本発明は、金属基材のロール体の被塗物表面に対してガラス質材料をプラズマ溶射することによって、ガラス質の薄層を金属表面に形成して表面改質を可能とする製法であり、金属製ロール体の耐腐食、電気絶縁性等を向上させる。併せて、当該ガラス質被膜形成ロール体の形成に好適な、プラズマ溶射のためのガラス質材料も提示する。本発明におけるプラズマ溶射とは、溶射装置内の電極間(アノード陽極とカソード陰極との間)にアーク放電を発生させると共にAr等の作動ガスを挿通させて高温・高速のプラズマジェットを発生させる。このプラズマジェットにガラス質溶射材料を供給すると、当該ガラス質溶射材料は瞬時に溶融され、被塗物表面まで飛散して被着する。プラズマ溶射は、ガス溶射による溶融、塗着と比較して単位時間当たりの処理効率において極めて優れた溶射方法である。
被塗物となるロール体には、鉄製またはステンレス鋼製からなる鋼板、プレス品、鋳造品、鍛造品、絞り品等が含まれ、その加工品さらには溶接品等も含まれる(パイプ体、シリンダー体形状等)。これらの大きさは用途に応じて適宜である。鉄にはSS400、S45C、SCM435等に加え、公知の組成、材質が適宜用いられる。ステンレス鋼は、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系等の各種のステンレス鋼(SUS304、SUS416等)が用いられる。以下の製法に基づいて、これらの鉄製またはステンレス鋼製のロール体表面にガラス質被膜が形成される。
本明細書において、表面の粗さを規定する算術平均粗さとは、JIS−B−0601(2001)に準拠するRaである。
本発明におけるガラス質溶射材料は、主成分(A):{SiO2,B2O3,Li2O,Na2O,BaO,ZnO,Ti2O,Al2O3,}の8種類の成分を必須とし、これに補助成分(B):{CaO,SrO,MgO,P2O5,K2O,V2O5,Cr2O3,MnO2,Fe2O3,Co3O4,NiO2,CuO,Y2O3,ZrO2,Nb2O5,MoO3,SnO2,Sb2O3,WO3,PbO,Bi2O3,La2O3,CeO2,Pr6O11,Nd2O3,Sm2O3,Gd2O3}の中から選択したいずれか1種もしくは2種以上の成分を含む。
始めに、各成分毎の主要な作用並びに配合割合に関する知見を述べる。また、各成分の配合割合は、調製後のガラス質溶射材料の全体重量に占める各成分重量比率(重量パーセント)として示す。ガラス質溶射材料中に含まれる主成分(A)、補助成分(B)として列記の配合成分が発揮する長所と短所は、線形的な変化とならないことが多い。また、プラズマ溶射時、被塗物表面への被着時等の溶融状態、ガラス質の冷却状態等の状態変化に伴う配合成分同士の相互作用も考慮する必要があるため、必ずしも一義的な作用と捉えることはできない。
“SiO2”は、当該ガラス質溶射材料の主成分を成し、主に耐食性、硬度(耐摩耗性)、防汚性、電気絶縁性、耐電圧性等を上昇させる。SiO2の配合割合が25重量%以下の場合、前記の耐食性等の性質を低下させる。また、ガラス質被膜の白化現象に見られる経時変化が生じる。SiO2の配合割合が60重量%以上の場合、溶射後に形成されるガラス質表面が平坦とならない。溶射に際し、溶射対象となる基材を熱変形温度以上の加熱(1000℃以上)としなければならず、製品品質に支障を来す。SiO2量の増加に伴い耐火度が上昇し、プラズマ溶射時の溶融性が低下する。このため、溶射装置に負荷が増すと共に溶融後のガラス質の平滑さを得ることが難しくなる。
SiO2は、次に述べる主成分、補助成分と比較しても熱膨張係数が小さい。SiO2量の増加はガラス質溶射材料全体の熱膨張係数を低下させる。また、プラズマ溶射時の溶融性は低く高粘性となる。そこで、SiO2の耐食性と溶射、溶融のしやすさ、熱膨張係数の調整を勘案して、SiO2は、ガラス質溶射材料中に25〜60重量%含有される。
“B2O3”は、ガラス質溶射材料のプラズマ溶射時の溶融性と低粘性化を促進する。従って、SiO2及び他の成分の作用を調整する上で不可欠である。B2O3の熱膨張係数はSiO2と同様に小さい。しかし、B2O3はSiO2と相反して耐食性、硬度(耐摩耗性)、電気絶縁性、耐電圧性を低下させ、経時変化を促進させることから、B2O3の増量はガラス質被膜の性質を損なう。B2O3は溶射時の加熱により揮発しやすく、揮発量の制御も容易ではない。B2O3が揮発することに伴い、設計当初のガラス質の熱膨張係数は変化する。
B2O3の配合割合が15重量%以上の場合、被塗物表面に形成されたガラス質被膜の剥離、貫入(亀裂)が顕著となる。B2O3の配合割合が5重量%以下の場合、ガラス質溶射材料のプラズマ溶射時の溶融性と低粘性化が十分に発揮されず、ガラス質溶射材料となりえない。このため、B2O3は、ガラス質溶射材料中に5〜15重量%含有される。
“Li2O”は、ガラス質溶射材料のプラズマ溶射時の溶融性と低粘性化を促進するため、SiO2及び他の成分の作用を調整する上で不可欠である。同時に、Li2Oは、プラズマ溶射時においても揮発しにくく、他の成分と比較して熱膨張係数が最大である。このため、Li2Oは他の成分の熱膨張係数との調整を図り、所望のガラス質被膜の性質を発現させる上で緩衝材としても作用する。Li2Oは酸やアルカリに対する耐食性、硬度(耐摩耗性)を上昇させる。しかし、溶射中のガラス質は再結晶化しやすくなる。再結晶化に伴い耐食性等はより向上するものの、再結晶化により出来上がるガラス質被膜の熱膨張係数が低下する。この熱膨張係数の低下は制御が難しく、結果的に被塗物表面からの剥離原因となる。
Li2Oの配合割合が20重量%以上の場合、前記の剥離等の問題点に加え、電気絶縁性、耐電圧性等を低下させる点が顕著となる。Li2Oの配合割合が5重量%以下の場合、プラズマ溶射時の溶融性と低粘性化が発現しない。これらを勘案して、Li2Oはガラス質溶射材料中に5〜20重量%、好ましくは6〜18重量%含有される。
“Na2O”は、配合量いかんによりプラズマ溶射時のガラス質の溶融性を高め、同時に溶融時の粘性を上昇させる特徴を有する。このことから、溶射対象となる被塗物表面に溶射されるガラス質を被塗物に被着させやすくして、ガラス質被膜と被塗物表面との密着強度を高める。また、Na2Oに起因するガラス質の粘性上昇に伴い被塗物表面に被着したガラス質自体の流動性が幾分下がることから、溶射時に巻き込まれた気泡同士の移動(流動性により気泡同士が集合して大きくなること)も抑制される(後記実施例参照)。プラズマ溶射後のガラス質被膜の平滑性向上、その膜厚の低減に大きく寄与すると共に電気絶縁性、耐電圧性を高める。加えて、Na2OはLi2Oと同等の重量比であれば、電気絶縁性、耐電圧性を高め、機能面においても優れている。
Na2Oの熱膨張係数はLi2Oに次いで大きいため、溶射対象となる被塗物の熱膨張係数に合わせて容易にガラス質材料の熱膨張係数を設計することができる。この場合、Na2Oの添加量はLi2Oとの量比に依存する。さらに特筆すべき事項として、Na2Oの添加により発現する溶融時の粘性は、後述のAl2O3やCaOの添加により発現する溶融時の粘性と異なった性質を有する。Na2Oの場合、その添加量の増加に伴い概ね線形的に溶融時の粘性は高まる。一方、Al2O3やCaOの場合、その添加量により溶融時の粘性が突如変化する。このため、ガラス質材料を溶融したときの粘性制御しやすさにおいて、Na2Oは適している。
ただし、Na2OはB2O3と同様にプラズマ溶射により揮発しやすく、Li2Oより揮発量は大きい。Na2OはB2O3と熱膨張係数が大きく異なる。このため、Na2Oの配合割合が20重量%以上の場合、Na2Oの揮発に伴い、多量に添加すると溶射後のガラス質自体の組成を大きく変化させ、被塗物からの剥離、亀裂の原因となりうる。また、後記する溶射装置内で溶融して糸状となり、均一な溶射を阻害する。加えて、Na2Oを多く含有する場合、耐食性、硬度(耐摩耗性)が低下する。なお、Na2Oの配合割合が3重量%以下の場合、ガラス質の溶融性を高め同時に溶融時の粘性を上昇させる特徴が認められず、所望の電気絶縁性、耐電圧性を得ることができない。以上の観点を比較考慮して、Na2Oはガラス質溶射材料中に3〜20重量%、好ましくは6〜18重量%含有される。
“BaO”は、ガラス質溶射材料においてSiO2のガラス質形成を補助する成分である。BaOの配合量が増すほどガラス質の溶融性は高まり、溶射時のガラス質の軟化温度は低下する。ただし、Na2Oに起因する粘性上昇よりは効果が少ないものの、BaOの配合により被塗物表面に溶射されるガラス質の密着強度を高める。このことから、BaOはプラズマ溶射後に形成されるガラス質被膜の平滑性を向上させる。よって、形成されるガラス質の膜厚を薄くすることにも寄与する。加えて、形成されたガラス質の電気絶縁性、耐電圧性、比誘電率も高める。BaOは、Li2O、Na2O等のアルカリ成分と同量の配合量であれば、Li2O、Na2O等の電気絶縁性、耐電圧性よりも優れている。
BaOの配合割合が25重量%以上の場合、ガラス質溶射材料をプラズマ溶射する際の当該ガラス質の粘性は極端に高くなる。この結果、後記する溶射装置内で溶融して糸状となり、均一な溶射を阻害する。仮に溶射後に形成されたガラス質被膜においても、耐食性等は低下し、経時変化に脆くなる。BaOの配合割合が3重量%以下の場合、他の成分の配合量によるものの、形成されたガラス質の電気絶縁性、耐電圧性、比誘電率等の改善、被塗物表面におけるガラス質の密着強度の向上も認められない。従って、BaOの特性を勘案すると、BaOはガラス質溶射材料中に3〜25重量%含有される。
“ZnO”は、ガラス質溶射材料においてSiO2のガラス質形成を補助する成分である。ZnOはBaOと同様に配合量が増すほどガラス質の溶融性は高まり、溶射時のガラス質の軟化温度は低下する。ただし、Na2Oに起因する粘性上昇よりは効果が少ないものの、ZnOの配合により被塗物表面に溶射されるガラス質の密着強度を高める。このことから、ZnOはBaOと同様にプラズマ溶射後に形成されるガラス質被膜の平滑性を向上させ、形成されるガラス質の膜厚を薄くすることにも寄与する。加えて、形成されたガラス質の電気絶縁性、耐電圧性、比誘電率も高める。ZnOは、Li2O、Na2O等のアルカリ成分と同量の配合量であれば、Li2O、Na2O等の電気絶縁性、耐電圧性よりも優れている。
ZnOの配合割合が25重量%以上の場合、ガラス質溶射材料をプラズマ溶射する際の当該ガラス質の粘性は極端に高くなる。この結果、後記する溶射装置内で溶融して糸状となり、均一な溶射を阻害する。仮に溶射後に形成されたガラス質被膜においても、ガラス質の結晶化を引き起こすことから、熱膨張係数を小さくして剥離を誘発するおそれがある。その結果、ガラス質被膜の耐食性等は低下し、経時変化に脆くなる。特に、ガラス質の結晶化は制御することができない。ZnOの配合割合が3重量%以下の場合、他の成分の配合量によるものの、形成されたガラス質の電気絶縁性、耐電圧性、比誘電率等の改善、被塗物表面におけるガラス質の密着強度の向上も認められない。従って、ZnOの特性を勘案すると、ZnOはガラス質溶射材料中に3〜25重量%含有される。
“Ti2O”は、ガラス質溶射材料においてSiO2のガラス質形成を補助する成分である。Ti2Oは配合量が増すほど形成されたガラス質被膜の硬度(耐摩耗性)を上昇させる。また、TiO2は耐食性、電気絶縁性、耐電圧性も向上させる。Ti2Oは溶射後のガラス質の粘性を高めることから、Ti2Oの配合割合が10重量%以上の場合、徐冷時にガラス質の結晶化を引き起こし、熱膨張係数を小さくして剥離を誘発するおそれがある。ガラス質の結晶化は硬度や耐食性等を極端に低下させる。Ti2Oの配合割合が1重量%以下の場合、他の成分の配合量によるものの、形成されたガラス質の電気絶縁性、耐電圧性、比誘電率等の改善、プラズマ溶射の溶融時の溶融性が発現しない。従って、TiO2の特性を勘案すると、TiO2はガラス質溶射材料中に1〜10重量%、好ましくは1〜8重量%含有される。
“Al2O3”は、ガラス質溶射材料においてSiO2のガラス質形成を補助する成分である。Al2O3は、形成されたガラス質被膜の耐食性、硬度(耐摩耗性)、電気絶縁性、耐電圧性等の向上、再結晶化防止の作用を有する。Li2Oが含まれることによるガラス質の再結晶化改善のためにも、Al2O3は必須となる。Al2O3の配合割合が10重量%以上の場合、ガラス質溶射材料をプラズマ溶射する際の当該ガラス質の溶融性を低下させ、粘性を極端に高めてしまう。Al2O3の配合割合が1重量%以下の場合、前記の耐食性等と併せて再結晶化防止の作用が発揮されない。そこで、Al2O3はガラス質溶射材料中に1〜10重量%、好ましくは1〜5重量%含有される。
補助成分(B)は、前記の主成分(A)の酸化物種から組成されるガラス質溶射材料において、溶射、溶融時のガラス質、さらにガラス質被膜の性質の安定化、機能を増強、付加するために配合される。組成上の均衡から、当該ガラス質溶射材料中に1〜25重量%含有される。補助成分(B)に包含される組成成分を機能毎に分けて示す。
“CaO”は、耐食性、硬度(耐摩耗性)等を向上させる。また、ガラス質の溶融性を高め、溶射時のガラス質の軟化温度を低下させる。よって、被塗物表面に溶射されるガラス質の密着強度を高めることができる。BaOの存在下、微量のCaOによりガラス質被膜の透明性は向上する。なお、他のアルカリ成分との配合割合によるものの、CaOが多量となる場合、耐食性や硬度を低下させ、溶射時の溶融性も悪化する。
“SrO”は、ガラス質の溶融性を高め、溶射時のガラス質の軟化温度を低下させる。そこで、被塗物表面に溶射されるガラス質の密着強度を高めることができる。SrOは溶射時に揮発しにくいものの、多量に添加するとガラス質被膜の徐冷時に結晶化を誘発して剥離の原因となる。
“MgO,P2O5,K2O,V2O5,MnO2,Fe2O3,Co3O4,NiO2,CuO,MoO3,SnO2,PbO,BiO2,Lu2O3”は、溶射時のガラス質の溶融性を高めると共に、ガラス質の軟化温度を低下させる。このため、被塗物表面に溶射されるガラス質の密着強度を高めることができる。ただし、量いかんにより耐食性、硬度(耐摩耗性)、電気絶縁性、耐電圧を低下させ、溶射時のガラス質の粘度を突然上昇させることがある。
“Cr2O3,ZrO2,WO3”は、ガラス質被膜の硬度(耐摩耗性)を上昇させる。このうち、ZrO2は耐食性、電気絶縁性、耐電圧性を向上させる。Sb2O3は溶射されたガラス質被膜中の気泡量を低減、縮小化する働きがある。ただし、添加量いかんにより、ZrO2とSb2O3は溶融時のガラス質の粘性を突然上昇させることがある。
“Y2O3,Nb2O5,Ta2O3,Bi2O3,La2O3,CeO2,Pr6O11,Nd2O3,Sm2O3,Eu2O3,Gd2O3,Dy2O3,Ho2O3,Lu2O3”は、ガラス質溶射材料の電気絶縁性、耐電圧を向上させる。ただし、含有量によりガラス質の溶融温度を上昇させて溶射時の溶融性を下げる。また、溶融時のガラス質の粘性を突然上昇させる原因ともなりうる。
これより、図1に示す概略工程図を用い、第1実施形態E1のガラス質被膜形成ロール体の製造方法を説明する。第1実施形態E1の溶射対象は、主にステンレス鋼製のロール体である。始めに、ロール体基材に対し、ブラスト処理が行われる。この処理により、被塗物であるロール体基材の表面は、算術平均粗さ(Ra)2〜7μmに粗面化される(表面粗し工程:S11)。ブラスト処理は、ロール体にガラス質溶射材料を溶射する面、つまり当該ロール体の外表面または内表面のいずれか、もしくは両方となる(図4参照)。
ブラスト処理に当たりAl2O3(アランダム;alundam)、SiC(カーボランダム;carborundum)等の微細粒子がロール体基材の表面に吹き付けられる。このようにロール体被塗物表面をサンドブラストにより粗面化することによって、後記する溶融したガラス質被着のアンカー効果を発現させるための足場が形成される。同時に、ロール体被塗物表面に形成されるブラスト処理の凹凸は、溶射後に形成されるガラス質被膜に極端な凹凸を生じさせる程であってはならない。これらを考慮して、ロール体被塗物表面は算術平均粗さ(Ra)2〜7μmの凹凸状に形成された粗面となる。ブラスト処理後、アランダム等の付着汚れはエアの吹き付けにより洗浄される。
表面粗し工程(S11)後、被塗物となる金属製ロール体基材の表面温度は200〜1000℃に加熱される(加熱工程:S12)。この温度帯は、プラズマ溶射により飛散される溶融状態のガラス質と基材表面との温度差を少なくして、ロール体基材の被塗物表面に溶融状態のガラス質を均一に拡散しやすくするためである。また、ロール体基材金属の熱変形、表面酸化等を抑制するため1000℃が上限となる。なお、鉄製(例えばSS400製)の基材の場合には、ステンレスよりも表面酸化の影響を受けやすいため、400℃付近が上限となる。
被塗物となる金属製ロール体基材の加熱に際し、溶射の直前の表面温度を200〜1000℃に維持するように、ロール体基材全体の加熱と共に逐次的に場所を移動しながら行われる。ロール体の全長、直径、材質等にもよるものの、一度にロール体全体を加熱することは、設備上、エネルギー経費上の負担が大きくなる。そこで、例えば、特開平11−124663号公報等の部分加熱装置の適用が望ましい。加熱装置には、公知のガスバーナー、高周波誘導加熱コイル、電熱炉等が用いられ、金属製ロール体基材の材質、溶射に用いられる溶射材料の組成を考慮して最適な温度が選択される。
加熱工程(S12)により金属製ロール体基材の被塗物表面温度が200〜1000℃に維持されている間に、前掲の主成分(A)及び補助成分(B)を含んで組成された平均粒径10〜180μmの粒状物からなるガラス質溶射材料が、被塗物表面より4〜8cmの距離からプラズマ溶射される。一連のプラズマ溶射後に形成されるガラス質被膜を少なくとも3層以上、最終的なガラス質被膜全体の膜厚は300μm以上、かつ、ガラス質被膜表面の算術平均粗さは概ね0.2〜3.0μm、好ましくは0.2〜2.0μmに形成される(プラズマ溶射工程:S13)。
ガラス質溶射材料の溶射と基材表面の関係は、図3(a)の断面模式図として表すことができる。すなわち、ガラス質被膜形成ロール体10Aの製造において、ロール体基材11Aの内面側もしくは外面側に前記S11のブラスト処理が行われ、ロール体基材11Aの表面部分はブラスト化粗面12となる。ロール体基材用のガラス質溶射材料には、特にNa2Oが配合されているため、ブラスト化粗面12上での溶融ガラス質の広がりやすさ並びに同粗面への浸透、被着性能は向上する。そのため、1回目のガラス質溶射により形成された第1層目のガラス質被膜21では、ブラスト化粗面12の凹凸が多少緩和される。さらに、2回目の溶射による第2層目のガラス質被膜22、3回目の溶射による第3層目のガラス質被膜23のとおり、形成されるガラス質被膜の層数が増すほど、基材の被塗物表面に形成された全体のガラス質被膜20を通じて最終的な表面25の平滑性は高まる。後述の実施例からも明らかなように、最終的なガラス質被膜表面の算術平均粗さ(Ra)は0.2〜3.0μm、好ましくは0.2〜2.0μmの表面粗さに収斂する。ゆえに、事後的な表面研磨による平滑度、算術平均粗さ(Ra)の仕上げの負担が改善できる。
ガラス質被膜形成ロール体はオゾン発生装置の無声放電用電極として用いられる(後記図5参照)。この場合、ガラス質被膜の膜厚の歪みが大きくなると通電時にガラス質は絶縁破壊しやすくなる。そこで絶縁破壊に対する耐久性を確保する必要がある。これらの各種実需的観点から、基材の被塗物表面に形成されるガラス質被膜の膜厚は300μm以上、好ましくは、500μm以上、より好ましくは600μm以上となる。むろん、用途、目的等に応じて膜厚を増すことも可能であり、溶射回数を3回、または5回、あるいはそれ以上として、適宜ガラス質被膜の層数を増やすことができる。
加えて、ロール体基材用のガラス質溶射材料の平均粒径は、10〜180μmの粒状物として規定される。これは、図4(a)に示す溶射装置G内に備えられた図示しないプラズマ発生部(電極)への供給を容易とするためである。同時に、Na2Oを含有するために低出力設定の溶射装置としていることから、素早い溶融性が不可欠となるからである。平均粒径10μmを下回る場合、ガラス質溶射材料自体が細かすぎて供給管路内で詰まりやすい。平均粒径200μmを上回る場合、ガラス質溶射材料は溶射装置G内のプラズマ電極間を瞬時に通過する間に十分溶融されない。
ガラス質溶射材料の平均粒径が前記の範囲を外れる場合、特に粒径が10μmを下回る場合、プラズマ溶射後に被塗物表面に形成されるガラス質被膜中の気泡の数、量が共に増加することが明らかとなった。気泡の増加に伴い、ガラス質被膜に脆弱部位が生じやすくなる。この結果、例えばオゾン発生装置の無声放電用電極に用いた場合、当該電極の耐電圧に対する安定性を低下させる。この点を考慮して、好ましいガラス質溶射材料は、平均粒径10〜180μmの粒状物として規定される。
ロール体基材表面に形成するガラス質被膜の膜厚、溶融のばらつきを低減する必要上、ロール体基材用のガラス質溶射材料は粒子状のフリットに調製される。そして、10〜45μm、10〜75μm、20〜105μm、90〜120μm等の各範囲に篩別、分級され、平均粒径10〜180μm、好ましくは平均粒径30〜180μm、さらに好ましくは平均粒径30〜150μmを満たす粒状物としながらより狭い粒度分布に仕上げられる。この場合、平均粒径10μm以下のガラス質溶射材料を極力減らすことが望ましい。
ロール体基材用のガラス質溶射材料における主成分(A)及び補助成分(B)の各成分配合比(重量比)は、溶射対象となるロール体金属の熱膨張係数、所望するガラス質被膜の耐食性、硬度(耐摩耗性)、電気絶縁性、耐電圧性、密着強度、膜厚等に考慮した成分設計に基づき、主成分及び補助成分の各成分配合比(重量比)を満たす範囲内で規定される。
このガラス質溶射材料のプラズマ溶射に際し、プラズマ発生の出力を従来機よりも抑えると共に溶射材料のプラズマ電極間の通過速度を速めた装置とした。発明者の従来装置では、電源装置よりプラズマ電極へ、プラズマ電流:450〜650A、電圧:300〜600Vとする設定で供給していた。これに対し、新たな装置ではプラズマ電流:600〜700A、電圧:40〜50Vである(機器等は後記実施例参照)。ガラス質溶射材料自体が被る熱量は低減され、ガラス質溶射材料の溶融から対象物表面への被着までの間に生じていたガラス質成分の揮発は抑制される。すなわち、従来において揮発性の問題点からガラス質溶射材料への配合を抑制していたNa2Oの配合は可能となる。
一般的に、プラズマ溶射装置内で発生するプラズマジェットの温度は推定10000℃前後あるいはそれ以上とされる。ガラス質溶射材料は高温のプラズマジェットに晒されて瞬時に溶融し、対象物に被着することは明らかである。しかしながら、プラズマ溶射装置から噴出するガラス質溶射材料の溶融時の温度を正確に実測することは、ほぼ困難である。溶融したガラス質溶射材料により加熱された溶射装置付近の空気の温度を測ってしまうおそれがある。
発明者は鋭意試行の結果、溶射装置(その電源装置)の電圧、電流の設定値と、ガラス質溶射材料の溶融、被着の状態との間に関連性を見出した。そこで、前記並びに後記実施例のとおり、現状においては、プラズマ溶射装置に接続する電源供給装置の電圧、電流の電源設定値から推定して、間接的にガラス質溶射材料に加わるエネルギー量を調整している。すなわち、電圧、電流の電源設定値の加減をもって、Na2O配合ガラス質溶射材料の溶融温度の昇降調節、最適な被着条件の制御に適用することとしている。
Na2Oの配合に伴い、熱膨張係数設計の容易化、溶融したガラス質溶射材料の密着強度の飛躍的な上昇による表面被着性の向上等の利点が生じる。発明者の実測によると、ガラス質溶射材料へNa2Oを配合すると、粗面化した被塗物表面への1回の溶射であっても、形成されるガラス質被膜の1層の算術平均粗さ(Ra)は0.2〜1.55μmに収斂することを明らかにした。従って、最終的なガラス質被膜表面の算術平均粗さ(Ra)は概ね0.2〜3.0μm、より好ましくは0.2〜2.0μmとなる。
プラズマ溶射に際し、被塗物表面から4〜8cmの距離とは、プラズマ溶射時の同溶射装置の噴射ノズルから被塗物表面(金属ロール体表面)までの距離を意味する。この溶射時の距離を4〜8cmと近接させたとしても、被塗物表面がプラズマフレームから受ける熱曝露の影響も低減される。これは、前記のとおり溶射装置の出力を抑えたことによる。
被塗物表面と溶射装置の距離を4〜8cmまで接近させたことにより、噴射途中のガラス質(特にはNa成分)の揮発もいっそう抑えられる。また、プラズマフレームの圧力(噴出圧力)により、溶融ガラス質溶射材料の被塗物表面への密着性も高まる。つまり、ブラスト処理に伴って粗面化した被塗物表面の微細な凹凸構造の内部まで溶融ガラス質を侵入させることができる。
被塗物表面に形成されるガラス質被膜層の数は、形成されるガラス被膜の膜厚に応じて規定される。当然ながら、前記した摩耗耐性、耐腐蝕性が要求される用途においては、膜厚を肉厚とするため、3ないし5層、あるいはそれ以上にわたり溶射されて形成される。
ガラス質溶射材料のプラズマ溶射後には、適宜徐冷等が行われ、ロール体基材は室温に戻される。徐冷工程内の加熱は、溶融状態のガラス質溶射材料が再結晶化し難くするため、必要限度に抑えられる。ガラス質の再結晶化は若干耐久性においては向上するものの、耐電圧性を低下させやすい。このため、ガラス質の再結晶化の抑制が図られる。なお、図示のように、ガラス質溶射材料のプラズマ溶射後、必要に応じてガラス質被膜の表面粗さや膜厚を調整するために事後表面処理工程(S14)が行われる。この事後表面処理工程においては、ガラス質被膜表面の研削、ダイヤモンド等の研磨等によりガラス質被膜は所定の膜厚に調整される。また、研削や研磨の後にブラスト処理を行うことにより所望の表面粗さに調整される。
続いて、図4の模式図を用い金属ロール体と該ロール体基材用のガラス質溶射材料の熱膨張係数との関係を説明する。図4(a)のとおり、溶射装置Gは金属ロール体100に対しその外表面にプラズマ溶射する。外ガラス質被膜101が金属ロール体の外表面に形成される。あるいは、溶射装置Gは金属ロール体100の内表面にプラズマ溶射する。内ガラス質被膜102が金属ロール体の内表面に形成される。むろん、この両方の面にガラス質被膜を形成することもできる。図4中、符号Lsは溶射装置と溶射対象(被塗物の金属ロール体)の表面までの距離である。
外ガラス質被膜101は、図4(b)の断面模式図として示すことができる。外ガラス質被膜101が金属ロール体100の曲面に外側から張り付いて固定するためには、矢印で示される応力を生じさせていることが密着強度の観点から不可欠である。このような場合、ガラス質溶射材料の熱膨張係数を金属ロール体の熱膨張係数よりも大きくした組成成分である。つまり、溶射後、冷却時に外ガラス質被膜に生じる収縮の応力を利用するためである。
図4(c)の断面模式図として示す内ガラス質被膜102の場合、内ガラス質被膜102が金属ロール体100の曲面に内側から張り付いて固定するためには、同様に矢印で示される応力を生じさせていることが密着強度の観点から不可欠である。このような場合、ガラス質溶射材料の熱膨張係数を金属ロール体の熱膨張係数よりも小さくした組成成分である。
図2に示す概略工程図は、第2実施形態E2のガラス質被膜形成ロール体の製造方法に相当する。この第2実施形態の製造方法では、溶射対象となる金属製ロール体基材は主にSS400等の鉄製である。ステンレス鋼と比較して鉄は安価であるため、製品全体の価格を抑制することができる。図中、S11の表面粗し工程、S12の加熱工程、S13のプラズマ溶射工程は、図1の第1実施形態の製造方法と共通するため、その詳細を省略する。
通常、鉄に対して400℃以上、特に600〜1000℃の加熱が行われる場合、鉄製ロール体基材表面に酸化鉄被膜が過剰に生成される。このロール体基材の表面にガラス質溶射材料を溶射するならば、基材表面に生成された酸化鉄(FeO)の上にガラス質皮膜が形成されてしまう。そのため、鉄製ロール体基材と酸化鉄皮膜との界面から剥離する。つまり、ロール体基材とガラス質との被着強度は部分的に低下し、形成されたガラス質被膜はロール体基材から剥離しやすくなる。このような場合、より耐熱性を有し、酸化されにくいステンレス鋼を予め溶射して鉄製ロール体基材の表面を被覆することが酸化鉄被膜生成を抑制するために不可欠となる。
なお、溶射対象となる金属ロール体基材はSS400等の鉄製とするほか、ステンレス鋼を用いることもある。ここに、SUS310S、SUS316、SUS316L等の耐熱性のステンレス鋼を溶射することにより、ステンレス基材自体の耐熱性を向上させることができる。
図2から把握されるとおり、サンドブラストによる表面粗し工程(S11)後、適宜表面のエア洗浄が行われ、下地材としてステンレス鋼が溶射される(下地材溶射工程:Ssp)。下地材溶射は、効率性からガラス質溶射材料の溶射と同様にプラズマ溶射である。ステンレス鋼の下地材を溶射することにより、ロール体基材を保護すると共にガラス質被膜の密着強度を高めることができる(後記実施例参照)。ガラス質溶射材料の溶射に先立ち、被塗物となる金属製基材の表面温度は200〜1000℃に加熱される(加熱工程:S12)。
表面加熱温度の選択は、基材の用途、基材の被塗物表面と溶融したガラス質溶射材料組成との密着強度、気泡残存量等が適切に勘案される。鉄製基材の場合、400℃付近の表面加熱で十分であれば、前記の第1実施形態または当該第2実施形態のいずれとしてもよい。一方、鉄製基材としながらも600〜700℃の表面温度が所望される際には、ステンレスの下地材溶射工程を含む第2実施形態とすることが望まれる。
加熱工程(S12)後のプラズマ溶射工程(S13)は、第1実施形態の場合と同様であり、前出の主成分(A)及び補助成分(B)から組成された所定粒径の粒状物からなるガラス質溶射材料が被塗物表面より4〜8cmの距離からプラズマ溶射される。一連のプラズマ溶射後に形成されるガラス質被膜を少なくとも3層以上、最終的なガラス質被膜全体の膜厚は300μm以上、かつ、ガラス質被膜表面の算術平均粗さは概ね0.2〜3.0μm、好ましくは0.2〜2.0μmに形成される。以降の徐冷等も同様であり、必要に応じて研磨、ブラスト処理等を経て鉄製基材のガラス質被膜形成体が得られる。
ステンレス鋼の下地材溶射を取り入れたガラス質溶射材料と基材表面の関係は、図3(b)の断面模式図として表すことができる。すなわち、ガラス質被膜形成ロール体10Bの製造において、ロール体基材11Bの内面側もしくは外面側に前記S11のブラスト処理が行われ、ロール体基材11Bの表面部分はブラスト化粗面12となる。このブラスト化粗面12にステンレス鋼の下地材が溶射され、ステンレス被膜層30が形成される。その後、1回目のガラス質溶射により形成された第1層目のガラス質被膜21、2回目の溶射による第2層目のガラス質被膜22、3回目の溶射による第3層目のガラス質被膜23のとおり、形成されるガラス質被膜の層数が増すほど、基材の被塗物表面に形成された全体のガラス質被膜20を通じて最終的な表面25の平滑性は高まる。
これまでの説明、並びに開示の図1の第1実施形態E1、図2の第2実施形態E2から理解されるように、ガラス質溶射材料は、「ロール体被塗物表面にブラスト処理をして該ロール体被塗物表面の算術平均粗さを2〜7μmとした後に200〜1000℃に加熱し、前記ロール体塗物表面から4〜8cmの距離よりプラズマ溶射して少なくとも3層以上からなるガラス質被膜を形成すると共に、前記3層以上からなるガラス質被膜の合計の膜厚を300μm以上、かつ前記ガラス質被膜表面の算術平均粗さを0.2〜3.0μmを満たすガラス質被膜を得る。」ことを前提としたロール体形成のための溶射材料である。
これらの条件を満たすべく、ガラス質溶射材料は、主成分(A)として次の組成;SiO2:25〜60重量%、B2O3:5〜15重量%、Li2O:5〜20重量%、Na2O:3〜20重量%、BaO:3〜25重量%、ZnO:3〜25重量%、Ti2O:1〜10重量%、Al2O3:1〜10重量%を含み、さらに補助成分(B)として下記の組成;CaO,SrO,MgO,P2O5,K2O,V2O5,Cr2O3,MnO2,Fe2O3,Co3O4,NiO2,CuO,Y2O3,ZrO2,Nb2O5,MoO3,SnO2,Sb2O3,WO3,PbO,Bi2O3,La2O3,CeO2,Pr6O11,Nd2O3,Sm2O3,Gd2O3のいずれか一種もしくは二種以上を1〜25重量%含有した組成から調製される平均粒径10〜180μmの粒状物である。
ガラス質溶射材料の組成から把握できるように、Na2Oの配合が可能となる。この結果、溶射後に形成されるガラス質被膜の密着強度、平滑さ(算術平均粗さ)が確保でき、さらにはガラス質皮膜中の気泡の制御もなし得る(後記の実施例参照)。また、溶射時の揮発が抑制されることにより、溶射前のガラス質溶射材料と金属表面を被覆するガラス質被膜の組成の変化が少なくなり、熱膨張係数の設計も容易となる。
ガラス質被膜の形成に際して従来の琺瑯製法と本発明のプラズマ溶射とを比較した場合、琺瑯製法においては、ガラス質材料のロール体基材表面への塗布時(施釉時)に大量の空気が巻き込まれやすいことが指摘される。焼き付け時には表面のガラス質から溶融が始まるため、巻き込まれた気泡はそのまま溶融ガラス質層中に取り残され、ガラス質の固化に至る過程では気泡は抜けない。琺瑯用のガラス釉薬は電気炉やガス炉で焼き付けられるため、溶融したガラス質の基材表面の流れやすさを考慮して、溶融時に十分な粘性を発現する組成成分とする必要がある。粘性の調整が不適切ならば、均一なガラス質被膜の膜厚を得ることはできない。
加えて、琺瑯製法では溶融したガラス質のロール体基材表面の流れやすさを維持する必要からロール体基材の表面をなるべく平滑としている。つまり、ブラスト処理はロール体基材に対してほとんど行われていない。仮に琺瑯製法において、ロール体基材にブラスト処理をしたとしても、より多くの空気が巻き込まれるおそれがあり適さない。すなわち、膜厚の均一化は、ガラス質被膜中に不均一に残存する気泡と焼き付け時の溶融ガラス質の流動性により、決して容易ではない。この結果、ロール体基材表面に形成されるガラス質被膜の膜厚の僅かな差異より、ガラス質被膜の絶縁破壊等の脆弱性を招来しやすい懸念がある。
これに対し、プラズマ溶射によると、溶融ガラス質が直接飛散して、ロール体基材に被着するため、ガラス質溶射材料の粒径の制御いかんにより、巻き込まれる空気の量も少なくなり、溶融ガラス質は極めて均一に基材表面に広がる。このことから、ロール体表面に形成されるガラス質被膜の膜厚は概ね均一に仕上がる。特にNa分が含有されることにも起因する。従って、琺瑯製法に見られるような、気泡によるガラス質被膜の膜厚変化に伴った脆弱性は改善される。さらに、ロール体基材表面のブラスト処理に伴うアンカー効果も備わるため、琺瑯製法のガラス質のより強固な密着強度を得ることができる。
図5は、第1実施形態もしくは第2実施形態にて開示する製造方法(図1,2参照)により製造したガラス質被膜形成ロール体をオゾン発生装置の無声放電用電極に適用したときの概要図である。例示のオゾン発生装置200において、オゾン発生部201は、接地電極管205とこの内部に導入された誘電体管(無声放電用電極)202からなる二重管構造である。接地電極管205と誘電体管202は空隙部206を保って配置される。図示の誘電体管202には、図3にて説明したロール体の外表面にガラス質被膜を形成したガラス質被膜形成ロール体10A,10Bが用いられる。ガラス質被膜形成ロール体の金属製ロール体基材は誘電体電極管204となり、そのガラス質被膜は誘電体203である。誘電体電極管204と接地電極管205は交流電源210に接続され、所定電圧で印加される。印加により空隙部206に無声放電が起きて放電柱が生じる。ここに酸素が供給された場合、空隙部206の通過中に一部の酸素はオゾンに変化する。すなわち、ガラス質被膜を有するロール体はオゾン発生装置の無声放電用電極である。
その後、生成したオゾンは、船舶のバラスト水殺菌処理装置、上下水道水等の水質浄化処理装置、消臭や除菌等の空気浄化装置に適宜利用される。オゾン発生部の構造、大きさ、形状については使用目的の各種装置に応じて適宜選択される。
[ガラス質溶射材料の調製]
発明者は、これまでガラス質溶射材料への添加が控えられてきたNa2Oに関し、どの程度まで配合可能であるか、さらに、ガラス質溶射材料中に含有されるNa2Oに起因する影響について、その配合量と共に形成されたガラス質被膜の性質、形態の変化を観察した。はじめに、表1の組成成分のとおり、必須の8種類の主成分と4種類の補助成分からなるロール体用ガラス質溶射材料を調製した。ガラス質溶射材料中に占めるNa2O量を0重量%(試料A),1重量%(試料B),5重量%(試料C),10重量%(試料D),15重量%(試料E),20重量%(試料F)の順に変化させた試料AないしFの粒子状のフリットに調製した。各フリットとも10〜45μmの粒径に分級した。参考として各試料の線膨張係数も記した(実際の数値は表記の数値×10-6である。)。
[プラズマ溶射装置・設定条件]
プラズマ溶射に際し、溶射装置として、プラックスエアー社(Praxair Technology,Inc.)製:製品名「Model SG−100 Plasma Spray Gun」を使用した。また、電力、冷却水、ガスの供給制御、溶射材料の供給制御の装置として、同プラックスエアー社製:製品名「Model 3710 Plasma Control Console」、ガラス質溶射材料の供給装置として、同プラックスエアー社製:製品名「Model 1264 Powder Feeder」、電源装置として、同プラックスエアー社製:製品名「Model PS−1000 Plasma Power Source」、高周波発生装置に同プラックスエアー社製:製品名「Model HF−2200」を使用した。
[サンドブラスト処理,下地材の溶射]
SUS304のステンレス鋼管(外周直径5.5cm,全長60cm)に対し、#60、#80のアランダムによりサンドブラスト処理を行い、その表面をエアー洗浄して粉塵を除去した。図6は未処理のステンレス鋼管の表面を拡大した光学顕微鏡の写真(倍率20倍)である。図7(a)はサンドブラスト処理後の写真(倍率20倍)、図7(b)は同じくサンドブラスト処理後の写真(倍率100倍)である。サンドブラスト処理により図7(a)及び(b)のように、表面の縞模様が削り取られて細かく不規則な毛羽立ち状の凹凸を形成した。未処理のステンレス鋼管の算術表面粗さ(Ra)は0.1〜0.8μm、サンドブラスト処理後のステンレス鋼管の算術表面粗さ(Ra)は3.28〜4.80μmであった。
サンドブラスト処理後、SUS304のステンレス鋼管に対し、下地材としてSUS316Lのステンレス鋼(平均粒径30μm)をプラズマ溶射した。下地材のプラズマ溶射に際し、前記の装置を用い、電流:800A、電圧:50Vを中心とした出力設定とした。このときの供給ガスは、Ar:50L/分,He:100L/分とした。図8(a)は下地材溶射後の表面写真(倍率20倍)、図8(b)は同じく下地材溶射後の表面写真(倍率100倍)である。サンドブラスト処理により生じた凹凸表面がステンレスの下地材により被覆されている。下地材溶射を経た場合であっても、サンドブラスト処理による凹凸表面の形態はほぼ維持されている。
[ガラス質被膜形成ロール体の試作]
各ガラス質溶射材料を溶射する際の電源装置の条件は、電流:700A、電圧:40.6Vを中心とした出力設定とした。上記溶射装置への供給ガスは、Ar:50L/分,He:100L/分とした。溶射対象(ステンレス鋼管基材)から前記の溶射装置までの距離は50mmとし、少なくとも3層以上の溶射とした。
サンドブラスト処理、下地材の溶射を終えたSUS304のステンレス鋼管の表面温度を約700℃に予め加熱した。試料A,B,C,D,E,Fのフリット(ガラス質溶射材料)を前記のプラズマ溶射装置を用い、上記の溶射条件に基づいて溶射し、試料A,B,C,D,E,Fのフリットに基づくガラス質溶射ステンレス鋼管試作品(At,Bt,Ct,Dt,Et,Ft)を試作した。
これと併せて、下地材の溶射を省略しサンドブラスト処理のみを施したステンレス鋼管表面に試料A、B、C、D、E、Fのフリット(ガラス質溶射材料)を同様の条件に基づいてプラズマ溶射した試作品も試作した。各試作例とも徐冷、冷却後、以下の観察、測定に供した。
試料Fのフリットを溶射した場合、ガラス質の粘性が高くなった。表1には示していないが、ガラス質溶射材料中に占めるNa2O量を25重量%としたフリットも調製して溶射を試みた。しかし、溶射時の溶融の際にガラス質が水飴状に糸を引いた状態であったため、溶射は不十分となり、ステンレス鋼管表面へのガラス質被膜形成を断念した。従って、ガラス質溶射材料中に含有されるNa2Oの最大量は、Fのフリットの配合である20重量%が限界と考えられる。AないしFのフリットを用いた溶射試作品とも、溶射回数は3回とし、形成したガラス質被膜の膜厚はほぼ450μmとなった。
[溶射試作品の形態観察]
試料A,B,C,D,E,Fのフリットに基づくガラス質溶射ステンレス鋼管試作品(At,Bt,Ct,Dt,Et,Ft)について、代表的な表面直下の様子を光学顕微鏡により観察した(図9参照)。図9(a)は溶射試作品Atの表面直下を倍率150倍で撮影した写真である(以下倍率同じ。)。同(b)は溶射試作品Bt、同(c)は溶射試作品Ct、同(d)は溶射試作品Dtである。
[溶射試作品の形態観察の結果]
溶射試作品At,Bt,Ct,Dtのガラス質被膜内に生じた気泡量とその大きさの減少は、図9に示した観察写真より顕著となる。図9(a)及び(b)では、気泡は大きく、数も多い。このことは鮮明な輪郭からも明らかである。図9(c)及び(d)では、気泡の大きさはより縮小し、数量は低下した。気泡量とその大きさの減少は、後記表2の算術平均粗さ(Ra)の変化からも明らかとなった。溶射試作品の形態観察の結果、試料Aから試料DにかけてのNa2O量の増加に伴い、表面平滑性(表面粗さ)の向上、ガラス質被膜内の気泡量の減少を確認した。つまり、プラズマ溶射に供するガラス質溶射材料中のNa成分は極めて有効である。図示しないが、試作品Etの気泡の様子は試作品Dtとほぼ同様であった。試作品Ftについては逆に気泡量が増加した。
[耐電圧性の測定]
ガラス質溶射ステンレス鋼管試作品At,Bt,Ct,Dt,Et,Ftの表面をステンレス薄板により巻いて覆い、煉瓦の上に載置した。ステンレス薄板と、鋼管試作品の内面側(ガラス質が溶射されていない部位)に耐電圧試験器の電極を接続し、10kVの電圧で印加した。また、各試作例について10kV印加時の漏れ電流も漏れ電流測定機により測定した。
[密着強度の測定]
試作品At,Bt,Ct,Dt,Et,Ft、並びに下地材溶射を省略して試料A,B,C,D,E,Fのフリットを溶射した試作品の密着強度を測定した。当該測定において、JIS−H−8402(2004):溶射被膜の引張密着強さ試験方法を用いた。下地材溶射なしは「#1」、下地材溶射ありは「#2」を表2の項目に付した。
[耐衝撃性の測定]
試作品At,Bt,Ct,Dt,Et,Ftに関する耐衝撃性の評価に際し、JIS−R−4301(1999):ほうろう製品の品質試験方法より、同5.15の加熱急冷試験(2)、同5.18の落球試験(落球高さは図11を参照、鋼球重量約200gとした。)を採用し、それぞれ測定した。
各試作品の表面粗さ、漏れ電流、引張密着強さ試験、加熱急冷試験、落球試験の結果は、表2のとおりである。加えて、耐電圧性試験の測定結果は図10のグラフ、落球試験の測定結果は図11のグラフのとおりである。
[溶射試作品の測定の結果]
表2の結果、ガラス質溶射材料中に占めるNa2O量は20重量%に至るまでの増加に伴い、いずれの物性も向上した。表中、試作品At,Bt,Ct,Ftの密着強さ試験の数値は、基材から当該ガラス質被膜が剥離した時点の数値である。「*)」を付記した試作品Dt,Etについては、ガラス質被膜と基材との密着が強固であったため、その密着強さ試験の数値は、当該ガラス質被膜の層内における断裂した時点の数値である。すなわち、一定量までのNa2O量の増加は密着強度の飛躍的向上を促す。加えて、下地材の溶射を行うことによっても密着強度上昇を確認できた。ただし、試作品Ftの結果のとおり、ガラス質溶射材料中に占めるNa2O量が20重量%に達すると、物性の悪化も見られた。
図10の耐電圧性の推移結果より、試作品At,Btは、10kVの電圧を通電後、30〜60秒ほどで電圧が急低下した。試作品Ftは10kVの電圧を通電後、4〜5分ほどで電圧が急低下した。試作品At,Bt,Ftでは絶縁性が喪失した。試作品Ct,Dt,Etについては、10kVの電圧を10分以上通電し続けたが電圧に変化が生じなかったため、通電を終了した。従って、Na2Oを3重量%、好ましくは10重量%〜20重量%含有するガラス質溶射材料は、耐電圧性(絶縁性能)の面で格段に向上する。併せて、漏れ電流の低下からも実需要に対応できる。
表2の落球試験の結果においては、いずれも剥離が見られなかったため、鋼球を落とした際に生じた亀裂の大きさを測定した。図11のグラフに示したように、ガラス質溶射材料中に含まれるNa2Oが増加するに従い亀裂の大きさは低減する。ただし、ガラス質溶射材料中に占めるNa2O量が20重量%まで増加すると、逆に衝撃への耐性が劣る結果となった。
[考察,Na成分の作用]
以上の観察、測定から得られた知見を踏まえ、発明者は次のとおり推察する。密着強度に関しては、Na2Oが添加されることによりプラズマ溶射時のガラス質自体の溶融性は高まる。また、含有量により溶融時の粘性も上昇することから、基材の溶射対象表面に溶射されるガラス質は被着容易となる。特に、基材表面はサンドブラスト処理を伴った毛羽立ち状の粗面であり、Na成分に起因する溶融性と粘性の均衡のとれた溶融ガラス質材料は細部まで浸透して食い込みやすい。すなわち、アンカー効果が見られる。この点において基材表面とガラス質被膜との密着強度が向上する理由を導くことができる。
ガラス質被膜の平滑性(表面粗さRa参照)に関して、Na2Oによるガラス質の粘性上昇に伴うガラス質自体の流動性の低下から、巻き込まれた気泡同士の移動(集合して大きくなること)を抑制する。その結果、形成されたガラス質被膜中におけるガラス質の充填の部分的な偏りは改善される。そこで、気泡低減によるプラズマ溶射後のガラス質被膜の平滑性、耐衝撃性、温度変化への耐性の向上と共に、ガラス質の充填具合が均質化することにより、絶縁性のガラス質が一様となって耐電圧性の向上にも効果を発揮すると言える。
[オゾン生成能力の検証]
ガラス質被膜形成ロール体をオゾン発生装置に適用した際の有効性を実証するべく、試作品At,Bt,Ct,Dt,Et,Ftのガラス質被膜形成ロール体をオゾン発生装置の無声放電用電極に用い、オゾン生成能力を検証した。各試作品のロール体は、前出のSUS304のステンレス鋼管(外周直径5.5cm,全長60cm)とほぼ同じ大きさである。試作品のロール体を誘電体管(無声放電用電極)とし、これよりも僅かに内径が大きいステンレス鋼製の接地電極管を試作品のロール体に間隙を形成しつつ被せて二重管とした。概要は前掲の図5のとおりとなる。
続いて、専用容器内に、試作品のロール体(誘電体管)及びその外側を覆う接地電極管からなる二重管を収容し、誘電体管と接地電極管のそれぞれに電気ケーブルを装着し、電源装置に接続した。二重管に対し、1kW/m2から4kW/m2の段階別の通電を行った。
二重管に対して所定量の電力密度で通電している間に、専用容器内の空気を酸素で置換し当該専用容器を密閉した。そこで、各段階の電力密度の通電中に専用容器内において生成したオゾン量を検出し、単位体積(m3)当たりのオゾン重量(g)とするオゾン濃度(g/m3)に換算した。一連の検出を試作品At,Bt,Ct,Dt,Et,Ftのガラス質被膜形成ロール体に行った。
各電力密度による通電とオゾン発生量の関係は、図12のグラフとなった。試作品At,Bt,Ftは、電力密度を上げて通電した際に絶縁破壊が生じたため、途中で実験を打ち切った。試作品Ct,Dt,Etは、いずれも未通電状態から電力密度を上げて通電するに従い概ね同様の傾向の上昇率でオゾン生成量も増加した。オゾン生成能力と誘電体管としての耐久性の結果は、図10の耐電圧性及び図11の衝撃耐性の結果と重なる。グラフの0kW/m2(未通電時点)における濃度差は、専用容器内の残存オゾン量と考えられる。
ガラス質被膜形成ロール体をオゾン発生装置の誘電体管に使用する場合、ガラス質溶射材料中に含まれるNa2O量の増量ならば、通電に伴うオゾン発生量の増加を確認することができた。しかし、Na2O量は20重量%に近づくと逆にオゾン発生量、耐久性が劣ることも明らかとなった。他の配合成分の影響は考慮されるものの、この結果を踏まえガラス質被膜形成ロール体をオゾン発生装置の誘電体管に適用する場合、ガラス質溶射材料中に含まれるNa2O量は、3〜20重量%、好ましくは3〜18重量%、より好ましくは5〜15重量%であると推定できる。
[各種ガラス質溶射材料の試作]
プラズマ溶射に供するロール体用ガラス質溶射材料に関し、当該材料中に含有されるNa成分の特筆すべき効果を検証した発明者は、主成分並びに補助成分について、配合比率を変化させながらガラス質溶射材料を調製した。表3,4,5にて開示する試料No.1.00ないし1.28の計29種である。
[各種ガラス質溶射材料に基づくガラス質被膜形成ロール体の試作]
試料No.1.00ないし1.28のガラス質溶射材料について、平均粒径を10〜45μmとするフリットに分級した。ガラス質溶射対象のロール体は、前記同様の条件に従いサンドブラスト処理及びSUS316Lの下地材のプラズマ溶射を行ったSUS304のステンレス鋼管(外周直径5.5cm,全長60cm)である。試料No.1.00ないし1.28のガラス質溶射材料を溶射する際の電源装置の条件は、前記同様に、電流:700A、電圧:40.6Vを中心とした出力設定とした。上記溶射装置への供給ガスは、Ar:50L/分,He:100L/分とした。下地材の溶射を終えたSUS304のステンレス鋼管の表面温度を約700℃に予め加熱し、溶射対象(ステンレス鋼管基材)から前記の溶射装置までの距離は50mmとして3層の溶射とした。
試料No.1.00ないし1.28のガラス質溶射材料を溶射して出来上がったガラス質被膜形成ロール体は、いずれもガラス質被膜の膜厚はほぼ450μmとなった。発明者が目視により各ロール体の外観を確認したところ、いずれのロール体も平滑な表面に仕上がった。
表中の試料の配合例から理解されるとおり、主成分の量的範囲を「SiO2:25〜60重量%、B2O3:5〜15重量%、Li2O:5〜20重量%、Na2O:3〜20重量%、BaO:3〜25重量%、ZnO:3〜25重量%、Ti2O:1〜10重量%、Al2O3:1〜10重量%」として含み、さらに補助成分も含むガラス質溶射材料の組成は、良好なガラス質被膜形成ロール体の製造に好適であることを明らかとした。
[ガラス質溶射材料の平均粒径と気泡の影響]
発明者は、プラズマ溶射用のガラス質溶射材料にNa成分を配合することにより、耐久性等のガラス質被膜の性能向上、オゾン生成能力の改善を実証した。その後、さらにガラス質被膜形成ロール体の製造における鋭意プラズマ溶射の条件を検討した。すると、粒状ガラス質溶射材料(フリット)の平均粒径が変化するに従い、プラズマ溶射に生じる気泡形成量に差異が生じることを明らかにした。この気泡量の変動は、ガラス質被膜形成ロール体の耐久性、特に、オゾン発生装置の無声放電用電極に使用した際の耐電圧性に影響を与える。安定した品質のガラス質被膜形成ロール体を量産することが急務であるため、気泡低減に最適なガラス質溶射材料(フリット)の平均粒径を調査した。
そこで、前出の試料No.1.00(表3参照)の成分組成に基づくガラス質溶射材料を用い、下記の表6のとおり、試料No.2.1ないし2.6の計6種類の平均粒径(μm)を有するフリットに分級した。粒径10μm以下のフリットはフィーダーにて目詰まりしやすく、溶融のむらをなくすため、分級に際し粒径10μm以下のフリットの混入を極力排除した。
ガラス質溶射対象のロール体は、前記同様の条件に従いサンドブラスト処理及びSUS316Lの下地材のプラズマ溶射を行ったSUS304のステンレス鋼管(外周直径5.5cm,全長60cm)である。試料No.2.1ないし2.6のガラス質溶射材料を溶射する際の電源装置の条件は、前記同様、電流:700A、電圧:40.6Vを中心とした出力設定とした。溶射装置への供給ガスは、Ar:50L/分,He:100L/分とした。下地材の溶射を終えたSUS304のステンレス鋼管の表面温度を約700℃に予め加熱し、溶射対象(ステンレス鋼管基材)から前記の溶射装置までの距離は50mmとした。
各試料とも、平均粒径が異なることから、1回当たりのプラズマ溶射により溶射対象に被着するガラス質被膜の量が異なる。そこで、プラズマ溶射の回数、フリット供給用のフィーダーの設定を加減しながら溶射を試みた。試料No.2.1ないし2.6のガラス質溶射材料を用いたプラズマ溶射の結果は、表6である。順に平均粒径、メジアン径、粒径分布、溶射1回当たりのガラス質の平均膜厚、合計溶射回数、合計のガラス質の膜厚、平滑度Ra、そして総合評価である。回数以外の単位はμmである。
次に、試料No.2.1ないし2.6のガラス質溶射材料を用いプラズマ溶射し終えたステンレス鋼管のガラス質表面を光学顕微鏡により観察した。撮影は反射光下で行った。
図13(a),(b)は試料No.2.1であり、同図(c),(d)は試料No.2.2の写真である。図中(a),(c)は倍率100倍、(b),(d)は倍率500倍である。図13の写真から判断すると、試料No.2.1及び2.2の溶射表面の全体に気泡が確認できる。
図14(a),(b)は試料No.2.3であり、同図(c),(d)は試料No.2.4の写真である。図中(a),(c)は倍率100倍、(b),(d)は倍率500倍である。図14の写真から判断すると、試料No.2.3及び2.4の溶射表面は、図13と比較して全体にほとんど気泡を判別することはできず、概ね平滑である。
図15(a),(b)は試料No.2.5であり、同図(c),(d)は試料No.2.6の写真である。図中(a),(c)は倍率100倍、(b),(d)は倍率500倍である。図15の写真から判断すると、試料No.2.5及び2.6の溶射表面はこれまでの溶射表面と比較してやや粗い。なお、一部に径の大きな気泡が存在する。
総合評価の判定は、図13ないし図15の表面観察の様子に加え、プラズマ溶射装置(当該装置の溶融部位)への供給の容易さ、つまりフリットの流動性、さらに溶射時のガラス質の溶融具合を総合的に判断して結論づけた。この結果について、「優良」を‘A’とし、順に「良」を‘B’、「普通」を‘C’とし表6に記した。
表6より明らかとなった各試料間の平均粒径の推移をみると、平均粒径が小さいほどガラス質の溶融性は高まる傾向から、十分に溶融したガラス質は、溶射対象であるロール体表面に広がりやすくなり、表面粗さは小さくなり平滑化する。逆に、平均粒径が大きくなると、幾分、ガラス質溶射材料は溶融しにくくなることもあり、溶射対象であるロール体表面の流動性の低下から、表面は粗くなりがちである。ただし、前述のとおり、最終的に表面を研磨することもできるため、表面粗さの問題の克服は容易である。なお、事後の省力化を図りつつ、ガラス質の最表面を平滑に仕上げるため、表面粗さの最大は0.2〜3.0μmであり、好ましくは0.2〜2.0μmに収斂させることが適切となる。
そこで、表6の総合評価の判定結果を踏まえ、良好なプラズマ溶射、気泡の低減を実現したガラス質表面の形成を勘案すると、ロール体用ガラス質溶射材料に求められる平均粒径の下限は、10μm以上、より好ましくは30μm以上が望まれ、特に60μm以上、さらには80μm以上である。次に、ガラス質溶射材料の粒径が200μmを超過する場合、プラズマ溶射時の溶融が不十分となりやすく、溶射にむらが生じた。このことから、ロール体用ガラス質溶射材料に求められる平均粒径の上限は180μmである。