ところで、吸気弁の開弁時期及び閉弁時期を変更可能なバルブ位相可変機構を備えたエンジンにおいて、特にそのバルブ位相可変機構が、エンジン駆動の油圧供給源から供給された油圧によって作動する構成であるときには、エンジンの始動時(尚、ここでのエンジン始動は、前述した自動停止後の再始動のみならず、運転者のキーオンによる強制始動も含む)の少なくとも初期には、所定の油圧が得られないため、吸気弁が所定の時期で閉弁するようにロックされる。この吸気弁のロック位置は、具体的には、エンジンの冷間始動が可能となるように、有効圧縮比が比較的高くなる閉弁時期、つまり、圧縮行程の、相対的に吸気下死点に近い時期で吸気弁を閉じるよう設定される場合がある。尚、有効圧縮比とは、吸気弁閉弁時の気筒内容積と、ピストンが上死点にあるときの気筒内容積(つまり、燃焼室の容積)との比である。
一方で、吸気弁を駆動する吸気弁駆動機構が、バルブ位相可変機構と同様に、エンジン駆動の油圧供給源から供給された油によってバルブクリアランスをゼロにするハイドロリックラッシュアジャスタ(HydraulicLash Adjuster:HLA)を備えた構成であるときには、エンジンの始動時にはHLAの油が抜けているため、バルブクリアランスが大きくなってしまう。つまり、HLAは、その内部の油室にエンジンオイルを充填することで伸長をし、バルブクリアランスをゼロにする一方で、油室にエンジンオイルが充填されていない状態では縮退したままとなり(以下、この状態を、HLAの沈み込み状態という場合がある)、バルブクリアランスが大きくなるのである。バルブクリアランスが大きくなることは、吸気弁のリフト量を全体に低下させかつ、その開弁期間を短くする。
そのため、バルブ位相可変機構のロック位置を、有効圧縮比が比較的高くなるよう吸気下死点に近い時期に設定していた場合、エンジンの自動始動時には、HLAの沈み込みも発生するため、吸気弁の閉弁時期が実質的に進角し、有効圧縮比がさらに高くなる。その結果、特にエンジンの温度が比較的高い状態で自動始動をしようとしたときに、気筒内の温度が高くなることと、高い有効圧縮比とが組み合わさって、圧縮端温度及び圧縮端圧力が共に高くなり、過早着火を招き易いという問題がある。
この点につき、特許文献1、2に記載されているように、気筒内への燃料噴射の形態を工夫することは、過早着火の回避にはある程度有効であるものの、これらの対策は、始動トルクが低下し得るから、エンジンの始動性の低下を招く。特に、自動停止後の再始動時には、エンジンの温度状態が比較的高いため、高い有効圧縮比と相まって過早着火を招き易い一方で、より迅速な始動が求められる。
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、火花点火式の多気筒エンジンの自動始動時に、過早着火の回避と迅速始動とを両立することにある。
ここに開示する技術は、火花点火式多気筒エンジンの始動装置に係る。この始動装置は、複数の気筒を有する多気筒エンジンと、前記気筒内に燃料を噴射するように構成された燃料噴射弁と、前記気筒内の混合気に点火をするように構成された点火プラグと、前記気筒内に吸気を導入するための吸気弁のバルブクリアランスを、油の供給を受けてゼロにするよう構成されたハイドロリックラッシュアジャスタと、前記吸気弁の閉弁時期を、吸気下死点以降における所定の最進角時期と所定の最遅角時期との間で変更するように構成された、油圧駆動式のバルブ位相可変機構と、前記ハイドロリックラッシュアジャスタ及び前記バルブ位相可変機構に油圧を供給するように構成された油圧供給機構と、所定の条件下で自動停止した前記エンジンを、所定の条件成立によって自動始動する際に、少なくとも前記燃料噴射弁、前記点火プラグ、及び前記バルブ位相可変機構を制御するように構成された自動始動手段と、を備える。
そして、前記自動始動手段は、前記複数の気筒について順次、燃料噴射と点火とを行って、前記エンジンを自動始動させ、前記バルブ位相可変機構は、供給される油圧が所定値以下のときには、前記吸気弁の閉弁時期を所定時期にロックするよう構成されており、当該所定時期は、1mmリフト時点で定義した前記吸気弁の閉弁時期が、圧縮行程の中間点よりも上死点側となる時期でかつ、前記ハイドロリックラッシュアジャスタへの油の未供給による沈み込みに伴い実際の閉弁時期が圧縮行程の中間点よりも下死点側となるような時期に設定されている。
この構成によると、所定の条件が成立して自動停止したエンジンを、所定の条件が成立して自動始動する際には、油圧駆動式のバルブ位相可変機構に供給されている油圧は所定値未満となり得るため、吸気弁の閉弁時期が所定時期にロックされる。つまり、1mmリフト時点で定義した吸気弁の閉弁時期が、圧縮行程の中間点よりも上死点側となる時期である。このロック位置では、有効圧縮比が比較的低くなるため、特にエンジンの温度状態が比較的低い低温状態での再始動時には、始動性が低下する虞がある。
ところが、エンジンを自動始動する際には、ハイドロリックラッシュアジャスタに油が未供給となることで沈み込み状態となり、吸気弁のリフト量が全体に低くなると共に、開弁期間が短くなる。その結果、吸気下死点以降に設定される吸気弁の閉弁時期は進角することになる。そのため、吸気弁の実質的な閉弁時期は、圧縮行程の中間点よりも下死点側となる。これにより、有効圧縮比が比較的高くなるから、自動始動時におけるエンジンの温度が比較的低い低温状態でも、比較的高い圧縮端温度及び圧縮端圧力を確保して、エンジンの始動を迅速に行うことが可能になる。一方で、ハイドロリックラッシュアジャスタの沈み込みを見越してバルブ位相可変機構のロック位置を設定していることで、有効圧縮比が大幅に高くならないから、自動始動時におけるエンジンの温度が比較的高い高温状態であっても、過早着火が抑制される。
ここで、エンジンの自動始動時には、エンジンの停止時点において膨張行程及び圧縮行程にある気筒内に、まず燃料を噴射しかつ点火を行うと共に、それらの行程に続いて圧縮行程となる、エンジンの停止時点において吸気行程及び排気行程にある気筒内にも、続けて燃料を噴射しかつ点火を行うようにしてもよい。このように燃料噴射を速やかに開始することは、エンジンの迅速始動には有利になる一方で、高温の吸気を吸い込んだ気筒内に燃料を噴射することになるから、過早着火には不利になる。しかしながら、前述の通り、ハイドロリックラッシュアジャスタの沈み込みを見越して、バルブ位相可変機構のロック位置を適切に設定することによって、過早着火の発生を有効に回避することが可能になる。
前記油圧供給機構は、前記エンジンによって駆動される機械駆動式のオイルポンプを有している、としてもよい。つまり、前述した構成は、エンジンの自動始動時に、少なくともバルブ位相可変機構に油圧が供給されないような構成において、低温始動時の始動性の向上と、高温始動時の過早着火の抑制とを共に達成する点で有効である。
前記自動始動手段は、前記エンジンの自動始動時の温度状態が所定の高温状態にあるときには、前記複数の気筒の内の少なくとも、当該エンジンの停止時点において吸気行程にある気筒の燃料噴射時期を、前記高温状態よりも温度が低い低温状態にあるときの燃料噴射時期よりも遅い、圧縮行程終期から膨張行程初期になるよう遅角設定すると共に、点火時期を前記燃料噴射の完了後に設定する、としてもよい。
ここで、「圧縮行程終期」は、圧縮行程を、例えば初期、前中期、中期、及び終期の4つに分けたときの、終期としてもよい。また、「膨張行程初期」は、膨張行程を、例えば初期、前中期、中期、及び終期の4つに分けたときの、初期としてもよい。
前記の構成によると、吸気弁のバルブ位相可変機構が、吸気弁の閉弁時期をロックすると共に、ハイドロリックラッシュアジャスタが沈み込むことによって、エンジンの自動始動時には、有効圧縮比は比較的高くなる。
そうして、エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度以上の高温状態にあるときには、比較的高い有効圧縮比と、高い温度状態とが組み合わさって、過早着火が生じ易い条件となる。そこで、自動始動手段は、複数の気筒の内の少なくとも、エンジンの停止時点において吸気行程にある気筒の燃料噴射時期を、圧縮行程終期から膨張行程初期になるよう遅角設定する。エンジンの停止時点において吸気行程にある気筒は、エンジンの始動時に高温の吸気を圧縮して圧縮端温度が高まるものの、気筒内への燃料の噴射時期をできるだけ遅らせることにより、圧縮行程中の過早着火を抑制することが可能になる。好ましくは、圧縮上死点以降の膨張行程初期にすることである。こうすることで、圧縮行程中には、気筒内に燃料が存在しないから、過早着火が確実に回避される。このように燃料噴射時期を遅角設定しても、エンジンの温度状態が高くかつ、有効圧縮比が高いことによって、気筒内に噴射した燃料は速やかに気化・霧化し得る。そのため、燃料噴射の完了後、速やかに点火をすることが可能になる。このことは、燃焼期間をできるだけ圧縮上死点に近づけて、始動トルクを高める上で有利になる。
前述したように、エンジンの自動始動時には、エンジンの停止時点において膨張行程及び圧縮行程にある気筒内に、まず燃料を噴射しかつ点火を行うと共に、それらの行程に続いて圧縮行程となる、エンジンの停止時点において吸気行程及び排気行程にある気筒内にも、続けて燃料を噴射しかつ点火を行うことが好ましい。この場合、エンジンの停止時点において吸気行程にある気筒は、前述の通り、気筒内の高温の空気を圧縮することになるため、過早着火が生じ易い条件となる。従って、気筒内への燃料噴射時期を遅角設定することが過早着火を回避する上で好ましい。また、エンジンの停止時点において排気行程にある気筒は、エンジンの停止時点において吸気行程にある気筒に続いて圧縮行程に至るため、この気筒もまた、比較的温度の高い空気を気筒内に導入して圧縮することになり得る。そのため、エンジンの停止時点において排気行程にある気筒についても、その燃料噴射時期を遅角設定してもよい。
一方、エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度未満の低温状態にあるときには、吸気の温度が低くなるため、過早着火が発生し難い条件となる一方で、気筒内に噴射した燃料の気化・霧化には不利になる。そこで、低温状態にあるときには、燃料噴射時期を相対的に進角させることが好ましい。こうすることで、混合気の形成期間を長く確保して、圧縮上死点付近での燃焼が可能になり、始動トルクを高めて迅速始動が可能になる。
前記油圧供給機構は、前記エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度よりも低いときには少なくとも、前記ハイドロリックラッシュアジャスタへ油圧が供給される前に、前記バルブ位相可変機構に油圧を供給し、前記自動始動手段は、前記吸気弁の閉弁時期を、ロックされた前記所定時期よりも進角させる。
エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度よりも低いときには、圧縮端温度が比較的低くなるため、過早着火の回避には有利になるから、有効圧縮比をさらに高めることも可能になる。
一方で、エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度よりも低いときには、エンジンオイルの温度も低く、それに伴いオイルの粘性が高くなるから、油圧の上昇は急峻になる。
そこで、エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度よりも低いときには特に、油圧の急速な上昇を利用して、ハイドロリックラッシュアジャスタへ油圧が供給される前に、バルブ位相可変機構が作動可能となるように油圧を供給する。そうして、バルブ位相可変機構が作動可能になれば、吸気弁の閉弁時期を、ロックされた所定時期よりも進角させることで、有効圧縮比をさらに高める。その結果、エンジンの自動始動時の温度状態が所定温度よりも低いときに、始動トルクを高めて、迅速始動に有利になる。
前記自動始動手段は、前記エンジンの温度状態が前記所定温度よりも低いときには、前記吸気弁の閉弁時期を、前記所定温度以上のときの閉弁時期よりも進角させる、としてもよい。
前述の通り、自動始動時におけるエンジンの温度状態が所定温度よりも低いときには、過早着火の回避には有利になるから、有効圧縮比を高めて始動性を高めることが好ましい。これに対し、自動始動時におけるエンジンの温度状態が所定温度以上のときには、有効圧縮比を高めることは過早着火を招く虞がある。そこで、前述の通り、バルブ位相可変機構を速やかに作動可能にしたときであって、エンジンの温度状態が前記所定温度よりも低いときには、吸気弁の閉弁時期を相対的に進角させてもよい。尚、エンジンの温度状態が前記所定温度以上のときには、吸気弁の閉弁時期を進角させてもよいし、開弁時期を維持してもよいし、開弁時期を遅角させてもよい。
前記自動始動手段は、前記エンジンを、運転者の発進要求以外の条件成立により始動させるときには、停止時点において膨張行程にある気筒が圧縮行程となった以降で燃料噴射を開始する、としてもよい。
つまり、アクセル・ペダルの踏み込み等による運転者の発進要求があったときに、エンジンを自動始動させるときには、迅速始動が要求されるため、エンジンの停止時点において膨張行程にある気筒及び圧縮行程にある気筒にそれぞれ燃料を噴射し、順次点火を行うことが好ましい。このように燃料噴射を速やかに開始することは、迅速始動に有利になる。
これに対し、運転者の発進要求以外の条件成立、例えば空調装置のスイッチがオンになったり、バッテリ電圧が低下したりしたときに、エンジンを自動始動させるときには、迅速始動は要求されない。そこで、停止時点において膨張行程にある気筒が圧縮行程となった以降で、気筒内への燃料噴射を開始する。こうすることで、エンジンの自動始動時に燃料噴射を開始するタイミングは遅れるため、エンジンの始動性は低下する一方で、例えば停止時点において吸気行程にある気筒や、排気行程にある気筒は、吸気を一度吸い込んで吐き出した後の、2回目の吸気以降で燃料の噴射を行うことになるから、気筒内に導入する吸気の温度が低下し、圧縮端温度がその分、低下するから、過早着火をより確実に回避することが可能になる。
以上説明したように、前記の火花点火式多気筒エンジンの始動装置は、油圧駆動式のバルブ位相可変機構のロック位置を、1mmリフト時点で定義した吸気弁の閉弁時期が、圧縮行程の中間点よりも上死点側となる時期でかつ、ハイドロリックラッシュアジャスタへの油の未供給による沈み込みに伴い実際の閉弁時期が圧縮行程の中間点よりも下死点側となるような時期に設定することで、エンジンの自動始動時には、比較的高い有効圧縮比が確保されるから、エンジンの温度状態が低いときには、迅速始動が可能になる一方で、有効圧縮比が高すぎないため、エンジンの温度状態が高いときには、過早着火を回避することが可能になる。
以下、火花点火式多気筒エンジンの始動装置の実施形態を図面に基づいて説明する。以下の説明は、例示である。図1に示されるように、エンジン・システムは、エンジン1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。このエンジン・システムは、幾何学的圧縮比が13以上20以下(例えば14)の高圧縮比エンジン1を備える。
エンジン1は、火花点火式4ストローク内燃機関であって、図1には1つのみ図示するが、直列に配置された第1〜第4の4つの気筒11を有する。但し、ここに開示する技術が適用可能なエンジンは、直列4気筒エンジンには限定されない。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、ブロック12の内部に気筒11が形成されている。周知のように、シリンダブロック12には、ジャーナル、ベアリングなどによりクランクシャフト14が回転自在に支持されており、このクランクシャフト14が、コネクティングロッド16を介してピストン15に連結されている。
各気筒11の天井部には、略中央部からシリンダヘッド13の下端面付近まで延びる2つの傾斜面が形成されており、それらの傾斜面が互いに差し掛けられた屋根のような形状をなすいわゆるペントルーフ型となっている。
前記ピストン15は、各気筒11内に摺動自在に嵌挿されており、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。ピストン15の頂面は、前述した気筒11の天井面のペントルーフ型の形状に対応するように、その周縁部から中央部に向かって隆起する台形状に形成されており、これによって、ピストン15が圧縮上死点に到達したときの燃焼室容積を小さくして、13以上の高い幾何学的圧縮比を達成している。ピストン15の頂面にはまた、その概略中心位置に、概ね球面状に凹陥したキャビティ151が形成されている。このキャビティ151は、気筒11の中心部に配設された点火プラグ51に相対するように、配置されており、これによって、燃焼期間を短縮するようにしている。つまり、前述したように、この高圧縮比エンジン1は、ピストン15の頂面が隆起していて、ピストン15が圧縮上死点に到達したときに、ピストン15の頂面と気筒11の天井面との間隔が極めて狭くなるように構成されている。このため、キャビティ151を形成していないときには、初期火炎がピストン15の頂面と干渉して冷却損失が増大し、火炎伝播が阻害されて燃焼速度が遅延してしまう。これに対し、前記のキャビティ151は、初期火炎の干渉を回避して、その成長を妨げないため、火炎伝播が速くなって、燃焼期間が短縮し得る。このことは、ノッキングの抑制に有利になり、点火時期の進角によるトルクの向上に寄与する。
気筒11毎に、吸気ポート18及び排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構30により、排気弁22は排気弁駆動機構40により、それぞれ駆動され、それによって所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉する。
吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、それぞれ吸気カムシャフト31及び排気カムシャフト41を有する。カムシャフト31,41は、周知のチェーン/スプロケット機構等の動力伝達機構を介してクランクシャフト14に連結される。動力伝達機構は、周知のように、クランクシャフト14が二回転する間に、カムシャフト31,41を一回転させる。
図2は、吸気弁駆動機構30の構成をさらに詳細に示している。尚、排気弁駆動機構40も、吸気弁駆動機構と同じ構成を有しているため、以下においては、その説明を省略する。吸気弁駆動機構30は、スイングアームを備えたロッカーアーム式に構成されている。尚、図2においては、吸気弁21をその軸部が紙面における上下方向に延びるように示しているが、吸気弁21は、シリンダヘッド13内において、気筒11の中心軸に対し傾斜して配置される。
コイルスプリング301によって上方(弁を閉じる方向)に押圧付勢されている吸気弁21は、スイングアーム式のロッカーアーム302を介して吸気カムシャフト31により駆動されると、スプリング25の押圧力に抗して押し下げられる。
ロッカーアーム302は、カムとの当たり面にローラを配置したローラーロッカーアームであり、エンジン1の幅方向に延びるように配置されている。ロッカーアーム302の長手方向の両端部のうち、気筒中心寄りの端部(図2における紙面左側の端部)が、吸気弁21の軸端を押し下げる一方、反対側の端部は、エンドピボットにより枢支されている。
エンドピボットは、ハイドロリックラッシュアジャスタ303によって構成されている。HLA303は周知の構成であるため、ここでは詳細な図示を省略するが、油の供給を受けてバルブクリアランスがゼロとなるように調整する。つまり、HLA303は、油の供給を受けて伸長することで、ロッカーアーム302を、図2においては反時計回り方向に回動させ、それによってロッカーアーム302の端部と吸気弁21の軸端とのクリアランスをゼロにする。
図3は、HLA303に対する油圧の供給回路8を概念的に示している。各気筒11の吸気弁21のHLA303に対しては、エンジン1のクランクシャフト14に駆動連結されたオイルポンプ81から、シリンダブロック12内に設けられたメインオイルギャラリ82及びシリンダヘッド13内に設けられたサブオイルギャラリ83を通じて、油圧が供給される。尚、符号85は、後で詳述する油路制御弁であり、符号86は、調圧弁である。
このようにHLA303は、エンジン駆動のオイルポンプ81から油圧の供給を受けると共に、その構造上、吸気弁21が一度開弁した後に、HLA303内の油圧室にエンジンオイルが充填されて伸長する。従って、オイルポンプ81が駆動していないエンジン1の始動開始時には、HLA303の油が抜けているため、HLA303は縮退したままであり、例えばクランキングによってオイルポンプ81が駆動を開始し、さらに吸気弁21が一度開弁した後に、HLA303が伸長する。このため、エンジン1の始動時であって、HLA303が縮退しているとき(以下、この状態をHLA303の沈み込みという場合がある)には、バルブクリアランスが大きくなる結果、吸気弁21のリフト量が全体に小さくなりかつ、その開弁期間は実質的に短くなる。
吸気弁駆動機構30は、吸気弁21の開閉時期を変更可能な吸気バルブ位相可変機構32を含んで構成され、排気弁駆動機構40は、排気弁22の開閉時期を変更可能な排気バルブ位相可変機構42を含んで構成される。吸気バルブ位相可変機構32は、この実施形態では、吸気カムシャフト31の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、油圧式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)により構成され、排気バルブ位相可変機構42は、排気カムシャフト41の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、油圧式の位相可変機構により構成されている。吸気バルブ位相可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を変更することにより、有効圧縮比を調整し得るものである。
具体的に、吸気バルブ位相可変機構32は、図4に「VVT作動範囲」として示すように、吸気弁21の閉弁時期を、吸気下死点以降における所定の最進角時期と最遅角時期との間で変更するように構成されている。最進角時期は、例えばABDC30〜50°CAに設定され、最遅角時期は、例えばABDC100〜120°CAに設定される。尚、閉弁時期は、1mmリフト時点で定義する(以下、同じである)。
吸気バルブ位相可変機構32はまた、図3に示すように、エンジン駆動のオイルポンプ81からの油圧の供給を受けて作動するように構成されている。すなわち、吸気バルブ位相可変機構32には、メインオイルギャラリ82から分岐したオイル供給路84が接続されており、メインオイルギャラリ82とオイル供給路84との分岐箇所には、オイルポンプ81が吐出したオイルの供給方向を切り替えるための油路制御弁85が介設されている。油路制御弁85は、エンジン1の始動初期には、吸気バルブ位相可変機構32のみに油圧を供給する一方、その後、吸気バルブ位相可変機構32及びメインオイルギャラリ82の双方に油圧を供給するよう制御される。油路制御弁85は、油圧の供給方向を切り替えるのではなく、エンジン1の始動初期には、吸気バルブ位相可変機構32側への通路断面積を相対的に大きくかつ、メインオイルギャラリ82側への通路断面積を相対的に小さくする一方、その後、吸気バルブ位相可変機構32側への通路断面積及びメインオイルギャラリ82側への通路断面積を略同じになるよう構成してもよい。このような構成により、後述するエンジン1の自動始動時には、吸気バルブ位相可変機構32への油圧の供給が優先されるようになり、HLA303の沈み込みが解消する前に、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になる。尚、この構成では、エンジン1の自動始動時には、メインオイルギャラリ82側への油圧の供給が遅れることになるものの、極低回転時であってかつ、始動開始初期の極短時間であるため、潤滑性能への影響はない。
吸気バルブ位相可変機構32は、供給される油圧が所定値以下のときには、図4に示すように、吸気弁21の閉弁時期を最遅角時期に、ロックするように構成されている。このロック位置は、図4から明らかなように、圧縮行程の中間点(90°CA)よりも上死点側である。
ここで、前述したように、HLA303が沈み込み状態にあるときには、吸気弁21の開弁期間は実質的に短くなるため、吸気下死点以降に設定された吸気弁21の閉弁時期は、実質的に進角することになる。その進角量は、例えば30°CA程度である。HLA303が沈み込み状態となるエンジン1の自動始動時には、吸気バルブ位相可変機構32のロック位置よりも、吸気弁21の閉弁時期が進角する結果、吸気弁21の実質的な閉弁時期は、圧縮行程の中間点よりも下死点側になる。この閉弁時期は、有効圧縮比を所定以上にして、冷間始動を可能にする。
図1に戻り、燃料噴射弁53は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造で、この実施形態ではシリンダヘッド13の一側(図例では吸気側)に取り付けられている。このエンジン1は、燃料を気筒11内に直接噴射する、いわゆる直噴エンジンであり、燃料噴射弁53の先端は、上下方向については吸気ポート18の下方に、また、水平方向については気筒11の中央に位置して、燃焼室17内に臨んでいる。但し、燃料噴射弁53の配置はこれに限定されるものではない。燃料噴射弁53は、この例においては、多噴口(例えば6噴口)型の燃料噴射弁(Multi Hall Injector:MHI)である。各噴口の向きは、図示は省略するが、気筒11内の全体に燃料が噴射できるように、噴口軸の芯先が広がっている。MHIの利点は、多噴口であるため一噴口の径が小さく、比較的高い圧力で燃料を噴射し得る点、及び、気筒11内の全体に燃料を噴射可能に広がっているため、燃料のミキシング性が高まると共に、燃料の気化・霧化が促進される点にある。従って、吸気行程中に燃料を噴射した場合は、気筒11内の吸気流動を利用した、燃料のミキシング性、及び、気化・霧化の促進の点で有利になる一方、圧縮行程において燃料を噴射した場合は、燃料の気化・霧化の促進により、気筒11内のガス冷却の点で有利になる。尚、燃料噴射弁53は、MHIに限定されるものではない。
燃料供給システム54は、燃料を昇圧して燃料噴射弁53に供給する高圧ポンプ(燃料ポンプ)と、この高圧ポンプに対して燃料タンクからの燃料を送る配管やホース等と、燃料噴射弁53を駆動する電気回路と、を備えている。燃料ポンプは、この例ではエンジン1によって駆動される。尚、燃料ポンプを電動ポンプとしてもよい。燃料噴射弁53が多噴口型である場合は、微小な噴口から燃料を噴射するために、燃料噴射圧力は比較的高く設定される。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁53を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、燃料供給システム54は、エンジン回転数が上昇するに伴い燃圧を高く設定する。これは、エンジン回転数が上昇するに伴い、気筒11内に噴射される燃料量も増大するが、燃圧が高くなることで、燃料の気化・霧化に有利になると共に、燃料噴射弁53の燃料噴射に係るパルス幅を可及的に短くするという利点がある。
吸気ポート18は、吸気マニホールド55内の吸気経路55bによってサージタンク55aに連通している。図示しないエアクリーナからの吸気流は、スロットルボデー56を通過してサージタンク55aに供給される。スロットルボデー56にはスロットル弁57が配置されており、このスロットル弁57は、周知のようにサージタンク55aに向かう吸気流を絞って、その流量を調整する。スロットル・アクチュエーター58が、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁57の開度を調整する。
排気ポート19は、排気マニホールド60内の排気経路によって周知のように排気管内の通路に連通している。この排気マニホールド60は、図示を省略するが、各気筒11の排気ポート19に接続された分岐排気通路が、排気順序が隣り合わない気筒同士で第1集合部により集合され、各第1集合部の下流の中間排気通路が第2集合部で集合された構造となっている。すなわち、このエンジン1の排気マニホールド60には、いわゆる4−2−1レイアウトが採用されている。
エンジン1にはまた、その始動時にクランキングを行うためのスターターモータ20が設けられている。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、エアフローセンサ71からの吸気流量及び吸気温度、吸気圧センサ72からの吸気マニホールド圧、互いに一定量だけ位相のずれた2つのクランク角センサ73、74からのクランク角パルス信号、カムシャフトに設けられたカム角センサ79からのカム角信号、水温センサ78からのエンジン水温、というように、種々の入力を受ける。エンジン制御器100は、例えばクランク角パルス信号に基づいて、エンジン回転数を計算する。また、2つのクランク角センサ73、74からのクランク角パルス信号、及び、カム角信号によって、エンジン制御器100は、エンジン1の停止時のピストン15の停止位置の検出、及び、気筒識別を行う。エンジン制御器100は、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ75からのアクセル開度信号を受ける。さらに、エンジン制御器100には、変速機の出力軸の回転速度を検出する車速センサ76からの車速信号が入力される。加えて、シリンダブロック12には、当該シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力する加速度センサからなるノックセンサ77が取り付けられており、その出力信号もエンジン制御器100に入力される。
エンジン制御器100は前記のような入力に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメータを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル・アクチュエーター58、燃料供給システム54、点火システム52、並びに、吸気及び排気バルブ位相可変機構32、42等に出力する。エンジン制御器100はまた、エンジン1の始動時には、スターターモータ20に駆動信号を出力する。エンジン制御器100はさらに、自動始動時には、油路制御弁85の切り替え制御を行う。
(エンジンの自動停止及び自動始動制御)
このエンジン・システムは、予め設定されたエンジン停止条件が成立したときに、燃料噴射弁53からの燃料の噴射を中止すると共に、点火プラグ51の点火動作を停止することにより、自動的にエンジン1を停止させる。また、エンジン1の自動停止後にエンジン1の再始動条件が成立したときに、エンジン1を自動的に再始動させる制御を実行する。ここで、エンジン1の再始動条件には、例えばアクセル・ペダルを踏み込む等の運転者の発進要求に関係する条件と、空調装置のスイッチをオンにすることや、バッテリ電圧が低下することといった、運転者の発進要求以外の条件とが含まれる。
エンジン1の自動停止時には、圧縮行程にある気筒11及び膨張行程にある気筒11において、ピストン15が上死点方向に移動する際の抵抗を大きくすべく、少なくともこれらの気筒11に対する吸気量を増大させ、特に膨張行程となる気筒11に対してより多く吸気を供給するように、スロットル弁57をエンジン1の停止動作期間中における所定期間だけ所定の開状態とする制御を実行する。
自動停止状態となったエンジン1を再始動させる際には、エンジン制御器100(つまり、自動始動手段に相当する)が、スターターモータ20をエンジン1の再始動開始時点から作動させつつ、下記の燃焼制御を実行する再始動制御を行う。
以下、エンジン制御器100が実行をする再始動制御について、図4、5を参照しながら詳細に説明する。図4は、エンジン1の自動停止から自動始動に係る、エンジン回転数の変化の一例(上図)及び吸気バルブ位相可変機構32によって設定される吸気弁21の閉弁時期を示している。また、図5は、運転者の発進要求に係るエンジン1の自動始動時における、各気筒11のサイクル、吸気弁21のリフトカーブ、並びに、燃料噴射及び点火時期を例示する図である。図5には、エンジン1の自動始動時の温度状態が所定温度以上の高温状態にあるときの燃料噴射及び点火時期を実線で示し、自動始動時の温度状態が所定温度未満の低温状態にあるときの燃料噴射及び点火時期を破線で示している。この所定温度は、35〜40℃程度に適宜設定され、この例では、水温センサ78によって検知されたエンジン水温に基づいてエンジン1の始動時の温度状態を検知する。尚、エンジン水温の代わりに、エンジンオイルの温度(つまり、油温)に基づいて、エンジン1の始動時の温度状態を検知してもよい。尚、ここでいう低温状態は、エンジン1の自動停止を行う条件下においての低温状態を意味する。
先ず、前述したように、エンジン1の自動停止条件が成立してエンジン1が自動停止した後には、オイルポンプ81の駆動が停止するため、吸気バルブ位相可変機構32に供給される油圧が所定値以下になる。吸気バルブ位相可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期をロック位置に固定する。ロック位置は、吸気バルブ位相可変機構32の最遅角時期であるから、図4に示すように、吸気弁21の閉弁時期は、圧縮行程における中間点よりも上死点側に設定される。このときは、有効圧縮比は比較的低くなる。これと共に、エンジン1の自動停止後にHLA303の油が抜けることにより、HLA303は沈み込み状態となる。これにより、前述したように、吸気弁21の閉弁時期は進角することになり、吸気弁21の実質的な開弁時期は、圧縮行程の中間点よりも下死点側となる。よって、エンジン1の自動始動を開始する時には、有効圧縮比は比較的高くなる。
運転者の発進要求に係る自動始動条件が成立し、エンジン1の自動始動を行うときであって、エンジン1の温度状態が所定温度以上の高温状態にあるときには、図5に示すように、エンジン1の停止時点で、膨張行程にある#2気筒、及び、圧縮行程にある#1気筒に、所定のタイミングで燃料噴射F1,F2を行い、点火S1,S2を順次行うことによりエンジン1を正転方向に駆動する。このように、膨張行程及び圧縮行程にある気筒11に対して燃料噴射と燃焼とを行うことにより、運転者の発進要求に係る自動始動条件が成立したときには、エンジン1の迅速な始動が可能になる。
エンジン1の高温始動時に、何れかの気筒が上死点を超えた次の行程から圧縮行程となる#3気筒(つまり、エンジン1の停止時点で吸気行程にある気筒11)、及び、#4気筒(つまり、エンジン1の停止時点で排気行程にある気筒11)においては、比較的高温の吸気を吸い込んで圧縮する上に、前述の通り、有効圧縮比が比較的高くなっていることから、圧縮端温度及び圧縮端圧力が共に高くなる。これは過早着火が生じ易い条件であるため、#3気筒及び#4気筒に対して、圧縮行程時の比較的早いタイミングで燃料噴射を行ったのでは、過早着火を招く虞がある。尚、図5におけるLiは、吸気弁21のリフトカーブを概念的に示しており、太実線で示されるリフトカーブLiは、HLA303の沈み込みによってリフト量が低減しかつ、開弁期間が短縮した例を示している。
そこで、このエンジン1においては、高温始動時には、エンジン1の停止時点で吸気行程にある気筒(図例では#3気筒)については少なくとも、燃料噴射F3の時期を、圧縮行程終期から膨張行程初期になるよう遅角設定すると共に、点火時期S3を燃料噴射の完了後に設定する。ここで、圧縮行程終期とは、圧縮行程を、例えば初期、前中期、中期、及び終期の4つに分けたときの、終期とすればよく、膨張行程初期とは、膨張行程を、例えば初期、前中期、中期、及び終期の4つに分けたときの、初期とすればよい。図5の例では、エンジン1の停止時点で吸気行程にある気筒(つまり、#3気筒)、及び、エンジン1の停止時点で排気行程にある気筒(つまり、#4気筒)について、燃料噴射F3、F4の時期を膨張行程初期になるよう遅角設定すると共に、点火時期S3、S4を燃料噴射の完了後の膨張行程初期に設定している。燃料噴射の開始は、例えばATDC0〜20°CAの範囲で適宜設定してもよい。燃料噴射開始時期の一例としては、ATDC10°CAである。このことにより、圧縮行程中の過早着火は確実に回避される。一方で、エンジン1の温度状態が比較的高い状態にあり、しかも有効圧縮比が比較的高いため、膨張行程初期のタイミングで気筒11内に燃料を噴射しても、その燃料を、速やかに気化・霧化させることが可能である。
また、点火時期は、燃料噴射開始時期に基づいて設定すればよい。例えば燃料噴射開始時期に対して10〜40°CA程度遅れた時期に設定してもよい。点火時期の一例としては、ATDC30°CAである。前述の通り、気筒11内に噴射した燃料が速やかに気化・霧化することから、点火時期を早めることが可能であり、点火時期の進角化は、膨張行程期間内での燃焼時期を早めて、始動トルクを高める。これは、エンジン1の迅速な始動に有利になる。
こうして、#3気筒及び#4気筒における初回の燃焼を行った後の、#2気筒についての2回目の燃料噴射F5、及び、#1気筒についての2回目の燃料噴射F6もまた、その噴射時期を、圧縮行程終期から膨張行程初期に遅角設定し(図5の例では、膨張行程初期)、点火S5、S6を、燃料噴射の完了後に設定している。ここで、#2気筒に対し2回目の燃料噴射を行うときには、前述した#3気筒や#4気筒の初回の燃料噴射時と比較して圧縮端温度は低くなり、その分、過早着火が生じ難くなる。そこで、燃料噴射F5及びF6、並びに、点火S5及びS6を、燃料噴射F3、F4、及び、点火S3、S4よりも進角してもよい。こうすることで、過早着火を回避しつつも、始動トルクを高めて、エンジン1の迅速始動に有利になる。
そして、エンジン1の始動が開始することでオイルポンプ81の駆動が開始したときには、前述の通り、油路制御弁85の切り替えにより、吸気バルブ位相可変機構32への油圧の供給が優先され、図4のt1時点で、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になる。尚、このt1時点で、HLA303の沈み込みは解消していない。吸気バルブ位相可変機構32は、その後、吸気弁21の閉弁時期を次第に進角させる。これにより、有効圧縮比がさらに高まり、始動性の向上に有利になる。尚、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になるt1時点以降においては、図5に示す#3気筒への燃料噴射F3、及び、#4気筒への燃料噴射F4は、少なくとも終了しており、高温の吸気を吸い込むことに起因する過早着火は発生し難くなっている。
そしてその後、メインオイルギャラリ82及びサブオイルギャラリ83側へも油圧が供給され、各気筒11について吸気弁21が、少なくとも一度、開弁をしたt2時点で、HLA303の沈み込みが解消すれば、バルブクリアランスはゼロになる。図5の細実線で示すように、吸気弁21のリフト量が大きくなりかつ、開弁期間は長くなる。そうして、実質的に進角していた吸気弁21の閉弁時期は遅角するようになる。吸気バルブ位相可変機構32は、高温始動時には、図4に実線で示すように、吸気弁21の閉弁時期を圧縮行程の中間点付近で保持し、有効圧縮比が高くなりすぎないようにする。これにより、過早着火の発生を回避しつつ、始動性を高める。こうして、エンジン1の始動を完了させる。
エンジン1の高温状態での自動始動の制御に対し、エンジン1の温度状態が所定温度未満の低温状態での自動始動時には、気筒11内に吸い込まれる吸気の温度が比較的低くなるため、圧縮端温度はその分低くなる。そのため、圧縮行程中に、気筒11内に燃料を噴射しても過早着火が生じ難い。逆に、燃料噴射時期を遅らせることは、気筒11内の温度が低い分だけ、燃料の気化・霧化には不利になる。
そこで、低温始動時には、図5に破線で示すように、エンジン1の停止時点で吸気行程にある#3気筒については少なくとも、燃料噴射F3を、高温始動時の噴射時期よりも進角させて、圧縮行程の所定時期に行うと共に、圧縮上死点付近において点火S3を行う。また、図5の例では、排気行程にある#4気筒についての燃料噴射F4及び点火S4、#2気筒の2回目の燃料噴射F5及び点火S5、並びに、#1気筒の2回目の燃料噴射F6及び点火S6も、高温始動時の噴射時期よりも進角させている。このような燃料噴射時期は、例えばBTDC90〜60°CAで適宜設定してもよい。燃料噴射時期の一例としては、BTDC70°CAである。
また、低温始動時には、図4に示すように、吸気バルブ位相可変機構32の作動が可能になり(t1)かつ、HLA303の沈み込みが解消した(t2)後には、同図の破線で示すように、吸気バルブ位相可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を次第に進角させる。つまり、吸気弁21の閉弁時期は、高温始動時と比較して進角するようになり、有効圧縮比は相対的に高くなる。こうして低温始動時においては、燃料噴射時期及び点火時期を、高温始動時と比較して進角させることと、有効圧縮比を高めることとを組み合わせて、過早着火を回避しながら、始動トルクを高め、エンジン1の迅速始動を実現する。
このように、このエンジン・システムでは、HLA303の沈み込みを見越して、吸気バルブ位相可変機構32のロック位置を、最遅角時期に設定している。これにより、エンジン1の自動始動時には、吸気弁21の実質的な閉弁時期が、圧縮行程の中間点よりも下死点側になり、比較的高い有効圧縮比が確保される。一方で、HLA303の沈み込みによって有効圧縮比が大幅に高くなることは回避される。その結果、エンジン1の温度が比較的高い高温始動時には、過早着火を回避することが可能になり、エンジン1の温度が比較的低い低温始動時には、迅速な始動が可能になる。
以上説明したような、運転者の発進要求に係る自動始動条件が成立したときのエンジン1の自動始動に対し、運転者の発進要求以外の自動始動条件が成立したときには、エンジン1の迅速始動が要求されない。そこで、運転者の発進要求以外の自動始動条件が成立したときには、図5に示す燃料噴射F1〜F4及び点火S1〜S4を省略し、エンジン1の停止時点において膨張行程にある#2気筒が圧縮行程となった以降で、燃料噴射(つまりF5)及び点火(つまりS5)を開始するようにしてもよい。こうすることで、特に高温始動時においては、高温の吸気を吸い込んだ気筒内に燃料を噴射することにならないから、過早着火を回避することが可能になる。
また、前記の説明では、エンジン1の自動始動時には、油路制御弁85の切り替えによって吸気バルブ位相可変機構32への油圧の供給を優先しているが、エンジン1の始動時の温度状態が所定温度よりも低い低温始動時にのみ、吸気バルブ位相可変機構32への油圧の供給を優先してもよい。つまり、低温始動時には、過早着火が発生し難い上に、吸気バルブ位相可変機構32を早期に作動可能にして、吸気弁32の閉弁時期を進角させて有効圧縮比を高めることが、迅速始動に有利になるためである。また、エンジン1の温度状態が低いときには、エンジンオイルの温度も低くかつ、その粘性も高くなることから、油圧の上昇がより急峻になり、吸気バルブ位相可変機構32の、より一層、早期の作動が可能になり得る。
尚、前記の構成では、吸気バルブ位相可変機構32は、そのロック位置を最遅角時期としているが、吸気バルブ位相可変機構32のロック位置は、最遅角時期に限らない。具体的にロック位置は、吸気弁21の閉弁時期が、圧縮行程の中間点よりも上死点側となる時期でかつ、HLA303が沈み込みによって実際の閉弁時期が圧縮行程の中間点よりも下死点側となるような時期であればよい。
また、吸気バルブ位相可変機構32は、ロック位置を2つ持つように構成してもよい。つまり、エンジン1の迅速始動が要求される自動始動が予想されるとき(例えばエンジン1の自動停止を行うとき)には、前述の最遅角時期のロック位置を利用し、エンジン1の迅速始動が要求されない強制始動を行うとき(例えば運転者のキーオフによりエンジン1を停止するとき)には、例えば最進角時期と最遅角時期との中間点付近(HLA303の沈み込みが解消した状態で、極冷間始動が可能となるような吸気弁21の閉弁時期に相当する)のロック位置を利用するようにしてもよい。こうすることで、エンジン1の自動始動時には、前述したようにHLA303の沈み込みを見越したロック位置となるから、高温始動時には過早着火を回避しつつ、迅速始動が可能になり、低温始動時も過早着火を回避しつつ、迅速始動が可能になる。一方、エンジン1の強制始動時には、燃焼の噴射を早期に開始しないため、仮に高温始動であっても過早着火が回避される一方、ロック位置が、圧縮行程の中間点付近になって有効圧縮比が高くなるから、極冷間時であっても確実に始動し得る。
尚、前述したエンジン1の自動始動時には、スターターモータ20を駆動しているものの、スターターモータ20の駆動を省略してもよい。