砥粒を含んだラップ定盤にワークを押し当て、両者の相対回転移動によりワーク表面を研磨して円滑な仕上げ面を得る加工方法は広く利用されている(例えば、特許文献1、2参照)。図4は、研磨装置(ラッピング装置)50の概要を示している。図4において研磨装置50は、基台51と、基台51に取り付けられたモータ52によって回転駆動されるラップ定盤53と、基台51に対して上下動可能に支持された主軸台54と、主軸台54に取り付けられたモータ56によって回転駆動されるワークスピンドル57とから構成されている。
ワークスピンドル57の先端にはワークホルダ58が取り付けられ、さらにワークホルダ58には、図示の例ではウエハなどのワーク59が取り付けられている。ワーク59とラップ定盤53との間には、図示しない研磨液供給口から噴霧などにより研磨液が供給される。あるいは代替として、ラップ定盤53の表面に研磨パッドが貼り付けられていてもよい。また、ラップ定盤53は、図の破線で示すようにワーク59と接触する部分を含むドーナツ状に構成されてもよい。
以上のように構成された研磨装置50の動作は、モータ52によってラップ定盤53が回転駆動され、同様にワーク59を保持したワークホルダ58が、モータ56によって回転駆動される。主軸台54が矢印55に示すように下降することによりワーク59が下降し、対向して回転するラップ定盤53の表面に所定圧力で押し当てられる。この間に研磨液供給口から研磨液がラップ定盤53上に供給され、研磨液中に含まれる砥粒が相対移動するワーク59とラップ定盤53の間に導入されてワーク59の表面が研磨される。全体の動作は、図示しない制御部によって制御されている。
ワーク59の表面研磨に使用される研磨液(スラリー)は、一般にダイアモンド等の硬質研磨材からなる砥粒を水性又は油性の研磨溶液中に分散させている。研磨液が供給されると、研磨液中のダイアモンド等の砥粒がワーク59とラップ定盤53の間を転がり、あるいは錫や銅などの軟質材で作られたラップ定盤53の表面に刺さって固定されるなどにより、砥粒表面に現れる切刃が相対移動するワーク59を研磨する。ワーク59を研磨して切刃が破壊された砥粒は順次ラップ定盤53の表面から脱落し、供給される研磨液から新たな砥粒が補充される。上述した研磨パッドを使用する場合には、研磨パッドにあらかじめ研磨液が含浸されている。
図5は、定盤53に対向して保持されるワーク59の保持方式を示している。まず図5(a)に示す例は先の図4にて説明した形式によるもので、ワーク59はワークスホルダ58に固定されてワークスピンドル57により強制回転駆動されるよう構成されている。この場合、ワーク59はワークホルダ58の先端にピボット結合されており、すなわちワーク59はラップ定盤53の表面に対して揺揺可能となっている。ラップ定盤53は矢印62に示す方向に回転駆動され、さらにワーク59も矢印63に示す方向に回転されて両者の相対移動によりワーク59の表面が研磨される。
また、図5(b)に示す他の例では、ワーク59はラップ定盤53の上に自重で載置され、一対の支持ローラ61によって移動が拘束されている。ラップ定盤53が矢印62に示す方向に回転することにより、ラップ定盤53の半径方向の周速の差によってワーク59は矢印63のように回転し、両者の相対回転接触によってワーク59が研磨される。この間、ワーク59は支持ローラ61によって所定位置に拘束される。この場合にはワーク59は強制回転されることはなく、加工中のワーク59の回転は受動的な回転に留まる。
このように従来の研磨加工においては、ワーク59は一般にラップ定盤53の平面に対して自由度を持って接触していた。これは、研磨を繰り返すことによって主に軟質材で作られるラップ定盤53がワーク59を研磨すると同時に自身の研磨表面も研磨剤により研磨されるものとなり、時間の経過と共に研磨表面が偏摩耗することに起因している。図6はその状態を示したもので、図6(a)に示すものではラップ定盤53の中央部分が偏摩耗してラップ定盤53が中低(なかひく)に傾斜し、このようなラップ定盤53に載置されるワーク59は図示の例では右上がりに傾斜するものとなる。逆に図6(b)に示す例ではラップ定盤53の周辺部分が偏摩耗して中高(なかだか)に傾斜し、図示の例でワークは右下がりに傾斜するものとなる。このような偏摩耗は、研磨条件(駆動系の回転数、ワークのサイズ、ワークの保持位置、研磨荷重など)によってばらつきがあり、その量、傾斜方向は一定しない。
図6に示すような状態でワーク59を駆動系の回転軸に直接固定して研磨することは加工面の平坦度を著しく低下させるものとなるため、従来ではその対応として図5に示すようにワーク59をピボット保持(強制回転)または自重載置(フリー回転)とし、ラップ定盤53が偏摩耗してもワーク59の表面がラップ定盤53の研磨表面に沿うようにして平坦度の改善を図ったものである。なお、ラップ定盤53は、偏摩耗が一定量をこえると表面を研磨し直し、平坦度(軸に対する直角度)を回復させることができるが、そのためにはラップ定盤53の着脱から研磨加工までの作業を要し、設備稼働率を著しく低下させる原因ともなることから、しばしばの再研磨は望ましいものではない。
図5に示すワーク59の保持の際、ラップ定盤53の偏摩耗に対応してワーク59をピボット保持もしくはフリー保持とすることで偏摩耗に対してワーク59の被研磨面のある程度の平坦度、平行度の改善が見られたとしても、それには一定の限界があった。これは、ワーク59がラップ定盤53に対向して固定されておらず、自在に揺動可能であることに起因するものと考えられる。この揺動自在であることによって結果的にワーク59自身が、山状、谷状、あるいは一方向へのテーパ状に研磨される傾向が生じていた。さらには、このようなワーク保持方法においては、ラップ定盤53の偏摩耗そのものもさらに助長される傾向が見られていた。このような現象は、特には高い精度が要求される超硬質材料の加工においては致命的な問題となり得た。
従来、研磨加工は鉄、鋼、銅などの構造材料の表面仕上げが主な対象であった。これに対して昨今では、サファイア、シリコン、SiCなどの半導体材料、あるいはセラミックなどの超硬質材料を加工対象とするケースが増加している。半導体材料などでは、最終的な微小製品に対応して平行度、平坦度を始め、一般に構造材料よりもはるかに厳しい寸法精度が要求されるのが常である。このため超硬質材料の研磨に当たっては、従来の構造材料の加工とは異なる加工技術の開発が望まれていたが、上述のように従来技術においては必ずしもこれに対する十分な対応が採られていなかった。
図5に示すような従来技術におけるワーク保持方法ではさらなる平行度、平坦度の精度向上を図ることが期し難く、これを改善する1つの方策として、ワークを規制保持することによって解消することが提案されている。その例を図7に示している。図において、ラップ定盤53は下方に位置する図示しないモータ52(図4参照)によって矢印62の方向に回転駆動される。ラップ定盤53に対向して上方からワークスピンドル57が延び、その先端にあるワークホルダ58にワーク59がバキュームの作用で固定されている。ワークスピンドル57は、矢印63に示すように回転してワーク59を所定速度で強制的に回転駆動する。
以上のようにワーク59を保持した場合、ワーク59はその被研磨面がワークスピンドル57の軸に対して垂直となるよう保持されるが、ただしこのようにワーク59を規制保持することによってもラップ定盤53の偏摩耗は回避されるものではない。ラップ面がベルト状に形成されておれば格別、ラップ定盤53は回転駆動されるためにその半径方向の各位置において周速に差異が生じていること等がその原因と考えられる。このラップ定盤53の偏摩耗を無視してワーク59を固定することは当然ながら平坦度を逆に悪化させる要因ともなり得るため、ワーク59を保持するに当ってはラップ定盤53の偏摩耗に対応させなければならない。そのための具体的方策としては、ワークスピンドル57の軸を傾斜可能に構成し、ラップ定盤53の偏摩耗度(中低、中高の度合い)を測定してこれに応じてワーク59の被研磨面がラップ定盤53の偏摩耗度に沿うようワークスピンドル57を傾斜させることである。この傾斜は、例えば図4に示す主軸台54そのものを傾斜させるか、あるいはモータ56の駆動軸、あるいはギアを介してワークスピンドル57の軸を傾斜させるものとなる。ワークスピンドル57自身を傾斜されるには、そのケースの外周に配置された4箇所の調整可能なロックボルトの締め具合の調整などによって可能ではある。
しかしながらこれらの方策においても問題がある。ラップ定盤53の偏摩耗量の検出には精密な測定を必要とし、かつその測定結果に応じて回転駆動軸の傾斜に当たってはその傾斜がごく僅かでもあるために、例えば上述したワークスピンドル57周囲のロックボルトの微調整などでは極めて高度な技術と経験を要する作業となる。また、一旦偏摩耗を測定して回転駆動軸を傾斜させても、研磨の完了時には偏摩耗度が変化するためにその都度校正、再調整が必要となり、結果として設備の稼働率を著しく低下させるものとなる。
さらに加えて、ワーク59をワークスピンドル57の軸で規制する場合、これによってワーク被研磨面の平坦度は向上するものの、一般に表面荒さを悪化させる傾向にある。これは、例えば研磨液中の分散された砥粒の径のバラツキ、ラップ定盤53の研磨表面に突き刺さった砥粒の向きなどの影響で研磨面に大負荷がかかった場合、ワーク59がフリー載置されていればワーク側が逃げてその圧力が回避されるのに対し、ワーク59が規制保持されている場合には圧力が加わったままで突出した砥粒によって表面が削られ、結果的に表面粗さを低下させるものと考えられる。
以上より、本発明は研磨装置、研磨加工において、従来技術では限界があった被研磨面の平坦度、平面度をより高め、かつ研磨による表面粗さを犠牲にすることのない、改善された研磨装置、研磨方法を提供することを目的としている。
本発明は、ワークを回転駆動するための回転駆動軸に角度調整機構を折り込み、ワークを規制保持した状態でワーク被研磨面をラップ定盤の研磨面に押し当て、そのままの状態で角度調整機構をロックすることにより、ラップ定盤研磨面の偏摩耗による傾斜を測定することなしにワークの傾斜並びにワーク回転駆動軸の調整を可能にするもので、具体的には以下の内容を含む。
すなわち、本発明に係る1つの態様は、回転するラップ定盤の表面にワークを押し当てて当該ワークを研磨する研磨方法において、加工開始に当り、ラップ定盤に対向してワークを保持するワークスピンドルを傾斜自在の状態として前記ワークの被研磨面をラップ定盤の表面に押し当て、これによりラップ定盤の偏摩耗による傾斜度とワークの傾斜度とが整合した状態で前記ワークスピンドルの傾斜を固定し、研磨作業を行うことを特徴とする研磨方法に関する。
上記研磨方法はさらに、加工途中において前記ワークスピンドルを傾斜自在の状態に戻して当該ワークスピンドルに固定されたワークの被研磨面をラップ定盤の表面に押し当て、これによりラップ定盤の偏摩耗による傾斜度とワークの傾斜度とを整合し直した状態で前記ワークスピンドルの傾斜を再度固定し、ラップ加工を再開することができる。
ワークスピンドルの傾斜自在の状態は、ワークスピンドルを軸方向に間隔を設けた一対の自動調芯軸受で軸支し、前記一対の自動調芯軸受相互間における軸に垂直な方向の相対的なずれを許容することにより得ることができ、また当該ワークスピンドルの傾斜した状態の拘束は、上記一対の自動調芯軸受相互間の相対的なずれを拘束することにより得ることができる。
本発明に係る他の態様は、基台と、前記基台に取り付けられたモータによって回転駆動されるラップ定盤と、前記基台に対して相対移動可能に支持された主軸台と、前記主軸台に取り付けられたモータによって回転駆動されるワークスピンドルとから構成され、前記ワークスピンドルに固定されたワークを前記ラップ定盤に押し当てて前記ワークの平面を研磨する研磨装置であって、当該装置が前記ワークスピンドルを回転可能に保持する保持構造体をさらに備え、当該保持構造体が、前記ラップ定盤の表面の偏摩耗に対応する前記ワークスピンドルの傾斜を許容する状態と、当該ワークスピンドルの傾斜を拘束する状態とを切り替え可能に構成されていることを特徴とする研磨装置に関する。
前記保持構造体は、前記ワークスピンドルの軸方向に離れて配置されて当該ワークスピンドルを回転可能に支持する一対の自動調芯軸受と、前記一対の自動調芯軸受をそれぞれ固定する一対のケース部材と、前記一対のケース部材の前記軸方向に直交する方向の相互のずれを許容し、もしくはそのずれた状態を拘束する固定機構とから構成されるスピンドル保持部を含むことができる。
前記固定機構は、一端が前記一対のケースのいずれか一方のケースの外周に放射状に取り付けられ、他端がいずれか他方のケースの対応する位置に設けられた貫通穴を貫通する複数の固定ピンと、前記ピンの他端が差し込まれる穴を有し、前記他方のケースの周囲を巡る固定リングと、前記固定リングと前記他方のケースとを結ぶシリンダとから構成され、当該シリンダの圧縮操作によって前記一対のケース間が相互にずれた状態を拘束するよう構成することができる。
前記保持構造体はさらに、前記ワークを前記ラップ定盤に押し付ける力を一定とするよう制御する制御機構を含んでもよい。
本発明にかかる研磨装置または研磨方法を実施することにより、ワークの平行度、平坦度、表面粗さをいずれも従来技術によるものに対して飛躍的に改善することができ、加工効率を向上させ、生産性を高めるという優れた効果を得ることができる。
本発明にかかる研磨装置及び研磨方法の実施の形態について、図面を参照して説明する。図1、図2は、本発明に係る研磨方法を実施可能な研磨装置1の主要部の正面図(図1)と側面図(図2)を示している。研磨装置全体の概要は図4に示すものと同様であり、図1、図2では、図4にある基台51部分と主軸台54部分とを省略し、ワークスピンドルの保持構造体10と、これに対向するラップ定盤2、及び保持構造体10に保持されるワーク5のみを示している。図1の正面図において、ラップ定盤2は、図示しないモータ52(図4参照)に駆動されて図面に垂直の方向に移動しており、図面上で右肩下がり(図6(b)に示す状態)に傾斜しているものとする。図2に示す側面図では、ラップ定盤2は矢印で示すように右から左へ移動するものとする。
両図において、本実施の形態に係る研磨装置の保持構造体10は、図示しない主軸台54(図4参照)に取り付けられる。保持構造体10は、規制保持したワーク5を回転駆動しつつラップ定盤2に押し当て、両者の間に充填される研磨液を用いてワーク5の表面を研磨する。保持構造体10は、一対のワークスピンドル15(上部ワークスピンドル15a、下部ワークスピンドル15b)と、主軸台54に固定される枠組み部20と、枠組み部20に取り付けられて下部ワークスピンドル15bを保持するスピンドル保持部30とから構成される。
ワークスピンドル15は、主軸台54(同上)に取り付けられたモータ56により第1のギアセット45を介して駆動される上部ワークスピンドル15aと、上部ワークスピンドル15aにより第2のギアセット46を介して駆動される下部ワークスピンドル15bとから構成される。下部ワークスピンドル15bは、後述するスピンドル保持部30の内部を貫通してその下方外部に延び、その下端にてワークホルダ(本実施の形態ではバキュームチャック)16を介してワーク5を固定する
枠組み部20は、スピンドル保持部30の周囲に配置された一対の支柱21と、両支柱21に固定された加圧板22と、加圧板22に取り付けられたエアシリンダ23によって固定される受圧板24とから構成される。枠組み部20は、以上の構成により、支柱21、加圧板22、エアシリンダ23、受圧板24のいずれもが主軸台54に対して剛性を備えた構造体となる。
枠組み部20の枠内中央部分に取り付けられるワークスピンドル保持部30は、その詳細を図3に示している。図3において、ワークスピンドル保持部30は、中央を貫通する下部ワークスピンドル15bを囲む2つの円筒状部材であるインナーケース31とアウターケース32、並びに両ケース31、32にそれぞれ取り付けられて下部ワークスピンドル15bを回転支持する上部軸受33、下部軸受34とから構成されている。インナーケース31とアウターケース32とは、図示のようにインナーケース31がアウターケース32の内部に嵌り、インナーケース31に設けられたフランジ部にアウターケース32の一端が当接して両者が位置決めされる。また、両軸受33、34はそれぞれナット35、36により固定されている。
ここで、インナーケース31とアウターケース32との嵌め合いは、図示のように余裕が設けられており、すなわちアウターケース32の軸に対してその内部に嵌り込んだインナーケース31の軸は、図の前後左右ほか全周に亘って相対移動可能となっている。この際、両ケース31、32の軸が相互にずれることによって、両者の中央を貫通する下部ワークスピンドル15bは傾斜することとなるが、この傾斜した状態でのワークスピンドル15bの回転支持を可能とするため、両軸受33、34には自動調芯軸受が使用されている。この自動調芯軸受は、図3に示すようにインナーレース、アウターレースの対向するいずれか一方の面が球面状に加工されており、ボール又はローラがこの球面に沿って転動することで、支持する下部ワークスピンドル15bの傾斜を吸収するよう構成される。該自動調芯軸受は、市販品として取り扱われている。
上述のように、下部ワークスピンドル15bの下端にはワークホルダ16(図1、2参照)が取り付けられ、そこにワーク5が固定されるため、下部ワークスピンドル15bが傾斜可能であればワーク5を図1に示すようなラップ定盤2の傾斜に沿わせることが可能となる。スピンドル保持部30全体は、アウターケース32の下端を受圧板24(図1、2参照)に固定することによって枠組み部20に固定される。なお、図3の下部ワークスピンドル15bの中央に示す破線は、ワークホルダ16へ真空を供給するための空洞である。
インナーケース31とアウターケース32の軸芯ずれにより所定の角度で傾斜した下部ワークスピンドル15bを、必要に応じてその傾斜角度のまま維持拘束するため、スピンドル保持部30にはさらに、図3に示す固定ピン38、固定リング39、並びに図1、図2に示す固定用エアシリンダ40からなる固定機構が設けられている。図3において、固定ピン38はインナケ―ス31に一端が固定され、他端はアウターケース32に設けられた貫通穴41を貫通してその外部に位置する固定リング39の穴42に嵌っている。固定リング39は、図1、図2に示すように、アウターケース32の周囲を円周方向に囲むよう配置されている。図2において、固定用エアシリンダ40の一端は固定用リング39に、他端はアウターケース32の外部に取り付けられている。固定用エアシリンダ40が無負荷の状態ではインナーケース31とアウターケース32の相互移動は自在であるが、固定用エアシリンダ40を収縮操作して両者に引張り力を加えると、固定用リング39、固定ピン38を介してインナーケース31がアウターケース32に引き寄せられ、当接する前者のフランジ部と後者の一端との間が圧迫されることによってその状態でロックされる。このロックした状態とロックを解放した状態とは、固定用エアシリング40の操作により制御される。
以上のように構成された保持構造体10を備える研磨装置の動作、並びに操作方法は以下のようである。まず、真空操作によりワーク5をワークホルダ16に取り付けた後、固定用エアシリンダ40を解放した状態で主軸台54(図4参照)を下降させ、ワークホルダ16に取り付けられたワーク5を対向するラップ定盤2の表面に適切な荷重にて接触させる。この際、ラップ定盤2が図1に示すように右肩下がりに傾斜しているとすると、これに接触するワーク5も倣って傾斜することでワーク5の被研磨面がラップ定盤2に密着する。ラップ定盤2の傾斜は、このワーク5の傾斜によってワーク5からワークホルダ16を介して下部ワークスピンドル15aに伝わり、これによって下部ワークスピンドル15aはラップ定盤2の傾斜に見合う角度(傾斜したラップ定盤2の表面に垂直な角度)で傾斜する。この傾斜と同時に、スピンドル保持部30のインナーケース31、アウターケース32が相互にずれ、下部ワークスピンドル15aの傾斜を受け容れる。
ラップ定盤2の傾斜に対応した下部ワークスピンドル15aの傾斜、すなわちインナーケース31とアウターケース32のずれが決まった状態で固定用エアシリング40を圧縮操作することで、この傾斜(すなわち、両ケース31、32のずれ)のままで両ケース31、32がロックされる。この状態でラップ定盤2、ワークスピンドル15を回転させて研磨装置を開始することにより、ラップ定盤2の傾斜に影響されることなく、最適な研磨条件で研磨加工することが可能となる。
本実施の形態ではさらに、図1、図2の加圧板22、受圧板24の間に設けられエアシリンダ23を使用することにより、スピンドル保持部30を介してワーク5に所定の加圧力を負荷してラップ加工を行うものとしている。従来技術の項において述べた如く、ワーク5を規制保持して強制回転する場合にはワーク5をフリー保持・回転する方法に比べて面粗さが必ずしも良好とはならない傾向にあった。エアシリンダ23を介して一定圧力下でラップ加工を行うことにより、例えば研磨剤粒子との間に所定以上の圧力が生じないよう負荷がかかった場合には適宜ワーク5を逃がすことができるようになり、これによって従来技術に対して大幅な面粗さの改善を得るものとしている。
本実施の形態にかかる研磨装置、研磨方法では、ラップ定盤2が偏摩耗した際の対応として、従来技術におけるようなラップ定盤2の偏摩耗度の測定と、それに対応した装置側の微調整という、多くの工数と高い技術力が要求される作業を不要にするという効果を得るものとなるが、さらにこれに関連した付随的効果をも得ることができる。昨今の超硬質の材料と高い寸法精度、面精度が要求されることの多い環境下では、ラップ作業のみで5〜6時間、あるいはそれ以上に及ぶことがある。このような長時間の加工を継続すると、ラップ作業を重ねることでラップ定盤2自身も研磨されてラップ定盤2の当初の傾斜の度合いそのものが変化するものとなる。このため、加工を始める前に調整した加工条件のままで加工を継続すると、ラップ定盤2の傾斜とワークスピンドル15の傾斜とが整合しなくなり、所望のワーク精度が得られないという結果になり得る。
このような場合、従来技術では無理してでも最後までラック加工を継続するか、あるいは最悪の場合には手間がかかることを覚悟の上で一旦機械を停止し、ラップ定盤2の傾斜度を測定し直し、技術と経験に基づいてワークスピンドル15の傾斜を再調整して加工を再開する必要があった。本実施の形態に係る研磨装置/研磨方法によれば、機械停止の後、スピンドル保持部30をロックしていた固定用エアシリンダ40を解放し、ワークホルダ16ごとワーク5をラップ定盤2に当接させて下部ワークスピンドル15bの傾斜をラップ定盤2の傾斜と整合させ、改めて固定用エアシリンダ40をロックするよう圧縮操作するという簡単な作業で、新たな傾斜状態にロックして加工を再開することができる。このような調整によれば、ラップ定盤2の傾斜度の測定は不要であり、特別な技術を要することなくワークホルダ16に固定されたワーク5をラップ定盤2に押し当てるだけで短時間に調整することができ、設備稼働率、生産性を大幅に高めることができる。
さらに加えて、本実施の形態によればワークスピンドル15の傾斜の調整は容易かつ短時間にできることから、僅かなラップ定盤2の傾斜度の変化が見られた際にもこの調整を随時行うことができる。一般にラップ定盤2は傾斜が進むほどその進行が早くなることから、早めの調整を行うことによってその進行を遅らせることができる。一定以上の傾斜になった場合にはラップ定盤2そのものを研磨し直す必要があり、これには更なる設備の停止を必要とする。本実施の形態によれば、ラップ定盤2の傾斜が僅かな内に調整を繰り返すことによってその進行を遅らせることができ、これによって手間のかかるラップ定盤2の再研磨の間隔を長引かせることになるため、これが更なる設備稼働率の向上をもたらすものとなる。
また、従来技術によるワークスピンドル15の傾斜は、上述したようにワークスピンドル15のケース(本実施の形態のインナーケース31+アウターケース32に相当)の周囲を固定するロックナットを締めたり緩めたりする方式であったが、このような調整方法では自ずから調整角度に限界があった。傾斜角度が大きくなればなるほど調整が困難になる傾向があるからである。本実施の形態に係るスピンドル保持部30の構成を利用すれば、インナーケース31とアウターケース32の軸ずれにより簡単に所望の傾斜角度を得ることができ、自動調芯軸受33,34の採用によってより大きな傾斜角度の吸収も可能となっている。これによって、ラップ定盤2の傾斜度の限界を伸ばすことが可能となり、これはラップ定盤2の再研磨のための間隔をさらに長くできることを意味している。
いうまでもないことであるが、ラップ定盤2の傾斜に対応したワークスピンドル15の傾斜角度の調整がより容易になること、またこれによって頻繁に傾斜角度の調整が可能になることは、ワーク5の表面仕上げ精度を向上させることにつながり、昨今の超精密加工の要請に十分に応えることが可能であることにつながっている。
以上、本発明の実施の形態について説明してきたが、本発明の趣旨を逸脱することなく上記の実施の形態には各種の変形が可能である。例えば、上記実施の形態ではワークスピンドル15の傾斜角度調整機構とワーク5への加圧機構とを同時に備えるものとしているが、これらはそれぞれ単独で実施する事が可能である。また、上記実施の形態では、ワークスピンドル15を駆動源(モータ)につないでワーク5を回転駆動させるものとしているが、ワークスピンドル15に駆動力を加えることなく、本実施の形態にかかるスピンドル保持部30による傾斜調整機構のみを設けてワーク5をラップ定盤2の回転力に応じてフリー回転させるものとしてもよい。
なお、インナーケース31とアウターケース32とのずれに応じて、インナーケース31に固定された上部ワークスピンドル15aも同時に傾斜するため、図3に示すように上部ワークスピンドル15aの軸受にも自動調芯軸受が使用されている。上部ワークスピンドル15aはその上部においてギアセット45の噛合いにより駆動されているが、上部ワークスピンドル15aの傾斜勾配は1000分の1以下の僅かなものであるため、傾斜による角度、ギャップの変化はギアセット45内にて吸収される。もし必要であれば、ギアセット45の代わりにベルト駆動としてベルトにより角度、ギャップを吸収するものとしてもよい。
また、図1〜3に表示した保持構造体はその一例を示すものであって、本発明がこれに限定されるものではない。偏摩耗したラップ定盤の上にワークごとワークスピンドルを押し当て、これによってラップ定盤の偏摩耗度に整合したワークスピンドルの傾斜をもたらし、且つその傾斜した状態のワークスピンドルを回転可能に支持する機構であれば、いずれも本願発明の技術的範囲に属するものとなる。さらにインナーケース31、アウターケース32の組合せもその一例であって、ワークスピンドル15を離れた位置で支持する一対の軸受の芯ずれを許容し、かつこの芯ずれした状態で両軸受を支持できる構造であれば他の構成が採用されてもよい。この際、軸受は傾斜した状態で軸の回転支持が可能な構造を有するものであることが求められる。