ところで、上記特許文献1〜3の繊維前処理技術では、染料インクが繊維の内部に浸透して吸収される問題はある程度解決できるが、色再現性と染色品位とを向上させるには、これらの繊維前処理技術だけでは不十分であった。
すなわち、繊維のインクジェット捺染においては、滴射した染料インクは、繊維上での発色操作をしなければ繊維に固着しない。更に、発色操作で繊維に固着しなかった未固着の染料を除去する洗浄操作をすることにより、初めて目的とする色彩を表現することができる。つまり、紙のインクジェット印刷においては、紙の表面で捕捉されたインクが全て色彩表現に利用される。これに対して、繊維のインクジェット捺染においては、繊維上に滴射された染料のうち繊維の固着に与った染料(固着率に見合った量の染料)でのみ目的とする色彩を表現できることとなる。なお、染料の固着率は、染料固有の値であり基本3原色とブラックの4色のインクでそれぞれ異なる値を有している。
このように、繊維のインクジェット捺染においては、紙のインクジェット印刷の考え方では解決できない複雑な要素を有している。つまり、紙のインクジェット印刷においては、「滴射による誤差」のみが問題となる。これに対して、繊維のインクジェット捺染においては、「滴射による誤差」に加えて、「染料インクの浸透による誤差」、「染料の発色操作による誤差」及び「洗浄操作による誤差」が相乗的に影響し合って、色再現性と染色品位とをより複雑にしている。
また、上記特許文献1〜3の繊維前処理技術においては、繊維表面の撥水性を高めて滴射された染料を繊維上で捕捉することを目的としている。このことにより、染料を繊維上で独立したドットとなる。これでは、インクの総滴射量が少ない中色或いは淡色においては、各色のドットの独立性が目立ち、従来の捺染法のような染色品位を再現することができないという問題があった。
そこで、本発明は、以上のようなことに対処して、インクジェット捺染において「滴射による誤差」を緩和して、これに関連して生じる相乗的要素を軽減することにより、また、インク各色のドットの独立性を目立ちにくくすることにより、捺染品の色再現性と染色品位とを向上させることのできるインクジェット捺染用インクセット及び当該インクセットを使用するインクジェット捺染方法を提供することを目的とする。
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、鋭意研究の結果、繊維のインクジェット捺染に使用する基本3原色を鮮明な染料インクから若干くすんだ染料インクに代替して、「滴射による誤差」を緩和することにより上記問題を解決できることを見出し本発明の完成に至った。また、本発明者らは、繊維のインクジェット捺染に使用する基本3原色のインクの濃度を調整することにより上記問題を解決できることを見出し本発明の完成に至った。
即ち、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットは、請求項1の記載によると、
黄色インクと赤色インクと青色インクとを基本3原色とするインクジェット捺染用インクセットであって、
前記基本3原色のうち少なくとも1色のインクについて、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長における半値幅が、少なくとも100nm以上である光吸収ピークを有することを特徴とする。
また、本発明は、請求項2の記載によると、請求項1に記載のインクジェット捺染用インクセットであって、
前記基本3原色のうち少なくとも黄色インクと青色インクとについて、それぞれ、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長における半値幅が少なくとも100nm以上である光吸収ピークを有することを特徴とする。
また、本発明は、請求項3の記載によると、請求項1又は2に記載のインクジェット捺染用インクセットであって、
前記基本3原色のうち少なくとも1色のインクについて、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長における吸光度が、0.3を超えないことを特徴とする。
また、本発明は、請求項4の記載によると、請求項3に記載のインクジェット捺染用インクセットであって、
前記基本3原色のうち少なくとも赤色インクと青色インクとについて、それぞれ、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長における吸光度が、0.3を超えないことを特徴とする。
また、本発明は、請求項5の記載によると、請求項1〜4のいずれか1つに記載のインクジェット捺染用インクセットであって、
前記基本3原色の各インクをそれぞれ別個に、単位面積当たりの滴射量を等量として滴射し、発色し、洗浄して得られた黄色捺染布、赤色捺染布及び青色捺染布について、
それぞれL*a*b*表色系で測色したときに、
前記黄色捺染布と前記赤色捺染布との色差をΔE(Y−R)、
前記赤色捺染布と前記青色捺染布との色差をΔE(R−B)、
前記青色捺染布と前記黄色捺染布との色差をΔE(B−Y)としたときに、
これら3つの色差のうち少なくとも2つの値が100未満であることを特徴とする。
また、本発明は、請求項6の記載によると、請求項1〜5のいずれか1つに記載のインクジェット捺染用インクセットであって、
前記基本3原色の各インクは、いずれも反応染料を含有するインクであることを特徴とする。
また、本発明に係るインクジェット捺染方法は、請求項7の記載によると、
請求項1〜6のいずれか1つに記載のインクジェット捺染用インクセットを用いて繊維材料にインクジェット捺染することを特徴とする。
また、本発明は、請求項8の記載によると、請求項7に記載のインクジェット捺染方法であって、
前記基本3原色の各インクのうち少なくとも1種のインクを用いて所定の色彩を滴射するに当たり、印捺部分における単位面積当たりの総滴射量が500μL/m2以上であることを特徴とする。
上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットは、黄色インクと赤色インクと青色インクとを基本3原色とする。更に、この基本3原色のうち少なくとも1色のインクについて、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長における半値幅が、少なくとも100nm以上である光吸収ピークを有することを特徴とする。
このことは、インクの最大吸収波長における光吸収ピークの光吸収波長域が広いことを意味している。更に、光吸収波長域の広さを最大吸収波長における半値幅で表した場合に、少なくとも100nm以上あることを必要とする。このように、光吸収波長域が広いインクを少なくとも1色使用することにより、インクジェット捺染において「滴射による誤差」が生じた場合でも、捺染品の色再現性と染色品位とに対する「滴射による誤差」の影響が軽減される。
繊維のインクジェット捺染においては、「滴射による誤差」の影響が軽減されることにより、これに相乗的に影響し合う「染料インクの浸透による誤差」、「染料の発色操作による誤差」及び「洗浄操作による誤差」の各影響が更に軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットは、基本3原色のうち少なくとも黄色インクと青色インクとについて、上述のような光吸収波長域が広いインクを使用することが好ましい。このように、可視光380nm〜780nmの両端波長域に吸収波長を有する黄色インクと青色インクとの光吸収波長域が広いことにより、可視光の全域に亘って「滴射による誤差」の影響が軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが更に向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットの基本3原色のうち少なくとも1色のインクについて、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長における吸光度が、0.3を超えないことを特徴とする。
このことは、インクに含有される染料の濃度が低いことを意味している。更に、インクに含有される染料の濃度を吸光度で表した場合に、その値が0.3を超えないことを必要とする。このように、インクに含有される染料の濃度が低いインクを少なくとも1色使用することにより、インクジェット捺染の際の染料の滴射量が多くなる。このことにより、特にインクの総滴射量が少ない中色或いは淡色においては、「滴射による誤差」の影響が軽減され、且つ、捺染品の色再現性と染色品位とが向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットは、基本3原色のうち少なくとも赤色インクと青色インクとについて、上述のような染料の濃度が低いインクを使用することが好ましい。基本3原色を配合した際には、赤色インクと青色インクは、黄色インクに比べて染料濃度の変化による色相への影響が大きい。このように、赤色インクと青色インクとに染料の濃度が低いインクを使用することにより、特に総滴射量が少ない中色或いは淡色においても、捺染品の色再現性と染色品位とが更に向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットは、以下の条件を満足する。まず、基本3原色の各インクをそれぞれ別個に、単位面積当たりの滴射量を等量として滴射し、発色し、洗浄して、黄色捺染布、赤色捺染布及び青色捺染布を作成する。次に、各捺染布をL*a*b*表色系で測色したときに、黄色捺染布と赤色捺染布との色差をΔE(Y−R)、赤色捺染布と青色捺染布との色差をΔE(R−B)、青色捺染布と黄色捺染布との色差をΔE(B−Y)としたときに、これら3つの色差のうち少なくとも2つの値が100未満である。
このように、各インクによる3色の捺染布間の3つの色差のうち少なくとも2つの値が100未満と小さいことにより、インクジェット捺染において「滴射による誤差」が生じた場合でも、捺染品の色再現性と染色品位とに対する「滴射による誤差」の影響が軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが更に向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染用インクセットの基本3原色の各インクは、いずれも反応染料を含有するインクであってもよい。反応染料は、主にセルロース系繊維の染色、捺染に使用され、発色工程が複雑な染料である。この反応染料の「染料の発色操作による誤差」が生じた場合であっても、「滴射による誤差」の影響が軽減され、「染料の発色操作による誤差」との相乗的な影響も軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染方法は、請求項1〜6のいずれか1つに記載のインクジェット捺染用インクセットを用いて繊維材料にインクジェット捺染することを特徴とする。このことにより、本発明に係るインクジェット捺染方法で捺染された捺染品の色再現性と染色品位とが向上する。
また、上記構成によれば、本発明に係るインクジェット捺染方法においては、基本3原色の各インクのうち少なくとも1種のインクを用いて所定の色彩を滴射するに当たり、印捺部分における単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上であることを特徴とする。
このことは、印捺部分に滴射するインクの量を多くすることを意味している。インクジェット捺染においては、同一濃度の基本3原色で濃色から淡色までの色彩を印捺する。従って、単位面積当たりの総滴射量では濃色は多くのインクを射量するが、中色或いは淡色ではインクの総滴射量が少なくなる。このことから、インクジェット捺染による中色或いは淡色の色再現性と染色品位とが不良となる場合がある。そこで、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上のインクを滴射することにより、捺染品の色再現性と染色品位とを向上することができる。
よって、上記構成によれば、インクジェット捺染において「滴射による誤差」を緩和して、これに関連して生じる相乗的要素を軽減することにより、また、インク各色のドットの独立性を目立ちにくくすることにより、捺染品の色再現性と染色品位とを向上させることのできるインクジェット捺染用インクセット及び当該インクセットを使用するインクジェット捺染方法を提供することができる。
以下、本発明に係るインクジェット捺染用インクセット、及び、当該インクセットを使用するインクジェット捺染方法について詳細に説明する。なお、本発明は下記の実施形態にのみ限定されるものではない。
本発明において、インクジェット法で捺染される繊維の形態は、特に制限されるものではないが、一般に織物、編物、不織布などのシート状であることが好ましく、特に織編物であることがより好ましい。また、これらの織編物などに使用される繊維としては、一般に衣料や産業資材として使用されるものでよい。例えば、ポリエステル、ナイロン、アクリルなどの合成繊維、アセテートなどの半合成繊維、綿、麻などの天然セルロース系繊維、レーヨン、キュプラ、ポリノジックまたはテンセルなどの再生セルロース系繊維、羊毛、絹などのタンパク繊維などがある。
また、本発明において、インクジェット捺染機は、織編物等のデジタルプリントに通常使用されるものを使用すればよく、特に限定するものではない。これらのインクジェット捺染機には、長尺方向に走行する織編物等に対して幅方向に移動する小型のインクジェット・ヘッドから印捺する走行式インクジェット捺染機と、長尺方向に走行する織編物等に対して織編物等の幅に固定された大型のインクジェット・ヘッドから印捺する固定式インクジェット捺染機が使用されている。また、インクジェット捺染機の吐出方式には、コンティニュアス型とオンデマンド型があり、また、オンデマンド型には、ピエゾ方式とサーマル方式などがある。
本発明に係るインクジェット捺染用インクセットおいて、基本3原色の各インクに使用される染料は、捺染しようとする織編物を構成する繊維の種類により、適宜選択すればよい。従って、ポリエステル繊維に対しては分散染料インクを使用し、ナイロン、羊毛、絹繊維に対しては酸性染料インクを使用し、綿、レーヨン繊維に対しては反応染料インクを使用する。
なお、本実施形態においては、綿、レーヨンなどのセルロース系繊維を対象として反応染料を含有するインクジェット捺染用インクセットを例として説明する。
ここで、反応染料とは、セルロースに反応する少なくとも1個の反応性基を有する染料であって、これらの反応染料には、色素の分子構造からモノアゾ系、ポリアゾ系、アントラキノン系、フタロシアニン系、ホルマザン系又はジオキサジン系等がある。また、セルロースに対する代表的な反応基としては、クロルトリアジン基、クロルピリミジン基、ビニルスルホン基等があるが、これらに限るものではなく、いずれのタイプでもよい。また、ビニルスルホン基とモノクロルトリアジン基を有する二官能型染料等であってもよい。
本実施形態に係るインクジェット捺染用インクセットは、反応染料を含有する黄色インクと赤色インクと青色インクとを基本3原色とする。この基本3原色に黒色インクを加えた4色をそれぞれ個別のインクジェット・ヘッドから印捺することにより、殆どの色彩を印捺することができる。なお、必要により特別色(「特色」ともいう。)として、鮮明色や極濃色或いは極淡色のインクを別のインクジェット・ヘッドから印捺するようにしてもよい。
ここで、色彩とは、白、灰、黒の系統に属する明度のみからなる無彩色と、赤、黄、緑などの色相、明度、彩度の三要素からなる有彩色とを含むものである。
本実施形態においては、インクジェット捺染用インクセットの基本3原色は、紙のインクジェット印刷に使用される鮮明な基本3原色ではなく、そのうちの少なくとも1色を若干くすんだ染料インクに代替する。ここで、若干くすんだ染料インクとは、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長(λmax)における半値幅が少なくとも100nm以上、更に好ましくは120nm以上である光吸収ピークを有するものをいう。
ここで、染料インクの光吸収スペクトルの測定法について説明する。測色器として分光光度計(例えば、UV−3100、株式会社島津製作所製)を用い、測色用セルは光路10mmの石英セルを使用する。まず、染料インクを蒸留水で10,000倍に希釈して測定液を作成する。この測定液を上記石英セルに充填して、可視光380nm〜780nmの各波長における光吸収スペクトルを測定する。
上述の染料インクは、光吸収スペクトルの最大吸収波長(λmax)における光吸収ピークが従来のインクよりも大きな角度で広がり、裾野の広い形状を有している。光吸収ピークの裾野の広い染料インクは、広い光吸収波長域を有しており、減法混色により色がくすんで見える。
このような若干くすんだ染料インクを基本3原色に使用した場合、各色の染料インクの単一色は、各色間の色差(ΔE)が小さくなる。具体的には、まず、被捺染布に対して基本3原色の各染料インクをそれぞれ別個に、単位面積当たりの滴射量を等量として滴射し、発色し、洗浄して、黄色捺染布、赤色捺染布及び青色捺染布を作成する。次に、各捺染布をL*a*b*表色系で測色したときに、黄色捺染布と赤色捺染布との色差をΔE(Y−R)、赤色捺染布と青色捺染布との色差をΔE(R−B)、青色捺染布と黄色捺染布との色差をΔE(B−Y)としたときに、これら3つの色差のうち少なくとも2つの値が100未満であることが好ましく、更に、90未満であることがより好ましい。
ここで、基本3原色の各捺染布についてL*a*b*表色系での色差の測色法について説明する。測色器として積分球を搭載した分光光度計(例えば、UV−3100、株式会社島津製作所製)又は、色彩計(例えば、CR−400、コニカミノルタオプティクス株式会社製)を用いて測色し、各捺染布のL*値、a*値、b*値を求める。次に、求められた各値から、各捺染布間の色差を計算する。
上述のような若干くすんだ染料インクを基本3原色に使用した場合には、表現できる色彩に限界が出ることが懸念される。確かに、紙のインクジェット印刷においては、鮮明な基本3原色を使用することにより、多くの鮮明な色彩を含む多彩な色表現をすることができる。しかし、繊維の捺染においては、紙の印刷で要求される多くの鮮明な色彩の全てが要求されるわけではない。また、繊維の場合には、従来の捺染においても表現できる色彩の鮮明性には限界があり、一般に衣料や産業資材として要求される色彩では、紙の印刷と同程度の鮮明な色彩までは要求されていない。
従って、必要とされない多くの鮮明色を目的として不必要に鮮明な基本3原色を使用することは、かえって捺染品の色再現性を不十分なものとする。そこで、本発明においては、上述のような若干くすんだ染料インクを基本3原色に使用することにより、これらの問題を解決することができる。
ここで、基本3原色のうち若干くすんだ染料インクへの代替は、少なくとも1色、或いは、2色について行うようにしてもよい。または、基本3原色の全てを若干くすんだ染料インクに代替するようにしてもよい。
まず、基本3原色のうち2色を代替する場合には、光吸収スペクトルの光吸収波長域のうち可視光380nm〜780nmの両端波長域の染料インクである黄色インク(380nm側波長域)と青色インク(780nm側波長域)とを代替することが好ましい。このことにより、黄色インク及び青色インクの光吸収ピークの裾野が、それぞれ、可視光の中央波長域にある赤色インクの裾野と重複する部分を増してくる。
このことにより、基本3原色のうちの1色の染料インクの滴射量に誤差が生じた場合でも、隣り合う染料インクの裾野の光吸収がこれを補助して捺染品の色再現性を良好なものとする。このように、基本3原色の光吸収ピークの裾野が重複することにより、インクジェット・ヘッドによる「滴射による誤差」を緩和することができる。
このようにして「滴射による誤差」が緩和されると、これに相乗的に影響し合う「染料インクの浸透による誤差」、「染料の発色操作による誤差」及び「洗浄操作による誤差」の各影響が更に軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが向上する。
次に、基本3原色のうち1色を代替する場合には、光吸収スペクトルの光吸収波長域のうち可視光380nm〜780nmの中央波長域の染料インクである赤色インクを代替することが好ましい。このことにより、赤色インクの光吸収ピークの裾野が、可視光の両端波長域にある黄色インク及び青色インクの裾野と重複する部分を増してくる。このように、基本3原色の光吸収ピークの裾野が重複することにより、上述のように、インクジェット・ヘッドによる「滴射による誤差」を緩和することができる。
次に、本実施形態においては、インクジェット捺染用インクセットの基本3原色のうち少なくとも1色について、含有される染料の濃度の低い染料インクを使用する。ここで、染料の濃度の低い染料インクとは、水を溶媒として10,000倍に希釈して測定した光吸収スペクトルの最大吸収波長(λmax)における吸光度が、0.3を超えないこと、好ましくは0.2を超えないこと、更に好ましくは0.1を超えないこと意味する。染料インクの光吸収スペクトルの測定法については上述した。
上述のように、紙のインクジェット印刷においては、紙の表面で捕捉されたインクが全て色彩表現に利用される。従って、紙の表面での滲みを防止するために、最大吸収波長(λmax)における吸光度が大きな基本3原色を使用し、インクジェット印刷の際の染料の滴射量が少なくなるように調整されている。従来の繊維のインクジェット捺染においても、このような考え方から最大吸収波長(λmax)における吸光度が大きな基本3原色を使用している。
しかし、繊維のインクジェット捺染においては、上述のように、繊維上に滴射された染料インクが繊維の内部に浸透して吸収され、繊維表面に捕捉される染料インクの量が少なくなる。また、繊維上に滴射された染料のうち繊維の固着に与った染料(固着率に見合った量の染料)でのみ目的とする色彩を表現する。これらのことから、繊維のインクジェット捺染においては、繊維の表面で色彩の表現に使用される各染料インクのドットが目立ち、染色品位を低下させる。特に、中色或いは淡色における色再現性と染色品位が問題となる。
一方、従来の繊維の捺染方法(フラットスクリーン捺染など)においては、色彩毎に基本3原色を混合した捺染糊を繊維上に印捺する。このことから、従来の捺染品は、各色彩が混合色で表現され色再現性と染色品位に優れたものとなる。繊維のインクジェット捺染は、あくまでも、従来の捺染法の代替であり、従来の捺染品より色再現性或いは染色品位の劣るものでは商品価値が低くなる。
そこで、本実施形態においては、上述のような染料の濃度の低い染料インクを基本3原色に使用し、従来の染料インクと同じ色彩を表現するときの染料インクの滴射量(液量)を多くする。このことにより、繊維上に滴射された基本3原色の染料インクの各ドットは、繊維の表面で従来の捺染糊のように混合される。このように、染料インクの各ドットが良好に混合されるためには、一定量の滴射量(液量)が必要となる。
そこで、基本3原色の各染料インクのうち少なくとも1種のインクを用いて所定の色彩を滴射するには、印捺部分における単位面積当たりの総滴射量(各染料インクの滴射量の合計量)が2,500μL/m2以上、好ましくは3,000μL/m2以上であることがよい。単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上であることにより、繊維上に滴射された基本3原色の染料インクの各ドットが良好に混合され、従来の捺染品に匹敵する色再現性と染色品位の良好な捺染品が得られる。
ここで、基本3原色のうち染料の濃度の低い染料インクへの代替は、少なくとも1色、或いは、2色について行うようにしてもよい。または、基本3原色の全てを染料の濃度の低い染料インクに代替するようにしてもよい。
特に、基本3原色のうち2色を染料の濃度の低い染料インクに代替する場合には、赤色インクと青色インクとを代替することが好ましい。基本3原色を配合した際には、赤色インクと青色インクは、黄色インクに比べて染料濃度の変化による色相への影響が大きい。従って、赤色インクと青色インクとに染料の濃度が低いインクを使用することにより、特に総滴射量が少ない中色或いは淡色においても、色再現性と染色品位の良好な捺染品が得られる。
以下、実施例1において本実施形態に係るインクジェット捺染用インクセットを具体的に作成した。本実施例1の各染料インクは、色材成分としての反応染料、増粘成分としてのポリエチレンオキサイド、吸湿成分としてのグリコール類、その他、表面張力調整成分としての界面活性剤などを含有する。溶媒は、基本的には水を使用した。
これらの成分の種類及び配合比率については、使用するインクジェット捺染機の種類、捺染対象である繊維の種類及びその繊維の前処理処方などにより適宜調整することができる。本実施例1の各染料インクは、それぞれの成分を水に混合溶解し、フィルター濾過を行ってからインクジェット捺染に使用した。
本実施例1においては、基本3原色のうち黄色インクと青色インクとの2色の染料インクを若干くすんだ染料インクに代替し、赤色インクは従来の鮮明な染料インクのまま使用した。また、本実施例1においては、赤色インクと青色インクとの2色の染料インクを従来の染料濃度より薄い濃度で作成した。
本実施例1のインクジェット捺染用インクセットは、黄色インクとして染料濃度の濃い「ゴールデンイエロー・インク」、また、青色インクとして染料濃度の薄い「ライトブルー・インク」を使用した。なお、赤色インクとしては、鮮明な「マゼンタ・インク」を希釈した染料濃度の薄い「ライトマゼンタ・インク」を使用した。本実施例1においては、これらの基本3原色に黒色インクとして「ブラック・インク」を加えた4色のインクで繊維の捺染品に要求される殆どの色彩を表現することができた。
具体的には、ゴールデンイエロー・インクには反応染料(CI Reactive Orange 99+)、ライトマゼンタ・インクには反応染料(CI Reactive Red 3:1)、ライトブルー・インクには反応染料(CI Reactive Blue 5)を使用した。
次に、作成した本実施例1に係る基本3原色の各染料インクについて、光吸収スペクトルを測定した。測定には、分光光度計UV−3100(株式会社島津製作所製)を用い、測色用セルは光路10mmの石英セルを使用した。まず、各染料インクを蒸留水で10,000倍に希釈して各測定液を作成した。これらの測定液を上記石英セルに充填して、波長300nm〜800nmの各波長における光吸収スペクトルを測定した。
測定した本実施例1に係る基本3原色の各染料インクの光吸収スペクトルを図1に示す。図1においては、ゴールデンイエロー・インク(Y1)の光吸収スペクトル、ライトマゼンタ・インク(R1)の光吸収スペクトル、ライトブルー・インク(B1)の光吸収スペクトルを重ねて示している。
図1において、本実施例1に係る各染料インク、特に、ゴールデンイエロー・インクとライトブルー・インクの光吸収スペクトルは、その最大吸収波長(λmax)における光吸収ピークが大きな角度で広がり、裾野の広い形状を有している。このように、光吸収ピークの裾野の広い染料インクは、広い光吸収波長域を有しており、減法混色により色がくすんで見える。
図1から分かるように、ゴールデンイエロー・インクの長波長側の裾野は、ライトマゼンタ・インクの光吸収ピークの短波長側の大部分に広く重複している。また、ライトブルー・インクの短波長側の裾野は、ライトマゼンタ・インクの光吸収ピークの長波長側の裾野に広く重複している。更に、ゴールデンイエロー・インクの長波長側の裾野は、ライトブルー・インクの短波長側の裾野とも重複している。
〔比較例1〕
上記実施例1に対して、従来のインクジェット捺染用インクセットを比較例1として説明する。本比較例1は、紙のインクジェット印刷と同様に、鮮明な黄色インクとして染料濃度の濃い「イエロー・インク」、鮮明な赤色インクとして染料濃度の濃い「マゼンタ・インク」、また、鮮明な青色インクとして染料濃度の濃い「シアン・インク」を使用した。本比較例1においては、これらの基本3原色に黒色インクとして「ブラック・インク」を加えた4色の染料インクで殆どの色彩を表現した。
具体的には、イエロー・インクには反応染料(CI Reactive Yellow 95)、マゼンタ・インクには反応染料(CI Reactive Red 3:1)、シアン・インクには反応染料(CI Reactive Blue 15)を使用した。
次に、作成した本比較例1に係る基本3原色の各染料インクについて、光吸収スペクトルを測定した。測定は、上記実施例1と同様にして行い、可視光380nm〜780nmの各波長における光吸収スペクトルを測定した。
測定した本比較例1に係る基本3原色の各染料インクの光吸収スペクトルを図2に示す。図2においては、イエロー・インク(Y2)の光吸収スペクトル、マゼンタ・インク(R2)の光吸収スペクトル、シアン・インク(B2)の光吸収スペクトルを重ねて示している。
図2において、本比較例1に係る各染料インクの光吸収スペクトルは、その最大吸収波長(λmax)における光吸収ピークが上記実施例1に係る各染料インクに比べ鋭角的であり、裾野の狭い形状を有している。このように、光吸収ピークの裾野の狭い染料インクは、狭い光吸収波長域を有しており、減法混色による色のくすみが少なく鮮明な色相をしている。
図2から分かるように、イエロー・インクの長波長側の裾野は、マゼンタ・インクの光吸収ピークの短波長側の裾野と僅かしか重複していない。また、シアン・インクの短波長側の裾野は、マゼンタ・インクの光吸収ピークの長波長側の裾野と僅かしか重複していない。更に、イエロー・インクの長波長側の裾野は、シアン・インクの短波長側の裾野と全く重複していない。
表1に、上記実施例1及び比較例1に係る各染料インクの最大吸収波長(λmax)における光吸収ピークの吸光度の値と当該光吸収ピークの半値幅の値とを示す。
表1から明らかなように、実施例1においては、ライトマゼンタ・インク(R1)とライトブルー・インク(B1)の2色の染料インクの吸光度の値は、いずれも、0.3よりも小さく、約0.1或いはそれ以下の値を示している。更に、ゴールデンイエロー・インク(Y1)の染料インクの吸光度の値は、0.3に近い値を示している。また、ゴールデンイエロー・インク(Y1)とライトブルー・インク(B1)の2色の染料インクの半値幅の値は、いずれも、100nmよりも大きな値を示している。
これに対して、比較例1においては、3色全ての染料インクの吸光度の値は、いずれも、0.3よりもかなり大きな値を示している。また、3色全ての染料インクの半値幅の値は、いずれも、100nmよりも小さな値を示している。
以上のことから、本実施例1においては、各染料インクの光吸収ピークの裾野が互いに大きく重複することにより、基本3原色のうちの1色の染料インクの滴射量に誤差が生じた場合でも、隣り合う染料インクの裾野の光吸収がこれを補助して捺染品の色再現性を良好なものとすることができる。
このことにより、インクジェット・ヘッドによる「滴射による誤差」を緩和することができ、これに相乗的に影響し合う「染料インクの浸透による誤差」、「染料の発色操作による誤差」及び「洗浄操作による誤差」の各影響が更に軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが向上する。
次に、実施例2において本実施形態に係るインクジェット捺染用インクセットの基本3原色について、それぞれの単一色における捺染布のL*a*b*表色系におけるL*値、a*値、b*値を求め、これらの値から各捺染布間の色差を算出した。なお、本実施例2においては、上記実施例1で作成した基本3原色(Y1、R1、B1)を使用した。
まず、本実施例1に係る基本3原色の各染料インク(Y1、R1、B1)を用いて、下記の条件により各単一色に対する捺染品を作成した。
使用生地:
綿100%、40番手平織物(200本ブロード、目付123g/m2)を通常の方法で精練漂白した。この生地にインクジェット捺染用前処理を施した。前処理としては、インク保持剤としてのポリエチレンオキサイド、反応染料用触媒としてのアルカリ剤(炭酸ナトリウム)及びヒドロトロープ剤としての尿素を所定量付与して乾燥した。
滴射装置:
ピエゾ式インクジェット捺染機、MS−JPK28(イタリア、MS社製)を使用した。
滴射条件:
600dpiで各染料インク(Y1、R1、B1)に対して、それぞれ、単一色の無地を印捺した。各染料インク(Y1、R1、B1)の単位面積当たりの滴射量は、17,856μL/m2として滴射した。
発色・洗浄:
各染料インク(Y1、R1、B1)を滴射した各綿織物を乾燥し、室内温度104℃のスチーマーを用いて7分間、発色した。発色後の各綿織物は、通常の捺染法と同様にして水洗、湯洗を行い乾燥して、各染料インク(Y1、R1、B1)に対応した単一色の黄色捺染布、赤色捺染布及び青色捺染布を得た。
次に、本実施例2で得られた各捺染布について、L*a*b*表色系による測色を行った。測色には、積分球を搭載した分光光度計UV−3100(株式会社島津製作所製)を用い、波長400nm〜700nmの測定範囲で20nm間隔に測色し、計算により各捺染布のL*値、a*値、b*値を求めた。また、これらのL*値、a*値、b*値から、黄色捺染布と赤色捺染布との色差ΔE(Y−R)、赤色捺染布と青色捺染布との色差ΔE(R−B)、及び、青色捺染布と黄色捺染布との色差ΔE(B−Y)を算出した。
〔比較例2〕
上記実施例2に対して、従来のインクジェット捺染用インクセットの基本3原色について、上記実施例2と同様にして比較例2を実施した。なお、本比較例2においては、上記比較例1で作成した基本3原色(Y2、R2、B2)を使用して、各染料インクに対応した単一色の黄色捺染布、赤色捺染布及び青色捺染布を得た。
次に、本比較例2で得られた各捺染布について、L*a*b*表色系による測色を行った。測色は、上記実施例2と同様にして行い、各捺染布のL*値、a*値、b*値を求めた。また、これらのL*値、a*値、b*値から、黄色捺染布と赤色捺染布との色差ΔE(Y−R)、赤色捺染布と青色捺染布との色差ΔE(R−B)、及び、青色捺染布と黄色捺染布との色差ΔE(B−Y)を算出した。
表2に、上記実施例2及び比較例2に係る各捺染布のL*値、a*値、b*値、並びに、各捺染布間の色差を示す。
表2から分かるように、実施例2においては、黄色捺染布と赤色捺染布との色差ΔE(Y−R)、赤色捺染布と青色捺染布との色差ΔE(R−B)、青色捺染布と黄色捺染布との色差ΔE(B−Y)の3つの色差のうち、2つ色差ΔE(Y−R)及びΔE(R−B)の値がいずれも100未満である。
これに対して、比較例2においては、黄色捺染布と赤色捺染布との色差ΔE(Y−R)、赤色捺染布と青色捺染布との色差ΔE(R−B)、青色捺染布と黄色捺染布との色差ΔE(B−Y)の3つの色差のうち、1つ色差ΔE(R−B)のみが100未満の値を示している。
ここで、本実施例2の各捺染布間の色差と比較例2の各捺染布間の色差をL*a*b*表色系における色度図から説明する。L*a*b*表色系における色度図とは、色の三属性である明度・色相・彩度のうち、色相と彩度を示すa*b*で色彩を表現するものであり、+a*は赤方向、−a*では緑方向、また、+b*は黄方向、−b*では青方向を示している。これらの値は、数値が大きくなるにしたがって色鮮やかになり、中心(±0)に近づくにしたがってくすんだ色になる。
図3は、本実施例2に係る各捺染布の色度(a*b*)と比較例2に係る各捺染布の色度(a*b*)とをL*a*b*表色系における色度図で比較したグラフである。図3の色度図において、実施例2と比較例2のそれぞれについて、各捺染布の色度(a*b*)間を結合した。この各捺染布の色度(a*b*)間の距離にはL*値が考慮されないので、各捺染布の正確な色差を示すものではないが、色差の傾向は明らかとなる。
すなわち、図3における実施例2の三角形と比較例2の三角形を比較すると、実施例2の三角形の各辺の長さが、比較例2の三角形の各辺の長さより短くなっている。このことからも、本実施例2の各捺染布間の色差は、比較例2の各捺染布間の色差より小さな値であることが分かる。
このように、各インクによる3色の捺染布間の3つの色差のうち少なくとも2つの値が100未満と小さいことにより、インクジェット捺染において「滴射による誤差」が生じた場合でも、捺染品の色再現性と染色品位とに対する「滴射による誤差」の影響が軽減され、捺染品の色再現性と染色品位とが更に向上する。
次に、実施例3において本実施形態に係るインクジェット捺染用インクセットを使用してインクジェット捺染布を作成した。本実施例3においては、インクジェット捺染において色再現性と染色品位とが特に難しいとされるパープル色を目標色として採用した。目標色には、フラットスクリーン捺染布(PT)を用い、この捺染布を測色して本実施例3のインクジェット捺染における基本3原色の各滴射量(染料レシピ)を決定した。
インクジェット捺染用インクセット:
本実施例3においては、上記実施例1で作成したインクジェット捺染用インクセットの基本3原色(Y1、R1、B1)を使用した。
使用生地:
上記実施例2と同様に綿100%、40番手平織物(200本ブロード、目付123g/m2)を通常の方法で精練漂白した。使用生地の前処理も上記実施例2と同様にインク保持剤としてのポリエチレンオキサイド、反応染料用触媒としてのアルカリ剤(炭酸ナトリウム)及びヒドロトロープ剤としての尿素を所定量付与して乾燥した。
滴射装置:
上記実施例2と同様にピエゾ式インクジェット捺染機、MS−JPK28(イタリア、MS社製)を使用した。
滴射条件:
本実施例3においては、600dpiでパープル色の無地を印捺した。各染料インク(Y1、R1、B1)の滴射量を表3に示す。
発色・洗浄:
上記実施例2と同様に滴射後の綿織物を乾燥し、室内温度104℃のスチーマーを用いて7分間、発色した。発色後の綿織物は、上記実施例2と同様にして水洗、湯洗を行い乾燥して、本実施例3のインクジェット捺染布(P1)を得た。
〔比較例3〕
上記実施例3に比較するために、比較例3のインクジェット捺染方法を行った。なお、本比較例3のインクジェット捺染方法には、上記比較例1で作成したインクジェット捺染用インクセットの基本3原色(Y2、R2、B2)を使用した。使用生地と前処理、滴射後の発色・洗浄条件及び滴射装置は、上記実施例3と同様にして行った。
滴射条件:
本比較例3においては、上記実施例3と同様に600dpiでパープル色の無地を印捺した。各染料インク(Y2、R2、B2)の滴射量を表3に示す。このようにして、本比較例3のインクジェット捺染布(P2)を得た。
表3において、本実施例3の印捺部分における単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上の大きな値を示している。これに対して、比較例3においては、印捺部分における単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2よりかなり少ない値を示している。
このように、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上であることにより、繊維上に滴射された基本3原色の染料インクの各ドットが良好に混合され、従来の捺染品に匹敵する色再現性と染色品位の良好な捺染品が得られる。
次に、本実施例3で得られたインクジェット捺染布(P1)及び比較例3で得られたインクジェット捺染布(P2)について、L*値、a*値、b*値を測色した。また、各インクジェット捺染布(P1及びP2)間の色差を計算した。これらの値を表4に示す。
表4から分かるように、本実施例3で得られたインクジェット捺染布(P1)と比較例3で得られたインクジェット捺染布(P2)の色差は、5.1であって、比較的近い色彩を表現できており、また、いずれの捺染布も目標としたフラットスクリーン捺染布の色彩を表現することができた。
次に、本実施例3で得られたインクジェット捺染布(P1)の印捺部をマイクロスコープで拡大した拡大図を図4に示す。また、比較例3で得られたインクジェット捺染布(P2)の印捺部をマイクロスコープで拡大した拡大図を図5に示す。なお、目標としたフラットスクリーン捺染布(PT)の印捺部をマイクロスコープで拡大した拡大図を図6に示す。
図6のフラットスクリーン捺染布(PT)の印捺部は、捺染前に配合染料が混合されていることから、当然のこととして均一な表面をしている。また、図4の本実施例3で得られたインクジェット捺染布(P1)の印捺部は、基本3原色を別々に滴射したにも拘らずほぼ均一な表面をしている。これに対して、図5の比較例3で得られたインクジェット捺染布(P2)の印捺部は、基本3原色の各ドットが明瞭に確認できる。特に、マゼンタ・インク(R2)及びシアン・インク(B2)のドットが明瞭である。
これらのことから、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上である本実施例3のインクジェット捺染布(P1)においては、繊維上に滴射された基本3原色の染料インク(Y1、R1、B1)の各ドットが良好に混合され、従来のフラットスクリーン捺染布(PT)に匹敵する色再現性と染色品位の良好な捺染布が得られている。これに対して、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2よりかなり少ない値を示した較例3のインクジェット捺染布(P2)においては、繊維上に滴射された基本3原色の染料インク(Y2、R2、B2)の各ドットが明瞭に独立しており、色再現性と染色品位の劣る捺染布が得られている。
次に、実施例4において上記実施例3とは異なる色彩のインクジェット捺染布を作成した。本実施例4においては、上記実施例3のパープル色と同様にインクジェット捺染において色再現性と染色品位とが特に難しいとされるグレー色を目標色として採用した。目標色には、フラットスクリーン捺染布(GT)を用い、この捺染布を測色して本実施例4のインクジェット捺染における基本3原色の各滴射量(染料レシピ)を決定した。
インクジェット捺染用インクセット:
本実施例4においては、上記実施例1で作成したインクジェット捺染用インクセットの基本3原色(Y1、R1、B1)を使用した。
使用生地:
上記実施例2と同様に綿100%、40番手平織物(200本ブロード、目付123g/m2)を通常の方法で精練漂白した。使用生地の前処理も上記実施例2と同様にインク保持剤としてのポリエチレンオキサイド、反応染料用触媒としてのアルカリ剤(炭酸ナトリウム)及びヒドロトロープ剤としての尿素を所定量付与して乾燥した。
滴射装置:
上記実施例2と同様にピエゾ式インクジェット捺染機、MS−JPK28(イタリア、MS社製)を使用した。
滴射条件:
本実施例4においては、600dpiでグレー色の無地を印捺した。各染料インク(Y1、R1、B1)の滴射量を表5に示す。
発色・洗浄:
上記実施例2と同様に滴射後の綿織物を乾燥し、室内温度104℃のスチーマーを用いて7分間、発色した。発色後の綿織物は、上記実施例2と同様にして水洗、湯洗を行い乾燥して、本実施例4のインクジェット捺染布(G1)を得た。
〔比較例4〕
上記実施例4に比較するために、比較例4のインクジェット捺染方法を行った。なお、本比較例4のインクジェット捺染方法には、上記比較例1で作成したインクジェット捺染用インクセットの基本3原色(Y2、R2、B2)を使用した。使用生地と前処理、滴射後の発色・洗浄条件及び滴射装置は、上記実施例4と同様にして行った。
滴射条件:
本比較例4においては、上記実施例4と同様に600dpiでグレー色の無地を印捺した。各染料インク(Y2、R2、B2)の滴射量を表5に示す。このようにして、本比較例4のインクジェット捺染布(G2)を得た。
表5において、本実施例4の印捺部分における単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上、更に3,000μL/m2以上のかなり大きな値を示している。これに対して、比較例3においては、印捺部分における単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2よりかなり少ない値を示している。
このように、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上であることにより、繊維上に滴射された基本3原色の染料インクの各ドットが良好に混合され、従来の捺染品に匹敵する色再現性と染色品位の良好な捺染品が得られる。
次に、本実施例4で得られたインクジェット捺染布(G1)及び比較例4で得られたインクジェット捺染布(G2)について、L*値、a*値、b*値を測色した。また、各インクジェット捺染布(G1及びG2)間の色差を計算した。これらの値を表6に示す。
表6から分かるように、本実施例4で得られたインクジェット捺染布(G1)と比較例4で得られたインクジェット捺染布(G2)の色差は、4.6であって、比較的近い色彩を表現できており、また、いずれの捺染布も目標としたフラットスクリーン捺染布の色彩を表現することができた。
次に、本実施例4で得られたインクジェット捺染布(G1)の印捺部をマイクロスコープで拡大した拡大図を図7に示す。また、比較例4で得られたインクジェット捺染布(G2)の印捺部をマイクロスコープで拡大した拡大図を図8に示す。なお、目標としたフラットスクリーン捺染布(GT)の印捺部をマイクロスコープで拡大した拡大図を図9に示す。
図9のフラットスクリーン捺染布(GT)の印捺部は、捺染前に配合染料が混合されていることから、当然のこととして均一な表面をしている。また、図7の本実施例4で得られたインクジェット捺染布(G1)の印捺部は、基本3原色を別々に滴射したにも拘らずほぼ均一な表面をしている。これに対して、図8の比較例4で得られたインクジェット捺染布(G2)の印捺部は、基本3原色の各ドットが明瞭に確認できる。特に、マゼンタ・インク(R2)及びシアン・インク(B2)のドットが明瞭である。
これらのことから、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2以上である本実施例4のインクジェット捺染布(G1)においては、繊維上に滴射された基本3原色の染料インク(Y1、R1、B1)の各ドットが良好に混合され、従来のフラットスクリーン捺染布(GT)に匹敵する色再現性と染色品位の良好な捺染布が得られている。これに対して、単位面積当たりの総滴射量が2,500μL/m2よりかなり少ない値を示した較例4のインクジェット捺染布(G2)においては、繊維上に滴射された基本3原色の染料インク(Y2、R2、B2)の各ドットが明瞭に独立しており、色再現性と染色品位の劣る捺染布が得られている。
上述のように、上記実施形態においては、インクジェット捺染において「滴射による誤差」を緩和して、これに関連して生じる相乗的要素を軽減することにより、また、インク各色のドットの独立性を目立ちにくくすることにより、捺染品の色再現性と染色品位とを向上させることのできるインクジェット捺染用インクセット及び当該インクセットを使用するインクジェット捺染方法を提供することができる。
なお、本発明の実施にあたり、上記各実施例に限らず次のような種々の変形例が挙げられる。
(1)上記各実施例においては、インクジェット捺染用インクセットの各染料インクは、反応染料を含有するものであるが、これに限るものではなく、他の染料、例えば、酸性染料や分散染料などを含有する染料インクであってもよい。
(2)上記各実施例においては、インクジェット捺染用インクセットの基本3原色のうち黄色インクと青色インクの2色の染料インクに若干くすんだ染料インク(光吸収スペクトルの最大吸収波長における半値幅が100nm以上であるインク)を使用するものであるが、これに限るものではなく、基本3原色のうち1色のみに若干くすんだ染料インクを使用するようにしてもよく、或いは、基本3原色の3色全ての染料インクに若干くすんだ染料インクを使用するようにしてもよい。
(3)上記各実施例においては、インクジェット捺染用インクセットの基本3原色のうち赤色インクと青色インクの2色の染料インクに染料濃度の薄いインク(光吸収スペクトルの最大吸収波長における吸光度が、0.3を超えないインク)を使用するものであるが、これに限るものではなく、基本3原色のうち1色のみに染料濃度の薄いインクを使用するようにしてもよく、或いは、基本3原色の3色全ての染料インクに染料濃度の薄いインクを使用するようにしてもよい。