればほぼ極大値の近傍といえる)である。一方、(式13)は|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくする条件式である。(式13)の左辺の絶対値が大きいほど、|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくできる。
従来例とは異なり、段差のパラメータがd、d’の2つに増えるので、(式12)、(式13)を同時に満足する光学材料の組み合わせは数多く存在し得る。なお、アッベ数は、上述のσ、σ’の逆数に比例する値であるので、σ、σ’に対応したアッベ数をν、ν’とすると、(式13)は次の(式14)に置き換えられる。
d’/d<ν’/ν−1 (式14)
ここで、q=1として説明を続ける。簡単のため、図3に示される光2の入射角(面法線と為す角度)をゼロと仮定する。この場合、q次回折光の回折角度θ(面法線と為す角度)は、前述の(式1)で与えられる。0次光3’では、q=0であり、回折角度がゼロである。一般には、0次光3’を挟んで反対側に−1次回折光や−2次回折光も発生するが、グレーティング断面を鋸歯状とすることにより、−側の次数の回折光が弱められ、+側の次数の回折光が強められている。
なお、グレーティング断面は、図示されるような鋸歯状を有する代わりに、図の鋸歯形状に内接する小さな階段形状を有していても良いし、単なる凹凸形状であっても良い。
ピッチΛは、面内で一定値である必要は無い。ピッチΛを位置の関数とすることにより、回折角を調整し、表面1a,1bの球面化等と合わせて回折光3を1点に集光する光とすることもできる。
グレーティング1G、7Gでの回折現象を、次のように説明することもできる。即ちp、qを整数として、段差d、d’が次の2つの式を満たすとする。
d=|pλO/(n−n’)| (式15)
d’=|qλO’/(n’−1)| (式16)
このときグレーティング1Gでは主にλOの波長に対してp次光が回折し、グレーティング7Gでは主にλO’の波長に対してq次光が回折し、グレーティング1G、7G全体としてλOからλO’の近傍の波長に対して(p+q)次光が回折することになる。図3の例では、p+q=1の関係にある。なお、波長λO、λO’は近接しているが、一致しなくてもよい。
図4は、本実施形態における集光装置の基体1を構成する第1の材料、及び透明層7を構成する第2の材料の分散特性を示すグラフである。第1の材料は、波長が短くなるとほど、屈折率が単調に増加する(曲線5)。第2の材料も、波長が短くなるほど、屈折率が単調に増加する(曲線5’)。第2の材料は、第1の材料よりも屈折率が低く、分散も小さい。このため、第1の材料および第2の材料のC線での屈折率をnC及びnC’、F線での屈折率をnF及びnF’とすると、次の2つの式が成立する。
nF’<nF かつ nC’<nC (式17)
(nC’−nC)/(nF’−nF)<1 (式18)
(式17)は、nO>nO’、(式18)は、σ>σ’を意味する。従って、(nO’−1)>1、(nO−nO’)>1より、(式12)を満足するd、d’は無数に存在する。また、(σ−σ’)>0より、(式13)の変形式であるd’/d<(σ−σ’)/σ’を満足するd、d’も無数に存在する。従って、(式17)、(式18)の条件の下で、(式12)、(式13)を満足させることは容易であり、かつ(式13)の左辺の絶対値もある程度自由に大きく設定できる。
一般には、屈折率が高い光学材料の分散は大きく、分散の小さい光学材料の屈折率は小さい。従って、(式17)、(式18)を同時に満足する光学材料の組み合わせは数多く存在し、材料組み合わせの多様性は従来例とは比較できないほど大きくなる。
なお、λ=λOのときに回折効率が最大となり、|Δ/λ|のλに対する変化量を小さくする条件は、あくまで(式12)、(式13)である。仮に屈折率条件が従来例での(式5)、(式6)の関係であっても、(式12)、(式13)を満たすことができれば、同様の効果が得られることは言うまでもない。
図5は、本実施形態の光学素子における各回折光の回折効率の波長依存性を示している。この光学素子では、屈折率nd=1.67、アッベ数ν=20のプラスチック材料から基体1を形成し、屈折率nd=1.49、アッベ数ν=59のUV樹脂から透明層7を形成している。グレーティング段差dは3.00μm、段差d’は2.31μmである。波長λでの屈折率nは、(式4)で近似している。
図5に示されるように、1次回折光6は波長0.60μm付近で極大になり、他の波長範囲では回折効率が若干低下する。この低下の度合いは従来例に比べ大幅に小さい。このため、迷光となる0次光や2次回折光の回折効率(曲線6’、6”)は極めて低く抑えられている。しかも、上述の屈折率、アッベ数は既に実用レベルにあるプラスチック材料、UV樹脂材料の値であり、現実的な材料の組み合わせで大きな改善効果が得られる。
図5は、グレーティング1GでλO=0.540μmの光に対する−1次光が回折、グレーティング7GでλO’=0.566μmの光に対する+2次光が回折、グレーティング1G、7G全体として1次光が回折するモデルである。これ以外の形態での回折も許容される。例えば、図6は、各グレーティングの鋸歯断面の段差d=5.10μm、d’=3.10μm、基体1の材料の屈折率nd=1.67、アッベ数ν=18、透明層7の材料の屈折率nd=1.49、アッベ数ν=59の場合に得られる回折効率の計算結果を示すグラフである。グレーティング1GでλO=0.459μmの光に対する−2次光が回折、グレーティング7GでλO’=0.506μmの光に対する+3次光が回折、グレーティング1G、7G全体として1次光が回折する場合の各回折光の回折効率を示している。
図6の結果は、図5に比べ回折の中心波長λO、λO’が短波長側にシフトしている。図6の例では、グレーティング段差が大きくなるが、その特性は、図5の特性よりも更に改善している。
本発明者による計算の結果、基体1と透明層7の屈折率差(nO−nO’)が大きい程、グレーティング1Gの段差dを小さくでき、基体1と透明層7の分散差(σ−σ’)が大きい程、又グレーティング1Gの段差dが大きいほど広い波長範囲に渡って高い回折効率性能を確保できることが分かっている。グレーティング7Gの段差d’は他の条件(グレーティング1Gの段差d、各材料の屈折率とアッベ数)が決まると、ほぼ一義的に最適値が定まる。
一般に、屈折レンズは、屈折率の高い材料から形成されると、光路長を短くでき、NAを高くしやすい。一方、分散の低い材料は、波長の違いによる焦点ボケを抑制できる。しかし、一般の光学材料は、ガラスでもプラスチックでも、高屈折率性と低分散性の両方を満足していない。これに対し、本実施形態のようにグレーティングが形成されたレンズでは、回折の分散能(回折角の波長依存性)により、屈折の分散能(屈折角の波長依存性)を設計的にキャンセルできる。このため、高屈折率性および低分散性の両立に拘る必要がない。
製造の容易さという観点から、基体1はプラスチック材料から形成し、透明層7はUV硬化樹脂から形成することが好ましい。UV硬化樹脂は幸い、本実施形態の条件に適った低屈折率低分散の材料である。また、プラスチック材料には、ある程度のバリエーションがあり、現状でも、既に図5の光学性能を確保できる。しかも、これまでのプラスチック材料開発は高屈折率化と低分散化(高アッベ数化)の両立を目指すあまり、高分散の材料は見捨てられ、高屈折率化も中途半端なところで妥協する傾向にあったが、低分散という足かせが取り払われると、状況は大きく異なってくる。よって、本実施形態により、光学材料の開発動向が高屈折率性と低分散性の両立から、高屈折率性と高分散性の両立、及び低屈折率性と低分散性の両立へと、物性の理に適った方向に変えることができ、業界全体に与える波及効果(材料開発ロスの削減効果)は大きい。
図7は、本実施形態の改変例を示している。この例では、グレーティング1Gとグレーティング7Gとの間で鋸歯断面のエッジ位置がδだけずれている。図8は、図5と同一条件で、パラメータδ/Λを変化させた場合における回折効率の波長依存性を示している。高い性能を維持するには、|δ/Λ|<0.05を満足することが好ましい。
本実施形態では、レンズの片面(1b)にのみグレーティング(1G、7G)を形成しているが、同様の構造をレンズの両面(1a,1b)に形成してもよい。
(実施形態2)
次に、図9を参照しながら、本発明による光学素子の第2の実施形態を説明する。本実施形態の光学素子は、透明層7の表面7S上に形成されたグレーティング7Gのピッチおよび段差以外の点では、第1の実施形態における光学素子を同一の構成を有している。
図9は、本実施形態の光学素子の面1b、7Sでの回折を示す断面図である。簡単のため、各面1b、7Sが平面である仮定し、光2も面1bに垂直に入射するものとする。
基体1の屈折率をn、透明層7の屈折率をn’、面1b上に形成されたグレーティング1GのピッチをΛ、その断面段差をd、面7S上に形成されたグレーティング7GのピッチをΛ/2、その断面段差をd’/2に設定している。d、d’の大きさは、第1の実施形態における値と同じである。
本実施形態におけるグレーティング1Gでは、第1の実施形態におけるグレーティング1Gからピッチや段差条件が変わっていないので、(式15)が成立し、p次光が回折する。一方、グレーティング7Gでは、段差が半分に減少しているため、qを偶数として、(式16)より、q/2次光が回折する。
従って、(式1)の右辺のqはq/2に変わるが、ピッチΛも同時に半分(Λ/2)になるので、(式1)の右辺の大きさに変化はなく、回折角θは変化しない。結局、グレーティング1G、7Gの全体としては、第1の実施形態と全く同じ方位に同じ強さの回折光が発生する。このため、グレーティング7Gのピッチと段差が異なるにも関わらず、本実施形態の光学素子によっても第1の実施形態と全く同じ効果が得られる。
ピッチが大きなグレーティングでは、本実施形態の構成を採用することにより、グレーティング段差を小さくすることができるため、グレーティング7Gを形成するために必要な金型の作製(切削研磨工程等)が容易になる。また、実際に作製される段差部は、加工誤差により、基準面に対して垂直にならずに傾斜するが、この加工誤差は、光の散乱に結びつく。グレーティング段差を小さくすると、光の散乱を低減する効果が得られる。
本実施形態は、図示される構成を有するものに限定されない。例えば、グレーティング7Gのピッチおよび段差を整数倍したり、又は整数分の1にしたしてもよい。また、グレーティング1Gのピッチおよび段差を整数倍したり、整数分の1にしたりしてもよく、これを組み合わせた構成を採用しても良い。ただし、段差を整数分の1にする場合、段差が(式15)、(式16)を満たし、少なくともその最小値(p=1、q=1での値)を下回らないようにすることが必要である。本実施形態でのグレーティング1G、7Gのピッチの関係は、m、nを1以上の整数として、グレーティング1Gでm×Λ、グレーティング7Gでn×Λの関係を満足すればよい。
本発明の光学素子は、集光装置や回折装置として動作し、広い波長領域にわたり高回折効率を維持できるため、撮像装置や多波長光源を有する光ピックアップ等に好適に用いられる。