以下、火花点火式多気筒エンジンの始動装置の実施形態を図面に基づいて説明する。以下の説明は、例示である。図1に示されるように、エンジン・システムは、エンジン1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。このエンジン・システムは、幾何学的圧縮比が13以上20以下(例えば14)の高圧縮比エンジン1を備える。
エンジン1は、火花点火式4ストローク内燃機関であって、図1には1つのみ図示するが、直列に配置された第1〜第4の4つの気筒11を有する。但し、ここに開示する技術が適用可能なエンジンは、直列4気筒エンジンには限定されない。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、ブロック12の内部に気筒11が形成されている。周知のように、シリンダブロック12には、ジャーナル、ベアリングなどによりクランクシャフト14が回転自在に支持されており、このクランクシャフト14が、コネクティングロッド16を介してピストン15に連結されている。
各気筒11の天井部には、略中央部からシリンダヘッド13の下端面付近まで延びる2つの傾斜面が形成されており、それらの傾斜面が互いに差し掛けられた屋根のような形状をなすいわゆるペントルーフ型となっている。
前記ピストン15は、各気筒11内に摺動自在に嵌挿されており、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。ピストン15の頂面は、前述した気筒11の天井面のペントルーフ型の形状に対応するように、その周縁部から中央部に向かって隆起する台形状に形成されており、これによって、ピストン15が圧縮上死点に到達したときの燃焼室容積を小さくして、13以上の高い幾何学的圧縮比を達成している。ピストン15の頂面にはまた、その概略中心位置に、概ね球面状に凹陥したキャビティ151が形成されている。このキャビティ151は、気筒11の中心部に配設された点火プラグ51に相対するように、配置されており、これによって、燃焼期間を短縮するようにしている。つまり、前述したように、この高圧縮比エンジン1は、ピストン15の頂面が隆起していて、ピストン15が圧縮上死点に到達したときに、ピストン15の頂面と気筒11の天井面との間隔が極めて狭くなるように構成されている。このため、キャビティ151を形成していないときには、初期火炎がピストン15の頂面と干渉して冷却損失が増大し、火炎伝播が阻害されて燃焼速度が遅延してしまう。これに対し、前記のキャビティ151は、初期火炎の干渉を回避して、その成長を妨げないため、火炎伝播が速くなって、燃焼期間が短縮し得る。このことは、ノッキングの抑制に有利になり、点火時期の進角によるトルクの向上に寄与する。尚、ピストン15の冠面形状の詳細は、後述する。
気筒11毎に、吸気ポート18及び排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構30により、排気弁22は排気弁駆動機構40により、それぞれ駆動され、それによって所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉する。
吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、それぞれ吸気カムシャフト31及び排気カムシャフト41を有する。カムシャフト31,41は、周知のチェーン/スプロケット機構等の動力伝達機構を介してクランクシャフト14に連結される。動力伝達機構は、周知のように、クランクシャフト14が二回転する間に、カムシャフト31,41を一回転させる。周知な構成であるため詳細な図示は省略するが、吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は共に、スイングアームを備えたロッカーアーム式に構成されている。
吸気弁駆動機構30は、吸気弁21の開閉時期を変更可能な吸気バルブ位相可変機構32を含んで構成され、排気弁駆動機構40は、排気弁22の開閉時期を変更可能な排気バルブ位相可変機構42を含んで構成される。吸気バルブ位相可変機構32は、この実施形態では、吸気カムシャフト31の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、油圧式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)により構成され、排気バルブ位相可変機構42は、排気カムシャフト41の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、油圧式の位相可変機構により構成されている。吸気バルブ位相可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を変更することにより、有効圧縮比を調整し得るものである。
具体的に、吸気バルブ位相可変機構32は、図8に「VVT作動範囲」として示すように、吸気弁21の閉弁時期を、吸気下死点以降における所定の最進角時期と最遅角時期との間で変更するように構成されている。最進角時期は、例えばABDC30〜50°CAに設定され、最遅角時期は、例えばABDC100〜120°CAに設定される。尚、閉弁時期は、1mmリフト時点で定義する(以下、同じである)。
吸気バルブ位相可変機構32はまた、詳細な図示は省略するが、エンジン駆動のオイルポンプからの油圧の供給を受けて作動するように構成されている。吸気バルブ位相可変機構32は、供給される油圧が所定値以下のときには、吸気弁21の閉弁時期を、最進角時期と最遅角時期との間における所定時期に、ロックするように構成されている。この中間ロック位置は、エンジン1の冷間始動が可能となるよう、有効圧縮比が比較的高くなるような閉弁時期に相当し、図8に例示するように、圧縮行程の中間点(90°CA)から下死点側(例えばABDC70〜90°CA)に設定されている。尚、吸気バルブ位相可変機構32は油圧式に限らず、電動式の吸気バルブ位相可変機構を採用してもよい。
図1に戻り、燃料噴射弁53は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造で、この実施形態ではシリンダヘッド13の一側(図例では吸気側)に取り付けられている。このエンジン1は、燃料を気筒11内に直接噴射する、いわゆる直噴エンジンであり、燃料噴射弁53の先端は、上下方向については吸気ポート18の下方に、また、水平方向については気筒11の中央に位置して、燃焼室17内に臨んでいる。但し、燃料噴射弁53の配置はこれに限定されるものではない。燃料噴射弁53は、この例においては、多噴口(例えば6噴口)型の燃料噴射弁(Multi Hall Injector:MHI)である。各噴口の向きは、図1では図示しないが、気筒11内の全体に燃料が噴射できるように、噴口軸の芯先が広がっている。MHIの利点は、多噴口であるため一噴口の径が小さく、比較的高い圧力で燃料を噴射し得る点、及び、気筒11内の全体に燃料を噴射可能に広がっているため、燃料のミキシング性が高まると共に、燃料の気化・霧化が促進される点にある。従って、吸気行程中に燃料を噴射した場合は、気筒11内の吸気流動を利用した、燃料のミキシング性、及び、気化・霧化の促進の点で有利になる一方、圧縮行程において燃料を噴射した場合は、燃料の気化・霧化の促進により、気筒11内のガス冷却の点で有利になる。尚、燃料噴射弁53の構成の詳細は、後述する。
燃料供給システム54は、燃料を昇圧して燃料噴射弁53に供給する高圧ポンプ(燃料ポンプ)と、この高圧ポンプに対して燃料タンクからの燃料を送る配管やホース等と、燃料噴射弁53を駆動する電気回路と、を備えている。燃料ポンプは、この例ではエンジン1によって駆動される。尚、燃料ポンプを電動ポンプとしてもよい。燃料噴射弁53が多噴口型である場合は、微小な噴口から燃料を噴射するために、燃料噴射圧力は比較的高く設定される。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁53を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、燃料供給システム54は、エンジン回転数が上昇するに伴い燃圧を高く設定する。これは、エンジン回転数が上昇するに伴い、気筒11内に噴射される燃料量も増大するが、燃圧が高くなることで、燃料の気化・霧化に有利になると共に、燃料噴射弁53の燃料噴射に係るパルス幅を可及的に短くするという利点がある。
吸気ポート18は、吸気マニホールド55内の吸気経路55bによってサージタンク55aに連通している。図示しないエアクリーナからの吸気流は、スロットルボデー56を通過してサージタンク55aに供給される。スロットルボデー56にはスロットル弁57が配置されており、このスロットル弁57は、周知のようにサージタンク55aに向かう吸気流を絞って、その流量を調整する。スロットル・アクチュエーター58が、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁57の開度を調整する。
排気ポート19は、排気マニホールド60内の排気経路によって周知のように排気管内の通路に連通している。この排気マニホールド60は、図示を省略するが、各気筒11の排気ポート19に接続された分岐排気通路が、排気順序が隣り合わない気筒同士で第1集合部により集合され、各第1集合部の下流の中間排気通路が第2集合部で集合された構造となっている。すなわち、このエンジン1の排気マニホールド60には、いわゆる4−2−1レイアウトが採用されている。
エンジン1にはまた、その始動時にクランキングを行うためのスターターモータ20が設けられている。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、エアフローセンサ71からの吸気流量及び吸気温度、吸気圧センサ72からの吸気マニホールド圧、互いに一定量だけ位相のずれた2つのクランク角センサ73、74からのクランク角パルス信号、カムシャフトに設けられたカム角センサ79からのカム角信号、水温センサ78からのエンジン水温、というように、種々の入力を受ける。エンジン制御器100は、例えばクランク角パルス信号に基づいて、エンジン回転数を計算する。また、2つのクランク角センサ73、74からのクランク角パルス信号、及び、カム角信号によって、エンジン制御器100は、エンジン1の停止時のピストン15の停止位置の検出、及び、気筒識別を行う。エンジン制御器100は、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ75からのアクセル開度信号を受ける。さらに、エンジン制御器100には、変速機の出力軸の回転速度を検出する車速センサ76からの車速信号が入力される。加えて、シリンダブロック12には、当該シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力する加速度センサからなるノックセンサ77が取り付けられており、その出力信号もエンジン制御器100に入力される。
エンジン制御器100は前記のような入力に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメータを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル・アクチュエーター58、燃料供給システム54、点火システム52、並びに、吸気及び排気バルブ位相可変機構32、42等に出力する。エンジン制御器100はまた、エンジン1の始動時には、スターターモータ20に駆動信号を出力する。
(燃料噴射弁とピストンと点火プラグの詳細構造)
多噴口型の燃料噴射弁とピストンと点火プラグの詳細構造を、図2、3を参照しながら説明する。図2は、多噴口型の燃料噴射弁とピストンと点火プラグの詳細構造を示す斜視図であり、図3は(a)ピストン冠面の平面図と、(b)ピストン冠面のA−A線矢視断面図とである。
図2に示すように、多噴口型の燃料噴射弁53は、先端の噴射面53aが斜め下方に向くように設置しており、ピストン15の冠面152側に向けて複数の噴霧Gを噴射するように構成している。この多噴口型の燃料噴射弁53の噴射面53aには、6つの噴口50…を設けている。具体的には、噴射面詳細図に示すように、上段中央に第一噴口50aを、二段目左右両側に第二噴口50bと第三噴口50cを、三段目左右両端に第四噴口50dと第五噴口50eを、下段中央に第六噴口50fを、それぞれ並ぶように設けている。このように、各噴口50…を設けることで、各噴口50から噴射される噴霧Gを、斜め下方に向かって、筒内に満遍なく均等に噴射することができる。このため、通常運転時の均質燃焼時には、全筒内全てに燃料が行き渡り、効率的に燃焼させることができる。また、後述するように、エンジン自動始動時に、噴射タイミングを適切に制御することで、成層乃至弱成層状態を気筒11内に生成することができる。ここで、成層乃至弱成層状態とは、点火プラグ51周りの混合気の濃度を濃くして、その周囲の混合気を薄くなるように、気筒11内の混合気比率を調整する状態をいう。
また、各噴口50…は、極小の径(例えば、0.1mm程度)で形成されており、この径や向き等によって、各噴口50…からの噴射量や指向方向が決定される。この各噴口50…の指向方向は、各噴口50…の位置に対応して設定されており、第一噴口50aからの第一噴霧Gaが最も上方を指向して、第二噴口50bからの第二噴霧Gbと、第三噴口50cからの第三噴霧Gcがその下方で左右方向を指向して、第四噴口50dからの第四噴霧Gdと、第五噴口50eからの第五噴霧Geがさらにその下方で左右外方側を指向して、第六噴口50fからの第六噴霧Gfが最も下方で中央を指向するように設定されている。なお、第一噴霧Gaは、図2にも示すように、点火プラグ51の電極51aに燃料が付着しないように、電極51aよりも下方位置を指向するように設定されている。
ピストン15は、前述したように、ピストン冠面152にクランク軸方向に沿って対向する一対の傾斜面153a,153bを有する隆起部153を形成している。この隆起部153の傾斜面153a,153bは、前述した燃焼室17のペントルーフ型の天井壁部171(図6参照)に沿うように、ペントルーフ形状で傾斜するように形成している。
また、隆起部153の両側方には、ピストン冠面152の基準面となる水平面部154,155をそれぞれ設けている。そして、この水平面部154,155には、吸気弁21と排気弁22にそれぞれ対応するように、吸気弁リセス154aと排気弁リセス155aを形成している。
この隆起部153の中央に、前述した平面視略円形の凹状キャビティ151を形成している。この凹状キャビティ151は、略半球面状に形成された内周面156と、略水平面状に形成された平底面157とを備えており、ピストン15が上死点に位置した際には、点火プラグ51の電極51aを中心とした略球状の燃焼空間を構成するようにしている。
図3(a)に示すように、吸気側の傾斜面153aには、噴霧を受ける受け面158を形成している。この受け面158は、一段凹んだ平面視略ひょうたん形状の凹部で形成している。この受け面158の上部の一部を、凹状キャビティ151にかかるように形成することで、図3(b)に示すように、凹状キャビティ151の燃料噴射弁側上縁端151aは、反燃料噴射弁側上縁端151bよりも下方側に位置するように形成される。このため、後述するように、燃料噴射弁53から噴射された噴霧(Ga)が、凹状キャビティ151内に、入り易くかつ、出にくいようになる。
なお、図3(a)に示すように、隆起部153の凹状キャビティ151の両側の頂部分には上面部158,158を形成している。この上面部158,158は、外側端をやや下げた傾斜面で構成している。こうすることで、ピストン15が上死点にある場合であっても、気筒11内の上部で吸気側と排気側を連通する連通空間を形成することができる。
次に、図4〜7を参照しながら、前記の構成による燃料噴射形態について説明する。ここでは、後述するエンジン1の自動始動の際に行われる、圧縮行程前中期乃至中期での燃料噴射(図4)と、膨張行程初期での燃料噴射(図5)とについて説明を行う。ここで、圧縮行程前中期乃至中期とは、例えば圧縮行程を、初期、前中期、中期、及び終期の4つに分けたときの、前中期乃至中期としてもよい。また、膨張行程初期とは、同じく、例えば膨張行程を、初期、前中期、中期、及び終期の4つに分けたときの、初期としてもよい。
図4に示すように、圧縮行程前中期乃至中期での燃料噴射では、最下部の第六噴口50fから噴射された第六噴霧Gfが、ピストン冠面152の凹状キャビティ151に入るように設定されている。すなわち、最も下方に指向する第六噴霧Gfが、気筒11内の側壁面11a(ライナー)に到達(付着)することなく、ピストン冠面152に指向するように噴射されるのである。
このように、第六噴霧Gfがピストン冠面152を指向するように、燃料が噴射されることで、気筒11内で最も温度が低い側壁面11a(ライナー)の下部11a1に、燃料が付着することがなく、圧縮行程中期以前で噴射する燃料の気化・霧化を促進することができる。このため、排気ガスに未燃ガスであるHCが含有されることを防ぐことができる。
図5に示すように、膨張行程初期での燃料噴射では、最上部の第一噴口50aから噴射された第一噴霧Gaがピストン冠面152の凹状キャビティ151を指向するように設定されている。すなわち、最も上方に指向する第一噴霧Gaが、凹状キャビティ151の内周面156に指向するように設定されているのである。
一方、第二噴霧Gbや第三噴霧Gcは、凹状キャビティ151手前の傾斜面153a(具体的には受け面158)に指向するように設定されている。もっとも、このように、第二噴霧Gb、第三噴霧Gcが受け面158に指向しても、第二噴霧Gbと第三噴霧Gcは凹状キャビティ151内に入ることになる。すなわち、受け面158に衝突して勢いが弱まった第二噴霧Gbと第三噴霧Gcは、第一噴霧Gaが通過した後に発生する負圧によって、凹状キャビティ151内に引き込まれるのである。
この引き込み挙動について、図6の模式図を利用して説明する。図6の(a)は噴射直後の側面模試図、(b)はその後の側面模式図である。(a)に示すように、第一噴霧Gaは、凹状キャビティ151の略半球面状の内周面156に、指向するように噴射される。このため、第一噴霧Gaは、(b)に示すように、内周面156の円弧状傾斜面156aに案内されて、上方にスムーズに反転して、点火プラグ51側(天井壁部171側)に向かうことになる。
一方、(a)に示すように、第二噴霧Gb(第三噴霧Gc)は、受け面158に指向するように噴射される。このため、第二噴霧Gb(第三噴霧Gc)は、受け面158に衝突して勢いが弱まり、受け面158の上方を漂うことになる。しかし、(b)に示すように、第一噴霧Gaが通過した後には、凹状キャビティ151内に引き込む負圧が発生しているため、第二噴霧Gb(第三噴霧Gc)は、この負圧によって、凹状キャビティ151内に引き込まれるのである。
このように、第二噴霧Gbと第三噴霧Gcが凹状キャビティ151に引き込まれることで、点火プラグ51周りに、濃い混合気を多く位置させることができる。そして、第一噴霧Gaだけでなく、第二噴霧Gbや第三噴霧Gcも、凹状キャビティ151内に引き込むことで、より多くの混合気を点火プラグ51周りに位置させることができる。
また、図7の噴射状態を示した平面図にも示すように、第二噴霧Gbと第三噴霧Gcは、傾斜面153aから一段凹んだ受け面158に噴射されるため、側方側(ライナー側)に漏れることがなく、確実に凹状キャビティ151内に案内されることになる。また、この図に示すように、第二噴霧Gbと第三噴霧Gcの指向方向(延長線を一点鎖線で示す)を、平面視で凹状キャビティ151に重なるように設定しているため、前述の負圧による引き込み効果をより生じ易くしている。
こうして、膨張行程初期で燃料を噴射した場合には、成層乃至弱成層化が図られ、着火性が高まることになる。
尚、ここでは、6噴口の燃料噴射弁53を採用しているが、燃料噴射弁の噴口数は、これよりも少なくても、また、これよりも多くてもよい。また、燃料噴射弁の噴口数に応じて、ピストン15の冠面の構成を適宜変更すればよい。
(エンジンの自動停止及び自動始動制御)
このエンジン・システムは、予め設定されたエンジン停止条件が成立したときに、燃料噴射弁53からの燃料の噴射を中止すると共に、点火プラグ51の点火動作を停止することにより、自動的にエンジン1を停止させる。また、エンジン1の自動停止後にエンジン1の再始動条件が成立したときに、エンジン1を自動的に再始動させる制御を実行する。ここで、エンジン1の再始動条件には、例えばアクセル・ペダルを踏み込む等の運転者の発進要求に関係する条件と、空調装置のスイッチをオンにすることや、バッテリ電圧が低下することといった、運転者の発進要求以外の条件とが含まれる。
エンジン1の自動停止時には、圧縮行程にある気筒11及び膨張行程にある気筒11において、ピストン15が上死点方向に移動する際の抵抗を大きくすべく、少なくともこれらの気筒11に対する吸気量を増大させ、特に膨張行程となる気筒11に対してより多く吸気を供給するように、スロットル弁57をエンジン1の停止動作期間中における所定期間だけ所定の開状態とする制御を実行する。
自動停止状態となったエンジン1を再始動させる際には、エンジン制御器100(つまり、自動始動手段に相当する)が、スターターモータ20をエンジン1の再始動開始時点から作動させつつ、下記の燃焼制御を実行する再始動制御を行う。
以下、エンジン制御器100が実行をする再始動制御について、図8〜10を参照しながら詳細に説明する。図8は、エンジン1の自動停止から自動始動を経て始動完了に至るまでの、エンジン回転数の変化の一例(上図)及び吸気バルブ位相可変機構32によって設定される吸気弁21の閉弁時期を示している。また、図9は、運転者の発進要求に係るエンジン1の自動始動時における、各気筒11のサイクル、吸気弁21のリフトカーブ、並びに、燃料噴射及び点火時期を例示する図であり、同図(a)は、自動始動時のエンジンの温度状態が所定温度以上の高温状態にあるときに対応し、(b)は、自動始動時のエンジンの温度状態が所定温度未満の低温状態にあるときに対応する。この所定温度は、35〜40℃程度に適宜設定され、この例では、水温センサ78によって検知されたエンジン水温に基づいてエンジン1の始動時の温度状態を検知する。尚、エンジン水温の代わりに、エンジンオイルの温度(つまり、油温)に基づいて、エンジン1の始動時の温度状態を検知してもよい。尚、ここでいう低温状態は、エンジン1の自動停止を行う条件下においての低温状態を意味する。また、図10は、運転者の発進要求以外の条件が成立したエンジン1の自動始動時における、各気筒11のサイクル、吸気弁21のリフトカーブ、並びに、燃料噴射及び点火時期を例示する図である。
先ず、前述したように、エンジン1の自動停止条件が成立してエンジン1が自動停止した後には、オイルポンプの駆動が停止するため、吸気バルブ位相可変機構32に供給される油圧が所定値以下になる。吸気バルブ位相可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を中間ロック位置に固定する。これによって、図8に示すように、吸気弁21の閉弁時期は、圧縮行程における中間点よりも下死点側に設定されるから、エンジン1の始動時には、有効圧縮比は比較的高くなる。
運転者がアクセル・ペダルの踏み込み等を行い、運転者の発進要求に係るエンジン1の自動始動条件が成立して自動始動を行うときであって、エンジン1の温度状態が所定温度以上の高温状態にあるときには、図9(a)に示すように、エンジン1の停止時点で、膨張行程にある#2気筒、及び、圧縮行程にある#1気筒に、所定のタイミングで燃料噴射F1,F2を行い、点火S1,S2を順次行うことによりエンジン1を正転方向に駆動する。このように、膨張行程及び圧縮行程にある気筒11に対して燃料噴射と燃焼とを行うことにより、エンジン1の迅速な始動が可能になる。
エンジン1の高温始動時に、何れかの気筒が上死点を超えた次の行程から圧縮行程となる#3気筒(つまり、エンジン1の停止時点で吸気行程にある気筒11)においては、比較的高温の吸気を吸い込んで圧縮する上に、前述の通り、吸気バルブ位相可変機構32が、吸気弁21の閉弁時期を中間ロック位置に固定していて有効圧縮比が比較的高くなっていることから、圧縮端温度及び圧縮端圧力が共に高くなる。こうした#3気筒に対して、圧縮行程中に燃料噴射を行ったのでは、過早着火を招く虞がある。尚、図9におけるLiは、吸気弁21のリフトカーブを概念的に示している。
そこで、このエンジン1においては、高温始動時には、エンジン1の停止時点で吸気行程にある気筒(図例では#3気筒)の初回の燃料噴射から所定回数の燃料噴射を、膨張行程初期になるよう遅角設定する。図例では、エンジン1の停止時点で吸気行程にある#3気筒の初回の燃料噴射F3、排気行程にある#4気筒の初回の燃料噴射F4、及び、膨張行程における#2気筒の2回目の燃料噴射F5をそれぞれ、膨張行程初期に設定している。具体的には、燃料噴射の開始を、ATDC0〜20°CAの範囲で適宜設定すればよい。燃料噴射開始時期の一例としては、ATDC10°CAである。このことにより、圧縮行程中の過早着火は確実に回避される。一方で、エンジン1の温度状態が比較的高い状態にあるため、膨張行程初期のタイミングで気筒11内に燃料を噴射しても、その燃料を、速やかに気化・霧化させることが可能である。
そしてその燃料噴射の完了後、点火を行う。点火時期S3、S4、及びS5はそれぞれ、ここでは、膨張行程初期に設定される。点火時期は、燃料噴射開始時期に基づいて設定すればよい。例えば燃料噴射開始時期に対して10〜40°CA程度遅れた時期に設定してもよい。点火時期の一例としては、ATDC30°CAである。前述の通り、気筒11内に噴射した燃料が速やかに気化・霧化することから、点火時期をできるだけ早めることが可能であり、点火時期の進角化は、膨張行程期間内での燃焼時期を早めて、始動トルクを高める。これは、エンジン1の迅速な始動に有利になる。
こうして、遅角設定をした燃料噴射を数回実行することで、エンジン1の始動時にサージタンク55a内等に存在していた比較的高温の吸気が、これら#3、#4及び#2気筒に吸い込まれる結果、その後に、#1気筒に吸い込まれる吸気の温度は、相対的に低下し得る。このことは、圧縮端温度を低下させて、過早着火の発生を抑制する上で有利になる。そこで、#1気筒についての2回目の燃料噴射F6以降は、その噴射時期を、膨張行程初期ではなく圧縮行程中に設定し、圧縮上死点付近において点火を行う。但し、圧縮端温度が比較的高く、圧縮行程中に燃料噴射を行うと過早着火が生じる虞があるときには、燃料噴射F6以降においても、燃料噴射を膨張行程初期に行う遅角設定を継続してもよい。
そして、エンジン1の始動が開始することでオイルポンプの駆動が開始し、吸気バルブ位相可変機構32に対し所定値以上の油圧が供給されるようになり、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になる。図4に示すように、エンジン回転数がN1となってエンジン1の始動が完了する前に、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になったときには、始動完了までは吸気バルブ位相可変機構32を非作動のままにしてもよいし(つまり、中間ロックを維持する)、始動完了前に吸気バルブ位相可変機構32を作動させて有効圧縮比を適宜変更してもよい。例えば高温始動時には、有効圧縮比を下げて過早着火を確実に回避するようにしてもよい。
以上説明したようなエンジン1の高温状態での自動始動の制御に対し、エンジン1の温度状態が所定温度未満の低温状態での自動始動時には、図9(b)に例示するような制御が行われる。つまり、低温状態での始動時には、高温状態での始動時と同様に、吸気バルブ位相可変機構32が、吸気弁21の閉弁時期を中間ロック位置に固定することで有効圧縮比が比較的高くなる。これは、低温始動時においては、始動性の向上に有利になる。また、エンジン1の低温状態では、気筒11内に吸い込まれる吸気の温度が比較的低くなるため、圧縮端温度はその分低くなる。そのため、過早着火は生じ難い。一方で、前記と同様に膨張行程初期に燃料を噴射したときには、気筒11内の高圧雰囲気中に燃料を噴射することで、気化・霧化の促進は図られるものの、気筒11内の温度が低い分だけ、エンジン1が高温状態にあるときと比較して燃料の気化・霧化には不利になる。尚、ここでいう低温状態は、エンジン1の自動停止を行う条件下においての低温状態を意味する。
しかしながらこのエンジン・システムでは、前述の通り、多噴口型の燃料噴射弁53、ピストン15、及び点火プラグ51の構成を工夫することで、膨張行程初期に燃料を噴射したときに、点火プラグ51周りの混合気の濃度を濃くして、その周囲の混合気を薄くすることが可能である(図5〜7参照)。こうして燃焼室17内を、成層乃至弱成層化することにより、着火性を高めて安定燃焼が可能になる。
具体的に低温始動時には、図9(b)に示すように、先ず、エンジン1の停止時点で膨張行程にある#2気筒、及び、圧縮行程にある#1気筒のそれぞれについて、所定のタイミングで燃料噴射F1,F2を行い、点火S1,S2を順次行うことによりエンジン1を正転方向に駆動する。
その後、エンジン1の停止時点で吸気行程にある#3気筒、排気行程にある#4気筒、そして#2気筒については、高温始動時と同様の膨張行程初期での燃料噴射の他に、圧縮行程中期以前の燃料噴射を行う。すなわち、これらの気筒については、前段噴射F3−1、F4−1、F5−1と主噴射F3−2、F4−2、F5−2とを含む分割噴射を行う。前段噴射を行うことにより、気筒11内に噴射する燃料の一部については、比較的高い混合気形成期間を確保することが可能になる。尚、前段噴射は、圧縮行程の中期以前であればよく、圧縮行程の初期、前中期、及び中期の他に、吸気行程中に行ってもよい。その上で、膨張行程初期の主噴射を行うことにより、良好な弱成層状態を気筒11内に生成することが可能になる。
そして、主噴射の完了後に点火S3、S4及びS5を行う。このことで、着火性を高めて安定燃焼が実現する。これは、低温始動時における始動性を高めて、迅速始動を可能にする。このように、高温始動時の燃料噴射と低温始動時の燃料噴射(つまり、主噴射)とは、膨張行程初期に行う点で一致するものの、高温始動時においては自動始動時の過早着火の回避に有効となるのに対し、低温始動時においては、迅速始動に有効となるのである。
そうして、#1気筒についての2回目の燃料噴射F6以降は、膨張行程初期での燃料噴射を行わず、噴射時期を圧縮行程中に設定し、圧縮上死点付近において点火を行う。これにより、トルクを高めて、エンジン1の始動を早期に完了させる。
このような低温始動において、前述の通り、エンジン1の始動完了前に、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になった場合も、始動完了までは吸気バルブ位相可変機構32を非作動のままにしてもよいし、始動完了前に吸気バルブ位相可変機構32を作動させて有効圧縮比を適宜変更してもよい。例えば低温始動時には、有効圧縮比を高めて、エンジン1の始動をさらに促進してもよい。
また、エンジン1の温度状態の高低にかかわらず、エンジン1の始動が完了した後は、エンジン1の運転状態に対応するように、吸気バルブ位相可変機構32を作動させればよい。例えばエンジン1が低負荷の運転領域へと移行したときには、吸気弁21の閉弁時期を、ABDC90°CAを超えるように設定すればよい。
また、前述した運転者の発進要求に係る自動始動条件が成立したときのエンジン1の自動始動に対し、運転者の発進要求以外の自動始動条件が成立したときには、エンジン1の迅速始動が要求されない。そこで、運転者の発進要求以外の自動始動条件が成立したときには、図10に示すような制御を行う。つまり、図9(a)に示す運転者の発進要求に係る自動始動条件が成立したときと比較して、燃料噴射F1〜F4及び点火S1〜S4を省略し、エンジン1の停止時点において膨張行程にある#2気筒が圧縮行程となった以降で、燃料噴射(つまりF5)及び点火(つまりS5)を開始する。こうすることで、特に高温始動時においては、高温の吸気を吸い込んだ気筒11内に燃料を噴射することにはならないから、過早着火を回避することが可能になる。
尚、前述したエンジン1の自動始動時には、スターターモータ20を駆動しているものの、特に運転者の発進要求に係る始動条件が成立して自動始動を行うときには、スターターモータ20の駆動を省略することも可能である。