本発明に係る耐熱性塗装鋼板は、鋼板と、この鋼板の表面に形成される塗膜と、を有する。上記鋼板は、少なくともその表面を構成する部分に十分量のクロムを含有する鋼板であり、例えばステンレス鋼板またはクロムめっき鋼板である。上記鋼板の厚さは、その用途に応じて適宜決められ、例えば0.02〜5.0mmである。
上記ステンレス鋼板は、10.5〜35.0質量%のクロムを含有する。ステンレス鋼板におけるクロムの含有量が10.5質量%以上であると、500℃以上の高温に対する耐熱性が実現されうる。クロムの含有量の上限は、耐熱性の効果が頭打ちとなる観点から、35.0質量%とすることができる。ステンレス鋼板におけるクロムの含有量は、耐熱性をより高める観点から、15質量%以上であることが好ましい。上記ステンレス鋼板におけるステンレス鋼の例には、SUH409、SUH21、SUS410、SUS429、SUS430、SUS430J1L、SUS436L、SUS436J1L、SUS445J1、SUS447J1、SUS304、SUS305、SUS316、SUSXM7、SUS310S、が含まれる。上記ステンレス鋼板は、塗膜の密着性をより高める観点から、表面仕上げが施されていてもよい。このような表面仕上げの例には、No.2B、No.2D、BA、No.4、HLおよびNo.8が含まれる。
上記クロムめっき鋼板は、原鋼板と、その表面に形成されたクロムめっき層とを有する。クロムめっき層は、少なくとも塗膜が形成される部分に形成されていればよい。原鋼板の種類は、特に限定されない。原鋼板の例には、冷延鋼板、アルミニウム板、アルミニウム合金板および銅板が含まれる。クロムめっき層は、クロムのみからなる層であってもよいし、クロムを10.5質量%以上含有する層であれば、クロム以外の他の金属元素をさらに含有していてもよい。クロムめっき層の厚さは、0.1μm以上である。クロムめっき層が薄すぎると、十分な耐熱性が得られないことがある。クロムめっき層が厚くても本発明の効果は十分に得られるが、例えば経済性などの他の理由から好ましくないことがある。このような観点から、クロムめっき層の厚さは、0.1〜100μmであることが好ましい。クロムめっき層は、原鋼板の表面に公知の方法によって形成されうる。
上記ステンレス鋼板または上記クロムめっき層は、酸素親和力の強い元素をさらに含有すると、塗膜の密着性を高める観点から好ましいことがある。酸素親和力の強い元素とは、ステンレス鋼板またはクロムめっき層中に含まれるクロム以外の金属元素であって、酸化されることによって、水酸化物や酸化物などによる不動態を形成しうる元素である。酸素親和力の強い元素の例には、Mn、SiおよびAlが含まれる。ステンレス鋼板中における酸素親和力の強い元素の含有量は、特に限定されないが、例えば0.1〜3質量%である。
上記塗膜は、特定のプレポリマーと、特定の環状シロキサン化合物とのヒドロシリル化反応による硬化物である。この硬化物には、特許文献3に記載されている硬化物を好適に用いることができる。
上記プレポリマーは、下記式(1)で表される第一の環状シロキサン化合物と下記式(2)〜(4)のいずれか(以下、「架橋剤」とも言う)とのヒドロシリル化反応生成物の構造を有する。プレポリマーは、一種でも二種以上でもよい。
上記式中、R1〜R11は、それぞれ独立して、炭素数1〜6のアルキル基またはフェニル基を表し、aは2〜10の数を表し、bは0〜8の数を表す。
上記第一の環状シロキサン化合物は、上記式(1)で表される化合物の一種でも二種以上でもよい。上記式(1)中、R1〜R3は、それぞれ、アウトガスの発生を抑制する観点からメチル基またはフェニル基であることが好ましい。また、式(1)中、aは、当該化合物を容易に製造する観点から4〜6であることが好ましい。さらに、式(1)中、bは、プレポリマー中の十分な架橋密度を達成する観点から0または1であることが好ましい。
上記第一の環状シロキサン化合物の例には、1,3,5,7−テトラメチルシクロテトラシロキサン、1,3,5,7,9−ペンタメチルシクロペンタシロキサンおよび1,3,5,7,9,11−ヘキサメチルシクロヘキサシロキサンが含まれる。
上記架橋剤は、上記式(2)〜(4)の化合物の一種でも二種以上でもよい。式(3)において、R4〜R7は、それぞれ、当該化合物の入手の容易さの観点からメチル基またはエチル基であることが好ましい。式(4)において、R8〜R11は、それぞれ、当該化合物の入手の容易さの観点からメチル基またはエチル基であることが好ましい。式(3)の化合物の例には、下記式(6)で表される化合物が含まれ、式(4)の化合物の例には、下記式(7)で表される化合物が含まれる。
上記プレポリマーは、第一の環状シロキサン化合物と上記架橋剤とのヒドロシリル化反応の生成物として得られる。たとえば、プレポリマーは、第一の環状シロキサン化合物と架橋剤とを含有する組成物を後述するヒドロシリル化触媒の存在下で加熱することにより得られる。
上記プレポリマーにおいて、第一の環状シロキサン化合物由来の構成単位に対する上記架橋剤由来の構成単位の個数の割合は2以上であることが好ましい。また、上記プレポリマーにおいて、第一の環状シロキサン化合物のSi−H基由来の基の数(X)と、架橋剤のビニル基由来の基の数(Y)との比(X:Y)は、プレポリマーの好ましい粘度を実現する観点から、10:1〜2:1であることが好ましく、4:1〜2:1であることがより好ましい。さらに、プレポリマー中の、第一の環状シロキサン化合物のSi−H基由来の基の濃度は、プレポリマーの好ましい硬化性および保存安定性を実現する観点から、0.0001mmol/g〜100mmol/gであることが好ましく、0.01mmol/g〜20mmol/gであることがより好ましい。さらに、上記プレポリマーの重量平均分子量は、500〜50万であることが好ましく、耐熱性およびハンドリング性の観点から1000〜30万であることがより好ましい。上記構成単位の割合は、NMR、IR、GC−MAなどの公知の各種分析機器を用いて求めることが可能である。上記プレポリマーの重量平均分子量は、GPCによる測定結果から、ポリスチレン換算値として求めることが可能である。
上記特定の環状シロキサン化合物(以下、「第二の環状シロキサン化合物」と言う)は、反応性炭素間二重結合基を一分子中二以上有する。第二の環状シロキサン化合物は、一種でも二種以上でもよい。反応性炭素間二重結合基とは、上記プレポリマー中のSi−H基に対する反応性を有する、二重結合で結ばれた二つの炭素原子を含む基である。反応性炭素間二重結合基の例には、アルケニル基およびビニル基が含まれる。反応性炭素間二重結合基は、その反応性の観点から、ケイ素原子に直接結合したビニル基(Si−CH=CH2)であることが好ましい。
第二の環状シロキサン化合物は、下記式(5)で表される化合物であることが好ましい。
上記式(5)中、R12〜R14は、それぞれ独立して、炭素数1〜6のアルキル基またはフェニル基を表し、pは2〜10の数を表し、qは0〜8の数を表す。
上記式(5)中、R12〜R14は、それぞれ、当該化合物の入手の容易さの観点からメチル基またはフェニル基であることが好ましい。また、式(5)中、pは、硬化物中の十分な架橋密度を実現する観点から2〜4であることが好ましい。さらに、式(5)中、qは、アウトガスの発生を抑制する観点から1〜3であることが好ましい。
上記第二の環状シロキサン化合物の例には、下記式(8)〜(11)で表される化合物が含まれる。第二の環状シロキサン化合物が下記式で表される化合物であることは、耐熱性、透明性、物理的強度(剛直性)、耐塩基性および耐クラック性に優れる硬化物を得る観点から好ましい。
上記プレポリマーと上記第二の環状シロキサン化合物とのヒドロシリル化反応による、上記塗膜となる硬化物は、例えば、上記プレポリマーと上記第二の環状シロキサン化合物とを含有する塗料を、クロムめっき鋼板のクロムめっき面またはステンレス鋼板の表面に塗布し、例えば当該鋼板の到達温度を200〜350℃に30秒〜30分間維持するように当該鋼板を加熱することによって形成される。上記塗料は、ブチルアセテート、2−メトキシ−1−メチルエチルアセテート、トルエン、ヘキサン、MIBK(メチルイソブチルケトン)、シクロペンタノン、PGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)などの溶剤を含有していてもよい。当該塗料の塗布は、ロールコートなどの公知の方法によって行われる。上記到達温度および到達時間が上記の範囲であると、鋼板への密着性の良好な上記硬化物を塗膜として得ることが可能である。上記の加熱が弱すぎると、タッキング(べたつき)が発生することがあり、上記加熱が強すぎると、塗膜が粉状に剥離することがある。
また、上記塗料は、ヒドロシリル化触媒をさらに含有していてもよい。ヒドロシリル化触媒は、例えば、白金、パラジウムおよびロジウムの一種以上の金属を含有する、ヒドロシリル化反応を促進することが公知の触媒である。上記硬化物中におけるヒドロシリル化触媒の含有量は、その効果が得られる範囲から適宜に決められ、例えば0.0001〜1.0質量%である。
硬化物中における上記プレポリマーのSi−H基由来の構造Aに対する第二の環状シロキサン化合物の反応性炭素間二重結合基由来の構造Bとの数の比(B/A)は、前述の諸特性に優れる硬化物を得る観点から、0.9〜10であることが好ましく、1.0〜5.0であることがより好ましい。または、上記硬化物中の上記プレポリマー由来の構成単位の含有量は、上記の観点から1〜99質量%であることが好ましく、10〜90質量%であることがより好ましい。同様の観点から、上記硬化物中の第二の環状シロキサン化合物由来の構成単位の含有量は、1〜99質量%であることが好ましく、10〜90質量%であることがより好ましい。上記構造の個数比または上記構成単位の含有量は、NMR、IR、GC−MAなどの公知の各種分析機器を用いて求めることが可能である。
上記硬化物は、本発明の効果が得られる範囲において、プレポリマーおよび第二の環状シロキサン化合物以外の任意成分をさらに含有してもよい。このような任意成分の例には、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテル樹脂、等が含まれる。これらの任意成分の含有量は、本発明の効果が得られる範囲から適宜に決められうる。
上記塗膜の膜厚は、0.5〜3μmである。塗膜の膜厚が0.5μm以上であれば、耐熱性塗装鋼板が高温で加熱された時の塗膜の消失を防止することが可能である。塗膜の膜厚が3μm以下であれば、当該加熱後の塗膜のひび割れや剥離などの破損を防止することが可能である。塗膜の膜厚は、上記の観点から1〜3μmであることがより好ましい。
本発明に係る耐熱性塗装鋼板は、500℃以上の高温環境下においても塗膜が消失せず、塗膜による耐食性が失われない。そのメカニズムは、以下の通りと考えられる。
本発明に係る耐熱性塗装鋼板の断面を図1に模式的に示す。図1Aは、耐熱性塗装鋼板の一例の断面を模式的に示す。耐熱性塗装鋼板10は、ステンレス鋼板11と、その表面に形成された塗膜12とを有する。塗膜12は、前述したプレポリマーと第二の環状シロキサン化合物とのヒドロシリル化による硬化物である。塗膜12の膜厚は、0.5〜3μmである。
図1Bは、例えば500℃の高温環境下にある耐熱性塗装鋼板10のステンレス鋼板11と塗膜12との界面の初期の様子を模式的に示す図である。耐熱性塗装鋼板10を例えば500℃に加熱すると、図1Bに示されるように、塗膜12中の有機成分13は、熱分解し、塗膜12から放出される。このため、塗膜12は、高温環境下において、徐々に薄くなっていく。有機成分13には、メチル基やエチル基由来の成分、ビニル基由来のエチレン基に由来する成分、フェニル基に由来する成分、およびこれらの結合物または分解物などの、塗膜12の構成成分に由来する成分が含まれると考えられる。
また、有機成分13の放出に伴い、塗膜12中のステンレス鋼板11側で酸素の濃度が増加する。さらに、500℃の高温環境下では、ステンレス鋼板11中のクロム元素14が移動しやすくなる。このため、ステンレス鋼板11中のクロム元素14は、ステンレス鋼板11と塗膜12との界面から塗膜12中へ拡散し、塗膜12の有機成分13が消失した部分に移動し、塗膜12中のステンレス鋼板11側にある酸素と結合して酸化物を形成する。ステンレス鋼板11がクロム元素14以外に、マンガン元素15などの酸素親和力の強い元素をさらに含有する場合では、このような酸素親和力の強い元素も、クロム元素14と同様、ステンレス鋼板11中から塗膜12中に拡散し、有機成分13が消失した部分に移動して酸化物を形成する。
前述した有機成分13の放出、および、クロム元素14(およびマンガン元素15)の移動と酸化、により、500℃の高温で加熱されている耐熱性塗装鋼板10の塗膜12におけるステンレス鋼板11との界面の部分には、クロム元素および易酸化性元素の酸化物が層状に分布する拡散層16が形成される。拡散層16におけるクロム元素および酸素親和力の強い元素の濃度は、ステンレス鋼板11における拡散層16近傍の部分17におけるクロム元素および易酸化性元素の濃度に比べて若干高くなっている。塗膜12における拡散層16よりも上の部分12aには、塗膜由来のケイ素によるSiO2が層状に分布する。また、塗膜12の膜厚は、加熱初期に比べてさらに薄くなっている。
このように、クロム元素および酸素親和力の強い元素の一部がステンレス鋼板11から塗膜12に移動し、酸化物となり、そして拡散層16を形成するため、塗膜12がステンレス鋼板11に強固に結合する。この状態は、耐熱性塗装鋼板10を取り巻く環境が高温環境から常温環境に戻った場合でも、また、再度500℃以上の高温環境となった場合でも保たれる。これは、拡散層16では、クロムの酸化物が緻密な不動態の皮膜を構成し、このクロムの不動態の皮膜が塗膜12とステンレス鋼板11との結合性を高め、塗膜12の剥離の防止に寄与しているため、と考えられる。こうして、耐熱性塗装鋼板10の塗膜12は、500℃以上の高温環境においても熱によって損傷しない耐熱性を発現する。よって、上記高温加熱後の常温環境においても、塗膜12による耐食性が保たれる。
一方、ステンレス鋼板11に代えてクロムを十分量含有していない他の鋼板を用いた場合では、500℃以上の高温に加熱したときに、塗膜12から有機成分13が放出され、塗膜12中の他の鋼板側における酸素の濃度が高くなるものの、他の鋼板から塗膜12へのクロム元素の移動が生じない。このため、移動したクロムによる結合性の向上作用が十分に発現せず、塗膜12の凝集力の低下によって、塗膜12の剥離が生じてしまう。
また、厚すぎる塗膜12を有する耐熱性塗装鋼板20を500℃以上に加熱すると、図1Dに示されるように、塗膜12における拡散層16よりも上の部分12aが厚くなる。クロム元素の塗膜12への拡散速度は、有機成分13の放出速度よりも遅いため、部分12aは、有機成分が放出された、凝集力が低下した状態となる。このため、部分12aの剥離が生じてしまう。
さらに、塗膜12を構成する硬化物がフェニル基を有していない場合では、高温環境下における塗膜12の熱安定性が不十分となる。フェニル基は、有機成分13として塗膜12から放出されると考えられるが、上記硬化物中に含まれる有機成分の中では高い熱安定性を有する。このため、高温環境下における塗膜12の状態を維持することに寄与していると考えられる。したがって、当該硬化物がフェニル基を有していない場合では、例えばアルキル基の熱分解物などの有機成分13が塗膜12から著しく放出され、塗膜12が高温環境下でステンレス鋼板11から剥離してしまう。このため、ステンレス鋼板11から塗膜12へのクロム元素の拡散が生じず、その結果、塗膜12の耐熱性が発現されない。
以上の説明から明らかなように、本発明に係る耐熱性塗装鋼板は、500〜1000℃、好ましくは500〜700℃の高温環境下でも塗膜が損傷しない耐熱性と、当該塗膜による耐食性とを有する。したがって、当該耐熱性塗装鋼板は、高温環境下に繰り返し曝される部品に好適に用いられる。このような用途の例には、内燃機関の排気系部材(マフラー)の部品、オーブン電子レンジの加熱室の壁板材または加熱板、および、コーヒーメーカーの受け皿、が含まれる。
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
[1.塗膜の組成の分析]
厚さが0.4mmであり、表面仕上げがNo.4であるSUS430の板を用意した。この鋼板のクロムの含有量は16.5質量%である。当該鋼板を無垢材1−1とする。無垢材1−1の表面に、ポストコート用のポリシロキサン系塗料(ナノハイブリッドシリコーンFX−T350、株式会社ADEKA製)を塗布した。この塗料の組成を分析したところ、以下の通りであった。
メチルハイドロジェンポリシロキサンとジビニルベンゼンのヒドロシリル化反応によるプレポリマー 19質量%
式(5)で表される化合物に含まれる第二の環状シロキサン化合物 5質量%
ブチルアセテート 38質量%
2−メトキシ−1−メチルエチルアセテート 38質量%
そして、無垢材1−1の到達板温を130℃に5分間維持した後、続けて200℃に30分間維持するように無垢材1−1を加熱し、上記塗料の硬化物である塗膜を形成し、塗装材1−1を得た。塗装材1−1の塗膜および塗膜と鋼板との界面における元素を走査電子顕微鏡(EDS)で分析した。結果を図2Aに示す。図2Aに示されるように、塗膜12中、ケイ素、酸素および炭素の各元素は、均一に分布し、鉄およびクロムの各元素は、無垢材1−1(図2A中の鋼板11)にのみ存在していた。また塗膜(図2A中の符号12)の膜厚は3μmであった。
次に、無垢材1−1および塗装材1−1をそれぞれマッフル炉で、大気雰囲気中、300℃で240時間加熱した。この加熱後の無垢材1−1を無垢材1−2と言い、加熱後の塗装材1−1を塗装材1−2と言う。放冷後、無垢材1−2および塗装材1−2の外観をそれぞれ観察したところ、無垢材1−2には、酸化物の発生による鋼板の変色(テンパーカラー)が発生したが、塗装材1−2にはテンパーカラーの発生などの表面状態の異常は観察されなかった。また、塗装材1−2の塗膜および塗膜と鋼板との界面における元素をEDSで分析した。結果を図2Bに示す。図2Bに示されるように、塗装材1−2の塗膜12では、塗膜12における鋼板11との界面において、炭素が減少し、この炭素の減少に伴って酸素が増加した。また、塗膜12の膜厚が減少し、2μmになった。
さらに、塗装材1−2の塗膜に、鋼板に達する切れ込みを入れ、10×10個の1mm角の碁盤目を形成し、塗膜の当該碁盤目の部分にセロハンテープを貼り付けた後に剥がす碁盤目テープ剥離試験を行った。この碁盤目テープ剥離試験によって、塗装材1−2の塗膜の剥離が認められた。上記EDS分析結果より、塗膜と鋼板との界面で有機成分の減少が見られることから、当該界面での有機成分の減少によって鋼板に対する塗膜の密着力が低下したために塗膜が剥離したと考えられる。
また、無垢材1−1および塗装材1−1をそれぞれマッフル炉で、大気雰囲気中、700℃で240時間加熱した。この加熱後の無垢材1−1を無垢材1−3とし、加熱後の塗装材1−1を塗装材1−3とする。放冷後、無垢材1−3および塗装材1−3の外観をそれぞれ観察したところ、無垢材1−3にはスケールの発生が確認されたが、塗装材1−3にはテンパーカラー、スケールの発生などの表面状態の異常は観察されなかった。
また、塗装材1−3の塗膜および塗膜と鋼板との界面における元素をEDSで分析した。結果を図2Cに示す。図2Cに示されるように、塗装材1−3の塗膜12の膜厚方向における鋼板11側には、鋼板中のクロムおよびマンガンが拡散し、炭素がほとんど存在しない拡散層16が形成されていることが確認された。また、塗膜12の表面側は酸化ケイ素によって主に構成され、拡散層16を含む塗膜12の膜厚がさらに減少して1.5μmになったことが確認された。塗膜12の膜厚の減少は、有機成分の放出および酸化ケイ素の熱分解によると考えられる。
さらに、塗装材1−2と同様に、塗装材1−3の塗膜の碁盤目テープ剥離試験を行った。その結果、塗装材1−3の塗膜の剥離は認められなかった。
さらに、塗装材1−1、塗装材1−2および塗装材1−3のそれぞれの表面を、薄膜X線回折によって分析した(ω=2°)ところ、塗装材1−1の塗膜からは二酸化ケイ素が検出され、塗装材1−3の塗膜からは二酸化ケイ素および酸化クロムが検出された。なお、塗装材1−2については、塗膜が剥離した部分を分析したことから、鋼板の鉄が主に検出され、二酸化ケイ素は検出されなかった。
以上より、塗装材1−3における塗膜の高い密着性は、塗膜における二酸化ケイ素の層の形成と、SUS鋼板からのクロム、マンガンの拡散による拡散層の形成とによることが確認された。
[2.耐熱試験(膜厚)]
塗膜の膜厚が1μm、3μm、5μmおよび7μmとなるように塗料を塗布し、無垢材1−1の到達温度を290℃に50秒間維持する加熱によって塗料を無垢材1−1に焼き付けて塗膜を形成した以外は、塗装材1−1と同様に塗装材を作製した。塗膜1μmの塗装材を塗装材2−1、塗膜3μmの塗装材を塗装材2−2、塗膜5μmの塗装材を塗装材2−3、塗膜7μmの塗装材を塗装材2−4とする。塗装材2−1〜2−4をそれぞれマッフル炉で、大気雰囲気中、所定時間加熱し、塗膜の密着性を以下の基準で判定し、評価した。
◎:塗膜の密着性が良好
○:塗膜の表面にクラックが見られるが塗膜の密着性は良好
△:塗膜の一部に粉状の剥離が発生
×:塗膜の全面に粉状の剥離が発生
図3Aは、塗装材2−1の耐熱試験の結果を示す。図3Aに示されるように、250,300,400,500,600,700,800,900または1000℃で1時間加熱したとき、500,600,700または800℃で0.5時間加熱したとき、600,700または800℃で0.25時間加熱したとき、そして、700または800℃で0.1時間加熱したとき、のそれぞれで、塗装材2−1の塗膜の密着性は良好であった。
図3Bは、塗装材2−2の耐熱試験の結果を示す。図3Bに示されるように、500,600,700,800,900または1000℃で1時間加熱したとき、700または800℃で0.5時間加熱したとき、および、800℃で0.25時間加熱したとき、のそれぞれで、塗装材2−2の塗膜の密着性は良好であった。また、500また600℃で0.5時間加熱したとき、600または700℃で0.25時間加熱したとき、および、800℃で0.1時間加熱したとき、のそれぞれで、塗装材2−2の塗膜の表面にはクラックが見られたが、当該塗膜の密着性は良好であった。しかしながら、250,300,350または400℃で1時間加熱したとき、塗装材2−2の塗膜の全面で粉状の剥離が発生したことが確認された。このような剥離が生じた理由としては、加熱温度が低いほど拡散層の成長速度が遅く、膜厚3μmの塗膜の密着性を高めるほどの十分な厚さを有する拡散層が形成されないため、および、そのような加熱温度であっても有機成分が塗膜から放出され、凝集力が低下した部分が塗膜に発生するため、と考えられる。
図3Cは、塗装材2−3の耐熱試験の結果を示す。図3Cに示されるように、700,800,900または1000℃で1時間加熱したとき、のそれぞれで、塗膜1Cの塗膜の表面にはクラックが見られたが、当該塗膜の密着性は良好であった。その一方で、700または800℃で0.5時間加熱したとき、および、800℃で0.25時間または0.1時間加熱したとき、のそれぞれで、塗装材2−3の塗膜の表面の一部で粉状の剥離が発生したことが確認され、300,400,500または600℃で1時間加熱したとき、塗装材2−3の塗膜の全面で粉状の剥離が発生したことが確認された。このような剥離が生じた理由としては、600℃以下の加熱では、拡散層は、膜厚5μmの塗膜の密着性を発現させる程には成長しないため、と考えられる。よって、膜厚5μmの塗膜であっても、少なくとも700℃以上に塗装材2−3を加熱すれば、十分に高い密着性を有する塗膜が形成される可能性があると考えられる。
図3Dは、塗装材2−4の耐熱試験の結果を示す。図3Dに示されるように、900または1000℃で1時間加熱したとき、塗装材2−4の塗膜の表面の一部で粉状の剥離が発生したことが確認され、300,400,500,600,700または800℃で1時間加熱したとき、塗装材2−4の塗膜の全面で粉状の剥離が発生したことが確認された。これは、900℃以上の加熱であっても、拡散層は、膜厚7μmの塗膜の密着性を発現させる程には成長しないため、と考えられる。
以上より、塗膜の膜厚が少なくとも1μmおよび3μmを含む範囲内であれば、500℃〜1000℃、1時間の高温環境下でも、十分な塗膜の密着性が得られることがわかった。
[3.耐熱試験(鋼板の種類)]
板厚が0.8mmであり、表面仕上げがNo.2DであるSUH409の板を用意した。この鋼板のクロムの含有量は11質量%であり、Tiの含有量は0.2質量%である。この鋼板を無垢材3−1とする。この無垢材3−1を用いる以外は、塗装材2−2と同様にして、塗装材3−1を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがNo.4、No.8、No.2B、BAまたはHLであるSUS430の板を用意した。これらの鋼板のクロムの含有量は、それぞれ16.5質量%である。表面仕上げがNo.4である上記鋼板を無垢材3−2、表面仕上げがNo.8である上記鋼板を無垢材3−3、表面仕上げがNo.2Bである上記鋼板を無垢材3−4、表面仕上げがBAである上記鋼板を無垢材3−5、表面仕上げがHLである上記鋼板を無垢材3−6、とする。これらの無垢材3−2〜3−6を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−2〜3−6をそれぞれ得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがNo.2BであるSUS436J1Lの板を用意した。この鋼板のクロムの含有量は18.5質量%であり、モリブデンの含有量は0.5質量%であり、ニオブの含有量は0.4質量%である。この鋼板を無垢材3−7とする。この無垢材3−7を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−7を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがNo.2D、2BまたはBAであるSUS430J1Lの板を用意した。これらの鋼板のクロムの含有量は19質量%であり、銅の含有量は0.5質量%であり、ニオブの含有量は0.5質量%である。表面仕上げがNo.2Dである上記鋼板を無垢材3−8、表面仕上げがNo.2Bである上記鋼板を無垢材3−9、表面仕上げがBAである上記鋼板を無垢材3−10、とする。これらの無垢材3−8〜3−10を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−8〜3−10をそれぞれ得た。
また、板厚が0.3mmであり、表面仕上げがNo.4であるSUH21の板を用意した。この鋼板のクロムの含有量は18.2質量%であり、アルミニウムの含有量は3質量%である。この鋼板を無垢材3−11とする。この無垢材3−11を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−11を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがNo.2DまたはNo.4であるSUS304の板を用意した。これらの鋼板のクロムの含有量は18.2質量%であり、ニッケルの含有量は8.4質量%である。表面仕上げがNo.2Dである上記鋼板を無垢材3−12、表面仕上げがNo.4である上記鋼板を無垢材3−13、とする。これらの無垢材3−12,3−13を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−12,3−13をそれぞれ得た。
また、板厚が0.5mmであり、表面仕上げがNo.2BであるSUS310Sの板を用意した。この鋼板のクロムの含有量は25.3質量%であり、ニッケルの含有量は20.5質量%である。この鋼板を無垢材3−14とする。この無垢材3−14を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−14を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがブライト仕上げである冷延鋼板のSPCCを用意した。この鋼板に公知の方法に従い、アルカリ電解脱脂を施し、5%のHClで酸洗後、サージェント浴にて0.1μm厚みのクロムめっきを施した。このめっき鋼板を無垢材3−15とする。この無垢材3−15を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−15を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがブライト仕上げである冷延鋼板のSPCCを用意した。この鋼板に公知の方法に従い、アルカリ電解脱脂を施し、5%のHClで酸洗後、ワット浴にて10μmのニッケルめっき後、サージェント浴にて0.2μm厚みのクロムめっきを施した。この鋼板を無垢材3−16とする。この無垢材3−16を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−16を得た。
直径が20mmであり長さ50mm、粒度240番の研磨紙にて表面仕上げしたSUH1の棒材を用意した。この棒材のクロムの含有量は9.3質量%であり、炭素の含有量は0.4質量%であり、シリコンの含有量は3.2質量%である。この棒材を無垢材3−17とする。この無垢材3−17を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−17を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがブライト仕上げである冷延鋼板のSPCCを用意した。この鋼板に公知の方法に従い、アルカリ電解脱脂を施し、5%のHClで酸洗後、サージェント浴にて0.05μm厚みのクロムめっきを施した。このめっき鋼板を無垢材3−18とする。この無垢材3−18を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−18を得た。
また、板厚が0.4mmであり、表面仕上げがブライト仕上げである冷延鋼板のSPCCを用意した。この鋼板に公知の方法に従い、アルカリ電解脱脂を施し、5%のHClで酸洗後、ワット浴にて10μmのニッケルを施した。このめっき鋼板を無垢材3−19とする。この無垢材3−19を用いる以外は塗装材3−1と同様にして、塗装材3−19を得た。
塗装材3−1〜3−19をそれぞれ500℃で1時間加熱し、放冷後、塗膜の密着性を前述の◎〜×の四つの基準で評価した。
また、別の塗装材3−1〜3−19、および、無垢材3−1〜3−19を700℃で240時間加熱し、塗膜の密着性を前述の四つの基準で評価した。さらに、塗装材3−1〜3−19の塗膜の白濁を以下の基準に基づいて評価し、無垢材3−1〜3−19のスケールまたはテンパーカラーを以下の基準に基づいて評価した。結果を表1に示す。
A:顕著に発生
B:発生
C:わずかに発生
下記表1中、「白濁」は、同じ種類の鋼板の加熱後の塗膜の外観を比べたときに白っぽさが増したことを意味し、「スス状スケール」は、微粉状の酸化物の薄層が発生したことを意味し、「点状スケール」は、微粉状の酸化物による点状の集合が発生したことを意味し、「テンパー変色」は、酸化物の発生による変色を意味する。
表1に示されるように、塗装材3−1〜3−16の塗膜の密着性は、いずれも、500℃、1時間の高温環境後の常温環境において良好であった。また、700℃、240時間という、ほとんどの無垢材でスケールが発生する程過酷な高温環境においても、塗装材3−8、3−12、3−14および3−16で塗膜の外観に白濁の傾向が見られた程度であり、良好な塗膜の密着性を有していた。塗装材3−11を除く塗装材では、700℃、240時間の加熱によって、テンパー変色が観察されたが、塗装材3−11では、テンパー変色がほとんど観察されなかった。
塗装材3−17、3−18では、500℃、1時間の加熱では良好な密着性を得られるが塗膜表面にクラックが認められた。また、700℃、240時間の加熱によって、塗装材3−17は、塗膜の一部に粉状の剥離が発生し、塗装材3−18は、塗膜の全面に粉状の剥離が発生した。また、塗装材3−19では、500℃、1時間の加熱でも、塗膜全面に粉状の剥離が発生した。
以上より、少なくとも加熱温度が500℃および700℃を含み、10.5〜35.0質量%のクロムを含有するステンレス鋼板、または、厚さ0.1μm以上のクロムめっき層をその表面に有するクロムめっき鋼板に、前述のポストコート用のポリシロキサン系塗料が塗布された塗装鋼板は、700℃、240時間の環境であっても、十分な塗膜の密着性を有することがわかった。また、No.4,No.8,2B,BA,およびHLなどの種々の表面仕上げにおいて、表面仕上げの影響を受けることなく、過酷な高温環境においても塗膜の密着性が維持されることがわかった。
[4.耐食試験]
板厚0.4mm、表面仕上げがNo.4であるSUS430の板を用意した。この鋼板を無垢材4−1とする。また、無垢材4−1を用いる以外は、塗装材2−1と同様にして、膜厚1μmの塗膜を有する塗装材4−1を得た。さらに、無垢材4−1を用いる以外は、塗装材2−2と同様にして、膜厚3μmの塗膜を有する塗装材4−2を得た。
無垢材4−1、塗装材4−1および塗装材4−2をマッフル炉でそれぞれ、大気雰囲気中、600,700または800℃で250時間加熱した。
さらに、未加熱の塗装材4−2を除いて、上記加熱前後の無垢材または塗装材について、複合サイクル腐食(CCT)試験を行った。CCT試験は、JIS H8502の「中性塩水噴霧サイクル試験方法」に基づいて行った。当該試験における噴霧サイクルを8サイクルとした。
CCT試験前後の上記無垢材または塗装材の表面を目視で観察し、以下の基準に基づいて上記無垢材または塗装材の耐食性を評価した。結果を表2に示す。
○:塗膜の剥離が認められず、錆が発生していない。
△:塗膜の剥離が一部認められるが、錆は発生していない。
×:塗膜の一部または全部が剥離し、錆が発生している。
塗装材4−1は、600℃および700℃の耐熱試験後のCCT試験によっても十分な耐食性を有していた。また、塗装材4−2は、800℃の耐熱試験後のCCT試験でも耐食性を有していた。この結果から、塗膜の膜厚を厚くすると、塗膜が部分的に損傷し、その美観は損なわれるが、耐食性は十分に維持される可能性があることがわかった。