本発明はステアリング装置、特に、ステアリングホイールのチルト位置、または、テレスコピック位置を、送りねじ機構の送り運動により調整することができるステアリング装置、及び、送りねじ機構に関する。
運転者の体格や運転姿勢に応じて、ステアリングホイールのチルト位置やテレスコピック位置を調整する必要がある。このチルト位置、または、テレスコピック位置の調整を、電動モータの回転で送りねじ軸を回転させ、この送りねじ軸に螺合する送りナットを直進移動させて行うステアリング装置がある。
このようなステアリング装置に使用される従来の送りねじ機構は、送りねじ軸を金属で成形し、送りナットを合成樹脂で成型し、この送りナットを半径方向内側に変形させて、送りねじ軸の外周に送りナットの内周を押し付けることで、送りねじ軸と送りナットとの間のガタをなくしている。
しかしながら、合成樹脂の熱膨張係数は、金属の熱膨張係数よりもかなり大きい。従って、ステアリング装置の使用温度が常温よりも低温になると、樹脂製の送りナットは、軸方向および径方向に縮む。その結果、軸方向の縮みによって、送りねじ軸のリードよりも送りナットのリードのほうが小さくなって締代が大きくなり、また、径方向の縮みにより、送りナットの内径が送りねじ軸の外径よりも縮径して、締代が大きくなる。よって、送りねじ機構が作動したときのトルクの上昇、トルクの変動、作動音の上昇が起きる。
樹脂製の送りナットを使用する場合、ねじ強度を確保するために、ある程度のねじ長さを必要とするので、ナット直径とナット軸方向長さを比較すると、ナット軸方向長さのほうが長くなる。よって、温度変化による寸法の変化量は、ナット軸方向長さのほうが大きくなるので、締代増大による作動トルクの上昇、作動トルクの変動、作動音の上昇への影響は、軸方向の縮みによるリード差によるもののほうが大きい。締代増大により作動トルクが上昇すると、大出力の大型モータが必要となるため、製造コストが上昇すると共に、大きなスペースが必要になるため、配置の自由度が制約される。
また、ステアリング装置の使用温度が常温よりも高温になると、樹脂製の送りナットは、軸方向および径方向に伸びる。その結果、軸方向の伸びによって、送りねじ軸のリードよりも送りナットのリードのほうが大きくなって締代が大きくなり、また、径方向の伸びにより、送りナットの内径が送りねじ軸の外径よりも拡径して、ガタが大きくなる。
このような、温度変化によって生じる送りねじ機構の動作不具合を抑制する送りねじ機構を有するステアリング装置として、特許文献1に開示されたステアリング装置がある。特許文献1のステアリング装置は、送りナットの軸方向両端の軸受部に、軸方向両端部が開放された軸方向スリットを形成している。さらに、送りナットの軸方向中央部の有効径を、低温時に送りナットが締まる締代を加えた大径にし、送りナットの軸方向両端の有効径を、常温で隙間のない小径にし、残りの軸方向の有効径を大径から小径へと徐々に変化する有効径にしている。
しかしながら、特許文献1に開示されたステアリング装置では、送りナットの径方向の締代を調整可能にして、送りねじ機構の作動不具合を改善しているが、この構造では、ねじ軸方向の締代(送りナットと送りねじ軸のリード差によるもの)の調整が出来ない。樹脂ナットを使用する場合、ねじ強度を確保するために、ある程度のねじ長さを必要とするので、ナット直径とナット軸方向長さを比較すると、ナット軸方向長さのほうが長くなる。よって、温度変化による寸法の変化量は、ナット軸方向長さのほうが大きくなるので、締代増大による作動トルクの上昇、作動トルクの変動、作動音の上昇への影響は、軸方向の縮みによるリード差によるもののほうが大きい。
そのため、低温時に送りナット径方向の締代を調整可能にしても、より影響の大きいねじ軸方向締代の増加を抑制できないので、トルクの上昇、トルクの変動、作動音の上昇が起こる。また締代が大きくなり作動トルクが増加するため、これを駆動するために、大出力の大型モータが必要となるため、大きなスペースが必要になり、配置の自由度が制約される。また、送りナット自体の構造も複雑なため、送りナットの加工コストが上昇する。
本発明は、使用温度が変化しても、作動トルクの上昇、作動トルクの変動、作動音の上昇が起こらず、作動トルクが上昇しないので、送りねじ機構を駆動するモータの出力が小さくて済み、その結果、モータの小型化が可能で、、製造コストが削減されると共に、スペースが小さくて済むため、配置の自由度を向上させたステアリング装置、及び、送りねじ機構を提供することを課題とする。また、送りナット自体の構造も簡単で、送りナットの加工コストを削減したステアリング装置、及び、送りねじ機構を提供することを課題とする。
上記課題は以下の手段によって解決される。すなわち、第1番目の発明は、車体後方側にステアリングホイールが装着されるステアリングシャフト、車体取付けブラケットを介して車体に取り付けられ、上記ステアリングシャフトを回転可能に軸支するとともに、チルト中心軸を支点とするチルト位置調整、または、上記ステアリングシャフトの中心軸線に沿ったテレスコピック位置調整が可能なコラム、上記コラムまたは車体取付けブラケットに設けられた電動アクチュエータ、上記電動アクチュエータによって駆動され、互いに螺合する金属製の送りねじ軸と合成樹脂製の送りナットの相対移動で、上記コラムのチルト運動、または、テレスコピック運動を行う送りねじ機構を備え、上記送りねじ機構における上記送りナットと上記送りねじとのピッチに係る関係を、常温時においては、上記送りナットのピッチを上記送りねじ軸のピッチよりも大きくしたものとし、これにより、低温時には、上記送りナットのピッチが上記送りねじ軸のピッチよりも大きく収縮してピッチが同一寸法になるように動作し、高温時には、上記送りナットの合成樹脂のヤング率が小さくなって応力の上昇を防止するように動作するようにしたことを特徴とするステアリング装置である。
第2番目の発明は、第1番目の発明のステアリング装置において、上記送りナットのピッチは、実質的に、送りねじ軸のピッチよりも送りナットの軸方向長さの0.025%から0.075%の範囲で大きく形成されていること
を特徴とするステアリング装置である。
第3番目の発明は、第1番目の発明のステアリング装置において、上記送りナットの軸方向の端面には環状溝が形成されていることを特徴とするステアリング装置である。
第4番目の発明は、第3番目の発明のステアリング装置において、上記環状溝の内周面が環状溝の開口側に向かって小径に形成されていることを特徴とするステアリング装置である。
第5番目の発明は、第1番目から第4番目までのいずれかの発明のステアリング装置において、上記送りナットを形成する合成樹脂のガラス転移点が、送りねじ機構の使用温度範囲の上限値を超える値であることを特徴とするステアリング装置である。
本発明のステアリング装置、及び、送りねじ機構では、常温時に、合成樹脂製の送りナットのピッチを金属製の送りねじ軸のピッチよりも大きく形成している。従って、使用温度が変化しても、作動トルクの上昇、作動トルクの変動、作動音の上昇が起こらず、作動トルクが上昇しないので、送りねじ機構を駆動するモータの出力が小さくて済み、その結果、モータの小型化が可能で、製造コストが削減されると共に、スペースが小さくて済むため、配置の自由度が向上する。また、送りナット自体の構造も簡単で、送りナットの加工コストが削減され、送りナットの軸方向の寸法を短縮することが可能となる。
また、ステアリング装置においては、送りねじ機構以外の構造部分の作動部や摺動部も、グリース等の影響によって、低温時に作動トルクの上昇等が起こる。本発明の送りねじ機構では、送りねじ機構の使用温度が高温になるに従って、送りねじ機構を作動するのに必要な作動トルクが大きくなる特性を備えている。
従って、本発明の送りねじ機構をステアリング装置に使用することによって、ステアリング装置全体としての低温時の作動トルクの上昇等を抑えることができ、その結果、出力の小さいモータで駆動できるため、モータの小型化が可能で、製造コストが削減されると共に、スペースが小さくて済むため、配置の自由度が向上する。
以下の実施例では、ステアリングホイールの上下方向位置と前後方向位置の両方の位置を調整する、チルト・テレスコピック式の電動ステアリング装置、及び、ステアリングホイールの前後方向位置のみを調整する、テレスコピック式の電動ステアリング装置に本発明を適用した例について説明する。もちろん、本発明は、ステアリングホイールの上下方向位置のみが調整可能なチルト式の電動ステアリング装置に適用してもよい。
図1は本発明の電動ステアリング装置101を車両に取り付けた状態を示す全体斜視図である。電動ステアリング装置101は、ステアリングシャフト102を回動自在に軸支している。ステアリングシャフト102には、その上端(車体後方側)にステアリングホイール103が装着され、ステアリングシャフト102の下端(車体前方側)には、ユニバーサルジョイント104を介して中間シャフト105が連結されている。
中間シャフト105にはその下端にユニバーサルジョイント106が連結され、ユニバーサルジョイント106には、ラックアンドピニオン機構等からなるステアリングギヤ107が連結されている。
運転者がステアリングホイール103を回転操作すると、ステアリングシャフト102、ユニバーサルジョイント104、中間シャフト105、ユニバーサルジョイント106を介して、その回転力がステアリングギヤ107に伝達され、ラックアンドピニオン機構を介して、タイロッド108を移動し、車輪の操舵角を変えることができる。
図2はチルト・テレスコピック式の電動ステアリング装置101の要部を示す正面図である。図3は図2のA−A断面図であって、チルト駆動機構の要部を示す。
図2から図3に示すように、本発明のチルト・テレスコピック式の電動ステアリング装置101は、車体取付けブラケット2、ロアーコラム(アウターコラム)3、アッパーコラム(インナーコラム)4等から構成されている。
車体後方側の車体取付けブラケット2は、その上板21が車体11に固定されている。ロアーコラム3の車体前方側端部にはブラケット31が一体的に形成され、このブラケット31にチルト中心軸32が取付けられている。このチルト中心軸32を支点として、中空円筒状のロアーコラム3の車体前方側端部が、車体11に、チルト位置調整(図2の紙面に平行な平面内で揺動)可能に軸支されている。
ロアーコラム3の内周には、アッパーコラム4がテレスコピック位置調整(ロアーコラム3の中心軸線に平行に摺動)可能に嵌合している。アッパーコラム4には、上部ステアリングシャフト102Aが回動可能に軸支され、上部ステアリングシャフト102Aの車体後方側(図2の右側)端部には、ステアリングホイール103(図1参照)が固定されている。
ロアーコラム3には、下部ステアリングシャフト102Bが回動可能に軸支され、下部ステアリングシャフト102Bは上部ステアリングシャフト102Aとスプライン嵌合している。従って、アッパーコラム4のテレスコピック位置に関わらず、上部ステアリングシャフト102Aの回転が下部ステアリングシャフト102Bに伝達される。
下部ステアリングシャフト102Bの車体前方側(図2の左側)は、ユニバーサルジョイント104(図1参照)を介してステアリングギヤ107(図1参照)に連結され、ステアリングホイール103を運転者が手で回すと、上部ステアリングシャフト102Aを介して下部ステアリングシャフト102Bが回動し、車輪の操舵角を変えることができる。
車体取付けブラケット2の上板21には、上板21から下方に平行に延びる図示しない左右の側板が形成され、この左右の側板の内側面に、ロアーコラム3がチルト摺動可能に挟持されている。
ロアーコラム3の下面外周には、テレスコ位置調整を行うテレスコ駆動機構5が取付けられている。また、車体取付けブラケット2の下方には、チルト位置調整を行うチルト駆動機構6が取付けられている。
チルト駆動機構6用のチルト用モータ61の図示しない出力軸に取付けられたウォーム62が、送りねじ軸63(図3参照)の下方に取付けられたウォームホイール64に噛み合って、チルト用モータ61の回転を送りねじ軸63に伝達している。
送りねじ軸63は、チルト用モータ61の中心軸線に対して垂直(図2、図3の上下方向)に延び、その上端と下端が、軸受631、632によって車体取付けブラケット2に回転可能に軸支されている。送りねじ軸63の外周に形成された雄ねじには、送りナット65が螺合し、この送りねじ軸63と送りナット65によって、チルト駆動用の送りねじ機構が構成されている。
送りナット65には、チルト駆動力伝達突起651が一体的に形成されている。このチルト駆動力伝達突起651は、ロアーコラム3の中心軸線に向かって突出し、ロアーコラム3に形成された係合孔66に、チルト駆動力伝達突起651の先端が嵌入している。送りねじ軸63が回転すると、送りナット65及びチルト駆動力伝達突起651は、垂直方向に直線運動を行う。
ロアーコラム3の下面外周には、図2に部分的に見えるテレスコ用モータ51が取付けられている。ロアーコラム3の下面には、ロアーコラム3の中心軸線に平行に送りねじ軸53が取付られ、送りねじ軸53の車体後方端(図2の右端)が、アッパーコラム4の車体後方端に固定されたフランジ41の下端に連結されている。
テレスコ用モータ51の図示しない出力軸に取付けられたウォームの回転が、図示しないウォームホイールに伝達され、送りねじ軸53に螺合する図示しない送りナットを回転させる。この送りナットの回転で送りねじ軸53を往復移動(図2の左右方向の移動)して、アッパーコラム4をテレスコピック位置調整する。
この電動ステアリング装置101で、ステアリングホイール103のチルト位置を調整する必要が生じると、運転者は図示しないスイッチを操作して、チルト用モータ61を正逆いずれかの方向に回転させる。すると、チルト用モータ61の回転によって送りねじ軸63が回転し、送りナット65が直線運動を行う。
すると送りナット65と一体のチルト駆動力伝達突起651が直線運動を行う。チルト駆動力伝達突起651はロアーコラム3の係合孔66に係合しているから、ロアーコラム3は、チルト中心軸32を支点として上方または下方にチルト移動する。
また、この電動ステアリング装置101で、ステアリングホイール103のテレスコピック位置を調整する必要が生じると、運転者は図示しないスイッチを操作して、テレスコ用モータ51を正逆いずれかの方向に回転させる。すると、テレスコ用モータ51の回転によって、ロアーコラム3の中心軸線に平行に送りねじ軸53が移動することで、アッパーコラム4がテレスコピック移動を行う。
図4はテレスコピック式の電動ステアリング装置101の要部を示す正面図である。図4に示すように、テレスコピック式の電動ステアリング装置101は、ロアーコラム(アウターコラム)3、アッパーコラム(インナーコラム)4等から構成されている。
ロアーコラム3の内周には、アッパーコラム4がテレスコピック位置調整(ロアーコラム3の中心軸線に平行に摺動)可能に嵌合している。アッパーコラム4には、上部ステアリングシャフト102Aが回動可能に軸支され、上部ステアリングシャフト102Aの車体後方側(図4の右側)端部には、ステアリングホイール103が固定されている。
ロアーコラム3には、下部ステアリングシャフト102Bが回動可能に軸支され、下部ステアリングシャフト102Bは上部ステアリングシャフト102Aとスプライン嵌合している。従って、アッパーコラム4のテレスコピック位置に関わらず、上部ステアリングシャフト102Aの回転が下部ステアリングシャフト102Bに伝達される。
下部ステアリングシャフト102Bの車体前方側(図4の左側)は、ユニバーサルジョイント104(図1参照)を介してステアリングギヤ107(図1参照)に連結され、ステアリングホイール103を運転者が手で回すと、上部ステアリングシャフト102Aを介して下部ステアリングシャフト102Bが回動し、車輪の操舵角を変えることができる。
ロアーコラム3の下面外周には、テレスコ位置調整を行うテレスコ駆動機構5が取付けられている。ロアーコラム3の下面には、ロアーコラム3の中心軸線に平行に送りねじ軸53が配置され、送りねじ軸53の車体後方端(図4の右端)が、アッパーコラム4の車体後方側に固定されたフランジ41の下端に連結されている。
ロアーコラム3の下面には、テレスコ用モータ51が取付けられている。テレスコ用モータ51の図示しない出力軸に取付けられたウォーム52の回転が、ウォームホイール54に伝達され、送りねじ軸53に螺合する送りナット55を回転させる。送りナット55は、軸受56A、56Bによって、ロアーコラム3の下面に回転可能に軸承されている。
この送りナット55の回転で送りねじ軸53を往復移動(図4の左右方向の移動)して、アッパーコラム4をテレスコピック位置調整する。この送りねじ軸53と送りナット55によって、テレスコピック駆動用の送りねじ機構が構成されている。
この電動ステアリング装置101で、ステアリングホイール103のテレスコピック位置を調整する必要が生じると、運転者は図示しないスイッチを操作して、テレスコ用モータ51を正逆いずれかの方向に回転させる。すると、テレスコ用モータ51の回転によって、ロアーコラム3の中心軸線に平行に送りねじ軸53が移動することで、アッパーコラム4がテレスコピック移動を行う。
以下、図面に基づいて本発明の実施例1から実施例3を説明する。
図5は、本発明の実施例1のチルト駆動用の送りねじ軸63と送りナット65、または、テレスコピック駆動用の送りねじ軸53と送りナット55との螺合部を示す部分拡大断面図であって、(1)が高温時、(2)が常温時、(3)が低温時の状態を示す。
本発明の実施例1では、送りねじ軸53及び63は、S45C、S50C等の金属で成形されている。送りねじ軸53及び63の材質は金属であればよく、アルミニウムやステンレス等でもよい。また、送りナット55及び65は、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、芳香族ナイロン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリアミドMXD6樹脂、全芳香族ポリイミド樹脂、POM、変性ポリアミド6T等の合成樹脂で成形されている。さらに、送りねじ軸53、63、送りナット55、65の呼びはM12で、ピッチが2ミリ、送りナット55、65の軸方向長さは20ミリに設定されている。
図5(2)に示すように、本発明の実施例1では、常温時の状態で、送りナット55、65のピッチB2を、送りねじ軸53、63のピッチA2よりも若干大きく形成している。本発明の実施例では、常温時とは、10〜30℃程度のことを指している。常温時の状態で、ピッチB2とピッチA2との差は、実質的に、送りナット55、65の軸方向長さの0.025%から0.075%の範囲に設定するのが望ましい。
従って、常温時の状態では、図5(2)に示すように、送りナット55、65のねじ山が、送りねじ軸53、63のねじ山に若干の締代で押し付けられるため、送りねじ軸53、63と送りナット55、65との間にガタが無く、円滑な送り動作を行うことができる。締代はわずかなので、作動トルクも上昇しない。
図5(3)に示すように、低温時の状態になると、合成樹脂で成形された送りナット55、65の方が送りねじ軸53、63よりも熱膨張係数が大きいので、送りナット55、65の方が送りねじ軸53、63よりも大きく収縮する。その結果として、送りナット55、65のピッチB1と送りねじ軸53、63のピッチA1がほぼ同一寸法になる。従って、送りナット55、65と送りねじ軸53、63は、低温になっても締代が大きくなることが無いため、トルクの上昇や、トルクの変動、作動音の上昇が起きず、円滑な送り動作を行うことができる。
また、作動トルクが上昇しないので、送りねじ機構を駆動するモータの出力が小さくて済み、その結果、モータの小型化が可能で、製造コストが削減されると共に、スペースが小さくて済むため、配置の自由度が向上する。
図5(1)に示すように、高温時の状態になると、合成樹脂で成形された送りナット55、65の方が送りねじ軸53、63よりも熱膨張係数が大きいので、送りナット55、65の方が送りねじ軸53、63よりも大きく膨張し、その結果として、送りナット55、65のピッチB3が送りねじ軸53、63のピッチA3よりも大きくなる。
その結果、送りナット55、65のねじ山と送りねじ軸53、63のねじ山との間の締代が常温時よりも大きくなる。しかしながら、合成樹脂で成形された送りナット55、65は、高温状態では常温状態よりも撓みやすくなる。従って、送りナット55、65のねじ山が撓み、送りねじ機構の作動時に、トルクの上昇や、トルクの変動、作動音の上昇が小さく抑えられるため、円滑な送り動作を行うことができる。
熱膨張で変形する場合、線膨張係数が一定なので、温度変化による変形量は一定となり、高温時と低温時での歪み量は同じになる。しかし、温度変化によりヤング率が変化するため、高温時と低温時では応力が異なる。応力と、おねじとめねじ間の接触面圧は比例し、また、接触面圧と送りねじ機構の作動トルクが比例するので、高温時と低温時では、温度変化による作動トルクの変化量が異なることになる。
一般的に樹脂では、高温になるほどヤング率は小さくなり、例えば芳香族ナイロン樹脂の一種であるザイテル(登録商標)のヤング率は、−40℃で10.9GPa、80℃で7.7GPaである。従って、温度変化による変形量が一定で、高温時と低温時の歪み量が同一でも、ヤング率が高温時のほうが小さいため、応力が小さくて済み、その結果、作動トルクも小さくて済む。そのため、低温時に締代を持たせるよりも、高温時に締代を持たせるほうが、締代による作動トルク上昇への影響を小さく抑えることができる。
高温状態で、送りナット55、65のねじ山に作用する締代が大きくなる結果、送りナット55、65のクリープ(高温で荷重が加わると、時間の経過に伴って、徐々に塑性変形が進む現象)が問題になる場合がある。特に本発明の場合、常温時に、おねじとめねじに若干の締代を持たせているため、高温時には従来よりも大きな締代を持つこととなり、クリープが起こりやすい状態になっている。
この問題を避けるためには、送りナット55、65の材料となる合成樹脂のガラス転移点(高分子物質を加熱した場合に、ガラス状の硬い状態からゴム状に変わる現象をガラス転移といい、ガラス転移が起こる温度をガラス転移点という)が、送りねじ機構の使用温度範囲の上限値を超える値を持つ合成樹脂を選択すればよい。本発明では、高温でクリープが起こりやすい状態になっている。従って、従来のものに比べ、本発明おいては、ガラス転移点を送りねじ機構の使用温度範囲の外に持ってくることの効果は大きい。
例えば、送りねじ機構の使用温度範囲が−40℃から80℃の場合、送りナット55、65の材料となる合成樹脂として、ガラス転移点が80℃を超える値を持つ合成樹脂であるポリスチレンを選択すればよい。
次に本発明の実施例2を説明する。図6は本発明の実施例2の送りねじ軸53、63と送りナット55、65との螺合部を示す断面図であって、(1)は螺合部全体を示す断面図、(2)は(1)のP部拡大断面図、(3)は送りナットのねじ山と送りねじ軸のねじ山との間の締代が大きくなった時の状態を示すP部拡大断面図である。以下の説明では、実施例1と異なる構造部分についてのみ説明し、重複する説明は省略する。また、実施例1と同一部品には同一番号を付して説明する。
実施例2は、実施例1の変形例であって、送りナット55、65の軸方向の両端面に環状溝を形成した例である。その構成によって、送りナット55、65のねじ山と送りねじ軸53、63のねじ山との間の締代が大きくなると、送りナット55、65の軸方向の両端側のねじ山を半径方向外側に撓ませて、螺合部の面圧の上昇を抑制するようにした例である。
本発明の実施例2では、上記実施例1と同様に、送りねじ軸53及び63は、S45C、S50C等の金属で成形され、送りナット55及び65は、合成樹脂で成形されている。また、図6(1)に示すように、常温時の状態で、送りナット55、65のピッチB2を、送りねじ軸53、63のピッチA2よりも若干大きく形成している。
図6(1)、(2)に示すように、送りナット55、65の軸方向の端面71、71には、環状溝72、72が形成されている。環状溝72、72は、送りナット55、65の中心軸線73を中心とする円環状に形成され、溝幅Wが一定に形成されている。環状溝72、72の溝深さH1は、送りナット55、65のピッチB2の約1.5倍に設定している。
例えば、高温になって、合成樹脂で成形された送りナット55、65が金属製の送りねじ軸53、63よりも大きく膨張する。その結果、送りナット55、65のねじ山と送りねじ軸53、63のねじ山との間の締代が大きくなる。
送りナット55、65のピッチB2を、送りねじ軸53、63のピッチA2よりも若干大きく形成しているため、送りナット55、65の軸方向の両端側のねじ山が、送りねじ軸53、63の両端側のねじ山に強く押し付けられる。すると、図6(3)の二点鎖線に示すように、送りナット55、65の軸方向の両端側のねじ山(環状溝72、72の溝深さH1部分の近傍のねじ山)が半径方向外側に撓んで、螺合部の面圧の過度な上昇を抑制する。
従って、送りナット55、65及び送りねじ軸53、63を高精度に加工しなくても、温度変化による送りねじ機構のトルクの上昇や、トルクの変動、作動音の上昇が小さく抑えられるため、円滑な送り動作を行うことができる。
次に本発明の実施例3を説明する。図7は本発明の実施例3の送りねじ軸53、63と送りナット55、65との螺合部を示す断面図であって、(1)は螺合部全体を示す断面図、(2)は(1)のQ部拡大断面図、(3)は送りナットのねじ山と送りねじ軸のねじ山との間の締代が大きくなった時の状態を示すQ部拡大断面図である。以下の説明では、実施例1及び実施例2と異なる構造部分についてのみ説明し、重複する説明は省略する。また、実施例1及び実施例2と同一部品には同一番号を付して説明する。
実施例3は、実施例2の変形例であって、送りナット55、65の軸方向の両端面の環状溝の形状の変形例である。
本発明の実施例3では、上記実施例1及び実施例2と同様に、送りねじ軸53及び63は、S45C、S50C等の金属で成形され、送りナット55及び65は、合成樹脂で成形されている。また、図7(1)に示すように、常温時の状態で、送りナット55、65のピッチB2を、送りねじ軸53、63のピッチA2よりも若干大きく形成している。
図7(1)、(2)に示すように、送りナット55、65の軸方向の端面71、71には、環状溝74、74が形成されている。環状溝74、74は、送りナット55、65の中心軸線73を中心とする円環状に形成され、開口側の溝幅W2が溝底側の溝幅W1よりも大きくなるようにテーパ状に形成されている。
実施例3では、環状溝74、74の内周面741だけをテーパ状に形成(内周面741の開口側が小径になるように形成)しているが、外周面742もテーパ状に形成(外周面742の開口側が大径になるように形成)してもよい。また、環状溝74、74の溝深さH2は、送りナット55、65のピッチB2の約1.5倍に設定している。
例えば高温になって、合成樹脂で成形された送りナット55、65が金属製の送りねじ軸53、63よりも大きく膨張する。その結果、送りナット55、65のねじ山と送りねじ軸53、63のねじ山との間の締代が大きくなる。
送りナット55、65のピッチB2を、送りねじ軸53、63のピッチA2よりも若干大きく形成しているため、送りナット55、65の軸方向の両端側のねじ山が、送りねじ軸53、63の両端側のねじ山に強く押し付けられる。
すると、図7(3)の二点鎖線に示すように、送りナット55、65の軸方向の両端側のねじ山(環状溝74、74の溝深さH2部分の近傍のねじ山)が半径方向外側に撓んで、螺合部の面圧の過度な上昇を抑制する。環状溝74、74の内周面741の開口側が小径になるように形成することで、環状溝74、74の開口側に行く程、ねじ山の剛性が小さくなるようにしている。従って、実施例3の両端側のねじ山は、実施例2よりも半径方向外側に容易に撓むことができる。
従って、送りナット55、65及び送りねじ軸53、63を高精度に加工しなくても、温度変化による送りねじ機構のトルクの上昇や、トルクの変動、作動音の上昇が小さく抑えられるため、円滑な送り動作を行うことができる。
上記実施例2及び実施例3では、送りナット55、65の軸方向の両端面に環状溝72または74が形成されているが、送りナット55、65の軸方向の一方の端面に環状溝72または74を形成してもよい。
次に使用温度によって、上記実施例の送りねじ機構の作動トルクがどのように変化するかを確認するために行った試験結果について説明する。図8は、使用温度によって、本発明の送りねじ機構の作動トルクがどのように変化するかを確認するために行った試験結果を示す線図であって、送りナットと送りねじ軸のピッチ差による特性の違いを検証し、適切なピッチ差を決定するためのデータを求めたものである。
図8の試験では、S45C、S50C等の鉄で成形した送りねじ軸と、PPS(ポリフェニレンサルファイド)で成形した送りナットを使用した。送りねじ軸及び送りナットの呼びはM12で、送りナットの軸方向長さは20ミリとし、送りナットのピッチを常温時で2.000ミリとし、一定にした。
送りねじ軸のピッチを、常温時で1.995ミリ、1.990ミリ、1.985ミリ、1.980ミリの4種類とした。すなわち、常温時の状態で、送りナットのピッチが送りねじ軸のピッチよりも、5μ、10μ、15μ、20μ大きくなるように組み合わせた4種類の送りねじ機構を使用し、使用温度によって、送りねじ機構の作動トルクがどのように変化するかを確認した。
図8の線図に示すように、試験した4種類の送りねじ機構は、いずれも、使用温度が常温時よりも低温になると、作動トルクが徐々に減少し、使用温度が常温時よりも高温になると、作動トルクは上昇するが、作動トルクの上昇は小さく抑えられている。
ただし、送りナットとのピッチ差が20μの送りねじ機構では、使用温度が低温になると、作動トルクが0になる。作動トルクが0になるということは、送りねじ機構にガタが生じていることを意味しているため、送りねじ機構の特性として、また、ステアリング装置用の送りねじ機構の特性としても好ましくない。従って、送りナットとのピッチ差が5μ、10μ、15μの3種類の送りねじ機構が、ステアリング装置用として望ましい。すなわち、常温時の状態で、送りナットと送りねじ軸のピッチ差は、実質的に、送りナットの軸方向長さの0.025%から0.075%の範囲に設定するのが望ましいという結果がでた。
図9は従来の送りねじ機構の使用温度による作動トルク特性と、本発明の送りねじ機構の使用温度による作動トルク特性の違いを説明するための線図である。
図9(1)に示すように、合成樹脂製の送りナットと金属製の送りねじ軸のピッチが常温で同一寸法に形成されている従来の送りねじ機構は、使用温度が常温よりも低温になると、合成樹脂製の送りナットが軸方向および径方向に縮む。それによって、軸方向及び径方向の送りねじ機構の締代が大きくなって、送りねじ機構が作動したときの作動トルクが大きくなる。作動トルクが上昇すると、大出力の大型モータが必要となる。
これに対して、図9(2)に示すように、合成樹脂製の送りナットのピッチを金属製の送りねじ軸のピッチよりも常温で大きく形成した本発明の送りねじ機構は、常温では送りナットのねじ山が、送りねじ軸のねじ山に若干の締代で押し付けられているので、作動トルクは小さい。
また、図8の試験結果でも明らかなように、使用温度が常温よりも低温になると、送りナットの方が送りねじ軸よりも大きく収縮するので、送りねじ機構の締代が小さくなり、送りねじ機構の作動トルクが徐々に小さくなる。使用温度が常温よりも高温になると、合成樹脂で成形された送りナットの方が送りねじ軸よりも熱膨張係数が大きいので、送りナットの方が送りねじ軸よりも大きく膨張し、その結果として、送りナットのねじ山と送りねじ軸のねじ山との間の締代が常温時よりも大きくなる。
しかしながら、合成樹脂で成形された送りナットは、高温状態では常温状態よりも撓みやすくなる。従って、送りナットのねじ山が撓み、送りねじ機構の作動時に、作動トルクの上昇が小さく抑えられるため、円滑な送り動作を行うことができる。その結果、送りねじ機構を駆動するモータの出力が小さくて済み、モータの小型化が可能となる。
図10は、従来のステアリング装置の作動トルク及び作動力が、使用温度によって、どのように変化するかを説明するための線図であり、図11は、本発明のステアリング装置の作動トルク及び作動力が、使用温度によって、どのように変化するかを説明するための線図である。
図10(1)に示すように、従来のステアリング装置の送りねじ機構以外の部分は、使用温度が常温よりも低温になると、作動部や摺動部に塗布したグリースの粘度が大きくなるため、作動力が大きくなる。また、図10(2)に示すように、従来のステアリング装置の送りねじ機構は、使用温度が常温よりも低温になると、合成樹脂製の送りナットが軸方向および径方向に縮む。それによって、軸方向及び径方向の送りねじ機構の締代が大きくなって、送りねじ機構が作動したときの作動トルクが大きくなる。
その結果、図10(3)に示すように、従来のステアリング装置全体では、図10(1)と図10(2)の作動力を加えた大きさの作動力となるため、使用温度が常温よりも低温になると、作動力が大きくなるため、大出力の大型モータが必要となるため、製造コストが上昇すると共に、大きなスペースが必要になるため、配置の自由度が制約される。
これに対し、本発明のステアリング装置では、図11(1)に示すように、本発明のステアリング装置の送りねじ機構以外の部分は、使用温度が常温よりも低温になると、従来のステアリング装置の送りねじ機構以外の部分と同様に、作動部や摺動部に塗布したグリースの粘度が大きくなるため、作動力が大きくなる。
しかし、図11(2)に示すように、本発明のステアリング装置の送りねじ機構は、使用温度が常温よりも低温になると、送りナットの方が送りねじ軸よりも大きく収縮するので、送りねじ機構の締代が小さくなり、送りねじ機構の作動トルクが徐々に小さくなる。
その結果、図11(3)に示すように、本発明のステアリング装置全体では、図11(1)と図11(2)の作動力を加えた大きさの作動力となるため、使用温度が常温よりも低温になっても、作動力の上昇が小さく抑えられるため、モータの小型化が可能で、製造コストが削減されると共に、スペースが小さくて済むため、配置の自由度が向上する。
上記実施例では、ロアーコラム3がアウターコラム、アッパーコラム4がインナーコラムで構成されているが、ロアーコラム3をインナ−コラム、アッパーコラム4をアウターコラムにしてもよい。
本発明の電動ステアリング装置を車両に取り付けた状態を示す全体斜視図である。
本発明のチルト・テレスコピック式の電動ステアリング装置の要部を示す正面図である。
図2のA−A断面図であって、チルト駆動機構の要部を示す。
本発明のテレスコピック式の電動ステアリング装置の要部を示す正面図である。
本発明の実施例1の送りねじ軸と送りナットとの螺合部を示す部分拡大断面図であって、(1)が高温時、(2)が常温時、(3)が低温時の状態を示す。
本発明の実施例2の送りねじ軸と送りナットとの螺合部を示す断面図であって、(1)は螺合部全体を示す断面図、(2)は(1)のP部拡大断面図、(3)は送りナットのねじ山と送りねじ軸のねじ山との間の締代が大きくなった時の状態を示すP部拡大断面図である。
本発明の実施例3の送りねじ軸と送りナットとの螺合部を示す断面図であって、(1)は螺合部全体を示す断面図、(2)は(1)のQ部拡大断面図、(3)は送りナットのねじ山と送りねじ軸のねじ山との間の締代が大きくなった時の状態を示すQ部拡大断面図である。
使用温度によって、本発明の送りねじ機構の作動トルクがどのように変化するかを確認するために行った試験結果を示す線図であって、送りナットと送りねじ軸のピッチ差による特性の違いを試験した結果を示すものである。
従来の送りねじ機構の使用温度による作動トルク特性と、本発明の送りねじ機構の使用温度による作動トルク特性の違いを説明するための線図である。
使用温度によって、従来のステアリング装置の作動トルク及び作動力が、どのように変化するかを説明するための線図である。
使用温度によって、本発明のステアリング装置の作動トルク及び作動力が、どのように変化するかを説明するための線図である。
符号の説明
101 電動ステアリング装置
102 ステアリングシャフト
102A 上部ステアリングシャフト
102B 下部ステアリングシャフト
103 ステアリングホイール
104 ユニバーサルジョイント
105 中間シャフト
106 ユニバーサルジョイント
107 ステアリングギヤ
108 タイロッド
11 車体
2 車体取付けブラケット
21 上板
3 ロアーコラム
31 ブラケット
32 チルト中心軸
4 アッパーコラム
41 フランジ
5 テレスコ駆動機構
51 テレスコ用モータ
52 ウォーム
53 送りねじ軸
54 ウォームホイール
55 送りナット
56A、56B 軸受
6 チルト駆動機構
61 チルト用モータ
62 ウォーム
63 送りねじ軸
631、632 軸受
64 ウォームホイール
65 送りナット
651 チルト駆動力伝達突起
66 係合孔
71 端面
72 環状溝
73 中心軸線
74 環状溝
741 内周面
742 外周面