JP5315575B2 - Al含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、フェライト系ステンレス鋼の表面意匠性、加工性およびばね特性を維持しながら、接触電気抵抗を著しく改善したAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材およびその製造方法に関する。
従来、電子部品に使用されるスイッチ、リレー、コネクターなどの接点部品やアース特性を要求される筐体の基材には銅系合金が使用されていた。しかし、導電性部材の軽量化、薄肉化の要求から、銅系合金に代えてステンレス鋼が導電性材料の基材として広く使用されるようになってきた。
ステンレス鋼表面には、低い電気伝導性を示す不働態皮膜が存在し、これが接触電気抵抗を高くするため、電気接点機能が要求される部品にステンレス鋼部材を用いた場合には問題となる。とくにAl含有フェライト系ステンレス鋼では、焼鈍時に不働態皮膜中にAlの酸化物、例えばAl2O3などが濃化し、これが接触電気抵抗を著しく高くする。
ステンレス鋼の不働態皮膜は、酸洗や機械研磨によって除去しても、大気中では短時間に再生してしまう。このため、通常ステンレス鋼は、表面に生成している不働態皮膜を除去した後、その再生を防止しながら、密着性の優れる下地めっき(例えばストライクNi めっき)を施し、その上層に電気伝導性が優れる錫-鉛(はんだ)、錫や貴金属の銀、金などがめっきされ、接触電気抵抗を改善した状態で使用される。また、金属めっき以外では、カーボン質被覆層で優れた電気伝導性が付与されたステンレス鋼(特許文献1)や、Cuリッチ層の析出又はCu濃化層を表層に形成したステンレス鋼(特許文献2)が知られている。
上述のごとく、ステンレス鋼を電気接点部品の基材として使用する場合には、電気伝導性が優れる錫-鉛(はんだ)、錫、銀、金などをステンレス鋼表面にめっきして接触電気抵抗を改善する必要がある。しかしながら、錫ではめっき処理時にウイスカー(ひげ状結晶)が発生し易く、このウイスカー発生を防止できる鉛-錫合金めっきでは、鉛の排液処理が問題となる。また、銀めっきでは、部品として組み込んだ後、イオンマイグレーション(ion migration)が発生し易く、接触不良や絶縁破壊を起こす可能性がある。さらに金では、めっき液にシアンを用いることが多いため、鉛と同様に排液処理が問題となり、製造プロセスとして環境的に好ましくない。
なお、金めっきでは0.5μm程度のめっき厚さで使用されることが多いが、めっき皮膜には欠陥が多く存在し、腐食性の強い環境で使用される場合には、金が下地金属の溶出を促進する。これを防止するために、めっき厚さを3μm以上にして皮膜の欠陥を少なくする対策もあるが、製造コストを上昇させる原因となる。
また通常、電気接点部品は、ステンレス鋼の板材やコイル材にめっきした後、プレス打ち抜き成形によって対象部品に加工される。しかしながら、めっき皮膜には内部応力が存在し、これが原因となり、プレス成形後に反りなどが発生して要求される形状が得られないことがある。導電性部材の軽量化、薄肉化の要求が高まれば高まるほど、基材の板厚は薄くなり、めっき皮膜の内部応力の影響が大きくなる。
さらに、カーボン質被覆層で優れた電気伝導性が付与されたステンレス鋼(特許文献1)では、多数のピット表面が形成されたステンレス鋼板を基材とし、カーボン質被覆層が基材表面に設けられている。ピットによるアンカー効果および実効表面積が大きくなることによって、ステンレス鋼基材とカーボン質被覆層は優れた密着性を呈するとされているが、プレス成形などの加工にカーボン質被覆層が追従できるとは考えられず、とくに、浅いピット部ではアンカー効果は低く、密着性、耐久性に問題があると考えられる。
Cuリッチ層の析出又はCu濃化層を表層に形成したステンレス鋼(特許文献2)では、Cuの析出熱処理に長時間を要し、製造コストの上昇や、Cuを基材に含有しないステンレス鋼では処理が不可能など、問題点も多い。
特開2001-243839号公報 特開2001-234296号公報
従って、本発明の目的は、外観状フェライト系ステンレス鋼表面が有する意匠性を保持したまま、Al含有フェライト系ステンレス鋼表面の不働態皮膜が改質され、導電性が優れ、低い接触電気抵抗を有するAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材を提供することである。
本発明の他の目的は、外観状フェライト系ステンレス鋼表面が有する意匠性を保持したまま、Al含有フェライト系ステンレス鋼表面の不働態皮膜を改質して、導電性が優れ、低い接触電気抵抗を有するAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材の製造方法を提供することである。
本発明のさらに他の目的は、処理液の排液処理の問題が少なく、部品として組み込んだ後、めっき皮膜に起因するイオンマイグレーション、接触不良、絶縁破壊を起こす可能性が低く、製造コストが低く、加工の際に生じる内部応力が少ないAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材の製造方法を提供することである。
本発明は、Al含有フェライト系ステンレス鋼の表面不働態皮膜内に濃縮しているAl酸化物を除去した後、この不働態皮膜にフッ化物イオンおよびリチウムイオンの少なくとも一方を化学的および/または電気化学的に注入するとともに、不働態皮膜内の鉄を優先溶出させ、クロム酸化物、水酸化物主体の皮膜を形成させることによって、不働態皮膜の電子伝導性や耐食性を向上させ、大気中放置によっても表面接触電気抵抗の時系列劣化がないAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材を提供するものである。
本発明は、Al含有フェライト系ステンレス鋼の表面不働態皮膜内に濃縮しているAl酸化物を除去した後、この不働態皮膜にフッ化物イオンおよびリチウムイオンの少なくとも一方を化学的および/または電気化学的に注入するとともに、不働態皮膜内の鉄を優先溶出させ、クロム酸化物、水酸化物主体の皮膜を形成させることによって、不働態皮膜の電子伝導性や耐食性を向上させ、大気中放置によっても表面接触電気抵抗の時系列劣化がないAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材の製造方法を提供するものである。
本発明は、以下に示すAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材およびその製造方法を提供するものである。
1.Al含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材において、表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のCr/Fe比(原子%)が2以上であること、および表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のAl含有量が0.1原子%以下であることを特徴とするAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材。
2.Cr/Fe(原子%)が3以上である上記1記載のステンレス鋼製導電性部材。
3.表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のF濃度が0.1原子%以上である上記1または2記載のステンレス鋼製導電性部材。
4.飛行時間型二次イオン質量分析(ToF-SIMS)で分析した不働態皮膜中のLi濃度が0.01原子%以上である上記1〜3のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材。
5.ステンレス鋼がSUS430、SUS434、SUS430J1L、またはSUS444である上記1〜4のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材。
6.ステンレス鋼が、光輝焼鈍仕上げ(BA)、酸洗仕上げ(2D)酸洗後軽圧延仕上げ(2B)、または調質圧延仕上げ鋼である上記1〜5のいずれか1項記載のステンレス鋼導電性部材。
7.下記の工程(A)と、工程(B)及び/又は工程(C)とを含むAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材の製造方法:
(A)不働態皮膜中からAlを除去する工程
(B)不働態皮膜にフッ素を注入する工程
(C)不働態皮膜にリチウムを注入する工程。
8.さらに、(D)不働態皮膜中の鉄を溶出する工程を含む上記7記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
9.工程(A)、(B)及び(C)をこの順序で1回以上繰り返し、最後に工程(D)を実施する上記8記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
10.工程(A)の前にステンレス鋼を加熱処理する工程を含む上記7〜9のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
11.工程(B)の前にステンレス鋼を加熱処理する工程を含む上記7〜9のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
12.工程(C)の前にステンレス鋼を加熱処理する工程を含む上記7〜9のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
13.工程(B)の前に工程(D)を実施する上記8記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
14.工程(A)が、硝酸水溶液中でステンレス鋼をアノード電解又は交番電解する工程を含む上記7〜13のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
15.工程(A)が、ポリりん酸イオン、またはメタりん酸イオンを生成するアルカリ金属のりん酸塩水溶液中で、ステンレス鋼をアノード電解または交番電解する工程を含む上記7〜14のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
16.工程(B)が、フッ化物イオンを含有する水溶液中でステンレス鋼をアノード電解する工程を含む上記7〜15のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
17.工程(B)が、フッ化水素水溶液、または、酸化剤およびフッ化物イオンを含む水溶液にステンレス鋼を浸漬処理する工程を含む上記7〜16のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
18.工程(C)が、リチウムイオンを含有する水溶液または非水溶液中でステンレス鋼をカソード電解または浸漬処理する工程を含む上記7〜17のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
19.工程(D)が、硝酸、フッ化物イオンを含有する水溶液、チオグリコール酸塩、又はクエン酸三アンモニウム溶液中でステンレス鋼を浸漬処理する工程を含む上記8〜18のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
20.ステンレス鋼が、SUS430、SUS434、SUS430J1L、またはSUS444である上記7〜19のいずれか1項記載のテンレス鋼製導電性部材の製造方法。
本発明のAl含有フェライト系ステンレス鋼導電性部材は、導電性に優れ、低い接触電気抵抗を示し、高い接触感度を有する。本発明のステンレス鋼導電性部材は、長期間に亘り低い接触電気抵抗を維持し、優れた耐食性を有する。
また、本発明によれば、元来のステンレス鋼表面仕上げ状態を変化させることが外観上なく、めっき処理のような排液処理の問題が少なく、部品として組み込んだ後、イオンマイグレーション(ion migration)が発生せず、接触不良や絶縁破壊を起こす可能性が低く、製造コストが低いAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材を提供することができる。
本発明に使用されるAl含有フェライト系ステンレス鋼としては、製鋼工程においてAl脱酸して製造されたフェライト系ステンレス鋼や、強制的にAlを添加し、機械的特性を改善したフェライト系ステンレス鋼であって、成分としてAlを含有するものが挙げられる。その具体例として、SUS430、SUS430J1L、SUS434、SUS444等が挙げられる。また、表面仕上げ状態は、光輝焼鈍仕上げ(BA)、酸洗仕上げ(2D)、酸洗後軽圧延仕上げ(2B)、調質圧延仕上げ等が挙げられる。
本発明のAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材は、例えば、下記の工程(A)と、工程(B)及び/又は工程(C)とを含む方法により製造することができる。
本発明は好ましくはさらに、(D)不働態皮膜中の鉄を溶出する工程を含む。
不働態皮膜中からAlを除去するには、アルミナバフ研磨など機械的方法によってステンレス鋼表面に生成している不働態皮膜自体を除去すれば良い。または、硝酸中やアルカリ金属のリン酸塩水溶液中でステンレス鋼をアノード電解処理又は交番電解処理すれば良い。
不働態皮膜にフッ素を注入するには、フッ化物イオンを含む水溶液中でステンレス鋼を浸漬処理(化学的処理)するか、電解処理(電気化学的処理)すれば良い。
不働態皮膜中にリチウムを注入するにはリチウムイオンを含む水溶液または非水溶液中でステンレス鋼を浸漬処理(化学的処理)するか電解処理(電気化学的処理)すれば良い。
また、不働態皮膜中の鉄を優先溶出させるには、硝酸溶液、フッ化物イオンを含有する水溶液、チオグリコール酸塩、クエン酸三アンモニウム溶液中で浸漬処理すれば良い。この処理の前に、大気中、または窒素ガス、Arガスなどの不活性ガス雰囲気中で加熱処理することが効果的である。これは、加熱処理によって、不働態皮膜の最表面層にFeが濃縮し、その後の上記溶液中での浸漬処理により、容易にFeと錯イオンを形成して、不働態皮膜から溶出するためである。不働態皮膜から優先的にFeを溶出させることによって、皮膜はCr酸化物、水酸化物主体の組成に改質される。
上記のように、不働態皮膜内に電子のキャリアとなるLi、Fを注入することによって、不働態皮膜の電子伝導性が向上し、従来生成している不働態皮膜の接触電気抵抗を著しく改善することができる。
さらに、不働態皮膜をCr酸化物、水酸化物主体の組成に改質することによって耐食性が向上し、長時間の大気中放置によっても皮膜が変質せず、表面接触電気抵抗の時系列劣化を防止ないし抑制することができる。
(A)不働態皮膜中からAlを除去する工程
不働態皮膜中からAlを除去する方法としては、アルミナバフ研磨など機械的方法がある。その後の大気中放置などで不働態皮膜を自然に生成させても、硝酸溶液中に浸漬処理(不働態化処理)して、強制的に不働態皮膜を生成させても良い。
また、硝酸水溶液中でのアノード電解処理や交番電解などの方法がある。硝酸濃度は、好ましくは0.01kmol・m-3以上であり、飽和濃度まで適する。水溶液温度は、好ましくは、室温〜90℃、さらに好ましくは、30℃〜70℃が望ましい。電解電流密度は、好ましくは0.01〜50A/dm2、さらに好ましくは、0.5〜10A/dm2、電解時間は好ましくは、5〜600秒、さらに好ましくは10〜300秒が適する。
交番電解の場合は、上記電流密度および水溶液温度の範囲で、1サイクルのアノード電解とカソード電解のそれぞれの電解時間は、好ましくは、10ms〜120s、さらに好ましくは100ms〜60sが適する。総電解時間は、好ましくは、5〜600秒、さらに好ましくは10〜300秒が適する。
アノード電解処理や交番電解などでは、電流密度が高い程、短時間処理が可能であるが、硝酸濃度が高くなると、高電流密度域でステンレス鋼が過不働態溶解して、元来の外観を損なう恐れがあるので、好ましくは0.1〜10A/dm2で、10〜120秒、さらに好ましくは60秒程度が適する。
さらに、トリポリりん酸ナトリウム水溶液など、ポリりん酸イオン、メタりん酸イオンを生成するアルカリ金属のりん酸塩水溶液中でのアノード電解や交番電解などの方法がある。濃度は、好ましくは0.001kmol・m-3以上であり飽和濃度まで適する。水溶液温度は、好ましくは、室温〜90℃、さらに好ましくは、30℃〜70℃が望ましい。電解電流密度は、好ましくは0.01〜50A/dm2、さらに好ましくは、0.1〜10A/dm2、電解時間は好ましくは、5〜600秒、さらに好ましくは10〜300秒が適する。
交番電解の場合は、上記電流密度および水溶液温度の範囲で、1サイクルのアノード電解とカソード電解のそれぞれの電解時間は好ましくは、10ms〜120s、さらに好ましくは100ms〜60sが適する。総電解時間は、好ましくは、5〜600秒、さらに好ましくは10〜300秒が適する。
アノード電解や交番電解などでは、電流密度が高い程、短時間処理が可能であるが、アルカリ金属のりん酸塩濃度が高くなると、高電流密度域でステンレス鋼が過不働態溶解して、元来の外観を損なう恐れがあるので、好ましくは0.1〜10A/dm2で、10〜120秒、さらに好ましくは60秒程度が適する
(B)不働態皮膜にフッ素を注入する工程
フッ化物注入におけるフッ化物イオン源としては、フッ化水素酸や、水に溶解してフッ化物イオンを生成するフッ素化合物であれば任意の化合物が使用できる。例えば、アルカリ金属フッ化物(例えば、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム等)、フッ化アンモニウム、三フッ化アンチモン、フッ化銅、二フッ化水素ナトリウム、二フッ化水素カリウム、等が挙げられる。このうち、アルカリ金属フッ化物、とくにフッ化ナトリウム、フッ化カリウムが好ましい。
電気化学的にフッ化物を注入するには、フッ化水素水溶液中、あるいは上記フッ化物イオン源に、硝酸、硫酸、りん酸などを加えた酸性水溶液中でステンレス鋼をアノード電解する。処理液のpHは好ましくは0〜3、さらに好ましくは0〜2である。フッ化物濃度は、好ましくは0.001kmol・m-3で飽和濃度まで適する。水溶液は、加温する必要性はなく、例えば10〜30℃、好ましくは、室温で使用できる。電解電流密度は好ましくは、0.01〜50A/dm2、さらに好ましくは、0.5〜10A/dm2であり、電解時間は好ましくは、5〜600秒、さらに好ましくは、10〜60秒が適する。電流密度が高い程、短時間処理が可能であるが、フッ化物イオン濃度が高くなると、高電流密度域でステンレス鋼が過不働態溶解して、元来の外観を損なう恐れがあるので、好ましくは0.1〜10A/dm2で、10〜120秒、好ましくは60秒程度が適する。
化学的にフッ化物を注入するには、フッ化水素酸および上記フッ化物イオン源に酸化剤を加えた溶液中において浸漬処理する。フッ化物濃度は、好ましくは0.001kmol・m-3以上で飽和濃度まで適する。
酸化剤としては、硝酸、過マンガン酸カリウム、過酸化水素酸、等が挙げられる。濃度は好ましくは0.1〜10kmol・m-3、さらに好ましくは1〜5 kmol・m-3が望ましい。水溶液温度は、好ましくは20〜80℃、さらに好ましくは30〜60℃である。浸漬時間は、好ましくは10秒間〜10分間、さらに好ましくは1〜10分間が適する。
(C)不働態皮膜にリチウムを注入する工程
リチウム注入におけるリチウムイオン源としては、水や非水溶媒に溶解してリチウムイオンを生成するリチウム化合物であれば任意の化合物が使用できる。例えば、酸素化合物としては、水酸化リチウム、酸化リチウムなど、ハロゲン化物としては、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウムなど、酸素酸塩としては、硝酸リチウム、硫酸リチウム、等が挙げられる。非水溶媒としては、エタノール、メタノール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、メチルエチルエーテル等が挙げられる。水と非水溶媒との混合液も使用できる。
リチウムイオン源を含む水溶液または非水溶液のリチウム化合物の濃度は、好ましくは0.01kmol・m-3以上であり、飽和溶液まで適する。溶液は加温する必要はなく、好ましくは、10〜30℃、例えば室温でよい。浸漬処理の場合、処理時間は好ましくは10秒間〜10分間、さらに好ましくは、30秒間〜5分間が適する。カソード電解の場合、電流密度は好ましくは0.01A/dm2〜10A/dm2、さらに好ましくは、0.1〜5A/dm2、電解時間は好ましくは10秒間〜10分間、さらに好ましくは20秒間〜5分間程度が適する。
不働態皮膜内へのフッ化物イオンおよびリチウムイオンの効果的な注入方法は、上記工程(B)と工程(C)を繰り返し行うことである。工程(B)と工程(C)の順序はいずれが先でも良いが、工程(B)をまず実施し、次いで工程(C)を実施することが好ましい。
(D)不働態皮膜中の鉄を溶出する工程
不働態皮膜中の鉄を優先溶出させるには、硝酸水溶液、チオグリコール酸塩やクエン酸三アンモニウム溶液またはフッ化物イオンを含有した水溶液中で浸漬処理すれば良い。
硝酸水溶液を使用する場合には、濃度は、好ましくは1kmol・m-3以上であり、飽和溶液まで適する。水溶液温度は、好ましくは、室温から90℃、さらに好ましくは、30℃〜70℃が望ましい。浸漬時間は、好ましくは10秒間〜120分間、さらに好ましくは、30秒〜60分間が望ましい。
チオグリコール酸塩としては、チオグリコール酸では、質量%として好ましくは0.1%〜90%、さらに好ましくは1〜50%が適する。溶液温度は加温する必要はなく、例えば10〜50℃、好ましくは、室温で使用できる。浸漬時間は、好ましくは5秒間〜120分間、さらに好ましくは10秒間〜30分間が適する。チオグリコール酸アンモニウムおよびチオグリコール酸モノエタノールアミンとしては、質量%として好ましくは、0.1%〜50%、さらに好ましくは1%〜30%が適する。溶液温度は、例えば10〜50℃、好ましくは、室温で使用できる。
クエン酸三アンモニウムの濃度は、好ましくは0.1kmol・m-3以上で、飽和濃度まで適する。水溶液温度は、好ましくは、室温〜50℃、さらに好ましくは、30℃〜40℃が望ましい。浸漬時間は、好ましくは10秒間〜120分間、さらに好ましくは30秒間〜30分間が適する。
フッ化物イオンを含有した水溶液を使用する場合には、フッ化水素酸、あるいは上記フッ化物イオン源に酸を加え、酸性とした水溶液が適する。pHは好ましくは0〜3、さらに好ましくは0〜2である。フッ化物濃度は、好ましくは0.001kmol・m-3以上であり、飽和濃度まで適する。pH調整用の酸としては、硝酸、硫酸、リン酸、等が挙げられる。濃度は好ましくは0.01〜10kmol・m-3が望ましく、さらに好ましくは、0.1〜5 kmol・m-3が望ましい。水溶液温度は、好ましくは10〜80℃、さらに好ましくは20〜60℃である。浸漬時間は、好ましくは5秒間〜20分間、さらに好ましくは5秒間〜10分間が適する。
さらに、効率的に不働態皮膜中の鉄を優先溶出させるには、工程(D)の硝酸、チオグリコール酸塩、フッ化物イオンを含有した水溶液中での浸漬処理以前に、大気中、または窒素、あるいはArなどの不活性ガス雰囲気中において熱処理することが望ましい。好適な熱処理温度は好ましくは100℃〜600℃、さらに好ましくは、140℃〜500℃であり、処理時間は好ましくは1秒間〜30分間、さらに好ましくは10秒〜20分間である。
この加熱処理によって、不働態皮膜の最表面層に鉄濃縮層が形成され、その後の工程(D)において容易にFeと錯イオンを形成して、溶液中へ溶出する。
この処理によって、不働態皮膜はCr主体の組成になるため、耐食性が向上して、長時間の大気中放置によっても皮膜の変質がなく、表面接触電気抵抗の時系列劣化が小さくなるものと考えられる。
以下実施例を示し、本発明を具体的に説明する。
実施例1
接触電気抵抗測定方法
接触電気抵抗は、株式会社 山崎精機研究所製、電気接点シミュレーター(CRS-113-金型)を使用して測定した。測定プローブには、PU-05金線接触子、0.5mmΦを用いた。印加定電流を10mAとした。また、接触子の最大接触荷重を100gf、移動距離を1mmとして測定を行い、接触荷重-接触電気抵抗分布曲線を求めた。
供試材
供試材には板厚が0.2mmのAl含有SUS430BA(BA:光輝焼鈍材)を使用した。これを15mm×50mmに切断して試験片とした。
実験方法
試験片をアセトン中に浸漬して超音波洗浄を施した後、表面にアルミナバフ研磨を施した後、30質量%の硝酸、55℃に30分間浸漬して不働態化処理を行った。その後、1kmol・m-3LiOH水溶液中において、1A/dm2で1分間のカソード電解処理を施し、接触電気抵抗を測定した。なお、各電解処理、浸漬処理後には蒸留水洗浄と冷風乾燥工程が含まれる。素材と処理後の試験片の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線を図1に示す。
素材(SUS430BA)では、瞬間的に接触電気抵抗が低下する挙動は認められるものの、接触荷重が100gfまで、接触電気抵抗は300mΩ以上を保持したままである。一方、上記処理を施した試験片では接触荷重の増加とともに接触電気抵抗が低下することがわかる。このように電子のキャリアとしてLiのみでも接触電気抵抗は低下した。
実施例2
供試材
実施例1に使用したものと同じ。
実験方法
試験片をアセトン中に浸漬して超音波洗浄を施した後、30質量%の硝酸、55℃において、1A/dm2の電流密度でカソード電解を10秒間、アノード電解を10秒間施し、さらに連続してカソード電解を10秒間、アノードを10秒間施した。その後、2.5質量%のHF水溶液中(25℃)において30秒間の浸漬処理を施した。処理後の試験片の接触電気抵抗を測定した。なお、各電解処理、浸漬処理後には蒸留水洗浄と冷風乾燥工程が含まれる。図2に接触圧力-接触電気抵抗分布曲線を示す。
上記処理を施した試験片では接触荷重の増加とともに接触電気抵抗が低下することがわかる。このように電子のキャリアとしてFのみでも接触電気抵抗は低下した。
実施例3
供試材
実施例1に使用したものと同じ。
実験方法
試験片をアセトン中に浸漬して超音波洗浄を施した後、30質量%の硝酸、55℃において、1A/dm2の電流密度でカソード電解を10秒間、アノード電解を10秒間施し、さらに連続してカソード電解を10秒間、アノードを10秒間施した。その後、1kmol・m-3LiOH水溶液中において、1A/dm2で1分間のカソード電解処理を施し、さらに2.5質量%のHF水溶液中(25℃)において10秒間の浸漬処理を施した。処理後の試験片の接触電気抵抗を測定した。なお、各電解処理、浸漬処理後には蒸留水洗浄と冷風乾燥工程が含まれる。図3に接触圧力-接触電気抵抗分布曲線を示す。
試験片の接触電気抵抗は、接触荷重が約20gf(低下荷重)から低下し始め、接触荷重が100gfにおいては、約30mΩまで低下した。このように、不働態皮膜中のAl酸化物を硝酸中での交番電解で取り除き、さらに皮膜中に電子のキャリアとなるLi、Fを注入することによって接触電気抵抗は低下することがわかった。
実施例4
供試材
実施例1に使用したものと同じ。
実験方法
試験片をアセトン中に浸漬して超音波洗浄を施した後、0.1kmol・m-3濃度のトリポリりん酸ナトリウム水溶液(25℃)で、1A/dm2の電流密度でアノード電解を1分間施した。その後、大気中において300℃で1分間の大気加熱を施した。冷却後、10質量%チオグリコール酸水溶液中で2分間の浸漬処理を施した。その後、30質量%硝酸水溶液、60℃で、60分間の浸漬処理(不働態化処理)を行った。つぎに、2.5質量%のHF水溶液中(25℃)において1分間の浸漬処理を施し、さらに1kmol・m-3LiOH水溶液中(25℃)において、1A/dm2で1分間のカソード電解処理、および30質量%硝酸水溶液、60℃で、5分間の浸漬処理を行った。なお、各電解処理、浸漬処理後には蒸留水洗浄と冷風乾燥工程が含まれる。図4に接触圧力-接触電気抵抗分布曲線を示す。
試験片の接触電気抵抗は、接触荷重が約5gf(低下荷重)から急激に低下した。この挙動は、図5に示す一般的に電気接点部品として使用されている半光沢Ni めっき皮膜(基材SUS430)の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線に匹敵する。
X線光電子分光分析法(XPS)によって試験片の不働態皮膜を解析した結果、トリポリりん酸ナトリウム水溶液でのアノード電解で不働態皮膜中から電気抵抗が高いAl酸化物を完全に除去できることがわかり、また、大気加熱によって不働態皮膜の最表面層に形成された鉄濃縮層をチオグリコール酸水溶液中および硝酸溶液中での浸漬処理によって除去できることがわかった。この処理で、表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のAl含有量は、検出限界(0.1原子%)以下となった。なお、素材(SUS430)不働態皮膜中のAl濃度は,0.9原子%であった。また、不働態皮膜内のFe濃度は著しく低下して、Cr濃度が上昇し、素材のCr/Fe比(原子%)は0.50に対して、処理後には4.5に上昇していることがわかった。このようにCr/Fe比が上昇して、皮膜の耐食性が向上したため、95%RH、60℃の恒温恒湿環境、30日間の試験においても接触電気抵抗の経時劣化が認められなかったものと考えられる。
また、HF浸漬処理、LiOH中でのカソード電解処理で、不働態皮膜内にLi、Fの存在を飛行時間型二次イオン質量分析(ToF-SIMS)で確認でき、さらにX線光電子分光分析法(XPS)によってF濃度を求めた結果、1.2原子%であった。種々検討した結果、0.1原子%以上のF濃度で接触電気抵抗が低下することがわかった。またLiに関しては、飛行時間型二次イオン質量分析(ToF-SIMS)で処理後の試験片を分析すると、0.5原子%であった。種々検討した結果、不働態皮膜中に0.01原子%以上含まれていると、接触電気抵抗が低下する挙動が認められた。
実施例5
供試材
供試材には、Alが含有されているSUS430(2B)、SUS434(BA)、SUS430J1L(BA)、SUS444(BA)を使用した。これを15mm×50mmに切断して試験片とした。試験片をアセトン中に浸漬して超音波洗浄を施した後、実施例4に示した方法によって処理した。素材および処理後の試験片の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線から、接触電気抵抗が300mΩ以下に低下する接触荷重(低下荷重)を求めた。表1に素材(処理前)および処理後の接触抵抗(低下荷重を示す)。
Figure 0005315575
このように、SUS430鋼の素材の表面状態が異なっても、あるいは他鋼種である、SUS434、SUS430J1L、SUS444であっても、接触電気抵抗は低下する。
SUS430BA材を実施例1に示した工程で処理した試験片の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線である。 SUS430BA材を実施例2に示した工程で処理した試験片の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線である。 SUS430BA材を実施例3に示した工程で処理した試験片の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線である。 SUS430BA材を実施例4に示した工程で処理した試験片の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線である。 一般的に電気接点部品として使用されている半光沢Ni めっき皮膜(基材SUS430)の接触圧力-接触電気抵抗分布曲線である。

Claims (20)

  1. Al含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材において、表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のCr/Fe比(原子%)が2以上であること、および表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のAl含有量が0.1原子%以下であることを特徴とするAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材。
  2. Cr/Fe(原子%)が3以上である請求項1記載のステンレス鋼製導電性部材。
  3. 表面X線光電子分光法(XPS)で分析した不働態皮膜中のF濃度が0.1原子%以上である請求項1または2記載のステンレス鋼製導電性部材。
  4. 飛行時間型二次イオン質量分析(ToF-SIMS)で分析した不働態皮膜中のLi濃度が0.01原子%以上である請求項1〜3のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材。
  5. ステンレス鋼がSUS430、SUS434、SUS430J1L、またはSUS444である請求項1〜4のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材。
  6. ステンレス鋼が、光輝焼鈍仕上げ(BA)、酸洗仕上げ(2D)酸洗後軽圧延仕上げ(2B)、または調質圧延仕上げ鋼である請求項1〜5のいずれか1項記載のステンレス鋼導電性部材。
  7. 下記の工程(A)と、工程(B)及び/又は工程(C)とを含むAl含有フェライト系ステンレス鋼製導電性部材の製造方法:
    (A)不働態皮膜中からAlを除去する工程
    (B)不働態皮膜にフッ素を注入する工程
    (C)不働態皮膜にリチウムを注入する工程。
  8. さらに、(D)不働態皮膜中の鉄を溶出する工程を含む請求項7記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  9. 工程(A)、(B)及び(C)をこの順序で1回以上繰り返し、最後に工程(D)を実施する請求項8記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  10. 工程(A)の前にステンレス鋼を加熱処理する工程を含む請求項7〜9のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  11. 工程(B)の前にステンレス鋼を加熱処理する工程を含む請求項7〜9のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  12. 工程(C)の前にステンレス鋼を加熱処理する工程を含む請求項7〜9のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  13. 工程(B)の前に工程(D)を実施する請求項8記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  14. 工程(A)が、硝酸水溶液中でステンレス鋼をアノード電解又は交番電解する工程を含む請求項7〜13のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  15. 工程(A)が、ポリりん酸イオン、又はメタりん酸イオンを生成するアルカリ金属のりん酸塩水溶液中で、ステンレス鋼をアノード電解又は交番電解する工程を含む請求項7〜14のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  16. 工程(B)が、フッ化物イオンを含有する水溶液中でステンレス鋼をアノード電解する工程を含む請求項7〜15のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  17. 工程(B)が、フッ化水素水溶液、または、酸化剤およびフッ化物イオンを含む水溶液にステンレス鋼を浸漬処理する工程を含む請求項7〜16のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  18. 工程(C)が、リチウムイオンを含有する水溶液または非水溶液中でステンレス鋼をカソード電解または浸漬処理する工程を含む請求項7〜17のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  19. 工程(D)が、硝酸、フッ化物イオンを含有する水溶液、チオグリコール酸塩、又はクエン酸三アンモニウム溶液中でステンレス鋼を浸漬処理する工程を含む請求項8〜18のいずれか1項記載のステンレス鋼製導電性部材の製造方法。
  20. ステンレス鋼が、SUS430、SUS434、SUS430J1L、またはSUS444である請求項7〜19のいずれか1項記載のテンレス鋼製導電性部材の製造方法。
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