しかしながら、前記した有機過酸化物、バナジウム化合物、酸性リン酸エステル及びα−ヒドロキシカルボニル化合物からなるラジカル重合触媒の系では、歯科用として十分な活性を得る為には、バナジウム化合物を多量に用いなければならず、その場合には保存安定性が低下するという問題が生じる。
また、歯科分野における、上記▲1▼のトリアルキルホウ素又はその部分酸化物を用いる系は、非常に活性が高い優れた化学重合触媒であるが、化学的に極めて不安定であるため、他の成分と別包装して保存し、使用直前に適量採取して他のモノマー成分等と混合する必要があり、操作が煩雑になるという欠点がある。
さらに、上記▲2▼、▲3▼のうち有機過酸化物と第三級アミンとの組み合わせからなる化学重合触媒およびバルビツル酸系の化学重合触媒は、生体為害作用の低さ、及び入手の容易さ等の観点から歯科材料分野において最も一般的に使用されているものであるが、それぞれ次のような問題が指摘されている。
即ち、有機過酸化物と第三級アミンとの組み合わせからなる化学重合触媒においては、アミン化合物の酸化に由来する硬化体の着色や変色の問題、酸素や酸性成分(酸性成分は第3級アミンと反応して還元能を有しない4級塩を生成する)による重合阻害が大きいといった問題が指摘されている。例えば上記着色や変色の問題は、コンポジットレジンに代表される歯科用修復材料に応用した場合、天然歯との色調のずれを生じ審美的障害を引き起こし、上記重合阻害の問題は、酸性基含有ラジカル重合性単量体を成分とする歯科用接着材等には充分な重合活性を発揮し難いことを意味する。また、バルビツル酸系化学重合触媒においては、硬化時間のコントロールが難かしかったり、保存安定性が悪い等の問題が指摘されている。
また、上記▲4▼のアリールボレートを用いた化学重合触媒は取り扱いが容易で硬化体の着色、変色がなく、かつ保存安定性にも優れているが、重合活性が必ずしも十分ではなく、尚一層の高活性化が求められている。
このように、触媒自体の化学的安定性が高く取り扱いが容易で、活性が高く、重合阻害を受け難く、硬化体を着色させたり変色させたりすることのないラジカル重合触媒はこれまで知られていない。そこで、本発明は、このような優れた特徴を有するラジカル重合触媒を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を行なった。その結果、アリールボレート化合物と酸性化合物とを特定のバナジウム化合物と組合わせて使用した場合には、重合活性が著しく高くなること、さらにこのようなラジカル重合触媒を用いた歯科用硬化性組成物は各種接着材、前処理材、修復材として優れた特徴を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明のラジカル重合触媒は、アリールボレート化合物、酸性化合物、並びに+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物からなる。
本発明のラジカル重合触媒で使用するアリールボレート化合物は、分子中に少なくとも1個のホウ素−アリール結合を有する化合物であれば特に限定されず公知の化合物が使用できる。ホウ素−アリール結合をまったく有しないボレート化合物は安定性が極めて悪く、空気中の酸素と容易に反応して分解するため事実上、使用が不可能である。
本発明で使用するアリールボレート化合物としては、保存安定性及び重合活性の点から、下記一般式(1)
(上式中、R1、R2及びR3は、それぞれ独立に、アルキル基、アリール基又はアルケニル基であり、これらの基はいずれも置換基を有していてもよく;R4及びR5は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、置換基を有してもよいアルキル基又はアルコキシ基、または置換基を有してもよいフェニル基であり;L+は金属陽イオン、第3級又は第4級アンモニウムイオン、第4級ピリジニウムイオン、第4級キノリニウムイオンまたは第4級ホスホニウムイオンを示す。)
で示されるボレート化合物が好ましい。
上記一般式(1)中、R1、R2及びR3は各々独立に、アルキル基、アリール基又はアルケニル基を示し、またこれらの基は置換基を有していてもよい。
当該アルキル基は特に限定されるものではなく、直鎖状でも分枝状でもよいが、好ましくは炭素数3〜30のアルキル基、より好ましくは炭素数4〜20の直鎖アルキル基であり、具体的にはn−ブチル基、n−オクチル基、n−ドデシル基、n−ヘキサデシル基等である。また、当該アルキル基の置換基としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子等のハロゲン原子、水酸基、ニトロ基、シアノ基、あるいはフェニル基、ニトロフェニル基、クロロフェニル基等の炭素数6〜10のアリール基、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の炭素数1〜5のアルコキシ基、アセチル基等の炭素数2〜5のアシル基等が例示される。また当該置換基の数及び位置も特に限定されない。
アリール基もまた特に限定されるものではなく、公知のアリール基でよいが、好ましくは単環ないし2又は3つの環が縮合した、置換又は非置換の炭素数6〜14(置換基の有する炭素原子を除く)のアリール基であり、当該置換基としては上記アルキル基の置換基として例示された基、ならびにメチル基、エチル基、ブチル基等の炭素数1〜5のアルキル基が例示される。
置換または非置換のアリール基としては具体的には、フェニル基、1−又は2−ナフチル基、1−、2−又は9−アンスリル基、1−、2−、3−、4−又は9−フェナンスリル基、p−フルオロフェニル基、p−クロロフェニル基、(3,5−ビストリフルオロメチル)フェニル基、3,5−ビス(1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−メトキシ−2−プロピル)フェニル基、p−ニトロフェニル基、m−ニトロフェニル基、p−ブチルフェニル基、m−ブチルフェニル基、p−ブチルオキシフェニル基、m−ブチルオキシフェニル基、p−オクチルオキシフェニル基、m−オクチルオキシフェニル基等が例示される。
アルケニル基も特に限定されるものではないが、好ましくは3−ヘキセニル基、7−オクチニル基等の炭素数4〜20のアルケニル基であり、またその置換基としては前記アルキル基の置換基として例示されたものが挙げられる。
上記一般式(1)中、R4及びR5は各々独立に水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、置換基を有していても良いアルキル基又はアルコキシ基、または置換基を有していても良いフェニル基である。
当該置換基を有していても良いアルキル基又はアルコキシ基は特に限定されるものではなく、また直鎖状でも分枝状でも良いが、好ましくは炭素数1〜10のアルキル基又はアルコキシ基であり、また置換基としては前記R1〜R3で示されるアルキル基の置換基として例示したものが挙げられる。当該置換基を有していてもよいアルキル基を具体的に例示すると、メチル基、エチル基、n−又はi−プロピル基、n−,i−又はt−ブチル基、クロロメチル基、トリフルオロメチル基、メトキシメチル基、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−メトキシ−2−プロピル基等が例示され、置換基を有していてもよいアルコキシ基を具体的に例示すると、メトキシ基、エトキシ基、1−又は2−プロポキシ基、1−又は2−ブトキシ基、1−、2−又は3−オクチルオキシ基、クロロメトキシ基等が例示される。
また置換基を有していても良いフェニル基の有する置換基も特に限定されず、具体的には前記R1〜R3で示されるアリール基の置換基として例示したものが挙げられる。
上記一般式(1)中、L+は金属陽イオン、第3級又は第4級アンモニウムイオン、第4級ピリジニウムイオン、第4級キノリニウムイオン、または第4級ホスホニウムイオンである。
当該金属陽イオンとしては、ナトリウムイオン、リチウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属陽イオン、マグネシウムイオン等のアルカリ土類金属陽イオン等が好ましいく、第3級又は第4級アンモニウムイオンとしては、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、トリブチルアンモニウムイオン、トリエタノールアンモニウムイオン等が、第4級ピリジニウムイオンとしては、メチルキノリニウムイオン、エチルキノリニウムイオン、ブチルキノリウムイオン等が、第4級ホスホニウムイオンとしては、テトラブチルホスホニウムイオン、メチルトリフェニルホスホニウムイオン等がそれぞれ例示される。
上記一般式(1)で示されるアリールボレート化合物を具体的に例示すると、1分子中に1個のホウ素−アリール結合を有するボレート化合物として、トリアルキルフェニルホウ素、トリアルキル(p−クロロフェニル)ホウ素、トリアルキル(p−フルオロフェニル)ホウ素、トリアルキル(3,5−ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素、トリアルキル[3,5−ビス(1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−メトキシ−2−プロピル)フェニル]ホウ素、トリアルキル(p−ニトロフェニル)ホウ素、トリアルキル(m−ニトロフェニル)ホウ素、トリアルキル(p−ブチルフェニル)ホウ素、トリアルキル(m−ブチルフェニル)ホウ素、トリアルキル(p−ブチルオキシフェニル)ホウ素、トリアルキル(m−ブチルオキシフェニル)ホウ素、トリアルキル(p−オクチルオキシフェニル)ホウ素、トリアルキル(m−オクチルオキシフェニル)ホウ素〔ただし、いずれの化合物においてもアルキルはn−ブチル、n−オクチル又はn−ドデシルのいずれかを示す〕の、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、テトラブチルアンモニウム塩、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、トリブチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、メチルピリジニウム塩、エチルピリジニウム塩、ブチルピリジニウム塩、メチルキノリニウム塩、エチルキノリニウム塩又はブチルキノリニウム塩等を挙げることができる。
また、1分子中に2個のホウ素−アリール結合を有するボレート化合物として、ジアルキルジフェニルホウ素、ジアルキルジ(p−クロロフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(p−フルオロフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(3,5−ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素、ジアルキルジ[3,5−ビス(1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−メトキシ−2−プロピル)フェニル]ホウ素、ジアルキル(P−ニトロフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(m−ニトロフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(p−ブチルフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(m−ブチルフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(p−ブチルオキシフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(m−ブチルオキシフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(p−オクチルオキシフェニル)ホウ素、ジアルキルジ(m−オクチルオキシフェニル)ホウ素〔ただし、いずれの化合物においてもアルキルはn−ブチル、n−オクチル又はn−ドデシルのいずれかを示す〕の、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、テトラブチルアンモニウム塩、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、トリブチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、メチルピリジニウム塩、エチルピリジニウム塩、ブチルピリジニウム塩、メチルキノリニウム塩、エチルキノリニウム塩又はブチルキノリニウム塩等を挙げることができる。
さらに、1分子中に3個のホウ素−アリール結合を有するボレート化合物として、モノアルキルトリフェニルホウ素、モノアルキルトリス(p−クロロフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(p−フルオロフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(3,5−ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素、モノアルキルトリス[3,5−ビス(1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−メトキシ−2−プロピル)フェニル]ホウ素、モノアルキルトリス(p−ニトロフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(m−ニトロフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(p−ブチルフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(m−ブチルフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(p−ブチルオキシフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(m−ブチルオキシフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(p−オクチルオキシフェニル)ホウ素、モノアルキルトリス(m−オクチルオキシフェニル)ホウ素(ただし、いずれの化合物においてもアルキルはn−ブチル、n−オクチル又はn−ドデシルのいずれかを示す)の、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、テトラブチルアンモニウム塩、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、トリブチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、メチルピリジニウム塩、エチルピリジニウム塩、ブチルピリジニウム塩、メチルキノリニウム塩、エチルキノリニウム塩又はブチルキノリニウム塩等を挙げることができる。
また、1分子中に4個のホウ素−アリール結合を有するボレート化合物として、テトラフェニルホウ素、テトラキス(p−クロロフェニル)ホウ素、テトラキス(p−フルオロフェニル)ホウ素、テトラキス(3,5−ビストリフルオロメチル)フェニルホウ素、テトラキス[3,5−ビス(1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−メトキシ−2−プロピル)フェニル]ホウ素、テトラキス(p−ニトロフェニル)ホウ素、テトラキス(m−ニトロフェニル)ホウ素、テトラキス(p−ブチルフェニル)ホウ素、テトラキス(m−ブチルフェニル)ホウ素、テトラキス(p−ブチルオキシフェニル)ホウ素、テトラキス(m−ブチルオキシフエニル)ホウ素、テトラキス(p−オクチルオキシフェニル)ホウ素、テトラキス(m−オクチルオキシフェニル)ホウ素〔ただし、いずれの化合物においてもアルキルはn−ブチル、n−オクチル又はn−ドデシルのいずれかを示す〕の、ナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、テトラブチルアンモニウム塩、テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩、トリブチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、メチルピリジニウム塩、エチルピリジニウム塩、ブチルピリジニウム塩、メチルキノリニウム塩、エチルキノリニウム塩又はブチルキノリニウム塩等を挙げることができる。
これらの中でも、保存安定性を考慮すると、1分子中に3個または4個のホウ素−アリール結合を有するアリールボレート化合物を用いることが好ましく、さらには取り扱いや合成・入手の容易さから4個のホウ素−アリール結合を有するアリールボレート化合物がより好ましい。特に好ましくは、R1、R2、R3及び、
で示される基がすべて同じ、即ち、ホウ素原子が4つの同一のアリール基で置換されたアリールボレート化合物である。
また、L+としては第3級又は第4級アンモニウムイオンが好ましく、第3級アンモニウムイオンがより好ましい。
これらアリールボレート化合物は1種または2種以上を混合して用いることも可能である。
本発明のラジカル重合触媒で用いる酸性化合物は、水に溶解あるいは懸濁させた際に、該水溶液または水懸濁液が酸性を示すものであれば特に限定されず公知の無機酸、有機酸が使用できる。好ましくは10質量%の水溶液又は水懸濁液がpH4.5以下(さらに好ましくは4以下)を示す化合物が使用される。さらには遊離酸に限らず、上記条件で酸性を示す化合物であれば酸無水物、酸塩化物や固体酸も使用可能である。
代表的な無機酸を例示すれば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸等が挙げられる。また、代表的な有機酸としては、酢酸、プロピオン酸、マレイン酸、フマル酸、フタル酸、安息香酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸、クエン酸およびトリメリット酸等のカルボン酸類、p−トルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸およびトリフルオロメタンスルホン酸等のスルホン酸類、メチルホスホン酸、フェニルホスホン酸、ジメチルホスフィン酸、ジフェニルホスフィン酸等のホスホン酸類及びホスフィン酸類、リン酸メチル、リン酸ジエチル、リン酸フェニル等の酸性リン酸エステル類等が挙げられる。上述したようにこれらの酸無水物(無水酢酸、無水プロピオン酸、無水マレイン酸等)や酸ハロゲン化物(酢酸クロリド、プロピオン酸クロリド、マレイン酸ジクロリド等)も好適に使用できる。また、酸性イオン交換樹脂、酸性アルミナ、酸性シリカ等の固体酸類も使用できる。
さらに、有機酸としては、酸性基含有ラジカル重合性単量体(以下、単に酸性モノマーと称す場合がある)を使用してもよい。かかる酸性モノマーとしては、1分子中に少なくとも1つの酸性基、又は当該酸性基の2つが脱水縮合した酸無水物構造、あるいは酸性基のヒドロキシル基がハロゲンに置換された酸ハロゲン化物基と、少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基とを有す化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。ここで酸性基とは、該基を有すラジカル重合性単量体の水溶液又は水懸濁液が酸性を呈す基を示す。当該酸性基としては、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SO3H)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{−P(=O)(OH)2}、等が例示される。
また、ラジカル重合性不飽和基も特に限定されず公知の如何なる基であってもよい。具体的には、(メタ)アクリロイル基及び(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル基の誘導体基、ビニル基、アリル基、スチリル基等が例示される。
当該酸性モノマーの具体例については、後述する歯科用接着材に関する説明において例示する。
上記酸性モノマーを酸性化合物として使用することにより、該酸性化合物が硬化後に溶出する可能性が少なくなり好ましい。
また、これら酸性化合物は複数の種類のものを混合して用いても良い。
本発明のラジカル重合触媒の第3の成分は+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物である。バナジウム化合物は酸化数が−I価から+V価までとるが、本発明に使用されるバナジウム化合物は、+IV価又は+V価である。−I価から+I価では化合物の安定性が悪く、また+II価、+III価では活性が低くなりラジカル重合触媒として使用できないため+IV価又は+V価である必要がある。当該+IV価又は+V価バナジウム化合物としては公知の化合物が制限なく使用できる。具体的に例示すると、四酸化二バナジウム(IV)、酸化バナジウムアセチルアセトナート(IV)、シュウ酸バナジル(IV)、硫酸バナジル(IV)、オキソビス(1−フェニル−1,3−ブタンジオネート)バナジウム(IV)、ビス(マルトラート)オキソバナジウム(IV)、五酸化バナジウム(V)、メタバナジン酸ナトリウム(V)、メタバナジン酸アンモン(V)、等のバナジウム化合物が挙げられる。
これら+IV価又は+V価バナジウム化合物は複数の種類のものを併用しても良い。
なお以下では簡便のために、特に断りのない限り単にバナジウム化合物と称す場合は、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物を示すものとする。
本発明のラジカル重合触媒における各成分の配合量は特に制限されるものではなく、ラジカル重合触媒として作用する量であれば如何なる配合量でも構わない。重合活性及び得られる硬化体の強度等の物性、重合に関与しなかった成分の溶出の可能性等の点から、アリールボレート化合物1モルに対し、酸性化合物が0.1〜100モル、バナジウム化合物が0.0005〜5モルであることが好ましく、アリールボレート化合物1モルに対し、酸性化合物が0.5〜50モル、バナジウム化合物が0.001〜1モルであることがより好ましい。また酸性化合物として前記酸性モノマー以外のものを含む場合には、該酸性モノマー以外の酸性化合物はアリールボレート化合物1モルに対して20モル以下であるのが好ましく、10モル以下であるのが好ましい。
本発明のラジカル重合触媒は、ラジカル重合性単量体を重合・硬化させるために使用される。酸性化合物として酸性モノマーを使用した場合には、該酸性モノマー自体がラジカル重合性単量体であるため、この3成分を混合することのみにより重合・硬化する硬化性組成物が提供されるが、通常、使用目的や用途等に従い、酸性モノマー以外のラジカル重合性単量体、即ち酸性基を有さないラジカル重合性単量体を更に併用することが好ましい。また、酸性モノマーを全く含まない場合には、アリールボレート化合物、酸性モノマー以外の酸性化合物、バナジウム化合物、ならびに酸性基を有さないラジカル重合性単量体を含んでなる硬化性組成物も提供される。
以下ではこれら、上記本発明のラジカル重合触媒を含んでなる硬化性組成物(以下、本発明の硬化性組成物)、及び該硬化性組成物を硬化させてなる硬化体(以下、本発明の硬化体)につき説明する。
本発明の硬化性組成物に含まれる、酸性基を有さないラジカル重合性単量体(以下、非酸性モノマー)としては公知のラジカル重合性単量体をなんら制限なく使用することが可能である。
当該ラジカル重合性単量体を具体的に例示すると、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート、2−メタクリロキシエチルアセトアセテート等の重合性不飽和基を1つ有する(メタ)アクリレート系単量体類{以下、非酸性単官能モノマーとも称す};エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,3−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1.6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9−ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、トリメチロールメタントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート等の重合性不飽和基を複数有する脂肪族系(メタ)アクリレート系単量体類;2,2−ビス((メタ)アクリロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−(メタ)アクリロキシフェニル)]プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル)プロパン等の重合性不飽和基を複数有する芳香族系(メタ)アクリレート系単量体類{以下、脂肪族系、芳香族系の両者を併せて非酸性多官能モノマーとも称す};等の重合性不飽和基として(メタ)アクリルオキシ基を有する単量体:ジアセトンアクリルアミド、N−メチロール(メタ)アクリルアミド等の重合性不飽和基として(メタ)アクリルアミド基を有す単量体:フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物類:スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン等のスチレン誘導体類:ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物類:及び酢酸ビニル、4−ビニルピリジン、N−ビニルピロリドン、エチルビニルエーテル等が挙げられる。
これらの非酸性モノマーは単独でまたは二種以上を混合して用いることができる。
本発明の硬化性組成物としては、硬化速度や得られる硬化体の強度等の物性の点から、これらラジカル重合性単量体のなかでも(メタ)アクリル基又はその誘導体基{(メタ)アクリルオキシ基、(メタ)アクリルアミド基、(メタ)アクリルチオ基等}をラジカル重合性不飽和基として有する化合物(単量体)が、全ラジカル重合性単量体(前記酸性モノマーを含む場合は、それも含めた合計量。以下同じ)中50質量%以上含有されていることが好ましく、60質量%以上含まれていることが好ましい。
さらに好ましくは、全ラジカル重合性単量体中、(メタ)アクリルオキシ基をラジカル重合性不飽和基として有する化合物が50質量%以上であり、特に好ましくは60質量%以上含有されているものである。
本発明の硬化性組成物におけるラジカル重合性単量体と本発明のラジカル重合触媒の量比は、ラジカル重合性単量体が硬化するのに十分な量比であれば特に限定されないが、硬化速度や得られる硬化体の機械的強度等の物性の点から、一般的には全ラジカル重合性単量体100質量部に対して本発明のラジカル重合触媒を構成するアリールボレート化合物が0.01〜20質量部、特に0.1〜10質量部となる量比として用い、他のラジカル重合触媒構成成分である酸性化合物及びナジウム化合物の配合量は、配合されるアリールボレート化合物に対し前記した通りの割合で配合される。
より具体的には、用いるラジカル重合性単量体や、触媒各成分の分子量(あるいは式量)により異なるが、一般的には、全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、アリールボレート化合物が0.01〜20質量部(好ましくは0.1〜10質量部)、バナジウム化合物が0.00005〜10質量部(好ましくは0.0005〜1質量部)で、かつ酸性化合物が酸性モノマー以外である場合には該酸性化合物が0.001〜20質量部(好ましくは0.01〜10質量部)、また酸性化合物が酸性モノマーである場合には、全ラジカル重合性単量体中、酸性モノマーが0.01〜70質量%(好ましくは0.1〜50質量%)の組成物が好適である。
本発明の硬化性組成物においては、目的や用途に応じ公知の添加剤を配合することができる。当該添加剤としては、本発明のラジカル重合触媒以外の重合触媒、無機充填材、有機充填材あるいは無機−有機複合充填材等の充填材、増粘剤、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、+IV価又は+V価のバナジウム化合物以外の金属塩や金属錯体等の金属化合物、水、有機溶媒、染料、顔料等が挙げられる。
本発明のラジカル重合触媒以外の重合触媒(以下、その他の重合触媒)としては、公知の熱重合触媒やレドックス系重合触媒(化学重合触媒と称す場合もある)、光重合触媒が特に制限されることなく使用できる。
熱重合触媒としては、ケトンパーオキサイド、パーオキシケタール、ハイドロパーオキサイド、ジアルキルパーオキサイド、パーオキシエステル、ジアシルパーオキサイド、パーオキシジカーボネート等の有機過酸化物、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物等が挙げられる。
熱重合触媒としては、重合活性及び生体に対する為害性の点から有機過酸化物がこのましく、ハイドロパーオキサイド類、ケトンパーオキサイド類、パーオキシエステル類、又はジアシルパーオキサイド類がより好ましい。また本発明の硬化性組成物の成分としてこれら熱重合触媒を配合する場合には、保存安定性の点から10時間半減期温度が60℃以上のものを用いるのが好ましい。
もっとも好ましい熱重合触媒は、ベンゾイルパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイド、1,1,3,3−テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド等である。
また上記有機過酸化物やアゾ化合物と共にp−ジメチルアミノトルイジン、p−ジエチルアミノトルイジン、p−ジエタノールアミノトルイジン等のアミン化合物を配合することによりレドックス系触媒とすることも好ましい。
さらにレドックス系触媒としては、特開平5−295013号公報等に開示されているようなバルビツール酸系のレドックス系触媒も使用可能である。
また紫外線あるいは可視光線の照射により重合を開始させる光重合触媒を併用することも好ましい。光重合触媒と併用した場合には化学硬化および光硬化の両方が可能ないわゆるデュアルキュア型の硬化性組成物とすることができる。デュアルキュア型の硬化性組成物とすることにより、光照射により速やかに硬化させることが可能となると同時に、光照射の不十分な場合や、光の当たらない部分においても十分な硬化をさせることが可能となる。
光重合触媒としては、ジアセチル、アセチルベンゾイル、ベンジル、2,3−ペンタジオン、2,3−オクタジオン、4,4’−ジメトキシベンジル、4,4’−オキシベンジル、カンファーキノン、9,10−フェナンスレンキノン、アセナフテンキノン等のα−ジケトン類;ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインプロピルエーテル等のベンゾインアルキルエーテル類、2,4−ジエトキシチオキサンソン、2−クロロチオキサンソン、メチルチオキサンソン等のチオキサンソン誘導体;ベンゾフェノン、p,p’−ジメチルアミノベンゾフェノン、p,p’−メトキシベンゾフェノン等のベンゾフェノン誘導体;2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド等のアシルホスフィンオキサイド誘導体;さらには、本発明の必須成分であるアリールボレート化合物に色素と光酸発生剤とを組み合わせた、即ちアリールボレート化合物/色素/光酸発生剤からなる系が挙げられる。これらの中でも特に好ましいのは、α−ジケトン系の光重合触媒、アシルホスフィンオキサイド系の光重合触媒、及びアリールボレート化合物/色素/光酸発生剤を組み合わせた系からなる光重合触媒である。
上記α−ジケトンとしてはカンファーキノン、ベンジルが好ましく、また、アシルホスフォンオキサイドとしては、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイドが好ましい。なお、これらα−ジケトン及びアシルホスフォンオキサイドは単独でも光重合活性を示すが、4−ジメチルアミノ安息香酸エチル、4−ジメチルアミノ安息香酸ラウリル、ジメチルアミノエチルメタクリレート等のアミン化合物と併用するとより高い重合活性を得られ好ましい。
また、アリールボレート化合物/色素/光酸発生剤系の光重合触媒については特開平9−3109号公報等に記されているものを好適にもちいることができるが、より具体的には、色素としてクマリン系の色素を、光酸発生剤としてハロメチル基置換−s−トリアジン誘導体、またはジフェニルヨードニウム塩化合物を用いたものが特に好適に使用できる。
好適なクマリン系色素としては、400〜500nmの可視光線域に最大吸収波長を有するものが、歯科用途に一般的に使用される照射器に対して感度が高いので好適である。代表的なクマリン系色素を具体的に例示すると、3−チエノイルクマリン、3,3’−カルボニルビス(7−ジエチルアミノ)クマリン、3,3’−カルボニルビス(4−シアノ−7−ジエチルアミノクマリン等を挙げることができる。
また、光酸発生剤は、光照射によってブレンステッド酸あるいはルイス酸を生成するものであり、色素によって可視光線照射下分解し、酸を発生するものならば公知のものが何ら制限なく使用できるが、上記クマリン系色素とエネルギー移動を行い、可視光線照射下によって高効率に酸を発生する化合物であるハロメチル基置換−s−トリアジン誘導体、またはジフェニルヨードニウム塩化合物が好ましい。
代表的なハロメチル基置換−s−トリアジン誘導体の具体例を示せば、2,4,6−トリス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−メチル−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(2,4−ジクロロフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン等を挙げることができる。
また、ジフェニルヨードニウム塩化合物の具体例を示せば、ジフェニルヨ−ドニウム、p−オクチルオキシフェニルフェニルヨードニウム等のブロミド、テトラフルオロボレ−ト、ヘキサフルオロホスフェート、ヘキサフルオロアンチモネート、トリフルオロメタンスルホネート塩が好適に使用される。
上記したようなその他の重合触媒はそれぞれ単独で配合するのみならず、必要に応じて複数の種類を組み合わせて配合することもできる。これらの配合量は本発明の効果を阻害しない範囲であれば特に限定されず、調整する硬化性組成物の用途や目的に応じ適宜決定すれば良いが、α−ジケトン又はアシルホスフィンオキサイドの場合には、これらが全ラジカル重合性単量体100質量部に対して0.01〜20質量部であるのが好ましく、より好ましくは0.1〜10質量部であり、さらに必要に応じてアミン化合物を0.01〜20質量部加えれば良い。また、アリールボレート化合物/色素/光酸発生剤系の場合、色素が0.001〜1質量部、光酸発生剤が0.01〜10質量部とすれば良い。この場合には、アリールボレート化合物の配合量は、本発明のラジカル重合触媒として加える分と併せて前記した範囲となるようにすれば良い。
また上記以外の任意の各添加剤については、後述する歯科用の各用途において関連の深いものについて説明する。
本発明の硬化性組成物は最終的には全成分を混合して使用されるが、通常は保存中における劣化や望まない硬化を防止するため、必要に応じて安定な2包に分けて包装される。特に、アリールボレート化合物は酸性条件下で分解しやすいので、酸性化合物と分けて包装することが好ましい。例えば、ラジカル重合性単量体の一部、バナジウム化合物および酸性化合物からなる包装と、ラジカル重合性単量体の一部およびアリールボレート化合物からなる包装の組み合わせ等が一般的である。この場合には、前述した各任意成分は安定性等を考慮し、適宜両包装に分けて配合される。また、充填材を含む場合には、ラジカル重合性単量体の全部からなる包装と、充填剤からなる包装とし、本発明のラジカル重合触媒を適宜そのどちらかに分けて包装することも好ましい態様である。
本発明のラジカル重合触媒及び硬化性組成物は、その用途が特に限定されず公知のラジカル重合触媒の用途に使用可能であるが、その有する高い重合活性が特に有効に発揮できるという点で、歯科用の組成物として用いるのが好適である。
歯科用の組成物は特に限定されるものではなく、具体的には歯科用接着材、歯科用充填材料、義歯床用材料等の硬化性組成物としての用途が例示される。また、本発明のラジカル重合触媒は硬化性組成物の適用に先立って使用される歯科用前処理剤等の用途にも使用できる。
これら歯科用の組成物はその目的・用途に応じ、アリールボレート化合物、酸性化合物、ならびに+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物に加え、ラジカル重合性単量体等の前述した各種成分をさらに配合したものとするのが好適である。以下、各々の用途に応じ、好適な態様を詳述する。
(I)歯科用接着材
本発明のラジカル重合触媒を含む硬化性組成物の歯科用用途の一つ目は歯科用接着材(以下、本発明の歯科用接着材)である。当該ラジカル重合触媒を用いることにより、従来公知の化学重合型のラジカル重合触媒を用いた場合に比較して良好な接着性、及び接着耐久性を得ることができる。
なお歯科用の接着材としては、歯と充填用コンポジットレジン等の直接修復用材料とを接着するために用いるもの(以下、直接修復用接着材。一般にはボンディング材と通称されている。)、同じく歯とクラウン、インレー等の間接修復用材料とを接着したり、動揺歯の暫間固定をするために用いるもの(以下、間接修復用接着材。一般には、接着性セメントと通称されており、CR系レジンセメント、MMA(メチルメタクリレート)系セメント、合着用レジン強化型グラスアイオノマーセメント等と呼ばれるものに細分される。)が代表的な歯科用接着材として挙げられるが、単に歯科用接着材と称す場合には、これら直接修復用接着材、間接修復用接着材及びその他の用途の歯科用に用いられる接着材すべてを含む概念である。
本発明のラジカル重合触媒を含む硬化性組成物を歯科用接着材として用いる場合には、ラジカル重合触媒を構成する成分の一つである酸性化合物として、前述した酸性基含有ラジカル重合性単量体(酸性モノマー)を使用することが特に好ましい。
当該酸性モノマーは、ラジカル重合触媒の成分として作用するのみでなく、酸として作用することによる歯質の脱灰効果や、歯質に対する高い浸透性を有すことにより、接着材の歯質に対する接着性を極めて良好なものとすることができる。また各種歯科用金属やセラミックスに対する接着性も向上させる効果を有す。
酸性モノマーとしては、前記した酸性基及びラジカル重合性不飽和基を各々少なくとも一つ有す化合物であれば特に限定はされないが、重合性や取り扱い易さ、入手の容易さ、生体為害性の少ない点から、ビニルスルホン酸、ビニルホスホン酸、(メタ)アクリル酸、又は下記一般式(2)〜(4)、
{式中、R6は水素原子又はメチル基を、R7は炭素数1〜30の2〜6価の有機残基を示し、Wは酸素原子、硫黄原子又はNHを示し、Zは−COOH、−SO3H、−O−P(=O)(OH)2、−P(=O)(OH)2、又は−O−P(=O)(OH)(OR8)〔ただし、R8は主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基又は環を構成する炭素数が6〜14のアリール基であり、該アルキル基又はアリール基は、ハロゲン原子、水酸基、シアノ基、ニトロ基、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数2〜5のアルケニル基、炭素数2〜5のアルキニル基、炭素数1〜5のアルコキシル基、炭素数2〜5のアシル基、あるいは炭素数2〜5のアシルオキシ基で置換されていてもよい〕から選ばれる何れかの基を示し、m及びnは各々独立に1〜5の整数であり、m+nはR7の価数と一致する}
{式中、R6’、R6”は各々独立に水素原子又はメチル基を、R7’R7”は各々独立に炭素数1〜30の2〜6価の有機残基を示し、W’、W”は各々独立に酸素原子、硫黄原子又はNHを示し、m’及びm”は各々独立に1〜5の整数であり、(m’+1)はR7’の価数と、(m”+1)はR7”の価数と一致する。}
{式中、R9は結合手又は炭素数1〜20の2価の有機残基を示し、Z’は−COOH、−SO3H、−O−P(=O)(OH)2、−P(=O)(OH)2、又は−O−P(=O)(OH)(OR8)〔ただし、R8は宝鏡の炭素数が1〜10のアルキル基又は環を構成する炭素数が6〜14のアリール基であり、該アルキル基又はアリール基は、ハロゲン原子、水酸基、シアノ基、ニトロ基、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数2〜5のアルケニル基、炭素数2〜5のアルキニル基、炭素数1〜5のアルコキシル基、炭素数2〜5のアシル基、あるいは炭素数2〜5のアシルオキシ基で置換されていてもよい〕から選ばれる何れかの基を示す。}
で表される化合物、あるいはこれらが分子内又は分子間で脱水縮合した酸無水物が好適に使用できる。
上記一般式(2)又は(4)中、R6,R6’及びR6”は水素原子又はメチル基のいずれかであり、W、W’及びW”は各々酸素原子、硫黄原子又はNHのいずれかを示す。
また上記一般式(2)又は(4)中、Z及びZ’は−COOH、−SO3H、−O−P(=O)(OH)2、−P(=O)(OH)2、又は−O−P(=O)(OH)(OR8)であり、当該R8は主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基又は環を構成する炭素数が6〜14のアリール基、好ましくは主鎖の炭素数が1〜5のアルキル基又は環を構成する炭素数が6〜10のアリール基であり、該アルキル基又はアリール基は、ハロゲン原子、水酸基、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜5のアルキル基、炭素数2〜5のアルケニル基、炭素数2〜5のアルキニル基、炭素数1〜5のアルコキシル基、炭素数2〜5のアシル基、あるいは炭素数2〜5のアシルオキシ基で置換されていてもよい。きらには複数の同一もしくは異なる置換基で置換されていても良い。
R8における主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−オクチル基、n−デシル基等が例示され、該アルキル基が前記置換基で置換されたものとしては、クロロメチル基、2−クロロエチル基、2−ブロモエチル基、2−ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、2,3−ジヒドロキシプロピル基、6−ヒドロキシヘキシル基、2−シアノエチル基、i−プロピル基、i−ブチル基、t−ブチル基、1−メチルプロピル基、2−エチルヘキシル基、2−プロペニル基、シス−又はトランス−2−ブテニル基、2−プロピニル基、メトキシメチル基、2−メトキシエチル基、2−エトキシエチル基、3−メトキシブチル基、3−オキサブチル基、4−オキサペンチル基、3−オキサペンチル基、2−アセチルオキシエチル基、3−アセチルオキシプロピル基、2−プロピオニルオキシエチル基、3−アセチルオキシ−2−ヒドロキシプロピル基、2−エチル−3−ヒドロキシペンチル基等が例示される。
環を構成する炭素数が6〜14のアリール基としては、フェニル基、1−又は2−ナフチル基、1−、2−又は9−アントラニル基等が例示され、該アルキル基が前記置換基で置換されたものとしてo−,m−又はp−クロロフェニル基、o−,m−又はp−ブロモフェニル基、o−,m−又はp−ヒドロキシフェニル基、3−ヒドロキシ−2−ナフチル基、o−,m−又はp−ニトロフェニル基、o−,m−又はp−シアノフェニル基、o−,m−又はp−メチルフェニル基、o−,m−又はp−ブチルフェニル基、3,4−ジメチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、o−,m−又はp−スチリル基、o−,m−又はp−(2−プロピニル)フェニル基、o−,m−又はp−メトキシフェニル基、o−,m−又はp−エトキシフェニル基、2−,3−又は4−アセチルフェニル基、2−,3−又は4−アセチルオキシフェニル基、4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル基、4−メチル−2−ニトロフェニル基等が例示される。
また本発明の歯科用接着材においては、これらZ又はZ’並びに前記一般式(3)における=P(=O)−OH基等の酸性の基が脱水縮合した、酸無水物構造をとった化合物も好適に使用できる。酸無水物構造をとる際には、一般式(2)又は(4)で示される化合物が各々分子内で脱水縮合したものでもよいし、一般式(2)〜(4)で示される化合物又はビニルスルホン酸、ビニルホスホン酸、(メタ)アクリル酸のいずれかから選ばれる2つの分子が分子間で脱水縮合したものでも良い。分子間で脱水縮合した酸無水物構造をとる際には、同一の酸が脱水縮合した構造の化合物でも良いし、異なる酸が脱水縮合した構造の化合物でも良い。合成や入手の容易さから、酸無水物構造をとる化合物としては、分子内で脱水縮合した構造の化合物もしくは、同一の酸2分子が脱水縮合した構造の化合物が好ましい。
上記一般式(2)又は(3)におけるR7、R7’及びR7”はいずれも、炭素数1〜30の2〜6価の有機残基を示す。当該有機残基は特に制限されず公知の基で良く、またその構造中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合、スルホニル結合、ウレタン結合、チオエーテル結合等の炭素−炭素結合以外の結合が含まれていてもよく、さらにはハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基等の置換基を有していてもよい。
当該有機残基を具体的に例示すると以下のようなものが挙げられる。
上記一般式(4)におけるR9は結合手又は炭素数1〜20の2価の有機残基を示す。当該有機残基は特に限定されず構造中にエーテル結合、エステル結合、アミド結合、スルホニル結合、ウレタン結合、チオエーテル結合等の炭素−炭素結合以外の結合が含まれていてもよく、さらにはハロゲン原子、水酸基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基等の置換基を有していてもよい。当該有機残基としては具体的には前記R7として例示した基のうち、炭素数1〜20の2価の基が挙げられる。
前記一般式(2)で表される酸性基含有ラジカル重合性単量体を具体的に例示すると以下の通りである。
(上記各化合物において、R6は水素原子又はメチル基を示す)
前記一般式(3)で表される酸性モノマーを具体的に例示すると以下の通りである。
(上記化合物において、R6’とR6”は水素原子又はメチル基を示す)
前記一般式(4)で表される酸性モノマーを具体的に例示すると以下の通りである。
また、酸無水物構造をとった酸性モノマーを具体的に例示すると以下の通りである。
(上記各化合物において、R6は水素原子又はメチル基を示す)
これら酸性モノマーは単独で用いても良いし、2種以上を混合して用いても良い。
これら酸性基含有ラジカル重合性単量体のなかでも、取り扱いやすさや合成・入手の容易さの点から、上記一般式(2)又は(3)で示される化合物、または一般式(2)で示される化合物が分子内で脱水縮合した酸無水物構造をとる化合物が好ましい(但、酸無水物構造の化合物の場合には一般式(2)で示される化合物としてはnが2以上のものである)。
さらには、歯質エナメル質及び卑金属に対してより高い接着強度が得られるという点で、上記一般式(2)で示される化合物のうちZが−O−P(=O)(OH)2又は−O−P(=O)(OH)(OR8)である化合物、もしくは一般式(3)で示される化合物(以下、これらを総称してリン酸系モノマーと称す場合がある)の使用が好ましく、また、当該リン酸系モノマーに加え、前記一般式(2)で示される化合物のうちZが−COOHである化合物若しくは当該−COOHが脱水縮合して酸無水物構造を有す化合物(以下、これらを総称してカルボン酸系モノマーと称す場合がある)を併用することにより、象牙質に対する接着強度もより高くすることができるのみでなく、接着強度のバラツキ、特に象牙質に対する接着強度のバラツキを低減することが可能になり特に好ましい。最も好ましくは、リン酸系モノマーと、−COOHを複数有すカルボン酸系モノマー(前記一般式(2)におけるnが2〜5のもの)又はこのカルボン酸系モノマーが分子内で脱水縮合した酸無水物構造を有す化合物との併用である。
当該リン酸系モノマーとカルボン酸系モノマーを併用する場合には、その配合割合は、他の成分の種類や量、接着材の用途・目的等に応じ適宜決定すればよいが、通常リン酸系モノマー:カルボン酸系モノマーが質量比で10:90〜90:10である。
また、良好な重合性を示し硬化後の硬化体から溶出する可能性が低いという点から、W、W’及びW”が酸素原子である化合物、即ちラジカル重合性基が(メタ)アクリルオキシ基である化合物が好ましい。
本発明の歯科用接着材は、アリールボレート化合物、酸性モノマーおよびバナジウム化合物のみでも接着性を有すが、目的や用途に応じ以下に述べるようなその他の成分を配合することによりさらに高い接着性を得ることができる。
本発明の歯科用接着材にはその用途にかかわらず、上記酸性モノマーに加えてそれ以外のラジカル重合性単量体(非酸性モノマー)がさらに配合されていることが好ましい。当該非酸性モノマーとしては特に限定されず、公知のラジカル重合性単量体が使用でき、具体的には前述した本発明の硬化性組成物の成分として例示した化合物が挙げられる。これら非酸性モノマーは接着材の用途や目的によって適宜選択し配合すれば良い。
本発明の接着材におけるアリールボレート化合物、酸性モノマー、バナジウム化合物、ならびに任意成分として配合される非酸性モノマーの配合量は特に制限されるものではないが、高い接着性を得られるという点から、酸性モノマーを含む全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、アリールボレート化合物が0.01〜10質量部、+IV及び/又は+V価のバナジウム化合物が0.001〜10質量部であり、かつ該全ラジカル重合性単量体中、1〜100質量%が酸性モノマーであるのが好ましい。より好ましくは、上記配合比において、全ラジカル重合性単量体中5〜70質量%が酸性モノマーである組成物、特に好ましくは10〜50質量%が酸性モノマーである組成物である。
本発明の歯科用接着材を充填用のコンポジットレジンの接着等の直接修復材用接着材として用いる場合には、前記非酸性モノマーとして、非酸性多官能モノマーを全ラジカル重合性単量体中10〜85質量%となるよう配合することが好ましい。また、これに加えさらに2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2,3−ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の水酸基を有する水溶性の非酸性単官能モノマー(以下、水溶性非酸性モノマー)を全ラジカル重合性単量体中5〜40質量%配合することも高い接着性を得られる点で好適である。
また直接修復用接着材とする場合には、充填材として多価金属イオン溶出性フィラーを配合することが極めて高い接着性、接着耐久性を得られる点で好ましい。
当該多価金属イオン溶出性フィラーとは、酸と反応して多価金属イオンを溶出する無機化合物である。多価金属イオン溶出性フィラーを配合することによりラジカル重合反応とともに、酸性モノマーと多価金属イオンとのキレート反応が進行して、硬化体の強度をより向上させることができる。該多価金属イオン溶出性フィラーとしては、上記のような性質を有するものであれば特に限定されない。本発明で使用可能な多価金属イオン溶出性フィラーを具体的に例示すれば、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム等の水酸化物、酸化亜鉛、ケイ酸塩ガラス、フルオロアルミノシリケートガラス、バリウムガラス、ストロンチウム等が挙げられる。これらの中でも、硬化体の耐着色性の点でフルオロアルミノシリケートガラスが最も優れており、これを使用するのが好適である。
該フルオロアルミノシリケートガラスは公知のものが使用できるが、一般的に知られているフルオロアルミノシリケートガラスの組成は、イオン質量%で、ケイ素、10〜33;アルミニウム、4〜30;アルカリ土類金属、5〜36;アルカリ金属、0〜10;リン、0.2〜16;フッ素、2〜40および残量酸素である。このような組成のものの他、上記アルカリ土類金属の一部または全部をマグネシウム、ストロンチウムまたはバリウムで置換したものも使用できる。特にストロンチウムで置換したものは硬化体にX線不透過性と高い強度を与えるためしばしば好適に使用される。
当該多価金属イオン溶出性フィラーの配合量は、歯科用接着材に配合される全ラジカル重合性単量体100質量部に対して1〜20質量部であるのが好ましく、2〜15質量%とすることがより好ましい。
さらに直接修復用接着材として用いる場合には、水が配合されていることがより好ましい。水を配合することにより、歯面の前処理材(後述する)による処理を行なわなくても高い接着性を得ることが極めて容易になる。
当該水の配合量は特に制限されるものではないが、全ラジカル重合性単量体100質量部に対し、2〜30質量部であることが好ましく、3〜20質量部であるのがより好ましい。2質量部以上とすることにより、前処理を行なっていない歯質に対する接着性の向上を効果的なものとすることができ、また30質量部以下とすることにより得られる接着材硬化体の強度等の物性を優れたものとすることができ、これにより初期接着強度や接着耐久性といった接着性や、耐着色性を優れたものとすることができる。なお当該水は、前記多価金属イオン溶出性フィラーと併用するとその効果がより高くなり好ましい。
本発明の歯科用接着材が直接修復用接着材である場合には、本発明のラジカル重合触媒に加えて、光重合触媒をさらに配合することが好ましい。光重合触媒を配合し、光照射による重合を併用することにより接着性をさらに向上させることができる。また、任意の短いタイミングで硬化させることができるという利点も有す。
光重合触媒としては前述した通りのものを用いることが可能であるが、特に好ましくは、α−ジケトン系又はアシルホスフィンオキサイド系あるいはアリーボレート化合物/色素/光酸発生剤系の光重合触媒である。
特に、アリーボレート化合物/色素/光酸発生剤系の光重合触媒が前述した理由により好ましい。当該光重合触媒の配合量については本発明の硬化性組成物の項において説明した通りである。
また、直接修復用接着材として使用する際には、本発明の効果を損なわない範囲で、前述した、あるいは後述する各種無機充填材、有機充填材、無機−有機複合充填材、貴金属接着性モノマー等の上記で具体的に記載されているもの以外のラジカル重合性単量体、増粘剤、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、各種金属塩、有機溶媒、無機又は有機酸、染料、顔料、熱重合触媒やレドックス系重合触媒等等の公知の添加剤を配合することができる。
本発明の歯科用接着材を間接修復用接着材として使用する場合には、接着材としての操作性や硬化後の硬化体強度の点で、無機充填材、有機充填材、無機−有機複合充填材等の充填材を含むことが好ましい。さらにその用途や目的に応じ各種配合成分が配合される。好適な態様として以下の示すような組成物が好ましく用いられる。
(A)酸性モノマー及び非酸性多官能モノマーを含むラジカル重合性単量体、アリールボレート化合物、バナジウム化合物、ならびに無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材を含む間接修復用接着材(以下、CR系レジンセメント)。
(B)酸性モノマー及びメチルメタクリレートを含むラジカル重合性単量体、アリールボレート化合物、バナジウム化合物、有機充填材を含む間接修復用接着材(以下、MMA系レジンセメント)
CR(コンポジットレジン)系レジンセメントにおける、酸性モノマー、非酸性多官能モノマー、アリールボレート化合物ならびに、バナジウム化合物の好ましい具体例については、前述した直接修復用接着材の項で述べたものと同様である。
また、無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材としては、歯科用として公知のものが特に制限されず使用できる。このような無機充填材としては、石英、シリカ、シリカ−アルミナ、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニア、シリカ−マグネシア、シリカ−カルシア、シリカ−バリウムオキサイド、シリカ−ストロンチウムオキサイド、シリカ−チタニア−ナトリウムオキサイド、シリカ−チタニア−カリウムオキサイド、チタニア、ジルコニア、アルミナ等の金属酸化物からなる無機粒子が例示される。また、前述した多価金属イオン溶出性フィラーも無機充填材として使用できる。
また、無機−有機複合充填材としては上述の無機粒子を重合性単量体と混合、硬化、粉砕したものが好適なものとして例示される。
これら無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材を配合することにより、得られる硬化体の機械的強度をより良好なものとすることができ、高い接着耐久性を得ることが可能となる。
硬化体の機械的強度を重視するのでれば、前記無機充填材のなかでも、石英、シリカ、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニア、シリカ−チタニア−ナトリウムオキサイド、シリカ−チタニア−カリウムオキサイド等の金属酸化物無機粒子の使用が好ましい。一方、接着性を重視するのであれば、無機充填材として多価金属イオン溶出性フィラーを使用することが好ましい。多価金属イオン溶出性フィラーを配合することにより、歯面の前処理なしでも高い接着性を得ることが容易となる。
これら無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材は、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、ε−メタクリロキシオクチルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン等のシランカップリング剤で表面処理されていることが好ましい。
また、前述の直接修復用接着材の項で説明した、水及び/又は水溶性非酸性モノマーを配合することも高い接着性を得られる点で好ましい。水及び/又は水溶性非酸性モノマーの配合は、充填材として多価金属イオン溶出性フィラーを主として用いたときに特に有効である。
本発明の歯科用接着材をCR系レジンセメントとして用いる場合の、各成分の好ましい配合割合は、酸性モノマーを5〜70質量%及び非酸性多官能モノマーを10〜95質量%含むラジカル重合性単量体100質量部に対し、アリールボレート化合物0.01〜10質量部、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物0.001〜10質量部、無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材50〜900質量部である。
硬化後の接着材の機械的強度を重視するのであれば、酸性モノマーを10〜50質量%及び非酸性多官能モノマーを50〜80質量%含むラジカル重合性単量体100質量部に対し、アリールボレート化合物0.05〜8質量部、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物0.001〜5質量部、金属酸化物無機粒子を主とする(好ましくは50質量%以上)無機充填材100〜800質量部で配合されていることがより好ましい。
一方、接着性を重視するのであれば、酸性モノマーを10〜50質量%、非酸性多官能モノマーを10〜50質量%、水溶性の非酸性モノマーを10〜80質量%含むラジカル重合性単量体100質量部に対し、アリールボレート化合物0.05〜8質量部、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物0.001〜5質量部、多価金属イオン溶出性フィラーを主とする(好ましくは50質量%以上)無機充填材100〜300質量部、水0〜80質量部で配合された組成物がより好ましく使用できる。なおこのように、無機充填材として多価金属イオン溶出性フィラーを主と含有する間接修復用の接着材は、合着用レジン強化型グラスアイオノマーセメントと呼ばれることもある。
また上記各成分に限らず、上記で具体的に記載されているもの以外のラジカル重合性単量体(後述する貴金属接着性モノマー等)、光重合触媒や熱重合触媒、レドックス触媒等のその他の重合触媒、有機充填材、増粘剤、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、各種金属塩、有機溶媒、無機又は有機酸、染料、顔料等の公知の添加剤を必要に応じて配合することができる。
MMA系レジンセメントの場合においても、酸性モノマー、アリールボレート化合物ならびに、バナジウム化合物の好ましい具体例については、前述した直接修復用接着材の項で述べたものと同一である。
MMA系レジンセメントは通常、MMA(メチルメタクリレート)を主体とするモノマーからなる液成分と、有機充填材を主体としてなる粉成分とを使用時に混合して用いる。
該有機充填材としては、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレート−エチルメタクリレート共重合体、エチルメタクリレート−ブチルメタクリレート共重合体、メチルメタクリレート−トリメチロールプロパンメタクリレート共重合体等の(メタ)アクリレート系ポリマー粉末や、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、塩素化ポリエチレン、ナイロン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート等の粉末が具体的に例示される。特に(メタ)アクリレート系ポリマー粉末の使用が好ましい。
また非酸性モノマーとしては、メチルメタクリレート以外にも本発明の硬化性組成物の項で説明した非酸性モノマーを適宜配合することができる。
MMA系レジンセメントとしての好ましい配合割合は、酸性モノマーを1〜50質量%、メチルメタクリレートを30〜99質量%含むラジカル重合性単量体100質量部に対し、アリールボレート化合物0.01〜10質量部、バナジウム化合物0.001〜10質量部、有機充填材50〜300質量部であり、より好ましい配合割合は、酸性モノマーを5〜30質量%、メチルメタクリレートを50〜95質量%含むラジカル重合性単量体100質量部に対し、アリールボレート化合物0.05〜8質量部、バナジウム化合物0.001〜5質量部、有機充填材60〜250質量部である。
またMMA系レジンセメントにX線造影性を付与する目的で、X線不透過性の無機充填材(例えば、バリウムガラス粉末、シリカ−ジルコニア粒子等)を有機充填材と同質量程度まで配合することも効果的である。
さらに上記各成分に限らず光重合触媒や熱重合触媒、レドックス触媒等のその他のラジカル重合触媒、無機充填材、無機−有機複合充填材、貴金属接着性モノマー、増粘剤、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、各種金属塩、有機溶媒、無機又は有機酸、染料、顔料等の公知の添加剤を必要に応じて配合することができる。
また直接修復用、間接修復用を問わず、上記の各歯科用接着材には、貴金属製の歯冠用修復物等と接着させる目的で、貴金属と結合する官能基を有するラジカル重合性単量体(貴金属接着性モノマー)を添加することもできる。この様な貴金属接着性モノマーとして好適に使用できるものを例示すれば、チオウラシル誘導体、トリアジンジチオン誘導体、メルカプトチアジアゾール誘導体等の官能基を有する重合可能なラジカル重合性単量体が挙げられ、具体的には、特開平10−1409、特開平10−1473、特開平8−113763等に記載のラジカル重合性単量体が挙げられる。これらのなかでも下記に例示される貴金属接着性モノマーが特に好適に使用できる。
当該貴金属接着性モノマーは、貴金属製のクラウン、インレー等の接着に汎用される間接修復用接着材に配合すると特に好適である。該貴金属接着性モノマーの配合量は通常、全ラジカル重合性単量体100質量部中、0.1〜50質量%、好ましくは0.2〜20質量%である。
本発明の接着材の包装形態としては、前記した通り、アリールボレート化合物が酸性モノマー(及び必要に応じて配合されるその他の酸性成分)と別個に包装されているのが好ましい。例えば、直接修復用接着材においては、酸性モノマー、非酸性モノマーおよびバナジウム化合物を主成分とする液と、非酸性モノマーおよびアリールボレート化合物を主成分とする液を別個に包装し使用直前に混合する形態が、CR系レジンセメントにおいては、上記直接修復用接着材と同様の包装にわけ、かつ充填材を双方の液へそれぞれ配合して2つのペーストとし、この両ペーストを使用直前に混合する形態や、酸性モノマーを含む全てのラジカル重合性単量体とバナジウム化合物からなる液と、充填材及びアリールボレート化合物からなる粉からなる包装として使用直前に混合する形態が好適な包装形態として、またMMA系レジンセメントとしては、同じく酸性モノマーを含む全てのラジカル重合性単量体とバナジウム化合物からなる液と、充填材及びアリールボレート化合物からなる粉からなる包装が好適な包装形態として例示される。なお水が配合される場合には、酸性モノマーと同じ包装にしないほうが保存安定性が良好となる点で好ましい。無論、必要に応じて上記以外の包装形態をとることも可能である。
本発明の接着材の使用方法は特に限定されないが、上記、直接修復用接着材、間接修復用接着材各々における公知の使用方法で使用すれば良い。通常は、接着材を歯面等の被着面に適用する直前に接着材を構成する全成分を混合し、小筆や歯科用スポンジ等で塗布、必要に応じて光照射を行なった後、コンポジットレジン、インレー等を載せ接着させる。
この場合、必要に応じて被着体を前処理剤で前処理することも高い接着性を得られる点で好ましい。該前処理は、上記本発明の歯科用接着材に水及び/又は多価金属イオン溶出性フィラーが含まれていない場合に特に有効である。
(II)歯科用修復材
本発明のラジカル重合触媒を含む硬化性組成物の歯科用用途の二つ目は歯科用修復材(以下、本発明の歯科用修復材)である。本発明のラジカル重合触媒を用いることにより、光硬化型のラジカル重合性触媒を用いた場合には十分な物性の硬化体を得ることが困難であった光照射を十分にできない部位への適用が可能となり、また、従来公知の化学重合型ラジカル重合触媒を用いた場合に比較して、硬化後の硬化体の曲げ強度、ヌープ硬さ等の機械的物性が良好なものとなり、また耐着色性も良好なものとできる。さらには、硬化体からの未重合モノマーの溶出の可能性も少なくなり、生体に対する安全性がより向上する。
なお、本発明における歯科用修復材は、口腔内で齲食歯等に充填、賦形、硬化させる直接修復用コンポジットレジン、口腔外で賦形・硬化させクラウン・インレー・ブリッジ等とした後、口腔内に装着するタイプのコンポジットレジン(間接修復用)、支台歯構築用コンポジットレジン(以下、これらを歯科用コンポジットレジンと総称する)、暫間クラウンや暫間インレー、義歯床材、義歯裏装材等を作成するための歯科用常温硬化型レジン(以下、これらを常温硬化型レジンと総称する)、あるいは充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメント等、その硬化体が補綴物となる、即ち歯及び歯茎の欠損部の代りに用いられる材料である。
本発明の歯科用修復材は、前記したアリールボレート化合物、酸性化合物並びに、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物をラジカル重合触媒として含有し、それに加え、非酸性モノマー及び充填材を配合してなる。
アリールボレート化合物、酸性化合物並びに、バナジウム化合物については前記した本発明のラジカル重合触媒及び硬化性組成物の項で述べた通りの種類、割合で用いることができる。なお、酸性化合物としては、前述した酸性モノマーを使用することが好ましい。
本発明の歯科用修復材には、非酸性モノマーが配合される。非酸性モノマーを配合することにより、硬化後の歯科用修復材の機械的強度や、変色性(耐着色性)を良好なものとすることができる。
当該非酸性モノマーとしては、特に制限されるものではなく、本発明の硬化性組成物の説明において例示したもの等が好適に使用でき、後述する歯科用修復材の用途等に応じ適宜選択して使用すればよい。
また本発明の歯科用修復材には、充填剤が含まれる。充填材を配合することにより歯科用修復材の操作性や、硬化後の機械的物性を良好なものとすることができる。当該充填材としては、前述した無機充填材、有機充填材、無機−有機複合充填材のいずれでもよく、修復材の使用目的や得ようとする効果に応じ公知の充填材を適宜選択すればよい。
本発明の歯科用修復材が歯科用コンポジットレジンである場合には、硬化後の機械的強度や耐着色性の良さから、非酸性モノマーとして、非酸性多官能モノマーを、全ラジカル重合性単量体中80質量%以上、好ましくは90質量%以上配合することが好ましい。
また本発明の歯科用修復材が歯科用コンポジットレジンである場合には、充填材として無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材が特に好適に使用される。当該無機充填材あるいは無機−有機複合充填材としては、前記本発明の歯科用接着材の項で説明したものが使用できる。
これらのなかでも、シリカ、アルミナのような金属酸化物粒子や、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニアのような複合金属酸化物粒子が無機充填材として、また、これら金属酸化物粒子あるいは複合金属酸化物粒子をラジカル重合性単量体と混合、硬化、粉砕したものが無機−有機複合充填材として好適に使用できる。
また、これら無機充填材及び無機−有機複合充填材に含まれる無機充填材の形状は特に制限なく公知の形状のものが使用できるが、球状もしくは略球状(走査型電子顕微鏡による観察で球に近い形状と認められる粒子)の無機粒子、あるいは、当該球状もしくは略球状の無機充填材と不定形の無機粒子との併用が好ましい。球状もしくは略球状の粒子を使用することにより硬化体の表面滑沢性が向上するため、審美性に優れたコンポジットレジンとすることができる。さらに該球状もしくは略球状の無機粒子に加え不定形の無機粒子と併用することにより硬化体の機械的強度をより向上させることができる。この場合、球状もしくは略球状の無機粒子としては平均一次粒子径が0.05〜5μm、不定形の無機粒子としては平均粒子径0.05〜5μmのものの使用が特に好適である。またこれら無機粒子、特に球状無機粒子は凝集体として存在していてもよく、この場合、凝集体の最大粒径が10μm以下、特に5μmであることが好ましい。
無機−有機複合充填材を使用する場合は平均粒子径が0.1〜20μmであるものの使用が好適である。
さらに無機粒子として、粘度やチクソトロピー性の調整のために平均一次粒子径が0.005〜0.05μmの粒子を加えることも可能である。
これら無機充填材あるいは無機−有機複合充填材は、各種表面処理剤で表面処理されていることが好ましく、具体的には、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、ε−メタクリロキシオクチルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン等のシランカップリング剤で表面処理されていることが好ましい。
無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材の配合量もまた特に制限されるものではないが、好ましくは全ラジカル重合性単量体100質量部に対し、50〜1900質量部、より好ましくは100〜1206質量部である。さらに該歯科用コンポジットレジンが間接修復用あるいは支台歯構築用コンポジットレジンである場合には、上記無機充填材及び/又は無機−有機複合充填材の配合量は全ラジカル重合性単量体100質量部に対し、300〜1900質量部、特に400〜1200質量部であるのが好ましい。
また、歯科用コンポジットレジンが直接修復用あるいは支台歯構築用コンポジットレジンである場合には前述した光重合触媒を配合することが好ましく、間接修復用コンポジットレジンである場合には、熱重合触媒やレドックス系触媒等を配合することも好適である。
本発明の歯科用修復材が常温硬化型レジンである場合には、非酸性モノマーは特に制限されるものではなく、当該材料として公知のラジカル重合性単量体を使用することができ、本発明の硬化性組成物の説明において例示したもの等が好適に使用できる。具体的には操作性や硬化後の物性の点で、前述した非酸性単官能モノマーや、脂肪族系の非酸性多官能モノマーが好適に使用できる。また硬化体強度の向上又は吸水率の低減という目的で前記本発明の硬化性組成物の項で具体的に例示したフマル酸エステル化合物やスチレン誘導体、アリル化合物を配合することも好適である。
上記非酸性モノマーは全ラジカル重合性単量体中80〜100質量%であるのが好ましい。
また本発明の歯科用修復材が常温硬化型レジンである場合には、充填材として有機充填材を使用することが特に好ましい。有機充填材を配合することにより常温硬化型レジンの操作性や、硬化後の機械的物性を良好なものとすることができる。当該有機充填材としては、前記MMA系レジンセメントの項で説明したものが使用できる。
当該有機充填材の配合量は、全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、50〜500質量部、好ましくは60〜250質量部である。
また前述した光重合触媒を配合することもデュアルキュア型の材料とできる点で好適である。
本発明の歯科用修復材が充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメントである場合には、非酸性モノマーとして、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、2,3−ジヒドロプロピルメタクリレート等の水酸基を有する水溶性の非酸性単官能モノマーと、非酸性多官能モノマーを併用することが好ましい。さらに酸性モノマーを併用することが特に好適である。
これらの配合割合は特に限定されるものではないが、硬化後の機械的物性等を考慮すれば、全ラジカル重合性単量体中、水溶性の非酸性単官能モノマーが5〜80質量%、非酸性多官能モノマーが5〜80質量%、酸性モノマーが1〜50質量%であるのが好ましい。
また充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメントにおける充填材としては、前述した多価金属イオン溶出性フィラーが配合される。当該多価金属イオン溶出性フィラーの配合量も特に限定されるわけではないが、全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、好ましくは200〜1900質量部であり、300〜900質量部であることが好ましい。
その他の無機充填材、有機充填材及び無機−有機複合充填剤を配合することも可能であるが、この場合には、多価金属イオン溶出性フィラーが、配合される全充填材の合計中50質量%以上であることが好ましい。
さらには水を全ラジカル重合性単量体100質量部に対して100質量部以下(好ましくは80質量部以下)の割合で配合することも可能である。
これら、歯科用コンポジットレジン、歯科用常温硬化型レジン、充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメント等の歯科用修復材には上記した成分に加えて、各項で具体的に記載した以外のラジカル重合性単量体や、本発明の歯科用接着材の項で説明した各種成分、及びその他公知の添加成分を配合することができる。このような他の添加成分としては、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、染料・顔料、香料等が挙げられる。
(III)歯科用前処理材
また、本発明のラジカル重合触媒を含む組成物の用途として、各種材料の接着・接合の際に用いる前処理材(以下、本発明の歯科用前処理材)が挙げられる。
当該前処理材とは、接着(合着も含む)に先立って被着体の前処理を行なう材料である。通常、当該接着は接着材や合着材が用いられ、その適用に先立って前処理剤が用いられるが、義歯床と裏装材の接着、あるいは充填用のレジン強化型アイオノマー等の接着性を有する修復材料の適用の際など、接着材・合着材を用いずに直接両材料を接合する際に使用する場合もある。
本発明の歯科用前処理材の適用対象としては、歯面、歯科用貴金属、歯科用卑金属、歯科用セラミックス、コンポジットレジン、義歯床等、公知の歯科用材料が特に限定することなく例示される。
これら被着体のなかでも、本発明のラジカル重合触媒を配合することにより得られる効果が特に顕著である点で、歯面の前処理用の前処理材としての用途が特に好適である。
当該歯面前処理用の前処理材としては、前記、本発明のラジカル重合触媒のうち、酸性化合物として酸性モノマーを用いたものを使用することが特に好適である。酸性モノマーを用いることにより、歯の齲食等を取り除いた際に歯面に形成されるスメア層を効率的に取り除き、高い接着性を発現させることができる。
このような歯面用の歯科用前処理剤は、アリールボレート化合物、酸性化合物、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物に加えて水が配合されてなる組成物が特に好適に使用でき、また酸性化合物としては酸性モノマーの使用が好ましい。
アリールボレート化合物ならびに、バナジウム化合物としては前述した通りのものが使用でき、その好適な配合量は、アリールボレート化合物は全構成成分中0.01〜10質量%、特に0.05〜8質量%であるのが好ましく、最適な配合量は0.5〜6質量%であり、またバナジウム化合物は全構成成分中0.001〜10質量%、特に0.005〜8質量%であるのが好ましく、最適には0.01〜5質量%である。
また酸性モノマーとしては、前述した歯科用接着材の項で例示したものが具体的に使用でき、その好ましい種類も同じである。
本発明の歯科用前処理材における上記酸性モノマーの配合量は、全構成成分中3〜50質量%であるのが好ましく、7〜40質量%であるのがより好ましい。この範囲にすることにより歯の象牙質、エナメル質双方に対して高い接着強度を得ることが可能となる。
また水を配合することにより前記スメア層の除去等の脱灰を促進することができ、これによりさらに高い接着性を得ることができる。
当該水の配合量は全構成成分中5〜90質量%であるのが好ましく、20〜80質量%であるのがより好ましい。この範囲において、接着性向上効果が特に顕著である。
また、本発明の歯科用前処理材を歯面用とする場合には、上記各成分に加えて、非酸性モノマーや有機溶媒を配合することも好適である。
当該非酸性モノマーとしては、特に制限されず公知の酸性基を有さないラジカル重合性単量体が使用でき、具体的に本発明の硬化性組成物の項で述べたものが使用できるが、好ましくは、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、2,3−ジヒドロプロピルメタクリレート等の水溶性の非酸性単官能モノマーや、トリエチレングリコールジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、2,2−ビス[4−(2−ヒドロキシー3−(メタ)アクリロキシフェニル)]プロパン、2,2−ビス(4一(メタ)アクリロキシジエトキシフェニル)プロパン等の非酸性多官能モノマーが使用できる。当該非酸性モノマーの配合量は特に限定されるものではないが、好ましくは全構成成分中0.1〜30質量%、より好ましくは1〜20質量%である。
有機溶媒としては、水溶性有機溶媒の使用が特に好ましく、具体的にはエタノール、イソプロピルアルコール、アセトン等が例示される。水溶性有機溶媒を配合することにより前処理材を均一溶液あるいは長時間安定なエマルジョンとすることが容易となり、被着面をむらなく処理することが極めて容易となる。当該有機溶媒の配合量も特に制限されず適宜決定すれば良いが、全構成成分中1〜80質量%であるのが好ましく、3〜50質量%であるのが好ましい。
上記歯面用の前処理材として構成を例示した前処理材は、前述した通り歯面に対する接着性向上効果に特に優れているが、歯面のみならず、前記した歯科用金属やセラミックス用等その他の各種歯科材料の前処理材としても使用可能である。
特に、酸性基含有ラジカル重合性単量体として−O−P(=O)(OH)2基や−O−P(=O)(OH)(OR8)基(R8は前記と同じ)等のリン酸の誘導体基を有すものが配合されているものは、卑金属やセラミックス、あるいはコンポジットレジンに対する接着性向上効果が優れている。
また前述した貴金属接着性モノマーを配合することにより歯科用貴金属に対する接着性を顕著に向上することができる。
無論、歯科用貴金属専用やセラミックス専用の前処理材とする場合には、それに適した構成をとれば良く、上記構成に制限されるものではない。
さらに、本発明の歯科用前処理材には必要に応じて前処理材用の添加剤として公知の物質を配合することができる。このようなものとしては、増粘剤、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、各種金属塩、無機又は有機酸、染料、顔料、その他の化学重合型ラジカル重合触媒、光重合触媒等が例示される。
またこれら本発明の歯科用前処理剤の包装形態及び使用方法は特に制限されるものではなく、公知の包装形態及び使用方法をとれば良い。一例としては、酸性モノマー、バナジウム化合物及び非酸性モノマーや有機溶媒等の任意成分を主とする包装と、水及びアリールボレート化合物を主とする包装とし、使用直前に両者を混合、歯面に塗布し、1〜120秒程度放置した後、圧搾空気等を吹き付けて乾燥、その後種々の接着材を塗布、硬化させる方法が挙げられる。
(IV)歯科用接着キット
本発明のラジカル重合触媒は、上述の各種材料のように単一の材料にアリールボレート化合物、酸性化合物、バナジウム化合物の全てを含む形態ではなく、組み合わせて用いる異種の複数の材料に適宜振り分けて配合することもできる。
歯科用としてこのように組み合わせて使用する材料の代表的なものとしては、歯科用前処理材と歯科用接着材との組み合わせ(以下、本発明の歯科用接着キットと称す)がある。
前記歯科用前処理材の項で詳述したように、歯科用接着材を適用する前には、被着面を前処理材で処理する手法が汎用されている。このような接着方法を採用する場合には、上記本発明のラジカル重合触媒が歯科用前処理材と歯科用接着材の各々に全構成成分が含まれていなくても、双方を併せて上記3成分が含まれているだけで高い接着性を得ることが可能である。
両材料への3成分の振り分けは特に制限されるものではないが、より高い接着性が得られるという点で、歯科用接着材にアリールボレート化合物と、酸性化合物としての酸性モノマーとを配合し、バナジウム化合物を少なくともそのどちらか一方に配合することが高い接着性を得られる点で好ましく、該前処理材にさらに酸性モノマーと水を配合することが特に好ましい。
バナジウム化合物は前述の通り、歯科用前処理材、歯科用接着材のいずれに配合してもよいが、前処理材に配合することがより高い接着性を得られるため好ましい。
なお、上記の如く歯科用接着材にアリールボレート化合物を配合することにより、歯科用前処理材としてアリールボレート化合物を含まないものを用いる場合でも、該前処理材にアリールボレート化合物を配合した場合と同等の高い接着性を得ることができるのみならず、該前処理材の安定性が向上し、使用可能時間が長くなるという優れた効果を有する。
上記歯科用前処理材及び歯科用接着材における各構成成分(任意成分を含む)の好ましい具体的化合物や配合割合は、バナジウム化合物を除き前述した本発明の歯科用接着材(直接修復用接着材、CR系レジンセメント、MMA系レジンセメント、合着用レジン強化型グラスアイオノマーセメント)や、歯科用前処理材と同様である。
バナジウム化合物の好ましい具体例や配合量も基本的には前記した通りであるが、本発明の歯科用接着キットにおいては、歯科用前処理材、歯科用接着材のいずれか一方に含まれていれば、他方の材料にはバナジウム化合物は含まれていなくても構わない。
また使用方法も、前述した本発明の歯科用前処理材と同様である。
さらに本発明のラジカル重合触媒を配合した歯科用組成物としては、上記で具体的に記載したものに限らず、コンポジットレジンや義歯床の表面滑沢材等、特に制限なく公知の用途に使用できる。
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に示すが、本発明はこれら実施例によって何等制限されるものではない。
尚、実施例および比較例で使用した化合物とその略称を(1)に、硬化時間の測定法を(2)に、各種硬化体物性の測定法を(3)〜(5)に、本発明の歯科用直接修復用接着材の接着強度測定方法を(6)に、本発明の歯科用間接修復用接着材の接着強度測定方法を(7)に、本発明の歯科用前処理材を用いた接着強度測定方法を(8)に、本発明の接着キットを用いた接着強度測定方法を(9)に示す。
(1)略称及び構造
[酸性基含有ラジカル重合性単量体]
PM;2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェートとビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンホスフェートの混合物(モル比1:4)
MAC−10;11−メタクリロイルオキシ−1,1−ウンデカンジカンボン酸4−META;4−メタクリロイルオキシエチルトリメリット酸無水物
MMPS;2−メタクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸
[酸性基含有ラジカル重合性単量体以外のラジカル重合性単量体]
MMA;メチルメタクリレート
TMPT;トリメチロールプロパントリメタクリレート
BisGMA;2,2−ビス(4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリロイルオキシプロポキシ)フェニル)プロパン
3G;トリエチレングリコールジメタクリレート
D2.6E;2,2−ビス[(4−メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン](エトキシ部分の繰返しの平均が約2.6の混合物)
HEMA;2−ヒドロキシエチルメタクリレート
MTU−6;6−メタクリロイルオキシヘキシル−2−チオウラシル−5−カルボキシレート
NPG;ネオペンチルグリコールジメタクリレート
[アリールボレート化合物]
PhBNa;テトラフェニルホウ素ナトリウム
PhBTEOA;テトラフェニルホウ素トリエタノールアミン塩
PhBDMPT;テトラフェニルホウ素ジメチル−p−トルイジン塩
PhBDMBE;テトラフェニルホウ素ジメチルアミノ安息香酸エチル
FPhBNa;テトラキス(p−フルオロフェニル)ホウ素ナトリウム
BFPhBNa;ブチルトリ(p−フルオロフェニル)ホウ素ナトリウム。
[バナジウム化合物]
VOSO4;硫酸バナジル(IV)
VOAA;酸化バナジウム(IV)アセチルアセトナート
OPBV;オキソビス(1−フェニル−1,3−ブタンジオネート)バナジウム(IV)
BMOV;ビス(マルトラート)オキソバナジウム(IV)
V2O5;酸化バナジウム(V)
VAA;バナジウム(III)アセチルアセトナート
VCl2;塩化バナジウム(II)
[充填材]
・有機充填材
PEMA;ポリエチルメタクリレート(重量平均分子量300,000、平均粒径30μm)
PMMA;ポリメチルメタクリレート(重量平均分子量400,000、平均粒径25μm)
P(MMA−EMA);メチルメタクリレート−エチルメタクリレート共重合体(重量平均分子量400,000、平均粒径30μm)
・無機充填材
0.5Si−Zr;球状シリカ−ジルコニア、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物(平均粒径:0.5μm)
0.06Si−Zr;球状シリカ−ジルコニア、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物(平均粒径:0.06μm)3Si−Zr;不定形シリカ−ジルコニア、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物(平均粒径:3μm)
0.3Si−Ti;球状シリカ−チタニア、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン表面処理物(平均粒径:0.3μm)
FASG;フルオロアルミノシリケートガラス粉末
[その他成分]
BPO;ベンゾイルパーオキサイド
パークミルH;クメンハイドロパーオキサイド
パーオクタH;1,1,3,3−テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド
DEPT;p−トリルジエタノールアミン
TCT;2,4,6−トリス(トリクロロメチル)−s−トリアジン
DMPT;ジメチルアミノ−p−トルイジン
CDAC;3,3’−カルボニルビス(7−ジエチルアミノ)クマリン
BAPO;ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルホスフィンオキサイド
BDTPO;ビス(2,6−ジメトキシベンソイル)−2,4,4−トリメチルペンチルホスフィンオキサイド
IPA;イソプロピルアルコール
(2)硬化時間の測定
硬化時間の測定は、サーミスタ温度計による発熱法によって行った。すなわち、本発明の酸性化合物とバナジウム化合物牽含むラジカル重合性単量体溶液5g(a)、およびアリールボレート化合物を含むラジカル重合性単量体溶液5g(b)を20秒間攪拌混合し均一溶液とした。ついで、中心に6mmφの孔の空いた2cm×2cm×1cmのテフロン(登録商標)製モールドに流し込んだ後、サーミスタ温度計を差し込み、混合開始から最高温度を記録するまでの時間を硬化時間とした。尚、測定は23℃の恒温室で行った。
(3)硬化性の評価
硬化性は硬化体全体の硬化度合いと表面のべとつきで評価した。上記と同様に硬化性組成物を調製し、同じ型のモールドに流し込み23℃、15分間空気中で硬化させた。硬化体の硬さおよび表面のべとつきをそれぞれ5段階で評価した。即ち、十分な硬さを有し、表面のべとつきのないものを◎、全体に硬化し十分な硬さを有しているが表面のみがべとついているものを○、組成物が全体にゼリー状に硬化し、表面に未重合の単量体が残っているものを△、組成物の一部のみが部分的にゼリー状になり未硬化の部分も残っていたものを×、まったく硬化しなかったものを××とした。
(4)硬化体の初期着色および耐変色性試験
硬化体の耐変色性試験は、以下の方法で行った。まず、各成分を所定の比率で混合し、20秒間練和した。次いで10mm×10mm×2mmのモールドに流し込み、37℃で24時間硬化させた。得られた硬化体の初期着色を下に示す3段階で目視評価した。
スコア1 無色透明
スコア2 黄色
スコア3 褐色
さらに得られた硬化体を80℃水中に60日間保存し、保存後の硬化体の変色度合いを以下に示す評価基準に従って評価した。
スコア1 変化なし
スコア2 白濁するのみ
スコア3 わずかに黄色く変色
スコア4 黄色く変色
スコア5 褐色に変色
(5)曲げ強度および硬度の測定
硬化体の曲げ強度の測定は、以下の方法で行った。まず、各成分を所定の比率で均一に混合し、25mm×4mm×2mmのモールドに流し込み、37℃で24時間硬化させた。得られた硬化体を支点間距離20mmで曲げ破壊試験を行った。クロスヘッドスピードは1mm/minである。また、硬度の測定には上記硬化体の表面をバフ研磨したものを用い、松沢精機製微小硬度計で10g、20秒荷重でヌープ硬度を測定した。尚、測定は23℃の恒温室で行った。
(6)本発明の直接修復用接着材の接着強度測定方法
屠殺後24時間以内に牛下顎前歯を抜去し、注水下、#800のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質または象牙質平面を削り出した。次にこれらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、この平面に直径3mmの孔のあいた両面テープを固定し、接着面積を規定した。次いで、8mmφの孔の開いた厚さ1mmのワックスを両面テープと同心円上になるように貼り付けて模擬窩洞を作製した。この模擬窩洞に使用直前に調製した直接修復用の歯科用接着材を塗布し、20秒間放置した。
光硬化型コンポジットレジンを用いる場合には、この歯科用接着材を塗布した模擬窩洞内に光硬化型コンポジットレジン[パルフィークエステライト、(株)トクヤマ社製]を填入し、ポリプロピレン製シートで覆った上から、パワーライト[(株)トクヤマ社製]を用いて30秒間光照射してコンポジットレジンを重合硬化させ試験片を作製した。また、化学硬化型コンポジットレジンを用いる場合には、同様に化学重合型コンポジットレジン[パルフィーク、(株)トクヤマ社製]を填入、硬化させ試験片を作成した。
上記の方法で作成した試験片を24時間37℃水中に浸漬した後、引張試験機(島津社製オートグラフAG5000)を用いて、クロスヘッドスピード1mm/minの条件で引っ張り試験を行った。1試験当たり、8本の接着試験片を測定し、その平均値を接着強度とした。
(7)本発明の間接修復用接着材の接着強度測定方法
前記直接修復用接着材の接着強度測定方法と同様にして接着面積を規定した。次に歯面処理を行うものについては、歯面処理材を薄く塗布し、20秒間放置した後、圧縮空気を約5秒間吹き付けて乾燥した。
上記前処理をした歯面又は前処理しない歯面に対し、使用直前に調製した本発明の間接修復用接着材を塗布し、直径8mmφのステンレス製のアタッチメントを圧接して試験片を作製した。この試験片を37℃湿度100%の雰囲気下で1時間保った後、さらに37℃水中に24時間浸漬し、引張試験機(島津社製オートグラフAG5000)を用いてクロスヘッドスピード1mm/minにて引っ張り試験を行った。1試験当たり、8本の接着試験片を測定し、その平均値を接着強度とした。
まず、本発明のラジカル重合触媒の、重合開始能及び得られる硬化体の基本的物性について評価した。
実施例1
MMA/TMPT(90wt%/10wt%)溶液100質量部に対して、酸性化合物としてPMを5質量部及びバナジウム化合物としてVOAAを0.005質量部加え均一溶液(第一液)とした。別に、MMA/TMPT(90wt%/10wt%)溶液にアリールボレート化合物としてPhBNa3質量部を加え、均一溶液(第二液)とした。両液を1:1の質量比で均一になるまで混合した後、硬化時間、硬化性および表面のべとつきを評価した。また、得られた硬化体の初期着色および耐変色性の評価を行った。その結果を表1に示した。
実施例2〜19及び比較例1〜4
表1に示すラジカル重合触媒を含むMMA/TMPT(90wt%/10wt%)溶液を調製し、実施例1と同様な方法で硬化させて各物性を測定した。その結果を表1に示した。なお、表1における各成分の配合量は各々、第一液又は第二液に対する配合量である。また、パークミルH及びパーオクタHはいずれも第二液に、BPOは第一液に、DEPTは第二液に配合した。
実施例1〜19は本発明のラジカル重合触媒を配合した硬化性組成物の硬化速度、硬化性、着色性を評価したものである。上記表1に明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を用いたすべての実施例において、良好な硬化性を示し、さらに、硬化体の初期着色もなく、変色試験後の変色もないかもしくはわずかなものであった。さらに酸性化合物として、非重合性の酸であるリン酸又は硝酸を用いた実施例8又は9に比較して、酸性基含有ラジカル重合性単量体を用いた他の実施例の方が表面のべとつきのないより良好な硬化性を示した。
一方、比較例1〜3は、それぞれ本発明のラジカル重合触媒の必須成分中のいずれか1成分を添加しない場合の結果である。アリールボレート化合物もしくは酸性化合物を含まない比較例1および2においては、組成物はまったく硬化しなかった。また、+IV価及び/又は+V価のバナジウム化合物を含まない比較例3、あるいは+II価のバナジウム化合物を用いた比較例4においては1時間経過しても部分的にゲル状になっただけであり、極めて硬化性が悪かった。また、+III価のバナジウム化合物を用いた比較例5では、全体に硬化はしたものの、その硬化体はゼリー状であり、+IV価又は+V価のバナジウム化合物を用いた場合に比して硬化性がかなり劣っていた。
比較例6は、従来の公知の化学重合型ラジカル重合触媒であるBPO/アミン系の重合触媒を用いた場合であるが、硬化体の初期着色があり、さらに耐変色性試験後に大きく変色した。
実施例20
PM200質量部に対してバナジウム化合物としてVOAAを0.005質量部加え均一溶液とした。そこヘアリールボレート化合物PhBNaを3質量部加え20秒間混合し、その組成物の硬化性及び初期着色、耐変色性を評価した。その結果、硬化性が○、初期着色がスコア1、耐変色性がスコア2であった。
比較例7
PM200質量部に対してBPOを4質量部加え均一溶液とした。そこへDMPT2質量部を加え20秒間混合し、その組成物の硬化性及び初期着色、耐変色性を評価した。その結果、硬化性が△、初期着色がスコア2、耐変色性がスコア5であった。
続いて、本発明のラジカル重合触媒を含む組成物の、歯科用直接修復用接着材としての性能を評価した。
実施例21
表2に示す第一液、第二液からなる組成の直接修復用接着材Aを調製した。両液を使用直前に表2に記載の割合になるように混合し、この接着材を用いて、前記光硬化型コンポジットレジンを用いる場合の方法で接着強度を測定した(なお表2における各構成成分の数値は質量部、以下全ての表で同じ)。その結果、エナメル質に13.9(2.2)MPa、象牙質に12.3(2.6)MPa[但し、( )は標準偏差]の接着強度が得られた。
実施例22〜39、比較例8〜15
表2に示す第一液、第二液からなる組成の直接修復用接着材B〜Tを調製し、これを使用直前に表2に記載の割合になるように混合して用い接着強度を測定した。使用したコンポジットレジンの種類、及び接着強度測定の結果を表3に示した。
上記表3から明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を含む直接修復用接着材は、エナメル質、象牙質双方に対して一切の前処理なしでも高い接着力を示した。また、多価金属イオン溶出性フィラー及び/又は水を添加した場合には、より接着強度が向上した。
一方、アリールボレート化合物、酸性モノマー又はバナジウム化合物のいずれかを含まない接着材は極めて接着強度が低かった。
また、重合触媒としてBPO/アミン系のものを用いた比較例11、15においては、接着材自体は硬化したものの、やはり接着強度が極めて低かった。
実施例40
表4に示す組成で、本発明のラジカル重合触媒を含むデュアルキュア型の直接修復用接着材Uを調製した。模擬窩洞に接着材を塗布し、20秒間放置した後、窩洞から10cmの距離からパワーライトで10秒間光照射し、その後すぐに光硬化型コンポジットレジンの充填・硬化を行ない、接着強度を測定した。なお、このときの接着材表面近辺の光強度は50mW/cm2であった。結果を表5に示した。
実施例41、比較例16、17
表4に示す組成で直接修復用接着材V、W、ならびにXを調製した。これら接着材を用いて実施例40と同様の方法で接着強度を測定した。結果を表5に示した。
参考例1
直接修復用接着材Xを用いて、光照射の際の距離を約1mm(700mW/cm2)とした以外は実施例40と同様の方法で試験を行なった。結果を表5に示した。
上記実施例で用いている接着材U及びVは本発明のラジカル重合触媒(化学重合型である)と光重合触媒を含むデュアルキュア型の直接修復用接着材であり、比較例16で用いている接着材Wは従来の化学重合触媒と光重合触媒を含むデュアルキュア型の直接修復用接着材,接着材Xは光重合触媒のみを含む光硬化型接着材である。本実施例、比較例における光強度50mW/cm2という条件は、口腔内等において十分な光照射を行なうことが難しい条件での接着を想定したものである。
上記実施例40及び41と、比較例16及び17の比較に明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を含むデュアルキュア型接着材は、光照射が不十分な条件でも、十分な光照射を行なった場合(参考例1)と同等以上の高い接着強度を得ることができた。これにより、治療の際に光照射の不足による不十分な接着となることを避けることができる。
続いて本発明のラジカル重合触媒を含む間接修復用接着材について性能を評価した。
実施例42
表6に示す組成の第一ペーストと第二ペーストからなる間接修復用接着材(CR系レジンセメント)CR−1を調製した。
一方、以下の組成の前処理材を、第一液、第二液に分けて調製しておき、これを使用直前に当質量づつ混合して歯面を処理した。なお( )は質量部を示す。
第一液:PM(15)
MAC−10(5)
bis−GMA(5)
アセトン(10)
イソプロピルアルコール(6)
第二液:水(38)
アセトン(19)
p−トルエンスルフィン酸ナトリウム(2)
続いて上記CR−1を構成する第一ペーストと第二ペーストを使用直前にに当質量づつ混合し、前記、間接修復用接着材の接着強度測定方法に従い接着強度を測定した。結果を表7に示す。
実施例43〜52及び比較例18
表6に示す組成の第一ペーストと第二ペーストからなる間接修復用接着材CR−2〜CR−12を調製した。これを用いた以外は実施例42と同様の方法で接着強度を測定した。結果を表7に示した。
実施例53及び比較例19
接着材CR−2及びCR−12について、硬化体の曲げ強度及び耐変色性を測定した。結果を表8に示す。
CR−1〜CR−11は本発明の間接修復用接着材(CR系レジンセメント)であり、無機充填材として金属酸化物無機粒子を用いて硬化後の機械的物性を重視したタイプのものである。
実施例42〜52と比較例18とを比較すれば明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を用いた間接修復用接着材は、従来公知のBPO/アミン系の重合触媒を用いた間接修復用接着材に比較して極めて高い接着強度を得ることができる。また実施例53と比較例19に示されているように、硬化後の機械的強度もより高く、耐変色性にも優れており、これらの結果から長期間の口腔内での使用により適したものであることが理解される。
実施例54
前記表6に記載された組成の第一ペースト、第二ペーストからなる間接修復用接着材GI−1を調製した。
当該GI−1を用い、前処理材による歯面の前処理を行なわない以外は、実施例42と同様にして接着強度を測定した。結果を表9に示す。
実施例55、比較例20
間接修復用接着材として、表6に記載された組成のGI−2又はGI−3を用いた以外は、実施例54と同様にして接着強度を測定した。結果を表9に示した。
実施例56
PM20質量部、HEMA50質量部、BisGMA12質量部、3G18質量部に対し、VOAA0.005質量部を混合溶解し均一な溶液を得た(液成分)。他方、FASG100質量部に対し、PhBNa3質量部を均一に混合した粉成分を得た。使用直前に、液成分:粉成分=1:2.3の質量比で混合して間接修復用接着材GI−4とし、これを用いて実施例54と同様にして接着強度を測定した。結果を表11に示す。
実施例57〜60、比較例21
表10に示した粉成分と液成分からなる間接修復用接着材GI−5〜GI−9を調製し、これを用いて実施例56と同様にして接着強度を測定した。結果を表11に示した。
GI−1〜GI−9は、充填材として多価金属イオン溶出性フィラーを用いた間接修復用接着材(合着用レジン強化型グラスアイオノマーセメント)である。
実施例54〜60に明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を含む間接修復用接着材GI−1、GI−2及びGI−4〜GI−8はエナメル質、象牙質双方に対して高い接着強度を示した。一方、BPO/アミン系の重合触媒を用いたGI−3又はGI−9では十分な接着強度を得られなかった。
実施例61
PhBNaを3質量部、PEMAを5質量部、及びP(MMA−EMA)を95質量部を混合した組成の粉成分と、PMを5質量部、MAC−10を5質量部、MMAを65質量部、HEMAを20質量部、BisGMAを3質量部、3Gを2質量部、及びVOAAを0.005質量部混合して均一な溶液とした液成分とを調製した。実施例42で使用したものと同じ前処理材を用いて同じ条件で歯面を前処理した後、上記液成分と粉成分を質量比1:1.4で練和して調製した間接修復用接着材MMA−1を用い、間接修復用接着材の接着強度測定方法にしたがって接着強度を測定した。結果を表13に示す。
実施例62〜73、比較例22
間接修復用接着材として表12に示した組成の粉成分と液成分からなるMMA−2〜MMA−14を用いた以外は実施例63と同様にして接着強度を測定した。結果を表13に示した。
MMA−1〜MMA−14はMMA(メチルメタクリレート)を主としてなる液成分と、有機充填材を含む間接修復用接着材(MMA系レジンセメント)である。
実施例61〜73と比較例22との対比から明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を含む間接修復用接着材は、従来型であるBPO/アミン系のラジカル重合触媒を用いた場合よりも遥かに高い接着強度を示した。
続いてまた、本発明のラジカル重合触媒を含む歯科用修復材料を調製しそれについて物性を評価した。
実施例74
35質量部のBisGMA、25質量部の3G、5質量部のPM及び0.01質量部のVOAAを均一に混合した液に、充填材として70質量部の0.5Si−Zrと30質量部の0.06Si−Zrとを加え、乳鉢で混練し均一としたペースト(第一ペースト)と、40質量部のBisGMA,27質量部の3G、及び3質量部のPhBTEOAを均一に混合した液に、充填材として70質量部の0.5Si−Zrと30質量部の0.06Si−Zrとを加え、乳鉢で混練し均一としたペースト(第二ペースト)とからなる歯科用コンポジットレジン、COM−1を調製した。
上記第一ペーストと第二ペーストとを質量比1:1で練和した後、硬化時間、硬化体の曲げ強度、ヌープ硬さの測定および硬化体の耐変色試験を行った。その結果を表15に示した。
実施例75〜78、比較例23
表14に示す組成の歯科用コンポジットレジンCOM−2〜COM−6を実施例74と同様にして調製し、これらを用いて各種物性を評価した。結果を表15に示した。
上記表14及び15から明らかなように、本発明のラジカル重合触媒を用いた歯科用コンポジットレジンは、BPO/アミン系のラジカル重合触媒を用いたものに比較して曲げ強度が高く、また変色が少ない点で極めて優れたコンポジットレジンであった。
実施例79
100質量部のFASGと、3質量部のPhBTEOAを良く混合して得た粉成分と、20質量部のPM、30質量部のHEMA、22質量部のBisGMA、28質量部の3Gからなる溶液に、0.005質量部のVOAAを溶解した液成分からなる、充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメントを調製した。当該粉成分と液成分を質量比4:1で混合して硬化体を調製し、該硬化体の曲げ強度及び耐変色性を評価した。その結果、曲げ強度65MPa、変色試験後の変色スコア1と優れた物性の充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメントとなつた。
比較例24
粉成分中の3質量部のPhBTEOAに代えて1質量部のBPOを、液成分中の0.005質量部のVOAAに代えて3質量部のDMPTを用いた以外は実施例79と同様にして充填用レジン強化型グラスアイオノマーセメントを調製し評価した。その結果、曲げ強度が51MPa、変色スコアが4と十分な物性のものとはならなかった。
実施例80
10質量部のPEMAと90質量部のP(MMA−EMA)に3質量部のPhBTEOAを配合した粉成分と、85質量部のMMAと10質量部のTMPT及び5質量部のPMからなる溶液に0.005質量部のVOAAを溶解した液成分からなる常温硬化型レジンを調製した。粉成分と液成分を2:1の質量比で混合し、これを用いて曲げ強度、ヌープ硬さ、耐変色性、及び硬化体中の残留モノマー量を測定した。その結果、曲げ強度が84MPa、ヌープ硬さ14.9kg/mm2、耐変色性スコア1、残留モノマー量1.1%であった。
実施例81
液成分として、50質量部の1.9−ノナンジオールジメタクリレート、45質量部の2−(メタクリロキシ)エチルアセトアセテート、5質量部のPM及び0.005質量部のVOAAからなる溶液を用いた以外は、実施例80と同様にして評価した。その結果、曲げ強度が75MPa、ヌープ硬さ13.8kg/mm2、耐変色性スコア1、残留モノマー量1.4%であった。
比較例25
実施例80における粉成分中のPhBTEOAに代えて、1質量部のBPOを、液成分中のVOAAに代えて3質量部のDMPTを用いた以外は実施例80と同様にして評価した。その結果、曲げ強度が71Mpa、ヌープ硬さ14.4kg/mm2、耐変色性スコア4、残留モノマー量3.7%であった。
実施例80は汎用の歯科用常温硬化型レジン、実施例81は義歯床裏装材として好適に使用できる組成物である。実施例80、81及び比較例25の結果から判るように、本発明のラジカル重合触媒を含む当該組成物は耐変色性に優れ、また残留モノマーも少ない優れた常温硬化型レジンとなる。
以下では、本発明のラジカル重合触媒を含む歯科用前処理材について評価した。
実施例82
5質量部のPMMA、95質量部のP(MMA−EMA)に1質量部のBPOを混合した粉成分と、5質量部のMAC−10、65質量部のMMA、20質量部のHEMA、6質量部のBisGMA、4質量部の3Gからなる溶液に、3質量部のDMPTを溶解した液成分からなる間接修復用接着材MMA−15を調製した。なお、MMA−15は本発明のラジカル重合触媒を含まない歯科用接着材である。
一方、20質量部のPMに対し0.1質量部のVOAAを溶解した第一液と、77.9質量部の水に2質量部のPhBNaを溶解した第二液からなる歯科用前処理材を調製した。第一液と第二液を20.1:79.9の質量比で混合し、これを用いて間接修復用接着材の接着強度測定方法に従って接着強度を測定した。接着材は上記MMA−15を粉成分:液成分を1:1.4の質量比で混合して用いた。
その結果、エナメル質に対する接着強度が17.3MPa、象牙質に対する接着強度が16.8MPaであった。
実施例83〜91、比較例26〜28
表16に記載の第一液、第二液の組成からなる歯科用前処理材を調製し、第一液:第二液を40:60に質量比で混合して使用した以外は実施例82と同様にして評価した。結果を合せて表16に示す。
実施例92
接着材として、市販の直接修復用接着材であるマックボンド2(株式会社トクヤマ製)のボンディング材と、実施例83で使用した前処理材を用い、直接修復用接着材の接着強度測定方法に従って接着強度を測定した。その結果を表16に示した。なお、マックボンド2のボンディング剤は酸性モノマーとしてMAC−10を含み、カンファーキノンを光重合触媒として用いた光硬化型接着材であり、アリールボレート化合物及びバナジウム化合物は含有されていない。当該接着材の硬化はパワーライトによる距離約1mmからの光照射20秒間により行なった。
実施例93
接着材として、市販の間接修復用接着材であるビスタイト2(株式会社トクヤマ製)のセメントペーストA及びBと、実施例83で使用した前処理材を用い、間接修復用接着材の接着強度測定方法に従って接着強度を測定した。その結果を表16に示した。なお、ビスタイト2のセメントペーストは酸性モノマーとしてMAC−10を含み、重合触媒系がBPO/アミン系である化学硬化型接着材であり、アリールボレート化合物及びバナジウム化合物は含有されていない。またセメントは説明書に記載の通りにほぼ当量両ペーストの充填されているシリンジから押出し、混和して用いた。
実施例82〜93の結果から、本発明のラジカル重合触媒を含む歯科用前処理材を用いることにより、接着材(直接修復用、間接修復用を問わず)に本発明のラジカル重合触媒が含まれていなくても、エナメル質、象牙質双方に対して高い接着強度が得られることが判る。
さらに、本発明の歯科用接着キットについて評価した。
実施例94
20質量部のPMに対し0.1質量部のVOAAを溶解した第一液と、水のみからなる第二液からなる歯科用前処理材を調製した。第一液と第二液を20.1:79.9の質量比で混合し、これを用いて間接修復用接着材の接着強度測定方法に従って接着強度を測定した。接着材は前記CR−13を用いた。
その結果、エナメル質に対する接着強度が24.3MPa、象牙質に対する接着強度が22.5MPaであった。
実施例95〜97、比較例29
表17に記載の第一液、第二液の組成からなる歯科用前処理材を調製し、第一液:第二液を40:60の質量比で混合して使用した以外は実施例94と同様にして評価した。結果を合せて表17に示す。
実施例94、95はプライマーにバナジウムが入り、接着材にはバナジウムが入らない系であるが、良好な接着力を示した。さらに、双方にバナジウムが入った実施例96、また、双方にアリールボレートが入った実施例97についても高い接着力が得られた。一方、プライマー、接着材双方にバナジウムがない比較例29は低い接着力であった。
本発明のラジカル重合触媒は、硬化体を着色させたり変色させたりすることがなく、酸素、酸性化合物存在下でも重合活性が高く、しかも取り扱い易く、適度な操作余裕時間を確保できる。
また、本発明の歯科用直接修復用接着材(ボンディング材)は、歯質とコンポジットレジンに代表される歯科用修復材料との接着に際し、従来行われていた前処理を必要とせず、象牙質、エナメル質双方に高い接着強度を得ることができる。また、その使用においては光照射操作を特に必要とせず、しかも光重合型だけでなく化学重合型の歯科用修復材料に対しても高い接着性を示す。
さらに、本発明の歯科用前処理材は、光および化学重合型接着材の双方に対し、1回の前処理で、従来の歯科用前処理材と比較して、エナメル質、象牙質に高い接着強度を与えることができる。