JP3717555B2 - 回折光学素子 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、複数の波長で使用する回折光学素子に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
回折光学素子、例えば、集光作用を有する回折レンズを用いる光学系には、従来の屈折レンズを用いる場合に比べて、以下のような特長を有することが知られている。
▲1▼ 回折レンズによって非球面波を容易に生成できるので、収差補正上効果的である。
▲2▼ 回折レンズは、実質的に厚みを持たないので、光学系をコンパクトにできると共に、設計の自由度を上げることができる。
▲3▼ 屈折レンズでいう分散特性に相当する量が、回折レンズでは逆の値を持つので、色収差を効果的に補正することができる。
【0003】
このような回折レンズの特長を利用して、光学系の性能を向上させることに関しては、例えば、Binary Optics Technology;The Theory and Design of Multi-Level Diffractive Optical Element,Gary J.Swanson,Technical Report 854,MIT Lincoln Laboratory,August 1989. に詳しく記述されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように、回折光学素子には、従来の屈折素子にはない多くの有用な特長があるが、他方では、回折効率が波長に依存するために、以下に説明するような種々の問題がある。例えば、光学系に適用する回折光学素子は、レンズ素子として利用する場合が多いが、このような用途においては、複数の回折光(複数の焦点)が存在するのは、一般に好ましくない。そこで、回折レンズにおいては、一般に、図19に示すように、使用する波長で透明な基材10に、断面形状が鋸歯波状のレリーフパターン20を形成して、特定次数の回折光にエネルギーを集中させるようにしている。
【0005】
しかしながら、図19に示すように、断面形状を鋸歯波状に加工すると、その溝深さによってエネルギーを集中できる波長が異なるため、波長幅を有する帯域光のエネルギーを特定次数の回折光に集中させることができなくなる。このような現象は、例えば、レーザのような単色と見なせる光を利用する場合には問題とならないが、カメラのように白色光を利用する光学系においては、無視できない問題となる。
【0006】
また、回折光学素子の有用な特長の一つである色収差補正効果を実現する場合には、使用する波長が必然的に複数であるために、特定の波長の光で回折効率を最適化すると、その他の波長では回折効率が低下し、特に、可視帯域光で撮像する撮像光学系に適用する場合には、回折効率の波長依存特性によって、色むらや不要次数光によるフレアが生じるという問題がある。
【0007】
図20は、図19に示す回折光学素子において、基材10としてBK7を用い、レリーフパターン20を、波長λ=520nmにおいて1次回折効率が100%となるような溝深さで形成した場合の1次回折効率の波長依存特性を示すものである。図20から明らかなように、一般に可視波長領域と見なせるλ=400nmからλ=700nmにおいて、回折効率は、最適化したλ=520nmから離れるに従って減少し、特に、短波長領域での低下が著しいことがわかる。このような所望次数における回折効率の低下は、不要次数光の増加として、光学系に悪影響を与えることになる。
【0008】
この発明は、上述した問題点に着目してなされたもので、回折効率の波長依存を低減して、色むらや不要次数光によるフレアの発生等を有効に防止し得るよう適切に構成した回折光学素子を提供することを目的とするものである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、この発明は、積層された複数の光学材料を有し、その少なくとも一つの互いに異なる光学材料の境界面にレリーフパターンを形成してなる回折光学素子において、
前記レリーフパターンを形成した境界面に接する互いに異なる光学材料を、それらの屈折率n1(λ) ,n2(λ) が、
【数2】
を満たすものをもって構成し、溝深さdで形成した前記レリーフパターンの周期構造のピッチTが、T 2 >4πλd/{n 1 ( λ ) +n 2 ( λ ) }、ただし、λ 1 <λ<λ 2 、を満たすことを特徴とするものである。
【0010】
前記波長λ1 およびλ2 は、λ1 =400nm、λ2 =700nmとするのが、適用可能な光学材料の種類が多く、光学材料の組み合わせの最適化の点で好ましい。
【0011】
前記屈折率n2(λ) の光学材料として、Tl2 Oを含むガラスを適用することが、これと対をなす屈折率n1(λ) の光学材料の選択の範囲を広げる点で好ましい。
【0013】
【発明の実施の形態】
断面を鋸歯波状に形成したレリーフパターンは、図1に示すような位相シフト関数φ(x)で表すことができる。このφ(x)は、レリーフパターンの波面変調作用を特長づける関数で、その形状は、レリーフパターンの断面形状と一致した周期関数である。ここで、位相シフト関数φ(x)の振れ幅(以後、これを位相振幅と呼ぶことにする)aを用いれば、図1に示す位相シフト関数φ(x)で表されるレリーフパターンのm次回折効率ηm は、
【数4】
で与えられる。
【0014】
(1)式において、位相振幅aは、空気の屈折率を1、基材の屈折率をn、溝深さをd、および光の波長をλとして、
【数5】
で定義される量である。ここで、波長λ0 でm0 次回折効率が100%となるように最適化した溝深さd0 は、
【数6】
であるから、この結果を(2)式に用いれば、
【数7】
のように表すことができる。
【0015】
(4)式は、ある定まった溝深さd0 に対して位相振幅aが波長に依存することを意味し、この位相振幅aの波長依存によって、(1)式から明らかなように、回折効率の波長依存が引き起こされる。図2は、図20に示した回折効率の波長依存特性に対応する位相振幅の波長依存特性を示すものである。
【0016】
位相振幅の波長依存を、さらに詳しく説明するために、(4)式から位相振幅の波長依存を決定する要素R(λ),D(λ)を、以下のように定義する。
【数8】
【0017】
図3は、(5)式で定義した要素R(λ),D(λ)の位相振幅の波長依存特性を示すものである。図3から明らかなように、R(λ),D(λ)は、波長の増加に伴ってともに単調に減少するが、その変化は、R(λ)よりもD(λ)のほうが大きい。このことから、レリーフパターンの回折効率の波長依存は、もっぱらD(λ)に依存していることがわかる。
【0018】
本発明者は、種々の実験検討により、特定の条件下において、上記のR(λ)がD(λ)の波長依存を打ち消すように作用し、その結果、位相振幅の波長依存が低減し、回折効率の波長依存特性を改善できることを見いだした。すなわち、レリーフパターンを、異なる光学材料の境界面に形成し、それぞれの光学材料を高屈折率低分散および低屈折率高分散の組み合わせ(ただし、屈折率および分散の高低は、相対的なもの)とする。このように構成すると、(4)式に相当する位相振幅の波長依存は、
【数9】
のようになる。さらに、この(6)式から、(5)式に相当する位相振幅の波長依存を決定する要素R′(λ),D(λ)は、
【数10】
で与えられる。ここで、n1(λ) およびn2(λ) は、それぞれ高屈折率低分散材料および低屈折率高分散材料の屈折率である。
【0019】
このように、この発明では、従来、基材と空気との屈折率の差を利用して構成していたレリーフパターンを、異なる光学材料の屈折率の差を利用して構成し、さらにその組み合わせを最適化することによって、回折効率の波長依存を改善する。具体的には、レリーフパターンを形成した境界面に接する互いに異なる光学材料の屈折率n1(λ) ,n2(λ) が、
【数11】
の条件を満足するようにする。
【0020】
すなわち、回折効率の波長依存の主因であるD(λ)の寄与に対して、従来は(5)式で定義されるR(λ)が対をなして、むしろ回折効率の波長依存を増加させるように作用していたが、この発明では、(8)式の条件を満足することにより、従来のR(λ)の作用と比較して、(7)式で定義されるR′(λ)が、回折効率の波長依存を低減させる方向に作用することになる。なお、(8)式において、使用波長幅の上限(λ2 )および下限(λ1 )は、特に限定されるものではないが、実用的には、通常のカメラ等に用いられる可視光の波長領域に適用するのが、適用可能な光学材料の種類が多く、光学材料の組み合わせの最適化にとって有利であることから、λ1 =400nm、λ2 =700nmとするのが最も効果的である。
【0021】
ここで、異なる光学材料の境界面にレリーフパターンを構成したものとして、例えば、特開平2−43503号公報(従来例1)に複合光学素子が開示されている。しかし、従来例1は、回折レンズを積層することにより、個々の回折レンズのパワー負担を減少させるようにしたもので、この発明の回折光学素子とは、その目的を全く異にすると共に、当然ながらこの発明の特徴である光学材料の特性に関しては何ら言及されていない。
【0022】
一方、光学材料の特性に関して言及したものとして、特開平5−66370号公報(従来例2)に、波長選択性位相格子光学的ローパスフィルタが開示されている。このローパスフィルタにおいては、緑色光(G)波長における光学材料の屈折率差をゼロにすることにより、その波長における回折作用を実質的に無くして、G波長近傍における遮断周波数を高くしている。つまり、2種類の光学材料の分散を異なるものとすることによって、G波長から離れるほど遮断周波数が低くなるように、すなわち、位相振幅を増加させることによって、回折作用を増加させるように構成している。
【0023】
この従来例2において、2種類の光学材料の境界面にレリーフパターンを形成する理由は、G波長における屈折率差をゼロにすることによって、位相振幅をゼロにするためである。このような構成は、例えば、特開昭64−61726号公報(従来例3)に開示されているように、2種類の光学材料の屈折率差をゼロを中心にして制御する、一種のスイッチング素子を実現したものと同一の思想の上に成り立っている。
【0024】
この発明では、(8)式から明らかなように、境界面にレリーフパターンを形成する2種類の光学材料の屈折率の大小関係が、使用する波長帯域において反転することがない。また、この発明では、光学材料の組み合わせを適切に選択することにより、屈折率の波長依存に伴う作用R′(λ)が、回折光学素子の本質的な作用D(λ)を打ち消すようにして、回折効率の波長依存を低減させるようにしているが、このような内容については、上述した従来例では何ら考慮していない。例えば、従来例2の構成においては、確かにG波長において回折作用をなくすという一種の回折効率の制御を行っているが、その周辺の波長における回折作用、つまり回折効率の波長依存は、必ずしも最適に制御されているとはいえない。特に、この従来例2についていえば、回折光学素子の本質的な作用D(λ)に関して全く考慮されていない。この発明は、上述した従来例とは、思想が根本的に異なり、使用する波長帯域全体にわたる総合的な回折効率に関し、従来にない多大な効果をもたらすものである。
【0025】
図4は、この発明において境界面にレリーフパターンを形成する2種類の光学材料の屈折率の波長依存特性の一例を示すものである。ここで、注目すべき点は、2種類の光学材料の屈折率差が、短波長側で小さく、長波長側で大きいことである。このように2種類の光学材料を選定することにより、図5に示すように、(7)式で示したR′(λ)が波長の増加に伴って単調に増加して、D(λ)の効果を打ち消すように作用し、その結果、(6)式で示した位相振幅の波長依存が低減されて、回折効率の波長依存が改善される。このような改善の効果は、図3に示した基材表面にレリーフパターンを形成した従来のものと比較して、2種類の光学材料の特性を、R′(λ)の傾きが増加するように選択したときに表れる。
【0026】
しかし、2種類の光学材料の選択について、(8)式の条件から外れると、基材表面にレリーフパターンを形成した従来の回折光学素子と比較して、回折効率の波長依存が悪化する。例えば、BK7(低屈折率低分散)とPC(ポリカーボネイト;高屈折率高分散)との境界面にレリーフパターンを形成すると、その回折効率の波長依存は、図6に曲線▲2▼で示すようになり、曲線▲1▼で示す従来の基材(BK7)表面にレリーフパターンを形成した回折光学素子における回折効率の波長依存と比較して悪くなる。なお、図6の曲線▲1▼および▲2▼は、それぞれレリーフの溝深さを、波長λ=520nmで回折効率が100%となるように設定した場合の波長依存を示す。このように、光学材料の組み合わせが不適当であると、むしろ回折効率の波長依存が悪化するため、2種類の光学材料の境界面にレリーフパターンを形成して、回折効率の波長依存を向上させるためには、光学材料の組み合わせが重要な要素となる。
【0027】
次に、この発明にかかる回折光学素子におけるレリーフパターンの溝深さについて言及する。この発明において、2種類の光学材料の境界面の断面を鋸歯波状に形成したレリーフパターンの溝深さは、次の(9)式で表される。これは、基材表面にレリーフパターンを形成する場合の(3)式に相当する溝深さであって、波長λ0 においてm0 次回折効率が100%となるように最適化した溝深さである。
【数12】
【0028】
この溝深さは、従来の基材表面にレリーフパターンを形成する場合と比較して、一般に深くなる。しかし、この溝深さが、レリーフパターンのピッチTに対してある程度深くなると、回折効率の入射角依存が増大して、光学系への適用の際に問題となる場合があると共に、回折効率の波長依存に関して、すでに(1)式で示した関係が不正確なものとなる。このように溝深さが深いレリーフパターンは、一般に、厚型格子と呼ばれる。
【0029】
この発明において、レリーフパターンの厚さを特徴づけるパラメータとしてのQ値は、溝深さd、波長λとして、
【数13】
のように表すことができる。
【0030】
ここで、一般に、薄いレリーフパターンは、Q<1の条件で分類されるので、この発明にかかる回折光学素子においても、その周期構造のピッチTが、Q<1を満たすように構成することが望ましい。すなわち、
【数14】
を満足するよう構成するのが好ましい。
【0031】
また、本発明者による種々の実験検討によれば、特に、Q<0.1のときに、レリーフパターンは、薄型の性質をよりよく表すことが確認された。したがって、より好ましくは、Q<0.1を満たすように、すなわち、
【数15】
を満足するように、レリーフパターンを構成するのが望ましい。
【0032】
【実施例】
この発明の第1実施例においては、境界面にレリーフパターンを形成する2種類の光学材料として、光学ガラスBSM81(オハラ製)と、プラスチック光学材料PC(ポリカーボネイト)とを用いる。図4は、それぞれの光学材料の屈折率の波長依存特性を示すもので、n1(λ) は高屈折率低分散材料に相当するBSM81の屈折率波長依存特性を、n2(λ) は低屈折率高分散材料に相当するPCの屈折率波長依存特性を示している。かかる光学材料の組み合わせが、位相振幅の波長依存に及ぼす作用については、図5において既に説明したので、以下に、かかる光学材料の組み合わせによって、位相振幅の波長依存が実際にどのように改善されたかを、図7を参照しながら説明する。
【0033】
図7は、位相振幅の波長依存特性を示すもので、▲1▼は、基材(BSM81)の表面にパターンを形成した従来の回折光学素子の場合を、▲2▼は、上記の2種の光学材料(BSM81,PC)の境界面にパターンを形成したこの実施例による回折光学素子の場合をそれぞれ示している。なお、回折効率が最大となるように最適化した波長は、▲1▼については520nm、▲2▼については、d-line(587.56nm)とした。この実施例においては、比較的短波長側での位相振幅の波長依存の改善効果が大きいので、回折効率が最大となるように最適化する波長は、従来の場合と比較して長波長側に設定するのが好ましく、このように設定することにより、使用波長帯域に亘って位相振幅の変化量をより小さく抑えることが可能となる。
【0034】
図8は、図7に示した位相振幅の波長依存特性に対応する回折効率の波長依存特性を示すもので、▲1▼は従来の回折光学素子の波長依存特性を、▲2▼は上記の2種の光学材料(BSM81,PC)を用いるこの実施例による回折光学素子の波長依存特性を示している。図8から明らかなように、この実施例による回折光学素子によれば、回折効率の波長依存特性を実質的に無視できる程度に小さく抑えることができ、改善の効果が著しいことが実証された。
【0035】
なお、上記の説明では、低屈折率高分散材料として、プラスチック光学材料PCを用いたが、一般に、プラスチック光学材料は、低屈折率高分散の特長を有するので、他のプラスチック光学材料も有効に用いることができる。しかも、プラスチック光学材料は、成形性に優れているので、回折光学素子をより容易に製造できるという利点がある。
【0036】
また、この実施例では、レリーフパターンを2種類の光学材料の境界面に形成しているので、光学素子の耐環境性を向上することが可能となる。すなわち、レリーフパターンは、通常の屈折素子(例えば、レンズ)と異なり、その表面が埃や指紋で汚染された場合、払拭することが一般に困難であるが、この実施例にかかる回折光学素子では、レリーフパターンを2種類の光学材料の境界面に形成しているので、汚染の問題が生じない。
【0037】
以下、第1実施例による回折光学素子の具体的構成について説明する。なお、以下に例示する回折光学素子の全てに共通する特長は、回折効率の波長依存が改善されたこと、耐環境性が向上されたことにある。
【0038】
図9は、第1実施例による回折光学素子の基本的な構成を示すものである。この回折光学素子は、プリズム作用をなすもので、PCよりなる光学材料11と、BSM81よりなる光学材料12との境界面に、等ピッチの鋸歯波状レリーフパターン21を形成したものである。また、図10は、図9の変形例を示すもので、光学材料11,12の境界面のレリーフパターン23を、集光作用を有するように形成すると共に、光学材料11の外部と接する面32も集光作用を有するように曲面としたものである。
【0039】
図9および10に示す回折光学素子によれば、素子に入射する光は、特定方向に進行方向が曲げられるが、その際に光を曲げる作用の波長依存が、レリーフパターン21または23(回折面)と、外部に接する面31または32(屈折面)とで相補的となるので、色収差が低減されることになる。
【0040】
図11は、光学材料11,12の境界面に、断面形状が矩形のレリーフパターン22を形成したものである。このように、レリーフパターン22の断面形状を矩形にすれば、複数の次数の回折光を生成することができると共に、その各次数の回折光の強度分布の波長依存を防止することができる。したがって、かかる回折光学素子は、遮断周波数の波長依存を低減した空間的ローパスフィルタとして好適に用いることができる。
【0041】
図12は、異なる光学材料が接する境界面を2面として、それぞれの境界面にレリーフパターン21,22を形成したものである。2つの境界面を形成する光学材料11,12および13は、中間の光学材料12をPC、両側の光学材料11,13をBSM81とするか、中間の光学材料12をBSM81、両側の光学材料11,13をPCとするか、あるいは、それぞれ異なる3種類の光学材料とする。この回折光学素子によれば、パターンピッチの制限等によって光を曲げる角度が制限される場合に、各パターン面(回折面)が負担する曲げ量を低減できるので、所望の特性のものを容易に得ることができる。
【0042】
図13は、3つの光学材料11,12および14を積層して得られる2つの境界面の一方にレリーフパターン23を、他方に球面33を形成したものである。この場合、レリーフパターン23を形成する光学材料11,12は、例えば上記のBSM81とPCとの組み合わせとするが、光学材料14は、任意の光学材料を用いる。
【0043】
この発明の第2実施例においては、屈折率n2(λ) の低屈折率高分散の光学材料を、少なくともTl2 Oを含むガラスをもって構成する。一般に、ガラス材料にTl2 Oを添加すると、高屈折率高分散へと変化し、その変化の軌跡は、ガラスマップ上で低屈折率高分散の方へ曲がった弓状になる。例えば、SiO2 (シリカガラス=石英ガラス)にTl2 Oを添加すると、図14に示すように変化する。なお、図14は、SiO2 にTl2 Oを0mol %から25mol %まで添加した場合を示している。
【0044】
図14から明らかなように、SiO2 −Tl2 Oガラスの分布は、市販のガラスに比べて低屈折率高分散となる。したがって、このSiO2 −Tl2 Oガラスを低屈折率高分散の光学材料として用いれば、これと境界をなす屈折率n1(λ) の高屈折率低分散の光学材料の選択範囲が広がり、市販のガラスを使用することも可能となる。
【0045】
なお、屈折率n2(λ) の低屈折率高分散の光学材料は、SiO2 −Tl2 Oの2成分ガラスに限らず、さらに他の成分を添加することができる。このように他の成分を添加すれば、添加する成分やその添加量によって、ガラスの屈折率および分散が変化し、図14に示す曲線の周辺に分布する様々なガラスを得ることが可能となる。
【0046】
また、Tl2 Oを添加する元の材料は、SiO2 に限らず、B2 O3 (酸化ほう素)等の他の材料を用いることができる。このように元の材料を変えると、図14において、Tl2 Oおよびその他の成分を添加したときのガラスマップ上での軌跡の出発点が変わり、また変化の仕方も変わるので、レリーフパターンを形成する2種類の光学材料の組み合わせ範囲をより広くすることが可能となる。
【0047】
このように、Tl2 Oを添加する元の材料を他の材料に変えたり、Tl2 Oおよび他の成分の添加量を、連続的に変えたりすることができるので、ガラスマップ上の所定の範囲内に分布する任意のガラスを得ることが可能になる。なお、Tl2 Oの添加量は、30mol %を越えると、ガラスを生成することが困難になるので、30mol %以下とするのが望ましい。
【0048】
また、ピッチの面から、n2(λ)の低屈折率高分散材料に含まれるTl2 Oの割合は、7.5mol %以上が特に好ましい。このようにすれば、n1(λ)の高屈折率低分散材料の市販のガラスと組み合わせる場合、低屈折率高分散材料がプラスチック光学材料の場合に比べて、上記(11)式の右辺の値を小さくでき、したがってレリーフパターンのピッチをより小さくすることができるので、光を曲げる角度の範囲を広くでき、回折光学素子の適用範囲を広げることができる。
【0049】
この実施例では、境界面にレリーフパターンを形成する2種類の光学材料として、光学ガラスLAL11(オハラ製)と、SiO2 −Tl2 O(Tl2 O:8.75mol %)とを用いる。図15は、それぞれの光学材料の可視域における屈折率の波長依存特性を示すもので、n1(λ) は高屈折率低分散材料に相当するLAL11の屈折率波長依存特性を、n2(λ) は低屈折率高分散材料に相当するSiO2 −Tl2 Oの屈折率波長依存特性をそれぞれ示している。
【0050】
図16は、位相振幅の波長依存特性を示すもので、▲1▼は、基材(LAL11)の表面にレリーフパターンを形成した従来の回折光学素子の場合を、▲2▼は、上記2種の光学材料(LAL11,SiO2 −Tl2 O)の境界面に鋸歯形状のレリーフパターンを形成したこの実施例の回折光学素子の場合をそれぞれ示している。なお、回折効率が最大となるように最適化した波長は、▲1▼については510nm、▲2▼についてはd-line(587.56nm)とした。この実施例においても、第1実施例の場合と同様に、比較的短波長側での位相振幅の波長依存の改善効果が大きいので、回折効率が最大となるように最適化する波長は、従来の場合と比較して長波長側に設定するのが好ましく、これにより使用波長帯域に亘って位相振幅の変化量をより小さく抑えることが可能となる。
【0051】
図17は、図16に示した位相振幅の波長依存特性に対応する回折効率の波長依存特性を示すもので、▲1▼は従来の回折光学素子の波長依存特性を、▲2▼は上記2種の光学材料(LAL11,SiO2 −Tl2 O)を用いるこの実施例による回折光学素子の波長依存特性を示している。図17から明らかなように、この実施例による回折光学素子によれば、回折効率の波長依存特性を実質的に無視できる程度に小さく抑えることができ、改善の効果が著しいことがわかる。
【0052】
この実施例による回折光学素子を構成する2種類の光学材料は、上記の例に限らず、種々の組み合わせが可能である。その幾つかの組み合わせについて、従来の回折効率と、この実施例により改善された回折効率とを、波長400nmから700nmの範囲で、50nmごとに表1に比較して示す。なお、表1において、各欄の上段は市販ガラス(材料1)を、下段はSiO2 −Tl2 Oガラスで、Tl2 Oを表記の割合(mol %)で含むもの(材料2)をそれぞれ示す。また、各欄において、従来の回折効率は、その左欄上段の材料1の表面にレリーフパターンを形成した回折光学素子のものを示し、この実施例(本発明)にかかる回折効率は、その左欄上段の材料1と、下段の材料2との境界面にレリーフパターンを形成した回折光学素子のものを示す。この表1から、この実施例による回折光学素子によれば、いずれの組み合わせにおいても、回折効率の波長依存が著しく改善されていることがわかる。
【0053】
【表1】
【0054】
なお、表1では、波長400nmから700nmの範囲について示したが、上記(8)式で示した使用波長帯域の上限および下限は、この帯域に特に限定されるものではない。しかし、通常のカメラ等の大半の光学機器は、可視領域で用いられていると共に、この領域で適用可能な光学材料の種類は多く、材料の組み合わせの最適化にとって有利であるので、この実施例による回折光学素子も、実用的には、可視光の波長領域に適用することが最も効果的である。
【0055】
また、Tl2 Oの添加量は、表1に示したもの以外にも、連続的に変えることができ、これにより図14の曲線上に分布するガラスを連続的に得ることもできる。さらに、SiO2 −Tl2 Oガラスに他の成分を添加して、屈折率および分散を微調整することにより、図14の曲線からわずかに離れたガラスを得ることもできる。また、母体材料をSiO2 から、例えば、B2 O3 等の他の材料に置き換えることもでき、この場合も、Tl2 Oの添加量により、屈折率と分散を変えることができる。
【0056】
以上のように、主として、Tl2 Oの添加量を調節することにより、所望の低屈折率高分散のガラスを容易に得ることができるので、使用できる屈折率n1(λ) の高屈折率低分散材料も非常に多くなる。その結果、上記(8)式を満たす組み合わせが多数存在することになり、市販のガラスも数多く使用することができるようになる。
【0057】
この実施例においても、第1実施例の場合と同様に、レリーフパターンを2種類の光学材料の境界面に形成しているので、汚染の問題がなく、したがって光学素子の耐環境性を向上することができる。また、特に、この実施例では、2種類の光学材料をともにガラスとすることができるので、プラスチック等を用いる場合に比べて、光学性能、耐久性に優れた回折光学素子を得ることができる。
【0058】
なお、第2実施例による回折光学素子は、具体的には、図9〜13と同様に構成することができる。すなわち、図9に示す構成においては、光学材料11をSiO2 −Tl2 Oガラス、光学材料12をLAL11として、それらの境界面に、等ピッチの鋸歯波状レリーフパターン21を形成する。また、図10に示す構成においては、SiO2 −Tl2 Oガラスよりなる光学材料11とLAL11よりなる光学材料12の境界面のレリーフパターン23を集光作用を有するように形成すると共に、光学材料11の外部と接する面32も集光作用を有するように曲面とする。
【0059】
このように構成すれば、第1実施例の場合と同様に、素子に入射して特定方向に進行方向を曲げられる光の波長依存が、レリーフパターン21または23(回折面)と、外部に接する面31または32(屈折面)とで相補的となるので、色収差を低減することができる。
【0060】
また、図11に示すように、SiO2 −Tl2 Oガラスよりなる光学材料11とLAL11よりなる光学材料12の境界面に、断面形状が矩形のレリーフパターン22を形成する。かかる回折光学素子によれば、第1実施例の場合と同様に、複数の次数の回折光を生成することができると共に、その各次数の回折光の強度分布の波長依存を防止することができるので、遮断周波数の波長依存を低減した空間的ローパスフィルタとして、好適に用いることができる。
【0061】
さらに、図12に示すように、異なる光学材料が接する境界面を2面として、それぞれの境界面にレリーフパターン21,22を形成する。この場合、2つの境界面を形成する光学材料11,12および13は、中間の光学材料12をSiO2 −Tl2 Oガラス、両側の光学材料11,13をLAL11とするか、中間の光学材料12をLAL11、両側の光学材料11,13をSiO2 −Tl2 Oガラスとするか、あるいは、それぞれ異なる3種類の光学材料とする。この回折光学素子によれば、第1実施例の場合と同様に、パターンピッチの制限等によって光を曲げる角度が制限される場合に、各パターン面(回折面)が負担する曲げ量を低減できるので、所望の特性のものを容易に得ることができる。
【0062】
また、図13に示すように、3つの光学材料11,12および14を積層して得られる2つの境界面の一方にレリーフパターン23を、他方に球面33を形成する。この場合、レリーフパターン23を形成する光学材料11,12は、上記のSiO2 −Tl2 OガラスとLAL11との組み合わせとするが、光学材料14は、任意の光学材料を用いる。
【0063】
なお、この発明は、上述した実施例にのみ限定されるものではなく、幾多の変形または変更が可能である。例えば、図9〜13においては、透過型の回折光学素子の具体的構成について示したが、この発明にかかる回折光学素子は、外部に接する面にミラーコートを施すことにより、反射型素子として構成することもできる。例えば、図18に示すように、光学材料11,12の境界面にレリーフパターン21を形成すると共に、光学材料12側の外部に接する面34にミラーコートを施す。なお、光学材料12の層の厚さは、レリーフパターン21と同程度とする。この回折光学素子によれば、光が面31の側から入射した場合、波面変調作用がほぼミラーコート面34で生じていると見なせるので、実質的に反射型格子を得ることができる。
【0064】
また、上記の各回折光学素子において、光利用効率を向上させるために、レリーフパターンやミラーコートを形成しない面に、反射防止コートを施すこともできる。
【0066】
【発明の効果】
この発明によれば、回折効率の波長依存を有効に低減することができるので、例えば、カメラのような白色光で使用する光学系に適用した場合には、色むらや不要次数光によるフレアの発生等を有効に防止することができる。また、レリーフパターンを素子の内部に形成するようにしたので、耐環境性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】断面が鋸歯波状のレリーフパターンにおける位相シフト関数φ(x)を示す図である。
【図2】図20で示した回折効率の波長依存特性に対応する位相振幅の波長依存特性を示す図である。
【図3】図2の位相振幅の波長依存を決定する要素R(λ),D(λ)の波長依存特性を示す図である。
【図4】この発明の第1実施例において、境界面にレリーフパターンを形成する2種類の光学材料の屈折率の波長依存特性の一例を示す図である。
【図5】図4の2種類の光学材料における位相振幅の波長依存を決定する要素R′(λ),D(λ)の波長依存特性を示す図である。
【図6】従来の回折光学素子と、2種類の光学材料の不適切な選択による回折光学素子との回折効率の波長依存特性を比較して示す図である。
【図7】従来の回折光学素子と、第1実施例による回折光学素子との位相振幅の波長依存特性を比較して示す図である。
【図8】図7に示した位相振幅の波長依存特性に対応する回折効率の波長依存特性を示す図である。
【図9】この発明による回折光学素子の基本的な構成を示す断面図である。
【図10】同じく、その変形例を示す断面図である。
【図11】断面形状が矩形のレリーフパターンを有するこの発明による回折光学素子の構成を示す断面図である。
【図12】2つの境界面を有するこの発明による回折光学素子の一例の構成を示す断面図である。
【図13】同じく、他の例を示す断面図である。
【図14】SiO2 にTl2 Oを0mol %から25mol %まで添加した場合の屈折率分散の変化を示す図である。
【図15】この発明の第2実施例において、境界面にレリーフパターンを形成する2種類の光学材料の屈折率の波長依存特性の一例を示す図である。
【図16】従来の回折光学素子と、第2実施例による回折光学素子との位相振幅の波長依存特性を比較して示す図である。
【図17】図16に示した位相振幅の波長依存特性にそれぞれ対応する回折効率の波長依存特性を比較して示す図である。
【図18】この発明による反射型回折光学素子の一例の構成を示す断面図である。
【図19】従来の回折光学素子を示す部分断面図である。
【図20】従来の回折光学素子における1次回折効率の波長依存特性の一例を示す図である。
【符号の説明】
11,12,13,14 光学材料
21,22,23 レリーフパターン
33 球面
34 ミラーコート面
Claims (14)
- 請求項1記載の回折光学素子において、
λ1 =400nm、λ2 =700nmとしたことを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1または2記載の回折光学素子において、
屈折率n2(λ)の光学材料が、Tl2Oを含むガラスからなることを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1、2または3記載の回折光学素子において、
前記レリーフパターンの周期構造のピッチTが、T2>40πλd/{n1(λ)+n2(λ)}、ただし、λ1<λ<λ2、を満たすことを特徴とする回折光学素子。 - 請求項3記載の回折光学素子において、
Tl2Oの含有率が30mol%以下であることを特徴とする回折光学素子。 - 請求項3記載の回折光学素子において、
Tl2Oの含有率が7.5mol%以上であることを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1〜4のいずれか一項に記載の回折光学素子において、
前記レリーフパターンは、鋸歯波状の断面形状を有することを特徴とする回折光学素子。 - 請求項7記載の回折光学素子において、
前記レリーフパターンは、レンズ作用を有するパターンであることを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1〜4のいずれか一項に記載の回折光学素子において、
前記レリーフパターンを形成しない面の少なくとも1つの面に、反射防止コートを有することを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1〜4のいずれか一項に記載の回折光学素子において、
前記レリーフパターンを形成しない面の少なくとも1つの面を曲面としたことを特徴とする回折光学素子。 - 請求項10記載の回折光学素子において、
前記曲面は、レンズ作用を有することを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1〜4のいずれか一項に記載の回折光学素子において、
外部に接する面の少なくとも1つの面に、ミラーコートを有することを特徴とする回折光学素子。 - 請求項12記載の回折光学素子において、
前記ミラーコートを有する面を構成する光学材料と接する異なる光学材料の面に前記レリーフパターンを形成すると共に、前記ミラーコートを有する面を構成する光学材料の厚さを、前記レリーフパターンの溝深さと実質的に等しくしたことを特徴とする回折光学素子。 - 請求項1〜4のいずれか一項に記載の回折光学素子において、
互いに接する異なる2種類の光学材料の少なくとも一方を、プラスチック光学材料をもって構成したことを特徴とする回折光学素子。
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