以下に、本発明に係るハイブリッド車両の動力伝達装置及びハイブリッドシステムの実施例を図面に基づいて詳細に説明する。尚、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
[実施例]
本発明に係るハイブリッド車両の動力伝達装置及びハイブリッドシステムの実施例を図1から図23に基づいて説明する。
図1の符号1−1は、本実施例の動力伝達装置を示す。また、図1の符号2−1は、その動力伝達装置1−1を有するハイブリッドシステムを示す。
ハイブリッドシステム2−1は、エンジンENGと第1回転機MG1と第2回転機MG2とを動力源として備える。
エンジンENGは、エンジン回転軸(クランクシャフト)11から機械的な動力(出力トルク)を出力する内燃機関や外燃機関等の機関である。このエンジンENGは、その動作が図2に示す機関制御装置としての電子制御装置(以下、「ENGECU」と云う。)91によって制御される。そのENGECU91は、例えば、電子スロットル弁の開度制御、点火信号の出力による点火制御、燃料の噴射制御等を行って、エンジンENGの出力トルク(以下、「エンジントルク」と云う。)Teを制御する。
第1回転機MG1と第2回転機MG2は、力行駆動時の電動機(モータ)としての機能と、回生駆動時の発電機(ジェネレータ)としての機能と、を有する電動発電機(モータ/ジェネレータ)である。これら第1及び第2の回転機MG1,MG2は、その動作が図2に示す回転機制御装置としての電子制御装置(以下、「MGECU」と云う。)92によって制御される。第1及び第2の回転機MG1,MG2は、インバータ(図示略)を介して二次電池(図示略)に接続されており、夫々の回転軸(MG1回転軸12、MG2回転軸13)に入力された機械エネルギ(回転トルク)を電気エネルギに変換して、二次電池に蓄電させることができる。また、第1及び第2の回転機MG1,MG2は、二次電池から供給された電気エネルギ又は他方の回転機(第2及び第1の回転機MG2,MG1)が生成した電気エネルギを機械エネルギ(回転トルク)に変換し、夫々の回転軸(MG1回転軸12、MG2回転軸13)から機械的な動力(出力トルク)として出力することができる。MGECU92は、例えば、第1回転機MG1や第2回転機MG2に対して供給する電流値を調整し、第1回転機MG1の出力トルク(以下、「MG1トルク」と云う。)Tmg1や第2回転機MG2の出力トルク(以下、「MG2トルク」と云う。)Tmg2を制御する。
このハイブリッドシステム2−1は、エンジン回転軸11とMG1回転軸12とを同心に配置し、且つ、これらに対して間隔を空けて平行にMG2回転軸13を配置した複軸式のものである。動力伝達装置1−1は、その各動力源の相互間における動力伝達を可能にし、且つ、夫々の動力源と駆動輪Wとの間での動力伝達も可能になるように構成する。この動力伝達装置1−1は、直列接続された変速装置20と差動装置30とを備える。このハイブリッドシステム2−1では、エンジンENG側に変速装置20が配置され、第1回転機MG1側に差動装置30が配置されている。
変速装置20は、エンジンENGから入力された回転を変速して差動装置30側に伝える又は差動装置30から入力された回転を変速してエンジンENGに伝えることができる。この変速装置20は、エンジンENGが接続され、このエンジンENGとの間の動力伝達を担う第1動力伝達要素と、差動装置30が接続され、この差動装置30との間の動力伝達を担う第2動力伝達要素と、を有する。その第1動力伝達要素とは、エンジンENGに接続される回転軸(第1回転軸)又は後述する回転要素のことである。また、第2動力伝達要素とは、差動装置30に接続される回転軸(第2回転軸)又は後述する回転要素のことである。
ここで例示する変速装置20は、差動回転が可能な複数の回転要素からなる遊星歯車機構を備える。その遊星歯車機構としては、シングルピニオン型のもの、ダブルピニオン型のもの、ラビニヨ型のもの等を適用可能である。この例示の変速装置20は、シングルピニオン型の遊星歯車機構を1つ備えた差動装置であり、その回転要素としてのサンギヤS1とリングギヤR1と複数のピニオンギヤP1とキャリアC1とを有する。この変速装置20においては、そのサンギヤS1とリングギヤR1とキャリアC1の内の1つがエンジンENGに接続され、その残りの内の1つが差動装置30に接続される。この例示では、エンジンENGをキャリアC1に連結する。そのキャリアC1は、エンジン回転軸11と一体になって回転できるように当該エンジン回転軸11に対して回転軸(第1回転軸)21を介して連結されている。従って、この例示では、そのキャリアC1又は回転軸21が第1動力伝達要素となる。また、この例示では、リングギヤR1に差動装置30を連結する。そのリングギヤR1は、上述した第2動力伝達要素であり、差動装置30の各回転要素の内の1つ(ここでは後述するようにキャリアC2)に対して一体になって回転できるように接続する。
ハイブリッドシステム1−1には、この変速装置20の変速比又は変速段を変更する変速調整装置40が設けられている。ここで例示する変速装置20は、高低2段の変速段を有するものであり、その変速調整装置40によって高速側と低速側の変速段の切り替えやニュートラル状態への切り替えが行われる。従って、その変速調整装置40は、変速装置20における所定の回転要素の回転状態や停止状態を調整する2つの係合装置を備える。この例示では、クラッチCL1とブレーキBK1とが夫々に第1摩擦係合装置と第2摩擦係合装置として設けられている。そのクラッチCL1とブレーキBK1は、その係合動作又は解放動作が後述するHVECU90によって制御される。
クラッチCL1は、サンギヤS1とキャリアC1とを連結又は解放させる係合装置であって、摩擦係合式の所謂摩擦クラッチ装置(摩擦係合装置)として構成する。このクラッチCL1は、油圧駆動又は電動によって係合動作又は解放動作を行うものであり、サンギヤS1と一体になって回転する第1係合部材と、キャリアC1と一体になって回転する第2係合部材と、を有する。ここで例示するクラッチCL1は、油圧調整装置(図示略)が調整した供給油圧によって動作する。
このクラッチCL1は、第1係合部材と第2係合部材とを係合状態に制御することで、サンギヤS1とキャリアC1とを連結させる。半係合状態のクラッチCL1は、第1係合部材と第2係合部材とを滑らせながら、これらを一体回転させない範囲内でサンギヤS1とキャリアC1の相対回転を許容する。完全係合状態のクラッチCL1は、サンギヤS1とキャリアC1とを一体化させ、この相互間の相対回転を不能にする。従って、このクラッチCL1は、完全係合状態に制御することで、変速装置20における遊星歯車機構の差動動作を禁止することができる。一方、このクラッチCL1は、第1係合部材と第2係合部材とを解放状態に制御することで、サンギヤS1とキャリアC1との連結を切り離し、これらの相対回転を許容する。従って、このクラッチCL1は、解放状態に制御することで、変速装置20における各回転要素の差動回転を許容することができる。
ブレーキBK1は、サンギヤS1の回転を規制するブレーキ装置であって、クラッチCL1と同じように、摩擦係合式のもの(摩擦係合装置)として構成すればよい。このブレーキBK1は、油圧駆動又は電動によって係合動作又は解放動作を行うものであり、サンギヤS1と一体になって回転する第1係合部材と、車体側(例えば動力伝達装置1−1のケース等)に固定した第2係合部材と、を有する。ここで例示するブレーキBK1は、油圧調整装置(図示略)が調整した供給油圧によって動作する。
このブレーキBK1は、第1係合部材と第2係合部材とを係合状態に制御することで、サンギヤS1を車体側に連結して、サンギヤS1の回転を規制する。半係合状態のブレーキBK1は、第1係合部材を第2係合部材に対して滑らせながら、サンギヤS1の回転を停止させない範囲内で規制する。完全係合状態のブレーキBK1は、サンギヤS1の回転を禁止する。一方、このブレーキBK1は、第1係合部材と第2係合部材とを解放状態に制御することで、サンギヤS1と車体側との連結を切り離し、サンギヤS1の回転を許容する。
変速装置20は、そのクラッチCL1とブレーキBK1とが共に解放状態にあるときにニュートラル状態となる。そのニュートラル状態とは、この例示における変速装置20の入出力間である第1回転軸21と第2回転軸(差動装置30に接続される回転軸)との間(つまりキャリアC1とリングギヤR1との間)で動力伝達を行えない状態のことを云う。このニュートラル状態では、エンジンENGと差動装置30とが切断され、この間の動力伝達が遮断された状態になる。
一方、この変速装置20においては、クラッチCL1とブレーキBK1の内の何れか一方を係合させることで、キャリアC1とリングギヤR1との間(エンジンENGと差動装置30との間)の動力伝達が可能な接続状態になる。従って、クラッチCL1とブレーキBK1の内の一方を係合させた際には、エンジンENGと駆動輪Wとの間での動力伝達が可能になるので、エンジンENGの動力を用いた走行を行うことができ、また、エンジンブレーキを発生させることができる。
例えば、この変速装置20は、クラッチCL1を解放させると共にブレーキBK1を係合させることで、サンギヤS1が固定(回転停止)された状態での差動回転を行うものとなる。その際、この変速装置20は、キャリアC1に入力されたエンジンENGの回転を増速させてリングギヤR1から出力する。つまり、この変速装置20は、クラッチCL1の解放とブレーキBK1の係合とによって、変速比が1よりも小さいオーバドライブ(OD)状態となる。
これに対して、この変速装置20は、クラッチCL1を係合させると共にブレーキBK1を解放させることで、全ての回転要素が一体になって回転する差動回転の禁止状態になり、入出力間(キャリアC1とリングギヤR1との間)が直結状態となる。その際、この変速装置20は、変速比が1となり、キャリアC1に入力されたエンジンENGの回転を増速も減速もさせることなく、等速でリングギヤR1から出力する。
この様に、この変速装置20においては、クラッチCL1の解放とブレーキBK1の係合によって高速側の変速段(高速段)が構成され、クラッチCL1の係合とブレーキBK1の解放によって低速側の変速段(低速段)が構成されることになる。このハイブリッドシステム2−1では、変速装置20の変速比が1以下なので、必ずしも第1回転機MG1の高トルク化を図る必要がない。
差動装置30は、差動回転が可能な複数の回転要素を有するものであり、その夫々の回転要素からなる遊星歯車機構を備える。その遊星歯車機構としては、シングルピニオン型のもの、ダブルピニオン型のもの、ラビニヨ型のもの等を適用可能である。この例示の差動装置30は、シングルピニオン型の遊星歯車機構を1つ備えており、その回転要素としてのサンギヤS2とリングギヤR2と複数のピニオンギヤP2とキャリアC2とを有する。この差動装置30においては、そのサンギヤS2とリングギヤR2とキャリアC2の内の1つが変速装置20を介してエンジンENGに接続され、その残りの内の1つが第1回転機MG1に接続され、最後の1つが第2回転機MG2と駆動輪Wとに接続される。この例示では、変速装置20のリングギヤR1をキャリアC2に連結し、第1回転機MG1をサンギヤS2に連結し、第2回転機MG2と駆動輪WをリングギヤR2に連結する。ここで、キャリアC2は、変速装置20のリングギヤR1と一体になって回転できるよう当該リングギヤR1に対して連結された回転要素であり、変速装置20との間の動力伝達要素を成す。また、サンギヤS2は、MG1回転軸12に対して一体になって回転できるように連結された回転要素であり、第1回転機MG1との間の動力伝達要素を成す。また、リングギヤR2は、下記の歯車群等を介して第2回転機MG2や駆動輪Wに連結された回転要素であり、第2回転機MG2や駆動輪Wとの間の動力伝達要素を成す。
この差動装置30のリングギヤR2には、同心に配置された一体回転可能なカウンタドライブギヤ51が接続されている。そのカウンタドライブギヤ51は、平行にずらして配置された回転軸を有するカウンタドリブンギヤ52と噛み合い状態にある。カウンタドリブンギヤ52は、平行にずらして配置された回転軸を有するリダクションギヤ53と噛み合い状態にある。そのリダクションギヤ53は、MG2回転軸13の軸上に固定されている。従って、カウンタドリブンギヤ52と第2回転機MG2との間においては、そのリダクションギヤ53を介して動力伝達が行われる。例えば、リダクションギヤ53は、カウンタドリブンギヤ52よりも小径であり、第2回転機MG2の回転を減速してカウンタドリブンギヤ52に伝達する。
また、カウンタドリブンギヤ52は、カウンタシャフト54の軸上に固定されている。ここで、この例示のハイブリッド車両は、FF(Front engine Front drive)車、RR(Rear engine Rear drive)車又はFF車若しくはRR車ベースの四輪駆動車と仮定する。これが為、そのカウンタシャフト54の軸上には、ドライブピニオンギヤ55が固定されている。カウンタドリブンギヤ52とドライブピニオンギヤ55は、カウンタシャフト54を介して一体になって回転することができる。そのドライブピニオンギヤ55は、差動装置56のデフリングギヤ57と噛み合い状態にある。差動装置56は、左右の駆動軸58を介して駆動輪Wに連結されている。例えば、このハイブリッドシステム2−1は、そのドライブピニオンギヤ55とデフリングギヤ57(つまり差動装置56)を第2回転機MG2とリダクションギヤ53との間に配置することで、コンパクト化を図ることができる。尚、このハイブリッドシステム2−1は、例えばカウンタシャフト54と車両後部の差動装置56との間にプロペラシャフトを介在させることで、FR(Front engine Rear drive)車への適用も可能になる。
この動力伝達装置1−1においては、変速装置20の変速比と差動装置30の変速比とから全体の変速比(言うなればハイブリッドシステム2−1のシステム変速比)が決まる。このシステム変速比とは、変速装置20と差動装置30とを有する1つの動力伝達装置1−1においての入出力間の比のことであり、この動力伝達装置1−1の出力側回転数に対する入力側回転数の比(減速比)を表したものである。この例示では、差動装置30のリングギヤR2の回転数に対する変速装置20のキャリアC1の回転数の比がシステム変速比となる。従って、この動力伝達装置1−1では、差動装置30だけで変速機としての機能を構成するよりも変速比の幅が広くなる。
このハイブリッドシステム1−1においては、図2に示すように、ENGECU91とMGECU92とを統括制御すると共にシステムの統合制御を行う統合ECU(以下、「HVECU」と云う。)90が設けられており、これらによって本システムの制御装置が構成される。
HVECU90には、車速センサ、アクセル開度センサ、エンジン回転数センサ(クランク角センサ)、MG1回転数センサ、MG2回転数センサ、出力軸回転数センサが接続されている。このHVECU90は、その各種センサによって、車速、アクセル開度、エンジン回転数Ne、第1回転機MG1の回転数(MG1回転数Nmg1)、第2回転機MG2の回転数(MG2回転数Nmg2)、動力伝達装置1−1の出力軸(例えば差動装置30のリングギヤR2の回転軸)の回転数を取得する。また、このHVECU90には、バッテリセンサ(電流センサ)、油温センサ等の各種センサも接続されている。このHVECU90は、その各種センサによって、二次電池のSOC(State of Charge)、動力伝達装置1−1の作動油の油温等を取得する。
HVECU90は、取得した情報に基づいて、ハイブリッド車両に対する要求駆動力、要求パワー、要求トルク等を算出する。このHVECU90は、例えば、算出した要求車両駆動力に基づいて、要求エンジントルク、要求MG1トルク及び要求MG2トルクを算出する。HVECU90は、エンジン指令値としての要求エンジントルクをENGECU91に送信してエンジンENGに出力させると共に、MG1指令値としての要求MG1トルク及びMG2指令値としての要求MG2トルクをMGECU92に送信して第1回転機MG1及び第2回転機MG2に出力させる。また、このHVECU90は、エンジン指令値としての要求エンジン回転数をENGECU91に送信してエンジン回転数を制御させると共に、MG1指令値としての要求MG1回転数及びMG2指令値としての要求MG2回転数をMGECU92に送信してMG1回転数及びMG2回転数を制御させる。
また、このHVECU90は、後述する走行モード等に基づいてクラッチCL1とブレーキBK1の制御を行う。その際、HVECU90は、クラッチCL1に対する供給油圧の指令値(PbCL1)とブレーキBK1に対する供給油圧の指令値(PbBK1)を油圧調整装置に出力する。油圧調整装置は、各指令値PbCL1,PbBK1に応じた供給油圧の制御を行い、クラッチCL1とブレーキBK1を係合動作又は解放動作させる。
このハイブリッドシステム2−1においては、電気自動車(EV)走行モードとハイブリッド(HV)走行モードとが設定されており、その何れかの走行モードでハイブリッド車両を走行させることができる。
EV走行モードとは、第1及び第2の回転機MG1,MG2の内の少なくとも1つの動力を駆動輪Wに伝える走行モードのことである。HV走行モードとは、エンジンENGの動力のみを駆動輪Wに伝える走行と、エンジンENGの動力に加えて第2回転機MG2の動力も駆動輪Wに伝える走行と、を行うことができる走行モードのことである。
図3には、その走行モード毎のハイブリッドシステム2−1の作動係合表を示している。その作動係合表のクラッチCL1の欄とブレーキBK1の欄において、丸印は係合状態を表し、空欄は解放状態を表している。また、三角印は、クラッチCL1が係合状態であればブレーキBK1が解放状態となり、クラッチCL1が解放状態であればブレーキBK1が係合状態となることを表している。この作動係合表の第1回転機MG1の欄と第2回転機MG2の欄において、「G」は発電機としての作動状態が主となることを表し、「M」は電動機としての作動状態が主となることを表している。
[EV走行モード]
EV走行モードは、第2回転機MG2のみを動力源とする単独モータEVモードと、第1及び第2の回転機MG1,MG2の双方を動力源とする両モータEVモードと、に分けられる。このハイブリッドシステム2−1においては、例えば、低負荷運転時に単独モータEVモードが選択され、これよりも高負荷運転が要求されると両モータEVモードが選択される。
[単独モータEVモード]
単独モータEVモードにおいて、SOCに基づき二次電池が充電可能な場合、HVECU90は、必ずしもエンジンブレーキによる電力消費を必要としないので、クラッチCL1とブレーキBK1を共に解放させる。これにより、変速装置20は、その遊星歯車機構がニュートラル状態となり、各回転要素が差動回転を行うことができる状態になる。この場合、HVECU90は、MGECU92に対して第2回転機MG2に正回転で要求車両駆動力に応じた正のMG2トルクを出力させることで、ハイブリッド車両に前進方向の車両駆動力を発生させる。正回転とは、前進時におけるMG2回転軸13や差動装置30のリングギヤR2の回転方向のことである。図4には、この前進時の共線図を示している。
ここで、この単独モータEVモード(エンジンブレーキ不要)での前進時には、カウンタドリブンギヤ52の回転に連動してリングギヤR2が正回転するので、差動装置30の差動回転に伴い第1回転機MG1で引き摺り損失を発生させる可能性がある。これが為、HVECU90は、第1回転機MG1を発電機として作動させることで、引き摺り損失の低減を図る。具体的に、HVECU90は、第1回転機MG1に僅かなトルクを掛けて発電させ、このMG1回転数を0回転にフィードバック制御することで、第1回転機MG1の引き摺り損失を低減させる。また、第1回転機MG1にトルクを掛けずとも当該第1回転機MG1を0回転に維持できるときは、第1回転機MG1にトルクを加えずに当該第1回転機MG1の引き摺り損失の低減を図ればよい。また、第1回転機MG1の引き摺り損失を低減する為には、この第1回転機MG1のコギングトルク又はd軸ロックを利用して、第1回転機MG1を0回転にしてもよい。d軸ロックとは、回転子を固定するような磁界を発生させる電流をインバータから第1回転機MG1に供給することで、この第1回転機MG1を0回転に制御することを云う。
また、この前進時には、キャリアC2と共に変速装置20のリングギヤR1も正回転する。その際、変速装置20は、クラッチCL1とブレーキBK1とを解放させたニュートラル状態になっているので、サンギヤS1が負回転で空転すると共にキャリアC1が停止し、エンジンENGを0回転のまま連れ回さない。従って、この前進時には、第1回転機MG1の回生量を大きく取ることができる。また、この前進時には、エンジンENGを停止させた状態での走行が可能になる。また、この前進時には、EV走行中のエンジンENGの回転に伴う引き摺り損失が発生しないので、燃費(電費)を向上させることができる。
尚、後進時には、二次電池の充電が可能であれば、クラッチCL1とブレーキBK1を共に解放させ、第2回転機MG2に負回転で要求車両駆動力に応じた負のMG2トルクを出力させることで、ハイブリッド車両に後進方向の駆動力を発生させる。その際にも、HVECU90は、前進時と同じようにして、第1回転機MG1の引き摺り損失を低減させる。
一方、この単独モータEVモードにおいて、SOCが所定値よりも大きく二次電池の充電が禁止される場合には、その二次電池を放電させるべく、上記の駆動時の状態でエンジンブレーキを併用すればよい。これが為、この場合には、図3に示すように、クラッチCL1とブレーキBK1の内の何れか一方だけを係合させることで、エンジンENGを連れ回し状態とし、エンジンブレーキを発生させる。その際、HVECU90は、第1回転機MG1の制御によりエンジン回転数を上昇させる。
[両モータEVモード]
両モータEVモードにおいて、HVECU90は、クラッチCL1とブレーキBK1を共に係合させる。これにより、変速装置20においては、クラッチCL1の係合に伴い遊星歯車機構の差動回転が禁止され、且つ、ブレーキBK1の係合に伴いサンギヤS1の回転が禁止されるので、遊星歯車機構の全ての回転要素が停止する。これが為、エンジンENGは、その回転数が0になる。また、リングギヤR1が停止しているので、差動装置30においては、そのリングギヤR1に接続されているキャリアC2も停止し、このキャリアC2が0回転にロックされる。図5には、このときの共線図を示している。
HVECU90は、第1回転機MG1と第2回転機MG2とに要求車両駆動力に応じたMG1トルクとMG2トルクとを出力させる。ここで、このときのキャリアC2は、その回転が禁止されているので、MG1トルクに対する反力を取ることができる。従って、差動装置30においては、MG1トルクをリングギヤR2から出力させることができる。前進時には、第1回転機MG1に負回転で負のMG2トルクを出力させることで、リングギヤR2から正回転のトルクを出力させることができる。一方、後進時には、第1回転機MG1に正回転で正のMG2トルクを出力させることで、リングギヤR2から負回転のトルクを出力させることができる。
尚、後進時には、二次電池の充電が可能であれば、クラッチCL1とブレーキBK1を共に係合させ、変速装置20のキャリアC1を固定することによって、第1回転機MG1と第2回転機MG2の双方の動力で走行させてもよい。
[HV走行モード]
HV走行モードにおいては、第1回転機MG1で反力を取りながらエンジントルクのみ又はエンジントルクとMG2トルクとを駆動軸58に伝えて走行する。その際に駆動軸58に伝達されるエンジントルクは、所謂エンジン直達トルクと云われるものであり、電気パスを介することなくエンジンENGから駆動軸58に機械的に伝達される。このHV走行モードは、変速装置20が高速段に切り替えられた走行モード(以下、「HVハイモード」と云う。)と、変速装置20が低速段に切り替えられた走行モード(以下、「HVローモード」と云う。)と、に分けられる。この例示のハイブリッドシステム2−1においては、高車速走行時に動力循環の低減が可能なHVハイモードを選択させ、これよりも中低車速で走行しているときにHVローモードを選択させる。図6には、HVハイモードにおける共線図を示している。また、図7には、HVローモードにおける共線図を示している。このHV走行モードでは、基本的に差動装置30が差動回転を行える状態にあり、クラッチCL1とブレーキBK1の状態(係合状態又は解放状態)を制御することで変速装置20の変速段の切り替えが行われる。
HVハイモードにおいて、HVECU90は、クラッチCL1を解放させると共にブレーキBK1を係合させることで、変速装置20を高速段に切り替え、エンジンENGの回転が増速して出力されるように制御する。一方、HVローモードにおいて、HVECU90は、クラッチCL1を係合させると共にブレーキBK1を解放させることで、変速装置20を低速段に切り替え、エンジンENGの回転が等速のまま出力されるように制御する。
後進時には、HVローモードを使う。この後進時には、第1回転機MG1を発電機、第2回転機MG2を電動機として動作させ、この第2回転機MG2を前進時とは逆向きに回転させる。
HVECU90は、そのHVハイモードとHVローモードの切り替えを行う際に、変速装置20と差動装置30とを同時に変速させる協調変速制御を実行する。その協調変速制御においては、変速装置20と差動装置30の内の何れか一方の変速比を増加させ、他方の変速比を減少させる。
具体的に、HVECU90は、HVハイモードからHVローモードに切り替える場合、切り替え過程におけるシステム変速比が一定に保たれるように、変速装置20の低速段への変速に同期させて差動装置30の変速比をハイギヤ側に変化させる。これに対して、HVECU90は、HVローモードからHVハイモードに切り替える場合、切り替え過程におけるシステム変速比が一定に保たれるように、変速装置20の高速段への変速に同期させて差動装置30の変速比をローギヤ側に変化させる。この様に、このハイブリッドシステム2−1においては、システム変速比の不連続な変化が抑制又は低減されるので、変速に伴うエンジン回転数の調節量が減少され、又は変速に伴うエンジン回転数の調節が不要になる。
HVECU90は、HVローモードへの切り替え後、例えば差動装置30の変速比制御によってシステム変速比をローギヤ側へと連続的に変化させる。一方、HVECU90は、HVハイモードへの切り替え後、例えば差動装置30の変速比制御によってシステム変速比をハイギヤ側へと連続的に変化させる。その差動装置30の変速比制御は、例えば、第1回転機MG1や第2回転機MG2の回転数の制御によって行う。このハイブリッドシステム2−1においては、変速装置20と差動装置30と第1回転機MG1とクラッチCL1とブレーキBK1とでシステム全体における変速システムが構成される。これが為、これらの構成は、第1回転機MG1の回転を電気的に制御することで、システム変速比が連続的に変化させられる電気的無段変速機として動作させることができる。
図8は、HV走行モードの理論伝達効率線を示す図であって、HVハイモードとHVローモードとを切り替える際の理論伝達効率線を示す。本図では、横軸にシステム変速比、縦軸にHV走行モードの理論伝達効率を示す。HV走行モードにおいては、その理論伝達効率線を用い、例えば同一変速比であればHVハイモードとHVローモードの内の高効率の走行モードが選択される。
理論伝達効率は、その動力伝達装置1−1に入力される動力が電気パスを介さずに機械的な伝達で全てカウンタドライブギヤ51に伝達される場合に最大効率1.0となる。HVローモードの理論伝達効率は、システム変速比が変速比γ1で最大効率1.0となる。この変速比γ1は、オーバドライブ側のシステム変速比(γ1<1)である。また、HVハイモードの理論伝達効率は、システム変速比が変速比γ2で最大効率1.0となる。この変速比γ2は、変速比γ1よりもハイギヤ側の変速比(γ2<γ1)である。システム変速比が変速比γ1又は変速比γ2のときには、第1回転機MG1(サンギヤS2)の回転数が0になる。これが為、システム変速比が変速比γ1又は変速比γ2のときには、第1回転機MG1が反力を受けることによる電気パスは0となり、機械的な動力の伝達のみによってエンジンENGからカウンタドライブギヤ51に動力を伝達することができる。以下、その変速比γ1のことを「第1機械伝達変速比γ1」とも云う。また、変速比γ2のことを「第2機械伝達変速比γ2」とも云う。
図8から明らかなように、このHV走行モードの理論伝達効率は、システム変速比が第1機械伝達変速比γ1よりもローギヤ側の値となるに従い低下する。また、この理論伝達効率は、システム変速比が第2機械伝達変速比γ2よりもハイギヤ側の値となるに従い低下する。また、この理論伝達効率は、第1機械伝達変速比γ1と第2機械伝達変速比γ2との間の変速比の領域において低効率側に湾曲している。
この様に、この動力伝達装置1−1は、システム変速比が1よりもハイギヤ側に2つのメカニカルポイント(第1機械伝達変速比γ1と第2機械伝達変速比γ2)を有する。そして、この動力伝達装置1−1では、変速装置20とクラッチCL1とブレーキBK1とを有することで、エンジンENGが差動装置30のキャリアC2に直接連結される場合のメカニカルポイント(第1機械伝達変速比γ1)よりもハイギヤ側に別のメカニカルポイント(第2機械伝達変速比γ2)を発生させることができる。従って、このハイブリッドシステム2−1では、HV走行モードにおいて、ハイギヤで動作しているときの伝達効率を向上させることができ、高車速走行時の燃費を向上させることができる。
HVECU90は、EV走行モードからHV走行モードへと切り替えるときに、停止中のエンジンENGを始動させる。例えば、HVECU90は、要求車両駆動力の増加や車速の上昇等に伴ってEV走行モードからHV走行モードへの切り替えが必要と判断した場合、ENGECU91に対してエンジンENGの始動要求を行う。
この動力伝達装置1−1においては、クラッチCL1とブレーキBK1の内の一方だけが係合状態のときに、変速装置20が入出力間(第1動力伝達要素と第2動力伝達要素との間)で動力伝達可能な状態となるので、第1回転機MG1とエンジンENGとの間及び第2回転機MG2とエンジンENGとの間の動力伝達が可能になる。これが為、エンジンENGを始動させる際には、その動力伝達が可能な状態で、第1回転機MG1と第2回転機MG2の内の一方を制御してエンジン回転数を点火可能な始動許可回転数にまで持ち上げる。この例示の構成では、第1回転機MG1のMG1トルクによってエンジン回転数の持ち上げに必要なクランキングトルクを発生させる。その際には、そのMG1トルクによるクランキングトルクの反力トルクを第2回転機MG2のMG2トルクによって発生させる。
その係合対象の係合装置としては、エンジン始動完了後のHV走行モードで完全係合状態となるものを用いればよい。但し、現在のEV走行モードがエンジンブレーキを併用する単独モータEVモードの場合には、クラッチCL1とブレーキBK1の内の一方だけが既に完全係合状態になっているので、エンジン始動完了後のHV走行モードに拘わらず、この完全係合状態の係合装置を用いてエンジン回転数の持ち上げを行ってもよい。
ここで、エンジンENGにおいては、その始動の際にクランキング時のコンプレッション振動や初爆によるトルク変動が生じる。これが為、動力伝達装置1−1においては、そのコンプレッション振動やトルク変動が伝わることにより振動(ショック)を発生させる虞がある。従って、この動力伝達装置1−1では、エンジンの動力が伝達される係合装置であって、その伝達量を変更することのできるものを利用して、そのエンジン始動時の振動を低減させる。この例示の構成では、その係合装置を半係合状態に制御することで、この半係合状態の係合装置による制振制御を実施する。
このハイブリッドシステム2−1では、車速や要求車両駆動力に基づいて切り替え後のHV走行モード(HVハイモード又はHVローモード)を決めると、そのHV走行モードに応じたエンジン始動完了後の変速装置20の目標変速段(目標変速比)が決まる。HVハイモードへの切り替えの場合には、エンジン始動完了後の変速装置20の目標変速段(目標変速比)としてクラッチCL1の解放とブレーキBK1の係合による高速段(オーバードライブ状態)が要求される。また、HVローモードへの切り替えの場合には、エンジン始動完了後の変速装置20の目標変速段(目標変速比)としてクラッチCL1の係合とブレーキBK1の解放による低速段(直結状態)が要求される。
現在のEV走行が単独モータEVモード(エンジンブレーキ不要)の場合、変速装置20は、現状でクラッチCL1とブレーキBK1とが共に解放されているニュートラル状態である。これが為、この場合のHVECU90は、HVハイモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、解放状態のブレーキBK1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させる。一方、このHVECU90は、HVローモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、解放状態のクラッチCL1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させる。
更に、現在のEV走行がエンジンブレーキ併用時の単独モータEVモードの場合、変速装置20は、現状でブレーキBK1のみが完全係合状態の高速段又はクラッチCL1のみが完全係合状態の低速段になっている。これが為、この場合のHVECU90は、変速装置20が高速段の単独モータEVモードからHVハイモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、完全係合状態のブレーキBK1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させる。また、このHVECU90は、変速装置20が低速段の単独モータEVモードからHVローモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、完全係合状態のクラッチCL1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させる。一方、このHVECU90は、変速装置20が高速段の単独モータEVモードからHVローモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、完全係合状態のブレーキBK1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させてもよく、完全係合状態のブレーキBK1を解放させると共に解放状態のクラッチCL1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させてもよい。また、このHVECU90は、変速装置20が低速段の単独モータEVモードからHVハイモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、完全係合状態のクラッチCL1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させてもよく、完全係合状態のクラッチCL1を解放させると共に解放状態のブレーキBK1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させてもよい。これらにおいて、解放状態から半係合状態に制御した係合装置は、エンジン始動完了後に完全係合させる。これに対して、完全係合状態から半係合状態に制御した係合装置は、エンジン始動完了後に解放させる。
また更に、現在のEV走行が両モータEVモードの場合、変速装置20は、クラッチCL1とブレーキBK1が共に完全係合状態になっている。これが為、この場合のHVECU90は、HVハイモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、完全係合状態のクラッチCL1を解放させると共に完全係合状態のブレーキBK1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させる。また、このHVECU90は、HVローモードへの切り替えであれば、エンジンENGを始動させる際に、完全係合状態のブレーキBK1を解放させると共に完全係合状態のクラッチCL1を半係合状態に制御して、エンジン始動時の振動を低減させる。
ここで、HVECU90には、その様な半係合状態の係合装置によってエンジン始動時の振動を低減し切れなかった場合に、第1回転機MG1と第2回転機MG2の内の少なくとも一方を制御して、残存しているエンジン始動時の振動を低減させる。この第1回転機MG1や第2回転機MG2による制振制御においては、その振動を低減させる制振制御量としての制振トルクを第1回転機MG1や第2回転機MG2に出力させる。この例示の構成では、MG1トルクをエンジン回転数の持ち上げに使っているので、第2回転機MG2のMG2トルクによって制振トルクを発生させることにする。
ところで、クラッチCL1やブレーキBK1は、スリップ量(つまり差回転数)の制御量(以下、「スリップ制御量」と云う。)が通常よりも制限されることがある。そのスリップ制御量の制限時とは、例えば、クラッチCL1やブレーキBK1の係合部材(特に摩擦材部分)が高温になっており、係合部材同士をスリップさせることで耐久性低下を引き起こすときである。これが為、スリップ制御量が制限される状況とは、クラッチCL1やブレーキBK1を滑らせておくことができない又はクラッチCL1やブレーキBK1の滑りを小さくせざるを得ない状況のことを云う。スリップ制御量は、係合部材の温度が所定温度以下であれば、通常通り制限が無く、その温度が所定温度よりも高温であれば、その温度が高くなるほど制限が必要になる。その高温時のスリップ制御量は、耐久性の低下を抑えるべく、係合部材の温度が高くなるほど小さくする必要がある。尚、厳密には通常時でも耐久性が低下するので、スリップ制御量は、通常時であっても係合部材の温度が高くなるほど小さくしてもよい。
スリップ制御量を小さくすると云うことは、半係合状態の係合装置による制振制御を行う際に、エンジン始動時の振動の低減量が減ることと同じであり、その振動の増加を招く。これが為、その際には、その低減量の減少分を第1回転機MG1と第2回転機MG2の内の少なくとも一方の制振制御量の増加で補う。ここで、第1回転機MG1又は第2回転機MG2による制振制御は、MG1トルク又はMG2トルクの出力が必要になるので、二次電池の消費を招く。また、この制振制御は、第1回転機MG1又は第2回転機MG2の出力可能な最大値(最大MG1トルク又は最大MG2トルク)の内、制振トルクの分をEV走行中に残しておかなければ、その実施が制限されてしまう虞がある。つまり、この制振制御をエンジン始動時に実施する為には、EV走行中に制振トルクの分だけMG1トルク又はMG2トルクを出力させないので、EV走行の実施可能領域が縮小されてしまう。
ここで、EV走行の実施可能領域とは、単独モータEVモードの場合、EV走行の為に使うことのできる駆動用のMG2トルクとMG2回転数とによって決まる領域である。また、両モータEVモードの場合、第2回転機MG2においては、EV走行の為に使うことのできる駆動用のMG2トルクとMG2回転数とによって決まる領域であり、第1回転機MG1においては、EV走行の為に使うことのできる駆動用のMG1トルクとMG1回転数とによって決まる領域である。図9には、単独モータEVモードの場合のEV走行の実施可能領域を代表して示している。本図において、最大MG2トルクは、第2回転機MG2の定格によって決まる出力可能なMG2トルクの最大値である。また、予備領域とは、最大MG2トルクからEV走行の実施可能領域の駆動用のMG2トルクを減算したMG2トルクの領域であり、前述したクランキングトルクの反力トルクや制振トルクの為の領域である。
EV走行の実施可能領域が縮小される可能性がある場合には、第1回転機MG1又は第2回転機MG2による制振制御の実施を電費やEV走行の実施可能領域の観点から極力減らすことが望ましい。この例示の構成では、第2回転機MG2による制振制御が実施される可能性があるので、最大MG2トルクの中から制振トルクの分だけのMG2トルクをEV走行中に残すことになる。
そこで、HVECU90には、EV走行中のエンジン始動時に半係合状態の係合装置による制振制御を実行する場合、その係合装置のスリップ制御量に応じて第1回転機MG1又は第2回転機MG2の制振制御量を減少させることで、EV走行の実施可能領域を拡大させる。
以下に、そのEV走行の実施可能領域の演算とエンジン始動について図10のフローチャートに基づき説明する。
HVECU90は、実行中の走行モード等の情報に基づいて、自車がEV走行中であるのか否かを判定する(ステップST1)。EV走行中でない場合は、この演算処理を一旦終わらせる。
HVECU90は、EV走行中の場合、動力伝達装置1−1の有する係合装置(この例示の構成ではクラッチCL1とブレーキBK1)のスリップ制御量が制限されるのか否かを判定する(ステップST2)。この判定は、動力伝達装置1−1の有する全ての係合装置を判定対象にしてもよいが、エンジン始動時の振動低減に寄与しない係合装置が存在するならば、それを除外して行うことが望ましい。また、この後のエンジン始動完了後における変速装置20の変速の際に係合させる係合装置が判っている場合、この判定においては、その係合装置のみを判定対象にしてもよい。このステップST2では、判定対象となる係合装置の温度を温度センサ等で直接計測できるのであれば、その計測結果と上述した所定温度とを比較することで判定を行えばよい。一方、その温度を直接計測できない場合には、例えば、動力伝達装置1−1の作動油の油温と所定温度の比較に基づいて判定すればよい。その作動油の油温から動力伝達装置1−1の内部の温度を推定できるからであり、また、その作動油を用いて係合装置の油圧調整装置を作動させるからである。この場合の所定温度については、例えば、係合装置の温度が当該油温と比較される上記の所定温度のときの作動油の油温に設定しておけばよい。
HVECU90は、係合装置のスリップ制御量が制限されると判定した場合、この係合装置を半係合状態に制御して良いのか否か、換言するならば、この係合装置を半係合状態に制御することでEV走行の実施可能領域を拡大させることができるのか否かを判定する(ステップST3)。このステップST3では、係合装置を半係合状態に制御できず、エンジン始動時の振動を第1回転機MG1又は第2回転機MG2(この例示の構成では第2回転機MG2)による制振制御で全て低減させるときのEV走行の実施可能領域(以下、「基準実施可能領域」と云う。)に対して拡大可能か否かを判定する。尚、ここで云うエンジン始動時の振動の全ての低減とは、エンジン始動時の振動を完全に無くすこととは限らず、ドライバビリティ等の観点で許容できる範囲にまでエンジン始動時の振動を減らすことも含んでいる。
図11には、そのEV走行の基準実施可能領域を示しており、図12の左図には、このときのMG2トルクの内訳を示している。EV走行の実施可能領域として基準実施可能領域が設定された場合には、EV走行中に、エンジン始動時の振動を第2回転機MG2による制振制御で全て低減させる為の制振トルクとクランキングトルクの反力トルクとが予備領域のものとして確保されている。尚、図12の右図は、EV走行の実施可能領域が拡大されたときのMG2トルクの内訳を示したものである。
HVECU90は、EV走行の実施可能領域の拡大が可能な場合、係合装置のスリップ制御量が大きいほどEV走行の実施可能領域を拡大させる(ステップST4)。このEV走行の実施可能領域の拡大は、ステップST2で係合装置のスリップ制御量が制限されないと判定された場合にも実施する。EV走行の実施可能領域の拡大は、EV走行に使用できる駆動用のMG2トルクの増大と共に、EV走行に使用できるMG2回転数の領域も拡大させるものである。EV走行の実施可能領域の拡大量(MG2トルクの増大量とMG2回転数の増大量)は、係合装置のスリップ制御量又はスリップ制御の制限量(=通常時のスリップ制御量−制限時のスリップ制御量)に応じて決めればよい。このEV走行の実施可能領域は、スリップ制御量が制限されない場合に最大になる。
図13には、基準実施可能領域に対して拡大されたEV走行の実施可能領域を示している。図12の右図は、このときのMG2トルクの内訳を示したものであり、スリップ制御量が制限されない場合、つまりEV走行の実施可能領域が最大にまで拡大された場合の図である。本図では、エンジン始動時の振動を半係合状態の係合装置で全て低減できる場合を例に挙げている。従って、この場合の実施可能領域の拡大時には、EV走行中に制振トルクを確保しておく必要が無いので、その制振トルクの分だけEV走行の実施可能領域が拡大されている。
ここで、スリップ制御量については、係合装置の温度や作動油の油温等から演算すればよい。また、スリップ制御量は、係合装置の熱吸収量から求めてもよい。後述するスリップ制御の制限量や当該制限量の変化速度についても、その係合装置の温度や作動油の油温等から求めればよい。
一方、HVECU90は、EV走行の実施可能領域の拡大が不可能な場合、EV走行の実施可能領域として基準実施可能領域を設定する(ステップST5)。
HVECU90は、係合装置のスリップ制御の制限量に基づいて、エンジンENGの始動要否を判定する始動判定閾値の演算を行う(ステップST6)。
その始動判定閾値は、要求車両駆動力と比較されるものであってもよく、要求モータトルク(この例示の構成では要求MG1トルクや要求MG2トルクをカウンタドリブンギヤ52のトルクに換算したもの)と比較されるものであってもよい。前者の場合には、EV走行の実施が可能な要求車両駆動力の最大値を始動判定閾値とする。後者の場合には、EV走行の実施が可能なモータトルクの最大値を始動判定閾値とする。この場合には、単独モータEVモードであれば、駆動用のMG2トルク(最大MG2トルクから予備領域分のMG2トルクを減算したもの)をカウンタドリブンギヤ52のトルクに換算したものの最大値が始動判定閾値となり、要求MG2トルクをカウンタドリブンギヤ52のトルクに換算した要求モータトルクと比較される。一方、両モータEVモードのときには、その駆動用のMG2トルクの換算値と駆動用のMG1トルク(最大MG1トルクから予備領域分のMG1トルクを減算したもの)をカウンタドリブンギヤ52のトルクに換算したものとの加算値の最大値が始動判定閾値となり、要求MG1トルクと要求MG2トルクとをカウンタドリブンギヤ52のトルクに換算した要求モータトルクと比較される。
この始動判定閾値は、スリップ制御の制限量そのものを用いて演算してもよく、その制限量の変化速度を用いて演算してもよい。図14には前者の始動判定閾値マップを示し、図15には後者の始動判定閾値マップを示している。図14の始動判定閾値マップは、スリップ制御の制限量が大きくなるほど始動判定閾値を小さくしたものである。この始動判定閾値マップを適用した場合には、制限量が大きいときに、始動判定閾値を下げることで高トルク出力時にエンジンENGが始動しやすくなる。一方、制限量が小さいときには、半係合状態の係合装置でエンジン始動時の振動を全て又はより多く低減させることができるので、始動判定閾値を上げることで、MG1トルク又はMG2トルクにおいて、減らされた制振トルクの分をEV走行の駆動用に充てることができる。従って、このときには、EV走行の実施可能領域を拡大することができる。また、図15の始動判定閾値マップは、スリップ制御の制限量の変化速度が速くなるほど始動判定閾値を小さくしたものである。この始動判定閾値マップにおいては、その変化速度が速いときにEV走行の拡大領域が急速に狭まる可能性が高いので、始動判定閾値を下げることでエンジンENGを始動させやすくしている。
更に、この始動判定閾値は、係合装置のスリップ制御量に基づいて演算してもよい。この場合には、スリップ制御量が大きいほど始動判定閾値を大きくする。これは、上記のスリップ制御の制限量に当て嵌めた場合、その制限量が小さいほど始動判定閾値を大きくすることと同義である。従って、スリップ制御量が大きいほど始動判定閾値を大きくすることで、MG1トルク又はMG2トルクにおいては、減らされた制振トルクの分をEV走行の駆動用に充てることができる。故に、EV走行の実施可能領域は、スリップ制御量が大きいほど始動判定閾値を大きくすることによって拡大が可能になる。
この様に、ここでは、エンジンENGの始動判定閾値をスリップ制御の制限量に基づいて変更している。従って、この動力伝達装置1−1においては、現在の制限量に応じて半係合状態の係合装置による制振制御(スリップ制振制御)とモータトルクによる制振制御の実施割合が変化する(図16)。
HVECU90は、要求モータトルクが始動判定閾値を超えているのか否かを判定する(ステップST7)。始動判定閾値を超えている場合には、HV走行への切り替えが必要になるので、HVECU90がエンジンENGの始動制御を開始する(ステップST8)。一方、始動判定閾値以下の場合には、未だEV走行を続けることができるので、HVECU90がEV走行を継続させる(ステップST9)。この場合には、その後、例えば運転者のアクセルペダルの増し踏み等で要求モータトルクが始動判定閾値を超えたならば、エンジンENGを始動させる。
図17は、このハイブリッドシステム2−1において、単独モータEVモード(エンジンブレーキ不要)からHVハイモードへの切り替えが行われる場合のタイムチャートである。図18は、その場合におけるエンジン始動の際の制振制御時の動力伝達装置1−1の共線図である。各図の実線は、ブレーキBK1によるスリップ制振制御が実施されるときを示している。破線は、スリップ制御の制限によってブレーキBK1によるスリップ制振制御が実施されないときを示している。図18の一点鎖線は、制振制御時におけるブレーキBK1の差回転数の変動を表している。エンジン回転数とMG1トルクの変化は、スリップ制振制御の実施の有無に拘わらず同じである。エンジン始動時の振動は、エンジン回転数がMG1トルク(クランキングトルク)によって上昇し、このエンジン回転数が共振帯に入っているときに発生する。尚、ここでは、クランキング時のコンプレッション振動に伴う共振帯を例示している。
スリップ制振制御が実施される場合(EV走行の実施可能領域が基準実施可能領域に対して拡大される場合)には、要求MG2トルクが始動判定閾値を超えてエンジンENGの始動判定が為されると、切り替え後のHVハイモードに合わせたブレーキBK1への供給油圧を低下させ、解放状態のブレーキBK1を半係合させる(スリップ制御量>0)。そのときの供給油圧は、エンジン回転数を始動許可回転数まで上昇させるのに最低限必要な大きさの油圧であって、例えば差動装置30から入力されるトルクの反力の確保に必要な最低限の大きさの油圧とする。HVECU90は、その供給油圧に応じたブレーキBK1の要求スリップ制御量が確保された後、MG1トルク(クランキングトルク)を出力させることで、エンジン回転数を持ち上げる。その際、第2回転機MG2には、そのMG1トルク(クランキングトルク)の反力トルクの分だけMG2トルクを増加させる。エンジンENGは、エンジン回転数が上昇していくと共振帯に入る。その共振帯を通過している間は、半係合状態のブレーキBK1によってエンジン始動時の振動が低減される。この例示では、そのブレーキBK1によってエンジン始動時の振動が全て低減されるので、MG2トルクで制振トルクを出力する必要がない。ここで、そのブレーキBK1においては、供給油圧を上記の如く設定しているので、更なるトルク変動が生じたとしても、差回転数が変動するので(図18の一点鎖線)、そのトルク変動が動力伝達装置1−1の出力軸に伝達されることがない。HVECU90は、その共振帯を通過し、エンジンENGを始動させた際に、MG1トルクとMG2トルクを減少させ、且つ、ブレーキBK1を完全係合させる(スリップ制御量=0)。
これに対して、スリップ制振制御が実施できない場合(EV走行の実施可能領域として基準実施可能領域が設定されている場合)には、エンジンENGの始動判定が為された後、切り替え後のHVハイモードに合わせて解放状態のブレーキBK1を完全係合させ(スリップ制御量=0)、MG1トルク(クランキングトルク)を出力させることで、エンジン回転数を持ち上げる。その際にも、第2回転機MG2には、そのMG1トルク(クランキングトルク)の反力トルクの分だけMG2トルクを増加させる。エンジンENGは、エンジン回転数が上昇していくと共振帯に入る。HVECU90は、その共振帯を通過している間、エンジン始動時の振動を低減させる為に必要な制振トルクをMG2トルクで出力させる。HVECU90は、その共振帯を通過し、エンジンENGを始動させた際に、MG1トルクとMG2トルクを減少させる。尚、そのエンジンENGの始動判定は、スリップ制振制御が可能な場合と比較して低い要求MG2トルクで行われる。この場合には、制振トルクを確保する為に、駆動用のMG2トルクを減らした状態でEV走行を行っているからである。
以上示した様に、この動力伝達装置1−1とハイブリッドシステム2−1においては、エンジン始動時の振動を低減させる為の係合装置のスリップ制御量が大きいほどにモータトルクによる制振トルクを減らし、その減らした制振トルクの分のモータトルクをEV走行時の駆動用に割り当てることで、EV走行の実施可能領域を拡大させる。従って、この動力伝達装置1−1とハイブリッドシステム2−1に依れば、エンジン始動時の振動低減とEV走行の実施可能領域の拡大とを両立させることができる。例えば、この技術を外部電源による充電が可能なプラグインハイブリッド車両に適用した場合には、エンジン始動時の振動を抑えつつも、可能な限りEV走行の実施可能領域を広げることが可能になる。これが為、この動力伝達装置1−1とハイブリッドシステム2−1は、エンジン始動時のドライバビリティの悪化を抑えることができると共に、エンジンENGの使用頻度を減らしたことに伴う燃費の向上を図ることができる。
ところで、本実施例では、MG1トルク(クランキングトルク)を減少させることで、MG2トルクによる反力トルクも減少させることができるので、その減少分をEV走行中の駆動用に充てることによって、EV走行の実施可能領域を拡大させることができる。そのMG1トルク(クランキングトルク)の減少は、その減少前よりもエンジン回転数を持ち上げてから始動許可回転数になるまでに時間を要するので、共振帯を通過する時間も長引いてしまう。しかしながら、本実施例では、半係合状態の係合装置でエンジン始動時の振動を低減させることができる場合、共振帯を通過する時間が長くなったとしても、MG1トルク(クランキングトルク)の減少に伴うEV走行の実施可能領域の拡大効果の方が高い。例えば、図19の右図には、エンジン始動時の振動を半係合状態の係合装置で全て低減できる場合で、且つ、MG1トルク(クランキングトルク)の減少によってMG2トルクによる反力トルクを減らすことのできる場合を示している。図19の左図は、図12の右図と同じものであり、エンジン始動時の振動を半係合状態の係合装置で全て低減できる場合を示している。これらの各図を比較すると、MG1トルク(クランキングトルク)を減少させることで、EV走行の実施可能領域の拡大が可能になることが判る。
図20には、このハイブリッドシステム2−1において、単独モータEVモード(エンジンブレーキ不要)からHVハイモードへの切り替えが行われる場合であって、MG1トルク(クランキングトルク)を減少させた場合のタイムチャートを示している。本図の実線は、MG1トルク(クランキングトルク)を減少させたときを示している。破線は、MG1トルク(クランキングトルク)を減少させないときを示している。本図においても、クランキング時のコンプレッション振動に伴う共振帯を例示している。
例えば、係合装置のスリップ制御量が大きい場合には、そのスリップ制御量が小さい場合よりもMG1トルク(クランキングトルク)を減少させる。これが為、このときには、その減少前よりも共振帯を通過する時間が長くなる。しかしながら、そのMG1トルク(クランキングトルク)の減少によってMG2トルクによる反力トルクも減少させることができるので、上記の如くEV走行の実施可能領域を拡大させることができ、更にMG1トルク(クランキングトルク)を減少させないときよりも高いトルクでエンジンENGの始動判定を行うことができる。
[変形例1]
前述した実施例の制御は、この変形例の図21に示す構成からなる動力伝達装置1−2及びハイブリッドシステム2−2にも適用可能である。以下に、その構成について説明する。
そのハイブリッドシステム2−2は、図1の構成と同じ様に、エンジンENGと第1回転機MG1と第2回転機MG2とを動力源として備える。
この動力伝達装置1−2及びハイブリッドシステム2−2は、エンジン回転軸111とMG1回転軸112とMG2回転軸113を同心に配置すると共に、これらと同じ同心の差動装置120を有する。その差動装置120は、その各動力源の相互間における動力伝達を可能にするものである。更に、この動力伝達装置1−2及びハイブリッドシステム2−2は、変速装置130を備える。その変速装置130は、MG1回転軸112等に対して間隔を空けて平行に配置した回転軸114を有するものであり、夫々の動力源と駆動輪Wとの間での動力伝達を可能にする。
差動装置120は、差動回転が可能な複数の回転要素からなる遊星歯車機構を備える。その遊星歯車機構としては、シングルピニオン型のもの、ダブルピニオン型のもの、ラビニヨ型のもの等を適用可能である。この例示の差動装置120は、シングルピニオン型の遊星歯車機構を1つ備えた差動装置であり、その回転要素としてのサンギヤSとリングギヤRと複数のピニオンギヤPとキャリアCとを有する。この差動装置120においては、キャリアCとサンギヤSとリングギヤRとが各々エンジンENGと第1回転機MG1と第2回転機MG2とに接続される。キャリアCは、そのキャリア軸115がダンパ装置140を介してエンジン回転軸111に連結されている。サンギヤSは、MG1回転軸112と一体になって回転できるように当該MG1回転軸112に対して連結されている。リングギヤRは、MG2回転軸113と一体になって回転できるように当該MG2回転軸113に対して連結されている。
そのMG2回転軸113には、同心の歯車(外歯歯車)151が固定されている。その歯車151には、歯車152が噛み合わされている。更に、その歯車152には、歯車153が噛み合わされている。リングギヤR(つまりエンジンENGと第1回転機MG1)及び第2回転機MG2は、その歯車151,152,153を介して変速装置130に連結されている。
変速装置130は、複数の変速段を有する多段変速装置である。この例示では、第1及び第2の差動機構131,132と変速調整機構133とによって、前進4段と後進1段の変速装置130が構成される。
第1及び第2の差動機構131,132は、その各々が差動回転の可能な複数の回転要素からなる遊星歯車機構である。その遊星歯車機構としては、シングルピニオン型のもの、ダブルピニオン型のもの、ラビニヨ型のもの等を適用可能である。この例示の第1差動機構131は、サンギヤS1とリングギヤR1と複数のピニオンギヤP1とキャリアC1とを有するシングルピニオン型の遊星歯車機構である。これと同じ様に、第2差動機構132は、サンギヤS2とリングギヤR2と複数のピニオンギヤP2とキャリアC2とを有するシングルピニオン型の遊星歯車機構である。
この第1差動機構131と第2差動機構132との間においては、リングギヤR1とキャリアC2とが回転軸114を介して一体になって回転するよう連結され、且つ、キャリアC1とリングギヤR2とが一体になって回転するよう連結されている。
そのキャリアC1とリングギヤR2には、同心の歯車154が固定されている。その歯車154には、歯車155が噛み合わされている。更に、その歯車155には、差動装置156の歯車(デフリングギヤ)157が噛み合わされている。従って、第1差動機構131と第2差動機構132においては、そのキャリアC1とリングギヤR2が歯車154等を介して駆動軸158及び駆動輪Wに連結される。
変速調整機構133は、変速装置130における所定の回転要素の回転状態や停止状態を調整する5つの係合装置を備える。この例示では、第1及び第2のクラッチCL1,CL2が夫々に第1及び第2の摩擦係合装置として設けられ、第1及び第2のブレーキBK1,BK2が夫々に第3及び第4の摩擦係合装置として設けられている。また、もう1つの係合装置としては、ワンウェイクラッチF1が設けられている。その第1及び第2のクラッチCL1,CL2並びに第1及び第2のブレーキBK1,BK2は、その係合動作又は解放動作がHVECU90によって制御される。
第1及び第2のクラッチCL1,CL2は、摩擦係合式の所謂摩擦クラッチ装置(摩擦係合装置)として構成されたものであり、油圧駆動又は電動によって係合動作又は解放動作を行う。ここで例示する第1及び第2のクラッチCL1,CL2は、油圧調整装置(図示略)が調整した供給油圧によって動作する。
第1クラッチCL1は、歯車153と第1差動機構131とを連結又は解放させる係合装置である。この第1クラッチCL1は、歯車153と一体になって回転する第1係合部材と、第1差動機構131のサンギヤS1と一体になって回転する第2係合部材と、を備える。この第1クラッチCL1は、第1係合部材と第2係合部材とを係合状態に制御することで、歯車153とサンギヤS1とを連結させる。半係合状態の第1クラッチCL1は、第1係合部材と第2係合部材とを滑らせながら、これらを一体回転させない範囲内で歯車153とサンギヤS1の相対回転を許容する。完全係合状態の第1クラッチCL1は、歯車153とサンギヤS1とを一体化させ、この相互間の相対回転を不能にする。一方、この第1クラッチCL1は、第1係合部材と第2係合部材とを解放状態に制御することで、歯車153とサンギヤS1との連結を切り離し、これらの相対回転を許容する。
第2クラッチCL2は、歯車153と第1及び第2の差動機構131,132とを連結又は解放させる係合装置である。この第2クラッチCL2は、歯車153と一体になって回転する第1係合部材と、回転軸114(つまり第1差動機構131のリングギヤR1及び第2差動機構132のキャリアC2)と一体になって回転する第2係合部材と、を備える。この第2クラッチCL2は、第1係合部材と第2係合部材とを係合状態に制御することで、歯車153とリングギヤR1及びキャリアC2とを連結させる。半係合状態の第2クラッチCL2は、第1係合部材と第2係合部材とを滑らせながら、これらを一体回転させない範囲内で歯車153とリングギヤR1及びキャリアC2との相対回転を許容する。完全係合状態の第2クラッチCL2は、歯車153とリングギヤR1及びキャリアC2とを一体化させ、この相互間の相対回転を不能にする。一方、この第2クラッチCL2は、第1係合部材と第2係合部材とを解放状態に制御することで、歯車153とリングギヤR1及びキャリアC2との連結を切り離し、これらの間の相対回転を許容する。
第1差動機構131は、第1クラッチCL1と第2クラッチCL2の内の何れか一方を係合させることで、各回転要素の差動回転を許容することができる。これに対して、この第1差動機構131は、第1クラッチCL1と第2クラッチCL2を共に係合させることで、各回転要素の差動回転を禁止することができる。
第1及び第2のブレーキBK1,BK2は、第1及び第2のクラッチCL1,CL2と同じように、摩擦クラッチ装置(摩擦係合装置)として構成されたものであり、油圧駆動又は電動によって係合動作又は解放動作を行う。ここで例示する第1及び第2のブレーキBK1,BK2は、油圧調整装置(図示略)が調整した供給油圧によって動作する。
第1ブレーキBK1は、第2差動機構132のサンギヤS2と一体になって回転する第1係合部材と、車体側(例えば動力伝達装置1−2のケース等)に固定した第2係合部材と、を有する。つまり、この第1ブレーキBK1は、サンギヤS2の回転を規制するブレーキ装置として設けられている。この第1ブレーキBK1は、第1係合部材と第2係合部材とを係合状態に制御することで、サンギヤS2を車体側に連結して、サンギヤS2の回転を規制する。半係合状態の第1ブレーキBK1は、第1係合部材を第2係合部材に対して滑らせながら、サンギヤS2の回転を停止させない範囲内で規制する。完全係合状態の第1ブレーキBK1は、サンギヤS2の回転を禁止する。一方、この第1ブレーキBK1は、第1係合部材と第2係合部材とを解放状態に制御することで、サンギヤS2と車体側との連結を切り離し、サンギヤS2の回転を許容する。
第2ブレーキBK2は、回転軸114(つまり第1差動機構131のリングギヤR1及び第2差動機構132のキャリアC2)と一体になって回転する第1係合部材と、車体側に固定した第2係合部材と、を有する。つまり、この第2ブレーキBK2は、リングギヤR1とキャリアC2の回転を規制するブレーキ装置として設けられている。この第2ブレーキBK2は、第1係合部材と第2係合部材とを係合状態に制御することで、リングギヤR1とキャリアC2を車体側に連結して、リングギヤR1とキャリアC2の回転を規制する。半係合状態の第2ブレーキBK2は、第1係合部材を第2係合部材に対して滑らせながら、リングギヤR1とキャリアC2の回転を停止させない範囲内で規制する。完全係合状態の第2ブレーキBK2は、リングギヤR1とキャリアC2の回転を禁止する。一方、この第2ブレーキBK2は、第1係合部材と第2係合部材とを解放状態に制御することで、リングギヤR1及びキャリアC2と車体側との連結を切り離し、リングギヤR1とキャリアC2の回転を許容する。
第2差動機構132は、第1ブレーキBK1と第2ブレーキBK2の内の何れか一方を係合させることで、各回転要素の差動回転を許容することができる。これに対して、この第2差動機構132は、第1ブレーキBK1と第2ブレーキBK2を共に係合させることで、各回転要素の差動回転を禁止することができる。
ワンウェイクラッチF1は、第2ブレーキBK2と同じ様に、回転軸114(つまり第1差動機構131のリングギヤR1及び第2差動機構132のキャリアC2)と一体になって回転する第1係合部材と、車体側に固定した第2係合部材と、を有する。このワンウェイクラッチF1は、駆動時にのみ係合状態になるよう構成する。
図22には、この変速装置130における変速段毎の作動係合表を示している。この作動係合表において、丸印「○」は係合状態を表し、空欄は解放状態を表している。また、括弧付きの丸印「(○)」はエンジンブレーキを発生しているときにのみ係合状態となることを表し、三角印「△」は駆動時にのみ係合状態となることを表している。
変速装置130を1速(1st)に変速させる場合には、第1クラッチCL1を係合させる。その際には、エンジントルクとMG1トルクとMG2トルクの内の少なくとも1つがサンギヤS1に伝達されると、リングギヤR1と共に回転軸114が回転してワンウェイクラッチF1を係合させる。これが為、リングギヤR1の回転が止められることになり、サンギヤS1に伝達されたトルクは、キャリアC1を介して駆動輪Wに伝達される。尚、この場合の第2ブレーキBK2は、エンジンブレーキを発生させているときにのみ係合状態となる。
変速装置130を2速(2nd)に変速させる場合には、第1クラッチCL1と第1ブレーキBK1を係合させる。変速装置130を3速(3rd)に変速させる場合には、第1クラッチCL1と第2クラッチCL2を係合させる。変速装置130を4速(4th)に変速させる場合には、第2クラッチCL2と第1ブレーキBK1を係合させる。変速装置130を後進の変速段(R)に変速させる場合には、第1クラッチCL1と第2ブレーキBK2を係合させる。尚、変速装置130をニュートラル状態(N)にする場合は、第1及び第2のクラッチCL1,CL2と第1及び第2のブレーキBK1,BK2を全て解放させる。
本変形例の動力伝達装置1−2及びハイブリッドシステム2−2においても、エンジン始動時の振動を低減させる為の係合装置のスリップ制御量が大きいほどモータトルクによる制振トルクを減らして、EV走行の実施可能領域を拡大させる。この動力伝達装置1−2及びハイブリッドシステム2−2においては、エンジン始動時の振動を低減させる為の係合装置として、例えば、変速装置130よりも各動力源側に配置されている第1及び第2のクラッチCL1,CL2を利用する。例えば、変速装置130が1速から3速の内の何れかの状態でEV走行している場合には、その振動低減の為に半係合状態とする制御対象の係合装置として第1クラッチCL1を利用する。また、変速装置130が4速の状態でEV走行している場合には、その振動低減の為に半係合状態とする制御対象の係合装置として第2クラッチCL2を利用する。
図23には、変速装置130が1速に変速されている状態でのMG2トルクによるEV走行中であって、エンジン始動させる際の制振制御時の動力伝達装置1−2の共線図を示している。本図の実線は、第1クラッチCL1によるスリップ制振制御が実施されるときを示している。破線は、スリップ制御の制限によって第1クラッチCL1によるスリップ制振制御が実施されないときを示している。一点鎖線は、制振制御時における第1クラッチCL1の差回転数の変動に伴うMG2回転軸13での変動を表している。
スリップ制振制御が実施される場合(EV走行の実施可能領域が基準実施可能領域に対して拡大される場合)には、要求MG2トルクが始動判定閾値を超えてエンジンENGの始動判定が為されると、完全係合状態の第1クラッチCL1への供給油圧を低下させ、この第1クラッチCL1を半係合させる(スリップ制御量>0)。そのときの供給油圧は、第1クラッチCL1を半係合状態にしても駆動輪Wの駆動力が抜けない様にする油圧であって、その半係合状態でも駆動トルク(駆動用のMG2トルク)を第1差動機構131に伝達することのできる最低限の大きさの油圧とする。HVECU90は、その供給油圧に応じた第1クラッチCL1の要求スリップ制御量が確保された後、MG1トルク(クランキングトルク)を出力させることで、エンジン回転数を持ち上げる。エンジンENGは、エンジン回転数が上昇していくと共振帯に入る。その共振帯を通過している間は、半係合状態の第1クラッチCL1によってエンジン始動時の振動が低減される。例えば、その第1クラッチCL1によってエンジン始動時の振動が全て低減されるのであれば、この構成においても、MG2トルクで制振トルクを出力する必要がない。ここで、その第1クラッチCL1においては、供給油圧を上記の如く設定しているので、更なるトルク変動が生じたとしても、差回転数が変動する。その変動は、第1クラッチCL1の第1係合部材と連結関係にあるMG2回転軸113に伝わる(図23の一点鎖線)。つまり、そのトルク変動は、動力伝達装置1−2の出力(例えば歯車154)に伝達されない。
これに対して、スリップ制振制御が実施できない場合(EV走行の実施可能領域として基準実施可能領域が設定されている場合)には、エンジンENGの始動判定が為された後、第1クラッチCL1を完全係合状態に保持したままで(スリップ制御量=0)、MG1トルク(クランキングトルク)を出力させ、エンジン回転数を持ち上げる。エンジンENGは、エンジン回転数が上昇していくと共振帯に入る。HVECU90は、その共振帯を通過している間、エンジン始動時の振動を低減させる為に必要な制振トルクをMG2トルクで出力させる。
以上示した様に、この動力伝達装置1−2とハイブリッドシステム2−2は、前述した実施例のものと同様の効果を得ることができる。つまり、この動力伝達装置1−2とハイブリッドシステム2−2においては、エンジン始動時の振動を低減させる為の係合装置のスリップ制御量が大きいほどにモータトルクによる制振トルクを減らし、その減らした制振トルクの分のモータトルクをEV走行時の駆動用に割り当てることで、EV走行の実施可能領域を拡大させる。従って、この動力伝達装置1−2とハイブリッドシステム2−2に依れば、エンジン始動時の振動低減とEV走行の実施可能領域の拡大とを両立させることができる。故に、この動力伝達装置1−2とハイブリッドシステム2−2は、エンジン始動時のドライバビリティの悪化を抑えることができると共に、エンジンENGの使用頻度を減らしたことに伴う燃費の向上を図ることができる。
ところで、前述した実施例では2段の変速段の変速装置20を例示したが、その変速装置20は、3段以上の変速段を有するものであってもよい。また、その変速装置20や変形例の変速装置130では有段変速機を例示したが、変速装置20や変速装置130は、無段変速機であってもよい。また、変速装置20や変速装置130は、有段変速機の場合、例えば、複数の遊星歯車機構の組み合わせと係合装置(ブレーキやクラッチ)により複数の変速段が構成されるものであってもよく、所謂一般的な有段の自動変速機であってもよい。一方、無段変速機の場合には、例えば、ベルト式のものでもよく、ボールプラネタリ式のものでもよい。