以下、本発明の実施の形態(以下、単に「実施形態」と記す)を図面に基づいて詳細に説明する。なお、本発明は下記の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。まず、本実施形態に係る車両と動力伝達装置の構成の概略について、図1を用いて説明する。図1は、実施形態に係る車両及び動力伝達装置の構成を示す模式図である。
車両1には、駆動輪9を駆動するための原動機として内燃機関5が設けられている。内燃機関5は、燃料のエネルギを機械的エネルギに変換して出力する熱機関であり、本実施形態においては、シリンダ内をピストンが往復運動するピストン往復動機関である。内燃機関5は、機関出力軸6から機械的動力を出力する。機関出力軸6は、動力伝達装置10の入力軸11と結合されている。なお、以下の説明において、内燃機関5が機関出力軸6から機械的動力を「機関出力」と記す。内燃機関5が機関出力軸6から出力する機関出力は、後述する制御装置100により制御される。また、内燃機関5は、制御装置100により、所定の停止条件が成立した場合に作動が停止するよう制御され、且つ所定の始動条件が成立した場合に始動するよう制御される。
車両1には、内燃機関5が機関出力軸6から出力した機械的動力を、入力軸11で受けて、駆動輪9に向けて伝達する動力伝達装置10が設けられている。本実施形態において、動力伝達装置10は、内燃機関5からの機械的動力を、作動流体を介してトルクを増大可能なトルクコンバータ20と、トルクコンバータ20からの機械的動力を回転方向を切替えて伝達可能な前後進切替機構30と、内燃機関5と駆動輪9との間における動力伝達を遮断可能な常閉クラッチ80と、内燃機関5からの機械的動力を回転速度を変化させて駆動輪9に向けて伝達可能な変速機構85とを有している。以下にこれらの詳細について、図1及び図2を用いて説明する。図2は、実施形態に係る動力伝達装置の構成を説明する模式図である。
図1及び図2に示すように、トルクコンバータ20は、ポンプインペラ22とタービンランナ24とステータ25とを有し、ポンプインペラ22からの機械的動力を、作動流体を介してトルクを増大させてタービンランナ24に伝達可能な流体伝動装置である。トルクコンバータ20は、ポンプインペラ22で受けた機械的動力を、作動流体(例えば、ATF:自動変速機用フルード)を介してタービンランナ24に伝達する。ポンプインペラ22からタービンランナ24に流れた作動流体は、ステータ25により流動方向を変えられて、再びポンプインペラ22に流入する。トルクコンバータ20は、ポンプインペラ22からタービンランナ24に伝達されるトルクを増大させることが可能に構成されている。
ポンプインペラ22は、トルクコンバータ20のうち入力側を構成する部材、すなわち動力伝達装置10の入力軸11に結合されており、入力軸11は、ポンプインペラ22と一体に回転する。一方、タービンランナ24は、前後進切替機構30の入力軸31に結合されている。ステータ25は、ワンウェイクラッチ27に結合されており、当該ワンウェイクラッチ27は、動力伝達装置10を構成する部材のうち静止している部材(以下、静止部材と記す)に係合可能に構成されている。なお、静止部材には、動力伝達装置10の外装をなすハウジング等がある。
本実施形態において、トルクコンバータ20は、ポンプインペラ22とタービンランナ24とを連結させることが可能なクラッチであるロックアップクラッチ28を有している。ロックアップクラッチ28が連結状態にある場合、ポンプインペラ22とタービンランナ24は、一体に回転し、内燃機関5からの機関出力は、そのままタービンランナ24から前後進切替機構30に伝達される。
なお、本明細書において、クラッチ(例えば、前進クラッチ40、常閉クラッチ80)を作動させず、駆動側の回転部材と被駆動側の回転部材との間における動力伝達が遮断された状態を「解放状態」と記す。一方、クラッチを作動させて、駆動側の回転部材と被駆動側の回転部材が同一の回転速度で一体に回転する状態を「連結状態」と記す。また、駆動側の回転部材と被駆動側の回転部材が係合して、これら回転部材の間においてトルクの伝達がある状態を「係合状態」と記す。つまり「係合状態」には、上述した「連結状態」が含まれる。
なお、図7には、クラッチ(前進クラッチ40、常閉クラッチ80)の解放状態を、単に「解放」と記し、クラッチの係合状態を単に「係合」と記し、クラッチの連結状態を単に「連結」と記している。また、動力伝達装置10が、機関出力軸6と駆動輪9とを係合させており、機関出力軸6と駆動輪9との間において動力伝達がある状態を、単に「あり」と記す。これに対して、動力伝達装置10が、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断している状態を、単に「遮断」と記す。
また、本明細書において、ブレーキ(例えば、後進ブレーキ60)を作動させて運動体の回転を止めて静止させた状態を「停止状態」と記す。一方、当該ブレーキを作動させておらず、静止部材に対して運動部材が自由に回転する状態を「非作動状態」と記す。また、運動部材と静止部材が接して運動体の回転が制動される状態を「制動状態」と記す。つまり「制動状態」には、上述した「停止状態」が含まれる。
また、本明細書において、クラッチ(例えば、前進クラッチ40、常閉クラッチ80)が解放状態から係合状態(連結状態を含む)になるまでの動作、すなわち隣り合うクラッチ板(摩擦材)を係合させる動作を「係合動作」と記す。これに対して、クラッチが係合状態(連結状態を含む)から解放状態になるまでの動作、すなわち隣り合うクラッチ板(摩擦材)の係合を解く動作を「解放動作」と記す。加えて、「係合動作」のうち、解放状態にあるクラッチを連結状態にする動作を、以下に「連結動作」と記す。
また、本明細書において、ブレーキ(例えば、後進ブレーキ60)が非作動状態から制動状態(停止状態を含む)になるまでの動作を「制動動作」と記す。これに対して、ブレーキが制動状態(停止状態を含む)から非作動状態になるまでの動作を「非作動動作」と記す。
前後進切替機構30は、ダブルピニオン式(デュアルプラネタリー式)の遊星歯車33を有している。遊星歯車33は、入力軸31に結合されたサンギア34と、当該サンギア34と噛み合う内側プラネタリピニオン35と、内側プラネタリピニオン35と噛み合う外側プラネタリピニオン36と、内側プラネタリピニオン35と外側プラネタリピニオン36を回転可能に支持するプラネタリキャリア38と、外側プラネタリピニオン36と噛み合うリングギア39とを有している。プラネタリキャリア38は、後述する常閉クラッチ80の入力軸81に結合されている。
また、前後進切替機構30は、遊星歯車33のうちサンギア34とプラネタリキャリア38を連結可能なクラッチである前進クラッチ40と、遊星歯車33のリングギア39の回転を制動可能なブレーキである後進ブレーキ50とを有している。
前進クラッチ40は、多板式のクラッチとして構成されており、回転中心軸Cの軸方向にクラッチ板3とクラッチ板4が、複数、交互に配列されている。なお、クラッチ板(clutch plate)3,4は、回転中心軸Cを中心として円環状をなしている摩擦材として構成されている。前進クラッチ40は、クラッチ板3とクラッチ板4との間に生じる摩擦力により、駆動側の回転部材と被駆動側の回転部材が係合して係合状態となる、いわゆる「摩擦クラッチ」である。前進クラッチ40においては、サンギア34とプラネタリキャリア38のうち、一方が駆動側の回転部材となり、他方が被駆動側の回転部材となる。つまり、前進クラッチ40が連結状態に操作されると、サンギア34とプラネタリキャリア38は、連結されて一体に回転する。前進クラッチ40は、解放状態に操作されると、サンギア34とプラネタリキャリア38との間における機械的動力の伝達が遮断されて、サンギア34とプラネタリキャリア38は、それぞれ別個に回転することができる。
なお、本明細書において、クラッチ(例えば、前進クラッチ40)を作動させて、駆動側の回転部材(例えば、クラッチ板3)と被駆動側の回転部材(例えば、クラッチ板3と係合するクラッチ板4)が係合を開始する状態、すなわち駆動側の回転部材と被駆動側の回転部材との間においてトルクの伝達が開始される状態を、係合状態のうち、特に「係合開始状態」と記す。すなわち、クラッチ(例えば、前進クラッチ40)は、係合開始状態において、隣り合うクラッチ板の間にあるクリアランスが、ほぼゼロとなり、駆動側の回転部材(クラッチ板)と被駆動側の回転部材(クラッチ板)との間においては、滑りが生じている。このようなクラッチ(例えば、前進クラッチ40)は、上述した「係合開始状態」から、駆動側の回転部材(クラッチ板)と被駆動側の回転部材(クラッチ板)との間において動力伝達が開始される。
一方、後進ブレーキ60は、多板式のブレーキとして構成されており、回転中心軸Cの軸方向にブレーキ板7とブレーキ板8が複数、交互に配列されている。なお、ブレーキ板(brake plate)7,8は、回転中心軸Cを軸心として円環状をなしている摩擦材として構成されている。後進ブレーキ60は、ブレーキ板7とブレーキ板8との間に生じる摩擦力により、運動体であるリングギア39と静止部材(例えば、動力伝達装置10のハウジング)が係合して、運動体の回転が制動される制動状態となる、いわゆる「摩擦ブレーキ」である。後進ブレーキ60は、停止状態に操作されると、リングギア39が静止部材に固定される。停止状態において、サンギア34を回転させると、プラネタリキャリア38は、サンギア34と逆向きに回転する。後進ブレーキは、非作動状態に操作されると、リングギア39は、サンギア34及びプラネタリキャリア38と一体に回転することが可能となる。
ここで、本実施形態に係る前進クラッチ40及び後進ブレーキ60の構造について、図3を用いて説明する。図3は、本実施形態に係る前進クラッチ40及び後進ブレーキ60と、その周辺構造の一例を示す断面図である。なお、図3において、前進クラッチ40及び後進ブレーキ60の断面のうち、発明の要旨に係る一部を示している。
なお、以下の説明において、回転中心軸Cの軸方向のうち、クラッチ板3とクラッチ板4とを係合させる向き(軸方向内側)を「軸方向係合側」と記して、図に矢印E1,E2で示す。また、回転中心軸Cの軸方向のうち軸方向係合側とは逆向き、すなわちクラッチ板3とクラッチ板4とを係合させない向き(軸方向外側)を「軸方向解放側」と記して、図に矢印D1,D2で示す。なお、「軸方向係合側」と「軸方向解放側」は、クラッチ板やブレーキ板等の摩擦材を基準として向きを定義している。そこで、前進クラッチ40のクラッチ側油圧ピストン部材50にとって「軸方向係合側」を図に矢印E1で示し「軸方向解放側」を図に矢印D1で示す。同様に、後進ブレーキ60のブレーキ側油圧ピストン部材50Bにとって「軸方向係合側」を図に矢印E2で示し「軸方向解放側」を図に矢印D2で示す。
図3に示すように、前進クラッチ40は、回転中心軸C(図に一点鎖線で示す)を軸心として回転するクラッチ板3と、当該クラッチ板3と同一の回転中心軸Cを軸心として回転し、クラッチ板3が係合する相手のクラッチ板4とを有している。前進クラッチ40は、クラッチ板3とクラッチ板4との間に摩擦力が生じることにより、サンギア34とプラネタリキャリア38とを係合して、これら回転部材の間において機械的動力の伝達がなされる、すなわち「係合状態」となる。
前進クラッチ40は、回転中心軸Cを軸心とする略円筒状をなしている部分(以下、周壁部と記す)41の径方向外側にクラッチ板3が配置されるシリンダ状の部材(以下、クラッチハブと記す)43と、クラッチハブ43と同一の回転中心軸Cを軸心とする略円筒状をなしている部分(以下、外周壁部と記す)42の径方向内側にクラッチ板4が配置されるシリンダ状の部材(以下、クラッチドラムと記す)44とを有している。クラッチドラム44は、入力軸31及びサンギア34に結合されており、クラッチハブ43は、プラネタリキャリア38に結合されている。
クラッチドラム44の外周壁部42の外径は、クラッチハブ43の周壁部41に比べて大きく構成されている。クラッチドラム44の外周壁部42の径方向内側には、回転中心軸Cを軸心とする円環状をなしており、回転中心軸Cの軸方向に厚みを有する板状のクラッチ板4が、複数配置されている。クラッチドラム44の外周壁部42の径方向内側の面には、「歯すじ」が回転中心軸Cの軸方向に延びるスプライン46が形成されている。クラッチ板4は、クラッチドラム44のスプライン46と回転中心軸Cの周方向に係合しており、且つ、外周壁部42に対して回転中心軸Cの軸方向に所定の距離だけ滑動可能に構成されている。
クラッチハブ43の周壁部41の外径は、クラッチドラム44の外周壁部42に比べて小さく構成されている。クラッチハブ43の周壁部41の径方向外側には、回転中心軸Cを中心とする円環状をなし、回転中心軸Cの軸方向に厚みを有する板状のクラッチ板3が、複数配置されている。クラッチハブ43の周壁部41の径方向外側には、歯すじが回転中心軸Cの軸方向に延びるスプライン45が形成されている。クラッチ板3は、当該スプライン45と回転中心軸Cの周方向に係合しており、且つ、周壁部41に対して回転中心軸Cの軸方向に所定の距離だけ滑動可能に構成されている。
前進クラッチ40において、クラッチハブ43に係合するクラッチ板3と、クラッチドラム44に係合するクラッチ板4は、回転中心軸Cの軸方向において交互に配置されている。クラッチ板3と、その係合相手であるクラッチ板4が係合することにより、その係合面には、摩擦力が生じる。これにより、入力軸31に結合されたサンギア34と、入力軸81に結合されたプラネタリキャリア38が係合する。
また、クラッチドラム44は、外周壁部42のうち軸方向解放側D1の縁から、回転中心軸Cに向けて、径方向内側に延びている部分(以下、径方向部と記す)47を有している。径方向部47は、回転中心軸Cの中心に穴が空いた略円板状をなしている。径方向部47のうち回転中心軸Cの径方向内側の縁からは、外周壁部42に対して回転中心軸Cの径方向内側において回転中心軸Cを軸心とする略円筒状をなしている部分(以下、内周壁部と記す)48が延びている。外周壁部42と径方向部47と内周壁部48は、一体に成形されて、クラッチドラム44を構成している。
前進クラッチ40は、上述したクラッチ板4とクラッチ板3とを係合させるための機構として、油圧を受けて回転中心軸Cの軸方向係合側E1に移動することにより、クラッチ板4を回転中心軸Cの軸方向係合側Eに押す部材(以下、油圧ピストン部材と記す)50を有している。クラッチ側油圧ピストン部材50は、回転中心軸Cを軸心とする略円環状をなしている。また、前進クラッチ40は、クラッチ板3とクラッチ板4が係合しない向き、すなわち軸方向解放側D1に、クラッチ側油圧ピストン部材50を付勢する付勢部材(以下、リターンスプリングと記す)51と、リターンスプリング51をクラッチドラム44の内周壁部48に保持する部材(以下、スプリングリテーナと記す)52とを有している。
回転中心軸Cの軸方向においてクラッチドラム44の径方向部47とクラッチ側油圧ピストン部材50との間には、作動媒体であるオイルが供給されて、クラッチ側油圧ピストン部材50に油圧を作用させるための空間(以下、油圧室と記す)55が形成されている。クラッチ側油圧ピストン部材50のうち回転中心軸Cの径方向外側の端とクラッチドラム44の外周壁部42との間には、油圧室55にあるオイルを密閉するための部材(以下、外周壁側シール部材と記す)53が設けられている。加えて、クラッチ側油圧ピストン部材50のうち回転中心軸Cの径方向内側の端とクラッチドラム44の内周壁部48との間にも、油圧室55にオイルを密閉するための部材(以下、内周壁側シール部材と記す)54が設けられている。
クラッチドラム44の内周壁部48には、当該油圧室55にオイル(すなわち油圧)を供給するための貫通孔56が形成されている。当該貫通孔56を介して後述するオイルポンプからオイルが供給されることで、油圧室55に油圧が生じる。クラッチ側油圧ピストン部材50は、油圧室55の油圧が所定の値より高い場合、当該油圧を受け、リターンスプリング51の付勢力に抗して回転中心軸Cの軸方向係合側E1に移動することが可能に構成されている。
クラッチ側油圧ピストン部材50は、回転中心軸Cの軸方向係合側E1に移動することにより、複数のクラッチ板のうち対向するクラッチ板4を押す。これにより、クラッチ側油圧ピストン部材50は、クラッチ板3とクラッチ板4とを係合させて、クラッチ板4とクラッチ板3との間において回転中心軸Cの周方向に摩擦力を生じさせる。このようにして、クラッチ側油圧ピストン部材50は、クラッチドラム44とクラッチハブ43とを係合させる、つまり前進クラッチ40を係合状態にすることができる。前進クラッチ40は、係合状態に操作されることにより、クラッチドラム44に結合されたサンギア34と、クラッチハブ43に結合されたプラネタリキャリア38とを連結させることができる。
一方、油圧室55の油圧が所定の値より低い場合、クラッチ側油圧ピストン部材50は、リターンスプリング51の付勢力により、回転中心軸Cの軸方向解放側D1に移動する。すると、クラッチ板4とクラッチ板3との回転速度差により、クラッチ板4とクラッチ板3との間に隙間が生じて、クラッチ板4とクラッチ板3との間に摩擦力が生じなくなる。このようにして、前進クラッチ40は、解放状態に操作されることにより、クラッチドラム44とクラッチハブ43との間において機械的動力の伝達を遮断することができる。
前進クラッチ40の油圧室55には、油圧供給装置110により油圧が供給される。油圧供給装置110は、図1に示すように、機関出力軸6からの機械的動力を受けて作動可能なオイルポンプPを含んでいる。本実施形態において、オイルポンプPは、機関出力軸6からの機械的動力を、トルクコンバータ20のポンプインペラ22を介して受けて作動し、油圧を発生させる。油圧供給装置110は、オイルポンプPが発生した油圧を、前進クラッチ40、後進ブレーキ60、及び常閉クラッチ80に供給する。油圧供給装置110が、前進クラッチ40に油圧を供給することで、前進クラッチ40の係合/解放動作を操作可能に構成されている。油圧供給装置110による、前進クラッチ40の係合/解放動作の操作は、制御装置100により制御される。
図3に示すように、後進ブレーキ60は、回転中心軸C(図に一点鎖線で示す)を軸心として回転するブレーキ板7と、静止部材に回転軸の周方向に係合しており、ブレーキ板7が係合する相手のブレーキ板8とを有している。後進ブレーキ60は、ブレーキ板7とブレーキ板8との間に摩擦力が生じることにより、リングギア39と静止部材が係合して、リングギア39の回転が制動される、すなわち「制動状態」となる。
後進ブレーキ60は、回転中心軸Cを軸心とする略円筒状をなしている壁体(以下、周壁と記す)61の径方向外側にブレーキ板7が配置されるリングギア39と、同一の回転中心軸Cを軸心とする略円筒状の壁体(以下、外周壁と記す)62の径方向内側にブレーキ板8が配置される静止部材64とを有している。なお、静止部材64は、動力伝達装置10の外装をなすハウジング等により構成されている。
静止部材64の外周壁62の外径は、リングギア39の周壁61に比べて大きく構成されている。静止部材64の外周壁62の径方向内側には、回転中心軸Cを軸心とする円環状をなしており、回転中心軸Cの軸方向に厚みを有する板状のブレーキ板8が、複数配置されている。静止部材64の外周壁62の径方向内側の面には、「歯すじ」が回転中心軸Cの軸方向に延びるスプライン66が形成されている。ブレーキ板8は、静止部材64のスプライン66と回転中心軸Cの周方向に係合しており、且つ、回転中心軸Cの軸方向に所定の距離だけ滑動可能に構成されている。
リングギア39の周壁61の外径は、静止部材64の外周壁62に比べて小さく構成されている。リングギア39の周壁61の径方向外側には、回転中心軸Cを中心とする円環状をなし、回転中心軸Cの軸方向に厚みを有する板状のブレーキ板7が、複数配置されている。リングギア39の周壁61の径方向外側には、「歯すじ」が回転中心軸Cの軸方向に延びるスプライン65が形成されている。ブレーキ板7は、当該スプライン65と回転中心軸Cの周方向に係合しており、且つ、回転中心軸Cの軸方向に所定の距離だけ滑動可能に構成されている。
後進ブレーキ60において、リングギア39に係合するブレーキ板7と、静止部材64に係合するブレーキ板8は、回転中心軸Cの軸方向において交互に配置されている。ブレーキ板7と、その係合相手であるブレーキ板8が係合することにより、その係合面には、摩擦力が生じる。これにより、リングギア39と静止部材64が係合する。
また、静止部材64は、外周壁62のうち軸方向解放側D1の縁から、回転中心軸Cに向けて、径方向内側に延びている壁体(以下、径方向壁と記す)67を有している。径方向壁67のうち回転中心軸Cの径方向内側の縁からは、外周壁62に対して回転中心軸Cの径方向内側において回転中心軸Cを軸心とする略円筒状をなしている壁体(以下、内周壁と記す)68が延びている。外周壁62と径方向壁67と内周壁68は、一体に成形されて、静止部材64を構成している。
後進ブレーキ60は、上述したブレーキ板8とブレーキ板7とを係合させるための機構として、油圧を受けて回転中心軸Cの軸方向係合側E2に移動することにより、クラッチ板4を回転中心軸Cの軸方向係合側E2に押す部材(以下、ブレーキ側油圧ピストン部材と記す)50Bを有している。ブレーキ側油圧ピストン部材50Bは、回転中心軸Cを軸心とする略円環状をなしている。また、後進ブレーキ60は、ブレーキ板7とブレーキ板8が係合しない向き、すなわち軸方向解放側D2に、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bを付勢する付勢部材(以下、リターンスプリングと記す)51Bと、リターンスプリング51Bを静止部材64の内周壁68に保持する部材(以下、スプリングリテーナと記す)52Bとを有している。
回転中心軸Cの軸方向において静止部材64の径方向壁67とブレーキ側油圧ピストン部材50Bとの間には、作動媒体であるオイルが供給されて、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bに油圧を作用させるための空間(以下、油圧室と記す)55Bが形成されている。ブレーキ側油圧ピストン部材50Bのうち回転中心軸Cの径方向外側の端と静止部材64の外周壁62との間には、油圧室55Bにあるオイルを密閉するための部材(以下、外周壁側シール部材と記す)53Bが設けられている。加えて、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bのうち回転中心軸Cの径方向内側の端と静止部材64の内周壁68との間にも、油圧室55Bにオイルを密閉するための部材(以下、内周壁側シール部材と記す)54Bが設けられている。
静止部材64の内周壁68には、当該油圧室55Bにオイル(すなわち油圧)を供給するための貫通孔56Bが形成されている。当該貫通孔56Bを介して後述するオイルポンプからオイルが供給されることで、油圧室55Bに油圧が生じる。ブレーキ側油圧ピストン部材50Bは、油圧室55Bの油圧が所定の値より高い場合、当該油圧を受け、リターンスプリング51Bの付勢力に抗して回転中心軸Cの軸方向係合側E2に移動することが可能に構成されている。
ブレーキ側油圧ピストン部材50Bは、回転中心軸Cの軸方向係合側E2に移動することにより、複数のクラッチ板のうち対向するブレーキ板8を押す。これにより、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bは、ブレーキ板7とブレーキ板8とを係合させて、ブレーキ板8とブレーキ板7との間において回転中心軸Cの周方向に摩擦力を生じさせる。このようにして、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bは、静止部材64とリングギア39とを係合させる、つまり後進ブレーキ60を制動状態にすることができる。後進ブレーキ60は、停止状態に操作されることにより、静止部材64に対してリングギア39の回転を止めることができる。
一方、油圧室55Bの油圧が所定の値より低い場合、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bは、リターンスプリング51Bの付勢力により、回転中心軸Cの軸方向解放側D2に移動する。すると、ブレーキ板8とブレーキ板7との回転速度差により、ブレーキ板8とブレーキ板7との間に隙間が生じて、ブレーキ板8とブレーキ板7との間に摩擦力が生じなくなる。このようにして、後進ブレーキ60は、非作動状態に操作されることにより、静止部材64とリングギア39との間において機械的動力の伝達を遮断することができる。
後進ブレーキ60の油圧室55Bには、油圧供給装置110により油圧が供給される。油圧供給装置110は、内燃機関5の機関出力軸6から機械的動力の一部を受けて作動し、油圧を発生させる。油圧供給装置110は、後進ブレーキ60に供給される油圧を制御することにより、後進ブレーキ60の制動状態と解放動作とを切替える動作(以下、「係合/解放動作」と記す)を操作可能に構成されている。油圧供給装置110による、後進ブレーキ60の係合/解放動作の操作は、制御装置100により制御される。
以上のように構成された前後進切替機構30において、前進クラッチ40は、クラッチ板3とクラッチ板4とを係合させるための機構として、複数のクラッチ板すなわちクラッチ板3及びクラッチ板4を挟んでクラッチ側油圧ピストン部材50と対向して設けられており、機械的な力を受けて回転中心軸Cの軸方向を前進クラッチ40側(以下、単に「軸方向クラッチ側」と記し、その向きを図に矢印Aで示す)に移動することにより、クラッチ板4を回転中心軸Cの軸方向クラッチ側Aに押す部材(以下、クラッチ側機械的押し部材と記す)70を備えている。クラッチ側機械的押し部材70は、回転中心軸Cを軸心とする略円環状をなすスリーブ状の部材として構成されている。
一方、後進ブレーキ60は、ブレーキ板7とブレーキ板8とを係合させるための機構として、複数のブレーキ板すなわちブレーキ板7及びブレーキ板8を挟んでブレーキ側油圧ピストン部材50Bと対向して設けられており、機械的な力を受けて回転中心軸Cの軸方向を後進ブレーキ60側(以下、単に「軸方向ブレーキ側」と記し、その向きを図に矢印Bで示す)に移動することにより、ブレーキ板8を回転中心軸Cの軸方向ブレーキ側Bに押す部材(以下、ブレーキ側機械的押し部材と記す)72を備えている。ブレーキ側機械的押し部材72は、回転中心軸Cを軸心とする略円環状をなすスリーブ状の部材として構成されている。
以上に説明したクラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72の回転中心軸Cの軸方向の移動を操作する機構74については、後述する。
次に、常閉クラッチ80の詳細について図2を用いて説明する。常閉クラッチ80は、その係合状態と解放状態とを切替える動作(係合/解放動作)を操作する力(操作力)が作用していないときに係合状態となるよう構成されたクラッチ、いわゆるノーマルクローズ(normally closed)式のクラッチとして構成されている。
常閉クラッチ80は、多板式のクラッチとして構成されており、回転中心軸の軸方向にブレーキ板82が複数配列されている。常閉クラッチ80は、ブレーキ板82に生じる摩擦力により、駆動側の回転部材と被駆動側の回転部材が係合して係合状態となる摩擦クラッチである。常閉クラッチ80においては、その入力軸81と、変速機構85の入力軸86のうち、一方が駆動側の回転部材となり、他方が被駆動側の回転部材となる。つまり、常閉クラッチ80が連結状態に操作されると、その入力軸81と変速機構85の入力軸86が連結されて一体に回転する。常閉クラッチ80は、解放状態に操作されると、その入力軸81と変速機構85の入力軸86との間における機械的動力の伝達が遮断される。
常閉クラッチ80は、油圧を受けて作動し、回転中心軸の軸方向係合側に移動することにより、ブレーキ板82を押すことが可能な部材(以下、油圧ピストン部材と記す)83と、隣り合うブレーキ板82を係合させる向き、すなわち軸方向係合側に油圧ピストン部材83を付勢する付勢部材(以下、単に「スプリング」と記す)84とを有している。常閉クラッチ80は、油圧供給装置110から油圧の供給を受ける。
スプリング84は、常閉クラッチ80が係合状態となる向きに、油圧ピストン部材83を付勢している。油圧ピストン部材83は、スプリング84により油圧ピストン部材83に作用する力(以下、付勢力と記す)を受けて、軸方向係合側に移動してブレーキ板82を押す。スプリング84の付勢力は、内燃機関5が非作動状態にあるため油圧供給装置110が作動しておらず、油圧供給装置110から常閉クラッチ80に油圧が供給されていない状態において、常閉クラッチ80において「滑り」が生じつつも、入力軸81から変速機構85の入力軸86に機械的動力を伝達可能に設定されている。
なお、常閉クラッチ80の「滑り」とは、常閉クラッチ80の入力軸81と変速機構85の入力軸86との間に回転速度差が生じて、入力軸81からの機械的動力の一部が、ブレーキ板82において熱として放散されて、残りの機械的動力が変速機構85の入力軸86に伝達されるような状態を意味している。
常閉クラッチ80は、油圧供給装置110から油圧の供給を受けることにより、係合/解放動作を行うことが可能となっている。一方、油圧供給装置110から油圧の供給を受けていない場合、常閉クラッチ80は、係合/解放動作を行うことができなくなっている。しかし、常閉クラッチ80は、油圧供給装置110から油圧の供給を受けておらず、その係合/解放動作を操作する操作力が作用していない場合であっても、スプリング84による付勢力が油圧ピストン部材83に作用することにより、係合状態となるように構成されている。これにより、後述する内燃機関5を始動した直後の車両1の発進に備えている。常閉クラッチ80のうち出力側、すなわち駆動輪9側には、変速機構85の入力軸86が結合されている。
変速機構85は、変速比を連続的に変化させることが可能な連続可変変速機(いわゆるCVT)として構成されている。変速機構85は、常閉クラッチ80からの機械的動力を受ける入力軸86と、入力軸86と同軸に設けられ、当該入力軸86と同期回転する入力側プーリ87と、入力軸86に対して所定の間隔をあけて平行に設けられ、減速機構90に機械的動力を出力する出力軸88と、出力軸88と同軸に設けられ、当該出力軸88と同期回転する出力側プーリ89と、入力側プーリ87及び出力側プーリ89に巻き掛けられて、入力軸86からの機械的動力を出力軸88に伝達する動力伝達部材(図に破線Gで示す)とを有している。なお、動力伝達部材Gには、金属製のベルトやチェーン等を用いることができる。
変速機構85は、図示しない油圧アクチュエータにより駆動されて、入力側プーリ87のプーリ幅を変化させることで、当該入力側プーリ87に巻き掛けられた動力伝達部材Gがなす「巻き掛け径」を変化させることが可能に構成されている。同様に、変速機構85は、出力側プーリ89のプーリ幅を変化させることで、当該出力側プーリ89に巻き掛けられた動力伝達部材Gがなす「巻き掛け径」を変化させることが可能に構成されている。このような変速機構85は、制御装置100により制御されて、入力側プーリ87のプーリ幅と、出力側プーリ89のプーリ幅を変化させることで、それぞれのプーリ87,89において、動力伝達部材Gの巻き掛け径を変化させる。出力側プーリ89における動力伝達部材Gの巻き掛け径Roと入力側プーリ87における動力伝達部材Gの巻き掛け径Riとの比率(Ro/Ri)が、入力軸86の回転速度Niと出力軸88の回転速度Noの比率である変速比(Ni/No)となる。変速機構85は、入力側プーリ87と出力側プーリ89のうち少なくとも一方のプーリ幅を連続的に変化させることにより、変速比(Ni/No)を連続的に変化させることが可能となっている。
変速機構85が入力軸86で受けた機械的動力は、図1に示すように、入力側プーリ87と出力側プーリ89との間で、回転速度を変化させて(すなわちトルクを変化させて)減速機構90に伝達される。変速機構85から減速機構90に伝達された機械的動力は、差動装置95により左右の駆動軸99に分配されて駆動輪9に伝達される。駆動輪9と車両1が走行する路面との間には、車両1を駆動する駆動力[N]が生じる。このようにして、変速機構85は、常閉クラッチ80からの機械的動力を、回転速度を変化させて駆動輪9に向けて伝達する。変速機構85の出力軸88及び入力軸86は、駆動輪9に連動して回転する。
次に、クラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72に機械的な力を与えることにより、クラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72の回転中心軸Cの軸方向の移動を操作する機構(以下、単に「操作機構」と記す)74と、その周辺構造について、図3〜図6を用いて説明する。図4は、操作機構の構造を示す断面図であり、図3の拡大断面図である。図4において、操作機構74とディッシュプレート14以外の構成については、模式的に示している。図5は、ディッシュプレートを示す部品図である。図6は、操作機構のフォークと、スプリングとの位置関係を説明する模式図である。なお、操作機構74のうち、前進クラッチ40側についてのみ詳細な構造を説明し、後進ブレーキ60側については、前進クラッチ40側と同様の構造となっており、その説明を省略する。
図4に示すように、前進クラッチ40のクラッチ板4と、クラッチ側機械的押し部材70との間には、回転中心軸Cを軸心とする皿ばね(以下、ディッシュプレートと記す)14が設けられている。図5に示すように、ディッシュプレート14は、略円環状をなす板状の部材であり、皿形状の底に対応する部分には、貫通穴15が形成されている。ディッシュプレート14は、貫通穴15より径方向外側に向かうに従って、回転中心軸Cの軸方向と直交する平面に対してクラッチ板4側に位置するよう構成されている(図4参照)。
図3に矢印Aで示すように、クラッチ側機械的押し部材70が、回転中心軸Cの軸方向を、対向するクラッチ板4に向けて移動すると、ディッシュプレート14は、クラッチ側機械的押し部材70とクラッチ板4との間に挟みこまれる。そして、クラッチ側機械的押し部材70が、クラッチ板4に向けて伝達する、回転中心軸Cの軸方向の機械的な力(荷重)が、所定の値(以下、設定荷重と記す)[N]にまで増大すると、ディッシュプレート14は、回転中心軸Cの軸方向に直交する平板状となるよう変形する。すなわち、ディッシュプレート14は、回転中心軸Cの軸方向に、設定荷重[N]が作用したときに、回転中心軸Cの軸方向に直交する平板状に変形するよう構成された部材である。
なお、本明細書において、図5に示す形状のディッシュプレート14が、回転中心軸Cの軸方向に直交する平板状に変形するときに、当該ディッシュプレート14に対して回転中心軸Cの軸方向に作用している力[N]を「ディッシュプレート潰れ荷重」と記し、数式に定数「Fd」で示す。これに対して、前進クラッチ40のクラッチ板3とクラッチ板4との間のクリアランスをゼロにするのに必要な力、すなわち前進クラッチ40を係合開始状態にするために必要な、回転中心軸の軸方向に作用する力(すなわち荷重)[N]を「係合開始荷重」と記し、数式に定数「Fg」で示す。
このディッシュプレート14の変形により、解放状態にある前進クラッチ40を、クラッチ側機械的押し部材70の回転中心軸Cの軸方向の移動(図に矢印Aで示す)により係合状態(連結状態を含む)にするときに(すなわちクラッチ側機械的押し部材70がクラッチ板4を押す際に)生じる衝撃を緩和(緩衝)することができる。また、前進クラッチ40が解放状態に操作されている場合においては、クラッチ板4と機械的押し部材70との間に十分な隙間を確保することも可能である。
図3及び図4に示すように、クラッチ側機械的押し部材70は、回転中心軸Cの軸方向に延びている部分(以下、軸方向部と記す)70aと、軸方向部70aから回転中心軸Cの径方向外側に延びている部分(以下、径方向部と記す)71と、径方向部71のうち回転中心軸Cの径方向外側の縁から、回転中心軸Cの軸方向に延びている部分(以下、外側軸方向部と記す)79とを有している。さらに、クラッチ側機械的押し部材70は、外側軸方向部79のうち回転中心軸Cの軸方向の両側において径方向外側に延びている部分(以下、外側径方向部と記す)78,78Bを有している。すなわち、回転中心軸Cの軸方向の前進クラッチ40側の外側径方向部78と、後進ブレーキ60側の外側径方向部78Bとを有している。
クラッチ側機械的押し部材70を構成する部材、すなわち軸方向部70a、径方向部71、外側軸方向部79、及び外側径方向部78,78Bは、それぞれ、回転中心軸Cを軸心とする略円環状をなしている。軸方向部70a、径方向部71、外側軸方向部79、及び外側径方向部78,78Bは、一体に結合されており、クラッチ側機械的押し部材70を構成している。
図3及び図4に示すように、前進クラッチ40と後進ブレーキ60との間には、クラッチ側機械的押し部材70の回転中心軸Cの軸方向の移動を操作する操作機構74が設けられている。操作機構74には、アクチュエータ120により駆動され、先端部75からクラッチ側機械的押し部材70に向けて機械的な力を与える部材(以下、力付与部材と記す)としてフォーク75が設けられている。また、操作機構74には、クラッチ側機械的押し部材70とフォーク(力付与部材)75との間に設けられ、フォーク(力付与部材)75からの機械的な力を受けて伸縮すると共に、フォーク(力付与部材)75からの機械的な力を、クラッチ側機械的押し部材70に向けて伝達する部材(以下、力伝達部材と記す)として、スプリング77が設けられている。また、操作機構74には、当該スプリング(力伝達部材)77とフォーク(力付与部材)75の先端部75aとの間に設けられ、回転中心軸Cを軸心とする円環状をなしており、当該先端部75aからの軸方向の力を、スプリング77に伝達する部材(以下、環状部材と記す)76を有している。
フォーク75は、図4及び図6に示すように、回転中心軸Cの径方向に延びている部分(以下、基部と記す)75cと、基部75cから二股に分かれており、且つ回転中心軸Cを軸心とする略半円状をなして延びている先端部75aとを有している。フォーク75は、アクチュエータ120からの回転中心軸Cの軸方向に作用する機械的な力を、基部75cで受けて、先端部75aから環状部材76又は環状部材76Bに伝達可能に構成されている。環状部材76は、フォーク75の先端部75aと、スプリング77との間に設けられており、当該スプリング77に結合されている。同様に環状部材76Bは、先端部75aと、スプリング77Bとの間に設けられており、当該スプリング77Bに結合されている。
スプリング77,77Bは、本実施形態においては回転中心軸Cの軸方向に中心軸線が延びるコイルスプリングとして構成されている。図5に示すように、操作機構74の前進クラッチ40側において、スプリング77は、一端が環状部材76に結合されており、他端がクラッチ側機械的押し部材70の外側径方向部78に結合されている。一方、後進ブレーキ60側において、スプリング77Bは、前進クラッチ40側のスプリング77と同様に、一端が環状部材76Bに結合されており、他端が外側径方向部78に結合されている。スプリング77は、図6に示すように、環状部材76と、これに対向する外側径方向部78に沿って、回転中心軸(図6に点Cで示す)の周方向に複数配列されている。スプリング77Bは、スプリング77と同様に、環状部材76B及び外側径方向部78Bに沿って、回転中心軸Cの周方向に複数配列されている。
上述したスプリング77のばね定数(spring rate)K[N/mm]の設定手法について以下に説明する。なお、本明細書において、図5に示す形状のディッシュプレート14が、回転中心軸Cの軸方向に直交する平板状に変形するときに、当該ディッシュプレート14に対して回転中心軸Cの軸方向に作用している力(荷重)[N]を「ディッシュプレート潰れ荷重」と記して「Fd」で示す。これに対して、前進クラッチ40のクラッチ板3とクラッチ板4との間のクリアランスをゼロにするのに必要な力、すなわち前進クラッチ40を係合開始状態にするために必要な力を「係合開始荷重」と記して「Fg」で示す。
また、解放状態にある前進クラッチ40を係合開始状態にするために、クラッチ側機械的押し部材70が、回転中心軸Cの軸方向クラッチ側Aに移動する距離を、単に「押し部材移動距離」と記して「Lp」で示す。すなわち、押し部材移動距離Lpは、前進クラッチ40において隣り合うクラッチ板3とクラッチ板4との間のクリアランスがゼロとなるまで、クラッチ側機械的押し部材70を移動させる距離である。なお、フォーク75の回転中心軸Cの軸方向の移動距離を「フォーク移動距離」と記して「Lf」で示す。
スプリング77のばね荷重(spring load)Fs[N]は、下記の式(1)で表される。
Fs=K(Lf−Lp) ・・・(1)
ここで、押し部材移動距離Lpには、クラッチ板等、前進クラッチ40を構成する各種部品のばらつきにより、製品ごとに変動する。従って、スプリング77のばね荷重Fs[N]の最小値Fsmin は、押し部材移動距離の最大値Lpmaxから、下記の式(2)で算出される。
Fsmin =K(Lf−Lpmax ) ・・・(2)
同様に、ばね荷重Fsの最大値Fsmax は、押し部材移動距離の最大値Lpmaxから、下記の式(3)で算出される。
Fsmax =K(Lf−Lpmin ) ・・・(3)
前進クラッチ40が係合開始状態にあるとき、すなわちクラッチ側機械的押し部材70が係合開始位置にあるとき、スプリング77が完全に圧縮されて(軸方向に潰れて)ばね要素として機能しない状態となっていると、上述した押し部材移動距離Lpのばらつきをスプリング77の変形により吸収することができない。従って、下記の式(4)に示すように、スプリング77のばね荷重[N]の最小値Fsminは、係合開始荷重Fgより大きい必要がある。
Fg < Fsmin =K(Lf−Lpmax ) ・・・(4)
また、前進クラッチ40が係合開始状態にあるとき、ディッシュプレート14が潰れて平板状となっていたのでは、上述したディッシュプレート14の機能、例えば、連結状態にする際に衝撃を緩和する機能を果たすことができなくなる。従って、下記の式(5)に示すように、スプリング77のばね荷重[N]の最大値Fsmax は、ディッシュプレート潰れ荷重より小さい必要がある。
Fsmax =K(Lf−Lpmin ) < Fd ・・・(5)
これら式(4)及び式(5)を満たすように、スプリング77のばね定数Kは、設定される。このようにばね定数Kを設定することにより、スプリング77がある程度圧縮された状態で、且つ、ディッシュプレート14が潰れていない状態で、前進クラッチ40を係合開始状態にすることができる。前進クラッチ40が係合開始状態となるようフォーク75を所定の移動距離Lfだけ動かしたときに、クラッチ板の厚み等、前進クラッチ40を構成する部品に製品ごとのばらつきがあっても、これをスプリング77の変形により吸収して、当該係合開始状態を実現することができる。
以上のように構成された操作機構74は、操作機構74は、回転中心軸Cの軸方向において、前進クラッチ40と後進ブレーキ60の間に設けられている。クラッチ側機械的押し部材70とブレーキ側機械的押し部材72は、操作機構74を介して連結されている。すなわち、クラッチ側機械的押し部材70と、ブレーキ側機械的押し部材72は、操作機構74からの機械的な力を受けて、一体となって回転中心軸Cの軸方向に移動可能に構成されている。
操作機構74が回転中心軸Cの軸方向クラッチ側Aに駆動されることにより、クラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72は、操作機構74からの機械的な力を受けて、回転中心軸Cの軸方向クラッチ側Aに移動する。これにより、クラッチ側機械的押し部材70は、対向するクラッチ板4を押してクラッチ板4とクラッチ板3とを係合させることにより、クラッチ板3とクラッチ板4との間に回転中心軸Cの周方向に作用する摩擦力を生じさせる。このようにして、クラッチ側機械的押し部材70は、クラッチドラム44とクラッチハブ43とを係合させて、前進クラッチ40を係合状態にすることが可能となる。
一方、操作機構74が回転中心軸Cの軸方向ブレーキBに駆動されることにより、クラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72は、操作機構74からの機械的な力を受けて、回転中心軸Cの軸方向ブレーキ側Bに移動する。これにより、ブレーキ側機械的押し部材72は、対向するブレーキ板8を押してブレーキ板8とブレーキ板7とを係合させることにより、ブレーキ板7とブレーキ板8との間に回転中心軸Cの周方向に作用する摩擦力を生じさせる。このようにして、ブレーキ側機械的押し部材72は、リングギア39を静止部材64に係合させて、後進ブレーキ60を(停止状態を含む)制動状態にすることが可能となる。
操作機構74は、アクチュエータ120(図2参照)により駆動される。アクチュエータ120は、操作機構74の駆動を制御することにより、クラッチ側機械的押し部材70による前進クラッチ40の係合状態と解放状態とを切替える動作(以下、「係合/解放動作」と記す)と、ブレーキ側機械的押し部材72による後進ブレーキ60の非作動状態と制動状態を切替える動作(以下、「制動/非作動動作」と記す)とを操作可能に構成されている。
クラッチ側機械的押し部材70と、ブレーキ側機械的押し部材72は、操作機構74を介して連結されているので、アクチュエータ120が操作機構74を軸方向クラッチ側Aに移動させることにより、クラッチ側機械的押し部材70によりクラッチ板4が押されて前進クラッチ40が係合状態にすると共に、後進ブレーキ60を解放状態にすることが可能である。一方、アクチュエータ120が操作機構74を軸方向ブレーキ側Bに移動させることにより、ブレーキ側機械的押し部材72によりブレーキ板8が押されて後進ブレーキ60を制動状態にすると共に、前進クラッチ40を解放状態にすることが可能である。アクチュエータ120による操作機構74(すなわちクラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72)の駆動は、制御装置100により制御される。
前進クラッチ40においては、油圧室55の油圧を制御して、クラッチ側油圧ピストン部材50を軸方向係合側E1に移動させることにより係合動作を行うことが可能となっている。加えて、前進クラッチ40においては、クラッチ側油圧ピストン部材50を軸方向係合側E1に移動させなくとも、操作機構74の操作を制御して、クラッチ側機械的押し部材70を軸方向クラッチ側Aに移動させることにより、係合動作を行うことが可能となっている。
なお、本明細書において、クラッチ側油圧ピストン部材50により係合動作を行わせる、すなわちクラッチ側油圧ピストン部材50を回転中心軸の軸方向に移動させて、クラッチ板をクラッチ側機械的押し部材70との間に挟み込むことにより、前進クラッチ40を係合状態(連結状態を含む)にすることを「油圧係合」と記す。これに対して、クラッチ側機械的押し部材70により係合動作を行わせる、すなわちクラッチ側機械的押し部材70を回転中心軸の軸方向に移動させて、クラッチ板をクラッチ側油圧ピストン部材50との間に挟み込むことにより、前進クラッチ40を係合状態(連結状態を含む)にすることを「機械係合」と記す。
同様に、ブレーキ側油圧ピストン部材50Bにより制動動作を行わせて後進ブレーキ60を制動状態(停止状態を含む)にすることを「油圧制動」と記す。これに対して、ブレーキ側機械的押し部材72により制動動作を行わせることにより、後進ブレーキ60を制動状態(停止状態を含む)にすることを「機械制動」と記す。
以上のように構成された前後進切替機構30は、図1及び図2に示すように、前進クラッチ40が係合状態(連結状態含む)に操作されると共に後進ブレーキ60が解放状態に操作されることにより、サンギア34とプラネタリキャリア38とリングギア39が一体に回転する。これにより、前後進切替機構30は、入力軸31で受けた機関出力を、回転方向及び回転速度を変化させることなく、常閉クラッチ80の入力軸81に伝達することが可能となっている。このような前後進切替機構30の作動状態を、以下に「前進作動状態」と記す。
一方、前進クラッチ40が解放状態に操作されると共に後進ブレーキ60が停止状態に操作されることにより、プラネタリキャリア38は、サンギア34の回転方向とは逆向きに回転する。これにより、前後進切替機構30は、入力軸31で受けた機関出力を、回転方向を逆向きに変化させて、常閉クラッチ80の入力軸81に伝達することが可能となっている。このような前後進切替機構30の作動状態を、以下に「後進作動状態」と記す。
また、前進クラッチ40が解放状態に操作されると共に後進ブレーキ60が解放状態に操作されることにより、サンギア34と、プラネタリキャリア38との間における機械的動力の伝達が遮断される。これにより、前後進切替機構30は、入力軸32で受けた機関出力を、常閉クラッチ80の入力軸81に伝達することがなくなる。このような前後進切替機構30の作動状態を、以下に「ニュートラル作動状態」と記す。
つまり、前後進切替機構30において、前進クラッチ40は、前後進切替機構30が前進作動状態となるよう、係合状態に操作されるクラッチであり、且つ、前後進切替機構30が後進作動状態又はニュートラル作動状態となるよう、解放状態に操作されるクラッチである。一方、後進ブレーキ60は、前後進切替機構30が後進作動状態となるよう、制動状態に操作されるブレーキであり、且つ、前後進切替機構30が前進作動状態又はニュートラル作動状態となるよう、非作動状態に操作されるブレーキである。
前後進切替機構30は、前進クラッチ40の連結状態/解放状態と後進ブレーキ60の停止状態/非作動状態が制御されることにより、内燃機関5の機関出力軸6からの機械的動力(機関出力)を、回転速度及び回転方向を変化させることなく常閉クラッチ80に伝達する前進作動状態と、機関出力を回転方向を逆向きに変化させて常閉クラッチ80に伝達する後進作動状態と、機関出力を、常閉クラッチ80に伝達しないニュートラル作動状態とを切替え可能に構成されている。前進クラッチ40の連結状態/解放状態と、後進ブレーキ60の停止状態/非作動状態は、制御装置100により協調して制御される。
以上のように構成された動力伝達装置10は、原動機としての内燃機関5と結合されて車両1に搭載される。車両1は、内燃機関5における燃料消費を抑制するため、アイドリング状態で作動している内燃機関5を、所定の条件が成立した場合に自動的にその作動を停止させる機能(以下、アイドリングストップ機能と記す)を備えている。車両1には、アイドリングストップ機能を実現するために、内燃機関5及び動力伝達装置10を協調して制御する制御手段として、車両1用の電子制御装置(単に「制御装置」と記す)100が設けられている。
また、車両1には、運転者により操作可能なシフトレバー(図示せず)が設けられており、運転者は、所望の走行レンジを選択することが可能となっている。走行レンジには、車両1の前進走行を可能にするドライブレンジ(以下、Dレンジと記す)と、原動機(内燃機関5)の機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断するニュートラルレンジ(以下、Nレンジと記す)と、車両1の後進走行を可能にするリバースレンジ(以下、Rレンジと記す)が含まれている。加えて、走行レンジには、駐車(パーキング)時等、車両1が停止している間(以下、単に「車両停止中」と記す)に選択され、動力伝達装置10において駆動輪9と連動して回転する歯車(図示せず)を機械的にロックして、駆動輪9を回転しない状態にするパーキングレンジ(以下、Pレンジと記す)が含まれている。
制御装置100は、演算処理装置としてCPU、主記憶装置としてのRAM、補助記憶装置としてのROM等(図示せず)を有している。上述した各種の制御対象を制御する制御処理を示したプログラム、及び当該制御処理プログラムにおいて予め設定されている定数(以下、制御定数と記す)は、制御装置100のROMに予め記憶されている。なお、上述の制御処理においてRAMに設定される変数を「制御変数」と記す。
また、制御装置100は、図2に示すように、駆動輪9の回転速度を検出可能な車輪速センサ102から、駆動輪9の回転速度に係る信号を受けており、車両1の走行速度(以下、車速と記す)を制御変数として推定している。また、制御装置100は、アクセルペダルの操作位置を検出するアクセルペダルセンサ104から、アクセルペダルの操作位置に係る信号を受けており、アクセルペダルの操作量(以下、アクセル操作量と記す)を制御変数として推定している。また、制御装置100は、ブレーキペダルの操作を検出するブレーキペダルセンサ106から、ブレーキペダルの操作の有無に係る信号を受けており、ブレーキペダルの操作の有無を、制御変数(制御フラグ)として検出している。
また、制御装置100は、運転者により選択された走行レンジを検出するシフトポジションセンサ108から、当該走行レンジに係る信号を受けており、運転者により選択された走行レンジを制御変数(制御フラグ)として検出している。
制御装置100は、車速、アクセル操作量、ブレーキペダルの操作の有無、運転者により選択された走行レンジ等を制御変数として取得し、所定の停止条件が成立した場合には、アイドリングストップ機能により、内燃機関5が作動を停止するよう制御する。なお、アイドリングストップ機能により、内燃機関5の作動を停止させている状態を、以下に「非作動状態」と記す。これに対して、内燃機関5が作動している状態を、単に「作動状態」と記す。停止条件には、例えば、車速がゼロであり、且つブレーキペダルが操作されている(踏み込まれている)という条件がある。また、制御装置100は、車両1が走行している間(以下、単に「車両走行中」と記す)であっても、アクセルペダルが操作されていない、且つブレーキペダルが操作されている等の条件により、上述の停止条件が成立した場合には、内燃機関5が作動を停止するよう制御し、内燃機関5を非作動状態にする。
一方、制御装置100は、アイドリングストップ機能により内燃機関5が非作動状態となった場合において、車速、アクセル操作量、ブレーキペダルの操作の有無、走行レンジ等を制御変数として取得し、所定の始動条件が成立した場合には、非作動状態にある内燃機関5が始動するように制御して、内燃機関5を作動状態にする。始動条件には、例えば、ブレーキペダルが操作されておらず、且つアクセルペダルが操作されている(アクセルペダルが踏み込まれた)という条件がある。このような場合、制御装置100は、内燃機関5を始動して、機関出力軸6から再び機械的動力を出力する。以上のようにして、制御装置100は、所定の停止条件が成立した場合に、内燃機関が作動を停止するよう制御し、且つ所定の始動条件が成立した場合に、内燃機関が始動するよう制御する。
以上のように構成された車両1においては、車両1が停止する前の車両走行中、例えば、減速走行中において、アイドリングストップ機能により、内燃機関5が作動を停止するよう制御して、内燃機関5を非作動状態にすることがある。このような場合、車速に比例して回転する駆動輪9と、内燃機関5の機関出力軸6との間における動力伝達を遮断することにより、駆動輪9に機関出力軸6が連動して回転する(連れ回る)ことを防ぐことができる。
動力伝達装置10を構成する等に油圧を供給する油圧供給装置110に、電動オイルポンプを用いると、比較的コストが高いという問題がある。一方、内燃機関5からの機械的動力を受けて作動する油圧供給装置110を用いる場合には、内燃機関5の非作動状態において動力伝達装置10を構成する前進クラッチ40に供給するための油圧を発生させることができず、前進クラッチ40において油圧を一定に保つための機能や機構が必要となる。
この動力伝達装置10においては、機関出力軸6からの機械的動力を回転方向を変化させることなく駆動輪9に向けて伝達する、「前進作動状態」と、機関出力軸からの機械的動力を回転方向を逆向きに変えて駆動輪に向けて伝達する、いわゆる「後進作動状態」と、機関出力軸と駆動輪との間における動力伝達を遮断する、いわゆる「ニュートラル作動状態」とを切替可能な前後進切替機構30を備えている。前後進切替機構30を、「ニュートラル作動状態」にすることにより、車両走行中に機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断することができる。
前後進切替機構30は、ダブルピニオン式の遊星歯車33を有し、当該遊星歯車33のサンギア34とプラネタリキャリア38とを連結可能な摩擦クラッチである前進クラッチ40を含んでいる。車両走行中において前後進切替機構30のニュートラル作動状態を実現するため、制御装置100は、係合状態にある前進クラッチ40を解放状態に制御する。前後進切替機構30をニュートラル作動状態にすると共に内燃機関5を非作動状態にして車両1が減速走行する場合において、運転者が車両1の加速を意図してアクセルペダル等を操作した場合、内燃機関5を始動させ、その直後に、機関出力軸から出力された機械的出力を駆動輪に伝達するためには、前進クラッチ40を再び連結状態にする必要がある。
上述した前進(摩擦)クラッチ40には、回転中心軸Cの軸方向に複数のクラッチ板3,4が配列された「多板式」のクラッチとして構成されている。さらに、各クラッチ板3,4が、オイルに浸かるよう構成された「湿式」のクラッチとして構成されている。このような湿式多板式の摩擦クラッチにおいては、解放状態に操作されたときに、隣り合うクラッチ板の間には、回転中心軸Cの軸方向の隙間である「クリアランス」が生じるよう構成されている。
解放状態に操作されたときのクリアランスが、比較的小さくなるよう構成された湿式多板式のクラッチの場合、解放状態においてクラッチ板に作用するオイルのせん断抵抗(回転抵抗)が比較的大きくなるため、当該クラッチにおいて生じる動力損失が大きくなるという問題がある。このため、本実施形態の前進クラッチ40は、解放状態に操作されたときのクリアランスが比較的大きくなるよう構成されており、解放状態においてクラッチ板に作用するオイルのせん断抵抗(回転抵抗)を抑制することが可能となっている。
しかし、上述したクリアランスが比較的大きく構成された前進クラッチ40においては、解放状態にある前進クラッチ40を連結状態にするまでの間に、クラッチ側機械的押し部材70が回転中心軸Cの軸方向に移動する距離(以下、単に「ストローク」と記す)が大きくなる。このため、クリアランスが比較的大きく構成された前進クラッチ40は、解放状態にある前進クラッチ40を連結状態にする操作の開始から、前進クラッチ40が連結状態に至るまでの時間である「全連結時間」が、クリアランスが比較的小さく構成されたクラッチに比べて長くなるという問題が生じる。
そこで、本実施形態の動力伝達装置10においては、クラッチ側機械的押し部材70の移動により、前進クラッチ40においてトルクの伝達が開始される状態である「係合開始状態」に操作した後、前記油圧ピストン部材の移動により、連結状態に操作することにより、全連結時間の短縮を図っており、以下に、車両1の制御装置100が実行する動力伝達装置10の制御について図2〜図7を用いて説明する。図7は、車両用制御装置が実行する動力伝達装置の制御を説明する図である。
なお、以下の説明において前進クラッチ40が「係合開始状態」となったとき(隣り合うクラッチ板3とクラッチ板4との間のクリアランスがゼロとなったとき)のクラッチ側機械的押し部材70の回転中心軸Cの軸方向の位置を、以下の説明において「係合開始位置」と記す。すなわち、クラッチ側機械的押し部材70が係合開始位置にあるとき、クラッチ板3とクラッチ板4と間のクリアランスはゼロとなり、前進クラッチ40は、係合開始状態となる。
図7に(a)で示すように、内燃機関5が作動状態にある場合において、走行レンジがNレンジからDレンジに操作された場合、制御装置100は、まず、機械係合により、すなわちクラッチ側機械的押し部材70を係合開始位置に移動させることにより、解放状態にある前進クラッチ40を「係合開始状態」にする。これにより、前進クラッチ40のクラッチ板3とクラッチ板4との間のクリアランスがゼロとなる。
その後、制御装置100は、係合開始状態にある前進クラッチ40を、クラッチ側油圧ピストン部材50を軸方向係合側E1に移動させて(油圧係合により)連結状態にする。すなわち、制御装置100は、クラッチ側油圧ピストン部材50が軸方向係合側E1に移動するよう、油圧供給装置110を制御する。
なお、このとき、常閉クラッチ80は、連結状態となっている。動力伝達装置10は、機関出力軸6からの機械的動力を、前後進切替機構30において回転速度及び回転方向を変えることなく、駆動輪9に向けて伝達する。
このように、動力伝達装置10は、クラッチ側機械的押し部材70を係合開始位置に移動させて前進クラッチ40を係合開始状態にした後、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態にする。クラッチ側機械的押し部材70の係合開始位置への移動を速やかに行い、係合開始位置からは、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態にすることにより、前進クラッチ40の連結動作に伴って前進クラッチ40に振動が生じることや駆動輪9に回転変動が生じることを抑制しつつ、解放状態にある前進クラッチ40を連結状態にする操作が開始されてから、当該前進クラッチ40が連結状態に至るまでの時間である「全連結時間」を短縮することができる。
その後、走行レンジがDレンジであるときに、制御装置100は、前進クラッチ40の連結状態を維持したまま、油圧係合から機械係合に移行させる。具体的には、制御装置100は、クラッチ側機械的押し部材70にクラッチ板4を押させると共に、クラッチ側油圧ピストン部材50が受ける油圧室55の油圧を低下させて、油圧室55のオイルが貫通孔56から排出されるように制御する。制御装置100は、クラッチ側機械的押し部材70とクラッチ側油圧ピストン部材50がクラッチ板3,4を挟み込んだまま、すなわち前進クラッチ40の連結状態を維持したまま、係合開始位置から軸方向クラッチ側A(すなわち軸方向解放側D1)に移動するよう制御する。クラッチ側油圧ピストン部材50がクラッチドラム44の径方向部47に当接した時点など、クラッチ側油圧ピストン部材50が、最大限、軸方向解放側D1に移動した時点において、油圧係合から機械係合への移行は完了する。
このように、油圧係合から機械係合に移行させることで、動力伝達装置10は、前進クラッチ40の連結状態を維持するために、油圧供給装置110から前進クラッチ40にオイルを供給することや、クラッチ側油圧ピストン部材50が受ける油圧室55の油圧を、一定に保つ必要がなくなる。前進クラッチ40の連結状態をこのまま維持するには、機械係合に移行した後、操作機構74の位置を固定するだけで良い。これにより、油圧供給装置110において前進クラッチ40に供給する油圧を発生させる必要がなくなる。
そして、内燃機関5が作動状態にある場合において、走行レンジが、DレンジからNレンジに操作された場合、制御装置100は、機械係合により連結状態にある前進クラッチ40を、解放状態にする。制御装置100は、前進クラッチ40と後進ブレーキ60が双方共に解放状態となるよう操作機構74の位置を制御することにより、前後進切替機構30をニュートラル作動状態している。これにより、動力伝達装置10は、走行レンジがNレンジである場合、常閉クラッチ80が連結状態であっても、前後進切替機構30において機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断することができる。
また、図7に(b)で示すように、車両走行中(例えば、減速中)であり、且つアイドリングストップ機能により内燃機関5の作動を停止させる場合において、走行レンジがDレンジである場合、制御装置100は、機械係合により連結状態にある前進クラッチ40を、解放状態にする。すなわち、制御装置100は、前進クラッチ40と後進ブレーキ60が双方共に解放状態となるよう操作機構74の位置を制御することにより、前後進切替機構30をニュートラル作動状態にしている。これにより、動力伝達装置10は、走行レンジがDレンジであっても、アイドリングストップ機能により内燃機関5を非作動状態にする際には、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を予め遮断して、機関出力軸6が駆動輪9に連れ回ることを防止することができる。なお、その後において、走行レンジがDレンジからNレンジに操作された場合も、制御装置100は、前後進切替機構30のニュートラル作動状態をそのまま維持する。
図7に(c)で示すように、車両走行中(例えば、減速中)であり、且つアイドリングストップ機能により内燃機関5が非作動状態となっている場合において、走行レンジがDレンジ又はNレンジである場合、制御装置100は、前進クラッチ40を解放状態にして、前後進切替機構30をニュートラル作動状態にする。これにより、動力伝達装置10は、常閉クラッチ80が連結状態であっても、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断して、機関出力軸6が駆動輪9に連れ回ることを防止することができる。
また、図7に(d)で示すように、車両走行中(例えば、減速中、停車前)において作動を停止している内燃機関5を、アイドリングストップ機能により始動させる場合において、走行レンジがDレンジである場合、制御装置100は、まず、機械係合により、クラッチ側機械的押し部材70を係合開始位置に移動させることにより、解放状態にある前進クラッチ40を「係合開始状態」にする。これにより、前進クラッチ40のクラッチ板3とクラッチ板4との間のクリアランスがほぼゼロとなる。
その後、制御装置100は、係合開始状態にある前進クラッチ40を、クラッチ側油圧ピストン部材50を軸方向係合側E1に移動させて(すなわち油圧係合により)連結状態にする。制御装置100は、内燃機関5を始動させた直後、クラッチ側油圧ピストン部材50が軸方向係合側E1に移動するよう油圧供給装置110を制御して、機関出力軸6からの機械的動力を駆動輪9に伝達させる。
このように、車両走行中に内燃機関5を始動させる場合には、クラッチ側機械的押し部材70を係合開始位置に移動させて前進クラッチ40を係合開始状態にした後、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態にする。クラッチ側機械的押し部材70の係合開始位置への移動を速やかに行い、係合開始位置からは、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態にすることにより、前進クラッチ40の連結動作に伴って前進クラッチ40に振動が生じることや駆動輪9に回転変動が生じることを抑制しつつ、解放状態にある前進クラッチ40を連結状態にする操作が開始されてから、当該前進クラッチ40が連結状態に至るまでの時間である「全連結時間」を短縮することができる。
なお、車両走行中において作動を停止している内燃機関5を、アイドリングストップ機能により始動させる場合においても、走行レンジがNレンジからDレンジに操作された場合と同様に、制御装置100は、クラッチ側機械的押し部材70を係合開始位置に移動させて前進クラッチ40を係合開始状態にした後、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態に制御する。
また、図7に(e)で示すように、車両停止中(停車中)において、アイドリングストップ機能により内燃機関5の作動を停止させる場合において、走行レンジがDレンジである場合、制御装置100は、解放状態にある前進クラッチ40を、機械係合により連結状態にする。具体的には、制御装置100は、クラッチ側機械的押し部材70がクラッチ板4を押すように操作機構74を軸方向クラッチ側Aの位置を制御する。なお、このとき、油圧室55には、油圧が作用しておらず、クラッチ側油圧ピストン部材50は、軸方向解放側D1に位置している。クラッチ側機械的押し部材70は、軸方向クラッチ側Aに移動して、クラッチ側油圧ピストン部材50との間にクラッチ板3,4を挟み込む。このようにして、解放状態にある前進クラッチ40を、機械係合により連結状態にすることにより、前後進切替機構30を前進作動状態にしている。前進クラッチ40の連結状態を維持するために、油圧供給装置110から前進クラッチ40に油圧を供給することや、油圧室55の油圧を一定に保つ必要がなくなる。前進クラッチ40の連結状態をこのまま維持するには、操作機構74の位置を固定するだけで良い。
このように、アイドリングストップ機能により車両停止中において内燃機関5の作動を停止させる場合、常閉クラッチ80は連結状態であるため、動力伝達装置10は、機関出力軸6からの機械的動力を、駆動輪9に伝達させることが可能となっている。なお、その後において、走行レンジがDレンジからNレンジに操作された場合も同様に、制御装置100は、前後進切替機構30を前進作動状態にしている。このように、内燃機関5の機関出力軸6からの機械的動力を駆動輪9に伝達可能な状態にすることにより、内燃機関5の始動後における車両1の発進に備える。なお、このような、車両停止中においてアイドリングストップ機能により内燃機関5の作動を停止させる場合は、運転者によりブレーキペダルが操作されている(踏み込まれている)場合であるので、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断する必要はない。
また、図7に(f)で示すように、車両停止中(停車中)であり、且つアイドリングストップ機能により内燃機関5を始動させる場合において、走行レンジがDレンジである場合には、制御装置100は、上述した車両停止中に内燃機関5の作動を停止させる場合と同様に、前進クラッチ40の連結状態にすると共に常閉クラッチ80を連結状態にして、機関出力軸6と駆動輪9とを係合させることにより、内燃機関5の始動直後における車両1の発進に備える。
一方、走行レンジがNレンジである場合には、制御装置100は、機械係合により連結状態にある前進クラッチ40を、解放状態にする。制御装置100は、前進クラッチ40と後進ブレーキ60が双方共に解放状態となるよう操作機構74の位置を制御することにより、前後進切替機構30をニュートラル作動状態にしている。このように、車両停止中においてアイドリングストップ機能により内燃機関5の始動要求があったときに走行レンジがNレンジである場合、前後進切替機構30において機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断する。これにより、駆動輪9が回転しない状態においても、機関出力軸6の回転駆動(クランキング)することが可能となり、車両停止中において内燃機関5を始動させることができる。
その後、アイドリングストップ機能により内燃機関5を始動させた場合において、走行レンジがNレンジからDレンジに操作された場合、制御装置100は、前進クラッチ40を連結状態にすると共に常閉クラッチ80を連結状態にして、機関出力軸6と駆動輪9とを係合させることにより、内燃機関5の始動直後における車両1の発進に備える。
なお、図7に(g)で示すように、アイドリングストップ機能によらず、運転者が内燃機関5の作動を停止させることにより内燃機関5が非作動状態となった場合において、走行レンジがNレンジ又はDレンジである場合、制御装置100は、前進クラッチ40を解放状態にすることにより、前後進切替機構30をニュートラル作動状態にする。これにより、動力伝達装置10は、常閉クラッチ80が連結状態であっても、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断する。
以上に説明したように、本実施形態の動力伝達装置10は、内燃機関5が機関出力軸6から出力した機械的動力を、駆動輪9に向けて伝達するものである。内燃機関5は、所定の停止条件が成立した場合に作動が停止するよう制御され、且つ所定の始動条件が成立した場合に始動するよう制御されるものである。動力伝達装置10は、機関出力軸6からの機械的動力を、回転速度及び回転方向を変化させることなく駆動輪9に向けて伝達する前進作動状態と、機関出力軸6からの機械的動力を、回転方向を逆向きに変化させて駆動輪9に向けて伝達する後進作動状態と、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断するニュートラル作動状態と、を切替え可能な前後進切替機構30を備えている。前後進切替機構30は、当該前後進切替機構30が前進作動状態になるよう、係合状態に操作される湿式多板式の摩擦クラッチである前進クラッチ40を含んでいる。また、動力伝達装置10は、機関出力軸6からの機械的動力を受けて作動可能なオイルポンプPを含み、当該前進クラッチ40及び常閉クラッチ80に油圧を供給可能な油圧供給装置110を、さらに備える。前進クラッチ40は、油圧を受けて回転中心軸の軸方向に移動してクラッチ板3,4を押すクラッチ側油圧ピストン部材50と、複数のクラッチ板3,4を挟んでクラッチ側油圧ピストン部材50と対向して設けられ、機械的な力を受けて回転中心軸の軸方向に移動してクラッチ板3,4を押すクラッチ側機械的押し部材70とを有する。動力伝達装置10は、機械的押し部材70を移動させた後、クラッチ側油圧ピストン部材50を移動させることにより、解放状態にある前進クラッチ40を、連結状態にする。前進クラッチ40が係合状態となるまでは、機械的押し部材70を速やかに移動させることで、解放状態にある前進クラッチ40が連結状態に至るまでの時間である「全連結時間」を短縮することができる。
動力伝達装置10の制御装置100は、クラッチ側機械的押し部材70の移動により、前進クラッチ40を、当該前進クラッチ40においてトルクの伝達が開始される状態である係合開始状態に操作した後、クラッチ側油圧ピストン部材50の移動により、係合開始状態にある前進クラッチ40を、連結状態に操作する。前進クラッチ40が係合開始状態となるまで、クラッチ側機械的押し部材70の移動を速やかに行い、係合開始状態からは、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態にすることにより、前進クラッチ40の連結動作に伴って前進クラッチ40に振動が生じることや駆動輪9に回転変動が生じることを抑制しつつ、解放状態にある前進クラッチ40を連結状態にする操作が開始されてから、当該前進クラッチ40が連結状態に至るまでの時間である「全連結時間」を短縮することができる。
また、本実施形態の動力伝達装置10は、クラッチ側機械的押し部材70の回転中心軸の軸方向の移動を操作する機構である操作機構74を備え、当該操作機構74は、クラッチ側機械的押し部材70に向けて機械的な力を与える力付与部材(フォーク75)と、力付与部材(フォーク75)からの機械的な力を受けて変形すると共に、当該力付与部材からの機械的な力をクラッチ側機械的押し部材70に向けて伝達する力伝達部材(スプリング77)とを備えている。前進クラッチ40が係合開始状態となるよう力付与部材(フォーク75)を所定の移動距離だけ動かしたときに、クラッチ板の厚み等、前進クラッチ40を構成する部品に製品ごとのばらつきがあっても、これを力伝達部材(スプリング77)の変形により吸収して、容易に前進クラッチ40の係合開始状態を実現することができる。
また、本実施形態の動力伝達装置10において、力付与部材(フォーク75)は、回転中心軸Cの軸方向に移動するものであり、力伝達部材(スプリング77)は、力付与部材(フォーク75)からの回転中心軸の軸方向の機械的な力を受けて、回転中心軸の軸方向に圧縮されるスプリング77であるものとした。従来周知の構造であるスプリング77を利用して、力付与部材(フォーク75)からの機械的な力を受けて変形すると共に、当該力付与部材(フォーク75)からの機械的な力をクラッチ側機械的押し部材70に向けて伝達する力伝達部材を実現することができる。
本実施形態の動力伝達装置10において、スプリング77は、当該スプリング77のばね荷重[N]が、前進クラッチ40を係合開始状態にするために必要な荷重(力)[N]である係合開始荷重Fg[N]に比べて大きくなるように、ばね定数K[N/mm]が設定されているものとした。前進クラッチ40が係合開始状態にあるとき、クラッチ側機械的押し部材70の移動距離(押し部材移動距離)Lpのばらつきを、スプリング77の変形により吸収することができる。すなわち、前進クラッチ40が係合開始状態となるよう力付与部材(フォーク75)を所定の移動距離だけ動かしたときに、クラッチ板の厚み等、前進クラッチ40を構成する部品に製品ごとのばらつきがあっても、これをスプリング77の変形により吸収して、容易に前進クラッチ40の係合開始状態を実現することができる。
本実施形態の動力伝達装置10において、回転中心軸Cの軸方向においてクラッチ側機械的押し部材70とクラッチ板4との間には、回転中心軸Cの軸方向に、所定の値の荷重(力)である設定荷重[N]が作用したときに、回転中心軸Cの軸方向に直交する平板状に変形する部材(ディッシュプレート14)が設けられている。スプリング77は、当該スプリング77のばね荷重[N]が、当該設定荷重[N]に比べて小さくなるように、ばね定数K[N/mm]が設定されているものとした。前進クラッチ40が係合開始状態にあるとき、ディッシュプレート14が潰れて平板状となることがなく、前進クラッチ40を係合開始状態から連結状態にするときに、ディッシュプレート14が平板状となり、連結状態にする際に、前進クラッチ40に作用する衝撃を緩和することができる。
Fsmax =K(Lf−Lpmin ) < Fd ・・・(5)
また、本実施形態の車両1は、内燃機関5が機関出力軸6から出力した機械的動力を、動力伝達装置10を介して駆動輪9に伝達するものである。当該車両1において、動力伝達装置10は、機関出力軸6からの機械的動力を回転速度及び回転方向を変化させることなく駆動輪9に向けて伝達する前進作動状態と、機関出力軸6からの機械的動力を回転方向を逆向きに変化させて駆動輪9に向けて伝達する後進作動状態と、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断するニュートラル作動状態とを切替え可能な前後進切替機構30と、機関出力軸6と駆動輪9との間における動力伝達を遮断可能であり、係合状態と解放状態とを切替える動作を操作する力が作用していないときに係合状態となるよう構成されている摩擦クラッチである常閉クラッチ80とを備えている。前後進切替機構30は、前後進切替機構30が前進作動状態になるよう、係合状態に操作される湿式多板式の摩擦クラッチである前進クラッチ40を含んでいる。前進クラッチ40は、油圧を受けて回転中心軸の軸方向に移動してクラッチ板を押すクラッチ側油圧ピストン部材50と、複数のクラッチ板3,4を挟んでクラッチ側油圧ピストン部材50と対向して設けられ、機械的な力を受けて回転中心軸Cの軸方向に移動してクラッチ板4を押すクラッチ側機械的押し部材70とを有している。さらに、車両1は、機関出力軸6からの機械的動力を受けて作動可能なオイルポンプPを含み、前進クラッチ40及び常閉クラッチ80に油圧を供給可能な油圧供給装置110と、所定の停止条件が成立した場合に内燃機関5の作動を停止するよう制御し、且つ所定の始動条件が成立した場合に内燃機関5が始動するよう制御する制御装置100とを備え、当該制御装置100は、クラッチ側機械的押し部材70を移動させることにより、前進クラッチ40を、当該前進クラッチ40においてトルクの伝達が開始される状態である係合開始状態にした後、クラッチ側油圧ピストン部材50を移動させることにより、係合開始状態にある前進クラッチ40を、連結状態にするものとした。
前進クラッチ40が係合開始状態となるまで、クラッチ側機械的押し部材70の移動を速やかに行い、係合開始状態からは、油圧係合により前進クラッチ40を連結状態となるよう、制御装置100が制御することにより、前進クラッチ40の連結動作に伴って前進クラッチ40に振動が生じることや駆動輪9に回転変動が生じることを抑制しつつ、「全連結時間」を短縮することができる。
なお、本実施形態の車両1において、制御装置100は、車両走行中において内燃機関5を始動させる場合において走行レンジがドライブレンジ(Dレンジ)である場合、又は、内燃機関5が作動状態にある場合において走行レンジがニュートラルレンジ(Nレンジ)からドライブレンジ(Dレンジ)に操作された場合には、クラッチ側機械的押し部材70を移動させることにより、前進クラッチ40を、当該前進クラッチ40においてトルクの伝達が開始される状態である係合開始状態にした後、クラッチ側油圧ピストン部材50を移動させることにより、係合開始状態にある前進クラッチ40を、連結状態にするものとした。これらの場合において、前後進切替機構30のニュートラル作動状態から前進作動状態への切替えを速やかに行うことができる。
なお、本実施形態の湿式多板式の摩擦クラッチ(前進クラッチ)40は、油圧を受けて回転中心軸Cの軸方向に移動してクラッチ板4を押す油圧ピストン部材50と、複数のクラッチ板3,4を挟んで油圧ピストン部材50と対向して設けられ、機械的な力を受けて回転中心軸Cの軸方向に移動してクラッチ板4を押す機械的押し部材70とを有する。湿式多板式の摩擦クラッチ(前進クラッチ)40は、機械的押し部材70の移動により、トルクの伝達が開始される状態である係合開始状態に操作された後、油圧ピストン部材50の移動により、連結状態に操作されるものとした。クラッチ40が係合開始状態となるまで、機械的押し部材70の移動を速やかに行い、係合開始状態からは、油圧係合により当該クラッチ40を連結状態にすることにより、クラッチ40の連結動作に伴ってクラッチ40に振動が生じることや駆動輪9に回転変動が生じることを抑制しつつ、解放状態にあるクラッチ40を連結状態にする操作が開始されてから、当該クラッチ40が連結状態に至るまでの時間である「全連結時間」を短縮することができる。
なお、上述した実施形態において、クラッチ側機械的押し部材70及びブレーキ側機械的押し部材72に機械的な力を与えて操作する操作機構74は、アクチュエータ120により駆動されるものとしたが、本発明に係る操作機構を駆動する態様は、これに限定されるものではない。例えば、操作機構は、人間の力により操作されるものとしても良い。
なお、本実施形態において、機械的押し部材70に向けて機械的な力を与える「力付与部材」は、フォーク75であるものとしたが、「力付与部材」の態様は、これに限定されるものではない。機械的押し部材70に向けて機械的な力を与えることが可能な部材であれば良く、「力付与部材」として、様々な形態の部材を用いることができる。
なお、本実施形態において、「力付与部材」からの機械的な力を受けて変形すると共に、当該力付与部材からの機械的な力を前記機械的押し部材に向けて伝達する力伝達部材は、コイルスプリングであるスプリング77,77Bであるものとしたが、外側径方向部78(78B)と環状部材76(76B)との間に設けられる「力伝達部材」の形態は,これに限定されるものではない。機械的押し部材70(72)と環状部材76(76B)との間において、フォーク75からの機械的な力を受けて伸縮すると共に、当該フォーク75からの機械的な力を、機械的押し部材70(72)に向けて伝達可能なものであれば良く、例えば、板ばねや皿ばね等、様々な形態のばねを用いることができる。