以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
図1は、本発明の実施の形態(以下、実施形態という)にかかるディスクブレーキ装置を備える車両10の全体構成を示す図である。本実施形態では、ディスクブレーキ装置の一例として、液圧により常用制動力を発生させ、電動モータによるナット部材の推進により駐車制動力を発生させる複合型ディスクブレーキ装置を説明する。
車両10は、車体12の右前に設けられた右前輪14a、車体12の左前に設けられた左前輪14b、車体12の右後ろに設けられた右後輪14c、および車体12の左後ろに設けられた左後輪14d(以下、総称する場合は「車輪14」という)を備える。なお、右前輪14aおよび左前輪14bを総称して「前輪14a、14b」と呼び、右後輪14cおよび左後輪14dを総称して「後輪14c、14d」と呼ぶ。各車輪14は、タイヤ、ホイールおよびディスクロータを含んで構成される。また、制動力を発生させるブレーキ装置20a、ブレーキ装置20b、ブレーキ装置20c、およびブレーキ装置20d(以下、総称する場合は「ブレーキ装置20」という)は、それぞれ右前輪14a、左前輪14b、右後輪14c、および左後輪14dに設けられる。
本実施形態の場合、ブレーキ装置20は、前輪用と後輪用とで異なる構成を有する。具体的には、前輪用のブレーキ装置20a、20bは液圧により主として車両10を減速または停止させるための常用制動力を発生させる常用制動部を備えるディスクブレーキ機構で構成される。一方、後輪用のブレーキ装置20c、20dは、常用制動部に加えて主として車両10の停止状態を維持するための駐車制動力を発生させる駐車制動部を備える複合型ディスクブレーキ機構で構成される。つまり、図1は、駐車ブレーキ兼用の複合型ディスクブレーキ装置が後輪のみに搭載される。なお、他の実施例においては、前輪用及び後輪用のブレーキ装置20として複合型ディスクブレーキ装置を採用してもよい。
本実施形態において搭載された複合型ディスクブレーキ装置は、ディスクブレーキ機構と、常用制動部用及び駐車制動部用の制御部として機能するECU(電子制御装置)100とで構成される。ディスクブレーキ機構は、摩擦部材として機能するブレーキパッド、ホイールシリンダ、ピストン等で構成されるキャリパを含む。また、ピストンを液圧で推進させるための常用制動部、ピストンをナット部材で推進させる駐車制動部で構成される。なお、前輪に搭載されるディスクブレーキ装置のディスクブレーキ機構はキャリパと常用制動部を含み、後輪用のディスクブレーキ装置を制御するECU100によって制御される。以下の説明において、ECU100は後輪の複合型ディスクブレーキ装置を制御する場合を主として説明し、前輪のディスクブレーキ装置の制御については、複合型ディスクブレーキ装置の常用制動力の発生制御と同じなのでその説明を省略する。
ECU100には、常用制動力の発生を制御する液圧ブレーキアクチュエータ28と駐車制動力の発生を制御する電動モータ30が接続されている。電動モータ30は、電動ブレーキアクチュエータとして機能する。常用制動力及び駐車制動力の発生メカニズムは後述する。なお、ECU100は、駐車制動部により駐車制動力を発生させる通常制動モードと、摩擦部材の摩耗状態を取得する摩耗検出モードを切替制御することができる。通常制動モードと摩耗検出モードの詳細は後述する。ECU100には、電動駐車ブレーキスイッチ18、センサ類32、イグニッションスイッチ34等が接続されている。
ECU100は、CPUを含むマイクロプロセッサとして構成されており、マイクロコンピュータによる演算を行う演算ユニット、各種の処理プログラムを記憶するROM、一時的にデータやプログラムを記憶してデータ格納やプログラム実行のためのワークエリアとして利用されるRAM、データを記憶する記憶装置、および各種信号の送受信を行うための入出力ポート等を有する。このECU100は、センサ類32、イグニッションスイッチ34、あるいは他の電子機器類などから送られてくるデータに基づいて、液圧ブレーキアクチュエータ28、電動モータ30あるいは図示しない他の車両機器類を制御する。
電動駐車ブレーキスイッチ18は、運転者等が駐車ブレーキの作動や解除を指示するスイッチであり、運転者等によって操作可能な運転席周囲の位置に配置され、入力された駐車ブレーキのON/OFFに関する信号をECU100に供給する。
センサ類32は、各種の状態量を検出して検出結果をECU100に送信するセンサ類全般を含むものである。本実施形態のセンサ類32は、シフトセレクトスイッチの状態を検出するシフト位置センサ、車両10の傾き状態を検出する傾斜検出センサ、車両10の車速を検出する車速センサ等を含む。
イグニッションスイッチ34は、イグニッションのONまたはOFFを検出し、ECU100にイグニッションのON/OFFに関する信号を供給する。イグニッションスイッチ34がONされると、本実施形態に係るECU100が起動するものとしてもよい。また、ECU100は、イグニッションスイッチ34の状態に拘わらず、電動駐車ブレーキスイッチ18の操作時やブレーキペダルの操作時に起動するものとしてもよい。
図2は、実施形態に係る複合型ディスクブレーキ装置のキャリパの内部構造を説明する概略構造図である。なお、後輪14c、14dのブレーキ装置20c、20dのキャリパ200の基本的構造は同じである。
本実施形態のキャリパ200は、キャリパ自身を車体側に固定するための車体固定マウント(不図示)に取り付けられ、ディスクロータ206に押圧され制動力を発生するブレーキパッド202と、ブレーキパッド202を押圧するために押圧手段として機能するシリンダ部204とで構成されている。車輪と共に回転するディスクロータ206は図2に示すように、一対のブレーキパッド202の間に存在する。ディスクロータ206の側面206a、206bは摩擦摺動面を構成し、一対のブレーキパッド202がディスクロータ206を挟んで対向配置される。このブレーキパッド202は、ディスクロータ206の側面206a、206bと直接接触する摩擦部材208と、この摩擦部材208の裏側、すなわちディスクロータ206と接触しない側を支持するパッド裏金210によって構成されている。
キャリパ200は、図2おいて左右方向に変位可能に車体固定マウントを介して車体側に取り付けられている。キャリパ200のシリンダ部204には、有底の穴212が穿設されており、この穴212には、ピストン214が摺動可能に嵌挿されている。穴212の底にはポート216が設けられ、液圧配管218を介してマスターシリンダ、アキュムレータ、圧送装置等の液圧源(不図示)側に接続されている。例えば運転者がブレーキペダルを操作するとマスターシリンダやアキュムレータから作動液であるブレーキフルードがポート216内に流入し、ピストン214を駆動するようになっている。また、後述するが、駐車制動力を発生する場合で、液圧の供給アシストを受けてピストン214を推進させる場合はアキュムレータや圧送装置からブレーキフルードが流入するようになっている。
ここで、まずキャリパ200が常用制動力を発生させる常用制動部として機能する場合を説明する。ブレーキフルードがポート216内に流入すると、ピストン214が図2に示す非動作状態から矢印M方向、すなわちピストン214がパッド裏金210aを押圧する方向に摺動し、パッド裏金210aを介して摩擦部材208aをディスクロータ206の側面206aに押圧する。摩擦部材208aがディスクロータ206に押圧されると、ピストン214は摺動を停止する。ピストン214が摺動を停止した後も、ブレーキフルードがポート216内に流入すれば穴212内の液圧がさらに上昇する。その結果、液圧はシリンダ部204を構成するシリンダハウジング204aを矢印N方向に押圧する。その結果、液圧の上昇に伴って、シリンダハウジング204aが矢印N方向に変位する。
シリンダハウジング204aの非シリンダ形成側には爪部220が形成されており、シリンダハウジング204aの矢印N方向への変位に伴って、爪部220がパッド裏金210bを介して摩擦部材208bをディスクロータ206の側面206bに押圧する。したがって、ディスクロータ206を一対の摩擦部材208a,208bにより押圧挟持(クランプ)する状態となり、ディスクロータ206を効率的に制動させる常用制動力を発生することが可能となる。なお、ここまでの説明は、ブレーキ装置20a、20bにも共通する。
次に、キャリパ200が駐車制動部として機能する場合の構成を説明する。ピストン214は、図2に示すように断面形状が例えばカップ状に形成され、そのカップ内部にナット部材222が配置されている。このナット部材222は、ねじ機構224を構成する棒ねじ部材224aと螺合していて棒ねじ部材224aの回転により、矢印M,N方向に移動可能になっている。棒ねじ部材224aの一端は、シリンダ部204の穴212の底部から突出してシリンダハウジング204a内に配置された減速ギア224bと接合されている。減速ギア224bは、電動モータ30の出力軸に固定された駆動ギア224cと噛合している。従って、電動モータ30が回転駆動された場合、電動モータ30の回転速度は、駆動ギア224c、減速ギア224b、棒ねじ部材224a、ナット部材222のギア比で定まる減速比で減速される。そして、ナット部材222を棒ねじ部材224aの軸方向に電動モータ30の駆動に応じた速度及び移動量で進退させることができる。なお、棒ねじ部材224aが穴212の底部から導出されている部分には、適切なシール構造が設けられ、シリンダ部204内部のブレーキフルードが漏れ出さないような構造になっている。同様に、シリンダ部204とピストン214との間にはもリング状のシール部材226が配置され、ブレーキフルードが漏れ出さないような構造になっている。シール部材226は、ピストン214に対するブレーキフルードやナット部材222による押圧力が解除された場合に、ピストン214を矢印N方向に押し戻す付勢力を発生する機能も有している。ピストン214がシール部材226によって矢印N方向に押し戻されることにより、ディスクロータ206が回転を始めた場合に、その回転力によりピストン214の拘束のないブレーキパッド202を側面206a、206bから弾き飛ばし容易に離反させて、回転時のブレーキパッド202の引き摺りを抑制している。
図3(a)、図3(b)は駐車制動部のナット部材222の押圧状態を説明する説明図である。なお、図3(a)、図3(b)は、ナット部材222の移動状態を説明するために駐車制動部を構成する主要部材のみを簡略的に図示している。
図3(a)は、摩擦部材208が非摩耗状態、例えば新品の状態の摩擦部材208がディスクロータ206にピストン214を介したナット部材222によって押圧されている状態である。運転者が電動駐車ブレーキスイッチ18を操作して駐車ブレーキをONした場合、ECU100は電動モータ30を例えば正転方向に回転駆動する。電動モータ30の回転駆動は、各ギアの減速比で定まる速度とトルクでナット部材222を推進させてピストン214を矢印Mで示す押圧方向に移動させる。その結果、ピストン214は摩擦部材208aのパッド裏金210aをブレーキフルードで押圧されたときと同じように押圧する。また、ナット部材222による押圧を継続させることでシリンダハウジング204aを矢印N方向に移動させ、爪部220(図2参照)がパッド裏金210bを介して摩擦部材208bを押圧して、ディスクロータ206に対して制動力を発生する。つまり、ナット部材222及びねじ機構224の協働により駐車制動力が発生できる。ECU100は、ナット部材222の押圧開始後のトルク上昇により電動モータ30の駆動電流値が所定の閾値を超えた場合に、十分な駐車制動力が発生できたと見なし、駆動電流の供給を停止する。電動モータ30は駆動電流の供給が停止した後もギアの噛合により停止時の状態を維持するので、ナット部材222も停止位置を維持し、駐車制動力の発生を維持する。
運転者が電動駐車ブレーキスイッチ18を操作して駐車ブレーキをOFFした場合、ECU100は、電動モータ30を駐車制動力を発生させた場合と逆転方向に回転駆動する。ナット部材222はピストン214の押圧方向とは逆の離反方向に移動させられる。その結果、ディスクロータ206の拘束は解除され、ディスクロータ206が回転可能な状態である非駐車制動状態となる。なお、ナット部材222の矢印N方向への移動は、ピストン214がブレーキパッド202のパッド裏金210aから離間した後、ブレーキパッド202がディスクロータ206に引き摺られることなく回転できる程度の最小限のリリース設定値だけ移動するようにしている。このようにリリース設定値を最小限の値とすることで、次回電動駐車ブレーキスイッチ18が操作され、駐車ブレーキをONする場合、ナット部材222の少ない移動距離で駐車制動力が発生できるので、迅速な制御ができると共に、電動モータ30による電力消費を最小限にすることができる。
図3(b)は、摩耗状態が進行した摩擦部材208をディスクロータ206に押圧している状態を示している。基本的な動作は図3(a)で説明した場合と同じであるが、摩擦部材208が摩耗により薄くなっている。そのため、ピストン214は図3(a)の状態に比べシリンダ部204からディスクロータ206に向かう突出量を大きくする必要がある。また、駐車ブレーキがOFFされて制動力を解除するときも、ピストン214のリリース位置は駐車ブレーキがONされた場合に迅速に駐車制動力を発生できるように、上述したように最小限の値とすることが望ましい。したがって、リリース時においてもピストン214は、摩擦部材208が厚い場合に比べシリンダ部204からディスクロータ206に向かう突出量が大きくなっている。このように、摩擦部材208の摩耗量に応じたリリース位置の調整は、パッド裏金210とピストン214との当接位置を基準に、リリース量を決定することにより設定できる。例えば、ECU100はナット部材222を制動状態から矢印N方向にリリースする場合、摩擦部材208の摩耗量に拘わらず電動モータ30を同量だけ駆動させれば、パッド裏金210に対するピストン214のリリース量はほぼ一定となる。その結果、摩擦部材208の摩耗量に拘わらずほぼ同じ駆動時間で駐車制動力を発生させることが可能となる。なお、後述するように摩擦部材208の摩耗状態によって摩擦部材208の剛性が変化して摩擦部材208の厚み方向の撓み量が変化するが、このたわみ量はリリース量に比べて小さいのでリリース量の制御では無視してもよい。
次に、本実施形態において、摩擦部材208の状態に応じて、制動力を発生させる場合の制御を適正化するために必要な摩擦部材208の摩耗量を検出する手法を図3〜図6を用いて説明する。本実施形態の場合、例えば非摩耗状態の摩擦部材208がディスクロータ206を押圧し始めるときのナット部材222の位置と、摩耗状態の摩擦部材208がディスクロータ206を押圧し始めるときのナット部材222の位置とを比較することにより、摩耗状態の摩擦部材208の厚み、つまり摩耗量を検出している。なお、本実施形態の場合、摩擦部材208aと摩擦部材208bは同じように摩耗すると仮定し、摩擦部材208aの摩耗状態で摩擦部材208の状態を推定して制御に反映させる例を示す。
摩擦部材208の摩耗は、長期間の間に徐々に進む。したがって、摩擦部材208の摩耗量の検出は、例えば、数ヶ月ごとや数年ごと、走行距離や制動回数、イグニッションのON/OFF回数等が所定回数を超えた場合に実施すれば十分である。実施のタイミングは、例えばECU100に予め設定することが可能であり、そのタイミングが訪れ、かつ検出許可条件が揃った場合に実行されるようにすることができる。図4(a)、図4(b)で説明するが、摩擦部材208の摩耗量の検出は、ナット部材222を通常とは異なる挙動で作動させるため、本実施形態においては検出許可条件を設定している。例えば、検出タイミングに達した後、検出許可条件として、車両が平坦路と見なせる所定勾配路以下の場所でイグニッションONの状態で停車していること、シフトポジションがパーキングポジションであること、フットブレーキを踏んでいないこと等が設定できる。つまり、駐車制動力が一時的に得られない場合でも車両の安全な停止状態が確保できる場合に摩擦部材208の摩耗量の検出を行い、後述する摩擦部材208の剛性に対応したブレーキ装置20の制御の適正化を行う。なお、ブレーキ装置20の制御の適正化は、車両を安全に走行させる上で必ずしも早急に実施しなければならないことではないので、検出許可条件が揃わない場合は、摩耗量の検出を条件が揃うまで遅延させてもよい。
上述した摩擦部材208の摩耗量の検出タイミングに達し、かつ検出許可条件が満たされた場合、ECU100は、図4(a)、図4(b)に示すように、ピストン214が通常のリリース位置に移動するときのナット部材222の離反位置を超えて矢印N方向に移動させる。
図4(a)は、本実施形態のディスクブレーキ装置における摩擦部材208が非摩耗状態のときに、摩耗検出モードに移行して摩擦部材208の厚み(基準状態)を検出するためにナット部材222が基準位置に移動した状態を示している。この摩耗検出モードは、車両搭乗者に特に通知されることなくバックグラウンドの処理として実行される。基準状態の検出は、例えば、新たな摩擦部材208の装着が行われた場合に行うことが望ましい。また、別の実施例では、前回の摩耗検出モードのときに検出した状態を基準状態にしてもよい。
摩耗検出モードにおいて、ECU100は、まず、ナット部材222をシリンダ部204の穴212の底まで移動させる。この場合、シリンダ部204の穴212の底をナット部材222がディスクロータ206側から離間する方向に移動するときに当接する当接部228として機能させている。このように、当接部228を設けることにより、摩耗検出モードにおけるナット部材222の作動の基準位置を定めることができる。つまり、ナット部材222が当接部228に当接する位置まで移動することで、摩耗検出を一定の位置から開始することができる。なお、この場合、ナット部材222を矢印N方向に移動させるための電動モータ30の制御を正確に行う必要はない。例えば、ナット部材222が穴212の底に当接したことにより、電動モータ30の駆動電流値の変化が所定態様になった場合に、当接したと見なして電動モータ30の駆動を停止するようにできる。この場合の所定態様は、例えば電動モータ30の駆動電流値が所定値に達した場合やナット部材222が穴212の底に当接することにより増加する駆動電流値の電流勾配が所定値に達した場合とすることができる。駆動電流値の変化が所定態様になった場合に駆動停止すればよい。この場合、電動モータ30を含むねじ機構224やナット部材222にナット部材222の位置を検出するためのセンサを設ける必要がなく、部品点数やコスト削減に寄与できる。当接部228は、穴212の底としてもよいし、穴212の底やその周辺にナット部材222が当接する突起部を別途設けて当接部228としてもよい。また、棒ねじ部材224aの一部に当接部228を設けてもよい。
別の実施例では、ナット部材222を穴212の底に当接するまで移動させなくてもよい。前述したように、ナット部材222の矢印N方向への離反位置が次回の摩耗検出時と同じであればよい。この場合、ナット部材222を所定位置で停止させるために、ナット部材222の位置や電動モータ30の回転状態を検出するセンサを設けてもよい。
ECU100は、図4(a)のナット部材222の移動状態から図3(a)のナット部材222の移動状態になるように電動モータ30を駆動する。つまり、ナット部材222を図4(a)の基準位置から図3(a)の制動力発生状態位置まで移動させる。このときの電動モータ30の駆動電流値の推移例を図5に実線300で示す。基準位置に静止しているナット部材222を矢印M方向に移動させる場合、まず、静止状態のナット部材222を動かすために必要な突入電流Aが流れ、その後ナット部材222が移動を開始すると定常電流Bが流れる。そして、ナット部材222がピストン214に当接し、続いてピストン214がパッド裏金210aに当接し、さらにパッド裏金210に固定された摩擦部材208がディスクロータ206を押圧するようになる。つまり、電動モータ30に負荷がかかり始めて電動モータ30のトルク増加に伴い駆動電流値が増加する。つまりロック電流Cが流れる。
一方、図4(b)は、本実施形態のディスクブレーキ装置における摩擦部材208が摩耗状態のときに、摩耗検出モードに移行して摩擦部材208の厚み(基準状態)を検出するためにナット部材222が基準位置に移動した状態を示している。この場合も、ECU100は、図4(b)のナット部材222の移動状態から図3(b)のナット部材222の移動状態になるように電動モータ30を駆動する。つまり、ナット部材222を図4(b)の基準位置から図3(b)の制動力発生状態位置まで移動させる。このときの電動モータ30の駆動電流値の推移例を図5に一点鎖線302で示す。この場合、図4(b)のナット部材222の後退位置は非摩耗時と同じである。また、静止中のナット部材222を動かすための突入電流Aも同様に流れる。しかし、摩擦部材208の摩耗により、ナット部材222が動き出してから摩擦部材208がディスクロータ206を押圧し始めるまでの距離が長くなるので、定常電流Bの流れる時間が長くなる。ところで、摩擦部材208は、複数の材料を成型した複合材料で構成され、金属製の裏金で支持されている。従って、摩擦部材部分208はパッド裏金210に比べると弾性変形する割合が大きい。そして、摩耗が少なく摩擦部材208の厚みが厚い状態と摩耗が進み厚みが薄くなった状態とでは、摩擦部材208の剛性が異なる。つまり、摩擦部材208の厚みが薄くなるのにしたがい摩擦部材208の撓み量が少なくなり摩擦部材208全体としての剛性が高まる。摩擦部材208の剛性が高くなるとピストン214による押圧力の伝達ロスが減少し、摩擦部材208の剛性が低いときよりも少ない推力で同等の制動力が発生できる。また、制動力が発生するときの制動力の増加勾配も摩擦部材208の剛性が低い場合に比べて急峻になる。つまり、図5に示すように、ロック電流Cは、摩耗が少ない摩擦部材208の駆動電流値(実線300)に比べ摩耗が進んだ摩擦部材208の駆動電流値(一点鎖線302)の変化が急峻になり、ロックが完了するまでの時間も短くなる。
このように、摩耗が少ない摩擦部材208と摩耗が進んだ摩擦部材208では、駆動電流の流れ始めからロック電流Cが流れ始めるまでの通電時間が異なる。そして、両者の差が摩擦部材208の摩耗量に対応することになる。なお、ロック電流Cの流れ始めの検出は、例えば、定常電流Bが流れ始めてから駆動電流値が一定値以上に達した場合、または、駆動電流値の電流勾配が一定値以上になった場合に検出するとすることができる。図5の場合、定常電流Bが流れた後に所定の閾値Pを超えた場合にロック電流Cの流れ始めを検出している例を示している。図5の場合、摩耗が少ない新品の摩擦部材208のロック完了までの通電時間をT0で示し、摩耗が進んだ摩擦部材208ロック完了までの通電時間をT1で示している。また、摩耗が少ない新品の摩擦部材208のロック電流の流れ始めまでの通電時間をt0で示し、摩耗が進んだ摩擦部材208のロック電流の流れ始めまでの通電時間をt1で示している。
図6は、電動モータ30によりナット部材222を移動させる場合の通電時間とナット部材222の移動量の関係を示している。通電時間とナット部材222の移動量の関係は、実験値や設計値に基づいて予め定めることができる。なお、通電時間とナット部材222の移動量の関係は、電動モータ30の駆動時の電流値、電圧、温度等により変化する場合がある。したがって、基準値L0を定めたときの電流値、電圧、温度等の条件と実際に検出を行ったときで条件が異なる場合、基準値L0の代わりに実際の検出時の電流や電圧、温度等を考慮して補正を加えた補正基準値L1を用いてもよい。図6は、基準値L0と補正基準値L1を示している。なお、図6は、補正概念を示すものであり、例えば、電流について補正した値、電流について補正した値、温度について補正した値、またそれらの組合せで補正した値等準備してもよい。また、補正基準値を予め準備するのではなく、検出のときに電流値、電圧、温度等により補正基準値L1を算出してもよい。
このように、摩耗が少ない新品の摩擦部材208と摩耗が進んだ摩擦部材208のナット部材222の移動量をそれぞれ取得し、その差を取ることにより摩擦部材208の摩耗量が算出できる。前述したように摩擦部材208の摩耗が進むにつれて摩擦部材208の剛性が高くなる。摩耗量と剛性の関係は、摩擦部材208の作成方法や構成材料によって予め実験等により定めることができる。図7は、摩擦部材208の摩耗量の変化と剛性の変化の一例を示している。この場合、摩耗が進むに連れて剛性が線形で増加する例である。摩擦部材208の作成方法や構成材料によっては、摩擦部材208の摩耗量の変化と剛性の変化は非線形で表される場合もある。
前述したように、摩擦部材208の剛性が高くなると剛性が低い場合に比べて、ピストン214の押圧ロスが少なくなるので、剛性が低い場合に比べて少ない押圧力で同等の制動力が発生できる。つまり、摩擦部材208の剛性が高くなっている場合に駐車制動力を発生させる場合、ECU100は摩擦部材208の剛性が低い場合に比べてピストン214の推力を低減した制御が実行できる。すなわち、電動モータ30を用いたピストン214の駆動の場合、同じ制動力を発生させるために必要な駆動電流を軽減できる。
図8は、摩擦部材208の剛性に応じて電動モータ30の駆動電流値パターンを変化させる例を示している。摩耗が少ない新品状態の摩擦部材208、すなわち剛性が低い状態では電流パターンR0で電動モータ30を駆動する。また、摩耗が進んだ摩擦部材208、すなわち剛性が高くなった状態では電流パターンR1で電動モータ30を駆動する。さらに摩耗が進み剛性がさらに高くなった状態では、電流パターンR2で電動モータ30を駆動する。このように、摩擦部材208の剛性の変化に対応して電動モータ30を制御するための電流パターンを決定する。その結果、摩耗が進み剛性が高くなった状態でも摩耗が少ない新品状態の摩擦部材208、すなわち剛性が低い状態で使用していた電流パターンR0で電動モータ30を駆動したいた従来制御に比べて、エネルギ効率の改善が可能なり、適切なディスクブレーキ装置の制御が実現できる。なお、この制御は、摩擦部材208の摩耗が進んでも十分な制動力の発生が可能な範囲で実行され、摩擦部材208が予め定められた摩耗限界に達した場合には、実行しないことが望ましく、早急な摩擦部材208の交換を促すように警報等灯を提示することが望ましい。
図8の例では、摩擦部材208の剛性に応じて、実際に供給する駆動電流値を同じにして、駆動電流の通電時間を短くする例を示した。他の例では、例えば、通電時間を同じにして駆動電流値を低下させてもよい。この場合、電動モータ30による摩擦部材208のクランプ力(制動力)の増加勾配を低下させることになる。つまり、電動モータ30をゆっくりと回転駆動させることができる。その結果、駆動電流値を全体的に低くすることが可能になり突入電流を低減させて車両の電源(バッテリ)の負荷を抑えることができる。また、電動モータ30の駆動がゆっくりとなるので、振動や駆動音、異音等の低減にも寄与できる。
ところで、本実施形態のブレーキ装置20c、20dの場合、図2に示すように、液圧駆動の常用制動部に加えて、電動モータ30で駆動する駐車制動部を備える複合型ディスクブレーキ機構で構成される。したがって、電動モータ30による推力と液圧による推力を協働させてピストン214を推進させて駐車制動力を発生させることができる。例えば、常用制動力を発生させる場合にアキュムレータに蓄圧したブレーキフルードを用いるシステムを備えている場合は、液圧はアキュムレータから提供してもよい。また、アキュムレータを持たないシステムの場合は、モータ等により大気圧からブレーキフルードを昇圧する圧送装置を用いて液圧を提供してもよい。このような、駐車制動力を発生させる場合に、液圧でアシストするシステムの場合、そのアシスト量に応じて電動モータ30の能力を小さくすることが可能となり、電動モータ30の小型化やコストの低減に寄与できる。
このような電動モータ/液圧協働型のディスクブレーキ装置においても、従来は摩擦部材208の剛性の変化は考慮されておらず、摩擦部材208が非摩耗の初期の状態で剛性が低い場合の制御量で、摩耗が進行して剛性の高まった場合の制御を同じように行っている。その結果、摩擦部材208の剛性が高くなった状態では、電動モータによる制御及び液圧による制御のいずれにおいても、必要以上の駆動力で制御が行われていた。
前述したように、摩擦部材208の剛性が増大するとピストン214の押圧力の伝達ロスが減少するため、制動力の増加勾配が急峻になる。この現象は、液圧によりピストン214を推進させる場合も同様に発生する。図9は、摩擦部材208の剛性に応じて液圧の供給時間と液圧の供給による摩擦部材208のクランプ力の変化を説明する図である。図9の場合、摩擦部材208の剛性が低い場合を実線で示し、剛性が高い場合を一点鎖線で示している。図9に示すように、同じクランプ力を発生させる場合、摩擦部材208の剛性が高い方がクランプ力の昇圧勾配が急峻であり、昇圧時間が短くなる。したがって、剛性値が摩擦部材208の基準剛性値、すなわち、非摩耗のときの剛性値より高い剛性値を示す場合、その剛性値の高さに応じて供給する液圧の昇圧勾配を変化させることができる。すなわち、摩擦部材208が基準剛性値を有するときに適用する昇圧勾配より緩やかにすることができる。図10は、摩擦部材208の剛性値と液圧の昇圧勾配値の対応関係を概念的に示す。このように、摩擦部材208の剛性が高い場合に昇圧勾配を緩やかにすることで、昇圧時の振動や駆動音、異音等を軽減できる。また、従来のように大きな液圧を発生させる場合、液圧配管系のブレーキフルードの移動によりブレーキペダルが引き込まれる現象が発生する場合があるが、昇圧勾配を緩やかにすることで、この引き込み現象を軽減することが可能になり、運転者に与える違和感を軽減できる。図10の場合、剛性値の増加に伴い昇圧勾配値が線形で変化する例を示しているが、非線形で低下するように変化させてもよい。
また、別の例としては、液圧による推力アシストを従来と同様に行う一方で、電動モータ30の回転数を低減させてもよい。この場合、電動モータ30の駆動による推力が低下するので、電動モータ30によるクランプ力(押圧力)の増加勾配が緩やかになる。しかし、その分を液圧による推力で補い電動モータの回転数を変化させない場合と同様な制動力を発生させることができる。前述したように、電動モータ30の回転数を低減させることにより、駆動電流値を全体的に低くすることが可能になり突入電流を抑制できる。その結果、車両電源の負荷を抑えることができると共に、電動モータ30の駆動音や振動も軽減できる。
ところで、駐車制動力を解除する場合、摩擦部材208の剛性に応じた解除制御が好ましい場合がある。摩擦部材208の摩耗が進行して剛性が高くなった場合、摩擦部材208の撓み量が減少しピストン214の押圧ロスが減少するために、制動力の増加勾配が急峻になる。その一方で、摩擦部材208の剛性が高いときに制動力を解除する場合、摩擦部材208の撓みが少ないためディスクロータ206からの摩擦部材208の離反も急速に行われ駐車制動力の消滅が急速になされる。この場合、車両が平坦路に駐車されていた場合は特に問題ないが、坂路に駐車されていた場合、アクセルペダルの踏み込み前にずり下がり現象が生じる場合がある。そこで、ECU100は、傾斜センサ等からの情報やナビゲーションシステム等からの情報により、現在の駐車位置が所定の坂路勾配を超えている場合、坂路において制動力を解除する場合は、電動モータ30のリリース方向への駆動制御を変更する。例えば、摩擦部材208の剛性が摩擦部材208の基準剛性値より高い剛性値を示す場合、ECU100は剛性値の高さに応じて制動力の減少勾配を摩擦部材208が基準剛性値を有するときに適用する減少勾配より緩やかになるように電動モータ30を制御する。すなわち、坂路で駐車制動力を解除する場合は、ナット部材222のリリース方向(図2のN方向)への移動を平坦路に駐車している場合に比べてゆっくりにする。その結果、摩擦部材208の制動力の急激な消失を抑制して、車両のずり下がりが防止できる。なお、この場合、摩擦部材208の剛性の変化に加え、坂路勾配を考慮して電動モータ30のリリース時の駆動電流値を決定するようにしてもよい。
上述した実施形態においては、摩擦部材208の基準剛性値を摩擦部材208が新品のときに検出し、それをECU100で記憶しておき、次回検出したときの値と比較する例をしました。別の実施例においては、摩耗が進行した状態のある時点の摩擦部材208の剛性値を記憶しておき基準剛性値として、その次に検出した剛性値と比較してもよい。
また、本実施形態では、液圧により常用制動力を発生させ、電動モータによるナット部材の推進により駐車制動力を発生させる複合型ディスクブレーキ装置を一例として説明した。別の実施例では、電動モータによるナット部材の推進により常用制動力及び駐車制動力を発生させるディスクブレーキ装置に本構成を適用してもよく、同様の効果を得ることができる。また、電動モータによるナット部材の推進により常用制動力を発生させると共に、液圧と電動モータの協働により駐車制動力を発生させるディスクブレーキ装置に本構成を適用してもよく、同様の効果を得ることができる。
以上、本発明を上述の実施形態を参照して説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、実施形態や変形例の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を実施形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施形態も本発明の範囲に含まれうる。