以下、添付図面を参照しながら本発明に係る発光素子の実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、各図面の寸法比率は、必ずしも実際の寸法比率とは一致していない。
(発光素子)
図1は、本発明の一実施形態に係る発光素子の構成を示す模式断面図である。図1に示す発光素子100は、基板1上に、下部電極(陽極)2、ドナー・アクセプター対発光機能を有し、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素を含む発光層3、及び上部電極(陰極)4をこの順に備える。なお、本実施形態において、一対の電極である陽極2及び陰極4はそれぞれ外部の直流電源に接続されている。
まず、基板1について説明する。基板1としては、発光素子100の支持体として用いられるものであれば、特に限定されず公知のものを用いることができる。発光層3から発せられた光を基板側から取り出す場合、例えば、石英基板、ガラス基板、セラミック基板等の透光性基板を用いることができる。また、発光層3から発せられた光を陰極側から取り出す場合、基板1は透明である必要はなく、例えば、アルミナ基板、シリコンウエハなどの不透光性基板とすることができる。この他にも、低アルカリガラス、無アルカリガラスなどの絶縁性基板を用いることができる。
基板1の大きさについては、特に制限されないが、照明などの用途の場合、例えば、縦50〜1000mm、横50〜1000mm、厚み0.7〜5.0mm程度とすることができる。
次いで、陽極2について説明する。陽極2の構成材料としては、仕事関数の大きい(好ましくは4.0eV以上の)金属、合金、導電性化合物、及びこれらの混合物などが挙げられる。具体的には、例えば、ZnO、ITO(酸化インジウム−酸化スズ)、Au、Pt、Ni、W、Cr、Mo、Fe、Co、Cu、Ag及びPdなどが挙げられる。
陽極2は、例えば、上記の材料をスパッタリング、電子ビーム蒸着、スクリーン印刷などの方法により基板1上に成膜した後、必要に応じて、フォトリソグラフィー法、リアクティブイオンエッチング(RIE)、メカニカルスクライブ、レーザスクライブ法などの方法によりパターンニングすることで形成することができる。また、あらかじめ成膜時にマスキングすることでもパターニング可能である。陽極2の厚さは、例えば、20〜2000nmとすることができる。シート抵抗、密着性、及び陽極2側から発光を取り出す場合における透光性の観点から、陽極2の厚さは50〜1000nmの範囲内であることが好ましい。
次に、発光層3について説明する。発光層3としては、例えば、半導体結晶と、半導体結晶の結晶粒界に存在し、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素(以下、「本発明に係る遷移金属」という場合もある)を有する化合物とを含むものが挙げられる。半導体結晶としては、例えば、II−VI族半導体化合物などの母体材料の結晶に、アクセプタ不純物原子及びドナー不純物原子を含有するものが挙げられる。母体材料の結晶としては、例えば、ZnS、ZnSe、ZnSxSe1−x(0<x<1)などの多結晶が挙げられる。また、アクセプタ不純物原子としては、Cu、Au及びAgなどが挙げられ、ドナー不純物原子としては、F、Cl、Br、I、Al、Ga、及びInなどが挙げられる。更に、ドナー不純物原子としては、発光効率の観点から、Clが好ましい。
半導体結晶がZnS又はZnSxSe1−x(0<x<1)の多結晶である場合、本発明に係る遷移金属は硫化物として結晶粒界に析出させることができる。また、半導体結晶がZnSe又はZnSxSe1−x(0<x<1)の多結晶である場合、本発明に係る遷移金属はセレン化物として結晶粒界に析出させることができる。なお、結晶粒界に存在する化合物がすべてこれらの硫化物若しくはセレン化物である必要はない。
本実施形体においては、半導体結晶がZnS結晶を含み、ZnS結晶の結晶粒界に、Yの硫化物、Nbの硫化物、Moの硫化物、Zrの硫化物、Hfの硫化物、Taの硫化物、Wの硫化物及びReの硫化物のうちの少なくとも1種の硫化物を含むことが好ましい。なお、結晶粒界に存在する化合物がすべてこれらの硫化物である必要はない。
本発明に係る遷移金属の硫化物及びセレン化物の具体例として、Y2S3、Y2Se3、NbS2、NbSe2、MoS2、MoSe2、ZrS2、ZrSe2、HfS2、HfSe2、TaS2、TaSe2、WS2、WSe2、ReS2、ReSe2などが挙げられる。
また、本実施形態においては、発光輝度および寿命特性を更に向上させる観点から、本発明に係る遷移金属の硫化物又はセレン化物を結晶粒界の三重点に析出させることが好ましい。
キャリア注入性の向上及び駆動電圧を低くする観点から、発光層3中の本発明に係る遷移金属を有する化合物は、柱状又は針状であることが好ましく、ファイバー状又はウィスカー状であることがより好ましい。また、素子に印加する電界の方向と電界集中の観点から、これらの化合物は、陽極2側から陰極4側、又は陰極4側から陽極2側に向かう方向にのびて結晶粒界に存在していることが好ましい。
図2及び3は、本発明に係る発光層の微小構造を概念的に示す模式図である。図2は、発光層3を基板1の主面に対して鉛直な面、すなわち陽極2側から陰極4側に向かう面で切断した断面を示し、図3は、発光層3を基板1の主面と並行な面で切断した断面を示す。ここで示される発光層においては、ZnS多結晶21,31の結晶粒界22,33に、MoS2−y(0≦y≦1)が析出している。そして、これらの中には、結晶粒界の三重点に存在し、陽極2側から陰極4側又は陰極4側から陽極2側に向かう方向にのび、ファイバー状又はウィスカー状であるMoS2−y(0≦y≦1)が存在する。なお、ZnS多結晶を母体材料として構成される発光層においては、ZnS結晶粒の成長に伴って、粒界の三重点に多数のマイクロボイドやマイクロクラックなどの欠陥が発生しやすくなる。本発明に係る遷移金属は、イオン半径が比較的大きいのでZnSと固溶せず、さらにはZnS中での拡散係数も小さいため、粒界三重点にMoS2−y(0≦y≦1)として析出されやすくなる。そのため、粒界三重点におけるMo濃度は、他の結晶粒界部分に比べて高くなっていると考えられる。図3に示すように、ZnSの多結晶31の結晶粒界には、Moが高濃度で存在するMoS2−y含有部33と、欠陥を多く含む多結晶ZnSもしくは非晶質ZnSが主として存在する結晶粒界部32とが含まれ、MoS2−y含有部33は主に結晶粒界の三重点に存在すると推察される。
このようなMoS2−yが含まれる場合、陽極2及び陰極4に電圧を印加すると、MoS2−yの両端に電界を集中させることができ、低い駆動電圧であってもZnS多結晶21,31にキャリアを効率よく注入することが可能となる。
発光層3中における本発明に係る遷移金属の濃度は、駆動電圧を低くする観点から、0.4原子%以上3.4原子%以下であることが好ましく、1.0原子%以上3.0原子%以下であることがより好ましい。
また、半導体結晶がZnS結晶を含み、ZnS結晶の結晶粒界にMoの硫化物が含まれる場合、発光層におけるMoS2−y(0≦y≦1)の含有量が、発光層を構成する成分の全量を基準として0.8mol%以上7.0mol%以下であることが好ましく、2.0mol%以上6.2mol%以下であることがより好ましい。
発光層3の形成方法としては、例えば、母体材料と、D−Aペア発光の起源となる不純物元素を含む化合物との混合物を焼成したもの、及び本発明に係る遷移金属のチップを原料とした、スパッタ法、有機金属ガス、硫化水素、塩化水素を用いたMOCVD法、レーザーアブレーション法などの方法を用いて、陽極2上に成膜し、更に熱処理することにより形成することができる。なお、熱処理は、母体材料のII族サイトをアクセプタ不純物原子若しくはドナー不純物原子に、VI族サイトをドナー不純物原子にそれぞれ置換し、母体材料中にドナー準位及びアクセプタ準位をそれぞれ形成して発光層の発光効率を高めるために行われる。具体的な条件としては、真空中、400℃〜800℃、0.05〜1時間程度が例示される。また、発光層3における本発明に係る遷移金属を有する化合物の濃度は、上記の本発明に係る遷移金属のチップの量を適宜設定することにより調整することができる。
なお、スパッタ法で発光層を作製する場合、D−Aペア発光の起源となる不純物元素を含む化合物としては、例えば、Cu2S、Ag2Sなどの硫黄化合物、NaCl、KClなどの塩化物、Ga2S3、Al2S3、In2S3などの他のIII族硫黄化合物、ZnF2、ZnBr2、ZnIn2などが挙げられる。
本実施形態において発光層3が、母体材料であるZnSと、アクセプタ不純物原子であるCu又はAg等の不純物とを含む場合、Cu又はAgの濃度は、発光効率の観点から0.01原子%〜5原子%であることが好ましく、0.05原子%〜3原子%であることがより好ましく、0.1原子%〜1原子%であることがさらにより好ましい。
本実施形態においては、発光層3の母体材料のII族元素組成比及びVI族元素組成比、D−Aペア発光の起源となる不純物元素の種類を適宜選択することにより、所望の発光色を得ることができる。また、本実施形態の発光層3は、電界集中、局在型発光中心を用いたものに比べて、キャリア注入型発光であるため、低電圧で駆動できる点で優れている。
発光層3の厚さとしては、200〜1500nmが好ましい。発光層3の厚みが200nmを下回ると、再結合確率が低下し、高輝度が得られず、場合によっては上下の電極が短絡しやすい傾向にあり、1000nmを超えると、駆動電圧が増加する傾向にある。
発光層3の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板上への形成が不要であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
次に、陰極4について説明する。陰極4の構成材料としては、仕事関数の小さい(好ましくは3.8eV以下の)金属、合金、導電性化合物、及びこれらの混合物などが挙げられる。具体的には、例えば、LiやCsなどのアルカリ金属や、Mg、Ca、及びSrなどのアルカリ土類金属、Alなどが挙げられる。安定性を確保するため、MgAgやAlLiなどの仕事関数が低く電子注入障壁の低い金属と、比較的仕事関数が大きく安定な金属との合金を用いてもよい。
陰極4は、例えば、上記の材料をスパッタリング、抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着などの方法により発光層3上に成膜した後、必要に応じて、フォトリソグラフィー法、リアクティブイオンエッチング(RIE)、メカニカルスクライブ法などの方法によりパターンニングすることで形成することができる。また、成膜時のマスキングによりあらかじめパターンニングしてもよい。シート抵抗、密着性の観点から、陰極4の厚さは50〜1000nmの範囲内であることが好ましい。
以上、発光素子100が、基板1上に、陽極2、発光層3、及び陰極4をこの順に備えるものであると説明をしたが、各層を逆の順序にすることも可能である。すなわち、基板1上に、陰極4、発光層3、及び陽極2をこの順に設けてもよい。
更に図4を参照しつつ、本発明に係る発光素子について説明する。
図4は、本発明に係る発光素子の発光のメカニズムを説明するためのエネルギーバンド図である。図4に示す発光素子は、基板(図示しない)上に、陽極42、発光層41、及び陰極43をこの順に備える。発光層41は、アクセプタ不純物原子及びドナー不純物原子がドープされた半導体結晶としてZnS:Cu,Clと、この結晶粒界に存在するMoS2−y(0≦y≦1)とを含んでなる。また、発光層41は、図2及び3に示される微小構造を有している。
上記の発光素子によれば、陽極42及び陰極43に電圧を印加することで、結晶粒界の三重点に存在し、陽極42側から陰極43側に向かう方向にのび、ファイバー状又はウィスカー状であるMoS2−y(0≦y≦1)の両端に電界が集中し、MoS2−y(0≦y≦1)とZnS:Cu,Clとの界面に強い電界を発生させることができると考えられる。そして、このような電界集中の作用によって、低い駆動電圧であっても発光層41のZnS:Cu,Clにキャリアを十分注入することが可能になると本発明者らは考えている。すなわち、上記の強い電界集中によれば、ZnS:Cu,ClのMoS2−y(0≦y≦1)とZnS:Cu,Clとの界面近傍のエネルギーバンドに曲がりが生じる。これにより、MoS2−y(0≦y≦1)及びZnS:Cu,Clの伝導帯及び価電子帯のバンドオフセットに起因する接合界面のエネルギー障壁が薄くなり、トンネリング効果によって、ZnS:Cu,Cl結晶内へ正孔h及び電子eが効率よく注入される。その結果、低い電圧であっても、ドナー準位ED及びアクセプタ準位EAを介する電子e及び正孔hの再結合が効率よく行われ、高い発光Lを得ることが可能になったと本発明者らは考えている。
ZnSを含む発光層/CuAlS2層の接合を有する従来の発光素子では、発光素子作製時の熱処理(例えば、600℃程度)や、電圧の印加によって容易にCuイオンが拡散してしまい、十分な寿命特性が得られなかった。また、Agを含む半導体を用いた場合においても、Agイオンの拡散によって同様の問題が生じる。これに対して、Moなど本発明に係る遷移金属は、Znと比べてイオン半径が大きいので、ZnSと固溶せず、さらにはZnS中での拡散係数も小さく、熱処理や電圧の印加によってもほとんど拡散することがない。このような拡散しにくい遷移金属を有する化合物を用いて上述したトンネリング効果を得ることにより、ドナー・アクセプター対発光による面発光を低電圧の直流駆動によって十分に得ることができるとともに、寿命特性を従来よりも向上させることが可能な発光素子を実現できたと本発明者らは推察する。
(蛍光体材料)
次に、本発明の蛍光体材料について説明する。本発明の蛍光体材料は、半導体結晶と、半導体結晶中にドナー準位を形成するドナー不純物原子と、半導体結晶中にアクセプタ準位を形成するアクセプター不純物原子と、半導体結晶の結晶欠陥に存在し、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素を有する化合物とを含むことを特徴とする。
半導体結晶としては、ZnS、ZnSe、ZnSxSe1−x(0<x<1)などの多結晶が挙げられる。また、アクセプター不純物原子としては、Cu、Au及びAgなどが挙げられ、ドナー不純物原子としては、F、Cl、Br、I、Al、Ga、及びInなどが挙げられる。更に、ドナー不純物原子としては、発光効率の観点から、Clが好ましい。
半導体結晶がZnS又はZnSxSe1−x(0<x<1)の多結晶である場合、本発明に係る遷移金属は硫化物として結晶欠陥に析出させることができる。また、半導体結晶がZnSe又はZnSxSe1−x(0<x<1)の多結晶である場合、本発明に係る遷移金属はセレン化物として結晶欠陥に析出させることができる。なお、結晶欠陥に存在する化合物がすべてこれらの硫化物若しくはセレン化物である必要はない。本発明に係る遷移金属の硫化物及びセレン化物としては、上述したものが挙げられる。
図5は、本発明に係る蛍光体材料の微小構造を概念的に示す模式図である。図5に示される蛍光体材料においては、ZnS多結晶51の結晶欠陥(積層欠陥)52に、針状のMoS2−y(0≦y≦1)が析出している。
本実施形態の蛍光体材料は針状のMoS2−y(0≦y≦1)を含むことにより、電圧が印加されると、MoS2−y(0≦y≦1)の両端に電界を集中させることができ、低い駆動電圧であってもZnS多結晶にキャリアを効率よく注入することが可能となる。
蛍光体材料中における本発明に係る遷移金属の濃度は、結晶欠陥が蛍光体材料中に閉める体積比率の観点から、0.01原子%以上3.0原子%以下であることが好ましく、0.05原子%以上1.0原子%以下であることがより好ましい。
また、蛍光体材料がZnS結晶を含み、ZnS結晶の結晶欠陥にMoの硫化物が含まれる場合、蛍光体材料におけるMoS2−y(0≦y≦1)の含有量が、蛍光体材料を構成する成分の全量を基準として0.02mol%以上6.2mol%以下であることが好ましく、1.0mol%以上2.0mol%以下であることがより好ましい。
本発明に係る蛍光体材料は、例えば、以下の手順により得ることができる。
まず、ZnSなどの母体材料と、MoS2などの本発明に係る遷移金属を含む材料と、Cu(CH3COO)2・H2Oなどのアクセプタ不純物原子を含む材料と、BaCl2・H2O及びNH4Clなどのドナー不純物原子を含む材料と、MgCl2・6H2Oなどの融剤とを含む原料粉体を混合する。
次いで、この原料粉体を例えば1100〜1300℃で1〜12時間かけて一次焼成を行う。そして、イオン交換水等を用いて洗浄し濾過を数回繰り返すことにより融剤を完全に洗い流し、乾燥することで、中間蛍光体が得られる。この中間蛍光体は、焼成粉末がもろく結合した塊であり、容易に崩れてしまうため、ある範囲の大きさの衝突力を加えることにより、粒子を破壊することなく結晶欠陥の密度を大幅に増加させることができる。中間蛍光体に衝撃力を加える方法としては、例えば、高速気流中に中間蛍光体を分散させて壁面に衝突させる方法、中間蛍光体の粒子同士を接触混合させる方法、アルミナ等の球体とともに混合させる方法などが挙げられる。
その後、この中間蛍光体に、例えば600〜800℃で1〜12時間かけて二次焼成を行う。この二次焼成によって蛍光体粉末の結晶構造が六方晶から立方晶に変化するとともに、ZnSの結晶欠陥にMoS2−y結晶が析出する。また、衝撃力により、ZnS蛍光体結晶粉末中に高密度に生成された結晶欠陥にMoS2−yの針状結晶が析出した構造が形成される。さらに、HClなどの酸により、中間蛍光体のエッチング処理を行い、表面に付着している金属酸化物を除去することが可能である。次いで、中間蛍光体を洗浄、乾燥、分級することにより、粉末状の本発明に係る蛍光体材料を得ることができる。
本実施形態においては、低い駆動電圧及び高い発光輝度を得る観点から、蛍光体材料の平均粒径が15〜30μmであることが好ましい。
本発明の蛍光体材料を用いて発光層を形成する方法としては、上記の蛍光体材料をシアノレジン液などのバインダに分散した塗工液を、スクリーン印刷等により電極上に塗布し、乾燥する方法が挙げられる。
本発明に係る蛍光体材料を用いて発光層を形成する場合、かかる発光層の厚さは、15〜30μmが好ましい。発光層3の厚みが15μmを下回ると、輝度むらが発生しやすい傾向にあり、30μmを超えると、駆動電圧が高くなり、回路のコスト増につながる傾向にある。
発光素子100の場合、上記の塗工液を用いて陽極2上に成膜することで発光層3を形成することができ、これにより分散型のEL素子を得ることができる。なお、本実施形態の発光素子においては、発光層3と陰極4との間に誘電体層を更に設けることが好ましい。この場合、高電圧駆動時にも絶縁破壊が起こらない、高い耐電圧特性が得られるという効果が得られる。
誘電体層としては、例えば、平均粒子サイズが0.5μmのBaTiO3微粒子を30質量%のシアノレジン液に分散させたものを10μmの厚さに塗布した後、乾燥して溶剤を除去した塗布膜や、スパッタ法等で形成したBaTiO3、BaTaO3、SrTiO3などが挙げられる。
本発明に係る蛍光体材料は、上述したように、塗工液の塗布、乾燥により発光層を形成することができ、単結晶基板上への形成が不要であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<発光素子の作製方法>
(実施例1)
先ず、基板として無アルカリガラス基板(コーニング#1737、縦100mm×横100mm、厚み0.7mm)を用意し、この表面を中性洗剤によるスクラブ洗浄した後、アルカリによるライトエッチング、純水による洗浄を行い、更にイソプロピルアルコールの蒸気により乾燥した。
次に、洗浄した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を180℃に設定し、Al2O3を1.5mol含有するZnO(直径8インチ)焼結体をターゲットとして、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、シート抵抗20Ω/□、厚み200nmのZnO:Alからなる膜を基板上に成膜した。続いて、この膜を、通常のフォトリソグラフィー法及び酸を用いたウェットエッチング法によりパターンニングして、短冊状の形状を有する透明電極を形成した。
次に、透明電極を形成した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を200℃に設定し、99.7mol%のZnS、0.1mol%のCu2S及び0.2mol%のNaClを含む焼結体(直径8インチ)をターゲットとし、更にこのターゲット上にMoチップ0.5枚(0.5cm2)を配置して、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み500nmの発光層を透明電極上に形成した。
発光層を形成した後、窒素雰囲気中において、RTA(Rapid Thermal Annealing)炉による600℃の加熱処理を10分間行った。
次に、基板をスパッタ装置に設置し、基板温度を室温に設定し、Alをターゲットとし、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより厚み200nmの上部電極を発光層上に形成した。こうして図1に示す発光素子100と同様の構成を有する実施例1の発光素子Aを得た。なお、蛍光X線分析法により測定した発光層におけるMo濃度を表1に示す。
(実施例2)
発光層の成膜時にターゲットとして用いるMoチップの面積を1.3(cm2)に変更したこと以外は実施例1と同様にして、発光素子Bを作製した。なお、蛍光X線分析法により測定した発光層におけるMo濃度を表1に示す。
(実施例3)
発光層の成膜時にターゲットとして用いるMoチップの面積を4.0(cm2)に変更したこと以外は実施例1と同様にして、発光素子Cを作製した。なお、蛍光X線分析法により測定した発光層におけるMo濃度を表1に示す。
(実施例4)
発光層の成膜時にターゲットとして用いるMoチップの面積を12.0(cm2)に変更したこと以外は実施例1と同様にして、発光素子Dを作製した。なお、蛍光X線分析法により測定した発光層におけるMo濃度を表1に示す。
(参考例5)
<蛍光体材料の作製>
不純物金属元素含有量0.1ppm未満の高純度硫化亜鉛粉末150gに、二硫化モリブデン2.0g及び酢酸銅水和物(Cu(CH3COO)2・H2O)0.5gを加え、更に融剤である塩化マグネシウム(MgCl2・6H2O)10g、塩化バリウム(BaCl2・2H2O)5g及び塩化アンモニウム(NH4Cl)10gを加えたものを、鉄心入りナイロン球150gと共に容器に装入し、30分間回転させて十分に混合し、原料粉体を得た。
次に、上記で得られた原料粉体を磁製ルツボに封入し、1200℃にて6時間焼成した。その後、イオン交換水3リットルによる洗浄と濾過とを10回繰り返すことにより、融剤を十分に洗い流し、乾燥して、平均粒径28μmの中間蛍光体粉末を得た。
次に、得られた中間蛍光体粉末を150m/secの高速気流中に分散させ、壁面に衝突させる方法により、中間蛍光体粉末に衝撃力を加えた。なお、衝突壁の表面はシリコンゴムで被覆して、異物や不純物の混入を防いだ。
次に、衝撃力を加えた中間蛍光体粉末を磁製ルツボに封入し、700℃にて6時間焼成した。焼成した中間蛍光体粉末を濃度5%の塩酸水溶液中で30分間攪拌することにより表面にエッチング処理を行い、洗浄、乾燥、分級して、平均粒径23μmの蛍光体材料を得た。
得られた蛍光体材料を蛍光X線分析法により分析したところ、約1原子%のMoが含まれていることが確認された。また、この蛍光体材料をX線回折法により分析したところ、X線回折パターンからはMo起因の回折ピークは観察されなかった。これらのことから、Moは母体材料であるZnSの結晶欠陥に析出していると考えられる。ところで、Moのイオン半径はZnよりも大きく、ZnS結晶と固溶しないので、母体材料であるZnSの結晶内に取り込まれる確率は低いと推測される。しかし、中間蛍光体粉末に衝撃力を与えることにより、ZnS結晶内に積層欠陥、結晶欠陥が生成し、その欠陥部分にMoS2−y(0≦y≦1)が優先的に析出したと考えられる。
<発光素子の作製>
ガラス基板上にITOを塗布することにより、透明電極を形成した。次いで、上記で得られた蛍光体材料をシアノレジン液(濃度30質量%)に分散した塗工液を、透明電極上に乾燥後の厚みが25μmとなるようにスクリーン印刷し、温風乾燥機を用いて120℃にて1時間乾燥させることにより発光層を形成した。
次に、BaTiO3微粒子(平均粒径0.5μm)をシアノレジン液(濃度30質量%)に分散した塗工液を、発光層上に乾燥後の厚みが5μmとなるようスクリーン印刷し、温風乾燥機を用いて120℃にて1時間乾燥させることにより誘電体層を形成した。
次に、カーボンペーストを約50μmの厚みになるよう誘電体層上にスクリーン印刷し、温風乾燥機を用いて120℃にて1時間乾燥させることにより背面電極を形成した。
次に、透明電極及び背面電極から銀ペーストを用いて外部接続用端子をそれぞれ取り出した後、二枚の防湿性シートを用いて素子を挟み、熱圧着を行った。こうして、透明電極/発光層/誘電体層/背面電極の積層構造を有する分散型の発光素子Eを得た。
(比較例1)
発光層の形成時にMoチップを用いなかったこと以外は実施例1と同様にして、発光素子Xを作製した。
(比較例2)
先ず、基板として3インチφサファイア基板(厚み0.6mm)を用意し、この表面を洗浄装置により洗浄した後、乾燥装置を用いて乾燥した。
次に、洗浄した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を180℃に設定し、Al2O3を1.5mol含有するZnO(直径8インチ)焼結体をターゲットとして1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み150nmの透明電極ZnO:Alを基板上に形成した。
次に、基板温度を200℃に設定し、99.7mol%のZnS、0.1mol%のCu2S及び0.2mol%のNaClを含む焼結体(直径8インチ)をターゲットとして、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み500nmの発光層を透明電極上に形成した。
次に、基板温度を450℃に設定し、CuとAlの合金をターゲットとし、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力1.0PaのAr及びH2S(5%)の混合ガスを放電させて反応性スパッタリングを行うことにより、発光層上に厚み300nmのCuAlS2膜を形成した。
次に、スパッタ装置から取り出した基板を電気炉に入れ、3%のH2Sを含むArガス雰囲気中で600℃の加熱処理を10分間行った。
次に、加熱処理を施した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を室温に設定し、Mo及びPtをターゲットとし、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み10nmのMo膜及び厚み50nmのPt膜をCuAlS2膜上に成膜し、上部電極を形成した。こうして、比較例2の発光素子Yを得た。
(比較例3)
発光層の材料として市販のZnS:Cu,Cl蛍光体粉末(OSRAM SYLVANIA社製のGG23)を用いたこと以外は参考例5と同様にして、分散型の発光素子Zを得た。
<電流−電圧(I−V)特性の評価>
実施例1〜4及び比較例1〜2で得られた発光素子に直流電圧をかけ、電流−電圧特性を調べた。測定結果を図6及び7に示す。なお、図6中、G1は比較例1(発光素子X)の測定結果を示し、G2〜G5はそれぞれ実施例1〜4(発光素子A〜D)の測定結果を示す。また、図7は、比較例2(発光素子Y)の測定結果を示す。
図6に示すように、Moを含有しない比較例1の発光素子Xは、電流がほとんど流れなかったのに対して、実施例1〜4の発光素子A〜Dは、いずれの極性においても低い電圧で電流が流れることが確認された。また、実施例1〜4の発光素子A〜Dにおいては、Mo濃度が増加するに従いより低い電圧で電流が流れ、また極性によらず略対称なI−V特性が得られることが確認された。
また、図7に示すように、比較例2の発光素子Yにおいては、リーク電流を伴うダイオード特性が観察された。すなわち、正の電圧印加の場合は+10V程度から緩やかに電流が増加し、負の電圧印加の場合は−20V程度から電流が僅かに流れ始めた。このようなリーク電流は、発光層形成時における600℃の加熱処理によってCuAlS2中のCuがZnS結晶中に拡散してしまい、発光素子の上下の電極を短絡させる導電経路が形成されたことに起因すると考えられる。
<発光輝度及び寿命特性の評価1>
アルミニウム製の金属放熱板に、実施例4及び比較例2で得られた発光素子D及びYをそれぞれ設置し、十分な放熱対策を施した状態で、それぞれの発光素子の電極間に直流電圧を印加し、電流密度25mA/cm2の定電流駆動を行ったときの発光輝度を測定した。横軸に動作時間(時間)、縦軸に輝度/初期輝度をプロットした図を図8に示す。図8中、G6は発光素子Dの測定結果を示し、G7は発光素子Yの測定結果を示す。
図8に示すように、実施例4の発光素子Dの発光素子は、輝度の安定性が高く、輝度半減寿命も10万時間以上と見積もられ、寿命特性に優れていることが確認された。一方、比較例2の発光素子Yは、1250cd/m2の初期輝度が測定されたものの、輝度半減寿命が1000時間未満であり、輝度の安定性が不十分であった。また、約1500時間駆動後には短絡による素子の破壊が発生した。
なお、Moを含有しない発光素子Xは、電流がほとんど流れず、発光も得られなかった。
<発光輝度及び寿命特性の評価2>
アルミニウム製の金属放熱板に、参考例5及び比較例3で得られた発光素子E及びZをそれぞれ設置し、十分な放熱対策を施した状態で、それぞれの発光素子の電極間に交流電圧を印加し、交流電圧400Hz(サイン波)を印加したときの発光輝度を測定した。横軸に動作時間(時間)、縦軸に輝度/初期輝度をプロットした図を図9に示す。図9中、G8は発光素子Eの測定結果を示し、G9は発光素子Zの測定結果を示す。
図9に示すように、参考例5の発光素子Eは、輝度の安定性が高く、輝度半減寿命も1万時間以上と見積もられ、寿命特性に優れていることが確認された。一方、比較例3の発光素子Zは、輝度半減寿命が1000時間未満であり、輝度の安定性が不十分であった。
なお、発光素子A〜E及びY〜Zの初期輝度を表2にまとめて示す。
<蛍光X線分析法による分析>
発光素子Dの発光層の組成を蛍光X線分析法により分析した結果を表3に示す。