JP6497605B2 - 雌蚕致死カイコ系統 - Google Patents

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Description

本発明は、変異型Masc遺伝子発現ベクターを有する雌蚕致死カイコ系統、及びそれを用いた雌蚕排除方法に関する。
カイコ(Bombyx mori)のオスが吐糸する絹糸は、メスが吐糸する絹糸よりも細長く、繊度偏差も少ないことから糸質的に優れている。また、同量の餌量を摂取させた場合でも、オスの生糸の産生量は、メスよりも約20%も多いことが知られている(非特許文献1)。さらに、カイコは飛翔能力を失っているため、カルタヘナ法に基づく第一種使用、すなわち環境中への拡散を防止せずに行う使用が承認されているが、カイコのメスは、外部から侵入し得るクワコ(Bombyx mandarina)のオスと交雑する可能性を排除できない。そのため、有用系統の維持や遺伝子組換え体の環境中への拡散を防止する上でもオス個体のみを飼育する雄蚕飼育が求められている。それ故にカイコの飼育個体を自在にオス化する技術は、産業上極めて有用である。
カイコを含むチョウ目の昆虫では、性決定カスケードの最下流で転写因子をコードするdoublesex(dsx)遺伝子が機能し、そのmRNAのスプライシングパターンによって性決定がなされることが判明している。雄蚕飼育法を確立するため、これまでにオス型スプライシングパターンを示すカイコdsx(Bmdsx)を過剰発現させて、個体をオス化する試み等がなされたが、いずれも成功していない(非特許文献2及び3)。
カイコを含むチョウ目の昆虫では、dsx遺伝子の上流において性決定カスケードに機能する因子がほとんど明らかにされていない。カイコの性染色体は、ZW型であり、Z/Wがメスになり、Z/Zがオスになることが知られている。すなわち、メスへテロ型の染色体で、W染色体の存在が雌性を決定する(非特許文献4)。それ故、W染色体上にメス決定遺伝子が存在することが予想され、長年にわたりその実体について研究がなされてきた。ところが、カイコのW染色体はトランスポゾンが多重に挿入された複雑な構造をしている(非特許文献5)ことから全領域にわたる塩基配列の決定が困難であり、またメスでは組換えが起こらないため順遺伝学的な解析ができず、メス決定遺伝子の正体は明らかにされないままであった。したがって、カイコの性決定機構や性分化遺伝子を利用して、オスのみを飼育する技術は現在まで確立していない。
ただし、雄蚕飼育が可能な品種としては、日本で育種開発された「プラチナボーイ(登録商標)」(大日本蚕糸会)が知られている。この品種は、2種類の平衡致死遺伝子を利用して、メス個体では致死遺伝子が働いて胚致死となり、オス個体のみが生存できるように設計されている(非特許文献6)。プラチナボーイは、上市されており、生産される絹糸の品質の高さには定評がある(非特許文献7)。しかし、この品種は、作出までに多大な労力と時間を要するという大きな問題がある。通常、プラチナボーイを得るには、2世代前にまで遡って交配作業を行なわなければならず、作出までに1年という時間を要する。さらに、系統を維持するためには、オス個体に前記平衡致死遺伝子を保持させておく必要があり、そのためには、別途、特殊な染色体を持つメスと交配させ続けておく必要がある。また、この品種をトランスジェニック系統に応用した場合、平衡致死遺伝子と外来遺伝子を保持させるために数代の交配が必要となり、系統の維持及び管理が極めて煩雑になるという問題もある。
清水慈ら,1952,蚕糸研究, 1: 12-13. Suzuki, M.G.et al., 2001, Insect Biochem. Mol. Biol., 31: 1201-1211. Xu, J. et al., 2014, Insect Mol. Biol. 23: 800-807. 橋本春雄, 1993, 遺伝学雑誌, 8: 245-247 Abe, H., et al., 2005, Cytogenet. Genome Res., 110: 144-151 大沼昭夫, 2005, 日蚕雑, 74, 81-87 長町美和子, 2007, 株式会社ラトルズ(東京), 天の虫天の糸(蚕からの着物づくり), pp.103-146
本発明の課題は、性決定機構又は性分化遺伝子を利用して、遺伝的バックグラウンドを乱すこと無く系統の維持及び管理を容易に行うことができ、遺伝子組換え技術への応用が可能で、また短期間で簡便に、かつ任意に、雄性飼育できるチョウ目昆虫系統、特にカイコ系統を確立し、提供することである。
本発明者らは、近年、カイコの初期胚において雌雄のトランスクリプトームを比較することによってW染色体から産生されるメスに特異的な転写産物を同定し、それがpiRNAの前駆体であることを突き止めた(Kiuchi T., et al., 2014, Nature, 509: 633-636)。また、この転写産物から産生されるFem piRNAの標的遺伝子がZ染色体に存在する雄化遺伝子Masculinizer(Masc)遺伝子であることを見出した(Kiuchi T., et al., 2014;前述)。オスではMasc遺伝子の働きによってオス化が誘導されるのに対して、メスではMasc遺伝子がFem piRNAとカイコのPIWIタンパク質であるSiwiとの複合体の働きによって切断されるためメス化が誘導されることが明らかになった(Kiuchi T., et al., 2014;前述)。一方、Fem piRNA-Siwi複合体は、Masc遺伝子のFem認識領域内に置換変異を導入した変異型Masc遺伝子を切断できないことも判明した(Kiuchi T., et al., 2014;前述)。
本発明者らは、さらに研究を進めた結果、変異型Masc遺伝子をカイコ内で過剰発現させた場合、オス個体には異常は見られなかったが、メス個体はオス化することなく、若齢幼虫時までに死亡することが明らかとなった。本発明者らは、この知見に基づいて、変異型Masc遺伝子をチョウ目昆虫の宿主細胞内に導入し、その発現を制御することによって宿主のメス致死性を制御し、飼育個体を任意にオス個体にすることに成功した。本発明は、当該研究成果に基づくものであって以下を提供する。
(1)Fem piRNA-Siwi複合体に対する切断耐性と野生型Masc遺伝子の活性を有する変異型Masc遺伝子であって、配列番号1で示される塩基配列からなるカイコMasc遺伝子において1391位〜1419位のFem piRNA認識配列内、又はカイコMasc遺伝子のチョウ目昆虫のオルソログにおいて前記Fem piRNA認識配列に対応する塩基配列内に1又は2以上の、ナンセンス変異以外の塩基置換、フレームシフトを生じない欠失、及び/又はフレームシフトを生じない付加を有する前記変異型Masc遺伝子。
(2)前記変異がカイコMasc遺伝子におけるFem piRNA認識配列内の1409位及び1410位を含む連続する15塩基からなる領域内、又はカイコMasc遺伝子のチョウ目昆虫のオルソログにおける対応する領域内に存在する、(1)に記載の変異型Masc遺伝子。
(3)前記塩基置換がサイレント変異である、(1)又は(2)に記載の変異型Masc遺伝子。
(4)ユビキタスな発現誘導型プロモーターの下流に機能的に連結した(1)〜(3)のいずれかに記載の変異型Masc遺伝子を発現可能な状態で含む変異型Masc遺伝子発現ベクター。
(5)前記ユビキタスな発現誘導型プロモーターが熱ショックタンパク質70プロモーターである、(4)に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクター。
(6)ユビキタスなプロモーター及び該プロモーターの下流に機能的に連結した転写調節因子をコードする遺伝子を含む第1発現ユニット、及び該転写調節因子の標的プロモーター及び該標的プロモーターの下流に機能的に連結した(1)〜(3)のいずれかに記載の変異型Masc遺伝子を含む第2発現ユニットから構成される変異型Masc遺伝子発現ベクター。
(7)前記ユビキタスなプロモーターがアクチン3プロモーター、熱ショックタンパク質70プロモーター、又は伸長因子プロモーターである、(6)に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクター。
(8)前記転写調節因子をコードする遺伝子がGAL4遺伝子であり、かつ該転写調節因子の標的プロモーターがUASプロモーターである、(6)又は(7)に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクター。
(9)前記(4)又は(5)に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクターを含む雌蚕致死カイコ系統。
(10)前記(6)に記載の第2発現ユニットのみを含む雌蚕致死カイコ系統。
(11)前記(8)に記載の第2発現ユニットのみを含む雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統。
(12)前記(9)に記載の雌蚕致死カイコ系統において、発生初期の胚に発現誘導処理を施す工程を含む雌蚕致死カイコの作出方法。
(13)前記(6)又は(7)に記載の第1発現ユニットを有する遺伝子組換えカイコ系統と(10)に記載の雌蚕致死カイコ系統とを交配させる工程、及び前記第1及び第2発現ユニットを有する雌蚕致死カイコを選択する工程を含む雌蚕致死カイコの作出方法。
(14)前記(8)に記載の第1発現ユニットを有する雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統と(11)に記載の雌蚕致死雄蚕不妊系統とを交配させる工程、及び前記第1及び第2発現ユニットを有する雌蚕致死雄蚕不妊カイコを選択する工程を含む雌蚕致死雄蚕不妊カイコの作出方法。
本発明の変異型Masc遺伝子及び発現ベクターを使用すれば、雌蚕致死カイコ系統を容易に作出することができる。
本発明の雌蚕致死カイコ系統によれば、当該系統から雌蚕致死カイコを容易に得ることが可能な系統を、遺伝的バックグラウンドを乱すこと無く、容易に維持又は管理することができる。遺伝子組換え技術への応用が可能で、短期間で簡便に、かつ任意に、雄性飼育をすることができる。それによって、高品質の絹糸を効率的に生産することができる。
本発明の雌蚕致死雄不妊カイコ系統によれば、自然界のクワコ個体との交雑を抑止できることから遺伝子組換えカイコの子孫の環境中への拡散を防止し、また有用な系統への遺伝的なコンタミを防ぐことができる。
本発明の雄蚕飼育方法によれば、蚕品種や遺伝的バックグラウンドに依ることなく雌蚕致死カイコを作出することができる。
本発明の不妊雄蚕飼育方法によれば、前記雄蚕飼育方法の効果に加えて、不妊の雌蚕致死カイコを作出することができる。
野生型Masc遺伝子(Masc WT)と本実施例で使用した変異型Masc遺伝子(MascR)におけるFem piRNA認識配列周辺の塩基配列を示した図である。図中、黒枠で囲んだ領域がFem piRNA認識配列である。星印は、Masc WTとMascRで対応する塩基が一致していることを示す。また、黒丸は、変異型Masc遺伝子において置換変異を導入した箇所である。矢印は、Fem piRNA-Siwi複合体によって切断される位置を示す。 カイコMasc遺伝子のFem piRNA認識配列において、切断耐性変異として好ましいサイレント変異を示す。最上段はFem piRNA認識配列内の塩基がコードするアミノ酸配列を示す。Masc WT及びMascRは、それぞれ野生型Masc遺伝子と変異型Masc遺伝子のFem piRNA認識配列を示す。MascRの塩基配列で下線を引いた塩基は、切断耐性変異として好ましいサイレント変異の部位とその変異塩基を示している。bは、c、g又はtであることを示す。dは、a、g又はtであることを示す。hは、a、c又はtであることを示す。 本発明のMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットpUAS-MascRと、その対照用第2発現ユニットpUAS-Mascの構成を示す概念図である。矢頭は、Masc遺伝子におけるFem piRNA認識配列の位置を示している。 雌蚕致死カイコにおける各遺伝子型の性比を示す図である。A及びBは、sumi13系統(本発明の雌蚕致死カイコ)と193-2系統(BmA3-GAL4系統)との交配で得られたF1個体のうち5齢幼虫ステージで生存する個体における各遺伝子型の性比を、C及びDは、sumi12系統(対照用カイコ系統)と193-2系統(BmA3-GAL4系統)との交配で得られたF1個体のうち5齢幼虫ステージで生存する個体における各遺伝子型の性比を、そしてE及びFは、雌蚕致死カイコ系統との交配に用いたMascR遺伝子発現ベクター第1発現ユニットBmA3-GAL4を有する193-2系統の5齢幼虫ステージで生存する個体における各遺伝子型の性比を示す。各パネルにおいて、G+Rは、本発明のMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットpUAS-MascR及び第1発現ユニットBmA3-GAL4を有する個体群における性比であることを示す。Gは、第1発現ユニットBmA3-GAL4のみを有する個体群における性比であることを示す。Rは、本発明のMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットpUAS-MascRのみを有する個体群における性比であることを示す。Negativeは、第1発現ユニットBmA3-GAL4及び本発明のMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットpUAS-MascRのいずれをも有さない個体群における性比であることを示す。各パネルの黒四角はオス個体の割合を示し、白四角はメス個体の割合を示す。 本発明のMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットpUAS-MascR及び第1発現ユニットBmA3-GAL4をともに有するF1個体における性染色体の核型をPCRによって検出した結果を示す図である。AはF1個体のうち死亡した幼虫個体の核型を、BはF1個体のうち生存する5齢幼虫ステージまで生存した幼虫個体の核型を示している。 雌蚕致死カイコを含む各系統のカイコに繭を形成させたときの繭の形態(A)とその繭内の蛹の形態及び性別(B)を示す。 193-2系統と白/C系統を相互交配させた時のメスの産卵状態を示した図である。Aは193-2系統のメスと白/C系統のオスを交配させた場合、Bは白/C系統のメスと193-2系統のオスを交配させた場合の同面積内における産卵数を示す。 白/C系統のメスと様々な系統のオスを交配させたときの白/C系統メスにおける産卵数の違いを示す図である。1は未交尾メス、2は白/C系統メス×193-2系統オス、3は白/C系統メス×w1-pnd系統オス、及び4は白/C系統メス×白/C系統オスを示す。
1.変異型Masc遺伝子
1−1.概要
本発明の第1の態様は変異型Masc遺伝子である。本発明の変異型Masc遺伝子は、Fem piRNA-Siwi複合体に対して切断耐性を有することを特徴とする。
1−2.定義
本明細書で使用する以下の主要な用語について定義する。
「piRNA(PIWI-interacting RNA)」とは、生殖細胞形成や性決定に関与する23〜30塩基長の非コーディング小分子RNAである。piRNAは、前駆体の状態で発現し、切断及び修飾等のプロセシングを経た後、標的RNAに相補的な塩基配列からなる認識領域を有する成熟piRNAとなる。その後、piRNAは、PIWI(P-element Induced Wimpy Testis)タンパク質と複合体を形成し、認識領域を介して標的RNAと結合することによって、一本鎖RNAの切断活性を有するPIWIタンパク質を標的RNAに誘導する。piRNA-PIWI複合体は、標的RNAをpiRNAの5’末端から10位と11位の塩基間を切断することが知られている(Brennecke, J., et al., Cell, 2007, 128, 1089-1103;Gunawardane, L. S., et al., 2007, Science, 315, 1587-1590)。
「Fem piRNA」とは、カイコの雌性決定遺伝子であるFeminizer(Fem)遺伝子の転写産物から産生される小分子RNAである。Fem piRNAは、配列番号3で示す29塩基からなるpiRNA(PIWI-interacting RNA)で構成されている。Fem piRNAは、カイコのPIWIオルソログであるSiwiと複合体を形成し、後述するカイコの雄性決定遺伝子であるMasc遺伝子の転写産物(Masc mRNA)を特定の位置で切断することによって、Mascタンパク質の発現を抑制する。Masc mRNAが切断されたメス個体では、性決定カスケードの最下流で機能するdouble sex(dsx)遺伝子の転写産物(dsx mRNA)がメス特異的なスプライシングパターンを示し、雌化が誘導される。
「Masc(Masculinizer)遺伝子」とは、Z染色体上にコードされるカイコの雄性決定遺伝子である。Masc遺伝子は、2つのCCCHドメインをタンデムに有するジンクフィンガータンパク質Mascをコードしており、チョウ目昆虫においてのみオルソログが存在する。前述のようにMasc遺伝子は、Fem piRNA-Siwi複合体の標的遺伝子であり、W染色体を有する雌個体中ではFem piRNA-Siwi複合体によりMasc mRNAが切断される。一方、W染色体のない雄個体中では、Fem遺伝子が存在しないため、Masc mRNAは切断されることがなく、発現したMascタンパク質は、dsx mRNAをオス特異的なスプライシングパターンに誘導する結果、個体の雄化が誘導される。
「チョウ目昆虫」とは、分類学上のチョウ目(Lepidoptera)に属する昆虫であって、チョウ又はガをいう。チョウには、タテハチョウ科(Nymphalidae)、アゲハチョウ科(Papilionidae)、シロチョウ科(Pieridae)、シジミチョウ科(Lycaenidae)、及びセセリチョウ科(Hesperiidae)に属する昆虫が含まれる。ガには、ヤママユガ科(Saturniidae)、カイコガ科(Bombycidae)、イボタガ科(Brahmaeidae)、オビガ科(Eupterotidae)、カレハガ科(Lasiocampidae)、ミノガ科(Psychidae)、シャクガ(Geometridae)、ヒトリガ科(Archtiidae)、ヤガ科(Noctuidae)、メイガ科(Pyralidae)、スズメガ科(Sphingidae)等に属する昆虫が含まれる。例えば、ガであれば、Bombyx属、Samia属、Antheraea属、Saturnia属、Attacus属、Rhodinia属に属する種、具体的には、カイコ、クワコ(Bombyx mandarina)、シンジュサン(Samia cynthia;エリサンSamia cynthia ricini及びシンジュサンとエリサンの交配種を含む)、ヤママユガ(Antheraea yamamai)、サクサン(Antheraea pernyi)、ヒメヤママユ(Saturnia japonica)、オオミズアオ(Actias gnoma)等が挙げられるが、本発明のチョウ目昆虫は、これらに限定はされない。
1−3.構成
本発明の変異型Masc遺伝子は、Fem piRNA-Siwi複合体に対する切断耐性と野生型Masc遺伝子の活性を有する変異型Masc遺伝子である。
「変異型Masc遺伝子」(本明細書では、しばしばMascR(Fem piRNA-resistant Masc)遺伝子と表記する)とは、野生型Masc遺伝子の塩基配列の一部に変異を生じたMasc遺伝子である。ただし、MascR遺伝子がコードする変異型Mascタンパク質(本明細書では、しばしばMascRタンパク質と表記する)は、必ずしもアミノ酸変異を有するとは限らない。例えば、後述する塩基置換がサイレント変異の場合、発現するMascRタンパク質は、野生型Mascタンパク質と同一のアミノ酸配列である。
「Fem piRNA-Siwi複合体に対する切断耐性を有する変異」(本明細書では、しばしば「切断耐性変異」と略称する)とは、Masc遺伝子上に生じた変異であって、Fem piRNA-Siwi複合体に対する切断耐性能をMasc遺伝子に付与する変異をいう。当該変異により、Fem piRNAによる塩基対合を介したMasc mRNAとの結合及び認識が抑制され、その結果、Fem piRNA-Siwi複合体によるMasc mRNAの切断が阻害される。それ故、Fem piRNA存在下であっても、Masc mRNAが切断されることなく機能的なMascタンパク質を発現することができる。
「野生型Masc遺伝子の活性」とは、機能的なMascタンパク質をコードしていることをいう。
「機能的なMascタンパク質」とは、野生型Mascタンパク質に見られる活性、すなわち細胞内のdsx mRNAをオス特異的スプライシングパターンに誘導する活性を有するMascタンパク質をいう。変異型Masc遺伝子が野生型Masc遺伝子の活性を保持しているか否かは、例えば、メスのカイコ由来の培養細胞に、変異型Masc遺伝子の発現ベクターを導入し、培養細胞内で発現する変異型Mascタンパク質によって細胞が有するdsx mRNAのスプライシングパターンがオス特異的スプライシングパターンに変換するか否かを調べることによって決定できる(Kiuchi T., et al., 2014;前述)。具体的には、まず、薬剤耐性マーカー遺伝子を有する変異型Masc遺伝子の発現ベクターをメスのカイコ由来の培養細胞(例えば、カイコ卵巣由来のBmN4細胞)に形質転換法で導入した後、細胞を薬剤で選抜する。続いて、上記発現ベクターを保持し、変異型Masc遺伝子を発現する細胞から常法に従いmRNAを精製し、これを鋳型としてcDNAを作製する。cDNAを鋳型とし、dsx mRNAのスプライシングパターンがオス特異的かメス特異的かを区別することができるDNAプライマーペア(例えば、配列番号4で示すBmdsx-Fと配列番号5で示すBmdsx-Rのペア)を用いたPCRにより、細胞内のdsx mRNAのスプライシングパターンがオス特異的スプライシングパターンに変換されているか否かを調べる。その結果、変異型Masc遺伝子が導入された細胞におけるdsx mRNAのスプライシングパターンがオス特異的スプライシングパターンに変換されている場合は、当該変異型Masc遺伝子は、野生型Masc遺伝子活性を保持する変異型Masc遺伝子であることが示される。
前記切断耐性変異は、Masc遺伝子上のFem piRNA認識配列内に存在する。Fem piRNA認識配列は、カイコの場合、配列番号1で示される塩基配列からなるMasc遺伝子において開始コドンatgのa(アデニン)を1位としたときに1391位〜1419位の塩基配列が該当する。また、カイコ以外のチョウ目昆虫の場合であれば、カイコMasc遺伝子オルソログにおいて、カイコMasc遺伝子のFem piRNA認識配列に対応する塩基配列が該当する。
前記Fem piRNA認識配列内で、切断耐性変異が存在する位置として好ましい領域は、Fem piRNAと相補結合によって直接塩基対合を形成する領域である。例えば、カイコの場合には、Masc遺伝子の1409位及び1410位を含む15塩基からなる領域、特にMasc mRNAの切断に重要な1407位〜1418位の12塩基からなる領域が該当する。またカイコ以外のチョウ目昆虫の場合も、カイコMasc遺伝子オルソログにおいて前記領域に対応する塩基配列が該当する。
切断耐性変異の種類には、ナンセンス変異以外の塩基置換、フレームシフトを生じない欠失、又はフレームシフトを生じない付加が挙げられる。
(1)ナンセンス変異以外の塩基置換
「塩基置換(変異)」は、野生型遺伝子の塩基の一部が他の塩基と置き換わる変異である。本明細書では、野生型Masc遺伝子の塩基の一部が他の塩基と置き換わった変異が該当する。
塩基置換には、点突然変異のような1塩基置換の他、連続する2塩基以上の置換があるが、本発明のMascR遺伝子においては、いずれの塩基置換も包含する。
塩基置換には、置換前後の塩基間の性質に基づいて、トランジション変異及びトランスバージョン変異がある。トランジション変異は、プリン間又はピリミジン間の置換である。例えば、a(アデニン)からg(グアニン)への置換、及びgからへaの置換が挙げられる。トランスバージョン変異は、プリンとピリミジン間の置換である。例えば、c(シトシン)からt(チミン)への置換、及びtからcへの置換が挙げられる。本発明のMascR遺伝子においては、いずれの変異であってもよい。
塩基置換には、コードするアミノ酸への影響に基づいた変異として、サイレント変異、ミスセンス変異、及びナンセンス変異がある。サイレント変異は、縮重コドンへの置換であって、アミノ酸置換を生じない塩基置換である。ミスセンス変異は、Mascタンパク質のアミノ酸配列にアミノ酸置換をもたらす塩基置換である。また、ナンセンス変異は、終止コドンをもたらす塩基置換である。
塩基置換では、塩基置換を生じる前と生じた後(例えば、野生型Masc遺伝子とMascR遺伝子との間)で塩基数が増減しないことからフレームシフトは生じない。ただし、ナンセンス変異の場合、終止コドンの挿入により下流のアミノ酸が欠失した切断型(truncated)タンパク質となる。それ故、本発明の塩基置換としては好ましくない。したがって、発明のMascR遺伝子における塩基置換は、ナンセンス変異以外であれば、サイレント変異又はミスセンス変異のいずれであってもよい。ただし、ミスセンス変異の場合、そのアミノ酸置換を有するMascRタンパク質が機能的なMascタンパク質であることが望ましい。好ましくはMascタンパク質のアミノ酸配列を変化させないサイレント変異である。
図2にカイコMasc遺伝子のFem piRNA認識配列において切断耐性変異として好ましいサイレント変異を示す。カイコMasc遺伝子では、1395位のcからa、g又はtへの変異(本明細書では「c1395d」と表記する。以下同様;d=a, g, t)、t1398c、g1401h(h=a, c, t)、t1404c、c1405a/a1407g(c1405a及びa1407gの二重変異を示す)、a1407b(b=c, g, t)、a1410g、a1413g、g1416a、及びa1419bが切断耐性変異として挙げられる。カイコMasc遺伝子オルソログにおいても、カイコと同様に、Fem piRNA認識配列に対応する塩基配列において、アミノ酸置換を生じないサイレント変異であればよい。
一方、ミスセンス変異によって生じるMascRタンパク質が機能的なMascタンパク質であるためには、ミスセンス変異によって生じるアミノ酸置換が保存的アミノ酸置換であればよい。
「保存的アミノ酸置換」とは、アミノ酸をその性質に基づいて分類したときに、同じアミノ酸群内のアミノ酸間での置換をいう。保存的アミノ酸置換であれば、置換前と置換後のアミノ酸の性質が類似することから野生型タンパク質と実質的に同等な構造や性質を変異型タンパク質にもたらし得る。前記アミノ酸群には、非極性アミノ酸群(アラニン(A)、フェニルアラニン(F)、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V)、メチオニン(M)、プロリン(P)、トリプトファン(W))、極性アミノ酸群(グリシン(G)、セリン(S)、トレオニン(T)、システイン(C)、アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、チロシン(Y)、リシン(K)、ヒスチジン(H)、アルギニン(R)、グルタミン酸(E)、アスパラギン酸(D))、酸性アミノ酸群(D、E)、塩基性アミノ酸群(R、H、K)、芳香族アミノ酸群(F、W、Y)、及び脂肪族アミノ酸群(G、A、L、I、V)等が挙げられる。
カイコMasc遺伝子のFem piRNA認識配列内(実質的にはミスセンス変異を生じ得る1393位〜1419位の範囲内)において、本発明の切断耐性変異として適当なミスセンス変異を表1に示す。
Figure 0006497605
(2)フレームシフトを生じない欠失
「欠失(変異)」とは、野生型遺伝子の塩基が失われる変異である。欠失変異には、フレームシフトを生じる欠失と生じない欠失がある。本発明のMascR遺伝子においては、フレームシフトを生じない欠失変異が対象となる。
「フレームシフトを生じない欠失」とは、野生型遺伝子において連続する3n個(nは整数)の塩基が欠失する結果、野生型遺伝子がコードするアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸の欠失をもたらす変異である。この変異は、変異部位の下流で読取枠のずれ、すなわちフレームシフトを生じない。
本発明の切断耐性変異として適当な欠失変異には、配列番号2に示すカイコMascタンパク質において、開始メチオニンを1位としたときに、425位〜476位の欠損(Masc-md1)をもたらす、Masc遺伝子における1273位〜1428位の欠失、450位〜476位の欠損(Masc-md2)をもたらす、Masc遺伝子における1348位〜1428位の欠失、463位〜476位の欠損(Masc-md3)をもたらす、Masc遺伝子における1387位〜1428位の欠失、及び469位〜476位の欠損(Masc-md4)をもたらす、Masc遺伝子における1408位〜1428位の欠失が挙げられる。
(3)フレームシフトを生じない付加
「付加(変異)」とは、野生型遺伝子の塩基配列中に塩基が挿入される変異である。付加変異には、欠失変異と同様に、フレームシフトを生じる付加と生じない付加がある。本発明のMascR遺伝子においては、フレームシフトを生じない付加変異が対象となる。
「フレームシフトを生じない付加」とは、野生型遺伝子において連続する3n個(nは整数)の塩基が付加される結果、野生型遺伝子がコードするアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸の挿入をもたらす変異である。この変異は、変異部位の下流でフレームシフトを生じない。
本発明のMascR遺伝子において、切断耐性変異の数は、Fem piRNAとMasc mRNAの塩基対合を介した結合を阻害できればよく、特に限定はしない。通常は、Fem piRNA認識配列内に1又は2以上、具体的には、例えば、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜3個、1〜4個、1〜3個、又は1又は2個あればよい。この切断耐性変異の数は、変異の種類にも依存する。1塩基置換の場合であれば、Fem piRNAとMasc mRNAとの塩基対合を介した結合を効果的に阻害するためには、Fem piRNA認識配列内に複数の変異を有することが好ましい。例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、又は10個である。一方、フレームシフトを生じない欠失変異や付加変異の場合であれば、1つの変異によって失われる塩基数や挿入される塩基数が多ければ、変異の数は少なくてもよい。
本発明のMascR遺伝子において、切断耐性変異が複数存在する場合、各変異は、同じ種類の変異であってもよいし、異なる変異であってもよい。例えば、1のMascR遺伝子が2以上の置換変異と1つの欠失変異を有していてもよい。
本発明のMascR遺伝子は、保存及び/又はクローニングのため、適当なクローニングベクター内に挿入されていてもよい。クローニングベクターの構築方法やそれを導入した大腸菌や酵母等の形質転換体の作製方法は、当該分野で公知の分子生物学技術を用いて行えばよい。これらの方法については、Green & Sambrook, 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York等のプロトコルを参考にすればよい。
2.変異型Masc遺伝子発現ベクター
2−1.概要
本発明の第2の態様は、変異型Masc遺伝子発現ベクター(本明細書では、しばしば「MascR遺伝子発現ベクター」と表記する)である。本発明のMascR遺伝子発現ベクターは、第1態様のMascR遺伝子を発現可能な状態で含むことを特徴とする。本発明のMascR遺伝子発現ベクターによれば、宿主に導入することで、MascR遺伝子を過剰発現させることができる。
2−2.構成
本明細書で「発現ベクター」とは、目的の遺伝子を発現可能な状態で含み、その遺伝子の発現を制御することのできる一つの発現系単位をいう。本発明で対象となる目的の遺伝子は、第1態様に記載したMascR遺伝子である。
本明細書で「発現可能な状態」とは、発現ベクター内で目的の遺伝子をプロモーターの制御下に配置することをいう。
本発明のMascR遺伝子発現ベクターの母核には、宿主細胞内で複製可能な様々な遺伝子発現ベクターを利用することができる。例えば、プラスミド若しくはバクミド(Bacmid)のような自律複製可能な発現ベクター、ウイルスベクター、又は染色体中に相同又は非相同組換え可能な発現ベクター若しくはそれを宿主の染色体中に挿入した染色体の一部が挙げられる。また、大腸菌、枯草菌又は酵母内でも複製可能なシャトルベクターを利用することもできる。
2−2−1.MascR遺伝子発現ベクターの構成要素
MascR遺伝子発現ベクターは、宿主細胞内でMascR遺伝子を発現できるように構成されている。MascR遺伝子発現ベクターの構成要素には、第1態様のMascR遺伝子及びユビキタスなプロモーターを必須構成要素として含む。また、マルチクローニングサイト、5’UTR、3’UTR、ターミネーター、エンハンサー、標識遺伝子、インスレーター、及びトランスポゾンの逆位末端反復配列等を選択構成要素として含む。さらに、MascR遺伝子発現ベクターが、後述する第1発現ユニットと第2発現ユニットの2つのユニットで構成される場合には、転写調節因子の遺伝子及び該転写調節因子の標的プロモーターを必須の構成要素として包含する。以下、本発明のMascR遺伝子発現ベクターの各構成要素について具体的に説明をする。
(1)MascR遺伝子
MascR遺伝子の構成については、第1態様に詳述しており、ここでの説明は省略する。
(2)プロモーター
本発明のMascR遺伝子発現ベクターに包含されるプロモーターは、ユビキタスなプロモーターである。
「ユビキタスなプロモーター」とは、当該プロモーターの下流(3’末端側)に配置された目的の遺伝子、すなわちMascR遺伝子を、当該発現ベクターを導入した宿主個体全体で発現することのできるプロモーターである。本明細書では、特定の細胞や組織での発現を制御する部位特異的プロモーターに対応する用語として使用する。
ユビキタスなプロモーターは、その発現制御時期から、構成的活性型プロモーター、発現誘導型プロモーター又は時期特異的活性型プロモーターに分類することができる。
構成的活性型プロモーターは、宿主細胞内で目的の遺伝子を恒常的に発現することができる。カイコにおける構成的活性型プロモーターの具体例としては、アクチン3遺伝子由来のアクチン3プロモーター(A3プロモーター)、カイコ熱ショックタンパク質90(hsp90)遺伝子由来の熱ショックタンパク質90プロモーター(hsp90プロモーター)、カイコ伸長因子1α(Elongation Factor-1α)遺伝子由来の伸長因子1プロモーター(EF-1プロモーター)、及びBmNPV(Bombyx mori nuclear polyhedrosis virus)の最初期遺伝子1(immediate-early gene 1;ie-1)のプロモーター等が挙げられる。A3プロモーターの塩基配列を配列番号6に、またhsp90プロモーターの塩基配列を配列番号7に示す。
発現誘導型プロモーターは、宿主細胞内で目的の遺伝子の発現を任意の時期に誘導することができる。したがって、このタイプのプロモーターは、後述する「MascR遺伝子発現ベクターのユニット構成」において、MascR遺伝子発現ベクターが1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合に、MascR遺伝子発現ベクターを有する宿主系統を維持する上で、特に有用である。カイコにおける発現誘導型プロモーターの具体例としては、熱ショックタンパク質70(hsp70)遺伝子由来の熱ショックタンパク質70プロモーター(hsp70プロモーター)が挙げられる。hsp70プロモーターの塩基配列を配列番号8に示す。
時期特異的活性型プロモーターは、宿主細胞内で目的の遺伝子を発生段階の特定の時期のみに発現誘導することができる。本発明の解決課題の一つである、雌個体の致死化を達成するためには、MascRタンパク質は、胚発生の初期段階で機能する必要がある。したがって、本発明のMascR遺伝子発現ベクターに包含され得る時期特異的活性型プロモーターは、胚発生の初期段階での発現を誘導することが望ましい。
上記ユビキタスなプロモーターは、いずれも宿主細胞内にMascR遺伝子の過剰な発現をもたらし得る。したがって、本明細書におけるユビキタスなプロモーターは、過剰発現型プロモーターと解してよい。
プロモーターのドナー生物種は、MascR遺伝子発現ベクターを導入する宿主細胞内で作動可能である限り、特に限定はしない。好適なドナー生物種は、MascR遺伝子発現ベクターの宿主と分類学上で同目に属する種である。例えば、宿主がカイコの場合、ドナー生物種は、カイコと同じチョウ目(Lepidoptera)に属する種、好ましくはカイコと同じカイコガ科(Bombycidae)に属する種、より好ましくはクワコ(Bombyx mandarina)のように同じBombyx属に属する種が適当である。最も好ましくいドナー生物種は、同種のカイコである。
(3)マルチクローニングサイト
「マルチクローニングサイト」は、複数のクローニング用制限酵素部位からなるクラスター配列である。マルチクローニングサイトを構成する塩基配列や包含する制限酵素部位の種類及び数については、特に制限はしない。また、MascR遺伝子発現ベクターにおけるマルチクローニングサイトの数や配置される位置についても、制限はしないが、前記ユビキタスなプロモーターの制御領域範囲内に配置することが好ましい。そのような位置に配置することで、MascR遺伝子を本発明のMascR遺伝子発現ベクター内に容易に挿入できるからである。
(4)5’UTR(5’untranslated region)及び3’UTR(3’untranslated region)
「5’UTR及び3’UTR」は、いずれもそれ自身がタンパク質やその断片、又は機能性核酸をコードしない非翻訳領域からなるポリヌクレオチドである。各UTRを構成する塩基配列は、限定はしないがMasc遺伝子に由来する5’UTR及び3’UTRであることが好ましい。特に好ましいのはMasc遺伝子自身の5’UTR及び3’UTR由来の塩基配列である。MascR遺伝子発現ベクターにおいて5’UTRは、前記MascR遺伝子の開始コドンの上流(5’末端側)に配置され、3’UTRは、MascR遺伝子の終止コドンの下流(3’末端側)に配置される。なお、3’UTRは、ポリAシグナルを含むことができる。
(5)ターミネーター
「ターミネーター」は、本発明のMascR遺伝子発現ベクターにおいて、MascR遺伝子の3’末端側、好ましくは終止コドンの下流に配置される塩基配列で、MascR遺伝子の転写を終結できる塩基配列で構成されている。例えば、配列番号9で示す塩基配列からなるhsp70ターミネーターや配列番号10で示す塩基配列からなるSV40ターミネーターが挙げられる。
(6)エンハンサー
「エンハンサー」は、本発明のMascR遺伝子発現ベクターにおいて、ユビキタスなプロモーターの制御によるMascR遺伝子の発現をさらに増強することができる塩基配列からなる。
(7)標識遺伝子
「標識遺伝子」は、選抜マーカーとも呼ばれる標識タンパク質をコードする遺伝子である。「標識タンパク質」とは、その活性に基づいて標識遺伝子の発現の有無を判別することのできるポリペプチドをいう。したがって、MascR遺伝子発現ベクターが標識遺伝子を含んでいる場合、標識タンパク質の活性に基づいて、MascR遺伝子発現ベクターを保有する宿主、すなわち形質転換体を容易に判別することができる。ここで「活性に基づいて」とは、活性の検出結果に基づいて、という意味である。活性の検出は、標識タンパク質の活性そのものを直接的に検出するものであってもよいし、色素のような標識タンパク質の活性によって発生する代謝物を介して間接的に検出するものであってもよい。検出は、化学的検出(酵素反応的検出を含む)、物理的検出(行動分析的検出を含む)、又は検出者の感覚的検出(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚による検出を含む)のいずれであってもよい。
標識遺伝子がコードする標識タンパク質の種類は、当該分野で公知の方法によりその活性を検出可能な限り、特に限定はしない。好ましくは検出に際して形質転換体に対する侵襲性の低い標識タンパク質である。例えば、蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、外部分泌タンパク質、外部形態を制御するタンパク質等が挙げられる。蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、外部分泌タンパク質は、形質転換体の外部形態を変化させることなく特定の条件下で視覚的に検出可能なことから、形質転換体に対する侵襲性が非常に低く、また形質転換体の判別及び選抜が容易なため特に好適である。
「蛍光タンパク質」は、特定波長の励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、CFP、RFP、DsRed(3xP3-DsRedのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC、GFP(EGFP、3xP3-EGFP等の派生物を含む)等が挙げられる。
「色素合成タンパク質」は、色素の生合成に関与するタンパク質であり、通常は酵素である。ここでいう「色素」とは、形質転換体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドで、その種類は問わない。好ましくは個体の外部色彩として表れる色素である。例えば、メラニン系色素(ドーパミンメラニンを含む)、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が挙げられる。
本明細書で「発光タンパク質」とは、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又はその基質タンパク質の発光を触媒する酵素をいう。例えば、基質タンパク質としてのルシフェリン又はイクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが挙げられる。
本明細書で「外部分泌タンパク質」とは、細胞外又は体外に分泌されるタンパク質であり、外分泌性酵素の他、フィブロインのような繊維タンパク質やセリシンが該当する。外分泌性酵素には、ブラストサイジンのような薬剤の分解又は不活化に寄与し、宿主に薬剤耐性を付与する酵素の他、消化酵素が該当する。
標識遺伝子は、MascR遺伝子発現ベクターにおいてプロモーターの下流に発現可能な状態で配置される。
(8)インスレーター
「インスレーター」は、周囲の染色体のクロマチンによる影響を受けることなく、その配列に挟まれた遺伝子の転写を、安定的に制御できる塩基配列である。例えば、ニワトリのcHS4配列やショウジョウバエのgypsy配列などが挙げられる。
(9)トランスポゾンの逆位末端反復配列
「トランスポゾンの逆位末端反復配列(ITRs:inverted terminal repeat sequence)」は、本発明のMascR遺伝子発現ベクターを相同組換え可能な発現ベクターとする場合に含まれ得る選択構成要素である。逆位末端反復配列は、通常は2個1組で使用され、トランスポゾンとしては、piggyBac、mariner、minos等を用いることができる(Shimizu,K. et al., 2000, Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,2000, Insect Mol Biol 9(2):145-55)。
(10)転写調節因子の遺伝子
「転写調節因子の遺伝子」は、後述する第1発現ユニットの必須構成要素である。本明細書でいう「転写調節因子」とは、後述する標的プロモーターに結合して、その標的プロモーターを活性化することのできるタンパク質因子をいう。例えば、酵母のガラクトース代謝活性化タンパク質であるGAL4タンパク質、及びテトラサイクリン制御性トランス活性化因子であるtTA及びその変異体等が挙げられる。
(11)転写調節因子の標的プロモーター
「転写調節因子の標的プロモーター」とは、後述する第2発現ユニットの必須要素であって、第1発現ユニットにコードされた転写調節因子が結合することよって、その制御下にある遺伝子発現を活性化することのできるプロモーターをいう。前記転写調節因子とその標的プロモーターは、前記転写調節因子とは対応関係にあり、通常、転写調節因子が定まれば、その標的プロモーターも必然的に定まる。例えば、転写調節因子がGAL4タンパク質の場合には、UAS(Upstream Activating Sequence)が使用される。
2−2−2.MascR遺伝子発現ベクターのユニット構成
MascR遺伝子発現ベクターは、1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合と、2つの遺伝子発現ユニットで構成される場合がある。以下、それぞれの場合について説明をする。
(1)1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合
MascR遺伝子発現ベクターが1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合、MascR遺伝子発現ベクターは、MascR遺伝子を宿主細胞内で発現させる上で必要な全ての構成要素を1つの遺伝子発現ベクター内に含む。具体的には、必須の構成要素であるユビキタスなプロモーター及びそのプロモーターの下流に機能的に結合したMascR遺伝子を含む。
MascR遺伝子発現ベクターが1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合、プロモーターは、雌性致死系統の維持、管理上、発現誘導型プロモーターが望ましい。また、MascR遺伝子発現ベクターは、1つのプロモーター制御下にMascR遺伝子を2以上含んでいてもよい。MascR遺伝子発現ベクターが1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合、MascR遺伝子発現ベクターを宿主に導入するだけで、宿主細胞内でMascR遺伝子を過剰発現することができる。
(2)2つの遺伝子発現ユニットで構成される場合
MascR遺伝子発現ベクターが第1発現ユニット及び第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットで構成される場合、MascR遺伝子を発現する上で必須の構成要素は2つのユニットに分割されて存在する。本構成では、第1及び第2発現ユニットが宿主細胞内に併存してはじめて1つのMascR遺伝子発現ベクターとして機能する。すなわち、同一細胞内で第1発現ユニットに含まれるプロモーターの活性化により第1発現ユニットから転写調節因子が発現し、それが第2発現ユニットの標的プロモーターを活性化することによって目的のMascR遺伝子を発現することができる。第1及び第2発現ユニットは、以下の構成を有する。
「第1発現ユニット」は、プロモーターと該プロモーターの下流に機能的に結合した前述の転写調節因子の遺伝子を含んでなる。第1発現ユニットで使用するプロモーターは、前述のユビキタスなプロモーターを使用する。このとき、1つのプロモーター制御下に同一の又は異なる2以上の転写調節因子を含んでいてもよい。
また、第1発現ユニットは、プロモーターとその制御下にある転写調節因子の遺伝子からなる組を2組以上有することもできる。この場合、各組は同一の組であっても、又は異なる組であってもよい。
第1発現ユニットが包含するプロモーターは、既知のユビキタスなプロモーターを利用できることから、既存の遺伝子発現ベクターを利用することもできる。
「第2発現ユニット」は、前記第1発現ユニットにコードされた転写調節因子の標的プロモーターとその標的プロモーターの下流に機能的に結合したMascR遺伝子を含んでなる。第2発現ユニットに含まれる標的プロモーターは、第1発現ユニットにコードされる転写調節因子によって活性化されるプロモーターを選択する。例えば、標的プロモーター第1発現ユニットに含まれる転写調節因子の遺伝子がGAL4遺伝子であれば、第2発現ユニットのGAL4標的プロモーターにはUASが使用される。第2発現ユニットは、1つの標的プロモーター制御下に同一の又は異なるMascR遺伝子を2以上含んでいてもよい。
また、第2発現ユニットは、標的プロモーターとその制御下にあるMascR遺伝子からなる組を2組以上有していてもよい。この場合、各組は同一の組であっても、又は異なる組であってもよい。
さらに、第2発現ユニットは、MascR遺伝子を含む同一の又は異なる2以上のユニットで構成されていてもよい。この場合、1つの第1発現ユニットから発現した転写調節因子は、複数の第2発現ユニットの標的プロモーターを活性化することによって、それぞれの第2発現ユニットに含まれるMascR遺伝子を発現することができる。
本構成のMascR遺伝子発現ベクターは、雌性致死系統の維持管理の上で有用である。通常、宿主細胞内でMascR遺伝子を過剰発現させた場合、雌性致死となり系統を維持できない。しかし、第1及び第2発現ユニットのそれぞれを保有する系統を作製して、それぞれを個別に管理しておくことで、その維持が容易となる。
本構成のMascR遺伝子発現ベクターは、第1発現ユニットにコードされた転写調節因子を介して第2発現ユニットのMascR遺伝子の発現を増幅させることができる。したがって、MascR遺伝子を宿主細胞内で過剰発現させる上で好適である。
2−3.MascR遺伝子発現ベクターの宿主導入方法
MascR遺伝子発現ベクターの宿主導入方法について、説明をする。
MascR遺伝子発現ベクターを導入する宿主は、チョウ目昆虫個体、チョウ目昆虫由来の細胞(株化細胞を含む)、又はチョウ目昆虫由来の組織である。特に好ましいのはチョウ目昆虫個体である。細胞若しくは組織に導入する場合、採取された個体の発生ステージは、特に限定はしない。個体に導入する場合も、発生ステージや雌雄の限定は特になく、胚、幼虫、蛹、又は成虫のいずれのステージであってもよい。好ましくは、より高い効果が期待できる胚時期である。
MascR遺伝子発現ベクター導入方法は、導入するMascR遺伝子発現ベクターに応じて当該分野で公知の方法によって行えばよい。例えば、MascR遺伝子発現ベクターがトランスポゾンの逆位末端反復配列(ITRs)(Handler AM. et al., 1998, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95:7520-5)を有するプラスミドであり、導入する宿主がカイコであれば、Tamuraらの方法(Tamura T. et al., 2000, Nature Biotechnology, 18, 81-84)を応用することができる。例えば、適当な濃度に希釈した本発明のMascR遺伝子発現ベクターを、トランスポゾン転移酵素の遺伝子を有するヘルパーベクターと共にカイコ卵の初期胚にインジェクションすればよい。ヘルパーベクターには、例えば、pHA3PIGが利用できる。本発明のMascR遺伝子発現ベクターが標識遺伝子を含む場合には、前述のように、その遺伝子等の発現に基づいて目的の形質転換体を容易に選抜することができる。なお、この方法で得られた遺伝子組換えカイコは、MascR遺伝子発現ベクターがトランスポゾンの逆位末端反復配列を介して染色体中に組み込まれている。この遺伝子組換えカイコを必要に応じて兄妹交配又は同系交配を行い、染色体に挿入された発現ベクターのホモ接合体を得てもよい。
2−4.効果
本発明の変異型Masc(MascR)遺伝子発現ベクターをチョウ目昆虫の宿主に導入することで、その宿主を雌性致死にすることができる。また、2つの遺伝子発現ユニットで構成されるMascR遺伝子発現ベクターを用いることで、作出した雌性致死系統を容易に維持及び管理することが可能となる。それ故、2つの遺伝子発現ユニットで構成されるMascR遺伝子発現ベクターは、雌性致死系統を作出する上で、コストや労力を削減することができる。
3.雌蚕致死カイコ系統
3−1.概要
本発明の第3の態様は、雌蚕致死カイコ系統である。本態様の雌蚕致死カイコ系統は、第2態様に記載のMascR遺伝子発現ベクターを有する遺伝子組換えカイコ系統である。本系統を用いることで、雌蚕致死カイコを容易に得ることができる。
3−2.構成
本明細書で「雌蚕致死カイコ」とは、メス個体が発生開始後5齢幼虫ステージまでに死亡するカイコをいう。
「雌蚕致死カイコ系統」とは、メス個体を致死化する潜在性を有する継代可能な遺伝子組換えカイコ又はその後代をいう。
本発明の雌蚕致死カイコ系統は、第2態様に記載のMascR遺伝子発現ベクターを有する。雌蚕致死カイコ系統が有するMascR遺伝子発現ベクターは、第2態様で記載した1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合と2つの遺伝子発現ユニットで構成される場合のいずれであってもよい。後者の場合、遺伝子組換えカイコが第2発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統が本発明の雌蚕致死カイコ系統に含まれる。第2発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統を、第1発現ユニットを含むカイコ系統と交配し、第2発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統に含まれる第2発現ユニットからのMascR遺伝子の発現を誘導することにより、雌蚕致死カイコを容易に生産することができるという点で、第2発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統は、メス個体を致死化する潜在性を有するからである。第2発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統は、実施例2に記載のsumi-13系統(sumi13-1、sumi13-2)によって例示されるがそれらに限定されない。一方、第1発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統は、メス個体を致死化する直接的な潜在性はないことから、本発明の雌蚕致死カイコ系統には該当しない。
雌蚕致死カイコ系統において、MascR遺伝子発現ベクターは、カイコ細胞内に一過的に存在してもよいし、また染色体中に導入された状態等で安定的かつ継続的に存在してもよい。通常は、安定的かつ継続的に存在することが好ましい。
MascR遺伝子発現ベクターが1つの遺伝子発現ユニットで構成され、それが雌蚕致死カイコ系統の染色体上に存在する場合、MascR遺伝子発現ベクターにおいてMascR遺伝子の発現を制御するユビキタスなプロモーターは、発現誘導型プロモーターであることが望ましい。
MascR遺伝子発現ベクターが第1及び第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットで構成され、それぞれがカイコの染色体上に組み込まれている場合、第1及び第2発現ユニットは同一のカイコ個体の同一染色体上に存在していてもよいし、同一のカイコ個体の異なる染色体上に存在していてもよい。さらに、第1の発現ユニットと第2の発現ユニットがそれぞれ互いに異なるカイコ個体又はカイコ系統が有する染色体に組み込まれていることが望ましい。第1発現ユニットのみを(好ましくはホモ接合体で)有する系統と第2発現ユニットのみを(好ましくはホモ接合体で)有する雌蚕致死カイコ系統とを交配させることによって、F1で第1及び第2発現ユニットを有する雌蚕致死カイコを容易に得ることができる。この場合、第1発現ユニットに含まれるユビキタスなプロモーターは、第2態様に記載したユビキタスなプロモーターであれば、いずれのプロモーターを使用することができる。
一方、第1発現ユニット及び第2発現ユニットが同一のカイコ個体が有する同一染色体上に存在する場合には、継代過程で組換えによってそれぞれが分離しないように、発現ベクター間の距離が近く、互いに連鎖している方が好ましい。この場合、第1発現ユニットに含まれるユビキタスなプロモーターは、発現誘導型プロモーターであることが好ましい。
3−3.雌蚕致死カイコ系統の作出方法
本発明の雌蚕致死カイコ系統の作出方法は、組換えカイコを作出できるあらゆる方法を利用することができることから、特に限定はしない。組換えカイコを作出する方法として、例えば、MascR遺伝子発現ベクターをカイコに導入する方法が挙げられる。その具体的な方法は、第2態様の「2−3.MascR遺伝子発現ベクターの宿主導入方法」の項に記載した方法に準ずる。
MascR遺伝子発現ベクターが1つの遺伝子発現ユニットで構成される場合には、そのMascR遺伝子発現ベクターを、またMascR遺伝子発現ベクターが第1及び第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットで構成される場合には、第2発現ユニットを、カイコに導入することで雌蚕致死カイコ系統を得ることができる。
3−4.雌蚕致死カイコの作出方法
本発明の雌蚕致死カイコ系統を用いて、オス個体群のみから構成される雌蚕致死カイコを作出するには、例えば、(1)雌蚕致死カイコ系統に発現誘導処理を施す方法、及び(2)MascR遺伝子発現ベクターの第1発現ユニットと第2発現ユニットをそれぞれ有する2つの遺伝子組換えカイコの系統を交配して第1発現ユニットと第2発現ユニットの両方を有するF1個体を得る方法が挙げられる。以下、それぞれの方法について説明をするが、これらの方法に限定はされない。
(1)雌蚕致死カイコ系統に発現誘導処理を施す方法
この方法は、雌蚕致死カイコ系統が有するMascR遺伝子発現ベクターに包含されるユビキタスなプロモーターが発現誘導型プロモーターの場合に実施される。主として、雌蚕致死カイコ系統が1つの遺伝子発現ユニットで構成されるMascR遺伝子発現ベクターを有する場合、又はMascR遺伝子発現ベクターを構成する第1及び第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットが同一のカイコ個体又はカイコ系統の染色体上に存在する場合に用いられる。
この雌蚕致死カイコ系統では、発現誘導未処理の状態ではMascR遺伝子の発現が抑制されており、雌蚕致死カイコとはならないため野生型のカイコと同様に系統を維持、管理することができる。雌蚕致死カイコが必要な場合には、この雌蚕致死カイコ系統に対して初期胚の段階で発現誘導処理を行えばよい。発現誘導処理の方法は、発現誘導型プロモーターの性質に応じて適宜選択すればよい。例えば、発現誘導型プロモーターがhsp70プロモーターであれば、初期胚を42℃で30分〜1時間処理することで雌蚕致死カイコを作出することができる。
(2)2つの遺伝子組換えカイコの系統を交配させる方法
この方法は、MascR遺伝子発現ベクターが第1及び第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットで構成され、かつ第1発現ユニットを有する遺伝子組換えカイコ系統と第2発現ユニットを有する雌蚕致死カイコ系統が存在する場合に実施される。2つの遺伝子組換えカイコ系統を交配させることによって、F1個体で第1及び第2発現ユニットを有する雌蚕致死カイコを作出することができる。
交配は、第1発現ユニットを有する遺伝子組換えカイコ系統と第2発現ユニットを有する雌蚕致死カイコ系統を常法に基づいて交配させればよい。2つの発現ユニットを有する遺伝子組換えカイコは、予め兄妹交配又は同系交配を行い、各発現ユニットに関してホモ接合体にしておくことが好ましい。交配後、第1及び第2発現ユニットを有するF1個体を、それぞれの発現ベクターに含まれる標識遺伝子がコードする標識タンパク質の活性に基づいて選抜すればよい。
4.雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統
4−1.概要
本発明の第4の態様は、雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統である。本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統は、第3態様の雌蚕致死カイコ系統の一形態と解することもできる。本系統を用いることで、メス個体が致死となるだけでなく、生存するオス個体が不妊となったカイコ集団を得ることができる。
4−2.構成
本態様の基本構成は、第3態様の構成と同じであることから、ここでは本態様に特徴的な構成について以下で説明する。
本明細書で「雌蚕致死雄蚕不妊カイコ」とは、メス個体が発生段階で致死となり、同時に生存するオス個体が不妊となるカイコをいう。「雄蚕不妊」又は「オス(個体)の不妊」とは、オス個体の生殖能力が失われていることをいう。雌蚕致死雄蚕不妊カイコは、不妊のオス個体のみで構成される。
雌蚕致死雄蚕不妊カイコは、後述するMascR遺伝子発現ベクターの第1及び第2発現ユニットを細胞内に有している。プロモーターの活性化により第2発現ユニットから発現されるMascRタンパク質によってメス個体を致死化すると共に、第1発現ユニットにコードされた転写調節因子GAL4タンパク質の作用によりオス個体を不妊化することができる。
「雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統」とは、メス個体を致死化すると共にオス個体を不妊にする潜在性を有する継代可能な遺伝子組換えカイコ又はその後代をいう。
本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統は、第2態様に記載のMascR遺伝子発現ベクターを有する。このMascR遺伝子発現ベクターは、第1及び第2発現ユニットからなる2つの遺伝子発現ユニットで構成される。
第1発現ユニットの基本的構成は、第2態様に記載の第1発現ユニットの構成と同じでよい。ただし、本態様の第1発現ユニットは、ベクター内に包含する転写調節因子の遺伝子が酵母のガラクトース代謝活性化タンパク質であるGAL4タンパク質コードするGAL4遺伝子に限定されている。
また、第2発現ユニットも、基本的構成は第2態様に記載の第2発現ユニットの構成と同じでよい。ただし、第1発現ユニットに包含される転写調節因子の遺伝子がGAL4遺伝子であることから、第2発現ユニットに包含される転写調節因子の標的プロモーターは、GAL4の標的プロモーターでなければならない。GAL4の標的プロモーターとしては、例えば、UAS挙げられる。
雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統は、第1及び第2発現ユニットのいずれか一方を有する。第3態様と異なり、本態様では第2発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統のみならず、第1発現ユニットのみを有する遺伝子組換えカイコ系統も本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統に含まれる。
雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統において、MascR遺伝子発現ベクターは、カイコ細胞内に一過的に存在してもよいし、また染色体中に導入された状態等で安定的かつ継続的に存在してもよい。通常は、安定的かつ継続的に存在することが好ましい。MascR遺伝子発現ベクターの2つの発現ベクターが染色体上に存在する場合には、各発現ベクターは異なる染色体上に存在することが好ましい。
4−3.雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統の作出方法
本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統の作出方法は、第3態様の雌蚕致死カイコ系統の作出方法に準ずる。ただし、本態様の作出方法では、MascR遺伝子発現ベクターが第1及び第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットで構成される場合のみが該当する。
4−4.雌蚕致死雄蚕不妊カイコの作出方法
本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統を用いて、不妊オス個体群のみから構成される雌蚕致死カイコを作出するには、第3態様の雌蚕致死カイコの作出方法における「2つの遺伝子組換えカイコの系統を交配させる方法」に準じて行えばよい。
<実施例1: MascR遺伝子発現ベクターの構築>
(目的)
本発明のMascR遺伝子発現ベクターを構築する。
(方法)
本実施例では、第1発現ユニットと第2発現ユニットの2つの遺伝子発現ユニットからなるMascR遺伝子発現ベクターを構築した。第1発現ユニットとしては、ユビキタスなプロモーターであるアクチン3プロモーターと、転写調節因子の遺伝子であるGAL4遺伝子を有する既知の形質転換用遺伝子発現ベクターpBac[A3-GAL4: 3xP3-DsRed](Uchino et al., 2006, J. Insect Biotechnol. Sericology 75: 89-97)を用いたことから、ここでは、第2発現ユニットとしてpUAS-MascRベクターを構築した。また第2発現ユニットの対照用として野生型カイコMusc遺伝子を含むpUAS-Mascベクターを構築した。
まず、カイコp50T系統のオス個体から総RNAAを抽出した。抽出は、Trizol(life technologies )を用いて行った。具体的な手順は、キットに添付のプロトコルに従った。得られた総RNAを鋳型としてRNA PCR Kit(TaKaRa Bio Inc.)を用いて逆転写反応を行いcDNAを合成した。具体的な手順は、キットに添付のプロトコルに従った。このcDNAを鋳型にカイコMasc遺伝子のコード領域を含むDNAをMasc_SF(配列番号11)及びMasc_SR(配列番号12)のプライマーペアを用いてPCRで増幅した。PCRは、PrimeSTAR GXL(TaKaRa Bio Inc.)を用いて行い、反応液組成は、PrimeSTAR GXLに添付されたプロトコルのスタンダードな方法に従った。PCRサイクルの条件は、98℃10秒、60℃15秒及び68℃2分を1サイクルとして、40サイクル行った。得られた増幅産物に10×A-attachment Mix(TOYOBO)を用いてA付加を行った上でpGemTeasy(プロメガ)にクローニングし、カイコMasc遺伝子のクローニングベクターを「Masc-pGemTeasy」を構築した。
次に、Masc-pGemTeasyを鋳型として、Masc_hind_FlagF(配列番号13)及びMasc_bamR(配列番号14)のプライマーペアを用いてPCRを行った。PCRの条件は、上記条件に準じた。得られた増幅産物は、N末端側にFLAGタグを融合したカイコMascタンパク質をコードしている。この増幅断片をpIZ/V5-His(life technologies)のHindIII/BamHI部位に挿入し、「Masc-pIZ」を構築した。
一方、MascR遺伝子は、図1で示すようにFem piRNA認識配列中に5カ所の塩基置換を導入したものである。Masc-pIZを鋳型として、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit (TaKaRa)とMasc_ resistant1(配列番号19)及びMasc_ resistant2(配列番号20)のプライマーペアを用いてPCRを行い、N末端側にFLAGタグを融合したカイコMascRタンパク質を含むプラスミドを構築し、「MascR-pIZ」とした。
続いて、Masc-pIZ及びMascR-pIZを鋳型として、in fusion-FLAG_F(配列番号15)及びin fusion-masc_R(配列番号16)のプライマーペアを用いて、それぞれPCRを行い、Masc ORF及びMascR ORFの増幅産物を得た。In-Fusion(登録商標) HD Cloning Kit(Clontech)を用いて、各増幅産物をカイコの形質転換用遺伝子発現ベクターであるpBacMCS[UAS-SV40, 3xP3-GFP TtoH]のユニークサイトBlnI部位に挿入した。具体的な挿入方法は、キットに添付の方法に従った。なお、pBacMCS[UAS-SV40, 3xP3-GFP TtoH]は、pBacMCS[UAS-SV40, 3XP3-EGFP] (Sakudoh et al., 2007, Proc Natl Acad Sci U S A 104: 8941-8946.)ベクターの3xP3-EGFPを含む断片を EcoRI による消化によってベクターから切り出した後、3xP3-EGFP断片の方向を転換して、同ベクターに再びライゲーションしたものである。
(結果)
本発明のMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットとしてpBacMCS[UAS-MascR-SV40,3xP3-EGFP](本明細書ではしばしば「pUAS-MascR」と表記する)と、その対照用第2発現ユニットとしてpBacMCS[UAS-Masc-SV40, 3xP3-EGFP](本明細書ではしばしば「pUAS-Masc」と表記する)を得た。pUAS-MascR及びpUAS-Mascの構成を図3に示す。
これらの第2発現ユニットにおける転写因子の標的プロモーターはUASであり、ターミネーターはSV40ターミネーターである。また、標識遺伝子は、胚、幼虫及び成虫の眼においてEGFPを発現する3xP3 EGFPである。さらに、UASの上流と標識遺伝子の下流に、トランスポゾンの逆位末端反復配列(ITRs)として、それぞれpiggyBacL及びpiggyBacRを含んでいる。
<実施例2:雌蚕致死カイコ系統の作出>
(目的)
実施例1で構築したMascR遺伝子発現ベクターを用いて本発明の雌蚕致死カイコ系統を作出する。
(方法)
実施例1で構築したMascR遺伝子発現ベクター第2発現ユニットpUAS-MascRとその対照用第2発現ユニットpUAS-Mascを、Qiagen Plasmid Midi Kit (Qiagen)を用いて精製した。具体的な生成方法は、キットに添付のプロトコルに従った。精製後のpUAS-MascRとpUAS-Mascを、それぞれトランスポゾン転移酵素をコードするpiggyBacヘルパープラスミドと共に、非休眠系統であるカイコw1, pnd系統の産卵後2〜8時間の卵に顕微注入した(Tamura et al. 2000;前述)。注入後の卵は、加湿状態下、25℃で孵化するまでインキュベートした。孵化後、12時間明期と12時間暗期の光条件で25℃の飼育室にて、全齢を人工飼料(シルクメイト原種1-3齢S、日本農産工)で飼育した。人工飼料は2〜3日毎に交換した(Uchino K. et al., 2006;前述 )。羽化後、兄妹交配を行い、得られたF1卵を孵化させて、3xP3-EGFPマーカーによる眼の蛍光の有無で選抜し、目的の遺伝子組換えカイコ系統を作出した。遺伝子組換えカイコ系統は、休眠系統であるw-cと交配させて系統を維持した。
(結果)
pUAS-MascRが染色体に組込まれた雌蚕致死カイコ系統として「sumi13系統」(sumi13-1及びsumi13-3の2系統)と、UAS-Mascが染色体に組込まれた対照用系統として「sumi12系統」(sumi12-1及びsumi12-2の2系統)を得た。なお、雌蚕致死カイコ系統の2系統について、pUAS-MascRの染色体への挿入は、サザンブロッティングにより確認した(図示せず)。
<実施例3:雌蚕致死カイコにおける性比の検証>
(目的)
本発明の雌蚕致死カイコ系統を用いて作出される雌蚕致死カイコがオス個体のみとなることを検証する。
(方法)
実施例2で樹立したsumi13系統(UAS-MascR系統;雌蚕致死カイコ系統)とsumi12系統系統(UAS-Masc;対照用系統)のオス個体を、それぞれ193-2系統(BmA3-GAL4系統)(Uchino et al., 2006;前述)のメス個体と交配させてF1個体を得た。193-2系統は、カイコアクチン3プロモーターとGAL4遺伝子を連結した第1発現ユニットの構成を有する既知遺伝子発現ベクターを染色体に組込んだ遺伝子組換えカイコ系統である。
その後、得られたF1胚(卵)について、その性比を確認した。それぞれ一匹のメスから得られた胚の発生を進め、孵化した幼虫を眼の色素マーカーに基づいて選択し、各F1個体をそれぞれの遺伝子型に分類した。第2発現ユニット及びその対照ユニットを有するUAS系統(sumi13及びsumi12)は、選択マーカーとして3xP3-EGFPを有する。また、第1発現ユニットであるアクチンGAL4系統は選択マーカーとして3xP3-DsRedを有する。したがって、pUAS-MascR又はpUAS-Mascのみを有する個体では眼が緑色蛍光(G)を、BmA3-GAL4系統のみを有する個体では眼が赤色蛍光(R)を、そしてBmA3-GAL4とUAS-MascR、又はBmA3-GAL4とUAS-Mascを有する個体では、眼が緑色及び赤色蛍光(G+R)を呈する。また、いずれの発現ユニットも持たない個体では、眼に蛍光色が見られない(Negative)。分類した遺伝子型は、以上の4種類とした。各遺伝子型のF1個体を飼育し、孵化数、5齢幼虫ステージにおいて生存していたF1個体の雌雄鑑別を行い、性比を調べた。
(結果)
表2に、各遺伝子型の胚数、孵化率及び5齢(終齢)幼虫の雌雄個体数を、図4に各系統における遺伝子型の性比を示す。
Figure 0006497605
表2から、いずれの遺伝子型の胚も孵化率は、ほとんどが80%を超えていた。しかし、sumi13系統(UAS-MascR系統)と193-2系統(BmA3-GAL4系統)を交配させて得られたF1個体のうち第1発現ユニットと第2発現ユニットを有するF1個体(G+R)では、5齢ステージまでに生存数がほぼ半減した。また、これら5齢ステージに生存していた個体はオスであった。一方、対照用のsumi12系統(UAS-Masc系統)と193-2系統(BmA3-GAL4系統)を交配させて得られたF1個体では、このような形質は認められなかった。また、第2発現ユニット又は対照用第2発現ユニットのみを有するF1個体(G)や第1発現ユニットのみを有するF1個体(R)でも5齢ステージまでの生存数の半減は認められず、性比もほぼ1:1であった(図4)。
以上の結果から、第1発現ユニットと第2発現ユニットを有するF1個体(G+R)、すなわち、本発明の雌蚕致死カイコ系統を用いて作出された、MascR遺伝子を発現する雌蚕致死カイコでは、メスが出現せず、オスのみの集団となることが立証された。
<実施例4:雌蚕致死カイコにおけるメス致死性の検証>
(目的)
実施例3で得られた第1発現ユニットと第2発現ユニットを有するF1個体(G+R)において、致死個体がメスであることを確認する。
(方法)
実施例3の表2の結果からMascR遺伝子を発現する雌蚕致死カイコ(G+R)は、5齢ステージまでに約半数の個体が飼育中に死亡した。そこで、死亡した個体からゲノムを抽出後、性染色体を検出するPCRによって個体性別を判定した。
sumi13-1×193-2(G+R)区の幼虫の死亡個体(17個体)、及びsumi13-3×193-2(G+R)区の幼虫の死亡個体(9個体)からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出方法は、抽出方法は、Green & Sambrook(2012;前述)に記載の方法に従った。性別の判定は、W染色体上のRAPDマーカーをPCRにより検出する方法を用いた。PCRには、ゲノムDNAを鋳型にして、Musashi-A1(配列番号17)とMusashi-B1(配列番号18)をプライマーペアに用いた。PCRは、ExTaq(TaKaRa Bio Inc.)を用いて、反応液組成は、ExTaqに添付されたプロトコルのスタンダードな方法に従った。PCRサイクルの条件は、98℃10秒、55℃30秒及び72℃1分を1サイクルとして、40サイクル行った。反応後、増幅産物を1.5%アガロースゲルで電気泳動して、バンド数から性別を確認した。
(結果)
図5Aに結果を示す。sumi13-1×193-2(G+R)区、sumi13-3×193-2(G+R)区ともに、死亡個体の大多数がメスであることが明らかとなった。また、これらの死亡個体では、2齢以降の生育が、正常に生育したオス個体と比較して著しく遅延していた(図示せず)。したがって、MascRタンパク質は、メス個体において幼虫期の生育遅延を引き起こし、メス致死を誘導することが示唆された。
以上より、MascRを発現する雌蚕致死カイコでは、メスが致死となる結果、オスのみが生存することが確認された。
<実施例5:雌蚕致死カイコが形成する繭の検証>
(目的)
本発明の雌蚕致死カイコ系統から作出される雌蚕致死カイコが形成する繭の形態等について検証する。
(方法)
実施例3のsumi13-1×193-2(G+R)区、及びsumi13-3×193-2(G+R)区で得られた雌蚕致死カイコの生存個体は、全てオスであった。これらの個体が性染色体レベルでオスであることを確認するために各個体の核型を調べた。sumi13-1×193-2(G+R)区から5齢幼虫11個体、sumi13-3×193-2(G+R)区から5齢幼虫3個体を選択して、各個体からゲノムDNAを抽出した後、核型を判定するためのPCRを行った。具体的な方法は、実施例4に記載の方法に準じた。
また、sumi13-1×193-2(G+R)区、及びsumi13-3×193-2(G+R)区で得られた生存個体に繭を形成させて、その形態に異常が見られないか確認した。さらに、繭から蛹を取り出して、蛹の形態異常と性別についても確認した。蛹の性別は、尾端部の形態的な違いから鑑別した。
(結果)
図5B及び図6に結果を示す。
図5Bは、雌蚕致死カイコの5齢幼虫における性染色体の核型を示している。雌蚕致死カイコの生存個体は、全て性染色体型がZZ型のオスであることが確認された。
図6は、雌蚕致死カイコを含む各系統のカイコに繭を形成させたときの繭の形態(A)とその繭内の蛹の形態及び性別(B)を示している。Aからも明らかなように、雌蚕致死カイコ(図中、sumi13-1(G+R)及びsumi13-1(G+R)で示す)が形成する繭には形態的な異常は認めず、雌蚕致死カイコからも正常な繭が得られることが判明した。またBから、その蛹の形態も正常であり、全てオスであることも確認された。
<実施例6:193-2系統におけるオス不妊性の検証>
(目的)
実施例3で作出した雌蚕致死カイコ系統は、193-2系統が転写調節因子の遺伝子としてGAL4遺伝子を包含し、sumi13系統がGAL4の標的プロモーターであるUASとMascR遺伝子を包含することから雌蚕致死カイコ系統だけでなく、生存するオスが不妊となる雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統でもある。
本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統の作出に使用した193-2系統が、オス不妊性となることを検証する。
(方法)
193-2系統がオス不妊系統であることは、Uchinoら(Uchino et al., 2008, JIBS, Insect biochem. Mol. Biol., 38: 1165-1173)に記載されている。そこで、193-2系統のメスと白/C系統のオスを交配させた場合、及び白/C系統のメスと193-2系統のオスを交配させた場合、それぞれのメスの産卵数を確認した。
また、白/C系統のメスに193-2系統、w1-pnd系統、及び白/C系統のオスをそれぞれ交配させて、各メス個体の産卵数を測定した。産卵数は、複数の蛾区の平均値とした。
(結果)
図7及び図8に結果を示す。
図7は、193-2系統と白/C系統を相互交配させた時のメスの産卵状態を示している。Aは193-2系統のメスと白/C系統のオスを交配させた場合、Bは白/C系統のメスと193-2系統のオスを交配させた場合である。193-2系統のメスは正常に産卵し、次世代を得ることができたが、193-2系統のオスと交配した白/C系統のメスは、正常産卵数の1/4以下しか産卵できず、しかもそれらは全て孵化しなかった。
図8は、白/C系統のメスと様々な系統のオスを交配させたときの白/C系統メスにおける産卵数の違いを示す図である。1は未交尾メス、2は白/C系統メス×193-2系統オス、
3は白/C系統メス×w1-pnd系統オス、及び4は白/C系統メス×白/C系統オスの結果である。同系統のメスを使用した場合であっても193-2系統オスを使用した場合には、未交尾メスの産卵数をも下回り、またその卵も全て孵化しなかった。
以上の結果から、193-2系統のオス、すなわちGAL4遺伝子を有するオスは不妊性であることが確認された。本発明の雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統から作出される雌蚕致死雄蚕不妊カイコも生存するオス個体は、第1発現ユニットに由来するGAL4遺伝子を有する。したがって、雌蚕致死雄蚕不妊カイコはオス不妊性であることが示唆された。

Claims (14)

  1. Fem piRNA-Siwi複合体に対する切断耐性と野生型Masc遺伝子の活性を有する変異型Masc遺伝子であって、
    配列番号1で示される塩基配列からなるカイコMasc遺伝子において1391位〜1419位のFem piRNA認識配列内、又は
    カイコMasc遺伝子のカイコガ属昆虫のオルソログにおいて前記Fem piRNA認識配列に対応する塩基配列内
    に1又は2以上の、ナンセンス変異以外の塩基置換、フレームシフトを生じない欠失、及び/又はフレームシフトを生じない付加の変異を有し、かつ前記遺伝子の転写産物とFem piRNA-Siwi複合体との結合が該変異によって抑制される前記変異型Masc遺伝子。
  2. 前記変異が
    カイコMasc遺伝子におけるFem piRNA認識配列内の1409位及び1410位を含む連続する15塩基からなる領域内、又は
    カイコMasc遺伝子のカイコガ属昆虫のオルソログにおける対応する領域内
    に存在する、請求項1に記載の変異型Masc遺伝子。
  3. 前記塩基置換がサイレント変異である、請求項1又は2に記載の変異型Masc遺伝子。
  4. ユビキタスな発現誘導型プロモーターの下流に機能的に連結した請求項1〜3のいずれか一項に記載の変異型Masc遺伝子を発現可能な状態で含む変異型Masc遺伝子発現ベクター。
  5. 前記ユビキタスな発現誘導型プロモーターが熱ショックタンパク質70プロモーターである、請求項4に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクター。
  6. ユビキタスなプロモーター及び該プロモーターの下流に機能的に連結した転写調節因子をコードする遺伝子を含む第1発現ユニット、及び
    該転写調節因子の標的プロモーター及び該標的プロモーターの下流に機能的に連結した請求項1〜3のいずれか一項に記載の変異型Masc遺伝子を含む第2発現ユニット
    から構成される変異型Masc遺伝子発現ベクター。
  7. 前記ユビキタスなプロモーターがアクチン3プロモーター、熱ショックタンパク質70プロモーター、又は伸長因子プロモーターである、請求項6に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクター。
  8. 前記転写調節因子をコードする遺伝子がGAL4遺伝子であり、かつ該転写調節因子の標的プロモーターがUASプロモーターである、請求項6又は7に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクター。
  9. 請求項4又は5に記載の変異型Masc遺伝子発現ベクターを含む雌蚕致死カイコ系統。
  10. 請求項6に記載の第2発現ユニットのみを含む雌蚕致死カイコ系統。
  11. 請求項8に記載の第2発現ユニットのみを含む雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統。
  12. 請求項9に記載の雌蚕致死カイコ系統において、発生初期の胚に発現誘導処理を施す工程を含む雌蚕致死カイコの作出方法。
  13. 請求項6又は7に記載の第1発現ユニットを有する遺伝子組換えカイコ系統と請求項10に記載の雌蚕致死カイコ系統とを交配させる工程、及び
    前記第1及び第2発現ユニットを有する雌蚕致死カイコを選択する工程
    を含む雌蚕致死カイコの作出方法。
  14. 請求項8に記載の第1発現ユニットを有する雌蚕致死雄蚕不妊カイコ系統と請求項11に記載の雌蚕致死雄蚕不妊系統とを交配させる工程、及び
    前記第1及び第2発現ユニットを有する雌蚕致死雄蚕不妊カイコを選択する工程
    を含む雌蚕致死雄蚕不妊カイコの作出方法。
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