JP5167917B2 - 衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ - Google Patents

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Description

本発明は、船が衝突する時、衝突エネルギーを吸収し、被衝突船の船腹における損傷を低減することができるバルバスバウ(球状船首)に関する。
現在、多くの大型船は、造波抵抗を減じてエネルギーロスを少しでも低減し、船の推進性能を高めるため、船首喫水線近傍に、バルバスバウを備えている。
従来から、バルバスバウとして、内部に補強用の桁材を縦横に配置した剛体構造のものが採用されているが(特許文献1及び2、参照)、剛体構造のバルバスバウを備える船が、他船に衝突した場合、図1に示すように、衝突船1のバルバスバウ2が、被衝突船の船腹3に食い込み、更には、破壊部位を拡大して船殻を損壊し、破口4を形成する危険性がある。
それ故、このことを踏まえ、近年、船が衝突する際、特に、衝突船の船首が、被衝突船の船腹に衝突する際、被衝突船の船殻を損壊しないよう、衝突エネルギーを、極力、吸収する構造のバルバスバウが提案されている(特許文献3〜5、参照)。
特許文献3には、先端部を水密構造とし、先端部に続く周縁部を、非水密構造(バルバスバウ内部が外水に連通する構造)として、衝突エネルギーを吸収するルバスバウが開示されている。しかし、特許文献3に開示のバルバスバウは、先端部に続く周縁部が非水密構造であるため、造波抵抗を充分に低減することができない。
また、特許文献3に開示のバルバスバウは、非水密構造とするために、鋼板に防食加工を施さなければならないので、製造コストが増大する。
特許文献4には、球状突起の根元の外板に、横方向の曲げ剛性を低減する肉厚減少部を設けたバルバスバウが開示されている。また、特許文献5には、球状突起の根元の外板に、横方向の曲げ強度が低い低強度部(下降伏点又は0.2%耐力が235MPa以下の低降伏点鋼からなる)を設けたバルバスバウが開示されている。
引用文献4及び5に開示のバルバスバウは、バルバスバウの根元付近に、肉厚減少部又は低強度部を設け、衝突時に、バルバスバウが根元で曲がり易くしたものである。
即ち、引用文献4及び5に開示のバルバスバウは、船同士が、所要の角度をもって衝突した時、バルバスバウが根元で容易に折れ曲がり、バルバスバウの船腹との接触面が、先端面ではなく、胴体面となって、被衝突船の船腹の損傷を低減するものである。
しかし、引用文献4及び5に開示のバルバスバウは、特許文献3に開示のバルバスバウとは異なり、バルバスバウ自体が、衝突エネルギーを吸収するダンパーとして機能しないので、船同士が、90°に近い衝突角度で衝突した場合、バルバスバウが、衝突反力を受けて根元で折れ曲がる前に、被衝突船の船腹に食い込むことが想定される。
結局、引用文献4及び5に開示のバルバスバウは、被衝突船の船腹の損壊を低減する程度において限界があるものである。
一方、船の衝突安全性を高める手段として、衝突時のエネルギー吸収性能に優れた鋼材を用いることも検討されている。
特許文献6には、船側外板に、従来の国際船級協会連合(IACS)の統一規格材に比べて、(a)降伏応力σyと一様伸びεuの積(σy×εu)を20%以上増加させた鋼材、(b)引張試験において、一様伸びεuまでのエネルギー吸収量を20%以上増加させた鋼材、又は、(c)降伏応力σyは同等以上で、かつ、一様伸びεuを20%以上増加させた鋼材を用い、従来構造のままで、船殻に破口が生じるまでに吸収することできるエネルギー量を増加した船体構造が開示されている。
しかし、船首が他船の船腹に衝突する場合、被衝突船の船腹が、エネルギー吸収量を50%以上高めた鋼板で構成されていても、衝突船のバルバスバウが変形しない限り、バルバスバウは船腹を貫通することになる。
結局、被衝突船の船腹が、エネルギー吸収量の高い鋼板で構成されていても、衝突の態様によっては、エネルギー吸収量の高い鋼板を用いることの効果を期待することはできない。それ故、衝突船のバルバスバウで、衝突エネルギーを吸収できれば,被衝突船の船腹の損壊を、極力低減することができる。
したがって、現在、航行時には、造波抵抗を大きく減じてエネルギーロスをより低減し、船の推進性能をより高める機能を発揮するが、衝突時には、被衝突船の船腹の損壊を低減するため、衝突エネルギーを効果的に吸収するダンパー機能を発揮するバルバスバウが求められている。
特開2002−347690号公報 特開2005−199736号公報 特開平08−164887号公報 特開2004−314824号公報 特開2004−314825号公報 特開2002−087373号公報
本発明は、バルバスバウに対する要求に鑑み、船体構造の設計を変更することなく、衝突時に、衝突エネルギーを効果的に吸収し、被衝突船の船腹の損壊を著しく低減することができるバルバスバウを提供することを課題とする。
本発明者らは、船の衝突時に、バルバスバウがダンパーとして機能する構造について、有限要素法(Finite-Element Method)を用いて検討した。
その結果、本発明者らは、バルバスバウを構成する外殻鋼板と内殻鋼板の強度特性、及び、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部の強度特性、特に、降伏強度を、所要の関係式に基づいて最適化すると、(i)バルバスバウが、被衝突船に対し直角に衝突する場合でも、容易に、均一に損壊して衝突エネルギーを効果的に吸収して、(ii)被衝突船の船腹の損壊を、著しく低減することができることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、要旨は以下のとおりである。
(1) 外殻鋼板に内殻鋼板を溶接して構成したバルバスバウであって、
(i)外殻鋼板の降伏強度U(MPa)、内殻鋼板の降伏強度I(MPa)、及び、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部における溶接金属の降伏強度W(MPa)が、下記式(1)、(2)、及び、(3)を満たし、
(ii)衝突時、バルバスバウが均一に損壊して衝突エネルギーを吸収する
ことを特徴とする衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
│I−U│≦70MPa ・・・(1)
0≦W−I≦100MPa ・・・(2)
0≦W−U≦100MPa ・・・(3)
(2)外殻鋼板に内殻鋼板を溶接して構成したバルバスバウであって、
(i)外殻鋼板の降伏強度U(MPa)、内殻鋼板の降伏強度I(MPa)、及び、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部における溶接金属の降伏強度W(MPa)が、下記式(4)、(5)、及び、(6)を満たし、
(ii)衝突時、バルバスバウが均一に損壊して衝突エネルギーを吸収する
ことを特徴とする衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
│I−U│/U≦0.3 ・・・(4)
0≦(W−I)/I≦0.5 ・・・(5)
0≦(W−U)/U≦0.48 ・・・(6)
(3) 前記外殻鋼板の降伏強度Uが、120〜400MPaであることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
(4) 前記外殻鋼板の降伏強度Uが、120〜240MPaであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
(5) 前記外殻鋼板が、質量%で、C:0.02〜0.2%、Si:0.03〜1%、Mn:0.3〜2%、Al:0.002〜0.1%、及び、N:0.001〜0.01%を含有し、不純物として、P:0.03%以下、S:0.01%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
(6) 前記外殻鋼板が、さらに、下記(a)及び(b)の群から選択した1種又は2種以上の元素を、質量%で、下記の範囲内で含有することを特徴とする前記(5)に記載のバルバスバウ。
(a)Cr:0.01〜1%、Ni:0.01〜3%、Cu:0.01〜1.5%、B:0.0003〜0.005%
(b)Mg:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%、REM:0.001〜0.05%
本発明によれば、船の衝突時、バルバスバウが、容易に、均一に損壊して、衝突エネルギーを効果的に吸収するので、被衝突船の船腹の損壊を、著しく低減することができる。
本発明を、図面に基づいて説明する。
図2に、バルバスバウを備えた船首の一態様を示す。(a)は、バルバスバウの側面態様を示し、(b)は、バルバスバウの正面態様を示す。図2(a)に示すように、バルバスバウ2は、船1'の船体軸方向Dsに沿って、船首前方に突き出ている。
図3に、衝突後、バルバスバウが根元で座屈して折れ曲がった態様を示す。(a)は、折れ曲がったバルバスバウの側面態様を示し、(b)は、折れ曲がったバルバスバウの正面態様を示す。
図3(a)に示すように、衝突時、バルバスバウが根元で座屈し、船体軸方向から大きく折れ曲がると、バルバスバウの被衝突船との接触面積が拡大した場合であっても、衝突エネルギーの吸収量は少ないので、衝突船1は、衝突後も、さらに前進し、船首上部が、衝突線Zを越えて、被衝突船の上部船腹に衝突して、被衝突船の船腹の損壊を拡大する可能性すらある。
そこで、本発明においては、衝突時、図4に示すように、バルバスバウが、船体軸方向Dsにおいて均一に損壊するように、バルバスバウを構成する。
バルバスバウが、図4に示すように、船体軸方向に、順次、均一に損壊すると、衝突エネルギーの吸収量が増大して、被衝突船の船腹の損壊を、大幅に低減することができる。
即ち、バルバスバウの根元が座屈して、バルバスバウの軸が、船体軸方向から大きく逸れると、バルバスバウは、全体的に均一に損壊せず、損壊で吸収する衝突エネルギー量は少ない。
バルバスバウが、全体的に均一に損壊するためには、衝突時、バルバスバウの軸が、船体軸方向から大きく逸れないことが必要である。
本発明者らは、全体的に均一に損壊するバルバスバウを実現するため、まず、モデル化したバルバスバウにおいて、外殻鋼板の降伏強度と、内殻鋼板の降伏強度を変化させてバルバスバウを構成し、バルバスバウの軸方向に、高剛性物体を押し付けていった時の変形挙動を、有限要素法を用いて解析した。その結果を、図5及び図6に示す。
バルバスバウの構造として、外殻鋼板の内部に、縦横の内殻鋼板を溶接した構造(引用文献1及び2、参照)や、円環状の内殻鋼板を、バルバスバウの軸方向に、所定の間隔で並べて、外殻鋼板に溶接した構造(特許文献4及び5、参照)が知られているが、上記解析に際しては、外殻鋼板の内部に、縦横の内殻鋼板を溶接した構造を採用した。
バルバスバウの外殻鋼板の降伏強度が、内殻鋼板の降伏強度より大きいと、図5に示すように、高剛性物体6を、押付け方向7(船体軸方向Dsに対向する方向)に押し付けていった時、バルバスバウ2は、容易に塑性変形せず、当初の形状をほぼ保ったまま、被衝突船の船側に貫入し、損傷を拡大する。
また、内殻鋼板の降伏により,バルバスバウが根元で折れ曲がり、バルバスバウの軸Dbは、船体軸方向Dsから大きく変位する(変位角θ1が大きい)場合も想定される。
バルバスバウの外殻鋼板の降伏強度が、内殻鋼板の降伏強度より小さいと、図6に示すように、高剛性物体6を、押付け方向7(船体軸方向Dsに対向する方向)に押し付けていった時、バルバスバウは、根元で折れ曲がらず、外殻鋼板が船体軸方向に損壊していき、バルバスバウの軸Dbは、船体軸方向Dsから殆ど変位しない、即ち、変位角θ2が極めて小さいという理想的な変形を示す。
しかしながら,内殻鋼板の降伏強度が大きく,変形し難い場合には,内殻鋼板より外殻鋼板が局所的に変形し易くなり、その結果,外殻鋼板が破断し易くなる危険性が高い。
そこで,内殻鋼板の降伏強度Iと外殻鋼板の降伏強度Uを種々変化させたバルバスバウの構造モデルを作成し,剛体に接触させ変形試験を行った。内殻鋼板と外殻鋼板の溶接部を形成する溶接金属の降伏強度Wも、同時に変化させて、上記変形試験を行った。
そして、上記モデル変形試験の結果を、下記式(1)、(2)、及び、(3)に基づいて解析した。
│I−U│≦70MPa ・・・(1)
0≦W−I≦100MPa ・・・(2)
0≦W−U≦100MPa ・・・(3)
内殻鋼板の降伏強度Iと外殻鋼板の降伏強度Uの差が70MPaを超えると、内殻鋼板又は外殻鋼板において局部変形が生じ、バルバスバウが船体軸方向から逸れて損壊する傾向が強くなるので、上限を70MPaとして、上記式(1)を設定した。
前述したように、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部の強度は、バルバスバウの構造体強度に大きく影響する。例えば、衝突時の初期衝撃で、外殻鋼板と内殻縦鋼板の溶接部が容易に破断すると、バルバスバウが根元などで局所的に変形し,船体軸方向から大きく逸脱する変形となることが想定されるし、また、上記溶接部が塑性変形しなければ、溶接部において変形が高速されるため,溶接継手部の周辺の外殻鋼板や内殻鋼板に変形が集中し、全体的に、均一に塑性変形することができないことが想定される。
そこで、本発明では、内殻鋼板と外殻鋼板の溶接部を形成する溶接金属の降伏強度Wと、内殻鋼板の降伏強度I、及び、外殻鋼板の降伏強度Uの差を、バルバスバウの機能を規定する指標として採用した。
内殻鋼板と外殻鋼板の溶接部を形成する溶接金属の降伏強度Wと、内殻鋼板の降伏強度I、及び、外殻鋼板の降伏強度Uの差が、ともに、100MPaを超えると、内殻鋼板と外殻鋼板の溶接部の強度が強くなり過ぎ、バルバスバウが、船体軸方向に損壊しない可能性が大きくなるので、上限を100MPaとして、上記式(2)及び(3)を設定した。
図7に、上記モデル変形試験結果を、上記式(1)、(2)、及び、(3)に基づいて、変位と荷重の関係を解析した結果を示す。
凡例は、上記式(1)、(2)、及び、(3)が満足されているか否かを示すものである。○は、式が満足されていることを意味し、△は、式が満足されていないことを意味し、“黒三角”は、式が満足されておらず、かつ、差がマイナスの値であることを意味する。
例えば、○○○は、上記式(1)、(2)、及び、(3)が満足されている場合を意味し、この場合の荷重―変位曲線が、図中、“−○−”で表示されている。また、○△○は、上記式(1)及び(3)は満足されているが、上記式(2)は満足されていない場合を意味し、この場合の荷重―変位曲線が、図中、“−△−”で表示されている。
上記式(1)〜(3)を満足している荷重−変位曲線(図中、“−○−”の曲線)と、I>Uで、上記式(1)を満足していない“△○○”の荷重−変位曲線(図中、“−+−”の曲線)、及び、I<Uであるが、上記式(1)を満足していない“黒三角○○”の荷重−変位曲線(図中、“−×−”の曲線)との対比から明らかなように、上記式(1)を満足していない場合においては、バルバスバウの変形の途中で、変形が局所的に集中し、その結果、座屈や破断が局所的に生じ、吸収エネルギー(荷重―変位曲線の面積)が小さくなっていることが解る。
また、図7に示す荷重−変位曲線から、WとIの関係(上記式(2))、又は、WとUの関係(上記式(3))が満足されていない場合(○△○、○○△、及び、○○黒三角の場合)においても,外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部、又は、その近傍に変形が集中して、均一な変形が損なわれた結果、○○○の場合(上記式(1)〜(3)が満足されている場合)と異なり、吸収エネルギーが低下していることが解る。
このように、図7に示す荷重−変位曲線から、外殻鋼板の降伏強度、内殻鋼板の降伏強度、及び、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部を形成する溶接金属の降伏強度(以下「溶接金属の降伏強度」ということがある。)が、上記式(1)、(2)、及び、(3)を満たすと、バルバスバウは、船体軸方向において均一に塑性変形することが解る。
即ち、本発明者らは、(a)バルバスバウを構成する外殻鋼板の降伏強度と内殻鋼板の降伏強度の差が、70MPa以下(上記式(1))で、かつ、(b)外殻鋼板の降伏強度、及び、内殻鋼板の降伏強度と溶接金属の降伏強度の差が、100MPa以下(上記式(2)及び(3))であると、船同士の衝突時、バルバスバウは、局所的に塑性変形をすることなく、船体軸方向に均一に塑性変形していくことを知見した。
この変形現象は、船体軸方向に対向する押圧力により、まず、(i)バルバスバウの椀状先端部が塑性変形して、高剛性物体と接触する接触面積が増大し、次に、(ii)この接触面積で受ける押圧力により、損壊が、外殻鋼板、溶接部、及び、内殻鋼板に塑性変形が伝播して発現したと推測される。
船殻鋼板は、国際船級協会連合(IACS)の統一規格を満たす必要があり、バルバスバウを構成する外殻鋼板及び内殻鋼板の降伏強度も、国際船級協会連合(IACS)の統一規格を満たす必要があるため,降伏強度Uが240MPa以上の鋼板が用いられることが多いが、衝突時のエネルギー吸収を考慮した場合、むしろ、240MPa以下の鋼板が望ましい。
また、バルバスバウは、波動衝撃や、漂流物の衝突に耐える構造体でなければならないので、外殻鋼板は、降伏強度U(MPa)が120MPa以上のものが好ましい。
内殻鋼板は、内殻鋼板の降伏強度IとUの差が、上記式(1)式を満たすものを選定すればよい。
本発明においては、上記式(1)、(2)、及び、(3)の代わりに、下記式(4)、(5)、及び、(6)を用いることができる。
│I−U│/U≦0.3 ・・・(4)
0≦(W−I)/I≦0.5 ・・・(5)
0≦(W−U)/U≦0.48 ・・・(6)
これら式の上限は、上記モデル変形試験の結果を解析して定めたものである。上記式(4)、(5)、及び、(6)における式設定の考え方は、上記式(1)、(2)、及び、(3)の場合と基本的に同じであるが、これら式は、降伏強度が、通常の降伏強度より高い場合に適用することができる。なお、式(6)の上限は実施例に基づいて0.48とする。
即ち、上記式(1)、(2)、及び、(3)は、通常、船舶のバルバスバウに用いる鋼板の降伏強度に基づいて設定された関係式であるが、用いる鋼板の用途が特殊で、降伏強度が、通常の降伏強度より高い場合でも、本発明の技術思想を適用することが可能である。この場合、上記式(4)、(5)、及び、(6)を適用することが望ましい。
本発明においては、溶接構造体であるバルバスバウを、船体軸方向に、全体的に、均一に損壊させるうえで、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部を形成する溶接金属の降伏強度W(MPa)を、上記式(2)及び(3)、又は、上記(5)及び(6)を満たすように設計することが、極めて重要である。
バルバスバウの構造として、特許文献1及び2、及び、特許文献4及び5に記載されている構造の他、各種構造のものが存在するが、本発明は、どのような構造のバルバスバウにも適用することが可能であり、本発明を適用すれば、本発明の効果を確実に得ることができる。
外殻鋼板としては、質量%で(以下、%で表示する)、C:0.02〜0.2%、Si:0.03〜1%、Mn:0.3〜2%、Al:0.002〜0.1%、及び、N:0.001〜0.01%を含有し、不純物として、P:0.03%以下、S:0.01%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼板が好ましい。
なお、上記鋼板は、所望の特性に応じて、下記(a)及び/又は(b)の群から選択した1種又は2種以上の元素を含有するものでもよい。
(a)Cr:0.01〜1%、Ni:0.01〜3%、Cu:0.01〜1.5%、B:0.0003〜0.005%
(b)Mg:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%、REM:0.001〜0.05%
成分組成の限定理由は、以下のとおりである。
Cは、強度を確保するための基本元素であり、室温における降伏強度を120〜400MPaとするために、0.02%以上必要である。また、鋼板の加工時に、固溶Cが一定量以上存在すると、転位が均一に導入されて、加工硬化による靱性劣化が緩和されるので、このためにも、0.02%以上必要である。
一方、鋼板中のCが0.2%を超えると、母材鋼板、及び、溶接熱影響部(HAZ)の靱性が著しく劣化し、また、溶接部の耐低温割れ性も劣化する。それ故、Cは、0.02〜0.2%が好ましい。
Siは、脱酸元素であり、鋼の健全性を確保するため、0.03%以上必要であるが、1%を超えると、HAZを硬化させ、HAZの靱性及び低温割れ性を劣化させる。それ故、Siは、0.03〜1%が好ましい。
Mnは、焼入性を確保して強度を高め、また、一定量以内で、組織を微細化して靱性を高める元素である。強度向上効果、及び、組織微細化効果を確保するため、0.3%以上含有させるが、2%を超えると、粒界脆化感受性が増加して、靭性や、耐溶接割れ性が劣化する可能性が高くなるので、Mnは、0.3〜2%が好ましい。
Alも、脱酸元素であり、Siと同様に、鋼の健全性を確保するため、0.002%以上必要であるが、0.1%を超えると、粗大な酸化物が生成し、靭性が阻害される場合がある。それ故、Alは、0.002〜0.1%が好ましい。
Nは、鋼片の加熱時に、微細な窒化物を形成して、オーステナイト粒径を微細化し、靱性の向上に寄与する元素である。靭性向上効果を得るため、0.001%以上添加するが、0.01%を超えると、窒化物が粗大化したり、固溶N量が増加して、靱性が劣化する。それ故、Nは、0.001〜0.01%が好ましい。
Pは、不純物元素であり、靭性と延性を阻害する元素であるので、極力、低減する必要があるが、0.03%以下であれば、靭性及び延性への影響を許容できるので、Pは、0.03%を上限とする。
Sも、不純物元素であり、靭性と延性を阻害する元素であるので、極力、低減する必要があるが、0.01%以下であれば、靭性及び延性への影響力を許容できるで、Sは、0.01%を上限とする。
本発明で用いる外殻鋼板は、強度及び/又は靱性の調整、及び、他の特性の付与の点から、必要に応じて、Cr:0.01〜 1%、Ni:0.01〜3%、Cu:0.01〜1.5%、及び、B:0.0003〜0.005%の1種又は2種以上を含有するものでもよい。
Crは、強度と耐食性を高める元素である。その効果を得るには、0.01%以上必要であるが、1%を超えると、靱性が劣化し、また、高温強度が低下する。それ故、Crは、0.01〜1%が好ましい。
Niは、焼入性を高めて強度を高めると同時に、靱性を向上させる元素である。その効果を得るには、0.01%以上必要であるが、3%を超えると、フェライトの生成が抑制されて、ベイナイト主体の組織となり、鋼組織をフェライト組織とする点から好ましくない。それ故、Niは、0.01〜3%が好ましい。
Cuは、MnやNiほどではないが、焼入性を高めて強度を高める元素である。その向上効果を得るには、0.01%以上必要であるが、1.5%を超えと、高温割れ感受性が高くなり、鋼片製造時に、割れが生じる恐れがある。それ故、Cuは、0.01〜1.5%が好ましい。
Bは、鋼の焼入性を高めて強度を高める元素である。その向上効果を得るには、0.0003%以上必要であるが、0.005%を超えると、鋳造中、鋼片に割れが生じる恐れが増大し、また、上記向上効果が過大となって、靱性が劣化する。それ故、Bは、0.0003〜0.005%が好ましい。
また、母材鋼板の延性やHAZ靱性を高めるため、必要に応じ、Mg:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%、及び、REM:0.0005〜0.05%の1種又は2種以上を含有させてもよい。
Mg、Ca、及び、REMは、いずれも、ほぼ同様の作用効果を有する元素である。この作用効果を確実に得るため、いずれの元素も、0.0005%以上必要でがあるが、上限は、粗大な介在物が生成し、延性及び靱性がともに劣化しないように、Mg及びCaは0.01%、REMは0.05%が好ましい。
なお、溶接用構造鋼板は、通常、強度調整のために、Mo、W、Nb、V、Ti、Ta、及び、Zrの1種又は2種以上を含有するが、本発明の外殻鋼板も、これらの元素の1種または2種以上を、Mo:0.1%以下、W:0.2%以下、Nb:0.01%以下、V:0.1%以下、Ti:0.02%以下、Ta:0.5%以下、Zr:0.1%以下の範囲で、かつ、所要の特性を阻害しない範囲で含有してもよい。
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明者らは、シミュレーションにより、本発明の実施可能性と効果を確認した。
図8に、本発明のバルバスバウが船腹に衝突した場合における効果を確認するためのシミュレーションモデルを示す。原油タンカーにおいて、船側構造の中央から1/4を想定するモデルである。
B−B’に沿って、オイルカーゴ部分の仕切構造に対応する横隔壁が配置されている。C−C’に沿う部分は、船体構造で最も重要な舷側厚板部分である。船側における衝突位置は、オイルカーゴ部分の中央位置A(D)に設定した。衝突位置を中心に、A−A’は垂直方向を示し、D−D’は水平方向を示す。
本発明で規定する条件式を満たすバルバスバウを、図8に示すシミュレーションモデルに衝突させて、バルバスバウを、船体軸方向に塑性変形させて、衝突エネルギーの吸収能を調査した。
上記調査結果の一例を、図9に示す。縦軸は、吸収エネルギーEA(荷重―変位曲線の面積)であり、相対的な値で示した。横軸は、(I−U)/Uである。
図中、“−○−”の曲線は、上記式(2)及び(3)式と上記式(5)及び(6)を同時に満足している場合の結果であり、“−黒四角−”の曲線は、上記式(2)及び(3)を満足するが、上記式(5)及び/又は(6)満足していない場合の結果である。
上記式(2)及び(3)を満足している場合、(I−U)/Uが、−0.3〜+0.3の範囲で、吸収エネルギーは高く、好ましい値を示しているが、それ以外の範囲では、局所的な塑性変形が原因で、吸収エネルギーが低くなっていることが解る。
表1に、シミュレーション条件と結果を併せて示す。
Figure 0005167917
比較例は、鋼板の降伏強度が、本発明で規定する条件式の少なくとも一つを満たさないものである。
比較例1のバルバスバウの吸収エネルギーを、基準吸収エネルギー:EA(ref)とし、各種条件下におけるバルバスバウの吸収エネルギーをEAとして、EAの向上を、指標:EA/EA(ref)で評価した。
比較例2及び3においては、EA/EA(ref)が1未満である。一方、鋼板の降伏強度及び溶接金属の降伏強度が、本発明で規定する条件式を満たす発明例1〜4、6及び7では、比較例1〜3より、大幅なエネルギー吸収能の増大が図られている。特に、発明例1、2、及び、6では、外殻鋼板の降伏強度が、通常使用される鋼板の降伏強度240MPaよりも低いので、他の発明例よりも、エネルギー吸収能の向上効果が著しい。
前述したように、本発明によれば、船の衝突時、バルバスバウが、船体軸方向に、全体的に損壊して、衝突エネルギーを吸収し、かつ、被衝突船の船腹における損傷を、極力、低減することができる。その結果、被衝突船の沈没を回避し、また、被衝突船からの油の流出を防止することができる。本発明は、造船産業において利用可能性が大きいものである。
船の衝突時の変形態様を模式的に示す図である。 バルバスバウを備えた船首の一態様を示す図である。(a)は、バルバスバウの側面態様を示し、(b)は、バルバスバウの正面態様を示す。 衝突後、バルバスバウが根元で座屈して折れ曲がった態様を示す。(a)は、折れ曲がったバルバスバウの側面態様を示し、(b)は、折れ曲がったバルバスバウの正面態様を示す。 衝突時におけるバルバスバウの座屈変形(バルバスバウの変形方向が、船体軸方向とほぼ一致する)態様を示す図である。 バルバスバウに、高剛性物体を押し付けていった時の従来の変形挙動を、模式的に示す図である。 バルバスバウに、高剛性物体を押し付けていった時の本発明の変形挙動を、模式的に示す図である。 外殻鋼板、内殻鋼板、及び、溶接金属部の降伏強度の差によるモデル試験での荷重―変位曲線を示す図である。 バルバスバウが船腹に衝突した場合のシミュレーションモデルを示す図である。 (I−U)/Uと衝突エネルギーの吸収能の関係を示す図である。
符号の説明
1 衝突船
1' 船
2 バルバスバウ
2' 衝突後のバルバスバウ
3 被衝突船の船腹
4 破口
5 外殻鋼板
6 高剛性物体
7 押付け方向
Ds 船体軸方向
Db バルバスバウの軸
θ、θ1、θ2 変位角
Z 衝突線

Claims (6)

  1. 外殻鋼板に内殻鋼板を溶接して構成したバルバスバウであって、
    (i)外殻鋼板の降伏強度U(MPa)、内殻鋼板の降伏強度I(MPa)、及び、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部における溶接金属の降伏強度W(MPa)が、下記式(1)、(2)、及び、(3)を満たし、
    (ii)衝突時、バルバスバウが均一に損壊して衝突エネルギーを吸収する
    ことを特徴とする衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
    │I−U│≦70MPa ・・・(1)
    0≦W−I≦100MPa ・・・(2)
    0≦W−U≦100MPa ・・・(3)
  2. 外殻鋼板に内殻鋼板を溶接して構成したバルバスバウであって、
    (i)外殻鋼板の降伏強度U(MPa)、内殻鋼板の降伏強度I(MPa)、及び、外殻鋼板と内殻鋼板の溶接部における溶接金属の降伏強度W(MPa)が、下記式(4)、(5)、及び、(6)を満たし、
    (ii)衝突時、バルバスバウが均一に損壊して衝突エネルギーを吸収する
    ことを特徴とする衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
    │I−U│/U≦0.3 ・・・(4)
    0≦(W−I)/I≦0.5 ・・・(5)
    0≦(W−U)/U≦0.48 ・・・(6)
  3. 前記外殻鋼板の降伏強度Uが、120〜400MPaであることを特徴とする請求項1又は2に記載の衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
  4. 前記外殻鋼板の降伏強度Uが、120〜240MPaであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
  5. 前記外殻鋼板が、質量%で、C:0.02〜0.2%、Si:0.03〜1%、Mn:0.3〜2%、Al:0.002〜0.1%、及び、N:0.001〜0.01%を含有し、不純物として、P:0.03%以下、S:0.01%以下に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の衝突エネルギー吸収能に優れたバルバスバウ。
  6. 前記外殻鋼板が、さらに、下記(a)及び(b)の群から選択した1種又は2種以上の元素を、質量%で、下記の範囲内で含有することを特徴とする請求項5に記載のバルバスバウ。
    (a)Cr:0.01〜1%、Ni:0.01〜3%、Cu:0.01〜1.5%、B:0.0003〜0.005%
    (b)Mg:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%、REM:0.001〜0.05%
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